- 1二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 20:28:16
- 21◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:28:57
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「――スちゃん、開けて!」
ドアを叩く音がする。目覚めの一呼吸が体中に酸素を染み渡らせ、ゆっくりと眼前の風景が像を結び始めた。
昨日は、たしか――
頭上の机に頭をぶつけたことで急激に意識が戻る。昨日は確か、空き教室に忍び込んで、窓際に寄せられた机たちの足もとで眠ったのだ。最初に来た者をとびっきり驚かせるために。
シンコウウインディは小さな体でするりと抜け出すと、うっすらと埃の積もったタイルの上を音もなく這って、ドアの前に伏せた。その直前に、すりガラス越しに3人のウマ娘の影と、向かいの教室の窓に立てかけられたパネル展示の赤い文字が目に入る。
今日は文化祭当日。普段とレイアウトが違う学園内は隠れる場所に困らない。この3人が犠牲者第1〜3号だ。
「――本当にここ?」
「はい部長、昨日3人で追い込みしてて……鍵はかかってなかったはずなんだけど」
「守衛さんが夜の間にかけたんじゃない?」
廊下から漏れ伝わる会話に紛れて静かにスライド錠を開き、伏せたままドアに手を掛ける。外のウマ娘たちがもう一度ノックされるか、ドアを開けようと試みる瞬間に神経を集中させ――
「ガオガオ!!」
勢いよく飛び出した。呆気にとられた3人の顔を記憶に焼き付け、逃げを打つ
「……っ、ヴァイスちゃん?」
そういえば、目が覚める前にも聞いた呼びかけだった。自分を通り越して背後の教室に投げかけられる視線を追う。
芦毛のウマ娘が教室の窓辺に寄せられた机の上に横たわっていた。ぐったりとしていて、返事がない。ちらりと覗く首筋には、赤く染まった傷のようなものが見える。あれは噛み痕だろうか?
呼びかけていたウマ娘が駆け寄って体を揺すっている。
あの場所は、さっきまで自分が隠れていた、その頭上だ。
冷たいものが背中を伝う。
次の瞬間、シンコウウインディは2人のウマ娘の制止を掻い潜って走り出していた。身に覚えのない罪が背中から覆いかぶさってくるのを感じていた。 - 31◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:29:14
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走り始めてすぐに、思っていたのと逆方向に向かってしまっていたことに気づいた。こっちは普段使わないので土地勘がない。
それでも足を緩めるわけには行かず、階段を飛び降り、出店を突っ切り、展示物との衝突を回避しながら走る。エントランスのガラス張りの天井からは朝焼けで紫色に染まった空が覗いていた。
「待ちな!ウインディー!!」
「うげえっ?!」
その声だけで殴られたような衝撃が走る。美浦寮寮長、ヒシアマ姐さんことヒシアマゾンだ。彼女ならウインディの噛み癖のこともよく知っている。
ウインディは靴底を削りながら直角に曲がると、柱の陰にあった扉の取手を掴んだ。
――こんな場所に扉があっただろうか?
