- 1《白無地の書》21/10/29(金) 19:04:09
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- 2《白無地の書》21/10/29(金) 19:08:24
昏い苦難の夜に迷い、されど心挫けぬ者よ
我らは同志
共に遠い夜明けを目指し、薄明かりの道を歩もう
同志達、『遥けき夜明け』は、きっと君を助けるだろう
――――ギルドランク二位『遥けき夜明け』 - 3《白無地の書》21/10/29(金) 19:10:38
「そう言えば聞いたかフィリップス? 魔術師ギルドの本部がミルトゥールにできるらしいぞ」
帝都ミルトゥール近郊【禽獣の巣】。
ダンジョン奥へと歩みを進める道すがら、相棒の剣士がそんな事を言い出した。
「は? ボケたかドーン。前からグロワール魔術師ギルドの本部はうちだろう」
「じゃなくて、国際本部がだよ。今まで各国がバラバラにやってたのが、統一された組織になるんだ。その本部がここになるんだよ」
「へぇ。それは初めて聞いた。相変わらず耳が早いな」
フィリップスは意外そうに片眉を上げる。
何故、魔術師ギルドに属している自分よりも、剣士の彼が先に知っているのだろうか。
「実家の伝手でなー。ルイツ殿下が国際会議で熱弁を奮って誘致したらしいぜ」
「立太子以来、精力的だな。あの方は」
「ああ、その辺もお前に似てる」
笑って言うドーンに、フィリップスは露骨に嫌な顔をした。
「またその話か。遠目にしか知らないが、言う程似てないだろう」
「そうかなぁ、顔ソックリだと思うんだけどなぁ」
「お前そのうち不敬罪で捕まるぞ……と、そろそろか」
「ああ。じゃ、いつもの頼むぜ」
言いつつドーンは剣を抜いた。
優美な弧を描く片刃のそれは、グロワールで主流のサーベルだ。
獣の気配を感じ取り、二人は臨戦態勢に入る。
このやり取りも慣れた物である。 - 4《白無地の書》21/10/29(金) 19:11:48
「《戦刃佩いては丘に立つ 肩切る風は勇侠の詩 殊勲の誉れよ 汝に在れ》」
フィリップスの呪文と共に、光の粒子が散らばって、ドーンの体に収束する。
ドーンは少し意外そうな顔をすると、その場で軽く剣を振るって体の調子を確かめた。
「新術か?」
「ああ、使えそうか?」
「前のよりも戦えそうだ」
答えてドーンは剣を構える。殺気が膨らみ、藪の中から黒い獣が飛び出した。
鉤爪の一撃を難なく躱し、すれ違い様の一太刀でもって切り捨てる。だが、襲撃は終わりではない。更に三頭、同じ獣が現れた。
一頭はドーンの前で唸りを上げ、残る二頭は大きく回り込んでフィリップスのもとへと迫る。
「行ったぞフィリップス!」
「《紅蓮に燃ゆる炎の獣 汝の敵を喰い荒らせ》」
拳大の鬼火が虚空に生まれ、瞬時に膨れ上がると虎ほども大きな獣と化す。
炎の獣は黒獣の片方を炎の顎で喰い千切り、次の一頭へ頭を向けて――――突如霧散し、大気に還る。
術の制御に失敗したのだ。
残る一頭の黒獣は、当然そのままフィリップスへと飛び掛かる。
「くっ!?」
咄嗟に左腕で首筋を庇い、筋肉を締めて牙の侵入を防ぐ。焼け付く様な鋭い痛み。一歩でも引けば腕を喰い千切られかねない。
「こ、のぉ!」
獣の首に腕を回し、抱き込む様に抑えつけようと試みるが、如何せん膂力が違い過ぎる。まずい。頭の中でけたたましい警鐘が鳴り響く。
焦りばかりが膨らんで、有効な打開策は何も浮かばない。苦し紛れに獣の首を殴り付けようとしたその時。
閃く白刃が、獣の首を断ち切った。 - 5《白無地の書》21/10/29(金) 19:13:23
「大丈夫か?」
「ああ……」
剣の血を払って問うドーンに、フィリップスは力無く答えた。
「今日はもう戻ろう。傷の手当てもしないと」
「おい、俺はまだ――――」
「『まだいける』は冒険者にゃ禁句だろ? 引き際を弁えないと早死にするぜ」
「それは、そうだが……」
言い淀むその様子に、ドーンは眉を顰める。
「最近のお前は少しおかしいぜ? さっきの術だってかなり高度なもんだろ。背伸びし過ぎじゃねぇか?」
フィリップスは答えない。ただ気まずそうに目を逸らす。
「何をそんなに焦ってんだよ?」
「……日の出(ドーン)なんておめでたい名前してるヤツに分かるもんか」
「名前ネタは止せって」
苦笑しつつ頭を掻くドーン。
鞘に剣を納めると、来た道へと引き返し始める。
「まぁ言いたくないなら良いけどよ、とにかく戻ろうぜ。腹減ったわ」
「……ああ」 - 6《白無地の書》21/10/29(金) 19:14:19
「天才だって言われていたんだ」
「あん?」
ポーションと包帯で手当てを終えて、二人は街に戻って来た。
行きつけの飯屋で昼食を終えて、一息ついたそんな時、フィリップスがふとそう溢した。
「故郷にいた頃の話だよ。教養の一環として魔術を習って、それが面白くて熱中した。直ぐに上達した俺は年上の生徒を追い抜いて一番優秀な弟子になった」
そこまで語ってフィリップスは、大きく溜め息を吐いた。
「自慢だったさ。でも帝都の魔導学院に入って、直ぐに現実を知った。思い知らされたよ。
俺ぐらいの奴なんてゴロゴロ居るってな。でも、それでも、俺にだってプライドはあるんだ」
簡単には負けられない。負けを認める訳にはいかない。そんな風に言いたげに、フィリップスはテーブルを睨む。
「だから背伸びして高度な魔法を使ってんのか? 無茶だろ、そんなの」
「そんな事分かってる。分かってるが……」
不承不承という様子に、ドーンは更に言い募る。
「分かってるなら止めとけって。焦って強くなれるなら苦労はないぜ。冒険なんてただでさえ危険なのに博打みたいな真似してたら、
早晩命を落とす事になるぞ? 大事なのは自分のペースで一歩一歩――」
「うるさい黙れ! お日さま野郎!」
「お日さま野郎!?」
フィリップスはドーンの言葉を遮ると、席を蹴って立ち上がる。
「おい待て! それ悪口か!? 待てってフィリップス!」
制止の声も虚しく響き、フィリップスはそのまま店を出ていってしまった。 - 7《白無地の書》21/10/29(金) 19:15:08
「ったく。あいつも青いよなぁ」
残されたドーンは、苦笑混じりに独り言ちる。
未熟さの目立つ年下の相棒を、しかしドーンは殊の他気に入っていた。
腕は良いし、何より彼は人を裏切るとか見捨てるだとか、そういう事ができない男だ。
危うい気質であると思うが、仲間としては信頼できるし、何より人として好感が持てる。
まぁ、だからこそ兄貴風を吹かせ過ぎて、機嫌を損ねる事もあるのだが。
「そんなに焦らなくたって、お前みたいな奴は強くなるよ」
少なくとも、ドーンはそう信じている。 - 8《白無地の書》21/10/29(金) 19:15:59
「上達のコツか。難しい話だな」
「難しい、ですか」
表言魔術科の教授の言葉に、フィリップスは落胆した。
「我々の専攻は特に難しい。君は表言魔術を修める条件を知っているね?」
「言葉を話せれば、誰にでも使える魔術だと……」
それが表言魔術の特性であり、長所なのだと言われている。
「そうだ。魔力を扱え、意思と言葉を持つ者なら、理屈の上では誰でも使える。だが、同時にこの呪法は最も極める事が難しい魔術でもある」
