- 11◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:02:03
くまに飛ばされたブルックがエレジアに飛ばされたらIFで書かれていたSSの続き(映画編)になります
初代概念スレ様
ここだけクマがブルックを|あにまん掲示板エレジアに飛ばした世界bbs.animanch.com以前のアナウンスではタイトルを、FILM “Scarlet”としていましたが、今後は画像のFILM Re.にさせていただきます
続きとはなっていますが、最低限の流れが分かっていればわかるSS……かもしれませんので、次レスに最低限読んでいただければ楽しめるお話をまとめたテレグラフを、読むのが面倒だよという方用にその次レスに抑えて置いていただきたい前提条件(以前書いたSSのネタバレ有)を置かせていただきます
- 2二次元好きの匿名さん23/01/29(日) 21:02:44
楽しみにしてます!
- 31◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:03:10
- 41◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:03:49
前提ネタバレ
・シャボンディで飛ばされたブルックとウタがエレジアで出会い、ウタは外の世界へ目を向けるようになる。
・ブルック、ゴードンとバンドを組んで、エレジアを拠点としながら各島にてライブツアーを行っていた。配信活動も継続。
・ブルックとウタが出会って一年後、ウタはエレジア崩壊のTDを拾い、真実を知る。心だけ逃げても“罪”は消えないと、ウタは自死をも考えるが、ブルックとの勝負によって再び生きることを決意する。
・自分の夢を見つめ直し、夢を叶えるために“海賊”になる事を決意。修行を行い、疑似的に“Tot Musica”を制御。
・シャボンディ諸島でのライブの後に“麦わらの一味”に加入。
以上 - 51◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:04:49
アナウンス
映画編です。内容はFILM REDになります。ネタバレがあるのはもちろん、かなり私の妄想、考察、嗜好が盛り込まれた内容になるかと思います。人によっては『アンチ・ヘイト』と思われる描写が入るかもしれません。気に入らなければブラバなどのご自衛をお願いします
いくらかストックはありますので、基本的に火曜、木曜、土曜、日曜に投稿予定ですが予定は未定です。最初は打ち込みでやってみますが、時間が足りなければテレグラフに移行します
感想などはご自由にどうぞ。当方SSは安価でつなげていく予定です。保守とか助かります - 61◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:05:21
いないとは思いますが念のため動画投稿等について
この作品は私が別サイトに上げた後にこちらにも打ち込む、あるいは逆のパターンをランダムで行います。別サイトにより著作権は筆者である私に帰属していますので、無断使用はお控えください。いないとは思いますが
何かあった場合、こちらでの投稿は控えさせていただきます
以上。
前置きが長くなりましたがお楽しみくださいませ。 - 7二次元好きの匿名さん23/01/29(日) 21:06:00
ありがとう
- 81◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:06:02
1.オーバードライブ
- 91◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:07:17
「みんな久しぶりだね! ウタだよ!!」
電伝虫に向かって、ウタが元気に声をかける。
サニー号の一室、“配信部屋”。
ウタが“麦わらの一味”に加入することになって、フランキーが増設した部屋だ。
空には星が出始めて、月が登り始めるより少しだけ前の時間帯。
本日はようやくの閑散期──。
「え、そんな久しぶりじゃない?」
魚人島から始まった一連の事件。
“ハートの海賊団”との同盟によるシーザーの誘拐、そしてドレスローザにおける“ドフラミンゴファミリー”との抗争。そして横やりを入れて来た、“ビッグマム海賊団”の船──。
“ゾウ”に暮らすミンク族との交流の後、つい先日、“ビッグマム海賊団”との抗争を行い、目的を果たして逃げおおせたばかり。
残念なことに犠牲者も出てしまったが、“麦わらの一味”は今日もこうして生きている。
現在は、ホールケーキアイランドからワノ国へと向かう途中である。
- 101◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:12:15
- 111◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:14:19
- 121◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:17:13
「久々に思いっきり歌えて満足! みんなも楽しんでくれたかな? じゃあまた今度、いつもの周波数で! またね!!」
そう言って、ウタは配信用の電伝虫を切る。
独りになった“配信部屋”の中で、ウタは椅子に深く腰を掛けると、深く息を吐いた。
「まだちょっと本調子じゃないなァ……、疲れちゃった」
ぽつりと呟いてから、思いっきり伸びをして、ウタは苦笑する。
それはそうだ。だってつい先日まで、“四皇”と命のやり取りをしていたのだから。
まったく、ルフィたちと一緒にいると、あっという間に時間が過ぎるような感覚があるクセに、実際に時間はあまり流れていないせいで、たった一日が数週間の長さに感じてしまうのだ。
- 131◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:22:00
椅子の背もたれに後頭部を乗せて、天井に向けてふうと息を吐き出す。
──果たして、“海賊”になったことが“正解”だったのかはわからない。
きっとそれは、これからの世界が決めることだ。
だが、ウタは“海賊”になったことを“間違いではない”と確信していた。
信頼できる仲間と一緒に、世界を自分の目で見て確かめることができるのだから。
にぎやかで忙しなくて、時には苦難もあるけれど──。
(──もう、寂しくはないもんね)
あの島に、ゴードンと二人でいたころに感じていた孤独を思い出して、ウタは小さく微笑む。
──あの日、空から“骸骨”が落ちてきて、良かった。
切に、そう思う。
ゆっくりとウタは体を起こして、再び机に肘を突いて体重を預ける。
「…………あんたは、どうなんだろうね? ……もう寂しくはない?」
机の上に置かれた電伝虫──の、その向こう。
唯一、現場でウタの配信を聞いていた視聴者に、ウタは小さく語りかけた。
- 141◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:26:00
そこに広げられたのは、古ぼけた楽譜群。
『Tot Musica』の原譜である。
彼の楽譜が抱える孤独に、ブルックと共に触れたウタは、時々こうやって『Tot Musica』の原譜にも音楽を聴かせてあげるようにしていた。
孤独がいかに心を苛み、歪め、悪影響を及ぼすかを、ウタは知っていたから。
ふあ……。
なんてことを考えているウタを、眠気が襲う。
(……部屋に戻らなくちゃ、いけないけど──)
その微睡は、耐えがたいほどに蠱惑的だった。
まるで、ウタウタの実の能力を使った後のような。
──よっぽど疲れていたんだろう。
ウタは自分の状態を、そう分析する。
なら、少しだけ仮眠を取ってから、部屋に移動しよう。
ウタは机の上に腕を組んで、その上に頭を乗せた。
目を瞑った途端、ウタの意識はすぐに微睡の底へと沈んで行ってしまう。
すう……。
寝息が、静かな“配信部屋”に響く。
ウタ以外、誰もいない配信部屋に。
- 151◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:28:52
- 161◆a5YRHFrSYw23/01/29(日) 21:30:12
本日の投稿は以上になります
導入です
続きはしばしお待ちくださいませ。寝落ちせねば火曜日に投稿できるかと思います - 17二次元好きの匿名さん23/01/29(日) 21:40:51
乙です。待ってました
- 18二次元好きの匿名さん23/01/29(日) 21:59:52
待ってました!楽しみにしてます
ウタはどこへ消えてしまったんだろう… - 19二次元好きの匿名さん23/01/29(日) 22:02:12
ファンアート経由で来ました
最終章お待ちしておりました!!!
寒い日々が続いているので無理せずにお願いしますね! - 20二次元好きの匿名さん23/01/30(月) 06:43:28
ウタ、どこへ…
- 21二次元好きの匿名さん23/01/30(月) 13:26:41
Wktk
- 22二次元好きの匿名さん23/01/30(月) 22:17:20
楽しみ
- 23二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 06:50:21
ほ
- 24二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 14:32:26
し
- 251◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:37:41
続きいきます
- 261◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:38:20
- 271◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:40:36
クゥ……クゥ……
海鳥の声が、耳をくすぐる。
海は荒れていないのだろう。波の音はゆったりと等間隔で、そして船の揺れも小さい。
わたしは机からゆっくりと身を起こしてから、思い切り腕を天井に向けて突きあげた。
ふァあああ……
大きな欠伸を漏らし、少し冷えてしまった指先で右目を擦る。
どうやら少し仮眠を取るつもりで、爆睡してしまっていたらしい。
海鳥が鳴いているということは、少なくとももう日が昇っている時間帯ということ。
こんな椅子に座って何時間も寝ていたのであれば、きっと体もバキバキに傷んでいるに違いない──なんて思っていたが、不思議なことにそれは杞憂だったようだ。
体の痛みはなく──どころか、“ビッグマム海賊団”との戦いによる痛みも疲労も感じられない。
やっぱり睡眠こそ最大の良薬だ、なんて無茶苦茶な暴論を頭の中で唱えながら、わたしはシャワーを浴びるために、欠伸をしながら寝ぼけ眼で“配信部屋”を後にする。 - 281◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:42:49
- 291◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:45:32
──待って。なんでゾロの名前が出てくるの? 今、ゾロはフランキーたちと先行してワノ国にいるはず……、……もしかしてわたし、数日とかの単位で寝てしまってたの?
それならチョッパーの驚きようにも頷ける。
いや待て、それならなんでずっと“配信部屋”にわたしは放置されていたのだろう?
寝ぼけた頭の思考回路は重鈍で、上手いこと今の状況を認識できない。
シャワーの前に、先に冷たいミルクでも飲んで行こうか。
もう一度だけ、「ふあ……」と欠伸をして──。
「おい、テメェ、誰だ?」
「うえっ!?」
目の前に、怖い顔をしたゾロがいた。
いや、怖いのは顔だけではない。
眼光は鋭く、纏っているのは明らかに“殺気”。筋トレをしていたのか、汗の零れる上半身の筋肉には力が籠っており、その手には刀が握られている。
- 301◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:48:31
そう、刀だ。
あろうことかその直刃は、わたしの首に押し当てられていた。
「ななな──」
いきなりのことに、驚きより恐怖より、混乱が先に来る。
なんでゾロが、わたしに刀を向けるの!?
「……もう一度聞く」
明らかに敵に向けるような低い声。
「お前は、誰だ?」
──なんで?
「わ、わたしだよ! ウタだよゾロ!!」
見間違えるはずないでしょ!! だってこんな髪色の女、わたし以外で見たことないでしょ!?
「……はァ?」
だが、返って来た反応は、わたしの予想とは違う物。
わたしがウタだと認識されていない……?
何が起こっているのかわからず、わたしはその歪んだゾロの顔を見つめることしかできない。
「……おい、チョッパー。おれたちは今、どこに向かってる?」
「────エレジアの、“ウタ”のライブだぞ……?」
- 311◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:51:08
自信なさそうに、チョッパーが言う。
…………待って? どこの、誰のライブだって??
ウタって言ったの? どのウタ? エレジアへの移民に、私と同じ名前の子なんていたっけ……?
「その特徴は?」
「歌がスゲー上手くて、それから──」
そう言ったチョッパーの目が、歩いて来た“狙撃手”を捕える。
「ウソップ! こっち来てくれよ!」
「なんだァお前ら、そんなに騒いで……って、ソイツ誰だ?」
「侵入者だ」
「ち──」
ゾロの言葉に「違う」と反論しようとすると、首元で刀が小さく音を立てた。
「黙ってろ」
「────」
そう凄まれてしまっては、何も言えない。
ゾロは敵とみなした相手には、女だろうが容赦はしない。斬る時は斬る男なのを、わたしは知っている。
わたしがどうしようと焦っているうちに、チョッパーがウソップに尋ねる。
「なあウソップ、ウタってどんな髪色だったっけ?」
いきなり何を訊くのか、というような表情をしてから、ウソップは応えた。
- 321◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:52:50
- 331◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:53:43
- 341◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:55:10
「だーかーらー! わたしがウタなんだって! エレジアでライブなんて知らないよ!!なんで仲間の言うこと信じてくれないかなァ!!」
「いや、そもそもプリンセス・ウタと仲間になった覚えはねェし……」
「ウソップのアホ! 長鼻! 器用! 狙撃王!!」
「……それで悪口言ってるつもりなのか?」
得体のしれない女認定されてしまったウタは、縄で腕を縛られたまま、サニー号の片隅で尋問を受けていた。
──尋問とは名ばかりで、ほとんどウタが一方的に“麦わらの一味”を説得しようと躍起になっているだけではあるが。
チョッパーとウソップは困ったように、ゾロは不信感を抱いているように、そして合流したロビンは、興味深そうに話を聞いていた。
「だいたいよ、さっきも言った通り、プリンセス・ウタは紅白の髪なんだよ! お前みたいな黒髪じゃねェ!」
「それはわたしにもわかんないんだって!! 起きたらこうなってたんだからさァ!!」
眉尻を下げて、困ったような顔でウタが言う。
- 351◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:56:22
実際にウタは困っていたし、混乱していた。
自分の身に何が起こっているのかがわからない。
それに、ここにいるチョッパー以外の一味の仲間は、ホールケーキアイランドへは行っていなかったはずだ。
しかも、仲間から『ウタは仲間になっていない』なんて言われる始末。
──一つだけ心当たりがあるとすれば、先日ドレスローザで見た凶悪な能力だ。
人の見た目を変え、その人物に関する記憶を人々から抹消する、悪魔の実の能力。
ただ、余計に解せないのは、このサニー号自体だった。
あるはずのものが、ないのだ。
なくなっているのは、フランキーに増設してもらった“配信部屋”。
──絶対におかしい!
とウタは思う。
(わたし、“配信部屋”から出て来たはずなんだけど……)
今も首を巡らせれば、“配信部屋”があったはずの場所がただの甲板になっているのが見える。
いないはずの一味がここにいること然り、あるはずの物がなくなっていること然り、ウタにはどうにも、“悪魔の実”の限界を超えているような気がしてならないのだ。
- 361◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:57:34
(……じゃあ、これは現実ではなくて夢?)
