「わたしと出会ってくれて、ありがとう」【会話文SS+α】

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:37:54

    遅刻しましたがナカヤマのお誕生日をお祝いする09年同期3人の会話文のみSS(前半)と、
    その日の放課後のナカヤマと『先生』のSSです。ナカヤマ育成ベースです。

    【Best wishes for a happy day filled with love and smiles.】

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:38:11

    ──教室 朝の予鈴前──

    「ってことでアキュートさん……流れはいまのカンジでいいよね?」

    「えぇ、えぇ、ジョーダンちゃん、だいじょうぶ、だと思うわ……ふふ、なんだか緊張しちゃうわねぇ……」

    「それな。なんならレース前よりキンチョーしてっし。ま、なるよーにしかならないっしょ! それに、失敗してもたぶん──、あ、来た!」

    「ジョーダン、アキュート、ひとの机で何してんだ……?」

    「ナカヤマちゃん、おはよう。あたしたち、ナカヤマちゃんが来るの待ってたんじゃよ~」

    「ナカヤマおはよ! そう、待ってたの! ……アキュートさん、せーの!」

    「はっぴー」「ハピおめ」「! おめ……ばーすでー?」「……おめたん!」「わっしょーい……?」

    「……」
    「……」

    「ナカヤマ、ハピバおめたんおめ!」
    「ナカヤマちゃん、お誕生日おめでとう~!」

    「……グッダグダじゃねぇか。おはよう。んで、ありがとう」

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:38:24

    「やっぱりおばあちゃんにはぎゃるさんたちの速さについていけなかったみたいねぇ……ごめんね、ジョーダンちゃん、付け焼き刃じゃったねぇ」

    「や、いいし! ぜんぜんだいじょーぶ! てかぎりぎりにやろーってなったらトーゼン練習も足りんかったし! アキュートさん気にしないで!」

    「お気遣いありがとうねぇ、……、って、あら、ナカヤマちゃん、朝から疲れたお顔してるわねぇ、調子悪い?」

    「マジじゃん。帽子から寝グセはみ出てる……のはいつものことか。寝グセ直し持ってきちゃろか?」

    「お熱は……ないみたいねぇ……。前髪もくしゃくしゃよ、ナカヤマちゃん」

    「そのへんは後で適当に直すから気にすんな。……調子崩してるわけじゃなくて……眠くていけねぇ……」

    「なにシリウスさんと夜ふかしでもしたん? 同室だと日付が変わると同時にお祝いできるもんね? あたしのとこは……チケゾーさん眠気耐えたくてもけっきょく耐えられなくて朝からめちゃくちゃ謝られたっけ……」

    「いや、談話室でチビ(弟妹)どもとビデオチャットしてたら……あいつら張り切って日付変わった瞬間に祝うとか言い出しててな……ふぁ……」

    「ふふ、いいお姉ちゃんをした結果、なのねぇ。一日のはじまりからおつかれさま」

    「ま、たまの遣り取りくらいはな……付き合ってもやるさ。……で? ジョーダン、アキュート。アンタらのことだ。用件はそれだけじゃないんだろ?」

    「まーね? ってわけで、ナカヤマにはあたしとアキュートさんそれぞれから、誕プレの用意がありまーす!」

    「でもねぇ、ただで、というわけにはいかないのよね、ジョーダンちゃん!」

    「それな~。眠気覚ましにひと勝負!」

    「付き合ってくれるかしらね? ナカヤマちゃん?」

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:38:37

    「ま、言うてあたしらゴルシだとかシリウスさんみたいに、ナカヤマが喜ぶような勝負仕掛けられるわけじゃないんだけどさ。あたし、ポーカーとかぜってー顔にも耳にも尻尾にも出るし」