「魔力が足りないから、ですか?」
「いいや違う。足りないのは『意志』さ」
「意志…」
うむ、と教授は大きく頷く。
「そう。妄執にも似た絶対の意志と、それを完全に制御し得る鋼の理性。
それらを内包してなお狂わない、強靭極まる魂の持ち主だけが、世界に命じる事ができるのだよ。《我が意に従え!》とね」
フィリップスは肩を落とした。そこまで強い想いは自分にはない。
今はただ、意地を張っているだけなのだから。
「難しいですね……」
「難しいとも」
そんなフィリップスの様子に、教授は柔らかく笑って見せた。
「君は若い。まず世の中の事を良く知りなさい。そうすればいつか、例え世界に対してでも、譲れない何かが見つかるさ」 - 9《白無地の書》21/10/29(金) 19:17:21
「よう」
「……ああ」
ギルド付属の飲食店。いつもの時間、いつもの場所。ドーンはいつもと変わらぬ調子で待っていた。
「昨日は悪かったな。俺の無茶でお前も危険になると言うのに」
「別に気にしてねーよ。ただ、俺達これでも速い方だぜ。一年足らずで中級に上がって、今じゃそん中でも上の方だ」
フィリップスは今年十七歳、ドーンも二十歳を過ぎた程度だ。歳から言っても、十分に俊英と言えるだろう。
「だからまぁ、焦る必要はないと思うぜ」
「ああ……」
決まり悪げなフィリップスに、ドーンは少し苦笑する。
「ま、暗くなるはこれぐらいにして、今は失踪事件の話だ」
「失踪事件?」
「ああ、最近多いらしくてな」
「官憲の仕事だろう、そんなものは」
公権力の力が十全に及ばぬ辺境ならばいざ知らず、この帝都ミルトゥールで冒険者に頼る様な案件ではない。
進展しない捜査に焦れた被害者家族が、個人的に依頼を出したのだろうか。
「その官憲から依頼が来てるんだよ。魔術師や冒険者の視点からも調査してみて欲しいって」
「何でまた。普通、その手の組織は領分を侵されるのを嫌う物だと思っていたが」
「失踪者の中に高貴なお方が居たんとさ。上からせっ突かれて仕方なくってとこだろ」
「彼らも苦しい立場だな」
とは言え、まともにやっては組織的に動く官憲より、冒険者が役に立つのか怪しいものだ。
冒険者は公的な組織では取れない様なグレーゾーンの手段も取れるので、或いは暗にそう言うやり方を期待されているのかもしれない。 - 10《白無地の書》21/10/29(金) 19:17:57
「解決すりゃ一気に大幅加点になる。ひょっとしたら、お前の言ってた調査団にも加えてもらえるかも知れないぜ?」
「【全知の図書館】調査団か……」
この世の全ての知識が納められているという、図書館型の巨大ダンジョン【全知の図書館】。
その大規模調査が三大ギルド合同で企図されていた。
不明な要素を多々含むリスクの高い作戦だが、何せモノが全知である。
成功した際のリターンは計り知れない。
この歴史的大事業に、フィリップスも参加を希望したのだが、にべもなく断られてしまった。
冒険者としても魔術師としても実績のない青二才など、出る幕では無いらしい。
「やる気になったろ?」
「まぁ、なった」
フィリップスは素直に頷いた。
「なら、こいつの出番だ」
ドーンは鞄の中に手を突っ込むと、分厚い紙束を取り出した。
「官憲から寄越された捜査資料の写しだ。目を通してくれ」
「分かった」
「因みに俺は読んでないから説明ヨロシク」
「オイ」
白い目を向けるフィリップスに、しかしドーンは悪びれるでもなく笑って見せる。
「こういうのを考えるのはお前の担当だろ? 期待してるぜ相棒」
「まったく、調子の良い」
呆れつつも紙束を受け取ったフィリップスは、早速それを読み始めた。 - 11《白無地の書》21/10/29(金) 19:18:34
「なるほどな」
「どうだ、何か分かったか?」
「分かるか、いきなり」
そう答えて紙束を置く。頭の中で情報を纏めて、フィリップスは口を開いた。
「そうだな、大まかに説明すると、だ」
――――最初の被害者は、おそらく一ヶ月前。
木工商を営む二十代の若者が、仕事帰りに姿を消した。
それを皮切りに粉屋の娘、鍛冶師の徒弟、魔術師ギルドの研究者まで、次々と消息を絶っている。
直近では貴族の子弟、12歳の少年が行方を眩ました。
当初、これらの失踪を関連付ける者は居なかったらしい。
彼等は互いに関わりがなく、生活圏にも距離があったからだ。
たが、目撃者が現れた事でその状況は変わった。
「目撃者?」
「通りに面した家の住人が、偶然窓から見ていたらしい」
日が落ちて、通りの人気も疎らになった頃の事だ。
家路の途中なのだろう、職人らしき若者が眼下の通りを歩いてた。
何とはなしに見ていると、唐突に黒衣の男が若者の背後に現れた。
体格からして男だろう。フードを目深に被っており、顔を包帯で覆い隠していた。
男がその背に手を翳すと若者の体は脱力して倒れ、男はそれを抱き止めると、再び姿を消してしまった。
時間にして僅かに数秒。目撃者は自分が見た者後が現実かどうか分からなかったという。
「魔術か」
「多分な」
冷めた紅茶で口を湿して、フィリップスは言葉を続ける。 - 12《白無地の書》21/10/29(金) 19:19:06
「その後も、似た様な証言が幾つか出てきたそうだ」
官憲は一連の失踪を連続誘拐事件とし、本格的な捜査に乗り出した。
失踪者の共通点を洗った結果、その多くがエルフ・ドワーフ等の異種を父母に持つ事が判明。
この事から異種族排斥主義者、或いは殲魔教団系思想者の犯行が有力と推定された。
しかし、順調だったのはそこまでで、以降は確たる成果もなく今日まで至っている。
「犯人は透明化か、それに近い術を悪用していると見て、看破可能な魔道具や魔術師を警備に動員したそうだが、
網をすり抜けられている様だな」
「ふうん」
ドーンはそう相槌を打って、少し考える風にする。
「透明化じゃなくて、転移の術なんじゃないのか?」
「それは既に官憲が調べて否定している」
フィリップスは紙束の中から一枚とりだし、ドーンへと差し出した。
「空間転移は時空に門を開くが、これは航跡が残る。空間に見えない波紋ができると言えばイメージし易いか?」
ティースプーンでカップの中の紅茶を弾く。
赤茶色の水面に、小さなさざ波を立てて見せた。
「時間と共に消えてしまうが半日ぐらいは残るし、早ければ転移先さえ特定できる。
上手い者は辿れない様にこれを誤魔化すが、それでも転移した事自体を完全に隠すのは基本不可能なんだ」
「それが見つからないから空間転移じゃなくて透明化だって訳か」
「そういう事だ」
答えてカップの中身をまた一口。
紅茶の渋みの中にある、微かな甘みが舌に心地好い。 - 13《白無地の書》21/10/29(金) 19:19:53
「だいたい、空間転移は高等魔術だ。誰にでもできる物じゃない。
かといって、スクロールや魔石では転移先が固定されているから、犯罪には向かないだろう」
「お前が使ってる術は?」
「あれは疑似転移だ。空間を歪めて距離を誤魔化しているに過ぎない。縮地法というやつだな」
「空間転移とは違うのか」
「違う。三次元空間を移動するから、障害物は越えられない。距離だって短いし、基本的に直線限定だ。それでも十分難しいんだぞ」
概して空間魔術は難しい。
はっきりと素質の明暗が分かれる分野の一つだ。
