(SS)春雷

  • 1◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:22:11

    ―春雨煙る学園。

     こう言うと風流に聞こえるが、我々トレーナーからすればたまったものではない。
    コースはぬかるみ、芝も滑りやすくなる。道悪の練習になると割り切れば良いかもしれないがリスクが大きい。
    今日はプールもジムも大盛況だろう。

    さて、どうしたものか。



    「トレーナー、今日はどうする?」
    「ドーベル」

    空模様に思案していると、担当のメジロドーベルがやって来た。
    もうトレーニングの時間だ。余り悩んでる暇は無い。決断をせねば。

    「今日、坂路の予定だったよね? 変更、する?」
    俺の隣に立ち、共に窓の外を見るドーベルからそう問いかけられる。

    おそらく坂路コースは水浸しだろう。いくら水はけが良くても、この雨ではどうしようもない。
    屋内施設は今から行ってもまともに使えるとは思えない。
    「そう、だな。今日は座学にしよう。今度当たる相手の研究もしたいしな」

    窓の外を見続けていても状況は変わらない。切り替えて行こう。

  • 2◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:22:28

     さて、準備をしよう。PCの画面じゃなくてプロジェクターで映すか。
    スクリーン、どこにしまったっけ……そう考えながら窓から視線を外そうとした時だった。

    空に重くのしかかる暗雲を切り裂く一筋の閃光。
    ほんの少し遅れて窓、壁を伝ってビリビリと身体を伝う衝撃、そして雷鳴。
    雷鳴が聞こえるまで1秒も経っていない……かなり近い。

    それともう一つ、脇腹への衝撃、身体を締め付けるなにか。
    視線の先には怯え切ったドーベル。耳をぴったりと寝かせ、尻尾は俺の足にがっしりと巻き付けている。

    「ド、ドーベル?」
    「いや! アタシ、雷いや、嫌い! トレーナー! 助けて!」

    そうだ、この子は雷が大の苦手だった。無理もない、あんな至近距離で落ちたんだ。
    取り乱すのは仕方がない。ひとまず宥めねば。

    「ドーベル、大丈夫だ。俺がついてるから」

    安心させるために背を擦り、頭を撫でるが巻き付けられた彼女の腕と尾はますます俺を締め上げる。
    少々息苦しいが仕方あるまい。同じく苦手とする男の俺にこうやって縋りつくほどなんだ。
    我慢だ我慢。震える彼女を思えば大したことじゃない。

  • 3◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:22:42

    ―長くも感じる数分間。
    ドーベルも落ち着きを取り戻し始めた。

    「トレーナー、ごめん、アタシ……雷、苦手なの」
    「もう大丈夫か? それじゃあ、座学の準備を進めようか」

    そう言って準備を再開したが……またも閃光、そして耳を劈く雷鳴、衝撃。

    「やだ! とれーなー! かみなり、いや! きらい!」
    またも俺に縋りつき、怯えるドーベル。

    それに続き室内の照明も点滅し、消え失せた。
    ああくそ、停電か! まったくついていない。
    今頃設備課はてんやわんやだろう。こっちは彼らに任せるしかない。

    今はドーベルのケアが優先だ。
    おそらく落雷は続く。立ちっぱなしで俺に縋りついているだけではお互い体力を消耗するだけだ。

  • 4◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:23:02

    「ドーベル、ソファーへ行こうか」
    少し落ち着いたタイミングで問いかける。過度なスキンシップとなるが仕方がない。
    まるで幼子の様に俺の手を握りしめ怯える彼女を連れ、ソファーへ向かう。

    「さあ、おいでドーベル」
    ソファーに腰掛け、横抱きの体勢になる様に促す。
    普段ならできないであろう。しかし、今は恐怖が勝るのか素直に従ってくれた。



     人もウマ娘も外部の情報は視覚から多く取り込んでいる。
    まずはそれを遮断しよう。
    頭から毛布を被り、視覚を遮断。取り込まれる情報が減れば雷への恐怖も幾ばくか軽減できるだろう。