そう考えたウタは、すぐにそれはないだろうと判断する。
夢にしては、手首に食い込む縄の感覚が顕著だ。
そんなウタの混乱などは知らずに、ウソップが腕を組んで言った。
「よし! そこまで自分をプリンセス・ウタだと言い張るならおれが試してやる!」
「?」
「何をするんだ?」
ウタが首を傾げるのと同時に、同じように首を傾げたチョッパーが訊く。
ウソップは得意げに鼻の下を指で擦った。
「今からプリンセス・ウタに関するクイズを出してやる! 本人なら、造作もなく答えられるはずだ!」
「……クイズ?」
ウタの疑問に、ウソップは「ああそうだ!」とだけ答えると、すぐさま問題を出してきた。
「第一問! プリンセス・ウタの大好物といえば!!?」
- 371◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:58:04
本人に本人のクイズを出すなんてバカげている、と思いながらも、ウタは問題に答えていく。
「……パンケーキ。ホイップましましのヤツ。次点でチキンも好きだよ。あとパエリア」
それを聞いたウソップが、「チキンのことまで知っているとは……」とおののく。
──いや、だって自分のことだし。
すぐに気を取り直したように、ウソップが矢継ぎ早に次の問題を繰り出してきた。
「第二問ン! プリンセス・ウタの血液型は!?」
「XF」
「くっ! 第三もーん!! 身長は!?」
「一六九センチ。伸びたり縮んだりしてなければ」
「……星座は!?」
「天びん座」
「最大ヒット曲!」
「『新時代』でしょ?」
「朝起きてすることは!?」
「……ストレッチ?」
- 381◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 20:59:24
それからも様々な問題が飛び出すが、黒髪になり見た目が変わってもウタはウタである。答えられないはずもない。
出題のことごとくを撃沈されてウソップはついに頭を抱え始めた。
「……アホらし」
ゾロの呆れた声に続き、ロビンが、
「まったくね」
と平たい調子で言う。
ゾロの言葉で既にダメージを喰らっていたウソップは、ロビンの追撃についに床に手を突いてがっくりと項垂れた。
そんなウソップを見て、ロビンが小さく肩を竦めた。
「だってウソップ、あなたのしているそれは、本人じゃなくてファンでもわかる内容でしょう? あなたがわかってるんだから」
「うっ」
ウソップも途中からそれは自覚していたのだろう。痛い顔をして、心臓の辺りを右手で掴む。
そんなウソップを後目にロビンはウタに向き直った。
「私としてはあなたが“ウタ”かどうかより、“麦わらの一味”を自称していることが問題だと思うの。ねえ、あなたはどこで“麦わらの一味”に入ったの?」
“自称麦わらの一味”という烙印を押されて、ウタは一瞬心が奈落に落ちそうになってしまうが、すぐにその奈落の蓋を閉じた。
大丈夫だ、ロビンの声色は、まだ敵に向ける冷たいモノじゃない。
- 391◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 21:00:43
「シャボンディ諸島で。ブルックとのライブ後に合流したんだ」
「……じゃあ、シャボンディ諸島を出て向かった島は?」
思案するように顎に手を当てて、ロビンが尋ねる。
ウタは嘘を吐くこともないので、記憶にあるままを素直に話す。
「魚人島でしょ? ホーディの計画に巻き込まれてさ。というかロビン、一緒にお魚タクシーで海の森まで“歴史の本文《ポーネグリフ》”見に行ったじゃん」
少し驚いたようにロビンの目が開かれる。
「──そこに書かれていたのは?」
真剣なロビンの声。
えーっと、とウタは視線を上に向けて、記憶を手繰る。
「たしか、ジョイボー……イ? が誰かに謝罪している文って言ってなかったっけ?」
「……じゃあ、次に向かった島は?」
「パンクハザード」
ウタの返答を聞いて、ロビンの眉が平坦になった。
ロビンは質問を辞め、しばらく考え込むように目線を下げた。
- 401◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 21:01:38
「…………ロビン?」
「……普通に考えたら有り得ない──けど、それしか考えられない」
「な、何が?」
ロビンが顎から手を離して、ウタの目を見つめた。
まず一つ、とロビンが言う。
「確かに私たちはパンクハザードへも行っているわ。でも、その前に、ドック島、セカン島、ピリオ島へ行っているの」
「えっ」
知らない島の名前を言われて、ウタはドキっと心臓が跳ねる。
──それじゃあまるで……まるで、わたしが嘘を吐いているみたいな……。
「でも、そこで矛盾が生じるの。あなたが嘘を吐いているなら何故、魚人島の“歴史の本文”の内容とそこであった出来事を知っているの? あの文字は、普通の人には読めないはずよ」
「だって同行してたし……」
自信なく言うウタに、ロビンはそうねと頷いた。
「私には、あなたが嘘を吐いているようには見えないわ。けれど、私たちも嘘は吐いていない。──一つだけ、この状況を説明できる事象があるわ」
他の一味の方を向いて、ロビンが言う。
「“並行世界《パラレル》”って、聞いたことある?」
- 411◆a5YRHFrSYw23/01/31(火) 21:02:29
本日は以上です
お読みいただきありがとうございます
次回は木曜……だと思います
投下できれば今日くらいの時間帯になります - 42二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 21:05:32
投稿ありがとうございます
ウタの髪色が変わってるのはトットムジカの仕業かな? - 43二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 21:08:32
更新乙です
この麦わらの一味はフィルムZを経由してるのか - 44二次元好きの匿名さん23/01/31(火) 23:53:43
ホシュ
- 45二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 06:53:37
ホシ
- 46二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 18:29:29
の
- 47二次元好きの匿名さん23/02/01(水) 22:39:46
ウタにとってはみんなよく知ってる仲間なのに「よくわからん女」みたいな対応されたら辛いな…
ブルック相手だと余計にダメージ大きそう - 48二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 06:57:15
ホシ
- 49二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 16:05:39
ほ
- 501◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:24:32
- 511◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:25:49
ひょいと顔を出したのは、黒々としたアフロがまぶしい骸骨。
「ブルック!!」
「おや、その女性はどなた──」
ブルックの疑問を遮って、ウタが声を上げた。
「ねえブルック! わたしのこと分かる!? 見た目違うけど、ウタだよ! ブルックならわたしがウタだってわかるよね!?」
一縷の望み。
音楽活動を、修行を、エレジアでの生活を共にした恩人の骸骨に、ウタは声をかける。
しかしブルックは、やはり首を傾げるだけだった。
「……いいえ? そもそも、私、ウタさんにお会いしたことはありませんし、あなたの顔も記憶にはありません。──いえ、全く歳は取りたくないものです。最近は歳のせいか脳機能の衰えを感じて仕方ありません。あ、私──」
ブルックのその言葉を遮って、ウタは口をへの字に曲げて言う。
「そうだね脳みそないもんね!! なんでだよー!! エレジアを拠点にあちこちで一緒にライブしたのにさァ!!」
スカルジョークを潰されたブルックはきょとんとし、そしてエレジアの名前を聞いて、ふたたび驚いたように身を揺すった。
「エレジア、ですか……? もう五十年以上行った例はないですよ?」
「…………えっ」
その言葉を聞いて、ウタが固まる。
「ここ五十年は霧の海を彷徨ってましたし、それ以外で行ったのは“麦わらの一味”としての航海と、飛ばされたナマクラ島、ライブで回った諸国くらいのものです。私、基本ソロ活動でしたし」
- 521◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:29:33
つまり──いや、やはり。
視線を逸らそうとした正解が、ウタの目の前に突きつけられる。
「この様子からすると、当たらずとも遠からずみたいね?」
ロビンの言葉に、ブルックが「なんの話ですか?」と尋ねる。
「船に侵入者がいるって騒ぎになったんだけど──」
ロビンがかいつまんで事情を説明している間、ウタは絶望の淵に立たされていた。
(──ここに、本当の意味で“わたし”を知っている人はいないんだ)
孤独に苛まれながら、ウタは考える。
では、元の世界にいた“わたし”はどうなっているのだろうか?
──そもそも今、ここにいる“ウタ”はなんだ?
「──という仮説を立ててみたわ」
「なるほど、にわかには信じられませんが、しかし先ほどの彼女の焦りようやこの表情を見るに、嘘を吐いているとは考えづらい。……ですが彼女はどうやってこの世界に来たのでしょう?」
ブルックの問いに、チョッパーが答える。
「さっき、起きたらこうなったって言ってたぞ!」
ウタはその言葉に小さく頷いた。
……なら、もう一度寝れば元の世界に戻れるだろうか?
いや、この体と心の重さが、そんな都合のいいことはあり得ないと雄弁に物語っている。
- 531◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:30:34
- 541◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:32:27
- 551◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:33:52
- 561◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:35:07
「ふむふむ、つまり不思議世界ってわけだな!」
ルフィには“並行世界”の概念が良く分からなかったようで、そんな意味不明な台詞をのたまっている。
──あんたわたしがどれだけ困ってるか分かってる?
喉から出かかったその言葉を、ウタは必死に飲み込んだ。
見た目は同じ“ルフィ”でも、ここにいる彼と、ここにいる“ウタ”は関わりがないのだ。
「確かにこの世界は不思議かもしれないけど……」
呆れたように、ナミが言う。
「でも今はそういう話じゃないわね」
そう言ってロビンは、かみ砕いてルフィに“並行世界”の概念を説明する。
何とかルフィにも状況は伝わったようで、彼は腰に手を当てると「はー、お前大変だなァ」と言った。
- 571◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:37:09
「それで、彼女の処遇と今後についてどうしようか話し合いたいんだけど」
「そういうことか」
ルフィは頷くと、わたしの前で中腰になった。
「で、えーっと、ウタって言ったか? お前はどうしたいんだ?」
ウタは一瞬だけ、逡巡する。
しかし、わたしの仲間でない彼らに頼るのは、迷惑ではないだろうか──。
「助けて欲しい」
だが逡巡も一瞬だった。
(──それでも、一人でどうにかするのはムリだ)
ウタは、人に頼ることを知っているから。
独りではできないことも、誰かと一緒なら乗り越えられることを知っているから。
だからウタは、自分の率直な気持ちを口に出す。
「わたしは、仲間の所に帰りたい。……わたしは別の世界の“麦わらの一味”であって、ここにいるみんなの仲間じゃないのは分かってる。多分、迷惑だと思う。だけど、わたしだけじゃどうしようもないから──」
- 581◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:38:11
「よし、わかった!」
ニカッと歯を見せて笑って、ルフィが言う。
「いいな、お前ら?」
ルフィはぐるりと一味を見渡した。
「わっはっは! それでこそ船長よ!!」
「そうしねェと向こうのおれたちに顔向けできねェからな」
「困っているレディを助けるのに理由はいらねェ」
「別世界とはいえ、プリンセス・ウタと冒険できるなんて、おれ……おれェー!!」
「面白くなりそうね」
「私はルフィさんの決定に従います」
「だな。船長命令だ」
「でもよ、どうやって元の世界に送り届けるんだ?」
「問題はそこよね」
一味の面々は特に反対することもなく、船長の決定に是と首を縦に振る。
「みんな……」
ああ、やはり別の世界線でも“麦わらの一味”はいい人たちだ。
だがやはり問題なのは、ウソップの言った通り、“元の世界に戻る方法”だろう。
- 591◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:38:54
それだよなァ、とフランキーが肩を竦めた。
「いくらスーパーなおれでも、“並行世界”に飛ぶ機械なんておいそれとは作れねェしよ」
「ん? そうなのか?」
ルフィがフランキーを見上げて問う。
「そりゃおれにだって作れない物はある。そもそもあのベガパンクの研究所にだって、そんな機械の設計図なんてなかったんだぜ?」
「ほー、そりゃ大変だ」
ルフィは大変だと思っていなさそうな口調でそう言った後に、帽子を被り直した。
でもよ、と言う。
「お前らなら何とかできるだろ」
仲間に対する絶大な信頼。
一味の面々が照れたように笑ったり照れ隠しをしている様子を見て、ウタも誇らしいような、頼もしいような、そんな気分になる。
それと同時に感じる、ここは自分のいる“麦わらの一味”ではないのだな、という実感。
何故なら、ルフィの言う『お前ら』に、ウタ自身が含まれていないのだから。
- 601◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:39:44
「──みんな、ありがとう」
少しだけ複雑な気持ちになりながらも、ウタは力になってくれる一味たちに礼を言う。
ふふ、とロビンが笑みを浮かべてから、真面目な顔をする。
「じゃあ、具体的な方針について決めておきましょう。おそらく、“並行世界”を移動する可能性が高いのは、“悪魔の実”か──」
「“新世界”の“天候”ね?」
ロビンの言葉に、天候のエキスパートであるナミが言葉を重ねる。
ええ、とロビンが頷いた。
「だからナミ、まずは今朝の天候やこの周辺の海図に関して、詳細に記録をしておいて」
「ふーむ、それじゃったら、今更じゃが一応海中も見てこようか?」
ジンベエの提案に、ナミが「ジンベエちゃん助かる!」と笑顔を向ける。
「ロビンちゃん、“悪魔の実”の方はどうする? 少なくともおれの読んだ図鑑には、そんな能力の実はなかったように思うが」
「そうね、サンジ君。私も“並行世界”から来た人の話や、逆に行ったという話は記憶にないわ。だから、新しい文献や、情報を調べる必要があるでしょうね」
「そうすると、行く予定だったライブは中止か?」
両手を頭の後ろで組んだゾロが、欠伸をしながら言う。
すると、ウソップが血相を変えて声を荒らげた。
- 611◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:40:47
「ちょっと待ったゾロ君!! そりゃあねェだろ!! 確かにこいつを少し待たせることにはなるかもしれないが、あのプリンセス・ウタのファーストライブなんだぞ!?」
「そのプリンセス・ウタとやらは、別世界のとはいえ、こいつと同一人物なんだろ? なんなら歌ってもらえばいいじゃねェか」
ゾロからの指摘に、ウソップはわかってないなと指を振る。
「おれたちは“今エレジアにいるウタ”のファン!! 確かにこいつも“プリンセス・ウタ”かもしれねェが、あっちの“ウタ”とこっちの“ウタ”を一緒くたにするのは、こいつにも失礼ってもんだろ?」
一瞬だけ納得しかけたゾロだったが、ウソップの表情を見て、悪い笑みを浮かべる。
「……なァウソップ、そう言ってライブに行きてェだけじゃねェのか?」
「……ああそうだよ悪いか!!」
頭を抱えたウソップが、「ファンなんだから仕方ないだろー!!」と言う。
そんな様子に、思わずウタは苦笑する。
「別にいいよ、こっちが迷惑かけてるんだしさ。音楽を楽しんでもらうのは、わたしとしても嬉しいから」
ウタの台詞を聞いて、ロビンが頷いた。
「じゃあ、ライブの前後の空いた時間で、エレジア周辺で情報収集をしてみましょうか」
- 621◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:42:10
ロビンの提案に、フランキーが「そりゃいいな」と頷いた。
ですが、とブルックが小さく首を傾げる。
「こんな噂、聞いた事ありません? もう一人の自分と巡り会ってしまうと、どちらかが死ぬとか不幸になるとか……」
「不安にさせること言うなよ……」
ウソップが小さく声を震わせて、ブルックの方を見る。
ウタの顔も若干引きつっていた。
もちろんブルックだって、いたずらに怖がらせるためにそれを言ったわけではないだろう。
そんなこと、ウタは十分理解している。
ブルックの言わんとしていることは、「この世界のウタと今ここにいるウタが出会うことで起こるかもしれない弊害」の可能性の話。
それを無視してエレジアへと行く危険性についての指摘が、ブルックの意図なのだろう。
「それはおそらく大丈夫だと思うわ」
ロビンが落ち着いた声で言う。
- 631◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:42:59
「おや、どうしてです?」
「あくまで予測でしかないわ。ただ、姿も経験も違う二人を、全くの同一人物として扱っていいのかには議論の余地がある」
「なるほど、さすがロビンさん、一理あります。……ふむ、念には念を入れて、ウタさんには偽名を名乗ってもらった方が良いかもしれませんね。私が先ほど言った話は迷信の類ですが、もしそれが真だったとすれば、差異がたくさんあった方が、ロビンさんの仰った“議論の余地”の幅を広げられますから」
ブルックの言葉に、ロビンが「そうね」と頷いた。
五十年霧の海を彷徨っていたとはいえ、この船の最年長であり、そしてその人となりを決めるであろう“魂”を見れる男の言葉だ。
彼が警戒しているということは、それだけ“もしも”が起こってしまった時が恐ろしいのだろう。
「にっしっし! おれも別の名前つけるの賛成だなァ!」
「……なんで?」
真面目な話に、わかっているのかいないのか、明るい声でルフィが言い、それにウタが訝しげに疑問を投げた。
だってよ、とルフィが言う。
「ウタって珍しい名前だと思ってたのによ! 三人もいると混乱するからな!」
- 641◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:43:39
「……三人って?」
ウタは首を傾げる。自分と、エレジアにいるウタ以外のウタがいるのだろうか?