「そんなもんか。それで、どう動くよ? これから」
「そうだな……」
残った紅茶を飲み干して、フィリップスは席を立った。
「先ずは現場を見てみよう」 - 14《白無地の書》21/10/29(金) 19:21:37
時刻は時期に正午を回る頃。
秋晴れの空は高く青く、日を翳す塔は青鈍色の影を落とす。
『千の塔』の名を冠すだけに、ミルトゥールには背の高い塔が多かった。
そんな塔を遠くに見つつ、二人は人通りの中を行く。
「そう言えばドーン、国際本部の話、魔術学院でも話題になったぞ」
「あーあれか。結構遅かったな」
「俺達下っ端が知らなかっただけで、上は結構前から準備してたらしいがな」
去年から予算の再編や、隠れて危険な研究をしてた者の摘発が相次いでいたが、それはこの関係だった様だ。
フィリップスがそう説明すると、ドーンは
「へー。てかやっぱマッドな研究する奴とかいるんだな」
「具体的な人数や、何をやっていたのかまでは知らないけどな」
何であれ、ろくな物ではないのだろう。
予算が下りないだけならともかく、研究自体を禁止される事はグロワールではあまりない。
余程の事情があったと言う事だ。
「人数と言えば、この依頼は何人ぐらい動いているんだ?」
「さぁ? 俺ら以外だと2、3パーティーじゃないか? あんまり大がかりにすると犯人に気付かれちまうだろうし」
「まぁ、そんな物か。良く依頼を取って来れたな」
「まーな。うちの親父は警備騎士隊の隊長だし、七光りの見せ所だぜ」
「自分で言うか?」
雑談に興じながら歩く事しばし、やがて二人は路地の真ん中で足を止めた。
「この辺だな」
大通りを外れて少し歩いた、住宅地の通りの一つ。道幅は大型の馬車が二台、何とかすれ違える程度。
道の両側を二階建ての民家が挟んでいる。 - 15《白無地の書》21/10/29(金) 19:22:15
「思ったよりも広いな」
「俺ももっと裏路地みたいなの想像してた」
人気の少ない時間と言えど、ここで犯行を行ったとは、かなり大胆な人物らしい。
「そもそも、犯人は被害者をどうしているのだろうな」
「そりゃアレじゃね? 人身売買。どっかに監禁しておいて、まとめて売り渡すんだよ。人体実験やたがってるイカれた研究者とかにさ」
なるほど、と頷くフィリップス。
「そうだとして、ここから監禁場所までどう運ぶ?」
「普通に透明化したまま背負ってじゃね?」
「透明化した所で実体はあるんだ。音や気配まで消せないし、仮に消せる様な物を使っても、何かにぶつかれば存在がバレる」
言われてドーンは少しの間、考える。
深夜ならばともかくとして、反抗時刻はまだ人通りのある時間帯である。
「確かに、ハイリスクだわな。近くに幌馬車でも停めといて乗せるとか?」
「官憲もそれを想定して張っている」
「じゃあ下水を通る」
「想定済み。痕跡は発見できなかったそうだ」
「うーん…」
悩むドーンに、フィリップスは肩をすくめた。
「空間収納でもできれば簡単なのだろうがな」
「あれ生き物は入んねぇじゃん」
収納の魔道具を使えば重さや体積は誤魔化せるが、これは高価な品であるし、色々と制限も存在する。
命あるもの、魂を持つものを入れられないのもその一つだ。 - 16《白無地の書》21/10/29(金) 19:23:51
「一般的な物とは違う、特殊な魔道具や能力という可能性もあるにはあるが」
「考えてもキリがねぇだろ、そんなの……」
げんなりした顔で言うドーン。
衝合でもたらされる異界の技術。稀に生まれる〈変異固有スキル〉。
全てを想定し尽くすには、この世界は例外が多すぎる。
「まぁ、そうだな」
フィリップスも同意した。
この方向の思索は有意義とは言い難い。
――――その時、不意に鐘の音が鳴り響いた。
腹の底に響く、重く震えて尾を引く音。
「正午の鐘か」
「だな、次の現場行くか?」
「ああ――――?」
ふと、フィリップスは眉を顰めて振り返った。
「どうした?」
「……いや、何でもない」
ほんの一瞬、風の中に異臭を感じた気がしたのだ。
血肉が腐り爛れた様な、胸の悪くなる臭いだった。 - 17《白無地の書》21/10/29(金) 19:25:16
その日から、フィリップス達は調査を開始した。
夕暮れ時から夜間にかけて街を見廻り、暗視系統の魔術を応用して熱や音響を知覚する。
或いは不審な魔力の揺らぎがないか、感覚を尖らせて術や魔道具の発動を探って見た。
結果は――――全て空振り。
調査を始めて三日が経ったが、その間、進展は何もなし。
「メチャクチャ地道な仕事だな、こりゃ」
「文句言うな……取ってきたのはお前だろう」
応えるフィリップスの声にも、心なしか倦んだ色が滲んでいた。
広大な帝都を当てもなく歩き回り、偶々犯行の場に出会す事を期待する。
あまりに非効率過ぎて、博打としても酷い部類だ。
フィリップスは物憂げにミルトゥールの街を眺めた。
白石造りの街並みは、西陽を浴びて茜色に染まっている。
「犯人の使っている手段さえ判ればな」
「そんなの何でもアリ過ぎて考えるだけムダだって」
「そうだが……『何でもアリ』はこちらも同じだろう?」
「んん?」
怪訝な顔をするドーンに、フィリップスは説明する。
「官憲にだって優秀な人材はいるだろうし、協力している魔術師ギルドは尚更だ。
使い魔の目を借りて広域を見張れる者、現場の残留思念から情報を読み取れる者、色々と居るだろう」
動員されている冒険者にも居るかもしれない。幅広い人材こそが冒険者ギルドの強みである。
「この犯人はそういった者の追跡すら逃れて、半月以上も犯行を重ねている」
「よっぽど特殊で強力な力を持ってるって事か?」
「或いは、俺達が何かを履き違えているか」 - 18《白無地の書》21/10/29(金) 19:26:20
何か大きな見落としをしていて、見当違いの網の掛け方をしている。
そんな気がしてならないのだ。
「まぁ、無意味って訳でもねーだろ。警戒してんのか最近は被害も出てないみたいだし」
「それは何よりだがな……」
言ってから、フィリップスはふと気付いて顔を顰める。
「被害は出ているが把握できていない、等と言う事はないだろうな?」
「それは……うーん……」
ドーンは首を捻ってしばし悩む。
「イヤな想像だけど、ありそうだなぁ。失踪届けが出ないやつって言うと旅人とかか」
「突然居なくなっても不自然でない者。旅人や借金持ち、裏社会の人間など危険な仕事をしている者達だろう」
危険な仕事という意味では冒険者など最たる者だが、流石にこれを襲うのはリスクが高い。
「誰でも良いなら貧民街で浮浪者でも狙うだろな」
それであれば、被害が出ても正確な把握が困難だ。
いつ消えても市民は気にも掛けないし、彼等の方も脛に傷持つ者が多く、官憲には頼りづらい。
「調べた方が良いよな? これ」
「だろうな。少なくとも、闇雲に歩き回るよりは幾らかマシだ。それに……」
沈む夕陽に目を遣りながら、フィリップス言う。
「或いは、そちらがメインの狩り場なのかもしれない」 - 19《白無地の書》21/10/29(金) 19:27:15
男が一人、通りの端に座り込んでいた。
襤褸を纒い、手元に素焼きの小皿を置いて、顔を伏せてただ漫然と石畳を眺めている。
