- 1二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:37:08
凄まじい勢いの風が、目の前を通り抜けていく。
背後からは、緊張感を伴う、張り詰めた空気。
俺はそれらを背に受けて、タイムを見ながら少し誇らしげな気分と一抹の不安を感じていた。
やがて、額にわずかな汗を垂らしながら、涼しい顔をした彼女が俺の下に戻ってくる。
「トレーナー、今の走りはいかがだったかしら?」
三つ編みのドーナッツヘア、黒いリボンに真っ赤なハートを模した髪飾り、厚みと風格を感じさせる恵体。
担当ウマ娘のジェンティルドンナは、自信に満ち溢れた笑みで、こちらに問いかけて来る。
タイムは、申し分ない、本番に向けてますます冴えわたっていると言っても良い。
むしろとちらりと見てみれば、目を見開いて、言葉を失っているトレーナーやウマ娘達。
────言葉を失う、それこそが、強者に対する正しい態度だわ。
いつだかジェンティルが言ってたことってこういうことかな、と思いながら口を開く。
「ああ、良いタイムは出てるし、加速ラップも刻めているよ、でも」
「……でも?」
眉をぴくりと動かして、ジェンティルは目を鋭くさせる。
空気が重苦しくなって、背後からは「ひっ!」と悲鳴のような声を聞こえて来た。
まあ、出会った頃ならともかく、今更この程度でビビっていたら彼女のトレーナーなど続いていない。
俺はちらりと、彼女が走り抜けたコースの────地面を見やる。
「…………なるほど」
ジェンティルは俺の視線に合わせて地面を見て、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
彼女が走った後のコースには、彼女が走った『跡』が、深々と残されている。
力強い走りが彼女の魅力の一つではあるが、普段ならばここまで深い足跡は残らない。 - 2二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:37:22
「これは少々、はしたないところをお見せしたわね」
「まあ、数字自体は良いし、気持ちが入ってることは自体は悪くないんだけどね」
これは、ジェンティルのレース前における、悪癖の一つであった。
強さへの矜持のためか、あるいはレースに向けての昂ぶりのためか。
彼女はレースが近づくにつれて、走りに力が入り過ぎることがあった。
強すぎる力は諸刃の剣にもなり得る、脚への負担も、決して見逃せない。
まだ本番まではしばらく時間がある、彼女には少しばかりのガス抜きが必要だった。
「────それならトレーナー、この後、少しよろしくて?」
ジェンティルは、耳をぴょこぴょこと動かしながら、微笑みを浮かべる。
悪癖、というだけあって、このような事態は初めてではなかった。
それなりに創意工夫を繰り返して、一応の解決方法は、すでに見つけてある。
最近は大丈夫だったから、ご無沙汰だったのだけれど。
「……ああ、構わないよ、トレーニング終わったらすぐでいいのかな?」
「ええ、この私に、無駄に出来る時間は一秒足りともありませんもの」
「わかった、じゃあクールダウンを終えて、君の着替えが終わったら、トレーナー室で」
そう言うと、ジェンティルは尻尾を揺らめかせて、柔軟に入る。
俺は恥ずかしさと────楽しみを感じながら、そんな彼女の姿を見守っていた。 - 3二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:37:35
「お待たせいたしました、トレーナー、ご準備はいかが?」
トレーナー室。
着替えを済ませ、制服姿でやってきたジェンティルは、そう声をかけてくる。
書類整理をしていた俺は、彼女の言葉に頷くと、長椅子へと腰掛けた。
すると彼女も同じ長椅子に腰かけて、にこりと、楽しそうな笑みをこちらに向ける。
「さあ、どうぞお越しになって?」
そしてジェンティルは、俺を誘うかのように、軽く自らの太腿を撫でた。
……何度やっても、この瞬間だけは、緊張してしまう。
深呼吸を一つ、俺は意を決して、ゆっくりと身体を横へと傾ける。
やがて俺の頭は────彼女の太腿の上へと、着地した。
ふわりと鼻先をくすぐる甘い匂いと、石鹸の香り。
彼女の太腿は、見た目通りとても厚みのあるものだが、決して固くはない。
ハリがあって、しっかりとしていて、じんわりと温もりを感じて、柔らかい。
彼女のパワフルな走りを支える、立派な太腿であった。
「それじゃあ、いきますわよ」
ジェンティルは、宣言をする。
そして、彼女の両手が、そっと俺の耳に触れた。
恵体ともいえる体躯、それにあまり見合わぬ、細い指先。
彼女はその指先で思いきり────ではなく、優しい力で、俺の耳を揉み始めた。
