「トレセンに編入希望者…"マチカネアルタイル"…?」

  • 1二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 20:35:01

    年が明けた一月の半ば、今年度のURAファイナルズやアオハル杯、並びにドリームトロフィーが無事に終わり束の間の休息が与えられていた理事長室に電話のコール音が響いた。URA本部から秋川理事長に対して何やら伝えたい事があるらしい。
    「…ッ、却下ッ!」
    秘書の立場となって理事長を長い期間支えてきたが、彼女がこれ程まで声を荒らげているのはかなり久しい出来事で困惑している。
    会話がかなりヒートアップしているようで、受話器から話し相手の声が漏れ始めている。
    扉を背にして理事長の机から距離を置いている私が耳をすませば聞こえる声量だ。
    『URAファイナルズ 及びアオハル杯…』
    『個人競技・チームレース双方の到達点であるこの二つのレースが再開出来たのは間違いなく理事長のお陰ですよ、ですからー』
    理事長が会話を遮り、怒号が響く。
    理事長「否応ッ!その二つのレースが凍結状態になりウマ娘の夢が潰えかけたのを忘れたと!?」
    理事長「我々中央トレセンが血眼になり、苦渋を飲んだ数年!その数年間残されていたのはドリームトロフィーたった一つだった!…もし失敗すれば再起した二つのレースのみならずにドリームトロフィーすら歴史から消えてしまう!」
    理事長「忌避ッ…!それだけは避けなくてはならない!あの時は仕方がなかったとはいえど"HEプロジェクト"はこのまま封印しておく他ない!」
    URA『…例えそれが、1人の"ウマ娘"の夢が━人生が掛かっているとしても…ですか?』
    理事長「…ッ!?」 たづな「え…!?」
    URA『前回の"HEプロジェクト"の失敗から我々も学んでいます。こちらも一枚岩ではないのでね。』
    URA『返答は急いでおりません、が二月の末までに頂けると助かります』
    理事長「…非情ッ…」
    理事長「しかし…私達に何が出来ると…?いや…もしやそちらの希望条件は"彼女に見合うトレーナー"の手配…か」
    URA『察しが良くて助かりますよ。そちらにフリーのトレーナーが数名いるのは把握しております。まだ担当がついていない場合、こちらの人物に話を通して頂けるとこちらとしても話が早く済みます』
    カタ…カタ…
    部屋の隅にあるプリンターの音が木霊する。何枚も印刷された資料が重なり、その音が更に不安を煽る
    肩唾を飲み、汗を拭い、届いた資料に目を通す。

  • 2二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 20:55:55

    たづな「え…?これ…って」
    理事長「…?どうした?たづな、何か資料の方に不備でも…?」
    電話口に一言告げ、秋川理事長がこちらに駆け寄る
    「「出生登録のないウマ娘と…彼は…?」」
    URA『諸所の事情で走らせる予定のレースの資料も添付済みです、くれぐれも口外せずに。それではいい返事を期待していますよ。』
    はっとした顔で理事長が電話口に駆け出す
    「待てッ!話はまだー」ブツッ
    ツー… ツー… ツー…
    理事長室に、コール音が再び鳴り響いた。

    理事長「難儀ッ…どうしたものか…返答を急がなければ…」
    たづな「理事長…あの…」
    理事長「すまないな…たづな…上層部とのいざこざに巻き込んでしまって…」
    たづな「いや…そうではなくて…」
    「盗み聞きするつもりはサラサラ無かったんだがな。ノックはしたぞ?だいぶ会話が盛り上がってたもんで。冷えるから部屋には勝手に入らせてもらったが。」
    俯いていた秋川理事長が声の元に顔を向ける。
    理事長「シンザン…か…何故ここに…」
    シンザン「おーおー…やよいちゃんも随分お疲れと見受けられますね…普段だったら逆にこちらが来訪する理由を看破してたじゃないですか。この時期ですよ?」
    たづな「あー…」理事長「不覚ッ…出走登録か…」
    シンザン「そういうことだ。まだ脚が残っている以上来年度のドリームトロフィー出走登録に、と思って赴いたと言うわけでね」
    シンザン「邪魔になると悪いと思ってたんで部屋の隅に腰掛けてたが、物騒な話だったもんでな…判断に間違いはなかったようで。」
    理事長「いや…助かる。此方側に君を咎める道理は一切ない。口外無用の一点さえ守ってくれればー…」
    シンザン「流石にその点は弁える。…がこちらから提案がある。」
    たづな「どういうことですか、貴女もドリームトロフィーに出走する以上調整など色々やることが…」
    理事長「…聞こう…、卒業生とはいえここの生徒、双方返せない借りもある…」
    シンザン「…珍しい、覇気がほとんどねーやよいちゃんはレアだね。」
    「そんで提案ってのだが、外にいるトレーナーも混ぜていいかい?」

  • 3二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 20:57:07

    夜勤始まるんで少し落ちやす
    夜勤終わったら書き溜めてる分出すつもりで

  • 4二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 20:59:03

    待ってる!

  • 5二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 21:27:14

    保守

  • 6二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 22:45:48

    保守

  • 7二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 22:46:00

    保守

  • 8二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 22:46:08

    保守

  • 9二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 22:46:17

    保守

  • 10二次元好きの匿名さん22/01/13(木) 22:46:45

    10レス行くのでしばらくは持ちますね

  • 11二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 01:59:08

    注釈入れてないですけどキャラ崩壊だったり未実装のウマ娘が当然のように出てきます、一応。

  • 12二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 02:00:42

    理事長「…許可ッ!…構わないぞ、もしも君から情報が
    漏れてしまった時の責任を負わせるわけにはいかないからな。」
    シンザン「サンキュ、やよいちゃん…」
    ノックと共に彼女のトレーナーも入室し、席に着く
    シンザン「…その策ってのなんだが。生徒達ウマ娘側のアドバイザーとして1年間私が動いてやる、たづなと一緒にな。あんたがやりたいことを出来る様に。」
    シンザンの意見を軸に夜通しで意見がまとまり、半日程意見を出し合い、すっかり日も暮れ始めていた
    数時間後、答えが纏まり彼らが解散した後に理事長は電話を掛けた。しかし、通話先はURA本部ではなかった。
    「夜分遅くに申し訳ない、私情なのだが宜しいだろうか?」
    『担当達のトレーニングを終え、帰路に着いた後でしたので問題ありません。どうしました?秋川理事長。』
    「危機ッ!中央トレセンの命運が掛かっている…!」

    シンザン「さて…こっちも話を通しておかなきゃな。」
    時は少し戻り、解散直後。
    「謹賀新年」「臥薪嘗胆」
    「うーん…どうしたものか。」
    放送室のスタジオで年明けの全校集会に備えてリハーサルをしつつ、スピーチ用の原稿を添削する。
    「やはり挨拶の時点で四字熟語を使用すると硬い印象を与えてしまうのだろうか…」
    休日であるにも関わらず、そんなことを呟きながら生徒会室を目指して歩く。
    「さて…来年度の新入生の資料にも目を通さねば…」
    錠を開け、生徒会室の中に入ったは良いものの正月気分が抜け切らないのか気が重く感じる。
    「換気ついでにベランダの様子でも見るか…」
    女帝であり相方、副会長であるエアグルーヴが懇切丁寧に育てている花。長期の休暇で水分や肥料が不足していないだろうか。一抹の不安がよぎる。
    窓を開け、ベランダへ一歩足を踏み出した。

  • 13二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 02:44:30

    「…」
    物音の類や匂いなどではない、気配は断たれていた。
    野生の勘。第六感。かん…今はくだらない駄洒落を言う時ではないな。
    「随分と無礼講だな。何方かは存ぜぬが皇帝を見下ろすとは、頭が高いとは思わなかったのか?」
    テラスの上に居るであろう人物からの返答を待つ
    「アポなしで突撃した此方にも非があるが、来客に放つ殺気じゃねえと思うぞ。センパイに随分な言種じゃねーか、ルドルフ。」
    ルドルフ「…はい!?シンザン…先輩!?」
    シンザン「生徒会室の鍵がかかってたもんでね。上のテラスで待ってたのよ。」
    ルドルフ「いえ…まあ冬休みで休養期間なのもあって戸締まりしてたのですが、何故私がそもそも校内にいると…?」
    シンザン「理事長に用事があってね。そんときに生徒会の3人が事前にここに居ることは聞いた。」
    ルドルフ「…まぁ確かに明日から休み明けでその準備も兼ねて居ますけども…、して、用事とは…?」
    シンザン「あぁ、忘れかけてたわ。今女帝と怪物の2人は?」
    ルドルフ「野暮用は済ませたので寮に帰ってます。私は個人的な都合で残ってたので…」
    シンザン「ん、なら良かった。お前が残してる仕事は後どんくらいで終わる?」
    ルドルフ「急用なら後回しに出来ます。そちらの要件次第ですが」
    シンザン「お前飯は済ませたか?腹は?…話が長引く可能性もあるからたづなさんからお前の外泊許可は貰ってるぞ。」
    ルドルフ「…まだですが、外泊…あぁ、先輩の家でってことですね。トレーナー君や副会長の2人に連絡を入れておきますので、時間は作れると思います。」
    シンザン「話が早くて助かる。それにこっちが話したいこととお前が残してる用事は多分ほぼ同じ用件だからな。」

  • 14二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 02:57:25

    ルドルフ「へ…?それはどういう」
    「あら?トレンディな気配を感じるかと思ったら先輩じゃありませんか〜」
    「これはこれは、皇帝さんに会いに来たらシンザン先輩までいるなんて珍しい」
    柵の外に目をやると珍しい面々と目線が合った。
    シンザン「…シービーにマル坊か。ルドルフに用があったのか?」
    マルゼンスキー「いいえ?明日の集会に根詰めすぎて無いかと思って御食事に誘いたかったのだけども…先客がいるなら諦めますよ?」
    シービー「そこでバッタリマルゼンスキーに捕まっちゃっただけでね。三人で食事でもってだけですよ?」
    ルドルフ「あぁ、なら丁度良かった。今シンザン先輩の家で夕飯を頂く話が出てね。二人前増えたところでなんでも無いですよね?先輩?」
    シンザン「…はぁ!?何勝手に話を進めてるんだ…!
    そもそも四人前の食材なんて我が家には無いぞ!」
    ルドルフ「デリバリーでいいじゃ無いですか先輩。固いこと言わずに今ならウーマーイーツも有りますし」
    シービー「よし!決定だな!私とマルちゃんはタッちゃんで向かうとするよ。」
    マルゼンスキー「え〜?でも私シンザン先輩の家知らないわよ?」
    ルドルフ「シービーが知ってるからそこは大丈夫だな、助手席から案内してもらえるだろう。なんなら4人分の鍋の具材でも買っておいてもいいと思うよ。私と先輩は走って先に向かうから。」
    シンザン「おいおいおい!だから話を勝手に進めないでくれ…!」
    マルゼンスキー「りょ〜かい!バッチグー☆それじゃお先に食材買っちゃいますね〜!」
    シンザン「…まあドリームトロフィーの賞金があるからいいんだが…くそ…お前らバ鹿トリオハメ外すと結構食うからなあ…。」
    ルドルフ「後輩にその言種は酷いんじゃないんですかね〜先輩」ニコニコ
    ルドルフ「…冗談はこのくらいにしておいて。移動しながらでいいので話せる範囲でよろしくお願いします。取り敢えず理事長室に鍵を返しに向かいましょうか?」
    シンザン「…その切り替えの速さには尊敬する。余り事を大きく出来ないんでな。本題は家についてからで大丈夫か?」
    ルドルフ「…構いませんよ、結構重い話題だと見受けたのであの2人を別行動させたんですし。」
    シンザン「後輩に気を回されるようじゃ先が思いやられるね。まあいいか、URAファイナルズとアオハル杯が一時消えた理由については知ってるかい?」

  • 15二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 05:13:47

    コチコチと時計が動く。針は"Ⅷ"を指している
    理事長「感謝ッ!そのお言葉、厚意的なものと受け取るぞ。…して、用件なのだが、合流後でも宜しいか?」
    『…ええ、その点は申し訳ございません、電車を逃してしまった者で遅れるウマを伝える面もありましたし…』
    理事長「御足労を掛けてしまい申し訳ない…貴重な休日の時間、頂いてしまっても宜しかったのだろうか?」
    『構いません、ファーストの面々も本日はお休みの予定でしたので。』
    ホームに電車の到着を告げる音が聞こえた。
    理事長「む、そろそろ其方に電車も来るようだな、一旦切らせて貰うぞ?樫本トレーナー。」
    樫本代理『ええ、それではまた現地で。』
    理事長「…大事にならぬよう動いてはいるものの…不安がつきまとう…な。」
    たづな「良かったですね…樫本さんの協力を得られそうで…」
    理事長「同意。今の彼女はURAの指示でなく、フリーで動いているらしいからな。…シンザンはどこでこの情報を得たのだろうか…?」
    たづな「…わかりません、彼女は私達の中で1番自由ですから…」
    理事長「…"やよいちゃんには別行動を頼みたい"か…」
    たづな「樫本代理の動き方、生徒会への連絡、かなりスムーズにことが運ぶように動きましたね…意見を纏めるのにかなり時間が掛かってしまいましたが…」
    理事長「一年、か…プロジェクト完遂までの期間は…」
    たづな「翌週…事が進めば今週中にでも理事長が動けるはずです…。焦りは禁物と言いますが、慎重に動かないといけませんね。」
    理事長「数ヶ月とはいえ、樫本トレーナーを再び代理としてトレセンに招く事になるとはな…」
    時計の短針は静かに"Ⅸ"を指していた。
    たづな「そろそろ合流する予定の時刻ですね…」
    理事長「あぁ…ん?…メッセージアプリの通知?」
    リコピン
    [すみません、バス間に合いませんでした。]

  • 16二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 05:39:19

    理事長室に向かう2人の足取りは重かった。
    ルドルフ「…今語られた内容だけでも…かなり堪えますね…二つのエクストラレースが潰えた陰でそんな出来事が…」
    シンザン「お前に今話した内容は現地であの2人にも伝える。」
    ルドルフ「え…!?シービーとマルゼンスキーを巻き込むんですか!?生徒会である我々やOB兼元生徒会の貴女が動くならまだ分かりますが…!あの2人も巻き込むなんて…!」
    シンザン「正直な事を言うとラッキーだったんだ。お前とサシで話すついでに連絡取れたら呼びつけるつもりではあったからな。」
    ルドルフ「だから何故なんです!?そもそも卒業生である貴女が動く必要があり、生徒会長の私やあの2人を巻き込む理由がー…!」
    シンザン「五月蝿いぞ。もし外部に漏れたらどうする?部屋の前にはもうついてるんだからな。」
    ルドルフ「え…?あ、理事長室…」
    萎縮したルドルフを他所に、たづなさんが出迎えてくれた。鍵を受け取るついでに少しだけ話せないか、と。
    たづな「もう陽が沈んで長いです。冷えるので中に入ってください…」
    直後、声にならない声を出したのはシンザンの方だった
    シンザン「…やよいちゃんまだいたんだ…」

  • 17二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 05:40:26

    理事長「いやはや…。樫本トレーナーが到着するのに遅れてしまうようでな。その間、ルドルフに謝罪しておきたいこともある。」
    ルドルフ「そんなに畏まらないで下さい。理事長らしくないですよ…。それに、樫本代理も関わっているんですか?」
    理事長「大事にしたくはないが、かなり事は大きく進んでしまっている。私の立場からも言わせてくれ…どうか生徒の代表として私たちに協力して頂けないだろうか。[皇帝]シンボリルドルフ。」
    理事長が深々と頭を下げているのは…初めて見た。
    ルドルフ「せめて頭を下げるのはやめてください…。それに、生徒会長として私は責務を全うするつもりです。」
    シンザン「少しばかり事態は好転している。偶然だがシービーとマル坊を捕まえてな。こっちは今日明日で筋書きどおりにある程度動けると思う。やよいちゃんとたづなさんに伝えときたいのはこっちからはこのくらいだ。」
    たづな「迅速な対応助かります。こちらも樫本代理に話が通れば直ぐにでも動けますので」
    シンザン「いや、こっちは偶然話が進んだだけだからな。そっちが焦って事故られちゃ全部おじゃんだぜ。冷静になりな。」
    たづな「…そうですね。」
    たづな「ルドルフさん、明日は全校集会で早いのにも関わらず、巻き込んでしまい申し訳ないです。」
    ルドルフ「いえ、エアグルーヴとブライアンの2人にも早めの集合は伝えてあるので問題ありません。…トレセンの命運が、この年に掛かっているんです。全力を尽くす他ありません。」
    シンザン「…悪いが荒くれ者の2人が食材調達を終えたんで、御暇させて貰うぜ。頑張れよ。やよいちゃんもたづなさんも。」
    ルドルフ「…夜分遅くに失礼しました。明日万全を期して挑みます。…吉報、お待ちしてますね」
    稀代の三冠馬、いや…七冠だっただろうか。
    珍しい来客二人はそれぞれの課題を抱えて帰路に着いた。理事長室の扉が静かに閉まる。

  • 18二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 06:01:39

    カンカン、とノックの音が響いた。少しばかり遅れて、来客は無事に到着したようだ。

    シンザン「少し急ぐぞ、寒空にあの二人を放置したくないんでな」
    ルドルフ「走りながらなら聞かれることもないでしょう、再度確認します。HEプロジェクトとやらの存在や、三大エクストラレース(URA.青春杯.ドリームトロフィー)がパルクールコース建造の為に開催されていたのは真実ですか?」
    シンザン「時速60kmで走ってる我々から盗み聞き出来たら大したもんだよ。で、その質問だがさっき話したように真実だ。障害物走、メジロパーマーやが大々的に勝利を収めてからは芝ダート並にメジャーなレースにしてほしいと言う声が大きくてね。」
    ルドルフ「…時期尚早。そもそもダートのレースが芝と比較した際にメジャーとは呼び辛い筈では?」
    シンザン「実際の所はそうだったんだ。資金不足で動くには動機付けが足りない。」
    ルドルフ「資金不足…?まさか!?」
    シンザン「そういうことだ。我々みたいな冠を大量に保持する強者が並んだ所で中央やエクストラレースの設立資金に届くか怪しい所だったのを、オグリキャップ一人でバカみたいな額が稼げてしまっただろう?」
    ルドルフ「確かに…第二のオグリキャップさえ現れて仕舞えば、ダートコースがメジャーになることすら二足跳びにパルクールコースが浸透するのも時間の問題になる。」
    シンザン「まぁそれの条件は、その"第二のオグリキャップ"が障害物走でレコードタイムを出した上で"アイドルホースになる"ってのをクリアしないといけなかったんだがな。」
    ルドルフ「それが…HEプロジェクトの真相…ですか」
    シンザン「いや、まだ続きがある…が。それはあの二人がいる場で話したい。済まないが急ごう。」

  • 19二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 06:38:53

    理事長「歓迎ッ!遠路遥々感謝する!」
    樫本「…此方こそ、態々一大事の中にお声掛け頂き感謝しています。して、トレセンの命運が掛かっている…とは?」
    理事長「貴女には辛い思い出かもしれないので覚悟していただきたい…。URAファイナルズとアオハル杯が一度幕を閉じたことの発端、それに付随する情報をURA本部から聞き入れたことは?」
    樫本「…はい?初耳ですよ…?その二つが幕を閉じたのは共通の原因を持っているとでも言うのですか?…」
    理事長「貴女は自分の担当を、アオハル杯の優勝を目的に定めていた時に契約解除まで追い込まれた事で…悲劇が起きていたな。」
    樫本「…苦い過去ですが、今は大丈夫です。契約解除に終わった彼女とも友人として連絡は取っていますし、今のファーストの面々と辛い過去は乗り越えられたと思っています。」
    少し影は見えるが、固い表情のまま樫本トレーナーとの対話は続く。堅苦しい問答を崩したのは、信じられない一言だった。
    理事長「…貴女のかつての担当の悲劇、並びに引退。その発端がURA本部上層部にあったとしたら…?」
    樫本「…え、突然何を言い出すんですか…!?」
    樫本「あれ…?でも…まさか…アオハルの時期とあの時の目標にしていた有馬記念の時期…そんな…!?」
    その一言で、自分の中でも疑問に思っていた出来事に足りなかったピースがはまったように樫本トレーナーは膝から崩れ落ちた。
    樫本「…伝えたい事、はわかりました。今はまだ不確定、半確定ではありますが自分の中でこの解はいずれ出します…」
    樫本「そちらが、こちら側に頼みたいこととは…?」
    理事長「…再び」
    樫本「え?」
    理事長「再び。お願いできないだろうか。私が不在の期間、樫本トレーナーを理事長代理として指名する事を。」
    樫本「…どういう。脈絡がないですよ。私は何をすれば良いのですか。」
    理事長「あくまで以前、貴女がアオハル杯の再開を宣言した時と同じ要領で構わない。教育職の担当として優秀なサポーターはついている、たづなとふたりで動いていた時よりだいぶ動きやすいはずだ。」
    樫本「…承知しました。期間はどれほどですか?」
    理事長「不明ッ!…申し訳ない。見立てでは2〜3ヶ月前後を目処としている。と言うのも、この資料に目を通して欲しい。」
    樫本「"MHE.Project"…?」

  • 20二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 07:15:02

    鍵を手首のスナップで握り、自宅の施錠を解く。
    シンザン「悪いね、まだ暖かくないけど、上がりな」
    「「「お邪魔しまーすっ!!!」」」
    ルドルフ「懐かしいな。私とシービーは三冠同窓会以来かな?ここに来るのは。」
    シービー「そうだね。で、シンザン先輩が私たち二人にも頼みたい事があるって言うのは珍しいんじゃないかな?」
    マルゼンスキー「確かにそうね?鍋の準備をしながらでよければ話してもらえないかしら?せ〜んぱい」
    シンザン「…何故来客が夕飯を作っているんだ?と言う疑問には触れないでおこう…」
    シンザン「単刀直入に聞こう、ルドルフ含めた全員、今年度出走予定のレースはあるか?」
    ルドルフ「私はトレセン側から人気投票で出走希望が出れば、有馬やURA、ドリームトロフィーを走るつもりです。」
    シービー「有馬はわからないけれど、ドリームトロフィーの距離次第では走ろうかな?と思っているよ。」
    マルゼンスキー「んー、目ぼしい後輩ちゃんが居ればその娘をマークしたりはするかもね〜…あ」
    シンザン「ッ!?!、?あっつぁ!何やってんだ!なんで鍋の出汁がこっちに飛んで来るんだ!」
    マルゼンスキー「ごメンマ大盛りっ!…勢いよくかけ混ぜすぎちゃったみた〜い…、あ、URAかドリームトロフィーはお呼ばれされたらでるつもりよ?」
    シンザン「…フーッフーッ…各々人気投票の結果に応えつつ、エクストラレースには出る意識はある、といった感じか。」
    マルゼンスキー「…大丈夫?先輩。冷やすもの持ってきましょうか?」
    シービー「火傷なんか雨に当たってれば冷めますよ」
    ルドルフ「予後不良なく引退予定でしたし、その程度ならウマ娘の治癒力なら一瞬ですね。」
    シンザン「当事者は置いといてお前ら二人。敬語使ってるけど敬ってはないだろ。おい。」
    シービー・ルドルフ「「ごメンマ大盛り」」
    シンザン「シンクロすんじゃねえよ!…とまあ、じゃあ三人とも今年度は目標レースもなく暇って事でいいんだな?」
    マルゼン「まぁ〜そうなるんじゃないかしら?」
    シービー「…暇ってダイレクトに言われると響くね」
    ルドルフ「生徒会の方が手一杯な気もしますし。」
    雑談が挟まっていたが、本題に移る。鍋も茹で上がったようだ。

  • 21二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 07:17:43

    シンザン「…今年度にトレセン、URA共に命運がかかった計画が動く。それに伴って我々は後進育成に全力で取り掛からないとならない。ルドルフは置いといて君ら二人にもアドバイザー兼サブトレーナーとしてトレセン内を動いて欲しい。」
    三人の箸と口が一旦止まった。
    ルドルフ「…。」
    シービー「詳細な概要は?」
    マルゼンスキー「ちょっち待ってよ!?それってたづなちゃんや理事長さんはどう思ってるわけ??」
    各々複雑な思いを吐露する中、シンザンが1束の資料を机に投げる。
    シンザン「ルドルフ、お前がやり残した仕事と大体一緒って言ったろ?こう言う事だ。」
    ルドルフ「…編入希望者!?」
    シービー「URAから直轄のようだね。奇しくもオグリくんと似たようにある程度の期間既に出走済みのようだ。」
    マルゼンスキー「それにしても…シニア期からの編入。ねぇ…クラシックまでの期間が不明瞭な分実力も不確かだし、名前は見たことも聞いたこともないわ。」
    シービー「…言われてみれば、重賞を勝っているね。彼女。でもどう言う事だろう?彼女を"ダービー"でも"菊花賞"のどちらでも見たこともないよ?」
    ルドルフ「…ウマレーター…本部にあったな。」
    シンザン「察しがいいな。三人とも。」
    「コイツはかつてURAが頓挫した"HE.project"の後釜さ。PRの最後の大詰めにトレセンを利用しようって魂胆らしい。」
    シービー「…彼女のトレーナー候補者、不穏だね。君のトレーナーの姿が見えないのはそう言うことか。」
    シンザン「URA側の真意は知らん。私のトレーナーをこの後釜の担当にしたいようだ。」
    シンザン「"MHE.project"」
    「今回の企画が失敗すれば、間違いなくトレセンとURAは無くなる。」

  • 22二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 07:51:57

    一人のトレーナーが、トレーナー室の座席に腰を下ろしている。自分が担当することになるウマ娘の資料に目を通しているようだ。
    「シンザンから目を通せって言われてた資料、理事長たちの焦り方…そう言うことだったんだな。」
    「あの時の失敗を隠蔽するのに払った代償は…URAファイナルズとアオハル杯、そして、一人のウマ娘の存在か。」
    マイクの音質が悪い。ノイズ混じりだがなんとか再生できたようだ。
    "ハリボテエレジー"快勝!次回有馬記念出走のための票数も無事獲得…
    「HE.project…。Haribote Elegy Project。」
    後釜の担当トレーナーに選ばれたのが、俺ってわけか…
    『MHE.Project。彼女の担当トレーナー候補』
    『主な実績:シンザンの育成。』

    ルドルフ「ハリボテエレジーの失墜と、URAがオグリキャップに代わる存在を祭り上げようとしたことで起きた悲劇。それが…」
    シービー「エクストラレース凍結の真意ってことね。で、理事長や樫本さんがファイナルズ、アオハルの復活を目指したと。」
    マルゼンスキー「…エクストラレースは完全に復活したし、ハリボテエレジーの存在は秘匿されていた。もし記憶に残ってる人がいたとしても風化しているはずよね。」
    シンザン「仮に二度めの失敗があるとすれば、今度こそ何も残らない。ドリームトロフィーごと中央トレセンもURAも地方トレセンも全ておシャカ。」

    樫本代理「では…私のかつての担当は、パルクールコース建築費を稼ぐための"ハリボテエレジー"の出走枠を確保するために負傷した…と?」
    理事長「恐らくな。そうすれば仮に計画が失敗してエクストラレースが凍結したとしても、エクストラレースを目標にしていた貴女が復活させることに意志を燃やすはず。」
    たづな「…非道い…。」
    樫本代理「…数年間も、利用され続けていたのですか…。」
    理事長「こんなことを頼むのは正直申し訳ない。だから、協力する道理がないと思うのなら、この提案は降りていただいても構わない…。」
    樫本代理「確かに利用されていたこと事態は癪です。が、折角あの娘との思い出が詰まっているアオハル杯を再び終わらせるわけにはいきません。」

  • 23二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 11:08:07

    保守

  • 24二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 16:13:54

    『M H E Project:対象バ』
    『バ名:         』
    『生年月日:9/3』
    『生まれつき身体が弱く目にコンプレックスがある』

    資料を手に取り、次に目についたのは出走歴。
    …情報が出鱈目だ。クラシックの出走歴が特に。
    ジュニア期はトレーニングに勤しんでいたのか登録名簿に名前がある様子もない。だが、この年のダービーはアドマイヤベガが、菊花賞はマチカネフクキタルが勝ちウマだったはずだ。
    「顔にコンプレックスがあるからといって、すっぽり隠れるほどのダンボールを被って怪しまれない物なのだろうか…。」
    思わず疑問が口からこぼれる。
    「理事長やシンザンたちは上手く動けるのだろうか」
    そんなことを呟きながら、印刷した資料を手に取る
    『出走登録済みレース一覧※辞退可能 G1』
    ①:天皇賞春 ⑤:URAファイナルズ
    ②:宝塚記念 ⑥:ドリームトロフィー
    ③:天皇賞秋
    ④:有馬記念
    『年間予定表』
    3月末:編入
    4月:ファン感謝祭参加〜天皇賞春
    5月:トレーニング期間
    6月:トレーニング期間〜宝塚記念
    7月〜9月:中央トレセン夏合宿同行
    …天皇賞秋までに十分なファンを稼ぎ、有馬+エクストラレースに出走することが目的のようだ。
    今開いているページを閉じて、次のページに目をやる。
    『所持疾患等』
    一瞬身体が硬直した。ページを捲る手も止まる。
    「…成程。」
    コンプレックスの原因はここか、と納得する
    「今わかる範囲で打てる手は打った。」

  • 25二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 17:10:34

    このレスは削除されています

  • 26二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 17:16:00

    URA『僅か一日程の期間でしたが。宜しかったのですか?そこまで解答を急いではないですよ?』
    理事長「そちらが先を急いでいないのは百も承知!だがこちら側で懸念点が浮上していたのでな。断られることを承知で聞こう!」
    URA『内容次第ですが、良いでしょう。』
    理事長「編入希望の認可と希望トレーナーの都合は一応話を通している、実編入までの期間で私が彼女と立ち会うことは可能かな?」
    URA『…本人に話を通しておきます。』
    淡々と話が進む。というのも、シンザンが看破した理事長の“やりたいこと”は、数ヶ月の間URA本部に出向して内部の動向を探ることだからだ。
    理事長(まさかあの会話だけで考えを読まれるとはな)
    理事長「…質疑ッ!」
    URA『はい。なんでしょうか?』
    理事長「URA本部署長並びに代表の御二方の御時間に話を通しておいて欲しい。都合が付く日を可能なら教えて頂きたい」
    理事長「彼女と直接話をしたいこともあるのでな。」
    URA『随分と御執心ですね。いいでしょう、URA側で仕上げた“ハリボテエレジー”は、貴方達トレセンの目にどう映るか期待していますよ。』
    理事長(上層部の二人もそうだが、エレジー本人とも機会があれば対話を所望したいしな。)

