幸せな結末[SS]

  • 1123/02/21(火) 21:43:25
  • 2123/02/21(火) 21:44:59

    画像添付ミスしてるぅ!

  • 3123/02/21(火) 21:46:23

    ____彼女の瞳が好きだった。
    気が狂うほど好きだった。

    だから、
    ついさっきまでの光景を、認める訳にはいかなかった。

    『自分の好きな人には、別の好きな人がいた』
    そんなありふれた終わり方、私は嫌いで、
    結末なんて、私なりに書き換える。

    Happy endで始められなくても、Bad endでは終わらせないために。

    濡れた瞳見つめ、唇に愛の言葉をのせて。
    静かに、抱きしめる。


    「私と、付き合って下さい」

    口にしたのは、重い、重すぎる言葉。

    これ以上に、言うことはなかった。
    雨の水曜日に、余計な言葉は、要らなかった。
    彼女の肩が濡れないように、私の気持ちが伝わるように。
    もう一度、彼女を引き寄せた。惹き寄せられていた。

    とくん、とくん。
    鼓動の音が、リンクしていく。私たちは、混ざり合って、一つになる。
    数回の拍動のあと、彼女はやっと、口を開いた。

  • 4123/02/21(火) 21:47:39

    ____“私“には、好きな人がいた。
    そのひとは、私と歩いてくれたひと。
    私の心はその人と繋がってて、
    私の身体も、繋がってた。
    だって、そうだよね。同じ目標を一緒に目指して、同じ身体で、夢を追うんだから。

    でもね。

    私は、もう一人出会ったの。

    その人は、不器用で、察しが悪くて。
    でもそれ以上に、優しくて、強くて、カワイくて……
    同じ夢を目指すのに、違う身体で、競い合う。
    そんな関係が大好きだった。

    そのひとは、私と走ってくれたひと。

    いつからか、私の心には、いつもふたりの影がいて、
    それで、ようやく、気づいたんだ。

    『あぁ、いま私、恋をしているんだ』って。

  • 5123/02/21(火) 21:48:59

    それはあんまりに酷いことで、
    どうにも受け入れられなかった。
    相手にどんな努力、背景、事情があったとして、一着だけは譲れないように。
    私は、一番を決めなきゃいけないんだから。
    相手が私を好きかどうかは関係なくて、ただ、自分の気持ちの整理だった。

    一度整理して、彼と過ごす。
    また、ばらばらに散らかってしまう。
    もう一度整理して、彼女と走る。
    また、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられてしまう。

    誰にも言わなかったし、誰にも気づかせなかったけれど、
    自分でも怖いと思うくらい、冷静沈着な私の心は、

    呆気ないほどに乱れていた。

    ふとした時に、白い言葉を、告げてみたくなる。それは衝動的なものだったし、強い強い誘惑。
    だけど、それに流される訳にはいかなかった。半端な気持ちでは、私は一生後悔すると。私は私のことを、よくわかっていたから。

    ____思えばそうやって、先送りにしていたんだ。
    今の関係が壊れるのが怖いだけで、私はどこまでも、半端者だったのだ。

    それでいて、どうしようもないことに、私は焦っていた。二人とも、魅力的であることに疑問は一切ないんだもの。今この時しかチャンスがないように思うのも、当然でしょ?

    そう。言うまでもなく、とんでもない矛盾だった。焦っているのに、先送り。テスト勉強みたいな感じ。
    それを私も自覚していたからこそ、なおタチが悪かった。
    私は、結果を急いだ。過程の全く伴わない、結果だけを急いだ。

  • 6123/02/21(火) 21:49:55

    だからね、
    菫色の雨が降りしきる窓を横目に見ながら、
    私は勝負服を着たの。
    おろし立ての勝負服を。
    見せつけるように。


    それは、雨の水曜日。

    甘いメロディーに、息を合わせて。
    私が手を出せば、手を取ってくれる。
    ワルツは全てを忘れさせ、私は多幸感の絶頂に。

    そのまま、そのまま。
    彼を押し倒した後もそのまま。
    表情も、感情もそのまま。
    だというのに、
    彼は、優しい目をして言ったのだ。

  • 7123/02/21(火) 21:50:38

    「珍しいね」

    それはきっと、私が押し倒したことなんかじゃなくて、
    私の心の話。

    わかっていたんじゃないかな。
    心の片隅、私も知らないような場所にある、
    違う色のざわめきを。

    でも、その言葉には侮蔑はなくて、諭すような口調でもなくて、
    完全に、私に任せていた。正に言葉通り。ただ、『珍しい』とだけ。

    その言葉は、今の私に、深く深く刺さる言葉だった。つまり私には、こう聞こえたのだ。

    『焦るな』って。

    多分彼は、私がそれでもいいと言ったなら、そのままの行為もしたのだろう。
    本当に、優しい人なんだから。

  • 8123/02/21(火) 21:51:21

    ちょうど、その時だった。


    ドアの向こうから、啜り泣く声が聞こえたのは。

    見知った声で、深く悲しむ、後輩の姿。
    私は、彼女と違って察しがいいから。
    わかっちゃったの。


    (あぁ、最悪だ)

