【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話

  • 11◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:28:09

    ※長いですが、書き溜めてあるので一気に投下します。

  • 21◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:28:39

    1 / 15

    ――5月
    来たる春のG1戦線を前に、熱く情熱を燃やすウマ娘たちの声が遮光カーテンごしに響いている。
    青鹿毛のウマ娘、マンハッタンカフェは3年間のトゥインクルシリーズを戦い抜いた日々に思いを馳せた。3年前の今頃は陣営に彼女が加わり、体調のコントロールに追われていたのだったか。
    「待たせているんだろう?行かなくていいのかい」
    ふと、意識が3年前のターフから現在のソファの上に引き戻される。声の主こそ「彼女」、この空き教室を折半するもうひとりの部屋主、アグネスタキオンである。今日も制服の上から白衣を羽織った恰好で、暗めの栗毛は蛍光色でライトアップされている。
    「少し私の相談――いや、ただ聞いてくれるだけでいいのだけど――理事長から芝の改良を持ちかけられていてね」
    「そうですね、もう行きます」
    「まあ、そう言わず。いいかい?蹄鉄とウマ娘の脚力でターフを蹴るのはスコップでほじくり返すのにも等しい。芝は当然傷むだろう?先のURAファイナルズでは芝の損耗、張替えのための在庫確保に理事長が大変苦心しておいでだった。そこで、今後のためにも薬品での保護や品種改良ができないか、と持ち掛けられたんだが……この芝を見てくれ!蹄鉄に負けない硬度を実現したんだ」
    「……転倒したらどうするんですか」
    「まさにそこが悩みどころでね。このアイデアは失敗というわけさ!」
    「もう行きます」
    何やら満足げなタキオンを後目に、元理科準備室、現研究室兼パーソナルスペースの扉を閉めて栗東寮に向かう。
    カフェが後輩のウマ娘たちの相談を受けるようになったのは、URAファイナルズの終わったこの春からであった。多くの場合はレースについての相談だが、たまには例外もある。
    この日も、そんな「例外」のために、こうして出かけるのであった。

  • 31◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:28:59

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    トレセン学園の正門に差し掛かると、約束通り二人のウマ娘がすでに待っていた。
    「カフェさん、お疲れ様です」
    「ごめんね、待たせたみたい」
    「いえ、私達のために来ていただいたんですから!」
    「こっちです」
    美浦寮に所属しているマンハッタンカフェにとって、栗東寮は似て非なる世界だ。建屋の造りは同じはずだが、影の落ち方が違う。湿気が違う。匂いが違う。
    その裏手の、手入れを放棄された空き地が今回の目的地である。雑草が好き勝手に生え、濃い緑の匂いが充満している。生け垣に囲われた向こうから、練習に励むウマ娘たちの声が響いていた。
    もう少し整備が行き届いていれば裏庭と呼べるのだけど、今は空き地と呼ぶのがふさわしい。
    「ここ?」
    「そうです。あの辺りを歩いていたときなんですけど――」
    指された先を見ると、くるぶし丈の草の生い茂る中に、踏み敷かれたのか地面が露出している場所がある。
    ――この相談を受けたとき、その内容を傍聞きしていたアグネスタキオンは愉快そうに言った。
    「ああ、まさに君にしか解決できないじゃないか、霊障だなんて。行っておやりよ」
    ――確かに、私には他の子には見えないものが見えるし、対応にも一通りの心得がある。だけど、この裏庭は
    「……なにも居ません。気の所為だったのでは?」
    「でも、たしかに昨日、足を掴まれたんです!」
    指された辺りを少し歩いてみたが、この場所にそういった悪影響を及ぼすようなものは居ない。しかし、ウマ娘の脚力だ。蔦が絡んだくらいでは何の痛痒も与えないだろう。
    「少なくとも、今はもう大丈夫です……何かあったら、また来てください」
    二人は腑に落ちないふうだったが、それでも「わかりました」と答え、その場はお開きになった。