ぐにぐにと、天井へ向けた左耳が、彼女の暖かな手で解されていく。
その力加減はまさしく絶妙で、程良い刺激が、心地良さを誘発していった。 - 4二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:37:49
「……どうかしら?」
少しだけ、不安そうに声をかけるジェンティル。
いつも自信満々なのに、こんなことで不安にならなくても、思わず苦笑する。
俺はそんな彼女に対して、大丈夫、気持ち良いよ、と素直に言葉を返した。
「そう……ふふっ」
ジェンティルの、嬉しそうな声が聞こえる。
それに釣られるように、俺の顔をも、緩んでしまうのであった。 - 5二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:38:05
レース前に力が入り過ぎてしまうジェンティルへの対策。
それは、あえて繊細な力加減が必要な作業をさせてみる、ということだった。
完璧主義なところもある彼女のこと、それをこなしている内に力の制御も戻るのではないか。
そう考えたのだが、問題が一つ────何をさせるのか、という点である。
高いモノを使うのは俺の懐事情もあるのでNG。
かといって、安物では緊張感が出せないかもしれない。
他人に迷惑がかかるようなことをしたくはない。
あまりお金がかからず、そして緊張感を出すことができて、他人に迷惑がかからない。
『そうだ、俺の身体を使って何かをしてみるのはどうだろう』
……今考えると、ちょっとアレな発言だったとは思う。
ジェンティルも、こちらの正気を疑っているような、何とも言えない表情をしていた。
言葉を撤回しようか悩んだが、その間に、彼女は大きくため息をつき、少し恥ずかしそうに言った。
『…………それでしたら、私の方から一つ提案が』 - 6二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:38:24
そして、ジェンティルの案を採用したのが、現在の光景である。
最初の頃は彼女もおっかなびっくりで、そんな姿が珍しく、ちょっと面白かった。
とはいえいくらか数こなしてみせれば、そこは流石というべきか、あっさりと手慣れてしまう。
正直いえば、もうあまり意味はなさそうだけれど、彼女は例の悪癖が出ると、必ずコレを望んでいた。
膝枕、耳のマッサージ、そして。
「こんなものかしら、それじゃあ始めていきますわよ────『耳掃除』を」
ここからが、本番と言えた。
ジェンティルはそっと耳かき棒を手に取って、ぐいっと俺の耳を引っ張っる。
すると彼女は、くすりと笑った。
「……あら、トレーナー、耳の中のお手入れが疎かではなくて?」
悪戯っぽく言うジェンティルに対して、君がするなと言ったんでしょ、と反論する。
彼女はそうだったかしら、ととぼけてみせながら、そっと耳かき棒を差し入れて来た。
かりかり、と優しく耳壁をなぞる音に、そこに混ざりノイズのような音、そして垢が剥がれる感覚。
まだ手前にも関わらず、かなり溜まっているのが感じ取れて、少し恥ずかしくなる。
「ふふ、私の言う通り、しっかりと我慢されていたようで」
ジェンティルは、優しく、俺の頭を撫でつけた。
それは言いつけを守っている子どもを褒めてるような手つき。
まずます恥ずかしくなるものの、それ以上に、その温かくも優しい手のひらが、心地良い。
少し瞼が重くなるものの、それはつんつんと頬を突かれる感覚で、遮られた。
「まだ、眠ってはいけませんわ、まだまだこれから、ですもの」 - 7二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:38:38
……いかん、あくまでこれはジェンティルのガス抜きのため。
気持ち良いものの、俺が一人で意識を飛ばしてしまうわけにはいかない。
改めて、気を引き締めて、背筋を正す────膝枕された状態では、格好がつかないが。
「……リラックスはしていただいて構わないのですけど」
ジェンティルは不満げに零しながら、再び耳かき棒をそっと入れて来た。
先ほどよりも少しだけ強めに、がりがり、ざりざり、と耳の中で音が響く。
そこからくすぐったさと気持ち良さの混ざった感覚が、神経を刺激する。
ぞわぞわと背筋が走り、正したはずの背筋は、あっさりと崩されてしまった。
「ああ……そういえば、こういうのもお好きだったかしら?」
そんな俺に追い打ちをかけるように、ジェンティルは少しばかり顔を近づける。
耳かきを動かしながら、囁くような声色で、小さく言葉を紡ぐ。
「かりかり……かりかり……トレーナー、お口が開いていらしてよ……?」
