【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けて最終的にタキオンが泣く話

  • 11◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:35:27

    ※すごい長いですが、書き溜めはしてあります。よろしければお付き合いください。

  • 21◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:35:57

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    「怪火」
    鬼火、狐火、人魂――調べてみると意外と細かく、しかし大雑把に区分されていて呼び方は様々だが、カフェの耳元に届いたときには単に「怪火」と呼ばれていた。無難で良い呼び方だと思った。
    噂によると、夜間に練習グラウンドをゆっくりと移動する光が目撃されたらしい。
    「――カフェさんは、こういった話の相談も受けていると聞きましたので、お力添えを、と……」
    相談に来た2人のウマ娘が頭を下げる。
    対する青鹿毛のウマ娘、マンハッタンカフェは居心地が悪そうに頬を掻いた。
    3年間のトゥインクル・シリーズを戦い抜いたカフェは、自身の居城とも呼べるこの旧理科準備室で、日頃から後輩ウマ娘の相談に乗っていた。普段は専らレースに関する相談なのだが、たまにこういった霊障だの怪奇だのといった相談が寄せられるのである。
    「……わかり、ました。夏祭りまでの間……の警戒と、できる限りの原因の究明をしてみます」
    夏祭り実行委員に任命された2人のウマ娘、ゼニスとアポロが顔を輝かせる。
    8月の終わり。デビュー済みのウマ娘たちが夏合宿で留守にしている間に行われる「トレセン夏祭り」は、慣例的に下級生たちによって運営されている。
    この時期、学園内に残っている数少ない先輩ウマ娘として、彼女らのために一肌脱ぐのは責務であるように思えた。

  • 31◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:36:12

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    「実は、夏祭りのステージで、私の勝負服のお披露目をするんです!」
    机の上に置かれたチラシの、ステージ出演ウマ娘の欄にある自分の名前を指しながらゼニスが言う。
    勝負服。ウマ娘がレースで身につける自分専用の衣装。勝負服に身を包んだときの高揚感、レースでいま一歩を後押ししてくれる不思議な感覚、勝利を飾り立てる誇らしさはカフェにもよくわかっていた。そのお披露目となれば感慨もひとしおだろう。
    「それは、楽しみ……ですね」
    「ええ!」
    「……ゼニス、私は先に行くよ。君たっての願いで相談に来たのだから、細かい打ち合わせを君に任せてもいいよね?」
    「もちろんよ!」
    こうして、カフェはこの後1時間にわたってお披露目予定の勝負服とゼニスとの、一種の惚気話を聞かされることになった。
    時折、数日前から留守にしている旧理科準備室のもうひとりの主、アグネスタキオンの居ない研究スペースを恨めしげに見遣る。彼女が制作の協力をした勝負服の中に、炎のように揺らめく、発光する布地というものがあったはずだ。化学反応による発光現象なら一通りの知識があるだろう。
    何なら怪火の正体はそれであり、犯人はタキオンなのではないかとすら考えたが、当の本人が不在では問い詰めることもできない。

    「……話は変わりますけど」
    デザイナーの持ち込んだ小物を気に入り、勝負服に急遽アレンジを加えたという話から、急に話題が相談事に戻る。
    「美浦寮には幽霊が出るとか……数年前に亡くなった先輩もいらっしゃるとも聞きます」
    「幽霊というのは……」よく自分にそっくりなウマ娘が目撃されている、と言えば話がややこしくなりそうなので言葉を選ぶ。「……人魂のような形では、噂になっていませんから……むやみに結びつけられません。……亡くなった先輩もそうです」
    「そうですか……」
    「何か、分かりましたら……連絡します」
    「こんなときにアレですけど、ぜひ、ステージも観にいらしてくださいね」
    ゼニスは笑顔でそういうと、夏祭りのチラシを残して旧理科準備室を後にした。

