大井戸の茶碗【落語SS】

  • 1スレ主21/11/06(土) 12:51:38

    注意事項

    物語の骨子はほぼそのままで単に登場人物をウマ娘にしたようなものになっております
    また、その関係上人によってはキャラ崩壊していると感じる部分があるかもしれません
    あとちょっと長いです

    それでもよろしければどうぞ

  • 2スレ主21/11/06(土) 12:51:50

    現代にはいろいろなお仕事がございますが、江戸の世にもたくさんの商いがございました。
    “くず屋”なんて商売もございまして、家々を回って紙の切れ端なんかを回収する今でいうところの古紙回収業者のようなものですね。
    江戸の通りでは商人たちが発する種々の掛け声が交わされていたそうですが、このお話はその中のあるくず屋の掛け声から始まります……。

  • 3スレ主21/11/06(土) 12:52:08

    「くずぅ~いぃ~」

    くず屋特有の売り声が長屋の通りに響きます。
    「くず屋さんくず屋さん!」
    そこに少女の明るい声が飛んできました。
    くず屋であるキングヘイローは立ち止まって少女のほうを向きます。
    「紙くずが溜まってるのでうちまで来てください!」
    「ええ、今行くから少し待っててちょうだい」
    ぱたぱたと少女が帰っていきます。

    「元気な子ね、愛嬌が服を着て歩いてるみたい。でもその服自体はだいぶボロボロだったわね……」
    キングは考え込みました。
    「あんなところに行ったってほとんど紙くずなんてなさそうだけど……」
    しかしキングはぶんぶんと首を振って天を仰ぎます。
    「いえ!一流が一度言ったことを曲げるなんてあってはならないわ!」
    キングは意を決して少女が入っていった長屋へと向かいました。

  • 4スレ主21/11/06(土) 12:52:28

    入ってみますとキングの予想通り中はボロボロでした。
    「スズカさん!くず屋さん呼んできましたよ!」
    先ほどの少女が奥に座っている女性に声をかけます。
    優しげな表情をした品のある女性です。
    「ありがとうスぺちゃん。くず屋さん、土間の隅に紙くずがありますから……」
    「ええ、そうだと思って計っておきました。七文を少し超えるくらいでしたので、おまけして八文で買い取らせていただきます」
    少し思案して女性はキングを手招きしました。
    首をかしげながらキングはそばへ寄ります。
    「八文にまけてくれるというのなら、少し相談があるのだけど……」
    「は、はあ……どんなご用件ですか?」

    女性は奥から煤けた仏像を引っ張り出してきました。
    「私の名前はサイレンススズカといって元々武家のウマ娘だったのだけど、色々あって今は見ての通りの貧乏暮らし……」
    スズカは訥々と自らの過去を話し始めました
    「辻駕籠で生計を立てているのだけどここのところ雨が多くて……売れるものといえば先祖代々伝わるこの仏像くらい」
    だから、とスズカはキングの目を見つめます。
    「あなたにこの仏像を買い取ってもらいたいの」
    キングは胸に手を当て、それから一つうなずきました。
    「……わかりました。それでは二〇〇文でお預かりします。二〇〇文より高く売れたらその儲け分を二人で分けるということで……」
    「お気遣いはいいんです、二〇〇文で売るということで決めたのですから」
    「いえ!二〇〇文でお預かりします!儲け分の半分は必ずお持ちしますから!」
    そう言ってキングは二〇〇文をスズカに手渡し、仏像を入れた籠を背負ってまた通りを歩いて行きます。
    売り声が再び響き渡ります。

    「くずぅ~いぃ~」

  • 5スレ主21/11/06(土) 12:52:51

    ところ変わって武家屋敷のあつまる一角がございます。
    参勤交代の際に大名が使うお屋敷なのですが、大名がいないときにも留守居役が住んでおります。
    ある屋敷の留守居役にグラスワンダーという武士がおりました。
    彼女は国許から江戸の屋敷についたばかりでようやく荷解きを終えたところでした。
    「エル~?」
    グラスは同僚のエルコンドルパサーを呼びました。
    「なんデスか、グラス?」
    「荷解きはあらかた終わったのですが、ここの仏間に飾るものが欲しくて……あら?」
    ちょうどよく表から商人らしき売り声が聞こえてきました。
    「行商人の方でしょうか?ちょっと見てきますね~」