ふと、男の視界に手が差し込まれた。手は素焼きの小皿へと伸びて、銅貨を数枚落とし込む。
男は顔を上げ、やや大仰に喜んで見せた。
「おお、お恵みに感謝します」
「感謝はいい。聞きたい事がある」
手の主、フィリップスはそう言って更に一枚、コインを取り出し男に見せた。
銅貨ではない。黒くくすんでいるものの、銀の輝きを放っている。
「最近、この辺りで居なくなった者はいないか?」
「居なくなった、ですか?」
「不自然に消えた者。拐われたと疑わしい者がいたら教えてくれ」
問われた男は目を驚いた風に目を見開く。
「あの、坊っちゃん達は」
「坊っちゃんは止せ。もうそんな歳ではない」
「失礼しやした。旦那方はそれを知ってどうするんで?」
「俺達は失踪事件の捜査をしている。できれば犯人を捕まえたい」
その言葉に、男は逡巡する様子を見せる何かを言いたいが、本当に言って良いのか分からない。そんな風情だ。
フィリップスが冒険者ギルドの登録証を取り出して見せると、男はようやく口を開いた。
「……拐われたのとは、ちと違うかもしれやせんが」
伏し目がちだった男が、初めて真っ直ぐにフィリップスの目を見る。
「殺された奴がいやす。何人も」 - 20《白無地の書》21/10/29(金) 19:27:55
物乞いの言に拠れば、こう言う事になる。
最近、路上生活者の中で姿を消す者が増えた。
最初は誰も気に止めなかった。河岸を変えたのだろうとその程度の認識だったらしい。
だがそれが短い間に続いた事で、何かが起きているという、漠然とした不安感を覚えたという。
誰が言い出すでもなく、夜歩きを避ける習慣が広まり、訳あって出歩く者も極力複数人で行動する様になった。
そんなある夜の事である。彼等の一人が血相を変えて物乞いのねぐらへと駆け込んで来た。
顔面を蒼白にして、明らかに血と見られる汚れで身を染めた男は、震える声で訴えた。
――――仲間が、殺された。
何とか男を落ち着かせ、話を聞き出した所、彼は仲間二人と共に日雇いの仕事に行っていたらしい。
勤めを終えた帰り道、暗い路地裏で二つの影が彼等の行く手を遮った。
何者か、何の用か問い掛けるも、影は何も答えない。
気の短い者が影に向かって進み出て、影はそれに向かって片手を振るった。
暗がりに銀の光が閃いた。水滴が石畳を打つ音がして。
男の前で、仲間は首を押さえて倒れ伏した。
斬られたのだと気が付くのに、更に一拍の時を要した。
悲鳴を上げて逃げ出した。どこをどう走ったのかも思い出せない。
いつの間にか、もう一人いた筈の仲間の姿も消えていて、彼一人がねぐらまで帰り着いたのだという。
話を聞いた物乞いは、直ぐ様仲間を起こして回った。
有志数人が朝を待って彼の言う場所を調べたが、何の痕跡も発見できなかった。
消えた二人は今もそのまま行方知れずだと言う。
「だから……今まで消えた連中も、きっとそいつらにやられたんです。殺されて、連れてかれたんだ。狩りの獲物を、持ち帰る見てぇに」
そこまで語って、男は大きく溜め息を吐いた。
降って湧いた重大な手掛かりに、フィリップスとドーンは思わず顔を見合わせる。
「目撃者から直接話を聞きたい。案内して貰えるか?」
「ええまぁ、留守にしてるかもしれませんが」
「その時は諦めて出直すさ」 - 21《白無地の書》21/10/29(金) 19:28:30
男の案内に従って、二人は狭い裏路地を進む。
前を行く背中を見ながら、ドーンは小声で言う。
「被害者がその場で殺されたって情報は大きいよな」
「ああ、被害者の生き死にに頓着しないとなると、想定すべき手段も変わってくる」
これが連続誘拐ではなく、連続殺人であったのならば。
「死体は収納の魔道具に入るからな」
「……気分が悪くなるぜ」
「同感だ」
そう答えた所で、異変に気付いた。
ドーンもまた気付いたのだろう。前を歩く男の肩に手を掛けた。
「待て」
「はい? なんでしょうか」
訝しむ男に目もくれず、ドーンは真っ直ぐ路地の先を見据えている。
「臭うな」
「へ? へぇ、まぁ、汚い所ですから」
「そうじゃねーよ」
生臭さと鉄臭さが入り混じった臭い。冒険者をやっていれば、嫌でも嗅ぎ慣れるもの。
即ち、血の臭い。
ドーンは無言で白刃を抜いた。フィリップスもまた、頭の中で魔術の式を組み立てる。 - 22《白無地の書》21/10/29(金) 19:29:33
「あんたは下がってな」
男の背を軽く押して、後ろへと下がらせる。
物々しい空気を感じたのだろう。物乞いの男も、大人しくそれに従った。
まずは足音。次いで前方、路地の十字道、その見通しの利かない建物の影から背の高い黒服が二人、現れた。
一人の手には抜き身の剣。もう一人は大きな荷物を抱えている。
男達はこちらを認識すると、抱えた荷物を放り出す。荷物を覆う麻布が捲れ、その中身が露になった。
身なりの貧しい、小柄な体。
血に塗れ、人形染みて転がる様は、命の息吹を感じない。
「フィリップス」
「堅実に、だろ。解ってるさ。お前こそ油断するなよドーン」
「ご心配どーも」
「俺が罠のスイッチを踏んだ時、代わりに当たる奴が居なくなると困るからな」
「はっ、言ってろ」
軽口を叩き合いつつも、警戒は怠らない。
「《射抜け 赤鉄の火矢》」
戦いの口火を切ったのは、フィリップスの魔術だった。
上体を狙った炎の矢を、黒服の男達は身を伏せて回避する。
狭い路地ではそうするよりなかったのだろうが、当然この避け方では隙が生じる。
その隙を突いてドーンが走った。上段から打ち下ろす一撃は、狙い違わず男の肩口を抉る。
峰打ち故に血は流れないが、骨の数本はへし折れただろう。黒服の男は叩き落とされる様に地に伏した。
片割れを一瞬で沈められて動揺したのか、残る男は怯んだ様に後退り、ぐるりと背を向けて逃げ出した。
「《射止めよ 霜銀の鏃》」
当然ながら、見逃してやるつもりはない。
数歩も進まないうちに、フィリップスの魔術が男の足を撃ち抜いた。 - 23《白無地の書》21/10/29(金) 19:30:42
「さて、色々と聞きたい事もあるが――」
「まっ待ってくれ!」
撃たれた足を庇いながら、必死の形相で言う黒服。
「俺達は何も知らねぇ! ただ雇われただけでっぶぐっ!?」
皆まで言わさず、男の顔面をドーンの足が蹴り上げた。
「雇われただけで理由も知らず人を殺せる様な外道なら、こっちも手加減要らねぇよなぁ?」
怒気を滲ませて言うドーン。胸ぐらを掴んで引き起こそうとしたその時、突然、新たな影が舞い降りた。
先の二人と同じ黒服。違うのは黒いフードを目深に被り、顔を包帯で隠している事。
「っチッ!」
「《射止めよ 霜銀の鏃》!」
慌てて距離を取るドーン。
同時にフィリップスが魔術を放った。
「《αποκλε?σει》」
包帯男が呪文を唱え、不可視の壁が氷の矢を弾き散らす。魔術による防御障壁だ。
ドーンが追撃に移るより早く、包帯男は腰の鞘から白いナイフを引き抜いた。
骨の様な質感のそれは刃に無数の溝が刻まれ、腐汁に似た黒い液体が滴っている。ドーンはサーベルを構え、応戦の構えを取った。
しかし、包帯男はフィリップス達ではなく、足元に転がる黒服にそのナイフを突き立てた。
そのまま流れる様な動作で、もう一人の背を切り付ける。
男達は僅かに呻きを漏らした後、痙攣して動かなくなった。