  • 41◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:36:28

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    ――夏祭りの日を迎えた。
    カフェは立ち止まると、眼前の光景に目を向けた。美浦寮の棟同士をつなぐ渡り廊下から見える中庭は、朝もやに包まれている。
    先日、ついに怪火による実害が出た。実行委員のウマ娘、アポロの目の前に出現した光の玉が、施錠されたドアを通り抜け、室内にあったハギレを焼いたのだ。
    すぐに現場の霊視を頼まれたカフェだったが、その原因を暴くことはできず、不甲斐なさに歯噛みする日々を過ごしていた。
    ふと、何かが視界をかすめて、視線が無意識にそちらを追う。中庭の木陰に設置されたベンチの上に、1人のウマ娘が肩を震わせて座っているのが見えた。
    見慣れない子だ……泣いているのは何故だろう?
    カフェは渡り廊下を離れ、声を掛けることにした。自分の考え事には当面答えが出そうにないし、今はそうすべきだと思った。
    「あの……おはようございます……」
    びくりと背中が跳ね、金髪のウマ娘がこちらを見た。
    尾花栗毛。タイキシャトルやゴールドシチーと同じ、綺麗な髪だ。
    「あっ……すみません、おはようございます。びっくりしました、足音が聞こえなくて……」
    「隣……いいですか?」
    「えっ?!はい、どうぞ……」
    怪訝そうな目を向けられたが、対するカフェの目はというと、すでに違うものを捉えていた。
    「……あなたのお姉さん」
    「ご存知なんですか?」
    カフェが頷くのを見て、彼女の目に再び涙が溜まり始める。
    「『自分のやりたい事をよく考えて、それを1番に……あなたは優しすぎるから……』と」
    「姉さん……」
    カフェはそれだけ伝えると、金髪のウマ娘の涙が止まるのを静かに待っていた。

    朝もやが晴れるころに、彼女は立ち上がった。目には涙ではなく、エネルギーが満ちている。
    「ありがとうございました。もう、大丈夫ですから……えと、」
    カフェはここでようやく、自己紹介を済ませていない事に気づいた。
    「マンハッタンカフェです」
    「私はプロゼクトジェミニ。専攻は競技科ではないので美浦寮には所属していませんが、昨日からお祭りのお手伝いでお邪魔させて戴いてます」

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 18:36:34

    23項だと!?すげえ!

  • 61◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:36:41

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    昨日というと、実行委員会が夏祭りの展示の予行練習という名目で美浦寮を色とりどりの光を投射して染め上げ、寮生たちに大顰蹙を買う、という珍事があった。その片付けに追われていたのかもしれない。
    この後はステージの裏方としての打ち合わせがあるからと言うジェミニを送り出した後、カフェの足は普段の慣習通り旧理科準備室へと向かっていた。
    「やあ、カフェ。しばらくだね」
    「……タキオンさん……おはようございます」
    本当に久しぶりな気がした。彼女が居ない間に色々なことがあったせいかもしれない。
    制服の上から白衣を羽織ったいつもの姿で、アグネスタキオンが笑う。
    「なんだか厄介事のようだねえ」

  • 71◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:36:56

    5 / 23

    ハギレを焼いた怪火が目撃されたのは、4日前になる。

    静まり返った夕方の構内を帰路についていたカフェは、数人のウマ娘たちが不安そうに立ち尽くしている場面に出くわした。知った顔がいくつか含まれていたことで、それが夏祭りの実行委員会の集まりだと気づく。
    「カフェさん!ちょうどよかった」
    アポロがカフェに気づき、大きく手招きをする。
    「……どうか、なさいましたか?」
    「実は、先程、この部屋に光の玉が飛び込んでいくのが見えまして……施錠されていたので、今、鍵を取りに行かせているところです」
    カフェは驚いて扉を見た。すりガラスで室内はハッキリわからないが、すでに怪異の気配は無いようである。
    「みんなで歩いてて……アポロちゃんが見たの」
    「すぐに扉の中に消えたみたいで、ちょっと怖いけど確認しよう、って……」
    言葉通り、他のウマ娘たちは怯えきっている様子である。
    そこへ、鍵を持ったウマ娘が戻ってきた。
    「すみません、鍵が服飾科預かりになっていて……結局理事長探してました」
    見ると、扉の上のプレートには「ミシン室」と書かれている。
    アポロは鍵を受け取ると、カフェに目配せしてから扉を開けた。
    ――柔軟剤と、生花の匂い。
    部屋の名前どおり、机の上にはミシンが並んでいる。壁に建て付けられた正方形の棚には色とりどりのゼッケンが収納されていた。マネキンが着ているのは誰かの勝負服だろうか?
    「あれは……!」
    アポロが早足に部屋の隅へ向かう。カフェも気配を探りながら後に続いた。
    「見てください、焼けてる……」
    アポロがハギレの山からつまみ上げたのは、焼け焦げた布の残骸だった。