    「くずぅ~いぃ~」
    「もし、そこの商人さん?」
    門の前で呼び止められた商人はキングでした。
    「はい、なんの御用でしょうか?」
    「あなたはなにを売ってらっしゃるんですか?」
    キングは困ったように微笑みました。
    「ええと、私はくず屋でしてなにかを売っているわけでは……」
    「ではそちらの立派な仏像は?」
    グラスの視線は籠の中の仏像に向けられていました。
    立ち話もなんですから、とキングはグラスに屋敷へと招かれました。

  • 6スレ主21/11/06(土) 12:53:08

    「ほほう……これはいい仏像ですね」
    グラスは仏像を手に取りしげしげと眺めます。
    「それでこの仏像はおいくらなんですか?」
    淹れたてのお茶を差し出しながらグラスが尋ねました。
    キングはお茶を受け取って答えます。
    「ええと、元々はスズカさんという方から二〇〇文で預かったのですけれど、その二〇〇文から高く売れた分を二人で分けましょうという話になっていまして……」
    グラスが苦笑する口を手で隠します。
    「そこまで話さなくてもいいでしょうに、正直な人ですね……わかりました、それでは三〇〇文で買おうと思いますがどうですか?」
    ぱあっとキングに笑みが広がります。
    「ありがとうございます!これで五〇文ずつ分けることができるわ!」
    グラスも満足そうにうなずきます。
    キングはグラスから三〇〇文を受け取り、上機嫌でまた商売に戻りました。

  • 7スレ主21/11/06(土) 12:53:32

    「エル~、塩とぬるま湯を持ってきてください。いい仏像なんですけど少し煤けてますからね、磨きますよ」
    そう言ってグラスが仏像を磨いておりますと、お湯でふやけたのか台座に貼ってあった紙がはらりと剥がれます。
    そしてなんと中から小判が五〇両も出てきました。
    二人は顔を見合わせます。
    「……なんとまあ」
    「グラスはすごいデスね!」
    エルが青い目を輝かせています。
    「だって江戸の留守居役に選ばれるってだけでも運がいいのに、来てすぐに三〇〇文で買った仏像から五〇両が出てくるんデスから!」
    そしてなぜかエルは誇らしげに胸を張りました。
    「そんなグラスの同僚のアタシも運がいいデース!なにせその場にいたというだけで半分くれるって言うんデスから!」
    「……エ~ル~?なにを一人で盛り上がっているんですか~?」
    威圧感を放つ微笑みを浮かべたままグラスはエルに釘を刺します。
    「私はこの仏像は買いましたけれど、中身の五〇両は買っていません。これは先方に返すべきお金です」
    「じょ、冗談デスってばグラス……でも返すといってもどこの誰が売ったかわかりまセンよ?」
    ふむ、とグラスが考え込みます。
    「こうしましょう。エル、あなたは門の上にある窓から通りを見張ってください。そして通るくず屋全員の面体を検めて、先ほどの方を見つけ次第連れてきてください」
    「わっかりましたデース!」

  • 8スレ主21/11/06(土) 12:53:56

    明くる日からエルは門の上の窓から通りを見張りはじめました。
    「さあ!くず屋通れ♪くず屋通れ♪クズヤ・ト・オーレ♪」
    なんてメキシカンな即興の歌を口ずさみながら見張っておりますと。
    「く、くずぅ~いぃ~……!」
    控えめな売り声が聞こえてきました。
    「ヘイ!そこのくず屋サン!ちょっと顔を上げてくだサイ!」
    「は、はい……!」
    そのくず屋を見てエルが一言。
    「……黒いデスね」
    きょとんとしているくず屋をよそにエルは言葉を続けます。
    「それに声も小さいデース!もっと声を張らないと商売なんてできマセンよ!」
    エルの口ぶりに困惑しつつもくず屋は尋ねました。
    「え、ええと……それで紙くずは……?」
    「ないデース!」
    「えええ……?」

