(SS注意)ヴィルシーナがパリピになる話

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:31:36

     昼下がりの駅前。
     今日は担当ウマ娘と買い出しに出かける日で、ここで落ち合う約束、なのだが。
     俺はベンチに腰かけて、LANEの画面を見る。
     そこには彼女からメッセージがあった。

    『準備に手間取って少し遅れます、お待たせして申し訳ありません』

     彼女が遅刻をする、というのはとても珍しいことだった。
     少なくとも、担当契約をしてからは初めての出来事かもしれない。
     そのくらい彼女は普段からしっかりとしていて、生真面目な人物で、品行方正な人物なのである。
     ……まあ、とりあえず事故等に巻き込まれたわけではなさそうだから、一安心。
     俺の方は大丈夫だからゆっくり来てね、そう返信をしようとした、その時であった。

    「おっ、お待たせ、トレーナーさ……トッ、トレぴ~☆」

     ────聞き慣れた声で、聞き慣れない単語が聞こえた。
     別の人に声をかけたのかなと思い、周囲を見てみるが、他の人が呼びかけに反応した様子はない。
     何人かの人は見惚れるような表情で、先ほどの声の方向を見ていたけれど。
     
    「うぇ、うぇーい、トレぴよ、KSはなしよりのなしじゃない……じゃね!? マジぴえんなんですけどぉー?」

     ……どうやら、現実を直視しなくてはいけないようである。
     俺はまさかとは思いながらも、ゆっくりと首を動かして、声の主の姿を確認した。
     美しい青毛、菱形に少し垂れた流星、吊り目がちの空色の瞳。
     目元にはフェイスペイント、髪型は普段のストレートではなくサイドポニー。
     ボトムスは引き締まった太腿を惜しげもなく晒すデニムのショートパンツ。
     トップスはほっそりとしたお腹と小さなお臍がちらちら見え隠れする、ショート丈のミニTシャツ。
     彼女はハンドサインを作ってポーズを取りながら、張り付けたような笑顔でこちらを見ていた。
     ……まあ、その口元はひくひくと動いていたのだが。

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:31:52

    「えっ、何をしてんの、ヴィルシーナ」

     俺は思わず、素で彼女の名前を呼んでしまった。
     目の前にいる人物は、決して見紛うことはない俺の担当ウマ娘の、ヴィルシーナであった。
     普段の彼女の格好とは、大分違うものにはなっているけれども。

    「……っ!」

     俺の言葉を聞いた瞬間、ヴィルシーナの顔は真っ赤に染め上がる。
     全身をぷるぷると震わせながら、口をきゅっと噛みしめて、涙目で俺のことを睨みつけた。
     ……これ、俺が悪いのかなあ。
     高貴であり、妹達の模範であろうとする、彼女らしからぬ行動。
     実のところ────この原因には、少しだけ心当たりがあった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:32:27

    「最近、ヴィブロスの言葉遣いが乱れている気がして」

     それは、一週間ほど前の話。
     ミーティングを終えた後に、ヴィルシーナは悩まし気な表情でそう零した。
     しかし、俺はそんな彼女のぼやきに、違和感を覚える。

    「といってもあの子、元々ちょっと軽い感じの喋り方じゃないか?」

     ヴィブロスは、ヴィルシーナがとても大切に想っている妹の一人だ。
     要領が良くて甘え上手、それでいて割としっかりとしている、というのが俺の印象。
     そんな彼女の喋り方は、誰に対しても割と気安い感じの口調だった気がする。
     勿論、目上の人を相手するときや畏まった場ではしっかりと敬語は使えるみたいなので、問題はないと思うのだが。

    「……そうね、乱れているというのは語弊があったわ、その、言葉のレパートリーがおかしくなったというか」
    「言葉のレパートリー?」
    「最近、高等部の先輩と仲良くなったらしくて、その方の言葉遣いを真似しているみたいで」
    「へえ、例えば?」
    「なんといったかしら……やばたにえん? ばいぶす? てんあげ? とかなんとか」
    「あー」