「まずお前だろ? で、エレジアにいるってプリンセス・ウタ? ってやつだろ? あと、昔の友達でウタってやつがいたんだよ!」
あいつも歌が好きだったなァ、と懐かしむようにルフィが目を細めた。
そんなルフィに、ウタの頭の中は疑問符でいっぱいになる。
プリンセス・ウタは、ルフィの幼馴染のウタとは別人? エレジアにいるのに?
「だから考えておけよ!!」
ルフィにそう言われて、混乱中のウタは「う、うん……」と力なく頷いた。
そんなウタを後目に、ルフィは再び帽子を被り直して宣言する。
「目的地はエレジア!! 野郎ども、出航だァ!!!」
- 651◆a5YRHFrSYw23/02/02(木) 20:44:28
お読みいただきありがとうございます
本日はこれにて終了です
また土日辺りに投下します
時間はおそらくこれくらいだと思われます
よろしくお願いいたします - 66二次元好きの匿名さん23/02/02(木) 21:31:34
最後のルフィがすごくルフィで好き
- 67二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 00:29:41
このレスは削除されています
- 68二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 06:46:06
なんかルフィの反応がおかしいと思ったら気付いてないのか
- 69二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 07:01:38
ウタも自分の知ってるルフィじゃないから突っ込んでないけど
こっちのルフィからの認識は同じ名前の別人か - 70二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 16:28:53
さあどうなる
- 71二次元好きの匿名さん23/02/03(金) 22:15:51
偽名何にするんだろ
- 72二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 05:29:15
保守
- 73二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 14:53:28
そういやライブ始まるまでフーシャ村のウタと同一人物とはルフィは一切気付いてなかったもんな
- 741◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:37:34
4.Arcadia
天候はあいにくの曇り。
霧の立ち込める薄暗いこの島は、名をエレジアと言った。
音楽の島、エレジア──。
そう名を馳せたのも、今は昔。
エレジアのライブ会場の一角で、一人の小柄な女性がその少し緑がかった黒い長髪を撫でつけた。
一見幼い印象を与える童顔に、少しだけ垂れ気味の翠の瞳。
普段のように、左目を隠すほど前髪が長くないせいで、視界がやけにいいように感じる。
ウタだった。
その翠の瞳を巡らして周囲を見渡してから、ウタは湿っぽい空気を肺いっぱいに入れてみる。
時間的にはそれほど離れていないはずなのに、何故か心のうちに湧き上がる懐かしさに、ウタは一瞬首を傾げて、すぐにその理由に思い当った。
- 751◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:39:37
(……復興が、されてないんだ)
エレジアに来るまでの間、ウタは一味と様々な話をして、そしてここが“並行世界”であると何度も再認識させられた。
それと同じか、それ以上に、今の自分の置かれている状況を強く感じてしまう。
暗い霧の島に立ち込めるこの煤けた香りは、あまりにも嗅ぎ飽きた廃墟の香り。
彼女の世界のエレジアの復興が進んでからは、久しく嗅ぐことのなかった、止まった時間の香り。
ふと、彼女は思う。
この世界のわたしは、どのような過去を歩んできたのだろう、と。
ロビンやブルックに聞いた話によれば、この世界でもエレジアは“赤髪海賊団”に滅ぼされた、ということになっているらしい。
ということは、この国の惨状は、やはり“ウタ”と“Tot Musica”が関わっているのだろうか。
──いや、そうとは決めつけられない。
あくまでここは“並行世界”。過去が重なっているかどうかは、彼女にはわからない。
(……そもそも、ルフィの話によると、エレジアにいる“ウタ”と、フーシャ村でルフィと出会った“ウタ”は別人みたいだし)
この世界がどこから分岐したIFなのか。それを知ることが、もしかしたら元の世界へと繋がるのかもしれない。
- 761◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:41:07
なんてことを思いながら、ウタは自分の内を見つめていた意識を、外へと向け直す。
すると、ライブを目前にした周囲のざわざわとした喧騒が、耳に飛び込んできた。
「ついに生ライブだな!」
「会場広すぎ! 私たちの席どこ!?」
「今日に限ってこんな天気とか、最悪……!」
「こんな天気でも、ウタの生歌が聴けるなら、今日は最高の一日だ……!!」
ライブへの期待に湧く群衆の声の数々。
そんな声を聞いたウタの口角が、小さく上がった。
──この世界の“ウタ”のこともエレジアのことも良く知らないが、これだけの人を呼んでライブをしようというのだ。きっと“ウタ”の時間は動き出しているのだろうし、この煤けた香りも、これから払拭されていくのだろう。
「すげェ人だかりだな。“ムジカ”、お前こんなにすごかったんだな」
“麦わらの一味”の“船大工”、フランキーの言葉に、“ムジカ”と呼ばれた女──ウタが応える。
- 771◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:42:39
「凄いのはわたしじゃなくて、こっちのウタでしょ。わたしたちだって、そりゃデカい規模のライブはやったけど、ファーストライブはストリートだったし、ブルックと組んでのライブが多かったしね」
「なるほど、こっちの方がムジカよりもスーパード派手なわけだ!」
ガハハとフランキーが大口を開けて笑う。
ウタ──ムジカは「まあね」と肩を竦めた。
ムジカというのは、ブルックやルフィの意見に則って、ウタが自らに付けた偽名だった。
呼びやすく呼ばれて返事をしやすい名前というものがなかなか思い浮かばず、あるいは思い浮かんでも一味の面々に却下され、最終的に半ばヤケクソで出した“ムジカ”が通ったというだけのこと。
しかし、とムジカは思う。
あの“Tot Musica”と重なる名前、と言えば不吉さを醸し出すかもしれないが、しかし元来“ムジカ”という言葉は、“音楽”や“女性性”を意味するらしいので、あながち名前としてはおかしくはないのではなかろうか。
──だってそもそも、わたしの名前が“ウタ”なんだし。
- 781◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:44:31
「それにしてもよムジカ、よくこんないい席が空いてるってわかったな!」
「こんないい席でウタのライブが見れるなんて、おれ……おれェー!!」
興奮冷めやらずに、ライブ用に仕立てた衣装を着てはしゃぐウソップとチョッパーに、ムジカはあははと小さく笑って、頬を掻いた。
「席の案内を見たら、このボックス席だけ誰も使ってないみたいだったからさ。せっかくステージ正面のいい席なのに、誰も使わないなんてもったいないでしょ?」
そう言いながら、ムジカはしかしと考える。
こんないい席のチケットを売らないなんて、普通は考えられない。
(……何か意図があったとしたら、申し訳ないことしちゃったかな)
いや、と頭の中に浮かんだ小さな罪悪感を、ムジカはすぐに否定する。
もぎりのスタッフに声をかけて、わざわざ確認してもらって許可を得たのだから、今ここにいることは問題ないはずだ。
- 791◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:46:11
ヨホホホ、という笑い声が聞こえて、ムジカたちは振り返る。
霧の中から、食材の買い出しに出ていたブルックとロビンが現れた。
「ムジカさんには少し悪いですが、この幸運には感謝しないといけませんね。何せ、本人の生ライブを聴きながら、本人の解説を聴けるんですから」
楽しそうに言うブルックに、ロビンも笑顔で「贅沢よね」と頷く。
そんな二人に、ムジカは小さく唇を尖らせた。
「そもそも“並行世界”なんだから、全く違う曲を書いてる可能性だってあるでしょ。それに、“ソウルキング”同伴のライブっていう時点で、かなり贅沢だと思うよ、わたし」
「ヨホホ! お褒めにあずかり恐悦至極!! いやー褒められるっていいですねェ。魂がこうふわーッと出てきそうな──」
「出さなくていいからね?」
ヨミヨミの実の力で幽体離脱をしてふざけようとする骸骨を、ムジカは制止する。
そのムジカのツッコミに満悦したようにブルックがヨホホと笑うと、バチン! と音を立てて、濃霧を照らしていた照明が消える。
- 801◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:46:54
- 811◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:48:05
「新時代はこの未来だ 世界中全部♪」
彼女の口から、美しい音楽がこぼれ落ちる。
その曲は、ムジカも良く知っている曲だった。
題名《タイトル》は、『新時代』。
“ウタ”の代表曲。
ムジカは、呆然と口を開けて立ち尽くしてしまっていた。
くらりと、一瞬だけムジカの視界が揺れる。
この世界のウタが、ムジカ同様の曲を作っていたから──ではない。
たとえIFの世界だとしても、元が同じ“ウタ”である以上、似たような──それこそ同じ曲があってもおかしくはない。あるいは、その曲ができて以降分岐した世界線の可能性だってある。
そんなことは、ムジカも十分に理解していた。
いや、理解していなかったとしても、それはやはり些事に過ぎないのだろう。
ぞくり、と。
ムジカの背中を、冷たいモノが駆けあがる。
「変えてしまえば 変えてしまえば……♪」
伴奏も少ない『新時代』の導入《イントロ》。
その曇りないハイトーンが、広いライブ会場の隅々まで響き渡り、そして観客の心を鷲掴みにする。
- 821◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:49:25
ドンッ トットット!
ドンッ トットット!
ドンッ トットット、トットドドト!
ハイトーンが切れたと同時に、掴んだ心臓をシェイクするようなバスドラムの音が空気を、心臓を叩く。
シンセサイザーが、ギターがそのドラムの音に合流し、厚みのある音楽を形成していく。
「あっ」
誰かが、声を上げる。
夢のような出来事だった。
奇跡のような出来事だった。
世界が、変わった。
あれほどまでに曇っていた空は、いまや雲一つない青空。会場を包んでいた霧すらも、あるいはライブの演出であったかのように一切の痕跡も見えない。
あたかも彼女の歌声が、この世の天候すらも操れるかのような、そんな錯覚をも真実であると思わせるような出来事。
- 831◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:51:14
(───正気!!?)
それを見たムジカが、呆然と目を見開く。
この会場にいるどれだけの人間が、その事実に気が付いているだろうか。
これは、悪魔の実の能力だ。
ここはウタウタの実の能力による、ウタウタの世界。
演出も音響も自由自在なウタウタの世界は、確かにライブ向きではあるだろう。
だがそれはあくまで、燃費の悪さを抜きにすればという話。
燃費に目を向けてしまえば、途端にこの能力はライブ向きではない能力となる。いくら体を鍛えたとしても、万全な状態で十分も維持できればいい方だろう。
故に、ムジカにはわからない。
──ステージで歌う“ウタ”は、何を考えている?
そんなことを考えているムジカのことを後目に、ウソップとチョッパー、サンジはペンライトを振ったりウェーブをしたりとライブを全身で楽しんでいる。
周囲の観客席でも、観客たちがうちわやペンライトなどのグッズを振りながら、歓声を口々に上げてライブを盛り上げていた。
- 841◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 20:57:08
『いえいえ、私なんて彼女と比べるのもおこがましい。……と、あなたも“ウタ”さんであるのにこう言うのも奇妙な話ですが、彼女の歌は別次元です』
まさしく、次元が違う。
どこがどう違うのか、なんてことはわからない。
ただ、同じ“ウタ”であるからこそ、彼女と自分との隔たりを強く、強く感じてしまう。
彼女の歌は、その心臓を鷲掴みにして、決して離してはくれない。
そんな、ある種“魔性”とも呼べるほどのその歌い方に、ムジカは嫉妬を覚えた。
(──まさか、自分に嫉妬する日が来るなんて思いもしなかったな)
ムジカが唇を噛みしめるその間にも、曲は進行していく。
「さあ行くよNew World!♪」
サビに入る直前に、ウタが身に纏っていたパーカーを上空へと投げ捨てる。
- 851◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 21:05:40
「おおー!?」
何気なしにそちらを見ていたルフィが、口に咥えていた肉を飲み込んで身を乗り出した。
「スゲー!!」
「ウタちゃーん!!」
ルフィに続いて、チョッパーとサンジが声を上げる。
フードの下から出てきたのは、ムジカにも見覚えのある姿だった。
赤と白のツートンカラーの髪の下で、アメジストの瞳が楽しそうに輝く。
「──── ────♪」
曲のサビを盛り上げるように、ウタがさらに気持ちを込めて、朗々と歌声を響かせる。
まるで、“新時代”はわたしが作るのだ、と言わんばかりのその歌詞を紡いでいく。
それに応えるように、観客もはしゃぎ、笑い、あるいは歓声を上げてライブの熱気を盛り上げていく。
ウタはさらに、そんな観客たちの熱気に応えるように、ウタウタの実の能力を使って“みんなが楽しめるであろうもの”を創り出し、それを音符に乗せて客席へと届けていく。
まるで、魔法だった。
その絡繰りを知るムジカを除いて、誰もがそう思ってもおかしくはない。それほどまでに常軌を逸した素晴らしいステージだった。
- 861◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 21:07:02
そしてウタが、「新時代だ!」と宣言するように歌い上げ、ライブ開始の一曲目『新時代』が終わる。
冷めやらぬ熱気のままに観客たちが歓声を上げ、重なり合ったその声でライブ会場がビリビリと揺れた。
そんな観客たちを見渡して、彼女が口を開く。
「みんなやっと会えたね!! ウタだよ!!!」
片手を大きく伸ばしたウタが、声を張り上げる。
歌唱中とは違った溌溂としたその声に、観客たちは今日一番の声援で応えた。チョッパーやウソップ、サンジもそれに倣って手を挙げて大声を上げている。
「ムジカ、あなた今ちょっと不思議な気分なんじゃない?」
背後からムジカに声をかけたのはナミだった。
若干放心してしまっていたムジカは、そのナミの声に少しだけ驚いたように振り返る。
「えっ、不思議?」
「ほら、だってあなただって“プリンセス・ウタ”なんでしょ?」
ああ、とムジカは目線をウタの方へと向けて頬を掻いた。
「確かに。ちょっと変な気分」
言われてみれば、確かにどこかこそばゆいような居心地の悪さがある。
何しろ、今ステージの上に立っているのは、正しく“ウタ”なのだから。
ムジカがステージへのウタの顔へと視線を向けると、彼女の瞳が一瞬だけ揺れるのが見えた。
- 871◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 21:08:31
(…………?)
ムジカが眉間に皺を寄せる。
──今の瞳の揺れは何だろう。まるで、何かを憂いているような……?
ごめん、とウタは観客に片手を突き出して、目頭を押さえた。
「ちょっと感動しちゃった……」
少しだけ声を震わせて言うウタに、観客は拍手と歓声で応えた。
ムジカは、そんなウタを見て、少しだけ昔のことを思い出す。
初めて行ったファーストライブ。
路上で、ブルックとゴードンと一緒にセッションして、人を集めたあの日のことを。
あれだけの小規模ライブでも、“ウタ”の世界観が変わるほどの経験だったのだ。
ファーストライブとは得てしてそういうものなのだろう、とムジカは思う。
そのファーストライブをこの規模でやってしまうんだから、その衝撃は計り知れないのだろう。
もちろん、ムジカは今ステージに立つウタの過去は知らない。
それでも同じ“ウタ”としてムジカは、先ほどの瞳の揺れの理由は、きっとそれなのだろうと思った。
憂いと見えたのは、きっと今の自分が、自分の置かれた状況を憂いているからなんじゃないかと。
そう、思った
- 881◆a5YRHFrSYw23/02/04(土) 21:08:56
本日は以上
明日も投下予定です
よろしくお願いいたします - 89二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 21:22:40
乙です
ウタ(ムジカ)の見た目、変化は髪の色だけかと思ってたけど尾田っちが描いたAdoさんみたいになってるのか?