    「ジムの生徒さんが、ちんちろりんをしていたのを見たことがあるけど、あたし、役にあまりくわしいわけじゃないのよね……」

    「ドンジャラとかのボードゲーム系も案にはあったんだけどさー、……ナカヤマがよろこぶよーないい勝負になるか、って話だとぜんぜん別じゃん? てワケでー」

    「……」

    「あたしが用意したこの箱のぷれぜんとと……」

    「あたしの袋の誕プレ、中身当て勝負、とかどう? ナカヤマ」

    「……一応、勝敗条件を整理しておくが……。ジョーダン、アキュート、アンタたちが用意したプレゼントの中身を当てられたら、私の勝ち。それでいいな?」

    「えぇ、それでよかったわよね、ジョーダンちゃん」

    「むしろそれ以外になくね? けっこーいいもの用意できてると思うし! そのへんは期待しとけー?」

    「OK。私がこの勝負を受けるメリットも期待のできるプレゼントを手に入れられること、だ。──なら、私がもし中身を当てられなかったら?」

    「……えっ?!」

    「いやジョーダン何だよその反応は」

    「な、なんでもない」

    「……言っておくがただの条件確認だ。負ける気がなければ確認しなくてもいいってワケじゃあない。メリットデメリットを視界に入れてこそのヒリついた勝負ってモン──」

    「ナカヤマちゃん……」

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:38:48

    「おい……アキュートまでなんだよその反応は……」

    「……だって、ナカヤマちゃんなら、当ててくれるでしょう……?」

    「は?」

    「やば、アキュートさん、よく考えたらナカヤマが当てらんなかった場合のこと考えてなくね?!」

    「よく考えたらそうなんじゃよね……あたしたち、ナカヤマちゃんが当ててくれる前提で考えていたから……」

    「ハァ……?」

    「マジそれな。え、アキュートさんどうしよ。ナカヤマが外しちゃったら」

    「いやちったぁ私のことを疑えよ」

    「そうねぇ、回収が王道なのかしら……でも……ナカヤマちゃんのために用意したものだし……できれば回収はしたくないわよねぇ……」

    「別にプレゼントがなくても──おい、聞いてんのか」

    「それな?! えーじゃあ……プレゼントはそのまま渡すけど、あたしとアキュートさんがしょんぼりする、とか? ナカヤマが勝負に負けたときのデメリット」

    「しょんぼりしちゃうわねぇ……」

    「そした勝負にのらなかったときのデメリットもそれになる系? ナカヤマ、ど??」

    「ど? じゃない。適当に自己完結すんな。あと、情をたやすく賭けようとするんじゃねぇよ。私がそれすらどうでもいいと思ってる可能性だって……」

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:39:01

    「え? どゆこと?」

    「……、それもそうじゃねぇ……」

    「……アー、クソ……アンタらの私に対する信頼信用はいったいどこから来てるんだか教えてほしいもんだよ。ぐだぐだ言うのはやめだ。その勝負、腹を括って乗ってやる。メリットは報酬、デメリットはアンタらの情だ。……それでいいな?」

    「もち! ナカヤマが負けたら一日中しょぼくれてやるし!」

    「10分くらいにしてくれ。……せいぜい私が当てられるよう、手がかり呼び水の接ぎ穂出し、頑張ってくれよ、ご両人」

    ──⏰──

    「……ジョーダンのはハンドクリーム、ポリッシュ。アキュートのはハンカチ。……あとはキャンディか?」

    「おお~……!! ナカヤマちゃん、すごいねぇ! 正解~!」

    「やったじゃんナカヤマ! アキュートさんよかったねぇ、ナカヤマあててくれた!」

    「うんうん、よかったねぇ~、ジョーダンちゃん!」

    「……ったく……わかりやすいヒントを続々とどうも。あれじゃ当てられない方がおかしいぜ? ま、私が勝つことに賭けたアンタたちも勝者だよ」

    「へへ、だってせっかく選んだプレゼントだし、もらってほしーじゃん? でもナカヤマのことだからふつーに受け取ってくれなさそーだったし」

    「とんだ出来レースに付き合わせやがって…」

    「 なのに付き合ってくれてありがとうねぇ、ナカヤマちゃん、ほら、開けてみてちょうだい? ちょっと重いからかさばっちゃうかもしれないけど……あたしからはキャンディポットに?ナカヤマちゃんの好きな薄荷のキャンディを入れたの。それから──」

