- 1二次元好きの匿名さん21/11/30(火) 23:56:36
昔、「世界一カワイイ」栄光を手にしたウマ娘がいた。
中学二年生の時分にトレセン学園へ転入し、選手としての電撃デビューを果たした彼女は、あれよあれよという間にURAファイナルズを制覇。活動の場を海外にまで広げ、たゆまぬカワイイへの追及で並みいる強敵をちぎっては投げちぎっては投げ。
現れたのが電撃ならば、去り行くさまはあたかも疾風。
大学の3回生ですっぱり選手やモデルとしての活動を終わらせた彼女は、さる人物との婚約を発表してからウマ娘史の表舞台を後にする。
耳が割れんばかりの「カワイイ」コールをターフに残したまま――
巨大な建築物の陰は大きく、それはあたかも巨人が大地を飲み干そうとしているよう。
日のあたらない土地は痩せ細り、そこに生息する生き物たちも皆枯れ果てるばかり。
しかしながらそこに差し伸べられる救いの手はあり得ない。
何故なら、日を遮るものが大きすぎて誰もそちらしか目に入らないからだ。
だから私は、もう何も期待しないで生きていく。
カレンチャンの陰に沈んだ贋作として。
まねるだけのお人形として。 - 2二次元好きの匿名さん21/11/30(火) 23:57:04
なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。
まだ物事の分別もつかず、両親に連れて行ってもらった高松宮記念の光景。芝を引き裂いて最終直線を駆ける彼女は、鬼気迫っていながらも誇り高さがかすむことはなかった。
あの瞬間胸を打った感銘が、今ここにいる原点をかたどったように感じる。
『Ω よし!』
努力に努力を重ね、ようやっと手に入れた中央トレーナーの地位。
夢の原点となった彼女を超えるウマ娘を育てるべく、そしてもっと色々なウマ娘の走りに溺れるべく、自分はトレーナー室の扉を閉めた。
かつてレースの歴史に激震を走らせた『黄金世代』の五人。その対等なライバル関係から多くのファンを感動の渦に叩き込んだ『BNW』の三人。生ける伝説とまで呼ばれた『葦毛の怪物』と『青い稲妻』。愚直なまでの直線勝負は他の追随を許さなかった『驀進王』。
そんなそうそうたるメンツと並ぶ次世代の女傑を探そうと思ったのだが……
『Ω 流石に朝4時は早すぎた!』
ワクワクが抑えられなかった。
ウマ娘たちは午前中に中高レベルの授業も行うため、朝練をするにしても5時30分辺りのはず。
諦めて引き返そうとしたその時。 - 3二次元好きの匿名さん21/11/30(火) 23:57:31
「はっ……はっ…………ふっ!」
その一瞬は余りにも鮮烈で、文字通り目を奪われた。
そのウマ娘がどんな容貌をしているか認識するより先に、足音が、息遣いが、明け方の薄闇を切り裂いて伝わってくる。
その堂々たる走りを一言で言うのなら――
(Ω カッコイイ……!)