  • 41◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:29:16

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    しかし、翌日からも同じような相談は相次いだ。
    「足を掴まれた」「足が重くなった」「引っ張られるような感触を受けた」
    内容は似たり寄ったりで、その都度カフェは現場に足を運んだものの、それはほとんど相談者を安心させるためのポーズのようなものになっていた。
    「ああは言ったが、これだけ続くとなると、君の専門分野以外に答えを求めたほうがいいんじゃないかい?」
    同じ相談が4件ほど積み重なったころ、タキオンがいつものように紅茶を淹れながら言った。
    私も同じことを考え始めていたところだった。
    「あなたなら、どうしますか?」
    「んー、まずは紅茶を飲むだろう?」
    「いりません」
    差し出されたティーカップを押し返し、自分のマグカップを手に取る。コーヒーはいつのまにかぬるくなってしまっていた。
    「それから、状況の再現を試みる」
    「再現、ですか?」
    「怪異が起きたときと何もかも同じ状況にするのさ。同じ時間、同じ場所、同じ服装に同じ体重。食事なんかも揃えた方がいいかな。そうして怪異が起きたら、そのうち何が要因になっているのかを探る」
    なるほど、一理ある。関心したのを悟られないよう、マグカップを口に運んで表情を隠す。
    今までの相談――普通の、レースに関する相談では、知識や経験から、納得してもらえる答えを出せていた。しかし、今回の場合は同じようにとはいかない。それなら、まずは観察や実験によって理解を深めるのが正しいやり方だろう。
    「少し、感謝します。今まで通り私の知見だけであたるには不適当な件でした」
    「なあに、君が役立たずだと思われでもしたら、友人の私としても面白くないからね」
    カフェは何か言い返してやろうとしたが、その前に部屋の扉が叩かれた。

  • 51◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:29:33

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    この日、相談に訪れたのは二人の栗毛のウマ娘だった。
    小柄で気弱そうな子がロータスゴールド。対照的に背が高く、気の強そうな子がアコウパトリオット。ともにデビュー前の栗東寮生だという。
    「実は……今回の幽霊騒ぎ、私のせいかもしれないんです」
    入室直後から決壊寸前といった様子だったロータスゴールドは、案の定、最初の一言で泣き出してしまい、アコウパトリオットがその背中を優しく撫でる。
    「私たちの、だよ。ローちゃん」
    「落ち着いて……責めたりしないから、ゆっくり……」
    「紅茶でも飲むかい?」
    タキオンがティーカップを手に首を突っ込んできたが、二人は私の相談者だ。コーヒーの方が落ち着けて良いだろう。

    そんなわけで、ロータスが落ち着いたときには、机の上に部屋主のものも含めて3組計6個のコーヒーと紅茶のカップが置かれていた。
    「それで、あなた達のせい、というのは?」
    「はい……」
    時々ロータスの横顔に視線を落としながら、アコウが口を開く。
    「年明けまで、あそこにはハチノワーレ……ハチワレのおじいちゃん猫が住んでいました。私たち、隠れて面倒を見てたんです」
    「ああ、それで……ううん、続けて」
    「……お察しのようですが、亡くなりました。雪の降る寒い朝でした」
    「きっと、寒くて、寂しくて、おなかをすかせて、私たちを待ってて、それで……」
    「仕方がなかったんだよローちゃん、正月だもん。帰省するのは普通だ」
    「私たちを恨んでるんだと思います」
    これには間髪入れず「それはない」と答えた。すると、なぜか同時に同じことを口にしたタキオンと声を揃える形になった。
    「もしそうなら、カフェが気づくはずだ。そうだろう?」
    「ええ」
    「だけど……」
    「ちょうど、今から調べてみようと思っていたんです……タキオンさん、あなたも来てください」
    予想外だったのかタキオンは「へっ?」と間抜けな声を漏らしたが、すぐに咳払いをしてごまかすと実験がどうとか、門限がどうとかと言い訳を始めた。
    「場所は栗東寮です。門限の心配は無いのでは?」
    カフェと違い、タキオンは栗東寮の所属だった。