    「くずーいー」
    今度は抑揚のない売り声が聞こえてきました。
    「ヘイ!そこのくず屋サン!ちょっと顔を上げてくだサイ!」
    そして顔を上げたくず屋にエルが一言。
    「……ロボ?」
    「……?」
    またしてもぽかんとしているくず屋をよそにエルは言葉を続けます。
    「感情表現が乏しいと怖がらせてしまうかもしれマセンよ?ほら、ニッと笑ってみマショー!」
    エルの話に首を傾げつつ、くず屋は尋ねます。
    「……それで紙くずは」
    「ありまセーン!」
    「???」

  • 9スレ主21/11/06(土) 12:54:22

    屋敷のある通りを抜けると一軒の茶屋があります。
    そこではいつもならば商人たちが昼ご飯を食べつつ、種々の噂話をしています。
    しかし、今日の話題はただ一つ。
    「……ライスも言われましたか」
    「やっぱりブルボンさんも……?」
    口々に屋敷の門の上から投げかけられた奇妙な助言について話していました。
    「ら、ライスは黒いねって……あと声も小さいから張ったほうがいいって……」
    「私はもっと感情表現をしたほうがいいと言われました」
    「だからさっきから自分のほっぺを持ち上げたり引っ張ったりしてるんだね……」

  • 10スレ主21/11/06(土) 12:54:44

    すると底抜けに明るい声が二人の間を駆け抜けました。
    「ややっ!お二人ともご無事でしたか!」
    「ば、バクシンオーさん?」
    「真っ先に無事を確認されるとは穏やかではありませんが」
    「ええ!なにせあのお屋敷の人に『お前だ!』なんて言われていた日には命がありませんから!」
    ライスとブルボンは顔を見合わせます。
    二人の同期であるバクシンオーは性根が素直なのはいいのですが、いささか素直すぎる性質でございました。
    「実はあの門にいる方のお父上がとある藩で指南番を務めていたのですが、そこに新しく指南番になりたいという方が来て試合をした結果あの方のお父上が勝ったのです」
    「それでその話は終わりじゃないの……?」
    不思議そうに首を傾げるライスにバクシンオーは首を横に振ります。
    「いえ、逆恨みでしょうか負けた側があの方の寝込みを襲って……。さあ大変だかたき討ちだ、と躍起になって敵を探しているらしいのです」
    一通り話を聞いたブルボンが尋ねます。
    「かたきを探しているのなら、なぜくず屋を探しているのです?」
    「それはかたきがくず屋に変装しているとの報告があったからです!」
    得意げに話すバクシンオーに今度はライスが尋ねます。
    「でも、門の上から見つけてもすぐに逃げられちゃうんじゃ……」
    「実は窓の裏側に毒を塗った手裏剣が並べられているのです!かたきが逃げたときは後ろから手裏剣を投げて動けなくなったところを……という寸法です!」
    二人は感心した様子です。
    「なるほど、よくそんなお話を聞けましたね」
    「はい!笹針師の安心院さんがそんなことを言っていました!」
    「……それ多分適当なこと言ってるだけだと思うよ」
    「ちょわっ!?」