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:39:14

    「ハンカチ、見てみてよナカヤマ! すっごいの!」

    「刺繍だろ? 休憩時間に刺してたのは見てたしな。……」

    「すみれの花を刺繍してみたのよ。ナカヤマちゃん、すみれの花、好きでしょう? ポットの中にすみれの砂糖漬けも入っているから、お砂糖のかわりに紅茶にいれてみてちょうだいね。そのままで食べると、ナカヤマちゃんにはちょおっと甘すぎるかもしれないから」

    「……。いたれりつくせりの贈り物をどうも」

    「次はあたしの! ミントの香りのハンドクリームに、すみれ色のポリッシュでしょ、あとネイルチップ! ナカヤマの指に合わせてるからアゲたいときにでも使えー? あとはね、これ」

    「キーホルダー……」

    「すてきよねぇ。すみれの花が入った、ハーバリウムのキーホルダー。手作りなのよね、ジョーダンちゃん」

    「そ。フラワーちゃんに教えてもらって作ったの。フラワーちゃんお弁当だけじゃなくてこういうのも上手なのマジすごいわ~。マジでお花の妖精さんじゃんね? 名はタイをあらわす的な。魚か国かはしらんけど~」

    「……これ、どうして二つも入ってんだ? キーホルダー」

    「一個はスクバにつけて~、もう一個はスマホに吊して~……とかでもいいけどさ、……オソロ用!」

    「オソロ?」

    「ナカヤマちゃん、今年も放課後、『先生』さんに会いに行くんでしょう?」

    「そのさぁ……、あたしあんまくわしくねーけど、ナカヤマがいまここにいるのって、ナカヤマの『センセー』がトレセンに入学するように言ってくれたからっしょ? だから、……、その」

    「……話が見えん」

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:39:29

    「だからさ、……あたしたちって、こーしてつるむこともあるけどさ、すっげー仲いいってわけじゃないじゃん? あたしにはイツメンがいるし、アキュートさんはダートの子たちと一緒のことのほうが多いっしょ?」

    「あたしと、ジョーダンちゃんナカヤマちゃんだと、そもそも路線からしてちがうものねぇ」

    「おんなじ芝でおんなじクラシックディスタンスでもあたしとナカヤマもレースあんまかぶんないし。でもさ、ときどき思うんだよね。……これってほんとうは……すごいことだったりすんじゃないかって。……こうしてゆるっとつるんでさ、さわいで遊んでおしゃべりしてさ、いっしょに時間をすごせるの。よくわかんないけどすごくない? ……思わん?」

    「……。言語化出来てないことに同意を求めんじゃねぇよ。……それで、このキーホルダーの処遇はどうするんだ」

    「おそろ用、なんじゃよ、ナカヤマちゃん。ナカヤマちゃんと、『先生』さんとの。そうよね、ジョーダンちゃん」

    「うん。……シュミとかあると思うし、ムリにとは言わんけど。なんか、お礼的な? ……あたしたちのこと知らんとは思うけどさ、『センセー』にもよろしく言っといてよ!」

    「よろしくって言ってもな……ま、有難く頂戴しとくわ。あのひとのことだから喜ぶとは思うぜ。……すみれの花が好きなのは、私じゃなくて『先生』だからな」

    「ナカヤマもつけろし~!」

    「気が向いたらな?」

    「ふふふ、プレゼントお渡し会は以上でおしまい、ね……そろそろ予鈴が鳴る時間だから、解散しましょうか。ナカヤマちゃん」

    「ナカヤマ! せーの!」

    「「ハピおめたーん!」」

    「へーへー、ありたんありたん」

    「ちょっとーテキトーすぎん?!」

    「……どうも、ありがとう」

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:40:26

    ***

     授業の終わりを告げるチャイムが学園中に鳴り響くと同時に、ナカヤマフェスタは教室を飛び出した。衝突注意、ウマ娘はすぐには止まれない。廊下を走れば風紀委員か学級委員長か駿川たづなが飛んでくるから当然ながら常歩程度のスピードで、急く気持ちは涼しい顔で蓋をする。
     放課後のレッスンに、トレーニングに、はたまた補習、委員会。帰寮する生徒もいるだろう。ナカヤマのように学外──街へ出かける生徒も少なくはない。それぞれの目的のため、西へ東へ南へ北へ、廊下や階段に溢れはじめる生徒たちを器用に縫い進み、いつもりよりも重いスクールバッグを肩に、ナカヤマは今度こそ学園の門を飛び出した。そのままウマ娘専用レーンに滑り込み法定速度を守りつつ、大きなストライドの回転数を上げていく。

