【トレ♀×ウマSS】光を残すより……

  • 1全5レス(予定)24/06/02(日) 21:20:21

    「そろそろアガっていいんじゃない?」

    夜の河川敷の草地を走るアグネスタキオンに声をかける……が、どうやらデータの取得に夢中でこちらの声が聞こえてないらしい。いや、あれはデータ取得ではなく走ることに夢中という顔か。

    最近の彼女は何かと忙しい。自分は自分でトレセンでの仕事がある。一応体力・筋力維持に向けたトレーニングメニューを渡してはいるが、そんなこんなで彼女が現役だった頃と違い毎日は彼女の走りを見ることができないでいる。……とんでもない損失だ。例え1秒だって彼女の走りを見逃すのは。

    そう、最近の彼女は忙しい。限界まで現役を続け、トレセン学園を卒業後は在学中に纏めた研究成果を元に一足飛びへ大学院へ。……院へ進学した理由に『どうしても個人で所有できない機材を使いたいから』以上のものがなかったのが如何にも彼女らしかった。

    そんな彼女の態度は自惚れなどではなく、彼女を持て余した院から『博士課程で2年も浪費するのは勿体無い』と彼女の研究を後援する事を約束した上で修士課程での卒業を頼み込んできたとか。実際、卒業後しばらくして博士号を取得していたので大学院の判断は間違ってなかった……のだろう。院の仕組みとか詳しくないからよくわからないけど

    ……まあ彼女の才気だけでなく例の如く数々の問題行動を起こしたからというのも大きいのだろうが。同輩も後輩も先輩も教授も誰も彼もをモルモットにしたり、研究に熱中するあまりロクに食事せず倒れるのを繰り返したり……。

    一度退学処分になりかけた時は談判しにいったっけ。『彼女に全てを捧げた自分がモルモットになれば倫理的問題は解決できます』と。あの時の偉い先生方の狂人を見る目と可哀想な人を見る目が同居した視線が蘇ってくる。

    院といえば彼女に結婚を申し込まれたのもその頃だ。学園の卒業式が終わってすぐ、『どこまで行っても元トレーナーでしかない立場じゃ私の世話をやりづらいだろう』と指輪を投げてよこされて。……言葉はそっけないものだったが、あの時の彼女はわずかに顔が朱に染まっていた。何度言っても本人は認めてくれないが。

  • 2全5レス(予定)24/06/02(日) 21:20:40

    そんなこんなで自分は最新のトレーニング理論や実戦データを集められるトレセンでトレーナーを続けつつ彼女の実験体兼助手を、彼女は研究部屋を設けた実家と院と実証データ取得のために同じくトレセンとを行き来する日々が始まった。

    彼女の研究は医学薬学工学etc.と多岐に渡り、院や学園だけでなく様々な企業や大学、他の大学院から後援を受けている。その研究の目的は、協力を取り付けたり予算を降ろさせるための、それっぽい理屈を除けばただ一つ。

    『再び全盛期の走りを取り戻す』

    彼女はレース史に、ウマ娘の歴史に燦然と輝く偉業を引退に至るまで打ち立て続けた。しかし結局当初の目的は、『ウマ娘の脚に秘められた可能性、限界のその先への到達』は叶わなかった。それを果たすにはウマ娘の最盛期は短すぎるのだ。それは彼女も、彼女の友人達も例外ではない。彼女とライバル達が共に高め合い果てを目指すプランCは修正を余儀なくされた。

    修正案はただ1つ。自力での到達を諦め持てる知識と経験の全てを惜しみなくつぎ込み次の世代に意志を引き継ぐ——などという当たり前の帰結ではない。そんなつまらないエンディングをタキオンが良しとするわけがない。

    新たなプランC。それは、あらゆる方法を用いて彼女の最盛期を取り戻し彼女自身がその本懐を遂げるというもの。彼女の今の研究も、私がトレーナーを続けているのも全てはそのためだ。

