はい ダイドコロビーでございます【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:29:40

    夕刻。
    台所。

    そして、



    お米。



    「ご協力ありがとう存じます、オグリさん」
    「こちらこそ。よろしく頼む、ルビー」

    華麗なる紅玉と怪物アイドルが並び立ち、巨大な炊飯器に潜む炊き立てほかほかごはんに挑む。

    「よし、やろう」
    「はい──調理を、始めます」



    「おにぎりだが」
    「はい」

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:30:00

    事の発端は──

    「ぴえええええん!!!」

    お昼時、生徒と教職員、トレーナーたちでごった返すカフェテリアに騒々しいぴえんの声が奔った。
    ダイタクヘリオス。太陽のパリピは今日もお嬢ことダイイチルビーへ昼食の同席を申し込み──すげなく断られてしまっていた。
    「おじょトレー!お嬢が!お嬢が塩いいーっ!!!」

    そして失恋?の後はきまってルビーのトレーナーに泣きつくのが最近のお決まりになっていた。
    今後のチャンスをそれとなく教えてくれるし、あまり自身のことを話さないルビーのことをよく教えてくれる。

    「ぱおんちは。今週は詰め詰めだから難しいかなー」
    「マ?お嬢スケジギチすぎ……ん?」

    ヘリオスの視線がおじょトレ──ダイイチルビーのトレーナーの手元に移る。
    ホットサンドとコーヒー。キツネ色のトーストの間から二枚重ねのハムが顔を覗かせ、胡椒を含んだチーズがこぼれ落ちている。
    この上に塩味を効かせたパンチェッタと軽くほぐれるピーマン、追いチーズを甘味強めのケチャップと共に載せたピザトースト風トッピングは生徒、職員問わず人気のメニューだが……彼はトッピングはしないらしい。

    「おじょトレ、お昼それ足りるん?ペコらん?」
    「あー、まあ、ギリ。トレーニング中に腹を鳴らしてルビーに恥をかかせたりはしないから大丈夫」

    男性の昼食にしてはやや軽すぎる量だが、どうもお財布のダイエット中とのこと。

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:30:35

    「なになに?パリる?フェスる?ビッグウェーブ来ませり?」
    「ちゃんとした時計持っとこうと思って」
    「えー、今のもアリ寄りのアリくね?マルっちとか持ってそう感ある」
    「これ親父から借りてるんだよ。会食やらパーティーやらに同行する事が増えたから、ショボい格好してたら悪く見られるのはルビーだし」
    「なる☆」

    ダイイチルビーのトレーナーの役目はトレーナー業務に止まらない。最近はこれまで以上に多くの会見、パーティー、視察に同行しており担当ともども休む暇もない。

    『お嬢様について回って豪遊してる』という噂が囁かれたが……
    「食事制限を強いられてる担当の前でバカ喰いするトレーナーがいるか」「そもそも高級すぎて味わかりません」
    との事で、実態は事実無根だった。

    「んー、お嬢にはオフレコった方が良さげ?」
    「大丈夫。気を遣うべきでない時は遣わないでいてくれるから」

    (ナシよりのアリくね?)

    ヘリオスはビミョみ強めかった。
    ルビーのトレーナーがヘリオスをよく気にかけている様に、ヘリオスもこの2人をよく見ていた。

    このコンビ、お互いへの敬意と信頼を確信している割に妙にすれ違っている気がしてならないのだ。
    しかも見ている側をやきもきさせる割に本人達はなんだか満足げなのもよくない。

    「和食派なんだけど最近卵も鮭も高くてまじぴえん」
    「なら納豆っしょ!ネバウェイ☆ユニっちとデムる?」
    等々軽く雑談を済ませて解散し、彼女は授業後のルビーに会いに行く手土産として遠慮なくリークした。


    もっとも、「そうですか、ありがとう存じます」と会釈を済ませるや否や足早にトレーニングに向かわれてしまい、ケイエスミラクルに慰められることになるのだが。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:30:56

    ダイドコロジー?