「口封じか」 - 24《白無地の書》21/10/29(金) 19:32:00
「あのナイフ、ヤバそうだぜ」
切られた男の顔に、見る間に紫色の死斑が広がっている。
毒の類いかと思ったが、もっとタチの悪い物かもしれない。離れているにも拘わらず、吐き気を催す腐臭を感じる。
物理的な物ではなく、ナイフが放つおぞましい魔力がフィリップスにはそう知覚されているのだろう。
迂闊に間合いを詰められず、幾ばくかの間、互いの出方を探りあい、均衡が続く。
こちらから仕掛けようかとフィリップスが構えた瞬間、包帯男が身を沈めた。
反射的に身構える二人。しかし、予想した攻撃はない。
それどころか、包帯男の姿自体が忽然と消えてしまった。
奇襲を考慮し、警戒態勢を維持するも、それきり敵は現れなかった。
「逃げたか」
「そう見てぇだな」
ドーンは剣を鞘に納めると、包帯男がいた場所を訝しげに見た。
「どうなってんだフィリップス? 本当に消えちまったぞ」
「いや」
困惑するドーンを他所に、フィリップスは西の空を仰ぐ。
聳え立つ鐘楼が、逆光の中で黒く映えていた。
「喜べドーン。種が割れたぞ」 - 25《白無地の書》21/10/29(金) 19:33:06
空が藍に染まる頃、塔の露台に、一つの影が現れた。
顔を覆った包帯の端が、暮れ時の風を受けて白くたなびく。
腕の中には小柄な体。意識のないその子の耳は、長く尖った形をしていた。
手早く獲物を処理しようと、腰のナイフに手を伸ばし――――気配に気付いて動きを止める。
「よぉ、また会ったな」
切っ先を向けるドーンの言葉に、包帯男は僅かに瞳を見開いた。
「何故……」
溢れた声は、予想よりも若い。
「バレたからだよ。決まってんだろ?」
タネを明かせば簡単な事だ。
フィリップスも使う空間歪曲による瞬間移動。この男はそれを使っていた。
ただし、地面を駆けるのではなく跳躍して、彼方にある塔の露台へと跳び移っていたのだ。
これならば湾曲し、入り組んだ道の中であろうと、壁に阻まれる事なく直線で移動できる。
無論、普通ならそんな長距離を跳ぶのは無理がある。
だが目的地に魔道具を置くか魔方陣を敷いて置き、双方向から引き寄せれば、まぁ何とか可能になるだろう。
事実、包帯男の足元には複雑な魔方陣が描かれた羊皮紙が貼り付けられている。
「気づいちまえば後は簡単だ。塔の入り口に見張りを置いて、仕掛けが確認されたらそこで待ち伏せすりゃあ良い」
見張りを引き受けてくれたのは、貧民街の住人達だ。
彼等は協力的だった。日当を約束したのもあるだろうが、何より明日は我が身である。
仲間を襲い、拐っていく者達の存在はそれだけ深刻な脅威だったのだろう。 - 26《白無地の書》21/10/29(金) 19:34:09
「で、どうする? 人質でも取って見るか? 無駄だけどな」
ハッタリではない。子供を盾に取られたところで、非殺傷型の攻撃魔術でもろとも撃っておしまいだ。
気分の良くない方法だが、結果的に一番安全な救出手段である。まだ撃っていないのは、敵の障壁魔術を懸念しての事に過ぎない。
それもドーンの腕であれば、斬り裂けると踏んでいた。
だが、包帯男は予想だにしない行動に出た。
やおら子供の体を持ち上げると、盾に取りつつ露台の狭い柵を乗り越え、そのまま飛び降りたのだ。
ご丁寧に、落ちる瞬間子供の体を突き放して。
「クソッ!」
ドーンが追って手を伸ばすが、寸分の差で届かない。その隣を乗り越えて、更にフィリップスが飛び出した。
「《浮かべ》!」
咄嗟に使った浮遊の魔術。
落ち行く子供とフィリップス自身の体を、どうにか宙に浮かせてのけた。
「ナイス!」
「ヤツはどうした!?」
二人は真下を見下ろすが、包帯男の姿はない。
「居た! あそこだ!」
ドーンの指差す先、塔から少し離れた路地に黒衣の姿があった。
おそらく、着地の寸前で浮遊を掛けたのだろう。
「追うぞ、ドーン」
「分かってる」 - 27《白無地の書》21/10/29(金) 19:34:52
浮遊する子供の手を引っ張って、手早く露台に寝かせると、ドーンも柵を飛び越え、虚空に身を踊らせる。
その襟首を引っ掴み、フィリップスは欄干を蹴った。
同時に魔術を発動させる。
「《踵を鳴らすは七里の長靴 足並み揃えよ仲間たち》」
空間歪曲で落下距離を縮小し、一瞬にして着地する。
遠ざかる包帯男の背中を見据えて、再度魔術を発動させた。
移動先は当然、標的の真後ろ。追い付くと同時にドーンが剣を一閃させて、夕闇に赤い血が飛沫く。
「浅い!」
「ヘタクソ!」
ヤジを飛ばしつつももう一度。だがフィリップスが発動に至る前に、包帯男は裏路地へと身を踊らせた。
「ええい!」
「走るのかよ!?」
「直線でしか跳べないんだ! 言っただろう!」
狭く曲がりくねった裏路地では、逆に時間がかかってしまう。
こちらを撒く為だろう、包帯男は頻繁に道を折れ曲がり、路地の影へと姿を眩まそうとするり
だが見失う恐れはなさそうだ。滴り落ちた血痕が、道標になっている。
ドーンの一撃は、それなりの痛手を与えたらしい。
長い追走劇の末に包帯男は郊外の一角、今は使われていない倉庫街へと逃げ込んだ。
無数に並ぶ簡素な建物の一つに、血痕は続いている。
有無を言わさず、ドーンは扉を斬り崩した。 - 28《白無地の書》21/10/29(金) 19:36:48
「うっ!?」
それと同時に溢れ出した異常な臭気に、ドーンは思わず呻きを洩らす。
反射的に嘔吐くほどの、濃密な腐臭。
フィリップスもまた、袖で口元を覆って眉を顰めた。
この犯人は、間違いなく正気を失っている。
こんな場所に、まともなヒトが居られる筈がない。
倉庫の内部は、蒼白い魔力の灯りに照らされている。
見慣れた筈のその色が、今は酷く不気味に見えた。
「行く……か?」
「ごめん超帰りてぇ」
「俺だって帰りたいわ」
渋々と二人は倉庫に踏み入った。
扉を破り、外気が流れ込んだ事で幾らかマシになったのだろうが、それでも噎せそうな程の臭気が籠っている。
あっという間に鼻が麻痺して、臭いが分からなくなったのは良かったのか、悪かったのか。
内部は棚に区切られて、奥まで見通しが効かない。
奇襲と罠を警戒しつつ慎重に進んで行くと、部屋一つ分程の開けた空間に出た。
淡い燐光を放つ魔法陣と……積み上げられた、無数の死体。
「腐臭の源、か……」
半ば予想はしていたが、これが失踪者達の末路なのだろう。
そして、屍の山の前に佇む男の姿。
「こんな所まで……追ってくるとはな」
失血による消耗か、そのやや力ない声で言う。 - 29《白無地の書》21/10/29(金) 19:37:51
「大人しく捕まる気になったか? 背後関係を洗いざらい吐くなら、楽に死なせてもらえるかも知れないぜ?」
挑発めいたドーンの言葉に、しかし男は何も答えない。
「何の目的でこんな事をした? お前は殲魔教団の関係者か?」
「殲魔? ああ、連中は良い金ヅルだったよ」
フィリップスが追及すると、男は嘲り混じりに答えた。
「クライアントの要望だから、一応叶えてやったがね。私に言わせれば無意味な話さ。どうせ全員殺すのに、順番に何の価値がある?」
「なんだと?」
思わず、フィリップスは気色ばむ。全員殺すと言ったか、この男は?