耳かき棒の動きに連動して、ジェンティルの口から耳へと送られるオノマトペ。
普段の彼女からはあまり聞かない甘い響きが、更に気持ち良さを促進する。
そして耳かき棒は少しずつ、奥へ奥へと、掘り進めるように進んでいった。 - 8二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:38:52
「動かないで……そう……じっとしていてくださる……?」
そして、奥に行くに連れて、ジェンティルの言葉は減っていき、声色も真剣なものになる。
ゆっくり、丁寧に、慎重に、彼女の操る耳かき棒が、耳の中を掻いていった。
がりがり、ざりざり。
鼓膜近くから聞こえる音と共に、少しずつ、耳の通りが良くなっていくのを感じる。
気か付けば、彼女は一切の言葉を発さず、耳掃除に意識を集中させていた。
聞こえて来るのは、匙が擦れる音と、微かな呼吸音。
そんな状態が、何故かとても居心地が良くて、俺の意識はゆっくりと遠のいていくのであった。 - 9二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:39:07
「ふぅー」
熱く、そして細い吐息が、耳の中を優しく吹き抜けた。
反射的に身体がびくんと震えて、耳を押さえてしまう。
熱のこもった耳に、今の状況を思い出して、俺は視線を上に向けた。
そこには、愉しそうな笑みを浮かべる、ジェンティルの顔がある。
「ごめんあそばせ、でもまだ、反対側がありますのよ?」
その言葉にハッとなる。
ついさっき寝ている場合じゃないと言ってたのに、なんて様だろうか。
俺は反対側を向けるべく、慌てて起き上がろうとするが、それはそっと添えられた彼女の手に止められる。
「落ち着きなさって、梵天で仕上げをしますわ」
そしてジェンティルは、耳かき棒の反対側、ふわふわの梵天で耳の入り口をくすぐった。
柔らかい毛先によりこそばゆい感覚に、起き上がろうとした意志は、すっかり奪われてしまう。
ゆっくり、じっくりと、時間をかけて、梵天はくるくると俺の耳の中を廻る。
ぞくぞくするような感触は、とても心地良いものの、少し違和感を覚えた。
いつもは、こんな長くやっていただろうか。
「…………トレーナーは、私に耳を任せて、怖くはありませんの?」
突然、ジェンティルはそう問いかけて来た。
いつもの剛毅とも、高貴ともいえる態度とは違う、少しばかり、自信なさげな態度。
そんな彼女に対して、俺は思わず、心の中で首を傾げた。
言っている意味が、良く分からない。
だから、素直に答える。
────信じてるから、怖がる理由なんてないよ、と。 - 10二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:39:21
ぴたりと、梵天の動きが止まる。
そしてしばらくしてから、耳から梵天が離れていく。
ああ、こっちは終わりか、少し名残惜しさを感じながらも、俺は起き上がろうとする。
その刹那、身体がふわりと浮き上がった。
持ち上げられた、と気づいたのは一瞬後。
声を出す間もなく、身体はくるりと横に半回転。
ジェンティルと向き合う形になって、そのまま再び、彼女の太腿の上に着地した。
勢い余って、彼女のお腹に顔を突っ込むことになり、濃厚な匂いが鼻先から流し込まれる。
顔を離そうとするものの、抑え込んでくる彼女の力に、まるで抵抗が出来ない。
頭がくらくらするほどの刺激に困惑していると、彼女の気配が、近づいて来る。
「……良くってよ? このまま、貴方の信じる私を、思う存分堪能なさって?」
ふぅ、と熱い吐息が、耳の中に流し込まれる。
次いで細い指先が、こしょこしょと耳をくすぐって、俺の抵抗する力を奪い去っていく。
そしてジェンティルは蕩けるような声色で、小さく言葉を紡いだ。
「私も、この日を楽しみにしていたのですから、ねぇ?」 - 11二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 01:39:45
お わ り
早く実装して欲しい - 12二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:02:13
あっ好き♡
- 13二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:12:11
ちょっと意地悪な耳掃除いい…
- 14二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 03:57:49
ありがとうございます……!!!
アプリで実装した時にもこんなイベント用意してほしい…… - 15124/04/05(金) 06:43:25