- 1後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 11:53:15
このSSは、下記のスレッドの概念を元に書いています
聴覚障がいを持つウマ娘が出てきますので、そうした題材が苦手な方はご注意ください
名前欄の通り他にもSSを書き始めている方がいらっしゃるので、そちらも是非
わたしは無敗の三冠ウマ娘!|あにまん掲示板でもダンスと歌唱が壊滅的にヘタクソで教官からは「輝かしきウイニングライブが罰ゲームにしか見えない」「特訓してさらにヘタクソになるかなり希少な症例」「放送事故扱いにして環境映像でも流したほうがお前も同期…bbs.animanch.com - 2後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 11:56:14
- 3後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 11:57:35
私は、とても耳が悪い。
幼い頃は聴こえていた声を頼りに、読唇の練習を必死にやった。
誰とも話せなくなるなんて、絶対に嫌だったから。
もう一つ、どうしても諦められなかったことがある。
両親に連れて行ってもらったトゥインクルシリーズに、私も出走することだ。
補聴器なしではほとんど聞こえなくなった耳にも、あの歓声は残っている。
風のように速く駆けるお姉さんウマ娘たちの、力強い足音も。
走りたい。
誰よりも速く走りたい。
ウマ娘なら誰もが持つ本能に、幸いにも私の足は応えてくれそうだった。
ジュニアクラブでは敵なしだった……直線に限れば。
「わああ!?」
「あははっ また転んでるっ」
耳という器官は、聞くためだけについているものではない。
平衡感覚も司っているから、そこを悪くした私にとって曲がるというのは大きな困難だった。
「危ないから、もう止めましょう?」
お母さんに涙ながらに止められたことも、一度や二度ではない。
それでも私は、止まりたくなかった。夢を諦められなかったから。
「ちゃんと産んであげられなくてごめん、ね……」
そして、忘れられないお母さんのあの言葉に、思いっきり首を振ってやりたかったから。
私はこんな立派な足をもらったから大丈夫だって、見せてあげたかったから……! - 4二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 12:07:29
保守は必要かい?
- 5後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 12:09:42
「1人きりでは走らないって、約束できるかい?」
安全を確保できないとジュニアクラブから連絡があって、それでも止まれないと泣いていたあの日。
交わした約束と引き換えに、お父さんは安全マットを買ってくれた。
遠心力に負けてはバランスを崩す私を、衝突から守ってくれる……お父さんの愛情の形だった。
それでも、覆えるのは壁だけだ。何度も何度も地面を転がり、毎日のように擦り傷を作った。
右回りが上手く行っても左回りが上手く行かず、左に回ると右の感覚を体が忘れている。
両方曲がるなんて、一生無理なんじゃないかと泣いた日もあった。
でも。でも、あの大歓声を忘れることができない。
聞くことだって苦労する、あの中を私は自分の足で走りたい。
だから、何度転んでも諦められなかった。
「座って、指を左右に動かしてごらん? そう、それを目だけで追って」
「次は、指先を見つめたまま頭だけ動かして」
幸運なことに、保健室の先生が常連となった私に良いお医者さんを紹介してくれた。
走ることしか考えていなかった私に、平衡感覚の訓練をしれくれたんだ。
道が拓けたんだって、実践してわかった。どんなに細くても、夢に繋がる道だって。
だから、ひた走った。毎日の日課にそれを加えた。
朝起きて、平衡感覚の訓練。
学校に行って、休み時間の間に宿題を全部終わらせる。
帰ってきたらマットを敷いてひたすら曲がる練習を。
お風呂に入って泥を落として、絆創膏を貼って。
そしたら練るまでの間、また平衡感覚の訓練。
毎日毎日、その繰り返しだった。 - 6後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 12:10:23
- 7二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 12:20:35
とりあえず10まで援護しようか
なあに現実にも隻眼の競走馬がいるんだ。コーナリングが下手だって個性の内さ - 8二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 12:21:57
このレスは削除されています
- 9二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 12:22:52
途中送信した
トリップ見るに悲劇の有馬のSS化した人か、応援してるよ - 10二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 12:23:03
こっち来たのか
200までしか書き込めない仕様で突発的に2本連載を収めるのは相当大変だろうからな…分けて正解だろ - 11後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 12:23:21
「や、やった……!」
そうして私は、カーブを曲がれるようになった。
右でも左でも小回りでも大回りでも、関係ない。私は曲がれるんだ。
レースができるんだ!
「ええ、やだ。いつまた転ぶかわからないじゃん」
「私たちもう大きくなったんだよ、あの時とは違うよ……」
……そんな私の喜びは、脆くも打ち砕かれた。
子どもというのは、良くも悪くも素直なものだ。
不安を覚えれば正直に言う。
クラブのコーチは私の努力を認めてくれて、取りなそうとしてくれた。
でも、何度も転んだ姿を目の当たりにしているクラブの子たちは頷いてくれない。
それどころか、その子たちの親から抗議が届いた……匿名で。
「ごめんなさい、あなたはあんなに頑張ったのに……」
頭を下げるコーチの前では、笑顔で首を振った。
コーチは悪くないって、子どもでもわかっていたから。
「……うわああああああああああああああ!」
家に帰るまで泣くのを我慢したのは、もはや意地だった。
あんなに何度も何度も転んで曲がれるようになったのに。
レースをするための競争相手は、私と走ってくれなかった。
お父さんは、縋りつく私を抱きしめてくれた。お母さんもずっと背中を摩ってくれた。
でも、もうあのクラブに私の居場所はないんだって……その事実だけは、誰にも消せなかった。 - 12応援ありがとう◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 12:34:18
そこから先は、ずっと孤独な一人旅だった。
コーチの計らいで、他の子たちがいない時間帯に、施設だけは使わせてもらいながら。
隣に誰もいないコースを、ひたすら走った。
音の聴こえないゲートから飛び出す。誰も追ってこないコースを走り込む。
そんな時間帯に練習するためには、色々と犠牲にしなければならなかった。
宿題だけじゃなく、テスト勉強も学校で済ませた。
みんなが見ているテレビも、みんなの知っている映画も我慢した。
お父さんもお母さんも、コーチにも保健室の先生にも心配をかけたと思う。
でも……これが、私の夢だから。
「耳のことを明かさないで欲しい……ですか?」
そして今、私は日本一立派なレース場への舞台へ手をかけている。
トレセン学園の入学案内で、耳のことを言葉を選びながらいくつか聞かれた。
もうあんな思いをしたくなかったから、必死になって頼み込む。
「……辛い道を歩むことになりますよ?」
真剣な眼差しを向けてくれる職員さんに、大きく頷く。
「本気のみんなと走りたいんです。安全だってわかってもらえるまでで、構いませんから」
一人きりのレースを重ねてきた私にとって、それ以上の地獄なんてないと思えたから。
……辛い道。その意味を痛感するのは、もっと後になってからだった。 - 13後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 12:58:19
私は、優秀な成績でトレセン学園へ入ることができた。
そのせいで少し噂になっていたのか、寮へ入る時にはいくつかの視線を感じた。
ぺこりと頭を下げて挨拶しておく。
これは礼儀に加えて、正面の音しか拾えない私の身に着けた処世術だった。
一応のアクションを見せることで、横や後ろにいる相手を無視したわけじゃないとアピールするための。
耳穴型の補聴器をつければ、会長の訓辞も寮長の注意も聞くことはできる。
でも、この補聴器は万能じゃない。一番痛いのは、つけていると自由に耳を回せないこと。
だから他のウマ娘のように、全方位の会話を拾うことはできない。
それを前提にされると、「無視された」と思い込まれてしまうんだ。
どうにか人の多い所を通り抜けて、これから何年も住む――住んでいたい部屋の扉を開く。
そして、そこで私は、よく聞き取れないはずの歌声に耳を……魂を貫かれた。
「ーーー♪ ー~~~♪」
人やウマ娘の会話に合わせて作られた補聴器は、音楽を満足に拾うことはできない。
きっと十分には拾えていないはずだ。
にも関わらず、その歌声は私を魅了してやまない。
天使のような響きだった。
「……うえっ アンタが同室なの?」
……中身は純粋て無垢な天使じゃない、かもしれないみたいだけど。
歌声を素直に褒めてみたのものの、余計に気に障ったみたい
何かしちゃったのかと首をかしげると、恐れていた答えが返ってくる。
「さっきは聴いてなかったくせに」 - 14後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 13:06:57
ごめんなさい、実は耳が悪くて――。
と、いう謝罪はジュニアクラブの記憶が胸の内へ強く押し返す。
どうしよう、よりにもよって同室になる子からの第一印象が悪くなる。
「その、入寮で……緊張してて」
ようやく絞り出せたのは、そんな苦しい言い訳だけだった。
でもね、本当に今は聞き惚れてたの。
音楽に疎い私でも、綺麗だって夢中になったの。
なんとか感じたことを伝えると、どうにか相手は受け取ってくれたみたいで。
「べ、別にそこまで言えなんて言ってないでしょっ」
代わりにぷいっと顔をそらされたけど、なんとか許してもらうことができた。
それが、私の最大のライバル……サウンドディーヴァとの出会いだった。 - 15後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 13:09:24
こんな出会いをした子と、元スレのようなすれ違いをすることになるなんて……
俺はつらい
耐えられない
でもちょっと横になったら頑張って続けるので、30分ほどください - 16二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 13:11:41
セルフダメージ受けてて草すてみタックルかよ
お大事に… - 17トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 13:20:21
元スレで駄文を書いてる者だが....
明らかにこっちの方が良いな.......
どうしよう、こっちで概念提供する方が楽しそう.... - 18二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 13:20:41
悲劇の有馬をなぞれたんだからいけるいける…ウッ(トラウマ再燃)
- 19二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 13:23:27
- 20トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 13:29:52
- 21後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 13:45:49
元スレの作品は私も見たいので書いて欲しいなって思いました(わがままリップ)
あとこっちは、すてみタックルどころかだいばくはつだったから……
きずぐすりを塗ったので続けます
【SS化】モブウマ娘ですがトレーナーさんに恋してしまいました|あにまん掲示板こちらは下記のシリーズ安価スレを、SS化して行くスレッドです。・元スレと同じ展開を辿ります・書くのは作者様ではなく、ご許可をいただいた他人です苦手な方はご注意くださいhttps://bbs.anima…bbs.animanch.com - 22トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 13:53:01
- 23後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 13:59:21
優秀だという私の噂は、入学してしばらくすると形を変えて行く。
お勉強とレースに関する実技では、さすがだと褒めてもらえた。
色んなものを犠牲にしたのは無駄ではなかったらしく、単純な脚力は頭一つ抜けているらしい。
それから、苦労して身に着けたバランス感覚も素晴らしいと言ってもらえた。
特に尻尾の使い方を絶賛された時は、今までしてきたことが少し報われた気すらした。
一方で、位置取りに対する感覚は少し苦手と指摘される。
……少し苦手、で済んでいるというのも私にとっては良い評価だ。
だけど、それはあくまで耳が悪いにしてはという但し書きつきのもの。
トゥインクルシリーズに、聴力によるハンデは存在しない。
私の事情がどうだろうと他の子より劣っているなら、改善すべき点だった。
ただ、その弱点を吹き飛ばすくらい大きな欠点が他にあった。
おかげで今の私の評価は「天は二物を与えないの具体例」だ。
「♪ー゛ー~~゛゛~゛ーー」
「もー、こっちの音感が狂う!」
「あ、あはは……ごめん」
そう、音楽の授業。もっと言うとウイニングライブに向けた授業の出来は、壊滅的なものだった。
私の補聴器はあくまで会話のためのもの。様々な楽器の音色を拾うようにはできていない。
ダンスもそう。真っすぐ走ったり決めた角度で曲がることより、ステップを刻むのは遥かに複雑な作業。
内耳ごと悪くしている私にとっては、あまりにも大変な作業だった。
「なんかもう、見ているとクールダウンの練習になりそう」
「レースの勝者にウイニングライブを課すURAに反省を促すダンスだね」
何も知らない、教えていないクラスメイトたちの"大絶賛"に、私は苦笑いしか返せなかった。
それ以外を返して、またレースを奪われることが怖くて仕方なかった、から……。 - 24後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 14:00:04
- 25後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 14:15:21
少しの弱点と、明らかな欠点。
私が深刻に捉えたのは、前者だった。レースに直結することだったから。
曲がれないカーブだって曲がれるようになった。聞こえないゲートからも出られるようになった。
今度だってやれる、そう信じて練習する……けれどこれには限界がある。
まず、バ群に入るにはどうやったって危険があった。
私が安全を証明できたのは、あくまで自損事故を起こさないというだけのもの。
聴こえないのに、10人以上の位置を把握してベストポジションを奪うのは骨が折れるなんてものじゃない。
ミスをすれば衝突して、相手の骨を物理的に折ってしまう可能性すらある。
どうすれば……大いに悩んだ私は、作戦を練って模擬レースへ臨んだ。
一番後ろから追い込んで、皆の位置を目で追いながら抜かすというものだ。
結論から言うと、勝つことはできた。ただ、自分でもわかるくらい不格好な走り方だった。
皆が耳をアンテナのように動かして奪い合っている位置を身体能力で無理に盗んだだけ。
全て目で見なければいけないから、蹄跡なんて見れたものじゃなかった。
これじゃ、本番では勝てっこない……。
でも、肩を落としていると救いの手が差し伸べてくれた人がいる。
「君は色々と、もったいない走りをしているね。大きく変えてみないかい?」
その身体能力を見て、トレーナーにスカウトしてもらえたんだ。
「聴こえないなら、それを武器にしてしまえばいい」
思えば当然のことなのだけど、学生の基礎データを共有しているトレーナーは当然耳のことも知っていて。
慌てた私を宥めながら……生まれて初めてこの耳を、ハンデでなく武器と表現してくれた。
聴こえないことが有利になるなんて、今まで思ってもみなかった。 - 26二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 14:23:13
うう…元スレ通りこ良いストーリーだあ…おつらい…
んなの架空ウマ娘3期アニメ化できちゃうよ… - 27後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 14:38:26
「す、すご……っ 無理ぃー!」「全っ然追いつけない……!」
トレーナーが提案してくれたのは、私が考えた追込とは真逆の作戦。逃げだった。
一番後ろを走って全てを把握するのではなく、一番前を突き進んで全てを置き去りにする。
シンプルだけれど、それを可能にするぐらい鍛えた身体が私にはある。
それだけに頼らない方法も、トレーナーは一緒に授けてくれた。
「体内時計を研ぎ澄まして、正確なラップを刻むんだ」
勝利の前祝だ、なんて買ってくれたストップウォッチとのにらめっこが始まった。
1秒単位じゃ全然足りない、0.1秒単位で合わせないとレースで有効とは言えない。
ジュニアクラブでレースに飢えていた頃と、同じような生活を送るだけだ。
休み時間に宿題を。午後はトレーニングと、たまにやってくる待ち焦がれた模擬レースを。
そして、平衡感覚の訓練をしていた時間帯にはストップウォッチとの睨めっこが入る。
来る日も来る日も、それは続いた。オフの日もチャンスにして、あらゆる場面で時間を計った。
「アンタね、そればっかりじゃない」
隣のベッドから、ディーヴァの呆れた声が飛んで――来ていたらしい。
最初は全く反応できずに、肩を叩かれて初めて話しかけられていたことに気づいた。
また、無視したと思われたかな……あたふたしていると、盛大にため息をつかれる。
「まあ、わかってきた。それがアンタの速さの秘訣なんでしょ」
それでも、ディーヴァは言ってくれた。邪魔して遅くなられても困るからって。
嬉しい……確かに、私もディーヴァの美声の秘訣だったら邪魔したくないって思える。
ただうっかり声に出したものだから、また歌姫さんに拗ねられてしまった。
「い、い、いきなり何言うの! もう!」 - 28後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 14:56:41
そうこうするうちに、メイクデビューの時期が近づいてくる。
トレーナーは、レースに関しては何も恐れることはないと太鼓判を押してくれた。
一朝一夕で0.1秒単位を刻めるようにはならなかったけれど、0.2秒までなら計れる。
今はそれでも十分らしい。
「それより、ライブのことだよ。本当に申請しなくていいのかい?」
トレーナーが気にしているのは、解消されかけている弱点ではなく明らかな欠点の方だった。
曰く、事前に申請しておけばウイニングライブでは配慮してもらえるだろうって
ただ下手なだけならともかく、障がいがあるなら免除なり何なりしてもらえるかもしれないって。
「待ってください、せめてゴールの後まで」
でも、それは受け容れがたいことだった。
いくら才能を褒められていても、私はまだデビュー前の未勝利ウマ娘。
実績はゼロで、聴こえなくても走れるという証明は済んでいない。
『ええ、やだ。いつまた転ぶかわからないじゃん』
『私たちもう大きくなったんだよ、あの時とは違うよ……』
ジュニアクラブの子たちの、不安げな表情がフラッシュバックする。
一人きりで、暗くなって行くコースを走った記憶が蘇る。
もう、いやだ。あそこに戻るのは嫌だ。
懇願すると、トレーナーは頷いてはくれた。その表情には、深い迷いが浮かんでいたけれど。
「本当に、君はいいんだね?」
大丈夫、説明は後からすればいい。何か言われるかもしれないけれど、一緒に走れなくなるよりはずっといい。
それだけを考えて、頷いた……頷いて - 29後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 14:58:12
.
