- 11◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:52:23
くまに飛ばされたブルックがエレジアに飛ばされたらIFで書かれていたSSの続き(映画編)になります
初代概念スレ様
ここだけクマがブルックを|あにまん掲示板エレジアに飛ばした世界bbs.animanch.com以下に注意書きと、これだけは読んでいただきたい話のまとめ、概要、前スレを掲示していきます
20時台に投下することが多いと思いますが、寝落ちする可能性があるのでご容赦ください
- 21◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:53:10
- 31◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:53:21
前提ネタバレ
・シャボンディで飛ばされたブルックとウタがエレジアで出会い、ウタは外の世界へ目を向けるようになる。
・ブルック、ゴードンとバンドを組んで、エレジアを拠点としながら各島にてライブツアーを行っていた。配信活動も継続。
・ブルックとウタが出会って一年後、ウタはエレジア崩壊のTDを拾い、真実を知る。心だけ逃げても“罪”は消えないと、ウタは自死をも考えるが、ブルックとの勝負によって再び生きることを決意する。
・自分の夢を見つめ直し、夢を叶えるために“海賊”になる事を決意。修行を行い、疑似的に“Tot Musica”を制御。
・シャボンディ諸島でのライブの後に“麦わらの一味”に加入。
以上 - 41◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:53:34
アナウンス
映画編です。内容はFILM REDになります。ネタバレがあるのはもちろん、かなり私の妄想、考察、嗜好が盛り込まれた内容になるかと思います。人によっては『アンチ・ヘイト』と思われる描写が入るかもしれません。気に入らなければブラバなどのご自衛をお願いします
いくらかストックはありますので、基本的に火曜、木曜、土曜、日曜に投稿予定ですが予定は未定です。最初は打ち込みでやってみますが、時間が足りなければテレグラフに移行します
感想などはご自由にどうぞ。当方SSは安価でつなげていく予定です。保守とか助かります - 51◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:53:47
いないとは思いますが念のため動画投稿等について
この作品は私が別サイトに上げた後にこちらにも打ち込む、あるいは逆のパターンをランダムで行います。別サイトにより著作権は筆者である私に帰属していますので、無断使用はお控えください。いないとは思いますが
何かあった場合、こちらでの投稿は控えさせていただきます
以上。 - 61◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 18:54:04
本日も20:30前後の投稿を予定しております
- 7二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 18:55:24
立て乙です
いつも楽しみに読んでいます - 8二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 19:57:30
立て乙
- 91◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 20:35:04
10.魔王
かつ……かつ……。
薄暗い地下道に、複数の足音が響く。
外とは打って変わって、ひんやりとした空気が、頬を撫でる。
気温は確かに下がっているのだろうが、湿気は外と変わらないようで、やけにじっとりとした不快感が肌を刺す。
鼻を突くのは、カビの匂いだろうか。あるいは、埃の匂いだろうか。
決して心地よいとは言い難いその香りに、あるいはここは現実世界なのではないかという気さえしてしまう。
ここは、ウタによって作られた、ウタウタの世界。
そして、今“麦わらの一味”とムジカ《ウタ》が歩いているのは、エレジアの城から続く地下道だった。
ランタンを持ったブルックの隣を、この城のことを良く知っているムジカが歩き、一味を目的地である蔵書室へと案内する。
かつかつと、複数の足音が、地下道を反響する。
歩きながら、ムジカはブルックへと声をかけた。 - 101◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 20:37:20
「ねえブルック、さっきはなんで止めたの?」
止めたというのは、先ほどコビーの問いに答えようとした時のことだ。
ブルックはいえね、と落ち着いた声で答える。
「私たちは、既にあなたがこの世界のウタさんとは別であることを知っていますが、彼らはそうではないので。──今は状況が状況です。少しでも時間を節約できるならと思いまして」
「ああ、そっか」
ムジカはなんとなく理解する。
今現在、この問題を起こしているのはウタであり、そしてムジカも“ウタ”である。
しかし“並行世界”の、という枕言葉が付くためにムジカは“ウタ”でありながら、ウタとは別人である。
そのことを理解してもらわなくては、話しが拗れる原因になるかもしれない。
ブルックはその辺りを危惧したのだろう。
確かに、今は一分でも一秒でも惜しい。
ムジカは、ウタが説得に応じるとは微塵も考えていなかった。
別の存在とはいえ、自分のことだ。
頑固なところがあることくらい、自分だって十分に分かっている。
だから、生半なことでは揺らがないだろう。
(────わたしも、そうだったから)
ムジカは自分が“Tot Musica”を呼び起こした元凶だと知ってから、自死を選ぼうとしたあの時のことを思い出す。
思い出に指をかけようと手を伸ばして、ムジカはふと疑問に思う。
- 111◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 20:38:20
「……あの子は、自分がエレジアを滅ぼす引き金を引いたことを知っているのかな」
ムジカの口から、小さな声がこぼれる。
かつかつと、一人の足音が鳴る。
いや、そもそも彼女が“Tot Musica”を呼んだとも限らないのだ。
状況的に考えて、その可能性が高いというだけで。
「ん?」
少しだけ考えに耽りながら歩いていたムジカが、ようやく違和感に気が付いた。
足を止めて、振り返る。
「ちょっとみんな、立ち止まってどうしたの? 時間があまりないって──」
「いやだってムジカ、それってどういうこと? ウタがこの国を滅ぼしたの?」
困惑したようにナミが言う。
あ、とムジカはしまったと声を上げた。
口に出したつもりのなかった疑問が、勝手に口をついて出てしまったようだ。
「えーっと──」
どう説明すればいいのだろう、とムジカは頬を掻いて視線を上げる。
「……とりあえず、歩きながら話しましょう。時間が惜しいのには変わらないわけだし」
ロビンの提案もあって、再び一味たちは蔵書室へ向かい長い地下道を歩き出す。
- 121◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:21:41
しばらくの間、誰が戦闘を切って口を開けばいいのかが分からないまま、ただ足音だけが響く。
ややあってから、ようやくロビンが口を開いた。
「それでムジカ、どういうことなの? この島は“赤髪”に滅ぼされたと聞いているけれど」
「……そっか。そう言えば、船でそうおしえてもらったんだったね。だけど──」
「その言い方からすると、真実は違うのかしら?」
「少なくとも、わたしの世界では」
ムジカは頷いてから語り始める。
十二年前の、エレジアの落日のことを。
島を離れる直前、もっと“ウタ”の音楽を聴きたいと開かれた音楽会。
そこに紛れ込んだ、封印されていたはずの『Tot Musica』という古の楽譜。
その楽譜は、ウタウタの実の能力者が歌うことで、制御不能の“魔王”が顕現するという代物だった。
誘われるように歌ってしまった“ウタ”によって、“|魔王《Tot Musica》”はその禍々しい姿を現した。
そこからは、あっという間だった。
ほんの十分足らずのうちに、暴れまわった“魔王”は、“赤髪海賊団”決死の抵抗も空しく、エレジアという国を滅ぼした。
音楽の国の王と、“赤髪”の娘、そして“赤髪海賊団”を除いた全ての命が、その一瞬で失われた。
「──予測ができなかった事態とはいえ、事実が広まれば、世界は“ウタ”が国を滅ぼした極悪人だって思うでしょ。だから、シャンクスは“ウタ”を庇うために、“ウタ”をエレジアの国王のもとに置いて、空っぽの宝箱を持ってあたかも『自分たちが財宝目当てに国を滅ぼした』という物語をでっち上げた」
これがあの日のエレジアの真実だよ、とムジカが言うと、それを聞いていた一味は絶句した。
- 131◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:22:37
ムジカはそんな彼らに気を遣うでもなく、「だけど」と続けた。
「ほんの一年前まで、わたしも自分が何をしたのか覚えてなかったんだ。シャンクスに置いて行かれた理由もわからなくってさ。一時期は庇ってくれてた家族を恨んだりしてたっけ」
悪いことをしたな、と言うように、ムジカはうつむき加減で言った。
「……ムジカは、どうしてそれを思い出せたの?」
「あの日に何が起こったのかを録音したTD《トーンダイアル》を拾ってね。その後いろいろあって、シャンクスたちの意図はゴードン──、わたしの育ての親から教えてもらったんだ」
「…………あなたは、平気なの?」
ロビンの声に、「ん?」とムジカが小さく首を傾げる。
「平気じゃなかったら話せてないって。……そりゃあさすがに、自分の行動が原因で国が滅んだって知った時には、それこそ死ぬ程思い悩んだけどさ。だけど──うん。ブルックとか、ゴードンとか、それから外でやったライブとそこで出会った人たちとかのおかげでさ、なんとか今日も生きてる」
「えっ、私のおかげですか? ……じゃあムジカさん、よろしければパンツ──」
「“並行世界”の、ね」
「ですよねェ……」
「ふふ」
向こうの世界とあまり変わらないブルックの調子に、ムジカは思わず笑みを浮かべる。
本当に、その“人”との縁がなければ、自分はきっと生きることを辞めていただろう。
ムジカはそう考えてから、綻んでいた口許を、きゅっと口を締める。
(──だからこそ、元の世界に帰らなくちゃ)
まずは、この世界のウタを止めて、そして、自分の世界へと帰る術を探す。
ムジカは真面目な顔をして、もう一度、今の自分の目標を見つめ直した。
- 141◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:23:57
「……しかし、ここが“並行世界”である以上、彼女の過去とあなたの過去が同じであるとは限らないのでは?」
そうだね、とムジカは頷いてから、「だけど」と続けた。
「さっき、ライブ会場でルフィとあの子が、フーシャ村での出来事を話してたでしょ? あれ、わたしの過去とそっくりそのままなんだよね」
ここからは推測なんだけど、とムジカは前置きを入れて語り出す。
「少なくとも、あの子がこの国をライブ会場に選んでいる以上、彼女もエレジアで“赤髪海賊団”と別れていると考えていいと思う。エレジアが滅びている以上は、“Tot Musica”を呼んでしまったのも、ほぼ確定事項だろうし、あの子の護衛に、“赤髪海賊団”の誰かがいる様子もない。……そう考えると、少なくともその時までは、わたしとあの子の過去は重なっていると考えていいと思う」
なるほど、と得心がいったようにブルックが頷いた。
でもよ、と声を上げたのはウソップだった。
「そこまで同じなら、プリンセス・ウタがなんでこんなことをしているのかって、ムジカならわかるんじゃねェのか?」
「……わかれば良かったんだけど。だけど、何もわからない。キノコのせいで精神状態が普通じゃないとはいっても、この計画はもともと立てていたんでしょ? わたしなら、絶対にこんな計画は立てない」
- 151◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:25:37
こんな世界に閉じ込めたところで、真の意味で“みんなが幸せになる”なんてありえないことを、ムジカはとっくの昔に知っている。
このウタウタの世界にいることを嫌がった幼馴染と、“新時代”を誓い合ったんだから。
──それに、全ての人の心を背負うには、“ウタ”の背中はあまりにも小さすぎる。
それは二年前、ブルックに出会う前から薄々感じていたこと。
「…………だから、きっと“何か”があったんだと思う」
自分の知らない、“何か”が。
彼女の思考の、価値観の歯車を狂わせる“何か”があったのだろう。
ムジカはほぼ確信していた。その“何か”によって、あのウタは歪められてしまったのだと。そうでなければ、彼女の行動に説明が付かない。
ふと何か気になったように、フランキーが頬を掻いてから首を傾げた。
「なあムジカ、そういえばさっき言ってた魔王とやらは、“Tot Musica”って言うんだろ? お前のその偽名と何か関係があるのか?」
その質問に、ムジカは翠の目をきょとんと丸くした。
「え? わたしの名前が“ウタ”だから、それにちなんで音楽関連の言葉を使っただけだよ? “Musica”ってそのまま音楽って意味だ──し?」
ふと、ムジカは足を止めた。
どん、と後ろを歩いていたチョッパーがムジカの足に激突する。
ぶつかった鼻を両手で押さえたチョッパーが、不満げに顔を上げた。
「いきなり立ち止まるなよ! ……って、どうしたんだ?」
そんなチョッパーが、ムジカの表情を見て首を傾げる。
一方のムジカは、チョッパーにぶつかられたことも気付かないまま、思案気に眉に皺を寄せ、ぼそりと呟く。
- 161◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:28:24
「…………そうか、“Tot Musica”か」
「その“Tot Musica”がどうかしたの?」
ナミの言葉に、ムジカがハッと我に返った。
ごめんごめん、と謝って再び歩き出す。
「確証が持てるわけじゃないから、きちんと調べないといけないけど……“Tot Musica”って、この世界と現実世界の双方に影響を与えられる存在なんだよね。だから、それをうまく使えば、この世界から出られるかもしれないって思って」
そのムジカの言葉に、一味の皆が驚いたように声を上げる。
「おいおい、そいつァ本当か!?」
「だから調べてみないとわかんないってば。それに、うまく使うっていっても、結局その力を使えるのはあの子なんだし、そもそもこの世界に『Tot Musica』の楽譜があるかもわからないし」
「でも、それを中心に調べる価値はありそうね」
ロビンの言葉に、ムジカと一味が頷いた。
そして長い通路を抜け、階段を降り、再び通路を歩いた先に、大きな扉が──。
「……扉か、これ?」
ゾロが腰の刀に手をかけ、忌々しそうに呟く。
確かに、扉と言われれば扉に見えなくはないが、しかしそこにあるのは一枚の石壁。
取手などは見当たらず、どこからどう見ても行き止まりである。
「扉だよ。この先に蔵書室があるんだ。いろいろと古い文献があるから、厳重に封じられているだけ」
ムジカの説明に、ゾロがにやりと笑う。
- 171◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:29:24
「つまりは、これをぶった斬れば──」
「いいわけないでしょ」
ムジカが呆れたように言う。
「ここから先は、火と大きな物音は厳禁。……だからケンカとかもしないでね」
ゾロとサンジを交互に見ながら、ムジカが言う。
あ? とゾロが不満そうに声を上げ、サンジは小さく肩を竦めた。
「もし大きな物音を出すと?」
「聞いた話なんだけど、蔵書室内にある石像が動き出して、侵入者を排除しようとするみたい」
「じゃあそいつも斬ればいいじゃねェか」
ゾロの発言に、ムジカは苦虫を嚙み潰したような顔をして「違う」と言った。
「そりゃみんなが石像程度に負けるとは思わないけどさ、ここに来た目的は調べものだから。結構大きな石像だし、ヘタをすると蔵書室ごと崩れちゃう可能性がある」
「……なるほど、そりゃいただけねェな」
ゾロはやや不満気な顔をしてそう言うが、納得はしたようで腰の刀から手を離した。
ふむ、と思案気に声を上げたのはジンベエだった。
「しかし、そうするとこの扉はどう開くんじゃ? 見たところ仕掛けがあるようにも思えんが」
「こうするんだよ」
そう言って、ムジカは一歩前に出て、石壁に手を当てる。
ひんやりとした石の感触に向かって、ムジカは唇を開く。
「ᚨᛈᚱᛁᚱᛖ」
- 181◆a5YRHFrSYw23/02/14(火) 21:29:43
本日は以上です
次回は木曜日予定です - 19二次元好きの匿名さん23/02/14(火) 23:46:59
更新乙です
麦わらの一味がウタの背景も知ったしお城の地下の調査もスムーズにいくといいな
あとあのゴツイ扉音声認証だったのか - 20二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 07:15:42
乙です
- 21二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 16:59:38
あの石像明らかに古代の超技術の産物っぽいし音声認証の扉あってもおかしくないか
- 22二次元好きの匿名さん23/02/15(水) 22:50:05
こっちのウタは二年前ブルックに会えなくて支えがファンしかいなかったからな…
そこの違いがすごく大きい - 23二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 06:57:53
保守!