常夜灯の光が汗を反射し、燐光のようにほとばしらせる。
一瞬が無限に引き延ばされていくようだった。網膜を介さず、脳へダイレクトに衝撃が伝わってくる。
「……さすがカワイイの娘だ、とでも言いたいわけ?」
すれ違う一瞬、彼女は怪訝そうな目つきを向けてきたが、すぐに興味を失って曲がり角へ消えていった。
後に残ったほんのわずかな微熱だけが、皮膚を焦がして焼けつくみたいだった。 - 4二次元好きの匿名さん21/11/30(火) 23:58:05
あの子はどこにいるんだろうか。是非ともスカウトしてみたいと思う。
せめてもうトレーナーがついているのか調査してみたが、そもそも名前も知らない。走りにばかり気を取られて外見を記憶していないと証跡が乏しくて断念せざるを得なかった。
『Ω でもまばゆいのはあの娘だけじゃない!』
今日は午後から選抜レースが開始され、トレセン学園かつトレーナーには運命の日と呼んでも差し支えないだろう。
芝、ダート、短距離、マイル、中長距離……それぞれの適正に合わせたレースが時間割毎に行われ、そこで光るものを見出したトレーナーはウマ娘に声を掛け、ウマ娘側からの承諾があって専属契約が結ばれることになっていた。
もちろん全てのレースに目を通すつもりでいる。例え契約を断られてしまっても、素晴らしい走りが見られるのなら万々歳だ。 - 5二次元好きの匿名さん21/11/30(火) 23:58:38
ターフには既に人垣が出来ていた。スカウトするため目を光らせるトレーナーたち、憧れの先輩や親しい友人の勇姿を見ようとしているトレセン学園の生徒たち。
「おいルーラーシップ、今日はたわけたことはするなよ。神聖な選抜レースだからな」
「んだよナイトパイセン。アタシも信用ねぇなぁ。かーちゃんも走ったんだ。そんくらいわかってるっつーの」
体操着に着替えたウマ娘たちも、伝説となった先代が走ったターフで走れることに英気をみなぎらせている。
「……しょーもな」
ただ一人、木陰で口をへの字にしている少女を除いて。
――カレンモエ。ゼッケンには素っ気なくそれだけが書かれていた。 - 6二次元好きの匿名さん21/11/30(火) 23:59:24
『Ω 体調でも悪い? 保険の先生呼ぼうか?』
「……は?」
『Ω 何だか、とても辛そうに見える』
「あんた……あの時の?」
『Ω えっ、どこかで会った?』
「カレンモエでーす! みんなにカワイイを届けるために頑張りまーす! よろしくお願いしまーす!」
『Ω え?』
「……ああ、そういうのじゃないんだ。じゃあいいや。少し座ってれば治るから」
『Ω 誰のモノマネ?』
「いいの。だからあっち行って。病状悪化したらあんたのせいだよ」
支離滅裂かつ奇怪で文脈の破綻した極めて一方的な自己完結に戸惑っていると、
「これより、選抜レースマイルコースが始まります! 出走予定の生徒は簡易ゲートに集まるように!」 - 7二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:00:10
『Ω あっ』
「行かなくていいの? あんた新人さんでしょ?」
『Ω うん。ありがとうね』
「なんで礼言うのかわかんないんだけど」
『Ω 優しいんだね。走るんだよね、今日』
「……何が目的なわけ? 急にべた褒めしてくる見ず知らずのトレーナーとか、怪しさの塊でしかないことって理解してる?」
『Ω 君の走りも見てみたいな。きっと輝いているはずだよ』
「私に期待しても損するだけだって。そんな無意味なことに付き合わせるのはモエちゃんポイント低めなんだなこれが。だからさっさと、可及的速やかに、あっち行って」
『Ω 期待してるよ』
「……無駄だってのに」
あっち行けと言われてしまっては仕方ない。彼女にも頑張って欲しいと伝えたかったのだが、善意の押し付けはよくないだろう。
ほどなくしてレースが始まった。 - 8二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:00:32
選抜レースはみんな負けず劣らず素晴らしい走りを魅せてくれた。中には既にトレーナーを得たウマ娘もいるらしく、早速明日からのトレーニングを打ち合わせる組み合わせもいる。
(Ω いなかったな……)
カレンモエは出走してはいなかった。いつの間にかターフから姿を消していて、休憩時間に少し付近を散策したが見当たらない。つまり寮に帰ったのだろう。
あの娘の走りも見てみたい。残念だった。
(Ω それに……)
骨の髄からしびれるほど「カッコイイ」あのウマ娘は、残念ながらマイルに出走したウマ娘たちの中にはいないようだった。
やはり既に契約を結んでしまっているのだろうか。 - 9二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:00:53
彼女の脚質は何度も繰り返し観た『異次元の逃亡者』の走り方と似通った所があるが、同時にスパートとランの切り替えの素早さも長所として挙げられる。つまり短距離だ。
また同時に追い込みにも光るところがあったように感じられる。逃げと追い込みはステイヤーの花形として挙げられがちだが、実は『驀進王』なども実際のレースで大逃げを打ったこともあったりする。
しかし絶対数はむろんのこと少なくなってくるため、情報の少ないなかどのような方策を練るかがトレーナーとしての腕が試されるところだろう。
「おい、カレンモエ。第二のアグネスタキオンにでもなるつもりか? 選抜でもいい。いい加減レースに出走しなければ、お前学園での立場がないぞ」
「わかっています。私には私のプランがありますので。ナイト先輩に心配される謂れはありません」
聞き覚えのある声に足を止めた。
例の女の子と……もう一人は有名人。昨年スプリンターズSを制し、かの一流の再来と謳われたピクシーナイトだ。 - 10二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:01:31
まさか担当決まるとこまであるのか......!?