  • 11スレ主21/11/06(土) 12:55:00

    そんなことを言い合っていますと籠を背負ったキングがやってきました。
    「キングさん。ここ数日見かけませんでしたがなにかあったのですか?」
    「ええ、少し風邪を引いてしまって……」
    「なんと!私たちは身体が資本なんですから気をつけなければいけませんよ!」
    「気をつけるといえば、キングさんが毎日通ってるお屋敷の通りいま大変そうだから……」
    キングは少し申し訳なさそうに口を開きます。
    「その……多分あの方たちが探してるのは私なんじゃないかと」
    「キングさんなの!?あの人のお父さんを斬ったのは!?」
    「その話もう終わってましたよね!?」
    キングは仏像を預かってその屋敷の人に売ったことをかいつまんで話しました。
    するとライスが不安そうな表情になります。
    「……もしかしてその仏像さんを磨いているときに首とかがころっと落ちちゃったのかも」
    「えっ?」
    「なるほど、侍というのは首が落ちることを非常に嫌うと聞いています。だからキングさんを探しているのかも……」
    キングの顔が青ざめ始める。
    「ど、どうしましょう……あのお屋敷の前を通らないと碌に商売できないし……」
    「ではあのお屋敷を通る時だけ黙っているのはどうでしょう!売り声さえ上げなければくず屋であることはわからないはずです!」
    キングは両手で口をふさいだままこくこくと頷きました。
    「……いま黙る必要はないと思うよ?」

  • 12スレ主21/11/06(土) 12:55:19

    とはいえ商人のサガといいますか、身体に染み付いたものはなかなか取れないもので。
    一つ二つと歩みを進めますと。

    「くずぅ~いぃ~」

    「ヘイ!そこのくず屋サン!ちょっと顔を上げてくだサイ!」
    キングは心底後悔しました。
    (なにをやってるのよこのへっぽこ~……!顔を見せたらどんなことをされるか……)
    キングは意を決して息を吸い込みました。

  • 13スレ主21/11/06(土) 12:55:40

    「やぁ~きいもぉ~」

  • 14スレ主21/11/06(土) 12:55:58

    「急に売り声を変えるなんて怪しすぎデス!?ひっとらえマース!」
    グラスの前に連れてこられたキングはもう半泣きでした。
    「三〇〇文はお返しします……!だからどうか命だけは……!」
    困ったような笑みをグラスは浮かべます。
    「いや、別にそういうわけではなくてですね……実はあの仏像を磨いていたら……」
    「どうしてそんなことをするのよお……だから首が……」
    「首なんて落ちてませんから安心してくださいね~?」
    さめざめと泣き始めたキングをあやすようにグラスが話し始めます。
    「実はあの仏像から五〇両が出てきまして、その五〇両を持ち主の方にお返ししてほしいのです」
    「……へ?」
    呆気に取られているキングにグラスは尋ねます。
    「このような立派な仏像を手放すくらいです。売ったお方はそんなに生活に窮しておられるのでしょうか?」
    「は、はい。スズカさんというご浪人の方で、たしか……辻斬りで生計を立てているとおっしゃっていたような……?」
    「……もしかしなくても辻駕籠でしょうか?ともかくそこまで困窮していらっしゃるのであればなおさらこの五〇両は入り用でしょう」
    キングが怪訝そうに眉を顰めます。
    「でもあなたが買ったものなんですから、もらってしまおうとは考えなかったんですか?」
    「まさか。私は仏像は買いましたけど、中の五〇両まで買った覚えはありませんから。さあ、スズカさんという方にお返ししてください」
    「わ、わかりました!」
    そう言ってキングは差し出された五〇両を懐に入れて屋敷を飛び出しました。

  • 15スレ主21/11/06(土) 12:56:20

    スズカの住む長屋へと向かいながら、キングは独り言をつぶやきます。
    「しかしすごいわね……お武家様にとってだって五〇両は大金のはずなのにああもあっさりと……」
    キングの顔に笑みが浮かびます。
    「スズカさん、喜んでくれるかしら」

    ほどなくしてスズカの住む長屋に到着します。
    「ごめんください!」
    スズカさんが出迎えてくれました。
    「うん……?ああ、くず屋さん。さすがにまだ紙くずは溜まってないわよ?」
    「いえ!今日はスズカさんにお届け物があって参りました!」