  • 81◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:37:06

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    「ふゥン……」
    カフェの話を聞き終えたタキオンが紅茶を口元に運ぶ。
    「君の観察力と記憶力は素晴らしいね。聞き入ってしまったよ」
    「……ありがとうございます」
    人を褒める口調ではなかったが、とりあえず礼を返す。
    「ヒントは……」
    「待ってください……何かわかったのなら、直接おねがいします」
    「えー!?そんな調子じゃ、頭カチコチのお頑固さんになってしまうよ?」
    この様子では素直に教えてくれそうにない。カフェはタキオンから視線を引き剥がすと、手元のマグカップを見つめた。思えば、この件に関してもう少し考えるべきだったのかもしれない。今日まで、実行委員会に急かされて祭りの安全、怪しい気配の排斥にばかりリソースを取られていた気がする。
    「ヒントは『静まり返った構内』そして、『柔軟剤と生花の匂い』」
    ――そうか、
    「……本当にハギレが燃えたのなら……火災報知器が作動するはずです。焦げ臭い感じも……しませんでした」
    カフェの言葉を聞いたタキオンは満足そうに笑うと、再び紅茶を口元に運んだ。

  • 91◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:37:17

    7 / 23

    夏祭りは地域自治体との共同で行われており、日中の第1部では学生が出店していた屋台を、日没後の第2部では地域自治体が引き継ぐ。(もっとも、実態は逆で、地域自治体の屋台を学生が借りて営業していたのを返す形だ)
    その入れ替え作業が始まり、カフェは美浦寮の自室に戻っていた。なぜかタキオンも一緒である。
    「浴衣かい?キレイだねぇ」
    そう茶化しながら、今は合宿で主人の居ないルームメイト、ユキノビジンのベッドに腰掛ける。
    カフェは今朝、部屋を出る時に広げた浴衣をベッドの上に出しっぱなしにしていた己を恥じた。
    「……着る機会も無いですから、少し、広げてみただけです」
    「着ればいいじゃあないか。君は今回の騒動に対して即応の構えを取っておく……義務みたいなものを感じているようだが、そこまで気負う必要は無いと思うよ」
    カフェはまだ数えるほどしか袖を通したことのない自分の浴衣に視線を落とした。
    「今日は……随分と、優しいですね」
    「そうかな?私はいつも優しいよ?」
    ため息をついた。それより今は今回の騒動について考えなければならない。
    霊障でないとすれば、必ず目的があるはずだ。ハギレを燃やすことで達成できる目的とはなんだろう?あるいは、怪火を目撃させることで達成できる何か、だ

  • 101◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:37:38

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    どういう風の吹き回しか、今回の件に関して協力を申し出たタキオンは、図書室のパソコンを操作して生徒名簿をプリントアウトしていた。何か後ろ暗い方法を使ったような気がしてならないが、今は触れないことにする。
    その名簿をユキノビジンのベッドに並べるのは気がとがめたが、どっちにしてもタキオンが見出したシーツを後で均す必要はあるだろう
    「足もとだけでも下駄にしたらどうだい?爪には優しそうだ」
    カフェは爪が弱く、トゥインクルシリーズの間悩まされ続けた事は、タキオンもよく知るところだった。
    「制服に下駄履きは……変です」
    「ン、それはそうだね」
    会話しながらも、メモ用のコピー紙に実行委員会の生徒を次々ピックアップしていく。カフェにはできない手際の良さだ。
    「ゼニスダンテ――ステージ出演、プロゼクトアポロ――実行委員長」
    「プロゼクトアポロ……?」
    カフェはこのとき初めて、今まで彼女の名前を単に「アポロ」としか聞いていなかった事に気づいた。
    「どうかしたのかい?」
    「実行委員会にもう一人……プロゼクトジェミニという子が居ませんか?」
    「ふむ……そういえばどこかで見たような……」
    タキオンはしばらく資料とにらめっこしていたが、結果は芳しくないようで、手持ち無沙汰になったカフェは夏祭りのチラシに目を向け――その名前を見つけた。
    「……ありました。衣装協力、プロゼクトジェミニ……服飾科」
    「ああ、服飾科か!えっと、リストリスト……」
    ウマ娘の名前は自分で決めるものではないが、概ね名前と名字のような形で構成されている。目の前に居るタキオンがそうであるように、共通する名を持つからと言って必ずしも家族というわけではないが――
    「こっちは家族構成も載っているね、姉のようだ」