    トレセン学園、そしてトゥインクルシリーズやドリームトロフィーは常に技術・理論の最先端。そこに属するウマ娘やトレーナーは全て——タキオンの言を借りるなら——最高のモルモットであり、実験材料である。私はこの最良の実験室に留まった。彼女の構築した理論に基づく実験の肩代わりと、最新の情報と自分の経験に基づく彼女の構築した理論の補強・修正のために。もちろん今担当している子達を輝かせたいという想いもあるが。

  • 3全5レス(予定)24/06/02(日) 21:21:03

    彼女が現役を退いて数年、トレーニング理論やレース理論、機器や技術といったものは彼女の現役時代よりも発展している。レースに関わる全ての人とウマ娘の血と汗と涙。そして、後の世代に引き継がれた先人達の想い。それらが形となって……。

    ……そうして発展したものに触れる度に思わずにはいられない。これをタキオンに適応できたのなら。初めから彼女がこれを知り、これを前提とした研究をできていたのなら、と。

    それならばどれだけ彼女の走りを高めることができた?彼女はどれだけ可能性のその先に近づけた?あの素晴らしいタキオンの友人達がこれを糧とできたならどれだけ強大なライバルとなっただろうか?そしてそんな彼女達と競い合ったタキオンはどれだけ強大な存在になれただろうか?と。

    そんな詮無い事をどうしても考えてしまう。そのせいでつい『もし彼女が今現役だったなら』という仮定の基に仮想のトレーニング計画やレースプラン、各種レース毎の作戦を建ててしまう。まあ、それらはタキオンの研究資料や彼女向けのトレーニングメニューあるいは今担当している子達のトレーニングメニューに流用されているので無駄になってはいないが。

    「ふぅ……」

    そんなことをつらつら考えている内にタキオンが戻ってきた。………妙に距離を置かれているのは先程まで丸一日実験を続けていたことと、その時の薬品の臭いと、その上走って汗をそれなりにかいているせいなのだろう。今更その程度のことで君を嫌うわけないというのに。

    と言っても、私がどう思っているかと彼女がどう思うのかは別問題だ。タオルと飲み物を投げ渡し、距離を保ったまま彼女に測定したタイムなどのデータを知らせる。

    「——とりあえずこれ以上の細かい話は戻ってからにしようか。その汗じゃ、タキオンもシャワーの一つも浴びたいでしょ?」

    まだ夏ではないとはいえ、それでもただ立っているだけの私がじんわりと汗をかくぐらいには暑い。お風呂に入り直したいくらいだ。増してやしばらく走っていた彼女は随分と不愉快なことだろう。

    「……いや、最後にもう一本だけ走ってくるよ」

    用の済んだタオルと容器とが投げ返される。

    「全力でね」

  • 4全5レス(予定)24/06/02(日) 21:21:22

    少しの休憩を挟んで息を整えたタキオンが位置に着き、走り出す。それと同時にストップウォッチでタイムの計測を始める。

    「相変わらず綺麗な走り……」

    何度となく見てきたものだが、それでもやはり目を奪われてしまう。実戦を離れてしばらく経つというのにフォームは完璧に近い。

    タキオンがスパートをかける。やはり身体能力の衰えは否めないが、それでも速かった。

    ……いや、おかしい。確かに全盛期には程遠い走りだ。だが、現役を離れ最低限のトレーニングしかできていない引退ウマ娘としてはあまりに出来過ぎている。速すぎる。

    彼女がゴール地点を過ぎる。タイムは——

    ……測定タイムを見て改めて確信する。やはりそうだ。彼女の理論は間違っていない。理論は飛躍する。完成する。それを彼女に、いや彼女だけじゃない。他のあらゆる引退したウマ娘達と現役のウマ娘に適応すれば更に理論は蓄積され、洗練され、新たな道理となってタキオンを高める。これを繰り返していけば必ずウマ娘は可能性のその先へ行きつく。