  • 27二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 17:31:06

    現状整理
    ①シンザン+生徒会+シービー+マルゼンスキー
    編入希望のウマ娘であるハリボテエレジーや在校生等の後進育成の為に学園の裏方としてサブトレーナーに就く。たづなと自分では手が回らないことや生徒会に動向を探られることを懸念して先手を打ちシンザンが仲間側に引き込んだ。女帝と怪物はまだ実情を把握していない
    ②たづな+樫本代理
    各ウマ娘のトレーナー達のサポートとして理事長室側の人間として動く。エクストラレース開催の手筈や樫本代理はファーストの管理も並行する。
    ③秋川理事長
    ことが進めば2月末に編入することになるハリボテエレジー本人に同行、URAの実態を探る為に別行動を取る。編入生と共にトレセンに戻る予定で動いている
    ④シンザンのトレーナー
    URA直々にハリボテエレジーのトレーナーとして推薦されている。このことを知ったシンザンは別行動を取るために理事長室に呼び付けた。
    秘匿されているはずの前任ハリボテエレジーの詳細を何故かある程度知っている。
    ⑤ハリボテエレジー
    URAが「パルクールコースをメジャーにする」
    ために生まれたウマ娘。一度計画が頓挫した際、全ての公の記録を含め二大エクストラレースごと歴史から姿を消された。ドリームトロフィーのみが残ったのは出走しなかったことやシンザン達が動いていたことが関係しているらしい。
    また、ドーピング検査等その辺りのレース規定の厳重化・更新の原因でもある様子
    便宜上彼等はハリボテエレジーと呼んでいるが後任の正式名は"MHE.Project"が称している様に別称の別人である。

  • 28二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 19:29:43

    URA『僅か一日程の期間でしたが。宜しかったのですか?そこまで解答を急いではないですよ?』
    早朝、朝一番で本部に電話かけている様子。
    理事長「そちらが先を急いでいないのは百も承知!だがこちら側で懸念点が浮上していたのでな。断られることを承知で聞こう!」
    URA『内容次第ですが、良いでしょう。』
    理事長「編入希望の認可と希望トレーナーの都合は一応話を通している、実編入までの期間で私が彼女と立ち会うことは可能かな?」
    URA『…本人に話を通しておきます。』
    淡々と話が進む。というのも、シンザンが看破した理事長の“やりたいこと”は、数ヶ月の間URA本部に出向して内部の動向を探ることだからだ。
    理事長(まさかあの会話だけで考えを読まれるとはな)
    理事長「…質疑ッ!」
    URA『はい。なんでしょうか?』
    理事長「URA本部署長並びに代表の御二方の御時間に話を通しておいて欲しい。都合が付く日を可能なら教えて頂きたい」
    理事長「彼女と直接話をしたいこともあるのでな。」
    URA『随分と御焦りの様子ですね。いいでしょう、URA側で仕上げた“ハリボテエレジー”は、貴方達トレセンの…理事長の目にどう映るか期待していますよ。』
    理事長(上層部の二人もそうだが、エレジー本人とも機会があれば対話を所望したいしな。)
    理事長「それでは折り返しの連絡を待たせてもらう。失礼するぞ。」
    朝一番で手に取った受話器の音が静かに止む
    たづな「朝一番の電話でしたが、取ってもらえたようですね。」
    理事長「早急な対応は先手先手の行動の足掛かりになる。腹の中は読めぬが、今は恩に着る他ないな。」
    理事長「して、樫本さんはまだお疲れの様子かな…?」
    たづな「昨晩話が長引いてしまいましたからね…ホテルを取るつもりだったようですが、来客用の空室に案内しました。全校集会までには御声かけするつもりです。」
    少し早めのブレイクファースト。
    “デリバリー”と称してシンザンがルドルフと共に早朝に届けてくれた。何でも昨晩食い切れなかったものを温め直したらしい。
    受話器から手を離して30分余が過ぎていた
    理事長「む…携帯の方に連絡か?」
    たづな「本部から…ですか?」
    無言で頷くと数秒間、会話が始まった。
    理事長「…かしこまりました。それでは。」
    理事長「全校集会は無事見届けられそうだ。集合予定は正午を過ぎてからを希望なされている。」

  • 29二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 19:30:35

    すげぇ…なんだこれ

  • 30二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 20:23:47

    昨晩 シンザン邸
    マルゼンスキー「…でも、それでも納得いかないわ。」
    「一体どんなミスを犯せば、一人の競争バの存在とエクストラレースの存在ごと消されちゃうわけ?もしもそれが私たちに降りかかるとしたらまいっちんぐなんだけども…」
    シンザン「詳細を語る時が来るとは思っていなかった上に、まさかお前ら三人に話すとも思っていなかったよ。ま、お前らが頼んだデリバリーがそろそろ来るし、精算が終わったら続きを話そう。」
    呼び鈴が聞こえる前、足音か宅配車の音を聞き付けたのかシンザンは足早に玄関に向かった。
    シービー「…寒い日の鍋は暖かくても、全然話題があったかくないねえ。」
    胡座の膝に手をつきながらシービーは唸っていた
    ルドルフ「…199X年末有馬記念」
    続いてルドルフが口を開く。
    マルゼンスキー「ええ、確か翌年からよね?…」
    シービー「ドーピングに対する検査が厳しくなったんだっけ。ウマ娘は薬毒耐性があるからそこまで重く見る必要はない!って、スルーされてたんだよね。」
    ドサッとデリバリーされた商品が眼前に現れた
    シンザン「結論から言うとそのドーピングを行なっていたのが当時のハリボテエレジーだ。」
    エクストラレース凍結。消えたウマ娘。
    動き出したプロジェクト。
    シンザン「突然こんな話が出たら気が滅入るだろ。口より手を動かして今は飯をかきこめ。」
    箸をつつく音と、エアコンのモーター、つきっぱなしのテレビ。日が変わる直前まで環境音は響いていた
    隣からゴブッと吹き出す音が聞こえた。ルドルフがむせ返っている
    ルドルフ「カフッ…まってください、エレジーのドーピングが検知されたのは…事実ですか!?」
    シンザン「…気付いたか。」
    シービー「…規約改訂前の、ウマ娘の基準値でのドーピングってことになるよね…それ。」
    マルゼン「え…、まさかだけど…。」
    シンザン「あぁ、気付いたようだから真実を言おう。"ハリボテエレジー"はウマ娘に偽装した人間が出走していたんだ。人間の基準値を超えた明らかに過剰なドーピング。それが判明したことで運営側は信用を無くし、エクストラレースと共に表舞台から姿を消した。」

  • 31二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 21:02:12

    ルドルフ「…でも、それなら!シンザン先輩が走り続けていたドリームトロフィーだけ何故凍結にならなかったのですか!?」
    シンザン「それには訳があってな。端折ると2つだ。一つは後進たち当時の新人、つまりお前らが走るための重賞レースは残してほしいと言う声が大きかったこと。もう一つは、私がこのことを公にしないことを引き換えに、ドリームトロフィーを死守したんだ。毎年の参加を条件にな。」
    シービー「かなり無茶なことをしたんだね、先輩…だから年末のURAファイナルズから続いてドリームトロフィーが年明けに行われることになった、のか」
    マルゼンスキー「…URAやドリームトロフィーは年に一度くらいなら、と引退前後のウマ娘がレースを楽しむためにある存在。妥当シンザン先輩を掲げる娘だっている。…私たち三人の最終目標が、そんな危ない柱に支えられていたなんて…。」
    シンザン「URAとアオハル杯が消えたとなり、ドリームトロフィーまで消えたらそれこそ年1出走の私は走る理由もレースも何もなくなるからな。やよいちゃんのコネでここに勤める事はできるだろうが…。」
    ルドルフ「…シンザン先輩がここまで詳しいのは何故です?、当時のURAがここまで秘匿しているとなると情報が漏れるとも思えませんし情報源が不明です。」
    シンザン「それはまた別の話だ。が一つだけ言えるならその時の有馬に私も出ていた。」
    シービー「…成程ね。ある程度は察したよ」
    マルゼンスキーの一言で少し空気が軽くなる
    マルゼン「でも、先輩がドリームトロフィーを一線で走っていてくれたからこそ、URAやアオハル、トレセンの信頼は復活したわ。私達やオグリちゃんの目標である先輩ばかりに任せっきりになるのはやめやめ!…明日からは、同じ目標を…一人の編入生を受け入れるための仲間よ。ね?」
    シンザン「…助かる。誰が為でなく私が走りたいが故だったんだがな。」
    ルドルフ「呉越同舟。ドリームトロフィーでは礼儀なしで敵対したとしても、今は同じ目標を掲げて走る仲間ですよ。先輩。」
    シービー「そう言うことですよ、先輩。取り敢えずご馳走様で〜す」ニコニコ
    シンザン「…ッハ、生意気な後輩だが、今は大事な仲間だな。」(…この調子なら、引退後にエクストラレースを任せても大丈夫…だな。)

  • 32二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 22:17:36

    半月が上空に佇む。日付が変わった直後のようだ
    理事長「…して。エクストラレース凍結の概要。並びにドリームトロフィーだけが残った理由はご理解頂けただろうか?」
    樫本「…ええ。あの時の有馬記念、担当の出走取りやめの裏でそんなことが…。」
    理事長「懐疑。私も疑問に思って独自に調べていてな。アオハル杯消滅に関しては疑問が残っていたからな…。」
    樫本「私はアオハル杯を担当と前線で走っていましたからね。エクストラレース消失の責任を押し付けるには格好の餌食だったと…。」
    たづな「…すぅ…」
    すっかり夜も更けていた。秘書が眠りについてしまったらしい。
    理事長「…一日中気を張り詰めていての疲弊…御苦労であった。私は彼女を移動させるぞ。」
    樫本「…それでは私は、先程彼女に案内された部屋で休息を取ります。何かあればお呼びください。」
    理事長「承知。…早ければ明日からにでも、ここをお任せしたい。宜しく頼むぞ…私が不在のトレセンを。」
    理事長室の扉が閉まる。樫本代理が去ったことを確認してから施錠をし、たづなを移動させる。

  • 33二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 22:17:59

    「いいのか?やよい。」
    理事長「…やはり狸寝入りか。ミノル。」
    トキノミノル「今回の件、ここまで来たらもう引き返せない。が最悪、エレジーの件を交渉材料にすればそもそもURAの提案を断ることだってできるはずだ。」
    理事長「編入生を断る考えも一瞬過ぎった。が、…それは出来ない。彼女の素性を見たらわかるだろう?」
    トキノミノル「…予後不慮による悲劇、それさえなければ私もシンザンと共にまだ一線だった世界もあった筈。そのシンザンが走るドリームトロフィーが消える可能性がある…私はそれが正直怖い。更新の未来ですらあるレースすら、また奪わせるのか?」
    理事長「一縷の望みではあるが、賭けよう。編入生の彼女に。希望はそれしかない。本来だったら…」
    トキノミノル「…病死、もしくは衰弱死。奇跡的な回復を図り、URAで徹底的な健康管理と本人の意思に基づくトレーニングを行った。彼女自身が“トレセンに通いたい”と口にしたのが発端らしいな。」
    理事長が足を止める、職員用の寝室にたどり着いたようだ。
    理事長「…笑止」クスッ
    理事長「ミノル、いつまで私の腕の中で談笑するつもりだ?」
    トキノミノル「…あー…すまない。」
    軽い身のこなしで、理事長の腕から身を下ろした。
    トキノミノル「中央トレセンに初めて来た時のことを思い出すな。」
    そんな事を駄弁りながら部屋の鍵を解錠し、二人は寝室に入った、数時間であれど貴重な睡眠時間。トレセンの命運をかけた企画の実行前夜にしては短いが、二人の覚悟は決まったようだ。

  • 34二次元好きの匿名さん22/01/14(金) 22:59:32

    早朝。飼育小屋の鶏の鳴き声が聞こえる
    夜明けと共に目を覚ますと、たづなが身支度を整えていた。普段帽子で隠しているウマ耳がカーテンから漏れた光に照らされていた。
    理事長「起床ッ!…さて、動くとするか!」
    たづな「さ、切り替えましょうか!この一年がどう動くかは…私達にかかってますからね。」
    身支度を整え、理事長室に向かう道中でシンザンと出会した。
    シンザン「お、ばったりじゃん。生徒会室の鍵、貰いに来たぜ。」
    理事長「偶然ッ!だな、随分と早い起床だが、ルドルフは?」
    シンザン「私の家に置いてきた。先に生徒会室の鍵開けて待ってることは伝えたし、寝相わりーからな、アイツ。」
    たづな「ルドルフさんの動きはわかりました、が、貴方はどうするんですか?…本日の全校集会で挨拶でも?」
    シンザン「…女帝や怪物の二人にルドルフが伝えているかどうかはわからんが、サプライズを金でアドバイザー枠として登場するつもりだ。…ちょっとした演出も兼ねてな。」
    シンザン「あ、後これを「先輩!それ違うやつです!」
    息を切らしたルドルフが背後から現れた。
    ルドルフ「それ…私の食べかけです。すみません。」
    ルドルフ「たづなさんと理事長に、もし朝御飯がまだでしたら、私達が昨日注文して手をつけてない弁当を…と思いまして」
    理事長「おはようだな!ルドルフ。元気なのはいいことだが校内を走ると女帝にどやされるのではないか?」
    たづな「ありがとうございます。幸い私達はまだ食事を摂っていないので、いただきますね…あら、三つ入ってますよ?」
    ルドルフ「あぁ…もしよろしければと、樫本代理の分も入れておきました。三つ余っていましたので。」
    生徒会室の鍵を受け取り、二人は歩を進めた。女帝と怪物が現れるまでに二人でできる事をやるらしい。

  • 35二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 00:55:31

    保守

  • 36二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 04:30:47

    生徒会室に到着する。時刻は7時前。HRや集会は9時を予定している。生徒会の二人がどれだけ早く動いていようと、1時間は余裕が作れるはず。
    シンザンとルドルフはそう思っていた、だが、鍵がかかっている生徒会室の前に誰かがいる。
    ルドルフ「エアグルーヴ…、随分早いな。おはよう。」
    エアグルーヴ「おはようございます…会長。同室のスズカに先に出る事を伝えて、先に部屋を出たのですが…何故シンザン先輩が…?」
    シンザン「ッチ…先にやれる事をやりたかったんだがな…。」
    シンザンが頭をかいている、耳の向き的にも不機嫌なようだ。
    エアグルーヴ「もしかして…ご迷惑でしたか?なら、一度自室にー…」
    シンザン「いや、いい。説明してる余裕がないが、お前にも手伝ってもらいたいことがある。その間でルドルフと私のサシの用事を済ませる。」
    会長も目を見開いていた。先輩の作戦変更への頭の回転の速さに驚愕しているようだ。
    シンザン「女帝サマ、アンタフクキタルと顔見知りだったよな?」
    OBである先輩から予想外の名前が飛び出し、一瞬困惑した。
    エアグルーヴ「え?、えぇ、彼女とはそこそこ面識がありますが…」
    シンザン「まぁいい、説明しながら巻きで行くぞ。取り敢えず生徒会室に…」
    中に入ると誰かがもう一人いた。"怪物"…だ。
    ルドルフ「戦々恐々…。ブライアン、どうやって部屋の中に?」
    ブライアン「暇だったんでな。校舎を彷徨いてたら窓の鍵が開いてるのが見えたから入ったぞ。」
    シンザン「…」
    態度は顔には出ていないが、耳と尻尾から調子が伺える。
    ルドルフ「先輩…、すみません。自分が先日閉め忘れていたようです…。」
    シンザン「過ぎたことは仕方がない。女帝、さっき頼んだ事なんだが…怪物の二人と一緒に動いてもらってもいいか?」
    エアグルーヴ「…わかりました。ブライアン、そう言う訳だ。資料室に同行して貰えるか?」
    ブライアン「…構わない。が、シンザン先輩がどういった了見で会長と同行しているんだ?」
    複雑な心持ちなのが伺える。副会長の二人が俯いているシンザンを静かに眺めていた。
    シンザン「…時間があればすぐにこの場で話したいが、全校集会が終わった後でお前ら副会長の二人には話す。それまで待ってもらえるか?、全校集会がはじまるまでにこの皇帝サマを借りたい。」

  • 37二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 04:54:33

    土日ですが夜勤上がりなんで、小刻みに書き込むと思います
    見てくれている方、保守感謝します。

  • 38二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 06:38:06

    保守

  • 39二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 08:11:54

    女帝と怪物。考え方が余りにも正反対な二人が行動を共にすることは少ない。
    だが、彼女達は今先輩にパシらされている。
    エアグルーヴ「朝一番でお前と行動することになることも、正月ボケせずに集合時間より早くお前が生徒会室に着ていることにも驚いた。…先輩の指示に素直に従うところもな。」
    エアグルーヴ「普段のお前なら適当な方便で逃げたんじゃないのか?」
    嫌味混じりだが純粋な疑問のようだ。怪物側も口を開く。
    ブライアン「…朝起きてから嫌な予感がしたんだ。野生の勘か女の勘かは知らん。だが、昨日の会長がグループウマインを使わず直接連絡を寄越した時点で疑問に思ってはいた。」
    その指摘でハッとしたのか、エアグルーヴも昨晩の文面が自分の個人トークに来ていた事を思い出す。
    エアグルーヴ「…文面上に普段の会話との差異はなかった。が、確かにあれはプライベートの文章ではないな。つまり、会長と先輩は昨晩の時点で既に動いていた。」
    ブライアン「…そうなるな。目的地だぞ。女帝。」
    エアグルーヴ「思ったよりも重要そうだな。さっさと片付けて合流するか?ブライアン。」
    ブライアン「そうしたいが、会長とサシで話したいと言う発言にも引っかかる。会長が私達を直で呼ぶまで巻く必要はないだろう。確実に済ませる方が得策と見た。」
    エアグルーヴ「…昨日の時点で少なくとも、会長と先輩以外に行動している人物がいると見るべきだな。会長以外に話し難い内容の場合、私達が会話を聞くのは不味そうだ。」
    気配に気付かれたのか、理事長室の扉が開く。
    たづな「お二人共おはようございます…、どうされましたか?集会までまだお時間はありますが…」
    エアグルーヴ「資料室の鍵を借りに来ました。集会開始前には返却します。」
    ブライアン「確かここの二つ隣の部屋でしたね。なるべく騒がしくしないようにします。」
    畏まるブライアンが余程珍しいのか、エアグルーヴは笑いを堪えながら、隣の彼女を小突きながら歩き出した。

  • 40二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 08:12:26

    理事長秘書室の隣…に次の目的地はあった。資料室である。普段はたづなさん以外に滅多に入室する人物はいない。
    エアグルーヴ「さて…辿り着いたはいいが、お前は誰を調べればいいのか把握してるのか?先輩からメモを預かってるがここには…」
    何故か自分の胸ポケットに入れたはずのメモがない。
    ブライアンの方向を見ると渡した記憶の無いメモが彼女の手に握られていた。
    ブライアン「ん、悪いが貴様の胸ポケットに入ってたコレなら先程抜き取らせてもらった…が、この2人ならなんとなく知ってるぞ。マチカネフクキタルはあのやかましい奴だろ?」
    ブライアン「もう1人は…アドマイヤベガか。確か見たことはある…確か5月下旬に東京で。」
    エアグルーヴ「ああ、お前の翌年の日本ダービーの勝者だからな。記憶に新しいんじゃないのか?」
    雑談混じりにメモを投げ返すブライアン。持ち前の身体能力で、造作もなく受け取るエアグルーヴ。
    ブライアン「…分業した方が良さそうだな。この広さの資料室だ。急ぐ必要性は無くても、効率良く動く方が良さそうだ。」
    エアグルーヴ「お前からそんなIQの高そうな意見が連続して出るとは思わなかったぞ。今朝から食傷気味だ。」
    ブライアン「女帝サマは私を走ることに飢えてる脳筋だとでもお思いで?」
    やる事が各々決まったことで、冗談含みの雑談が一度止まる。2人は別々の人物の資料を求めて、資料室の奥へと進んで行った。

  • 41二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 08:13:55

    生徒会室から副会長2人を見送り、席に着く。
    此方は直前の生徒会室の様子だ。
    シンザン「あの2人に調べてもらうとしても、恐らくアドマイヤベガとマチカネフクキタルの2人を調べるので手一杯になるだろう。その間に話すこととしてだが…」
    ルドルフ「大体察しています。」
    シンザンも目を見てわかったのか、耳と尻尾から機嫌が回復したのが伺えた。
    シンザン「理解が早くて助かる。生徒会室の予算は今年度どれだけ降りるか予想は付くか?」
    ルドルフ「恐らく前年度から2〜3割増と見られます。例年の資料は入口の棚から2段目、1番右側のファイルです。」
    距離が近かったため、シンザンが棚に向かって歩いた。
    指定のファイルを手に取り、金額に目をやる。
    シンザン「恐らく足りるな…。もし仮に不足するようであれば、私から秋川理事長やたづなさんに掛け合ってみる。」
    ルドルフ「失敗のリスクを減らすことや、管理側の体裁を敷く以上我々がトレーニングすることも考慮すべきですからね。パルクール用の機材は今のトレセンにはありませんから。」
    シンザン「あぁ。パソコンは立ち上げられるか?競技場で使用されてるものやその類似品でいい。レースのアーカイブと比較しながら洗い出そう。」
    ルドルフ「…手を動かしながらの会話で申し訳ありません。何故あの2人の情報が欲しいのですか?」
    URAの公式サイトから見れるアーカイブに辿り着く。
    機材の形状をメモしつつ、疑問を聞く。
    シンザン「昨晩の時点でその2人のことはネットで調べられる範囲で調べた。がウマネットを使ったところで個人情報までは調べられずに限界があったからな」
    ルドルフ「成程。学園内の名簿なら知りたい情報も得られるかもしれませんね。…動画内の商品は非売品も含まれているそうです。どうしましょうか?」
    シンザン「流石にオーダーメイドの模擬植物や鉄柱、壁材や建築物は用意できないし収容するスペースも学園にないからな。自衛隊が障害物競走で使用しているやつで代用できないか?」
    手際よく代案が出て来る。中央トレセンの生徒会長を担当した2人は仕事の速さが一味違うようだ。
    ルドルフ「あれってウマ娘が使用する想定の企画が販売されてるんですかね?一応検索はかけて見ます」
    ルドルフ「あと先程の質問の解答ですけど、答えになっていませんね。私は何故情報が欲しいのかを聞いたんですよ?」

  • 42睡魔がきたので起きたら更新しま22/01/15(土) 08:16:00

    論点をすり替えたのに気付かれて観念したのか、シンザンが答える。
    シンザン「…編入希望者のマチカネアルタイル、彼女との血縁関係が先程の2人にある可能性を考慮した。家族構成や親戚まではウマネットでも調べられなかったのでな。」
    ルドルフ「…すみません。私はその2人について詳しく存じ上げてないので。そう言うことならあの副会長2人を動かす理由にもなりますね。納得しました。」
    メモを取り終えて、発注書のPDFをウマホに転送する。
    シンザン「umazonである程度の商品は購入できたな。恐らく今月末か来月の頭には届くだろう。立替用の領収書も用意したか?」
    ルドルフ「問題ありません。結構時間を使いましたね…8時前です。そろそろ全校集会の方の準備もしなくては。」
    場所は変わり、資料室。
    目的の資料を見つけた2人はファイルにコピーした資料を挟み、足早に生徒会室を目指していた。
    エアグルーヴ「フクキタルのヤツ…!そんな素振りも語種も一切無かったではないか!?…個人情報故に、この場では語れないが…。」
    ブライアン「生徒会のツラがある以上廊下を全力疾走なんて真似出来んからな。…私が調べたアドマイヤベガにも似たような情報が記載されていた。先輩が求めていた情報がこれなのかはわからんがな。」
    ほぼ同刻。彼女達は資料室を後にした、8時前。
    用事が終わったルドルフから生徒会用のグループウマインに『此方の用事は済んだ』旨の連絡を受けたことで移動を開始したようだ。

    生徒会室に施錠しようとしている2人と、資料を抱えている2人が合流した。
    シンザン「パシらせてわるかったな。エアグルーヴ、ブライアン。目的の資料は思ったより早く見つかったのか?」
    エアグルーヴ「ええ。ですが、個人情報ですので。集会用のスタジオに移動する前に生徒会室に置いて良いですか?」
    ブライアン「私からも頼むぞ。全校集会の後で詳細を聞きたい。」
    ルドルフ「…じゃあ私が資料を受け取ろう。施錠は私がしておく。先に三人でスタジオに向かってもらってもいいですか?先輩。」
    三人から同時に話しかけられて少し考えつつも、即座に返答を返す。
    シンザン「了解。エアグルーヴ、ブライアン。行くぞ、歩きながら話せる内容は話そう。スタジオの設営もあるしな。」
    先に進んだ三人の背を追うように、生徒会室の扉を閉めたルドルフも小走りで全校集会用のスタジオである放送室を目指す。

  • 43二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 12:38:17

    保守

  • 44二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 17:40:41

    シンザン「要点を抑えたいならこの2点だ。トレセンの命運がかかっている。私はOBでのアドバイザーとして丸一年動く。」
    予想外の一言に言葉を失う副会長2人。
    エアグルーヴ「いや…どっちを先に聞けばいいのかわかりませんが、廊下です。今は詮索しないことにします」
    ブライアン「大方女帝サマと同意見だ。小声で話したとて、教室の生徒に聞き耳を立てられていたら不味いからな。」
    中等部、高等部の教室はそもそも放送室とフロアが違う。1階のエントランスに理事長室や来賓用の会議室などの部屋がずらりと並んでおり、次に食堂へ続く広いエントランスホールを通過すると図書室や家庭科室、音楽室といった部屋が続く。体育館への連絡通の側にある部屋が放送室と撮影スタジオだ。
    学生達の教室は「中等部」と「高等部」の二通りに分けられていて、2階が高等部で3階に中等部の教室がある。飛び級を行った生徒や中央トレセン付属大学の生徒はその限りではないが。
    シンザン「放送室の鍵は預かっている、スタジオの鍵と一式で。放送室側をお前ら2人に任せたい。スタジオの設備をルドルフと2人で体育館に移動させる。」
    現在地はエントランスを通り抜け、理科室の前に差し掛かっていた。本来ならこの時間は空き部屋となっていて締め切っているはずなのだが…
    「…甘ったるいです。このコーヒー。砂糖の分量が可笑しいですよ?何考えてるんですか本当に…」
    黒髪のウマ娘と白衣を着たウマ娘が炬燵を挟んで会話をしている。
    「まぁまぁいいじゃあないか!それに私の脳味噌と知的好奇心にはこれくらいが適量なのさ。シナプスも喜んでいる。君の脳がその糖分を消費し切れる程頭脳を回転させればいいんじゃないのかい?」
    勝手に合鍵を作って理科室を自室化している生徒の存在を副会長の2人は失念していた。閉じ切ったカーテンから中の様子は伺えない。

  • 45二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 17:41:30

    「おや?廊下側から足音が四つ聞こえるね。1人は少し距離が離れていて…生徒会の面々だろうか。先頭を歩いているのは会長さんじゃないね。」
    白衣のウマ娘は黒髪のウマ娘の方向を見つめながら自作の激甘コーヒーのおかわりを用意している。が、耳はしっかり廊下側を向いていた。
    「この気配は…副会長のお二人はいるようですが、会長さんが最後尾のようです。あ、カーテンの影に…」
    2人は思わず息を呑む。先頭を歩いていた人物の正体がウマ娘である以上、誰しも尊敬と畏怖の念を抱く圧倒的なオーラを放つ存在だからだ。
    口数の多い白衣のウマ娘が口を閉ざしたことで、元々無口な黒髪のウマ娘も完全に黙ってしまう、だが、物音一つ立たず気配を消していたことであの3人と会長が通り過ぎるまでの間、この理科室の扉が開くことはなかった。
    「…本当に…珍しいですね…」
    先に口を開いたのは、普段無口な黒髪のウマ娘の方だった。
    「シンザン先輩かい?…確かにあの人は一匹狼。誰かと行動を共にするのは、自分のトレーナーとすら滅多にしないと言われているね。」
    黒髪の娘の質問に答えるように白衣の娘が続けた。
    「…いえ。予想外の事態とはいえ貴女が驚いて完全に口を閉ざしたことの方ですね。普段なら何かしら物音を立ててしまって怒られている時間かと。」
    皮肉たっぷりの苦い一言。甘い紅茶が好きな彼女は驚いた顔で睨むが、会長達が戻ってきてしまうと面倒だ。
    相槌のように普段出している大声を出すのは避けたようだ。
    「炬燵の外は冷えるねぇ…制服の上に白衣を羽織っていてもそう感じるよ。君の勝負服のコートでもあれば暖かいんだろうけどなぁ〜…」
    「理科室の空調をガンガンにかけておいてよくそんな事が言えますね…ですが炬燵の外が冷えるのは同意見です。話は変わりますが、そろそろ理科室を閉じて教室に向かうべきかもしれませんね。全校集会も始まりますし。」
    ピシャ。と窓を閉める音が聞こえた。廊下側の窓をいつの間に開いたんだろうか?
    「…バレたら怒られるのが分かり切っているのに、すごい度胸ですね。」
    「あの距離なら最後尾の会長と言えど、此方には気付かないだろうからねぇ…焦っている様子でこっちに気を回してる余裕がなさそうだったから。窓からこれを投げさせてもらった訳さ。」
    彼女の手に握られていたのは小型の受信機。発信機側を会長の制服の背中にくっ付けたようだ。

  • 46二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 17:42:08

    エアグルーヴ「ブライアン、そっちはどうだ?」
    放送室の設備を整える、マイクテストや聴音、カメラなどが動くかをひとしきり確認している最中のようだ
    ブライアン「問題ない。機材は全て不調なく動いている。後は九時十分の放送開始時間に合わせるだけだ。」
    30分前の8時40分。普段なら会長が機材の設置を終わらせるが、現在は不在。逆に普段の手際の良さを見ていた為、2人で分担することで素早く終わったようだ
    エアグルーヴ「会長には此方側の設営は終わったと一報入れた。後は普段通り、撮影開始を待つだけだな…」