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:31:00

    『おじょトレ、お嬢のテンサゲガードしたくてスペシャルな時計買うってびんぼーメシしてた!』

    ダイイチルビーは、内心困っていた。
    華麗なる一族。政界、財界にもその名を知らぬものは無い高貴なる身分。
    その末裔に並び立つには、確かにその新人トレーナーは若く実績も乏しかった。
    しかし彼女が選び、新たな光を導いた彼は今や器に相応しい──何かと萎縮して背を丸めてしまう悪癖はあるが。

    彼女の隣に立つに相応しい者として、身嗜みに目を向ける点はよし。一方その為に不健康な食事をするのはいただけない。

    しかし、彼は元々一般人でまだ若手なのだ。ルビーと同等の装飾品を揃えるには無理がある。

    (資金援助?礼服一式の貸与?……いえ、それは)
    それは彼の姿勢を侮辱するに等しい。まして、一族のカネで豪遊しているなどと根も葉もない噂に尾ひれを与える必要はない。

    実際のところ、彼女はトレーナーが自らの意志と不断の努力で自分の元まで辿り着いてくれることを期待しているのだが。

    (では、黙って待つのみ?……いえ、トレーナーさんの心尽くしに応えなくて何が華麗か)

    彼女にしては珍しく、考え事をしながら所在なく歩いていると。


    「キミ、大丈夫か?なにか悩んでいるみたいだ」
    「貴方は──えぇ……?」

    顔を上げると、巨大な炊飯器が話しかけていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:31:57

    流石のルビーもちょっと間の抜けた声が出たが、炊飯器の向こう側に立つ人物はよく知っていた。

    「オグリキャップさん」

    名家の出身ではない。クラシック三冠路線を走った訳でもない。口下手で、私生活もやや頼りない。しかし。
    速く、強く、決して挫けることなく。
    走り一つで人々の熱狂と尊敬を集めたアイドルウマ娘──オグリキャップは、ある種ルビーにとっての理想の姿だった。

    「…………それは?」
    「ああ、炊飯器だ!今からカフェのキッチンを借りておにぎりを作りに行くんだ」
    「かなりの量になりますが、お一人でですか?」
    「大丈夫だ。時間はかかるが、夜までには終わるだろう」

    ルビーは、この視界を埋め尽くす炊飯器に天啓を得た気分だった。

    「私がお手伝いしても構いませんでしょうか」
    「いいのか?助かるよ」
    「それと、厚かましいお願いを致しますが……少し、お米を分けていただけませんか」

    もちろんだ、と弾んだ声が炊飯器の向こうから聞こえる。
    どうにもシュールなので、話はキッチンについてからとなった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:32:37

    「何故、このようなことを?」
    「私はトレーナーに、タマに。みんなに支えられて走ってきたんだ。だから、なにかお礼がしかたった」

    「それで、おにぎり……ですか」
    「お腹が満たされて不幸だと思う人はいない……と、思う。皆は私みたいには食べられないから、小さいおにぎりを作るんだ」

    広げたラップの上にご飯を乗せ、梅干しを一つ。
    折り重ねるようにラップを畳んで手の中で数度転がすと、角の取れた三角形がオグリの手の上に乗っていた。

    普段のクールな様でぼんやりしたものとも、レースの際の情熱的なものとも違う。
    良家の子女とも見紛う、閑かで温かい鮮やかな手際で次々に小粒のおにぎりが並んでいく。

    「素晴らしい手捌きです。使用する具材が独特ですね」
    「ソース味のおかかはタマに、刻んだ油揚げはイナリに。皆の好きなものを入れる様にしてるんだ……流石にバナナは入れられないから卵焼きを入れるが」
    「………………」

    これはハヤヒデに、これはクリークに、これはヤエノに。巨大ばくだんおにぎりはスペに。
    オグリが黙々とおにぎりを量産する傍ら、ルビーは──無言で凍りついていた。

    好きなものを。
    トレーナーさんの好きなもの。

    (私は、知らない)

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:33:21

    そもそも食事を共にすること自体がごく稀。
    機会が全くなかった訳ではないが、無駄話などせず手早く済ませるルビーにトレーナーの嗜好を知る機会はなかった。
    そして、その希少な機会を。