    そしてもう一つ、聴覚だ。

    ウマ娘は聴力に優れている。そしてそれが仇となる。雷鳴は俺が感じるより遥かに大きく聞こえていることだろう。
    彼女の頭をそっと引き寄せ、胸に当てる。

    「ドーベル、俺の鼓動だけを聴くんだ。集中するんだ」
    心音にはリラクゼーション効果が有る。本当は耳当てなんかが有れば良いんだろうが、今は仕方がない。
    少しの間、これで凌いでくれ。ドーベル。



    雨足はより強く、雷鳴は不規則に鳴り響く。
    今できることは平静を保ち、彼女の背を擦り頭を撫でるだけ。

    今はただ、待つだけ。雨雲が遠退くことを。

  • 5◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:23:16

     雨は過ぎ去り、西日が学園を照らす。

    「雨、止んだね」
    「そうだな」

    彼女も落ち着きを取り戻したが、少し顔が赤い。
    やはり消耗しているのだろう。
    停電も解消されたが、今日は止めにした方が良いかもしれないな。

    「ドーベル、今日はもうやめにしよう」
    「……わかった。寮に戻るね」



    ドーベルを見送り、一人トレーナー室で思案する。
    何か対策、考えないとな。

  • 6◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:23:34

    雷は嫌い。

    あの光も、音も大嫌い。

    子供の頃はライアンが傍にいてくれた。アタシを抱きしめて守ってくれた。

    でも今は違う。アタシは変わりたい。守られるだけじゃダメ、そう思っていた。

    結局あの日もそうだった。昔みたいに怯えるだけ。誰かに守ってもらうだけ。

    でも、少し違った。

    トレーナーに守ってもらった時は悪くないって思った。

    男の人は苦手。トレーナーも嫌いじゃないけど、まだ少し苦手。

    トレーナーの心音、触れる手。

    あの時は、雷も嫌いじゃない。そう思った。

    アタシ、変わってこれてるのかな?

    ねえ、トレーナー、アンタはアタシのこと、どう思ってる?

  • 7◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 04:23:50

    以上

    プロフィールに雷が苦手と有ったので書きました

    無意識のうちにトレーナーに惹かれるベルちゃんも良いよね


    ↓のスレのおかげで思い出すことが出来ました

    実はこの子|あにまん掲示板bbs.animanch.com
  • 8二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 06:46:03

    最後のドーベルの変化良いねぇ……
    これからもっと守られてもっと惹かれていくんだなぁ……

  • 9二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 07:56:30

    スゴい役得なんだけどそんな風には考えないトレーナー…カコイイ

  • 10二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 08:09:18

    朝から素晴らしいSSをありがとう

  • 11二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 08:18:05

    かっこいいぞトレーナー
    こんな男に、僕もなりたい

  • 12二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 08:42:19

    ベタだけどだからこそいいよね雷が苦手な女の子ってさ……

    ちょっとデイリーレジェンドレース行ってくる

  • 13◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 19:11:08

    感想ありがとナス!


    >>8

    この距離感がたまんねえぜ

    未来が見える見える

    >>9

    純粋な思いから献身するトレーナーは美しい

    >>10

    ありがとナス!

    モーニングSSを楽しんでもらえてなにより

    >>11

    なれるさ

    >>12

    ベルちゃんは最高だぜ!

    夏衣装も良いぞ……

  • 14二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 19:13:16

    言葉にするのも
    形にするのも
    そのどれもが覚束なくって
    ただ目を見つめた
    すると貴方はフッと優しく笑ったんだってコト!?

  • 15◆3RCRfknRoY24/04/21(日) 21:24:10

    >>14

    嗄れた心もさざめく秘密も気がつけば粉々になって

    刹那の間に痛みに似た恋が体を走ったんだ


    無自覚な恋心が確信に変わる瞬間は美しい

    芸術品ですよこれは

  • 16二次元好きの匿名さん24/04/21(日) 23:38:13

    やっぱおいしい設定だよな

  • 17◆3RCRfknRoY24/04/22(月) 07:15:14

    >>16

    いいぞ^~これ

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