    ルドルフ「…っくしゅん!」
    シンザン「勢いがいいな。風邪気味か?」
    ルドルフ「いえ…誰かが噂でもしたのでしょう。」
    生徒会長と元生徒会長。彼女達は撮影スタジオの中の物を体育館ステージの裏に移動させていた。
    前年度の文化祭で、"世紀末覇王"の演劇に使用した撮影セットのようだ。
    玉座とその一室を模した撮影セットの移動が終わると、エアグルーヴからの連絡に気付く。撮影準備が終わったようだ。
    シンザン「…一度合流するか。生徒達が体育館に移動する間で見つかると面倒だが。」
    ルドルフ「それなら。シンザン先輩をグループウマインに招待しておきますよ、最低限の連絡はこれで取れますね。」
    生徒会用のグループ。普段はこれで連絡を取っているが…
    シンザン「元生徒会長の私がそのグループにいるとややこしくなるんじゃないのか…?」
    ルドルフはすこしやらかした、といった感じの微妙な笑みで俯いていた。
    数分後、放送委員の生徒が到着したようで、入れ替わりで副会長2人も体育館のステージ裏にある控え室で合流した。

  • 47二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 17:44:54

    中等部、高等部の面々が続いて体育館に雪崩れ込む。
    普段通りの全校集会。担当の教師が今年の抱負やら何やら生徒に投げかけ、"理事長の御言葉"に繋ぐ。
    理事長室に中継が繋がる。
    理事長『諸君ッ!あけましておめでとうッ!』
    『晴れて無事に今年度もドリームトロフィー、並びにエクストラレース等と言ったトウィンクル・シリーズが幕を閉じることができた!』
    『して!今年度は4月までの残り3ヶ月であるが、在校生は勉学に励んでもらいたい!勿論成績次第ではあるが、重賞レースに出馬予定のものは其方も疎かにするでないぞッ!』
    『私からは以上だッ!と言いたいところだが。来年度の新入生となることを現在の在校生は忘れないようにッ!…では、次のメニューだな。』
    普段以上に覇気と声量のある理事長に圧倒されたのか、生徒達は皆静かに聞き入っていた。
    が、次の一言でどよめく
    理事長『えー…生徒並びに関係者への通達が遅れているが、この場で発表するッ!この私秋川やよいはこの度URA本部に出向することとなった!つい先日決定した事項故、突然の事で非常に申し訳ない!』
    トントン と、マイクを軽く叩く音が聞こえる。理事長の隣に秘書であるたづなさんの他にもう1人いるらしい。
    理事長室を背にこの三人が並ぶのはアオハル杯復活宣言以来。それを知る生徒達を筆頭に、騒がしさが増してゆく。
    樫本『えー…マイクテスト。問題ありませんね。中央トレセンの皆様、お久振りです。樫本です。』
    樫本『秋川理事長の意向で、先日連絡を受けました。秋川理事長出向中の期間はまだ再び私が理事長代理を担当します。その間私は理事長室に居ますので、生徒の皆さんや用事のある職員の皆様はこれからよろしくお願いします。』

  • 48二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 17:45:32

    芝とダートの両面を走る中等部の変態勇者が熱心に布教していたこともあり、理事長代理が不器用なだけでウマ娘達に愛情を向けていることは生徒間で周知されていた。
    当事者は続け様に予想外のことばかり起きている為念仏のようなものを唱えながら状況の理解を拒んでいる。
    (おっふ…現在トレセン付属大学に通うリトルココン先輩やビターグラッセ先輩を筆頭に愛情の飴と鞭で育て上げたファーストの名トレーナー兼エクストラレースであるアオハル杯を理事長代理としての職務を並行しながら完遂したレジェンドトレーナーである樫本様が再びこの中央トレセンに御帰還ですとぉ〜!?わたし感激でもうぶっ飛んじゃいますってえ"え"〜しかも理事長室に行けば彼女に憧れるウマ娘ちゃん達の羨望の眼差しすら拝めてしま…グヘヘェ…」
    途中から思考がダダ漏れになっているようだ。
    『それでは最後に。生徒会長のシンボリルドルフさん。閉会のお言葉をお願いします。』
    ステージ裏から運んでいた玉座に腰掛けるのは"皇帝"
    ルドルフ『恭賀新春。ハッピーニューイヤー!』
    勝負服を見に纏っている厳格な皇帝から飛び出したとは思えない一言に卒倒するウマ娘も居るようだ。
    ルドルフ『私の今年度の抱負は"親しみやすさ"さ、生徒諸君の憧れだけで無く、距離感の近しい友人の様な存在になれることを望んでいるよ。それでは諸君、文武両道を掲げよう…』
    会長の言葉が止まる。"皇帝"の頭上に佇む様な不届き者の影がだんだんとはっきり見えて来る
    ルドルフ『…随分と無礼講だな。何方かは存ぜぬが皇帝を見下ろすとは、頭が高いとは思わなかったのか?』

  • 49二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 17:46:45

    生徒会長2人は前日の流れをそのままに芝居を打つ。
    中等部の方向から発せられた悲鳴に近い黄色い声が体育館内に響いた
    「っはァあぁッ!?あの圧倒的な存在感から放たれるオーラはぁ…っ!"神讃"の二文字を冠する常勝バ…!ウマ娘である我々の最終目標であり超えるべき生涯の絶壁ぃぃぃ…」
    そこまで言いかけて声の主は気を失う。
    そこで初めて全校生徒が気がつく。
    "シンザン"の存在に
    シンザン『非礼を詫びよう。皇帝。』
    つい数日前のドリームトロフィーの中継や現地で見たというウマ娘も勿論いるだろう。あの勝負服。あの風貌。
    間違いなく本物のシンザンがいる。
    生徒達の間でスタンディングオベレーションが起きるが、それを他所に2人の芝居は続く。
    シンザン『本日は皇帝様と…この場にいる全校生徒諸君に通達したいことがあって直接此方に赴いた。』
    『本日から来年度までの1年間。この私シンザンが君達全校生徒のアドバイザーとして教員職を勤める。』
    「ほヘェ!!?!?なんですとぉ!!?シンザン先輩様々から直々に御指導をぉおっ!?」
    気を失っていた彼女は想定外の言葉で目を覚ます。が、次の一言とレジェンドの揃い踏みで再び気絶した。
    『その間全校生徒を私だけで指導するのは無理だ。というわけで、生徒会長を含む副会長の御二人と…この二人にも君達の指導を頼んでいる。』
    ステージの両サイドから2人の人影が姿を表す。この場合はウマ影とでも言うべきか?
    悲鳴の様な歓声に包まれて、生きる伝説が姿を見せた。
    ミスターシービーとマルゼンスキーだ。
    彼女達は今、トレセンの付属大学に進学し、トレーナー科を専攻している。付属大学の担任にはインターンを兼ねて理事長側が話をつけてくれていた様だ。
    シービー『シンザン先輩から今話した様に、丸一年!短い間かもしれないけど生徒達のサブトレーナーとして頑張るよ。トレーニングメニューや並走練習でもなんでも声掛けてね!』
    マルゼン『トレセンのみんな!久し振り!コーチングでもなんでも歓迎よ。聞きたいことがあったらなんでも聞いちゃってねん。』
    突然の事態に全校生徒もトレーナーも、教員達全員が飲み込めていない。通達もないままサプライズゲストとしては豪華すぎる3名が突然来訪したのだから。
    ルドルフ『それでは。生徒会室からは以上だ!諸君、静かに教室に戻る様に。これより全校集会を終了する。』
    閉幕が告げられる。

  • 50二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 18:11:42

    全校集会が閉会し、6人が生徒会室に集う。そして。
    この日がトレセンの運命が動き出した日となる。
    MHE.Project 正式稼働。
    マチカネアルタイルの編入が可決された。

    場所は変わり、URA本部。正午は既に過ぎた。
    理事長「…議事録は録ったな?編入希望生の元に案内していただいても宜しいだろうか。」
    URA「こちらです。現在彼女はトレーニング中ですので、その様子でもどうぞ。」
    エレベーターが地下深くへと進んでいく。目的地のフロアのランプと壁の案内板を見比べる。
    理事長「開発運用試験室…?なんだ…?これは…」
    会議室のある最上階から入口のエントランスフロアを通り過ぎる。気圧差で耳が痛くなり始めた。
    URA「中央トレセンに寄贈した"VRウマレーター"ですが、それらの機材を開発したり、ウマ娘が全力を振るっても耐えうる素材などの開発に余念を尽くしています。」
    理事長「ウマ娘が全力を振るう…!?もし本格化が進み、領域に突入済みのウマ娘が仮に全盛期の力を暴走させたらどうなるのかわかっているというのか!?」
    チーン
    激しい剣幕で圧倒しようとするも、フロアに到着してしまった様だ。URAの役員はエントランスホールへと戻って行ってしまった。
    外音は遮断されているらしい。
    超高圧の防弾ガラスに囲まれた機械室の中に彼女はいた。マチカネアルタイルだ。
    拘束具に近い大量の計器とVRを身体に装着している。側室のモニターには彼女の視界が映し出されている。

    理事長(…これは…中山の…?)
    モニターをよく見るとレイヤーにラップタイムが刻まれている
    設定値=中山:芝:2500m:右
    1走目 2:38.09
    2走目 2:36.27
    3走目 現在測定中
    理事長「VRウマレーターで…レースを再現しているのか…!?」

  • 51二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 18:46:25

    マチカネアルタイルはどうやら奇跡的に回復を図れなければ、メジロアルダンの様に虚弱体質が災いしてまともに走れる可能性が限りなく低かったらしい。
    理事長「…回復を見込まれた時点で、徹底的な体調管理と本人の意思に基づきトレーニングを試行。仮に暴走する様なことがあれば、笹針師の技術を応用した拘束具兼計量器で沈静化を測る。か。」
    理事長「大元の身体が弱い以上、かつてのタマモクロスの様に貪欲でなければ本格化と領域に身体が追いつかない。メジロアルダン同様、本能で本格化がキャンセルされる場合もあるな。」
    理事長がふとモニターに目をやると、数値の異変に気が付く。どうやら彼女は既に領域を完全にモノにしている。
    理事長「ゴールしたか…ラップタイムは。やはり2:35.00前後。有馬を再現したコースで安定してこのタイムが出せているのは恐ろしい上に、日に3度以上、本格化のエネルギーを扱えているのも…あの走法は後方脚質。そして、ラストスパートを2回にわけて力強く踏み込むのは…オグリの走法だ。」
    自分達の推察がある程度当たっていたことに苛立ちを覚える。URAは彼女をオグリの後釜にするつもりなのだと。
    スパートに入るまでの走り方は恐らく彼女自身の走り方だ。だが、レース終盤に入ってからの走り方はオグリギャップの走り方そのものだった。
    ファン人気を稼ぐための戦略が透けて見えるのが腹立たしい。
    計器を外した彼女が理事長と顔を合わせる。
    理事長「邂逅ッ!初めましてだな。私は秋川やよい。中央トレセンの理事長だ。」
    アルタイル「マチカネアルタイル…です。URA本部からは外部の人間に対して"メカハリボテエレジー"を名乗れと言われています。もし宜しければ、エレジーと呼んでください。」
    理事長「承知ッ!…君の意思を尊重したいのだが、エレジー。君はそう呼ばれても良いのか?」
    アルタイル「…構いませんよ。」
    堅苦しい出会いではあるが、握手をしてこの場を後にする。もう一つ下のフロアにあるトレーニングルームと食堂に向かう様だ。

  • 52二次元好きの匿名さん22/01/15(土) 23:42:45

    保守

  • 53二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 05:01:07

    昼食をまだ済ませていなかったため、彼女と同じものを頂く事にした。徹底的な管理が行き届いている様で、先程のトレーニングも別室から監視されていた様子。本来なら地上階の食堂でも食事が取れるのだが、彼女はこちらで食べる方が落ち着くらしい。
    理事長「して、エレジー。これは君の好物なのかな?」
    エレジー「好物と言っていいのかはわかりません…が、毎日作ってもらえているので。そこは嬉しいなと。」
    世間話を織り交ぜつつ、口と手を交互に動かす
    やはり彼女もウマ娘の様で、かなりの量を口にしている
    理事長「賛美ッ!先程の模擬走行。見事であったぞ。」
    エレジー「やめて下さい…、お言葉は嬉しいですご秋川さんなら、中央で私よりも凄い人達をいっぱい見てきたんじゃないんですか?」
    彼女は自己肯定感がかなり低い様だ。賞賛の言葉を送られたことがそもそも少ないのかもしれない。内面では感謝したい気持ちがあるのだろうが、自分の心を固く閉ざしている様にも見えた。

    先程の会議で、編入の認可と指定トレーナーの都合をつけることを交換条件に意見を投げつけた。
    "本人と立ち会うこと"と"編入手続き完了までの期間、理事長自身が仮トレーナーとして付き添うこと。"
    理事長「…展望…。上層部には話をつけている。この窮屈な檻の外に出て、自分のやりたいことをやってみないか?エレジー。」
    考えてみたこともなかった様だ。行きたい場所の景色はウマレーターで再現された映像でことが済むし、
    ある程度の我儘は許され、食べ物や欲しいものは与えられていた。
    自分の足で、この施設の外へ?
    人工的に再現された風は浴びたことがある。
    走った時の、星が駆け抜ける様な感覚も知っている。
    エレジー「…戸惑ってはいます。許可が既に降りていることも。外の世界なんて…考えたことがありませんでした。」
    鳥籠から放たれた鳥が自由を知るように、今の自分が不自由であることを認知した1人の少女。
    彼女が"ウマ娘"である以上、断る術はない。
    「御馳走様」の一言と共に、中央トレセン最古参の人物と新参者は共に巨大なURA本部の外を目指す。
    エントランスの自動ドアを背に、一歩を踏み出す。
    ハリボテエレジー。彼女が本部の外に出るときは先述の装置の着用が義務付けられる。
    初めて自然の風を浴びて、緑の匂いを嗅ぎ、肉眼で青空を眺める彼女の瞳の奥は、間違いなく輝いていた。

  • 54二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 05:37:11

    時刻は16時前。昼食を食べ終えたのが一時間程前だったので、かなり長い時間外を歩いていたらしい。
    URA本社の側にある日比谷公園を通り抜けると皇居外苑がある。人工物と自然物が完璧な景観で調和していてかなり眺めがいい。変わる景色を噛み締めているのか、ウマ娘にしては歩みが遅い。
    理事長「圧巻ッ!だなっ。…ここの景色は君にどう映る?エレジー。」
    夕焼けが皇居を照らす。真紅に染まり始めた上空を散る冬桜が彩る。狙って作り出した光景では無いが、それ故に和の神秘性が際立つ。無垢な少女の情緒には情報量が大きかったのかもしれない。
    エレジー「…すごい…!こんな景色、写真ですらみたことなかった…!」
    「いつか私は、あの沈む太陽に追いつけるのかな。」
    景色に意識を奪われているのか、年相応の砕けた口調になる。そんな彼女の表情が被り物で見えないのが名残惜しい。
    理事長「"いつか沈む太陽に"…か。懐かしいな。」
    顔を見上げ、暗くなりかけている空を眺める
    数年前のミノルが同様の目標を掲げたのを思い出した。

    『私は昇る。いつか天辺に昇り詰めてやる。もし沈んだとしても、沈む太陽より早く、選手生命を駆け抜けてやる。』

    エレジー「え…?どうかしましたか?」
    理事長「懐旧…。何も問題はないぞ。陽が沈み切る前に、本部に帰還せねばな!」
    屈託のない笑顔を見せ、エレジーの不安を払拭する。
    ここに来た時よりも足速になりながら本部を目指す。

    エレジーと理事長はまだ出会って数時間。会話も数える程しかしていない。だが二人の間には、奇妙にも確かな絆が芽生え始めていた。

  • 55二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 09:03:15

    保守

  • 56二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 15:12:53

    保守

  • 57二次元好きの匿名さん22/01/16(日) 23:23:29

    保守

  • 58二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:08:27

    エアグルーヴ「…嘘だと言って下さい。」
    ブライアン「…筋が通り過ぎている。むしろ真実だと受け入れるしかないんじゃないのか。これは」
    本来であればウマ娘がドーピングする理由はない。薬毒耐性がある以上、検知されて仕舞えばその時点で規格外の記録が残るのは確実。
    つまり、人間である先代ハリボテエレジーは人間の許容範囲でなく、ウマ娘の許容範囲での限界に近い量のドーピングを行うことで"人間とウマ娘"の種族差を無視して対等なレースを行えていたのである。
    その真実がシンザンから告げられ、副会長2人は現状の理解に時間を求めていた。
    頓挫した計画が再び動いたこと。ことの大きさの重大さ。
    シンザン「今語った出来事は真実だ。特にブライアンは堪えるものがあるだろうが、今年度の後進育成は共に頑張ろう。」
    ブライアンは強者との激闘でのみ飢えを、渇きを満たせると。自分のことをそう思っている。
    が、各地から強者が集うURAファイナルズが凍結されてしまったことで熱を失いかけていた。その真実を知った今…全く別の方面での闘志が湧きだす。
    ブライアン「指導者の立場として動くことで何か見えることがあるかもしれん。私は強者が集うトレセンを失いたくはない。何としてでもこの一年を凌ぐぞ。」
    エアグルーヴは見逃さなかった。強者を求めること以上に、思い出が詰まったトレセンを失いたくない。
    今の彼女の表情から、そう読み取れたことを。
    「…考えていることは、同じ様だな。」
    エアグルーヴがそう呟く。2人の意思は完全に固まった様だ。シービーとマルゼンの二人も混ぜた今年度限定のドリームチーム、新生生徒会。本格的に動き出す前に、生徒会室を後にして食堂を目指す。
    ルドルフ「天涯地角。唯一抜きん出て、並ぶ者無し。」
    生徒会室に掲げられた標語を口にして、一室を後にする。全員の瞳からは既に曇りが消えていた。

  • 59二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:10:04

    正午を過ぎ、13時前。昼食後の科目だが、この曜日のこの時間帯は体育科の時限となっている。
    生徒会に集う面々はトレーナー用のジャージに袖を通し、自らがトレーニングをしていたあの日を思い返しながら気を引き締めていた。
    「校庭に皇帝現る…か…フフ…」
    「カイチョー‼︎今日は並走お願いしてもいいってホントー!?」
    爆速で校庭に現れた帝王。有無を言わさずに駄洒落をガン無視しつつ皇帝を独占し、トレーニング用のトラックへと向かう。
    ルドルフ「不撓不屈。その勢いのまま全力で来い、テイオー。私も全力で行かせてもらうよ。」
    「計測は私がやってやる。皇帝サマも帝王のボウズも全力で走んな。」
    テイオー「ニェ!!?シンザン先輩までいるのォー!?なんなら一緒に走ろうよー!?」
    「ま、もし走ったとしても勝つのはボクだけどね!」ニシシ
    シンザン「随分と威勢がいいじゃあないか。そこの獲物を屠る目をしている皇帝サマに勝てたら考えてやらんこともないぞ。」

    「ブライアンちゃん捕まえた〜♡並走お願いしても大丈夫?」
    「チッ…計測の方を担当したかったんだがな。」
    背後から現れたマヤノトップガン。天真爛漫な彼女に怪物と称されたブライアンが半ば強引に誘拐される。
    ブライアン「…とは言うが、貴様の万能に近い脚質と作戦のパターンからは学べることは多そうだ。良いだろう。並走してやる。」
    「おい、会長!私たちも並走する。一緒に走っても構わないな?」
    シンザン「計測すんのは私だ。こっちに聞け、構わないがな。全員纏めて見てやるぞ。」
    準備体操をしながらスタート位置に四人のウマ娘が並んだ。グラウンドに観客が群がるが無理もない。この四人と並走するのが畏れ多いと感じる娘がいるのも、純粋に見学することで学べることがあると思う娘も数多くいるだろう。

  • 60二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:11:22

    この光景をおかずに白米を食おうとしてるやつは例外だが。いや、ある意味1番真面目に見学しているかもしれない。
    マヤ「テイオーちゃん。今日"も"負けないよ?」
    同室故に叩ける軽口。挑発だ。
    テイオー「マヤちゃん…。そうはいかないよ?ブライアンにもカイチョーにも勝つのは僕だもんニ!」
    威勢がいい。しなやかなトモも万全を期している。
    ブライアン「新年早々会長の喉元に喰らいつけるチャンスが来るとは思っていなかったな。そしてテイオー。貴様とはいつか走ってみたいと思っていたぞ。」
    マヤにはもう勝つつもりでいるらしい。他の併走者にも睨みを効かせている
    ルドルフ「笑止千万。全力で行くぞ?"レースに絶対はないが、そのウマには絶対がある"とされた所以、その身を持って痛感せよ。」
    大人気ない。が、あの獲物を見定める眼差し。
    レースの時にだけ見れる、ブライアンと会長のあの表情。生徒会室で共に過ごしている間は滅多に見れない。
    エアグルーヴ「…ありがとうございます。先輩。計測担当を名乗り出ていただいて。」
    シンザン「あの二人が走ることに夢中になりゃ、お前だけ見学ってわけにもいかねえだろうからな。レース全体を俯瞰して学べることは多いし、それを生徒たちに周知させることも大事だ。」

    左手にバインダーを抱え、タイマーを右手に握る。
    開始の合図が校庭に響き渡る。緊張が解かれる。
    レース序盤の展開は二手に分かれた、先行策を取るかどうかで、だ。
    マヤとテイオーが大きく前方に陣取り、ブライアンがルドルフに対して睨みを効かせる。
    『全く勝負の展開が読めませんねえ、このままマヤさんが逃げ切る可能性もありますが、後ろの3人がそれを許すとは思えません。』
    お椀と箸を手に、桃毛のウマ娘が独白を語る
    エアグルーヴ「会長とブライアンは脚をためている様ですね。いつ仕掛けるかをみのがさないようにせねば。」
    シンザン「皇帝サマは随分と余裕だな。」
    エアグルーヴ「え?」
    実況解説席さながらの問答をスタート地点の二人が行う。

  • 61二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 00:25:49

    エアグルーヴ「あの形相ですよ?…走ってる4名全員、余裕があるとは思えませんが。」
    シンザン「試合運びを推察する眼は養えている様だが、徹底的なマークや些細な変化、一瞬のチャンスを見定める眼はまだまだ発展途上だな。」
    エアグルーヴ「…鋭いご指摘、ありがとうございます。」
    模擬レースも中盤に差し掛かる。後方に位置していたブライアンが大地を力強く踏み締める。スパートの準備に差し掛かる様だ。開いていた距離が徐々に縮まり出す。
    先行策を取っていたテイオーは背後からの存在感が徐々に大きくなっている事に気が付き、気圧される。が、彼女は反骨心の塊。プレッシャーを跳ね除け、むしろバネにすることで自分がスパートをするタイミングを見定めた。
    テイオー「『今』だ。」
    ブライアンに詰められていたはずの距離が再び開く。そして逃げの作戦を取り始めていたマヤとの距離が縮み出す。試合運びはまだ中盤も中盤。スタミナが持つかどうかはギリギリだ。
    圧倒的強者である二人に挟まれていたことで感覚が研ぎ澄まされたのか、はたまた本人の天才的なセンス故か。
    シンザン「あの若さで。か。ボウズと呼んだ非礼を詫びるべきかもしれないな。しっかり見ておけよ、エアグルーヴ。あれが━━…」
    『"フロー"、"ピーク"、呼称は正式に定まっていません。が、あれは間違いなく"超極限集中状態"…!上澄も上澄の頂点に近い実力者のみが突入出来る、ウマ娘の局地とも言える━━!!!』
    「『領域』だ。」

  • 62二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 01:01:45

    先輩の指摘を受け、試合全体だけでなく単一選手の変化も意識しろ、と言われた直後だった。
    それなのにも関わらず、テイオーの周囲の空気の変化に気付くのが遅れた不甲斐無さに頭を抱える。
    エアグルーヴ「…領域、ですか?それは一体…」
    シンザン「単語、概念としては知らんだろうが、走ってる時の感覚としてはおまえなら知ってるはずだ。無意識の内に突入していることが多いからな。」

    『事故に遭う瞬間等、周囲の映像が突然スローに見えることがあるそうです。脳内に存在するエンドルフィンが分泌されることで集中力が極限まで高まり、研ぎ澄まされることで初めて突入することが出来る"未知の領域"そのもの。激闘の狭間で本能が刺激されたからテイオーさんの蓋が開いたのかもしれません…、そんな物が生で、最前列で見れちゃうなんて…デジたん感激ぃ〜〜〜…』

    エアグルーヴ「…テイオーが一瞬の内に変貌する程の、極地。ブライアンや会長がまだ全力を出しているとは到底思えませんが、それでも差が開き出したのは事実…」
    シンザン「そこまで頭が回るなら及第点ってとこだな。幾ら領域に突入したといっても基礎スペックが大きく上がるわけじゃない。過剰な集中力からは短所も長所も尖って見える、お前に出来ることは見届けた後の改善点をしっかりと指摘してやることだ。」
    ただの模擬レース。併走練習。だった筈
    この4人の頂上合戦はあり得ないほどの注目を集めた。
    試合展開が動くにつれて、歓声も大きくなり出す。
    終盤に差し掛かった瞬間、二人のウマ娘に異変が起きる
    マヤとブライアンだ。

  • 63二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 01:03:09

    空気が一変したのを五感で感じたのか、同室の親友の異変に気付いたのか、3人に対して逃げの策を取っていたのを突如変更する。目を閉じ、耳を絞り、神経を研ぎ澄ます。脚に力を貯める。爆発させる瞬間を伺う。

    大きく息を吸い込み、瞬きすら儘ならない一瞬。
    脚を止める。その瞬間、テイオーが前に抜け出した。
    マヤ「ビンゴ。」
    正解を意味する公用語。軍用語では必要最低限の燃料しか残っていないことを示す。
    彼女がどっちの意味でこの単語を使用したのかはわからない。
    マヤとテイオーが並ぶ。距離的な意味でも、才能的な意味でも。
    デジタル『二人同時に領域突入ですとぉ!?そんなことあり得るんですかあぁ!?』
    シンザン「想定外だな。ブライアンを嗾けたあのチビも同じことができるっつうのか、しかもほぼ自発的に…!」
    エアグルーヴ「な…何を見せられているんだ…?私達は…!!」
    溜めていた脚と、解放された五感から得た情報を全力で処理する為、彼女の頭脳もフル回転する。才覚が研ぎ澄まされ、未知なる領域に無自覚なまま突入する。
    絶対に負けたくない。
    親友でライバル。歯を食いしばり、目を見開き、無駄な音には耳を立てずに一直線にゴールを目指す。
    鎬の削り合いとプレッシャーを押し付け合う。
    並ぶ彼女達を意に介さず、大外から影が現れた。
    ナリタブライアンだ。

  • 64二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 10:01:58

    保守

  • 65二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 15:02:30

    保守

  • 66二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 19:51:22

    「"天才はいる。悔しいが。"」
    誰かがそう言い残した。この場の四人全員に適応されるだろう言葉だ。

    目の前に障害があるとしよう。貴方ならどう切り抜ける?
    答えは簡単だ。迂回して仕舞えばいい。
    孤狼。ナリタブライアン。
    彼女が大外の影から突然現れた。開いたはずの距離が突然縮んでいる。
    シンザン「シャドーロールの怪物。見事と言わざるを得ないな。…アレさえなければ。」
    エアグルーヴ「…基礎能力が違う、ということですか?感覚を研ぎ澄ませた彼女達が追いつけないということは…。」
    前方の二人が並んだ瞬間の気の緩みを見逃さずに勝負を仕掛け、持ち前の末脚をぐんぐんと伸ばす。着差が開いたところで模擬レースは幕を閉じると思っていた。
    「3」
    マヤとテイオーが異変にに気付く。
    「2」
    距離が開いていくブライアンとの間にもう一つの影が見えた。
    「1」
    一瞬遅れて先頭のブライアンも気が付く。
    この圧倒的な存在感と殺気は、間違いない。
    品定めを終えた皇帝が最終直線で勝負を仕掛けた。
    ルドルフ「"汝、皇帝の神威を見よ"」
    シンボリルドルフだ。

  • 67二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 19:52:36

    レース序盤、最後方に位置するルドルフ。
    後方から広い視野で全体を隅々まで見渡す。走るフォーム、ペース配分、それぞれの目線。
    そこから得た情報を自分の策に組み込む、脚をため、解き放つその瞬間をじっと見定める
    ルドルフ(最終局面。全員、ブチ抜く。)
    入念な策から導き出された解答は、シンプルだった。
    覇気を宿した捕食者の瞳の下、口元が一瞬緩む。
    その口に笑みが宿された刹那を━━
    シンザンは見逃していなかったのだ。

    シンザン「カウントダウンするなんざ、余裕たっぷりじゃねーか。観客へのファンサービスってとこかな…魅せるねえ。」
    エアグルーヴ「会長…大人気なさすぎます…。」

    先輩や同期と全力で走るとなるならばわかる。だが今回の対戦相手はブライアンを除けば若手の後輩の筈
    ブライアンの心情はわからないが、会長のあの表情を見ればわかる、あれはシービーを置き去りにした時と同じ…。

    デジタル『獲物を喰らう時の獅子そのものっ…!全校生徒皆の憧れ、圧倒的カリスマを秘める生徒会会長が激情に駆られるあの顔…ごはんが進みますねぇ〜…。』

    領域に突入した天才児二人、と馬身差をつけようかと差を広げるブライアン。それすら置き去りにしかねないほどの最終加速、ラストスパート。

    前に抜け出ると同時に視野は狭まり、正面のゴール以外には目もくれず走り抜けていく。
    だが、見る人が見ればルドルフの表情は余裕たっぷりなことがわかる

  • 68二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 19:53:37

    エアグルーヴ「眼は血走っていても、耳と口元が"まだまだ余裕"といった感じですね…」
    シンザン「ありゃ誰がどう見ても、勝敗はわかりきってる。あとお前が見なくちゃいけないことといえば其々の走り方の癖くらいだろう…」

    ルドルフの表情に緊張が戻る。冷や汗が頬を伝り、笑みが消え去る。
    ギャラリーが騒がしくなる、この時点ではまだ計測役の二人は異変に気づいていない。
    着順やタイムを記帳しようと思い、紙とペンに手を伸ばした矢先の出来事だった。
    「テイオー!?」「テイオーがきた!」
    「テイオーが!」「ブライアンかわしてる!」

    テイオー「っんぬがあああああぁぁぁぁぁァァァァァァ!!!!!!!」
    校庭中にテイオーの雄叫びが響き渡る。

    デジタル『トウカイテイオーが来た!トウカイテイオーが来たっ!トウカイテイオーが来たぁーーーーッ!!!』
    ライブ会場さながらの熱狂。アグネスデジタルは無意識にサイリウムを構えてこの大盛況に乗っかっていた。

    ブライアンとルドルフに抜かされ、体力はもう限界を迎えていた。領域に突入したことで過剰にスタミナを消費したからだ。
    隣を走るマヤも同様。幾ら万能に近い脚質と策といえど、試合中に全ての策を実行することは体力的にも無理がありすぎたのだ。

    テイオー(…違う…違うッ!)
    骨折を申告され、もう出走はできないと言われた。
    だが今の自分はどうだろう?回復し、好敵手に恵まれ新年早々全力でターフを踏み締めている。

    ここまで回復できたのは、名前も知らなかったアイツの激励のお陰だ。

    テイオー(ターボ!見てる!?あの時君が教えてくれた…!)

