【SS】ホシノ「ただちょっと夢見が悪くてさ……」

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 20:44:11

    身も凍るほどに冷たい夜だった。
    私は果てしなく続く砂漠を独り歩き続けている。理由は分からない。ただ、何かを探しているのは確かだった。

    ここじゃない。

    そう呟いた声が砂嵐の向こうへと消えていく。
    コンパスの針は狂ったように回り続け、いま自分が何処に居るのかも分からない。
    立ち止まって空を見上げるも、舞い上がった砂の層は月明かりすらも塞いでしまう。
    砂嵐は次第に強さを増していく。もう目の前だってまともに見えない。

    早く見つけないと……。

    私は再び歩き出そうと一歩踏み込んだその時、誰かが私を押し倒した。

    「うぐっ……!?」

    思わず呻きながら相手の顔を見ようとするも、見えたのは馬乗りになった相手の影と振り上げられた拳。
    直後、強い衝撃が顔面を襲った。

    「あがっ!!」

    誰だ。こいつは誰だ。
    相手の顔は依然として見えない。振るわれる殴打から逃れようと顔を守っても、片腕を取られて再び殴られる。
    正体は不明。目的も不明。理由も分からず振るわれる暴力に恐怖心が湧いてきた。

    ――理由も分からない、だと?

    不意にそいつは口を開いた。
    そしてもう一度顔面に落とされる拳。

  • 2124/06/24(月) 20:44:26

    ――私はお前を赦さない。

    頬骨から嫌な音がした。

    ――お前が笑うことも楽しそうにすることも、私は決して赦さない。
    ――お前が何かを大事にすることだって赦さない。
    ――お前が抱えたもの全て、何もかも壊してやる。

    歯が折れる。片眼が潰れる。

    ――絶対に逃がしたりなんてしない。
    ――どこまでも追いかけ続けやる。お前に安寧なんて訪れない。
    ――お前を一生苦しませ続ける。楽になるなんて思うな。

    ああ、私。何かここまで恨まれるようなことしたのかな。
    ぼやける思考の中でふとこれまで出会ったみんなの顔を思い浮かべては見るものの、残念ながら思い当たることは無い。

    怨嗟の声は鳴り止まない。何度も何度も振り下ろされ続けて、そいつの手だってボロ雑巾のようにグチャグチャになっている。

    そんなに憎いなら、それはきっと私が悪かったんだろうね。
    ゆっくりと沈む意識のその最中、最後に聞こえたのはそろそろ目覚める私の絶叫だった。

    -----

  • 3124/06/24(月) 20:44:51

    「ホシノさん……顔色悪そうですけど大丈夫ですか?」
    「うへ、バレた?」

    仮眠を終えてアビドス高校の廊下を歩く私を、ヒフミちゃんが心配そうに覗き込む。
    私は誤魔化すように笑うけれど、ああダメだ。ちょっと怒ってる。

    「最後にちゃんと寝たのはいつですか?」
    「え~と、昨日はぐっすり寝たよ! ただちょっと夢見が悪くてさ……」
    「ほんとですか? 前も同じこと言って徹夜してたじゃないですか」
    「ほ、ほんとだよ!」
    「じゃあ何の夢だったんですか?」
    「え、え~と、忘れちゃったかな~?」
    「むぅ……」

    ヒフミちゃんは納得がいってないのか、まだ頬を膨らませたままだった。
    前に吐いた嘘がここまで響くものなのか。下手すれば総会を中止してでも無理やり寝かしつけられかねない。

    「わ、分かったってば! え~とね、砂漠を歩き続ける夢だよ」
    「砂漠? もしかしてアビドス砂丘ですか?」
    「ううん、砂丘じゃなくて砂漠。どこまでも砂が続いてるんだ。砂嵐も凄くってさ、まいっちゃうよね」

    肩を竦めて見せると、ヒフミちゃんも納得したのか膨らんだ頬が萎んでいった。
    よかった。怒ると怖いんだよねヒフミちゃん。

    「そういえば、総会の資料ってもう配ってあるんだっけ?」
    「はい! 各校代表の皆さんも揃ってますし、サンクトゥムタワーの稼働もばっちりです!」
    「いつもありがとね、ヒフミちゃん」

  • 4124/06/24(月) 20:45:02

    素直に労うとヒフミちゃんも胸を張って応えてくれる。
    その姿に、私の肩に乗った責任の重圧も少しだけ軽くなった気がした。

    私には仲間がいる。
    共に支えてくれる仲間がいる。
    だから、ユメ先輩から継いだこの役目だって果たしきれる。

    目の前には会議室の扉があった。
    その扉にそっと手を当てて、緊張をほぐすように深呼吸。

    ――よし!

    「それじゃあ行こうか。ヒフミちゃん」
    「はい! ホシノ生徒会長!」

    そして扉は開かれた。

    -----

  • 5124/06/24(月) 20:46:11

    見切り発車で書いているのでエタったらスマヌ
    あと見切り発車だからどのぐらいの長さになるかも不明……

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 20:52:14

    祝福しよう
    新たな物語が芽吹いたという奇跡に

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 20:54:08

    読みたいから見せてくれ

  • 8124/06/24(月) 21:06:51

    「待ってたわ、アビドス生徒会長」
    「キキッ、流石はアビドス生徒会長。最後に登場とは結構な身分じゃないか」
    「実際そうじゃん☆ アビドスが一番強いってこと、ゲヘナってそんな単純なことも分からないのかな~?」
    「そうすぐに喧嘩を売るものじゃないよ。自らの価値を貶めてどうする?」
    「アハッ! セイアちゃんはちょっと黙っててよ?」
    「ミカさん……! 失礼しました、ホシノさん」
    「あはは……今回もすごいですね……」
    「うへ……せめて仲良くとは言わないけどさ……」

