- 1二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:43:07
人は、変わっていくものだ。
中央トレセン学園に所属する少女達だって、いつかはターフから去るし、学園からも去っていく。新しい夢を見つけて、色んな経験をして大人になって。そうして夢見る少女だった頃と同じ空を見上げ、人生という名のターフをその脚で歩み出すのだ。その先に、きっと素敵な未来が待っていると信じて。
それは、かつて自身を"一流のウマ娘"と呼んで憚らなかった彼女も、また然り。
PCに届いたメールに手際よく返信を済ませ、キングヘイローは手帳を開いた。来週以降の予定に合わせて今日この時までに完了すべきタスクの一覧、それらが全て片付いた事を確認すると、PCを閉じ手元の資料を仕舞って席を立った。
「それじゃ、今日は先に上がるわね。皆お疲れ様」
そう言って、彼女は颯爽と自身のデスクを後にした。周囲からは次々に挨拶や労いの言葉が贈られ、彼女はそれに微笑みで返してオフィスを後にした。珍しく早退したチームリーダーを見送ると、残されたチームメンバー達は誰からともなく隣の席に座る同僚に声をかけた。
「キングさん、用事があるって言ってたけど、どうしたんだろね」
「バカね、花の金曜に早退なんて決まってるじゃない。男よ、男」
「そうかなぁ、確かにキングさんは元GⅠウマ娘だしめっちゃ美人だけど、全然そういう噂聞かないよ」
「そういうのは上手に隠すものよ。トゥインクル・シリーズに出てるウマ娘にそういう噂は聞かないでしょ?」
「確かに、現役中って絶対そういうの出ないもんねぇ。大体そういう場合ってトレセン卒業したら即トレーナーと結婚してるイメージある」
「そうでないって事は、男の線は薄いんじゃない? なんて言うか、仕事一筋感あるし」
「相手がトレーナーならそうかもしれないけど、卒業してから見つけた男という線も……」
井戸端会議が段々と盛り上がりを見せ始めたその時、大きな音と共にオフィスの扉が開いた。
顔を突き合わせていたメンバー達が慌てて散りつつ扉の方を見ると、大荷物を抱えたウマ娘が立っていた。 - 2二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:44:54
「只今戻りましたわ!!」
「あっ、お帰りなさい。どうだった? 初めてのコンペは」
チームの一人が労いの言葉をかけると、彼女は興奮気味に頷いた。
「緊張しましたけれど、無事に終わりました! 普段取引頂いているお得意先様にも色々ご意見頂いて、とてもとても勉強になりましたわ~!!」
嬉しそうに笑う彼女の姿に、オフィスの空気が綻んだ。
トレセン学園の頃から憧れだったキングを追いかけてこの会社に入ったという彼女について、トゥインクル・シリーズではキングの後輩で当時から非常に仲が良かったと言う事もあり、当初は特別扱いを危惧する声もあった。
が、それは全くの杞憂だった。キングの彼女に対する情け容赦の欠片も無い中央トレセン学園流の指導法と、それに応えようとする努力のあり方をチーム全員が目の当たりにする事となり、むしろキングのチームは仕事への意識がより引き締まったと評判だ。
初めの頃は勢い余って勇み足を踏むこともあったが、今ではすっかりチームの妹分である。
そんな彼女が担当していたのは、子供服のデザイン。
『誰もが夢見るヒロインになれる服』をテーマに掲げた彼女の企画は初め難色を示されたが、彼女の熱意に押される形で本決まりになり、その評価を決するコンペ当日を迎えていたのであった。昨日まであんなに緊張していた彼女の嬉しそうな笑顔を前に、周囲も安堵の笑みを浮かべる。
「早速キングさんにもご報告を……あら、外出ですの?」
「あーそっか、会場に直行だから知らなかったか」
「残念ながら、今日は早退なんだよね」
「では、報告は来週ですわね! 私、荷物を片付けたら報告書をまとめますわ!」
彼女は先輩達にそう伝えるが早いか、まずは手にしていた大荷物を倉庫に運ぶべくオフィスを飛び出した。
初めての大仕事を終えてあの様子なら、きっと会場に集まった得意先の印象も悪くなかったのだろう。可愛い後輩が無事に憧れへの第一歩を踏み出したことに、チームメンバー達は感慨深く頷きつつ、自分達も気合いを入れ直してデスクに向かうのだった。 - 3二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:48:31