    首を傾げるスズカの前にキングは五〇文を置きました。
    「まずは先日二〇〇文で預かった仏像か三〇〇文で売れましたので、約束通り半分の五〇文をお渡しに参りました」
    「まあ……五〇文くらいならと無視してもおかしくないのに」
    スズカは少し悲しそうに微笑みます。
    「……武士だったころなら『こんなもの!』って言っていたかもしれないわ。でもスぺちゃんにこれ以上苦労は掛けられないの……!」
    スズカは汚れた畳の上に両手を置きます。
    「この五〇文!ありがたく……いただかせてもらうわ……!」
    「ちょちょちょ、ちょっとスズカさん!?」
    頭を深々と下げるスズカを大慌てでキングが止めます。
    「五〇文でこれだと次は畳突き破ってしまいますよ!?」
    「次……?」

  • 16スレ主21/11/06(土) 12:56:44

    またしても首を傾げているスズカの前にキングは待ってましたとばかりに五〇両を置きました。
    「……この大金は?」
    キングはにこやかに仏像から五〇両が出てきた経緯を話しました。
    しかし、スズカの顔は険しくなる一方でした。
    一通りキングの話を聞いた後、スズカが口を開きました。
    「……申し訳ないけどこの五〇両は受け取れないわ」
    「ど、どうしてですか!?」
    「私はその仏像を“売った”のよ。多分私の祖先が子孫が困ったときのために仏像に隠しておいたのでしょう。それに気づかないで売ってしまった私に受け取る資格はないわ」
    だからその五〇両は売った方に返してほしい、とスズカは話を締めくくります。
    とはいえ、キングも彼女らの困窮ぶりを見てはいそうですかと言える性質ではありません。
    「でも!スズカさんも娘さんも生活に困っていて、売った方もどうぞと言っているのですから……!」
    「わかっているわ。それでも受け取れないの」
    受け取ってください!
    受け取れないわ。
    そんなやり取りが繰り返されるうちにだんだんと熱が入っていきます。

    先にしびれを切らしたのはスズカでした。
    「わかってるって言ってるじゃない!いい加減にしなさい!」
    ふーっふーっ、と息を荒げているスズカを前にしてキングは気圧されてしまいました。
    ぷるぷると怒りに震えながらスズカは静かに話し始めます。
    「……こんな暮らしになっても武士の魂である刀までは失ってはいないわ。スぺちゃん!刀を持ってきて!」
    「は、はいぃ!?」
    刀を持ち出してきたスペを目にしてキングは大いに慌てました。
    「待ってくださいよ!?私はお金を届けに来ただけで……!わああ!?わかりました!わかりましたから!帰りますから!」
    ……とキングは半泣きになりつつ、グラスの待つ屋敷へと這う這うの体で戻ったのでした。

  • 17スレ主21/11/06(土) 12:57:13

    「ただいま戻りましたぁ……」
    「どうでしたか?喜んでくれましたか?」
    のんきな様子のグラスにキングは腹立たしげに告げます。
    「冗談じゃないわ!五〇両は突き返されて、刀まで持ち出されたのよ!?」
    するとグラスの笑みに言いようのない圧がにじみ出てきました。
    「……そのくらいで帰ってきたのですか?」
    そして後ろに向かって呼びかけます。
    「エル、薙刀を持ってきなさい」
    「はあああああ!???」
    キングは仰天しました。
    「わかったから!行ってくるからあ!!!」

    キングは半泣きで再びスズカの家へ向かいます。
    「スズカさん~!!!」
    「スぺちゃん!刀を!」

    追い返されて今度はグラスの屋敷へ。
    「グラスさん~!!!」
    「エル!薙刀を!」

    「スぺちゃん!刀を!」
    「エル!薙刀を!」

    スペチャン!
    エル!