  • 9123/02/21(火) 21:52:07

    それはこの状況もそうだったし、
    彼女を泣かせてしまったのも、
    見せつける形になってしまったのも、
    全て、私が迷った挙句の産物だということも、

    なにからなにまで、最悪だった。

    せめて、気づいてしまったことを、気づかれないように。

    「わたし……っ、こわくて…………せんぱいがどこかにいっちゃうとおもってっ…………どこか、どこかとおいところにいっちゃうとおもって……っ」


    ____せめて……


    「____立てる?」

  • 10123/02/21(火) 21:53:18

    廊下を歩いていた時も、私は彼女の顔を直接見ることは出来なかった。
    それなのに、窓の縁をなぞりながら、反射するスクリーンに、私は釘付けだった。
    顔を左に向ければすぐにわかるというのに、私にはそれができなかった。
    いつまでも、窓枠に上映される、
    横顔の淡いかげに、
    ぼんやりみとれていた。

    「雨、まだ降ってる?」だなんて、聞いては見たけれど、
    それは即ち、そんなものすら見えていないということだった。

    今はただ、彼女の胸の奥だけが気になった。
    どう思われているか、それだけが。

  • 11123/02/21(火) 21:53:41

    「傘、入ります?」

    だから私、ホッとしたの。
    心の距離とは、あまりに乖離していて、
    顔をまともに見ることもできないけど、
    赤い傘を、置いていくくらいには。

    ホント、ばかみたい。

    同じ傘の下二人、話すことは山ほどあるはず。
    なのに、今は、
    話題も途切れたまま。

    生まれ持った美貌も、身につけたコミュニケーションも、
    一番肝心な時に、なんの役にも立たなかった。

    遠くから、グリーンライト仄かに、一台の自動車が通り過ぎていく。
    なんということもなく、そのテールランプを追う。
    少しだけ、横顔が見える。
    空っぽな瞳をしてる、
    彼女の無表情。

    私の胸、その真ん中に、刃を突き立ててやりたいほど、
    ____やるせなかった。

  • 12123/02/21(火) 21:54:58

    「……香港遠征の帰り際、飛行機でした話、覚えてます?」

    先に口を切ったのは、彼女。
    それは、話題を探していたという感じじゃなく、思い出したかのような。今見てきたかのような。

    うん、うん。覚えてるよ。はっきり、昨日のことみたいに。
    だって、嬉しかったもん。

    「____海が見たいって、言ってましたよね」
    「私が、連れていくとも」

    縋るような声だった。
    能面のような顔から、あまりに感情的な声だった。
    光るアスファルトに視線を落とす。
    雨音は、歌が謳うほど綺麗じゃないんだと、初めて知った。

  • 13123/02/21(火) 21:56:08

    一体、いつからすれ違ったのか。

    彼女を好きなのは間違いなくて、それと同じくらい、トレーナーを好きなのも間違いない。
    時の流れが解決してくれると、他人事のように思っていたのに、天秤はどちらに傾くでもなく、ただ、想いだけが募っていった。
    壊れてしまうのが、目に見えるほどにまで。

    どこか遠くに行ってしまうのがわかっているのに、それを止める手段を私は持っているのに、
    今更何を言ったらいいのか。
    私には分からなかった。

    この後に及んでまだ私は、色々なことが分からないままだった。

    気づけば、もう寮もすぐ。門の見える位置にまできた。
    門の前、一段と強い新しめの街灯が、私達を待っている。
    『嫌だなぁ』
    私は、直感的に思った。

    同じ傘の下二人、そんな時を過ごせているだけで、私は満足だった。

  • 14123/02/21(火) 21:56:21

    ____本当に?

  • 15123/02/21(火) 21:57:07

    私が満面の笑みを向けたのは、
    プライベートまで付き合うようになったのは、
    彼女を後継に選んだのは、
    引退レースに呼んだのは、
    負けてもどこか清々しかったのは、
    彼女の懐で泣いたのは、

    なぜ?