頷いて、しまった。 - 30二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 15:05:52
多分だけど、喋り方も少し舌っ足らずなんだろうな。自分の声を聞いて修正できないから
そもそも口数少そうだが - 31二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 15:09:46
ググって見たけど、実際のお馬さんの聴覚障害って全然情報出て来ないな
聴覚障碍者の支援事業とか、パラリンピックとかそんなのしかない
音聞き取れないお馬さんが競走馬としてそもそもデビューできへんやろ…って話はまあそれはそう - 32後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 15:15:26
メイクデビュー当日。私の心臓は、確かに高鳴っていた。
ただ、どうやらそれは他の子たちと比べれば圧倒的に小さいものだったらしい。
だって私には、観客の声が半分も届かない。
放送も耳を向けないと聞き逃すし、ファンファーレなんて音域が違う。
緊張を強いるあらゆるものを、私の耳は通り抜けさせていた。
強いて言うなら、ゲートの音だけは可能ならば拾いたい。
でも、今までの練習でそれはもはやハンデにはならなかった。
逃げると決めてから、トレーナーが徹底的にしてくれた訓練のおかげだ。
入学試験の頃よりさらに磨かれたテクニックで、私はポンと飛び出せた。
あとは、練習通りラップを刻むだけ。
誰が追ってこようと、競りかけてこようと関係ない。
なにせ、私の心を乱すほどの音は……物理的に聞こえないのだから。
内耳にぴったりと埋め込んだ補聴器のおかげで、耳がほぼ前へ固定されているせいだ。
後ろに回せないから、風切り音を軽減したいなら伏せるしかない。
例えフェイントを仕掛けられたところで、眼中にないのではなく入れることが"できない"。
それが、トレーナーの言ってくれた武器だった。後ろの子たちが何をしてもどこ吹く風。
ただ自分の刻める最速のラップを刻んで刻んで刻み通して。
私は初めての公式レースで、7バ身の差をつけて勝利することができた。
歓声は……振り返るまでほとんど聞こえなかった。
ただ思ったより振動が大きくて、掲示板を見て、自分がどう勝ったかを目で確認して。
そこでようやく納得し、大きく手を振る。
一拍遅れた反応のせいで、私は変人だとか天然といった印象を与えたらしい。
良かった、のだと思う。次のウイニングライブの出来も、それで許してもらえたかもしれないから。 - 33二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 15:18:20
元スレの最初の方の概念(聴覚障害じゃない概念)も見てみたいな…
- 34二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 15:25:03
あっちだとコメディになるやろなぁ
- 35後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 15:26:58
……言うつもり、だったんだ。レースが終われば。
この通り私は安全だから、どうか聴こえなくても一緒に走って欲しいって。
でも、違う理由で明かすわけにはいかなくなった。
「うう、ぐすっ」
メイクデビューで7バ身差の圧勝。
それはそのまま、7バ身以上の敗北として一緒に走った子たちにのしかかっていた。
しかも、無理に私を追いかけようとして足を痛めた子までいるらしい。
……あの栗毛の子。ウイニングライブの授業で、一切私を笑わなかった子だ。
この極度の音痴がうっかり楽譜を忘れた時も、真っ先に覗かせてくれた。
調子が外れまくった歌を至近距離で聞かされたのに、嫌な顔一つしないで。
冗談っぽくブーイングする周りにめって言ってくれて――
「すごいね、トラベルちゃん。ここまで天才だと、嫉妬もできないや」
大負けして、3着に滑り込んだのにライブにも出られなくなって。
泣いていたはずの栗毛の子は、そう言って私を称えてくれた。
「ほら、あれだ。ライブは休めてむしろ良かったんじゃない?」
「そうだよ、センターがこれだよこれ!」
他の子たちはそうやって、栗毛のクラスメイトの前におどけてみせる。
……辛いはずなのにあの子は、私が気にしていないかを視線で気遣ってきた。
私は人の半分も聴こえないけれど、人一倍見えるから。だから。
「何をー、私のリサイタルを聞くがいいー」
今は、とてもじゃないけど言えなかった。私は走りの天才で、歌はダメダメなピエロとして振舞った。 - 36後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 15:46:28
一度作られた流れは、中々止められるものじゃない。次も、その次も似たような展開が続いた。
レースの度に怪我人が出たわけじゃないし、勝ち上れば7バ身なんて差はつかなくなる。
でも、もっと根っこの部分。走りで圧倒してライブでは壊滅的な私と、皆の付き合い方のことだ。
私は後ろを一切気にせずにラップを刻んで、強い逃げウマ娘として勝った。
無理に競ってくる子もいたし、後ろで何かをして……たぶんフェイントステップを刻んでいる子もいた。
それら全てをバ身東風とばかりに置き去りにするのだから、みんな自信をなくしたようだった。
その度に言われた。
天才だって。トラベルアローンは三女神様に愛されているんだって。
そう言って自分を納得させようとするクラスメイトたちに、否定するような真実を明かせない。
それに、続く壊滅的なライブを笑ってすっきりしている節のある子たちもいる。
日常的な細かなすれ違いも、それで許されているような一面があった。
「トラベルってさ、たまに無視すると思ってたけど集中してるんだね」
「レースでも一人旅だからねー、ストップウォッチと二人の世界だったんでしょ?」
本当は、斜め後ろから呼びかけられても聞こえないんです。
……そう明かせるタイミングは、昨日でも今日でもなかった。たぶん明日もない。
「いやー、その集中力欲しいわ」
「私の歌唱力分けたげるからさ、ちょっとちょうだいよ」
「君はまず、真面目さを分けてもらうのが先じゃない?」
「何だと~?」
クラスメイトの談笑に加われるなんて、初めてで。何かを変えるのが怖かった。
みんなとトゥインクルシリーズを走れて、夢を叶えて……なのに。なのに。
どうしてこんなに、世界が寒く感じるんだろう。 - 37トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 15:56:18
さて、有馬の修羅場は書き終えたし
あとは概念が降ってくるまで待つかな - 38二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:06:50
元スレに最初の方の概念投げといた
- 39後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 16:08:58
「トラベル」
何も知らないクラスメイトに代わって、声をかけてくれたのはトレーナーだ。
事前に手を打とうとしてくれた彼を押し留めて、結果こうなっているというのに。
私のことを責めもせず、気持ちを確認してくれる。
「今らかでも言おう。これ以上、君が不当にバ鹿にされるのを見ていられないよ」
「それは、いいんです。笑われるのは、別に……」
「だからって、隠す理由にはならないはずだよ。安全に走れる証明は十分したじゃないか」
「それは……でも……」
トレーナーは、私を責めたりしない。でも、放っておいてもくれない。
結局、洗いざらい白状することになった。
何もかもを置き去りにする私の走りを、周りがどう思っているのか。
私が"音痴"で"ダンスが変"だから、バランスが取れているんじゃないか。
今さら真実を明かしたら、あの子たちからどんな反応が返ってくるか。
また……一人ぼっちになってしまうんじゃないか。
「……」
トレーナーは、即答はしなかった。
その後いくつか説得はあったけれど、それが答えのようなものだ。
否定できない部分がある……それだけで、私の足を竦ませるには十分だった。
「でも、いつかは言わなければいけないことだよ?」
わかってる。わかってるけど、怖いの。 - 40後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 16:19:15
「僕は君のトレーナーだ。君の反対を押し切って、勝手なことは極力したくない」
改めて、スタンスを明確にしてくれるトレーナー。
でもそれは、裏を返せば"できることならそうしたい"と言っているようなものだ。
結局私にできたのは、時期が来たらという曖昧な約束だけだった。
時期。時期って、いつなんだろう。
このままずっと走り続けて、それがやって来ることなんて――
「いた! ちょっと、トラベル!」
――悩み抜いていた私の目に、同室の姿が飛び込んでくる。
サウンドディーヴァ。そういえばあの子も、勝ち上がってきている。
私のような圧倒的な成績じゃないけれど、それでも連勝中だ。
クラシック三冠は直接対決が楽しみだって言ってる人も。
じゃあ。じゃあ、例えばディーヴァに負けたら明かせるのかな。
三女神様に愛された天才じゃありませんってみんなが思ったら。私は。
「やっぱりしょぼくれてる」
「えっ」
「最近ずっとそんな感じじゃない、どうしたの?」
途端に、私は直前までの思考が恥ずかしくてたまらなくなった。
心配してくれているライバルに、なんてこと。
「あーもう、見てらんない顔して。ちょっと来なさいよ」
おろおろして、行方を見失っていた私の手を取って。ディーヴァは力強く引っ張ってくれた。 - 41後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 16:36:34
「ほら、あっち。綺麗に咲いてるでしょう?」
ディーヴァが連れて来てくれたのは、トレセン学園の屋上だった。
まだまだ残る寒さすら忘れるくらい美しい夕焼けと、見事な梅の花。
あまりにそれが見事だったから、しばらくぼうっと惚けてしまう。
「こら、自分の世界に入らないの」
おかげで、隣にいる彼女の声を聴き損ねてしまった。
ぐいぐい袖を引っ張られて向き直ると、またも盛大なため息を吐かれてしまう。
「やっぱアンタ、あたし自身には興味ないのね」
そんなことない! 私は必死に否定した。それはもう必死だった。
だって、この耳にあれだけ響いた歌声なんて生まれて初めてだったんだもの。
ディーヴァの歌声がどれだけ美しいか、言葉を尽くして熱弁する。
レースのライバルとしてもだ。私も直接対決で意識しているのはディーヴァだから。
それから、それから――
「だ、だからそこまで言えなんて言ってないでしょう!?」
あわあわしながら言葉を並べ立てていると、うがーっとディーヴァの方が遮ってくる。
あう……言い過ぎた、というか褒め過ぎたというか、何というか……。
どんどん深まる夕焼けと一緒に、互いの頬が染まって行く。
「……はあ、まあ、歌には興味あんのね。全然そうは思えないけど」
ぐさっと来る言葉はあったものの、それにも含めて頷かざるを得ない。
私はそうじゃないと言える事実をこれまで明かしてこなかったし。それに。
ディーヴァの歌に興味がないなんて、脅されたって言いたくなかったから。 - 42後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 16:46:02
「じゃ、今度こそ聞いてなさいよ。特別だから」
そしてディーヴァは……ディーヴァは、私のために歌い始めてくれた。
それは、人生でたった一度のクラシックを駆ける者の歌。
熱く熱く、ひたすらに勝利を目指す魂を宿す者の歌。
その歌は何よりも力強く、それでいて声は透き通るように美しい。
広がる。広がる。私の不自由な耳にすら届く、天使の歌声が屋上に響く。
「わ、あ――」
あれだけ魅入っていた梅の花や、夕焼けすら視界から消えて行く。
まるで、世界がディーヴァに染まって行くようだった。
ううん……世界の全てが、ディーヴァの舞台装置になったみたいだ。
五感の何もかもをそれに向けて、拍手すらし忘れてしまうくらいで。
ただ、ディーヴァはそれを怒ることもなく――
「どう? ちょっとは元気になった?」
……これだけの歌を聞かされて、何も感じない子なんているだろうか。
惚けたままでも体が自動的に頷く。そして、ようやく一言伝えられた。
ありがとうって。
「べ、別に? 腑抜けたアンタに勝ったってつまらないってだけだからっ」
またぷいっと顔をそむけられてしまったし、夜遅くなったことに気づいて走って帰ることになったし。
それでも門限をちょっと過ぎて、寮長から叱られた上にディーヴァにまでアンタのせいだって言われたし。
騒がしい放課後の一幕。でもそれは幸せな時間で、久しぶりに感じた温もりで。
だから、私は全力の走りで応えるという約束だけをした。その後のライブのことを、また後回しにして―― - 43後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 16:47:03
俺はつらい(2回目)
耐えられない(2回目)
また30分横になるう…… - 44二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:50:37
- 45二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 16:53:02
こんな最高のライバルに隠し事をしてる奴がいるそうですよ
- 46トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 17:04:32
ちょっと百合百合してきたな
良いよ良いよ
彼女らの親愛度が高まるほど
あの曇り有馬が輝くからなw - 47後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 17:25:16
- 48後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 17:51:54
>>42から
4月上旬。皐月賞。
クラシックの一冠目を懸けたレースは、同室が一番人気と二番人気を独占することになった。