     首を傾げながら言葉を並べるヴィルシーナに、俺は少し間の抜けた声を上げてしまう。
     そういう言葉を使う人物に、何人か心当たりがあったから。
     そして他人が真似してしまうほど、頻繁に用いる人物ということであれば、一人にまで絞ることが出来る。

    「もしかして、ダイタクヘリオスか?」
    「あら、知っているの?」
    「色んな意味で有名だし、個人的にも色々とね」
    「個人的に」

  • 4二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:32:53

     ヴィルシーナは耳をぴくりと反応させた。
     ダイタクヘリオス、というウマ娘は様々な異名を持つウマ娘である。
     新聞を読むウマ娘、笑いながら走るウマ娘、爆逃げコンビの片割れ、パリピ。
     ……なんか全部アレな感じの異名だが、ことスプリントとマイルにおいては有力なウマ娘の一人。
     マイルも走るヴィルシーナとかち合う可能性は十分あるので、彼女の動向には注目をしていた。

    「あの子だったら心配はいらないさ、周りを元気にしてくれる、とても素敵な子だよ」
    「……へえ」
    「多少言動と勢いには面を食らうかもしれないけど、困っている人を放っておけない優しい子だし」
    「…………そう」
    「……えっと、後はほら、センスも凄く良いとか、なんか聞いたことあるし」
    「………………ふぅん」

     うん、困った。
     ダイタクヘリオスのフォローをする度、ヴィルシーナの声のトーンは下がっていく。
     表情そのものに変化はないが目つきは徐々に鋭くなり、その瞳の光も鈍いものとなっていった。
     やはり、姉としてはあの手の相手には警戒せざるを得ないのだろうか。
     本当に悪い子じゃないんだけどなあ、と思いながら、俺は彼女に一つの提案をする。

    「不安だったら、一度ダイタクヘリオスに色々と聞いてみたらどうだ?」

     一度ちゃんと話せば、あの子の人となりも理解出来るだろう。
     周りに人が多い子ではあるが、話したいと思っている相手を受け入れない子ではないはずだ。
     そう考えたのだが、ヴィルシーナはジトっとした目つきで俺を見つめるだけであった。
     下手なことを言っただろうか、と思った矢先、突然彼女はすっと立ち上がる。

  • 5二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:33:06

    「その方が良いと、トレーナーさんは思うのね?」
    「えっ? まっ、まあそうなるけど」
    「────それじゃあ、今からヘリオスさんに話を聞きに行ってくるわ」
    「いっ、今から? いやまあ別にミーティングはもう終わってるけど、あっ、俺も行こうか?」
    「絶対に、来ないで」
    「アッハイ」

     物凄い圧の強い言葉で拒否られたので、俺は何も言うことが出来なくなってしまう。
     ……もしかして俺、怒らせたのか? このままダイタクヘリオスの下に行かせて大丈夫か?
     様々な疑念が巻き起こるものの、すたすたとトレーナー室から出ようとするヴィルシーナを止めることが出来ない。
     やがて彼女は扉を開けて、部屋から出て行く────直前、くるりと、こちらを振り向いた。

    「……週末の予定、必ず忘れないように」
    「あっ、ああ、もちろん」

     俺の言葉を聞き遂げると、ヴィルシーナはそのまま部屋を出て行ってしまった。
     今週末は街へ彼女と買い出しの予定で、それはちゃんと覚えていたのだが、どうも信用がないようである。
     諸々と自分の至らなさを痛感して、俺は小さくため息をついた。
     なおその後、ヴィルシーナとダイタクヘリオスがトラブルを起こした、という話は全く聞かなかった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:33:26

     ────そういうことがあって。
     今日のヴィルシーナの豹変には、あの日の出来事が関係していることは、まず間違いないだろう。
     しかし、何がどうなってこうなっているのかは、さっぱりわからない。
     困惑する俺の前で、彼女は涙目で俺を睨んだまま、口を開いた。