- 11二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:01:37
「わかっていないからこうして諫めている。授業にもちゃんと出ているし、中等部時代の成績はトップクラスだった。君が中央に相応しい能力の持ち主なのは誰もが認める」
「お褒め頂き光栄です、高貴なる妖精騎士様。では場違いな賎民はなけなしの成績を維持するため、惨めったらしい悪あがきをしなくてはなりません。失礼します」
「自分のことが嫌いならなおのこと出走した方がいい。君が君らしさを求めているのだったらな」
「……そうですか」
苦々しく言い残し、葦毛の彼女は足早にその場を去っていった。
「さて……」
(Ω !?)
「……盗み聞きは感心しないな?」
『Ω ごめんなさい』
「君は……選抜レース前にモエと話していたトレーナーか」
『Ω はい。あの……さっきの娘は』
「ああ、モエのことか。さしづめ、今日の選抜でターフにいたにも関わらず、走っている姿が見られなかったことを疑問に思ったといったところか」
寸分たがわず言い当てられ動揺する。しかし彼女は鋭い目つきをふっと和らげた。 - 12二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:02:35
「才能はある娘だ。輝かしいものがな」
『Ω 走ることに反発しているように感じられました』
「反発か。言い得て妙だ。
……君はことあるごとに親と比較され続けたことはあるかい?」
頭を振った。一般的に育ったという自負があるので、そういう特殊な経験はしていない。
「そうか。それは幸運なことだ。親に向けて屈折した感情を向け続けることほど辛いものはない。母もそう言っていた」
彼女の血統を思い出そうとしたが、ピクシーナイトは遮るように続けた。
「モエは思い知らせてやりたいんだよ。
非論理的かつ抽象的なとてもふわふわとした、この社会全体を覆う何かに。ウマ娘も人も問わず、多くの存在が唯々諾々と従っている何かを、気が済むまで」
木陰での一幕がよみがえった。彼女は自分を認めるや否や、すぐに奇天烈な物まねを披露した。まるでそうすることを教え込まれているかのように。
あるいは、そうした方が効率的だということを学習したかのように。
「話し過ぎた。盗み聞きを咎める資格はないな。君も暗くならない内に帰りたまえよ」
ピクシーナイトの後ろ姿が見えなくなってから、自分は我に返って帰路を急ぐ。
ルーラーシップはじゃじゃウマと色々な意味合いで有名だが、そんなたわけた彼女からも全幅の信頼を寄せられているのがピクシーナイトだ。今では寮長も務めているとのこと。
今回話されたのはカレンモエという女の子の根幹に触れるものだったが、果たして見ず知らずの人物においそれと打ち明けるだろうか。
今日はもう過去の名レース集でも眺めて終わろうとしていたが――
(Ω 調べてみよう! カレンモエのこと!)