一番目は私で、二番目はディーヴァ。勝ち上がってきた者同士、周りも納得している人ばかり。
「着順は逆にしてやるんだから!」
「ううん、負けないよ。1番でゴールするから」
びしっと人差し指を向けてくる歌姫さんに、胸を張って返す。
プライベートライブまで披露してくれた最高のライバルの期待を、裏切るわけにはいかない。
何より、こんなに強いディーヴァに私も勝ちたい。
一時期はカミングアウトの時期を探って見失っていた、ウマ娘の本能も絶好調だ。
誰よりも速く走りたい、最高のライバルに勝ちたい。
その本能は、レース本番で絶頂に達する。
『トラベルアローン、素晴らしいスタート!』
今までで最高のスタートだった。それはそのまま、最速でハナを取れることを意味していた。
一番前。後ろの誰をも気にしなくて良い、トレーナーが授けてくれた私の定位置。
そこにつけば後はもう、練習通りラップを刻んで行くだけだ。
舞台がG1になっても、変わらない。後ろが何人増えようと変わらない。
だって私は、聴こえないから。それが武器なんだから。
相手が食らいついているのか、引き離されているのかすら道中では気にしない。
自分の限界ぴったりにラップを刻んで、突き抜けるだけ。
「こ、この……トラベルウウウウウウウウ!」
追い縋るライバルの声すら、届かなかった。私は危なげなく、一つ目の冠を手にした。
- 49後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 18:03:07
間違いなく、今までで最高のレースだった。
「お、怒ってる……よね」
「へー気づいたんだ、また自分の世界に入ってるのかって思った」
「いや、その……」
ただ、レース後の気分まで最高とはいかなかったみたいだ。ディーヴァが。
……怒りの原因は、2着に終わったことじゃないだろう。
ディーヴァはそんな子じゃない。正々堂々とした勝負にケチをつけたりなんてしない。
「あたしまで音程外したじゃない! アンタのせいなんだからね!」
「ご、ごめんなさいぃ」
お冠の原因は冠を奪ったことじゃなく、その後のライブの醜態だった。
またしても音程もダンスも合わせられない私に引きずられて、後続は総崩れ。
見事に決まったレースと違って、ライブは見ていられない出来になった。
ターフでの勝負は実力で決まったことと言ってくれるディーヴァだけれど。
こちらは、うん、我慢できないんですね。ごめんなさい。
「まったくもう!」
……正直に言えば、私自身はウイニングライブへレースほどは入れ込めない。
ずっと憧れてきたのは走ることに対してだから。
こういう耳になってからは、歌や踊りなんて最初から遠い世界のことだと思ってきた。
だから、いまさら情熱を注ごうと決めたとしても難しい。
でも、ディーヴァのあの天使の歌声を邪魔してしまったのなら心苦しい。
なら……というのは相も変わらず、その度合いは耳に届いていないから。
だから謝罪も、心を込められているのか自信を持てなかった。聴こえていない、から。 - 50後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 18:21:55
このまま続ければ、私はまたディーヴァの歌を邪魔してしまう可能性が高い。
自惚れるつもりはないけれど……客観的に考えて、ダービーウマ娘も私が最有力候補のはずだ。
対抗バは、評判通り2着になったディーヴァ。
もしもレースもその通りの結果になれば、また隣同士に並んで歌うことになる。
あるいは、譲りたくはないけれど、順番が逆になったとしても。
誰か一人が間に入って来たとしても……結局、その一人も含めて足を引っ張るだろう。
ああ、そんなのは嫌だ。負けたらなんてバ鹿な条件をつけるのはやめよう。もう言わなきゃ。
『でも、いつかは言わなければいけないことだよ?』
補聴器で拾ったトレーナーの声が、その決意を後押しする。
そうだ、今……今すぐ……。
「まあまあディーヴァちゃん、落ち着いて」
「これが落ち着いてられるかぁ!」
「レースの方は、素晴らしかったじゃない。トラベルちゃんの才能が足に集まったからだよ、きっと」
……!
「ディーヴァちゃん、レースとっても楽しみにしてたもんね。昨日なんか――」
「な、ななななっ それは秘密だって言ったでしょう!?」
私を叱っているディーヴァを宥めてくれたのは、またあの栗毛の子だ。
未勝利でもがいている中でも、落ち込んでいた私が心配だからって応援に来てくれた子。
私が皐月賞ウマ娘になってもこうやって、庇ってくれて……。
「苦手なことに怒るより、得意なことを尊敬したいな。私は」
未勝利が言ってもだめかなーと苦笑いするその子に、私は――私は、何も、言えなかった。 - 51後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 18:51:38
同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
私は、落ち込みそうな気分を持ち上げてダービーに向けたトレーニングを重ねた。
おかげで今日も、刻んだラップには0.1秒の狂いもない。
400m長くなって左回りのコースになっても、ハナを譲るつもりはない。
腑抜けた私なんてディーヴァやみんなに言わせることは、絶対ないと言い切れる。
それなのに、私はまた同じ失敗を繰り返そうとしている。
結局、あれからも耳のことは明かせていなかった。
ダービーの前とあって、トレーナーも強くは言ってこない。
皐月賞からの間隔はそこまで長くはないから、私の心を揺さぶって調子を落とさないようにしてくれている。
きっとそれは、レースにおける正解。でもライブにおいては不正解。
トレーナーは答えを見つけられないでいる。
ううん、彼のせいにしちゃいけない。それは間違いなく、私の中に答えがないからだ。
私自身が答えを見つけられていないんだ……。
「ちょっと、顔貸して」
矛盾を抱えたまま過ごしていると、ディーヴァがやって来た。
また、落ち込んでるのを悟られた……というわけではないみたい。
今度は表情が険しくて、思わず身を竦ませてしまう。
もしかして、とうとう嫌われちゃったのかな。
また、ジュニアクラブでの出来事がフラッシュバックする。
ああ嫌だ、ディーヴァに嫌われるのだけは嫌だ……!
「いーい、次のレースは何だか知ってるでしょう?」
……恐れていた事態は起きなかった。でも、苦手な場所には連れられた。ここは、音楽室だ。 - 52二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 19:08:33
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- 53二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 19:16:22
ん、おや…?
- 54二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 19:17:14
バレてないかこれ
- 55後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 19:18:20
- 56後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 19:19:53
次のレースはね、ダービーよ。ダービー。あたしたち同期の頂点を決めるの」
ディーヴァは真顔のままそう言った。
続く言葉は聞かなくてもだいたいわかるし、実際にその通りだった。
さすがに、クラシック最高峰のレースでまであんなライブをするわけにはいかない。
今から上手になれとは言わないけれど、最低限の音程とステップを叩き込みなさい。
それがどれだけ無茶なことか……彼女は知らない。だって、何も言っていないから。
言わなきゃいけない。のに、次の一言で喉がつっかえた。
「アンタが下位に沈むなんて、あり得ないもん。悔しいけど、アンタは天才だから」
ぎゅうっと胸が苦しくなる。
ディーヴァは、私の最高のライバルは、私の走りを信頼してくれている。
そして……やっぱりそれを、天に恵まれた才能ありきだと思っている。
耳が聴こえない中であなたに勝ちました、次も聴覚抜きで必ず上位に来るでしょう。
そんなこと……そんなこと、言えるわけがない……。
「だからあたしが、個人レッスンしてあげる。感謝しなさいよ?」
私は、ディーヴァの期待に応えたい。ここまでしてくれる友だちに報いたい。
でも私は、その想いを踏みつけようとしている。上手く行かないって自分で思って――
「ちょっ そこまで苦手意識ある……よね。あれだけ下手なら」
よっぽど酷い顔をしていたらしい。見かねたディーヴァは、座りかけていたピアノの椅子を片付けて。
ここまでずっと怖い顔をしていたというのに、ちょっとだけ得意げになって言ってくれた。
「じゃ、あたしの声についてきなさいよ。こっちの方がお気に入りなんでしょう?」 - 57後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 19:32:48
そして今度は、音楽室に天使の歌声が響いた。
私のためだけに歌われる、勝利を求める魂の歌。
ピアノを上手く拾えない私の補聴器を貫いて、心を直接揺さぶる魔法の声だ。
この声にさえ合わせれば、私だって歌い切れる気がする。
そんな奇跡さえ信じさせてくれる声に合わせて、私は――
「……ひどい」
「ごめん」
夢を見て、すぐに現実に打ちのめされた。
ウマホに録音された歌声は、補聴器の拾える質でもあんまりだとわかる。
比較対象が良すぎるから、という言い訳すら出てこない。
それはそれとして自分の音痴が、下限を突破している。
「1回聞かせたら消すから、そこは安心して。その代わり毎回録音するから、よく聞いて」
わざわざ落ち込む私へ操作を見せるようにして、ディーヴァは録音データを消してくれた。
クラスメイトたちのように茶化したり、笑ったりはしないという姿勢がそれだけで伝わる。
そして、どれだけ本気で私に歌わせたいかも。彼女は表情以上に大真面目だ。
もしかしたら、これでも追い詰めないために穏やかでいようと心掛けてくれているのかもしれない。
個人レッスンが熱を帯びるにつれ、そんな気迫が伝わってくる。
「違う、あと半音高くっ」「ほら、半音低くっ」
その想いに、まるで見合った成果を出せない。こんなに親身になってくれているのに。
項垂れていると、一息ついた彼女はぱんと手を叩いて私を解放した――見捨てることも、なく。
「続きは明日ね。ほら、トレーニングの時間。アンタがこれで遅くなっても困るんだから」 - 58後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 19:49:45
あんまりにもあんまりな私のために、ディーヴァはライブ特訓のメニューを考えてくれたみたいだ。
自分のトレーニングはと恐る恐る聞いたが、怖い顔をされたので二度と質問しないと決めた。
「まさかアンタ、あたしが遅くなるとでも思ってるの?」
ディーヴァは私を無条件で信頼してくれているのに、私がディーヴァを疑うわけにはいかない。
この最高のライバルは、他人のレッスンにかまけて自分のトレーニングをサボるような子じゃない。
そういえば、友だちの一人が最近付き合いが悪いとボヤいていたのを思い出す。
……プライベート、削ってくれたんだ。私は、自分のためにしかそうしたことがないのに。
私のために、楽しみを減らしてまでトレーニングとレッスンを両立させようだなんて。
「ステップからね。あっちもこっちも残ってるんじゃ、不安が消えないでしょう?」
何が私に足りていないのかをリストアップして、どんな順番で教えるか。
そのためにどういう練習をするべきなのかを書き出してくれている。
的確に私のできそうな所を見抜いてくるのだから、たくさん見てくれたんだろう。
「今、笑わなかった?」
……見られているので、1ミリでも喜んだりするとバレるみたいだけど。
無様なライブはできないという部分も本気のようだった。
何より、ここまでしてもらって集中しないようでは自分が許せない。
組んでくれたメニューに従って、まずはステップを覚える。
レースとは違う平衡感覚に負担を覚えるものの、手を抜きたくない。
「――はい、今日はここまで。あたしもトレーニング行くから」
そして、レースに手を抜くこともディーヴァは許そうとしない。
私にとっても、彼女自身にとっても。 - 59後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 20:14:23
「大丈夫だから、安心して……と」
不慣れな操作でLANEを送ってくれるお母さんに、近況報告を送った。
デビュー戦から皐月賞まで、レースのグレードが上がるにつれて私の音痴も全国に拡散している。
お父さんもお母さんも、それで自分の娘が傷ついていないか心配してくれている。
だからとてもいい友達ができて、レッスンまでしてくれたという安心材料を送っておいた。
……二人とも、トレーナーと同じ意見だ。早く明かした方がいいって。
でも、一人きりで走るのはもう嫌だと言う返信には、トレーナー以上に押し黙った。
私がジュニアクラブでどんな体験をしたのか、ずっと見てきたのだから。
ずるい言い方になったと謝ったけれど……本心は変えられない。
最初は、安全を証明するためだった。それはトレーナーの言う通り、もう達成している。
一方で次の課題は、いつまで経っても解決しそうにない。
私がこれまで置き去りにしてきた対戦相手は、五体満足な私と戦ったと思っている。
才能あるウマ娘が勝ったんだって。まさかハンデ付きで負けたなんて、想像もしていない。
その、予想だにしなかった真実をどう告げれば良いのか……私は答えを出せていない。
そして、もしかしたら告げなくても良いかもしれないという光明が見えた。
歌姫ディーヴァの個人レッスンは本当に上手で、ステップに改善があった。
「ほら、私の歌に合わせて」
私の耳にも届く歌。何も変わらない、それどころかますます上手くなった気がする天使の歌。
聞き惚れながら体を動かせば、不自由な内耳の生む酔いすら忘れられる。
「しょうがない。歌の方は、変われる所は変わってあげる。これで掲示板を外したら許さないからね!」