一瞬、疑問が脳裏をよぎる。
広い学園内では普段訪れないエリアはいくらでもあるが、その扉の登場は少し唐突で突飛に思えた。素材も古い木製であり、飾り窓の並んだ……喫茶店の扉だ。
しかし、選択肢は他にない。
CLOSEの掛札を無視して押し開くと、カランコロンと子気味の良い音が鳴り響いた。
「……いらっしゃいませ……まだ、開店前ですが」
「……っ、匿って欲しいのだ。無実の罪で追われてるのだ!」
制服の上からエプロンを着けた青鹿毛のウマ娘はため息をつくと、ウインディをテーブルの1つへ案内した。
「……どうぞ。落ち着くと思います」
湯気のたつカップがひとつ、差し出される。中には真っ黒なコーヒーが注がれていた。
「ウインディちゃん、ニガいのは……」
「ミルクはこちら、角砂糖も……どうぞ」
「ありがとうなのだ……って、そうじゃなくて!」
「ここは、私が毎年開いている喫茶店です……その必要がない限り誰も来ませんから」
「そういう……ものなのだ?」
「はい……そういう、ものです……」
青鹿毛のウマ娘がウインディの対面に腰掛ける。
「お話……伺います。シンコウウインディさん。私は……マンハッタンカフェ。今日は、このお店のマスターです」 - 41◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:29:26
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「なるほど……それは大変でしたね」
カフェは事のあらましを聞き終わると、静かに視線を扉の飾り窓の向こうに投げた。すりガラス越しにトレセン学園の制服が行き来している。文化祭の開催時刻が迫って、生徒の往来が活発になってきているのだ。
例年であれば誰も訪れないこの喫茶店に、大勢のウマ娘が訪れたのは去年の事。トレーナーの勧めもあり、今年はしっかりと在庫を確保して開店に臨んだ。当のトレーナーは今朝になって消毒液の不備に気づき、今はドラッグストアの店先でシャッターが開くのを待っている頃だ。
「とにかく、しばらくウインディちゃんを匿って欲しいのだ」
「……教室の鍵は、あなた自身がかけたのですか?」
ウインディは昨夜の記憶を掘り起こすのに少し黙り込んでから
「違うのだ。最初入ろうとした教室は誰か居たのだ。なんか騒いでたし……それで、向かいの教室も鍵がかかってないことに気づいて、そっちにしたのだ」
と答えた。
「なるほど、つまり……」
現場には鍵がかかっていて、教室内には被害者とウインディの2人だけ。
「もし、その芦毛の子に危害を加えた人物が居るなら……密室から犯人だけが消えた、ということですか……」
「ウインディちゃんはやってないのだ!」
そうは言っても状況が悪すぎる事は自分でも分かっているらしく、ウインディは歯噛みした。しかし、対するカフェが笑顔を見せている事に気づくと、キョトンとした表情に変わる。
「もちろんです……こちらを」
カフェが取り出したのは小さなアンティークの手鏡だった。
「あっ!?」
頬に直線が走っている。よく見ると、その部分だけが山折りにした跡のように周囲から盛り上がっていた。
「それ……タイルの隙間に長時間押し付けていた痕です……あなたは間違いなく、先程まで、教室の床の上で寝ていました」 - 51◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:29:44
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「じゃあ、これをヒシアマに見せれば……!」
「残念ですが……あと数分と経たず、消えてしまうでしょう……それに、犯行そのものは否定できません」
それでもカフェが彼女を信じることにしたのは、目の真剣さと、淀みなく矛盾も生じない発言によるところが大きい。ヒシアマゾンはどれくらい冷静に彼女の言い分を聞いてくれるだろうか……
「あー!どうすればいいのだ!!」
ウインディが耳をせわしなく動かしながら頭を抱える。
「一度現場に……今はとにかく、情報が足りませんから……」
カフェにはこの世ならざらぬ者たちの気配を探ることもできる。もしかしたら何か判ることがあるかも知れない。被害にあったウマ娘の安否も気になっていた。
その時、カランコロンとドアのベルが鳴った。ウインディが咄嗟にソファ席の裏に隠れる。
「……いらっしゃいませ……開店前ですが」
「あー悪いね。お客じゃなくて、ちょいと人探しをね」
口では笑いながらも、鋭い目を店内に走らせる。その視線がテーブルの上に置かれたままのカップに止まった。