    ──────

  • 18スレ主21/11/06(土) 12:57:33

    キングは途方に暮れてしまいました。
    「懐の中に五〇両なんて大金入れたままあっち行ったりこっち行ったり……もし落としたらどうすればいいのよ……」
    べそをかきながらキングはある人のところへ向かいました。
    「スカイさん助けてぇ!」
    「わっ!どうしたのさキング?」
    セイウンスカイはキングの古くからの友人で、スズカの住む長屋の大家でもありました。
    事情を聞いたスカイは少し考えてから五〇両を二〇両、二〇両、一〇両の三つの山に分けました。

    「ねえ、キング。こっちの二〇両は誰のだと思う?」
    「元々の持ち主のスズカさんかしら」
    「うんうん。じゃ、こっちの二〇両は?」
    「仏像を買ったグラスさん?」
    「その通り!それじゃあ、この一〇両は?」
    「…………わからないわ」
    「セイちゃんのでした~!」
    「ちょっとぉ!?」

    頬を膨らませるキングをスカイがなだめます。
    「冗談だってば。これはね、キングの分だよ」
    困惑するキングにスカイは話を続けます。
    「いいからもらっておきなって。五〇両あったら一生遊んで暮らせるかもしれない。そんな大金がいまここにあるのはキングが優しいからこそだよ」
    そう言ってスカイはキングと一緒にスズカとグラスの説得に向かいました。

  • 19スレ主21/11/06(土) 12:58:17

    グラスはそれで丸く収まるならと聞き入れてくれましたが、スズカは首を縦に振りませんでした。
    「そうは言うけどね、セイちゃん。できることとできないことというものが……」
    「じゃあ、スズカさんからグラスちゃんになにかを渡すのはどうです?二〇両をもらったんじゃなくて“二〇両で売った”ということになりますし~」
    スズカが考え込みます。
    「でもこんな暮らしぶりだもの、向こうにあげられるものなんて……あ」
    なにかを思いついたのかスズカは戸棚から古びた茶碗を取り出しました。
    「私が朝晩とお茶を飲むのに使ってる茶碗くらいしかないけど、こんなものでよければ……」
    「うんうん!十分ですよ~。それじゃあ、この茶碗をグラスちゃんのところに届けてこの一件は落着ですね~」
    ……と、こうして仏像の中の五〇両を巡る騒動は幕を閉じました。

  • 20スレ主21/11/06(土) 12:58:33

    しかし、この騒動がグラスの仕えるお殿様の耳に入って事態はまた動き始めます。
    「ターボの家来がなんか楽しそうなことしてたんだって!ターボもそのお茶碗見たい!」
    見たい、と言われては家臣であるグラスは断ることができません。
    念のためしっかりと茶碗を磨いて、きれいな布で包み桐の箱に入れてお殿様の前に差し出しました。
    お殿様は一言。
    「……ふつーのお茶碗だね」
    ところがその脇に控えておりましたお抱えの目利きの眼鏡がきらりと光ります。

    「ターボ……ではなく、殿。これは大井で行われた東京大賞典の折に紛失した“大井戸の茶碗”に相違ありません」
    「そうなの!?じゃあターボこのお茶碗ほしい!」

    お殿様の言うことですからグラスは、ははぁ~と平伏します。
    頭を下げて頭を上げる間に、三〇〇両という大金が目の前に積まれていました。
    グラスはその三〇〇両を懐に入れ、屋敷に戻りました。
    そしてエルと二人で三〇〇両を間に置いて頭を悩ませるのでした。

  • 21スレ主21/11/06(土) 12:58:52

    「……エル。どういうことなんでしょうね、これは」
    「……エルに聞かれても困りマス」
    「何者なんでしょうね、スズカさんって……」
    「二〇〇文で売るような仏像から五〇両出してみたり、挙句の果てに三〇〇両の茶碗で朝晩お茶飲んでるんデスもんね……」
    「とにかく、すごい方、なんでしょう……」
    グラスが目の前にある三〇〇両を見つめます。
    「……この三〇〇両をそのままスズカさんに渡そうとしたら、まず受け取らないわよね」
    「デショウね……」
    ぽん、とグラスが膝を打ちます。
    「こうしましょう。最初から三〇〇両を半分ずつに分けて、半分の一五〇両をスズカさんに渡してしまいましょう」
    「まあ、それしかないデスよね……」
    「となると……彼女の出番ですね」