- 24二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 16:39:06
ほ
- 25二次元好きの匿名さん23/02/16(木) 22:58:11
ゆっくり待ちます
- 26二次元好きの匿名さん23/02/17(金) 05:26:15
外部サイトの方には最新話投稿されてるけどどうしたんだろう
- 27二次元好きの匿名さん23/02/17(金) 07:03:18
規制されたんかね
- 28二次元好きの匿名さん23/02/17(金) 07:07:02
IP規制に巻き込まれたのかもしれない
- 29二次元好きの匿名さん23/02/17(金) 08:35:14
寝落ちしてしまい、夜間帯は規制なのです…
申し訳ありません
今晩投下できればと思います - 30二次元好きの匿名さん23/02/17(金) 09:21:19
一瞬動画化した馬鹿が出たのかと心配したけど安心しました
- 31二次元好きの匿名さん23/02/17(金) 19:54:53
保守
- 321◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:28:36
11.楔
「ᚨᛈᚱᛁᚱᛖ」
ムジカ《ウタ》がその呪文を、以前ゴードンから教えてもらった通りに唄う。
ズッ……
音を立てて、石扉が振動を始めた。
ムジカは扉から手を放して、一歩後ろへと下がった。
石と石の擦れる音とともに、微かに地面が揺れる。
「ほう」や「へえ」といった驚きの声が上がる中、石扉はゆっくりと開き切った。
ズズン……。
最後の揺れで我に返ったように、今までぽかんと口を開けていたフランキーが、はっとして声を上げた。
「なァムジカ、これいったいどういう仕組みだ!?」
技術者としての性なのだろう。興味津々といった体で、目を輝かせて言う。
しかしムジカは肩を竦めるしかない。
「知らない。なんか古い技術の、オンセンニンジョー? とかいうらしいけど」
ムジカはこの手の技術や機械に関して、興味深いと思うことこそあれ、わざわざ調べようとなることはない。
スーパー残念だ、と肩を落とすフランキーも引き連れて、一行は蔵書室の中へと足を踏み入れた。
天井が高いからだろう。今までの地下通路とは違い、靴の反響音が小さくなる。
蔵書室に、目だった灯りはない。
ブルックの持つランタンが、周囲をほんのりと照らしている。
- 331◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:30:34
「……それにしても、思ってたより広いな。蔵書室ってより、もはや図書館じゃねェか」
サンジが少しだけ感心したように言う。
そのままいつもの癖で、煙草を口に咥え──。
「はいはいサンジ君、火気厳禁ね」
ナミが呆れたように言って、その口許から煙草をひったくる。
悪ィ、と謝るサンジに、ゾロが悪い笑みを浮かべた。
「気を付けろよエロコック」
「お前にだけは言われたくねェよクソ剣士」
小声ながらも、いつものようにケンカを始めようとする二人を見て、焦った顔をしてウソップが間に入った。
「おいゾロ、サンジ! ケンカも厳禁だって言われたろ!?」
「オメーが一番、声がでけェ」
ゾロのその指摘に、ウソップは慌てて両手で口を覆う。
そんな一味の様子に、ムジカは思わず「あはは」と笑い声をあげてしまう。
「おい、ムジカ──!」
「大丈夫。この程度の音なら問題ないよ。──それで、あっちの区画に、“Tot Musica”に関する文献は多かったと思う。肝心の“Tot Musica”が封印されていたのは天井ね」
そう言いながら、ムジカは天井を指差す。
- 341◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:32:07
見上げてみれば、やはり天井に描かれた“Tot Musica”の壁画の中心が、ぽっかりと口を開けていた。かすかに見える暗闇が、既に封印された楽譜はそこにはないことを、雄弁に物語っていた。
そしてムジカは、“Tot Musica”に関する文献が多い区画へと、一味を案内しようと歩き出す。
本棚の隙間を抜けて──
キュイイ……
部屋の奥の方から、耳障りな音が聞こえてきた。
何の音だろう、とムジカは首を傾げてそちらに目を向ける。
確か、この蔵書室でそんな音が鳴るようなモノは──。
「え──?」
「ムジカさん!!」
ムジカが目を見開くのと、ブルックがそんなムジカの名を呼びながらその体を抱えて、物陰に隠れるのは同時だった。
- 351◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:33:01
まさに、間一髪。
この場に似つかわしくない機械音を立てて、楽器に手足と頭を生やしたような姿の石像が動き出していた。
その目から放たれた光線が、ムジカが一瞬前まで立っていた石の床を溶かす。
ムジカは、目を丸くしてその床を見つめていた。
(──何が起こったの!?)
石像が動いたことに、気が付かなかったわけではない。
何故、この石像が動いたのか。
その理由が、全くわからないのだ。
「“三刀流”──」
「“悪魔風脚”──」
そんな異変に対し、真っ先に動いたのはゾロとサンジだった。
地面を蹴り、動き出した石像へと肉薄する。
「──“極・虎狩り”!!」
「──“揚げ物盛り合わせ”!!」
鉄を膾のように斬り裂く斬撃と、熱した鉄よりも熱い炎の足技が、動き出した石像の内三体を沈黙させる。
倒れかかって来たその石像たちを、フランキーとジンベエが殴り飛ばした。
「おいムジカ!! こりゃいったいどういうことだ!!?」
- 361◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:34:47
聞いていた話と違うぞ、とゾロが抗議の声を上げる。
しかしムジカからしても、この事態は予想外なのだ。
「わかんないよ!! 前にこの蔵書室に来た時には、あれくらいの声じゃウンともスンとも言わなかったし!!」
そうやって言い返す以外、今のムジカにはできなかった。
思案気にロビンが呟く。
「……“並行世界”だから? あるいは、ここがウタウタの世界だからかも──?」
そうやって原因に意識を割いているうちに、崩れ落ちた石像の後方から、さらに多くの石像が姿を現している。
ナミが“|魔法の天候棒《ソーサリー・クリマタクト》”を取り出してロビンとムジカに声をかける。
「ロビンとムジカは文献を!」
「でも──」
「時間がない! 早く!!」
焦ったようなナミの声。
それはそうだろう。あれだけの質量の石像が、大量に暴れ始めたら、この建物がいつまでもつかわからないのだから。
ムジカは蔵書室の奥の方へと足を向けながら、ロビンに声をかけた。
「ロビン! とりあえずめぼしい本を集めて来るから、天井の壁画、解読してもらっていい!?」
「壁画?」
「たぶん、文字になってる! 古すぎてなんて書いてあるかわからないけど!!」
「文字──、確かに。でも、暗くてよく見えないわね……。ウソップ!」
- 371◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:36:01
「よし来た!! 任せとけ!!」
名前を呼ばれた“狙撃手”は、いつの間にか二階に避難しており、そしてロビンに向かってサムズアップして応える。
「“必殺・ローリング火薬星”!!!」
ウソップが転がりながらパチンコから放った弾丸は、天井に当たるとその場でパチパチと音を立てて燃え始めた。
火気厳禁──。
それはついさっきまでの話。
石像が動き出してしまった今、優先しなければならないのは、迅速な情報収集だ。
赤々と照らされたその壁画を眺めるロビンの瞳が、細かく忙しなく動く。
「……“Tot Musica”の──、名の、元に……」
ロビンが、そこに書かれた古い文字を解読していく。
ムジカはそんな彼女らを背に、奥の本棚へと走る。
“並行世界”と同じであれば、“Tot Musica”関連の文献は、その区画に多くあったはずだ。
ムジカの予想通り、その区画の本棚には、見覚えのある背表紙が並んでいた。
エレジアで起きた事件について。
悪魔の実について。
エレジア史について。
“Tot Musica”の封印について。
エレジア王家について。
そんな様々な内容の本が、所狭しとずらりと並べられている。
さすがに、この状況で全ての本に目を通す時間はないし、全ての本を持ち出す手立てもない。
ムジカは見覚えのある背表紙のうち、あの時自分の世界のブルックが読んでいた書籍のみをピックアップして、床に積み上げていく──。
- 381◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:37:10
「ムジカ!!」
ナミに名前を呼ばれると同時に、ムジカは自分に向かって落ちて来た影に気が付いた。
ぱっと顔を上げると、石像がムジカを見下ろしていた。
そして、石像の腹の中心辺りから、ミサイルが発射される。
しまった、とムジカが思ってももう遅い。
逃げるにも迎撃するにも、現在のムジカの体では──。
「“|柔力強化《カンフーポイント》”!!」
「チョッパー!」
ムジカと石像の間に飛び込んできたチョッパーが、掛け声とともにミサイルを弾き飛ばした。
しかし、弾き飛ばされたとて、ミサイルはミサイルだ。
壁や本棚、柱に当たった弾頭が爆発し、その衝撃にムジカは思わず尻餅をついてしまった。
目の前に積み上げた本も、爆風に音を立てて散り散りになってしまう。
「悪いムジカ!! 大丈夫か!!?」
チョッパーの心配したような声に、ムジカはすぐに立ち上がりながら答えた。
「なんとか大丈夫! 助かったよありがとう!」
「無事なら良かった! 立てるか? 立てるなら早く逃げろ! よくわからないけど、こいつらムジカを狙ってるみたいなんだ!!」
「わ、わかった!」
- 391◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:39:01
ムジカは石像を見上げながら、たじたじと後ずさりする。
(──なんで、わたしが狙われてる?)
どうにもその理由だけが解せないが、しかし今はそれを考えている余裕はない。
石像の瞳が動き、ムジカに向けられる。
「ムジカ、こっち!!」
何もないはずの空間から声が聞こえたかと思うと、何かがムジカの細腕を掴んだ。
「ナミ!!」
“蜃気楼=テンポ”。
ナミの持つ“魔法の天候棒”により繰り出された熱と冷気によって蜃気楼を起こし、姿を隠す技である。
腕を掴まれたムジカの姿が、ゆらりと揺れたかと思うと、消えた。
石像たちが、目標を見失ったようにその無機質な目をぎょろぎょろと動かす。
「“一刀流・馬鬼”!!」
「“悪魔風脚・首肉ストライク”!!」
「“魂のパラード・アイスバーン”!!」
ゾロ、サンジ、ブルックが石像を攻撃する脇を通り抜け、ナミとムジカはロビンの待つ出口の方へと向かう。
しかし、あまりにも石像の数が多い。
この蔵書室が崩れるのも、時間の問題のように思える。
- 401◆a5YRHFrSYw23/02/17(金) 20:42:16
「“魚人空手・鮫肌掌底”!!」
そして、ジンベエが“魚人空手”を使い、フランキーを勢いよく突き飛ばす。
フランキーは回転しながら、腕でビームを打つ構えを取る。
「“ラディカルビーム大回転”!!!」
彼の腕から、ビームが迸る。
そのまばゆい光は石像の頭を薙ぎ払い、残っていた石像のほぼすべてを蹴散らした。
──崩落の危険の増大とともに。
「おいバカ野郎!!」
「スーパーすまねェ!!」
「天井が崩れて来たぞ!?」
「このままだと生き埋めになってしまいます! あ、私生き埋め似合いそう!」
蔵書室が、明らかにまずい揺れ方をしていた。
天井の石壁が崩れ、地面に落ちて音を立てる。
「みんな! こっち!!」
ナミが大鏡の前に立って、大声を張り上げる。
「ブリュレ!!」
鏡に語り掛けるナミ。
そして、ムジカは──。
- 41二次元好きの匿名さん23/02/18(土) 07:09:39
ムジカが同じウタだから色々知ってて話が早くてテンポは良いのに、ウタと違う道を歩んだから理解出来ないとかイレギュラー要素だったりが入って先がワクワクするな
- 421◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 08:50:04
(──こんなはずじゃなかったのに!!)
顔を歪めて歯噛みしていた。
石像が勝手に動き出すなんて思わなかったし、そのせいで収穫は、ロビンが解読した天井の壁画だけ──。
「あっ!!」
ムジカが声を上げて、ナミの手を振りほどいた。
「ちょっと!!」
後ろからそんな声が聞こえるが、ムジカはそれに構わず駆けだした。
視界の端に映った本。
──この本は、よく知っている。
本棚に手を伸ばして、その厚みのない本を手に取った。
煤けたその本は、どうやら絵本らしい。
表紙は煤け変色し、どのような題名の、どのような絵の物語なのか、一見するとわからない。
ムジカは、その本を掴んで振り返り──。
すぐ頭上で、天井が崩落を始めた。
ムジカ、と一味から悲鳴が上がる。
咄嗟にムジカも地面を蹴るが、“ウタ”の体ではないこの華奢な体では、それを避け切ることが──。
「危ないですよお嬢さん」
ムジカにとって聞きなれた、優しい声と共に、固く節くれだった手がムジカの腰を抱え、その窮地を救った。
「ブルック!!」
抱きかかえられたムジカが、その“骨”の名前を呼ぶ。
ブルックは低い声でヨホホと応え、その身軽さで落ちて来る瓦礫を避けていく──。
- 431◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 08:50:30
「危ない!!」
上からではなく、横から飛来する石片。
それに気が付いたブルックが、咄嗟に剣を構え──。
ドゴン!!