    毎度のことながら会議室では一触即発の空気が流れていた。
    この公会議は各校のサンクトゥムタワーの稼働状況について共有する大事なもので、四か月に一回のペースで開かれている。
    そのホストになるのもアビドス生徒会長としての大事な責務のひとつではあるんだが、本当にいつもこうなのだから辟易するのも仕方がないだろう。

    アビドス高校、キヴォトス最大の学校組織。
    最大の名に恥じない生徒数を誇るこの学校は、事実上キヴォトスの全権を握っていると言っても過言では無い。
    そうに至ったきっかけこそがサンクトゥムタワーの存在だった。
    かつてはアビドスの生徒会長であったユメ先輩が管理していたこの塔は、文字通りキヴォトスと学園を繋ぎ止める大事な楔だ。

    そのため不備や不具合なんてものは決してあってはならない。
    これは学校同士の小競り合いよりも遥かに重要で、如何なる理由があろうとも残る全てのサンクトゥムタワーの存続に協力する義務が発生している。
    つまり如何に犬猿の仲であろうと等しく会議には出席し、世界を守るために協力し合わなくてはいけないのだ。

    そしてこの会議室に集まったのはアビドス含め四つの学校とその代表たちであった。

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 21:27:47

    おもろそう

  • 10124/06/24(月) 21:52:39

    「資料を見たが、ミレニアムもトリニティも問題なく稼働しているそうじゃないか」

    口を開いたのはゲヘナ学園代表、羽沼マコト。
    自由と混沌を校風とするゲヘナにおいて選挙制にて議長の座を勝ち取っている万魔殿の議長だ。
    およそ統率という言葉が存在しない学園において、地盤を着実に固め続けられる優秀な人物とも言える。
    恐れるべきは情報部の存在。どのような人脈を使っているのか、電子に依存しない情報収集能力は図抜けている。
    また、マコト議長の人材配置術は私も見習いたいところで、ユメ先輩もよく相談に乗ってもらっていたらしい。

    「こちらも特に変わりなく。一度襲撃はありましたが撃退に成功しましたので」
    「こっちにはセイアちゃんがいるからね☆ 何ならゲヘナに代わってトリニティが警察やってもいいんだよ?」
    「そこまで万能では無いよ。ただ、兵力の依存先がゲヘナに偏っているのは気になるけれど」

    トリニティ総合学園の代表は三人存在する。
    紅茶を片手に報告を済ます桐藤ナギサ。
    感情的に振る舞いながらも静かに会議室全体を見ている聖園ミカ。
    そして未来を見通すとまで言われる賢者、百合園セイア。

    トリニティ総合学園は元々三つの学園がひとつになって作られた学校である。
    そのため、その前身となる三つの学園――即ちパテル、フィリウス、サンクトゥスの各派閥から代表者をそれぞれ選出し、ティーパーティーと呼ばれる議席に就かせる、とのことだ。

    複合構造の組織の欠点はまさしく各代表の仲が悪いことなのだが、彼女たちは何だかんだ言って友人としての信頼関係を築けているらしい。故に三位一体。よほどのことが無い限り、ティーパーティーが崩れることは無いだろう。
    ちなみにユメ先輩は美味しいお菓子をたくさん貰って帰って来ていた。正直恥ずかしいから辞めて欲しかったけれど。

  • 11124/06/24(月) 22:17:20

    「ミレニアムとしては警察機構に出せる戦力は無いからそちらで頼むわ。ウォッシャー君なら貸し出せるけれど」

    最後に口を開いたのはミレニアムサイエンススクールの調停者、調月リオ。
    合理と効率の怪物とも言えるセミナーのビッグシスターであり、ミレニアムの絶対権力者として君臨している夜の女王だ。
    各校のサンクトゥムタワーの管理、調整は彼女率いるミレニアムに一任しており、例え理解できない構造物でも解析して動かすその様はまさしくミレニアムという学校がどういうものかを示すところであるだろう。
    ただ、ユメ先輩曰く「怖く見えるかも知れないけど、優しい子なんだよ~」とのことで、一緒に遊園地にも行ったことがあるらしい。……遊園地? 想像の範疇を超えている。

    ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。そしてアビドス
    四つのサンクトゥムタワーこそが最後の楔。
    このキヴォトスに残った唯一の学校であり、この世界の最終戦線である。
    最終戦線。ならば何と戦っているのか。

    答えは大人たちとその配下。キヴォトスの外からこの世界を壊そうとする侵略者たちだ。
    彼らはサンクトゥムタワーを破壊することでこの世界を壊そうとしている。

    予感は二年も前からあった。時折見るあの夢だ。
    無限に続く砂漠と砂嵐。私を憎む何かの存在。そして脅かされる私の世界。
    それを証明するように、悪い大人たちが時折やってきてはタワーを壊そうと侵略してくる。
    理由は分からない。けれど確かにこの世界は大人たちに狙われているのだ。

    この場にいる私以外の誰も知らない。
    タワーが壊されるということの本当の意味を。
    学校の維持が出来なくなるどころの話ではないという事実を。

    「みんなありがとね。……じゃあとりあえずさ、ナギサちゃん、襲撃者の情報ってもう少しあるかな?」
    「はい。こちらに」

  • 12124/06/24(月) 22:36:18

    出された資料にあったのはカイザーPMCが保有する傭兵部隊だった。
    前から無差別的に機械的に、ただアビドスのタワーを狙って侵攻して来ては居たものの、ついにトリニティにも矛が向き始めたというところか。

    「トリニティなら問題ないと思うけど、これから狙われ続けるかも知れないから要注意だね~。念には念を、だよ。心配性なぐらいが丁度いいんだからさ」
    「その点はご安心ください、ホシノさん。トリニティに用心しないものなんていませんから」
    「うへ……そうだね」