  • 61◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:29:49

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    「ふむ、こんな場所があったのか……ここがその現場だね?」
    一番準備に時間をかけたのにもかかわらず、到着するなり仕切り始めたタキオンが首肯を促す。
    「時間帯は門限ギリギリの19時……そういえばカフェー。君は大丈夫なのかい?門限」
    無論、申請済みだ。それを伝えると、タキオンは聞いているのか聞いていないのか生返事で返した。
    「あのぅ、何か分かりましたか?」
    ロータスがおずおずと声をかける。夕闇に染まり始めた空き地は、独特の湿気はあるものの、やはりおかしな気配は感じない。
    「ひとつ。この生け垣の向こうは練習グラウンドだね?」
    「はい」
    「なるほどなるほど」
    「もったいぶらないで情報を共有してください」
    もともと得意げな笑みを称えていたタキオンの頬が、さらに一段釣り上がる。
    「いやなに、なぜこの場所、時間なのか、疑問に思わなかったかい?」
    全然、というのが私の答えだったが、それを口に出すとこの見かけによらずお調子者の友人をさらに増長天にしてしまうだろう。逡巡のうちに正答を突きつける必要がある。
    「……近道」
    「なんだ、気づいてたか」
    正解だったらしい。元からたれていた白衣の袖が、落とした肩につられてさらにだらりと垂れ下がる。
    「どこか……あそこに生け垣の切れ目があるね。裏手にはグラウンド。時刻は門限ギリギリ。加えて春のG1を控えた大事な時期だ。こんな道ですらない場所を通るのは、時間を忘れて走り込んだウマ娘だけ、ということさ」
    「あのう……それが何か?」
    ロータスの質問にタキオンが更に肩を落とす。
    「カフェー……」
    「ロータスさん、ひとまず、寮長に相談してここを通る近道を禁止してもらいます。同じ条件が揃わなければ、きっと、騒ぎも収まります」
    それにこれは手がかりだ。近道しようとしたウマ娘が霊障に合う。それが何故なのかが分かれば、もっと直接的な解決策も出せるはずだ。

  • 71◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:30:04

    6 / 15

    翌日、アグネスタキオンは起床すると、一本の電話をかけた。
    「――それじゃあ、頼んだよ。モルモットくん。なるべく早く、だ。あー、昼食に間に合いそうになかったら……うん、さすが、わかっているね」
    そうして制服の上に白衣を引っ掛け、静かに部屋を出た。玄関の掲示板には早くも近道禁止の張り紙が出ている。カフェもだが寮長も仕事が早い。
    ふと、小さな影とすれ違おうとしていることに気づいて声をかけた。
    「やあ、フラワー君、おはよう」
    ニシノフラワーは寮の周りの花壇の世話をしている。今もちょうど可愛らしいジョウロを手にしていた。
    「タキオンさん。おはようございます。今日は早いですね」
    「ああ。君はいつも早いね。……ところで、寮の裏手の空き地についてなんだが、いや、ついでに手入れをしてくれと言っているんじゃないんだ。何故放置されているんだろうと思ってね」
    「ああ、前に同じことをフジキセキさんに尋ねたことがあります。どうも昔は芝を育てていたとか。今でもの防犯のために見通しの利く空間として残しているそうですよ」
    「なるほどねえ。それならアレもあるんだろうね……ありがとう。呼び止めてすまなかったね」
    ニシノフラワーの背中を見送りながら、タキオンは会心の笑みを漏らした。これはカフェのいい表情が見られそうだ。