派手な音を立てて、その石片は粉々に砕かれた。
サンジの足技である。
「おいクソ剣士!! むやみやたらと斬り飛ばすんじゃねェ!!」
サンジの怒号に、ゾロは刀を仕舞ながら涼しい顔をして肩を竦めた。
「いいじゃねェか、誰も怪我してねェんだから」
「おれが間に合ったおかげでな!!」
「あのー、お二人さん、ケンカは後にして逃げません?」
遠慮がちに、しかし呆れたように、ケンカを始める二人にブルックが苦言を呈す。
あん? と言ったゾロの背後で、最後の石像が音を立てて崩れ落ちた。
いいから、と叫んだのはナミだった。
「ブリュレがミロワールドを開いてくれたわ! 鏡の中に逃げるわよ!!」
ナミの号令に反駁するように、蔵書室が一層大きく揺れる。
この建物が崩れたのは、それから一分と経たないうちであった。
- 441◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 08:51:07
メチャクチャ寝落ちしていました
今回はここまでです
今晩こそしっかり投稿出来たらいいな…… - 45二次元好きの匿名さん23/02/18(土) 12:29:54
ブルックかっこいいな
- 461◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:35:22
12.ふたり
かつてのエレジア王国の、講堂兼集会場だった、古ぼけた廃墟。
トラファルガー・ローやバルトロメオと共に行動していたルフィは、そこでそわそわと落ち着かない様子で待っていた。
彼ら三人は、既にコビーたちと接触していた。
そこで、ルフィたちは既に今起こっている事態について、コビーから説明を受けていた。
ネズキノコを食べたウタの命が、尽きるまでの時間についても。
だからこそ、ルフィは落ち着いてはいられないのだ。
──それでも、この場にとどまっていられるのは、他ならないコビーがウタを説得しに行っているから。そして、一味の仲間が、この世界から出る方法を探しに行っているから。
ぴたり、と今まで細かく揺すっていたルフィの膝が止まった。
それから一瞬と経たず、ルフィたちの目の前でドアの開くような音が鳴り、空間に円形の亀裂がはしる。
その空間をドアのように開いて、コビーが胴回りより少し狭いそのドアを、体を捩じって無理に出て来た。
それに続いて、少量の虹色の水と共に、牛を擬人化したマスコットのような人間が飛び出してくる。
そのマスコットのような人間が、地面に降り立つと同時に、空間に出現したドアが消滅した。
「なんとか逃げられたが……」
高い声が、そのマスコットの喉から聞こえる。
ぽかんとそのマスコットを眺めていたバルトロメオが、はっと我に返ったように叫んだ。
「おめェ誰だべ!!?」
「ブルーノ!!」
- 471◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:35:59
少し苛立ったようにそのマスコット──ブルーノは声を荒らげるが、しかしその声はどこか可愛らしいものになってしまっている。
「……その様子、どうやら説得は失敗──」
ローがコビーたちにそう声をかけた時だった。
廃墟に立てかけてあった鏡が、渦巻いた。
おっ、と声を上げて、ルフィが笑顔でそちらの方を振り返る。
そして、その鏡から現れたのは、“麦わらの一味”と|ムジカ《ウタ》だった。
後に続いて、苦い顔をしたオーブンと、そして困り顔のブリュレも鏡の中から現れた。
「くそっ、またここに戻ってくるハメになるとは……」
オーブンが忌々し気に言う。“ビッグマム”の息子である彼としたら、海軍に与するならまだしも、因縁の“麦わらの一味”に与するのは避けたかったのだろう。
それをわかっていながらも、ナミから「私たちを助けなければこの世界から出られない」と半ば脅されて、彼女らを助けざるを得なかったブリュレは、涙目で「ごめんねおにいちゃん……」としおらしく謝っている。
そんな“ビッグマム海賊団”の二人を後目に、チョッパーがルフィに駆け寄った。
「ルフィー!!」
「サニー!!」
そんなチョッパーと同時に、ルフィの陰から飛び出したのは、ライオン──だろうか? 丸顔に鬣を持った、二足歩行のマスコットだった。
いきなり飛び出してきたそのマスコットに、チョッパーは止まり切れずに、思い切り正面衝突をした。
- 481◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:43:06
伸びたチョッパーとそのマスコットを見下ろして、ゾロが眉に皺を寄せ首を傾げる。
「なんだこいつ?」
「もしかして、サニー号なんじゃ……」
ムジカの言葉に、ルフィが歯を見せて笑う。
「さすがよくわかったな! サニー号だ!」
その言葉に、これが!? と一味は驚きを隠せないが、しかし“偉大なる航路”の海を越えて来た彼らは、その驚きを引きずるようなことはしない。
「どんな改造をしたらこうなるんだァ!?」
「かわいー!」
と各々の感想を述べてからすぐにコビーたちに向き直る。
彼がここにいて、そしてこの世界が続いているということは、と状況を把握して、一味は顔を曇らせる。
「やっぱり、説得はダメだったんだ」
ムジカの言葉に、コビーはうつむき加減に頷いた。
結んだ唇には、悔しさの色が滲んでいる。
「彼女の精神状態は、既に限界に近いのかもしれません。──終始イライラしている様子で、取り付く島もないと言いますか……」
コビーが小さく息を吐いて首を振る。
- 491◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:44:54
「ぼくからの説得もまったく意味はないみたいでして、『死ぬ? 大切なのは体じゃなくて心でしょ?』と聞く耳を持たず……。最終的に、彼女の『この世界で幸せに暮らす』ということに賛否が起こりまして、それに怒った彼女は、海水面を上げてステージを水没させて、観客全てをオモチャやぬいぐるみに変えてしまいました」
「おれもそれに巻き込まれて、こんな姿に──」
コビーの言葉に、ブルーノが続く。
それを聞いたムジカの顔が青ざめた。
同時に湧き上がる、怒りと困惑。
もう一人の、という枕詞が付くとはいえ、“ウタ”がこの状況を引き起こしていることに対しての、怒り。キノコの影響はあるかもしれないが、観客に手をあげるのは駄目だろう。
そして、ムジカも“ウタ”であるからこそ思う、彼女に何があったのか、という困惑。
しかし今は誰も、顔色の悪いムジカに構っている余裕はない。
説得がダメだったのであれば──。
「ロビンさん、ウタウタの実の情報は、何か得られましたか?」
コビーの問いに、ロビンがええ、と頷いた。
「昔の記録によると、ウタウタの世界に取り込まれた人間が、自力で蛇出することはできない、絶対に。だけど、彼女が『Tot Musica』を歌った場合に限って、現実世界に帰れるかもしれない」
- 501◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:45:35
ムジカの言った通りね、とロビンがムジカにウインクする。
「『Tot Musica』ですか?」
コビーの質問に、ロビンが頷いた。
「ええ。なんでも“魔王”を封じ込めた楽譜みたい。人の負の感情の集合体、というような記述もあったわ」
「魔王!? それは兵器か何かなんですか?」
「兵器って言うよりは、災害に近い“何か”だよ。……強いて言うなら、やっぱり“魔王”がしっくりくるんだと思う」
コビーの疑問に、ムジカが答える。
あれは兵器と呼ぶには指向性を与えられず、しかし災害と呼ぶには明確な意思を持っている。
見て、とムジカは言って、蔵書室から唯一持ってくることのできた絵本をコビーに渡す。
コビーはそれを受け取って、表紙を開いた。
内容を知っているムジカと、そういう本には興味を抱けないルフィを除いた皆が、コビーの肩越しにその絵本を覗き込んだ。
そこに書いてあったのは、御伽噺だった。
音楽の国に生まれた二人の少女と、近隣で起こった戦争のお話。
戦争の後に生まれた、魔王のお話。
そして、魔王と少女のお話。
「これは……」
「童話だから、信用性は薄いけどね。……だけどほら、火のない所に煙は立たないって言うでしょ?」
肝心なのは、その“魔王”の来歴ではない。
一国をも滅ぼしてしまう力を有しているとされること。
しかし、きちんと倒せる存在であると明記されていること。
だがよ、とフランキーがロビンに尋ねる。
- 511◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:46:26
「もしウタが『Tot Musica』を歌ったら、どうなるんだ? この“魔王”が出てきて、それを倒せばいいのか?」
「そう簡単なら良かったんだけど」
ロビンは眉を顰めてそう言った。
「どうやら、その歌を唄うことで出現する“魔王”は、このウタウタの世界と同時に、現実の世界にも現れる。それを二つの世界から同時に攻撃することで、ウタウタの世界を消し去ることができる」
ああそうか、とムジカは一人納得する。
原理としては、ムジカの開発したウタウタの実の能力と同じだろう。
仮想世界の自分を現実世界の自分に重ね合わせて、現実世界への自分を操る。
その重なっている存在を壊すことによって、世界を一つ──現実世界に統合してしまうというわけだ。
「でも、現実世界のウタ様を、誰が攻撃するんだべ?」
バルトロメオが困ったように首を傾げた。
なにしろ、戦力になりそうな者たちは、皆この世界に集まってしまっているのだから。
ヘルメッポが、その割れた顎に手をやって空を仰ぐ。
「なんとか現実世界で、大将や|CP《サイファーポール》が攻撃をしてくれりゃ──」
「無理ですよ」
ヘルメッポの言葉を、コビーが遮った。
「一般市民がいる以上、恐らく海軍はウタに手を出せません。せっかくの情報ですが……」
コビーが溜め息を吐く。
- 521◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:47:18
ねえ、とムジカが心配するように、顔を顰めて言う。
「そもそも、攻撃しないとならないのは“Tot Musica”であって、あの子じゃないからね? それに、あの子が“Tot Musica”を使うのかどうか、っていう問題もあるから──」
「そりゃそうだけどよ……」
ウソップが頭を掻きながら、困ったように言う。
今まで座って、皆の話を聞いていたルフィが、勢いよく立ち上がって、そのままムジカに詰め寄った。
「なあムジカ。どうしたらウタを止められる? ──“お前なら”、何か思いつくんじゃねェか?」
真剣な声。
真剣な眼差し。
ムジカは、その翡翠の瞳で真っ直ぐにその視線を受けてから、しかし力なく視線を逸らした。
きっとルフィは、この世界からの脱出とか、そういうのはどうでもいいのだろう。
ウタさえ無事であれば、後でどうとでもできるから。
そしておそらく、“ウタ”がもともとはこんなことをする人ではないことを、ムジカを除いて一番良くわかっているから。
だが、ムジカには、ウタを止める手立てが思い浮かばない。
説得ができれば苦労はしないだろう。
だが、この世界の彼女に何があったのかも知らずに声をかけるのは、ヘタをすれば逆効果だ。
ムジカは、ウタからしてみれば、赤の他人だ。見た目からも何からも、ムジカをウタと結び付けられるものは何もないのだから。
そんな赤の他人から、知ったような口を利かれて、ウタがそれに靡くわけもない。
ムジカがブルックの言葉に、行動に助けられたのは、彼との関係性があったからだ。
だから、きっと説得ができるとしたら、ルフィだけなのだろう。
しかし、その説得の材料が、何もないのだ。
- 531◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:48:03
「現実世界に、ウタを止められる男がいる──」
森の方から、低く落ち着いた声が聞こえて来た。
ムジカにとっては、あまりにも聞きなれた声。
「おっさん!」
「ゴードン!」
森の藪から出てきたのは、小さくなったベポが引く車椅子に座った、厳つい顔の男、ゴードンだった。
同時に声を上げたルフィとムジカが、顔を見合せる。
「なんだ、お前おっさんと知り合い──ってそうか。お前の世界でもおっさんの世話になってたのか」
「そうだよ。……というか、ルフィはいつの間にゴードンと──」
「いや、誰だよそのおっさん」
ウソップの疑問に答えたのは、バルトロメオだった。
「ウタ様の育ての親、ゴードンさんだべ」
え、とゴードンを知らない者たちが声を上げる。
だが、内心驚いているのはムジカも同じだった。
(……てっきり、この世界ではゴードンに何かあったんじゃないかって思っていたけど)
ムジカは、ウタに何かあったのだとしたら、その可能性が一番高いと思っていたのだ。
この世界のウタと、ムジカの思想が違うのは、例えばエレジア崩壊の時に生き残ったのがゴードン以外の人だったとか。
そうすれば、あの歌唱力の差にも説明が付く。
(──もちろん、ゴードンの指導が悪かったというわけではないけど)
しかし、ゴードンがウタを育てたということは、とムジカは考える。
- 541◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:48:33
──あのウタは、自分とほとんど変わらない過去を持っているのではないか?
余計に、解せない。
なら、何故彼女はこんなことをしているのだろう?
コビーが、ゴードンの言葉に質問を投げた。
「それは、誰ですか?」
「シャンクスだ」
その言葉にルフィがゴードンの許へ駆け寄って、聴く。
「なあおっさん、やっぱりウタとシャンクスに何かあったのか?」
一瞬口を開こうとしたゴードンは、すぐに下を向いて口をつぐんでしまった。
言っていいのか、逡巡しているのだろう。
ムジカも、口を開かなかった。
何故なら、この世界のウタについて知るチャンスかもしれないから。
だが、ルフィは待ってはいられなかった。
眉間に深い皺を寄せると、ルフィは地面を蹴って森の中へと飛び込んだ。
向かった方角は、エレジアのライブ会場のある方向だ。
「あーっ!! ルフィ先輩、ヤバいべ!! ウタ様の所へいったんだべ!? まだ勝てないってのに!!」
バルトロメオが焦ったように叫ぶ。
それに対して、呆れたように返したのはウソップだった。
- 551◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:48:54
「止めたって無駄だ、うちの船長は!」
それに続いて、サンジが煙草に火を点けて言う。
「どのみち時間がねェんだ。迷っているより、さっさと行ってケリ付けちまった方がいい」
「ですが、どうやって?」
コビーの質問に、ゾロがにやりと口をゆがめる。
「なに、あいつがその“魔王”を出すかもわからねェ、外に“赤髪”が来るかもわからねェんなら、とりあえず攻めるしかねェだろ。攻めてりゃ、いずれ勝機は訪れる」
迷っているよりは有意義だ、とゾロが言う。
それを聞いたバルトロメオが、感心したように飛び上がって言う。
「さすが“麦わらの一味”だべ!! ビビってたおれが情けねェ!!」
かくして、“麦わらの一味”も、“ビッグマム海賊団”も、そしてそれ以外の海賊たちも、足早にライブ会場へと駆けて行く。
ブルーノを始めとする、体の小さい者組は、彼のドアドアの実の力で、直接現地へ向かうようだ。
残されたのは、ゴードンと、そしてムジカのみだった。
- 561◆a5YRHFrSYw23/02/18(土) 19:49:18
本日投稿分は以上です
明日も投稿出来たらと思います
お願いします - 57二次元好きの匿名さん23/02/18(土) 22:11:29
やっぱりここでウタとムジカの摺り合せするのかな?
- 58二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 09:04:06
保守
- 59二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 09:28:14
ゴードンさん間違いなく善人なんだけど、ここまで色々と切羽詰まった状況になっても言わないのはやっぱちょっとな……言ってたとしても事態がいい方向に転がったかは微妙なんだけど
ブルック翔んできた影響大きかったのウタもだけどゴードンさんもかなりだよね?
なんか本編の方でウタがブルックと一緒に食料庫に打撃与えるレベルでパンケーキ作ってゴードンさんに叱られたみたいなエピソードあったけど、映画やこっちの世界だとそういうの無さそうだし - 60二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 15:48:14
終盤に入っていくけどここからムジカがどう影響していくか・・・
- 611◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:15:36
13.Yesterday
「君は……行かないのか?」
ウタの計画を止めるために手を組んだ、海軍と海賊の集団に置いて行かれたゴードンは、同じく残されたムジカにそう声をかけた。
ムジカは鼻から溜め息を吐いてから、答えた。
「あいつらとは違って、今のわたしは森を駆け抜ける体力がないからね。……それに、ゴードンを置いていけないでしょ」
車いすなんて何したの? とムジカが小さく首を傾げて尋ねる。
その問いに、ゴードンは自嘲するような薄ら笑いを浮かべて、顔をうつむけた。
「……なに、自業自得だ。さっき転んでしまって、腰を打ってしまったんだ」
その言い訳に、ムジカは呆れたように首を振った。
ゴードンは、嘘を吐くときやはぐらかそうとするときに、目線を下へと逃がす癖がある。
“ゴードン”を、もう一人の父親だと言える程度には知っているムジカには、そんなごまかしがきくはずもなかった。
「…………まあ、あんたがそう言うなら、それでいいけどさ」
だから、ムジカは敢えて何も聞かなかった。
ゴードンが何かを言いたがらないことなんて、今に始まったことじゃない。
それにきっと、別に何も言いたくないわけではないのだろう。ただ、本気で“自分が悪い”と思っているだけで。そして、その説明をしても、きっとわかってはもらえないと諦めているだけで。
- 621◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:19:02
ゴードンなりの優しさであり、弱さであり、業だ。
「で、わたしはみんなからは遅れるだろうけど、あの子の計画を止めに行くつもり。ゴードンはどうするの?」
「……止めに行くさ。このままではあの子が、あまりにも──不憫だ」
かすれた震え声が、彼の口から洩れる。
これも、きっと本心。
──あの日。ブルックが、わたしがこの世から消えるのを止めてくれたあの日。
ゴードンと十余年抱えたものを、心を裸にしてぶつけ合ったムジカだから、わかる。
まったくこの人は、とムジカは苦笑を漏らして、その車いすの後ろに回った。
(自分だってつらかったくせにさ)
そんなことを、おくびにも出さないんだから。
ムジカが車いすを押す。
すまない、ありがとう、と呟くようにゴードンが言う。
ふん、と鼻で笑ったムジカが、当たり前でしょ、と答える。
「せっかく着くまでに時間がかかるんだからさ、教えてよ。あの子のことを」
「……え?」
「ウタの人生をさ。……なんであの子が、こうなってしまったのかを」
ムジカの言葉に、ゴードンは言葉を失ったように薄く口を開き、木の葉に覆われた空を見上げた。
- 631◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:21:32
沈黙に、ムジカの足音と、車いすの車輪がきしむ音だけが、やけに大きく聞こえた。
……もう少し、押さなければ駄目だろうか。
彼女のことを知らずとも、彼女と戦うことはできるだろう。
だが、止めることはできるのだろうか?
たとえ現実世界に戻ったとして、その後は?
どう転ぶかはわからない。
だからこそ、ムジカは今、知れることは知っておきたかった。
それが突破口になるかもしれないから。
ムジカが重ねて口を開こうとして──
「……君、名前は?」
いつの間にか視線を下に落としていたゴードンが、先に尋ねてきた。
「ムジカだよ」
「そうか、ムジカ君か。……良い、名前だ」
ぽつりと呟いてから、ゴードンは肩を震わせて肺の息を吐き切った。
「あの子の話をしよう。……もっとも、私が知っているのは、このエレジアに来てからの彼女のことだけなのだが」
- 641◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:22:56
そしてゴードンは語りだす。
“赤髪海賊団”とともにやって来た、天使の歌声を持つ女の子の物語を。
是非この国に残ってほしいと声をかけ、しかし彼女は家族といることを選んだということを。
そして最後に開かれた音楽会で紛れ込んでいた、楽譜の話を。
現れた“Tot Musica”と、それと戦った“赤髪海賊団”の話を。
救われなかった国民の話を。
エレジアへ置いて行かれた、少女の話を。
そして、少女を置いて行った、海賊の話を。
ムジカは時々相槌を打ちながらも、黙ってそれを聞いていた。
そこまでの話は、知っている。
ムジカの辿ってきた軌跡と、寸分と違っていなかったから。
だから──。
「それで、その後──、この十二年で何があったの?」
話がひと段落して、一度口を噤んでしまったゴードンに、ムジカが促すように声をかける。
ゴードンは、その問いに小さく笑った。
唇の端だけを歪めた、今にも泣きだしそうな、眉間にしわの酔った笑みだった。
「……私は、あの子に何もしてやれなかった。──音楽を教えこそしたが……、外へ出る機会を作れなかった。彼女はずっと、悲しい目をしたままだった」
- 651◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:25:21
とつとつと、感情を失ったような声で、ゴードンが続ける。
「──私が身勝手な恐怖に苛まれ、手をこまねいているうちに、ウタは拾ったんだ。外の世界へと歌声を届けられる、特殊な電伝虫を」
そこから、彼女の世界が一気に開いたとゴードンは語る。
配信によって、彼女の歌声が瞬く間に世界中へと広がり、同時に彼女の瞳も光を取り戻したと。
そしてやがて、彼女はこの世界の負の側面を知ることになる。
大海賊時代。
海賊に虐げられた者たちの声を聞くうちに作り上げられる、“海賊嫌い”の称号。
そして戴く“救世主”の冠。
それを語るゴードンは、苦悶の表情を浮かべていた。
ゴードンが、そして“赤髪海賊団”が彼女に望んだのは、世界一の歌手になること。決して、民から求められた“救世主”の姿ではない。
- 661◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:26:11
「……ねえ、ちょっと待ってよ。他に──他に、何かあったんでしょ?」
困惑したように、ムジカは言う。
変わらないのだ。
今ゴードンが語った、エレジアでのウタの歴史と、ムジカの歩いてきた人生の軌跡が。
何もかもが、同じだ。
たった一つ、出会った人間の違いを除けば。
「……何か、と言うと?」
困ったように、ゴードンが言う。
ほら、とムジカが声を大きくした。
「誰かこの島にやって来たとかさ! 電伝虫を拾った以外に、何かあるでしょ!? あの子が変わるきっかけになるような何かが!」
「す、すまないが、わからない。……少なくとも、この島には、補給船以外の誰かが来たことはなかったはずだ。それに、彼女が明らかに変わったのは、電伝虫を拾ってからで──」
まさか。
ゴードンの言葉を聞いているうちに、ムジカはようやくその可能性に思い至った。
- 671◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:27:51
「……ねえゴードン、そういえばあの子は、“Tot Musica”がエレジアを滅ぼしたことを、知っているの?」
震える声で、尋ねる。
そのムジカの言葉に、車椅子が軋む。
驚いて、身動ぎしたらしい。息を呑む音が聞こえる。
それはそうだろう。
何故なら、それは本来、“赤髪海賊団”の人間か、ゴードンしか知らないことなのだから。
やがて、ゴードンは静かに首を横に振った。
「知らないはずだ。あの時の記録なんて残ってはいないし──、私も、ウタに話したことはない」
「────そっ、か」
ムジカは、ほぼ確信に近い感情を以って、そして唇をかんだ。
ゴードンが真相を言っていようがいまいが、関係ないのだ。おそらく、多分、きっと、この世界にも、あの日の記録を残した何かが落ちているだろうことは、想像に難くない。
なんで、気が付かなかったのだろう。
この世界のウタは、何かがあった“ウタ”ではない。
- 681◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:29:20
「何も、なかったんだ……」
ゴードンにも聞こえないような小さな声で、ムジカが呟く。
誰にも、出会えなかったのだろう。
ムジカはブルックと出会って救われた。一度、足を踏み外しそうになったけれど、彼が手を差し伸べてくれたから、再び“夢”へと向かって歩くことができている。
……ではもし、支えてくれる他人がいない“ウタ”が『あの時の記録を残した何か』によって、エレジア崩壊の真実を知ってしまったら?
