【SS】待ち続けた花信風

  • 1二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:36:37

    「――すまない、君と付き合うことはできない」
    ブライトの告白に対してトレーナーが返した答えはある意味で順当で、常識的で、大人としてまっとうな答えだった。
    「そう……ですの……」
    「けして……決してブライトのことが嫌いとか好きではないとか、その気持が嫌だ、ということではないんだ。……ただ、僕はトレーナーで、ブライトは生徒だ、というのは無視するわけにはいかないんだ」
    トレーナーとウマ娘の絆は、多くのファンに喜ばれるものではある。ウマ娘とトレーナーの信頼関係は、多くのファンに歓迎されるものだ。
    だが、それは時に醜聞に転じかねないものでもある。一つ舵取りを間違えれば、メジロブライトだけではなく、メジロ家の名にも泥を塗ることにもなりかねない。現役ウマ娘と現役トレーナー――2人のその関係に、「元」がつくようになったとしても、それは変わらない。「現役の頃から付き合っていたのでは?」という憶測だけで、醜聞は成り立ってしまう。
    そのことは、ブライトも重々承知していた。
    だが、一晩経てばブライトとトレーナーの契約は解除される。解除されてしまえば、2人の関係は「元」がつく、過去の物事の山に埋もれた細い糸一本になってしまう。だからこそ、不利を勝利での挑戦だった。
    けれども、その挑戦はあまりにあっけなく終わった。
    「すまない、ブライト」
    申し訳無さそうなトレーナーの目には、隠しようがないほどに苦悶の色が浮かんでいる。
    その目に浮かぶ色は、トレーナーにとっても、その答えは不本意なものだということを物語っていた。
    「――いえ、わかりましたわ。」
    トレーナーの言葉を遮って、ブライトは首をゆるりと振った。一歩下がり、後ろで手を組んでトレーナーの顔を見上げる。
    「お気になさらず。だってわたくし――」
    苦悶の色が浮かぶトレーナーの目をじっと見ながら、ブライトは微笑む。
    「ゆっくりと待つこと、見続けることは得意ですので――」

  • 2二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:36:52

    「トレーナーさま、お久しぶりですわ」
    「久しぶり、ブライト」
    かちり、とグラスを合わせる。窓ガラスの外の夜景が、2人のグラスのなかできらきらと揺れる。窓に向けて設けられたカウンター席に並んで、それぞれのグラスを傾ける。
    ブライトが引退してから、およそ十年の時が過ぎていた。ブライトが酒精を多量に含んだ飲み物をトレーナーとともに口にしたとしても、もはや醜聞になどなりようがない。ブライトはもはや保護されるべき子供ではなく一人の女性として扱われるべき年齢であり、トレーナーとの男女関係を醜聞として扱おうにも、ふたりとも伴侶とすべき異性を抱えてはいなかった。
    「――ずいぶんと、いろんなことが変わりましたわね」
    「ああ、そうだな」
    お互いの近況とともにブライトはカクテルを、トレーナーはウイスキーを数杯ほど干したあたりでさり気なさを装ってブライトがポツリと口にした言葉に、トレーナーは窓の外を見つめながら頷いた。
    名家メジロ家の姿ももうない。
    ジロブライトが現役の頃にすでにその傾向がはっきりし始めていた「レースの高速化」はトゥインクル・シリーズにおけるメジロ家の優位性を消し去るに十分なものだった。ライアンやマックイーンの後継者たり得るウマ娘を見いだせず、他のチームとの提携によるレースの高速化への適応の失敗、そしてメジロブライトのころをピークとしてメジロ家に生まれるウマ娘が減少していったこと。――そういったレース界の事情はメジロ家にとって致命傷たりうる変化だった。今や、トゥインクル・シリーズにおいてメジロの名を冠したウマ娘は一人もいない。メジロの名のもとに天皇賞を制したウマ娘も、メジロブライトが最後の一人になってしまった。
    「ですが、ようやく種も芽吹き始めました」
    「ああ」
    レースの高速化――その果てに、前提条件となるスピードを備えた上で、スタミナの有無が明暗を分かつレースが生まれ始めていた。
    メジロの名こそ冠していないものの、メジロの理想を継承した指導者のもと育てられたウマ娘が天皇賞を制した。メジロ家から人脈や施設を継承し、オールドファンからはネオメジロと俗称されるクラブ出身のウマ娘がトゥインクル・シリーズで活躍するようになっていた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:37:09

    「――ねえ、トレーナーさま」
    杯を置く音に釣られるように、トレーナーがブライトのほうに目を向ける。
    トレーナーの目を真っ直ぐ見返しながら、ブライトはほほ笑みを浮かべた。
    「わたくし、待つことは得意と申しましたわ。それに見ていることも」
    す、とメジロブライトが伸ばした手が、トレーナーの手に重ねられる。
    メジロブライトは後方からのレースを得意とするウマ娘である。
    おっとりゆっくり、後方からレースを、同期たちの姿を見守り続ける。
    「――十年前の答え、もう一度聞かせていただけないでしょうか?」
    ――だがそれは、レースの中で何もしないということとイコールではないのだ。

  • 4二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:39:23
  • 5二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:56:48

    >>4

    作品は良かったが過去作のインパクトで余韻が全て吹っ飛んだのだが…

  • 6二次元好きの匿名さん23/02/10(金) 23:57:29

    >>5

    えぇ……

  • 7二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 00:01:08

    余韻に浸っていたところにヌルヌルローションが見えてお茶噴いた、訴訟

  • 8123/02/11(土) 01:50:01

    >>5

    >>7

    今度からヌルヌルローションは一番最後にして余韻へのダメージを減らすようにするね……

  • 9二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 01:53:36

    >>8

    タキオンも今覚えたから手遅れだよ!

  • 10二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 01:53:46

    現スレと過去作のギャップで風邪ひくんですけど!?

    それはそれとしてしんみりとした良SSでした乙!

  • 11123/02/11(土) 01:55:39

    >>10

    風邪ひいてたときのSSなんで温度差あるのは堪忍してクレメンス……


    >>9

    タキオンも落差あったのか……

  • 12二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 01:56:45

    タイトル詐欺なしっとりSSかと思ったら過去作は本当にネタ枠じゃねえか!
    それはそれとしてしっとりじっくりスナイパーブライト概念は良かったので他にも書いて♡書け(豹変

  • 13二次元好きの匿名さん23/02/11(土) 01:57:40

    本分の30レス後か1時間後くらいに過去作出せばまだ…

  • 14123/02/11(土) 11:49:06

    >>13

    そうかな……そうかも……

    あんまりレスつかないことが多いからスレ落ちるの怖くて過去作貼るタイミングがわからんね……

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