「おや?アタシの前にも誰か来たのかい?」
「……これは試作です。ヒシアマゾンさんも、いかがですか?」 - 61◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:30:03
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「もしもし、トレ公かい?どうだった?容態は……」
カフェが席へ案内しようとした時、折悪しくかかってきた電話により、ヒシアマゾンはすでに引いてあった席に自分から腰掛けた。すなわち、先程までウインディが座っていた椅子だ。少し首を右に回せば、ソファの裏からはみ出しているウインディの尻尾が見えてしまうだろう。
「そうかい。いや、それがいいだろうね……ん、また後で」
「……どうかしましたか?」
カフェの内心とは裏腹に、電話を切ったヒシアマゾンの顔からは、先程までの緊張感が多少なりとも影を潜めていた。
「いやね。保健室に運ばれた子が居たんだけど……保険医の先生がまだ登校してなくてね。顔色もいいし、少し寝かしておくことになったってさ。その子の友達が応急処置もしたらしいし、一安心ってとこかね」
とりあえず、殺ウマ事件ではなかった事に安堵しながら、サイフォンに向かった。ヒシアマゾンからアイスコーヒーのリクエストを受け取り、グラスと氷をカウンターへ運ぶ。
「そういえば、カフェ。あんた今日は早出だったんだろう?何か知らないかい?」
確かに、開店準備のために早朝から登校したのだが、如何せんここから出ていない。
カフェが首を横に振ると、ヒシアマゾンは机に肘をつき、大きなため息をひとつ、吐き出した。
「……少し、聞いてくれるかい?」
「ええ……時間はありますから」
それに、彼女がここを訪れることができたのは、それが必要な事だからだろう。そういうものなのだ。 - 71◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:30:16
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――文化祭はもう明日だというのに、未だに事前準備に追われる寮生からの門限超過・外泊申請が、ひっきりなしにヒシアマゾンのスマートフォンを揺らしていた。本当はきちんとした書面の提出があって然るべきなのだが、下の学年になるほどそういった形式は破られ、メッセージアプリを介して申請が行われる。それをひとつひとつ書面に書きあらため、管理しなければならない。
ヒシアマゾンは背筋を伸ばすために思いっきりのけぞると、壁にかかっている時計を見た。門限まであと少し。一度門限を過ぎてしまえばこの作業も一段落だ。
スマートフォンが鳴動し、一件の写真付きメッセージを受け取る。
「演劇部……デイライトミラーとヴァイスパイク、遅れます……演劇部か。部長は厳しいコだからね……」
添付されている写真があまりにも申請に似つかわしくないので、ヒシアマゾンは苦笑した。それに、申請に必要な記載事項がいくつも欠けている。
「ヴァイスは出演予定もあるんだったね……仕方ない。大目に見るか!」
リストの未帰寮者から2人の名前を探し、ステータスを「申請受理済」に入れた。 - 81◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:30:33
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「――んで、これがそのときの写真。左の芦毛がヴァイスパイク、右がデイライトミラーだよ」
カフェも画面を覗き込む。大きな1枚の黒い布――舞台用の暗幕だろうか――に包まれた2人の笑顔が並んでいた。暗幕に大量に縫い付けられた金色のボタンが、十字に光を反射している。
「この写真……場所はどこなんでしょう?」
「今朝、ヴァイスが倒れてた部屋だよ、ほら、窓の外に赤い文字で……読めないけど、展示物が見えるだろ?向かいの教室のだよ」
カフェはしばらく写真を眺めたあと、首をかしげた。
「……ヒシアマゾンさん。この写真……自撮りじゃ、ありません」
「本当かい?」
少し見えにくいが、写真の中の2人の手は、ともに布を押さえるのに使われている。タイマーと三脚を使ったという可能性も考えられなくはないが、それにしては被写体に近い。
「……もうひとり、この場に居て、申請に名前がなかった……」
「要するに栗東寮の子だね……だけど、部活動の集まりだよ?変なことじゃないだろう?」
カフェがもう一度、首を横に振る。