「私もかつては国に仕えた身だ。このグロワールの為に、研究を重ねて来た。
だが、この国はそれを否定した。危険だ禁忌だと下らない物差しで私の価値を計り損ね、挙げ句研究を停止する等とほざく」
苦々しい口調には怨恨の色が濃く滲む。
「私の力を認めれば、この国は栄華を極められたと言うのに、北はソワスレラから南はセレネリオスまで、
全て滅ぼし平らげる事ができると言うのに! この国はそれを拒んだのだ!」
声は次第に狂熱を帯び、口角泡を飛ばして叫ぶ。
「この国は腐っている。皇帝も貴族も学者も兵も、民草一人に至るまで皆腐敗し堕落しているのだ。
だから崇高な理想を理解できない。心が腐っているのなら体も死して腐るべきだと思わないか?」
「下らない」
男の妄言を、フィリップス一言の下に切り捨てる。
自然、吐き捨てる口調になった。 - 30《白無地の書》21/10/29(金) 19:38:21
要するに、この男は周りが自分の思う通りに自分を評価しないから、周りの価値を否定しているだけだ。そんな物、子供の駄々に等しい。
そも、国をどうするだとかそんな話は為政者の領分だ。一介の研究者が口出しする事自体が筋違いという物だろう。
「君達もそうか。ならここで死ぬ。死んで腐り果てる運命だ」
「勝てると思っているのか? その傷で。仮に俺達を倒せても、直ぐに官憲が駆けつけて来るぞ」
最後の話はハッタリだ。通報を送る様な、そんな時間の余裕はなかった。
「勝つ、か……そんな必要はない」
「へぇ? ならどうするんだ?」
挑発めいて問うドーン。だが男は、謎の余裕を崩さない。
「それはな、こうするのだよ」
言うなり男は手にしたナイフを振り上げて、自らの腹に突き立てた。
穿たれた傷口から溢れ出す血が床に滴り、魔法陣が輝きを増す。
「さがれ、ドーン!」
「っ!」
呼び掛けに弾かれる様に、ドーンは魔方陣から飛び退いた。
鳴動する魔力の強さに、フィリップスは痛恨のミスを悟った。
この男の狂気の深さを見誤ったのだ。
否、今でも理解は及んでいない。
人は、こんなにくだらない事で、ここまで狂えるものなのか。
「これで……呪いは満ちた。エサは少々足りないが…なに、その程度なら自ら探して啄むだろう」 - 31《白無地の書》21/10/29(金) 19:39:03
男の命を貪って、腐乱した闇が顕現する。
それは、赤裸の雛鳥に似ていた。
細い脚、膨らんだ腹。黒煙燻らす赤い肌には、萎びた様に皺が寄り。
嘴を持つ頭部に眼球はなく、眼窩にはただどす黒い闇がわだかまる。
羽はなく、代わりに二対四本の太い触手がのたうっていた。
そして――――瘴気。
ただそこにいるだけで、壁が黒ずみ、ひび割れ、木製の枠に至っては、朽ちて腐れて落ちていく。
物理的な圧力すら感じる程の、圧倒的な怖気を放っていた。
異様極まるその姿に、しかしフィリップスは憶えがあった。
「セプティセンボリ……」
「は、冗談…だろ…?」
冷たい汗が、首筋を伝う。
「文明……敵対種……」
――――文明敵対種〈腐爛の雛、セプティセンボリ〉 - 32《白無地の書》21/10/29(金) 19:40:30
文明敵対種。
人類の天敵たる妖魔怪物、その極北にして最悪の一群。
名が示す通り、一つの文明を滅亡せしめる程の災厄を招く異形たち。
セプティセンボリは、その一つである。
腐敗を呼び腐敗を喰らうこの妖魔は、地脈に根を張る習性を持つ。
星の血管とも呼ばれる大いなる力の流れ、そこに根付いたセプティセンボリは、流れを詰まらせ、淀ませ、壊死させていく。
結果として、周囲一帯の生態系は壊滅し、更なる腐敗の呼び水となる。
生きとし生けるもの全てが、死して腐り落ちる地獄が産まれるのだ。
生物として不自然なまでに破滅的な生態を持つ事から、自然発生したものではなく、旧時代の生体兵器の類いだという説すらある。
真偽の程はともかくとして、この禍物が小国程度なら滅ぼしかねない存在なのは確かだった。
「なんというモノを……」
戦慄が、呻きとなって口から溢れた。
本能が警鐘を鳴らしている。
退くべきだ。これは、とてもではないが手に負えない。
異形の雛が頭をその身を起こす。ゆっくりと、眼の無い貌で周囲を見渡した。
一瞬、フィリップス達の前で視線を止めたが、直ぐに関心を失って、足元の死体に目をくれる。
湾曲した嘴を、腐乱死体の山に突っ込み、悠々と食事を始めた。
「眼中にナシかよ……ナメやがって!」
「ドーン、止せ!」
制止の声は間に合わなかった。
ドーンの振るった白刃が、セプティセンボリの首筋を抉る。
腐汁に似た黒い血が飛沫を上げた。
しかしセプティセンボリはさして堪えた様子もなく、煩そうに触手を振り上げて―――― - 33《白無地の書》21/10/29(金) 19:41:34
「ドーン!」
避けろ、そう言ったつもりだった。果たしてそれは声になっただろうか。
爆発にも似た衝撃が、全てを轟音の中に呑み込んだ。
肌を裂く破片の雨。粉塵が津波の様に押し寄せて、視界を覆う。
魔力の灯りもいったい何処に吹き飛んだやら、闇の中、唸る触手を躱せたのは、単に運が良かったからだ。
不意に闇が薄れ、青い光が粉塵舞う倉庫を照らす。
建物の片側が崩壊し、月明かりが差し込んでいた。
凄まじいまでの破壊力。一撃でも当たっていれば、フィリップスの体など粉々に吹き飛んでいただろう。
月光の中に踞る人影を見つけたフィリップスは、迷う事なく駆け寄った。
その襟首を掴まえて、瞬間移動を発動させる。
視界が利かず、ろくに指定も出来ないが、ここにいては確実に死ぬ。
戸外に出たと同時に再度詠唱を開始。唱え終えるなりもう再び跳んだ。
周囲の把握も疎かにした連続跳躍。魔術学院のテストであれば間違いなく落第だ。
それでも何とか、無事に距離は稼ぎ得た。
あんなモノ、一介の冒険者に太刀打ちできる筈がない。
無論官憲にも無理だ。上級でも上澄みレベルの冒険者か、いっそ魔導騎士団の出動が望まれる。
「とにかく、ここから離れなくては。ドーン、走れるか? ……ドーン?」
返事が無い事を訝しんで、彼の方を振り返る。
見ればドーンは脇腹を抱える様に押さえていた。
夜にも白い手の隙間から大量の血が流れ落ち、地面に黒い水溜まりを作っている。
血臭に僅かに混じる腐敗臭は、その血を蝕む呪詛の証か。
「お前……その傷……」
「ああ、流石に……避け切れなかったぜ」
苦し気に言うドーンの額には、びっしりと汗の珠が浮かんでいる。 - 34《白無地の書》21/10/29(金) 19:42:56
「喋るな。待ってろ、今」
腰のポーチからポーションを取り出そうとするも、それをドーンが片手で制した。
「良いって。解るだろ?」
彼が、何を言わんとしているのかは解った。
だから、何を言って良いのか分からなかった。