ムジカは今ウタウタの力使えるんだろうか…
明日も楽しみにしてます - 90二次元好きの匿名さん23/02/04(土) 21:31:03
更新乙です
偽名がムジカになるとは予想外だったな
歌声の次元が違うと感じてしまったのは2年間の過ごし方の違いか救世主としての覚悟か・・・ - 91二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 05:17:26
保守
- 92二次元好きの匿名さん23/02/05(日) 12:28:36
期待保守
- 931◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:28:22
5.“私は”最強
「それにしてもムジカさん、随分聴き入っていましたが、いかがでしたか? こちらのウタさんの歌は?」
ブルックがワイングラスを片手に、ムジカ《ウタ》に声をかけた。
カシャンと、返した手首の骨が鳴る。
ムジカはブルックの方を見上げてから、観客席に手を振っているウタの方に視線を戻した。
「……少し、妬いちゃった。凄いね、こっちのわたし」
ムジカの言葉に、ブルックはヨホホと楽しそうに笑って、「そうでしょうとも」と言った。
「何しろ──」
ブルックが言葉を続けようとした瞬間だった。
カァーン……!
高い音が、ライブ会場の高い場所から響く。
ムジカとブルックが、その音源を探して、上を見上げた。
「えっ?」
「ヨホッ!?」
上を見上げれば、ライブ会場の上空にかかる、巨大海王類の肋骨の化石に伸びる手。
もちろん、そこまで手を伸ばせる人間なんて、この広い世界を探してもそんなに人数はいないわけで。
- 941◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:34:33
「ちょっとルフィ、今ライブ中──」
ムジカが慌ててルフィに声をかけ、その声を聞いたウソップが「ん?」と振り返ってから
「あっ、おいルフィ!!」
と事態に気が付き、ルフィを制止しようとする。
しかし、時は既に遅く、帽子を目深に被ったルフィはウソップの腕の隙間を通り抜けて、そのままステージへと身を躍らせる。
しまった、とムジカは頭を抱える。
考慮しておくべきだったのだ。
『ウタって珍しい名前だと思ってたのによ! 三人もいると混乱するからな!』
『まずお前だろ? で、エレジアにいるってプリンセス・ウタ? ってやつだろ? あと、昔の友達でウタってやつがいたんだよ!』
どうりで話がかみ合わないわけだ。
『へー、そっちのウタはおれの幼馴染なのに“歌姫”もやってたのか! 一人二役ってすげェな! どうりで少し懐かしい感じがするわけだ!!』
なんて、サニー号で話した時も言っていたっけ。
うっかりルフィの言を信じてしまったムジカだったが、考慮しておくべきだったのは、ルフィの性格だ。
彼は思い込んだら言語での説得は難しく、実際に見てもらった方が、理解が早いのだ。
そして、彼は今見たのだ。
パーカーを脱ぎ捨てたその時に、ウタの顔と、その印象的な髪を。
いくら成長したとはいえ、ルフィが“ウタ”を忘れるわけはないのだから。
- 951◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:36:25
スタン、と軽い足音を立ててルフィはステージに降り立ち、そしてバチンと伸ばした腕を元に戻す。
突然の侵入者に、ウタは何事かと眉を顰めて身構える。
そんなウタの様子すらも、どこか懐かしいのだろう。ルフィは「やっぱりそうだ!」と嬉しそうに言う。
「ウタ、お前ウタだろ!?」
え、とウタがより一層眉間の皺を深める。
それはそうだろう。だってここに来ている観客たちは皆、“プリンセス・ウタ”の歌を聴きに来ているはずなのだから。
だが、彼にとっての“ウタ”は、“世界の歌姫”ではないのだ。
「おれだよ、おれ!」
ルフィが両手を広げて顔を上げ、ウタからも良く顔が見えるようにする。
じっとその顔を見たウタが、驚いたように顎を上げて目を見開く。
「もしかして──ルフィ!?」
ああ、とルフィは頷いてから、歯を見せてしししと笑う。
「久しぶりだなァ、ウタ!!」
「ルフィー!!」
ウタは両手を広げると、目にうれし涙を浮かべながらルフィに飛びついた。
「────!!?」
再会の抱擁を交わす二人に、事情を知らない観客たちが、狼狽したようにどよめく。
- 961◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:37:14
一味の中でも特にプリンセス・ウタの大ファンであるウソップとチョッパーが悲鳴を上げている。
「ルフィの知り合いのウタと、プリンセス・ウタは別人だと聞いていたけれど、どういうこと?」
顎に指を当てて首を傾げるロビンに、ムジカはがっくりと肩を落として言う。
「完全に別人だと思ってたんだ、あいつ……。そういえば新聞でも顔出ししてなかったし、今はわたしもこんな見た目だから、ルフィが気付く要素はないと言えばないし……」
ああなるほど、とロビンが頷いた。
「何事も見て判断だものね、彼」
ロビンとムジカがそんな話をしている間に、ルフィとウタはぱっと離れて、口を開けて楽しそうに笑う。
離れた拍子に、ルフィの麦わら帽子が宙を舞う。
それを見たウタは笑うのをやめ、その麦わら帽子を目で追った。
ルフィは帽子を頭でキャッチして、しししと笑う。
おい、とボックス席から身を乗り出して、腕を振り上げてウソップが叫ぶ。
「おいルフィ!! いったいこりゃ──」
「どういうことなんだァー!!?」
ウソップの言葉を遮って、彼の後頭部に飛びついたチョッパーも叫ぶ。
あ、それは──。
ムジカはその質問を止めようと声を上げようとする。
- 971◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:40:10
ムジカの予想が正しければ、それは──
「だってこいつ──」
ルフィがボックス席を振り返りながら、当たり前のように言う。
「──シャンクスの娘だもん」
「あ」
ウタとムジカが、同時に声を上げる。
ムジカからすれば、この“並行世界”のウタの事情なんて知る由もない。しかしこうやって大規模なライブを開いている以上、ムジカと同様に、シャンクスとの縁は切れてしまっていると見ていいだろう。切れていないとすれば、きっと海軍が黙っていないだろうし、それに対抗して、“赤髪海賊団”の誰かの護衛があるはずだ。彼らはそれくらいには過保護だったから。
そのムジカの予想は当たらずとも遠からずだったようで、ウタは頭に手を当てて「あちゃ」と困った顔をしている。
会場は、全き沈黙に支配されていた。
一匹の魚が、水面を跳ねてぽちゃんと水音を立てる。
それが切欠となったように、会場が驚愕のどよめきで揺れた。
この海では、きっとシャンクスの名前を知らない者はいないだろう。
何しろ彼は、この海を統べる“四皇”の一角なのだから。
「シャンクスって──」
「“四皇”だ。極悪人だよ……」
そんな不安がるような声が、あちこちから聞こえる。
それと同時に──。
「なるほど、“赤髪”に娘がいたのか」
「それが本当なら、お前は“赤髪”最大の弱点になる!」
「悪いなァ、ウタちゃーん?」
わらわらとステージに集まってくる、人相の悪い男たち。
どうやら海賊のようである。
- 981◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:41:07
周囲を見渡しながら、ルフィが顔を顰めた。
「なんだお前ら?」
しかし、ルフィの言葉に、わざわざ悪党が応えるわけもなかった。
「本当に残念だがライブは中止だァ!」
周囲を取り囲んだ海賊たちが、ウタに襲い掛かろうとした時だった。
「“熱風拳《ヒート・デナッシ》”!!」
そんな技名と共に飛来する、爆風と衝撃。
それによる熱波で、集まっていた海賊たちは吹き飛ばさてしまう。
息を呑む音が、“麦わらの一味”の中からも上がる。
味方?
いや、それが味方でないことは、一味の皆が知っていた。もちろん、ムジカも。
身長五メートルもの身長を誇る、橙色の髪を持つ筋骨隆々の彼は、つい先日まで“麦わらの一味”と抗争していた、“四皇”の“ビッグマム”の四男。名は、オーブン。
つまり、敵だ。
強敵の出現に、今まで自然体だったルフィが構えを取る。
そんなルフィを睨みつけながら、オーブンが鏡を掲げる。
その鏡面が渦巻いたかと思うと、鏡の中から細身で鷲鼻の女が、ウィッウィッウィと笑いながら姿を現した。
- 991◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:43:45
「その子は私たちの獲物だよ!」
“ビッグマム”の八女、ブリュレである。“ミラミラの実”の力を持つ彼女は、鏡の中と外を自由に出入りすることができるのだ。
「お前は……枝!」
「えだ?」
ブリュレを見たルフィがそう声を上げ、ウタがそれに首を傾げる。
「ブリュレだよ! “ビッグマム海賊団”の!」
「おれは“ビッグマム海賊団”のオーブン! 楽しそうだな、混ぜてくれよ」
そんなオーブンの声を合図に、ブリュレの鏡から“ビッグマム海賊団”の下っ端たちがわらわらと姿を現した。
「ウタ! 悪いけどママへの手土産にさせてもらうよ!」
ブリュレのその宣言に、“麦わらの一味”が反応した。
「おいおい……ウタちゃんを狙うなんてクソどもは、おれが相手してやる!」
女性の危機には黙っていられないサンジが真っ先に飛び出した。
「素晴らしいステージを汚す不届き者を、放ってはおけませんね」
ブルックが静かな怒りを湛えた低い声で宣言し、身軽にステージへと降り立つ。
「ようやくおもしろくなってきやがった!」
抜刀したゾロも、既にステージへと飛び移り、敵へ向かって駆け出している。
- 1001◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:44:34
チョッパーがその後に続き、そのチョッパーの横を通り過ぎて、ジンベエの“魚人空手”やフランキーが敵に向かって行く。
「あなたは退がってなさい」
「プリンセス・ウタはおれたちに任せな!」
そんな彼らを見送るムジカに、ロビンとウソップが声をかける。
「あ、うん」
ムジカは小さく頷いきながら、内心歯噛みする。
(──この体が、きちんと“ウタ”のものなら、わたしだって戦えるのに……!)
小柄で華奢なこの体は、決して荒事に向いているとは言えなかった。
そして、頼みの綱であるウタウタの実の力もなかった。
この“並行世界”にきてムジカの体になって、その力がなくなってしまったのだ。
基本的に、悪魔の実の力は肉体に宿るというから、この体にはその力が宿っていないということなのだろうか。
あるいは、この世界に同じ悪魔の実は一つきり、という法則故か。
ムジカが歯噛みしている間にも、ステージでの戦闘は進んでいく。
拳と拳がぶつかる音。
刃と刃がぶつかる音。
- 1011◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:46:02
それを見ながら、しかしムジカは、ウタのことを心配してはいなかった。
何故なら、ここはウタウタの世界だから。
現実世界のウタのことはわからないが、少なくともここにいるウタが負けることはないだろう。
だってここでのウタは──。
「はーい、そこまで!!」
その戦闘をものともしないように、手を挙げてウタが言う。
「ルフィとみんな、わたしを守ってくれてありがとう! でももうケンカはもうおしまい!!」
「ケンカ!?」
体を張った戦闘を“ケンカ”と評されて、オーブンが顔を顰めた。
やはりウタは全く動じていないようで、笑顔を周囲に振りまいて言う。
「みんなファンなんだから、仲良くライブを楽しんで!」
「おれたちは欲しいものがあったら、戦ったら奪う! 海賊だからなァ!」
海賊という言葉に、一瞬だけウタの眉がピクリと動いた。
すぐにウタはいいことを思いついたと言わんばかりに、指を立てた。
「じゃ、海賊やめちゃおう! 今までしていた悪いことはみんなわたしが許してあげる! 悪い海賊なんておしまいにして、わたしと一緒に楽しいこといっぱいの世界で過ごそう?」
そして、彼女は満面の笑みを浮かべて、ステージの中央で両腕を広げた。
「わたしの歌があれば、みんなが平和で幸せになれる!!!」
- 1021◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:48:08
「えっ」
ムジカは、そのウタの言葉に声を上げてしまった。
今の台詞を“ウタ”が言ったのかと、ムジカはぽかんと口を開ける。
ムジカ《ウタ》はブルックやゴードンと外の世界でライブをして、そしてルフィたちと冒険をして、世界がそんなに簡単でないことを知っている。
少なくとも、“歌”だけでは平和は訪れない。幸せになれるかだって、わからない。
音楽に、そんな力はない。
ムジカは知っている。
音楽が持つ、今も昔も変わらない力のことを。
──心を動かす。
ただ、それだけだ。
音楽家と観客は、所詮は他人だ。だから、自分の音楽を聴いた人間が、どう心を動かすかなんてわからない。
だからこそムジカは、歌を片手に握りしめて、もっと誰もが自由に歌えるような“新時代”を迎えに行くために、海賊になったのだから。
- 1031◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:48:50
(──マイクパフォーマンスだって言われればそうなんだろうけど)
ただムジカの中にこびりつく、どうしようもない違和感。
平和とは縁遠い存在である海賊たちが、ウタの言葉に「ワハハハハ!!」と笑う。
「この世に平和なんてものはない!!」
「バカなことを言うガキは顔面を切り裂いてやろうか!」
小馬鹿にしたようにオーブンとブリュレが言い、そしてビッグマム海賊団がウタに襲い掛かろうとする。
「おっと、こいつはおれの獲物だ」
ウタの背後からサーベルを喉元へあてがったのは、最初にウタを襲おうとした海賊だった。
「ウタ!!」
ルフィが助けに入ろうとするが、ウタが「大丈夫」とルフィと止める。そのまま周囲を見渡して、明るい表情のままに言う。
「みんな、わたしの歌を楽しみに来たんじゃないの?」
「おれたちゃ海賊! 歌なんかより大事なものがあるんだよ!」
その台詞に、ウタは落胆したようにガクリと肩を落とし、「残念」と呟いてから顔を上げた。
「じゃあ、歌にしてあげる」
その宣言と同時に、ウタの胸に光が宿る。
ぎょっと目を見開いた海賊たちの前で、その光がウタの喉までせり上がり、そして華々しいまでの音楽となってウタの唇から飛び出した。
- 1041◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:50:26
「さあ怖くはない 不安はない
私の夢は みんなの願い
歌 唄えば 心晴れる♪」
ウタの中から、楽器の音が響いたと思うと、彼女の周りを音符の花びらが舞う。
いきなりのことに、周囲にいた海賊たちがたじたじと後退する。
曲名は、『私は最強』。
ウタの体を無数の音符が包み込み、彼女の服装をレオタードに変え、そして黄金の槍を盾を具足をと武装させる。
「大丈夫よ 私は最強──!!♪」
その歌い上げた歌詞にある通り、ウタウタの世界におけるウタは、正しく最強だった。
新世界まで辿り着いた一端ではない海賊たちも、“四皇”の幹部であるオーブンたちも、まるでウタには歯が立たない。
攻撃は全て音符のバリアに弾かれてウタに掠ることもなかった。
- 1051◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:51:06
「──── ────
──── ────♪」
両手を広げたウタは、指先から黒い五本の線──五線譜を出現させ、それでウタを襲ってきた海賊たちを拘束する。
全員拘束し終わったところで、ウタはくるくると回って、指先から繋がったその五線譜を上空へと放り投げた。
「──── ────♪」
曲に合わせて煌びやかな音を立てて、海賊たちを拘束するために丸まっていた五線譜が、ライブ会場の上空に広げられ、拘束された海賊たちがまるで楽譜の一部にされてしまったかのように磔にされる。
「──── ────♪」
高らかと歌う歌声に、曲はクライマックスを迎え、襲い来る海賊がいなくなったステージを、明るく楽しい演出が包み込む。
「あなたと────!!♪」」
曲を歌い終えたウタに、ルフィは「すげェ強くなったなァ!」と嬉しそうに声をかける。
そんなルフィにニコリと笑顔を向けてから、ウタは客席を向いて宣言する。
- 1061◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:51:27
- 1071◆a5YRHFrSYw23/02/05(日) 21:52:11