「……いいえ、ヒシアマゾンさん。今回起きたことは……密室のようでいて、密室ではありません……現に、内側に潜んでいた人物に破られています……写真に写っていない人物が居ることは、重要です」
「なるほどねえ」
ヒシアマゾンが足を組み替える。
「ところでカフェ?」
「なんでしょう?」
「アタシはまだ現場が密室だったって事、言ってないよ?」 - 91◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:30:48
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ガタンと音がして、椅子が一脚倒れる。姿勢を低くしてドアに向かおうとしていたウインディが一瞬固まった。直後、駆け出すが早いか、ヒシアマゾンがその背中に組み付き、あっという間に腕を絡め取る。
「ウインディちゃんはやってないのだ!」
「じゃあ、どうして逃げるんだい?」
カフェは倒れた椅子を元に戻すと、2人が暴れてもいいように机の上を片付けることにした。
「きっとこれは……そう!吸血ウマ娘のせいなのだ!」
「面白い!聞こうじゃないか!」
そう言いつつも、ひねり上げた腕は離さない。
「ウインディちゃんが寝てる間に、吸血ウマ娘が攫ったウマ娘を教室に連れ込んで、ガブッと噛んだのだ!それから鍵をかけた後、煙になって逃げたのだ!」
まあ、吸血ウマ娘という謎の存在に目を瞑れば筋は通っている……のだろうか?煙になることができる点は一般の(?)吸血鬼と同じようだ。
カフェは片付けたカップをスポンジでこすりながら吸血ウマ娘のビジュアルを想像した。ハロウィンにはまだ少し早いが、掲示板にハロウィンメイク講習会の告知が貼り出されていたのを思い出す。ウインディもそれが頭に残っていたのかもしれない。
「カフェ!アンタ吸血ウマ娘に心当たりは?!」
「ないです」
カフェの即答を確認してから、ヒシアマゾンがさらに腕を締め上げる。
「あだだだ!」
「それにウインディ、あんたホコリまみれじゃないか!文化祭は外からのお客さんも来るんだよ?」
「何割かは今ついたのだ!」
「――あ、」
カフェの声は大きいものではなかったが、ウインディの抗議の声の中でも針のように鋭く突き刺さり、一瞬にして店内が静まり返る。俗に言う「天使が通った」というやつだ。
「どうしたんだい?」
「……ヒシアマゾンさん、保健室へ……今から話すことを、彼女たちに確認してみてください」 - 101◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 20:32:10
以降、解決編になります。
少し時間を空けてみますので、よろしければ推理してみてください。 - 11二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 20:36:42
- 12二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 20:47:36
埃の上の足跡?違うか
- 13二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 20:54:39
頭わるわるだから多分考えても分からないがこういうSSは好きだぜ!
- 141◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:38:31
- 151◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:39:21
9 / 13
カランコロンと扉のベルが鳴り、暗い栗毛のウマ娘が1人、案内も待たずにふらふらと空いた席に収まった。学園祭中だというのに、平時と変わらず制服に白衣という出で立ちである。
「やあ、カフェー。調子はいかがかな?」
「……いらっしゃいませ、タキオンさん」
アグネスタキオンは機嫌良さそうにメニューが書かれたボードを上から下へとなぞると、そこに書かれていないはずのアッサムティーを注文した。
「去年は来られなかったからね……いや、いい雰囲気だ。店中コーヒーの香りに支配されていることには文句は言わないよ。TPOはわきまえているつもりだからね」
「……わきまえてる人は、そうは言いません」
「そうかな?」
店内にはタキオンの他にも数組がテーブルを埋めており、それぞれコーヒーカップやケーキを前に、話に花を咲かせている。
その様子を何やら満足気に見つめていたタキオンだったが、カフェがキッチンの奥から琥珀色の液体で満たされたガラスのティーポットを持ってくると、さらに笑みを大きくして向かいに座るよう促した。
