- 1二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:02:58
俺がトレーナーになるずっと前、どころかトレーナーを志す前の事だ。
近所に年下のウマ娘がいて、その子に懐かれてよく遊んだ事があった。
葦毛で色白のかわいい子だったのを覚えている。
まぁ、それ自体は別に珍しい話でもないし、親の転勤が決まってわんわん泣かれたのも、恐らくそう珍しい話でもないと思う。
ただ、俺がトレセンのトレーナーを目指したのと同じ様に、彼女もトゥインク・シリーズを目指していたのは、まぁそれなりに珍しい話だろうなと思う。
彼女と再会したのは、俺がトレセン学園に入って少し経った頃だ。
*
私の名前はシンプトンダッシュ。
トレセン学園に入って4年目のウマ娘だ。入れたは良いものの距離適正に難があるらしく、スカウトに声をかけられた事はない。
もうデビューしたクラスメイトには、焦る必要はないって言われたけど、どうしたって焦ってしまう。
どうにか武器を持とうと、筋トレを重点的に鍛えて来たけど、効果は芳しくない。
何故か胸ばかり育ってしまった。
それを抜きにしても、やっぱりトレーナーの存在が不可欠だと思っていたある日の事だった。
選抜レースの見学のため、レース場に向かっていた時──彼に再会した。 - 2二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:03:32
でっか…
- 3二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:03:51
ふむ続けて
- 4二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:04:21
🐴むっ、芦毛の気配…
- 5二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:04:33
*
その日の事、選抜レースが行われる会場に向かっていると、横から葦毛のウマ娘に追い抜かれた。
まぁ、この学園では珍しくもない。
ただ、そのウマ娘は俺を抜いた後に何かを落とした。
何の変哲もない無地ハンカチだ。
「おーい」
俺が声をかけると、その子は立ち止まりこっち振り返った。
「なんですかー?」
その瞬間、思わず胸に目が行ったが、すぐに視線をあげる。
と、同時にその声はどこか聞き覚えがある気がした。
とりあえずハンカチを落とした事を告げる。
「あ、すみませーん」
やはり、どこかで聞いた気がした。どこだっただろう?
そんな様子を気にしてか、こちらに近づいてハンカチを拾った彼女は首を傾げながら言う。 - 6二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:04:50
「あの、なんですか?」
「あぁ、ごめん。なんでもないよ」
そう返すと、彼女は俺の顔を見てハッとした。
「あの、もしかして……」
「うん?」
「新人のトレーナーさんですか?」
「わかるのか?」
「えぇ、大体覚えているので」
そりゃすごい、と言いかけてやめる。
逆に言えば、そんな事を覚えているほどこの学園にいて、トレーナーが付いていない事の裏返しだと感づいたから。
そして、この時間にここにいると言うことは、今日の選抜に出ないということでもある。
「……君も選抜レースを見に?」
「ええ」
「そっか、引き止めて悪かったね」
「いえいえ……、あっ良かったらご案内します?」
一瞬、彼女の貪欲さが見えた気がしたが、気にしない事にした。
「急いでたのに、いいのか?」
「大丈夫ですよ、レースまでまだ時間がありますし」
「じゃあ、頼もうかな?」
なんとなくそう答えてしまった。やはり、その声に聞き覚えあったからだろうか? - 7二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:05:49
*
なぜ案内を願い出たのか? と聞かれれば、覚えて貰おうと思ったから──だけではない。
その新人さんを見た時、何故かデジャブにかられたからだ。
どこかで会ったかな?
そんな疑念を胸に彼を案内し、レース場について彼の隣に座る。
彼は少し警戒した様子だったが、私が出走するウマ娘の解説を始めると、彼は真剣に耳を傾けてくれた。
そのまま、選抜レースを観戦する。
今日の目玉は、なんと言ってもトウカイテイオーだ。
まだデビュー前なのに、私よりずっと速い。
でも嫉妬は沸いてこなかった。何度も経験したことだ。
ただ、トレーナーを選び放題なのは羨ましい。
レースが終わると、数多のトレーナーが彼女に集まっていく。
なのに、私の隣に座る彼は動こうとしなかった。
「行かないんですか?」
「いや、まぁ……そもそも今回は感じを掴みたかっただけだし」
歯切れ悪く答えるのを聞いて、たぶん怖じ気付いたんだな、と察する。 - 8二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:06:32
ふと、レース場を見ると、あるウマ娘に一人のトレーナーが近づいて行くのが見えた。
これまた後輩の、レースで三着だったナイスネイチャだ。
トレーナーに話しかけられた彼女は、少しおどけて、とても驚いて、そしてトレーナーに手を差し出した。
トレーナーが決まったのだろう。
思わず声が漏れる。
「いいなぁ……」
*
隣に座られた時は驚いたが、彼女は実に分かりやすく解説してくれた。
トウカイテイオーを見て、流石に注目されているだけあるな、と納得する。
しかし同時に、扱いにくそう、というイメージを持った。
こっちは新人なのだ。最初は素直な子がいい。
個人的には、3位の子が良さそうに思ったが、たった今その子はトレーナーを決めてしまった。
まぁ、今回は本当に様子見だったから別にいい。
その時、隣の彼女がしみじみ呟いた。
「いいなぁ……」
同じ方向を見ているの気付き、不意に居心地が悪くなった。 - 9二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:07:58
「それじゃ、俺は行くよ」