    そして彼女は、タキオンは更に更にその先を、いや果てを見せてくれる。到達するに違いない。誰よりも先に、誰よりも先へ。私はそれを見られる。彼女はそれを見せてくれる。私と彼女はその果てに行きつく。

    盛者必衰?栄枯盛衰?そんな千年も前に廃れた理論を彼女が打ち倒せないはずがない。否、例え今が正法の世でも彼女の理論はそれを破却するに決まっている。

    そんな確定的な未来を思うだけで興奮が止まらない。楽しくってたまらない。そうだ、私はまだ彼女に可能性のその先を見せてもらってない。その礎になれていない。まだだ。まだこれからなんだ。これからも彼女は走り続ける。全ての人々に夢を見せ続ける。その夢が覚めることはない。決してない。決して、決して、決して、決して——

  • 5全5レス(予定)24/06/02(日) 21:21:44

    「………昂りすぎだぞ。全く、ストップウォッチが悲鳴をあげているじゃないか」

    タキオンに声をかけられて我に戻る。どうやら思わず力んでいたらしい。手元を見るとストップウォッチが少しばかりひしゃげ、画面がヒビ割れていた。

    「いったいその細腕でどうしてそんな怪力がだせるんだか……」
    「誰のせいよ、誰の」

    呆れと、面白い研究対象を見つけたという気持ちが半々な視線を向けられるが、元を正せば彼女のモルモットになったせいだ。数々の怪しい試薬や謎の実験に付き合わされてきた副産物だ。……そんな実験に耐えられるよう色々鍛えたというのもあるが。

    「それで、タイムはどうだったんだい?」

    気を取り直して計測タイムを見せる。……その数字に満足したのだろう。タキオンが笑みを浮かべる。狂気に満ちた、純粋な笑みを。

    「ふふっ。はーはっはっ!!やはり私の研究は順調らしい!これならあと3年、いや2年もあれば……」
    「ええ、ええ!ええ!!これなら、必ず……」

    興奮に見開かれたタキオンの目はイカれていた。とても正気じゃなかった。その澄んだ瞳に映る私の目も。当然だ、正気で大業を成せるものか!

    堪らなくなって二人大笑いする。もうすぐだ、もうすぐ彼女が帰ってくる。最盛期の彼女が!いや、最盛期をも超えた彼女がやってくる!きっと果てに辿り着くのも、新たな果てを見つけるのも、その果てに辿り着くのも——

    ——きっと、もう間も無くだ。

  • 6スレ主24/06/02(日) 21:22:57
  • 7二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:30:11

    なんかモルモットちゃん人間辞め始めてない?

  • 8二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:31:50

    モル「タキオンに人権捧げたのでどんな実験をされても倫理的問題は解決できます!」

    お…お前変な薬でも……さんざんやってたわ

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:33:31

    (このトレーニングをアイツにやれてたらなぁ)とか考えちゃう人は実際多そう

  • 10二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:35:43

    乙女なタキオンはいいぞ

  • 11二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:36:11

    LOVEが漏れ出たところでキュンとした 永久に狂気の輝きと共にあれ…

  • 12二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:37:49

    うら若き乙女がマッドサイエンティストに身も心も捧げたと書くとなんだかエッチだけど蓋を開けてみたらただの狂人コンビという罠

  • 13二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:43:38

    く…狂ってる

    ただ狂人の戯言染みたことでも実現できるだけの実力があるから厄介よね

  • 14二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 21:48:26

    全盛期を過ぎた往年の名ウマ娘が再び第一線級になるとかトゥインクルシリーズ壊れちゃう

  • 15二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 23:03:13

    ついでに否定される仏法に末法な現在…

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 23:07:34

    指輪を投げてよこすのもプロポーズを恥ずかしがるのも顔を赤くしてたことを認めないのもなんだかんだタキオンらしい気がする

  • 17二次元好きの匿名さん24/06/02(日) 23:49:20

    初めは常識人だったはずなのにタキオンに染められて気づいたら可哀想な狂人になっていたモルモット君(♀)の明日はどっちだ

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