「先程面白い噂を耳にしてね」
「噂……ですか?」
「ああ、なんでも吸血ウマ娘が出たらしい」
タキオンがわざとらしく声を落とす。
「おそろしいね。怪異や怪奇事件はカフェの専門だろ?相談は来てないのかい?」
「……専門ではありません……それに、その件でしたら……今頃、ヒシアマゾンさんとシンコウウインディさんが解決していますよ」
2人の名に首をかしげるタキオンの顔がなんだかおかしくて、カフェはしばらくの間くすくすと笑っていた。 - 161◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:39:32
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保健室に1人の赤っぽい栗毛のウマ娘が駆け込んできた。手にはホームセンターのレジ袋を提げている。
「ミラーちゃん、ヴァイスちゃん、ただいま!」
「よかった。じゃあ……ヴァイスちゃんはもうちょっと寝てて。あとは私たちでなんとかするから」
「うん、頑張って……!」
そのとき、保健室の扉がノックされた。ヴァイスが慌てて布団をかぶる。
「……先生かな?」
しかし、扉を開いて現れたのは白衣の保険医ではなく、制服を来た2人のウマ娘――ヒシアマゾンとシンコウウインディだった。
「アンタが栗東寮のハートロッカーって子だね?フジのやつが外出届を受け取ったって言ってたが……もう戻ってたんだね」
「あ……はい」
栗毛のウマ娘が気圧されつつも答える。身を守るように胸の前に構えたレジ袋の中身が金属の触れ合う音を立てた。
「アタシはヒシアマゾン。美浦寮の寮長だ。こっちはシンコウウインディ……ちょっと間の悪い子でね。アンタたちのためにも、この子のためにも、確認しないといけないことがあるのさ」
シンコウウインディがグルルと喉を鳴らして威嚇するので、ヒシアマゾンはその頭をピシャリと打った。
「……ん。急いでいるみたいだし、うちの寮の子だけでいいよ」
「ハートちゃん、お願い」
かなり狼狽した様子を見せていたハートロッカーだったが、ミラーの言葉に頷くと、保健室を出て廊下を走り去って行った。
「あー、廊下を走ら……別件で説教を増やすんじゃないよ、まったく」
「それで……」
「ん、悪かったね。まず確認したいのは、ヴァイスのことだよ」
ミラーの背後でベッドに横たわるヴァイス。その首筋には――
「なるほど、落ち着いて見てもすぐにはわかんないもんだね」
「……何がです?」
「痛そうな噛み傷に見えるけど、木工用ボンドと絵の具で作った偽物……ハロウィンメイクってやつだね?起きていいんだよ、ヴァイス」 - 171◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:39:44
11 / 13
芦毛のウマ娘、ヴァイスパイクがゆっくりとベッドの上で上体を起こす。ヒシアマゾンは隣で憤慨の声をあげるウインディの首根っこを押さえて黙らせた。
「こないだの講習会のやつだね?よくできてるじゃないか」
「……あの」
「ああ、良いんだ。よし、えっと……アンタたちは昨日……さっき出ていったハートロッカーと3人で、舞台の背景に使う”星空”を作っていた。そうだね?」
あの写真に写っていた金のボタン付きの暗幕がそれだ。ヒシアマゾンは2人が首肯するのを待ってから続けた。
「そして完成が近づいた時、ハプニングが起こる。……たぶんだけど、幕用の支柱かなにかを壊してしまったんじゃないかい?」
「どうしてそれを?」
ここだけはカフェの推理に無かった部分だ。どうやら正解だったらしいリアクションに、内心胸をなでおろしながら言葉を続ける。
「さっきの子が買ってきてたの、パイプの継ぎ手だろ?他に使いそうなとこが思いつかなかっただけさね」
「ウインディちゃんがそのときの騒ぎを聞いてるのだ!観念するのだ!」
もう一度首根っこを掴んでウインディを下がらせる。 - 181◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:39:55
12 / 13
「修理には継ぎ手が必要。だけど在庫もない。と、なると朝イチでホムセンに走るしかない……部長に知れたら大目玉だと思ったんだろうね」
「……部費の倹約を、口酸っぱく言われてたんです」
「あちゃー、それじゃあ自腹かい?あとで請求できるか相談しといたげるよ……とにかく、ホームセンターの営業開始まで待つ間、部長の目を他に反らす必要があった。それで思いついたのが、演者でもあるヴァイスの意識が戻らない状況を作ること。」