そして歌唱パートも、同時に歌う部分以外を調整してくれて。本当に何もかも上手く行く気がしてきた。 - 60後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 20:28:24
ディーヴァの歌声は、本当に世界を塗り替えるような歌声なんだ。
私の腕や足まで……不自由な耳ですら動かすような、魔法の歌声。
それを一身に浴びた私は、絶好調だった。
ダービーでは追いすがるディーヴァを引き離して、1.5バ身差で勝利した。
3着の子はさらにそこから2バ身離れて……完勝だった。
最高の瞬間だった。それが、ライブでも続くと思ってた。
でも、魔法は魔法だったんだ。
私自身は、何も変わっていなかった。
私の補聴器は、人の声を拾うために作られたもの。
BGMよりも、興奮した大勢のお客さんたちの歓声の方がよく聞こえるようになっている。
正面は観客席なんだから、猶更だ。
いくらディーヴァの声が美しくても、天使のようでも、ライブ会場全てを支配はできない。
だってこれはディーヴァのコンサート会場ではなく、レース後のウイニングライブなんだから。
これはレースに熱狂したお客さんたちのもので……そして、ダービーを制した私のもの、で。
ディーヴァがフォローしてくれればしてくれるほど、私の音程の外れぶりが浮き彫りになる。
一緒に練習したステップが、観客席からの声につられてずれて行く。
酷い、出来だった。半端に合わせようとしたせいで、皐月賞の時より酷かったかもしれない。
お客さんたちは、補聴器で拾えるくらいに笑っていた。私を責めたりはしなかった。
でも私は……私は……大切なライバルの気持ちと頑張りを、裏切ってしまった。 - 61後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 20:41:11
「ちょ、ちょちょちょ、トラベルっ こっちから帰ろう」
「今はえーと、廊下にペンキが塗ってあってー」
「もうちょっとマシな言い訳なかったの!?」
どこかへトレーナーが呼び出されるのを見て、茫然自失となっている私の手が引かれる。
いつもなら私の歌いっぷりをからかってくるクラスメイトたちが、血相を変えて別の通路へ引っ張りこんできた。
ただ、この子たち自身に何かされることはなさそうだ……耳が絞られているわけじゃない。
そうなるともう、慌てている原因は一つ考えつかない。
「……ディー、ヴァ」
震える声でその名を呼ぶと、みんなは顔を見合わせた。
順番に口を開いたり、噤んだりをして、それから一人がぼそぼそ話し始める。
小さくて補聴器では拾いにくい、なんて言っている場合じゃない。
これを聞き逃すわけにはいかないって、本能が言っているから。
「その、ディーヴァもトラベルの苦手はよくわかってるんだよ。ただ事情があってさ」
「事情……?」
私が特訓を無駄にしたから、という言い方ではない。
再び言い淀んでしまったクラスメイトに、今度は頼み込んで先を促す。
「実はディーヴァのおばあちゃん、もう長くないらしくてさ」
「ちょっと、それ」
「言わないとトラベルが納得しないでしょう?」
頭が真っ白になった。
私は、勝手に舞い上がっていた。憧れの歌姫が、個人レッスンを開いてくれるって。
でもあの子は、必死だった。あといくつレースを見られるかもわからないおばあちゃんのために。
少しでも良いライブ映像を届けようって……その努力を私は、気持ちごと踏みにじっていた……。 - 62二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 20:47:09
ほう....曇らせを早めに持ってくるか....
君曇らせ師の素質あるね(何様やねん) - 63後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 20:54:50
何故、という質問はできなかった。だって、それは。
「ディーヴァには、今言ったこと内緒ね?」
「レースで遠慮されたら嫌だって言って、聞かなくて……」
それは、私がずっと隠し事をしてきた動機そのものだったから。バ鹿だ……私はバ鹿だ。
何が、私のために楽しみを減らしてまで――だ。ディーヴァはずっと悩んでいたんだ。
私に遠慮させたくない。私と全力で競いたい。その上で良いライブにしたい。
正々堂々戦いたいっていつもの真っすぐな気持ちと、家族を想う気持ちと。
両方叶えて、その上で私にレッスンを……できないの四文字すら言えないバ鹿な私に、ずっと。
「ディ、ディーヴァちゃん、そっちの廊下にはペンキが……!」
「何よそれ! そんなわけないでしょ」
私は、バ鹿だった。無力だった。耳よりも前に、心が不自由なウマ娘だった。
拾うべき声を拾うこともできなくて、せっかく連れ出してくれたクラスメイトたちの気遣いも無駄にして。
「アン、タ……トラベル!!」
いま一番謝りたくて、でも一番会っちゃいけない相手に、見つかった。
「痛っ」
「ちょ、ディーヴァっ やめなって!」
「うるさい離せ!」
ダービー2着のウマ娘の突進で、あっという間に私は背後の壁に叩きつけられた。
真っ青になったクラスメイトたちが何かを言っているけれど……ディーヴァの声しか聞こえない。
耳の角度がどうこうじゃない。心に、その声が突き刺さる。 - 64二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 21:08:00
人の心が分かるから一級曇らせ職人になれるのだ…
職人が自らの心を削り生み出された作品によりキャラの曇らせが真に迫り、キャラの造詣に深みが生まれる。読み手はそれに心も抉られながらも、そのストーリーを楽しめる…。三者誰も損をせず幸せ… - 65後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 21:09:41
「なんでよ! ふざけないでよ!」
「よしなよディーヴァ、トラベルは――」
「練習ではできてたじゃない!」
「や、ほら、練習と本番は――」
「トラベルよ!? トラベルが練習通りできないはずない!」
ウマ娘の力で胸ぐらを掴まれて、息が苦しい……はずだ。
壁に押し付けられて、後頭部が痛い……んだと思う。
ただ、そういう感覚がほとんど伝わってこない。痛覚が聴覚みたいにぼやけてる。
代わりに聞こえにくいはずの耳が五感を、世界を支配している。
ディーヴァの声が、今の私の全てだ。でも、それは歌声を聞くあの幸福な時とはまるで違う。
あの子の悲痛な叫びが……涙が、弱すぎた私の心を切り刻む。
「何とか言いなさいよ!」
「ごめん、私……」
「何故か聞いてるの!」
「それは…………」
何故、という質問に答えなければいけない。でも、今この時に?
言葉が出てこない。私を信じてくれて、私が裏切ってしまったライバルへの言葉が。
それはきっと、彼女には言い訳を探しているようにしか見えなかったんだと思う。
頑張りと、何より家族への想いを踏みにじった相手のそんな態度に、激怒したのは当然だ。
「ディーヴァ!」「だめ、押さえて!」
肩と頭が床にぶつかって、燃えたのかと勘違いしたくらい熱くなった頬から痺れが伝わってくる。
ぶたれたんだ、ディーヴァに……体よりも心が軋んで、傷んで、張り裂けそうだった。
だから、耳から転げ落ちたものが何なのか。自分で先に気が付けなかった。 - 66トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 21:11:02
oh......皆の前でバレちゃうのね
- 67後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 21:23:34
「それ…………何?」
不思議と、こんな時だけディーヴァ以外の声が聞こえた。
残ったもう片方の補聴器が別の方を向いていたから、なのかもしれない。
「ま、まさか通信機?」
「ちょっ いやいや、それはない。ない、よね。トラベル?」
空っぽになっていた頭の回転が追いついた頃には、"それ"は拾い上げられていた。
目を見開いて驚く子。半笑いになりながら、震える手で指さす子。
パッと見て、それが何かわからないみたいだ。そして不正を疑われた。
五体満足な彼女たちにとって、この見た目は通信機に映ったらしい。
真っ先に否定しようとした。
耳に通信機能付きの機械を仕込むのは、明確な規定違反だ。
そんなことを許せば、トレーナーがレース中にいくらでも指示をできてしまう。
そうなれば、ウマ娘の力でレースの着順が決まるという大前提が崩れる。
だから、厳しい罰則を持ってそれを禁じている。疑われたらたまったものじゃない。
「――」
そう、競技生命にかかわる誤解を晴らさないといけない。なのに声が出てこない。
ジュニアクラブのトラウマが、今ここで起きている重大事件への弁明をさせてくれない。
「違うよね、トラベルちゃん」
……こんな時ですらまともに言葉を発せられない私に代わって声を上げたのは、栗毛のあの子。
ずっと私を優しく見守ってくれた子で。今だって、私の不正なんか疑わずに。でも。
ああ、でも待って。待って、それは―― - 68トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 21:24:40
逝きそう
- 69後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 21:31:20
栗毛の子は、ずっと私を優しく見守ってくれた子で。
今だって、私の不正なんか疑っていない。
私が言えないでいる言葉を、代わりに言ってくれて。
潔白を証明しようと、してくれていて。
「補聴器……だよね……?」
その声は震えている。
ああ、わかってるんだ。どうして私が言おうとしなかったのか。
ずっと言えなかったのかわかって……それでも、庇おうと、して。
くれ、て。
「……何よ、それ」
私を何度も温めてくれた、天使の声が冷たく響く。
――腑抜けたアンタに勝ったってつまらないってだけだからっ
――悔しいけど、アンタは天才だから
――トラベルよ!? トラベルが練習通りできないはずない!
「何、よ、それぇ……っ」
ディーヴァの頬を、涙が伝う。栗毛の子も、他のクラスメイトたちも。
私も……泣いて許されることなんか、何もないというのに。
トレーナーが戻ってくるまでの間、私たちは誰一人一歩も動けずに。ただ、ただ泣きじゃくっていた。 - 70後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 21:49:11
何もかも、間違っていた。早くに……ううん。最初に言えば良かったんだ。
お父さんもお母さんも、トレーナーも、職員さんもそう言ってくれていたのに。
聴こえないことは、悪いことじゃない。
トレセン学園の入試を通ったウマ娘ですって、自己紹介すれば良かっただけなんだ。
それなのに、私は過去に囚われて――今を、台無しにしてしまった。
ディーヴァやクラスメイトに、トゥインクルシリーズのお客さんたちに。
聴覚障がい者を笑い者にしたり無理をさせた、という後悔を与えてしまった。
「今までごめんね……トラベル……」
「もう、笑ったりしないから……」
違う。そんな謝罪はいらない、なんて言葉は意味を為さない。
私が隠していたせいだからと言っても、却って色んな人を傷つけるだけだった。
歌のことを弄られながら談笑するそれなりに楽しかった時間は、すっかり消え去った。
ディーヴァはウマ娘の力で暴力をふるったため謹慎……という建前で、部屋を移される。
私から遠ざけたのは明らかだった。彼女はすっかり、塞ぎこんでしまっていた。
影響は学内に留まらない。
いくつかニュースが流れていたけれど、トレーナーから見ないようにと言われた。
SNSも遠ざけられた。最後に見たのは動画配信をしていた人の引退宣言だ。
私のライブ映像を切り貼りして、面白おかしく音MADにしていた人だ。
読んでいるこっちの胸が痛くなるような謝罪文を残して、関係ない動画まで全てを消していた。
ごめんなさい……と、何度も言うこともできなかった。
下手に謝ると、今度は障がいを後ろめたく感じているように聞こえるから。
トゥインクルシリーズの二冠ウマ娘が自分の障がいを謝罪しているなんて誤解を与えたら、どうなるか。 - 71二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 21:52:30
キッツ(瀕死)
- 72後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 22:03:28
「ごめんなさい、トラベルちゃん……」
そして。そして、最も恐れていた事態が今度こそ起きた。
私に負けた中から、引退する子が出てきた。
……いつも良くしてくれていた、栗毛の子だった。
「ま、待っ」
栗毛の子は未勝利戦を戦っている。でも、今はダービーの後だ。
まだチャンスはあるはずだ。レースは残っているんだ。
どう……それを伝えれば良い?
耳のハンデを隠したまま、7バ身差でちぎった私が。
「ううん、違うの。私、自分が恥ずかしいの」
この子は、いつだってそうだった。口下手な私の言いたいことを、汲み取ってくれた。
その上でゆるゆると首を振り、泣き笑いを浮かべて。
「こんなに頑張ってたトラベルちゃんを、恵まれてるって言った自分を許せないの」
最低の言い訳をして、ごめんなさいって……。
聞きたくもない謝罪と共に、彼女は荷物を持って走りだす。
「ま、待って……行かないで……!」
私の声は届かない。彼女のすすり泣く声が、補聴器に突き刺さる。
いつもとは逆の光景。今からでも走りだせば、追いつくことはできるかもしれない。
でも、それはできなかった。彼女のプライドを、粉々に砕く行為だとわかっていたから。 - 73後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 22:07:08
わ、私は……
『すごいね、トラベルちゃん。ここまで天才だと、嫉妬もできないや』
『レースの方は、素晴らしかったじゃない』
『トラベルちゃんの才能が足に集まったからだよ、きっと』
私は、友だちの……
『違うよね、トラベルちゃん』
……友だち、だった子の……
『補聴器……だよね……?』
…………心を折って、しまったんだ。 - 74後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 22:08:27
Q1.どうして曇らせの時期をずらしたんですか?