本日も以上になります
次回は火曜日の予定です。
20:30~21:30のどこかで開始できればと思います
お願いします - 108二次元好きの匿名さん23/02/06(月) 07:05:02
おつかれさまです
- 109二次元好きの匿名さん23/02/06(月) 14:55:54
いやぁ、妙に明るく世界を救えると断言しちゃうところといいやっぱり映画のウタは世間知らずで危ういよなぁ
再確認する気分だ
きちんと成長したウタが違和感をつのらせてるからこそ違いが際立つな - 110二次元好きの匿名さん23/02/06(月) 22:31:54
ウタウタの力ないなら今ならトットムジカ歌ってあげられるな
- 111二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 06:51:56
hosyu
- 112二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 12:58:36
あっ本当だ
- 113二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 18:38:20
このレスは削除されています
- 1141◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:40:36
6.愛しき日々
ウタが観客から声援を受ける中、“麦わらの一味”はステージを歩いてボックス席へと帰る。
一味の“戦闘員”であるゾロは、まだまだ暴れ足りないといった消化不良気味な表情を浮かべている。
「なあ、あいつは何かの能力者なのか?」
さあ、とナミが肩を竦めた。
「聞いた事ないけど。もどったらムジカに訊いてみたら?」
ゾロは一瞬口をへの字に曲げてから、すぐにその意味が分かったように頷いてから頭を掻いた。
「あァそうか、あいつも“ウタ”か。……まったく、ややこしくて仕方ねェ」
そんな真面目な会話をする船員を気にも留めず、“船長”であるルフィは水面に映るUTAのマークを「うほー!」と興味深そうに眺めに行って、ウソップに腕を掴まれ引きずられていく。
ムジカはそんなルフィを眺めて「あいつは……」と呆れ顔で頭を抱える。
──まったく、“並行世界”とはいえルフィはルフィなんだから。
ウタはそんな一味とルフィに、「あはは」と苦笑交じりの笑みを向けて手を振った。
その手を降ろすと同時に、ウタの体は一瞬だけ光に包まれて『私は最強』で作り出した衣装を元のライブ衣装に戻す。
- 1151◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:42:10
- 1161◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:42:53
それから、と彼女は真剣な顔になった。
「海賊、海軍、世界政府の人たち、みんなこのライブの邪魔をしないで。邪魔をしたら──覚悟してもらう」
恐い声色だった。
「みんな、幸せなこと楽しいことを探しているの。……わたしは“新時代”を作る女、ウタ! 歌でみんなを幸せにするの!」
そう宣言してから、ウタは息を吐いて表情を元に戻した。
「じゃ、次の曲行くよ」
そう言って、ウタは次の歌を歌い出す。
ムジカは、そんなウタを訝しむように眺めた。
何かがおかしいという、明確な理由があるわけではない。
ただ、どうにも言葉の端々が引っかかる。
そんな予感が、ムジカの中に浮かんで、そして澱みのように心の縁に残ったのだった。
────
───
──
─
- 1171◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:44:05
「おいムジカ、お前の能力を教えろ」
「へっ?」
ライブの小休止中。
不意に後ろから声をかけられたムジカは、サンジのカレーライスを頬張りながら振り返った。
ムジカは少し不機嫌そうな顔のゾロに首を傾げて、口の中にあるカレーを飲み下してから聞き直す。
「わたしの能力? なんで?」
「あんたの、って言うより、“ウタ”の能力が知りたいのよ。だって気になるでしょ、こんなに何でもできる能力なんて。あんたは使えないの?」
ゾロの代わりに、興味津々と言わんばかりにナミが尋ねてきた。
「今のわたしは使えないよ。この体、少なくとも見た目は“ウタ”じゃないし、多分まったく別人のものだと思うから」
確かにそうですね、と答えたのはブルックだった。
紅茶をすすりながら、ブルックが言う。
「この世に同じ悪魔の実は一つ、とも言いますし。仮にムジカさんとウタさんが同じ悪魔の実を食べていたとしたら、その法則に反していますしね」
そうそう、とムジカは頷いた。
「トラ男 さんの能力で入れ替え食らった時も使えなかったし。悪魔の実にもいろいろ細かいルールみたいなのがあるん
じゃないかな?」
- 1181◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:45:07
ムジカはそう言ってから、再びカレーを頬張った。
なるほど、と納得したようにナミが頷く。
ゾロも一瞬だけ頷きかけてから、元の質問には応えてもらっていないことに気が付いたようで「ちょっと待て」と苦い顔をする。
そんな様子を見たロビンが、楽しそうにくすくすと笑った。
「おい、ムジカ。最初の質問に答えてもらってねェ。結局お前──というかウタは何の能力者なんだ?」
そうだった、と言うように目を開いて、ムジカは口元を片手で押さえて慌ててカレーを飲み込んだ。
「ごめんごめん! うっかりしてたよ」
あはは、と笑ってから、ムジカは「わたしの食べた悪魔の実は──」と説明をしようとしたところで、上空からきらきらとした音が降って来た。
- 1191◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:46:00
「あん?」
「おお!」
ゾロが首を傾げ、ウソップが歓声を上げる。
音にやや遅れて飛び降りてきたのは、このライブの主役であるウタだった。
「ルフィ、みんな、楽しんでる?」
ウタの問いに、皆が迷わず頷いた。
「ああ、酒も飲み放題だしな」
ゾロが言う。
「世界各地の新鮮な食材も手に入るし、コックにとっても天国だよここは」
サンジが言う。
そんな彼らの様子に、ウタはよかった、と笑顔を見せた。
さっとウタは身を翻して、ルフィに顔を近づけて小声で尋ねた。
「ねえ、これで全員?」
「ん? ああそうだぞ?」
「そんなわけないでしょ? あんたその帽子──」
「ホントだって」
あっけらかんと言うルフィに、ウタは不満気にその顔を睨みつける。
- 1201◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 21:46:49
ウタはほんの一瞬だけ考えてから、ルフィから離れて挑発的な笑みを浮かべる。
「ねえルフィ、久しぶりに勝負しない?」
しかし、ルフィはそんなウタを相手にしない。
「今のおれに勝てるわけねェだろ」
肉を焼きながら、ルフィが言う。
相手にされず、ウタは一層ムキになったように言う。
「何言ってんの!? わたしの方が百八十三連勝中なのに!!」
そんなウタの様子に、ムジカは顔を引きつらせる。……もしかして、自分も周囲からはこう見えていたのだろうか、と。
あまりにも──そう、あまりにも子供っぽい。
しかしルフィはその挑発には我慢ならなかったようで、肉を片手に声を上げる。
「違う、おれの百八十三連勝中だ!!!」
「……認識の違いが激しすぎる」
ヒートアップする二人とは対照的に、ロビンは落ち着いた声で呟いた。
- 1211◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:03:55
「勝負って?」
ドリンクを片手に、ナミがウタの怒りの矛先を逸らすように尋ねた。
えっとね、とウタはナミの方を振り向きながら、表情を明るくして、手振りも交えて言う。
「昔ルフィといろんな対決をしたの。ナイフ投げとか腕相撲とか、かけっことか!」
よし、とウタは手を叩いてから、人差し指を立てた右手を高く掲げた。
「今日の種目はコレにしよう!」
その宣言と共に、彼女の指先から無数の音符が飛び出した。
大量のカラフルな音符たちは二手に分かれ、一方はルフィの方へ、他方はボックス席の上空へと向かう。
ボックス席の上空では、音符が縒り集まって、細長い橋のようなステージが出現する。
そして、ルフィの方へと向かった音符たちは、ルフィの体をすっぽりと包み込むと上空のステージへと運ぶ。
ウタ自身は、どこからか出した大きな八分音符に乗って、そのステージへと向かった。
ウタとルフィが降り立ったのは、ステージの端だった。
目の前には、骨付きローストチキンが五本ずつのった皿が二枚あった。
「チキンレース! 早く食べたほうの勝ち!」
ウタがルフィに向かって、ニヤリと笑う。
ルフィはそのチキンを見て、両手を擦りながら「懐かしいなァー!」と言う。
- 1221◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:04:35
「あとは……」
「大丈夫、ちゃんと用意したから!!」
ウタが指を鳴らすと、彼女たちとは反対側のステージ端に、帽子を被った牛が現れて鳴き声を上げた。
これは、犬や猛牛が後ろから迫りくる中、いかにチキンを早く食べてその場から逃げられるかという勝負だった。
二人は両手を頭の横まで上げて、用意をする。
「やるぞ!」
「よーいっ! 三、二、一!!」
パン!!
乾いた音がどこかから鳴り響き、そしてチキンレースが始まった。
「……それでムジカ、あなたたちの食べた悪魔の実は?」
勝負の行く末を見守りながら、ロビンが先ほどの話をムジカに尋ねた。
あ、えっとね、とムジカが答える。
「わたしが食べたのは、ウタウタの実だよ」
「ウタウタ? 歌が上手くなるのか?」
- 1231◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:05:18
ゾロの言葉に、ムジカは口角を下げて反駁する。
「歌唱力は十年以上頑張って鍛えたんだよ。……歌をどうこうする力じゃなくって、歌と心に関わる力」
「ヨホホ、歌と心ですか! いいですねェ!」
楽しそうにブルックが笑う。
そんなブルックの顔を、ゾロがグイと押した。
「そりゃどういうことだ? あそこで海賊どもを拘束してるのも、歌と心に関係があるのか?」
「いや、あれは知らない」
「はァ?」
ゾロが顔を顰めるが、ムジカには知らないとしか言いようがない。
この世界において、“ウタ”の存在は絶対だ。なんでもできるし、なんでも創り出せる。
なぜならここは、“ウタ”の心が作り上げた世界なのだから。
つまり海賊を拘束している五線譜は、ムジカの心の中にはなく、この世界のウタの心にのみ存在するものであるということなのだろう。
「考えるだけ無駄だよ。さっきの歌じゃないけど、ここにいる間はウタが最強だから。想像力が続く限り、何でも創り出すことができるだろうし」
「……? それはこのエレジアで、ってことか?」
「じゃなくて、今いるここは──」
そこまでムジカが言った途端、ドン、という何かが衝突したような音が頭上から響いた。
どうやらチキンレースの決着がついたらしい。
- 1241◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:08:34
「ウタの勝ちだァー!」
「勝ちだー!!」
チョッパーとウソップが楽し気に歓声を上げる中、吹き飛ばされたルフィが「ずりィぞウタァー!」と情けない声を上げてステージへと落下する。
「あー、やっぱり」
ムジカは呆れたように呟いた。
勝負の内容を見なくてもわかる。どうせ“いつもの手”に引っかかりでもしたのだろう。
ステージの縁に落ちたルフィは、勢い余って海中へと落下してしまう。
「あ、海はやべェ」
ウソップが呟く。
悪魔の実を食べた者は、須らくカナヅチになるのは定説であり、そしてルフィもその例に洩れなかった。
つまり、誰かが助け出さなければ、そのまま溺死してしまう。
ウソップが救出のためにマントを脱ごうとして、その横を小さな黒い影がすり抜けた。
「ルフィ!!」
- 1251◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:09:12
「あ、おい待てって!!」
飛び出したムジカは、ウソップの制止も聞かずに海に飛び込んだ。
──この体にウタウタの実の力が宿っていないんだから、今のわたしは泳げるはず……!!
そんな咄嗟の判断。
ムジカは着水した瞬間に、その判断が間違いだったことに気が付いた。
「ブガッ、モガブアッ!!」
(まってわたし泳ぎ方わかんないんだった!!)
物心ついた頃には既にウタウタの実を食べていた“ウタ”が、泳ぎ方を知っているわけがないのだ。
「ちょっと何やってるの?」
呆れたような声と共に、パチンと鳴らされる指音。
溺れる二人目掛けて、無数の音符が帯のように飛んでいき、そして彼らを掴むとそのままボックス席まで運んでいった。
ぶはっ、とびしょびしょになったルフィとムジカが喘ぐように空気を吸い込む。
- 1261◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:09:55
「ごめんごめん、ルフィも能力者になったんだもんね。……で、そこの人は何やってんの?」
上空の即席ステージから飛び降りたウタが、そのステージを消しながらムジカの方を見て言う。
「悪ィなウタちゃん、うちには泳げねェクセに先に体が動くバカが多いんだ」
ニッと歯を見せてサンジが言う。
その言葉に、ムジカの後に続いて飛び込もうとしていたブルックとチョッパーがぎくりと身をすくませた。
へえ、とウタが感心したように言う。
「……ルフィ、いい友達を持ったね」
少しだけ声がかすれ気味なのは、先ほどのチキンレースの影響だろうか。
ルフィがばっと起き上がり、体を揺すって水気を飛ばし、怒ったような顔で言う。
「さっきのは反則だ! もう一回!!」
「出た、負け惜しみィ!!」
ウタが顔の横で手をワキワキとしながらそう言うと、ルフィに近づいて耳打ちする。
「ねえ、わたしが勝ったんだから教えてよね。シャンクスはどこ?」
「知らね」
「だったらその帽子は何!?」
「預かってる」
不満げな顔のウタと、事実を語っただけのルフィが、一瞬睨み合う。
「ねえ、ルフィとウタってどんな知り合いなの? 昔の友達、って言ってたけど」
- 1271◆a5YRHFrSYw23/02/07(火) 22:10:40
ウタとルフィが、「ん?」と声を揃えて、声をかけて来たナミの方を振り返る。
ああこいつは、と言ったのはルフィだった。
「こいつは、シャンクスの船に乗ってフーシャ村に来てたんだ」
そう言ってから、ルフィが「ん?」と首を傾げた。
「そういや、こいつもウタって──」
ルフィが伸びているムジカを見てそう呟いてから、「まあいっか!」とナミの方へと向き直る。
「ん? ねえこいつもって……?」
ウタが首を傾げるが、ルフィはそれには応えずウタとの思い出話を始める。
「ほんでな──」
そうやってルフィが過去を語り出す。
フーシャ村で競い合ったりしたことと、彼女が“赤髪海賊団”の“音楽家”だったことを。
その話を、ムジカはゼエゼエと息を整えながら聞いていた。
- 128二次元好きの匿名さん23/02/07(火) 23:12:46
連投に引っかかったかな?
- 129二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 07:00:18
朝の保守
- 1301◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 07:05:22
普通に寝落ちしましたすみません……
- 131二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 17:31:52
続き投下待ってます
- 1321◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 20:10:39
一日遅れましたが続きです
- 1331◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 20:10:57
(……うーん、話しを聞く感じ、わたしの過去と大差なさそう……かな?)
懐かしむように目を細めるウタを見ながら、ムジカはぼんやりとそんなことを考える。
──それなら、彼女も“Tot Musica”を呼び起こしてしまったのだろうか。
そして、シャンクスに置いて行かれたのだろうか。
彼女は、どこまで知っているのだろうか?