    観客の一人がポツリと呟く。独特の毛色をしたウマ娘だ。
    「これが、諦めないってこと…だろ?」

  • 69二次元好きの匿名さん22/01/17(月) 23:20:35

    保守

  • 70二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 00:28:56

    イクノ「ターボさん、今何か言いましたか?」
    ネイチャ「んぇ?イクノの勘違いじゃない?」
    マチタン「私とネイチャには何も聞こえなかったよ?」
    並走とはいえ、テイオーと会長が共に走ると聞いてツインターボが部屋を駆け出したらしい。
    カノープスの面々が揃ってテイオーを応援している。

    その中の一人、ツインターボは骨折して一線を退いた筈のテイオーの闘志に再び火をつけた存在だ。
    激闘を繰り広げたナイスネイチャも同様に、ライバルに目線を向けていた。
    オールカマーで大逃げも大逃げの無謀な選択をとり、序盤からゴールまで一瞬の気を許さず気合と根性のみでゴールしたそのレースは、テイオーの考え方を改めさせた一戦だった。

    顔を離した一瞬の隙に試合展開が大きく変わっている
    一体、何が?驚きを隠せず、口に咥えていたペンが落ちる
    シンザン「…あの走り方をして潰れてないのか…!?」
    エアグルーヴ「いや…あの顔、我武者羅なフォーム、間違いありません、完全に既に潰れてます…!」
    シンザン「…ッッ…じゃあ何か?あのガキは潰れながら根性だけで走り続けてるとでも…!」
    ギャラリーの歓声に声が呑まれる。もう既に2人の会話はお互いに届いていない。

    デジタル『…テイオーさんと!会長が!今…!完全に並んでしまいましたぁっ!』

  • 71二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 00:29:42

    ネイチャ「ターボが飛び出したから来てみたけど、凄いね…テイオー。」
    かつてのライバルに目を向け、自分はあんな泥臭くてキラキラした走り方はできないなあ…と感傷に浸る。

    年が明け、稀代のレジェンド達が全校集会に顔を見せた。
    並走や練習方法の提案を行うサブトレーナーとして更新育成に余念を尽くす。そう進言した。
    圧巻の面々が集い、生徒達は期待に満ちていた。
    だが、1発目の四人の並走練習。
    期待を大きく超えたパフォーマンスは新たな時代の幕開けを予感させるに…十分すぎた。

    根性だけで我武者羅に駆け抜ける。気が付いたらブライアンの気配が後ろにいる。会長の背中は目の前だ、だけどその数センチにどうしても届かない。
    持ち前のしなやかなステップすら覚束ない程の強引なラストスパート。それでも憧れの背中はまだまだ遠く感じた。

    一瞬並んだ、届いたかと思えば会長は直ぐに再加速してまた距離が離れる。しかも、後ろの二人も負けじと加速する。
    前後共に距離が離れない、威圧感が凄まじい。
    息が切れてるのに脚を動かすしかない、苦しい…。
    だけど威圧感も苦しさも全部バネして全身で風を受けるこの瞬間は、何よりも気持ちがいい。

    テイオーが捲るか、と一瞬希望を見せた試合運びは、そのまま会長の勝利で終わった。
    だが、想像以上の走りを見れた面々はそこに新たな希望を見出す。
    この人達に師事できるこの一年が、最も成長できる可能性が高い年だと。誰しもがそう思うに値する走りだった。

  • 72二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 00:30:54

    皇帝が皇帝たる所以、その喉元に届く天才児二人。
    そして、豪脚を見せつけた怪物の計4名。
    走る以上誰かが勝者で敗者になる非常な勝負の世界ではあるが、各々が結果に納得し、スタート地点にいる計測係のシンザンの元に戻る

    到着するや否や、「もう無理ィ〜…」と言い残し倒れ込むテイオー。
    着順とタイムが記帳されているバインダーをくすねて眺めるブライアン。
    少し虚な目でレースを振り返るマヤ。
    両膝に手を付いて息を切らしている。
    腰にジャージの上着を巻き付けて、汗を拭う皇帝。
    ルドルフ「ありがとう。エアグルーヴ」
    エアグルーヴから手渡されたハンドタオルで流れる汗を拭う。寒空の中だが余程熱が篭ったらしく上着を脱いでも寒さを感じない様だ。
    シンザン「で、お前らに聞いときたいが。私の目から見た改善点を聞きたいやつは?」
    俯せのまま手を上げているテイオー、目に光を取り戻し駆け寄るマヤノトップガン。
    生徒会の二つは我関せずと言わんばかりにレースを振り返る。
    シンザン「まずテイオーだったか。お前は惜しかったが光るものがある。そのセンスは大事にした方がいい、具体的な改善点を上げるなら自前の武器をもっと大事にしろ。」
    テイオー「んェ…どういうことォ〜…?」
    シンザン「ラストスパートで勝負を仕掛けた時、根性だけで走っただろ。お前の武器である先行策も柔らかい脚をバネにしたステップも全部アレじゃ無駄だ。高みでは通用しない…ってのは今ルドルフ、ブライアンと走って身に染みただろう?」
    根性だけで走る。つまり持ち前のスキルを全て捨てて、スピードとパワーのみで勝負を仕掛けることになる。どちらかが上回っていれば勝てる可能性があるが、そもそも基礎能力が劣ってしまう場合、打開策すら捨てているため自ら希望の芽を断つことになる
    シンザンのアドバイスにテイオーは納得したのか、寝返りを打ち姿勢を仰向けに変えてゆっくり起き上がる。

  • 73二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 06:44:37

    保守

  • 74二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 12:24:25

    保守

  • 75二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 16:36:14

    起き上がったテイオーの肩をマヤが担ぎ、二人でへたり込む。立ち上がる気力もないのか、尻餅をついたまま二人は肩を組んでいない方の手を地につける。
    シンザン「次、マヤノトップガン。」
    淡々と名前を読み上げられる。条件反射で裏返った声を上げてしまう。
    シンザン「こちらから逆に聞こう。お前、終盤テイオーに詰められた時、何をした?どんな意図があったのかが気になる。」
    思っていたことを素直に吐き出す。マヤが感じたことをそのままに。
    マヤ「…わかんない!正直に答えると、マヤ自身何がしたかったのかよくわかんないの。」
    「テイオーちゃんの気配がぐわーって急に大きくなって、どうすればいいのか分からなくなった時に…自分をもっと追込んでみようと思ったの。そうしたら身体が勝手に動いちゃった★」
    唖然とする。"自らを窮地に追込む野生の本能"と"変幻自在"と称される天賦の才から放たれる万能な脚質変更。
    その解を聞いて納得したのか、シンザンは数秒考えた後に"今のマヤノトップガン"の改善点を語る。
    シンザン「成程。自発的にあの高みに突入出来るスキルはいずれ本番で役に立つ筈だ、それをお前が全力で活かしたいのか、今の脚質変化の才能を伸ばすのかは自由。だが…」
    「どちらにせよ、試合中に脚質を…策を変更するのは1度が限度。許されても2回までにしておけ。」
    シンザンの目は誤魔化せなかったようだ。あの短いレースの間に何度も作戦を変えていたことを。
    エアグルーヴ「…は?そんな頻度で策を変えていたのか、貴様…。」
    マヤ「…何でもお見通しなんだ。すごいね、これが私達の憧れで生きる伝説のウマ娘かあ…、本当に何もわかんないや。」
    シンザン「まず一回目。先行策を取ってスタートダッシュを切る、そのあと直ぐ序盤から中盤の接続点でブライアンとルドルフの二人が後方に陣取り、テイオーの前を取れた瞬間逃げの手を打ち差を開いた。」
    「2回目。テイオーに詰められた瞬間、領域に自発的に突入するタイミングで末脚を溜め込み文字通り自分を追込む切り返しのタイミングで策を追込型に変更。」
    「3回目。ブライアンに二人揃って抜かれた瞬間、先程の末脚を再び爆発させるために差し型の作戦に変更。」
    「最後に4回目。全員のスパートに合わせて自身の尽きたスタミナを無視して逃げと同じフォーム、策に変更、同時に末脚を伸ばす。手遅れ気味だが逆転の余地はある博打だな。」

  • 76二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 16:36:59

    全てを見透かされたマヤは観念したのか自分の改善点に興味を持つ。基礎スペックを伸ばす以外の課題があるのならそれはそれで気になるからだ。
    マヤ「それで…、大先輩から見たマヤの改善点ってどこなの?」
    シンザン「無駄なスタミナの消費と頭脳労働だ。強いて言うなら、基礎知識を高めた方がいい。頭脳面の才覚には一切問題がない。」
    マヤ「…え、無駄なスタミナの消費?…あ、マヤわかっちゃったかも」
    エアグルーヴ「…ピンと来ませんね、どう言うことでしょうか。」
    走ってる段階や走る前には意識が行きにくい。が、至極真っ当な意見だ。走行中のウマ娘全員に適用されるものかもしれない。その場で聞いている全員が納得する。
    シンザン「これは個人的な見立てだ。私はお前の走りを今初めて見たからな。…マヤと言ったな。君は元来ステイヤーじゃないのか?基礎的なスタミナで言うならブライアンとルドルフの二人にも引けを取らない筈だ。」
    「なのにお前の脚が伸び切らないのは、作戦変更のタイミングを伺い過ぎていたり、そのために本来意識しなくていい余計な情報を拾いすぎているかもしれん。だから中盤にスパートをかけたテイオーに誘発されて自身もスパートをかけたあの瞬間、想定外の挙動で倍以上のスタミナを労したはずだ。」
    無限のレパートリーを持つ筈の脚。それを活かし切るに値するスタミナも保有している筈。それを活かし切れないのは、余計な情報がノイズになっている可能性が指摘される
    マヤ「言われてみると、テイオーちゃんと並んだあの瞬間。全部の情報が無駄なく自然に頭の中に入ってきたの。疲れも感じなかった…あの走り方が、1番合っているのかもね…」
    自分が伸びる可能性を持つ、最後の領域。その高みが自分から歩み寄ってくれた。
    マヤとテイオーは、果たしてその領域を自らのモノに出来るのだろうか?

  • 77二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 16:39:24

    ブライアン「おい。」
    ぶっきらぼうに、不機嫌にこちらに歩を進める"怪物"
    ブライアンの改善点や問題点は少ないな、とシンザンは頭を抱えていた。
    エアグルーヴ「…ブライアン、貴様の課題だがな。私から見て一個だけ指摘できるぞ?」
    ブライアン「シンザン先輩より先に女帝サマがご進言か。いいだろう、聞くぞ。」
    シンザン「ほぉ…?」
    あの怪物に正直言って目立った改善点は見当たらない。
    一体何を指摘できるのだろうか?
    エアグルーヴ「お前、大外から抜くのが癖になってるんじゃないか?」
    ブライアン「…は?」
    言われてみて、ハッとする。
    前を見た時に二人が並んでいた。これは余裕で抜かせるから気にも止めなかった。
    会長が私を抜かした後だ、確かに会長がテイオーに詰められたあの一瞬にスキがあった。内側が一瞬開いていたように見えたが。
    ブライアン「…ふむ、確かに。過去の走り方、勝ち方に拘ったことでそこに意識を向けすぎていたかもしれん。」
    エアグルーヴ「お前は広い目で全体を見れている。全体的にレースを俯瞰してチャンスをものにする実力もある…会長のプレッシャーや後輩の詰めでペースが狂っただけだろう?」
    ブライアン「いや、案外そうでもないかもな。レーンの魔術師たる女帝サマらしいご指摘だ…。今後の課題として重く認めよう。」

  • 78二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 18:18:07

    シンザン「走行中の癖は本人にとって無意識に起こす行動として現れる。私も同様の癖を持っているのかもしれないな…。」
    最後の一人がこちらを見ている。が、正直コイツに言うことは何もない…。だがあの余裕の勝利といった表情はムカつく。同族嫌悪だろうか?
    ルドルフ「筆削褒貶。素晴らしいレースからは各々の成長の芽が顔を見せる。今走った我々もそうだが、全校生徒に伸びゆくチャンスがあるからな…!」

    シンザン「で、皇帝サマ。アンタの改善点だが。」
    すぅ…っとこちらをゆっくり振り向く。
    ルドルフの表情から感情は読めない。睨みも見開きもされていない中途半端な目線と横一文字に紡いだ口は何も語ってくれない。喜怒哀楽の内のどの心持ちなのだろうか?

    ルドルフ「…。(あの走法は改善に改善を尽くし、己の力で磨き上げた粗の無い走法。ケチの付けようもない筈なのだが…。)」
    虫の居所が悪いのか、思考と感情が一致しないのか。
    虚無感を漂わせる瞳に生徒達の注目を集める
    シンザン「ハッキリ言うぞ。アンタ対戦相手を無礼過ぎだ。」
    ルドルフ「…は?」
    シンザンから飛び出た言葉に理解が追いつかない。
    スポーツマンシップに乗っ取り万全を尽くしたベストな試合のはず、一体どこからそう読み取れたのだろう。
    シンザン「試合序盤に理想の試合運びを決定して笑みを零し、最終局面でテイオーのガキが詰めてこなければギリギリの勝利を演出して勝つつもりだっただろう。圧倒的な着差はつくだろうが、お前はまだ全然実力を明かしてないだろ。」
    デジタル『あの走り方で…あの実力差でまだ隠した本領がある…? あ…言われてみれば、あの二人が入れて…会長が領域に突入出来ないなんて事がありえるんですか…?』

    ルドルフ「…。必要最低限のペース配分を行ったまでです、自身が決めた配分の中で全力を尽くしました…。大差を付けてまで勝利し、必要以上に彼等を傷つけてしまう利点はないと思いましたので。」
    生徒会長。全校生徒の長として、顔として学園の看板であるルドルフは非情になり切れなかった。
    部下であり友人のブライアンを含めた後輩を傷付けたくないが故に起こした行動。だが、それを見抜いたシンザンはさらに続ける

  • 79二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 18:19:55

    シンザン「ルドルフ、お前不完全燃焼だろう。チビ達が覚醒するまで大分余裕のツラだったし。私がサシで相手してやろうか?全力で粗探ししてやるぞ。」

    エアグルーヴ「…え?」
    ブライアン「…なんだと?」
    マヤ「…いまの、マヤの聞き間違い?」
    テイオー「ウソぉ!?カイチョーまだ走るのォ!?」
    デジタル『…ドリームマッチ…再びいぃぃ!?!?』

    大先輩からの宣戦布告。
    観客席が沸き立つ。四人の激戦で集まった注目が
    そのままの勢いでルドルフvsシンザンに再集結する。
    放送設備と速報が飛び交い、学園内の局番で即座に中継が開始する。

    シンザン「感謝ならマヤとテイオーにするんだな。新世代が良いものを見せてくれた…。私も年長者としてやれることをやるまでだ。真似出来るものならしてみろ。学べることがあるなら学んでみろ。"神讃"からな。」

    シンザンは面倒臭がりな上、効率主義者だ。
    レース本番まで練習を一切しない、必要最低限の予行で済ませる程の神域にいる存在。
    彼女を突き動かした4人の走りが、神域から彼女を引き摺り下ろす事に成功した。

    ルドルフの表情が猟奇的な笑顔に変わる。目を剥ぎ、睨みつける眼の下の口元は歯が見えるほど頬が吊り上がった笑みを浮かべていた。
    全力で走れる。全力でターフを。
    全力を出すことが許される相手ッ!!!
    ルドルフ「漆喰天井。神が讃える最上位に君臨する貴殿を…皇帝の漆黒の牙で喰らってやる。」

    ルドルフが宣戦布告を受ける。時刻は14時前。
    正午に地面に溜まった熱が徐々に溶け出す。
    最高のコンディションのタイミングだ。

  • 80二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 18:21:54

    ルドルフ「エアグルーヴ!」
    腰に巻いていたジャージの上着とタオルを投げ渡す。
    冬場にしては大分軽装な気がするが、まだ熱が抜けていないのだろう。寒さを感じている様子は微塵もない。

    両者がスタート位置に着く。緊張の瞬間だった。
    シンザン「先に断っておくぞ。私はお前程甘くない」
    牽制。この程度では揺るがない。

    場所は変わって食堂。タマモクロスとオグリキャップが遅めの昼食を摂るようだ。
    タマ「生徒会の面々がなんやらおもろいことをしてる代わりに、ウチらが呼び出されてしもーたかんな」
    オグリ「理事長も不在のようで、樫本さんとたづなさんのお二人にも限界があるからな。私達が生徒会の次に動けるし、それはいいんだが…」ぐぅう…
    タマ「大盛りやな…飯食うの遅れて辛いやろけど、イナリとクリークの席も確保せなあかん。我慢やで。」
    4人席を確保して、連絡を入れる。
    平成最強と謳われたメンツだ。今日はこの4人が人手の足りない学園を昼から動かしてくれていたらしい。
    待ち切れなくなったオグリは箸を動かして口に食事を運ぶ。
    タマ「相変わらず食い意地張っとんなあ…。オグリのその食いっぷり見ると、ウチも腹減って堪らんわ…お?どうしたんや、余程美味そうなお料理特番でもやってるんか〜?」
    オグリキャップの箸が止まる。
    勢いよく胃袋に運ぶ腕も止まる。
    オグリの目線はタマの頭上の壁に立て掛けられたテレビに向いていた。
    オグリ「会長が…押されてる…。あのウマ娘は…誰だ…!?」
    タマ「…はぁ?んな訳ないやろ。なんの冗談や?…あのルドルフに喰らいつけるウマ娘なんてこの学園にはそうそうおらんわ…。」
    タマも振り返り、頭上のテレビに目をやる。
    オグリに触発され箸に手を伸ばしていたタマの手も硬直する。
    クリーク「ごめんなさ〜い…後片付けに手間取ってしまって〜…あら?」
    イナリ「どうしたんでぇい…、お前ら2人揃って箸止めて。んな夢中になるような特番でも…!?」
    遅れて集う平成最強。
    彼女達4人の視線が同じ方向に向く。
    テレビから誰かの声が聞こえる。

  • 81二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 18:22:23

    デジタル『皇帝シンボリルドルフ!完全に押されています!!!!!!!"神讃"に開いた距離を完全に維持してリードされています!!!追いつけない!!追いつけない!!』

    オグリ「な、何の冗談だ…!?ルドルフ程の実力者ならあの着差ひっくり返せるはず…いや…無理なのか…?」
    タマ「会長さんの相手は…生きる伝説や…」
    クリーク「…お昼に顔を見せていたシンザン先輩ですね…、でもあの人は走らないことで有名じゃ…。」
    イナリ「会長が何度も加速してやがる筈なのにさらさら追いつけねぇのは…同じ間隔でシンザン先輩が加速してるからか。要は、走法とテンポが奇しくも同じ…!」
    タマ「でも会長さんなら大丈夫やろ…。あの気迫に呑まれてる以上いつか顔を見せる筈やで。皇帝の領域っちゅうんがな。」
    クリーク「基礎能力が同等なら先に過剰集中状態と言える領域に踏み入った方の勝ちでしょう…中盤ですし、まだまだ逆転の目はありますね。」
    イナリ「領域に踏みへぇった時点で会長ならスタミナをみんな消費する勢いで潜在能力を解き放つ筈だしな。」
    オグリ「…いや。違う…。ルドルフに勝機はない。」
    オグリが口を開く。まだ試合中盤。なのに、どうして?

    オグリ「ルドルフはもう既に領域に突入している。その上でシンザンさんは領域に踏み入ってないんだ。」

  • 82二次元好きの匿名さん22/01/18(火) 23:43:31

    保守

  • 83二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 04:51:38

    ルドルフは困惑が隠せなかった。今まで相対したどの相手とも起こり得なかった完膚なきまでの実力差に、無謀な勝負を挑んでしまったのではないかと。
    井の中の蛙、大海を知る。ルドルフは自分より上に実力者がいることと圧倒的な差があることを身をもって痛感する。
    ジュニアデビューから今に至るまで大敗を喫した事がなかった故にプライドも揺らぐ。生徒会長の威厳を保たねば…。
    ルドルフ(泥臭いのは苦手だが。ここはテイオーに倣うとしよう。)
    シンザンとの差を徐々に縮める。得意分野である後方から追い抜きつつ差しで捲る戦法は彼女には通じない。
    ならば。領域突入時の過剰なまでの集中力を全てこの脚に込める気合いに振る迄。

    テイオーが絶叫しながら私に迫ったように。
    慟哭を、雄叫びを上げる
    声にならない悲鳴のような声をそのまま脚に乗せて
    妥当ッ!!!シンザン!!!!!!!

    純粋なスピードとパワーで追い上げる。加速する。

    タマ「…どう言うこっちゃ。なんでお前が会長さんが既に領域に突入しとることを看破できるんや?」
    オグリ「以前並走練習で彼女と共に走った事があるんだ。それと、ここに来る前。地方から中央に移籍したときに彼女から言われたことを思い出したんだ…。」
    クリーク「会長さんは…オグリちゃんに何を伝えたんですか?」
    オグリ「私と会長の走り方はほぼ同じなんだ。スパートのタイミングから何まで。終盤のラストスパートで大きく末脚が伸びる、つまり領域に入るタイミングが微妙に違うだけで他は殆ど同じレベル…なんだ…。」
    「ハッキリ言おう。私なら中盤の時点で領域に踏み入ってる。そうしないと追いつけないのが分かりきっているから…」
    イナリ「じゃあ、本当にオグリの言った通り会長さんは既に領域に突入済。その上であの着差を付けられてるっつうのか…?」

  • 84二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 05:28:37

    圧倒的な実力者は意識的に、自発的に領域に踏み入る事ができる。
    だからシンザンは擬似的とはいえ自発的に突入したマヤとその気配を感じさせたテイオーの2人を高く買った。
    同レベルの実力者と走る感覚は素晴らしい。
    そのお釣りとしてルドルフを煽ったのだ、そうすればあの獅子は私に牙を剥ぐだろうと。

    ルドルフは正直言って私を倒せる可能性がある存在だ。
    ハンデとして私の策が"サシ"である事も明かしてある。
    アイツなら簡単に潰れやしない。

    シンザン「━━だが、これは予想外だなぁ…!」

    クリーク「…会長さんに、ルドルフさんに勝機はあるんですか…?」
    オグリ「…ある。一縷の望みだがある。タマならわかるだろう?、ルドルフは『私と同じ』なんだ。」
    タマ「急に何を言い出すんや…?あ…!」
    タマモクロスは以前、夏合宿で起きた出来事を思い出した。
    自分とオグリが似て非なる存在、貪欲に渇望する飢えた獣であるところは同じでも、活力が違うことを。
    ━━━
    タマ「オグリ…お前のレースを見てるとハラハラするんや。お前はいっつも、最後の直線を走る時…何考えて走っとんのや?」
    オグリ「…覚えてない。私は…最後の直線…、何も考えてはいない。全てを出し尽くして、空になる。走れなくなる…。」
    「でもそこから、みんなの顔がよぎる。私を中央に送り出してくれた、キタハラやマーチの顔が…。」
    「私はその人達の期待に応えたい。だから私は再びそこから走り出すんだ。だから私は━━負けない。」
    ━━━━━
    タマ「…せやな。ゴールする前に全てを出し尽くして潰れて。そっから走り出すんがオグリや。ん?まてや。つまり…会長も…?」
    オグリキャップが無言で頷く。彼女は、同類であるルドルフを心から信頼しているようだ。
    イナリ「…オグリが信じる、会長さんを信じてみるか…。」

  • 85二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 05:29:04

    全員の視線が再びテレビの中継に戻る。
    その頃にはルドルフとシンザンが横並びになっている瞬間が映されていた。観客の悲鳴も聞こえる

    デジタル『し、信じられません…!!あそこから追い上げて、体力的に限界のはずの会長さんがぁっ…!!!私は今奇跡でも見てるんでしょうかぁっ!?』
    「させぇ!」「させる!させるよ会長!」「ぬけぇ!ぬかせぇ!」「もう一踏ん張り!見せてよ会長!」
    「会長!!」「カイチョー!!!!!」
    ━━━━━━━
    もう辛い。走りたくない…疲れた。休みたい…。
    久しぶりだよ。走ってる背中に、全力で手を伸ばして追いつけないのは…。
    「諦めちゃうの?」
    あぁ…そうしたいよ。もう体力が限界なんだ…。
    「応援してる人の、みんなの期待に応えずに?」
    …。エアグルーヴ。ブライアン。…生徒のみんな…。
    …テイオー。
    ふと、みんなの笑顔がよぎる。みんな、私を応援してくれている。私は…私の背中を押してくれるみんなが大好きだ。みんなのために、より良い学園を創るために、生徒会長に立候補したことを思い出す。
    「…もう、大丈夫だね。」
    あぁ…。ありがとう、過去の私。もう1人の私。
    また会える日を楽しみにしているよ。ルナ。
    「我儘になるのも大切だけど、今を大切にね。」
    よし。
    気を引き締めよう。
    私が走るのは、走るのが大好きで、私の背中を押してくれるみんなの笑顔と期待に応えるためだ!!
    ━━━━━━━━
    最終直線が見えた。

  • 86二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 05:40:22

    タマ「ほ、ほんまに復活しよった…!?あの絶望的な状況から…!?」
    クリーク「既にスタミナは切れていて、根性で走っていたはずです…。まるで突然活力を取り戻した…?」
    イナリ「…たしかに…。おめぇら、あそこで諦めるオグリはイメージ出来ねぇもんな。同じことを会長がしたにすぎねぇのか。」

    オグリ「逆にいえばここから先は完全に実力勝負だ…。どっちが先に抜け出すのかは運が全く絡まない。よりスピードと、パワーと、根性が残されてる方が勝者だ。」

    シンボリルドルフは久しぶりに満たされていた。
    全力で走る事が許されることに。
    勝敗を気にせずにターフを走り抜けられることに。
    全力を出したら、誰かを傷付けてしまう。
    悲しむ顔は誰1人として見たくはない、その優しさが潜在的にあったことで彼女は無意識にブレーキをかけていた。

    だが、そのブレーキをシンザンが破壊してくれた。
    猪突猛進。今はそれしか頭にない。
    空っぽになった身体を、力強くみんなが笑顔で押してくれる。
    満たされなかった心を、全力で走ることで満たす。

    勝っても負けてもいい。全部乗せだ。

    復活したスタミナすら全て根性で走るための踏み台にした今のシンボリルドルフは無敵だ。
    シンザンが相手でなければ。

    結果はハナ差でシンザンが勝利を収めた。

  • 87二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 06:09:13

    歓声が沸き立つ。ほぼ同着であった、という結果は2人の評判を全く落とさなかった。
    今を生きる伝説と新たな伝説を生み出した2人。
    どちらが疾いのか?という議論に、終止符を打てなかったからだ。
    ハナ差は何処からでもひっくり返る。ウマ娘である以上、全校生徒がそれを認識しているから。
    シンザン(やっべえ…ほぼ現役を退いて年1でしかレースを走らないとはいえ、衰えてる。全盛期を過ぎただけなのかもしれないが…。)
    シンザン「…。ルドルフ、お前で3人目だ…。」
    敗者と成りつつもどこか満たされた顔をしている。
    ルドルフの口が開く。
    ルドルフ「ハー…ハー…。何が…です、か。」
    お互いに息が上がっている。想像よりも体力を使った。
    シンザン「お前以外の2人は…セントライトと…、ウメさんだ。」
    シンザン先輩が…生徒会長をしていた頃の2人…?
    まさか。
    ルドルフ「それって…!」
    シンザンが口に指を当てる。当事者2人のみの秘密にしたいらしい。
    最終直線で復活した私が迫り、再び領域に突入した瞬間。
    末脚を爆発させるタイミング…だ。
    あの瞬間。シンザン先輩も領域に踏み入っていた…!

  • 88二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 06:10:01

    オグリ「…。負けてしまった…か。でも、良いものが見れた。」
    タマ「オグリが食事の手を止めるなんて天変地異が起きようとも見れんと思ってたで。ウチも二重でええもん見たわ。」
    クリーク「そう…、ですね。上には上がいますから…、少なくとも今のままでは…私達が束になってもシンザン先輩には敵わないと思います。」
    イナリ「悔しいが認めざるを得ねぇな。負けを認めたくはねぇが、こんなかでルドルフと同格と言えるのはタマとオグリの2人な訳で。その2人が勝てるイメージがわかねぇってことは…。」

    平成最強と謳われた4人が勝てるイメージが湧かない存在。それ程までに格が違うのだ。生きる伝説とは…。

    余裕感を奪い焦りを覚えさせたルドルフは正直言って、想像を大きく超えていた。
    自分とセントライト、ウメちゃんと同格に走れる奴なんてもう現れねえとすら思ってた。
    ルドルフ、シービー、マル坊。こいつら3人と走った時は流石にヤバさを感じたが、成長して本気を捻り出したルドルフはやべぇ。
    …、復活したURAファイナルズに顔を見せたオグリキャップ、だったか。アイツも筋がいい。
    …くそっ。
    シンザン「後進育成なんて言ってる余裕はもうねえかもな…。私も鍛え直すか…。真面目にトレーニングなんてガラじゃねえのに。」

  • 89二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 06:12:12

    場所は変わってURA本部。
    理事長とエレジーがトレーニング施設に戻ってきたようだ。
    たった数時間しか経っていないが、エレジーは理事長に心を開いていた。

    ここの人達と暮らすのは、怖かった。
    食べたいものは食べられるし、欲しいものは与えられてきた。だけど、みんな目が虚で、顔を合わせて会話するのも、目を合わせるのも何もかもが怖かった…。
    だから、ハリボテのお面は都合が良かった。
    顔を、目を見ないで済むから…。

    みんな、私が怪我をしたり、風邪をひいたら心配してくれる。だけど、それはもし私が倒れてプロジェクトが失敗したら路頭に迷うから。

    私を心から心配してくれる人は…ここにはいないのかもしれない。
    家族と呼べる人がいないのは、辛いし寂しかった。
    ここの人は、私をマチカネアルタイルとは呼んでくれない。
    エレジー、ハリボテ。このどちらか。
    それが私の名前なら、もうそれでいいや、と諦めていた。
    メタルハリボテエレジープロジェクト。プロジェクトのための存在でしかない。もう聞き飽きたよ…。

    だけど、やよいさんは違った。

    この人は、私の目を見て話してくれた。
    ハリボテ越しでも、そうでなくても。
    真っ直ぐ目を見てくれた。トレーニング方法や食事にもこれで不満はないか?辛くはないか?と二の次に私を心配してくれてた。
    …まるで、お母さんみたいに。

  • 90二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 12:53:18

    保守

  • 91二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 13:05:58

    今更だけど、エアグルーブとスズカが同室ってことはスペ転入前の時系列ってこと?