  • 81◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:30:17

    7 / 15

    カフェの相談室は元々、練習後や休みの日などを利用して開いている。
    調査は門限の時間帯に絞ることにし、昼間はいつもどおりに過ごしていた。すなわち、走ることである。トゥインクルシリーズを終えても、競争人生は続く。そうしていても、頭の中は厄介な依頼のことでいっぱいなのだった。
    前を走るあの子の姿も霞みがちである。
    今回の一件は霊障ではない。それは確信している。ならば、メンタル面……例えば、噂そのものが原因となって、練習後の身体に起きる異変を霊障だと勘違いしてしまっているのではないか。
    門限ギリギリ、トレーニング後のストレッチも疎かにした身体に冷たい風が吹けば、筋肉や腱が引きつって引っ張られたように感じてもおかしくないのでは?
    そういった経験はカフェにも身に覚えがあった。
    プラセボ効果については日ごろタキオンから散々聞かされている。彼女の自己申告を信じるなら、彼女が処方する薬品の半数は偽薬効果を狙ったシュガー・ピルだそうだ。噂が思い込みを助長させている可能性は充分にある。
    カフェは「うん、行けそう」とひとりごちた。少なくとも、周囲からはそう見えた。
    これはタキオンのいい表情が見られるかもしれない。

  • 91◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:30:41

    8 / 15

    日も傾いて影の落ちた栗東寮の裏庭に、4人のウマ娘が立っていた。カフェとタキオン、依頼人の2人も一緒である。
    「ふぅん。あり得る話だね」
    カフェの仮説を聞いたタキオンが顎に指を添える。いつもの白衣に、今日は小さなカバンを背負っていた。
    「ですから、皆さんには練習後のストレッチの徹底を……」
    「まあまあ、少し私の話も聞いておくれよ。すぐに済むからさ」
    タキオンはそういうと、カバンからペットボトルを取り出した。中に入っているのは明らかに飲用ではない2色の液体。黒い液体が透明な液体の中に分離したドレッシングのように沈んでいる。
    「それは?」
    「モルモッ……トレーナーに頼んで探してきてもらった」
    入手手段を聞いたのではないのだが。
    タキオンははぐらかす言い方をして、ふらふらと歩き始める。
    「この辺りだったね?」
    立ち止まった場所は霊障が起きたと証言があった辺りだ。アコウが首肯したのを確認してから、地面にペットボトルを近づける。
    「あっ」
    ロータスが驚きの声を上げた。黒い液体が蠢き、剣山のように攻撃的な棘を形成している。
    「やっぱり幽霊……」
    そんなはずはない。と否定したかったが、すぐには声が出なかった。目の前で起きたことの説明が出来ない。
    対してタキオンは満足気だった。
    「さて、これで……」
    「タキオンさん、今日はもう」
    依頼人の方を見ると、ロータスは青い顔をしていた。もともと罪悪感から名乗り出たのだから、無理はない。肩を抱くアコウの顔には怒りの色さえ見える。
    「そう言うのなら、今日のところはお開きにしようか」

  • 101◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:31:04

    9 / 15

    その後、タキオンは「もう一つ、確かめたいことがある」と引き上げてしまい、カフェだけがその場に残された。
    結論に至ったと思ったのに、なんだか宙ぶらりんだ。腑に落ちない。何か間違っていたのだろうか?
    タキオンは――あの理知的な友人は――自身の考えに確信を持っているようだった。明日になれば話してくれるだろうか。
    春の夜の風は生温かかった。

    しかし、翌日、夕方になってようやく姿を現した彼女の第一声は
    「私はフォールドだ。やはりこの件は君にしか解決できない」
    だった。
    「そんな?!どうして……」
    手に持った紅茶のカップを取り落としそうになりながらロータスが言う。隣に座るアコウは無言のままだ。
    「なに、手が回らなくなったのさ。カフェ、覚えているかい?理事長に頼まれていた件」
    「芝の改良でしたか?」
    「ああ、それだ。『現在直面している課題』に当たらねば。前に話した記憶があるが、覚えているかい?」
    「もういいです。私が何とかしますから」
    それを聞いたタキオンは少し大げさに肩を空かして見せ、蛍光色の光の中に籠もってしまった。
    「……あの」
    「ああいう人なんです。あんまり怒らないであげて」
    この場でタキオンの考えを聞き出せばそれで解決であると期待していたのは私だけではない。
    カフェはため息をひとつつくと、マグカップを口に運んだ。