A1.未勝利の子が残っている時期にするためです
Q2.それで、満足しましたか?
A2.横にならせてください、お願いします…… - 75二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:09:28
- 76後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 22:10:35
A.物書きです
- 77二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:11:37
皆平等に傷ついた!と言う事は実質プラマイゼロ!つまり誰も不幸になってねえ!!(横になって
- 78二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:14:46
M(oの書き)ってかやかましいわ
- 79二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:15:52
今のところ音MAD作ってた人の描写が一番今っぽいのと、それだけウマ娘が世間に浸透しているって感じがして良かった
こいつのこと思うと心が折れるわ - 80二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:17:05
音MADニキはマジでドンマイ…とんでもない手のひら返しバッシング食らったんやろなあ…
- 81二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:18:09
トラブルアローンはこの先謝ることができない世界を歩むのだ…しかしこれは彼女が歩むと決めた道でもある…
- 82トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 22:21:57
あぁ....曇ってる....気持ちぃぃ....
- 83二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:22:13
新鮮な筆者の血で書かれた小説はいい匂いがする
- 84二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:28:52
片や親友からの罵倒で曇らせる
片や社会的影響も使って曇らせる
やっぱりSS師ってろくなのがいねぇなぁ!!(暴論) - 85後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 22:29:01
善良で繊細な作者が出血しているのですから、もっと心配してくださいよう
あ、復旧したので続けます
晴れるのはもうちょっと先です - 86二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:30:05
あっあっ 地獄が広がっていくよォ〜!
- 87二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:32:52
悲劇の有馬書いた2日後にこれ書く奴に当てはまる形容詞じゃないんだよなぁ
- 88二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:46:31
いいかい?ドMはね、Sの気持ちも分かるからドMになれるの。逆もまたしかりMの気持ちを汲めるからドSとしてふるまえる。筆者はそういうやつだよ
- 89後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 22:53:08
>>73から
「トレーナー……ごめんなさい、言ってくれてた、のに……」
どん底まで落ち込み、さらに孤立した私に駆け付けてくれたのはトレーナーだった。
休むよう言ってくれるのだけれど、私が傷つけた人のことたちを考えると休めない。
「君自身も傷ついているだろう?」
トレーナーはいつも、私のことを優先してくれて……。
でも、これ以上みんなが傷ついていく方が嫌だった。
「なら、まずは……そうだね。遠い所から片付けて行こう」
懇願すると彼は気持ちを汲んでくれて、信頼できる記者さんに頼みごとをしてくれた。
聴覚障がいを黙っていた理由を、なるべく誰も傷つけない形で説明したいと。
大人に任せるよう言ってくれたけれど、私の話自体はしないといけない。
ぽつぽつと今までの出来事を話しては一緒に首を捻ってくれる記者さんに相談した。
とても難しいことだった。
例えば真実をそっくりそのまま言ったら、ジュニアクラブの関係者がバッシングされるに決まってる。
無理をして遅くまで施設を使わせてくれたコーチに、そんな攻撃を向かわせたくなかった。
だから、あくまで私のわがままだと言わせて欲しいと食い下がった。
レースで遠慮されたくなかったから、黙ってて欲しかったと。
それで、ライブのことも言い出せなかったんだって。
記者さんは私がなるべく叩かれないように、調整すると約束してくれた。
それで、どうにか学園の外は落ち着いたのだ……と、トレーナーは言っている。
真実はいくつもの番組や膨大なネットを見ないとわからない。それは、許可してもらえなかった。
- 90二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 22:54:37
- 91二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:03:54
- 92後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 23:16:00
今後のウイニングライブについては、特例で出演は自由意志ということになった。
出ても出なくても良いし、何か動きを限定するなら希望を出しても良い。
ただし、他の子や設営スタッフのために早めに意思表示をして欲しいと言われた。
私は……私は、無敗の二冠ウマ娘。
三冠を狙うなら菊花賞に直行するのが良いだろうと、トレーナーからは勧められている。
辞退したら、どうなる?
嫌だけれど、負けたとしたらバックダンサーだ。
一人くらい居なくなっても構わないし、むしろメインの子を邪魔せずに済む。
でも、もし勝ったら……怪我をしたわけでもないセンターが、すっぽり抜ける。
無敗の三冠ウマ娘が誕生したレースで、センターのいないウイニングライブが始まる。
こんなことをクラスメイトにさせたら、二度と私は教室に顔を出せる気がしない。
じゃあ、勝てば踊って負けたら辞退させてくださいと申請する?
そんなこと……そんな駄々っ子みたいなことを言って、みんなのためになるのかな……。
……栗毛の子は退学の意思は固く、覆ることはなかった。
トレーナーも、引き留めるのは無理だろうと言っている。
ウマ娘が自動車のような速度で疾走するトゥインクルシリーズ。
心の折れた状態で無理に出走すれば、勝敗の前に危険だという。
他のクラスメイトは……クラスメイトは、何を言えばいい?
学級会を開いて、もう一度友だちになってくださいとでも?
私自身にできることは、少なすぎた。
トレーナーは親身になってくれる。お父さんもお母さんも連絡をくれる。
教官も、特に授業で私を疎んじたりはしない。模擬レースだって除外されない。
私と走りたくないとは、誰も言わない。だから早く言えば良かったんだ。
除外されたのは、人間関係の方だ……完全に私は、腫れ物扱いだった。 - 93二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:16:15
このレスは削除されています
- 94二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:19:35
- 95二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:19:40
このレスは削除されています
- 96二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:19:47
- 97トラベルアローンをすこれ23/01/02(月) 23:20:23
- 98二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:20:59
ここから見事に晴れるからまあ見てな(願望)
- 99二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:21:24
高熱以外の症状はないから無問題
- 100後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 23:21:48
ゆっくり休んで、健康に良い場面になってから見てください(良心)
- 101二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:22:12
- 102二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:28:20
このレスは削除されています
- 103二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:29:09
このレスは削除されています
- 104後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 23:31:00
あの、すみません
何度か書いてますが、悲劇の有馬は私の作品ではなく「安価スレのSS化」です
私ではなく、安価スレをまとめたスレッド主さんのものです
だから勝手に概念だとか、合体だとか言う権利は私にはありません
冗談抜きでそこんとこしっかりとお願いします
それじゃ続けます - 105二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:33:35
ここはスレ主が作者のSSスレで概念捏ねてる本スレは別であるんだから新作SSの話したいならそっちで話したほうがええと思うぞ
- 106二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:34:17
スレ主いたか。すまない出しゃばった
- 107二次元好きの匿名さん23/01/02(月) 23:36:11
常識的に考えて、SS書いてる横で別のSSの相談をくっちゃべってるの失礼だよ
- 108後発作◆FZJzI0hevg23/01/02(月) 23:41:01
そうこうするうちに、夏合宿の季節がやってきた。
二冠ウマ娘の私は真っ先に参加組として検討されて、それから参加できそうかを気遣われた。
行けば大きく成長するのは、トレセン学園の歴史が証明している。
レースを走るなら、行かないという選択肢はない。だから行く……とは即答しかねた。
夏合宿のトレーニングでの班分けから、宿の部屋割りから、何から。
完全に浮いた私は、誰も彼をも気まずくする爆弾のような存在だろうから。
いっそ不参加にしようか……でも……。
「ちょっと」
項垂れていると、声を掛けられる。
不自然な現象だった。私にとっては。
だって、後ろから声をかけられたのに"聴こえた"んだから。
それはよく通る声だったし、久しぶりに聞く声で……。
私の肩を跳ねさせるのに十分な、一番聞こえてこないはずの声だった。
「早く参加届、出しなさいよ」
つかつかと歩み寄って来たのは……ああ。私の。
わ、私のライバルだって、まだ呼んでいいの?
部屋を離された、クラス替えすら言われていたディーヴァが目の前に来る。
「ちょ、ディーヴァ」
上手く拾えてはいないけれど、周りはざわついているみたい。
最後に会った時があんなだったもの。そうなる、のだろうけれど。 - 109後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 00:02:58
毎日合わせていたあの顔が、今はやつれて見える。
なんて、私の言うことじゃない。きっと私のは、もっと酷いから。
それが気に入らなかったのか、ディーヴァの眉が吊り上がる。
反射的に、全身が竦んだ。またぶたれるんじゃないかって。
物理的な痛みがどうこうじゃない。ディーヴァを傷つけた記憶が何より辛かった。
「出・し・な・さ・い・よ」
一番恐れていたものは、飛んでこない。代わりに、右手をずいっと突き出される。
クラスの子たちは、それを止めるに止められないでいるようだった。
私は……私は、まだ迷っていて、それで……。
「あたしはね、まだアンタにリベンジできてないの。勝手に遅くなってもらっちゃ困るの!」
そんな私に、ディーヴァは言葉をかけてくれた……ライバルと、して?
本当にそうなのか、確認する勇気も声も出てこない。
また、舞い上がって勝手に都合の良い解釈をしてるんじゃ……。
「何? 本当に走るのを止める気なの?」
……わからない。何も。声が聞こえているのに、あなたの心がわからない。
でも、この答えにだけは頷くわけにはいかなかった。
だって私は、夢を叶えるためにここに来たんだから。
毎日擦り傷を作って、どんな目に遭っても走り続けて……色んな人を、傷つけ、て。
投げ出したらその全てが、何のためなのかわからなくなる。
震える手で参加に丸を付けると、ディーヴァはそれをひったくって教卓へ叩きつけた。
誰も、何も言わなかった。 - 110トラベルアローンをすこれ23/01/03(火) 00:11:06
んっほぉ強気なディーヴァちゃん好きぃ
- 111後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 00:22:43
「何よ、部屋割りも決められないの!?」
「席くらい好きに取ればいいでしょ!」
その後も、ディーヴァは私の背中を押してくれた……と言うべきか。
お尻を蹴飛ばしたと言うべきか、引き摺り回したと言うべきか、とにかく。
夏合宿に必要なものを私が躊躇う度に、ぎゃんぎゃん言って揃えてくれた。
慌てて戻ってきた教官から、特別に女性トレーナーとの相部屋にするか尋ねられた時なんか……。
「こんなの特別扱いする必要あります!?」
物凄い剣幕で食って掛かるものだから、目を白黒させながら普通で良いと答えた。
「あ、ああ……こっち来る?」
……そうしたら、声を掛けてくれる子が出てきた。ディーヴァと私とよく話していた子だ。
ただ、ダービーの後で私の歌を弄っていたことを謝られてからは、ほとんど目も合わせてなくて。
「迷う余地ないでしょ!」
うじうじしていたら、まるで軍隊のようにディーヴァから即答を求められる。
今度こそ物理的に蹴られそうだったので、飛び跳ねるようにして頼み込んだ。
一人足りないと言えば、ディーヴァがそこへ居座る。
「嫌なら断ったら!?」
……嫌、じゃない。私は嫌じゃない。みんなとまた話したい。
ゆるゆる首を振るとその後も歌姫軍曹さんは、何度か私に雷を落としてきた。
なんだかもう、身体のどこかが実際に焦げてもおかしくないくらい落とされた。
ただ、それで夏合宿の準備は整った。 - 112二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 00:38:04
サーイエッサー!
- 113後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 00:43:27
トレーナーにそのことを報告する頃には、ぷすぷす煙を噴いていた。
うん、もちろん比喩なんだけど……出てもおかしくないくらい頭が熱を持っている。
「それだけ、君を参加させたかったんだろう?」
また勘違いするのが怖いと零すと、トレーナーは間違う余地のない部分を切り分けてくれた。
うん、少なくとも欠席して欲しい人のやることではない……それは動かない。
「なら、いいじゃないか。夏合宿でやるべきことをやればいい」
そしてこれも動かない。その通り、だ。夏合宿でやるべきこと。
もっと速くなる。そのためのトレーニングをいつもと違う環境で積み上げる。
大きく頷くと、トレーナーは目を細めてくれて。
「いつもの君に戻れば大丈夫だよ。オフを僕から勧めないといけないくらいの君に」
……それでようやく、自分を振り返ることができた。
周りの顔を伺って誰がどう傷ついているかをたくさん気にして。
ずっとそんなことばかり考えていた、ダービーの後の自分を。
ストップウォッチとの睨めっこを最後にしたのはいつだ?
体内時計は今どうなっている?