踵を返し、一路図書室へと爪先を向けた。 - 13二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:03:18
かつて、ウマ娘界の短距離コースにはカワイイの代名詞となったウマ娘が存在していたという。
寡聞にして知らなかったのは少し屈辱だったが、その走りは万人を魅了するに足る素晴らしいものだった。
モデル活動の他に、ウマスタグラマーというかつて存在したSNSアプリの代表的な存在にもなっていた。熱心なファンを多く抱え、彼女の提唱する「カワイイ」の矛先が向けば、その業界に経済的な効果をもたらすほどだった。
更に、これは失礼な話だが、基本高水準であるウマ娘の容姿レベルの中でもトップクラスの愛らしさを持つ。精緻な人形と説明されても納得できそうだった。
それに何より、
『Ω 瓜二つだ……』
まるで鏡写し。
アグネスタキオンの研究で、親子間におけるウマ娘のDNAの遺伝は、人間よりも顕著だということが明らかになっているが、これほど似ているのは流石に例外に当てはまるはず。 - 14二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:04:03
ウマ娘は本能的に走ることを求めている。もちろん個体差は存在するが、おおよそ彼女らは狂おしいほど走りへの執念に燃えているものだ。
カレンモエはひねくれている。ピクシーナイトの言葉通り、自分のこともあまり好きじゃないのがありありとうかがえた。
――カレンモエでーす! みんなにカワイイを届けるために頑張りまーす! よろしくお願いしまーす!
その背景にはきっと、ことある毎に「カワイイ」と比較され続けた過去があるんだろう。
自衛のために敢えて自己評価を下げ、卑屈になることで自らに期待せず、心の傷を軽減する。少年少女の防衛機制にはそういう機能が存在する。
ウマ娘のアイデンティティである自分の走りさえ比較されてしまえば、カレンモエはもう立ち直れなくなる。そんな予感がある。
『Ω ただこのままじゃ苦しいままだ』
あの娘の走りを肯定したい。きっと何者にも劣らない、眩いウマ娘の一人であると認めたい。
選抜レースに体操服で来ていたことから、きっと本心では走ることを望んでいるはずだ。
なら自分のすべきことは―― - 15二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:04:56
翌日。カレンモエを探すべく、授業が終わった学級棟へ踏み入った。
「あ? 見ず知らずのその他トレーナーじゃん。ヘイヘイ、誰探してんの?」
『Ω カレンモエってウマ娘知りませんか?』
「あー、アタシの同室同室。ルーラーシップっていうのよろしく。
モエねぇ……いつもみたいに口をへの字にしてさっさとどっか行っちゃったぜ?」
生徒A
「え? カレンモエ? 知らんなぁ」
生徒B
「モエちゃん? いっつも機嫌悪そうだよねー、こっわ」
背の低い女トレーナーD
「ひょぇぇぇぇぇぇ!? か、カレンモエさんと仰いますとあの低血圧クールガール様ですかぁぁぁぁ!? あ、あたしにはとてもおこがましくて場所なんてわからねぇ……! 悔しい! だがそれがいい!」
どうやら誰も場所を知らないようだ。
もう部屋に戻ったのかもしれない。取り次いでもらうため、ピクシーナイトを捜索目標にしたところで…… - 16二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:06:07
「不審者が探してるってルーラーシップさんから聞いたんだけど……私に何の用?」
『Ω カレンモエ!』
「 耳がガンガンするからあんま大声出さないでよ……」
ひとまず場所を移して屋上までやってきた。幸運なことに先客の姿はない。
『Ω 選抜レースにいなかったね』
「……はぁ、やっぱりそれか。
どうせあれでしょ、トレセンなんだから走らないことはもったいないとか、そういう説教を垂れるつもりでしょ? モエポイントマイナス一億点。
じゃ、分かりやすく教えるね。
私の走りはお粗末でみみっちいので、とても人様にお見せできるものじゃありません。
部屋が散らかってたら片付けます。ゴミ箱がいっぱいなら袋にまとめてダストシュートへ。だから私も出走しませんでした。以上。解散」
『Ω それは、本当に本心?』
「……決まってます。だってそう言ったもの」
『Ω 本当は思い知らせてやりたいはずだ。だからトレセンに入学した』
「話聞いてたわけ? 私の走りは無価値なの。だからこれまでもこれからも走ることはない。筋は通ってると思うけど?」
『Ω ここに無価値じゃないと思う人がいる』 - 17二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:06:41
カレンモエの瞳孔が僅かに揺れた。
「………………なにそれ。だから言ったよね、時間の無駄でしかないって」
『Ω 自分が無駄と思うかどうかを勝手に決めないでほしい』
「……ああもうっ! じゃあ言う。走りたくない。人の前で、走りたくない! 絶対に!」
『Ω じゃあトレセンには何しに来たの?』
「それ、は」
『Ω 成績はいいんだから、選択肢はトレセン以外にもたくさんあったはずだ』
走ることはウマ娘のアイデンティティだ。それが母親と同一視されてしまうことは、カレンモエにとって計り知れないダメージになる。
ただ同時に、それでもトレセンへ入学し、恐る恐る選抜レース出走前のターフで佇んでいたということが、何を意味するのか。 - 18二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:07:33
『Ω 君は走ることで母親から決別しようとしている』
「黙って。ねえ、もう、プライバシーの侵害だし、デリカシーのデの字もない!