    『このような気遣いは──』
    『今後は不要、承知した!』

    自ら手放してしまったことを思い出していた。
    お互いに一粒のチョコレートを渡し合ったことはあったものの、言葉通り彼はそれ以降その類を持って来たことはない。

    渡りに船が過ぎた。彼女らしくない突発的な今回の件は、彼に何も話していない。

    予定にないと突き放しておいて、自分が同じことをしようなどと、許されるはずも──「ルビー」

    「……!申し訳ございません。手を止めている場合ではありませんでした」
    「大丈夫」

    「…………え」
    「渡せば、気持ちは伝わる。受け取ってもらえるさ」
    「そう、でしょうか。連絡もなく渡されて迷惑に」
    「ならないさ。キミからの期待を背負って、一緒に頑張ってくれたんだろう?」

    「はい。そうだと、信ずるに値する方です」

    意を決して白米に向かう。
    今日はこの小さい手がちょうど良い。

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:34:03

    ───────────

    「ただいま──ただいま?」
    職場にただいまは大分やられてるな、と半笑いでトレーナー室に戻る。
    会議帰りの重い体をのろのろと引きずって机に向かうと、見慣れないものが鎮座している。

    「た、竹皮??しかもマジでおにぎり入ってる」

    竹皮に包まれたクラシックスタイルのおにぎり。レトロなドラマでしか見たことがない、馴染み深い異物を前に困惑していると、包みの陰に書き置きを見つけた。


    『門限までにトレーナー室にいらっしゃらなかったので、こちらに置いて帰ります』
    『近頃、貯蓄と倹約に精を出されていると伺いました』
    『用途は問いません。貴方ならば間違いは無いでしょうから』
    『僭越ながら、軽食を用意しました』
    『不健康な姿は襤褸を着ているに等しいとお考えください』
    『事前の連絡なしでの行い、ご迷惑をおかけします』
    『ダイイチルビー』

    ルビーは全てお見通し、ということなのだろう。
    竹皮の中で整然と並ぶ小ぶりなおにぎりは、確かに彼女の細い手を思わせる。

    感慨に浸る間も無く、うどん一杯で済まされた胃が不機嫌な音を鳴らして急かした。

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:34:35

    なんとなくソワソワしながら席につき、洗った手を合わせて。

    「いただきます」




    一口齧ると、舌が引き締まった塩味に刺激される。
    程よい力加減で握られた米が口の中で解け、豊かな香りが鼻を抜けた。
    噛むごとに米の甘味が顔をだし、飲み込む頃には脳がまた塩味を求めて手を動かし、食欲に押されるように次々に口に運ぶ。

    (美味い)

    ルビーの温かい心遣いに気力が湧いてきた。今日で一気にと──

    (ルビーが身体を大事にと、そう思ってくれたなら)

    まずは心配と気遣いに応えなければ。
    湧いた気力は明日の活力に。ひとつ残したおにぎりを本日の業務完了のご褒美に定め、アラームを21:30に。

    あと、もうひと頑張り。今日はきっとよく眠れるだろう。

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:35:10

    『おにぎり、ありがとう。美味しかったよ』
    『重畳です。お粗末さまでした。』



    『好みの具などありましたら、あらかじめお伝えください』

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:37:37

    みたいな感じでブルジョアに混じらざるを得なくなってスーツやら時計やらが半端な物だとルビーに恥をかかせてしまうと思ったルビトレが倹約してるのを知って慣れない手つきでお夜食作るルビーのSSってどこかにありませんかね?

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:38:57

    >>12

    今出されたので全部ですね

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 18:53:01

    なんか食レポに力入ってない?夕飯時だからか?

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 21:05:33

    互いへの思いやりがとてもいい…
    語彙に乏しくてたいした感想が言えず申し訳無い
    面白かったです

  • 16二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 21:14:34

    ルビーらしい小さいけど形の整ったおにぎりが竹皮の包みから出てくると思うと可愛くて仕方がない
    ほっこりしました

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