せっかくしてくれたステップの特訓も、すっかり忘れてしまったかもしれない。
「大丈夫、秋までに取り戻せるようメニューは組むから」
ああ、トレーナーは待っててくれたんだ。私にもう一度火が点くまで。
ねえディーヴァ……あなたはこのことに怒ってくれたのかな。
わからない。わからないけれど、それをいくら考えても仕方ないから。
私は、ちゃんと戻るね。無敗の二冠ウマ娘に。 - 114後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 00:44:34
- 115二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 00:49:04
- 116トラベルアローンをすこれ23/01/03(火) 01:00:43
おつかれー
- 117二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 05:20:19
- 118後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 09:18:17
- 119二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 09:22:10
第一級曇らせ職人の帰還・・・さあ楽しみだ
- 120二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 09:23:30
それ食うだけでこんなに曇るなら日本中ヤバい事になるわ
- 121後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 09:55:58
>>113から
それから私は、トレーナーがくれたメニューへ戻った。
ここはトレセン学園で、私はレースをするためにやってきて、挑戦される立場にまでなったんだ。
どんどん速くなるみんなに追いつかれないように、一層鍛えなきゃ。
久しぶりに握ったストップウォッチを押してみると0.3秒もずれている。これじゃいけない。
聴こえないゲートや足音に向き合う隙間時間に、何度も何度も押し込んで感覚を戻し――
「あ、うう……」
「アンタさ、前々から思ってたけどバ鹿でしょ」
「言い訳れきないれす……」
――合宿当日、バスの中でも向き合った私は見事に酔った。
ただでさえ平衡感覚が怪しいのに、山を越えて海へ向かう道で手元ばかり見ていて無事で済むはずがない。
ディーヴァの言葉が刺々しい……けれど、ありがたくすら感じる。罵倒されて喜ぶ趣味はないのに。
遠慮しないでいてくれるという相手が、こんなにも貴重だなんて――うっ
「みんな袋! 席の袋回して!?」
「ステイステイステイ、もすこし我慢してトラベル!」
「ひっひっふーしてひっひっふー」
「それ絶対違う奴……効いてる? ウソでしょ」
相変わらず私の耳は不自由で、本体の気分が悪い中でどこまで拾えたかは定かじゃない。
ただまたみんなを騒がせたのは間違いなくて、思いっきり面倒をかけちゃった。
あんまりにもあんまりなきっかけで、繰り返さないようにしなきゃとは思うけど。
「ひ、ひ、ふー……」
「マジで効いてるわ」「元気な男の子ですよ」「今度こそ絶対違うからね?」
久しぶりに、クラスメイトたちの声を"聴けた"。
- 122二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 10:13:38
このレスは削除されています
- 123後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 10:15:12
何もかもが元通りになったわけじゃない。
点呼への反応が遅れたとか、他のバスではカラオケをしていただとか。
以前なら起きていた笑い声はもうなくて、私は持て余されている。
まずは、自分だけでも元通りになろう。
元の私も耳のことを抜きにして、バ鹿なところがあるのは間違いない。
その上で、ハンデをハンデと感じさせないくらい愚直に努力する。それが私。
取り戻さずに周りにだけ願うのは、バ鹿じゃ済まない自分勝手だろう。
「はああああ!」
「む……無理ぃー!?」
ひっひっふーのおかげで傷は浅い。トレーナーのメニューはいつだって間違いない。
初日から全力を出した。指示を守って疲労は隠さず。当たり前のことをすれば危険はない。
走ってみるとやっぱりあちこち衰えている。夏の上がりウマ娘に負けないために、毎日全力だ。
「……トラベル、次は私といい?」
「ああ、良ければだけど私も――」
そうこうしていると、他の子たちからも砂浜の併走へ誘ってもらえるようになった。
ストップウォッチウマ娘の私と走れば、ペースが掴みやすいということらしい。
喜んで引き受けた。だからって、手加減はしない。
「待って、マジで……無理……」
「これは魚の餌ですな」
「それ違う意味に聞こえる奴」
そのう、バスの中の私と同じ目に遭わせちゃったのはさすがに申し訳なかったけど。
隠したり手加減したりは、もうしないって決めたから……ああ待って待ってひっひっふーして!? - 124後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 10:38:03
何もかもが元通りになったわけじゃない。
それでも、同じメニューをこなして同じ道を走っていれば話の一つや二つはするようになる。
お互いに気づいた癖だとか、筋肉がついただとか、全く色気のない話ばかりでも。
一緒だった……授業の風景と。私は、レースから除外されたわけじゃないんだ。
ひたすら、できることに打ち込んだ。私は、どうしたってできないこともある。
遠泳は危険だと言われたから、スタミナはひたすらダッシュで補うことになった。
突発的に始まった謎の砂浜クイズ大会も、聴覚のハンデがあるから不参加だ。
指を咥えて見ている暇はない。それにそんなことをしたら、またみんなを遠慮させる。
だから、できることを。トレーナーは毎日聴こえなくても良いメニューを考えてくれる。
「あのタイヤを引いてみようか」
巨大タイヤを引き摺ることになった時は、その大きさから注目された。
歯を食い縛ってやりきると……その翌日には隣で負けず嫌いが体にロープをかけている。
「何、アンタだけが特別なつもり?」
……未だにディーヴァの心はわからない。
おばあさんに向けたライブを台無しにしたことも。個人レッスンを後悔させたことも。
何もかも、なかったことはできない。だからこそ今できることを。
隣に立ってくれたあの子と、本気で巨大タイヤ引きの勝負だ。
「ぬ、ぐぐぐぐ……!」
特定の箇所に負荷がかからないよう上手に結ばれたロープと柔らかな砂浜が、筋肉を優しく受け止めてくれる。
試されるのは根性だ。重い重い、けれど無害な、気力の続く限り引いて良いタイヤ。
肉体的な言い訳を一切許さないからこそ、あとはどこまで止まらず動けるかだけ。
詰め込まれた重量と夏の日差しに虐め抜かれながら私たちは、先に止まってたまるかと前へ前へ―― - 125後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 10:58:30
「あのさ」
「はい」
「帰り道の体力くらい残しなよ」
「ごめん」
ディーヴァの勝負根性は、並大抵のものじゃなかった。
敵に塩も砂糖も山ほど送った上で、皐月でもダービーでも全力で潰しに来た子だもの。
私も、負けたくなかった。勝つためにここに来たんだし、ディーヴァの全力にも応えたかった。
結果として、スタミナが尽きたことすらお互いに忘れて引き続けた末に共倒れ。
普段のディーヴァなら、どっちが先に倒れたかでぎゃーぎゃー言っていたと思う。
いつもの私なら、聴こえていなくて後からあわあわ言いつつ……譲らなかったかな?
はい、今の両者にそんな余裕はありません。担がれています、俵のように。
見物料だと言ってくれた同部屋の2人いわく「他の持ち方は重いから」とのこと。
贅沢を言える立場ではないので、私もディーヴァもそのまま運搬されている。
「はいオーライ、オーライ」
「ぐえっ」
「二冠ウマ娘の悲鳴か? これが……」
転がった後も、しばらくは寝返りすら打つのがしんどかった。
シャワーの時間をずらそうかとも提案されたけれど、そういう特別扱いをされると壁は壁のままだと思えて。
ゾンビのように起き上がろうとしたところで、はいはいとまた担いでもらった……担いでもらった?
あの、今向かってるのってお布団じゃなくてお風呂場――
「はいオーライ、オーライ」
「ぶええっ」
あのう、二冠ウマ娘だからとか偉ぶるつもりはないんだけれど。
それ以前に女の子に対する扱いですか、これは……米俵の次はお芋みたいな漬け洗いだ。 - 126後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 11:22:26
「あーもう、バ鹿バ鹿しくなったわ。遠慮するの」
米俵、芋洗いと来て天日干しになった私を見て、クラスメイトたちは呆れ返っていた。
正確に言えば月光干しなのだろうけれど、そこは全く問題じゃない。私たちの格好が大問題だ。
……まともに動けないくらい張り合った方が問題だと言われると、はい、返す言葉もございません。
みんなして、うまぴょい伝説の練習中みたいな顔してる。お米食べたいでも痩せたい。
「だから、言ったじゃ……ない。こいつ、バ鹿なの」
「いや今のディーヴァ、同レベルだからね?」
「ぬっ ぐぐぐ……」
と、いうやり取りの間に――いくつか視線が飛んできた。聴こえない分まで見えるから、余計に気づく。
「ディーヴァと並び立てて、嬉しいよ」
「……アンタ、ねえ」
ごめんなさいは言えない。謝らないでも言えない。それは、もう過ぎ去ったことだから。
今できることは……ろくに動けない干しウマ娘にできることは、意思表示だけだ。
私、またみんなとバ鹿みたいな話がしたいよ。あの時間が、楽しかったんだよ。
「聞きました奥さん、『アンタねえそんな嬉しいこと言わないでよ』ですって」
「……あしたぜったいつぶす」
優しいみんなは、その気持ちを汲み取って、やさしくない形の言葉をかけてくれた。
脚力は天に恵まれたとか耳は恵まれなかったとか、ややこしくしてしまった私だけれど。
ああ、クラスメイトには恵まれているなって。それは、間違いようのないことだった。 - 127後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 11:26:56
.
「ちょ、ディーヴァ無理! 無理、無理ぃー!?」
次の日。回復したディーヴァに宣言通り追い回されたその子を、今度は私が担いで帰った。
「ちょっと、アンタのラップにも潰されたんでしょ」
「共同作業という奴ですな?」
「次はアンタの番ね」
「アァ…オワッタ…!」
担ぐのも筋力トレーニングのうちだから。そう自分を納得させることにした。
「だから! アンタの殺人ラップもあるでしょ!」
「うるへースタミナ強盗共ー」 - 128後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 11:49:22
天才だろうとバ鹿だろうと、干しウマ娘だろうと等しく時間は過ぎて行く。
夏合宿はあっという間に過ぎて、何人かは秋戦線のトライアルへ向かうと話している。
私はその間も、トレーニング漬けの日々を送るだろう。やることはたくさんあった。
そして、もう一つ。ぎっしりのスケジュールへ詰め込もうと決めたことがある。
だから今日、寮へ戻る前に頼まなきゃいけない。今を逃したら、また離されるかもしれないから。
またレッスンをして欲しい。歌は無理だとしても、みんなと踊れるようにはなりたいって。
「馴れ合ってる暇、ないでしょ」
雑談だと思ったのか睨んでくるディーヴァに、鹿みたいに足を震わせながら頭を下げる。
クラスの子たちを交えてバ鹿話はできるようになったけれど、二人きりだと彼女はまだ刺々しい。
当たり前だ。一番深く裏切った相手なんだから。
それでも。私も本気だった。今度こそまともなウイニングライブをしたいから。
どれだけ申し訳なくても恥ずかしくても、ディーヴァに縋りつく。ディーヴァじゃなきゃダメなんだ。
まだまだ遠慮していた頃から、ストップウォッチとして皆が私を頼ってくれたように。
私の耳には……ディーヴァの歌声が、一番届くんだ。
「……ご機嫌取りのつもりなの?」
ぐさりと、天使の声が突き刺さる。裏切者の言葉なんて、信じてもらえないのかもしれない。
でも、ここで諦めるような浅い覚悟で言ったりしない。だから私は、ありったけ言った。
入寮したその日に、ディーヴァの歌声に聞き惚れたこと。
ディーヴァの歌声がなかったら、皐月賞はきっとまともに走れなかっただろうこと。
あなたを裏切ってしまった。あなたの気持ちを知りもせず、ライブのことを浅く考えていた。
でも、みんなと居られる有難みを知って今度こそ一緒に踊りたくなった。
聴こえない私にそうさせてくれるのは、世界すらひっくり返すような奇跡が必要かもしれない。
そんなことができる奇跡の存在なんてディーヴァの歌声しか私は知らない。
何度も本気でぶつかって、一番私に迫ってくれたディーヴァが紡ぐ歌声じゃないと私は、私は……! - 129後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 12:19:42
「ぁああぁぁああぁアンタね、言ってて恥ずかしくないの!?」
その結果、正座ウマ娘が一丁上がった。頭には大きなたんこぶ付き。
……あの日と違って、痛みはまるで覚えなかった。
相変わらず心なんて読めはしないけど、今のディーヴァの顔の赤みは。
あの時と違う色合いなんだって。月明りの下でも、わかった、から。
「はぁ、アンタも踊るなら見映えは良くないと困るしね。あー仕方ないな!」
ぷいっと顔をそらされた。嫌々ですとアピールされた。
……でも。でも、また二人の時間を過ごしてくれるって言ってくれた。
私の世界にあの歌声を満たしてくれるって、言ってくれたんだ。
今度こそやってみせるからって、半泣きになりながら約束する。
「……で? レッスンはいつするの?」
そして、固まった。ああ、そうだ。あの時と違って部屋が別々なんだ。
待ち合わせから何から手間がかかる。そんなに時間は取れないのに。
ディーヴァのトレーニングの邪魔にはなりたくないし、私も遅くはなりたくない。
どうすれば。困って視線を上げ下げしてると……ああ。
バ鹿な私はそこで初めて、ディーヴァも口を開け閉めしていることに気づいた。
この子はうじうじしている私の背中を蹴とばして、合宿に連れて来てくれて。
何度も叱り飛ばしてくれたから、気づかなかった……ううん。
私自身が、彼女の目元や口元を見ようとしなかったんだ。怖かったから。
ディーヴァも本当は怖かったのに、不甲斐ない……ライバルを、後押ししてくれたんだ。
今度こそ、私から言わなきゃ。今だってお願いしたんだから。
また、一緒になってください。あなたと一緒がいいんです――ー - 130後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 12:30:14
「……あっ」
あ、あのね。待って、違う。これは、寮の部屋の話なの。
こっそり持ち込んだらしい花火を持ったクラスの子たちと出くわした次の瞬間、必死に弁明する。
「うん大丈夫、私何も……見なかったから」
聞かなかった、という言葉を避けてくれた優しいクラスメイトたち。
ただ、言葉の綾を放っておいてくれるやさしさは持ち合わせていないようで。
「私と一緒になって、ディーヴァ!」
「アンタ言ってて恥ずかしくないの!?」
「だって、あなたじゃないとダメなの!」
「し、仕方ないわねー」
始まった即興のお芝居に、ぼんっと今度こそ煙を噴いたと思われる熱を生まされる。
そしてひやかしてくる二人が抱き合ってタコみたいに唇を突き出したあたりで……あれ。
今、奇跡が起きたような気がする。聴こえるはずのない音が聞こえたような。
これはえーっと、そうだ。何かがちぎれる音だ。や、やっぱり頭の血管かなあ。
お隣……さんの……。
「つぶす」
「ぎゃああ、マジ走りになってるう!?」「やめろー! しにたくなーい!」「トラベル助けてえええええ!」
こうして夏合宿は、最終日まで騒々しく終わった。
このあとまた担がされるのかな、重いなんて言っちゃ怒られるかなあとか。
バ鹿バ鹿しい日々だけど、その騒々しさは不自由な耳にもよく届いて。
震える腹筋に押し出された涙を指先で拭いながら、私はみんなを回収しに走った。
そして……そして、ディーヴァとの相部屋生活が戻ってきてくれた。 - 131後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 12:52:21
教官も、トレーナーも、元の相部屋に戻ることを最初は心配していた。
私はディーヴァを傷つけたし……あの子も、そう思っていたみたいだったから。
これで落ち込んでいたら、また引き離されてしまう。
だから私は、今まで通り過ごすことにした。やるべきことに全力投球だ。
「いち、に、さん、しっ」
菊花賞に向けて、トレーナーのメニューは毎日容赦がない。
同時に、部屋に戻ってからのディーヴァのレッスンも手加減は全くなかった。
……私が望んだから、そうしてくれている。それが嬉しい。
「ほら、そこの左足っ」
部屋に持ち込んだ大きな鏡に映る、私の一挙手一投足をぴしぴしと指摘するディーヴァ。
お礼、はいちいち言わない。私にしてくれる特訓は、そのまま彼女のおばあちゃんのためでもある。
私ならどうせ3着以内には入るだろうと、確信した上で指導してくれる。
その信頼に、今度こそ応えたい。