  • 111◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:31:25

    10 / 15

    思えば、こちらも専門家に頼るべきだ。思い立ったカフェは、依頼人の2人に一声かけて、自身のトレーナーに電話をかけた。トレーニング後のストレッチを怠ったことに原因があるなら、それを見抜けるのがトレーナーという存在である。
    しかし、望んでいた答えは得られなかった。まだ肌寒く感じることもある春先とはいえ、筋肉や腱の異常とはその症状が異なるというのだ。
    「わかりました。ありがとうございます」
    トレーナーはまだ友人が派手に転んだ話をしようとしていたが、依頼人の手前世間話に花を咲かせるわけにもいかず、謝るのはまたの機会ということにして少し強引に電話を切る。
    「カフェさん。やっぱり、もう一度、霊視をお願いできませんか?それが一番納得できる答えな気がするんです!」
    アコウに推され、カフェは考え込んだ。
    依頼人が納得するのなら、それでいいんだろうか。実際、近道を禁止してもらったことで、この先同じ事件が起きることはないのかもしれない。そうすれば結局の所、霊障だろうがそうでなかろうが事件は解決であり、全てが丸く収まる。
    ――解決。タキオンは、私にしか解決できないと言ってくれた。彼女にとっての解決とは、今私の考えているような曇ったものではないはずだ。その彼女が、私に解決できると言った。それはつまり、私の手元には必要なピースが揃っているということではないか。
    「……わかりました。もう一度現場へ」
    ある閃きが走り、カフェは頷いた。

  • 121◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 20:32:23

    以降は解決編になります。せっかくなので、少し時間を空けてみます。

  • 13二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 20:34:24

    このレスは削除されています

  • 14二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 20:34:48

    あっっっっっっっっ!!!!そういうことかぁ!

  • 15二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 20:52:23

    やべぇわかんねえから雰囲気で楽しむわ!

  • 161◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:04:01

    もうちょっと引っ張ってやろうかと思いましたが、創作物を人目に晒す緊張で吐き気がしてきたので続き投下します。

  • 171◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:04:31

    11 / 15

    時刻は夕暮れ。
    栗東寮の裏庭に、カフェは立った。手には砂時計を持っている。ここに来る直前に寮長のフジキセキに借りたものだった。
    「カフェさん?」
    到着してからずっと足元の暗がりを見ていたカフェに、ロータスが声をかける。霊視をしていると思っていたらしい。
    しかし、カフェはあるものを探し、今しがた見つけたところだった。
    「……散水栓です。かつては庭の植物の手入れが行われていたのでしょう」
    「あー、水場には霊が出やすい的な?」
    「それは事実ですが、今回は違います。少し見ていて下さい。」
    黒い砂の詰まった砂時計をひっくり返す。音もなく流れる砂は、何事もなければ3分丁度で落ちきるはずだ。
    首を傾げる2人を背に、カフェは歩き始めた。立ち止まったのは、昨日タキオンがそうしたのと同じ場所だ。
    「あっ」
    ロータスが息を飲む。アコウも隣で目を見開いた。
    砂時計が、まだ半分も落ち切っていないというのに、ピタリと止まったのである。
    「すみません、驚かせてしまって。これは手品なんです」
    「手品」
    「ええ、」
    カフェは2人を、その内、既に手品のタネを理解したであろう背の高いウマ娘を見据えた。
    「これ、砂鉄の砂時計なんです」