  • 111◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:37:58

    9 / 23

    遠くからくぐもった音が聞こえ始めた。いつの間にか祭りの第二部の時間になっていたらしい。
    タキオンはまだリストを眺めていたが、カフェが声を掛けると
    「見ながら考えてるだけだ。問題ないよ」
    と答えてベッドの上を片付け始めた。

    廊下に出ると、すでに真っ暗で、遠くにステージの灯りが見えた。カフェたちと同じくステージの音で出遅れたことに気づいたらしい数人のウマ娘が暗い廊下を急いでいる。
    「暗いね」
    「……そういえば、あなたは、昨夜不在でしたから――」
    カフェがそう言いかけたとき、パッと廊下の灯りがついた。闇に目が慣れていたため思わずしかめっ面になる。
    「――あれ……?」
    「ン?どうかしたのかい?」
    「いえ、昨夜は――」
    カフェの言葉は上階からの「あれは何だ?!」という声に再び中断させられた。
    タキオンが声に反応して廊下から中庭を見る。カフェも慌てて窓から顔を出した。
    すぐにはそれに気づかなかった。気づいたのは、それが滑るように動き始めたからだ。
    中庭を挟んで向かいの棟、1階の廊下に赤い光球が浮かんでいる。時折支柱の影に隠れながら右から左へと移動して行き……不意に消えた。
    「今のは……」
    「行ってみよう」
    タキオンが脱兎のごとく駆け出し、カフェもあとに続く。渡り廊下を走り抜け、向かいの棟に飛び込んだ。
    暗い廊下に目を凝らす……何も居ない。
    「今の見た?」
    「なんだったんだろね……」
    上階から階段を降りてくる声がある。それは2人の寮生だった。
    「キミたち、何か見てないか?」
    「ええ、多分ステージ用のライトか何かだと思うんですけど……」
    いや、あれは照明器具で出せるようなものではなかった。タキオンも同意見のようで「ライト?」とオウム返しに聞く。
    「ええ、あっちの棟の1階で、急に白い光が……」
    カフェとタキオンは絶句して自分たちの来たほうを振り返った。いくつか廊下を歩く影はある。しかし、怪しい光だとか、そういったものは見えなかった。

  • 121◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:38:15

    10 / 23

    「――いえ……それはないです」
    「なぜ言い切れるんだい?」
    学園へ向かう道すがら、タキオンは怪火の正体をプロジェクターによる投影ではないかとする説をカフェに話していた。
    確かに、昨夜はプロジェクションマッピングが行われていた。美浦寮の窓の位置なんかのマッピング情報は入力済みだっただろう。しかし、
    「私は昨日、実際に投影されるところを見ています。今回持ち込まれているプロジェクター、黒の部分でもそれなりに明るいんです」
    「……昨日の展示が、そう思わせるための布石として、わざと薄明かりを照射していた可能性は?」
    タキオン自身も言っていてかなり苦しいのはわかっているのだろう。カフェが反論せずとも「だめか……」とひとりごちて黙ってしまった。
    「カフェさん!」
    前方で大きく手を振るウマ娘が居る。プロゼクトアポロ。少し背筋が緊張するのを感じたが、カフェは努めて平静に返事を返した。
    「こんばんは」
    「こんばんは……寮の方で何かあったみたいですが」
    「ええ、」
    何と続けて良いのか迷っていると、今度はアポロのほうが呼び止められた。
    「アポロさん!どこ行ってたんですか、アポロさん担当の第1部の荷物、残っちゃってますよ!」
    「すまなーい!今行く!」
    1歩2歩と駆け出してから、もう一度こちらを振り向く。
    「ステージに行かれるのなら、校舎を回り込んで練習グラウンドを突っ切れば、ステージ裏に出られます。カフェさんならみんな通してくれるでしょう」