  • 92二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 14:49:58

    >>91

    時系列は弄ってます。

    整合性が取れなくなるレースの結果などもあるので、黄金世代やスズカ、エアグルーヴ、フクなどの絡みを描こうとするとスペ転入前になってしまいますがアニメ、漫画(シングレ/うまよん)、アプリの媒体別+史実レースを無理やり織り交ぜてます。

    史実ベースにするとセントライトとシンザンの場合セントライトの方が先輩になってしまいますが、ゴルシの年齢が暈されてるようにセントライトとシンザンを近い年齢の扱い(ルドルフとブライアン同様の会長と副会長)にしてどちらが歳上かは暈しました。

    4月に全員の進級に合わせてスズカとファインの部屋割り変更イベントを書くつもりでした。


    現在の登場人物のみで年齢or学年を開示すると

    トレセン付属大学生徒/3年生

    ・シンザン(セントライト/ウメノチカラ)

    附属大学推薦状取得済/トレーナー科

    ・ミスターシービー(飛級)/マルゼンスキー(飛級)

    トレセン中央・高校部生徒 3〜2年生

    ・オグリ/タマ/クリーク/イナリ/ルドルフ※1

    高等部一年生

    エアグルーヴ/ブライアン/タキオン/カフェ/スズカ※2/ファイン※2/フク※2/ベガ※2

    中等部生徒

    テイオー/マヤ/デジタル

    ※1シービー、マルゼンと同時期に飛級の話を持ちかけられたが生徒会の方を優先した

    ※2名前のみ登場

    現時点の同室組

    マヤ+テイオー/タキ+カフェ/ファイン+シャカール

    エアグルーヴ+スズカ/オグリ+タマ

  • 93二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 14:54:55

    質問は答えられる範囲で答えますので気にせず書き込んでくださーい
    再開します

    ━━
    私の手を引き、連れ出して見せてくれた景色は何よりも新鮮で、ここで過ごした数年間の思い出よりも色濃く、かけがえの無いものになった。
    紛い物の景色。紛い物の並走相手。紛い物の名前。
    与えられた全てを瞬く間に塗り潰してくれた…心から、謝意に満たされた。
    だから、私はトレセンに行きたい。
    トレセンで全力で走って見たい。
    この人の元で走るみんなと、共に過ごして見たい…!
    ━━け
    理事長「どうしたんだ?エレジー…そんなに、走りたさそうな顔をして。」

    ハリボテ越しの私の表情すら見透かす。
    驚異を超えて尊敬の意すら覚える。

    ピロン♪
    理事長「…?私用のスマホ?…たづなか…一体どうしたと…!?」
    [シンザンvsシンボリルドルフ.mp4]
    動画ファイルのようだ。
    理事長「…!すまないッ!このスクリーンのプロジェクター、借りても良いか!?」
    URA「え?…ええ?構いませんが、どうしました?」
    無言でスマホの画面を突きつける。
    役員も事情を察したのか急いでPC機材経由で理事長のスマホをスクリーン用のプロジェクターに同期させる。

    映像が映し出される。

    その場にいる全員が息を呑む。エレジーを除けば全員、数年以上この業界に携わっている。
    それなのに試合運びが読めないレースを見れるのは久方ぶりの経験だからだ。

  • 94二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 14:55:27

    なんかエルの鳴き声が挟まってるのはミスです。すみません

  • 95二次元好きの匿名さん22/01/19(水) 22:15:50

    レースの映像を見るのはこれで何度目だろう。
    ハリボテエレジーとしての役割を投げつけられてから、オグリキャップと言われるウマ娘のレースばかり見せられてきた。
    この走法なら君も勝てると。オグリくんも君同様生まれつき体は丈夫じゃなかったと。
    あの試合終盤で復活するドラマティックな走り方さえできれば、君も人気者になれると。
    そう言われて、そう教えられて、トレーニング方法から何まで"オグリキャップ"をベースに私を育て上げようとしてきた。だからオグリキャップという名前に苦手意識がある。
    だけどこの人達の映像は初めて見るかもしれない。
    全くどうなるのかわからないレースは心が躍る。
    それは、やよいさんも本部の人も同じらしい…。

    理事長「驚嘆…!両者一歩も譲らないぞ…!?」
    URA「シンザンが圧倒的に差を開くと思わせてルドルフが縋っている…!やべぇ…こんなレースはいつ振りだ…?」

    映像を見ていて感じた既視感に気がつく。

    エレジー「…オグリキャップと同じ?」
    苦手意識を持っていた彼女と、ルドルフさんの姿が重なる。激情に駆られた顔面、走法。別人のはずなのにどこか似ている。

    皇帝が雄叫びを、慟哭を天に仰ぐ。
    ルドルフさんがここまで感情を表に出すことは少ないらしい。
    本部の人もやよいさんも画面に釘付けだ。

    レースの映像が最終直線を映す。
    オグリキャップなら、ここで一度力尽きて━━━。

    2人の目に火が付く瞬間を見た。
    何か見えざる力に彼女たちは動かされている。
    オグリキャップもそうだ。明らかにオーバーワークを課しているにも関わらず最終直線で必ず復活する。

  • 96二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 03:26:05

    それを、ルドルフさんもやったに過ぎないのだろうか。
    それなのにシンザンさんが勝つのか。
    今の私は、この2人に勝てるのだろうか?

    病床から復帰してリハビリとトレーニングを兼ねてこの本部に長年いる。自分の実力に疑問を持ったことはない。
    だが、今のルドルフさんの熱量と、シンザンさんの圧倒的な実力に、自分が勝てるビジョンが全く浮かばなかった。

    理事長「…良いものを見たな…!生きる伝説に食い下がる皇帝。彼女の牙は、頂点に届き得た…。」
    URA「シンザンが衰えたのか、ルドルフが成長したのか。…もしくはその両方。」
    やよいさん達が語り終わると、こちら側に理事長が走ってきた。
    理事長「して、エレジー。君はどうしたい?トレーニングを再開してもよし、疲労感があれば食事を摂って寝るもよしだが。」
    …。本部の人なら、ここで『よし!やる気出たな!やるぞ!』と、組み直したメニューでトレーニングさせるはず。
    エレジー「…さっきの映像をもう一度観てもいいですか?」
    エレジーから何かを提案するのは予想外だったのか、本部の人達が驚いていた。
    理事長「興味ッ!君がやりたいようにやってみるといい!」
    エレジー「…シンザンさんの走り方に、興味があります。あの完璧な試合運びと走法、何を考えて走るのかは本人にしかわかりませんが…。」
    (あと、ルドルフさんの何処にオグリキャップを感じたのか。紛い物じゃないレースに、紛い物じゃない彼等との違いは何処なんだろう。)
    エレジー「すみません、本部の人になんですが。」
    URA「え…あ、はい!…どうしたの?そんなに急に活発になって…」
    エレジー「この2人を再現してウマレーターで走らせることはできますか?」

    神讃と皇帝の2人が、本人の知らぬところで燻っていた少女の闘志に火をつけた。
    「…今から、出会うその日が楽しみだな!本人達に師事する…その時が。」
    エレジー「…やよいさん?何か言いましたか…?」
    理事長「いや…なんでもないぞ。独り言を呟いただけだ。」

  • 97二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 06:42:50

    やあ。初めまして、かな?
    この論文のテーマはズバリ、「ウマ娘とは何か」
    …その根源に、徹底的に迫ろうとした私の…なんだろうね。体験記?追憶記とでもしておこうか。
    大きく分けて取り扱うのは…以下のテーマさ。
    10歳以降に訪れる二次性徴期と同時に起きる
    「本格化」
    レース
    試合中のみに起こりうる瞬間的な潜在能力の解放
    「領域」
    そして、其れ等総てを引き起こすウマ娘と人間の
    最大の違い…「ウマソウル」

    そうだねぇ。何処から語ろうか…。
    ことが大きく動いたのは…年明けに会長に引っ付けたマイクが拾った会話からさ。
    私はドーピングほど白ける行為はないと思ってるんだ。
    私が求めるのは瞬間的な力の獲得ではなく、恒常的な能力の獲得・保持だからね。
    …領域?未知の領域に突入して潜在能力を解き放つのはドーピングと同じじゃないのかって?
    いや、それは違うね。外的要因と本人が持ちえる力の前借りという明確な相違点があるだろう?
    …話の腰を折って悪いね。私は…そして何より、ウマ娘が持ちえるその力の可能性。
    「可能性のその先」が見たいんだ。
    それは全てが終わった今でも解決していない題材と言えるだろう。
    私はレースの後の予後不良で脚を痛めて自分自身が走ろうという道を閉ざし、アドバイザー兼サブトレーナーや、興味を持った娘のデータ集めをいそいそとしてたわけなんだ。

    ヒマ娘としての学園生活を謳歌してたわけだね。
    色々あってヒマを満喫してた私にとある日、バラバラになっていたピースがカチッとハマるような感覚があった。
    当時の研究テーマは「人間とウマ娘に違いはあるのか」だったんだ。
    過剰に筋肉を獲得すればそれこそ耳と尻尾の有無以外に差異はなくなるし、領域自体死の淵に立たされた人間やプロのアスリート集団が似たような経験をすると聞く。
    では、人間を人間たらしめ、ウマ娘をウマ娘と決定つけるのは何処だろう?
    人間も過剰な鍛錬と規格外の薬物摂取さえして仕舞えばウマ娘と並走することだって…
    そんな可能性。机上の空論を叩いていた日のことさ。

  • 98二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 07:19:09

    ━━━━━
    シンザン「そのハリボテエレジーの当時の対戦相手には私も含まれていた。」
    シンザン「人間基準でドーピングを高校生のアスリートに課した所でたかが知れてる。薬毒耐性の高いウマ娘がドーピングを検知されるレベルの薬物量を人間の器、アスリートという若き才能を潰させることで可能にしていた。」
    ━━━━━━
    全校集会終了直後。確かに会長に仕掛けたマイクから聞こえた。…シンザン先輩が言ってることは真実なのか?…私が知る限り最も低俗で下衆な行為である投薬行為。それによって齎された神聖なレースへの侮辱行為。
    だが…なんて?
    人間がウマ娘と同等にレースをしていた…?
    しかも…ほぼ全盛期のシンザン先輩と?

    授業で使われることは滅多にない。特に年明け早々移動教室で授業することもない。
    そんな閉ざされた理科室だが冷暖房は完備されている、寧ろ適温以上にガンガンにエアコンをかけてるしなんなら無断で倉庫から持ち出した炬燵すら出してる始末だ。

    「…。タキオンさん…どうしたんですか?そんなにブツブツと独り言を言って…。お友達も心配しています…冬場ですが…この暖かさで…その濁流のような汗は…。」

    隣にいた1人のウマ娘の指摘で気が付く。
    ダラダラと冷や汗が、悪寒が全身を伝う。

    タキオン「…心配させて悪いね、カフェ…。いや…、少し気になることができたんだ…外部に漏らすのはまずいが…まずいんだが…。」

    栗毛に白衣を纏ったまま彼女は唸り続けている。
    想定外の出来事かつ普段と違う様子にお友達も困惑している…。イヤホンからヘッドホンに変えた時点で余程興味深い内容の会話を盗聴していたのでしょう。

    カフェ「いえ…それより…。会長さん達は何を話してたんですか…。ヘッドホンに付け替えた後からタキオンさんの様子がおかしいですよ…それに外部って…そんな校外秘の話題でもピンポイントで聞いたんですか…?」

    まずい。下手に探られてボロが出るのもまずい。
    頭が回らない。カフェに貰ったブラックコーヒーのせいか?糖分か?糖分がこのシナプスに足りないのか?
    …くそっ…くそっ…
    結論が出せない。解答が出てこない。

  • 99二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 12:52:05

    保守

  • 100二次元好きの匿名さん22/01/20(木) 20:48:08

    タキオン「…気、気にしないでくれ…会話とは関係なく風邪気味なのかも知れない…。カフェに言われるまで汗をかいていたことにすら気がつかなくてね…。」

    シラを切る。が、嘘の中に真実を混ぜるのは効果的な筈。この場が凌げればそれでいい、真実は明かせるタイミングで明かすべきだ。
    編入希望生のこと、ドーピング行為、復活したかつてのプロジェクトの選手がドーピングをしていて今回のプロジェクトの対象人物が編入希望生…
    …熱が冷めてきた。思考が上手く機能している気がする…深呼吸して…軽くメモを取ったら仮眠しよう…。

    カフェ「…適当な嘘をつくのはやめてください。お友達に頼らずとも今のタキオンさんの考えくらい読めますよ…?この場さえ凌げればいいとでも思ってるんじゃないんですか…?」

    タキオン「げ」

    完全に見透かされてしまった。変な声も出てしまった。
    もう言い逃れできない…どうしたもんかね…。

    タキオン「…まあいいさ、どうせいつかは巻き込むつもりだった。だが私は断じて関わっていないし君への実験もレースに支障がない範囲で行なっていると踏まえて話すよ?いいね!?」
    脅すように捲し立てる。カフェが一瞬気圧される。
    カフェ「………貴女がその顔をするのは余程重いものを抱えている時です。先程ブラックコーヒーを押し付けた時も同じ顔をしていましたね………。」
    カフェ「聞く立場の私が言うのもおかしな話ですが…覚悟は出来ました………!」

    許してくれカフェ。君をこのトレセンの一大事に巻き込んでしまうことを。
    あ、ついでにお友達くんも許してくれ。
    え?ダメ?うわぁ!?レポートとメモが燃えてる!!!!!!!やめろ!!!!!!!!!

  • 101二次元好きの匿名さん22/01/21(金) 00:40:50

    そんなこんなで火災報知器に煙が拾われる前に消火したしカフェとお友達には全てを洗いざらい吐いた。
    そもそも霊障の炎だから実害はないらしい。
    …訳がわからない!興味深さはあるがね。
    由々しき事態だよ…だけど強力な協力者の存在は大きい。
    …いや別に会長を意識したわけではないんだがね…??

    …アテがある。ロジックに、数値的にこの問題に解が出せるかも知れない存在。私はどうしても感情や魂といったオカルトなものも実験の考察材料にしてしまうからね…。
    過程、結果がハッキリしているなら彼女に頼る可能性も考えた。私1人じゃこの問題に答えは出せない。
    未解決の数式とか難題とかを優に越えてるだろこれ。
    唯一抜きん出て並ぶものがないレベルだよ。世界中の未解決問題より墓に抱えて死ぬレベルの問題だよ。

    はぁ…と溜息が理科室の中に木霊する。
    ちょっとした希望に賭けてみたい。それだけだった。
    シャカールくんのウマインに連絡を入れる。
    返事が来るのを待つしかない。

    私だけではこの問題を解決することはできないし、今はまだカフェくんを失う訳にはいかない。
    そんなつもりはさらさらないが私の実験如きで身体を壊されては困るからねぇ…。

    昼食後、デジタルくんから一報が届く。
    [大変です!!!!!!!練習用のターフで!!!!!!!会長さんとシンザンさんが並走することになりました!!!!!!!]

    歩いて移動することに対しての支障は全くないが、私は走れない。
    それでも今この目で見て見たかった。今のシンザン先輩の走りを。

    タキオン「カフェ、少し外の空気を吸いにいかないかい?…ついでに、練習している娘から何かデータを得られるかもしれない。」

    可能性のその先。もしそれがあるとするならば、今限りなくその到達点に近い存在が彼女だろう。
    計り知れないほどのデータが取れるはずだ…!

  • 102二次元好きの匿名さん22/01/21(金) 06:03:43

    保守

  • 103二次元好きの匿名さん22/01/21(金) 12:52:17

    保守

  • 104二次元好きの匿名さん22/01/21(金) 16:49:32

    カフェ「…え…?」
    カフェ「私は構わないんですけれど…お友達が何故か萎縮しています…怯えているような…?」

    本能というセンサー。目に見えない、存在を知覚できない存在にすら影響を及ぼす威圧感…。
    なのだろうか?…それを立証するには、些かデータ自体もこの紙にも余白が足りない。

    この目で…この目に焼き付けるんだ。
    現地でシャカールくんとも合流して観戦した
    が、末恐ろしい…としか言えない。
    本人が衰えを感じているように、以前見た映像のフォームと全く異なる走りをしていたことから本気を出しきれなかったことが窺える。会長もそうだが、彼女らはタイマンよりもバ群に飲まれている方が強い。
    普段通りの走りをした会長と、全ての作戦で応用が効くオーソドックスな走りをしたシンザン先輩、違いはそこにしかない。

    本場の先行策を取れば、文字通り向かう所敵なしか。
    私もどちらかと言えば先行気質なので、先行をベースに全脚質対応したあの無難なペース配分と走り方は特に参考になる気がする…。私はもう一線を退いているのに何を考えているのやら。

    裏を返せば、あのペース配分は全ての距離脚質と本人の判断力さえあればどこにでも走ることができる走り方と言える。つまりカフェが可能性の先に辿り着くための一つの解に近いものだと思う。

    「ロジカルさは些か足りねえ。」と真横で愚痴を溢されるまではそう思っていた。

  • 105二次元好きの匿名さん22/01/21(金) 23:33:20

    シャカール「確かにあの走り方は"教わる側"からしたら優秀な教材だろうし、あのフォームで走ることができりゃ最低限の速度は保てる。安定性はある━━が。」

    シャカール「「本当にその人物に合っているのかどうかは定かではない」」
    自分が口にしたことが二重に響く。同じことを呟いたヤツがいる。
    シャカール「…!」

    タキオン「ふゥん…君も似たような結論をあの走りに見出したねえ。あのフォームは安定性が凄まじく、前衛脚質の先輩がオーソドックスな走り方を後方脚質寄りにした走り方、つまりバ群に飲まれる本番でこそ本領を発揮する。裏を返せば個人にあった走り方かどうかでは定かではないし、なんなら前衛でその走り方をしようものなら今の先輩ですら潰れかねない代物。」
    シャカール「…あァ、そう思うぜ。自分のペース配分を把握した上で層走るならなんら問題はねぇしな。荒削りの木を支柱にするもんだと思うぞ。何の目印や支えもなく走るよりかはマシ、必要最低限のテンプレート見てぇな走り方だ。」

    カフェ「…待ってください!」
    カフェ「つまり先輩は…そんな走り方で全力の会長に…?」

    タキオン「まあ落ち着きたまえ、そう驚くことじゃない。レースの世界ではハナ差はいくらでもひっくり返る実力差というデータがある。会長の本来得意とする走り方は余裕を持って後半ギリギリまで力を貯めて
    、最終盤面で相手を抜きながら加速する手法だ。」
    シャガール「つまり常に背後でストーキングされて過剰なスタミナを奪われ、本来得意な走りは出来ずに抜かれた後は抜け出すことすらままならなかった。だがそれを気合と根性と一縷の可能性が重なり合うことで爆発的な力を生み出した。」

  • 106二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 07:33:20

    保守

  • 107二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 17:32:43

    保守

  • 108二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 18:32:23

    シャカール「確かにあの走り方は"教わる側"からしたら優秀な教材だろうし、あのフォームで走ることができりゃ最低限の速度は保てる。安定性はある━━が。」

    シャカール「「本当にその人物に合っているのかどうかは定かではない」」
    自分が口にしたことが二重に響く。同じことを呟いたヤツがいる。
    シャカール「…!」

    タキオン「ふゥん…君も似たような結論をあの走りに見出したねえ。あのフォームは安定性が凄まじく、前衛脚質の先輩がオーソドックスな走り方を後方脚質寄りにした走り方、つまりバ群に飲まれる本番でこそ本領を発揮する。裏を返せば個人にあった走り方かどうかでは定かではないし、なんなら前衛でその走り方をしようものなら今の先輩ですら潰れかねない代物。」
    シャカール「…あァ、そう思うぜ。自分のペース配分を把握した上で層走るならなんら問題はねぇしな。荒削りの木を支柱にするもんだと思うぞ。何の目印や支えもなく走るよりかはマシ、必要最低限のテンプレート見てぇな走り方だ。」

    カフェ「…待ってください!」
    カフェ「つまり先輩は…そんな走り方で全力の会長に…?」

    タキオン「まあ落ち着きたまえ、そう驚くことじゃない。レースの世界ではハナ差はいくらでもひっくり返る実力差というデータがある。会長の本来得意とする走り方は余裕を持って後半ギリギリまで力を貯めて
    、最終盤面で相手を抜きながら加速する手法だ。」
    シャカール「つまり常に背後でストーキングされて過剰なスタミナを奪われ、本来得意な走りは出来ずに抜かれた後は抜け出すことすらままならなかった。だがそれを気合と根性と一縷の可能性が重なり合うことで爆発的な力を生み出した。」
    カフェ「…確かに。お友達曰く、あの瞬間の会長は見えざる存在に背中を押されていたそうです。先述していた一縷の可能性…極限まで高めた集中力とそれらの要素が奇跡的に混ざり合うことで先輩を追い込んだ…。そう言いたいのですか?」
    発言する隙を見出せないまま立ち往生する人影が3人の背後に現れた。
    ファイン(…カフェさんとタキオンさんが合流してからシャカールも小難しい話しかしなくなっちゃったしついていけないよ〜…。)

  • 109二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 18:35:18

    タキオン「シャカールくんは荒削りの木と比喩えたけれど、私達ウマ娘にとってあれはいいサンプルデータだと思う。約一年の期間サブトレーナーをやる、と言うのもその走り方が適さないような娘に対してある程度専属的な指導をするつもりなのかもしれないからねぇ…。ん…?」
    カフェ「…。どうかしましたか?タキオンさん…」
    タキオン「これは失敬。皇女様が何か進言なされるようで。」
    シャカール「へ…?…あぁ、悪ィな…、話に夢中で気づかなかったぜ…どうした?ファイン。」
    ファイン「えっ…確かに3人が言うようなこともあの2人は考えていたと思うけど、最後の直線を走っている時の笑顔を見ると、純粋に走ることを楽しんでいたんじゃないかなぁって、それがそのまま走る力につながっていたような気がするんだけど…それだけなんだけどね?」
    その話を聞き、懐疑的、否定的、肯定的な意見を抱え3人の意見は分裂した。
    カフェ「…純粋にスタミナが切れ、走ることに集中する以上"楽しむ"、走ることを楽しいと感じられる余裕があの2人にあったのでしょうか…?」
    1人は感情にリソースを割く余裕があったのか?と言う純粋な疑問なようだ。
    シャカール「ロジカルじゃねぇ。走ることを楽しいと感じることと数値上の実力に直接的な影響はねぇはずだ。あれは走法の提示と実践以外に、先輩自身が自分と会長さんの実力差を確かめたかっただけじゃねえのか?」
    感情は実力に影響しない。ついでにこのレースの意味を見出そうと否定的な意見を投げる人物が1人。
    タキオン「確かに…あの2人は極限までレースに集中していた以上、感情に割くリソースはなかったはず。その上で笑顔が表面化したと言うことは、本能的に感情が昂った可能性が高い。笑顔は楽しみではなく感情が昂ることで発生する反応らしいからね…。」
    「ついでに言うのならば、その"走法の提示"、"後世との実力差の確認"、どちらも遂行しつつ感情へ割く余念がないとみる中で心の底から楽しいと感じたのなら、皇女様が御提示なされたように"楽しいと感じたことが純粋な活力に繋がった"と言えるのではないかね?」
    肯定的な意見を語りつつ2人の意見を吸収して発展させた。わかっているのかわからないが皇女様も頷いている。

  • 110二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 01:46:15

    保守

  • 111二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 03:36:10

    ファイン「ええと…3人とも意見が違うから何とも言えないんだけど、タキオンが言ったことがそのまま私の言いたいことかな。みんなの見本になりたいし、会長とも走りたい。そのレースのどこかで楽しいと感じたからスタミナが切れているのに走り続けられた…のかなぁって…」
    少し照れくさそうに頭をかく。
    概ね納得したようで、カフェとシャカールも頷く。
    シャカール「感情が与えるって言う些か納得できねえ点は残るが、本能的な身体の機能、昂りがエネルギーに置換されたと称するならまだ納得の余地はあるからな…。」
    話が大分逸れてきた。シャカールくんを呼びつけた理由を本人に話さねば。
    タキオン「ん、シャカールくん、この後時間はあるかい?呼び付けた件について何だがね…」
    この時の私の判断を今でも後悔している。全てが終わった今となっては後の祭りなんだが。
    まぁ、結果的には良かったのかもしれない。だいぶ回り道をすることにはなったけどね。
    ファイン「え?もしかしてこの後何かするの!?」
    しまった。皇女様の存在を忘れていた。
    ありえないくらい目がキラキラしている。
    時刻は15時前後だったかな…。
    カフェも巻き込んでシャカールくんも巻き込むつもりだったとはいえ、皇女様に汚点を勝手に知らしめて良いのだろうか…?
    タキオン「…ここじゃ何だし。何時もの理科準備室で。皇女様、菓子折りや出せるものは何もないですが大丈夫ですかね?」
    カフェ「…タキオンさん専用のカップラーメンならありましたね」
    ファイン「そんなもの貰っていいの!?」
    この日ばかりは流石に君を恨んだぞカフェ。

  • 112二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 04:47:04

    シャカール「で?俺を呼んだ理由は?」
    物静かな理科室。すぐに戻るつもりで暖房は回したまま、炬燵は流石に電源を落として出て行ったが。
    タキオン「…君のその刺々しいノートパソコンにデータを添付するよ。取り敢えず話はそれからだ…」
    シャカール「んだよ…口頭で済むならそれでいいじゃねえか…あ?」
    本文:[皇女様になるべく悟られるな。今から話すのはこの学園とURAの闇だ。]
    添付ファイル:[HE計画とMHE計画.txt]
    シャカール「…」

    ファイン「わ、わたしはどれを食べていいの!?」
    カフェ「足りなくなったら買い足しますので、お好きなものをどうぞ。カレー味は制服を汚さない様にお願いしますね…。」チラリ
    カフェ(部屋の外にいるであろうSPさん達の視線が痛いですね…。)

    SP「内部の様子は?」
    SP『こちら廊下内。生徒とトレーナーに扮して様子を伺っています、室内にいるのは皇女の他3名でカップラーメンの実食会?擬のお茶会をしている様子です…が。』
    SP(アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、エアシャカールか。御親友と見られる彼女とその友人たちなら特に問題もないだろう…。)

    タキオンは外から監視されていることも、盗聴されていることも重々承知の上でファインモーションを招き入れた。いずれ何処かでファインモーションが巻き込まれる可能性がある以上、アイルランドを巻き込まない為にも彼女経由で釘を刺したいと思ったからだ。

    タキオン「カフェ、シャカールくん、済まない。少し席を外すよ。御手洗いに行ってくる。」
    適当な方便で部屋から離れる。カフェのみがその時の違和感に気がつく。
    カフェ(…タキオンさん、眼鏡かけてましたっけ…?)