考えたとしても、仕方ないことだ。
その過去は、他ならない彼女だけのものだから。同じ“ウタ”といえど、“並行世界”のウタの内面まで、ムジカに分かろうはずもなかった。
話をしていたルフィがふと、言葉を止めて怪訝そうな顔をした。
ウタの顔をじっと見つめてから、首を傾げる。
「そういやお前、急にいなくなったよな? 何があったんだ?」
「急に?」
サンジの上げた声にルフィは頷いて、そして眉間に皺を寄せて「えっと確かァ……」と記憶を手繰りながら、ウタがフーシャ村に戻ってこなかった日の出来事を話す。
- 1341◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 20:12:03
- 1351◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 20:13:24
ウタはそんなルフィの話を聞いて、やや俯き加減である。
ようやく体を起こしたムジカが、そんなウタの様子に首を傾げた。
──何か引っかかることがあるなら、言葉にしてしまえばいいのに。
それ以降は記憶が続かなかったのだろう。ルフィは考えるのをやめると、バーベキューコンロに向かって歩きながら、ウタの方を見て問いかける。
「なァウタ、お前なんで海賊になるのやめたんだよ? あんなに“赤髪海賊団”が好きだったじゃねェか」
「海賊よりも、歌手になりたいって思ったから!」
努めて明るい声で、ウタが言う。
「ほらわたし、たった二年の活動で世界中にファンができる程だし!」
オーバーな身振り手振りも交えて、笑顔のまま言う。
「……ねえ、なんか無理してない?」
ムジカはそんなウタの顔を見上げて尋ねる。
一瞬だけ、ウタの顔が引きつった。
「無理って?」
すぐに笑顔を取り繕って、ウタが言う。
- 1361◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 20:14:09
「……ほら、能力のこととか、シャ──」
一瞬だけ驚いたように目を開いて、ウタはガッツポーズをして口を開く。
「物知りなんだ! でも大丈夫! こう見えて鍛えてるから!!」
ムジカの言葉を遮るようにそう言ったウタは、ねえルフィ、とルフィに話しかけ、明らかに話題を逸らした。
「ルフィは今何やってんの?」
ルフィは焼き上がった骨付き肉を一口で頬張りながら、ウタの方を振り返って言った。
「決まってるだろ? 海賊だ!」
ウタの瞳が揺れる。
「──そっか、海賊、か……」
狼狽したように視線を下げたウタは、左腕を右手で掴んで体を抱え、一度だけ口を開こうとしてから、迷ったように口を閉じた。
しかしルフィは、そんなウタの様子に構わずにあっけらかんとして彼女の言葉に応える。
「ああ! 海賊王になるんだ、おれ」
麦わら帽子を直しながら、ルフィは次の骨付き肉をバーベキューコンロにかける。
この航海を始めてからの、ルフィの目標。決して揺るがない、“夢”の一路。
ウタは一瞬だけ瞳を揺らすと、意を決したように口を開いた。
「ねえルフィ、海賊やめなよ」
- 1371◆a5YRHFrSYw23/02/08(水) 20:14:28
以上です
つづきは明日お願いします - 138二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 20:26:04
おつです!
- 139二次元好きの匿名さん23/02/08(水) 23:22:56
更新乙です
ルフィを助けに飛び込むのに迷いが無いから元の世界だとチョッパー・ブルックと一緒に飛び込んでナミに怒られてそう - 140二次元好きの匿名さん23/02/09(木) 07:04:15
おつ
- 141二次元好きの匿名さん23/02/09(木) 18:12:27
ほ
- 142二次元好きの匿名さん23/02/09(木) 22:50:42
ついに逆光か
これからムジカはどうするんだろう - 143二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 07:00:09
期待
- 144二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 10:36:46
うわぁ、成長したウタがある程度理解できてるけど情報足りずに映画ウタの全ては理解出来ないからアンジャッシュシーンのお辛さが増してる…!
- 145二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 12:08:51
寝落ちの上規制にひっかかっていました…
申し訳ございません
本日19時台に投下できればと思います - 1461◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:16:15
7.Back Light
ねえルフィ、海賊やめなよ。
ウタは静かで淡々とした、あるいは気怠げともいえるような声色でそう言ってから、今度は明るい声色を作る。
「一緒にここで、楽しく暮らそう? 友達のみんなも、わたしのファンなんでしょ? 一緒にいた方が楽しいよね?」
ルフィとウタを除く、ボックス席にいた者たちは、ぎょっと目を見開いた。
いや、ルフィにも思う所があったのだろうか。
焼きかけの肉もそのままに、ルフィは黙ったままボックス席の後方の桟橋へと足を向ける。
「ちょっと! 聞いてんのルフィ!!」
怒ったように、慌てたように、ウタがルフィを呼び止める。
(──この人、何言ってるの?)
ルフィを除いて、恐らくこの場で一番驚いているムジカは、ぽかんと口を開けてしまった。
──ルフィが“ウタ”にそんなことを言われたら、ショックを受けるなんて想像に難くないでしょ?
だってそれは、ルフィが“ウタ”に音楽を辞めるように言うのと同義なのだから。
ルフィは立ち止まってかウタの方を振り返った。
「ウタ、久しぶりに会えて嬉しかった! 肉も食ったし、おれ、サニー号に戻って寝るよ!」
笑顔を作って、ルフィが言う。
- 1471◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:18:15
ルフィなりの精一杯の気遣い。
しかしウタには、その笑みの意味が解らないらしい。怒ったように声を上げる。
「はァ!?」
「お前もやりてェことやってるみたいだし、よかった! じゃな!」
そう言って、ルフィが再びウタに背を向けて歩き出そうとして──。
「──帰らせないよ」
トントンと右の踵で地面を叩きながら、低い声でウタが言う。
「ルフィもあなたたちも、ここで永遠にずっと……」
俯いていたウタが、顔を上げる。
据わった瞳が、ルフィを睨みつけていた。
「わたしと楽しく暮らすの」
不気味なほどに落ち着いた、確信を持った声。
一味の顔が引きつる。
ずっと?
永遠に?
ムジカの頭は、ウタの言葉を全く理解できなかった。
リップサービスではない。
マイクパフォーマンスでもない。
ウタは、本気だ。
──同じ“ウタ”だというのに、これほどまでに考え方に差異が生まれるものなのだろうか。
- 1481◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:19:58
「──ねえ、あんたやっぱりおかしいよ。……何を無理してるのか知らないけどさ」
立ち上がりながら言うムジカに、ウタは敵意を込めた目を向ける。
しかし、ムジカはひるまなかった。
その紫の瞳を真っ直ぐに受け止める。
「……取り繕わないで、話してみたら? 何かあったんでしょ? じゃないとあんたがそんなこと、言うはずないじゃん」
ムジカは確信を持って言う。
ウタがルフィとの“誓い”を覚えていることは、一目瞭然だったから。
「だって、その左手──」
その言葉を言う前に、ウタがふいとそっぽを向く。
ピッ
指揮を振るうように、ウタの右手の指が振られたかと思うと、いきなり現れた巨大な音符が、ムジカの体を吹き飛ばした。
「ムジカ!?」
「ウタちゃん、なにして──」
声を上げたナミとサンジに、ウタは両手を広げて、そこから現れた五線譜で二人を拘束してしまった。
吹き飛ばされたムジカとサンジ、ナミの三人は、ウタを襲った海賊たちと同じように、空中で五線譜に磔にされてしまう。
「みんなァー!!」
観客の方を振り返って、ウタが言う。
- 1491◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:21:26
「また海賊を見つけたよ!! どうしようか?」
ウタのその言葉に、動揺したように客席は一瞬静まり返る。
そして一人の小さな男の子が立ち上がった。
「U・T・A ! U・T・A !」
ユー・ティー・アー、とウタの名前を呼びながら、拳を突き上げて叫ぶ。
男の子は眉間に皺を寄せ、目尻を吊り上げていた。
怒りの表情だった。
悲しみの表情だった。
きっと、海賊に酷い目に遭わされた経験があるのだろう。
今にも泣き出しそうな程険しい表情のまま、どうして欲しい、ではなく、ただ“歌姫”の名を呼ぶ。
すると、それに呼応するように、観客たちが立ち上がり、やはり拳を突き上げてコールする。
「U・T・A ! U・T・A !」
怒号か、怨嗟か。
その激しい感情を乗せた声は折り重なり一つの声となり、会場をびりびりと震わせる。
- 1501◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:23:08
観客の総意を受け取って、ウタがにっこりと歯を見せて笑う。据わった目のせいで、邪悪にも見えかねない、好戦的な笑みを。
「オッケー! じゃあみんなのために、悪い海賊はわたしがやっつけちゃうね!」
その台詞を合図と取ったのだろう。
アニマルバンドのドラムスがキックベースを鳴らし、そしてシンバルを叩いた。
その煽り立てるような打楽器の音に、U・T・Aコールは次第に、ハンドクラップへと変わっていく。
「~ッ! いったァー……!」
鍛えていない体を攻撃されたせいで、ムジカは五線譜に磔にされたまま顔を顰めた。
「ムジカちゃん、すまねェ、おれがついていながら! 大丈夫か!?」
「あ、ごめんサンジ。……痛いけど大丈夫。それより──」
サンジに返事をしてから、ムジカは眼下で観客に手拍子を煽るウタを見遣った。
「──なに、これ?」
「ちょっと様子が尋常じゃないわね……!」
ナミが五線譜から逃れようと体を捩りながら、ムジカの言葉に応える。
- 1511◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:27:36
そう、尋常ではない。
少なくとも、観客が彼女に向ける視線は、“歌手”に向けるべきモノではない。
陶酔? 信頼? 希望? 心酔? 奇跡?
様々な期待を込めた瞳が、たった一人のちっぽけな少女に突き刺さる。
お前は英雄なのだと。
お前は救世主なのだと。
もちろん、観衆のその期待だって尋常ではない。
だが、一番おかしいのは──。
(──なんであんた、それを当たり前のように受け入れてるの!?)
その視線を背に受けて、その期待を背負って当たり前に立つウタの姿。
ムジカには、できなかったことだ。
一人の歌手であるために、その期待を『背負えない』と、『自分なんかがおこがましい』と捨ててしまったモノだ。
普通だったら、あんな重圧を背負わされてしまえば、壊れる。
あんな視線に晒されて、何も感じない方が不自然だ。
“新時代”という夢と、民衆からの期待と、そして自分の過去との板挟みになって、そしてその葛藤を乗り越えた経験のあるムジカには、その重圧がどういうものかを理解していた。
- 1521◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:29:01
故に。
何があったら、とムジカは思う。
──何があったら、それを背負うだけの力と、その覚悟を決められるの?
ウタのハンドクラップと周囲に出現したスピーカーから溢れた音は、音符を形作ったかと思うと、次の瞬間には槍と盾を構えた音符の戦士に変化する。
「おい、いくらルフィの幼馴染とはいえ、こりゃ自由にし過ぎじゃねェか」
襲い来る音符の戦士を、抜刀した刀で霧散させながら、ゾロが悪態を吐く。
その瞬間にも、音符の戦士は数を増やし、“麦わらの一味”を取り囲んでいく。
一味はその音符の戦士に任せて、黄色い音符に乗ったウタが、既に小舟に乗っていたルフィのもとへと向かう。
「あんたが海賊だって言うからいけないんだよ。わたしの友達なら、海賊は諦めて」
静かな怒りの乗った声に、困惑したようにルフィが何かを呟き、一度戦闘の構えを取り──、それをやめた。
「戦う理由がねェ」
五線譜に縛られるムジカたちの耳にも、はっきりとルフィの声が聞こえる。
それに対し、ウタは硬い顔をして宣言する。
「あんたがやらなくても、わたしはやるよ!!」
- 1531◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:31:41
- 1541◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:32:59
さしもの“五皇”の一味であろうとも、無限とも思える兵力で攻められてはたまらない。
ウタを止めなければ。
真っ先にそのことに気が付いたフランキーが、大きく息を吸って口から火の玉を放つが、しかし音符の盾に阻まれて、その攻撃はウタには届かない。
炎の向こうで踊り歌うウタの背には、いつしか紅白の翼が生えている。
反撃するように放たれた巨大な五線譜が、ルフィを除く一味をすっぽりと包み込んで、拘束してしまった。
「ウタ、お前──」
叫んで仲間のもとへと駆け寄ろうとしたルフィ目掛けて、ウタが最初に放っていた光の線が幾本か飛んでくると、そのままルフィの体を縛り上げてしまった。
おそらく、二分足らずの戦闘だったろう。
あっけなく捕まった一味は、ルフィを除いてムジカたちの五線譜の下に磔にされる。
ルフィは、歌い終わりステージに戻ったウタの隣に、光の帯に縛られて転がされていた。
- 1551◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:34:39
「お前なにやってんだ! 放せ!」
ルフィが体を伸ばしたり縮めたりしながら、顔を顰めてウタに抗議する。
そんなルフィの顔を見ずに、ウタが能面のように無表情のまま、小さく呟いた。
「ダメだよ。ルフィが“海賊王”になるのは」
当たり前のように“なる”と言ったウタは、すぐに好戦的な笑みを作って観客へ向ける。
「みんなァ!! みんなは海賊をどう思う!!?」
まるで、ルフィに海賊は何たるかを教えようとするように、ウタは観客へ問いかける。
返事は、すぐに返って来た。
「おれの故郷は海賊に焼かれた!!」
「私の夫は、海賊に殺された!!」
「わしの村は、海賊に滅ぼされた!!」
「母ちゃんを返せ!!!」
老若男女問わず、恨みつらみの籠った声が上がる。
- 1561◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:36:19
口々に別々の恨みを叫んでいた声が、次第に一つのフレーズに収束し、うねりとなって会場を駆け巡る。
「海賊いらない!! 海賊追い出せ!! 海賊いらない!! 海賊追い出せ!!」
──ここで、“殺せ”という言葉が出ないのは、観客がそこまでを“ウタ”に求めていないからだろうか。
だが、その言葉がいつ漏れ出してきてもおかしくはない。
そんな、異様な雰囲気だった。
「プリンセス・ウタ!! ルフィはそんなことしねェ!!」
暴動に発展しそうなほどの狂気と怒気を孕んだ空気に気圧され、ウソップが思わず声を上げる。
この異様な空気を“ウタ”が作り上げていることに愕然としていたムジカも、その言葉で我に返った。
ムジカも、ウタに向かって抗議の声を上げる。
「ちょっと、いい加減にしなよ!! あんた今、絶対冷静じゃないでしょ!? 第一、ルフィはあんたに何も──」
「──うるさいなァ……!!」
困惑と怒りで上げたムジカの声を、ウタが苛立たし気に遮った。
- 1571◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:37:21
パチン!
ウタの指が鳴ったかと思うと、ムジカの口を小さな五線譜が覆った。
「ムーっ!!?」
言葉を遮られて、ムジカが言葉にならないの声を上げる。
その時、ゴムの体を駆使して、ようやく拘束から抜け出したルフィが立ち上がった。
「ウターっ! おれの仲間と友達を──」
返せ、と言おうとしたルフィの頭から、冷や水が浴びせられる。
ルフィを襲う、強烈な脱力感。
海水だった。
思わず倒れ込んだルフィに、さらにもう一杯、海水がかけられた。
「ウタちゃんに近づくな、海賊が!!」
「海水で弱った能力者なんて怖くないぞ!!」
農具や海水入りのバケツを持って、比較的若い観客たちがじりじりとルフィににじり寄る。
と──。
- 1581◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:38:17
「“バリアボール”!!」
不意にルフィの傍に現れた緑の髪の男の言葉と同時に、ルフィとその男を包むように青い膜が出現した。
ガギン!!