  • 131◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:38:28

    11 / 23

    何か見落としているだけだ。
    タキオンに言われずとも、カフェもそう感じていた。しかし、それが何かわからない。
    アポロに教えられた近道を通りながら、ふたりともが、ステージ裏に到着するまでになんとかしなければ、と思っていた。なぜそう思ったのかはわからない。だが、直感が「今が最後のチャンスだぞ」と叫んでいる。
    ふと、何かが視界をかすめて、視線がそちらを追う。
    「どうしたんだい?」
    立ち止まったカフェにタキオンが振り返る。
    ステージから漏れ伝わる光が2人の影をターフの上に落としていた。
    「……そうか!」
    タキオンの目が見開かれる。カフェも頷いた。
    「ふた手に分かれる必要があるね」
    「説得が難しいのは……彼女でしょうから、タキオンさん……あなたはステージ裏をお願いします、今朝、裏方の打ち合わせに参加していましたから、そちらに居ると思います」
    「わかった。くれぐれも気を付けるんだよ、カフェ」
    カフェは頷くと、いま来た道を引き返し始めた。
    ローファー履きで来たことを少し後悔していた。

  • 141◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 18:39:09

    以降、解決編になります。
    せっかくなので、少し時間をおいてみます。

  • 15二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 19:09:22

    期待して待つ

  • 161◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:14:57

    続き投下します。

  • 171◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:15:14

    12 / 23

    アグネスタキオンが到着したとき、ちょうど1つのステージが終わり、演者の入れ替えが行われようとしていた。緊張した面持ちのゼニスが制服姿で更衣室が空くのを待っている。彼女の出番は大トリ。まだしばらくの猶予がある。
    タキオンは関係者以外立ち入り禁止のロープをくぐって、その先に居た尾花栗毛のウマ娘に声をかけた。
    「キミがプロゼクトジェミニさん、だね?」
    小さな背中がびくりと跳ねる。手に持っているのは勝負服の一部だろうか?
    「えっと……」
    「アグネスタキオン。マンハッタンカフェの友人だよ」
    ステージが暗転し、ジェミニの表情が読めなくなる。ステージ袖で不穏なざわつきが起き、タキオンもそれを見た。
    赤い光。ステージの頭上、さっきまでライトに照らされていた辺り。
    暗転が終わり、赤い光は見えなくなった。怪火に気づいた者は少なかったようで、滞りなく次の演目が始まる。
    「完全な暗転は今日初めてかな?」
    「……どうしてそれを?」
    「今の……最後の怪火、とでも呼ぶべきか。すごく単純なしくみで……くくく、済まない」
    タキオンが笑い出すので、ジェミニは不機嫌そうな目つきで彼女を睨んだ。
    「いやなに、よりにもよってあれを最後のトリックに使うとは……そういえばキミは服飾科だったね……あの発光する生地を作ったのは私だ。この距離でも判るよ」

  • 181◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:15:26

    13 / 23

    手早く残っていた業務を片付けたプロゼクトアポロは、校舎を回り込み、練習グラウンドのターフに差し掛かった。
    予定が狂った。急がなくてはならない。
    そのアポロの前に、闇に溶けるような青鹿毛と、髪とは正反対に白い肌のウマ娘が立ち塞がった。
    「……アポロさん、お話があります」
    「……すみません、急いでいるので」
    「ステージ裏には……タキオンさんが向かいました。今頃、ジェミニさんを……止めてくれているはずです」
    アポロの足がはたと止まる。
    「――ミシン室の、ハギレを焼いた怪火。あのときの証言……直接目撃したと言ったのは、あなただけでした……ハギレは予め、燃えた状態で置いてあったのでしょう」
    そのことを知っていたからこそ、まっすぐにハギレの山に向かったのである。
    部屋の鍵は服飾科の管理だったが、だからこそ、協力者のいる彼女にはそれができたとも言える。
    「ハギレを置いたのは、プロゼクトジェミニさん……あなたのお姉さんですね?」
    返事は無かったが、ギラつく目が、正しいと物語っていた。