    ぱっ、と。
    心の雲が晴れ渡る。
    やっと何かが、分かった気がした。

  • 16123/02/21(火) 21:57:41

    「先輩」

    いつの間にか、彼女は止まっていて、私の足も自然、そうなっていた。
    私は遠く、遠くを見ていた。

    真っ黒な、曇天の空を見て、
    黒く塗りつぶした画用紙みたい、って、
    ずっと思っていたけど。
    今の私は白い絵の具。
    黒い絵の具は投げ出した。
    だってもう、いらないもんね。

    彼女の方に顔を向ける。
    彼女の瞳を見て、いつか自分が言ったことを思い出す。
    水彩画みたいな、パステルカラー。
    私の好きな、瞳だった。

    突然、
    ぎゅっと、力強く抱きしめられる。

    すこしだけ、おどろいた。

    彼女の息遣いまでがはっきり聞こえる。
    抑えきれない心音とは裏腹に、私の心は、信じられないほど穏やかだった。
    首元から匂う甘い香りに揺蕩いながら、
    私は、彼女の言葉を待っていた。

    彼女は一呼吸、二呼吸おいて、もう一呼吸。
    口を開いて、言った。

  • 17123/02/21(火) 21:58:21

    「________________」



    ふわふわ、していた。
    何かが間違っているのかと、疑わずにはいられないくらい、現実感がなくて。
    神様がいるとしか思えない程の。

    傘からはみ出て、濡れた髪が、とっても綺麗。
    水滴さえアクセサリーにして、彼女は、誰よりも、輝いて見えた。


    色々なことが、わからないままだけど、
    すごく、簡単なことだったんだね。



    「____うん、私も、あなたが好き」

    「付き合って、下さい」

  • 18123/02/21(火) 21:59:24

    ____________________________________


    景色が、変わって見えた。
    初めてだった。
    こんな体験。
    初めてだった。

    世界が色を取り戻す。
    モノクロームなんかじゃない。
    美しく、
    優しく。

    自分の背中に回される手が、温かい手の感触が、その全てを物語っていて、
    私は暫く、実感もないままに、その事実に酔いしれていた。

    彼女の顔を見る。
    穏やかな、表情だった。

    じわじわと、眉間の奥が熱くなって、
    嬉しくて、嬉しくて、
    このままだと、泣いてしまいそうだったから。

    私も彼女も、何も言わなかったけれど、
    彼女は、私と違って『察しがいい』から。
    静かに、目を閉じて……

  • 19123/02/21(火) 21:59:55

    ____熱く、甘い。
    初めての、『征服』。
    恋するふたりの、その証拠。


    ____あぁ、
    なんて素晴らしいことなんだろう。

  • 20123/02/21(火) 22:00:53

    どれくらい、こうしていたのか。
    わからないけれど。
    終えた後は、ただ抱き合っていて。
    嬉しい、嬉しい、嬉しい!
    ……そんな気持ちを、抱きしめていた。

    先に口を開いたのは、彼女の方で、
    ロマンチックな言葉を、期待したけれど。

    「……カナロア、痛い」
    「あっ!?あ、ご、ごめんなさい!」

    慌てて彼女を離す。春の布団から、一気に叩き起こされたような感覚だった。

    「……えへへ……でも、カレンも嬉しかった。……ありがと」

    彼女の顔を見て、ほっと一息つく。
    というか、すこし驚く。
    見たことないような顔をしている。にへーっとした、気の抜けた笑顔。そんな顔、私は知らないし、多分、彼女のトレーナーも、両親さえ……

  • 21123/02/21(火) 22:01:30

    「かわいい……」
    「……っ!もう!いまそーゆーこと言わないの!」
    「……ちょっと、恥ずかしい、から」

    ____一つだけ、いいだろうか。

    それは、カワイさがとどまるところを知らない先輩が悪いんじゃないの?

    「……うぅ〜……」

    うん、絶対そうだ。誰にも反論は許さない。
    彼女自身にさえ、許すものか。

    ……いや、本当に、信じられない程の可愛さだ。
    そんなに誘惑するものだから、私もつい、もう一度……

  • 22123/02/21(火) 22:01:59

    「せんぱーい!!」

    ……これ程、後輩を恨んだ日はない。
    ほんっとうに、空気の読めない後輩だこと。

  • 23123/02/21(火) 22:02:31

    「……どうしたの?」
    「うおっ、すっごい不機嫌そう!?せっかく同室の後輩が心配して、タオルを持って駆けてきたのに!?」

    あぁ、そういうことか。それは確かに、酷い顔で出迎えてしまった。
    ……後輩の方がびっしょびしょなのは、まぁ、置いておくとしよう。

    「おぉ、カレンさんもしっかり連れてきてますね!流石先輩!」

    あ、そう言えば彼女は……

    「……」

    おー、ちょっとだけ不機嫌そー。
    すこし、得意げになってしまう。彼女の不満そうな表情も、満面の笑みも、照れる様子さえ、見れる人はほとんどいないのだ。
    独占欲が、満たされていくのを感じていた。