ビルに囲まれた高速道路はこの街のあちこちへと急ぐ車で溢れている。それでも、今の時間にしてはスムーズに走れている方だろう。綺麗に磨かれたビルの窓に映る夕陽は、空を美しく黄昏色に染めていた。
ビル群を抜け、周りの景色はマンションや道路に並走する列車の高架へと変わっていく。少し窓を開けて風を感じながら駆け抜ければ、潮風の香りが海まですぐそこだと知らせてくれる。高速を降りたら森を背にして更に進み、橋を一本渡る。下は一見川に見えるが、ここはもう東京湾の中だ。ここまで来れば、目的地は目と鼻の先。
「……ここよね、きっと」
キングは、ある種の確信を持ってここへとやって来た。彼女は、きっと今日もここで海を見ている。
公園内の森を抜け、釣り専用に整備された防波堤へと脚を運ぶと、視線をほんの少し上に上げるだけで黄昏色の空を背にした東京ゲートブリッジが瞳に映り、見る者を圧倒する。
だが、海に夢中の釣り人達はそんな景色には目もくれず、釣り針に大物が掛かるのを待っていた。いつも同じ場所で釣り糸を垂らし、海を見つめるウマ娘も、その一人。それか、あるいは────。
その姿を瞳に捉えると、キングは真っ直ぐに彼女の後ろに立った。
「釣れますか?」
隅の方で一人、海に向かう猫背のウマ娘に、キングが問いかける。声を掛けられたウマ娘は、うーん、と軽く唸ってからキングに返した。
「今の所、坊主かな。あ、でも」
そこで言葉を切り、彼女はひょいと立ち上がる。振り返ると同時に、肩まで伸びた淡い緑を帯びた髪と、サイドテールに結んだ深緑のリボンが海風に揺れた。キングの姿を蒼色の瞳に映し、彼女はイタズラな笑みを浮かべる。
「一流のファッションデザイナーウマ娘が一人、たった今釣れちゃいました」
「あら、とんでもない大物を釣り上げたものね」
「街のトレンドを席巻する一流デザイナー様のお眼鏡にかなうと良いんですけどねぇ」
「ここの景色は好きよ。でも、今は貴方の隣が良いわ」
学生の頃と変わらないイタズラな笑みに、キングは微笑みを以て応える。"一流のウマ娘"に相応しい凜とした、それでいて美しい笑顔を前にして、彼女は嬉しそうに笑った。きっと、彼女────セイウンスカイは、釣果などではなく、初めからキングが来るのを待っていたのだろう。 - 4二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:50:40
「それにしても、よくここに居るって分かったね。私、午後から釣りに出掛けてるかも、しか言ってなかった気がするんだけど」
「キングの直感が告げていたのよ。尤も、貴方の居場所を外すつもりは無いけど」
「おやおや、私の事ならなんでもお見通しという訳ですか? キングってば、セイちゃんの事大好きすぎじゃありません?」
「当然でしょう、何年貴方に苦労させられてると思っているのかしら」
そう言って、キングは踵を返す。流し目でスカイを見つめるその表情は、変わらず美しく微笑んでいた。元来た方へ脚を進めるキングに、スカイも釣り具を抱えて続く。
「そういう事なら、これからも苦労して貰っちゃおうかな」
わざとらしくそう呟きながらも、スカイは変わらず嬉しそうに顔を綻ばせていた。
今までだって、どこに行くかわざわざ伝えなくても、キングは真っすぐ自身の元へやって来た。これからだって、きっとそう。何の根拠も無いけれど、そう思える。その事が、スカイは堪らなく嬉しかった。
隣り合って歩く二人の後方では、東京ゲートブリッジが夜の帳に皓々と光を放ち始めていた。 - 5二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:53:15
同期として、共にトゥインクル・シリーズを歩み続けたキングとスカイ。輝かしい結果を残し、黄金世代と評された彼女達にも引退の時が来て、トレセン学園を卒業する日が来た。スカイとキングも、それぞれ別々の道を歩み始める。
キングは、母を越えるファッションデザイナーを目指し、大学で服飾の勉強に励んだ。卒業後は現在のアパレルメーカーに就職し、今やデザイン部門の一チームを任されるに至る。
彼女の生き様を追いかけてきたカワカミプリンセスも、何枚もの高い壁を時に乗り越え、時に粉砕し、今ではキングのチームの一員となって研鑽の日々を送っている。
