夢十夜 第一夜 ミホノブルボン

  • 1立て直しすみません21/11/12(金) 21:02:18

    こんな夢を見ました。
     腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝たウマ娘が、静かな声でもう死ぬねと云います。彼女は片目を隠すほどの長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな花貌をその中に横たえています。真白な頬の底には温かい血の色がほどよく差し、唇の色は無論のこと艶やかな赤です。とうてい死にそうには見えません。しかし彼女は静かな声で、もう死ぬのとはっきり云いました。私も確にこれは死ぬのだと思いました。そこで、そうですか、もう死ぬのですね、と上から覗き込むようにして聞いて見ました。死ぬんだよ、と云いながら、彼女はぱっちりと左の眼を開けました。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に薄紫でした。その眸の奥に、自分の姿が鮮かに浮かんでいます。
     私は透き徹るほど深く見えるこの紫眼の色沢を眺めて、これでも死ぬのだろうかと思いました。それで、ねんごろに枕の傍へ口を付けて、死ぬんじゃないでしょうね、大丈夫ですよね、とまた聞き返しました。すると彼女は紫の眼を眠そうにみはったまま、やはり静かな声で、でも、死ぬんだから、仕方ないよと云いました。私は、昔のことを思い出します。思えば彼女の眼は金にも紺にもにも様々に輝いていたもので、今の蓮池のような瞳にはどうにもならない死が感じられるようでありました。

  • 2二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:02:34

    では、私の顔が見えますかと一心に聞きますと、見えますかって、だって、そこに、写ってるでしょ?と、にこりと笑って見せました。私は黙って、顔を枕から離しました。腕組をしながら、どうしても死ぬのだろうかと思いました。
     しばらくして、彼女がまたこう云いました。
    「死んだら、埋めてね。おっきな真珠貝で穴を掘って。そうしたらお空から落ちて来るお星さまの欠片を墓標に置いて。そうしてお墓の傍に待っててね。また逢いに来るから」
    私は、いつ逢いに来るのですかと聞きました。
    「お日さまが昇るでしょ。それからお日さまが沈むでしょ。それからまた昇るでしょ、そうしてまた沈むでしょ。——赤いお日さまが東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、——ブルボンさん、待ってられる?」

  • 3二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:02:44

    私は黙って首肯きました。彼女は静かな調子を一段張り上げて、
    「百年待っててね」と思い切った声で云いました。
    「百年、私のお墓の傍に坐って待ってて。きっと逢いに来るから」
     自分はただ待っていると答えました。すると、紫の眸のなかに鮮かに見えた自分の姿が、ぼうっと崩れて来ました。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、彼女の眼がぱちりと閉じました。長い睫の間から涙が頬へ垂れます。——もう死んでいました。

  • 4二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:02:56

    私はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘りました。真珠貝は大きな滑かな縁の鋭どい貝でありました。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらしました。湿った土の匂もしました。穴はしばらくして掘れました。彼女をその中に入れました。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けました。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差しました。
     それから星の欠片の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せました。星の欠片は丸くありました。長い間大空を落ちている間に、角が取れて滑かになったのだろうかと思いました。抱き上げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなりました。

  • 5二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:03:07

    私は苔の上に坐りました。これから百年の間こうして待っているのだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石を眺めていました。そのうちに、彼女の云った通り日が東から出ました。大きな赤い日でありました。それがまた彼女の云った通り、やがて西へ落ちました。赤いまんまでのっと落ちて行きました。一つと私は勘定しました。
     しばらくするとまた唐紅の天道がのそりと上って来ました。そうして黙って沈んでしまいました。二つとまた勘定しました。

  • 6二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:03:21

    私はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分りません。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行きました。それでも百年がまだ来ません。しまいには、苔の生えた丸い石を眺めて、彼女には不安はないのだろうかと思い出した。
     すると石の下から斜に私の方へ向いて青い茎が伸びて来ました。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まりました。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、心持首を傾けていた細長い一輪の蕾が、ふっくらと花弁を開きました。真白な百合が鼻の先で骨に徹えるほど匂いました。そこへ遥の上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動きました。私は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁に接吻しました。私が百合から顔を離す拍子に思わず、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ瞬いていました。
    「百年はもう来ていたのですね」とこの時始めて気がつきました。

  • 7二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:04:19

    ウマ娘文学シリーズ好き

  • 8二次元好きの匿名さん21/11/12(金) 21:06:17

    こういうのがあるんだと教えてくれた文学カレンチャンの方に感謝です

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