その方法が”吸血ウマ娘による被害”なのは、演劇部ゆえの感性なのか、手元にハロウィンメイクの素材が揃っていたからなのか、はたまた、具体的な誰かに疑いの目がいかないようになのかは判らない。が、最後のが理由なら、よりにもよって噛み癖のあるウインディの闖入により目論見は外れている。
「なに、事が終わったら寝てましたとでも言えば、夜なべの後だ。ある程度は聞いてもらえるだろうね……だけど、現場に壊れた大道具が転がったままじゃ同時に部長の目に止まっちまう。それじゃ意味がない。そこで、アンタたちは現場をすり替えることにした……」
そう、ウインディが隠れた部屋は間違いなく空き部屋だった。彼女らがあとから来て、偽装工作を行ったのだ。
「……物じゃなく人の方を動かしたのは何でなんだい?」
これにはミラーが口を開いた。
「ヒシアマさんに送った写真……あれ、部長にも送ってたんです。だから、現場が別の部屋だとバレないように……向かいの展示パネルだけ動かせば、判断がつかないと思って」
「あー!!」
「急に叫ぶんじゃないよ。どーした?ウインディ」
「そーいえばウインディちゃん、教室から出たとき、逃げる方向を間違えたのだ!パネルが移動してたから、それを見て反対の教室に居たと、一瞬思い込んだのだ!」
「アンタにそんな一瞬の判断能力あったかい?」 - 191◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:40:03
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そうして教室を入れ替え、壊れた大道具から視線をそらすのに成功した。
「密室は何のことはない。被害者が狸寝入りなんだからね。内側から開け閉めできるさ。自分で隠れて見回りをやり過ごすことだってできる」
――この時期の夜中の校舎という、寒さと寂しさを一晩我慢する必要はあるが。
ようするに、今回の事件は全て狂言だったのだ。たまたまそこにウインディが居合わせたばっかりに、密室を用意してまでお膳立てした架空の吸血ウマ娘の罪が、像を結んでウインディに降りかかろうとしたのである。
「以上、何か言うことはあるかい?」
ヴァイスとミラーは視線を合わせて頷くと、立ち上がって2人に向き直った。
「すみませんでした!」
「うむ、許すのだ!罪を憎んで人を憎まずなのだ!」
ウインディが吠えるので、ヒシアマゾンは肩を空かした。
「それを悪戯常習犯のアンタが言うのかい……ま、憎むべき罪も無いしね」
「それと、どうして分かったんですか?現場を調べたわけでもないのに……」
ミラーがおずおずと尋ねる。
同じ質問を数分前に、ヒシアマゾン自身も投げかけていた。相手はもちろんカフェである。
「あー、……ウインディ、埃だらけだろう?いやまあ、半分はアタシと取っ組み合ったせいなんだが、そうじゃなくて……暗幕の裁縫なんて作業をしてたら、暗幕自体が乾拭き雑巾になって、教室の床にこんなに埃は積もらないのさ。それで、教室が入れ替わってるって分かった……らしい」
「――らしい?」
パンパンと手を打って空気を変える。
「さ、そんなことより、早いとこ行ってあげようじゃないのさ!」
「え?」
「修理。今からなんだろ?手は多いに越したことないからね!」
「――はい!」
ヒシアマゾンは2人に笑顔を返すと、用は済んだとばかりにこの場から去ろうとするウインディをひっ捕まえて、教室へ歩き始めた。後から2人も続く。
残された無人のベッドに、ようやく高くなり始めた日差しが降り注いでいた。 - 201◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:40:52
安楽椅子探偵が書きたかった。
以上です。お付き合いいただきありがとうございました。 - 21二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 21:41:43
乙
面白かったよ - 221◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:42:18
12(※ネタバレ配慮で安価省略)
は良い着眼点でした。お見事お見事。 - 231◆K1z/mB9tDA21/11/19(金) 21:44:12
- 24二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 21:45:39
ああそっちかやられた
今回も面白かったです - 25二次元好きの匿名さん21/11/19(金) 21:53:18
乙でした
面白かったです