ムジカは、きっと耐えられないと思った。
自分は独りじゃ耐えられなかったから、この世界のウタも耐えられないだろうと思ったのだ。
絶対にその時、ウタを支えた存在がいるはずだと。
しかし、それがいなかった。
誰も、彼女を支えてはくれなかった。
ムジカは黙って車いすの背中を見つめながら、思考を回す。
(…………もし、わたしがあの時、そんな状況だったとしたら──)
耐えられるかではなく、どうしたら立ち直れるかを考えると、自然とパズルのピースははまっていった。
「──“救世主”」
耐えるために必要なのは、きっと役割だったのだろう
- 691◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:30:20
特に、自分を見つけてくれて、そして自分に“歌姫”という役割をくれた彼らの求めるそれは、ウタが耐えるための強い味方になったはずだ。
自分を“救世主”という糸で雁字搦めに縛り付け、無理やりにでも立ち上がる。
命を懸けて、こんな短絡的で感情的な計画を実行したのにも、ムジカはようやく得心がいった。
(……すでに、壊れてたんだ)
あの日、自死を選ぼうとしたムジカと同じように。
きっとその行動の違いは、誰かと出会って、成長できたかどうか。
それなら、とムジカは思う。
(それなら、知っている)
今、ウタが何を考えているのか。
心の奥底に、何を抱えているのか。
きっとウタ自身も気づいていない、彼女の心の奥底に沈んだ、小さな感情の種のことを、ムジカだけが知っている。
「……止めなくちゃ」
決意したように、呟く。
「誰かがそばにいてあげなくちゃ」
- 701◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:31:26
十年間、“ウタ”のそばにゴードンがいてくれたように。
二年間、ムジカのそばにブルックがいてくれたように。
十二年間、“ウタ”の心にルフィがいてくれたように。
エレジアの真実を知り、独りで暗闇の奈落へと落ちてしまった彼女のそばに、心に、誰かがいてあげないと。
(──まったく、とんだお節介だよね)
ムジカは苦笑する。
自分だったら、拒絶する。
少なくとも、ムジカみたいなヤツが隣に来るようだったら、能力に訴えてでも拒絶する。
ウタからしたら、ムジカは全くの他人だ。その他人が、自分の心の奥底を見透かして、誰にも知られたくない秘密を暴くのだ。
ムジカでなくとも、そんな人が隣にいるのは嫌だろう。
そこまで考えて、ふとムジカは思い出す。
『もう一人の自分と巡り会ってしまうと、どちらかが死ぬとか不幸になるとか……』
ブルックの言葉は、もしかしたらそういうことなのかもしれない。
- 711◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:32:29
同じ“ウタ”であっても、世界が違えば通ってきた道が違う。どこまで似通っていたとしても、まったく同じ道を、同じタイミングで、同じ歩幅で通るなんてできるはずもない。
そんな中で、自分にできて相手にできないことは腹立たしく思うだろう。
相手にできて、自分にはできないことは妬ましく思うだろう。
同じ自分なのに、と。
それと同時に、やはり同じ“ウタ”なのだから、相手の隠したいことを察してしまうわけだ。
なるほど、そう考えると、“もう一人の自分”と出会うことは、お互いにとっていい影響をもたらさないのだろう。
だが──。
(──それでも、止めに行かない理由にはならない)
同じ“ウタ”だから──ではない。
自分とほとんど同じ過去を持った、他人だから。
いうなれば、双子のような存在だからこそ、彼女を止めなくてはならない。
彼女のことを、同じ“ウタ”であれど自分とは別の存在だと受け入れてしまえば、嫉妬も妬みも、怒りも苛立ちも、だいぶマシになる。
そう、ムジカが許せるはずがないのだ。
歌うことが大好きな女の子が自由に歌えないで苦しんでいる姿を、見て見ぬふりをすることを。
なぜならムジカがつかみ取りたい“新時代”は、誰もが自由に音楽と触れ合えるような、そんなくだらないほどに平和な時代なのだから。
- 721◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:33:28
「……君にとって、ウタはどんな存在なんだ?」
ムジカの真剣な声色や呟きから、ただのファンや友達の友達という距離間ではないと思ったのだろう。
ゴードンがそんな質問を投げかけてくる。
少しだけ迷ってから、ムジカが言った。
「妹みたいなヤツ、かな」
その答えに、車いすが震える。
どうやらまた、ゴードンが驚いて身を揺すったらしい。
「君は、ウタと会ったことがあるのか?」
一瞬だけ考えて、ムジカは「ないよ」と答えた。
ウタに出会ったのは、このライブが始まってから。それまでは、ムジカにとってウタは自分だったのだから、それを会うとは言わないだろう。
「…………??」
怪訝そうなゴードンの唸り声に、ムジカは小さく笑った。
「ま、ルフィってわたしにとって、友達でライバルで、仲間で同志で幼馴染でだからさ。その友達のあの子も、似たように可愛がってる、ってことで」
適当にそれらしい言い訳を付ける。
別に彼女の力になりたいことが嘘でないのであれば、これくらいの小さな嘘は許されるだろう。
- 731◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:34:32
ムジカは「だから」と続けた。
「なんとか、毒が回り切っちゃう前に、あの子を説得しないとね」
「そう……だな」
ゴードンは一度最初に頷いて言葉を切り、そして決意を固めたように再度頷いた。
車いすを押しながら、ムジカは頷き返す。
その時、遠くから音が聞こえてきた。
歌が聞こえてきた。
音楽が、聞こえてきた。
ゴードンの喉が、ひきつったような音を立てる。
ムジカも、驚いたように目を見開いた。
まさか、使うとは思っていなかった。
だってこの世界においては、それを使わない方がウタの優位が保てるのだから。
「ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ── ─────!!!」
歌というよりは、もはや絶叫。
“ウタ”の記憶にある中で、最高の楽曲であり、忌むべき記憶の音楽だ。
ゴードンにとって、自らの罪の象徴の音楽だ。
そして、ムジカはエレジアの落日以来、一度も歌ったことのない音楽だ。
その曲の名は、『Tot Musica』。
- 741◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:34:53
「駄目だ、ウタ……!!」
ゴードンが、食いしばった歯から、苦しそうに声を漏らす。
急ごう、と声をかけようとして口を開いたムジカの喉が、
「えっ、えっ!?」
と情けない声を上げた。
一瞬体を包み込んだ、音符の群れ。
次の瞬間には、ムジカの着ていたライブ用の衣装が、まったくの別物に変わっていた。
袖がフリル状に広がったワイシャツに、黒を基調としたコート。足のラインが分かりやすい黒のパンツに、黒の革靴。
普段はあまり着ないような、格式ある音楽会で身に纏うような、そんな出で立ち。
やけに似合うその格好に、ムジカは目を丸くする。
そして、服装を強制的に変えられる以外に何かあるかと身構えるが、しかし何も起こりそうになかった。
ああ、急がなくては。
あの子が誰かを傷つける前に。
あの子が、自分を傷つける前に。
- 751◆a5YRHFrSYw23/02/19(日) 21:35:41
本日はここまでです。
次回は火曜日更新予定です。
ここから妄想度と独自解釈度が上がりますのでお願いします。 - 76二次元好きの匿名さん23/02/19(日) 23:05:34
更新乙です
何かあったウタかと思ったら何もなかったウタだった
コスチュームチェンジしたムジカは尾田先生の描いたAdoみたいな恰好か - 77二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 08:00:53
もう一人の自分に会ったら不幸になるって話の不幸になる理由が私的には納得だった
幸せになってほしいな - 78二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 19:04:06
保守
- 79二次元好きの匿名さん23/02/20(月) 19:04:15
ほ
- 80二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 02:56:25
保守
- 81二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 12:22:56
ほ
- 821◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:30:22
14.確かなこと
ウタウタの世界は、エレジアがライブ会場──。
おもちゃになった観客の沈む虹色の海の上の戦闘は、一度終わりを告げていた。
決着がついたわけではない。
『Tot Musica』を歌ったウタにより召喚された“魔王”は、現実世界と同時に攻撃されなければ傷一つ負わないという性質によって、“麦わらの一味”もほかの海賊たちも、そして海軍の誰も、彼女に勝つことはできなかった。
“魔王”の頭に立つウタに、誰も傷を負わすことはできない。
ただ、戦闘が進み、楽曲が進み、二楽章が終わったところでのインターバル。
いっそ気だるげに見えるほど不愉快な顔をしたウタが、海賊たちを見下ろしていた。
そんなウタに必死になって、ルフィが声をかける。
「おい、ウタ!! 今なら聞こえるだろ!!!」
シャンクスのこと。
今、彼女がやっていること。
かつて約束したこと。
自分たちが、何を求めていたか。
何を目指していたのか。
それらを武器に、何とかウタを説得しようとするルフィだが、しかし、ウタは全く聞く耳を持たない。
ルフィの言葉を一つ一つ、丁寧につぶすように、ウタは赤い音符を拳のように変化させて、ルフィのことを殴る、殴る、殴る。
- 831◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:31:29
聞く耳を持たないというよりも、聞きたくないかのように。
執拗に、執拗に殴る。
「おい麦わら屋! 何をしてる、反撃しろ!!」
トラファルガー・ローが、ルフィに向かって怒号を飛ばす。
しかしルフィは、この期に及んで、反撃の構えを見せなかった。
それどころか、防御すらしない。
それはそうだろう。
ルフィはウタを倒したいわけじゃない。
ウタに止まってほしいのだ。
ウタを助けたいのだ。
だからこそ、戦闘で行う行為の一切をしない。
ただ、言葉を投げようと口を開く。
話を聞け、と。
今なら聞こえるだろ、と。
シャンクスたちが現実で来ている今ならまだ止まれるはずだ、と。
しかしウタは、そのことごとくを振り払って、絶対零度の冷たい声に煮えたぎる溶岩の如き怒りを滲ませて吐き捨てる。
- 841◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:32:42
- 851◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:33:10
- 861◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:37:35
まったく、ここがウタウタの世界だからといって無茶をする!
ゴードンに遅れて虹の海へとやって来たわたしは、内心で歯噛みした。
きっとそれは表情に出て、わたしは今、とても酷い顔をしているに違いない。
まず、ゴードン。
『Tot Musica』をあの子が歌いだしたからといって、車いすから降りて走り出すなんて。腰を痛めてなくたって、もともと走れるような体じゃないでしょうに。あんたの腰が悪いことなんて、こっちはもうずっと知っているのに。
きっと、彼をつき動かすのは愛情と罪悪感。
知ってる。
わたしが“ゴードン”と何年暮らしていたと思ってるの?
だからといって、それで無茶をしていいとはならないだろう。
ルフィを──そしてあの子を庇うために、槍の前にその身をさらすなんて。
それにルフィ。
わたしがゴードンを追いかけて、この虹の海の上に辿り着いてから、攻撃も防御もしないで一方的に殴られる。
ルフィからしたら、様子のおかしい幼馴染に手を上げるなんて、絶対にできないだろう。
わたしだってそうだ。
もし仮に、ルフィが今のあの子のようなことをしたとして、ルフィを殴れる自信なんてない。
ただのケンカならまだしも、これはそういうものじゃない。
もしそうなったら、攻撃を避けるなんてことも、できないかもしれない。
でも、せめて槍は防ぎなよ。
防御しないならせめて、避けるとかさァ。
極めつけは──。
- 871◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:39:14
わたしは、この場で一番無茶をしている人物を睨みつける。
片目を隠す前髪がないおかげで、彼女の顔がよく見える。
「────! ───…………───!!」
ゴードンが、エレジア崩壊の真実について、あの子に訴えかける。
もうやめようと。
シャンクスが悪かったわけじゃないんだ、と。
恨みつらみを向けるなら、騙していた自分だけを、と。
ああでもね、ゴードン。
きっともう、その言葉は遅すぎた。
その言葉をかけるなら、もっと前──、例えば、あの子がエレジアの真実を知って時間がたたないうちにかけるべきだった。あるいは、エレジアの真実を知るずっと前に。
エレジア崩壊の真実を知ってまず芽生えるのは、罪の意識。
そして、“赤髪海賊団”が何故自分を置いて行ったのかという疑念。
その疑念はすぐに、確信へと変わるのだ。
……ああ、わたしは捨てられてしまったんだな。わたしが──化け物だから。
と。
それによって、あの晩、『シャンクスたちと離れたくない。エレジアには残らない』と言ったにもかかわらずに置いて行かれた“わたし”の心の傷が、深く、深く、押し広げられる。
- 881◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:40:57
完治することのなかった心の傷だ。
膿んだ心の傷は、奈落のように黒く暗い孔となり、“わたし”を絶望へと誘うのだ。
──それでも、あの子が折れずにいたのは、きっと“何もなかった”から。
何もない空っぽの“ウタ”だったからこそ、本来であれば受け止めきれない“救世主”という役割を、そのぽっかりと開いた心の孔に受け入れてしまったのだ。
“救世主”にすがっていたのは、本当は民衆なんかではなく──。
そう。
だから。
あの子はきっともう、シャンクスのこととか、エレジアの真実とかでは、もう止まれないのだ。
あの子の心は、あの子の“夢”は、もうとっくにあの子のものではなくなってしまっているのだから。
わたしは、居ても立っても居られなかった。
息を大きく吸い込み、叫ぶ。
「”ウタ”ァァあああ!!!!」
多分初めて、わたしはあの子の名前を呼んだ。
びりびりと空気を震わせるわたしの声に、ぎょっとしたように、あの子がこちらを向く。
その顔目掛けて、わたしは駆け出していた。
- 891◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:43:10
「ムジカさん!?」
「ムジカ!!」
ブルックとナミの、焦ったような声が背中から聞こえる。
きっとそれは、今のわたしが戦えないことを知っているから。
だけどその言葉で、わたしは足を止めたりなんかしない。
絶対に、立ち止まらない。
だって、これは戦いじゃないから。
わたしはあの子を、止めに来たのだ。
「いい加減にしなよ!! こんなの、絶対間違ってる!!!」
だけどルフィと違って、わたしは“ウタ”には甘くはないんだ。
自分《ムジカ》にも、わたし《ウタ》にも。
だから、言いたいことは全部言ってやる。
あの子を止めるために必要なことはわかっている。
かつて、ブルックがわたしにしてくれたことだから。
──ねえウタ、あんたは────。
- 901◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:43:54
- 911◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:44:47
「………………るさいっ」
だけど、それだけじゃない。
恐怖もあるだろう。
怒りもあるだろう。
恨みもあるだろう。
もっとたくさんの感情が、きっと彼女の中で渦巻いているはずだ。
そのどろどろと濁った、暗い感情の渦が向かう矛先も、わたしは知っている。
心が圧し折れてもなお、どこへとその感情が向かうのかを、わたしはよく知っている。
だから、言うのだ。
何度でも。
その感情のゆくえは、そこではないのだと。
あんたは間違っている、と。
「もう──ッ、止ま──」
奇しくも、わたしもさっきのルフィと同じような状況になっていた。
避けることができず、ただ殴られる。
ルフィと違うのは、避けたくても避けられないということ。
今のこのわたしの体は、鍛えた“ウタ”の体ではないのだ。
どうすれば躱せるかはイメージできるが、肝心の体が付いて行かないなら意味がない。
だけど──。
- 921◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:46:03
「─────るさいっ!」
肋骨が折れたのではないかというほどの衝撃がある。
内臓を押しつぶされるような衝撃がある。
だけど。
「ねえ──タ──」
痛くはなかった。
痛くなんて、なかった。
(──こうやって人を殴ったところで)
知っている。
“ウタ”が一番嫌いな物を知っている。
孤独。
自分の心を、自分の夢をも歪めてしまいかねない、その孤独。
独りぼっちは、もう──。
(──こうやって、人を拒絶したところで)
ああ、彼女はわかっているのだろうか?