    「ごめんね、後輩ちゃん。アヤベさんって……わかるかな?」
    「あ、はい。わかりますよ。カレンさんを探してました」
    「……あー、やっぱりね……じゃあ、手紙、お願いできる?」
    「手紙……ですか?」

    あ、私、知っている。この雰囲気。前にも感じたことがある。香港スプリントにお誘い(めいれい)された時。
    つまり、無茶振りの……

  • 24123/02/21(火) 22:03:41

    「カナロア!」
    「は、はい!?」
    「行くよ!」
    「どこに!?」
    「どこにでも!」
    「……はぁ!?」

    そういうと、彼女は寮と、逆方向に走りだして。

    「ほらー!カナロアも!そんな傘なんておいて!一緒に行こう!」

    ……なんてこった。どういうことなんだコレは。
    ムーンも固まっちゃってるし。まぁそうだよね。私もそうだもの。
    土砂降りって訳じゃないけれど、まだちらちら雨は降っている。そんな中、『傘なんて置いて』……だって。いやいや、お転婆さんなお姫様だこと。

    まぁ、でもね。

    雨に濡れながら、くるくる回る彼女の姿が、
    美しくないとは、とても言えなくて。


    「……ごめんね、ムーン。ここまで来てくれたのに」
    「……先輩まさか!?」

    後輩に傘を押し付けて、走り出す。
    私だって、帰したくないから。

  • 25123/02/21(火) 22:07:17

    門の後ろに、彼女はいて、
    「本当に、抜け出してきちゃったんだ」なんて、小悪魔的に笑う。

    目を細めながら、彼女は夜を眺めてる。
    私も、その側で、目を細める。
    二人とも、雨に打たれながら。


    「こんなに綺麗な夜景、初めて」

    丘の上から見える夜景は、いつもと違う顔で、
    100万ドルのそれも霞むくらいだった。

  • 26123/02/21(火) 22:07:44

    寮の門を、二人で抜け出して、
    光る街を背後に、踊り明かす。
    溢れる気持ちが、抑えきれない。

    二人の明日を、夢に描いて……
    あぁ、これが、『幸せな結末』

    今なら言える。
    素直になれる。
    いつまでも愛してる。

    今夜、あなたは、私のもの。

  • 27123/02/21(火) 22:10:21

    ____________________________________


    「お手紙でーす」
    「……後輩さん?どうしてそんなにびしょ濡れで……というか、カレンさんいたの?」
    「いましたよー、先輩が連れて帰ってきた……んですけど……取り敢えず、私はそれを渡してって言われただけなんで、じゃ!」
    「ちょっ……はぁ……無事だったなら良かったけれど……」

    「で、これはなんなの……」

    ぴりっ……



    『迷惑かけてごめんなさい
     デートに行ってきます♡
                カレン』

    「…………」

    「……ふふっ……」


    「……行ってらっしゃい。頑張って」

  • 28123/02/21(火) 22:15:07

    終了です。

    申し訳ない……これだけ遅くなったのは全部課題ってやつが悪いんだ……
    そして申し訳ない……文章がおかしいのはコロナってやつが悪いんだ……
    そして、待っていてくれた皆さん、これを機に前作共々一から読んでくれた皆さん。
    ありがとう!

  • 29二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 22:18:05

    雨の中の2人……青春ですね!前作とともに楽しませていただきました。
    (細かいことですが「けいせん」でこれ「─」が出せます)

  • 30123/02/21(火) 23:07:14

    >>29

    ありがとうございます……

    いっつもはアナログで自作小説を書いているんですが、何分機械音痴なもので罫線の引き方がマジでわからず……

    助かりました!

  • 31二次元好きの匿名さん23/02/21(火) 23:11:02

    素晴らしい・・・BGMはこれでしょうか


    大滝詠一 幸せな結末


  • 32123/02/21(火) 23:21:12

    >>31

    それですそれです。リンクありがとうございます。

    いやぁ、大滝詠一様様ですね。

    私、大好きです。

  • 33二次元好きの匿名さん23/02/22(水) 09:31:31

    ほしゅ

  • 34123/02/22(水) 18:05:51

    元ネタその3

    >>3『夏のペーパーバック』

    >>3『Happy Endで始めよう』

    >>3『恋するふたり』

    >>3 >>6『雨のウェンズデイ』

    >>10 >>11『木の葉のスケッチ』

    >>11『Velvet Motel』

    >>18『君は天然色』

    >>24 >>26『幸せな結末』


    大滝詠一に頭が上がりません。

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