    内憂外患の備えであれば、そこの忠告はまさしく馬の耳に何とやらかも知れない。
    そう思っているところでマコト議長が声を上げた。

    「いつも通りの風景だな。だが、このように用意された資料に一体何の意味がある?」

    手に取った資料を投げ放つマコト議長。落ちた紙が床を舐める。
    そのパフォーマンスに眉を顰めそうになったけれど、何か言いたいことがあるらしいのは私でも分かった。

    「今朝方だが、ゲヘナのタワーが異常値を示した。一時的とはいえ、二、三人分ほど数値が増加したそうだ」
    「!?」

    一同の視線が一度にマコト議長の方へと向かう。
    サンクトゥムタワーの解析を行っていたミレニアムも同様だ。タワーの調整、検査、管理。その全てを一手に担っていたミレニアムだって、タワーが揺らぐとは思ってもいなかっただろう。
    タワーの示す数値は各校自治区に存在する者で決まる。マコト議長の言っていることはつまり、突然ゲヘナに何人か出現したことに他ならない。

  • 13124/06/24(月) 22:36:37

    「それで、だ。私はミレニアムのビッグシスターに応援を要請したい。エラーであってもエラーが起こり得るなど、それは管理責任を負ったミレニアムの過失なのだろうからなぁ!」
    「……分かったわ。すぐ技術者を手配する」
    「だったら、私も同行するよ」

    私はすぐさま声を上げた。
    マコト議長の言うそれは確かにアビドス生徒会として看過できない出来事だ。
    何かあったらでは遅すぎる。その原因を知る必然性が私にはある――

    そしてそのことに異論を呈する者は誰も居なかった。
    アビドスなら。アビドスの生徒会長なら。ホシノ生徒会長なら――
    無音の重圧が再び圧し掛かる。けれど私にはこの世界を守る責務がある。そしてユメ先輩が里帰りできる場所を残し続ける義務がある。

    公会議は解散し、マコト議長、リオちゃん、そして私の三名は異常のあったゲヘナ自治区へと向かったのであった。

    -----

  • 14124/06/24(月) 23:12:02

    アビドス高校付近を、一台のワゴン車が走っていた。
    中に乗っているのは三人の人物。だが、皆一様に姿を隠すようローブのようなもので身体を覆っていた。
    湿気った空気を入れ替えるように開け放たれた窓際で、ローブを押さえるその内のひとり、小柄な少女が口を開いた。

    「顔隠すにしてもこれじゃあ目立つんじゃない~?」
    「いえいえ、我々の存在は観測されるべきではないのです。例え不自然であっても、あのタワーがある限りある程度の不自然さは見逃されるはずです」
    「……お前に聞いたわけじゃない」

    棘のように突き刺す言葉に、ハンドルを握る人物はくつくつと喉を鳴らす。
    その様子を見ていた後部座席のもうひとりが、ふと疑問を投げかけた。

    「アビドス分校には結構近づいたのかな?」
    「大体三十分ぐらいですね。それまでもう少しお休みください。ああ、もちろん。一蓮托生の身ではありますから警戒する必要なんて無いですよ」
    「まあ、私は貴方が口約束でも契約を反故にするとは思わないけど……」
    「クックック、嬉しい限りです」
    「…………」

    小柄な少女はきゅっと銃を抱きしめる。
    外に見えるのは有り得ざるアビドス自治区の風景。緑が生い茂り、荒れ果てた砂漠は存在しない、誰かの夢見た全盛期のアビドスなのだろう。

  • 15124/06/24(月) 23:12:22

    「私はさ」
    「ん?」

    ぽつりと零したその言葉に、後部座席から顔を向ける。

    「ちょっとだけ、辛いかな」
    「……うん」
    「でも、私じゃないと多分伝えられないから」
    「…………大丈夫だよ」
    「そうかな……。……そうだね」

    少女の相貌に映るのは怒りでも悲しみでも無く、哀れみと決別であった。故に――

    「先生。私はこの世界を滅ぼすよ。あの子が前に進めるように」

    少女は銃を握り締める。
    一陣の風にローブが捲れた。

    「私も協力するよ、ホシノ」

    ローブの向こうにあったのは、アビドス生徒会長と全く同じ顔をした、もうひとりの小鳥遊ホシノであった。

    -----

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 09:53:03

    ほしゅの

  • 17124/06/25(火) 20:55:25

    「次は中隊編成での突破訓練ですね。イオリさんたちに突破されたら交代してください」
    「ま、待ってくれ戦車長! さっき休憩って言ってたじゃないか! それに何で中隊編成に増えてるんだ!?」
    「こうも突破されると面白くな……いえ、何でもありません。砲撃用意」
    「ただの私怨じゃないかーーーっ!!」

    ゲヘナ学園に到着すると、そこでは風紀委員たちと万魔殿の戦車隊たちが戦闘訓練を行っていた。

    「やってるね~。イオリ副委員長も動き良くなってるし」
    「キキキッ! それでもまだ脅威ではないがな!」

    マコト議長は不敵に笑う。かつて風紀委員に嫌がらせをしていたときのことを思い出しているのだろうか。

    戦車中隊の指揮官の監督についているのは万魔殿の保有する戦車大隊を率いる大隊長の棗イロハ。
    丁度いま戦車に取り囲まれて雨のように砲弾を撃たれ続けているのが風紀委員の副委員長、銀鏡イオリ。
    そして風紀委員長だった空崎ヒナは、現在風紀委員から離れてアビドス高校のタワー防衛のメンバーとして引き抜かれている。

    「我々に空崎ヒナは不要なのだ! 何せこのマコト様直下の戦車大隊がいるからなぁ!」
    「おかげで助かったよ~。アビドス高校はよく狙われるからね~」
    「そんなことよりタワーに行きましょう。エンジニア部が来る前にある程度見ておきたいから」
    「む……そうだな。着いてくるが良い」

