- 1二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 14:35:14
※♀トレ×ウマ娘、男装女子アリ
────これをいつそうするようになったのかは、あまり覚えていない。
単に「女がウマ娘のトレーナーになるなんて」という一部の偏見への反発だったか、それとも単なる趣味だっけか。
多分、どちらにせよ今は男と女、どっちの姿を取るのか曖昧で、あまり考えないようになっていた。
そんな私は地元ではなく府中に来れたのは、非常に類い稀なる努力と幸運だったのだろう。
私を見た"面接官"の一人が
「……トレーナーの格好について、中央トレセン学園に規定は存在しません。貴方が貴方らしい姿で励むことは肯定されます」
と、私を認めてくれたのが救いか。
あの人は今URAの幹部であるから、やはり優秀な人ということなのだろう。
そんな私はトレーナーとなってしばらくしてから、府中の空で彼女────
"皇帝"シンボリルドルフの走りに惚れ、一枚の写真で彼女の傍らに立てることとなった。
ロマンチストは好きだし、彼女なら夢を叶えられる気がした。
しかし、彼女は私を男のままだと勘違いしていたし、それを明かすにはあまりに私の覚悟は矮小だった。
彼女の傍らに立ち、彼女の夢を共に追う覚悟は出来ているのに、自分の仮面一つ明かせないのは────
お似合い、ってことなのだろうか? - 2二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 14:46:17
そんな彼女の誤解がとけるどころかむしろ強固になった理由は、二人で映画を見た時からだろう。
私服すらも男物を着ている時に出会ったことは、幻想の破壊ではなく補強になったのは、良かったのか悪かったのか。
二人で映画を見た後語らって彼女の感想を聞くと、些か批評寄りと言うか、概ねそういった作品に慣れていないか、或いは自己と他者をきちんと切り離せる理性か。
ほんのりと自分と隔絶したそれに、理解と畏怖があった。
そんな私と彼女は三年間歩んでいった。
時に彼女は自らその壁を越え、時に彼女は自ら不信になりかけたのを立ち直らせ、そして皆と越えた。
それ以外にも、彼女が朝に弱くお弁当を毎朝作ってる話や、彼女が幼い頃"ルナ"と呼ばれていた話、彼女の家族であるシンボリ家のアレコレを聞かされた後「いいお母さんになりそうだ」と言ったり、射的の際彼女に手を添えられたり。
彼女の両親へ便りを出すよう勧めたりなんかもあった。
ルドルフのお爺さんへの挨拶は難易度が高すぎるけど。
そんな三年目に、ふと気になった、刺さったものがある。
────温泉旅行券。 - 3二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 14:58:01
二年以上隠してしまったそれを今更ばらすなんて真似は私には出来ない話であった。
そして、彼女は一度見た顔を忘れない程に記憶力がいい。
また、うっかりを装い捨ててしまうなんてことは彼女の心情を思えば無理だった。
故に処分も出来ぬまま、私は預かっていたそれを彼女に託して、生徒会の皆か親しいウマ娘であるトウカイテイオーやマルゼンスキーあたりと行って貰うのを祈るしかなかった。
尤も、こういう祈りは必ず外れるものであり、生徒会の皆は「会長の気が休まらない」「繁忙期は過ぎたので羽を伸ばしてきてくれ」と言うばかりで、そもそも親しいウマ娘には声すらかけなかった。
まあ、元々慰安旅行と言い出した時点で予測されて然るべきであったのだけど。
────そうして、温泉旅行当日。
私は、事前に策を練り、それを実行するしかなかった。
──旅館の前にて。
「……立派な佇まいだね」
「ああ、全くだ。といっても、緊張する程でもないだろう。これまでの三年間を考えれば──」
「だな。よし、行こうか」
「ああ」
そう話す私の声は、どこか不安げでなければよかったのだけども。 - 4二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 15:13:01
そうして部屋に荷物を置いて、個室風呂があることを確認してから大浴場前に移動する。
「さて、トレーナー君。ここでしばしお別れだな」
「だな。待ち合わせは、ここで」
「ああ、勿論だ。……いい湯を、トレーナー君」
「ルドルフも、肩の力を抜いて、しっかり楽しんで来て」
そんな会話をし、彼女が"女湯"の暖簾を潜ったのを確認し、ロッカーに向かったのを確認してから、部屋に走る。
個室の風呂で手短に済ませて、誤魔化そうというのが私の作戦だった。