振り下ろされた農具が、その膜にあたって火花を散らす。
(ロメ男 さん!!)
ムジカはその男の姿に見覚えがあった。
ルフィ、ひいては“麦わらの一味”の大ファンであり、“バルトクラブ”という海賊船の船長、バルトロメオだ。
ムジカのいた世界では、勝手にルフィの傘下に入っていたが、この世界でもルフィには友好的らしい。
ロメ男、とルフィから名前を呼ばれたバルトロメオは、冷や汗を垂らしながら言う。
「ルフィ先輩、ウタ様はなんかやべェべ。勝てる気がしねェべ」
「──おれは、まだ……」
勝てる気がしないと言われたルフィが、脱力した拳に力を籠める。
「……負けて、ねェ……!!」
- 1591◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:39:16
そのルフィの言葉を聞いたウタが、くるりとルフィの方を振り返った。
久々に、素の笑顔を見せて勝利宣言をする。
「出た! 負け惜しみィ!」
いつものポーズを取って、そう言った瞬間だった。
「ん?」
キィン……ドスン!!
一瞬だけ、半透明の膜がステージを包み込んだかと思うと、ルフィとバルトロメオの姿が消えていた。
代わりにその場に現れた瓦礫が、音を立ててステージに落下する。
「海賊が逃げたの!?」
「消えたぞ!?」
「どこへ行った!?」
観客たちに、動揺が広がる。
「…………ほかにも海賊が隠れていたのか」
ぼそりと呟いた声は、観客の声にかき消されてしまっていた。
そしてすぐに、パンと手を叩くと、再度八分音符の上に乗って、ウタは飛び上がる。
「よし、じゃあみんな! みんなで悪い海賊をやっつけに行こう!!」
- 1601◆a5YRHFrSYw23/02/10(金) 19:39:57
本日は以上です
明日も投稿……できると思います
IP規制に巻き込まれたりとか、寝落ちしてしまったら申し訳ありません - 161二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:39:45
乙です
- 162二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 08:58:00
映画ウタは追い詰められきって縋る民衆に縋ってるもんな
ブルックとゴードンさんに救われたウタには分からないよな - 163二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 18:50:22
口塞がれたら困るな
これも歌ったら外れるんだろうか - 1641◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:45:40
8.Live Show Time!
「ありゃトラ男の能力だな」
「トラ男君がいるなら、少なくともルフィは大丈夫そうね」
ゾロの呟きに、ロビンが応えた。
“麦わらの一味”は船長を除き、ライブ会場の中空で、五線譜に磔にされていた。
一味の頭上には、さらに“ビッグマム海賊団”はじめとする海賊たちが同様に磔にされている。
「それにしても、ウタの豹変のしよう、ちょっとおかしくなかった?」
ナミが少し心配そうに言う。
まあな、と応えたのはウソップだった。
「プリンセス・ウタは海賊嫌いってのは、ファンの間で有名だし……」
「あんたそれ知ってるなら早く言いなさいよ!!」
ウソップの言葉に、ナミが目を吊り上げて怒鳴りつける。
ばつの悪そうな顔をしながらも、ウソップはだってよ、と言う。
「普通にライブに参加して、そのまま帰るつもりだったんだぜ? まさかルフィと知り合いで、話しができるなんて思わねェだろ? そもそもルフィが別人だって思い込んでたんだし、ムジカだって向こうでは海賊だったんだしよ」
ウソップのその言葉にフランキーが、がははと笑って「違いねェ」と言う。
それにしても、と首を傾げるのはジンベエだ。
「あの娘、もとは“四皇”の船に居たのに、海賊嫌いとはどういうわけかのう?」
「そればかりは、本人に聞かにゃわかんねェだろ。人と人の話だ」
ゾロの言葉に、ジンベエが違いない、と頷いた。
- 1651◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:49:09
そしてそんな中でも、口を塞がれてんーんーと唸っていた|ムジカ《ウタ》の口元から、何の拍子か五線譜がポロリと取れた。
ぶはっ、と口で大きく息を吸いながら、ムジカはぜえぜえと肩で呼吸をする。
「おやムジカさん、大丈夫でしたか?」
「ぜえ、ぜえ……うん、なんとか……」
ブルックの声に、ムジカがかろうじて答える。
そんな彼らの傍らで、サンジがチョッパーに声をかけた。
「おいチョッパー何泣いてんだよ」
「ぐすっ、だってよ! おれ、ウタのライブ楽しみにしてたのに、こんなことになっちまって……!」
目に涙を浮かべて、チョッパーが言う。
そうだよね、とムジカはチョッパーに同情した。
こんなご時世だ。確かに海賊に恨みを持っている人は多かろう。
しかし、きっと彼らは純粋にライブを楽しむために来ていたはずだ。
ルフィが自らを海賊だと言ったのは、確かに落ち度ではあったかもしれない。そもそも、海賊は忌み嫌われることが多いのだから。
だけど。
- 1661◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:51:51
「……お金取ってやるライブで、これはちょっとプロ失格じゃない?」
苛立ち交じりのその呟きに、一味の皆が「え」と声を上げた。
興味深そうに質問をしたのは、ブルックだった。
「おやムジカさん、どうしてそう思われるのです?」
だってさ、とムジカが答えた。
「最初に海賊に襲われた時のは、わかるよ。海賊を倒すのはライブを続行するために必要だから。だけどさ、さっきの一件は違うでしょ?」
そうですね、とブルックが相槌を打つ。
ムジカはそのまま言葉を続けた。
「ルフィはウタに敵対してなかったし、むしろケンカを避けようとしてた。それをふいにしておいて、今度は海賊狩りなんてさ。観客が全員参加できるようなイベントなら百歩……、千歩譲ってわかるけど、どう見たってそうじゃないでしょ」
そう言いながら、ムジカは客席を見渡す。
海賊狩りに出向いた観客は、全員ではない。
体の弱い老人や子供たちが、まばらではあるが残っているのが見える。
同じ“ウタ”ながら、頭が痛くなる。
彼らは何をしにここに来たのだろうか。
決まっている。問うまでもない。
- 1671◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:54:40
音楽を聴きに来たのだ。
音楽を楽しみに来たのだ。
そして、それをルフィが邪魔したわけではないはずだ。
「やっぱり、なァーんかおかしいんだよね……」
ムジカが呟く。
どうにも、行動が短絡的に直情的すぎて、“ウタ”らしくない。
“並行世界”だから、と言われてしまえばそれまでなのだが──。
ヨホホ、とブルックが笑った。
「歌唱力は最高峰ですが、興行力はまだまだ成長途中ということですね!! いやァ、この先の成長が楽しみですねェ!」
ブルックの褒め上手に小さく苦笑を漏らして、ムジカは再び客席を見渡した。
残された客たちは、手持無沙汰に詰まらなそうな、あるいは海賊を追って行ったウタや観客たちを心配しているような顔をしている。
「ねえブルック」
ムジカは、この状況に我慢ならなかった。
他人のライブなら、いい。
いや、良くはないけれど、介入しようなんて思わないだろう。
しかし、これは“ウタ”のライブなのだ。
ここに“ウタ”の歌を聴きに来た観客《オーディエンス》に、そんな顔をさせ続けるわけにはいかない。
あれだけの歌唱力を持っていて、それでいてライブをないがしろにするなんて、まったく腸が煮えくり返りそうだった。
- 1681◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:55:51
「はい、何でしょう?」
と小さく首を傾げた骸骨に、黒髪の少女が提案する。
「これ、あの子のライブだけどさ、歌っちゃわない?」
暇にさせるわけにはいかないでしょ、と。
その言葉に、ブルックは一瞬だけ呆気にとられたように言葉を失うと、すぐにヨホホと笑い出した。
「ヨホホホホ!! ヨホホホホブゲホッゲホっ!!」
笑い過ぎ、とムジカは唇を尖らせる。
そんなムジカに、ゾロが口の端を歪めて苦言を呈する。
「そんな呑気なことしてる場合じゃねェだろ。なんとかこれを外さねェと」
確かに、ゾロの言うことの方が正しいだろう。
まずはこの五線譜を抜け出す手段を探すのが先決だ。
しかし──。
「ここじゃウタの力が絶対だから、多分力ずくじゃあ、“ビッグマム”だってこの拘束から抜けられないよ。……抜けるルールがあるのかはわからないけど、良かったらわたしたちが歌ってる間に考えといて」
「おい、お前の能力じゃねェのかよ。……というか『ここだとウタの力が絶対』ってのは何だ、説明しろ」
ゾロの問いを無視して、ムジカは再びブルックに声をかける。
- 1691◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:56:39
「でブルック、どう? やらない?」
「おいコラ、話を聞けテメェ!!」
「歌うのは構いませんが……、私今、演奏とかできませんよ? 手足縛られちゃってますから」
「ムジカちゃんがやりたいって言ってんだ。やらせてやれよクソマリモ」
「それはほら、そこで手持無沙汰にしてるアニマルバンドに頼んじゃおうよ。なんとかしてくれるって」
「あ? 状況分かってんのかグルグルマーク!!」
「やんのかクソ剣士!!」
いつものように喧嘩を始めるゾロたちを後目に、ムジカとブルックはセットリストを決めていく。
「ムジカさん、歌いたい曲はありますか?」
「あれは? “骨の髄から野性的《ボーン・トゥー・ビー・ワイルド》”!」
「おや、私の曲で良いんですか?」
「だってヘタにわたしの歌を歌って、ウタのセットリストと被ったらことでしょ? それにわたしブルックの歌も好きだし。ほら、“音楽にありがとう《Thank you for the Music》”とか」
「おや、そちらもご存じでしたか。ではそれもやりますか。他は──」
「この曲も──」
「いいですね。ではこんなのは──」
「さすがブルック! でも、マイクがないから──」
「ええ、そうですね。ハーモニーよりユニゾンで。きちんと音程を揃えて響かせましょう」
楽しそうに音楽の話をしている二人に、ナミが呆れたように言う。
「仲いいわね……」
「まあわたしの世界では、二年間音楽を共にした相棒だからね! そりゃ気は合うでしょ」
「ヨホホホ! 向こうの私が羨ましいですねェ!」
楽しそうな音楽家二人に、ナミは諦めたように「はいはい」と返事をする。
- 1701◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 20:58:20
さて、とムジカが咳払いをしてから、声を張って観客に語り掛ける。
「ねえみんな! 少し暇な時間が続きそうだから、少しだけ歌わせてもらっちゃうね! 間奏曲として楽しんでもらえれば──」
「誰がそんな歌なんて聞くか!!!」
ムジカの言葉に、鋭く反抗の声が飛ぶ。
その言葉を皮切りに、黙っていろだのふざけるなだのと野次が飛んできた。
予想と違う反応に、ムジカは一瞬困惑したような顔をして、すぐに原因に気が付く。
(だから、わたしは今、“ウタ”じゃないんだって!)