  • 22スレ主21/11/06(土) 12:59:44

    「この一流のキングをお呼びかしら!」
    「よく来てくれましたキングちゃん。実はかくかくしかじかでこの一五〇両をスズカさんに……」
    「失礼するわあ!!!」
    「待ちなさい!失礼しないでください!!!」
    キングはあらかじめ待ち構えていたエルに取り押さえられました。
    「だって五〇両で刀だったのよ!?一五〇両なんて持っていったら……スピードの向こう側に連れ去られるかもしれないじゃない!!!」
    そうは言いつつも、グラスたちになだめすかされてキングはスズカのもとへ一五〇両を懐に入れて向かいました。
    ……半べそで。

  • 23スレ主21/11/06(土) 13:00:04

    「ごめんください……」
    「あら!キングさんいらっしゃい。入口に立ってないで上がっていって」
    「いえ、このほうがいざというときに逃げやすいので……」
    ぎこちない笑みを浮かべるキングをスズカは不思議そうに見つめています。

    「……しかし、不思議なこともあるんですねえ。普通の茶碗だと思っていたものが実は名品ということがわかって」
    キングは懐から五〇両の山をスズカの目の前に置きます。
    「それが三〇〇両の値がついて」
    さらに五〇両の山をもう一つ。
    「その半分の一五〇両は出所に~と言うんですからねえ……」
    最後にもう一つの五〇両の山を置いてある二つの山の上に乗せました。
    「それでは失礼しましたあ!!!」
    「ま ち な さ い」

  • 24スレ主21/11/06(土) 13:00:37

    脱兎のごとく逃げ出そうとしたキングをスズカが目にもとまらぬ速さで捕らえました。
    「……どういうこと?」
    「だから言った通りですってば!」
    スズカが大きくため息をつきました。
    「……売ったものが売った先でどうなろうと知ったことではありません。その一五〇両は持って帰ってください」
    スズカの言い分についにキングの堪忍袋の緒が切れました。

    「いい加減にして!あなたたちは“私は受け取れない”っていえば気が済むんでしょうけど、実際にお金を持ち運ぶのは私なのよ!?とんでもない大金をなくさないように往復する私の姿をスズカさんたちは思い浮かべたことがあるの!?」

    涙目で堰が切れたようにまくしたてるキングを前にスズカは呆気にとられました。
    「その、ごめんなさいキングさん。あなたのことを考えられてなかったわ……」
    スズカは頭を下げました。
    「この一五〇両は受け取らせてもらうわ。その代わりに向こうに受け取ってもらいたいものが」
    「やめましょう」
    キングは間髪入れずに制止しました。
    「スズカさんから物が動くとえらいことになるんですから……」
    「いえ、物ではなくてね……グラスさんって独り身かしら」
    キングは首を傾げつつ答えます。
    「ええ、恐らくそうだと思いますけど……」
    「そう……スぺちゃん」
    スズカが少女を呼びます。
    「スぺちゃんは私の一人娘なんだけど……親の欲目かしら、できるだけいい嫁ぎ先を見つけてあげたいと思ってて」
    どうかしら、という目でスズカはキングを見つめます。
    「いいと思います!」
    キングは目を輝かせました。
    「こんなにかわいらしい子ですもの!グラスさんだってきっと受け入れるはずです!」
    そう言って一五〇両を置いて身も心も軽くなったキングはグラスの屋敷へと戻りました。

  • 25スレ主21/11/06(土) 13:01:01

    「……どうでしたか?スピードの向こう側に連れ去らわれたりしてませんか?」
    「それは大丈夫だったわ!その代わりに向こうから渡したいものが」
    「いりません」
    グラスは食い気味で答えました。
    それをキングがなだめます。
    「大丈夫よ、物じゃなくて娘さんだもの。かわいらしくてグラスさんのお嫁さんにぴったりだと思うわ!」
    「いや、その……急にそんなことを言われても……」
    グラスは顔を真っ赤にしながら恥ずかしがっています。
    しかし、しばらくもじもじした後小さくつぶやきました。
    「……ぜひ会ってみたいです」
    「本当!?それはよかったわ!」
    キングは手を鳴らして喜びました。
    「今のままでも十分かわいらしいんだもの、グラスさんが磨いたら絶世の美女間違いなしよ!」
    するとグラスが手を振って答えました。