「……とか何とかやってて、バックダンサーだったらウケるよねえ?」
クラスメイトたちも遠慮しなくなった……しなくなって、くれたから。
そうやって挑戦状を叩きつけられることも増えた。望むところだ。
「3着までの練習で精一杯なんだー?」
「言ったなこの、後ろに回ってすっ転んでも知らないからね?」
お口でプロレスしてますと自分の耳でも拾えるように言えば、喧嘩を高値で買ってもらって。
ああ、本当に私は周りに恵まれているなって。足以上にそれは間違いないって、幸せをもらった。 - 132後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:08:41
幸せだった。それはレースでも続いた。
初めて走る長距離レースでも、私のラップは乱れないばかりか正確性を増していた。
ストップウォッチでばっちり感覚を戻したし、山盛りにしたスタミナが乱れを防ぐ。
ディーヴァがしてくれた、ダンスレッスンも間違いなく体をキレさせてくれている。
ウイニングライブのレッスンがレースでも役立つというのは、何度か聴いた話だ。
あれこれ拾い損ねる私の耳にすら届くんだから、色んな子が言っているんだろう。
まさか、自分でそれを体験できるとは思わなかった。
ディーヴァのおかげだ。みんなのおかげだ。
だから、私は最高の走りで応えると決めて……それを実行することができた。
相変わらず聴こえないことが武器だけれでも、もうコースが冷たくは感じない。
どんなに惑わされないようにしても、例え走力で突き放そうとも。
一緒に走ってくれる子たちの温もりまで忘れることは、もう二度とないって断言できる。
三冠を達成した感動は格別で、今度は自分からスタンドを振り向いて。
大きく手を振って、集まったお客さんたちへ微笑みかける。
そう、一つも負けずにクラシックの冠を集めきれたんだ。
聴こえなくても走りたいという私の夢に、果てなんかないけれど。
間違いなく、無敗の三冠ウマ娘というのは到達点の一つだろう。
悔しさを隠さず、それでも称えてくれる友達にありがとうを伝えて。
ウイニングライブも頑張ろうと気合を入れて、私は……私は……。
今までしてきたことの結果を、突きつけられることになった。 - 133後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:20:45
「お、お客さんが帰り始めてる……?」
レース後の控室でトレーナーから聞かされて、最初は動揺した。
とはいえ、ショックを受けるというほどではなかった。
今日のウイニングライブのセンターは、やっぱり私だ。
ディーヴァとの特訓のおかげで、踊れるようにはなってきた。
今度は、本番を想定した練習だって積んだ。
体内時計の正確さを活かして、BGMではなく時間に合わせる方法だ。
平衡感覚の訓練だって欠かしていない。酷いことにはならないだろう。
とはいえ酷くないというだけ。人一倍のリズム感があるかというと、全くだ。
何より、歌はまともに歌えない。同じく体内時計に合わせての口パクだけ。
声はディーヴァをはじめ、周りにフォローしてもらうことになる。
……何より、私は障がいをカミングアウトした。
今までみたいに笑ったり、野次ったりするような楽しみ方をする気にはなれないんだろう。
周りの目がそれを許すとも思えない。
仕方ない。息ぴったりのダンスや美しい歌声を私は提供できないんだから。
ディーヴァの美声は聞いて行って欲しかったけれど、センターに注目したらそうなるんだろう。
周りの子たちに悪い、とは言わない。だってウイニングライブは、センターのもの。
1着のウマ娘が2着や3着、ましてバックダンサーの子たちを気遣っちゃだめだ。
私は私のために、残ってくれたお客さんたちのために歌う。
それが今の私にできることだ。やるべきことに集中するんだ。
そう決めて、舞台に上がった――覚悟が、甘かった。 - 134後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:21:45
そうして向かった舞台は。三度目の魂を歌い上げる場所は。
がらん
と静まり返っていた。 - 135後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:38:00
三冠達成を見届けて、確かに盛り上がってくれたはずの人たちがいない。
ここまで空っぽのライブなんて、見たことも"聞いた"こともない。
悪い病気でも流行ったんじゃないかって思うくらいの空席。空席。空席。
メイクデビューの時ですら、まだ人がいたはずだ。
……ああ、そうか。形にされて、ようやく思い至る。
お客さんたちにとっての最後の私は。最後の、ライブのセンターとしての、私は。
あの一番調子っぱずれて酷かった、ダービーの時の私なんだ。
面白おかしく動画にされて、後出しで明かされた耳のことでそんな楽しみ方は許されなくなって。
どう眺めて良いかすらわからなくなる、放送事故のような私でしかないんだ。
「……っ」
仲間に恵まれて、学園での幸せを取り戻せた。全てが上手く行くと思ってた。
でも、あくまで私の頑張りが見える……見てくれる範囲でのことだったんだ。
そうだよね、急に踊れるようになっただなんて知らないもんね。
それも、飛び抜けて上手いわけでもない。
同じ音楽を聴いているわけじゃない、ただ時間通りに合わせられるようになっただけのステップ。
宣伝するようなものでもなかったし……実際に言い広めたりなんて、しなかった。何より。
「っ! っ!」
今まで。今まで、そんな酷いライブを本気で直そうとしてこなかったセンターなんて。
見ようと思う人はいな……
「!」 - 136後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:48:48
見間違いじゃなかった。観客席は静まり返って、ほとんどの人は帰っていた。
でも、ゼロじゃなかったんだ。ほんの僅かだけれども、ペンライトが振られている。
ああ。こんな私の。ずっとウイニングライブを軽んじていた私の。
今を見ようとしてくれている人が、いるんだ。
「トラベルアローンは耳が不自由だ。だからこそ、それを補う他の五感は研ぎ澄まされているはずだ」
「どうした急に」
「ならこうして正確にリズムを刻んでおけば、彼女に届く可能性だってゼロじゃない」
「そうだな……こんなの、こんなの三冠ウマ娘に見せて良い景色じゃないっ」
私は、間違ってきた。いくつかの間違いは取り返しのつかないことだった。
私の頬をぶったディーヴァの手は、その後何倍も痛かったと思う。
クラスメイトたちも傷つけた。ニュースを見た多くの人たちを傷つけた。
あの動画を作者さんは、きっと戻ってこないだろう。
退学した栗毛の子にも……もう二度と会えないかもしれない。
それでも。それでも、進むんだ。そうしなかったからこその間違いなんだから。
過去に怯えて、今隣にいてくれる人たちを見てこなかった。
これが、その間違いの罰だと言うのなら。繰り返さないことを見てもらわなくちゃ!
皮肉にも、静まり返っているおかげでBGMを何とか拾うことができた。
ペンライトの揺れに助けられて、開始の0秒から順にステップを刻む。
どうやらそれは、皆を邪魔せずに済んだらしい。
ああ、天使の歌声が響き渡る。
どんなにがらんどうな会場だって関係ない。この美声の中なら、きっと私は踊り切れる。
お世辞にも、上手とは言えないだろうけど。
私はその奇跡に合わせて、支えてくれるみんなに合わせて。 - 137後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:52:10
――恐れるな
「一度きりの――」
you
――みんなを信じて
「この瞬間に――」
私は。私たちは、人生で一度きりのクラシック三冠の、最後のライブをやりきった。
がらんどうの中にも響くように、熱を込めて。
やってきたことの全てを刻んで。
ディーヴァの魔法の歌声に、たくさんの友達の歌声に包まれて。
やり、きった。 - 138後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 13:52:58
ちゃんと予告しましたよ、まだ曇らせは終わっていないって……。
……それじゃあ筆者ちゃん、ちょっと(30分)横になりますね。 - 139二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 13:53:25
なんか朝ドラ感あるな
- 140二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 14:13:17
すげぇなアンタ
存分に書いてくれ - 141後発作◆FZJzI0hevg23/01/03(火) 14:45:43
てすてす、てすてす
すみません回線不調により再開が遅れます - 142二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 14:52:22
待ってた
- 143二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 17:42:27
雪山で遭難しかかっている間に結構進んでた。楽しみに待ってるぞ
- 144二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 22:18:35
おれはまってるぜ
- 145二次元好きの匿名さん23/01/03(火) 23:08:30
そいうやウイニングライブがかなりフォーカスされている作品ってあんまりない気がするな
- 146後発作◆FZJzI0hevg23/01/04(水) 00:02:57
- 147二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 05:26:06
保守
- 148二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 11:55:00
読み直すとサウンドやっぱええ子やな…
ん?いい子って事は曇らせが映えるということやな…? - 149二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 12:11:50
スレ主が神字書き過ぎておっぱげた(驚愕)スレ主の読みやすくて丁寧な心理描写が好きだったんだよ!普段から小説とか書いてるの?
- 150二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 19:56:25
保守
- 151二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 19:59:55
- 152二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 20:08:52
そんな危機的状況であにまんなんか見て充電を浪費せんでもろて
- 153二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 20:48:35
夏合宿で回復した心が菊花賞でめためたにされました。責任取って引退まで書いてください。書け(無茶ブリ)
- 154二次元好きの匿名さん23/01/04(水) 23:01:59
保守
- 155二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 00:49:20
続きを待ってる
保守 - 156後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 01:05:49
- 157後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 01:31:43
三冠ウマ娘を祝うウイニングライブの大半が空席だった。
この事件は小さくないニュースになり、苦言を呈するようなコメントも少なからず寄せられた。
ただ、そうした発言の多くはトゥインクルシリーズに普段関わっていないような人のもので。
常連さんであるほど言葉を濁すという有様だった。コメントを寄せた人を攻撃する人まで出た。
……また、手の届かない所で私が原因で傷つく人が出た。そしてまた、謝れない。
聴こえなくてごめんなさいなんて、口が裂けても言えないし言いたくない。
同じ障がいを持つ人やウマ娘、そしてお父さんやお母さんを深く傷つけてしまうから。
私を慰めるようにたくさん送ってくれたLANEへ一つ一つ返して、その後は。その後は……。
「大丈夫、やれることもやるべきこともたくさんある」
また迷いそうになる私に、トレーナーは無敗の三冠ウマ娘として歩める道を示してくれる。
まずは殺到したインタビューやテレビ出演の依頼の中から、信頼できる相手を学園と相談して選んでくれた。
"差別された可哀想なウマ娘"といった本意でない見方を覆すチャンスなんだって。
ああ、クラスメイトだけじゃなくて私は支えてくれる大人たちにも恵まれている。
トレーニングとレッスンの合間に考えるのは辛かったけれど、そこで言うべきことを書き出した。
何よりも先に、夢を叶えられて嬉しかったこと。
それは私だけの力じゃなくて、トレーナーや一緒に走ってくれた仲間たちのおかげでもあること。
聴こえない中で重ねてきた頑張りが報われたって、ゴール後の盛り上がりに教えてもらったこと。
ライブのことは悲しかったけれど、そういう喜びや感謝まで否定しないで欲しいこと。
ウイニングライブの直後なら、こんなことは言えなかったと思う。
でも落ち着いて振り返ればこれもまた、確実に存在する思い出だった。
そして、聴こえないことではなくそれを前提として他のやり方がないか模索しなかったことを謝るようにした。
私のわがままで耳のことを隠していた、最初から公表していればこんなことにはならなかった。
だから、今度からはやり方を変えることにした。踊りだけならなんとかなった。
もし興味を持ってくれたら見に来てほしい……そのためにも、また勝ちたいって。 - 158後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 01:51:07
耳のことばかり触れられないよう、レースについて自分から話せば良い。
これはメディア対応のコツであると同時に、これからのトレーニングの意識付けでもある。
原稿を用意しながら、トレーナーはこれまでと今後の違いを一つ一つ解説してくれた。
何よりも違うのは、競技の相手が同期だけではなくなることだ。
次からは、シニアの先輩たちが出てくるレースを走ることになる。
1年分、2年分、あるいはもっと多くのトレーニングと実戦経験を積んできた人たちだ。
身体能力も脅威だし、何より私たちがまだ未熟なテクニックに長けている。
そんな人たちの猛追をかわし、攪乱されたって負けない力を手に入れる必要がある。
先輩という壁へ挑む無敗の三冠ウマ娘としての決意表明であり、予習にもなる。
自然と私の手はペンへ伸びて、メモを取っていた。一つだって忘れるものか。
負ければトレーナーの指導もディーヴァのレッスンも、無駄にしてしまうんだから。
「ハンディキャップのある貴女に、妨害行為がされ得るということですか!?」
実際にカメラの間に出ると、中にはこうやって騒ぎ立てようとする記者もいた。
そういう"気遣い"は今のうちに、きっぱりとお断りしておく。
「みんなやっていることです。私もその中で戦いたい。自分だけ守られる方が嫌です」
遠慮されるのが嫌で黙っていた、と先に言っておいて良かった。
おかげで、そうした質問が繰り返されることはなかった。
だからトレーナーの狙い通り、次のレースへ話題が移って行ったし……。
私自身の意識も、そっちへ向けることができた。
さあ、言ったからには対策だ。シニアの先輩の胸を借りるのに、相応しい実力をつけないと。
やれることは人より少ないけれど、その代わりに他のウマ娘にできないことをやり通せば良い。
次に取り組む課題はさらなる集中力の強化と、そして逃げの種類を増やすことになった。 - 159後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 01:51:56
2レス……行けました……そしておやすみなさい
また明日の夜に再開します - 160二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 05:38:24
- 161二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 10:28:44
保守
- 162二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:02:13
まだ曇らせがありそうで怖いけど期待してしまう……無事有馬にたどり着けますように……
- 163二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 17:59:39
辛いという味覚は痛覚から来る痛みなんです。
いわゆる激辛カレーなど深みのあるスパイスによる辛さは、痛みであり旨味。つまり曇らせとは物語を頂く際に、自分の心に掛けるスパイス
辛くとも読み手を虜にする美味しさは背徳的な魅惑があるのです… - 164二次元好きの匿名さん23/01/05(木) 18:41:47
静寂だけにテーマ曲はサイレント・ヴォイスが似合いそう
- 165後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 21:52:13