  • 181◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:04:55

    12 / 15

    「私は見落としていました。トレーニング後の、ギリギリまで走って、門限に遅れそうになって、近道をするようなウマ娘と、私たちとの違い」
    最初は運動した直後か、そうでないかに答を求めた。そして固執してしまったのである。悔しいが私より賢しかった友人の言葉が、それを教えてくれた。
    「それは靴。もっと言えば蹄鉄です。この下には、とても強力な磁石が埋まっているんです」
    それはおそらく、ウマ娘の脚力でなかったら引き剥がすのも困難なほどのものであろう。ただ埋めるだけでは、その磁力で地上に出てしまうくらいに
    「この庭、散水栓のためのパイプが埋まっているはずです。それに結わえつけたのでしょう」
    「でもいったい、誰がそんなことを?コケたりしたら危ないじゃないですか」
    「ええ、怪我人が出ていないのは……ただの幸運です。そして、ここからは私の推測がかなり含まれるのですがよろしいですか?」
    2人ともそれをただ聞いて、止めることはしなかった。
    「あなたたち、私にまだ言っていないことがありますね?」
    カフェの目が、庭の一点、雑草の中にも、少し緑の盛り上がった場所へ走った。
    「おそらく、あの場所に、あなた達が可愛がっていた老猫が眠っているんでしょう?」

  • 191◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:05:08

    13 / 15

    動物の埋葬は、基本的には違法ではない。しかし、それは自分の土地ならば、だ。
    彼女としても、今回の件が霊障であると確定したなら、そのときは話していてくれたのかもしれない。現実がそうは動かなかったために、今まで黙っていることになったのだろう。
    「ここが近道になっていることに気づいたとき、慌てたでしょう。芝さえもえぐり取るウマ娘の蹄鉄が、足元も不覚悟となる時間帯に通るのです。そのうちきっと、踏み荒らされてしまう」
    優しいウマ娘だ。磁石だって転倒までは行かぬよう、調整してあったおかげで今日までけが人が出なかったのかもしれない。
    「緑がよく育っています……」
    このとき、初めてカフェは植物が蕾をつけていることに気づいた。守りたかったのは、もっと直接的に言えば、あの花の蕾なのだろう。
    「あなたは、磁石を埋めることで霊障の類いに見せかけ、人払いがしたかった。噂が立つところまでは計算通りだったのでしょう」
    噂の発信源も務めたのではないか。という言葉は発する前に飲み込む。
    「――しかし、心優しいあなたの友人は、その噂の内容の方に責任を感じてしまった」
    ロータスが驚いた顔で隣の友人を見つめる。
    「磁石を埋めたのは、アコウパトリオットさん。あなたですね?」

  • 201◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:05:22

    14 / 15

    「ごめん、ローちゃん。私、ハチノワーレが悪霊扱いされるなんて、思ってなかった」
    アコウパトリオットの目から涙がこぼれる。
    「ただ、先輩たちがトレーニングシューズのままここを通るのを見たとき、なんとかしなくちゃ、って思ったんだ」
    「いいんだよ。守ってくれてありがとう、あーちゃん」
    ロータスゴールドが、小柄な体でアコウを抱きとめた。
    「でも、相談はして欲しかったかな」
    「そうだね。ほんとうにごめん……タキオンさんにも」
    彼女が言うには、寮長に取り合ってここ1ヶ月の郵便(寮には個別のポストもあるが、小包なんかの受け取りは管理人が行い、管理人室預りになる)を調べ、廃棄品から磁石の梱包に使われる鉄板という物証を発見したタキオンを事件から遠ざけるため、脅迫という手段を取ったらしい。
    カフェは、自分のトレーナーが友人の不幸話をしかけていたことを思い出した。あれはタキオンのトレーナーさんのことだったのか。口ぶりからして大事無かったようだが。
    「……嘘を重ねると後の方が重くなったりも、します。一緒に行ってあげますから謝りましょう」
    もし同様の脅迫をされたのが自分だったら、私は絶対に彼女を許さないだろうが、タキオンなら、重めの投薬くらいで許してくれる可能性もある。
    「それにしても、いつから?」
    「褒められたことではないけど、消去法なの。磁石に気づいたのはタキオンさんがヒントをくれたから」
    その場に脅迫をしかけてきたアコウがいたのでやや迂遠ではあったが、彼女が芝の改良の依頼を受けたのは、『蹄鉄』による芝の損耗を抑えるためだった。実験はあまりうまく行っていないようだが。
    「霊障でないとわかったのは、一目見たときからです。あなたたちと一緒にいる子、とっても温かい空気をしているもの」
    そうして、カフェは2人が泣き止むのを静かに待っていた。