  • 26スレ主21/11/06(土) 13:01:21

    「磨くのはよしましょう。また小判が出るといけませんから」

  • 27スレ主21/11/06(土) 13:01:47

    長い…

    お目汚し失礼しました

  • 28二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 13:07:35

    自分以外にも落語SS書いてくれる人がいて嬉しい…嬉しい…

    【落語SS】ハヤヒデのステーキ|あにまん掲示板「…ブライアン、改めて皐月賞勝利おめでとう。」『なんだ、改まって。別にレースひとつ勝っただけだ。』「いや、この機会に姉からささやかなプレゼントを送りたくてな。普段は野菜を食べろ食べろと言ってばかりだが…bbs.animanch.com

    解説を挟ませていただきますと

    元ネタである井戸の茶碗はいわゆる人情噺(寿限無みたいな面白い話とは別カテゴリの感動する話)のカテゴリに入ります

    井戸の茶碗 - Wikipediaja.wikipedia.org

    元の話も長めなんですが、柳家喬太郎のやつが愛嬌多めで初心者にもわかりやすくておすすめですので一度聞いてみてね!

  • 29二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 13:08:35

    良い噺だった…

  • 30二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 13:11:10

    >>28

    おわああ…本家様だあ…

    かなり長めのお噺なので私が書いたやつ読むより実際に聞いてみるのがいいと思います…

    私は立川志の輔さん(ためしてガッテンの人)のものを参考に書きました


    一応前に書いた落語SS

    メジロの秋刀魚【落語SS】|あにまん掲示板ウマ娘たちが集うトレセン学園にダイタクヘリオスとメジロパーマーという二人がおりました。二人はとても仲が良く、この日も一緒にジョギングなんかをしていますと。「ねえパーマー、ちょっとおなすいじゃね?」「じ…bbs.animanch.com
  • 31二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 13:17:52

    長いから腰を据えて読むね…

    落語って人によって内容かわるんですか?

  • 32二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 13:22:17

    >>31

    噺の流れ自体が変わることはあんまりない(はず)ですが、人によって喋りの調子だったり言い回しだったりが変わったりしますね

    個々人の好みもありますから「この噺はAさんの調子で聞きたいけど、こっちの噺ならBさんのバージョンのほうが好きかなあ」なんてことも割とあったりなかったり…ってかんじです

    落語にわかの感想なので参考程度に

  • 332821/11/06(土) 14:13:12

    >>31


    他にも、例えば地方巡業などの講演する場所や客層に応じて枕(話の本編に入る前の世間話)はそれぞれ全く別の話をすることもあります

    その枕の内容と本編をリンクする落語家もいるので、同じ落語家の同じ噺でも公演ごとに笑わせるところが変わる、みたいなことはありますね

  • 34二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 15:00:27

    すみません!噺に出てくるお金の単位について書いておくのを忘れてました!

    江戸期の為替は1両=4000文で

    米の価格を基準として見てみると現代の価値で1両当たり10万~4万円相当(幕末期は時代もあってえらい低いので除外)だったそうです


    下のURLは参考にした為替博物館のサイトのQ&Aです

    日本銀行金融研究所貨幣博物館 - お金の歴史に関するFAQ(回答)www.imes.boj.or.jp
  • 35二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 15:19:07

    あと次回はフラウンスで芝浜を予定しています

  • 36二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 15:40:56

    乙!
    面白かった!
    キングが可哀想だったなw

  • 37二次元好きの匿名さん21/11/06(土) 16:05:07

    >>35

    ウンスに芝浜やらせんの想像するだけで草生える

    どうなるやら楽しみにしてるわ

  • 38二次元好きの匿名さん21/11/07(日) 01:35:21

    そっとあげ…

オススメ

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