人を拒絶することが、また独りに逆戻りするということを。
あれだけ大好きだった音楽を、誰にも聞いてもらえなくなるということを。
……何をバカな。
そんなこと、彼女に訊くまでもなくわかる。
きっとわたしが“ウタ”じゃなくたって、わかる。
あの顔を見れば、誰だって。
だから、痛くなんてなかった。
あばらが折れるほどの力で殴られても。
口の中が切れるほどの勢いで殴られても。
痛みなんて、欠片も感じなかった。
- 931◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:47:45
「──一番苦しいのはあんたでしょ!!!」
一瞬の隙をついて、わたしは叫ぶ。
一番つらいのは。
一番寂しいのは。
一番痛いのは。
他ならないあんたでしょう、と。
きっとそれは、彼女が一番よくわかっている。
それでも止まれないのは、きっと、もうどうしていいのかわからないから。
わたしにも、身に覚えがある。
『どうしたいのか』の答えが『わからない』時、人はつい極端な行動に走ってしまうことがある。特に、切羽詰まって追い詰められてしまった、今のような状況では。
一年前に、自分の身をもってそれを経験している。
不意に思い出した過去の記憶に苛まれ、行き先を失った末に、ウタが縋ったのは、
『この記録が誰かの手に渡り、これ以上の犠牲を出さないための措置を講ずることを願う』
という音貝《トーンダイアル》に残された声。
それによって、一時は自ら命を絶とうとまでしたのだ。
程度やシチュエーションこそ違えど、やっていることは変わらない。
命を賭して、世界のために。
大層な理由をこじつけて、自らの生に意味を見出すように、煌びやかなものに縋る。
例えば、悪魔を斃した“英雄”に。
例えば、世界を救う“救世主”に。
- 941◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:49:03
その行動が、選択が、世界にとって良いのか悪いのかなんて、未だにわたしにだってわからない。それを知るには、わたしはまだ、あまりにも無知で、そして未熟すぎる。
ただ、それでも──。
わたしの言葉に一瞬だけ、音符の拳が止まる。
狼狽したあの子に向かって、わたしは駆け出した。
「ウタ、あんた本当はどうしたいんだよ!!!」
それでも。
わたしは生きて、海賊になってまでも“新時代”を迎えに旅に出たことを、後悔なんてしてはいない。
だって、本当にわたしがやりたいことだったから。
あいつと約束をしてからずっと、心の中に燻っていた“夢”だったから。
だから、断言できる。
あの子が本当にしたいことは、これじゃないと。
それだけはきっと、確かなことだ。
「───るさいッ!!! うるさいうるさいうるさいッッ!!!!」
耳を塞ぐように頭を抱え、ウタが叫ぶ。
ひと際大きな音符の拳が、思い切り振り降ろされる。
身を捩じってそれを避けると、足元の虹の海に拳が当たって、湿った音を立てた。
そのままわたしは、あの子のそばへと──。
- 951◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:52:10
- 961◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:53:00
- 971◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:53:53
「違うよ」
わたしの喉から、思っていたよりも低い声が出て、自分でも面食らった。
ああ、でも、それでいい。
ウタの狼狽した顔を見て、わたしは自分の役割を再確認する。
“救世主”という殻の奥底に仕舞われたそれを、白日の下に曝すこと。
ウタが、自分の目でそれを確認できるように、心を庇う“救世主”の殻をぶち壊すこと。
そのためにわたしは、彼女の心に言葉の手を伸ばす。
「こんなのが“新時代”だっていうの? これがあんたのしたかったこと?」
「うるさい!!! わたしは世界中の人たちを幸せにする!!! わたしの歌声と、ウタウタの力があれば、それができるんだ!!!」
ギリギリと首を絞めようとする力が強くなる。
首の右側はひしゃげそうだし、左腕も折れてしまいそうだ。
だけど、口だけは止めない。
今のわたしにとって、言葉と声だけが、唯一ウタの心に届くものだから。
「──ねえウタ、あんたなんで音楽やってるの?」
その言葉に、ウタは目をぎょっと見開いた。
その瞳が、動揺したように揺れる。
「───、わ、わたしはっ! みんなを救うために──ッ」
「違うでしょ」
声を大きくして、彼女の言葉を遮る。
自分を偽った言葉に、わたしの確信を持った言葉が負けるはずもない。
ウタは明らかに、狼狽していた。
- 981◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:54:29
「な、何を根拠に──」
「だって音楽に、人を救う力なんてない」
「違う!! そんなことは──」
そんなことはないと叫ぼうとするウタに、わたしは真実を突き付ける。
あの日、ブルックがわたしにしてくれたみたいに。
きっと、今この場で、それを言えるのはわたしだけだろうから。
「じゃああんたは救われたの?」
紫水晶の瞳をじっと見つめて、わたしは問う。
「─────ッ! でもッ!! ウタウタの力があれば──」
「それは悪魔の実の力。音楽の力じゃない」
必死に反論を試みるウタに、それでもわたしはその反論を叩き潰す。
心の殻にひびが入るように、丁寧に、力強く。
きっと、それがウタのずっとしてほしかったことだろうから。
いいことをしたら褒めて欲しかった。
悪いことをしたら、叱ってほしかった。
それすらも奪われた十二年間。
歪みきって凝り固まった心の外殻を、引きはがすように言葉をぶつける。
「仮に、ウタウタの力があったとして、それで人が救えるって?」
「ッ!! そうだよ! 心で生きるこの世界なら、海賊にも病気にもおびえないで、みんな平和で幸せな──」
- 991◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:55:27
「肝心のあんたが救われてないのに?」
「─────ッ」
ウタが半歩、後ずさる。
狼狽えたように。
ひるんだように。
畳みかけるように、わたしは続けて言う。
「あんたがそんな顔をしているのに、あんたが救われていないのに、この世界が幸せになんてなるもんか!」
「うるさい!!! わたしがやらなきゃいけないんだ!! “新時代”を!!! わたしが!!!」
駄々をこねるように、ウタが叫ぶ。
「何度でも言ってあげる! こんなのは“新時代”じゃない!!」
「黙れえェ!!!!」
ウタが、ゴードンを貫いた槍を再び出現させる。
その矛先は、もちろんわたし。
だけど、怖くはなかった。
貫かれようが何しようが、“今”の彼女を否定できるのなら、いい。
その歪んでしまった思想を、“新時代”と言い張ることは、“ウタ”には耐えがたいことだから。
わたしにも。そして、きっとあの子にとっても。
ウタがその槍を放つために、腕を引いて──。
- 1001◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:55:58
「──なら、その左手に胸を張って言えるの? これがあの日誓った“新時代”なんだって」
放たれる前に、槍がその先端から、ボロボロに砕け散った。
反論もできずに、ウタはだらりと挙げた腕を落として、唇をわなわなと震わせる。
きっと彼女にとって、一番指摘されたくなかったことだろう。
そのマークを持っているということは、あの時の約束を覚えているということなのだから。
「もう一度、訊くよ」
静かに、言う。
「これが“新時代”なの? あんたは、なんで音楽をやっているの?」
ねえウタ、と声をかける。
「あんたは、どうしたいの? どうしてほしいの?」
聞かせてよ。
借りものじゃなくて、あんたの言葉で。
その返答は、なかった。
言葉を失ったウタは、代わりにくしゃくしゃの顔になって、そして左拳を振り上げた。
「んあァッ!!」
半べそをかきながら、鼻水を垂らしながら、その拳が、わたしの顔目掛けて振り下ろされる。
まるで、子供の癇癪みたいだなァ、なんて。
そんな風に思った。
- 1011◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:56:46
──パシッ。
乾いた音がして、その拳が止められる。
その拳を掴んだのは──。
「ムジカ、ウタを止めてくれてありがとう」
「ル、フィ……」
ウタが、彼の名前を呼ぶ。
「……ウタ、もうやめよう。このマーク、ずっと持っててくれたんだろ? 約束、覚えていてくれたんだろ」
だから、とルフィが言う。
「こんなの“自由”じゃねェ。こんなの、“新時代”じゃねェ。お前が一番わかってる。だろ?」
優しい幼馴染の声に、ついにウタの堰が切れた。
滝のような涙を流しながら、ウタがルフィを見る。
「ルフィ……」
無理やりこじ開けた心の隙間から、その言葉が漏れる。
ムジカも、ブルックに見つけてもらうまで、ずっと抱えていたその言葉を。
「助け──」
- 1021◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:57:49
しかし、その言葉が最後まで言われることがなかった。
──しまった。
気が付かなかった。
さっきまで、彼女の歌っていた歌はなんだ?
ずっとウタばかりを見ていて、彼女の足元に鎮座するそれの正体に、わたしは気が付いていなかった。
「ウタ!! ルフィ!!」
ウタの足元に蠢く、黒い影。
『ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ──!!!』
ウタのものではない、パイプオルガンのような、幾重にも重なった音が響き渡る。
ウタの歌声をベースにした、“魔王”の歌唱。
『Tot Musica』の最終楽章だ。
今までの時間は、第二楽章から最終楽章へ移るまでのインターバル。
幕間の時間が終われば、自然と次の楽章が始まるのが道理だ。
わたしがそのことに気が付いた時には、もう何もかも手遅れだった。
“魔王”によってわたしとルフィは弾き飛ばされ、そしてウタは再び“Tot Musica”に取り込まれてしまったのである。
(──ウタ)
手を伸ばすが、その手は宙を掻くだけ。
意識が、暗闇の中に沈んでいく──。
- 1031◆a5YRHFrSYw23/02/21(火) 20:58:21
本日はここまでです
次回は木曜日の予定です。
話数的には後5話になります
よろしくお願いします - 104二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 21:29:06
ウタ(ムジカ)の説得が心にしみる
こういう説得力のある説得かけるのすごいなあ
続きも楽しみにしてます - 105二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 23:41:15
更新乙です
何で音楽をやっているのか、音楽に人を救う力はないとかブルックの言葉が生きてますね - 106二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 07:00:58
期待
- 107二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 18:14:24
あと5話か…
どうなるのか楽しみ - 108二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 01:24:46
5話でどうやって畳むんだろう
- 109二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 07:15:27
ほ
- 110二次元好きの匿名さん23/02/23(木) 17:06:51
保守
- 1111◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:07:56
- 1121◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:08:37
場面が変わる。
少女は憔悴しきっていた。
──こんなはずではなかった。
掬い取れる明確な感情は、それだけ。
あとはどろどろした感情が、煮凝りのように渦巻いている。
私は歌で、みんなを勇気づけたかっただけなのに。
閉じた世界に反発した群衆は、少女を糾弾した。
自分の世界なのに、少女は独りぼっちだった。
感情の渦から、ぽろりと、涙が落ちる。
『逢いたいよ』
肉親に。
『寂しいよ』
涙とともに、心がすり減る音がする。
『独りぼっちは、もう──』
だから、“誰か”、助けてよ。
涙とともに心のすべてを流し切り、そしていつしか彼女は、“魔王”となっていた。
なって、しまった。
────
───
──
─
- 1131◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:10:28
なんだか心が締め付けられる感覚があって、わたしは目を覚ました。
目の前に空はない。
ただ、黒く淀んだ空間が、果て無く広がっているように見える。
(……そっか)
今の状況を思い出す。
わたしは、弾き飛ばされて──。
空間が、じんわりと歪む。
そこでようやくわたしは、自分が泣いていたことに気が付いた。
体を起こして、目元をぬぐう。
先ほど頭の中に流れてきた感情は、なんだったのだろうか。
わたしの記憶じゃない。
“ウタ”の記憶ではない。
それだけは、わかる。
だってまだ彼女は、“魔王”になってないのだから。
じゃあ、あれは──?
頭を振って、前を見据える。
目の前で繰り広げられるのは、“魔王”との激しい戦闘。
それを視認してようやく、わたしの耳にも音が聞こえるようになった。
「よし、行ってくる」
隣で、そんな声がする。
わたしと同様に吹き飛ばされたルフィが、すくりと立ち上がっていた。
少しの間意識を失っていたのか。それとも、気絶していたのは一瞬に満たない間だったのか。
- 1141◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:11:52
ルフィが真っ直ぐに前を見つめる。
わたしがその視線を追うと、そこにいるのは、“魔王”とウタ。
──ああ、そうか。
“Tot Musica”か。
ルフィの背中に、ゴードンが声をかける。
「ルフィ君!! あの子は世界を幸せにする歌声を持っているんだ!! なのに、これじゃあ──あの子が、あんまりにも不憫だ……!!」
ボロボロに涙を流しながら、ゴードンが言う。
だから頼む、と。
「ルフィ君、ウタを救ってくれ!!」
ゴードンの願いに、ルフィが体に纏ったコートを脱ぎ捨てた。
「当たり前だろ」
そして、ルフィが“ギア4”を発動するために、親指を咥え──。
「ルフィ、待って」
わたしはゆっくりと立ち上がった。
きっとルフィは、ウタをどう助けるのかしか考えていなかったのだろう。
少しだけ驚いたように目線をこちらに向けると、静かに腕を下した。
- 1151◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:27:04
「ムジカ、起きてたのか」
「今さっきね」
地面も何もない空間に立って、わたしは服を払った。
ルフィが小さく首を振る。
「悪ィけど、時間がねェ。ムジカはよくやってくれたよ。ありがとな」
言外に退がっていろ、というルフィに、わたしは食い下がる。
違うよ、話を聞いて、と。
「……なんだ?」
「ただ闇雲に戦っても、たぶんあの子を助けられない」
「あれの倒し方、何か知っているのか?」
ルフィの問いに、わたしは首を横に振る。
知っているわけではない。
勘であり、ただの予測だ。
それでもきっと、わたしならできる。いや、わたしにしかできない。
──運命なんてナンセンスかもしれないけれど、もしかしたら、わたしが“ムジカ”を名乗ることになったのは、それがわたしの役割だからなのかもしれない。
柄にもなく、そう思った。
「わたしが、“Tot Musica”を止めるよ」
「どうやって?」
- 1161◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:27:47
「歌うよ。わたしが」
あれが“音楽の魔王”だと言うならば。
正面から立ち向かうべきなのは、やはり“音楽家”だろう。
音楽の持つ力は、世界を変えることでも、世界を創ることでもない。ただ、魂を揺さぶって、心を動かすだけ。
それが音楽の持つ、今も昔も変わらない、絶対的な力。
わたしが“音楽家”の誇りにかけて、あの孤独な“魔王”の心を動かしてやる。
まさかそんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。
ルフィが目を丸くして、しかしすぐに真剣な顔になった。
「……できるのか?」
その様子に、わたしは思わず吹き出してしまう。
《《あの》》ルフィが、わたしに可か不可かを尋ねてくるなんて!