     4月5日。
     優しい色をした青に千切れた綿のような雲の泳ぐ空の下、電車に乗り込みいくつかの駅を通り過ぎた先──ナカヤマがかつて通い慣れた病院よりもすこし手前にある小さな公園で、ナカヤマの恩師は教え子の到着をのんびりと待っていた。近場に大手のコーヒーチェーン店があるため、利用者の希望でここ数年どんどん増設されていったベンチのうちのひとつに腰かける。かばんから取り出したハーフケットを膝に置いたその傍らには、花や並木にあふれるこの場所でおなじく時間を過ごす人々同様に、ホットドリンクが入ったクラフトバッグ。──つい15分ほど前、教え子からのLANEにて購入しておくようにと申し付けられたものだ。

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:40:39

     すっかりひとづかいが荒くなっちゃって。スタンプや絵文字がないため文面から一切の感情が見えないLANEの遣り取りを思い出し、ナカヤマの恩師──『先生』はくすくすと小さく笑う。入院中は棒きれのようだった腕や手首、手の甲には少しずつ厚みが戻り、いまだか細い印象は拭えないもののの、現在は制限なく外出ができるようにもなってきていた。しかし、教え子の凱旋門賞を見守るため渡欧までこなせたものの、一度衰えてしまった身体を戻すには、まだまだ時間がかかる。
     それでも、もう、教え子にあれやこれやと心配をかけていた頃の自分ではない。クラフトバッグの側面、ほんのりと熱を帯びるショートサイズのストレートティーが冷めてしまわないよう祈りつつ、視線を上げた先──咲き誇る花々がアーチをなす入り口に、息せき切らした教え子の姿を見つければ、『先生』は胸の前でひらひらと手を振ってみせた。
     ここにいるよ、と、届けるように。

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:40:56

    「そんなにいそがなくても大丈夫なのに」
    「急いでねぇし。トレーニングだ、トレーニング」
    「レーン走行速度は守った?」
    「おいおい、私がそう簡単に捕まるようなタマだと思ってるのか、先生」

     先ほどまで法定速度ぎりぎりのラインのキャンターで走っていたことが嘘かなにかのように、ナカヤマフェスタは飄々とした風情で肩をすくめてみせた。心配能力の高いウマ娘は呼吸を整えるのも一瞬だ。ベンチの端にスクールバッグを置いて、ためらいのひとつもなく恩師の隣にどかりと腰を据える。
     スカートのポケットからスマートフォンを取り出し時間を確認すれば、待ち合わせ時間より二分ほどの遅刻。公園内の桜も艶やかに咲き誇るほど暖かな時分とはいえ──ちらりと横目で恩師の顔色を確認すると、当の『先生』は、いつも好奇心にあふれるその瞳をきらりと輝かせていた。……その視線の先には、ナカヤマのスマートフォンのストラップホルダーの先に揺れる、手作りのキーホルダーがある。

    「とても素敵。……すみれの花のハーバリウム?」
    「おやおや、お目が高いねぇ。ジョーダンの手作りだとさ。使うかい?」
    「ジョーダンさん。……去年の秋天、すごかったわね。……でも、あなたへの誕生日プレゼントなのでしょう?」
    「先生のぶんも、だとさ」