見た目の問題だ。
テンションが上がって忘れてしまっていたが、ムジカの今の姿は、緑がかった長い黒髪に、翠の瞳。身長も“ウタ”より低く童顔。
周囲から見たら、ただの素人だ。
世界最高の音楽を聴きに来て、いきなり間ができちゃったから素人が歌うと言われたら、それは受け入れる人の方が稀だろう。
それは、わかる。
だが、ムジカは無名だとしても、彼がいる。
「みんな、安心して!! 素人じゃないよ! ここにはトップ・オブ・ホネのミュージシャン、“魂王 《ソウルキング》”が──」
「黙れ海賊!! 海賊の歌なんか聞きたくないって言ってんの!!」
なおも拒否する民衆に、ムジカはむっとした表情で言い返した。
- 1711◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 21:00:02
「海賊海賊って言うけどさァ!! だったら、わたしの顔、手配書かどこかで見たことあるの!!?」
ムジカの言葉に、野次を飛ばしていた民衆は、ぽかんと口を開けて固まった。
「……そういえばそうね。でも“麦わらの一味”なんじゃ?」
「じゃが、“麦わらの一味”に女は二人だったと思うが……」
「知らない!」
「見たことないよ!」
(……まあ、わたしは海賊なんだけど)
涼しい顔をしながら、ムジカは内心でそんなことを思う。
だが、今それは重要ではない。
まず必要なのは、観客の意識をこちらに向けさせ、そして少しでも聞いてみようという姿勢にさせること。
一度聞いてもらえば、そのまま聴いてもらえるはずだ。
それだけの力を、ムジカだって培ってきたのだから。
もう少しだけ、とムジカは言葉を重ねる。
「それにさァ、海賊が歌おうが誰が歌おうが、音楽は音楽でしょ!! わたしは、ウタの音楽もソウルキングの音楽も大好き!!! 『ビンクスの酒』も『海導』も好き!! 文句ある!!? 身分所属で頭ごなしに否定しないで、まずは聴いてよ一曲、試してみなよ!」
曲を始める下地を作ってから、ムジカはアニマルバンドに指示を出す。
- 1721◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 21:03:15
「じゃあアニマルバンドのみんな! 基本テンポは最初の合図でとって、後はドラムで! コードはGからの循環で大丈夫! 細かい所はアドリブで合わせて!!」
いきなりの無茶振りに、アニマルバンドの面々は顔を合わせる。
だが、ムジカは容赦しなかった。
“ウタ”の楽曲をあれだけのクオリティで演奏したのだ。できないなんて言わせない。
「じゃあ、ドラムスのネコちゃん!! 四拍目からフィルインよろしく! 基本のリズムはエイトビートで!!」
指名されたネコのドラマーが、きょとんとした顔してムジカを見上げた。
ムジカはお構いなしにカウントを始める。
「はい! ワン、ツー、ワンツースリー!」
カウントが始まってしまえば、音楽を始めざるを得ない。
そして、ウタのライブの合間を縫った、ムジカとブルックのミニライブが始まった。
────
───
──
─
- 1731◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 21:04:36
中断しているライブの中で行われたミニライブは、かなりの盛況だったと言っても過言ではないだろう。
結局、計六曲の楽曲を歌いきって、最初は乗り気でなかった観客たちも、後半はかなり楽しんでくれていたのだから。
まだまだ歌う楽曲に余裕はあるが、今は小休止である。
それにしてもよ、と口を開いたのはウソップだった。
「ムジカお前、本当に“プリンセス・ウタ”だったんだな。歌い方も声も違うし、上手く言えねェけどよ」
ウソップが感心したように言う。
まあね、とムジカは小さく首を傾けて応えると、ムジカの足元で磔になっているブルックがヨホホと笑った。
「いやー、別世界の“ウタ”さんとはいえ、こうしてセッションできるとは実に素晴らしい経験でした。私、興奮で魂抜けちゃいそう!!」
「出さなくていいからね?」
ブルックに声を掛けつつ、ムジカは思う。
ライブ前にもこんなやり取りをしたような気がするが、その時とは状況がかなり変わってしまった。
おい、と難しい顔をしたままだったゾロが、ムジカに声をかけた。
- 1741◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 21:06:24
ムジカの言葉に、サンジが少し難しい顔をする。
そんなサンジに、何か調理にあたってそんなに思うことがあったのだろうか、とムジカは首を傾げる。
「大体ウタウタの実の能力についてはわかった。……じゃあ、どうすりゃこの拘束は解ける? 現実世界への帰り方でもいい」
ゾロの言葉に、ムジカは
「知らない」
と答えた。
「はァ!? お前の能力だろ!?」
ゾロが声を荒らげるが、しかし知らないものは知らないのだ、とムジカは口を尖らせた。
「さっきも言ったでしょ。ここではほとんど全てが、あのウタの思い通りなんだって」
「んん? つまりこの拘束は、あのウタがウタウタの実の力を使って新しく作り出した物だから、ムジカには仕様がわからねェってことか?」
フランキーの問いに、そういうこと、とムジカは頷いた。
「ちなみに、現実世界への帰り方も知らないよ。だってわたしは、自分で能力を解除すれば戻れたんだし。それに、短時間しか使えないはずの能力だから、わたしの世界から帰ろうとする人もいなかったし、そもそも言われなきゃ気付かないでしょ?」
「待って、短時間しか使えないって?」
疑問を投げかけたのはナミだった。
「もうこのライブ、始まってから一時間以上は経ってるわよね!?」
「だから、もうその時点でおかしいんだよね。……さっきわたしたちが歌っている間に能力が切れればいいのに、って思ってはいたんだけど……」
- 1751◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 21:06:55
ムジカは困ったように眉根を落とす。
「だってこの能力をこんな規模で使って、あれだけ大暴れしたら、多分十分ももたないよ。すぐ眠くなって、このウタウタの世界も解除されるはず。……だから絶対、何かある」
「何か、と言いますと?」
「…………それはわからないけどさ」
がっくりと肩を落として、ムジカが言う。
ゾロは苛立たし気に、小さく舌打ちをした。
「つまり、こいつは外せないわ現実世界へは戻れないわと、おれたちには成す術がねェ、ってわけか?」
「おっ、珍しく諦めが早いなクソマリモくん?」
「あ? だったら何か良い手を考え出してみろよグルグルマーク」
売り言葉に買い言葉と、ゾロとサンジが口喧嘩を始めようとする。
そこに待ったをかけるように、今まで黙っていたロビンが、静かに口を開いた。
「──これ、歌になっているんじゃない?」
- 1761◆a5YRHFrSYw23/02/11(土) 21:07:16
本日は以上です
また明日も投稿出来たらと思います… - 177二次元好きの匿名さん23/02/12(日) 08:01:03
すぐに口の五線譜外れてよかった
- 178二次元好きの匿名さん23/02/12(日) 08:34:27
やっぱりこの話のブルックいいなぁ
音符が外れたのは「んーんー」言ってる内に丁度音程が合ったのかな - 179二次元好きの匿名さん23/02/12(日) 19:32:09
保守
- 1801◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:27:07
9.英雄-Hero-
自分たちは歌にされているのではないか、という発言に、一味の皆が「歌?」と首を傾げる。
ただ、音楽家二人を除いて。
「ああ、そっか。頭を中心にして音符になってるのか」
「……確かに、五線譜に磔にするなら、それをモチーフにしている可能性は十分にあり得ますね」
そう言われて、一味の皆も思い出す。
彼女が、ビッグマム海賊団やその他の海賊団と戦う前に言っていた台詞を。
『じゃあ、歌にしてあげる』
なるほど、その台詞がそのまま正解だったわけだ。
「……どうなるかはやってみないとわからないけれど、ブルック、ムジカ、ちょっと歌ってみてくれない?」
ロビンの提案に、ムジカは頷きかけて、すぐに肩を落として首を横に振った。
「ダメ。この体勢じゃ、楽譜が上手く見えない。ブルックは?」
「こちらもダメそうです。……今の私に見えそうなのは、ナミさんのパ──」
「ところでブルック、魂は出せない?」
下ネタジョークを言おうとしたブルックに先んじて、ムジカが質問を重ねる。
ブルックは途中で言葉を切られてしまって、一瞬だけぽかんと口を開けてから、真面目な話へと戻る。
- 1811◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:28:31
「それがですね、出せないんですよ」
「なんで?」
「先ほど出そうとはしてみたんですが、どうにもうまくいかないんですよね。感覚が違うと言いますか、上手く力を使えない感覚──とでも言うのでしょうか。……おそらく、ここがウタウタの世界だというのが関係しているのだと思うのですが」
ブルックのその言葉に、ロビンは「そう、残念」と肩を落とした。
「私の視界を、ブルックかムジカと共有できればよかったのだけれど」
「あ、ハナハナの実」
「そう。でも、できないものは仕方ないわ。何か別の手を──」
ロビンは、あくまで思考を回し続ける姿を見せる。
その瞬間、一味の目の前の空中から、まだ歳の若そうな男の声が聞こえてきた。
「楽譜に目を付けるとは、さすがは“麦わらの一味”ですね」
え、と一味とムジカは声を上げて、侃々諤々になりかけていた議論を中断し、声のした方向を見遣る。
ピシ──
空に円形の切れ込みが入ったかと思うと、まるでそこがドアであるかのように、切り抜かれた空の一部が開いた。
- 1821◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:30:10
そこにいたのは、桃色の髪に花柄のバンダナを巻いたティーシャツにハーフパンツ姿の、まだ少年の面影の残る男。そして、金髪に星柄のティーシャツを着た、顎の割れた男。
そして、牛の角のような髪型をした、緑のジャージの大男。
「コビー!?」
「ヘルメッポもいるじゃねェか」
ナミとゾロが声を上げる。
どうやら一味の皆は知った顔のようだが、ムジカは彼らに見覚えはなく、小さく首を傾げた。
「馴染みの海兵だ。……一人を除いてな」
そう言ってサンジがジャージの男を睨みつけた。
ええ、と硬い顔でロビンが頷く。
「あなたたち……、どうしてブルーノと」
“麦わらの一味”の中でも、特に|CP《サイファーポール》に因縁のあるロビンが、眉を顰めた。
しかし、コビーは小さく首を横に振った。
「話しは後です。まず、これからの脱出を試しましょう。ではブルックさん──」
そう言いながら、手元の紙に書いた図を、ブルックの方へと突き出した。
そこには、今の“麦わらの一味”がどう磔にされているかが、簡単に図式化されている。
- 1831◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:35:00
「────♪」
その図式を楽譜としてブルックが歌うと、今までびくともしなかったのが嘘のように、その拘束はあっけなく解けた。
拘束が解けた者から、コビーたちのいる“ドアドアの実”によってできた亜空間へと飛び移る。
そんな一味を上から眺めていた、“ビッグマム海賊団”のオーブンが、コビーたちに向かって声を上げる。
「おい! 妹だけでも助けてやってはくれねェか?」
「お兄ちゃん……」
本来であれば、海兵である彼らが、海賊を助ける義理はないだろう。
“麦わらの一味”のように、もともと繋がりがある、というような理由でもなければ。
しかし、ヘルメッポは腕を組んで渋々といった体で条件を出す。
「この場だけでいい、海軍に協力しろ! そうでないなら、誰一人助けねェぞ」
……いや。
ムジカは思う。
海軍が海賊に協力を要請するなんて、とても切羽詰まっていると考えていいだろう。
思っているよりも、この“おかしい”事態は深刻なのかもしれない。
オーブンが歯ぎしりをする。
しかし、背に腹は代えられないのだろう。
彼はほどなくして、溜め息を吐いてからその条件を飲んだのであった。。
────
───
──
─
- 1841◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:40:04
ドアドアの実の能力で移動した先は、崩壊したエレジアの中でも、比較的損傷の少ない建物だった。
確かもともとは講堂兼集会場だった場所だったはずだ、とムジカは記憶を手繰る。
ドアドアの世界から出てすぐに、ゾロがコビーに尋ねた。
「それでコビー、お前なんでCPなんかと組んでやがる?」
「立場なんて気にしている場合ではないからです。……みなさんを助けたのも、協力してほしいことがあるから」
海軍の“立場を気にしている場合ではないこと”に対し、ムジカは嫌な予感を覚える。
言ってみろ、とゾロが促した。
コビーは頷いて、海賊一同に聞こえるように言う。
「まず、大前提の話をします。今、ぼくたちのいるこの世界は──」
「現実世界じゃねェ、って話か? それなら聞いている」
ゾロに引き続き、オーブンが自分たちも知っていると頷いた。
「ああ、ウタウタの実によるものだという話を、こいつらがしていたからな」
「そうでしたか。さすが“麦わらの一味”。なら話は早い」
コビーはそう言ってから、一つ息を整えて言う。
「みなさんに協力してもらいたいのは、ウタの計画を阻止することです」
「計画? このライブのことじゃなくって?」
コビーの言葉に、ムジカが首を傾げる。
そんなムジカの方を真剣な目で見て、違います、とコビーは言った。
- 1851◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:41:38
「彼女の立てた計画は、”新時代計画“。ウタは自分のファンを、この世界に永遠に閉じ込めるつもりでいるんで──」
「はァ!? なんのために!? バカじゃないの!!?」
ムジカは興奮気味に目を釣りあげて、意味が分からないと声を荒らげる。
そう、全くもって意味が分からない。
ファンをこの閉じた世界に閉じ込めようとする意味も。
そして、この能力を永遠に展開できると確信している理由も。
悪魔の実の能力は、そんなに都合のいいものではない。
大きな力を扱うには、大きな代償を伴うことも多い。
ウタウタの実であれば、代償は体力だ。
ひとたび使えば、大の大人が一日に活動するエネルギーのほとんどを消耗してしまうのだから──。
- 1861◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:44:59
(あ──)
一つだけ
ムジカは思い出して、その顔から血の気が引いた。
一つだけ、この能力を永遠に続ける方法があったはずだ。
しかし、それは。
そんなことは──。
選ぶはずがないと、“ウタ”であるムジカは思う。自分だったら、まずそんな選択はしない。
しかし、現にこの世界のウタの行動は、ムジカの理解を越えていた。
彼女は、ライブの冒頭になんと言っていた?
『今回のライブはエンドレス!! 永遠に続けちゃうよ!!』
『みんな、幸せなこと楽しいことを探しているの』
『わたしは“新時代”を作る女、ウタ! 歌でみんなを幸せにするの!』
──まさか、そんな。
そんなムジカの不安を肯定するように、ブルーノが口を開く。
「ライブ前に、ウタが毒キノコを食べている様子を確認している。──彼女の命は、もってあと二時間だろう。そして、彼女が死 ねば──」
ブルーノの言葉を、コビーが頷いて引き継いだ。
「ええ。彼女が死 ねば、このウタウタの世界は閉ざされてしまいます。永遠に、現実の世界には帰れなくなってしまうのです。──だから、みなさんに是非協力してほしい」
- 1871◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:46:31
そのコビーの提案に、“麦わらの一味”はすぐに、そのほか“ビッグマム海賊団”をはじめとする海賊たちは渋々といった体で頷いた。
では、と話の続きをしようとするコビーを、おい、という声が遮った。
サンジが、苦い顔をしていた。
「ブルーノ、ウタちゃんが食べてたってキノコの種類は?」
「ネズキノコだ」
その言葉を聞いたサンジが、クソ、と呟いて頭をガシガシと掻いた。
「どうしたのサンジ君?」
「いやナミさん、ライブ会場で調理をしている時に、食材に一つだけネズキノコが混ざってたんだ。まだ小さい奴だったから、偶々混入したものだと思ってすぐに捨てちまったが……」
唇を少し噛んで、サンジが続ける。
「しかし、ネズキノコを食べちまったなら、かなり厄介だな」
「既に厄介どころの騒ぎじゃねェだろ!?」
焦ったように言うウソップを、そうじゃねえ、とサンジがたしなめる。
「ネズキノコは、まず不眠を起こすキノコだ。ウタウタの能力を使っても眠らないのは、多分これのおかげだろうな。そして、食べた者は、眠れなくなって死ぬ。これが主作用。問題なのは、副作用だ」
「副作用?」
ムジカがサンジの方を振り返り訊く。
ああ、とサンジが頷いた。
「ネズキノコを食べると、人間は凶暴化し、感情のコントロールができなくなるんだ。つまり、もしウタちゃんを止めようと説得するなら、できるだけ早いタイミングの方がいい──もしかしたら、もう手遅れの可能性もある」
- 1881◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:47:50
「ええ。ですから、三手に分かれようと思います。ぼくたちは、ウタを説得できる材料を集めに行きます。他の海賊のみなさんは一旦ここで待機していてください。そして、“麦わらの一味”のみなさんには、もし説得に失敗した場合に、ここから脱出する手段を探していただきたいのですが……」
その提案に、一味は顔を見合わせる。
丁度、脱出の手段がないのではないかと、ほかならぬ“ウタ”であるムジカから聞いているのだ。
その表情をどう取ったのか、コビーも少し困ったように言う。
「雲をつかむ話なのはわかっているのですが──」
しかし、それでもやらねばならないのだと、その目は物語っていた。
それを見たムジカは、少し考えるように腕を組んでから、小さく呟いた。
「……もしかしたら、お城の地下の蔵書室に、役に立つ文献があるかもしれない」
──いや、あるとしたらそこ以外は考えられないだろう。
このエレジアで調べ物をするなら、それ以外は考えられない。あの日、全て焼け落ちてしまったのだから。
ムジカはあそこで“Tot Musica”に関する文献こそ調べたものの、ウタウタの実に関しては本腰を入れて調べてはいない。
微かな希望ではあるが──。
- 1891◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:53:12
そんなムジカの顔を見て、コビーがぎょっと目を丸くする。
「やけにエレジアについて詳しいですね? ……そういえば、手配書で見た顔でもないですし、“麦わらの一味”に新たな仲間が入ったという話も聞きません。……あなたは──?」
「わたし? わたしは“並行──」
「“ソウルキング”時代の私の音楽仲間ですよ。昔少しだけエレジアに住んでいたことがあって、今回プリンセス・ウタのライブに是非来たいとおっしゃったので、一緒の船で来たんです。ね、ムジカさん?」
そう言ってムジカの言葉を遮ったのはブルックだった。
ムジカはそんなブルックを見上げる。
──何故そんな嘘を吐くのだろう?
疑問には思うが、しかし他ならないブルックのことだ。何か意図があるのだろう。
ムジカの視線に気が付いたブルックが、小さくヨホホと笑った。
「……では、ムジカさんと“麦わらの一味”のみなさんは、その蔵書室へと向かってください。ぼくたちも、彼女を止められるように全力を尽くします」
コビーは少し釈然としないような表情を浮かべてそう言ったのだった。
- 1901◆a5YRHFrSYw23/02/12(日) 20:54:10
本日は以上です。
明後日あたりに新スレを立てますが、埋まり状況によっては明日立てます
投稿は明後日の予定です
よろしくお願いいたします - 191二次元好きの匿名さん23/02/12(日) 23:51:28
乙です!
ブルックは何を懸念したんだろう
海軍に情報渡すと根掘り葉掘りされてウタの負担が増えることかな - 192二次元好きの匿名さん23/02/13(月) 07:15:52
守
- 193二次元好きの匿名さん23/02/13(月) 15:18:05
まぁただでさえ時間が惜しいのに「並行世界で麦わらの一味になってる歌姫ウタ」なんてトンデモ話持ち出して話ややこしくするわけにはいかんからね
- 194二次元好きの匿名さん23/02/13(月) 23:41:04
一応保守
- 195二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 07:04:58
待機!!
- 1961◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:52:42
- 197二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:52:54
楽しみにしてます
- 198二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 23:48:41
こっちは埋める?