俺は立ち上がり、礼を言う。
「解説ありがとう。すごく参考になった」
「いえいえ、お役に立てたなら良かったです」
そう言って微笑む彼女に、まだ名前を聞いてない事に気づく。
「そういえば君、名前は?」
「あ、シンプトンダッシュって言います」
「シンプトンダッシュね、速そうな──」
そこまで言って、過去にしまい込んだ思い出が一気に溢れた。
聞き覚えのある声と、小さかった葦毛で色白のウマ娘が急激な勢いで結び付く。
「──な、……え、トンちゃん?」 - 10二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:08:44
いいぞいいぞ
- 11二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:09:13
*
急に固まってしまった彼を怪訝に思っていると、
「な、……え、トンちゃん?」
「へ?」
ずいぶん昔に呼ばれたあだ名。実のところ少し嫌だったあだ名。
私をその名前で呼んでたのは、
「──にぃに?」
しばらく、お互い何も言わず目を見つめ合う。
デジャブの正体はこれか、と一人納得しつつ、改めてまじまじ顔を見つめる。
目元に面影はあるけど、立派に男性の顔だ。
これは気づかない。私は悪くない。
彼は力の抜けたように再び腰を下ろした。
「……あ、あぁ、久しぶり」
「うん、ひさしぶり……」
「ごめん……全然気づかなかったわ」
「いやー、お互い様でしょ?」
彼の口調が砕けたのに、つられて気やすく返す。 - 12二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:09:57
「どれ位振りだ?」
「えーと、10年? それ以上?」
「そんくらいにはなるよなぁ。おじさんとおばさんは元気か?」
とまぁ、そんな感じで一通り近況報告を行った後、
「それにしても、にぃにがトレーナーかぁ。そんなこと言ってたっけ?」
「いや、俺がトレーナーを志したのは、高校くらいだからな。トンちゃんこそ、トレセン学園にいるとは思わなかったさ」
「そう? ウマ娘足るもの一度は夢に見るでしょ?」
「そう言われりゃそうかもだが……、トレセン学園自体が狭き門だからな?」
そんな他愛のない話を、夕日になるまで続けた。気付けば、レース場には誰もおらず私たちだけになっている。
「あー、時間取らせて悪かったな」
頭をかいて謝る彼に、手を振って否定する。
「うんうん、気にしないで」
「それじゃあ、またどっかでな」
「あー、それたぶんここになりそー」
「……確かに」
そうやって笑い合って、別れる。 - 13二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:10:59
珍しいこともあるなー、と回想しつつ寮の部屋に帰ると、既に帰っていた同室の子がにやにやした顔で見てくる。
「え、なに?」
「いやぁ、べっつにー?」
含みのある言い方に、ちょっとムッとする。
「いや、言いたい事があるなら言ってよ」
「トレーナーさん、決まりそ?」
短く返されて、頭が真っ白になる。
「新人さんかなぁ、あの人。ずっと隣に座らせてさ、選抜終わってもずっと話してたじゃん。だから、良い感触掴めたのかなぁって」
「……忘れてた」
「はい?」
「忘れてたぁあああっ!」
叫び声を上げて、ベッドに突っ伏し、足をジタバタする。
最初アピール目的で話してたのに、すっかり頭から抜け落ちていた。
「私のアホ~!」 - 14二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:12:28
*
「たぶん、自分がなに言ったかわかってないよなぁ」
トレーナー寮の帰って呟く。
別れてすぐ学園で調べ物をした。もちろん、トンちゃんの事を。
距離適性に難あり。しかし、パワーに見所もあり。
それが彼女の評価だった。
俺はベッドに横たわり、天井を見上げる。
「それたぶんここになりそー、か……」
ついでに選抜の予定も見てきたが、来週の選抜にエントリーされていた。
実際の走りを見てからになるが、現時点で俺は彼女を誘おうと思っている。
昔なじみ、というのもあるがコミュニケーションが取りやすく、癖のない性格をしている。
大事なことだ。
とりあえず、三年間は一緒にやっていくのだから。 - 15二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:13:31
- 16作者21/08/30(月) 21:14:15
二人はクソボケ
- 17二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:14:42
乙!これからの物語が気になる
- 18二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:14:42
ありがとう…ほんとにありがとう…
- 19二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:18:03
既に続きが欲しい自分がいる
- 20二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:31:07
僕も続き読みたいです。
- 21二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 00:16:28
最後笑った。そっちかい!
- 22二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 00:21:30
何気にネイチャのストーリー絡めて来てる。
相変わらず、芸が細かい。 - 23二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 06:00:42
よかった。おもしろかったー!
- 24二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 09:27:58
もっと盛り上がってもいいのに