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:41:09

     言うやいなやナカヤマは傍らのスクールバッグのファスナーを押し開ける。ウマ娘のスクールバッグはさまざまなものが詰まっている。ランニングシューズ、換えの蹄鉄、応急処置用蹄鉄槌、スポーツタオルにバンテージ。カードにサイコロ。トス用コイン。ナカヤマは基本的に置き勉をしているためスクバの中身は空き気味だったが、誕生日のこの日、常備しているあれこれを差し置いて、たくさんの包装紙が垣間見えていた。
     トーセンジョーダンが渡してきたライトグリーンのプレゼントバッグを取り出して朝方開けたままにしていた袋の中を探る。昼間にもナカヤマの元へやってきたジョーダンは「爪ぬったげよか?」とお節介を焼いてきたが、丁重に遠慮していた。──色だとかプレゼント内容が気に食わなかったわけではない。あまり浮かれすぎたていでいても、周囲からのからかいが増えることは目に見えているからだ。
     ハーバリウムのキーホルダーをつまんで渡せば『先生』はご満悦だ。「あとからお礼のお手紙を書いていいかしら」鈴を転がすように笑いながら、オイルの中のすみれをうっとりと見つめる『先生』の膝上に腕を渡し、しっかりものの教え子はひっそり座していたクラフトバッグを掴む。袋の中、二つ並んでいるだろうショートサイズのストレートティーを傾けないよう引き寄せれば、手際よく折られた袋を開いた。プラスチック製のキャップを隔て伝わってくる温もりに思うほど中身が冷めていないと悟り、さっそくキーホルダーをみずからのスマートフォンにくくりつけはじめた恩師の腕を肘で小突く。

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:41:35

    「冷めるまえに飲んじまおうぜ」
    「そうね。……ご希望どおり、ノンシュガーのストレートティーにしたけど……フェスタ、平気?」
    「まあ見てろよ。……ほら」

     ふたたびスクバの中を探り、ナカヤマは小さなキャンディポットを取り出した。『先生』に持たせた琥珀色満ちるカップに、指先ほどの固形物をそうっと落とす。とたん広がるすみれの香りに『先生』は瞳を見開いて、まるで星のようにきらめかせる。

    「すみれの砂糖漬け?」
    「アキュートがくれた。紅茶にどうぞ、だとさ。……しっかし香りが強いな……薄荷の匂いも食っちまいそうだ」
    「アキュートさん。年末の東京大賞典、惜しかったわね。……いつもフェスタにお菓子をありがとうってお手紙」
    「やめてくれ。ジョーダンにもそれとなく伝えとくから」
    「恥ずかしがりなんだから」
    「うるせぇ」

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:41:58

     すみれの香りの紅茶を楽しみながら、教え子と恩師はささやかなお茶会を楽しむ。エイシンフラッシュから贈られたカップケーキのアソートを広げ、教え子の交友関係に興味津々な恩師はプレゼントの中身と贈り主を聞き出そうとほがらかな声を上げていた。

    「この黒いコーヒーカップは、マンハッタンカフェさんからかしら。……ねこの瞳が描いてある。ねこのコーヒーカップなのね」
    「いつコーヒーメーカーを勧められるかヒヤヒヤしてるぜ。……自分で淹れるよか淹れてもらったものを飲むのが楽しいからな」
    「フェスタはそういうところものぐさなんだから。……この桜モチーフのポーチはローレルさんからね。……凱旋門賞出走のときに、たくさんお世話になったわね」
    「本当にな。……化粧ポーチを持ち歩いてないと言ったらいたく呆れられたんだよなァ」
    「なぁにフェスタったら、わたしにけんかを売ってるのかしら……」
    「先生はいつでも綺麗だよ」
    「口が上手なんだから。……シリウスさんとはどんな勝負をしたの? どちらが勝った?」
    「バカラだな。今年は私が。……あいつの誕生日に飯食いいくの誘われたけど断っちまったからな。仕方ねぇから奢られてやるさ」
    「ちゃんと日ごろのお礼を言うの、忘れないようにね?」
    「明日雹だとか霰だとかを降らせたくはねぇからなぁ……まだ花を散らせるには早すぎるだろ?」
    「ちなみにゴルシさんは……?」
    「にんじんの香りの練り消し」
    「……ふふ……いつも楽しい子ね……」

     そうしてすみれの香りもゆるい春風に散り、ホットティーのカップも静かに冷える頃合い。スクールバッグのプレゼントのほとんどをあらためてた『先生』は、満ち足りた笑みを浮かべ、細く息をついた。「疲れたか?」教え子の心配には首を振る。興奮しすぎて咳き込むことはなくなったが、体力を使うことには違いない。けれどそれは、心地の良い疲労感だった。