エレベーターも使って自室の階へ。元々持っていた桶とアメニティとタオルをそのままに、風呂場に駆ける。
そうして、服を脱ぎ、彼女のトレーナーになってから着け出したサラシを取り払い、下着も脱ぐ。
ルドルフより身長は高いが、同じ程度のカップ数だろう胸故に、誤魔化しが聞くのは助かった。
そうして、薄い化粧を洗い流し、走って少し汗の出た身体を、男女どちらにでも見える程度に短い髪を丁寧に洗う。
それが、開放的で気持ちいい。
「……湯船は、どうしよう」
温泉と言えば湯船に浸かるのが醍醐味。それを味わうことなく終わらせた方が時間に余裕が生まれるが、かといって入らないのも後で感想を聞かれたとき窮する。
────こういう時、後悔しない選択肢を取ろう。
そう思い、満たされたそれにゆっくり身体を沈めていく。
「ここの効能、なんだっけ」
ふとした、仮面の向こう、殻の中の呟きが、誰も私を見ていない空に響く。
この解放感が気持ちいい。 - 5二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 15:27:16
そうして、身体が暖まりながらも大浴場前に戻るに最適だと思ったタイミングで湯船を出て、そういえば浴衣をこちらに用意するのを忘れていたがため、裸にタオルで脱衣場を出た直後────
「……トレーナー、君?」
「……え、あ?」
浴衣姿の彼女と目が合う。
こちらは裸タオル。当然、布一枚でスタイルは出ており────
彼女の視線が身体を貫く。変な汗が背中から出る。
こんな秘密を隠していたこと、バレてしまった今────
契約解除、そんな言葉すらよぎる。
なんとか、言い訳しなくてはと口を開く。
「え、あーと、その……」
「……とりあえず、着替えてから話そう。その格好で長くいると、風邪を引いてしまうだろうから」
「……はい」
結局、彼女に弁明すら出来ず、サラシではなくブラジャー、それ以外は浴衣と下着で、ルドルフと散歩に出る。
そうして歩む中、ルドルフが口を開く。
「さて、トレーナー君。これからの事だが……」
「……」
何を、言われるのだろうか。
「……先程は、実を言えばかなり驚いた。固定観念とは、如何に恐ろしいかを思い知らされたよ」
「……そう」
「……それにしても、君なりに作戦をよく考えていたのだろうが──私も、忘れ物を部屋にしてしまったのを途中で思い出さなければこんなことにはならなかったのだろうか」 - 6二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 15:35:09
本題は、なかなか来ない。それが、じれったくて、怖くて、こちらから切り出す。
「……君は、ルドルフは、これから私をどうする?契約解除だけして放置するなり、今まで騙していたことを皆に言ってしまうなり、いくらでもやれることはあるのに」
「……ほう?」
「……ずっと、騙しててごめんなさい。契約解除なり、なんなりしても構わない。あの格好もやめる。どうせ、惰性だったし」
そう吐き出す。すっと楽になって、殻がなくなるような気がして。
「……どうやら、一つ大きな勘違いがあるらしい」
「……え?」
「私は、君を手離す気は毛頭ない、ということだ。勿論、無理にとは言わない。誰にだって、隠しておきたいものはある」
そう言いながら、彼女はこちらを見つめる。
……また、試されているのか、これは。
「……だから、私と、また同じ視座を持って、共に歩んでくれるだろうか?」
息をのみ、そして吐く。
「勿論。君が、それを望むなら私はそれに答える」
「……そう、か。……ふふっ、ありがとう、トレーナー君」
「……大きな隠し事でも、受け止めてくれてありがとう、ルドルフ」
「何、驚きはしたが、君は君だ。それは、何も変わらないとも」
そう彼女が微笑む。
そうして、どちらからと言うこともなく、二人で帰途の道を、気がつけば手を握りながら歩む。
────私の殻は、なくなっていた。 - 7二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 15:36:52
ということで突然の駄文失礼しました。
このスレの6に脳をやられて書いてしまった……
男装♀トレーナー|あにまん掲示板bbs.animanch.com因みにあにまん掲示板でスレを立ててSS書くのはこれが初めてです。
それでは、よいお年を。
- 8二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 15:37:57
お年玉助かる
- 9二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 15:40:52
よかった
お年玉助かる