  • 191◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:16:18

    14 / 23

    「――次に、つい先程、美浦寮に現れた怪火だ。これも本来は実に単純なトリックのはずだった」
    タキオンは話しながらも、ジェミニの手中にあるものに注意を払った。花かんむりのようだが、花はついていない。
    「プロジェクションマッピングに使用される機材で、火の玉の映像を投影する。それだけの予定が、前夜祭で顰蹙を買ったせいで今日はプロジェクションマッピングが行われなかったことと……おそらく、君たちもその前夜祭で気づいたのだろう、機材の欠陥のせいで複雑化した」
    そう、これは怪我の功名と言っていいだろう。
    何も難しく考える必要は無かったし、実際カフェの証言が無かったら、その工作のことになど気づかぬまま、それはそれで真実に行き着いていただろう。
    「投影範囲の暗い部分でも薄明かりを投射してしまうという欠点を、君たちは対面の廊下の電灯を全て付けるという手段で克服したんだ。投影範囲は、私たちの居たほうの廊下から発せられる光でまんべんなく照らされ、薄明かりはかき消された」
    それでもスクリーン側の廊下からはプロジェクターの光が白色として認識できてしまっていたようだが、予定通りプロジェクションマッピングが行われていれば。その光はそもそも「不審なもの」ではなくなる。
    「投影は君の担当。電灯を付けるために走り回ったのは競技科の君の妹。……ここまでで訂正はあるかな?」
    「いいえ」
    アポロが職務を放置して点灯役に回ったため、しわ寄せでここに来るのが遅れているという事実が、このトリックに関しては計算外の連続だったことの証左だ。

  • 201◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:16:30

    15 / 23

    なぜ、怪火騒ぎなんてものを起こしたのか、ずっと考えていた。
    そして掴んだ答えに、物証は無い。それでも、カフェは確信していた。
    「今日のステージでゼニスさんが着る勝負服、急遽アレンジが加えられたそうですね?」
    「ああ、」
    「ミシン室の生花の匂いに混じっていましたが、あれはローリエ、月桂樹の香りでした」


    一瞬だけステージからの明かりが差し込み、タキオンの考えも確信に変わった。
    あれは花かんむりではない。
    月桂樹。勝利と栄光と繁栄の象徴。
    「――そして、その葉と枝から作られる月桂冠はギリシャ神話の光明神、アポローンの象徴!それは元々、君の妹のための勝負服だったんだね?」
    「違います」
    「あれーーーっ?!?」

  • 211◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:16:42

    16 / 23

    「――元々は、あなた方のお姉さんのためのもの……ですね?」
    アポロが静かに頷く。
    プロゼクトマキリー。タキオンが取り寄せたリストの家族情報に載っていた名前だ。
    数年前、事故で亡くなっている。
    「元々、燃やすために作ったのでしょう……そうして、天国のお姉さんに届けるために」
    しかし、それを見たゼニスが気に入ってしまった。
    「ジェミニ姉さんは押しに弱いから」
    ようやく、アポロが少し砕けた顔を見せる。しかし、目は相変わらず力強い光を放っていた。
    「怪火の噂を利用し……勝負服が焼けても怪奇現象として、片付けられる状況を作った……それが今回の騒動の全容。そして……」
    その仕上げのために、あなたは行こうとしている。
    「あなたのお姉さんは……」
    「そこまでわかってるなら!」
    突如、瞳の奥で燃えていたエネルギーが炸裂するのが伝わってきた。
    「どうしてやり遂げさせてくれないんだ!」
    正当性は依然自分たちにあるのだ、という彼女の意志を否定する術は、法律だとか社会規範だとかを持ち出す他ない。しかし、それでは彼女の想いは晴れないだろう。
    だから
    「……賭けをしましょう」
    「賭け?」
    カフェの細い指先が、宵闇に包まれたターフの、その先を指す。
    「ステージ裏までの近道。練習グラウンドの最終直線800m。平坦。芝……あなたが先に駆け抜けられたのなら……そのまま走って、やり遂げてきなさい。私の方が先なら……もう少し、お話に付き合ってもらいます」