    そうしてしばらく歩くと、すぐに天高く伸びるタワーの根本まで辿り着いた。

    サンクトゥムタワー。世界基底の楔を示す謎の塔。
    それは地面から伸びているのではなく、まるで空から地面へ向けて打ち付けられた釘のような印象を受ける。
    その内部構造は円環状であり、中央に空いた穴を囲むように通路と階段と、制御盤のような謎の装置が並んでいる。
    中央の穴からは淡い光が見えるぐらいで底を見ることは如何なる方法を以てしても未だ不明。
    高さは九十九階部分までは昇ることができ、階段と六基のエレベーターによって移動が可能だ。

    そして九十九階部分にあるのが観測機械。リオ会長が「オブザベーションマン」と名付けようとしたが、公会議メンバー全員が却下したため何とか回避し、私は民意の重要性を理解した。

  • 18124/06/25(火) 22:53:25

    エレベーターに乗り込んでしばらくのこと。

    「このエレベーターも謎だわ」
    「んぇ?」

    不意に吐いたリオ会長の言葉に思わず困惑して、すぐにそれが何となく始まった沈黙を破るためのものなのだろうと理解する。言うなれば人心に不器用な会長の雑談だ。

    「たった一基でこの高さまで昇るのもそうだけれど、そもそもトランクション式でも油圧式でも無い。何でこれが上り下りできているのかまだ分からないのよ」
    「……サンクトゥムタワー、か」

    マコト議長がぽそりと言った。

    「正体不明の何かに支配されるなど、気味が悪いがな」
    「そう? 正体不明を前にした時こそ自分の在り方を知るものだと思うけれど」

    リオ会長がそれに答える。トリニティがここにいたのなら、ユメ先輩がここにいたのなら何て答えたのか、少しだけ気になった。

    けれども。

    「私はそういうの面倒かな……。ユメ先輩だったら『みんなが笑っていられるなら何でも!』って言いそうだし」
    「「…………」」

    立場も思考も思想も違えど、梔子ユメという人物像については恐らくこの場の全員が一致していた。
    お花畑みたいな思考とやけに高い実行力。合理ではなく感情で動き、その上で理想を求めて邁進し続ける彼女の姿は毒か薬か。
    あの人は理想に殉ずる殉教者のようで、どうにも目が離せなかったんだ。

    卒業した後、いまはどこで何をしているのか。エレベーター内に静寂が満ちる。

  • 19124/06/25(火) 22:53:53

    そんな静寂を破ったのは携帯から発せられた通知音だった。
    それに気づいてマコト議長が携帯の画面を見る。

    「クク……件の人物だが、やはりゲヘナに現れていたらしいな」
    「件の……って、タワーが異常値を示したって、アレ?」
    「そうだ。ヘイロー持ちの生徒が一人と大人が二人、アビドス高校の方へと向かっていったようだぞ」
    「っ!?」

    手段は分からずともゲヘナに突如出現した何者かが、真っ先にアビドスへの向かって行った……?
    どう考えてもアビドスのタワーを狙っている。しかし……三人? たった三人でアビドスを攻略するつもり……?

    「キキッ! キヴォトスでの兵力を知らないか、それこそたまたまの可能性か。いや、分からんものだな!」
    「……で、マコト議長はどうするつもり?」
    「そう怖い顔をするな小鳥遊ホシノ。仮にアビドスで戦闘が始まっても、このマコト様ですら手を焼いた空崎ヒナがそう簡単にやられるわけもないだろう?」
    「それは……」

    その通りだった。
    仮に委員長ちゃん……もとい元委員長ちゃん率いるアビドス戦力がたった三人に突破できるわけがない。
    一番考えられるのは陽動。突破できずとも、あの元委員長ちゃんに肉薄できる最強の少数精鋭を送り込んだのなら、アビドスの防衛力は純粋な質と数の比べ合いになる。それだけの大隊が来るのであれば、その予兆を、あの三人が来た経路を調べることが先決である。

    「まあ案ずるな、小鳥遊ホシノ。このマコト様が何も手を打っていないわけが無いだろう!」
    「うん?」
    「情報部を通じて得た奴らの居場所をな、うっかりC&Cに漏らしてしまったようでな。よほどの手練れが紛れ込んだらしいとな」
    「……なんですって?」

  • 20124/06/25(火) 22:54:04

    リオ会長が眉を顰めた。C&Cには彼女がいる。それを聞いて彼女がどう動くかなんて、中等部だって分かること――

    「悪気は無かったんだ調月リオ。ただ、情報とはいったいどんな経路で漏れるものか分からんなぁ?」
    「……そうね」

    リオ会長は溜め息を吐いて携帯を取り出す。同じくしてエレベーターが止まり、扉が開く。
    続いて聞こえたのはこの言葉。

    「セミナーよりC&Cを動かすわ。合理的に行きましょう」

    -----

  • 21124/06/25(火) 23:29:02

    この奇妙なキヴォトスで目覚めたのはたった6時間ほど前。
    その時もいつものようにパトロールを終えて、シロコちゃんたちが来るまで空き教室で仮眠を取っていたときのことだった。

    「ホシノ。起きて、ホシノ」
    「んんぅ~? あれ……ここは?」
    「多分ゲヘナなんだけど……」

    先生の声で目を覚ますと、そこはどこかの廃墟と化した空きビルの一角だった。
    そして言葉を濁す先生の雰囲気に違和感を覚えた……その時だった。

    「いやはや、まさか最高の神秘たる貴女の寝顔を見ることになるとは。なに、因果とは面白いものですね……」
    「お、まえは……!!」

    私たちの前で壊れかけの椅子に座っていたのは黒服だった。
    騙し、捻じ曲げ、力を持って全てを歪めようとする、悪い大人――反射的に銃を手繰り寄せようと手を伸ばす。