勝手に心中推し量られてとても気分を害している!
消えて、もう、あたしの前から消え失せて!」
『Ω もし俺/私が君の走りに不満足そうな顔をしたのならトレーナーを辞めてもいい』
「は?」
胸元のトレーナーバッジを取り外すと、それを思い切り振りかぶって――
「ちょ、ちょ、ちょっ! 待ってよ!
バッジなくしたら罰則がくだるって聞いたことあるから! やめっ!」
やっぱり、とても優しい娘だ。
カレンモエの言った言葉が全て本心なのだとしたら、自分の奇行を止める理由はない。うんざりする存在がひとりでにいなくなってくれるのだから万々歳だろう。 - 19二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:08:17
「……どうしても、私がいいの?」
『Ω どうしても。
君が、走ってるところが見たい』
「じゃあ、その果てで私が傷ついて起き上がれなくなるとしても?」
『Ω 君の気持ちが全部わかるわけじゃないけど、走りたいって気持ちがあるのなら、走って欲しい』
「じゃあ! 誰も私なんて望んでなかったとしても!?」
『Ω 走りたい想いに差なんてない』
「く、あ、う……ああああああ! くそっ、くっそぉ!
――わかった、わかったよ!
やってやる! それで勝手に失望して勝手にトレーナー辞めて路頭に迷えばいい!
あんたが私に向けた期待なんて単なる思い込みに過ぎないんだってわからせてやる!」
カレンモエは立ち上がり、そう、憤然と宣言した。
「だから見てて! 私が走るところ!」 - 20二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:08:45
翌朝。カレンモエの決意を祝福するかのように、空は雲一つない快晴だった。
バ場は良好で、整地も滞りなく完了している。
モエは眉根を寄せてそこにいた。自分の脚で立っていた。
「来たのか、モエ」
「ナイト先輩?」
「なに、単なる手伝いに駆り出されたまでだ。制服だろう?」
「……ええ」
「走る決心がついたのか?」
「……ダメ元、ですけどね」
ピクシーナイトは客席の方を振り返った。一人の姿があり、ただモエ一点だけを見つめている。真剣そのものの面持ちで。
「君は待っていたんだな。ずっと。巨大な陰の中から自分を見つけ出してくれる者を」
「しょうもないポエム詠まないでください」
「なに? センスがないのか、私は」
「知りませんよ……。
ただ」
「ただ?」
「物好きな人もいるんだなって、そう思っただけです」 - 21二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:10:08
かくして選抜レースが始まる。
コースは芝1600m短距離。創設以来そびえている大欅を跨ぐようなコーナーがぐるり。
「位置について――よーい!」
ゲートが開くと同時に、出走するウマ娘たちは勢いよく駆け出した。
(やっぱり、芝とコンクリートじゃ勝手が違うね……でも、走れないことはない)
(……見てろ)
「ああ、カワイイねぇ! お人形さんみたいだ! さすがあの人の娘さんだ!」
「お勉強できるんだ! すごーい! やっぱりお母さん譲りの頭の良さなんだね!」
「モエちゃんセンスいいね! ママからいろんなこと教えてもらってるんでしょ?」
「トレセンへ進学するの!? やっぱり二代目カワイイを目指すのかな?」
「お母さんそっくりでカワイイね!」
「お母さん!」
――さすが、カレンチャンの娘だ!