    SP「特に問題がなければ、こちらから行動を起こす理由はないな。内部班どうぞ?」
    SP『━━…━━……━』
    砂嵐のようなジャミングされた音しか拾えなくなる。どう言うことだ?
    一般に流通しているようなヤワな製品ではない。そう簡単に機能停止するようなものでも━━。
    『やあ。こちら内部のアグネスタキオンさ。』
    眼鏡のツルに手を当てながら彼女は喋る。

  • 113二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 04:54:48

    SP「…!?、なぜ君が…いや、何で我々の連絡を妨害する!?皇女様に危害が及ぶと判断した場合、君の安全も保証できなくなるぞ…」
    『突然ですまないね。だがこれだけは約束するよ。我々…まあ私とその友人はアイルランドとファイン殿下に手は出さない。事情が事情でこうせざるを得ないのさ。』
    SP「事情とは何だ!?交渉するなら条件を━━」
    『トレセン内部の外秘事項だ。もっと大きく言えばURA日本本部、最悪の場合URA国外傘下の各国トレセンが危害に晒される。』
    彼女が淡々と、聞き取れる限りのスピードで話したことで嘘を付いてはいないこと。“外秘”と言う言葉から察せてしまう程、その一言に込められた重さを、意図を汲んだSP達は身を引いた。
    SP「何時間で終わる。」
    タキオン『貴方達以外にも聞かれているリスクを考慮して長時間は取らない。聞かれても問題ない話に切り替わったら再びジャミングする。任務を妨害して申し訳なかったね。それじゃ。』
    彼女はドライに、何事もなかったかのように自らに課した任務を手短に終わらせた。だが緊張で震え、汗もかいていた。
    タキオン「…怖かった。皇女殿下を巻き込まないためとは言えサラサラごめんだよこんな事…!」

    再び席に着く。シャカールくんが目を通し終わったようで、返答も返ってきていた。
    皇女に悟られるな。の一言だけでことの大きさを察してくれたようだ。
    [大体分かったがこれを事実とは認めたくねえ。]
    ①薬毒耐性のあるウマ娘の基準で人間にドーピングしたこと。つまり最悪の場合致死量に相当する
    ②当時のシンザン先輩に人間が投薬ありきとは言え追随したこと。
    ③それと同様の計画が再び行われていること。その被験体がトレセンに編入すること。
    ④今回の被験体は出自不明かつ出走歴がイカれたウマ娘であること。
    飲み込みが早くて助かる。我々としてこの娘に出来ることはあるのか、先手を打って学園のために何が出来るのか。
    決して友人のためなどではない。この学園無くして私の目的である“可能性のその先”には確実に辿り着けないからだ。

  • 114二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 14:29:20

    カフェがカップ麺で皇女を釣ってくれたお陰で時間を稼げた。薬を盛らずして疲れた彼女が寝てくれたおかげで女帝様を呼び付けて寮に送り返せたからな…。
    トントン、と眼鏡のツルを叩く。
    窓の外の視界の端で監視していた人影が立ち去るのが見えた。
    タキオン「盗聴器の類は…ないな。一応防止策のプログラムは起動しておこう。」
    カフェ「いよいよ本題…ですか。」
    シャカール「ことが重い。お前は何で俺を呼び付けた?」

    タキオン「…君のロジカルな観点が欲しい。私は感情的になるから。」
    「もし人間がドーピングによって領域突入できたとしよう。それによってシンザン先輩同等の力を手に入れた。もしそれをウマ娘に適用したら…どうなる…?」

    シャカールとカフェが同時に気がつく。
    シャカール「最低限の投薬なら…。人間にとって致死量手前でもウマ娘にとって極小量の投薬なら。」
    カフェ「そのドーピングは検知されずに体内反応の一環で終わる。そう言いたいんですか…?」

    寮でファインを部屋に送り、ベッドに寝かせた後に違和感に気が付く。
    エアグルーヴ「…タキオンのヤツはいつ鍵を開けた?あの理科室のカギを借りに来るタイミングがなかったはずだが…!?」
    廊下を駆け抜ける。仮にも生徒会の役員が。

    シャカール「ロジカルもクソもねえ。納得できるわけねえだろ、勝たなきゃいけない状況を自分らが勝手に作り出した上で負けたら歴史から消えるとか言う退路の断ち方には。」
    カフェ「その目的がオグリ先輩の後釜。ハッキリ言うならお金の為でしかない…と言うのも。」
    レースが神聖なもので、それを汚そうとした。
    ウマ娘である彼女達にとってそれは何事にも変え難く、許せない出来事だった。

    会話に割り込むように扉が開く。
    エアグルーヴ「…ハァ…ハァ…タキオン…!貴様いつこの部屋の鍵を開けた!?…まさか集会の準備をしている間に既にいたとは言わせんぞ…!」
    女帝様の影にもう1人見える。
    ルドルフ「…エアグルーヴ。その可能性はかなり高いと見ていい。」
    会長の手には取り付けた発信機が握られていた。

  • 115二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 14:45:23

    タキオン「…げ。」
    タイミングが最悪だ。私たちがどこまで何を知っているのかを知りたいんだろう。
    その辺はざっくり済ませておきたかったがシンザン先輩もいる。終わったよコレ。

    シンザン「今更知ったことを忘れろとは言えないからな…。」
    ルドルフ「一連托生。ですね…。」
    シンザン(そういや…本部のやよいちゃんはどうなったんだろうか。あちらも気になるがたづなさんから連絡も返事もないしな…。)

    勝てない。
    勝てない。
    何度走っても彼女達の前に出ることができない。
    ウマレーターであの時送付されたシンザンさんとルドルフさんを再現してもらって走っている、けれど勝てるビジョンが見えない。
    連戦で疲弊した筈のルドルフさんと、恐らく全力を出しきれていないシンザンさんの走り方。それがわかっているのに、本調子でない2人に一切勝てない。

    理事長「慰労…!エレジー!落ち着け…!いかにウマ娘の身体といえどもう限界だろう!?」
    エレジー「…いえ…!まだまだ走れます…!走らせてください…!」
    理事長「…ッ!」
    無言でスタッフを呼びつける。スマホの画面を見せ、手短に伝える。
    [ウマレーターを強制停止しろ!エレジーが潰れてしまう!]
    即座に緊急性が伝わったようで、本部ウマレーターの稼働も停止した。
    あと1ヶ月。編入までの期限だ。
    それまでに実力をつけないと…!
    トレセンの強豪達にはまだまだ及ばない。
    エレジー「やってやる。まだまだ戦える…。」
    停止したことに気づかないまま、彼女は筐体に縋り付く。完全に疲れきったらしく、気を失うように倒れ込んだ。
    URA「彼女がここまで熱を入れたことはありませんでした…。過去の一度を除いて。」
    理事長「理解…。出自を調べ上げ、納得したよ。おそらくその以前というのは、アドマイヤベガの勝利したダービーとフクキタルの勝利した菊花賞のどちらかの映像を見た時ではないかね?」
    この数日でそこまで調べ上げられたことに困惑したのか、スタッフ側も驚きを隠せていない。
    URA「この短期間で…そこまで調べたのですか。」
    理事長「渇望。ウマ娘の本能とも言えるレースの勝利に対して貪欲なのはわかる。が、その先に何を見ているか、を考えた時、恐らく彼女は━━への執着。つまり“マチカネアルタイル”の正体は━━━。」

  • 116二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 23:03:43

    理事長はアルタイルの正体を、今回の計画の要になる少女の正体を看破していた。
    恐らくそれはシンザンも同様に。
    シンザンはまた別の方面から今回の事件性の大きさに触れていく。

    シンザン「…正直この1日だけで…、このデータが揃うとは思っていなかった。君とシャカールくんが出した計算式の通りだと思う。」
    ルドルフ「…ごく少量。なんならレース中に仕込めることも不可能ではない分量。これなら人為的な領域突入が行われても…素人目線では何もわからない。」
    カフェ「…私達に出来ることはないんですか?」

    言葉に詰まる。出来ることがあってもなくても巻き込む人間は最低限にしたかったから。
    どうしたものか…。

    其々の疑念を裏腹に抱え、無情にも時間は過ぎていく。
    気が付けば2月の明け。今月末には本人が編入してしまう。
    ━━━━━
    タキオン「こういうのはどうかな?」
    シンザン「…なんだ?聞くだけ聞くぞ。」
    タキオン「彼女は天皇賞春を走る予定だろう?登録自体はカフェが済ませている。カフェのデータは私が飽きるほど持っているからね。比較材料は揃っていると言える」
    成程。編入後の本人の動向を追うもいいが、いざ実践になってみなければ何もわからない。
    データの収集と走るという欲望を満たしつつも咎められないような回答を求めた結果といえる。
    シンザン「…まあいい。好きにしろ。お前が本当に必要最低限の人物しか巻き込まなかったのはそういうことだろう?」
    ━━━━━━━━
    それぞれの思いが交錯する中、我々が自分がやれることを最低限行える下準備を整える。本番はカフェの出走する天皇賞春。
    今月末には彼女が搬入してしまう。

  • 117二次元好きの匿名さん22/01/24(月) 07:36:28

    保守

  • 118二次元好きの匿名さん22/01/24(月) 12:51:15

    保守

  • 119二次元好きの匿名さん22/01/24(月) 19:25:33

    シンザン「ルドルフ、代理が送ってきた書類には目を通せたか?」
    年度末が近い。新年度に向けて着々と準備を進めている。
    心休まる暇など無かったがこの数日感は束の間の休息を与えられていた。
    ルドルフ「いえ。まだ見れていませんが概要は把握してます。」
    ルドルフの手には印刷された書類が握られていた。
    新入生の名簿と在校生の進級に伴う寮の部屋分けの変更である。
    エアグルーヴ「あぁ、それなら私とブライアンで確認済みです。」
    エアグルーヴが会話に割り込む。ある程度目を通せているのなら、と思い書類関係に彼女に任せる。
    ルドルフ「…済まない、多分だがここから急に忙しくなると思う。面倒事ではあるが、君にも動いてもらっていいかな?」
    生徒会室で寛いでいる彼女に目を向ける
    ブライアン「…承知した。シンザン先輩すら馬車ウマの如く動いているのに、私だけサボるわけにも行かないからな。」

    2月前半。旧正月である春節の行事がひと段落したことで新年度に向けた資料制作が始まる。

    編入生という特記事項のため、アルタイルを迎える準備や彼女のための資料(手引きや部屋割り図)の制作も難航していた。

    シンザン「済まない、一度席を外す。マルゼンとシービーにサブトレの仕事は任せてあるから君達はこのままデスクワークを続けて欲しい。連絡は取れるようにしておく。」
    返答している余裕はないが、全員耳をこちらに傾けていた。それを確認した後にジェスチャーをして生徒会室を後にする。

  • 120二次元好きの匿名さん22/01/24(月) 19:50:19

    シンザン「…さて、単独行動してたアイツはどうなったかな。」
    扉を開けてウマホで登録していた連絡先に手際よく電話を繋ぐ。自分と兼業でアルタイルのトレーナー候補に抜擢された彼は直ぐに電話を取ってくれた。
    トレ『…もしもし?珍しいな。お前から連絡を寄越すなんて。どうした?』
    シンザン「今トレーナー室にいるか?生徒会側での編入手続きが済みそうなんで推定編入生のトレーナー様に連絡を取り付けたくてな。」
    作り終わった資料を抱えて小走りでトレーナー寮へ向かう。もし“いない”と言われた時のことを考えてトレーナーの家に向かう腹積りでもあるが。
    トレ『今丁度外出中だ。鍵はあるだろ?散らかってるが中にいてくれ。』
    シンザン「…わかった。一応鍵はあるがそちらに合流しよう。部屋に荷物を置いたらそちらに向かう。どうせいつもの店だろう?」
    自分のトレーナーの行動は学生時代に把握済みだ。
    食材が足りなくれば最寄りの大型店で買える物は箱買いする。なければウマゾンで取り寄せる。
    トレ『よくわかったな。一応店を出たら連絡するが、俺も今さっき車で到着したばかりだ。一応店出たら連絡はいれるぞ?』
    シンザン「わかった、それでいい。落ち合うのを楽しみにしておくぞ。それじゃあな。」

    抱えていた資料を机に置いて気が付く。
    走れば勝つと言われた私を担当した故の彼なりの悩みだったんだろう。
    私がフリーで動けていたことでそれに専念出来たのもあるだろうが、大方作ってきた資料と瓜二つの物。なんなら自分が出来ることを付箋でメモした上で発展させた資料がズラリと散乱していた。
    シンザン「…ハッ…あいつらしいねえ。“1人の少女に背負わせていい責任じゃない”ねえ。」
    確かにそうだな。背負えるならこれは大人が背負うべき物だ。
    責任逃れした上で楽に金稼ぎをしたいという魂胆が見え見え、だからこそ許せない。

    トレーナー室に施錠したのを確認し、後にする。
    合流しようと足早にトレセンを去ろうとした時、着信がかかる。
    シンザン「…トレーナーか?やけに早く買い出しが終わ…」
    [アグネスタキオン]
    色々あって泳がせていたヤツから連絡がかかる。
    トレーナーに用事ができた旨を伝えて着信を手に取る。
    シンザン「もしもし?一体どうした…え?」
    廊下は走れないがそれなりのスピードをだして理科室へと駆け出した。

  • 121二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 00:18:18

    保守

  • 122二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 05:56:25

    ガラガラと音を立てて扉が開く。エアシャカール、タキオン、カフェの3人がこちらを振り返る。
    シンザン「…どういう了見だ?…冗談だったら承知しないぞ。本当なのか?、ドーピングを事前に阻止できるかもしれない、という話は。」
    タキオンが呼び付けた理由はそれだった。もしかしたら、未然に投薬を防げる可能性があるかもしれない。
    ━━━━━━━
    一月某所
    タキオン「…でだ。物理的な観点なら君の方が専門的だと思ってね。」
    エンドルフィン(モルヒネ)の構成式が書かれた紙がシャカールに手渡される。
    シャカール「…エンドルフィン?確か生理学で触れたな。人間とウマ娘、哺乳類の脳内で分泌される脳内麻薬。分泌量によっちゃ領域突入に必要とされる物質…だったか?」
    刺々しいノートパソコンで何かを調べている。続けてカフェが会話を紡ぐ。
    カフェ「…私が提示した案にタキオンさんが乗ったんです…。ごく少量のドーピングでシンザンさんを超えられる可能性があるとすれば、人為的な領域突入…。逆に言えば過剰な摂取ではない以上、分解できる可能性があるのではないか…と。」
    ピクリとシャカールの耳が揺れる。目線は左上を見ている。人間やウマ娘が無意識に視線を左上に向けるときは何かを思い出している時らしい。
    シャカール「…なるほど。ありえねぇ話じゃねえ…!その案、俺も乗らせてもらうぜ。仮の話だがどれだけの量が投薬されるのかわからねぇ以上、天皇賞春での投薬は見過ごすしかねえ。不自然なタイミングで彼女自身の測定値が大きくブレたり領域突入のタイミングで投薬量は凡そ推測出来る…はず…!」
    あとは理論が確立した段階で、何処かでシンザン先輩に経過報告をする他ない。3人の意見は固まった。
    ━━━━━━━━
    タキオン「可能性の話ですよ。けれど、天皇賞春の投薬はどうやっても防げそうにないと思います。そもそも注射型なのか、吸入型なのか、錠剤型なのか。投薬される手段によってはそもそもこの方法は破綻する理論でしかない。」
    可能性のある少女の未来を救えるかもしれない。
    その希望が少しでもあるなら賭けてみるのもアリなのか?
    シンザンに疑念がよぎる。
    タキオン「手段として考案したのはカフェで実際に計算したのはシャカールくんです。まず領域突入を人工的に行うとしても、脳内麻薬“エンドルフィン”が分泌されていないと恐らくどうやっても領域には入れない。」

  • 123二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 05:57:39

    このガキ。この年齢である程度領域突入の条件を割ったのか?と恐怖を覚える。
    シャカール「んで…仮に投薬にせよ何にせよエンドルフィンを分泌するなら分解しちまえばいいと思う。他のドーピングで与えられる効果ばかりはどうしようもねーが、エンドルフィンやその元であるモルヒネは構成式が割れてる。どうにかして分解薬を彼女に譲渡出来れば試合中の投薬効果は防げるかもしれねぇ。だが…」
    カフェ「…これには重大な欠点があります。もし、彼女自身が投薬無しで自力で領域に突入出来る素質がある場合、それすら防いでしまいます…。」
    半月程泳がしたのは正解だったかもしれない。
    彼女達の行動を制限せず、色々やらせてみた結果思わぬところから解決の糸口が見えてきたかも…と思ったが。
    シンザン「くそ…ルドルフが聞いてたら“一長一短”とぼやいてそうだな…。」
    「済まない。私の中で結論が出るまで待ってもらってもいいか?君らに丸投げしてしまって申し訳ないが彼女の身体面における作用や薬毒については知識が乏し過ぎてなんの援助も出来ん…。」
    反撃と解決の糸口。決して無駄にするわけにはいかない。感情論を抜き差しして倫理的な、物理的な数字や概念で彼女達が答えを出してくれた以上、私自身がそれに見合った動きをしなければ…。
    タキオン「抱えること自体は構わないですよ、ですがもう一つ問題があります。それはドーピングが領域突入のみでなく筋肉や身体能力に直接作用してしまう場合、それらを分解できる薬剤を我々が作る手段を持っていないことです。」
    無言で唸る。完全に失念していた。
    シンザン「ーッ…くそッ…そちらの可能性を見落としていた…!」
    二重に保険をかけて念には念を入れている可能性は高い。あちら側はもう失敗できない以上、領域突入が出来なかった可能性、出来たとしてもそれは得なので身体的作用の大きい物質を投薬してくる可能性は大いにある。
    タキオン「…先輩に対して失礼な提案ですが、試薬品です。自分の意思で領域突入が出来るかどうか…それが可能な先輩に少し試していただきたい。領域突入を阻害して選手生命を断つリスクを考えて、使用を拒否するならそれを破棄してください。」
    錠剤型のカプセルが一つ手渡される。エンドルフィン分解薬の試作品のようだ。

  • 124二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 06:29:25

    タキオン「1805年にドイツの薬剤師が初めて理論を確立したモルヒネの構成式から作った分解薬です。理論上はそれでエンドルフィンを分泌出来なくなる筈なので、レース中の領域突入が不可能になるはずです。」
    受け取ったはいいが扱いに困る。
    シンザン「…私に何を望む?」
    タキオン「…本人の意思で領域突入が不可能になるのかどうかの可能性の有無が知りたい…。けれど、先輩の選手生命というかけがえの無い、価値のある物を奪いたくはない。」
    責任逃れしようだとかそういった雑念のない純粋な興味と知的好奇心。それと編入生への良心から作り出された一粒一錠の試験薬。
    シンザン「…お前ら面白いヤツだよ。お前らが見ようとしてる“可能性の先”ってヤツ、私も見てみたくなった。」
    学や知識が乏しくても頭の回転は早い方だと自負している。その私自身が可能性を見出したんだ。
    コイツらなら。もっと早くコイツらが生まれていて出会うことができたのなら━━━。
    シンザン「…いや。それは野暮ってものか。」
    タキオン「…?いえ、先輩のご協力があれば百人馬力…万人馬力すら目じゃないですよ。」
    クスリと笑顔を彼女達に向ける。長話をしてしまったようでトレーナーが寮に戻った旨の連絡を入れていた。
    今度は音を立てずに理科室を後にした。
    丁寧にノックをするつもりは今更ない。鍵をねじ込んで施錠されていないのを確認した上でわざとらしくノブを回して入る
    シンザン「…おかえり、いやこの場合は私がただいまと言うべきか?」
    トレ「嘘だろお前。その豪快な入り方で挨拶する必要あんのか?」
    雑な挨拶と雑な掛け合い。雑な会話で経過報告を始める。
    シンザンが置いて行った資料には目を通してくれていたらしい。
    トレ「…まあお前と考えてることは大体同じだ。素性や身分は調べられる範囲で調べたし、こちらから取れる行動は大体計画立案済み。」
    淡々と会話を進めていく。可能性とは言え、重要度から割り込んで話題のタネを投げる。
    シンザン「…こっちはごく少数の生徒と動いていたわけなんだが。生理学や化学を専攻してる奴らからドーピングを未然に防げる可能性が提示された。」
    トレ「…今なんて言った?」
    思わず聞き返す。上層部が直接動いている以上、トレーナーの我々が出来ることは少ない。

  • 125二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 06:29:52

    シンザンと自分は数少ないハリボテエレジーの生き証人な訳だが、失敗=歴史から存在を消されることを知っている以上下手な行動には出れない。そう割り切っていたのだが…
    シンザン「何もかも言ったそのままだ。投薬することが先代ハリボテエレジーの件からわかっているなら、ドーピングで投薬される物質をそのまま分解しちまえばいい。人間に投薬して私に追随出来たのなら、ウマ娘の身体では検知できない少量の薬物量で済ませりゃいい。」
    トレ「いや…バカか?検知できない少量の物質なら薬毒耐性のあるウマ娘のレース中に効果がある程の即効性は望めな…」
    待てよ?少量の薬物で…ウマ娘の身体?
    トレ「…まさか?」
    シンザン「そのまさかだ。人工的に領域突入させるつもりだろう。あいつらは。構成式やらなんやらは私は聞き齧った程度の教養しかないからな。」
    新しい資料と実物を手渡す。
    トレ「…面白いこと考えてんじゃねえか…!確かに領域突入の一つの条件は過剰集中における脳内麻薬“エンドルフィン”の分泌がその作用を促している可能性はかなり高いとみていい。つまりこれなら━━。」
    そこまで言って初めて懸念点の欄に目が行く。
    トレ「…そうか。これだと…。」
    シンザン「本人の実力か…そうでないのか。どちらの可能性も潰れる。本人の努力すら踏み躙りかねないような作戦だ。」
    「そもそもタキオンから手渡されたこの試薬品で分泌を抑えられたとしよう。それを各レース毎にどうにかして貴様がアルタイル本人に服薬させられるのか?」
    トレ「…くそ。考える時間をくれ。結論を急げない…。」
    シンザン「…私もそう言って彼女らの元を離れてきた。最終的には春天でデータを取り終えるつもりらしい。そこが…そこを最終議決の期日としよう。」
    後世に遺せる物を遺すため。
    担当の未来を守るため。
    千日手になりかける前に経過報告会は一時解散となった。

  • 126二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 06:47:09

    本人の体重や健康状態から分量を定めて完成品が出来れば…希望はあるのかもしれない。
    また数日が経過していた。サブトレーナーの担当がない日にあの薬を服薬することを決めた。最悪の場合はあの三馬鹿か生徒会に丸投げするつもりで。

    シンザン『…天皇賞春はコースが長いから薬の効果が出るかどうかも大きな賭けになると思う。効果自体は的面で私の任意で領域には踏み入れなかった。副作用として注意力散漫になる。報告は以上だ。…補足するなら他は市販の鎮痛剤とかとなんら変わりはない。人によっては眠気や嘔吐、倦怠感もあるかもしれん。』
    生理学や薬学については知識が乏しいという割には期待値以上の報告をあの一錠で寄越してくれたな。と言わざるを得ない。
    タキオン「…ありがとうございます。概況は把握しました。理論立てして目処を立てて作った試薬品にしてはいいデータが取れたと思います。」
    失礼します。そう言い残して連絡を切った。
    対象を定めていない、理論上は領域突入が出来なくなる薬品。理論は実証されたようでシンザンが身をもって提示した。
    シャカール「…マジで上手く行ったのか?先輩程の熟練…仮に全盛期だったらまた違うのかもしれねぇが、彼女が注意力散漫になると言い切って自発的な領域を開けなくなる。そのレベルの薬剤だぜ…?」
    あとはカフェのデータと天皇賞春当日取れるデータを待つだけ。
    カフェ「…希望の光は見えてきたかもしれませんね…。」

    この時はまだ、そう思っていた。

  • 127二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 12:51:06

    保守

  • 128二次元好きの匿名さん22/01/25(火) 15:11:25

    理事長「畏怖…。直接指導していて見えてきたこと、分かったことがある。」
    ウマレーターでは本人の意欲を割かないようにスムーズに走る映像が出力されていた。
    コーナーの曲がり方に難がある。直線での伸びを消すレベルで大外回り。
    代わりに直線での伸びと加速力、爆発力がおかしい。
    直線で全身の力をフル動員している、恐らく無意識に領域に踏み込めている段階だろう。
    ついでにこの勝負服の意図もわかった。
    勝負服内部に気化した薬剤が充満してして呼吸と皮膚呼吸で最小限の摂取を行っているらしい。
    スタート時点で徐々に浸透した薬剤がスパートのタイミングで機能し始める。本人の意思でのスパートとは別に2度目の強制的なスパート、恐らくオグリを無理矢理に再現した…
    悪魔的な勝負服と言わざるを得ない。
    理事長「…彼女はこれに納得しているのだろうか。私の見立てが正しければ、彼女の潜在能力なら恐らくこの勝負服はトレーニング次第で必要なくなる…。」
    そんなことをボヤいていると筐体から彼女が出て来ていた。
    エレジー「…フー…どうでした?今回の走り。」
    改善点を指摘すべきか否か。今回は状況が特殊だ、彼女との会話はほぼ録音されているとみて発言すべきだろう。そして何よりあの欠点はこの一年で自分から気がつくはず。
    理事長「良好。だな!強いて言うのなら直線での爆発力はやはり目を見張る物を感じる、長い直線のコースなら君に敵はいないだろう!」
    エレジーは一瞬違和感を抱く。
    自分の映像目線では常に一定の加速度を保持していて景観が大きく変わるほどのスピードは出ていなかった…
    エレジー「…いや、本人と観客席が必ずしも同じ目線なわけないか。」
    車に乗ってる時と外から見た時の速度の感じ方のようなものか。そう思うことで納得した。

  • 129二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 00:22:04

    保守

  • 130二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 04:05:18

    たづな「樫本代理、そちらの資料は大丈夫ですか?」
    来年度へ向けての準備を理事長室で行う。名簿と成績表を照らし合わせて新入生と在校生の寮の配置替えを着々と進めていく。
    樫本「此方に問題はないです。が…秋川理事長にも意見を仰ぐべきですかね?」
    今年度から同学年寮のみでなく飛級生徒のことを考慮して中高複合で部屋分けを考えている。
    たづな「…恐らく大丈夫かと。彼女は今編入予定のアルタイルさんにつきっきりなので、下手にリソースを割かせない方がいいかもしれません。
    むしろ、色々並行する中でファーストや全校生徒のことを任せられた貴女の体への不安が募ります。」
    流石理事長秘書。自分も疲れているだろうに此方を労ってくれている。
    樫本「…ファーストの件もこの学園の一件も問題ありません。彼女が帰ってくる期日まで名誉と安全を任せられたんですから。やりきりますよ。」

    かつて、担当に寄り添い隣を歩む指導法でかつての担当は成長した。アオハル杯の消失と共に彼女の選手生命も消えてしまった。
    今度の私は徹底的に全てを管理することで担当生徒を守っていた、がやがてトレーニングが辛く感じた子は私から離れ、淘汰された面子が今のファーストだった。
    私のやり方を彼女達が否定しなかったのは純粋にこちらを慕ってくれていたからで、私の計算外のトレーニングすらするようになった。それでも彼女達は私の意見を否定せず、対等な立場で会話できるようになった。
    ━━━━━━━
    理事長「…これは君がやり直すための物語でもあったんだ。アオハル杯をやり直すと言う意味でも、ファーストの担当トレーナーとして、いちからやり直す意味でも。」
    樫本「…私が、ですか?」

  • 131二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 12:55:16

    保守

  • 132二次元好きの匿名さん22/01/26(水) 18:07:47

    理事長「…過去の誤りやあの娘のこと。上層部の対応はどうしようもなかった。過ぎたこととして割り切るのも一つの手段だったかもしれない。」
    自分が心の中で抱えていたことを見抜かれる。
    樫本「でも…私は納得できませんでした。公私混同も甚だしいですが、アオハル杯も彼女のことは諦めたくなかった。だから…。」
    理事長「…やりきったじゃないか。君が復活させたアオハル杯だ、彼女と連絡が取れるのなら取りなさい。喜んでくれるはずだ。」
    ━━━━━━━
    正直、本当に全てを諦めていた。
    もうトレーナーとしての職務をする気すら無くしていた。だけどそれでも彼女のお陰で私は立ち直れた、今の私やあの娘、ファーストとの繋がり。その恩義もある。
    だけど何より、今回の一件。
    1人のウマ娘の夢と希望、それもまた諦めたくない。
    上層部にとって金の成る木かもしれないが、彼女の未来やレースへの熱意は利用させない。今度も守り切る。
    樫本「…頑張りましょうね、たづなさん。」
    瞳の奥に同じ炎が宿っている。
    彼女もまた、志は同じ仲間か。
    たづな「…ええ。樫本さん。全校生徒とアルタイルさんの笑顔も…私達大人が頑張れることはやり切りましょう…!」

  • 133二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 00:34:58

    保守

  • 134二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 07:38:27

    保守

  • 135二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 09:41:26

    一気読みしてしまったわ。素晴らしいね!
    名前からしても素直にフクとアヤベさんを想定させるネーム、
    その二人の共通点・・・考えさせられる。
    マチカネアルタイルが星をその手に掴める日が来る事を今はただ願おう・・・

  • 136二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 12:52:10

    このレスは削除されています

  • 137二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 15:41:17

    シンザン「…これで最後か?」
    ルドルフ「人気順に列挙した春天の出走リストです。この中にアルタイルことハリボテエレジーを加えたもので恐らく完成かと」
    サクッと目を通す。タキオンから話を聞いていたのでマンハッタンカフェの参戦は知っていた。
    他の有力候補は前年度に熾烈を極めたメジロマックイーンとライスシャワーの2名か。
    シンザン「ライスシャワーと激戦を繰り広げたミホノブルボンは出バしないのか?」
    エアグルーヴ「どうやら今は調整期間の様です。本人と担当トレーナーに意図を聞いてみたところ、元々スプリンター気質なところがあるようで…。」
    ブライアン「その性質を崩さず、スプリンター適性を高めたままにステイヤー並のスタミナを得たいらしい。逃げ策での前例はいないんじゃないか?」
    成程。あのカブラヤオーですらどんなに長くてもダービーの2400が限界だったし妥当な判断だ。
    彼女の人気なら今年度の有馬はほぼ秒読みで出バ出来るはず、それまでに“狂気の逃げ”を100m上回る走りを、自分の癖を潰さぬまま出来ればそれでいいのだ。

    ブルボン「…それが今回の私とマスターの作戦です。なので、貴女との再戦は見送ることになりました、申し訳ありません。ライス。」
    身長差や体格に差が伺えるはずのこの2人、正反対の癖と脚質を持つ。
    大柄で筋肉質、無愛想で機械的な喋り方をする彼女はスプリンター(短距離)気質なのにも関わらず長距離を専門としている。
    小柄で無駄を極限まで削いだ、一見儚げな少女は逆境に強い。究極のステイヤーとまで言われたマックイーンを凌駕したにも関わらず意外にも短距離・マイルでの勝ち鞍がある。
    ライス「…大丈夫だよ!また何処かで、一緒に走る時があれば…その時はよろしくね。今回は妥当マックイーンさん!で走るから応援してね…!」
    お互いのトレーナーが背後で見守る中、微笑ましい会話を繰り広げる。
    ブルボン「了解しました。天皇賞春での目的を[ライスシャワーの応援]に定めました。目的の遂行のため、直ちに予行練習に取り掛かります。フレー…フレー…ラ!イ!ス!」

  • 138二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 16:07:56

    「むむっ!学級委員長である私の耳に生徒を応援する声が!これは私も応援しなくてはー!!バックシーン!!!」
    後者から勢いよく桜色の瞳をしたウマ娘が駆け出してくる。
    その名が示す通りの“驀進王”彼女は短距離界において最強の名を揺るがせない存在の1人。
    バクシンオー「ライスさん!今年も天皇賞春を走られるようですね!?学級委員長である私の参戦は叶いませんでしたが我らがR.R.Iの代表としてお願いしますよお〜!!!バクシン!バクシン!ラ!イ!ス!!」
    自分を応援しているのかライスを応援しているのかよくわからないがライスが喜んでいるので取り敢えずブルボンは納得した。

    「同じチーム“スピカ”と言えど、レース場では好敵手。と言うわけですわね。ライスさん…!」
    「おっ気合い入ってんね〜マックちゃんもお茶漬けも。まーマックちゃんからしたら雪辱を晴らせるリベンジのチャンスだもんな。」
    R.R.Iを横目で眺めながら練習に勤しむ。
    専ら片方は1人将棋崩しをしているらしい。何の練習なのだろうか。
    ゴルシ「なートレーナー、今回接敵する相手はどんな感じだ?ウチらスピカの2人はまあいいとしてモリナガは走んねーんだろ?」
    沖野T「…今回有力なウマの候補はリギルから出て来てないんだ。そもそもリギル側のメンツは生徒会と寮長の2人だし、恐らく繁忙期なのと情報錯綜を避けてハナさんから聞き出せてない。彼女側からの手札はわからないと見てくれ。」
    ゴルシ「…お?つまりリギルからの情報はねーのか…テイオーが会長から何か聞き出せてるかとかは考えたけどそれも望み薄になっちまったな〜…。」
    ルドルフが幾らテイオーに甘いからと言って、恐らくハナさんから釘を刺されていたら情報は流さないはず。
    残るは黒沼トレーナー率いるチーム〈ガンマ〉とフリーの選手くらいか。
    沖野T「どこからか漏れた情報だとマンハッタンカフェは出走予定だ。うちの2人は前方気質、最後方から仕掛ける彼女への対応は厳しいかもしれん。ある程度脚質が似てるお前が並走相手になってやれないか?」
    ゴルシとカフェは所謂追込脚質。広義的に見れば細かい癖や走り方は違うが、狭義的な意味では大体同じ。
    後方からのプレッシャーを体験させるとならば彼女が適役なのだが。

  • 139二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 16:21:27

    ※チーム〈ガンマ〉
    スピカ→乙女座の一等星
    リギル→リギル・ケンタウルス
    ガンマ(γ)→Y→サジテリアス・ワイ
    シリウス→おおいぬ座+カノープス
    ウマ娘のチーム名はウマor娘に関連のある星から取られているそうなので