  • 221◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:16:55

    17 / 23

    タキオンとジェミニは、連れ立って練習グラウンドの見えるフェンスの前にやってきた。
    ジェミニの手には、依然月桂冠が握られたままである。
    「カフェはあれで押しに弱いからねぇ、君たちの……ある種、正当性を認めてしまってると思うんだ」
    「その上で説得するために、走るんですか?」
    「私たちはウマ娘だからね。きっとそうする」
    グラウンドは真っ暗で2人の姿は確認できない。それでもタキオンには、あの青鹿毛の友人ならその手段を選ぶだろうという確信があった。私たちは負けず嫌いなんだ。
    「……あの子は、速いですよ?」
    「ああ、それでも平等なレースでならカフェに軍配が上がるのだろうけど……そこら辺のハンデは見誤らないといいけどねえ」

  • 231◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:17:04

    18 / 23

    ハンデはスタート。アポロは合図のコインを弾いた瞬間、カフェはそれが地に落ちた瞬間とする。判定を下す人も居ないのでゴール前で競るようならアポロの勝ち。
    「加えて、私はスニーカー。あなたはローファー。革靴だ。勝ち目は無いよ?」
    カフェはストレッチを終えてしっかりと地面を踏みしめると、アポロの燃える瞳を見据えた。
    「……だいじょうぶ」
    「そうか」
    アポロがコインを構えた。ゆっくりと呼吸が整えられていく。
    「約束は、守ってもらうからね!」
    コインが勢いよく弾かれる。ターフがえぐれ、数メートル離れたカフェの足もとに1歩目の衝撃が伝わってくるほどだった。
    耳を澄ませて、暗闇を舞うコインに意識を集中させる。
    その間にも2歩、3歩とアポロが遠ざかっていく。距離は800m。ステイヤーのカフェの適正ではない。学校指定のローファーなんかでレースをして、また爪を傷めたなんて言ったら、事情を知っているタキオンはともかくトレーナーさんはどんな顔をするだろうか?
    それでも――
    トッ、と柔らかい音がして、コインが地に触れた。カフェの1歩目が深く刻み込まれる。
    地面から確かな反動を受け取り、飛ぶように走り出した。
    すでにアポロの背中は闇に紛れるほど遥かにあった。

  • 241◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:17:14

    19 / 23

    踏み込む、踏み込む。
    アポロは自分の足がトップスピードに乗ったのを感じた。まだまだ選手として未完成なのは自分でも認めるところだが、この加速力だけなら、重賞バにだって見劣りはしない。
    相手のスタートの音が背後で響く。ここまで伝わってくるほどの気迫には鼻白む思いだったが、逃げ切るには十分なリードが得られた。やはりハンデが大きすぎたのだ。私をナメるな。
    背後から迫ってくる足音は無かった。


    「あの子はデビュー前ですが、短距離向けの足です。タキオンさんの読み通り直線1本の勝負なら……あの子の足は月にだって届きます」
    「ここで私たちが張り合っても仕方ない、とは思うけどね……」
    タキオンが口元を覆ったまま笑みを浮かべる。
    「負けはしないよ。積み上げた摩天楼だって、月に届くさ」

  • 251◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:17:33

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  • 261◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:17:46

    21 / 23

    アポロは目を見開いた。
    闇の中から突然現れて、抜き去っていったように感じたからだ。
    ――足音が、しない?!いや、走る姿を見ながらなら聞き取れる。
    信じられないほど静かな走りだ。それでいて1歩1歩が恐ろしいほどに大きく、長い。その尋常ならざる間隔も足音をより認識しづらいものにしているに違いない。
    そして何より、速かった。
    「っ!くそっ!!」
    悪態をついてもう一段、加速を試みる。しかし、足がこれ以上早く上がらない。身体を前へ運べない。
    「くそっ!くそっ!!」
    マキリー姉さん!デビュー戦を勝利したのに、ジェミニ姉さんが服飾の道に進むと決めたから、勝負服はお願いするね、と笑って待っていた姉さん。ついに私の足では追いつけなかった姉さん!!あなたのために、もう1歩が必要です。どうか……!