立ち竦む事しかできないフィリップスに、ドーンは場違いに穏やかな笑みを浮かべて言う。
「お前は、逃げてくれ。俺は残る」
「バカな事を」
それでも手を伸ばそうとするフィリップスに、ドーン困った風にただ笑う。
「親父がさ。昔軍に居たらしいんだ」
「何を――」
「良いから聞けって。親父は何かの作戦で、部隊からはぐれちまった事があるんだと。日が落ちて、敵地の中、真っ暗闇を彷徨って、自分はもう、死ぬんだって思ったらしい」
途切れ途切れに語る言葉に、フィリップスは黙って耳を傾ける。
「でも運良く朝まで生き延びて、味方と合流できた。その時、いつも来るのが当たり前だと思ってた夜明けが、とても貴い物に思えたんだって言ってたよ」
息子の名前に付けちまうぐらいに、とドーンは苦笑混じりに付け足した。
「援軍は間に合わねぇ。あれが帝都に根を張ったら、大勢の人がきっと夜明けを迎えられない」
ドーンは言う、フィリップスの目を真っ直ぐに見て。
「だからあれは……アイツだけは、生かしておいちゃあいけねぇんだ」 - 35《白無地の書》21/10/29(金) 19:49:00
「だから、戦うと言うのか。お前が、そんな体で」
「なーに、足止めぐらいはして見せるさ。どうせなら、やらせてくれ」
フィリップスは歯を食いしばる。
激情が、嗚咽となって溢れぬ様に。
「やはりバカだ、お前は」
やっと絞り出した言葉は、果たして震えていないだろうか。
「そんな傷で何ができる? 触手の一振りで叩き潰されて、それで終わりだ」
だから、とフィリップスは言葉を継いだ。
「セプティセンボリは、俺が倒す」
沈黙が落ちた。永い様で、実際には僅かの間、二人は視線を交わしあう。
ふ、とドーンは弛む様に微笑んだ。
「悪いな」
「悪くなど、ない」
「そうか、なら」
安堵の息を吐くと、ドーンはいつも通りの顔で言った。
「頼んだぜ、天才魔術師」
「当然だ」
応えて、フィリップスは身を翻す。荒れた大地を踏みしめつつ、振り返らずに歩き出した。
黒い外套を靡かせて、威風堂々。 - 36《白無地の書》21/10/29(金) 19:50:00
セプティセンボリはまだそこにいた。
餌はおおよそ食べ尽くしたのだろう。その足元には惨憺たる光景が広がっている。
『食べ残し』の中にあの包帯男の破片が有ったが、まぁ、今更どうでも良い事だ。
「《戦刃佩いては丘に立つ 肩切る風は勇侠の詩 殊勲の誉れよ 汝に在れ》」
自身に対し、身体強化の魔術を掛ける。
後衛のフィリップスには少々負荷が大きいが、これがなければ話にならない。
魔力の揺らぎを感知したのか、セプティセンボリがこちらを見た。
「《射抜け 赤鉄の火矢》」
開戦の口火を切るのは、扱い慣れた炎の矢。
セプティセンボリはそれを二対の触手で薙ぎ払った。
想定通りだ。触手を振り切った瞬間を狙い、差し込む様に術を放つ。
「《灼熱の槍よ 敵を貫け》」
右胸部、触手の付け根に炎の槍が突き刺さる。
肉が炭化し、こそげ落ちるのが見えた。
かつて本で得た知識の通り、どうやら火焔は有効だ。
畳み掛ける様に更に一撃。腐爛の妖魔は仰け反りつつも触手を伸ばして反撃してくる。
強化された脚力で、地を蹴りつけてこれを躱した。
その刹那、妖魔が呼気を蓄えて、大きく喉を膨らますのが見えた。 - 37《白無地の書》21/10/29(金) 19:50:36
「《水面に遮れ 細波の盾》」
咄嗟に張った防御の魔術。ほぼ同時に、セプティセンボリが咆哮を挙げた。
轟音と言うよりも、殆ど衝撃波に近い。
大気が震え、地面の小石が砕けて爆ぜた。
細い血管が切れたのだろう。鼻が痛み、口の中は血の味がする。
直撃を防いでなおこの威力。口を開けていなければ鼓膜を破られていた。
霞む視界で敵を見る。術で焼いた傷口が泡立つ様に膨れ上がり、元の形に復元していく。
再生しているのか。
どうやら並大抵の攻撃では、この妖魔を殺し切るのは難しいらしい。
長期戦は不利……と言うよりは不可能だ。
そもそも今、文明敵対種を相手にどうにか食い下がれているのは、奴がまだ顕現して間が無いからだ。
贄を喰らいはしたものの、未だ吸収し切れていない。
徒に時間を与えれば、その分力を増していくだろう。
そうなる前に、討たねばならない。
フィリップスが攻勢に出る事を決めたその時、セプティセンボリもまた行動に出た。
四本の触手を次々に振り上げては、駄々子の様に打ち付ける。
狙いも何もあった物ではない力任せな攻撃だが、威力と速度は一級品だ。
触手が大地を打つ度に、叩かれた地面は爆発した様に弾け飛び、無数の飛礫を撒き散らす。
こうなっては触手自体より、飛礫の方が厄介だ。
躱しようのない散弾の雨は、当たり所が悪ければそれだけで致命傷になる。
幾度目かの触手の打擲を回避した時、触手の尖端が地面に転がる岩を砕いた。
飛散する破片から身を守ろうと、反射的に腕で急所を庇うが、間に合わない。
左眼に強かに打たれた様な衝撃が走り、次いで痺れと灼熱感。
まずい。目を潰された。左側面が死角になる。
狭い視界に、フィリップスは舌打ちした。
極限の死闘の中で、この欠落はあまりに大きい。
やはり、恐ろしく分の悪い勝負だ。勝ち目はどれ程残っているか。 - 38《白無地の書》21/10/29(金) 19:51:36
だがそれでも、フィリップスに退く気はなかった。
だって、解っているのだ。
フィリップスは冒険者だ。
死の危険は身近なもので、実際に死んだ者、死に逝く者を何度も見てきた。
だから、解る。
ドーンは、もう助からない。
あれ程の呪詛に侵されては、蘇生の方も絶望的だ。
おそらく、フィリップスの帰還を待たずに息絶えるだろう。
ちゃんと解っている。
解っているから、ここに来たのだ。
友の遺志、最後の願いを叶える為に。
だから、退けない。絶対に。
前へ跳ぶ。
セプティセンボリが触手を振るう。
横薙ぎに振り抜かれる死を、紙一重で回避した。
目は逸らさない。
滲む涙を拭いもせずに、ただ前に在る敵だけを見る。
それが弔いであると信じて。
左腕を触手が掠める。肉が抉れて血が散った。
フィリップスは傷口に右手をかざし、迷う事なく呪を唱える。
「《焼け》!」
皮膚が爛れ、血肉が焼け焦げる。激痛が骨まで響き、口の中に金臭い味がいっぱいに広がった。
左腕は痺れた様に感覚がないが、問題ない。傷口の呪詛は焼き払えた。
これでまだ戦える。 - 39《白無地の書》21/10/29(金) 19:52:24
《斬り刻め 剣樹の血海》
異形の雛の足下から、鋼の枝が伸び上がる。
枝分かれする無数の刃が肌を貫き、肉を裂くが、致命傷には程遠い。
鬱陶しげに触手を振るうとその一撃で剣樹は砕け、無数の破片と化して散る。
「《鋼の蜜蜂》」