もちろん、切羽詰まっていたり、あの子を救いたい一心で、平常心ではいられないのだろう。
それがわかっていても、そのルフィの様子は全く似合ってなくて、どうしても笑いがこみあげてきてしまう。
あはは、とその笑いを発散させてから、わたしは真っ直ぐにルフィの目を見据えた。
「ねえルフィ、わたしを誰だと思ってるの?」
わたしは“ムジカ”としてではなく、あくまでわたしとして、名乗りを上げる。
「“麦わらの一味”の“音楽家”、ウタだよ」
- 1171◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:28:36
わたしたちに選択できるのは、できるかできないかじゃない。
やるのかやらないのか、だ。
ルフィの瞳に映るわたしの顔が、勝気な笑みを浮かべる。
それを見たルフィが、ようやく調子を取り戻したように頷いた。
「そうだな、わかった! じゃあ、おれたちは何をすればいい?」
そうこなくっちゃ、とわたしは頷いた。
「ルフィとブルック以外のみんなには、わたしの護衛をしてほしい。多分、“Tot Musica”は止められても、音符の戦士まで止められるかはわからないから」
「わかった。おれとブルックは?」
「ブルックはわたしのサポート。ああは言ったけど、さすがに一人で立ち向かうのは怖いからね。それで、ルフィは──」
そう言ってわたしは、“Tot Musica”の頭を指差す。
「わたしがあいつの動きを止めたら、一発ぶん殴ってあげて」
「……いいのか、それで?」
うん、とわたしは頷いた。
「覚えてるでしょ、愛の鞭、ってヤツ」
ああ、とルフィが頷く。
「でも、殴るんだから愛ある拳じゃねェのか?」
「ふふ、じゃあそれ採用」
「でもよ、いいのか? おれのパンチは銃より強いんだぞ?」
「いいよ一発くらい別に。だってあの“魔王”、絶対に鎧なんかよりずっと固いだろうし」
- 1181◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:31:12
前に、わたしの世界でも、ルフィと似たような会話をしたことがあったなァ。
あの時は、シャンクスを殴ることに関しての話だったか。
一大事を前にして、肩の力が抜ける。
これぐらいが、ちょうどいい。
よし、とわたしはもう一つ頷いてから、ブルックに声をかける。
「ねえブルック!」
「はい、なんでしょうムジカさん!」
戦っていた音符の戦士を一瞬で片付けて、ブルックがこちらへとやってきた。
ルフィに話した作戦の概要を説明する。
それを聞いたブルックが、いかにも愉快そうにヨホホと笑う。
「ヨホホホホ!! なるほど、それはナイスアイディア! 先ほどの御伽噺のリフレインというわけですね! いやー、年甲斐もなく胸が高鳴りますねェ!」
私もう目がないんですけど、といつも通りにスカルジョークをかますブルック。
いつも通りなほど、心強いものもない。
「それで、私は何をしましょう? 歌唱ですか? それとも演奏?」
「演奏でお願い。バイオリン、ある?」
「ええ、もちろんですとも」
そう言ってブルックは、頭蓋骨をパカリと開けると、そこからバイオリンを取り出した。
「じゃあブルック、あれに合わせて弾ける?」
あれ、というのは、もちろん『Tot Musica』のこと。
ええお安い御用です、とブルックは二つ返事で頷いて、バイオリンのチューニングを確かめ始める。
音程さえ整えば、準備は万端だ。
- 1191◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:32:31
- 1201◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:33:35
ブルックのバイオリンが、わたしの歌声に絡む。
歌うのは、『Tot Musica』──ではない。
『Re:Tot Musica』。
わたしの世界で、ゴードンやブルックと編曲した、『Tot Musica』の新しい姿。
そのわたしの歌声が、ブルックのバイオリンが、鳴り響く『Tot Musica』と、きれいに重なり合う。
もともと、そういう風に作ったのだ。
『Re:Tot Musica』の主旋律は、『Tot Musica』の主旋律《メロディー》に対する対旋律《カウンター》として音を選んだものだ。
その対旋律に、新たに伴奏とさらなる対旋律を付け、独立した楽曲として昇華させたものが『Re:Tot Musica』なのである。
歌詞に関しても、原曲の『Tot Musica』とは違う、純粋な讃美歌として仕上げたのだ。
三人の音楽家の知識と技術の粋を込めて、丹誠を凝らして編んだ曲。
様々な意味で、対照として作られたその曲は、しかし同時に、原曲との共存が叶う成り立ちなのだ。
「───── ─────♪」
自らの音楽にするりと溶け込んできた異物に、“魔王”が身動ぎした。
“魔王”の拳や音符の騎士がムジカとブルックに襲い掛かるが、それを、ゾロが、サンジが、フランキーがナミがロビンがウソップが、そして協力する海軍や海賊たちが、協力して弾き飛ばす。
おかげで、ムジカは高らかに、その曲を歌い続けられる。
『Tot Musica』に溶け込みながらも、朗々と紡がれる歌声は、次第にその響きを増していく。
- 1211◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:34:19
歌いながら、わたしたちは一歩一歩、“魔王”の許へと歩いて行く。
床がないというのに鳴る、コツコツという足音すらも、音楽の一部として溶け込んでいく。
音符の戦士たちも、音楽につられているのだろうか。
倒れて霧散していく戦士たちの音すらも、曲の一部と昇華されている。
「───── ─────♪」
暴れていた魔王は、いつしかその動きを止めていた。
あれだけ鳴り響いていた『Tot Musica』の歌唱も、今や自信なさげに漂うだけである。
ああ、やっぱり。
そうわたしは思う。
仮にもわたしの世界で、“Tot Musica”を制御するに至ったこの曲が、“魔王”の心を揺さぶらないわけがないのだ。
「───── ─────♪」
多分この世界で、わたしだけが知っている、この曲が。
おそらくこの世界で、わたしだけが知っている、“魔王”の孤独に。
もちろん、歌った後に“魔王”の心がどうなるかなんてわからない。
歌った先のことまでは、わたしの手の内にはない。
それでも、永い孤独に苛まれたその“魔王”が、自らを歌われているというのに、それに耳を貸さないなんてことがあるのだろうか。
現に“魔王”は、もはや何もすることができずに、呆然としたようにわたしを見つめている。
「───── ─────♪」
- 1221◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:35:38
だけど、問題なのは、御伽噺とは違い、ここには“魔王”を封印する楽譜がないこと。
そして、この世界がすでにウタウタの世界であるということ。
ない袖は振れない。
ならば──、別のものを代用するほかないだろう。
「───── ─────♪」
さあ、ルフィ。
今だよ。
わたしは歌いながら、指揮するように左手を振り上げる。
「うおおおォォォ!!!」
その合図が伝わったのだろう。
ルフィが雄たけびを上げて、空中へと跳び上がった。
ギリギリと、弾力のある鉄を圧縮したような音が鳴る。
目の端に映るのは、いつもの“ギア4”ではなく、もっと細身の、白い姿──。
ルフィのその力が何であれ、いい。
頼んだよルフィ、”あの子たち”を救ってあげて。
- 1231◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:36:20
「───── ─────♪!!」
わたしが最後のフレーズを歌い上げるのと、ルフィが引き絞った腕を放つのは同時だった。
ガギィィィインンン……!!!
“魔王”の眼前で、けたたましい音が鳴る。
ルフィの拳を防いだのは、フェルマータの盾だった。
(────ああ)
ダメか。
あと一歩。
やはり、あと一手。
例えば、現実世界で“Tot Musica”を攻撃してくれるような──。
「え」
ふいに、懐かしい波の音が聞こえた気がした。
「……シャンクス?」
わたしのその声が呼び水となったのだろうか。
いや、きっと彼もウタを救いに来たに違いない。
ピシリ
フェルマータに、亀裂が走る。
みしり
軋みを上げるその盾を、“魔王”はただ呆然と、静かに見つめていた。
- 1241◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:36:48
- 1251◆a5YRHFrSYw23/02/23(木) 21:37:05
本日分は以上です
次回は土曜更新です
お願いします - 126二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 06:58:11
期待待機
- 127二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 06:59:05
時間切れに間に合ったか…
冒頭のあれは何だろう
絵本の内容?
確か書庫から絵本も回収してたよな - 128二次元好きの匿名さん23/02/24(金) 17:10:56
待期
- 129二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 02:20:15
保守
- 130二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 11:50:12
し
- 131二次元好きの匿名さん23/02/25(土) 19:06:16
ほ
- 1321◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:42:10
16.Fictional World
──Side UTA───
崩壊したエレジアのライブ会場に、衰弱したウタが横たわっていた。
“Tot Musica”を使った反動──。
それもあるだろう。
だが、一番彼女を蝕んでいるのは、彼女の食べたネズキノコの毒だった。
「ウタ!!」
そんなウタの名前を呼んで、駆け寄ってくる男がいた。
隻腕で、赤い髪と左目にある傷が特徴的な男。
“赤髪”のシャンクス。
「……しゃんくす……、わたし……」
ウタが、父の名前を必死に呼ぼうとする。
そんなウタの声を、シャンクスが必死に「もういい」と遮った。
言葉を発するだけでも、体力を消耗する。
少しでも、娘が生きられる可能性を上げるために。
生き残りさえすれば、後でいくらでも話を聞いてやると言わんばかりに。
ウタの傍までやって来たシャンクスが、ウタの上半身を優しく抱き上げる。
「ホンゴウ!!」
シャンクスが、船医の名前を呼ぶ。
- 1331◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:43:47
待っていたと言わんばかりに、ホンゴウが茶色の薬瓶を投げてよこした。
それを、シャンクスが右手で掴む。
口で瓶の栓を抜いて、それをウタに差し出す。
「さあウタ、この薬を飲んで眠ればまだ助かる」
だが、ウタはそんなことよりも、と言葉を紡ぐ方を選ぶ。
「……シャンクス、会いたく、なかった──」
目を伏せて、言う。
“海賊嫌い”の歌姫として、会うことができなかったから。
そして、会って捨てられた事実を確認するのが怖かったから。
だけど。
「──でも、会いたかった」
父の顔を見て、弱々しく微笑んで、言う。
人が家族に会いたいのに、理由なんかいらない。
ずっと、ずっと、ずっと。
会いたかったのだ。
ただただ、会いたかったのだ。
だからウタは、こんな状況で、こんな状態でも、シャンクスが会いに来てくれたことが嬉しかった。
シャンクスは、目頭が熱くなるのを感じながら、しかし娘の命のためにその語らいを中断させる。
「しゃべるな! 早く薬を飲むんだ」
- 1341◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:45:57
シャンクスのその言葉に続いて、乾いた音が響いた。
銃声──。
シャンクスが、鋭く視線を巡らせる。
「──くそ、なんで……」
困惑したように、呟く。
ウタは既に能力を解除しているというのに。
“Tot Musica”はもういないというのに。
ウタによって眠らされた観客や海兵たちが、未だに意識を保っている海兵や“赤髪海賊団”に襲い掛かっていた。
どういうことだ、と叫んだのは、妹を助けに来た“ビッグマム海賊団”の三男、カタクリだった。
「“魔王”を倒せば、心が帰ってくるんじゃないのか!?」
困惑したように叫ぶカタクリを襲うのは、助けに来たはずの妹、ブリュレその人だった。
もちろんカタクリは手を上げることはできず、いいようにやられてしまっていた。
「みんな……、もう……」
やめて。
小さな声で、ウタが呟く。
しかし、そんな小さな声が、届くわけがない。
シャンクスは唇を噛み──、そして娘の命を優先する。
「今はいい。おれたちが何とかする。だからウタ、お前は薬を──」
- 1351◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:47:08
しかしウタは、首を横に振った。
涙が一筋、流れる。
──ああ、もういい。
父がこうやって必死に自分を救おうとしてくれる。
それだけで、ウタは幸せだった。
だから──
「歌わないと……」
わたしが。
原因であるわたしが歌って、終わらせなくては。
きっともう、その道を選んだら、命は助からないだろう。自分の体のことだ、それくらいは、わかる。
(────わたしが、本当に欲しかったものは……)
この温もり。
だけど。
その彼が認めてくれた歌で、皆を不幸にするわけにはいかない。
たとえ、それが命を賭した選択だとしても。
(──でも、願わくばもう少しだけ)
家族と。
友達と。
世界の人たちと。
一緒にいたかったな、なんて。
そんなちっぽけな未練を、小さく頭を振って拭い去ろうとして──。
- 1361◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:49:42
ほろん──
崩壊したエレジアに、静かなピアノの音が響いた。
「え──」
かすれた声が、ウタの唇から洩れる。
どこからその音は届いたのだろうか。
この崩れたステージに、ピアノなんてどこにもないというのに。
ほろんほろんと、喧噪の隙間を満たすように、綺麗な音色が旋律を奏でる。
「これは……」
呆然としたように、シャンクスがウタを見る。
ウタは、自分の心臓の上に、そっと手を当てた。
ピアノの音は、そこから溢れているようだったから。
だが、ウタが何かをしているわけではない。
今のウタに、そんなことはできない。
だが一つだけ。
ウタには心当たりがあった。
“麦わらの一味”と一緒にいた、まるですべてを見透かしたような、黒髪の少女のことを思い出す。
なんの根拠もない。
けれど。
(……この曲は)
流れる導入《イントロ》は、ウタがよく知っている曲だった。
- 1371◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:50:29
- 1381◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:52:21
──Side Musica──
「なんで戻れないんだよ!? “魔王”は倒したじゃねェか!!」
暗い闇に閉ざされたウタウタの世界で、ウソップが叫ぶ。
それもそのはず、“Tot Musica”を倒せばウタウタの世界を崩すことができると聞いて、“魔王”と対峙したのだ。
しかし、その“魔王”が倒れた今、ウソップをはじめとして、ウタウタの世界に閉じ込められていた彼らは、現実世界に戻れないでいた。
戻ることができたのはただ一人。能力者であるウタだけだった。
「……遅すぎたんだ」
ゴードンが呆然と呟いた。
「──“Tot Musica”の力に……、私たちの心が、取り込まれてしまったんだ。これでは、もう……」
その言葉を聞いた者たちが青ざめる。
おいおいおい、とウソップが口に手を当てて身震いする。
ただ、ムジカだけがあっけらかんとしていた。
──遅すぎたというならば、彼女が『Tot Musica』を歌った時点で、だろう。
だから、ムジカからしたら、こういった予想とは違う展開になることは想定済み。
それどころか、ムジカには一つ、嬉しい誤算があった。
「なんでみんな、そんな絶望したような顔してるの?」
そんなムジカの様子に、ウソップが怒鳴る。
「お前状況わかってるのかよ!? ここから出ることが──」
- 1391◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:55:20
「出ればいいでしょ。わたしがいるんだからさ」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのムジカの言葉に、一味が首を傾げた。
「何言ってんだ、お前?」
ゾロの言葉に、ムジカは肩を竦めた。
「ここはウタの世界でしょ? ……さて、じゃあわたしは誰でしょう?」
にやりと勝気な笑みを浮かべて、問いかけてきたゾロに問い返す。
はァ、とゾロが首を傾げる。
「だけどお前、ウタウタの力は使えねェんだろ?」
その疑問に、ムジカはふふんと鼻で笑った。
怪訝そうな顔をする一味の前で、ムジカが指を鳴らす。
パチン。
乾いた音と同時に、ムジカの目の前にマイクの付いたマイクスタンドが出現する。
そしてそのまま指揮者のように腕を振るうと、いつも使っているようなキーボードが、ムジカの前に出現する。
それを見た一味の皆が、ぎょっと目を見開く。
誰もがやろうとしてできるものじゃない。
例えば一味の誰が──、“音楽家”のブルックが何かを歌ったとしても、今のムジカのようなことはできないはずだ。
それができるのは──。
「お前、ウタウタの力が──」
ルフィの言葉に、ムジカはまあね、とこともなさげに答える。
- 1401◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:55:57
“Tot Musica”が消えて、そしてウタが現実世界に帰ってから、ムジカの中を満たした、懐かしい感覚。物心ついてから、ずっと命を共にしてきた力の感覚。
なんでウタウタの力が戻ったのか、ムジカにも原因はわからない。
ただ、きっとムジカは“ウタ”であり、そして今、この世界に“ウタ”は一人しかいないこと。
それが影響しているのかもしれない。
あるいは、この“ムジカ”の体のおかげか。
しかし、原因なんて些細なことだった。
(今、わたしがしたいこと)
あの子のために。
みんなのために。
自分のために。
何を為すべきなのか。どうしたいのか。
そんなの、わかり切っていた。
「わたしは欲張りだからね」
ぽつりと呟く。
だから、そんな幕引きなんて許さない。
ウタ一人が助かって、ここに残された人たちが助からないなんて。
きっとそれは、この世界のウタも同じだろう。
だからきっと、彼女は歌って、巻き込んでしまった人々を救おうとするはずだ。それが、命を削る行為だとしても。
しかし、ムジカはそれをも許さない。
ここにいる人たちが助かって、ウタが助からないなんて。
毒を摂取してしまっている以上、彼女は一刻も早く治療を受けるべきだろう。いたずらに体力を消耗してしまえば、それが命取りになりかねない。
- 1411◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:57:34
「じゃあ、歌うよ」
宣言して、ピアノに向かう。
ほろん──。
暗闇に閉ざされたウタウタの世界を照らすような、そんな錯覚を起こさせるほど美しい音が、ムジカの手元から溢れる。
曲目は、『世界のつづき』。
大切な、思い出の歌。
あの日、ムジカの心を動かした、とても大切な歌。
「───── ─────♪」
ムジカの唇から、歌があふれ出す。
ウタとは違う声。
そして、ウタとはまた違った歌い方で。
「なぜ、君がこれを……」
ゴードンが驚いたように呟いて、そして唇を震わせる。
その歌い方は、ゴードンにとってとても懐かしいものだったから。
「───── ─────♪」
ぐう、とゴードンの喉が鳴る。
- 1421◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:58:01
「この、声は……」
嗚咽を漏らして、ゴードンが涙を流した。
それは、ゴードンが惚れた歌声だった。
もちろん、目の前で歌う黒髪の少女の声と、あの子の声は違う。声帯が違うのだから当然だ。
ただ。
どこまでも自由でのびのびと。
何物をも背負わず、ただ音楽への愛だけで紡ぐような、そんな歌い方。
(──私が惚れた、あの子の歌声は……)
私はどこで間違ってしまったのだろうか、とゴードンは思う。
いや、間違いなんて上げたらキリがないだろう。
しかし。
──こと歌唱に置いて、私は、どこで……?