そうして忙しく働くキングの楽しみの一つが、海を見に行く事だった。ある時はランニングがてら朝陽が昇る東京湾を眺め、またある時は展示会の終了後、名古屋港の工場夜景に一人黄昏れる。チームで挑んだデザインコンテストで思うような成績を残せなかった時は、雪が吹き荒ぶ冬の日本海の荒波に向かい、リベンジを誓った。
そんなある日の事、キングは今日と同じように、この東京ゲートブリッジがよく見える公園へやってきた。艱難辛苦を乗り越えたカワカミの入社が無事に決まった事でようやく肩の荷が一つ降りたので、黄昏色に染まる空と海を特等席で見たくなったのだ。公園に整備された道を歩きながら、キングは木々の向こうに広がる海に想いを馳せる。
海に来ると、いつも思い出すウマ娘が居る。学園を卒業してからもう随分長い事会っていないし、何処で何をしているのかも分からない。けれどもし、彼女が居そうな場所は、と聞かれたら、私は迷わず海と答えるだろう。初めは決意を新たにする為だったのに、いつしか私は、瞳に映す海の片隅に、彼女の面影を探すようになっていた。キラキラと輝く海へ走る後ろ姿を、私はずっと追いかけている。
過去に囚われ続けるなんて、全く、一流のウマ娘が聞いて呆れるわ。それでも、もしももう一度会えるなら、今度は必ず、その手を────。
秘めたる想いを胸にしたキングの視界が開け、目の前に黄昏色に染まった空と東京湾が広がった。ゲートブリッジを瞳に映したその時、キングの視界は一人のウマ娘を捉えた。思わず、息を呑む。 - 6二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:55:14
よくある他人の空似か、と思った。けれど、瞬き一つで確信した。あの頃より随分髪を伸ばし、髪型も変わっているが、間違いない。私の瞳の中に、ずっと探していた彼女がそこに居る。
トゥインクル・シリーズで日々を共に過ごし、"一流のライバル"として駆け抜けたウマ娘が。こうして時折眺める海を好きになるきっかけをくれたウマ娘が。
そして、いつしか焦がれ、想いを結びたいと願ったウマ娘が。
もしかしたら、キングがこれまで紡いできたそのウマ娘との縁は、いつしか運命になっていたのかもしれない。キングは、迷う事無く目の前に居る彼女を運命だと信じた。だから、クーラーボックスを傍らにゲートブリッジを眺める彼女の後ろ姿へと、真っ直ぐに歩み寄る。
『……今日は、釣れました?』
『ん? そうだねぇ、ボチボチって所かなぁ』
意を決して声を掛けたキングの方には振り返らず、彼女は首を傾げながら間延びした声で応える。
変わってないのね。そういう事なら、きっとこっちの方が良いわ。
そう思い至り、キングはふ、と口角を上げた。
『そう……なら、前より釣りの腕は衰えたのね』
『にゃはは、魚ではなく、失礼なお嬢さんが釣れちゃいましたかぁ。いやぁ、でもなんだか懐かしいなあ、その感、じ……』
何かに気付いたのか、彼女の耳がピンと立った。そんな彼女の後ろ姿に、キングは続ける。 - 7二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:56:46
『見た目は少し変わっても、中身は変わってないのね。でも、その髪型はよく似合ってるわ。素敵よ』
『……っ!!』
そこで、ようやく彼女は振り向いた。目を見開いて、少しだけ口元を震わせながら微笑むキングを見ていた。ずっと心の奥に仕舞い込んでいた感情が、一気に溢れ出す。
『……キン、グ……?』
『久しぶりね、スカイさん。元気そうで良かった』
『……キングっ!』
想いの丈を詰め込んだ呼び声と共に、彼女はキングの胸に飛び込んだ。一瞬驚いたものの、キングも彼女をしっかりと抱きとめる。
『ああ、びっくりした……本当に、本当にキングだ……』
『他に誰がいるって言うの? 貴方の一流のライバル、キングヘイローよ』
努めてスカイがよく知る自身のように振る舞うキングの瞳には、スカイと同じ想いが黄昏色に煌めいていた。
『まったく、今まで何処で何をしてたのよ……会いたかったわ、スカイさん』
『うん、うん……!』
笑顔で頷く彼女の瞳から、再会の喜びとその胸に秘めた思いの丈が伝わって来る。キングは、その想いを信じて目の前の彼女を、セイウンスカイをその胸にしっかりと抱きしめたのだった。今度はこの手を、決して離してしまわないようにと願いながら。 - 8二次元好きの匿名さん24/01/28(日) 23:59:19