    「貴女の銃はこれでしょう? 突然撃たれても困りますからね」
    「……ッ! 返せ!!」
    「ええ、もちろん」

    そして投げて手渡される私の武器。けれど、黒服が何を企んでいるのかが分からなかった。

    「黒服……、どうして私と先生をさらったの? 今度は一体何を企んでいる……!」
    「落ち着いてください小鳥遊ホシノさん。逆なのです。逆なのですよ、暁のホルス。貴女が私と先生をここに連れて来たんです」
    「何を言って……」
    「……とりあえず聞いてみようよ、ホシノ」
    「先生……」

  • 22124/06/25(火) 23:29:29

    私の手が先生に掴まれる。先生の、信じていい大人の手だ。
    黒服が何を言っているのか分からない。正直黒服の言葉なんてたった一言だって聞きたくなかったけれど、それでも、少なくともここには先生もいる。

    銃から手こそ離さずとも、耳ぐらいは傾けてやって良い。

    そう決定づけた私が睨むように黒服を見ると、黒服は「おお怖い」と冗談めかして肩を竦めた。

    「まずは……そうですね。ここは私たちが居たキヴォトスではない、ということは確定的でしょう」
    「つまり、並行世界や異世界ってことかな?」

    先生が聞くと黒服は満足そうに頷く。

    「その認識でも良いでしょう。より確度の高い呼び方をするならば、夢の世界でしょうが」
    「夢?」
    「ええ、先生。あなたは既に知っているはずです。異なる世界から訪れるという結果。そして夢を通じて迷い込んだ異世界人という事実を」
    「…………」

    先生は何かを思い浮かべるように目を瞑る。
    私にとっては意味の分からない言葉であっても、先生は何かを知っているようだった。
    そして、黒服は笑みを浮かべる。

    「小鳥遊ホシノという神秘の見た夢。それが私たちの世界のホシノさんの夢と繋がってしまったのでしょう。そしてこの世界には私たち三人とこの夢を見ている小鳥遊ホシノ……つまるところ、もうひとりの貴女しか居ない」
    「……外は随分賑やかだけど?」

    噛み付くように吐き捨てながら、私は外の喧騒へと耳を傾ける。
    多くの人がいた。遠くで聞こえる爆発音。この夢が四人だけというのなら、彼らは一体何なのか。

  • 23二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 09:39:32

    支援
    心情描写が好きです

  • 24124/06/26(水) 10:04:16

    「ミメシス、と呼んでも良いのかも知れませんね。もしくは先生。あなたが持つその箱とカードの起こす力に似たもの、とでも」
    「……つまり、彼らは再現された存在、ということかな」
    「ええ、生徒でも住人でもない偽りの模倣体。もしくはどこかの世界で有り得た神秘の姿か。その全てはかつて虚妄のサンクトゥムと呼ばれたものの影響にて生まれたもので、いまなおこのキヴォトスに突き刺さっています。いずれにせよ、この夢に縛られている何処かの記憶です」

    黒服の説明がやけに回りくどいような気がして先生を見上げて、思わず息を呑んだ。
    殺意や憎悪とはまた違う、ただどこか覚悟を決めたような、険しい表情を浮かべていた。

    「黒服、この世界から出るためにはどうすればいい?」
    「この世界を滅ぼす、ですよ、先生」
    「え、え……? ちょっと二人とも……?」

    黒服は私を見て眩しそうに嗤う。世界を滅ぼす? 一体何の――
    その答えは、先生が教えてくれた。

    「何故なのかも分からないけど、要はサンクトゥムタワーと同質の物がこの世界にあって、それがもうひとりのホシノと私たちをこの世界に閉じ込めている、ってことなんだよ」
    「あ……」

    だから、世界を滅ぼせば帰れる。
    私たちをこの世界を繋ぎ止めるタワーは、私の知る生徒たちを模した複製体をも生み出している。
    タワーを破壊すれば、生み出された複製体は消える。だから、世界を滅ぼす。複製体ではない私たちと夢見る小鳥遊ホシノが元の場所へ帰るためには。

    「そ、っかぁ……」

  • 25二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 10:05:49

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  • 26124/06/26(水) 10:06:28

    私は思わず呟いた。黒服も先生も直接戦うことは難しいだろう。
    だとすれば、この世界を、何の気なしに外を歩くこの風景と造られた生徒たちを私が滅ぼすのだ。

    私が。小鳥遊ホシノが。

    「……へへっ」
    「ホシノ……?」

    思わず笑ってしまった。なんて単純なのだろう。

    「夢なんかじゃない。これは悪夢だよ先生」

    私は知っている。こんな夢を見てしまうなら、きっとこの世界の私は知らない。夢に囚われたままじゃ何処にもいけないってことを。
    少し前の私だったらきっとこの夢を肯定した。願ったものを見ているのだろう。だってこんなにも空は青く澄み切っているのだから。

    でもそれは夢だから。望んで届かなかった切望を夢に見たからこそのこの風景。
    だったら覚めなきゃいけない。先生が、ノノミちゃんが、シロコちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん。みんなが私を起こしてくれたように、そろそろ私は私を起こす時間がやってきたんだ。

    「随分と夢見が悪いようだから起こしてあげないとね。それで、具体的にはどうすればいいの?」
    「まずは情報を集めましょう、ホシノさん。少なくとも、この世界に囚われるのは私にとっても損失ですから」
    「口約束は契約に含まれるんだよね、黒服」
    「ええもちろん。復唱しましょうか? 私、黒服はこの名に誓って、この世界を脱出するまで小鳥遊ホシノおよび先生に対して全面的に協力を惜しまず、また両名が望まぬ事態は引き起こさぬよう尽力し、緊急時を除いて何をするかの了解を得ることとします」

    手を広げて口約束を行う黒服に対し、先生は「あはは……」と薄く笑う。

    「私としては、黒服の本当の名前が出てこないことを祈るよ」
    「ええ、ご安心ください。この先どこかでその必要が生まれたとしても、それは決して今では無いことだけは約束しましょう」