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:42:15

    『先生』とナカヤマフェスタの出会いは、ナカヤマが小学生のころまで遡る。心臓を打ち鳴らしていなければ生きている実感を得られなくなっていた少女が非行に走らないよう追いかけ続けて、やがて、トレセン学園──レースでヒリつく勝負をするよう導いた。
     そうしてお互い、幾多の困難を乗り越えた。死の淵から恩師を救うために教え子は走る。病を受け入れターミナルケアを選ぼうとした恩師をふたたび闘病に呼び戻したのは、教え子の雄々しい闘志だった。戦って、走って、悩んで、──生きて、生きて、生きたその向こうに生まれた奇跡。

     そうして、ふたりはいまここにある。

    「ねぇフェスタ」

    『先生』は唄うように教え子の名を呼ぶ。詩歌でも口ずさむように。小鳥が囀るように。

    「わたしと出会ってくれて、ありがとう」
    「なんだよ、藪から棒に」
    「ここまで生きてくれて、ありがとう」

     生きる実感を得られず死を垣間見て生きたいと叫んでいた教え子は、いま、こうして生きている。危ない橋は渡らないよう遊戯はしているようだったが、心臓のヒリつきを感じるために危険な世界に足を踏み入れていたころにくらべれば健全だ。

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:43:08

    「きっとね、あの日、あなたと出会えたから、私は病を乗り越えて、……奇跡のもと、生きている」
    「……そりゃこっちのセリフだよ、先生。……ガキのころ先生と追いかけっこしてなきゃ、私は今でも生きていなかったかもしれない」
    「きっとそれって、すごいことだわ。奇跡はいまでもつづいている。出会ったときからはじまってる。フェスタがいたから、わたしは生きたの。……フェスタ?」

     ふと押し黙った教え子に、恩師はふわりと首を傾げる。ナカヤマの脳裏によみがえるのは朝方の同期たちとの会話だ。
     ときたまつるむ同期たちとの日々は、けして振り幅が大きなわけではない。
     ジョーダンが言ったように、競争やトレーニング以外にゴルシやシリウスとするようなヒリつく勝負ができるわけでもない。悪く言えば取るに足らない。ささやかすぎて退屈な。けれど、ナカヤマはそれを面倒だとか億劫だと思ったことはなかった。
     そろり、と、ナカヤマは開きっぱなしのスクールバッグに視線を遣った。それから、手のひらで遊ばせていた自らのスマートフォンへ。ストラップホルダーの先には、電車に揺られている間につけたばかりの、すみれの花のハーバリウムが、春の日差しに優しく光をたたえている。
     そして恩師は見つけるのだ。
     教え子のすみれ色の瞳もまた、やわらかな色に満ちたことに。

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:43:21

    「ねぇフェスタ、生きていて、よかった?」

     歌劇のヒロインが優しい調べを奏でるように、『先生』は問いかける。

    「今日という日を迎えて、あなたは、しあわせに笑えたかしら」
    「……そうだな」

     そうして──
     ナカヤマフェスタは咲(わら)うのだ。
     すみれの花が笑むように。

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/06(木) 23:44:55

    おしまい

    すみれの花言葉『小さな幸せ』

    生きたいから必死に藻掻いてたナカヤマが、ふとした瞬間に小さな幸せを感じてくれますように。
    趣味の問題で同期仲良しベースで書きましたがそうじゃなくてもかまいません。どうかこれからも健やかに幸せに走っていけますように!
    お誕生日おめでとうナカヤマさん。

    Smileがそのまますみれとも読めるのとか、笑うだとか笑むだとかに咲を宛てられるのだとかをもっと活かしたい。
    ナカヤマフェスタはすみれが花咲くように微笑む女です。グッドエンドのラストショットでは本当にそういう風に笑っているから手に負えない。

  • 19二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 06:55:24

    お誕生日おめでとうナカヤマフェスタ……ごめんなさい遅いですよね……
    それにお誕生日SSを前後編の豪華二本立てでお疲れ様でした
    いつもの三人との話も良きですが『先生』との話が好きですね
    これからもスリルと興奮が溢れる幸せがこれからも続いていきますように

  • 20二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 07:38:21

    >>19

    お読みいただきありがとうございます!

    BDボイス聞いてからじゃないと書き出せなかったので盛大な遅刻でした……

    後半ありきの前半だったのであまりいつものようにわちゃわちゃしなかったのですが、好きと言っていただけただけでも嬉しいです!