「……そう言えば、そうだったなぁ」
振り返ってみたら、自分ではフラッと向かったつもりだった公園は、私とキングが何年か越しに再会した場所だった。折角だから今夜のおかずでも、と意気込んで釣竿を抱え、今では二人で暮らす家を出て気の向くままに移動していたら、いつの間にかそこに辿り着いていた。
きっと、あれは運命だったのだろう。感慨も一入に、ほうと息をつく。
「これからも、私はずっとあそこに居るのかもね」
「何か言ったかしら?」
「ん、何でもないよ」
曖昧な私の答えにそう、とだけ答えると、キングは再び夜の高速道路に向き合った。
キングの愛車を始めて見た時は驚いたけれど、今ではこのちょっと高級かつスポーティな走りにも慣れた。それに、これが今のキングにとっての"一流の走り"だと思うと、それを一緒に感じられる事を嬉しく感じる自分も居るのだ。私は、窓の向こうに見える地上の星の海をぼんやりと眺めた。
「ところで、実際どうだったのよ」
「いやぁ、実は本当に坊主でして……今夜のおかずは無しという事になりました。にゃは」
「仕方ないわね。なら、その失態を取り返すようなディナーを振る舞う権利をあげるわ」
「はは、仰せのままに」
「後、スペさんから届いた山のような野菜の仕分けもお願いするわ」
「御意でございます」
私がわざとらしく恭しい振る舞いを見せると、キングは楽しげに笑って応えた。それにつられるように、私も笑い声をこぼす。教室で何でもない話をしながら笑い合っていた頃を思い出した。
何十年越しの再会だって、昨日の続きのように話ができる。長かった髪を短く切って、髪型も変えて、前よりずっと背も伸びて綺麗になっても、そんな一時を共に過ごせる事が、私は嬉しくて仕方がなかった。 - 9二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:02:45
『ねえ、スカイさん。貴方さえ良ければだけど……一緒に暮らさない?』
ある時、都会の片隅でアパート暮らしをしている私に、キングがそう提案した。私は躊躇う事無くキングの手を取った。今の仕事場からは少し遠くなるけれど、そんな事は少しも気にならない。キングと一緒にいられる事への嬉しさの方が、よっぽど大きかったから。
キングと再会するまでずっと燻り続けていた私の想いは、お揃いの食器やアクセサリーを選んだり、一緒に家事をこなしたりといった日常を重ねていく内に、色んな感情を纏って大きくなっていった。
「いかがです? セイちゃん特製、簡単ポトフのお味は」
「美味しい……簡単って言うけど、貴方本当に料理が上手になったわね」
「キングの振れ幅程じゃないよ。まあ……一人が、長かったからね。自然に上達したって言うか。せざるを得なかったと言うか」
「なら、今度は一緒に作りましょう。貴方の得意なレシピも覚えておきたいし」
「それは良いけど……一人暮らし用の簡単料理ばっかりだよ?」
「一緒に住んでる相手の好みの味くらい、知っておきたいでしょう?」
キングの料理だって十分一流の味になったのに、キングはこういう事をサラっと言いながら私に笑顔を向けてくる。何でもないフリして笑う私の胸の音は、急加速する回数が一気に増えた。
「キング、お風呂湧いたよー」
「ああ、悪いんだけど先に入ってくれる? 来週の予定が変わりそうなの」
「ありゃりゃ、それは大変。あ、でもセイちゃん今日はちょっと人肌恋しい気分なので……キングのお仕事が終わったら一緒に入りたいなー、なんて」
「……そう、キングを誘うのね。そういう事なら、今すぐでも構わないけれど?」
どこか艶のある声と共に振り向いたキングは、妖しげな笑みを浮かべながら自身の指先をその一流の身体に這わせた。その姿に思わず息を呑んでしまい、次の言葉が浮かんで来ない。そんな状態の私を前に、キングはまるで少女のように笑った。
「冗談よ、おばか。ほら、冷めちゃうから先に入って頂戴」
「……うん」
私の言うそれらしい事を真に受けたり、からかっていると知って頬を染めながらぷんすか怒るキングは、もう居ない。そこに居るのは、あの頃よりずっと魅力的になった、一流ウマ娘、キングヘイローだ。 - 10二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:06:10
どこからともなく溢れ出す寂しさに似た気持ちと、ずっと魅力的になったキングと一緒に居られる事への喜びで、私の胸はざわめき出す。そういう時、私は必ず嬉しい方に身を任せる事にしている。