    「…………トレぽよ、きょコ初見からのノーコメとかマ?」
    「それまだ続けるんだ」

     心が強いウマ娘なのか、いやまあ、それは良く知っているけども。
     俺はヴィルシーナの言葉を聞いて、改めて今の彼女の姿をしっかりと眺める。
     普段の彼女が身に纏う服よりは露出の大きい服。
     そこから見える肉体は、常日頃からの高い意識にと不断の努力によって芸術のような美しさを見せていた。
     いつもと違う髪型も、彼女の新しい一面というか魅力を引き出すのに一役買っている。
     何より元があまりに良いものだから、何を着てもぴったり似合ってしまうのだろう。

    「トレぴっぴ、視線エグち」
    「……ごめん」

     恥ずかしそうな表情のヴィルシーナに注意されて、俺は目を逸らした。
     さすがに年頃女の子をジロジロ見すぎるのは良くなかった、素直に反省する。
     少しだけ焦ってしまい、上手く言葉が思いつかず、俺はありきたりな感想を伝える他なかった。

    「えっと、そういう服も似合っていると思うよ」
    「……それだけ?」

     ヴィルシーナは一瞬素に戻り、意外そうな顔で、そう聞き返して来た。
     ……まあ確かに彼女のビジュアルに感想が見合っていないのは事実かもしれない。
     とはいえ、思いつかないものは仕方がないので、素直に弁明することにした。

  • 7二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:33:42

    「いやごめん、上手い表現がね……でもホント、すごく良い服だとは思ってるから」
    「ちがくて、その」

     少し顔を俯かせて、指を揉みながら、言い淀むヴィルシーナ。
     やがて彼女は意を決したようにちらりと顔を上げると、小さな声で、問いかけて来た。

    「…………トレぴは、ギャルコが好きぴっしょ?」
    「えっ、いや別に」
    「……」
    「……」
    「えっ?」
    「えっ?」
    「まっ、待ちなさい、だって貴方、ヘリオスさんのことをあんなに褒めてたじゃないのよ!」

     完全に素をさらけ出したヴィルシーナは慌てた様子で詰め寄ってくる。
     確かに、俺はダイタクヘリオスのことを褒めてはいた、それは間違いない。
     ただそれは。

    「彼女の個人のことを評価しただけで、別にギャルがどうこうというわけでは」
    「…………っ!」

     ヴィルシーナは耳と尻尾を逆立たせて、大きく目を見開き、再び顔を真っ赤に染め上げる。
     そして、ふらふらとベンチに腰かけて、両手で顔を隠しながら、がっくりと項垂れた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:34:12

    「少しは落ち着いた? これ買ってきたから、良かったらどうぞ」
    「ありがとう、頂くわ…………はあ」

     ヴィルシーナはホットコーヒーを受け取ると、大きくため息をついた。
     そして、落ち着きと自己嫌悪が入り混じったような表情を浮かべると、彼女は小さな声で話し始める。

    「……ヘリオスさんは、良い人だったわ」
    「ああ、やっぱり会いに行ったんだ」
    「ええ、いきなり話しかけに来た私にも嫌な顔一つ対応してくれたし、ヴィブロスのことも含め、色々と教えてくれたから」

     色々、というのはさっきのパリピ語等も含まれているのだろう。
     ちょっと教わっただけであそこまで流暢に使いこなすのは、流石はヴィルシーナというべきか。
     そして、それをわざわざお出かけで実践してきてくれたということは。

    「ありがとう、ヴィルシーナ」
    「えっ?」
    「誤解があったとはいえ、俺が喜ぶと思って、そういう服を着たり、話し方をしてくれたんだよね?」
    「…………ええ、そうね」

     コーヒーを一口飲み、とても渋い顔をしてから、ヴィルシーナはそう言った。
     ……もう少し砂糖が多めのコーヒーの方が良かっただろうか。
     何にせよ、彼女の暗い表情はなかなかに晴れなかった。
     
    「実は来る途中、『あの子』に会ったのよ」

     ヴィルシーナの口から語られる、あの子。
     それは俺達にとっては大きな壁であり、こと彼女にとっては複雑な想いのある、トリプルティアラウマ娘。
     ……来る途中で会ったということは、パリピの姿を見られた、ということなわけで。