    そして、先生と私と黒服。因縁と呼ぶにはあまりにも奇妙な縁で結ばれた同盟が今ここに成立したのであった。
    -----

  • 27124/06/26(水) 20:16:37

    それから数時間後、物資と情報を集めた私、先生、黒服の三人は"その辺に落ちていた"ワゴン車を拾って走らせていた。
    本当であればもっと状況が見えるまであの廃墟に潜伏していたかったのだけれど、誰かのワゴン車を借りてまで移動しているには理由があったのだ。

    「まさか見られ次第撃たれることになるなんてね……」
    「ククク……私にも自分の身を守る術のひとつでもあれば良かったのですが」

    ハンドルを握る黒服がどこか楽しそうに見えたのは気のせいでは無いだろう。

    そう、先生たちが言うように、このキヴォトスの生徒たちは大人である二人の姿を見た瞬間に発砲してきたのだ。
    先生に銃が向けられるたびに一体何度肝を冷やしたか。ただ、先生には幸運にも……というか明らかに何かが干渉しているかのように一発として銃弾が当たることは無かったし、黒服はいつの間にか消えたり現れたりでとりあえずは難を逃れていた。

    ……ともかく。

    「なんかさ、大人を憎んでるって感じだったよね~」
    「ホシノさんの夢の中では大人こそ敵なのでしょう」
    「……それ、黒服が言う?」

    悪い大人の代表は相変わらず笑っており、良い大人の代表が苦笑いを浮かべて口を開く。

    「それで黒服。サンクトゥムタワーのこととか何か分かった?」
    「ええ、契約書に目を通しただけですが」

    契約書、の意味は分からなかったが、黒服は要約するように説明を始める。

  • 28124/06/26(水) 20:30:04

    ――まず、サンクトゥムタワーは全部で四本。それぞれゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、アビドスに存在しています。
    イメージとしては、元の大地があったところに学校および自治区というテクスチャで覆われている、といったところでしょうか? 彼ならばもっと正確に観測できたかも知れませんね、申し訳ございません。

    それ以外の地域、山海経やレッドウィンターなどについてはこの世界に存在せず、また、そこに所属していた生徒たちも存在しないものとして認識されています。

    「存在しない、か。でもそれって……」

    そうですホシノさん。それは裏を返せば先の四校の生徒は存在するということです。
    ああ、いえ、申し訳ございません。貴女を動揺させる意図は無いため断言しておきますが、それでもこの世界には梔子ユメはおりません。とはいえ、無事卒業した、ということになっているようですが。

    また、タワーを破壊と伝えましたが、このタワーを物理的に破壊することは不可能です。
    それぞれ九十九階フロアに設置された世界基底を操作してタワーの削除を行う必要があります。
    操作については権限を持つ者が触れれば分かるようになっているとのこと。そして権限を持つのは、現在アビドス生徒会長の地位に立つ小鳥遊ホシノさんとなっております。
    同時に、生徒会長はタワーを用いて事象の干渉も行えるようです。我々を認識した瞬間には事象改変による妨害などは確実でしょう。

    例外として箱を持つ先生も操作を行うことが出来ます。
    そのためには生徒たちを掻い潜って世界基底に触れる必要があります。

    「それってもしかしなくてもだけど、風紀委員長ちゃんたちと戦わなきゃいけないってこと?」

    そういうことになりますね。
    ただし、タワーの攻略を完了すれば自治区ごと生徒も皆消滅します。
    また、先生がタワーを掌握し消滅させることで生徒会長の事象改変能力も弱体化させることが出来ます。

    ひとまず私が見たところではこの通りとなります――

  • 29124/06/26(水) 21:48:03

    スマヌ…ヴァル夏のため続きは明日…!

  • 30二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 23:08:51

    なんかゲーム向けな気がするシナリオだ…

  • 31124/06/27(木) 09:53:58

    「ホシノ、どう思う?」
    「う〜ん……流石におじさんでも厳しいね〜これは」

    アビドスの風景を眺めながら、極めて単純な結論を出す。
    と言うのも、あまりにも敵勢力が大き過ぎるからだ。
    一対一で全力で戦って一人ずつ落とす、が出来るならまだ望みはあるかも知れない。けれど団体に対して私一人。擦り傷程度でも積み重ねれば致命傷に至ることは容易く想像できる。

    「ちなみに先生から見たら他の学校の生徒ってどんな感じ?」

    そもそも三校全ての生徒の力量すら私は知らないのだ。
    そう思い先生に聞いてみると、「そうだね…」と思案するように顎に手をやった。

    「まずゲヘナ。当然だけどヒナと戦う事だけは避けないといけないね」
    「だよね〜。確実に後詰でもう一人の私がいるだろうし……。そもそももう一人の私と誰かが来た時点で負けなんだけどさ〜」
    「あとは万魔殿の戦車部隊。さっき軽く見た感じだけど、元の世界と比べてかなり増強してるようだったね」
    「それに加えてイオリちゃんかぁ……。足の早い前線スナイパーって何なんだろうね」

    ま、私の敵では無いけれど、とまでは流石に口にはしない。
    こういうのは相性だろう。実際、戦車部隊もただ戦うだけなら何とかなる算段はついているが、戦車で直接バリケードでも作られたら物理的に突破が困難だ。

    「けれども、一番危険なのはゲヘナの情報部だと思う」
    「え……あ、そっか」

    ゲヘナ情報部の情報収集能力は群を抜いている。
    情報部が生きている限り私たちに潜伏する場所は無いも同然だろう。
    そもそも、この世界に来て既に6時間以上も経ってしまっているのだ。
    とっくに位置から人数まで捕捉されているに違いない。

  • 32二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 19:17:36

    ほしゅの

  • 33124/06/27(木) 22:46:03

    「皆さん、ここでひとつ良い情報がございますよ」
    「……何さ黒服。ゲヘナの攻略法でもあるの?」
    「クックック、ホシノさん。あなたが脅威に感じているのは空崎ヒナがいるゲヘナでしょう? 遅滞戦闘をされて彼女が到着してしまうことこそがゲヘナの強み」