「───── ─────♪」
ムジカは歌いながら、そんなゴードンの様子に苦笑する。
真面目な彼のことだ、いろいろと余計なことを考え、反省してしまっているのだろう、と。
でもね、とムジカは思う。
- 1431◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:59:12
ウタとわたし、そこまで実力に違いはない。
ただ違いは、歌に何を乗せているのか。
音楽に対するスタンス。
ただそれだけの違いだろう。
ウタにとっては、音楽がすべてだったのだろう。自分を救ってくれる、人を救ってくれる、そう信じてやまなかったに違いない。だから、命を──魂をかけて歌い、だからこそ彼女の歌声は人々を魅了する。心をつかんで離さない。
一方ムジカにとって、音楽は友達だった。好きだから、一緒にいたい。歌いたいから、歌うもの。その自然体の歌は、どこまでも響き渡り、人の心の隙間へとすっと入り込む。そして、その歌声は人の“魂”を揺さぶるのだ。あんたも一緒にどう? と。
だからね、ゴードン。
(別にあんただけが間違ったわけじゃないよ)
間違えたのは、きっとウタもだから。
誰が悪かったではない。
ただ、二人とも間違ってしまって、いつまでも二人きりだったから、それに気が付かなかっただけ。
でも、それを伝えるのはわたしの仕事じゃない。
だってそれは、急ごしらえの言葉で納得できるものじゃないでしょう?
「───── ─────♪」
- 1441◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 20:59:49
ピアノの鍵盤を駆けるムジカの指が、優しく力強くなる。
『世界のつづき』が、サビへと入る。
その途端、ただ暗闇だけだった世界を、光が包み込んだ。
ムジカの喉から、歌声とともに光が溢れたのだ。
その優しい光に照らされて、“麦わらの一味”が、海軍が、海賊が、巻き込まれた観客たちが、皆眠りに落ちていく。
「───── ─────♪」
なあ。
そんな声に、ムジカは歌いながら首を傾げる。
声の方向へと首を巡らせると、そこには笑顔のルフィがいた。
「ありがとな!!」
単純なそのお礼に、ムジカは微笑みで応える。
代わりに、とムジカは思う。
──この世界を、“新時代”を頼んだよ、ルフィ。
やがて、ムジカ以外の皆が眠りにつく。
そして、眠った人たちは、やがて光の粒に変わっていく。
- 1451◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 21:00:01
- 1461◆a5YRHFrSYw23/02/25(土) 21:00:36
本日はここまで
あと3話くらいです
明日も投稿出来ればと思います - 147二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 02:53:18
更新乙です
ムジカがみんなを帰したからウタは薬を飲んでも大丈夫だな - 148二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 12:39:05
保守
- 149二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 13:51:56
ウタ(ムジカ)にウタワールド支配権移ってよかった…
これで薬も間に合うな
トットムジカは何でウタ(ムジカ)をこっちの世界に飛ばしたんだろう
続きも楽しみにしてます - 1501◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:28:29
17.ALONES
「……まァ、こうなるよね」
キーボードをポロンと鳴らして、目線を少し下げて、|ムジカ《ウタ》は呟いた。
ムジカは敢えてこの世界に残ったわけではない。
現実の世界に戻ろうとしても、戻れなかったのだ。
どういう原理なのかは、ムジカにもわからない。
しかし、一つだけ思うことはあった。
(……もともとわたしは、こっちの世界の人間じゃないし)
この体だって、誰が用意したものなのかもわからないのだ。
いや、もともとこの体がこちらの世界に存在していたのかすらもわからない、いうなれば“夢”、あるいは現実と仮想の“狭間”の存在だ。
もしかしたら──。
なんて思ってみても、今更何かをどうすることはできないんだけど。
そんな状況にあって、しかしムジカは焦ってはいなかった。
少なくとも、今のムジカは無力ではない。
ウタウタの力は、変わらずにここにあるのだから。
ここがウタウタの世界であるならば、やりようはいくらでもあるはずだ。
ぱん
目を閉じて、手を打ってみる。
ごう、という風が髪をくすぐって、周囲の空気が変わった。
ゆっくりと目を開いてみる。
まず目を刺したのは、白い光。
あまりのまぶしさに、ムジカは右手をかざして、その光を遮る。
ぼやけた視界が映し出すのは、非現実的なほど、美しい空間。
宮殿だろうか? あるいは、城?
石でできたその建造物が、ここがウタウタの世界であることを示すかのように、うっすらと虹色に輝く。
- 1511◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:29:48
幻想的な場所だった。
(──というか、この世界がそもそも幻想なんだけどね)
なんて当たり前のことに思い至り、ムジカは一人苦笑を漏らす。
すると、背後できらきらとした、ウィンドチャイムを鳴らしたような音がする。
振り返ると、そこにいた。
見慣れた姿だ。
紅白の髪に、ゴールドのヘッドフォン、白いライブ衣装にアメジストの瞳。
「なんだ、来たんだ」
ムジカの言葉に、彼女は「なんだ、って……」と困惑したように言う。
ふふ、とムジカは笑みを浮かべて、体ごと彼女の方へと向き直った。
「体の調子は大丈夫? 解毒はしてもらった?」
「……うん。ホンゴウさんの薬を飲んだから、多分大丈夫」
「そっか。じゃあ心配はいらないね。──ってことは、シャンクスとも会ったんだ?」
「…………うん」
「ルフィとは話せた?」
「……うん、少しだけ」
「じゃ、よかったじゃん」
「……うん」
うつむき加減で頷くウタに、ムジカは眉根を寄せた。
少なくとも、救われて良かったと安堵している人間の表情ではない。
- 1521◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:32:46
「……それじゃあ、なんで来たの?」
「その、お礼を言いに。あなたの姿だけ、見えなかったから、こっちにいるんじゃないかって」
「ふうん。──それだけ?」
ムジカの問いに、ウタが目線を逃がす。
ややあってから、観念したように、ウタは頭を振った。
「なんでわかったの?」
「超能力」
「嘘つき」
嫌そうな顔をして睨みつけてくるウタに、ムジカはあははと笑った。
そんなムジカの様子に、ウタは不機嫌そうに頬を膨らめた。
「それだよ」
とムジカは笑って言った。
「は? それ?」
そうそう、と頷く。
「あんたさ、気づいてないかもしれないけど、油断すると表情《カオ》に出やすいんだよね。わたしもよく言われるけどさ」
- 1531◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:35:11
いたずらっぽく笑みを浮かべるムジカに、ウタは驚いたように手で顔を覆った
それに気が付かなかったのも、きっとエレジアにずっと閉じこもってしまっていた弊害なのだろう。
「そ、そんなに出やすい、わたし?」
「そうだね。気を抜いたわたしくらいには出やすいんじゃない?」
笑いながら言うムジカに、ウタはやはり不満気な顔を向ける。
見透かされたように言われるのは、やはりイヤなのだろう。
根元が同じ“ウタ”であるのだから、ウタもやろうと思えばムジカについて色々と指摘することもできるのだろうが、しかし、ムジカと違いそれを知らないウタからしたら、その発想には至らない。
しかし、そのことを知っているムジカですらも、今のウタに対して解せないことがあった。
「それで? どうしたの、浮かない顔してさ」
ムジカが世界を旅する理由の一つには、「家族に会いに行く」ことも含まれている。
一発ぶん殴りたくはあるけども、それでも彼らは大切な家族だ。
そんな彼らと会えたというのに、何が不満だというのだろうか。
「……その、ほら、わたし──、とんでもないことしちゃったでしょ」
「ん?」
「エレジアを滅ぼしたり、今回世界を巻き込もうとしたりさ」
「ああ」
目を伏せて、悲痛な面持ちで言うウタに、ムジカは敢えて、こともなさげに頷いた。
「それがどうしたの?」
「どうしたの、って……」
- 1541◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:37:09
ウタはムジカの横を通り過ぎると、石のベンチに腰掛けて、両手で顔を覆ってから深いため息を吐いた。
「とんでもないことをしちゃったんだよ? ……“新時代”を作るため、ってごまかして、精一杯やってみたけど、それも──、間違っちゃったし」
そう言って、ウタは寂しそうに、悲痛な微笑みを浮かべる。
「……多分もう、わたしの夢もルフィとの約束も、シャンクスの願いも、ゴードンの期待も叶えられない。……もう、自分がどうしたらいいのかわからなくって、どうやって生きればいいのかな、って……」
この十二年間だけではない。それ以前の九年間の自分すらも見失ってしまったとウタが言う。
ムジカは静かにウタの前まで移動すると、その頭を優しく撫でた。
……その感覚を、ムジカは知っている。
エレジアの真実を知って、あのTDを聞いて感じたことと同じだ。
自分のすべてが罪深く、何者にも成れないという絶望感。消えてしまった方がましだという罪悪感。
(ああ、きっと──)
ムジカは思う。
今ウタは、家族に会えた安堵と、そして罪悪感と絶望感の狭間で身動きが取れないのだろう。
もう一度、とムジカがあの言葉をかける。
「じゃあさ、ウタ。あんたはどうしたいの?」
「………………わたしは、“赤髪海賊団”のみんなと一緒にいたい。──けど」
「けど?」
ムジカの問いに、ウタが震える息を吐いた。
言いたくないという気持ちを、その息と一緒に吐き切ってから、勇気を吸い込んで言う。
- 1551◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:39:06
「多分、わたしはもう、海賊には戻れないんだと思う。……“海賊《それ》”がどういうものか、知ってしまったから」
ウタにはわかっていた。
自分にはもう、人を傷つけてでも手に入れたいモノがない。
燃え尽きてしまった。
そして、自分にはその資格がないこともわかっていた。
人を傷つけてまで、我を通す資格はないことを。
そしてもう、覚悟もなかった。
傷ついてまで、何かを手に入れるという覚悟が。
「そっか」
だからムジカも、そこに言及はしなかった。
彼女の中には、今、立ち上がるだけの力がない。
無理に立たせたところで、その場で折れてしまうのがオチだろう。
それはいずれ──、そう、いずれ、時間が解決してくれるはずだ。
どれほどひどい傷口でも、時間がたてば塞がるのだ。
その結果、皮膚がひきつろうとも、いつか血は止まるのだ。
「じゃ、シャンクスたちとしっかり話して、どこか安全な島でしっかり休むといいかもね。またやりたいことが見つけられるまでさ」
ムジカのその言葉に、ウタはふるふると首を振った。
ないよ、と呟く。
- 1561◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:39:40
「だって、世界を滅ぼしかけた女で、四皇の娘だよ? ……そりゃ世界のどこかには、安全な場所はあるのかもしれないけど……でも、もうわたしは歌えないし、やりたいことなんて……。」
やりたいことはない。
ただ、家族と一緒にいたい。
でも、家族は海賊だから、一緒にいられない。
そんな風に、ウタは言う。
ムジカはくるりと身を反転させると、ウタの隣にどかりと腰を落とした。
そしてムジカは、問いを口にする。
先ほどははっきりと答えてもらえなかった、その問いを。
「ねえウタ。あんた、なんで音楽をやっていたの?」
びくりと。
小さくウタの肩が震えた。
しばらく答えに窮してから、ようやく口を開いたウタの言った言葉は、
「もう、わからないよ……」
震える声で絞り出す。
その様子に、ムジカは先ほどの見立てが少し違ったことに気が付いた。
安堵と罪悪感、そして絶望感の板挟み状態だと思ったが、そうではない。
家族に会った安堵によって気が緩み、心の奥底に隠れていた罪悪感や絶望感が漏れだしてきているのだと。
「……ねえ、そういうあなたはなんで音楽をやっているの?」
掠れた問いかけに、ムジカはウタの顔を覗き込んでから、再び視線を前へと向けた。
「──そうだね。多分きっと、あんたと同じ」
- 1571◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:41:03
「…………わたしと?」
そうだよ、とムジカは頷く。
「わたしが大好きな人たちが、わたしの歌を喜んでくれたから」
隣から、息を吞むような音がする。
ムジカは隣を見ずに、そのまま話し続ける。
「だから音楽が好きになって、周りのみんなも、わたしの歌で笑顔になってくれてさ。……きっとそれが、わたしの“根源《ルーツ》”」
そう言ってからムジカは、肩を竦めて笑顔を作って、ウタの方を向いた。
「でも、わたしは欲張りだから。もっと多くの人を笑顔にしたくて、もっと多くの人と音楽を楽しみたくってさ。だからわたしは、誰でも自由に音楽に触れられるような、そんなバカみたいに平和な時代を迎えに行くために、今海賊をやってるんだけどね」
その言葉を聞いたウタが、ムジカを見上げる。
きゅっと口角を絞めて、眉に少しだけ皺を寄せて。
──ああ、いいなァ……。
なんて言いたげな顔だった。
そんなウタの顔を見て、ムジカは不満げに唇を尖らせる。
「わたしもね、あんたと同じように、少しの間違いで国を滅ぼしちゃったことがあったけど、それでもこうやって立ち上がって、“夢”を追えてるんだよ」
まあわたしは人に恵まれたのかもしれないけどさ、とムジカが続ける。
「だから、ウタ。あんたが生きていくことに、資格なんていらないから」
ムジカはそこまで言って、ウタの背中をパンと軽くたたいて、そして再び立ち上がる。
ウタの正面に立ち、彼女の顔を見据えて、言う。
- 1581◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:42:29
「安心しなよ、ウタ。生きていく理由は、きっとこれからでも見つかるよ」
生きてさえいれば、いくらでも。
ムジカは知っているのだ。自分よりもはるかに長く、そしてはるかにつらい孤独を耐えて、そして今生きている理由を見つけた男のことを。
うん、とウタが顎に皺を寄せて、目を潤ませながら頷く。
それに、とムジカが口を開いた。
「ウタ、あなたの罪は、ちゃんと“私”が連れて行くよ。だから、安心して」
その言葉に、ウタの口が「え?」と問いかけるように開く。
なんだか、今までしゃべっていた彼女と、雰囲気が違ったような──。
そんなウタの顔を見て、ムジカが首を傾げた。
「ん? どうしたの? 何か言った?」
ウタは小さく首を振った。
気のせい、だったのだろうか。
腕を組んだ彼女は、やはり先ほどまでずっとしゃべっていた彼女と同じだった。
ああ、それから、とムジカは思い出したように言う。
「わたしに言われるまでもないだろうけどさ。安心しなよ、ウタ、“新時代”は目の前だよ。あいつがいるから」
「……うん、知ってる」
目に涙を浮かべて微笑んで、ウタが頷いた。
よし、とムジカも頷き返して、パチンと指を鳴らす。
きらびやかな音が鳴ったかと思うと、ムジカを中心にして、ドラムセットやキーボード、エレキベースといったバンドで使うような楽器が現れる。
そして、ムジカの手に握られるのはギターだった。右手には、ギターピックが握られる。
- 1591◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:43:12
少し驚いたような顔をしたウタに、ムジカは片目を閉じてみせた。
「ほら、そろそろ寝ないと、体がもたないでしょ。わたしが現実世界に送ってあげるから、ついでに一曲聴いていきなよ」
ギターをつま弾いて音を確かめながら、ムジカが言う。
うん、とウタが頷く。
頷き返して、ムジカは音楽のイメージをギター以外の楽器と共有させて、演奏しなくても勝手に音が鳴るかを確かめる。
ドラムは思った通りのリズムを刻み、そしてベースもきちんと響く。キーボードの音色もばっちりだった。
よし、と頷いたムジカに、ウタが口を開いた。
「──ありがとう、わたしに良くしてくれて」
そんなウタの言葉に、ムジカはニッと歯を見せて、少しおどけたように返した。
「当然。なにせ“ワタクシゴト”ですから」
え、とウタが目を丸くする。
「それってどういう──」
その問いには答えず、代わりにギターの音が響いた。
ドラムが、ベースが遅れてリズムを作り出し、さらに遅れてキーボードがリズムの上で踊る。
激しくはない。
やや早めのテンポに、ゆったりとした優しい音が乗る。
- 1601◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:45:00
「無地のキャンパスに 落とした雫は
色鮮やかな 花弁を開く
青い空に 響いた音楽に
開いた 花弁が踊る」
冒険の途中で作った曲。
ふと過去を思い出して書いた詩に、音楽を付けたもの。
エレジアにいた時ほど曲と向き合っている時間はとれないから、決してクオリティが高いとは言えないけれど。
それでもこれは、きっとウタに届くはずだ。
ドラムが、刻んでいたリズムを変える。
「動き出す止まった時計
流れ込む世界の歯車
君の錆びた心は
今この過負荷に 耐えられるのかい?」
曲の名前は『オーバードライブ』。
“誰か”のための歌ではなく“自分”のための歌。
きっと、ブルックと出会わなければ、絶対に描くことのできなかった詩。
なだらかで、しかし力強い歌声が、朗々とサビを歌い上げる。
- 1611◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:46:24
「|歪《ユガ》みきってオーバードライブ
軋む歌声は どこへ届くの?