モエの脳裏を通り過ぎていくのは、これまでの記憶。偉大過ぎる母親の陰でカワイイを演じ続けるだけの記憶。
そんな自分が大嫌いだった。
自分は生きているのではなくて、母親の夢をまだ見ていたいファンたちのお人形でしかないと実感していた。
走ることまで、さすがカレンチャンの娘。そう評されたら、きっと耐えられない。
けれど、ならばどうして、まだ夜明けにほど遠い陰の中、人目をはばかるように走り続けていたのか。
(目ぇかっぴらいて見てろ……)
答えはとっくに得ていた。
(これだけは私のものだ……!)
コーナーを曲がった最終直線。モエはスパートをかける。 - 22二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:10:58
脳髄が焼けるようだ。
網膜がもう機能を果たしていない。
ただカレンモエを見つめること以外をすっかり忘れてしまっていた。
恋に落ちるという表現があるが、まさしくそれだ。
あの夜喉奥に張り付いたままの張り付いた微熱がうずき、身体中を沸騰させていくようだ。
記憶のなかにあった原点が燃え尽きて、その代わりとなる光景に上書きされていく。
歴史への反骨心。母親への反逆。風潮へのアベンジ。
それら全てを総括し、もうこの一言しか頭に残っていなかった。
『Ω カッコイイ……!』
白い微熱がたった今コーナーを曲がって行く。 - 23二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:11:21
『Ω ――モエ』
「っ! うっさい! 話しかけんな!」
最終直線。やはり芝とコンクリートの差が響いたのだろう。
急にペースを保てなくなった彼女は速度を急激に落とし、背後のバ群の中へ消えていった。
夕日の差すターフでは、昨日と同様にトレーナー契約を結ぶ有力株のウマ娘たちの姿があった。彼女らは将来への眩い希望を胸に、一人、また一人とターフを後にしていく。
「失望したでしょ。はっ、前半で飛ばし過ぎて体力が尽きた。芝がそんなに硬いはずないのにね。そんなことすらわからないんだよ、私」
敗北を喫して、またトレーナーも得られなかったウマ娘たちも、やがてくる再挑戦に備えて寮への道を急いだ。
地平線の向こうに太陽が消え、ターフに残っているのは自分たちだけになった。 - 24二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:12:32
「――だから言ったじゃん。期待するだけ無駄だって」
モエは声尻を震わせながらとつとつと自らを貶める。
「ママの代替品? 思い上がるなって話だよね。カレンチャン着せ替え人形でしかない。モエポイントマイナス1兆点って感じ……」
涙に潤んだ瞳がこちらを見上げた。
「ごめんね……私こんなに弱くて。ごめんね……期待させたのに、信じてくれたのに、何も答えられなくって……」
『Ω そんなことない』
「――っ! そんっなこと! ないわけないだろ!!
あんた意味わかんない! 無根拠なことばっかり言って、無責任な願望ばっかり押し付けて!
カレンチャンの娘だからきっと脚が速いだろうくらいのことしか考えてないって丸わかりなんだよ!
正式に出走してないだけでこの身体に才能が満ち溢れてると思った!?
アテが外れて残念だったね、ほら、約束反故にしてさ……明日の選抜レースで才能あるウマ娘スカウトすりゃいいじゃん!
もういいよ、トレセンにいる意味ないもんね。辞める! 辞めてやるよ! いなくなればいいんでしょ!?」 - 25二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:13:45
『Ω 君の走りが!』
「……!」
『Ω 心からカッコイイと思ったんだ!』
「カッコ、イイ……?」
今でも頭から離れない!