  • 211◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:05:36

    15 / 15

    「ナスタチウム。花言葉は『勝利』だそうだ」
    事件から数日、タキオンは以前と変わらず自分のことに没頭している。その片手間で、こうして私の作業を邪魔してくるのである。
    「……ウマ娘の寮の裏手に咲くにはピッタリですね」
    栗東寮の裏庭には、新たに柵が設けられた。白くて小さな、可愛らしい園芸用の柵だ。その中心には、小さな蕾をつけた草が風に揺れながら開花を待っている。
    カフェが掛け合って、設置してもらったものだ。その後の面倒も栗東寮の子たちが見てくれているらしい。
    「しかし、結局騒ぎは幽霊のせいになってしまったね。良かったのかい?」
    「それはあなたにも言えることです」
    事件は結局、霊障だったということで決着した。禍根となった「悪霊」は私が祓ったことになっている。
    謝罪の場にタキオンのトレーナーを同席させたのは正解だった。たとえタキオンが許さずとも、ウマ娘の未来を第一に考えるのがトレーナーというものの性であり、危害――と呼ぶほどのことでもなかったが――を受けた本人が許してしまっては、タキオンにそれ以上怒る権利はなかった。少々彼女の「実験」を断りづらい空気は生まれるだろうが、お咎めは無しだ。
    「ま、良しとしようじゃないか。君の評判も落ちずに済んだことだし」
    多少は本心も含まれているのだろう。カフェは素直に感謝の弁を述べると、今回の一件を手帳にまとめる手を止めて窓辺に向かった。
    開け放った窓からは爽やかなターフの香りが勢いよく吹き込んでくる。背後で抗議の声を上げる友人の声に失笑しながら、カフェはグラウンドからの声に耳を傾けた。
    春のG1戦線を目前に控えた5月の温かい日であった。

  • 221◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:06:24

    おしまいです。お付き合いいただきありがとうございました!

  • 23二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:09:40

    お疲れ様です!面白かった!そういうことか~!!!ってなって楽しかったぜ。

  • 24二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:15:11

    こういうの好き!

  • 25二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:17:45

    すごいなぁ…

  • 261◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 21:19:11

    >>13がそもそも読み切るのも難しそうな2分という早さで正解にたどり着いてて、俺はビビった。レスを自分で消した配慮の心にもリスペクトを贈らずにはいられない。

  • 27二次元好きの匿名さん21/10/25(月) 21:44:40

    1おつ

    黒い液体が磁性流体なのは想像が付いたんだが、蹄鉄にはさっぱり気付かんかったわ……

    あとフラワーのくだりがよく分からんのだが、どういうこと?
    芝を育てる場所にある「アレ」って何ぞ?磁石とどういう関係があんの?

  • 281◆DsB6yYTNZY21/10/25(月) 22:04:59

    >>27

    カフェが本番直前で発見した散水栓の地下配管でしたが、タキオンは過去、芝を育てていたという話から見当をつけた、という場面です。

    わざわざフラワーに登場してもらったのは、タキオンに花言葉を教えたり、その後の花の世話をしているのが彼女だということの匂わせ描写だったりします。

  • 29二次元好きの匿名さん21/10/26(火) 09:01:00

オススメ

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