戻りました、続けます
いつも感想と保守をありがとうございます
主人公が無敗の三冠ウマ娘になったスレなのに、感想も推奨テーマ曲も曇ってるう - 166後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 22:53:49
意気込みだけを語って拍手してもらえるのは、インタビューの間だけ。
カメラやマイクが帰って行くと、より具体的な説明を受けて実践することになる。
私は、これまで1度も負けずにここまできた。
トレーナーは一緒に喜ぶ一方で、覆される可能性を常にシミュレートしていたという。
私が怪我をしたりサボったりすれば別だけれど、万全ならパターンは主に2つだ。
1つは、同格以上の逃げにペースを乱されて負けてしまうこと。
今まで一番迫られた相手はと問われれば、真っ先に挙げるディーヴァは好位から抜け出すタイプだ。
他にもライブで傍に並んだことのある同期たちは、私を後ろから追ってくる子ばかりだった。
裏を返せば、この世代には私を脅かすほどの逃げウマ娘は「今は」いない。
これから成長してくるかもしれないというのは置いて、対戦経験がないのは事実だ。
これまでは、正確なラップさえ刻んでおけば一人旅をすることができた。
世代の垣根が取り払われてもそれができるというのは、楽観が過ぎる。
横に並ばれたり、ハナを奪われたりして大崩れするようでは戦えない。
私はあくまで聴こえないだけだ。耳が悪い分、他のウマ娘より周辺視野への依存は深いだろう。
ウマ娘の平均と比べれば過敏とすらいえる視覚を使ったトリックに、引っかかる恐れは常にある。
だからこそ、集中力の強化が必要だ――丁寧に説明してもらえたおかげで訓練にも熱が入る。
障がいを隠していた頃、私の武器はそれだと勘違いされていた。
その隠し事で多くの人を傷つけてしまったけれど……だからこそ。
今度は、それを本当にするんだ。
誰よりも自分の刻むラップへ殉じることこそが、最強の対策になる。
乱すことに体力を割いた逃げウマ娘を置いて悠々ゴールできれば、勝ちなんだって。 - 167後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 23:20:39
もう一つの負けパターンは、単調なペースを捉えられて差し切られること。
私は天性のスピードを持っていたし、猛練習でスタミナをつけてきた。
あとはレースごとに距離を確認して掛けたり割ったりすれば刻むべきタイムが出てくる。
その通りに走って勝つ……これまでは、その単純明快なやり方が通用した。
ただそれは入学前までの貯金も含めて様々な支えに助けられてのこと。
これも、同期の成長やシニアの先輩との戦いの中でいつまでも続けられることではない。
聴こえないことを武器にはしていても、やっぱり聴覚の差で効率が落ちることもある。
ダンスに専念したことで、音楽室から相部屋へと場所を移したディーヴァのレッスンが一番わかりやすい。
レースだけに限ったとしてもゲートのように、人一倍時間を割かないと聴覚を補えない練習はある。
そんな中で、スピードもスタミナも常に圧倒的な一番というのを前提にするのは危険過ぎた。
むしろ、今までが上手く行きすぎていたと考えるべきだ。トレーナーに改めて感謝しなきゃ。
同じことができなくなっても勝つために、さらなる武器……疑似的な溜め逃げの練習も始める。
今までの私の逃げは、自分の限界のペースを距離で割ってその通りに走る究極のマイペース。
相手の位置を考慮すらしないという特殊なものだったけれど、結果的には大逃げに分類されるだろう。
後ろを引き付けてペースをかき乱し、自分は加速して勝つという「溜め逃げ」はしたことがない。
そして、残念ながら本物はいくら練習したってできないだろう。
背後の気配を気にせずに済む"武器"に昇華されていても、障がいは障がい。
いざ後ろを振り向こうとした途端、トレーナーの魔法は解けて"ハンディキャップ"に戻ってしまう。
だから、狙うのは疑似的なもの。
正確な体内時計はそのままに、あらかじめ決めておいた緩急で後続を騙して勝つ。
ある時は予想以上のハイペースで潰し、またある時は足を残したまま不発に終わらせる。
レース場や枠の抽選、天候やバ場状態によってそれらを適切に使い分けるための知識と判断力が必要だ。
何より、それを実行するためには自滅しないようもっともっと正確に時間を計らないと。
トレーナーの言ってくれた通りだ。やるべきことはいくらでもある。 - 168後発作◆FZJzI0hevg23/01/05(木) 23:54:06
「それで、お昼に食べるのがインスタントねえ」
「栄養バランスは、トレーナーが考えてくれてるから大丈夫なんだけど……」
全身の筋肉を苛めて、心肺を苛めて、頭にはレースの知識をぎゅうぎゅう詰めにして。
食事すら訓練の一環にすべく、ある日のお昼ごはんは全てお湯で戻すものに統一された。
注いでからの時間は全て時計なし、自力でタイミングを当ててないといけない。
失敗したらやたら硬いか、逆にふやけきったものしか食べられないというわけだ。
ここは、学園の賑やかなカフェテリア。同じテーブルにはクラスメイトが座っている。
みんなには普段通り喋って欲しいとお願いしたから、気が散る要素はレース中よりはるかにある。
代わりに分単位のずれが許されるので、まだまだトレーニング中の題材としてはうってつけというわけだ。
「んー、でも喋るとトラベルを強化しちゃうのか。逆に黙ってみる?」
「うわっ つめたーい」
からかってくる友だちに返事をしながら、まずは1袋目を開ける。
そして、自分からは見えないようにテーブルの下で持っているストップウォッチを一押し。
後で何秒目に押したかを見られるようにしておいて、いただきます。
掬って噛んで味わってが始まるので、2つ目以降も美味しく食べる難易度はさらに増す仕様だ。
「見てる分には楽しそうだけど、自分でやる気はないわあ」
「まず、真似する域まで達するだけで大変」
うん、今のところ美味しいおいしい。にこにこしながら食べていると……あれ。
さっきは黙ろうと言っていた子のようすが。残念ながら手元のボタンはBじゃない。
「やっぱ、全部成功ってのはつまらないよねえ?」
この悪戯者めえ。とはいえ、相手も物理的に妨害してくるつもりはないみたい。
なら、元からやるつもりだった集中力勝負だ。その悪い顔を白けさせてみせるもん。 - 169後発作◆FZJzI0hevg23/01/06(金) 00:10:40
「ねえトラベル、それいくらだった?」
「足したらいくらになるんだっけー?」
にやついていた彼女が選択したのは、数字攻めだった。
むむむ。数字を計っている時に、別の計算をさせられると想像の何倍もハードルが上がる。
この子レースのトリックもこれから上手くなったりしかねないな。警戒しとこう。
「気になるなー、早く教えてほしいなー」
「ぐぬぬぬぬぬ」
レース中にはできない攻め方は卑怯……なんて抗議はお門違いだ。
普段通り話してと頼んだのは私なんだから、意地でもやり通さないと。
えーとえーとと引き伸ばしつつ、大事なタイム計測を優先して何とかクリア。
無事に三品目にありついて、これ見よがしに嬉しがってみせれば相手も火が点いたらしい。
ふふん、次はどんな作戦で来るのかな、かかってきなさい、無敗の三品ウマ娘が相手だよっ
「それ、確かディーヴァの好物だよね。あーんとかしてあげたら喜ぶのかな?」
「えっ」
「一緒になってくださいって言ったくらいだし、部屋でもうやってる?」
「ん゛ぐっ」
ちょ、ちょっと待って。さらに卑怯な手を使ってきたな!?
「あーんしてディーヴァ、私の手から食べて?」
「と、トラベルったらバ鹿じゃないの!?」
「だって……してみたくなったんだもん」
「ふ、二人きりの時だけなんだからね?」
周りも悪ノリするものだから、即興劇場がまた始まった。
ムキになったら負けだとはわかっていても、一気に頭へ血が上る。 - 170後発作◆FZJzI0hevg23/01/06(金) 00:22:32
「ディーヴァ、あーん」
「これじゃ私が食べてばかりじゃない。スプーン貸しなさいよ」
「え、でも」
「何度も言わせないの、あーん」
「あわわわわわわわっ」
わざとらしさマシマシでいちゃつく二人に掛からされて、私の無敗記録は木っ端微塵になった。
できあがったのはお湯をたっぷり吸って、ずるずるに延びた麺と具材。
歯軋りしながら啜る私の姿は大変ご好評のようで、演者二人はハイタッチを交わす。
「ねえトラベルー、何割くらい本当だった?」
「掠りもしないよっ」
「おーおー、拗ねてますなー。からのー?」
「ほ、本当にそんなことないったらっ」
もうチャレンジは終わりだし、タイムはぐちゃぐちゃだし、追撃は不要です。
なんて言うのもお門違いかなあ。普段通りにとは言ったけどさ……ぁ……。
「"楽し"そうなことしてるじゃない」
「へへー、トラベルの顔ったら傑作だったよ」
私は、まだまだ玩具にしてくるつもりらしいクラスメイトへ手を合わせた。
ごちそうさまと勘違いしたのか、お残しはだめだよーなんて煽られる。
うん、もう祈ってあげなくてもいっか。
「そんなに照れさせるなんて、誰をダシにしたの?」
「そりゃあもちろんディー……ヴァ……っ」
午後の練習、頑張ってね? - 171後発作◆FZJzI0hevg23/01/06(金) 00:35:51
「でぃでぃでぃディーヴァ、委員会で遅くなるってっ」
「遅くなったから今来たんでしょう、お昼を抜けって言うの?」
ガタガタと震える二人に答えるご本人の顔は……わあ、笑ってる。
夏合宿最終日以上の惨劇の予感に、前言撤回せずにはいられなかった。
これで祈らずにいられるほど、薄情じゃないつもりだ。心を込めてあげないと。
成仏してねって。
「あたしね、ちょうど併走相手を探してたんだけど」
「そそそそうなんだー」
「楽しそうにしてたし……調子良さそうね、二人とも?」
「い、今急激に悪くなりそうです」
「そう? じゃあ、たっぷり走って調子を戻しましょう……ね?」
「アァ…オワッタァァ!」
なんだか、可哀想になるくらいの威圧感を放たれて同情までしそうだ。
――と思ったけれど、ずるずるの麺を口に含んだら秒で失せた。
「と、トラベル。私たち友達だよね?」
「もちろん。でも、これを食べきるのに今は忙しいかな」
「麺と私とどっちが大事なの!?」
「だって、大事な友達がお残しはダメって言うから」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
こうして……勝者のいない昼食は幕を閉じた。
ただ、ライバルたちの圧や悪戯好きな面は覚えておこうと思う。
レースに応用してこられても良いようにしなきゃ。
延びた麺をお腹へ押し込みつつ、私はひっそり誓いを立てた。
「やだー! レース出られなくなるう!? お嫁に行けなくなるうううううっ」 - 172後発作◆FZJzI0hevg23/01/06(金) 00:37:40
と、いうところで区切ります
再開はまた夜となります、ごめんなさい
無敗の三冠ウマ娘のスレらしく明るくなったといいなあ
あ、まだ曇らせのターンも残っているのでよろしくお願いします
では - 173二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 06:48:02
保守
- 174二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 08:40:46
>主人公が無敗の三冠ウマ娘になったスレなのに、感想も推奨テーマ曲も曇ってるう
>あ、まだ曇らせのターンも残っているのでよろしくお願いします
こやつめ、ハハハ
- 175二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 10:07:05
- 176二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 12:23:47
曇らせ宣言を忘れない良心的なSS師
- 177二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 19:16:21
保守
- 178二次元好きの匿名さん23/01/06(金) 21:15:46
シチュエーションだけに留まらない、感情の揺れも含めての曇らせは健康に良い
- 179後発作◆FZJzI0hevg23/01/07(土) 00:21:01
すみません、やっと帰ってこられたのですが今からでは辛いので続きは明日(今日)とさせてください
3連休を捧げて完結させたいところ - 180二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 02:10:19
ゆっくりお休み…
- 181二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 06:58:22
休んでもろて…
その間にワイも雪山に行ってくるから、生きて帰って来てくれや - 182二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 12:48:44
保守
- 183二次元好きの匿名さん23/01/07(土) 18:44:46
良心的なSS書きは登場キャラを曇らせますかね…?(小声)
- 184二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 00:03:51
保守
- 185二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:14:54
このレスは削除されています
- 186二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:15:04
このレスは削除されています
- 187二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:15:14
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- 188二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:15:25
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- 189二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:15:35
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- 190二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:16:01
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- 191二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:16:12
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- 192二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:16:22
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- 193二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:16:33
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- 194二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:16:44
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- 195二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:16:54
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- 196二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:17:04
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- 197二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:17:15
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- 198二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:17:25
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- 199二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:17:35
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- 200二次元好きの匿名さん23/01/08(日) 01:17:36
なんか荒らされてんな
続き待ってるよ