「……ねえ、キング。まだ起きてる?」
「寝たわよ」
「ふふ、起きてるじゃん」
寝室のベッドは、キングと私の二人分。一緒に住むことが決まって、引っ越しついでにキングが用意してくれていた。畳の上に敷いていたお布団から卒業し、暖かい掛け布団に包まって眠れるようになったおかげで、私の睡眠の質は大幅に上昇する運びとなった。けれど、最近はそれだけではない。
「用がそれだけなら、もう寝るわよ」
「まあまあ、そう仰らず」
そんないつもの掛け合いの後、私は掛け布団からするりと抜け出して、目の前で横たわるキングの掛け布団へそっと手を伸ばす。こういう時、キングは何も言わずにわがままな私をベッドに受け入れてくれる。隣で横になった私の方は見ないけど、眠るまで私の手をしっかりと握っていてくれる。
きっと、いつもこうして貰っていたであろうウララの事が、ここに来て少し羨ましく感じる。手のひらから伝わってくる暖かさが、ふとした事で脆くなりそうになる私にとって、これ以上無く心強かった。
けれど、今夜は少し様子が違った。掛け布団に伸ばした私の手をキングの手が捕まえたと思ったら、そのままベッドの中へと手繰り寄せたのだ。私は、驚く間も無くキングの胸の中に抱きとめられてしまった。
「……キング?」
地上に広がる星の海は、煌々と夜の街を照らしている。カーテンの隙間から入り込んでくる光は、私がキングの表情をこの目で確認するのには十分すぎた。仄かに微笑みながら私を見つめる瞳に、地上の星の光が煌めいている。瞳の星明かりに見とれていると、キングの指先が私の髪に触れた。 - 11二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:11:54
「ん、キング……」
「……また少し、髪質が良くなったかしら」
「うん……そう、かもね。どう? セイちゃんの撫で心地は」
「上出来よ。前よりずっと心地良いわ」
目の前に横たわるキングの指先が、優しく私の髪を梳く。愛おしげに髪に触れる指先の感触が、少しずつ髪の中へと埋もれていって、ふわり、ふわりと梳いては触れてを繰り返す。私の胸に、暖かいものが灯った。私もまた、キングの髪に手を伸ばす。学園に居た頃より短くなったけど、お手入れの行き届いた髪の触り心地は変わっていない。指先が触れた箇所から好きだと言っていたシャンプーの香りが漂ってきた。
それで、心が解れたからなのかもしれない。再会してから、心の片隅でずっと気になっていた事が、私の口からひょいと飛び出した。
「キングはさ、どうして髪、短くしたの?」
「……そうね」
そう言って、キングは口を動かすのをやめた。もしかして触れてはいけない話だったかな、とも思ったが、キングは変わらず私の髪をふわりと撫でていたので、一先ずそうではないらしい。お互いに身体を寄せ合って、髪をふわふわと撫で合った。
二人分の体温で暖められたベッドの中と触れ合う感覚が心地よくて、ふとした瞬間意識を夜に手放してしまいそうになる。
それでも、私は横になったままキングの瞳を見つめ続けていた。少しの間考えて、キングは小さく頷くと、私を瞳に映して目を細めた。
「貴方を見つけたかったのよ。きっと、ね」 - 12二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:12:54
優しい声色と共に、微笑みながら私を抱き寄せる。私の胸に灯った暖かいものが、一気に全身に広がっていく。思わず溢れ出しそうになった感情を、一生懸命抑え込んだ。
「貴方こそ、どうして髪を伸ばすことにしたの? 後、そうして髪を結ぶようになった理由も、教えてくれると嬉しいのだけど」
きっと、キングは気付いている。大人になって、前よりずっと格が上がった一流ウマ娘には、全部お見通しだ。けれど、キングは私の口から答えを聞くのを待っている。
ああ、困ったな。胸の音が押さえられない。今喋ったら、口が震えて言葉が壊れてしまいそうだ。でも、キングは変わらず私の髪を撫でながら、私の答えを待っていた。
私は、ゆっくり四拍息を吸ってキングの問いかけに答える。
「どんなに離れても、遠くても、キングに私の背中を捕まえてほしかったから、かな」
私達は、もう一度瞳にお互いを映した。地上の星の光は、微笑む瞳の中で想いを纏って揺れていた。
「スカイさん」