掠れてった花びら
空に弾けて どこへ向かうの?」
この曲に込めた思いは、ただ一つだけ。
それを誰がどう思うかなんて、そこまでは自分に知ったことではないけれど。
「歪《ユガ》みきってオーバードライブ
君は誰のために 唄っているの?
世界に唯一の その心で」
きっと、彼女には届くはずだ。
彼女は同じ“ウタ”なのだから。
「歪《ヒズ》みきったオーバードライブ
君は誰のために笑っているの
誰かのためじゃなく
自分のために 唄っていいよ」
あんたの歌声は、確かに誰かのためにある。だって、歌は一人で歌ったって寂しいだけだから。
- 1621◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:46:53
だけど、それと同じくらいに、自分のためのものだ。
だってあんたの心は、あんたのものなんだから。
「誰かのためじゃなく
自分のために 笑っていいよ」
だから、あんたも自分の世界を生きていいんだよ。
だってわたしが、これだけ好き勝手やっているんだから。
そして、それでも周囲にいてくれる人を大切にすると良い。きっとそれは、良い縁なのだろうから。
ウタの体が、光の粒になって消えていく。
ばいばい、なんて。
彼女の口が動く。
ムジカは首を傾け微笑んで、ギターのアルペジオでそれに応えた。
彼女が消えていく光の彼方を見上げて、呟く。
「しっかりシャンクスと話し合いなよ。“あんたの”人生なんだからさ」
その言葉は、ウタに届いたのだろうか。
届いていたら、いいな。
でも、届いていなくても、それでいい。
最後に見たあの子の表情に、少しだけ希望の色が見えたから。
- 1631◆a5YRHFrSYw23/02/26(日) 20:53:43
- 164二次元好きの匿名さん23/02/26(日) 21:19:25
作詞できるのすごいな…
モネ戦のときに歌ってた歌も好きだった - 165二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 06:59:45
hos
- 166二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 18:02:51
ほ
- 167二次元好きの匿名さん23/02/27(月) 23:57:32
保守!
- 168二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 06:55:56
保守!
- 169二次元好きの匿名さん23/02/28(火) 17:02:19
保守~
- 1701◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:28:07
18.幻
広い宮殿のような、美しい光に包まれた空間にぽつりと一人残され、わたしは小さく息を吐いた。
とりあえずは、と肩にかけたギターを外して、適当に空中へと放る。
きらびやかな音とともに、そのギターは空中で小さな音符の群れとなって、そして消えていく。他の楽器たちも、同様に。
本当に独りぼっちになってしまい、しかしわたしは焦ってはいなかった。
(──少しの間だったけど、少し名残惜しい……かな?)
もちろん、それで足を止めるようなことはしないけれど。
この世界の“麦わらの一味”にも、たくさん助けてもらった。
お礼を言えなかったのだけは、少し心残りかもしれないが、しかし、ルフィならわたしがどう思っていたかくらい、わかってくれるだろう。
それに、彼らはわたしがどういう存在なのかを知っている。戻らなければ、きっと目的を達成したのだと推察してくれるはずだ。
……もちろん、そうでない可能性もあるけれど、それを心配したところで、今のわたしにできることは、もう何もないだろう。
わたしはベンチにゆっくりと腰掛ける。
この世界に生きる人たちは、この世界で為すべきことがある。この世界で生きていく。
なら、わたしはどうするか。
決まってる。
自分の世界で、自分の“夢”を追うだけだ。
この旅に出てから何も変わらない。
“新時代”を、迎えに行くだけ。
だからもう、帰らないと。
- 1711◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:29:23
なんとなく、どうすればいいのかはわかっていた。
ウタウタの世界からの脱出に必要だったのは、“Tot Musica”の存在だった。
そして、先ほどはあの子が歌った“Tot Musica”を撃破することによって、あの子は現実世界へと戻ったのだ。
そして今、ウタウタの実の力は、わたしの体に宿っている。
では、わたしが今、『Tot Musica』を歌ったとしたらどうなるのだろうか?
「ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ────……♪」
その曲のことは、わたしが誰よりも知っている。
なにしろ、編曲をするために、ゴードンとブルックと一緒に読み込んだし、それに何より、その原譜を歌ったことがあるのはわたしだけなのだから。
だから、楽譜がなくたって空で歌える。
音も、詩も、すべて覚えている。
「───── ─────……♪」
ただ、目を閉じて口遊む。
静かに、ゆったりと。
もともとの曲調を知っている人が聞けば、むしろ同じ曲なのかを疑うだろう、そんな歌い方。
まるで子守歌のように、しっとりと。
「───── ─────……♪」
- 1721◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:30:13
歌いながら、わたしは自分の口角が自然と上がるのがわかった。
だってそうでしょう?
仮に今、“魔王”がこの曲によって現れたとして、こんな歌い方で出てくる“魔王”が恐ろしいはずなんてない。
小さな子供のような姿で、ヘタをすると寝衣でナイトキャップを被っている可能性だってある。
もしそうだとしたら、きっとわたしは笑うことをこらえることができないだろう。
「───── ─────……♪」
しかし、歌えども歌えども、“魔王”が現れる気配がない。
それどころか、いつかこの曲を思い出した時に感じた、頭の中で曲が鳴り響くような、そんな感覚すらもない。
それはきっと、わたしがこの曲をちゃんと自分のものにしたから。
だからもう、わたしはこの曲は怖くはない。
歌いながら、ふと思う。
──ねえ、あんたはもう寂しくない?
「───── ─────……♪」
- 1731◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:31:17
- 1741◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:32:26
トン。
ふと、足の裏に当たる難い感触。
いや、これは靴音か。
どうやらわたしは立っているらしい。
ゆっくりと目を開く。
そこは、黒い空間だった。
見覚えがある気がするのは、つい先ほどまでいた“Tot Musica”の内に似ているからだろう。
少しだけ、左側が見づらいような気がする。
いや、これは──これが、いつものわたしの視界のはずだ。
今までが、少し見え過ぎていただけ。
……ああいう髪型も、たまにはいいかもしれないな。なんて、そんな呑気なことを思った。
「……それで、これで良かったの?」
わたしは振り向かないで、問いかけてみる。聞きなれたわたしの声が、自分の口から聞こえた。
しかし、返事はない。
ただ、ひっくひっくと、喉のなるような音が聞こえる。
……まったく、最後まで手がかかるんだから。
わたしは苦笑しながら振り返って、その鳴き声の主を見た。
- 1751◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:34:10
そこに立っていたのは、わたしが想像していたよりも、わたしより少し小柄な少女だった。
いや、正確に言えば、少女の“影”とでも呼べばいいのだろうか。
黒いワンピースを身に纏い、黒い長髪をもった、真っ白い少女。
肌が白い、というわけではない。
不定形に、不安定に。
その体の輪郭が、ぼんやりと揺らいでいるのが見て取れる。
しばらく待ってみたが、やはり泣き止まなかったから、わたしはもう一度同じ質問を投げてみた。
静かに、優しい声で。
これで良かった?
やはり少女は泣いたままだったが、今度は小さく頷いた。
「そっか」
よかった、と呟いた。
そうしてから、わたしは彼女に優しく声をかける。
「じゃあ、出口を教えてもらっていい? みんなが帰ったみたいに──、あの子が帰ったみたいに、わたしもそろそろ帰らなくちゃ」
目のあたりから零れ落ちる白い雫を片手でぬぐいながら、その黒い少女がおずおずと手を差し出してきた。
「……案内してくれるんだ?」
- 1761◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:35:02
小さく、少女が頷く。
わたしは迷うことなく、左手で彼女の手を握った。
ぼんやりとしていた輪郭が、わたしがしっかり握った瞬間に、しっかりとした人の手の形になる。
しっとりとした、やや冷たい掌の感覚。
その小さく細く、そしてやわらかい手だった。
わたしの、マメやらなにやらによって固くなった手とは違う。
ああそうか。
少しだけ、わたしの胸が苦しくなった。
こんな手の少女が──、そっか。
弱い力が、わたしの手を引く。
わたしは彼女が誘うままに、そちらへと歩き出した。
暗闇の中を、二人で歩く。
わたしのこつこつという固い足音が響く。
黒い少女の、ひたひたという足音が響く。
隣に並んで、真っ直ぐに。
歩調を合わせて、ゆっくりと。
泣き声はいつしかなくなっていた。
ふと視線を感じて、わたしが少女の方を見てみると、彼女が何かを求めるように、じっとこちらを見上げていた。
なんだろう。
言葉はない。
……彼女は何を求めているのだろうか。
少し考えるが、思い当たるものは一つだけしかなかった。
わたしとこの子のつながりなんて、それしかないから。
- 1771◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:35:54
「……何か歌ってほしいの?」
こくり。
小さく、頷いた。
「うーん、何でもいい?」
こくり。
もう一度、黒い少女が小さく頷く。
そっか、と呟いて、わたしは少し上を向いて、何を歌うか考える。
──ああ、そうか。
今、この場面。
歌うとしたら、きっとこの曲がいいだろう。
あの人たちに、お礼もお別れもできなかったのだ。
帰るまでの道中に歌うのならば、この歌がいい。
「この風は────♪」
『風のゆくえ』。
この世界のルフィに、ブルックに、“麦わらの一味”に、直接届かないとしても。
わたしが元の世界に帰り、この世界から消え去ったとしても。
いつか大海原に吹く風に溶けたわたしの歌声が、いつか彼らの背中を押すことができれば、それはきっととても素敵なことだろうから。
同時に、もう一人のわたしに。
立ち止まっても、転んでも、倒れても、それでも新しい風は吹く。
この世界に独りぼっちでなければ、いつかはきっと。
それがいいものか悪いものかはわからないけれど。
あいつが“夢の果て”を追い続けている間は、きっと大丈夫だから。
- 1781◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:37:43
「───── ─────♪」
歌に合わせて、ゆっくりと歩く。
心なしか、握っている手が温かくなったような気がする。
満足してくれているのだろうか。
何を感じているのだろう?
何を思っているのだろう?
でも、その手を離さないということは、きっと受け入れてくれているのだろう。
「───── ─────♪」
やがて、歌も終わるころ。
ふと、目の前に誰かがいることに気が付いた。
最初からいたのだろうか。
それとも、不意に現れたのだろうか。
白い服に、白い髪の毛、そして白いワンピースを着た、わたしとさほど背の変わらない少女が、そこに立っていた。
(────あ)
ふいに、思い出す。
確か、この世界で目を覚ます直前に、目の前を横切ったのは──。
にこり。
その白い少女が、優しく微笑んだ気がした。
- 1791◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:38:23
パチン。
その少女が、指を鳴らす。
すると、白い少女のそばに、大きな白い扉が現れた。
トッ。
と、黒い少女が、わたしから手を離して、白い少女のそばに小走りで駆けていく。
ああ、そうか。
彼女たちは姉妹だったか。
今まで逢うことはなかったのだろうか。
白い少女が、黒い少女を抱擁する。
黒い少女が、白い少女の背に手を回す。
しばらくして、二人は離れると、わたしの方を振り向いた。
ありがとう。
声なんて聞こえないけど、そんな言葉が聞こえた気がした。
白い少女が静かに頭を下げて、続けて黒い少女も頭を下げる。
わたしが手を振ってそれに応えると、がこん、と扉が軋みを上げた。
ひとりでに、その白い扉が開く。
その奥にある光は、とても、とてもまぶしく暖かくて。
まるで、ひだまりを思い出す、そんな光だった。
- 1801◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:40:18
その光に向かって、わたしは一歩、歩き出す。
「あれ?」
わたしだけじゃ、なかった。
隣に、黒い少女と白い少女がいた。
……ああ、そうか。
彼女たちを外の世界に引っ張り出したのは、わたしか。
さあ、帰ろう。冒険の海へ。
ふふ、と笑うと、隣で二人も笑った気がした。
一緒に三人で、手をつないで歩き出す。
光あふれる扉の向こうへ。
まどろみに誘う、暖かな光に抱かれて、わたしはゆっくりと暖かな眠りに落ちていく──。
- 1811◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:42:04
本日の投稿は以上になります
今回出てきたキャラが何なのか意味が分からないという方は、>>2のテレグラフリンクの最下部にあるSSをお読みいただければと思います。相変わらずの独自設定です
木曜日の投稿で最終回予定ですよろしくどうぞ
- 1821◆a5YRHFrSYw23/02/28(火) 20:43:25
残りレス数が微妙なので次話は新スレで行おうと思います
ここまでの質問や感想などありましたら、答えられる範囲で応えますので、埋めがわりにどうぞ(そんなに人がいない) - 183二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 08:04:26
まず前スレを貼ってないでは無いかァ!!
FILM “Scarlet”【IF/SS/捏造設定あり】|あにまん掲示板bbs.animanch.com - 184二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 08:24:17
REDウタも無事で、こっちのウタも無事帰ってこれそうでよかった
ラストも楽しみにしてます
蔵書室で石像がムジカを狙ってるっぽかったのは何ででしょうか?
ウタが敵視してたからそれが反映されたとか? - 185二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 18:11:15
保守
- 1861◆a5YRHFrSYw23/03/01(水) 18:32:51
ご質問ありがとうございます。その件につきましては、私なりの考察が入ってますのでご容赦を。
結論から言いますと、あの時主人公の方のウタの体がムジカボディだったからです。
まず、あの石像が何のために存在しているのかを考えた際に、二つほど役割が思いつきました。一つは、蔵書室を賊から守る防衛者としての役割。もう一つは、Tot Musicが外へ持ち出されるのを防衛するための役割です。
おそらく、侵入者全般を攻撃する設定はなされていないのでは、というのが私の見解です。そうでなければ、新たに所蔵したい本が出てきてしまったときに困りますから。そして、ウタの影響はないのではと思います。歌声が届かないここなら、というようなセリフが映画本編にあったと思ったので。また本編では、ジンベエなどが扉を破壊したため、賊判定を受けたと考えれば辻褄は合います。
さて、本題の何故ムジカが狙われたのか、という点です。
におわせ程度でしっかり描写していないのでアレなのですが、ムジカの体はTot Musicのベースとなった人物と同様の物である、という設定で書かせていただいていました。しかも、それを用意したのもTot Musicです。そのため、上記の像の存在意義の後者に引っかかると思ったのです。「Tot Music(の肉体、あるいはその力を感じる生物)が自由に動いている。外に出られる前に防衛(焼却処分)する」という流れですね。そのプログラムに則り、ムジカは狙われることになった、ということです。
説明がヘタクソで申し訳ありません……
- 187二次元好きの匿名さん23/03/01(水) 19:05:30
- 188二次元好きの匿名さん23/03/02(木) 05:02:34
保守
- 189二次元好きの匿名さん23/03/02(木) 13:57:22
ほ
- 1901◆a5YRHFrSYw23/03/02(木) 20:18:02