モエの足取り、モエが蹴り上げるたびにまくり上げられる芝、前方を睨み据えて進み続ける獰猛な獣のような表情。
それら全てが、自分を魅了してやまない。
それでもなお、彼女が自分を認められないと言うのなら――
『Ω 君のことをずっと見つめ続ける!』
「――」
『Ω だから俺/私と一緒になろう! カレンモエに!』 - 26二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:14:56
「……。
…………………………ウソは、言ってないよね?」
『Ω もちろん』
もう原点は思い出すことができなくなってしまっていた。
それほどまでに鮮烈な輝きが目の前にいる。目が潰れてしまいそうだが、もうそれでも構わない。
「………………トレーナー」
『Ω !』
「今日の惨敗を、屈辱を、力に変える。
そして……私のことを、カレンチャンって呼んだ奴ら全員に叩きつけてやる。
私こそが、カレンモエだってこと!」
ターフを照らすのは常夜灯の心もとない灯りのみ。
しかし、目の前の彼女は、そんなものを歯牙にもかけないほど、眩く輝いていた。 - 27二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:15:54
- 28二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:16:38
悪い事は言わん。その原稿を持ってサイゲに売り込め
- 29二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:17:30
やりやがった! 無から有を生み出しやがった!
これもう創世記でしょ - 30二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:18:30
カレンモエの性格もだけど、キャラストの「それっぽさ」が凄い
- 31二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:19:04
書いたな! 書いたな!
ありがとう! - 32二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:19:34
乙乙!
モエトレだいぶイカれてんな! - 33二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:29:39
まさかのピクシーナイト出演
素晴らしいものを見させていただきました - 34二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:33:32
モエの固有はあれか
鏡叩き割る感じかな - 35二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:37:12
女性トレーナーD…いったいナニネスナニタルなんだ……
いいね、タイシンみたいな反骨系ウマ娘バリバリにキまってるの最高だね - 36二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:44:34
でかした!
けど俺も書こうと思ったがこされたか - 37二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:46:33
ふあああ...(語彙力破滅)
- 38二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 00:54:55
- 39二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 01:25:59
カレンとお兄ちゃんが何してんのか気になる
- 40二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 02:06:59
- 41二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 03:24:30
また幻覚具現化してる……
- 42夢モエトレ21/12/01(水) 04:17:43
ありがとう……ありがとう……
それしか言葉が見つからない…… - 43二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 06:52:50
集団幻覚もここまできたか……
- 44二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 07:12:10
- 45二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 07:49:24
モエトレも覚悟ガンギマリ勢で好き
- 46二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 09:13:58
- 47二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 11:36:11
これもうタマモクロスよりも実装されてるだろ
- 48二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 11:45:08
- 49二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 18:16:02
たぶん何を言っても逆効果になるしな…。落ち着いた時に話すとか、URA終わったあとに話すとかかねぇ。
- 50二次元好きの匿名さん21/12/01(水) 23:57:43
ところでこのスレはなんでカレンモエで検索しても引っかからないんやろ。キャラシナリオで検索したら引っかかるから検索機能は死んでないハズなんだが
- 51二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:01:07
ていうか原作カレンモエはカレンチャンの子っていうのもでかいけど父親がよりにもよって龍王なのが期待めちゃくちゃ集めてたよね
最強スプリンター×最強スプリンターだから… - 52二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 01:23:48
コレは人気出るタイプのストーリー
- 53二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 01:59:57
なんでかわからんのだけどカレンモエで検索してもカレンモエって入ってるスレいくつか引っかからないのあるよね
後ろがスペース入ってたり、ちゃんづけのやつは引っ掛からなかった
でもそれ以外にも出てこないやつあったりしてなんもわからん - 54二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 02:04:11
カレンモエスレを見つけたいならタイトルじゃなくてレス検索がいいぞ
- 55二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 05:50:35
なるほど。試してみます!
- 56二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 06:00:01
最近、寝起きとかの頭働いてない時に見るとマジでカレンモエちゃん実装してる幻覚におそわれる
- 57二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 06:15:49
しゅごい……、俺とは違う世界線の人がいる
- 58二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 11:17:17
これもう未来の記憶を送られてきてるでしょ
- 59二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 14:21:39
素敵なものを読んだ。
- 60二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 14:37:43
すげえ…