    ゴルシ「んぇ〜〜〜?…ゴルシちゃん折角宝塚連覇に向けて調整してるのに天春に調整した2人と走ったらペース狂っちゃうぜ〜…、急すぎて脚もキューカンバーの塩漬けになっちまうってもんよ。」
    そう。今回ゴルシを天春に出さなかったのは宝塚への調整を始めていたから。
    支障が出ない範囲で。そう彼女に土下座して頼み込む。
    ゴルシ「そっちが土下座するならこっちは土下寝でブラジルまで直下しちまうぜ。決意の直下滑!…まーまーゴルシちゃん天才だからそう簡単に走るペース狂わないってもんよ。毎日ゴルゴル星に迷わず帰れてるかんな!」
    ジェスチャーでマックとライスをこちらに呼ぶ。なんか引っ張られてバクシンオーとブルボンまで来たがまあいいだろう。
    沖野T「…ありがとうゴルシ。それでなんだが、マックとライスの2人にはゴルシと並走してもらいたい。練習の意図としては君達2人が対応しにくい後方からの攻めへの予行。できるか?」
    2人に聞いているのに2人以外の奴が答える
    ゴルシ「マックちゃんなら余裕余裕!まーゴルシちゃんが相手じゃなきゃだけどな!」
    マック「ゴールドシップさん!?何を言いなさりますの!私、例え苦手な脚質相手といえど負けませんわよ!?」
    ブルボン「…分析。ゴールドシップさんは強敵と見受けられます。ライスシャワーとの並走。ライスが勝ちます、問題ありません」
    バクシンオー「何を!問題ありませんとも!ライスさんのバクシン力ならゴールドシップさんの圧力なんて関係ありませんからね!前を走って逃げ切りますとも!」
    ライス「うぇえ!?ふ、2人とも急にどうしたの!?…ゴールドシップさんは確かに強いから不安だけど…あ、ありがとう…。」
    各バスタート位置に着く。計測用に待機していると近くに誰かが来る。
    …!?
    沖野T「…何故貴女方が…?遠目で見ても素晴らしいトモをしているのですぐ分かりましたが…。」
    シンザン「君ねえ…それトレーナーの資格なかったら犯罪者予備軍の発言だよ?」

  • 140二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 16:42:13

    シンザン「ルドルフら生徒会の面々を行かせるつもりだったんだけどね。ルドルフはテイオーに捕まるし他の2人は現在多忙、なんならリギルのメンツをスピカのトレーナーの目の前に提供するわけには行かないからね。」
    スタート合図を送る。目を合わせないままの会話。
    お互いに状況を把握しているから許される無礼。
    沖野T「成程…我々の威力偵察ですか?其方側(リギル)は今回誰も出ていないと聞いたので、次回以降に備えて情報を取りに来たのかと見受けられますが」
    シンザン「…半分正解ってところかな。私自身が色んな選手のデータが欲しくてね、集めたデータを公開するつもりはないけど生徒会の仕事のためによっては流す。交換としてるだせる情報が乏しくて悪いが、今年度ルドルフはG1に出る予定がないと言っておくよ。」
    驚いた。皇帝様はG1に出ない…つまりシンザン同様、EXレースに余念を注ぐと見ていいのか。
    シンザン「あとは今年私が掲げたサブトレーナーとしての業務のためさ。生徒全員の長短を見極めて、担当トレーナーが本人が望めば指摘する。並走や細かい指示も担当するつもりだからね、見ての通り私は次のドリームトロフィーまで手が空いてるから手持ち無沙汰を補えてるってわけで。」
    「一個いいかい?なんでスピカのメンツじゃないミホノブルボンが走ってるんだい?」
    沖野T「…本人の意向です。」
    ━━━━━━
    ブルボン「マスター。私も走っていいですか?」
    黒沼T「…どうした?今は調整期間であまり他の選手のペースに飲まれない方がいいと思うが…。」
    ブルボン「ライスは私が超えるべき目標。つまりいざという時、彼女と肩を並べて走った際に普段通りに走れる可能性は格段に低くなります。今予行練習をして頭にデータを入れておくことと、彼女達の予定が長距離であることから自分自身のペースを掴むのに最適な機会と判断しました。」
    恐らくライスと走りたいと言う感情を正当化しているだけなのでは?黒沼トレーナーは心の中にその考えをしまい込む。
    黒沼T「まあいいだろう。但し切り札は隠しておけ。普段通りの走りまでは大丈夫だ、あくまでこれはペースを掴むための練習。本線まで出来る限り見せたくないからな。」
    ブルボン「了解。プランAを封印しての通常走行。目的を自身の現状把握に定めます。」
    ━━━━━━━━

  • 141二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 17:00:23

    ミホノブルボンが走ってくれるのは正直都合が良かった。
    ウチらのスピカのメンツで逃げ策が取れるのは現状スズカのみ。だがスズカは長距離適性がない、つまり他のステイヤーのメンツとは並走練習が出来ないからだ。
    逃げウマ・追込ウマの予行が同時にできる。特に負けず嫌いのマックイーンは逃げに対しての対抗意識を燃やすだろうし、ライスはプライベートでも割と仲のいいブルボン相手となれば“漆黒の追跡者”としての本領を発揮できるだろう。
    シンザン「今回の問題はむしろ、スピカのメンツがペースを崩されているところだろうな。」
    沖野T「…そうですね。ブルボンが前で全員のペースを見事に乱しています。ブルボンが来てくれたのは正直救いかもしれません、これが天春本戦で起きていたら恐らく前の2人は潰れかねない。」
    2人の改善点はバカみたいなスタミナに胡座をかいていること。
    究極のステイヤーマックイーンと追跡者ライス。彼女達の尋常じゃないスタミナが可能とする走りをブルボンが少しずつ乱している。
    マックイーンは前に張り付かれるのに慣れないのかペースアップが激しく、マックに連動するようにライスも追い上げる。
    この中で唯一自分のペースなのがゴルシだろう。
    マイペースかつスロースターター。
    前後の板挟みと慣れない走りで徐々にスタミナが削れている。
    黒沼T「…ブルボンは結構直情的だ。恐らく今は楽しいと言う気持ちで自分を押し出せているが、本戦の圧迫感でこれが崩れる可能性が高い。対抗チームといえどお前のスピカの3人とは普通に仲が良いからな。」
    沖野T「黒沼…そりゃどーも。梨崩し的ではあったが今回の並走はやるだけ正解だったかもな。結果的にお互いにメリットしかなかった。」
    抱えたバインダーにメモを取り終わる。シンザンが口を開いた。

  • 142二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 17:14:18

    シンザン「…嫌味ではないんだが、君らの担当の特記事項を記したメモ、欲しいか?あくまで私から見たあの4人の総評だからアテにする必要はないんだが。」
    願ってもない。生きるレジェンドから見た担当はそのお目鏡にどう映ったのだろうか?
    沖野T「…マックは…ほん。これは天春までに直せる。
    ライスのこれは…本人の性格的に厳しいかもしれん。今からスタイルを変えると厳しさがあるな。むしろ本人が自力で辿り着く可能性に賭けるしかない。
    ゴルシは…ん!?…確かに。無理に改善させるよりかはこっちの方が…。」
    こんな事細かく選手を見てくれるのか。サブトレーナーというかアドバイザーとしてとても光るものがある。
    恐らく自分が走りたい時に走るスタイル故なのだろう、癖と傾向と全体的な把握能力が光る
    黒沼T「…面白えな。逃げの策でこれが出来るほど世界は甘くねぇ、が。仮にブルボンの切り札とこの走法が噛み合えば距離が伸びれば伸びるほどアイツは強くなる。」

    成長の機会と現時点の有力者の情報を手にしたことで彼女は次の目的地へと向かった。理科室だ。
    タキオン「やあ。先輩、どうしたんだい?」
    シンザン「手短に行くぞ。カフェは調整中か?」
    タキオン「そうだね…モルモット、いや。トレーナーくんが彼女の調整をしたいと言ってたから入れ違いになったんじゃないかな。」
    …ならそれはそれで都合がいい。
    シンザン「君ら2人の配属チームが決まったことは知ってるか?」
    タキオン「…いや、初耳だね。モルモットくんから移籍するのかい?私達は。」
    シンザン「いや。君らの担当トレーナーがチームガンマのサブトレーナーに任命された。現時点での有力者…つまりチームリーダーはミホノブルボンだ。君とカフェも長距離気質のステイヤーに近い、練習相手としては不足ないだろう?」

  • 143二次元好きの匿名さん22/01/27(木) 17:22:53

    ほほう?これは面白いね。カフェはともかく療養中の私まで移籍か。理事長代理も乙なことをしてくれるじゃないか…!俄然データが取りやすくなる。プランB遂行の確率が高くなる上にこれならCも視野に…!
    シンザン「さっきとって来た出来立てのブルボンのデータだ。どうせ君ならその療養中の足を無理に動かして取りに行くだろう。脚を壊されても困る、本気のデータではないらしいがないよりマシだろ?」
    ふむ。天春に出ないのは惜しい。が、カフェの練習相手としては過不足ない。手負いの私より断然いい状態に磨き上げられるだろうね。
    タキオン「…まだ2月の半ばだって言うのに。すでに例年より熱も圧も感じるよ…!この感情の昂りを何かに活かせないものか…!!」
    シンザン「…忘れてないだろうな。そろそろ本人の編入日だぞ?」

    生徒会は年度末の調整や来年度のファン感謝祭イベントの準備に追われている。
    今年は何やら動きが違う。ちょっと大掛かりな計画を立てているようだ。
    ルドルフ「搬入終わりました。倉庫に全部しまえましたね…」
    シンザン「…あぁ。パルクール(障害物)走の資材は全部ここにあるな、ファン感謝祭でお披露目出来るのが楽しみだ。周知と下地はここでいる程度作れるだろうし。」
    ブライアン「…直線的な動きに加えて立体的な動きや必要な筋力と体力が大幅に変わる。これまでの常識は恐らく通じない…。滾るな…これは…!」
    その日に備えてファン感謝祭の日は校庭を前日夜から封鎖している。盛り上がりが期待できるはずだ。

    例年度より早く取り掛かったことで本来この時期に始める進級などの移行手続きは既に終わっている。
    学生の本分とも言える定期テストも無事終わり、3月に返却される。
    つまり、翌日に控えた編入生を待つだけとなる。
    遂に理事長と本人がこのトレセンに脚を踏み入れることになるのだ。
    全校集会の日程もテスト明け翌週の月曜日、狙いすましたかのように彼女の来校が確定した。

  • 144二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 00:49:45

    保守

  • 145二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 05:45:37

    保守

  • 146二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 15:03:30

    保守

  • 147二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 19:50:18

    全校集会当日
    キング「ウララさん!急ぎますよ!」
    ウララ「キングちゃんごめんね…寝坊で遅刻なんて…」
    ドタバタと廊下を駆け抜ける。ウララの背中を支えながらキングが走る。
    エル「問題ありませーん!みんなで遅刻すれば怖くないですよー!」
    グラス「…不覚ですね。私がついていながら全員寝坊だなんて…。」
    開き直ってるエルを横目に見ながら、それが彼女なりのみんなへの優しさというのも理解しつつエルとグラスが先頭団を走っている。
    ウンス「寝坊した言い訳ができてセイちゃん的にはラッキーですよ〜」
    スペ「も〜みんな急ぎますよ〜!?」
    最後尾にトリックスター、最前列に総大将。
    普段のレースとはほぼ真逆の陣形。
    総勢6人。騒ぎながら廊下を駆け出す、当然遅刻なので数名が開き直っている。
    エル「グラスの目覚ましも間違えて止めちゃったんですけど━━」
    身長が高いのと前に出ていたこともあって1番最初に気がついた。曲がり角から誰かが飛び出してくる。
    次に気がついたのはキングに背中を押されていたウララだった。
    ウララ「あっ!スペちゃん危ない!」
    スペ「え?」
    相手側も焦っていたらしい。お互いに勢いよくぶつかった。
    相手が頭にかぶっていた何かがすっ飛んで行く
    グラス「…スペちゃん!?大丈夫ですか!?」
    尻餅と片手をついているスペにグラスが駆け寄る
    キング「ちょっと…!?貴方も大丈夫?」
    直前でウララの制服を引っ張ったのでウララとの衝突は避けられた。キングがもう片方の相手に駆け寄る。
    ウンス「…見ない顔だね。君、どうしたの?」
    手を差し伸べつつ話を聞く。理由はわからないが目的地は同じようだ。

  • 148二次元好きの匿名さん22/01/28(金) 20:47:55

    スペ「…初めて見ました…。オッドアイ…?でしたっけ。」
    片目だけ十字というか×印のような虹彩になっている。
    会話の相手がプイっとそっぽを向く。どうやら触れて欲しくないデリケートな話題のようだ。
    ウララ「はい!これ…君のでしょ?」
    ウララが被り物を手渡す。怒っているような悲しんでいるような顔が箱形の何かに描かれている。
    ウララ「綺麗なお目目だから自信持っていいと思うな!」
    顔を隠している理由がどう捉えられたのかはわからないが、ウララは純粋に綺麗な目の色と捉えた。
    似たようなコンプレックスを抱えているエルは会話に混ざれなかったようだが。
    キング「…幸いどちらも大事には至らなかったようね。貴方の目的地も体育館のようですし。案内ついでに同行するわよ?」
    グラス「…そうですよね、急にこんなに大人数で囲まれたらビックリしちゃいますよね。取り敢えず急ぎましょうか…」
    遅刻ではあるが開幕まであと10分の猶予がある。
    セイウンスカイがそういうので二次災害を防ぐためにも歩いて行くことにした。
    エル「…すみません、気が付けたのにスペちゃんに何もできず…」
    スペ「え?大丈夫ですよ、むしろ他のみんなに怪我がなくてよかったです!」
    談笑しながら歩いていく。途中でウララが切り出した話題に全員が食いつく。
    ウララ「ねーねー、そう言えば君のお名前は?」
    エル「あ…確かに聞いてませんでしたね。」
    言葉に詰まる。嘘の名前を初対面の人間に、それも自分の不注意で怪我をさせかけた人たちに…。
    エレジー「名乗り遅れました…マチ…いえ、ハリボテエレジーです。今後はよろしくお願いします…。」

    所謂“黄金世代”と言われる5人にハルウララを加えた6人と、編入生であるアルタイルの出会い。
    ここでの出会いが少し先の未来に影響するかどうかはまた別の話であるが。

  • 149二次元好きの匿名さん22/01/29(土) 00:27:41

    グラス「そう言えば…先程エルから“私の目覚まし時計もとめた”と聞こえたんですが…それは本当ですか?」
    エル「げっ」
    グラス「…エ〜ルゥ〜…?」

    暗い空気がガラリとかわる。友達とはこういう存在のことを言うのだろうか。
    彼女達のプロレス?パフォーマンス?…何はともあれ空気が和む。様式美のようで見ているこっちも被り物の下で微笑む。

    キング「…貴女達?今回は初対面の方も居ますしその辺にしておきなさい。」
    ウンス「そういいますけどキンちゃん笑い堪えきれてないから説得力ないよ…ふふ…。」
    エルは目覚ましで起きた時点でみんなのプライベートグループに一報入れていた。が、誰も既読が付かなかった時点で二度寝を決行しグラスも巻き込んだ。
    ごめんグラス。みんなのために犠牲になってもらいました、やっぱりみんなといる方が楽しいしエルはグラスと2人きりでみんなを待つのはゴメンデース!!!!

    そうこうしていると体育館前に着く。女帝様がお怒りだ。
    エアグルーヴ「貴様ら…笑い声が響いているぞ。遅刻しておいていい度胸じゃないか…ん!?」
    異変に気がつく。いつもの5+1に加えて今回の目玉である編入生本人がいる…理事長はどうしたんだ?
    エアグルーヴ「…マチ━━━」
    そこまで言いかけたところで本人が首を横に振っている。どうやらそっちの名前を出さないでほしいらしい。
    エアグルーヴ「…いや、ハリボテエレジー。お前はこっちだったな…ステージ裏に来てくれ。お前ら遅刻組は悪いが適当に待機してくれ、間も無く始まる。」
    全員が返事をしつつ体育館に入っていく。
    グラスが何かに気がついたのかセイウンスカイの裾を引っ張る。
    グラス「…みんなに気が付かれないように小声で話しましょう、気が付きました?…」
    ウンス「…やっぱりグラスちゃんも?引っ掛かるよね…“マチ”って2人とも言いかけたの。」

  • 150二次元好きの匿名さん22/01/29(土) 07:27:59

    ━━━━━
    理事長「すまない。エレジー、翌日編入となるが送迎は私が他の人を手配する。やり残したことがあるのでURAに少し残らねばならない!残業ッ!」
    残業と書かれた扇子を広げている。どこで手に入るんだろうそれ。
    「…生徒のみんなは優しい。仲良くするんだよ。」
    歩み寄って来て頭を撫でてくれた。短い時間だったけれど、あの人は…良い人だと。信じられる人だと感じた。
    ━━━━━━
    エレジー「…ハリボテエレジーです!今日から編入生として皆様と共に過ごすことになりました…。どれくらいの期間トレセンに通うのかはわかりません…けれど、これからよろしくお願いします!」
    当たり障りのない言葉が紡がれる。何もアクシデントが起きないことを祈る生徒会組とシンザン、なんなら少しイレギュラーがあったほうが面白いだろ?とトレンディな空気を待ち続けているマルゼンとシービーが舞台裏で控えている。
    生徒達がざわついている
    耳や尻尾は認識できるのに肝心の顔がわからない。
    声も違和感は覚えない。
    そもそもどんな走りをするのかわからない、といった空気のようだ。
    オグリ「…少し嫌な感じではあるが、懐かしいな。私も笠松から飛び入りで転入して来たから…あの時の空気に似ている。」
    タマ「えらい古い上にイヤな記憶やな。なんならウチもそんなかの1人やったし…なっついもんやな。」

    会長の言葉で締め括る。本当に何事もなく終わったようだ…。
    ただ1人の存在を除いて。

    「デジたんの推しウマ尊みレーダーがビンビンに動いているのにも関わらず脳内デジペディアがお仕事していませぬぅ!」
    デジタル「それにしてもどこかで…いや、彼女の雰囲気というか癖…?あの忙しない耳の動き方と感情が割とはっきりしている尾の仕草…どこかで…どこかで…?」

  • 151二次元好きの匿名さん22/01/29(土) 13:33:39

    捕手

  • 152二次元好きの匿名さん22/01/29(土) 13:51:03

    むふん。何を隠そうこのアグネスデジタル!生涯生まれ切ってから死ぬそのときまでウマ娘ちゃんに全てを捧げると決めた身!知識量と感情配分のリソースは無限に近しい!表情を隠してもそれ以外のものから貴女の思考感情全て筒抜けスッケスケ!!!!
    デジタル「…と自負していたはずなんですけどね…うむぅ〜?あの被り物の表情を度外視しても、耳、声色、体の動き、尻尾と読み取れる要素満載でしたのにぃ〜…一体何がデジたんセンサーを突破したッ…!?」
    タキオン「…随分と思考からしてやかましいね…、なんでわざわざここに来たんだい?」
    集会終了直後、誰に言われるわけでもなくデジタルはタキオンの元を訪れていた。
    なんかデジたんセンサーがここに足を運ばせたらしい。本人曰く。
    デジタル「…ある種見方を変えれば主観性のない私こそがタキオンさんに最も近いと判断なされたのでしょう…デジぺディアが…ですけどね。」
    デジタル「単刀直入に聞きますけど、ハリボテエレジーについて何か知ってることはありませんか?」
    勢いよく紅茶を噴き出す。気管に入ったかもしれない。
    タキオン「ケホ…、なんで私が知ってると思ったんだい?(野生と女の勘か?末恐ろしい…)」
    なんで?と聞かれても返答に詰まったらしい。
    むしろこっちが聞きたいんですよね、と言わんばかりのすっとぼけた顔をしている。
    カフェ「…残念ですが、私たちも初見の身です。彼女のことは詳しく知りませんか、データの一部としては今から知っていけば良いんですよ…。いずれ何処かで友人になるかもしれませんしね。」
    カフェにしては珍しい口八丁か、と感心しているとなんら嘘はついてない。言葉巧みにデジタルくんを誘導しているだけのようだ。
    デジタル「ほぁっ新鮮なタキカフェの空気ィ…!!(今アイコンタクトしてましたよね!?)…それは残念です。」
    「また何かあったらここに来るかもしれません…その時はお願いしますね。」
    私の時間を奪いたくないとの気遣いのようで。光のような速さで現れては消えた。
    私からしたら君の方が不気味でならないんだが…?
    タキオン「…勘が良すぎて困るね。彼女が自力で到達するか、誰かがボロを出すのか…。」
    カフェ「…まぁ一年です。彼女がフリーで走る期間を凌げばそれで終わりのはずです…。」

  • 153二次元好きの匿名さん22/01/29(土) 20:08:34

    保守

  • 154二次元好きの匿名さん22/01/30(日) 00:42:00

    保守

  • 155二次元好きの匿名さん22/01/30(日) 08:10:35

    保守

  • 156二次元好きの匿名さん22/01/30(日) 14:07:04

    保守

  • 157二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 00:25:00

    このレスは削除されています

  • 158二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 06:28:42

    デジタル「…編入生本人に聞くのは忍びありません。ここは一度身を引くべきでしょう…」
    理科室を後にしたデジタルは目的もなく彷徨い始めた。
    ファン感謝祭イベントに向けて何か始めるのかと思いきや、特にそれもなくフラフラと歩いているだけらしい。
    デジタル「あたっ…すみません!よそ見してました…」
    抱えていた自分のファイルを落としてしまう。急いで拾い上げようとしゃがみ込む。よく見ると自分のものでない書類も混ざってしまったようだ。
    トレーナー(シンザン)「大丈夫かい?…こっちも考え込んでいてね。」
    デジタル「…貴方は、あのシンザンさんのトレーナー…?あれ、なんですかこの書類…?」
    よく見ると頭に靄が掛かっていたあの編入生と同じ髪飾り、耳当て(メンコ)を付けたウマ娘の詳細な情報だった。
    マチカネアルタイル…
    マチカネ…アルタイル

    デジタル「あァーッ!?」
    頭の中の疑問が、点と点が線になる感覚を覚える。
    彼女が何故偽名を名乗るのか、あの被り物をする理由まではわからないが名前と風貌の疑問が解決する。
    トレーナー(シンザン)「え…どうしたんだい!?」
    まずい。あの一枚の写真如きでバレたのか!?

    デジタル「私の尊みセンサーが!この娘を推せと本能で叫んでりゅうぅぅ!!!」
    …話を整理するためにトレーナー室に呼ぶことにした。

  • 159二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 12:53:22

    保守

  • 160二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 20:02:42

    エアグルーヴ「会長…無事終わりましたね。現状彼女はマチカネアルタイルではなく、ハリボテエレジーとして扱われることを望み、生徒の前ではそう名乗るつもりのようです。」
    ブライアン「…生まれ持って与えられた自分の名ではなく、後に名付けられた方を名乗るのか。理解はできんが尊重はすべきだろうな…。」
    強制されて押し付けられたならまだしも、自ら進んでそう名乗ることへの理解は及ばない。自分なら違和感を覚えるだろうな。と言った態度のブライアンが続いた。
    ルドルフ「…気持ちはわからなくはないかもな。」
    自分がかつて幼名をルナとし、自分も周囲もそう名乗っていたことを思い返す。それが幼少期なのか、今与えられた出来事の差異でしか無いと見積るルドルフ。

    オグリ「…“引退したっちゅうても、まだまだウチは走れる!ドリームトロフィーでいつかお前を出し抜くんや!”…か。タマは元気だな、昼食なしでシンザンさんに師事してもらえる余力があるなんて…」
    普段通りの定食を規格外の量で注文する。テレビが置かれている角の席にゆっくりと歩いて行く。
    オグリ「…ん?」
    ふと顔を上げる。自分の定位置に誰かが居る、別に指定席でもなければ予約したわけでもないので気にはしない。他の席を探そうと空いてる席がないか辺りを見渡す。
    「…あ、あの。邪魔でしたら退きますよ。」
    オグリ「む…すまない。そんなつもりはないんだ、後から来た私が別の席を探すよ。気を使わせてしまって申し訳ない。」
    よく見るまでもなくその奇抜な格好は知っている。
    編入生か。
    エレジー「い、いえ…こちらこそすみません。ここがオグリ先輩の定位置だとは知らなくて。」
    無意識にオーラが漏れていたようだ。彼女がかなり怯えている。
    オグリ「…飲み物を取ってくる。後輩が満足に食事も取れないのでは面目ない。」
    怯えてる理由が自分の圧だけではないことはなんとなくわかっていた。自分がかつてタマに向けていた、憧念と畏怖が入り混じったあの独特な気配と似ていた。
    彼女の正面に自分の食器を放置して2人分のにんじんジュースを取りに行く。
    オグリ「…あの時のタマはどんな気持ちだったのだろう。今ならわかるかもしれない。」
    秘めた才能を持つ後輩が突然現れ、自分に対して色々な想いを、力をぶつけて来る。
    今の私は“私と出会う前のタマ”と同じ立場なのかもしれない。

  • 161二次元好きの匿名さん22/01/31(月) 20:17:43

    有馬記念の勝利を以て現役を一度退き、シンザン先輩に直接声がかかって年に一度のドリームトロフィー、よくてURAファイナルズの出走。
    ここに漕ぎ着けるまで、今に至るまで。なんなら脚が潰れるその時まで全力で在り続けると決めた。
    あの時の私がタマを超えることを目標とした様に、あの娘にとっての私は超えるべき目標なのかもしれない。

    …心胆から震え上がる。そう易々と超えられてたまるものか。芦毛の怪物、永世最強の一角。この看板もそうだが、それよりも自分が今まで積み上げてきたものが崩れかけているかもしれない…その意識が生まれていることにさらに恐怖を覚えた。

    オグリ「にんじんジュースだ、ここの学食のやつは特段美味しいんだ。…君の分もあるぞ。」
    二つ手に持っていたうちの一つを手渡す。橙色に煌めいている、この学園の畑で採れた新鮮なジュースだ。
    エレジー「あ、ありがとうございます…先輩に気を使わせて申し訳ございません。」
    随分と引き腰だな…彼女の過去に何があったのだろうか。
    オグリ「いや…気にしなくていいぞ。それより君は食べないのか?その被り物を脱がないと食事も満足に取れないのでは…」
    そこまで言いかけて気がつく。この人目につきにくい席を選んだのはそういうことなのではないのかと。
    オグリ「…邪魔か?むしろこちらが余計なお節介をしたのなら謝る。申し訳ない…。」
    エレジー「い、いえ!そんなことはないですよ!!」
    此方への配慮なのか周りに誰もいないのをいいことになのか、被り物を自然に脱ぎ捨てて横に置いている。
    …成程、体格や目にコンプレックスが…
    オグリ「…すまない。詫びと言ってはなんだが、数量限定のにんじんハンバーグ…食べるか?美味しいぞ…。」
    口をつけていないお皿ごとにんじんハンバーグを押し付けようとしてくる。あの食い意地で有名なオグリ先輩が、相当無理してることが窺える。涎めちゃくちゃ垂れてますよ先輩。
    エレジー「…自分が食べられる分量で取ってきているのでお気持ちだけいただきます!むしろ大食いで有名な先輩の食べっぷりを見せてください!!」
    正直食べてみたさはあった。けれどオグリ先輩に対して食べ物の恨みを買うのはまずい。死を覚悟しないといけない。

  • 162二次元好きの匿名さん22/02/01(火) 04:43:50

    オグリ「…また気を遣われてしまったな。別の形で御礼がしたい。空いている時間、よければ並走を頼めないか?…君にトレーナーがいるのなら、そちらの了承をとってからでも構わない。」
    畏れ多いが願ってもいない展開だ。再現された紛い物ではない本物の“オグリキャップ”
    今現在の彼女がどう言った走りを見せてくれるのだろうか。純粋に興味が湧く。
    エレジー「…ありがとうございます!また、時間が合う時お昼ここで会いませんか…?」
    ここは永世最強の密会場でもある、が別に彼らには個別の連絡先があるし、一人で食事をとるからと言って時間をずらせばいいか。
    オグリ「わかった。名前と顔は覚えておくよ。エレジー…だったかな?」
    オグリの後釜として育てられた存在とそのオリジン。
    奇妙な出会いは突然、春の訪れを告げるように、冬の終わりを告げるように新たな出会いと激戦の狼煙となった。

    樫本「…無事終わりましたね。」
    たづな「ええ…あとは理事長に話を通せば終わりです。彼女がどう動くか…」
    樫本「…胸騒ぎがします。ファーストの面々から伺った情報だとエレジー本人が複数の生徒と接触しているようですし、何より秋川さんが彼女だけを送り自分はURA本部に残る選択をした意図がわからない。」
    予想外の言葉が飛び出す。いつ誰と接触する機会が全校集会の前後にあったのだろうか。
    たづな「…運命の悪戯とでも言うのでしょうか。」
    ココンとグラッセが見回りの最中に撮ったと言う写真。
    素顔を露わに、微笑む彼女と複数人に手を引かれている姿。
    来校初日の時点で見られるはずのないものが映っている。
    まず、どう言う経緯で素顔を明かしたのだろう。
    本部にいた彼女は仏頂面で自分と外出する時くらいしか笑ってなかった。
    理事長はそう言っていたはず。
    物事はそう簡単に、想像通りに駒は動かない。そう言わんばかりの出来事が続く。思ったよりこの“一年”
    は長く険しない旅路なのでは。
    そう予感させるには十分だった。