    ウマ娘ちゃんはみんな幸せになれ〜!!

  • 21二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 08:38:53

    いつもだけどいつもじゃない仲間との掛け合い、そして掛け替えのない先生との対話…
    彼女は確かにこの世界に生きているのだ、と実感できる話づくりが見事です 
    いつも素敵なお話をありがとうございます

  • 22二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 09:59:25

    ナカヤマフェスタと「すみれ」
    先生との会話が好きです

  • 23二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 18:20:43

    とても良かったです

  • 24二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 20:19:12

    >>21

    とんでもなく褒めていただきありがとうございます……!

    ほぼ突貫だったので、読み返すともう少しああ書けば伝わりやすかったのかも~と思ったりもしたのですが、感じ取っていただけて幸いです……!

    お読みいただきありがとうございました!


    >>22

    強くしなやかに、かわいらしく美しく、そして香り高く咲くすみれです!

    ウマ娘のナカヤマフェスタはすみれの要素がふんだんにちりばめられた良き造形だなと日々感じます……。

    お読みいただきありがとうございました!


    >>23

    ありがとうございます♪

  • 25二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 20:46:38

    めっちゃ遅いけどおめでとう。ナカヤマ。泣きました。いいお話をありがとうございます
    09世代はもっと流行れ!絶景ちゃん実装しろ!

  • 26二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 21:11:56

    >>25

    お読みいただきありがとうございます……!

    運営ちゃんに推してもらえるようにご意見BOXになにかを投下する際はかならず一言添えています……別世代もなんですが、やっぱ世代絡みもっと増えてほしいものです~~~!!

  • 27二次元好きの匿名さん23/04/07(金) 22:01:20

    これにて09世代牡馬同期お誕生日作品をそろえられました~

    「今日はめでたいジョーダンさんのジョータンでーす!」【09同期会話文SS】|あにまん掲示板ジョーダンお誕生日おめでとう!!! な09世代同期会話文SS。全部で7レス予定。bbs.animanch.com

    ジョーダン

    プレゼントうちわけ

    アキュート:ブーツ立てとルームソックス3種(らくだ/からし/あずき)

    ナカヤマ:ネイルチップディスプレイ


    「……ふたりとも、お祝いのことば、ありがとうねぇ?」【会話文SS】|あにまん掲示板数日遅れですがアキュートのお誕生日をお祝いする09年同期3人のお話です。全部で6レス予定。アキュートさんはなんだかんだでお強いといいな。bbs.animanch.com

    アキュート

    プレゼントうちわけ

    ジョーダン:ミントグリーンのエプロン鍋敷きキッチンミトン

    ナカヤマ:ドライフルーツとナッツの瓶詰め


    そしてナカヤマのプレゼントうちわけ

    アキュート:キャンディポットin薄荷キャンディ&すみれの砂糖漬けとすみれの刺繍ハンカチ

    ジョーダン:すみれ色のポリッシュ、ネイルチップ、すみれのハーバリウムキーホルダー


    おのおのそれっぽいプレゼントをセレクトできたんじゃないでしょうか……


    ここの同期に限らずとも、別世代の同期でこういうプレゼント交換ネタを見てみたいものです。どんなプレゼントをセレクトするかがとても興味深い……

  • 28二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 05:03:19

    遅くなりましたが拝見しました!
    前半も後半も違った味わいがあって良いですね!
    前半は最後のありがとうの言葉を言い直すナカヤマが好き。そういうとこやぞ。

    後半の「先生」との対話も心温まる内容で素敵でした。

  • 29二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 11:29:30

    >>28

    ワッ、お読み頂き感謝です……!

    作中に残せなかったのですが、望むような勝負が出来ないと自覚した上で、それでもナカヤマが喜ぶかもしれないし勝負しようよ、って二人に対して照れ隠ししてるヤマです!(なぜ書かなかった……)真っ直ぐな感情には弱いタイプの子なので……ですので!

    感想も残してくださり嬉しいです、ありがとうございます!

  • 30二次元好きの匿名さん23/04/08(土) 20:43:39

オススメ

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