キングが私を呼ぶと同時に、抱き寄せる両腕に力を込める。
「貴方が好きよ、ずっと」
私も、と伝えるよりも早く、唇に柔らかな感触が重なった。お気に入りだという石鹸の香りがくすぐったい。私は、受け止めたこの想いをもう二度と離さないように、キングを包む両の腕に少しだけ力を込めた。 - 13二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:18:44
人は、変わっていくものだ。
中央トレセン学園に所属する少女達だって、いつかはターフから去るし、学園からも去っていく。新しい夢を見つけて、色んな経験をして大人になって。そうして、夢見る少女はいつか見た時と同じ空を見上げながら、人生という名のターフを再びその脚で歩み出す。その先に、素敵な未来が待っていると信じて。
けれど、その脚で歩み出すのが一人である必要なんて無い。あの頃の少女達のままでいられる二人が、手を取り合って歩み出す未来だって、きっとある。
「ね、キング。明日どっかにお出かけしない?」
夜に漂いながら、スカイがキングに問いかける。キングは閉じていた瞳を薄らと開き、その先のスカイを一瞬だけ映す。時計の短針は、とっくに天辺を越えていた。
「今度は渓流?」
「ううん、海を見に行こうよ。一緒にさ」
その答えを聞いて、キングは瞳を閉じたまま口角を上げた。
「なら、たまには遠出するのも悪くないわね」
「お、良いトコ知ってるの?」
「勿論。キングが認めた景色を最高の場所から楽しむ権利をあげるわ」
「ふふ、なんか懐かしいなぁ、その感じ」
「……けれどね」
笑みを浮かべながら返したスカイの手を、キングはそっと自身の掌で包み込んだ。驚くスカイを他所に、キングは続ける。 - 14二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:23:05
「もしも貴方が私に、ずっと貴方の隣に居る権利をくれるなら、私は何処へでも行くわ」
不意に放たれたキングの言葉に、スカイは目を見開いた。先程まで閉じていた瞳は、しっかりと紅潮した彼女の表情を映している。しばし見つめ合った後、スカイがゆっくりと口を動かした。
「……そういう言い方、反則じゃない?」
「あら、本心よ?」
意趣返しと言わんばかりにイタズラな笑みを浮かべるキングを、そっと抱き寄せる。互いの胸の音が、暖かな想いと共に伝わって来る。スカイは、一つ深呼吸して、キングに顔を寄せた。
「キング」
「何?」
「好きだよ」
先程伝えそびれた言葉を、今度はしっかりと彼女に贈る。そして、今度はスカイの側から唇を重ねた。
「……知ってるわよ、おばか」
嬉しそうな笑みと共に帰って来た"おばか"は、今までで一番優しく心の琴線に触れて、スカイを穏やかな眠りへと誘っていった。二人は最後にもう一度だけお互いを瞳に映すと、夜にその身を任せた。
共に走り、日々を過ごし、一度は離れた二人の距離は、今一度の出会いを経て、一つになった。きっとこの道は、今度は離れる事は無い。輝く朝陽と、その先に広がる海を夢見て眠る二人の想いを彩るように、地上の星達は尚も夜の帳に煌めくのだった。 - 15二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:27:08
以上です、ありがとうございました。
今回は個人的に大変刺さった以下のスレを題材にお話を書かせて頂きました。
バリキャリショートヘアキングとゆるふわロングヘアーセイちゃんの大人百合|あにまん掲示板が見たいんですが何処に行けば見れますか???https://bbs.animanch.com/board/2840329/スレ主はこのスレの>>20ですbbs.animanch.com本来ならスレが完走する前に書き上げて投げに行きたかったのですが叶わず、大幅に出遅れてのSSとなりました。素敵な概念をありがとうございました。ショートヘア一流マシマシキングとゆるふわロングセイちゃんの大人百合は健康に良い。この尊さはDNAに素早く届く。
- 16二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:41:18
良い……………
- 17二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 00:43:34
脳が回復する