  • 163二次元好きの匿名さん22/02/01(火) 12:55:35

    保守

  • 164二次元好きの匿名さん22/02/01(火) 19:09:25

    黄金世代や、芦毛の怪物との出会いが、この先何をもたらすのか
    楽しみですな

  • 165二次元好きの匿名さん22/02/02(水) 00:47:23

    保守

  • 166二次元好きの匿名さん22/02/02(水) 00:55:29

    タマ「…最近付き合い悪いなあ、どうしたんや?オグリ」
    起床後、共に寮から校舎へ向かう道中。
    疑念を抱いたタマモクロスが同室の彼女に話題を振る。
    オグリ「そうか?以前とあまり変わらないと思うが…」
    タマ「最近昼食も一緒にとらんみたいやし、クリーク達も心配しとったで?」
    昼食…そうか、後輩に付きっきりになっていたな。
    オグリ「…すっかり忘れていた。後輩に付きっきりになっていてな。私の走り方を真似るのが上手な娘なんだが、あんまり彼女の脚にはあっていないような気がしてな…それを2人で模索していたからかもしれない。」
    ふとオグリにある考えが浮かぶ。彼女は私よりも直線勝負が強い可能性がある、つまり理屈的にはタマの走法がパズルピースのように嵌るかもしれない。
    オグリ「…うん、ありがとう。タマ」
    タマ「なんやなんや!ようわからんぞ、何の感謝や!」
    唐突な感謝への照れはあるが同時に困惑もした、何に対しての感情なのか一切わからないオグリの天然節に振り回される。
    オグリ「その後輩の走り方、もしかしたらタマの走り方の方が脚質的に合っているのかもしれない。私ならタマの走り方はある程度わかっているから教えることができる…それに対してありがとう、と伝えたつもりだったんだ…」
    会話を端折りよる。ありがとうだけでそこまで汲み取れる人間おらんわ!
    タマ「…まあええわ。オグリの後輩に勝手にウチの走り方パクられるんは忍びないねんな、機会が合えば直接教えられると思うねんけど。」
    昨日の今日ので突然会うことはできないし、今日はシンザン先輩が練習場に居る。この機会は逃したくない。
    オグリ「わかった、一応今度会う時に掛け合ってみる。タマが直接教えてくれるのならそれはそれで確実だしな。」
    自分から見た自分の走り方と、好敵手から見た自分の走り方。しかも高水準な、上澄の技術と知識。
    タマ「…その後輩は幸せもんやな。ヒマしてるとは言えオグリに手解きしてもらえるんやからな。」
    オグリ「…!その言い方は心外だぞ…」
    タマも現役は退いたじゃないか。そう言いたげな顔をしている。
    タマ「…冗談やで、厳しくしすぎんときよ?ウチこっちいくから、こっからは別行動やな。」
    オグリ「…ありがとう。タマも怪我には気を付けるんだぞ。」

  • 167二次元好きの匿名さん22/02/02(水) 07:37:56

    保守

  • 168二次元好きの匿名さん22/02/02(水) 08:23:26

    かつての好敵手、お互いの立場は気の置けない親友まで深まった。だが、先輩だった者が自ら実力の高い者に師事し、後輩だった者が新たな存在を指導する立場になった。その相違点がどこかで交わる事になるのか、それが近い未来か遠い未来なのかはまた別の話である。
    お互いの背中を叩くように押し出す。彼女達なりの激励だ。

    オグリ「…私が起こそうとしている存在は眠れる獅子かもしれない。独特な、不思議な感覚だ…タマと戦ったあの時とは違う。負けるかもしれないという恐怖はいつだってある…。あの野生を感じる雄々しさ、荒々しさ。彼女から確かに感じた。」
    タマや自分が発する狂気的なオーラ。潜在的に溢れ出る漆黒の衝動。レース中の猛者が魅せる独特の気配。
    発展途上で荒削りの筈の彼女から確かにその一片を感じ取った。

    タマ「…不気味や。オグリに追い抜かれないように、家族のために、自分の飢えを満たすために独学で何だってやってきたんに…。立場が同じだったかもしれん、シンザン先輩に師事しとる。」
    オグリから共存することと、際限なく高みを目指せることを学んだ。今の彼女を丸くなったと言う人もいるが、むしろ満たされることのない飢えと渇きをより効率良く貪れるようになったにすぎない。

    エレジー「まだです…。まだ走れます!」
    汗が溢れている。明らかにオーバーワークだ。
    走り始めてから何回目のフォームチェックだろうか、段々動きも辿々しくなり始めている。
    なのに、被り物の先の瞳の奥の闘志がハッキリと感じ取れる。油断したら自分がやられる。
    実力はあるかもしれない。潜在的な力は確かに感じる。
    それがG1や我々ex走者に届くかは明言できないが、無いと言い切るには惜しい光る原石のような微かな実力。
    オグリ「…一旦休もう。気合いで筋肉を動かすにはもう限界だ。跳ねっ返りの筋肉痛が後に響いてしまう。」
    直線を走る時の姿勢や走法、私を模倣しているにしてもほぼ完璧だろう。自分に合っているかどうかはこの際度外視だ、問題はコーナー…。
    直線での加速を維持出来ずに失速するか、加速を保とうとして外に膨らみすぎてしまう。これが改善できないと直線が長いコース以外は勝てないだろう。

  • 169二次元好きの匿名さん22/02/02(水) 12:52:49

    保守

  • 170二次元好きの匿名さん22/02/02(水) 22:30:52

    エレジー「…わかりました…」
    もたれ混むように腰を下ろす。足取りの不安定さを見兼ねて駆け寄る。
    オグリ「無茶しすぎだ。走るレースが迫っていて足元を固めたいのもわかる、今から自分に合った走り方を見つけるのは難しい…。だが、感情はそのまま自分の身体に、腕に、脚に反映されてしまう。思い詰めていては動くものも動かないし、勝てる試合すら逃してしまう原因になる。」
    無茶しすぎ、限界が近い…否定意見は聞き飽きたし聞きたくない。URAもそうだし、理事長もそこに関しては口うるさかった。
    根気の根気、最後の根性、火事場の底力を捻り出すならもっと追い詰めないと。飢えないと…。
    エレジー「もっと…もっと。走れ…走れ。」
    小言の様に呟く。そのドス黒いオーラの先に今まで見てきた猛者が一瞬だけ被る。
    闇が薄れて彼女の姿がはっきりと見える瞬間、疲れていたのかぼやけて彼女が2人いる様に見えた。
    オグリ「…すまない。君の走りたいと言う意志は尊重する。私も今一瞬目眩を覚えたかもしれない、それでも走りたい気持ちはとてもわかる」
    「だけど、食事を、睡眠を取らないといけない様に万全の状態で勝負に挑むことも、健全なレースの練習と言える。飢えに飢えて最高に乾いた無謀なコンディションで無事だったヤツは…私はタマしか知らない。」
    タマモクロス。
    純白の稲妻、疾風迅雷。彼女の稲光の様な雷光が堕ちていく直線的な走法も見たことがある。
    今の私が目指しているのは彼女なのだろうか。
    エレジー「…もしかして今日はそれを伝えに来たんですか?」
    オグリ「…そうといえばそうだ。今から走り方を変えるリスクは大きいから念頭に入れておくだけで良い。今は自分なりの走り方を突き詰めて、レース本番それがどう転ぶかを考えるんだ。そのままであり続けるのか、変えるのか、改善点をどう取り扱うのかは勝敗と未来の自分が決めるべきことだから。」
    春天の結果が自分の未来を決める一つの要因になる、オグリ先輩を真似た独特な走り方であり続けるのか、別の解答を導き出せるのか。

  • 171二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 07:20:19

    ふと、秋川理事長の言葉を思い返す
    本部前を走り抜けた、目的も何もない青空の下。
    …楽しかった?
    与えられた環境で終わらないゴールがないまま走り続けていた時と同じ。“ゴールはない”という共通項
    何が違うのだろう、何が楽しいと思ったんだろう。
    エレジー「レースにそれをもし…」
    そこまで考えて立ち止まる。それは自分の中にある飢えや渇きとは違う別のゴールへの道、今更自分の根底を変えて原動力に出来るのだろうか。
    レース本番を楽しいと感じられなかったら?
    エレジー「…いや。」

    彼女の狂気が一瞬だが消えかける。オグリはハッキリと変化を感じ取れたが、それを言葉にすることを躊躇った。
    オグリ(その葛藤、良い方向に転ぶことを祈るしかない…自分もタマと走っていた時に同じことを思った。タマと走るのは楽しい、クリークに勝てなくて悔しい。どちらも原動力にするには十分な感情、想いだから。)

    一瞬の楽しみ。理事長との思い出の中に見出したそれと、苦く辛い本部での経験。狂気の原動力。
    …本番ではどちらに頼るべきだろう?

    タマモクロス[少し合流したい、手が空いたら連絡頂戴]
    オグリ「…立ち止まって迷うのも良いことだ。答えをこれ、と押し付けることは私にはできない。けれど、一緒に問題に対して歩むことはできる。今日はこれくらいにしよう。」
    「君もトレーナーの元に戻らないと、だろう?」
    オグリの言葉に対して違和感を一瞬覚える。
    あの人達は色々私に押し付けてきたけれど、オグリ先輩はそれをしてこない。…どうして?
    エレジー「…わかりました。また、時間が合えばよろしくお願いします。」
    そう言い終わるとトレーナーに連絡を入れる。これから向かう、と。
    オグリも同様の文面をタマに送っていた、一時解散だ。
    [タマ 文面だと普通なんだな]

  • 172二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 07:34:12

    タマ「…やかましいわ!!!!!!!」
    シンザン「うおっどうした急に叫んで!?」
    生徒達の指導を一旦休憩してオグリの合流を待つ。タマとシンザンの鍛錬に加えてオグリも巻き込む様だ。
    シンザン「…私がレースに出ないのは自由な時間を伸び伸びと過ごすためだったが、トレーナーも連絡つかないわこっちが本業になるレベルで忙しいから代わり映えもしない。生徒会の3人+2人もこの時期は忙しいの目に見えてるし…」
    愚痴をこぼす。流石に2ヶ月の疲労は大きい。
    タマ「…そうは言うても、先輩も大概レースバカよなぁ…走り疲れたから新顔とレースしてぇ、って思えるっちゅうんは。」
    シンザン「…仕方がないだろう!生徒会の面々との激戦に憧れた生徒の指導、本気で実演するわけにもいかないし…!」
    生徒達の心を折るまいとの配慮。逆に自分の国を締めかけている。
    シンザン「…だからお前が“直接指導してくれへんか!?”と頭を下げにきた時は震え上がったよ。」
    「白い稲妻、芦毛の怪物。芦毛は走らない…引いては走れないと言うジンクスを覆した二大化物。永世最強の一角…!」
    ルドルフは牙を隠して良い子を演じているが本質は獅子其の者。脳ある鷹は爪を隠す…諺通りの凶暴性を私との本気のレースで剥ぎ出しにしてくれた。あの瞬間彼女は理性ある鷹でなく能無しの野生を、怪物性を私にみせてくれた。
    …そこのタマモクロスも、凶暴性なら…いや。迫る背水と逆境への不屈、何なら狂気への渇望と飢餓という観点で見れば、華奢な身体つきに収まらないルドルフ越えの“サガ”を感じる。
    タマ「…そこまで褒められても。何も出せへんで、ウチ。レースでちょっと普段以上の力が出るかもせえへんけど…」
    そう。その狂気を宿しているのはあどけない少女。
    まだ成人してすらない、全盛期かどうかすら定かではない。
    だけどタマもオグリも私同様進んでレースに出ることはもうない、殿堂入りという措置を取ってURAから年に一度のファイナルズかドリームトロフィーにのみ出ることを許可されている。
    …つまり。上からの目線で見れば芦毛の怪物が二人は私と“同格”の太鼓判を押されてるわけだ。
    シンザン「いや…君の言う通り私もレースバカなのかもな。ルドルフの挑戦、君の再燃した競争欲。その二つに当てられて久々に“走りたい”以外の感情がないからな」

  • 173二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 07:45:39

    タマ「…にしてもオグリのやつ、いつのまに編入生と接触したんやろなあ。」
    シンザン「正直なところ偶然による側面が大きいだろうな。編入生がやよ…秋川理事長と別行動していたのも、オグリキャップがたまたま君と食事を取って居なかったのも偶然。不測の事態が連続したにすぎん。」
    そう、オグリキャップもそうだが編入生だ。
    自分のトレーナーが担当することになっていた筈の彼女はレース技能指導面として色んな愛憎混じりのオグリに指導を頼んだ…何故?
    タマ「アイツ指導するには向いてない性格しとると思うんやけどなあ。天然やし、直感的な教え方するからエレジー言う子にちゃんと伝わってるか不安やわ。」
    シンザン「…それは大丈夫だろう。曲がりなりにも私のトレーナーも着いている、アイツが分かりにくいところは噛み砕くだろうし、エレジーもオグリも柔軟性はある。相手の反応を見て出方を変えるさ。」
    オグリ…不祥事で風下だったレース界隈を立て直した存在。
    三冠バの復権もあるだろうが、彼女のレース性はドラマに満ち溢れていた。トレーナー職に就くために勉学に勤しんでいた私を再燃させたのも彼女だった。
    演出家とも言えるシービー、走れば勝つとまで言われたマルゼンやルドルフの走りも脳裏にこびりついたが、それ以上に脳味噌を直接焼かれた様な衝撃はアイツが初めてだ。
    ウメノチカラとのレースの日々を思い出す。たった一年で初の三冠を掻っ攫っておきながらその一年で勝ち逃げした因縁のセントライトの面もふと思い浮かぶ。
    シンザン「…時代は変わったよ。たった数年胡座をかいてただけで、アンタ以来2度と現れねえってぼやかれてた三冠は私達以外に3人も顔を見せた。」
    「ウメちゃん信じるかねえ、私たち二人が天辺みてえなもんだな、って笑い合ってたのに。」
    タマ「…アンタでも感傷に浸ることがあるんやな。確かにアンタら3人はウチらの憧れやった。けれど…」
    「まさかその先輩達が“足元掬われる”と思うレベルまで、その域にウチらがいるんやな。」

  • 174二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 08:24:57

    そう簡単に掬われてたまるかよ。
    シンザンの不適な笑みから挑発とも、尊敬とも取れる先輩の意地を見た。
    タマ「…ええんか?ルドルフ会長も確かに強いけんど、ウチもオグリも方向性は別の強さやで。ある意味オグリと会長は同じかもしれへんけどな。」
    その余裕が崩れるのが楽しみや。
    かつてオグリと向けあった純粋に勝負への苦痛の先にある喜びを見出した表情。それを大先輩に向ける。

    オグリ「…済まない、遅くなった。初めまして、だろうか…シンザン先輩。わたしもあなたに憧れていました。」
    シンザン「…面と向かって言われると照れ臭いな。オグリ、突然で悪いが君から見て編入生がどう目に映ったのと…私のお目鏡が間違ってないか確認したい。」
    オグリの耳がピンと張り詰める。要求を察した様だ。
    タマ「ウチらと並走したいんやとさ。…芦毛の怪物、その末脚みせたりや。」

    オグリ「…唐突だな。息を落ち着けるついでに話そう…エレジー、だったな。彼女からは不思議なものを感じた」
    タマ「オグリが不思議っちゅうんは相当やな。クリークを見ても別に何の気無しのアンタがそういうんやから。」
    シンザン「何がどう不思議に映ったんだ…?聞いても良いことか?それは。」
    オグリが口を開く。それは思ったより彼女の人格形成の根幹に近い部分かもしれない。二人は息を呑んだ。
    オグリ「…まず、マスクをつけている間、あの被り物だな。あれをしている間は普通だった、特に何も思わなかった。」
    「けれど私が食事を取るのに邪魔じゃないか?と指摘して…申し訳ないことに私は耳が垂れてしまった。食事は大切だからな。…だが、その後彼女は被り物を脱いで横に置いたんだ。顔を見ればわかるが、不安に満ちた表情と、笑っていない目の下の頬だけ、口角だけ上がっていた。あれは嫌われたくないという怯えや恐怖の感情…一種の強迫観念がそうさせたんじゃないかと思う。」

  • 175二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 08:36:30

    オグリが思ったよりも相手を見ていたことと、それを我々に伝わりやすくしてくれたことに驚く
    タマ「…目が笑ってないのに顔だけ、っちゅうんは家庭か何かに問題があると多いんや。ウチは貧乏やったからな…ウチは強い姉をチビ達に演じとった。目を瞑って笑顔を向けとったけど、ウチの目はそんとき笑ってなかったかもしれへん。それにウチは貧乏なだけで愛されてはおった。エレジーがそうなったのは…愛情を知らんから、嫌われることに対して抵抗があるんかも。」
    耳が垂れたオグリを見て、負の感情が自分に向くことに直感的な嫌悪感と恐怖したことで笑顔で防衛した。
    そう捉えるには十分だった、のかもしれない。
    シンザン「…君が本質的に彼女の内面を掴んでくれたことには感謝する。恐らくだがそこでのストレスや負の側面を彼女はレースに対して向けているのかもしれない。ハリボテの下の憎悪なんざ見抜けるやつの方が少ないからな。」
    オグリ「…私はレースが楽しいものであるべき、と思う同時に、大体何を考え走っているかは色々な競争相手からわかっているつもりだ。例えばだがタマは先輩がいう様に貧乏故の飢えや渇きといった向上心、そこからくる負のエネルギーを全てレースでぶつけられた。そういう割り切り方ができるやつがするには適してると言える。」
    「だから、ハリボテでしか覆えない負の感情は制御できない。つまり彼女のキャパを、許容量をいつか超えてしまったら…。それに、内側に押さえつけている狂気は…ルドルフやタマと同格かそれ以上だった。ルドルフが満足にレースができないという負のエネルギーを抱えていたとして、タマが先程述べた感情が原動力だとして、エレジーは押さえつけている負のエネルギーが君らと同じなんだ。あれでは抑えきれなくなるのは時間の問題だ。」

    シンザン「…思ったよりも厄介な難題だな。それは。エレジー個人はよくわかった…。技能面ではどうだった?」
    オグリが言葉に詰まる。ハッキリ言葉にするのを躊躇っている様だ。
    オグリ「…感じたことをそのまま言っても良いだろうか。」
    タマがギョッとする。オグリが含みのある言い方をするときは、大袈裟だが誇張ではない時だ。
    タマ「…なんや。そんなに突飛した何かを見出したんか。」

  • 176二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 08:42:37

    オグリ「ハッキリいうとコーナーを曲がる時の姿勢やペースはダメだ。無駄に体力を消耗するし、加速したエネルギーや自前の脚を時間をかけて潰している。」

    「だけどもしコースが直線のみだったとしたら彼女は際限なく加速し続ける。恐らく私やタマでも敵わない、ルドルフやシンザン先輩が本気で拮抗するレベルかもしれない。仮に1200mの直線を想定しても、バクシンオーレベルだと思う。」

    トレーナー室に足を運ぶ。それまでの道中、オグリキャップと食堂で解散した編入初日でのトレーナーとの出会いを思い返していた。

    ━━━━━━━━━━━━
    トレーナー「…初めまして。だね、僕は君をなんて呼べば良いのかな?」
    理事長と同じ質問。渋々答える。
    エレジー「私は“ハリボテエレジー”です。よければエレジーと呼んでもらえると助かります。」
    心象としては最悪だろう。偽名を突然名乗られてそれで呼んでくれと。彼もトレーナーなのでウマ娘の生態、つまりウマソウルに導かれて魂に由来する名前が与えられることを知っている。
    それを上書きすることが、どんな意味を持つかも知っている。
    トレーナー「…僕はトレーナーとして、これから責任持って君を指導したい。理事長のように、エレジーとして君がありたいのならそれを尊重する。」
    よかった。
    エレジーは安堵した。偽りの自分かもしれないけれど、“ハリボテエレジー”を演じている間は感情を抑えられる。家族のことも忘れられる。友達も必要ないと思える。
    トレーナー「だからこそハッキリと聞いておきたい。君はマチカネアルタイルなのかい?それとも、ハリボテエレジーなのかい?」
    エレジー「…ッ」
    思わず言葉に詰まる。演じていることを見透かした?
    …いや、ハッタリかもしれない。私の本心は誰にも明かしてこなかった筈。
    トレーナー「…もしかしてだけど、どっちでもないんじゃない?…なら、僕はそれで良いと思うよ。」
    「マチカネアルタイルがウマソウルに強制された道、ハリボテエレジーがURAの人達に強制された道なら…どっちも歩く必要はないと思うよ。」

  • 177二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 08:43:43

    エレジー「…え?」
    そんなことを考えてみたことも言われたこともなかった。確かに心の内側から湧き上がる闘志や走りたいと言う本能が苦痛に感じたこともあった。私に対して見向きもせず、使い潰すつもりの人達への呆れや諦念もあった。…だけどそれでも私は走るしかないと思っていた。
    トレーナー「僕は君が君自身でいればそれで良いと思うんだ。トレーナーとしてどうかと思われるかもしれないけど、走るのが楽しくないなら走らなくて良い。辛いと感じるなら逃げてもいい。今の君はピンピンに張り詰めた糸みたい、って思ったんだ。」
    エレジー「…どういう、ことですか。張り詰めた糸…?」
    なんで初対面なのにここまで向き合ってくれるんだろう。秋川理事長も…やよいさんもそうだ。彼女はウマ娘の視点としてレースに対して真摯であってくれたし、私個人を、エレジーという名前でこそ呼べと色眼鏡なしで見てくれた。
    トレーナー「…前に見てたのがシンザンだったからね。彼女は走りたいと思った時にしか本気で走らない。けれどその一瞬は本当に本気だった、走らないのも彼女なりの気遣いだったり相手への尊重っていう側面もある。なにより━━━━」
    「遊び心がある。彼女の強さの一つに、緊張していないこと。全く緊張していないわけではないけど、ゆとりがあるんだ。…君からはそれが全く感じられない。」
    積み重なった書類をふと見上げる。URAから印刷された書類…大方私のものだ。そこに付箋が貼り付けられてたり、白紙のコピー用紙に大量のメモがされている。
    この邂逅までの短期間で私に対してここまでの熱量を…
    トレーナー「…確かにね。レースっていう戦いの場は神聖な場かもしれない。だけど、勝つために恨み辛みや復讐心や反骨心といった逆境魂が原動力になるのは知ってる。だから君は自分なりに自分と向き合って、そこで出た答えが一つの答えだと思う。」
    エレジー「…なんなんですか!?…突然全部わかったかの様に捲し立てて…!私はそんな…そんな…。」
    トレーナー「…僕は君の全てを知らないし、知ってることから推測することしかできない。だから、短い期間か長い期間なのかは一切わからないけれど、この出会いを大切にしたい。そのために頑張っていこうね。」
    エレジー「…。」

  • 178二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 08:49:11

    私は“ハリボテエレジー”の名前が都合がいいと思ってた。
    自分の顔も、二面性も、蓋をして“エレジー”で居ればいいから。
    歪な目玉も、ちぐはぐな感情と表情も、ウマソウル…魂から湧き上がる潰したい感情も、いい人だと思われたい私自身にも全部蓋ができたから。
    エレジーじゃない私は、“マチカネアルタイル”の器に相応しくないから、ウマ娘でいるのが辛いから…。

    …なのに。

    今の私はどうあるべきなんだろう。
    エレジーであり続けるべきなんだろうか
    アルタイルとして魂の衝動に従うべきなのか
    …どっちでもないのか。

    トレーナー「僕は君がどう言った選択であれ納得するよ。マチカネアルタイルも、ハリボテエレジーも、そうじゃない一人のウマ娘として生きる道を選んだとしてもその考え方を尊重するし、君個人と向き合っていくつもりだから。」
    「だけどね、スペシャルウィーク達かな。遅刻してきた彼女達に聞いたら、素顔で笑う君の笑顔は可愛かった!とも言ってたよ。僕はいつか君が、ハリボテなしだろうとハリボテの下であろうと、本心から笑える人に出会えたら良いなと思うよ。」

    エレジー「…考えさせてください。いつかきっと、答えを出します。…今のわたしは、ハリボテエレジーです。」
    笑顔がかわいいと言われたことはなかった。
    左右の目の色が違うことで向かい合った顔は否定的な意見しか聞いてこなかったから。
    純粋に喜びもあるが、初めての感情…。
    戸惑いや動揺が上回る。
    トレーナー「良いと思うよ。エレジーであり続けたいという信念も、自分の中に芯が通ってないとできないから…。」
    「よろしくね、エレジー。」
    ━━━━━━━━━
    エレジー「…失礼します。」
    そう告げて、トレーナー室に再び足を踏み入れた。

  • 179二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 12:51:46

    保守

  • 180二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 13:07:04

    言うっちまうに居た?

  • 181二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 13:15:10

    オグリ「…先程の見立てを訂正すべきかもしれない。もし、エレジーが永遠に直線を走れたとしても先輩の無尽蔵なスタミナと脚力の合わせ技に勝てるとは…」
    並走が終わったようだ。タマが横で計測している。
    タマ「…オグリ、タイム落ちとんな。なんか考え事しとったやろ。エレジーのことか?」
    オグリ「…私自身も一度全て見直すべきなのかもしれない。彼女の立場、気持ちを理解するためにも。」
    シンザンは芦毛のジンクスを塗り替えた二人に感動を覚えていた。大人気なく全力を出したのに、良い勝負をしたオグリ。疲労ではなく心理面や相手の配慮が原因で本気を出しきれなかったライバルを見抜くタマ。
    シンザン「…お前ら二人は良いコンビだな。」
    この二人の培われた経験と養われた慧眼、私が“暇だから”やっているサブトレよかマシ。…悔しいけど、私は走ること以外は平均的でしかない。過酷な期間を共に磨いた二人には届かない。
    自分が勝つために養った目と、自分を念頭に置いて比較するための目では“見ている景色にかけている思い”がそもそも違う。

    オグリ「…私の目から見て、彼女の改善点のコーナー。言葉で伝えると…そうだな。曲がりきれない車…ハンドルを握り続けている、力み続けている感じなんだ。実演するとこう…かな。」
    …なるほど。曲がり方が直線的だ。
    重心をインコースに預けて半身の筋肉を殺すことで上手くコーナーは曲がれる。…これは私だったら気が付けない、気がついても“癖”の一つで片付けてしまうかもしれない。
    確かに、彼女の体格と体重だと重心を偏らせるのは激突時のリスクが高すぎる。それを嫌って重心移動を最小限にすることと、加速の勢いが殺しきれないことで激突をそもそもしない大外に膨らんでしまうのが真相か…。
    タマ「…ウチ、あんまこの娘のこと悪く言えへんかもなあ。スローインファストアウト、公道を走る時の原則とも言われとるな。ウチあれ苦手やねん、速度落とすの苦手やからこの娘の気持ちわかるなあ、多分体格的にも似たような感じやないか?…多分ヒールなかったらウチと同じ145cm前後ちゃうか?」
    オグリもシンザンも身体的特徴は一切述べていない。
    やはりこの二人、他者を見る、他者から情報を得て自分の走りに反映させていくという面では一級だろう。
    シンザン「末恐ろしい後輩を持ったもんだな…!」

  • 182二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 13:18:38

    >>180

    すみません、何度か見返しながら投稿しているつもりですが誤字脱字が見受けられたら申し訳ないです

  • 183二次元好きの匿名さん22/02/03(木) 22:42:06

    保守

  • 184二次元好きの匿名さん22/02/04(金) 07:39:57

    保守

  • 185二次元好きの匿名さん22/02/04(金) 12:55:36

    保守

  • 186二次元好きの匿名さん22/02/04(金) 22:54:35

    保守

  • 187二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 00:35:46

    保守

  • 188二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 02:02:16

    ファイン「…ねぇ、シャカール…起きてる?」
    夜も更けた就寝時刻。同室の相手にちょっかいをしかけたいらしい。
    シャカール「…わりィ、寝てたわ。お前も寝ろ、見回りに見つかるとウルセーぞ。」
    ファイン「寂しくなるね…。」
    今朝配られた量の部屋割り変更の通知。
    卒業生徒と新入生との入れ替わりに伴う現在からの部屋割りが変わるイベントだ。
    長い期間変わらないこともあればサクッと自然に一年で変わってしまうことすらある。人の流れが例年変わるからだ。
    シャカール「…入学してからずっとだったもんなァ…まあお前なら大丈夫だよ。次はあの女帝様だろ?…せいぜい手を焼かせないこったな。」
    ファイン「…。シャカールはドトウちゃんだったね。厳しくしすぎて嫌われないようにね?」
    特に必要のない、現在の同室の相手が誰と新しくペアになるのかはお互いにリサーチ済み。
    誰に言われるわけでもなく、なんとなく“気になったから”
    それ以上も、それ以下の理由はない。
    シャカール「…ま〜だ今月は一緒だよ。そこまでしんみりすんなって。それに部屋が変わっても学園にいる間は会えるだろ?」
    ファイン「そうだね…。」
    気丈に振る舞ってはいるもののどこかしおらしい。
    彼女らしくない。
    ファイン「…最近ずっとパソコンで何か調べてるけど、何か面白いことでも見つけたの?」
    ぎくり、と図星をつかれる。彼女が思っていたよりも自分の行動を把握していたこと、画面を見る頻度が増えたことに気がつくとは思っていなかった。
    シャカール「…レースの研究だよ。対して面白味はネェけどな。」
    ファイン「…嘘ついてるでしょ。あの顔は…猫みたいにワクワクしてる時の顔だった。シャカールが自覚してなくてもあれは━━━…。」
    シャカール「わかった…もういいって。」
    国の殿下としての立場、卒業までの間満喫できる短い期間。自分が抑圧されていることで他者のそういった感情に対する感性はとても高い。…気づかれて当然かもしれない。

  • 189二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 12:28:53

    シャカール「…編入生がどんな奴かな、ってタキオンやカフェと密談してただけだ。」
    ファイン「どんな子だったの?」
    シャカール「食いつき方すげえな…まだ直接話したことねえからわかんねえよ。URA本部が目をつけてるってことしか知らねー。」
    「あァ、でも天皇賞春は走る予定らしい。そこで実力云々は見極められるだろ。」
    ファイン「…そうだね。シャカール達の期待通りの子だといいね。」
    シャカール「そんなしょぼくれんなよ…長い間同室だったし、来日期間の最後の一年が一緒じゃねぇのは寂しいだろうけどさあ…」
    ファイン「シャカールは寂しくないの…?」

    シャカール「…俺だって寂しいさ。そんなこと言ってらんねえけどさ。学園生活の中でお前との思い出が残ればそれでいいよ。」
    ファイン「…ラーメン食べようね。」
    くだらない。他のやつだったら特別でもなんでもない“ラーメンを食べる”と言う約束。
    …コイツだから特別なんだろうな、合理性に欠ける。ロジカルじゃねえ。
    シャカール「…楽しみにしとくわ。」
    ここの学食のラーメンも、カップ麺も腹を満たすと言う意味合いでは差異はない。
    味もあまり気にして口にしていない。
    ただ、コイツと食ってる時は美味い。
    ファイン「…約束だからね!」

  • 190二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:33:39

    保守

  • 191二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:41:14

    保守

  • 192二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:42:18

    うぉなっが

  • 193二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:43:09

    じじぴかな?

  • 194二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:45:08

    あにまんの200のスレで一番長そう

  • 195二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:47:16

    もうハーメルンで投稿した方がよくない?この長さは

  • 196二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:48:18

    このレスは削除されています

  • 197二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:48:53

    このレスは削除されています

  • 198二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:49:24

    ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ

  • 199二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:49:50

    ︎︎ ︎︎

  • 200二次元好きの匿名さん22/02/05(土) 19:50:07

    ︎︎ ︎︎

オススメ

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