その破片に魔術を掛ける。刃の断片一つ一つが意思を持つ様に飛び周り、セプティセンボリに襲いかかった。
破片は或いは皮膚に突き刺さり、或いはぶつかり合って火花を散らす。
「《爆ぜろ》!」
火花を起点に更なる魔術を起動させる。
断続的な小爆発がセプティセンボリを包み込んだ。
連環魔術。一つの術を呼び水として、連鎖的に異なる術を発動させる高等儀法。
今ならできると、確信していた。
全身にダメージを負い、セプティセンボリは動きを止めた。爆炎で、おそらく視界も遮っている。
今なら死角に回り込める。 - 40《白無地の書》21/10/29(金) 19:53:12
《踵を鳴らすは七里の長靴》
瞬間移動。地を蹴り、天空へと翔け上がる。
ようやく稼いだ貴重な時間。その全てを術の発動に費した。
ありったけの魔力を込めて、眼下に見える腐爛の雛へ、滅びをもたらす呪を紡ぎ。
「《その瞳は緋、その爪牙は朱、紅蓮に燃ゆる焔の巨獣》!」
絶対の意志を以て、世界に命じる。
「《灼熱なりしその牙で、汝の敵を貪り尽くせ》!!」
セプティセンボリがこちらを見上げた。
闇を裂き、大地を照らす巨大な炎が、天空より駆け降りる。
そして――――光輝く炎の獣は、動きを止めた腐爛の雛を、欠片も遺さず灼き尽くした。 - 41《白無地の書》21/10/29(金) 19:55:17
薄闇の中、フィリップスは目を覚ました。
セプティセンボリを倒した後、どうやら意識を失っていたらしい。
どれほど眠っていたのだろう。空はもう、薄藍色に変じている。
全身が痛み、酷い倦怠感が伸し掛かる。まだ暖かい季節だというのに何故だか無性に寒かった。
特に左腕は傷が深い。僅かに身動ぎするだけで、刃物で抉る様な痛みが走った。
ゆるゆると右手で腰のポーチからポーションを取り出し、口で蓋を引き剥がすと一息に飲み干す。
途切れ途切れに治癒の呪文を唱える内に、どうにか動ける程度には回復できた。
疲れ切った体を動かし、足を引きずる様にして歩む。
歩いて、歩いて、フィリップスは歩き着いた。
山際に、日の輪郭が覗き始める。
朝の日差しが世界を照らす。
ドーンはもう、死んでいた。
弛緩した手足は力なく投げ出され、血の失せた頬は蝋石の様に白かった。
「夜明けだ、ドーン」
それでもその口許は、どこか微笑っている様に見えた。 - 42《白無地の書》21/10/29(金) 19:56:21
「君、本当に行く気かね?」
既に事件から半月後、魔術学院の一室で、フィリップスは教授と対面していた。
体の傷はほぼ癒えている。まだ左目はぼやけるし、左腕にも多少痺れが残っているが、それも遠からず消えるだろう。
あの後、文明敵対種出現の事実は、瞬く間に帝国と三大ギルド上層部に広まった。
時勢を鑑みた結果、箝口令が敷かれる事が決定され、フィリップスは口止めを兼ねて多大な恩賞を約束されている。
――――割に合うとは、到底思わないが。
「正直、勧めかねるよ。あれは危険過ぎる」
「覚悟の上です」
報奨の一環として、フィリップスは【全知の図書館】調査団への同行を希望した。
魔術師として力を高めるには、またとない好機だ。
しかし同時に多大な危険を伴う試練でもある。
教授が渋るのも、無理からぬ事であった。
「くれぐれも、自棄になってはいけないよ。何があろうと、最後まで諦めない事だ。」
「肝に銘じておきます」
一礼してフィリップスは退室する。
教授の気遣わしげな表情が、今は妙にくすぐったかった。
「諦めるな、か」
フィリップスは苦笑した。言われるまでもない事だ。
歩き続ける覚悟はもう、あの日の夜明けに済ませている。
強くなると、そう決めた。
夜に迷い、道は見えず、けれども決して足は止めない。
今は遥けき友の名に、恥じる事のない様に。 - 43《白無地の書》21/10/29(金) 19:59:54
- 44詩謳う御子21/10/29(金) 20:01:49
- 45〈春風〉21/10/29(金) 20:04:31
- 46《白無地の書》21/10/29(金) 20:06:30
- 47詩謳う御子21/10/29(金) 20:07:44
- 48《白無地の書》21/10/29(金) 20:12:54
そう言って頂けると励みになります。
- 49〈春風〉21/10/29(金) 20:14:14
- 50《白無地の書》21/10/29(金) 20:16:46
- 51嵐のお嬢様21/10/29(金) 20:19:40
お疲れ様ですわー!とても面白かったですわー!
クオリティ文章量ともに質が高く「これが無料か……?」と思ってしまいましたわー!
悩んでいるような読みにくさはありませんでしたから自信もってくださいましー! - 52〈春風〉21/10/29(金) 20:22:09
- 53変身新人少女21/10/29(金) 20:25:13
いいssでした!…こんな文章力が欲しいです
- 54ユーレイ21/10/29(金) 20:30:33
お疲れ様です、読ませていただきました。
凄い(小並感)
情景が浮かんでくる文章、とても素敵です。 - 55《白無地の書》21/10/29(金) 20:30:35
- 56魔剣使い21/10/29(金) 20:38:57
良いお話でした
私は長い話を書けないし、途中でギャグに逃げてしまうので本当に凄いと思います - 57匿名のギルド運営委員K21/10/29(金) 20:42:50
楽しかったです!
自分は設定を考える時どうしてもオール地の文にする事が多めなので
こういう小説形式には本当に憧れます!いやぁ参考になるな - 58『遥けき夜明け』薄明21/10/29(金) 20:52:24
- 59匿名のギルド運営委員K21/10/29(金) 21:18:48
- 60『遥けき夜明け』薄明21/10/29(金) 21:33:06
セプティセンボリは作中で説明されている様に地脈・龍脈を汚損しその腐敗を力とする生物です
起源や詳しい生態は不明ですが、今までの出現例ではほぼ例外なく地域一体に壊滅的な被害を与えています
耐久卵の状態で世界各地の遺跡地帯を中心に埋まっており、条件が揃うと孵化するのですが、自然にそうなる事は滅多にありません
名前は医学用語のSeptic Emboli[腐敗性塞栓]から
召還者の男は作中で語られていた魔術師ギルドを追われた研究者の一人です
文明敵対種を含む危険生物の軍事利用可能性を研究していましたが、あまりにもリスクが高過ぎる事から研究中止を宣告されました
殲魔教団はグロワールを中心に魔術師ギルドの連携が強まる事を嫌って彼に接触し、彼の計画に必要な予算と物資、人手を提供しています
貧民街で口封じに始末された二人の黒服は殲魔教団からの出向でした