いいものが読めた - 18二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 01:47:43
大人の余裕たっぷりの一流キングがイケメンすぎて困る困らない。そんなキングにベタ惚れなセイちゃんも好き
あと山のように野菜送ってくれるスペちゃんも可愛い - 19二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 03:01:42
よき…
入り浸ってたスレに投下されてた概念のフルコースになってる… - 20二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 05:39:30
良い……
俺の中のデジたんが満足そうな顔で倒れている…… - 21二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 09:15:23
朝一から摂取する尊み溢れるウンスキンが全身に効く。これで今日も頑張れるわ
- 22二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 12:49:55
- 23二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 12:58:36
- 24二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 13:11:13
あのスレにいた方でしたか!
とても素晴らしいSSをありがとうございます。
大人になったキングはいい女だろうし、セイちゃんは相変わらずキュートでしょうね。
二人が今後も幸せでありますように。 - 25二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 22:22:02
皆様、読んで頂きありがとうございます。
良いですよね………………
月曜日の朝にはキングとセイちゃんのイチャイチャが効く。いつか病気も治せるようになる。
元スレでも色んな人が言ってましたけど、大人になって余裕を身に付けたキングは一流どころじゃないですよねきっと。セイちゃんは勿論ベタ惚れだし、キングも大人になったセイちゃんに一途だったりすると良いと思います。
スペちゃんは定期的に北の大地から野菜を送ってくれます。また、今回のお話には登場しませんが、エルグラツヨシとも交流が続いていると良いなと思います。
最初、これだ!と思った概念を中心に短めに行こうと思ってたのですが、間に合わなくなったので開き直りました。
私の中のおデジさんも元スレが完走するまでに何人か逝去しました。心のおデジさんに尊いウンスキンをお届けできて何よりです。
ウンスキンは健康に良い。古事記にも書かれている。頑張りたい朝には尊いウンスキンを是非。
ずっと思い出の中で焦がれていた二人が現実でもう一度出会うのすごくすごい良いですよね(語彙)。
心のおデジさんに満足頂けて何よりです。
元スレのスレ主様、素晴らしいスレをありがとうございました。スレに集まった皆様からも様々な良概念が投下され、心のおデジさんが三途の川を反復横跳びしておりました。この場を借りて篤く御礼申し上げます。
嬉しいお言葉をありがとうございます。キングは絶対一流を越えたいい女になると思います。セイちゃんは学生時代のキュートな面影を残しつつ大人になったと思わせる一面が時折顔を覗かせると個人的に美味しいなあと思ったりします。
- 26二次元好きの匿名さん24/01/29(月) 23:48:53
セイちゃんの背中を見つけるシーンで釣果ゼロ思い出した。
あっちは確信あったけど、次にセイちゃんを見つけるのもキングからっていうのが良い。キングが見つけてくれるのをずっと信じてたであろうセイちゃんが気付いた瞬間も良い。 - 271(25も1です)24/01/30(火) 08:05:55
釣果ゼロ良いですよね……。
上手く説明できませんが、お互いにいつか必ず再会したいと思っていて、その気持ちはセイちゃんの方が強いと良いなと思っています。
ストレートに会いたい、なキングに対し、会いたいけどその時キングは自分を受け入れてくれるのか、という葛藤が内心あったかもしれません。その分実際に会った瞬間感情が葛藤を置き去りにしちゃうと良いな、と思うなどします。