    意味深な黒服の言葉に先生が声を上げた。

    「まさか、ヒナはゲヘナにいない……?」
    「そうです。彼女は今、アビドスの警備隊にて指揮官をしておりますとも。アビドスが最終防衛ラインであると言わんばかり、です」

    だったら話は随分と変わってくる。
    アビドス攻略のためにはゲヘナのタワー攻略は必須。そしてゲヘナ最大の個人戦力はアビドス防衛のため不在。
    もしかしてゲヘナが一番手薄……? だとすれば空崎ヒナにも対処できて情報戦での劣勢を緩和できるゲヘナを今すぐ攻めるのが得策――

    「ち、ちなみに先生。他の学校は?」

    逸る気持ちを押さえて聞くと先生は答えた。

    「ミレニアムでいくとやっぱりエージェント集団のC&Cだね」

    セミナー直下のエージェント組織『Cleaning & Clearing』、通称C&C。
    戦闘に長けたゲヘナやトリニティの戦闘部隊とは違い、特殊環境下での戦闘や工作を得意とする特殊部隊である。
    その構成メンバーは少数ながらも各状況におけるスペシャリストであり、仮にキヴォトス最優の特殊部隊がSRT特殊学園のFOX部隊であるとするならば、キヴォトス万能の特殊部隊こそ彼女たちなのかもしれない。

    「特に気を付けるべきはネルかな。あの子は誰であっても絶対に勝つ」
    「ふ~ん? そこはちょっとおじさんも張り合いたくなっちゃうね~」
    「うーん、そういう意味じゃないというか……。そうだね、ホシノ。もし自分が戦闘で負けるとしたら、どういう状況が考えられる?」
    「……戦闘で、かぁ」

    弾薬が尽きる。負傷して継戦能力を失う。戦闘行為の目的が損なわれる。
    いくつか思いつくけれど、総じて言えるのは戦闘行為が継続できなくなること。

  • 34124/06/27(木) 23:04:21

    「ネルにとっての敗北は倒れたままで居ないこと。そしてどんなことがあっても必ずネルは立ち上がる。だから絶対に勝つ」
    「うへ……根性バトルだねそれ……」

    いわゆる「なんでまだ立ってやがる!」みたいな。先生のその言葉に納得する私。
    確かに、もう勝つとか負けるとかじゃない。河辺で殴り合うつもりで無いのなら風紀委員長ちゃんと同じく絶対に戦っちゃいけないタイプだ。

    他にもいくつか挟まるミレニアムサイエンススクールの要注意人物たち。
    例えばそれはビッグシスターの調月リオだったり、全知の天才たる明星ヒマリとゆかいなヴェリタスたち。
    際立った戦闘特化の組織が居ない代わりに、如何なる状況であろうとも対応できるオールラウンダーな逸材たちが揃っているのがとにかく厄介そうだった。

    例えるなら、どんな状況でも必ず後出しジャンケンで有利を取ってくるタイプ、とでも呼ぼうか。
    電撃戦でどうにか出来ないことだけはよく分かる。

    「次にトリニティだと……まずは――」

    正義実現委員会。
    その名前に偽りなく、正義と言う名の力を体現するトリニティの治安維持部隊。
    組織の大きさはゲヘナ風紀委員にも負けず劣らず、特に委員長の剣先ツルギを筆頭としたスナイパー集団の連携は攻守ともに優れた矛と盾である。

    「ツルギもネルも強さの方向性は似てるんだけど、ツルギの方が強さが安定しているって言えばいいのかな……」

    例えるなら、ツルギは「ちくしょう攻撃が全然効かねぇ!」ってタイプで、ネルが「勝ってるはずなのになんで俺の方が押されてるんだ……!」ってタイプで。

    「先生、さっきからなんか例えがおかしくない?」

    最近そういう映画でも見たのだろうか、なんて考えると先生はこほんと咳払いをひとつ。

  • 35124/06/27(木) 23:33:57

    「あとは救護騎士団やシスターフッドみたいに数と力を備えた組織も多いけど、ティーパーティーも無視できないね」
    「ティーパーティー? トリニティの生徒会でしょ」

    実権を持つ生徒会直下の暴力装置、というのであれば分かるけど、生徒会そのものが?

    「うん。生徒会、とは言っても、相手は予知夢を見られるセイアとツルギに匹敵するポテンシャルを持つミカ。それに今のトリニティで実権を握るナギサの三人だ」
    「うぇ!? それは……えぇ……?」

    未来を読み、突出した攻撃力を持ち、尚且つトリニティ全体を動かせる三位一体の天使たち。それがトリニティのティーパーティーなのだと言う。

    「それは……一筋縄ではいきそうにも無いねぇ……」

    どこもかしこも……というよりも、今のゲヘナ以外は相手にしたく無い。
    が、恐らくそれ込みの戦力分布なのだろう。状況を読んでゲヘナを攻める相手の情報を抜いてから遅滞戦闘。
    そして他の学校から増援を呼んで一網打尽。そう考えれば、そもそも相手にすることが間違っている。

    「うへ~。やっぱり無茶な気がしてきたよ~」
    「あはは……。まあ、戦う学校の生徒はこんなところかな」

    そうして先生は話を切り上げる。
    いや、違う。話をわざと切り上げた。

    「……先生、まだ残ってるよ」
    「…………ホシノ」
    「ん、戦況把握はちゃんとするべき、なんてね」

    だから私もわざとらしく笑って見せると、諦めたように先生は口を開く。

  • 36124/06/27(木) 23:55:53

    「アビドス高校の生徒が再現されているなら、みんなもいるだろうね」
    「うん。でも私の方が強いのは確実だよ」

    ――だってこんな夢を見るぐらいなら。

    「そうだとしても、ホシノは撃ちたくないよね」
    「……うん。多分、分かんない、かな」

    ――あの日私はみんなに銃を向けた。
    ――”私が”、みんなを守るために。

    「クックック……撃たなければ元の世界に戻れないのに、ですか?」

    口を挟んだ黒服を見る私。
    でも不思議と怒りは無い。ああ、お前はそう言うだろうという理解と、その答えは既に得たという確かな感覚。
    それはみんながくれたものだった。