    輝くような白い芦毛が揺れた。
    私には届かない速さで、前を駆けていく。にこやかな表情、優しい瞳、そして……
    「姉さん!」
    そして、月桂冠の勝負服。
    生前に見ることは叶わなかった、この夏、ようやく完成したジェミニ姉さん手作りの勝負服。

    幻影が消え去った時、すでにカフェはステージから降り注ぐ逆光の中を、足を緩めて振り返っていた。
    800mの戦いが、終わったのである。

  • 271◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:18:01

    22 / 23

    「いやあ、ずいぶんと無茶をしたねえ……」
    月桂冠をゼニスの元に返しに向かったタキオンは、数分で帰ってきた。今はカフェの血の滲んだ足に消毒液を吹きかけている。
    美浦寮のカフェの部屋。これ以上ローファーを履いていられなくなって、戻ってきたのだ。
    メインステージが見られなかったことは、後でゼニスに謝らなければいけない。それに、事情を知る権利は彼女にもあるだろう。
    「よし、応急処置としては十分だろう……そうだ!」
    「……何を思いついたんですか?……怖いので……やめてください」
    「まだ何も言ってないじゃないか?!カフェ、浴衣に着替えるといい」
    「どうしてですか……」
    ベッドの上には、まだ浴衣が広げられたままだった。
    「下駄だよ。今度こそ爪の保護のために必要だ……それに、誰かに踏まれないよう、人混みは避けないとねぇ」
    「……もう今日は休みませんか?」
    「ええー?!花火を見ようよ!何のために学園に帰ってきたと……ほら、私が口を滑らせたんだから君は赤くなるところだよ」
    「口を滑らせたときは……もっと気まずそうな表情をするものです……分かりましたから、そんなことでこの世の終わりみたいな顔、しないでください……」

  • 281◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:18:13

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    カラコロと音を響かせながら、上機嫌のタキオンと共に歩く。
    夏の夜空にはすでに花火の音が響き始めていた。
    「ところで、わからないことがあるんだ」
    「……何でしょう?」
    「どうして、月桂冠の勝負服がアポロくんではなくお姉さんのものだと分かったんだい?それに、内容は聞いていないが、レースのあとで2人を説得できていたのも謎だ。説得できるなら最初からしていれば良かったじゃないか」
    「ああ……」
    それは、あんまりにあんまりな理由なので、タキオンには伏せておこうと思っていた事だったが、問われては答えたほうが収まりが良いだろう。
    「見えたんです……最初にジェミニさんに出会った時、あの子たちのお姉さんが。……レース中も。最初に見えたときにはもう、月桂冠の勝負服を、その気持を……受け取っていました」
    タキオンが無表情に固まる。しかし、その次の瞬間には憤慨して抗議の声を上げた。
    「ズルいじゃないか、まったく……ノックスの十戒を知らないのかい?」
    「『探偵は超自然能力を用いてはならない』……でしたっけ。私は探偵じゃありませんので」
    そういえば、カフェにもまだ一つ疑問が残っている。
    「今回の事件……怪火の噂だけは、事件とは無関係に始めからありました……」
    ギクリ、とタキオンの肩が跳ね、カフェは全てを悟った。
    「……タキオンさん?」
    「いやあ、皮下の筋肉の動きを観察する必要があってね。夜間であれば視認できる程度の発光作用のある薬をモルモットくんに……」
    ノックスの十戒では『未知の毒薬』も禁止されていなかっただろうか?
    「タキオンさん……」
    「悪気があったわけじゃあないぞ、断じて!」
    涼しい夜風が吹いた。花火の炎が夜空を照らす。夏が終わる。合宿に出かけていたウマ娘たちも、もうすぐ帰ってくるだろう。


    このとき、校舎の火災報知器が鳴り響いていたのだが、花火を見るために離れていく2人には聞こえていなかった。後に判明したことだが、「怪火」により旧理科準備室に保管されていたタキオンの研究資料が燃えたのだ。
    タキオンは泣いた。

  • 291◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:18:41

    以上です。お付き合いいただきありがとうございました。

  • 301◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:19:13
  • 31二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 19:25:10

    素晴らしい力作だった
    難しいミステリでここまで書けるって本当に才能だと思うよ
    これからも頑張ってくれ

  • 32二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 19:26:31

    今回も面白かった

  • 33二次元好きの匿名さん21/11/05(金) 19:28:52

    すっげ…(語彙消失)

  • 341◆y7XUmHaaYQ21/11/05(金) 19:52:23

    >>31

    さらっと次回作要求されとる……

    頑張ります

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