  • 9二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:34:29

    「……とても悲しそうな表情で『貴方だけはそういう芸風ではないと思ってましたのに』と言われたわ」
    「おっ、おう」

     その時のことを思い出したのか、ヴィルシーナは沈痛な表情で再び項垂れてしまう。
     ……正直かける言葉が見つからない、出会い頭のあのテンションはヤケクソな精神だったのだろうか。
     なんとか、元気づけてあげたいのだけれど。
     ふと、過去の出来事を思い出す。
     あの時『彼女』がしてくれたように、俺も今、彼女にそうしてあげるべきなのかもしれない。

    「────ヴィルシーナ、買い出しの前に、俺とカラオケに行かないか?」
    「……随分と珍しいお誘いね? 確かに貴方とカラオケには行ったことはないけど」

     俺の言葉に、ヴィルシーナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、こちらを見つめた。
     多分、あの時の俺も同じ顔をしていたんだろうなと思いながらも、受け売りの言葉を彼女に告げる。

    「パーっと歌って騒げば、キミのモチベもアゲアゲ間違いなし、らしいよ?」
    「……それって」
    「ははっ、実は昔さ、こんな感じで俺も誘われたんだよ、ダイタクヘリオスに」

     それは、ヴィルシーナと契約して間もない頃。
     街を歩いていた時、まだ話したこともなかったダイタクヘリオスに、突然カラオケに連れ込まれた。
     そして気づけばデュエットしたりしながら、パリピを満喫したのである。
     ……どうも、俺が先のことを考えて色々不安になっていたことを見抜き、元気づけてくれたらしい。

    「歌ってるうちに俺も元気になってさ、今考えると恩人だよ、彼女は」
    「……」
    「なんというか、太陽みたいな子だよね、周りを明るく照らしてくれる……というか…………」
    「…………」

  • 10二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:34:43

     思い出話を語っているうちに、俺は気づいてしまう。
     ヴィルーシーナの目つきが徐々に鋭く、そして鈍い光を灯していることに。
     それは先日、トレーナー室での態度と、全く同じものであった。
     ……そういや、あの時もダイタクヘリオスの話をしていたような。
     やがて彼女は無言のまま立ち上がり────ツンとした表情のまま、俺の手をぎゅっと掴んだ。
     小さくて、柔らかくて、暖かい彼女の手が、強く俺の手を包み込む。
     
    「行くわよ」
    「行くって、どこに?」
    「カラオケ、貴方が誘ったのでしょう? それともヘリオスさんとは行けても、私とは行けないと?」
    「いやそんなことはないけど……うわ! そんな引っ張らなくて行くから!」

     ヴィルシーナに手を引かれるまま、俺は彼女の後をついていく。
     いつもより押しの強い彼女の様子に困惑しながらも、カラオケそのものは楽しみに感じている自分に気づきながら。
     そしてヴィルシーナは、ちらりとこちらを振り向いて、ぼそりと呟いた。

    「────貴方の太陽は、私なんだから」

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 01:35:28

    お わ り
    ヴィルシーナがギャルっぽい格好をするスレを以前見た覚えがあります

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 02:08:10

    夜遅すぎ謙信
    凄くいいssでした。色々火傷したヴィルシーナがかわいい。

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 02:49:52
  • 14二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 03:00:55

    よきSSであった
    芸風は草。ド根性お嬢様属性がキングと重なるせいか妙にヤケクソ自爆芸が似合う気がするんだよねヴィルシーナさん

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/11(日) 04:56:15

    とても悲しそうな表情…ですか。ごめんなさい、どういう顔をしたら良いか分からなかったので

    『貴方だけは…』も咄嗟に出てしまった感想ですわ…わたくしが口下手なばっかりに…

    何が言いたいかというと、その…改めて見ると、お似合いでしてよ?

  • 16124/02/11(日) 07:33:48

    >>12

    火傷するお姉ちゃん良いよね……

    >>13

    これですね 良いスレでした

    >>14

    キングと一度話して欲しい

    >>15

    困惑の表情が目に浮かぶ……

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