    「そうだよ。だって、私はもう知っている」

    抱え込まずにちゃんと話すこと。
    自分の弱さを認めて自分を赦すこと。
    残った私が残された人から目を逸らさないこと。
    そして、私も誰かに重荷を任せて良いのだということ。

    「大丈夫だよホシノ。私が責任を負うから」

    それは赦しだ。
    弱い私を支えてください。そう願うのは決して甘えではないと、この人が教えてくれた――

    「それは皆さんが居た場合の話、ではありませんか?」

  • 37二次元好きの匿名さん24/06/28(金) 07:29:35

    …そういやシロコやノノミ、アヤネにセリカは…?

  • 38124/06/28(金) 10:31:10

    「……どういう意味?」
    「ククク……人は見たいものを夢に見て、見たくないものは夢から消してしまう、ということですよ、ホシノさん」
    「やめるんだ黒服」

    先生の怒気を孕んだ静かな声が響く。
    けれども、私は――

    「いいよ、続けて黒服。何がいいたいのさ」
    「梔子ユメは卒業という形で姿を消している。それは確定事項です。同時に先生という存在もまたこの世界には存在しない。この世界の生徒たちの行動は全てもうひとりのホシノさんの夢の住人である以上、先生を攻撃するということは先生という存在すらなかったことにしていると言っても良いでしょう。では、対策委員会の皆さんは?」
    「…………」
    「ホシノさん。いえ、暁のホルス。このような夢を見る貴女は一体彼女たちに何を望むのでしょうか?」

    ……私が望むこと。
    きっとここでの私は乗り越えられなかった私だ。

    ――最悪は何だ?

    みんながこの世界に居る姿は想像できる。
    私がみんなを忘れることなんてあり得ない。

    ――居ないパターンがあるとすれば?

    「向き合いたくない。見ることすら苦しい。だから――うん。分かったよ黒服。何が言いたいのか」

    答えは簡単だ。私のせいでみんなが死んだ世界の私。
    居ない理由があるとするなら、ユメ先輩のときよりもっと酷い……私が直接の原因でみんなを殺した場合だろう。
    少なくとも、もうひとりの私は先生に会いたいなんて思っていないのは確かなのだから。

    「いや~、相変わらず嫌な大人だね。黒服は」
    「クックック……私はただ、有り得る可能性をひとつ提示しただけですよ」

  • 39124/06/28(金) 10:42:27

    さて、と黒服は一旦区切る。

    「もうアドビス分校です。ひとまずはそこでホシノさんの装備を回収――」

    突如、衝撃がワゴン車を襲った。
    爆発音。割れたガラスが飛び散る。横転し、天と地が狂ったように入れ替わった。
    横倒しになった車体が道路を削り、数十メートルほど滑って止まる。

    「せ、先生ッ!!」

    慌てて中を見渡すと「いたたた……」と先生が顔を出す。
    姿を隠すためにと被っていた布地が幸いしたのか、どうやら軽傷で済んだようだ。
    何とか車内から這い出て周りを見ると、黒服は既に車外で出ていたようで無傷。敵影は――いた。

    「あんたらだよな。突然現れた不審人物ってのはよぉ……」

    そいつは獰猛な笑みを浮かべて両手のサブマシンガンをゆっくりと構えた。

    「C&C、コールサイン『ダブルオー』。抵抗しても良いぜ。その方が楽しそうだからなぁ!!」

    目の前に立っていたのはついさっき"遭っちゃいけない"と話したばかりの存在。
    ミレニアム最強と畏れられる美甘ネルであった。

    -----

  • 40二次元好きの匿名さん24/06/28(金) 18:45:53

    保守

  • 41二次元好きの匿名さん24/06/28(金) 22:52:12

    ゲヘナのタワーにて、丁度検査を終えた調月リオが顔を上げる。

    「変動した数値とログから、何が変わったのか割り出せたわ」
    「お~、いいね~リオ会長。それで、何が分かったの?」
    「……まず、突然現れた三人組というのは確かに存在するわね。マコト議長の言っていたとおり三人だけ。大まかな身長や体重も割り出せたわ」

    差し出されたタブレットを眺めて、なるほど。生徒に関してはかなり小柄で、武装はセミオートショットガン。それ以外にサブウェポンの類いは無さそうである。
    ほか大人二名も背が高い以上の感想は特になく、所持しているものは何もない。いや――それはおかしい。

    「……うん? リオ会長、これ本当に合ってる?」
    「ええ、私も驚いたのだけど、大人の方は銃すら持っていないようね」

    タブレットを返しながらも驚きを隠せない。
    何せ銃を持たずに出歩くなんて明らかに怪しい、というより有り得ないことだった。
    敵だと思っていたのは間違いだったか……?

    「キキッ! この不審者たちも、案外敵では無いのかも知れんなぁ?」

    丁度マコト議長もそう思ったのか口にする。
    うーん……、と頭を悩ませたところで悩む必要なんか最初から無いことに気が付いた。

    「ま、でもさ、結局どうやってゲヘナに直接現れたのかはまだ分からないわけじゃない? そんな怪しい相手のうち二人も武器を持ってないなんてのも余計に怪しい、そうでしょ?」

    結局のところ何であれ、何をするかは変わらない。
    捕まえる。そしてどうやったか、何を目的としているのか聞く。それは変わらない。

    そんなときだった。

    「丁度良かったわ、生徒会長。いまC&Cが彼らと接触したそうよ」
    「早! 流石だね~!」

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