【SS】ホシノ「ただちょっと夢見が悪くてさ……」

  • 1二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 20:44:11

    身も凍るほどに冷たい夜だった。
    私は果てしなく続く砂漠を独り歩き続けている。理由は分からない。ただ、何かを探しているのは確かだった。

    ここじゃない。

    そう呟いた声が砂嵐の向こうへと消えていく。
    コンパスの針は狂ったように回り続け、いま自分が何処に居るのかも分からない。
    立ち止まって空を見上げるも、舞い上がった砂の層は月明かりすらも塞いでしまう。
    砂嵐は次第に強さを増していく。もう目の前だってまともに見えない。

    早く見つけないと……。

    私は再び歩き出そうと一歩踏み込んだその時、誰かが私を押し倒した。

    「うぐっ……!?」

    思わず呻きながら相手の顔を見ようとするも、見えたのは馬乗りになった相手の影と振り上げられた拳。
    直後、強い衝撃が顔面を襲った。

    「あがっ!!」

    誰だ。こいつは誰だ。
    相手の顔は依然として見えない。振るわれる殴打から逃れようと顔を守っても、片腕を取られて再び殴られる。
    正体は不明。目的も不明。理由も分からず振るわれる暴力に恐怖心が湧いてきた。

    ――理由も分からない、だと?

    不意にそいつは口を開いた。
    そしてもう一度顔面に落とされる拳。

  • 2124/06/24(月) 20:44:26

    ――私はお前を赦さない。

    頬骨から嫌な音がした。

    ――お前が笑うことも楽しそうにすることも、私は決して赦さない。
    ――お前が何かを大事にすることだって赦さない。
    ――お前が抱えたもの全て、何もかも壊してやる。

    歯が折れる。片眼が潰れる。

    ――絶対に逃がしたりなんてしない。
    ――どこまでも追いかけ続けやる。お前に安寧なんて訪れない。
    ――お前を一生苦しませ続ける。楽になるなんて思うな。

    ああ、私。何かここまで恨まれるようなことしたのかな。
    ぼやける思考の中でふとこれまで出会ったみんなの顔を思い浮かべては見るものの、残念ながら思い当たることは無い。

    怨嗟の声は鳴り止まない。何度も何度も振り下ろされ続けて、そいつの手だってボロ雑巾のようにグチャグチャになっている。

    そんなに憎いなら、それはきっと私が悪かったんだろうね。
    ゆっくりと沈む意識のその最中、最後に聞こえたのはそろそろ目覚める私の絶叫だった。

    -----

  • 3124/06/24(月) 20:44:51

    「ホシノさん……顔色悪そうですけど大丈夫ですか?」
    「うへ、バレた?」

    仮眠を終えてアビドス高校の廊下を歩く私を、ヒフミちゃんが心配そうに覗き込む。
    私は誤魔化すように笑うけれど、ああダメだ。ちょっと怒ってる。

    「最後にちゃんと寝たのはいつですか?」
    「え~と、昨日はぐっすり寝たよ! ただちょっと夢見が悪くてさ……」
    「ほんとですか? 前も同じこと言って徹夜してたじゃないですか」
    「ほ、ほんとだよ!」
    「じゃあ何の夢だったんですか?」
    「え、え~と、忘れちゃったかな~?」
    「むぅ……」

    ヒフミちゃんは納得がいってないのか、まだ頬を膨らませたままだった。
    前に吐いた嘘がここまで響くものなのか。下手すれば総会を中止してでも無理やり寝かしつけられかねない。

    「わ、分かったってば! え~とね、砂漠を歩き続ける夢だよ」
    「砂漠? もしかしてアビドス砂丘ですか?」
    「ううん、砂丘じゃなくて砂漠。どこまでも砂が続いてるんだ。砂嵐も凄くってさ、まいっちゃうよね」

    肩を竦めて見せると、ヒフミちゃんも納得したのか膨らんだ頬が萎んでいった。
    よかった。怒ると怖いんだよねヒフミちゃん。

    「そういえば、総会の資料ってもう配ってあるんだっけ?」
    「はい! 各校代表の皆さんも揃ってますし、サンクトゥムタワーの稼働もばっちりです!」
    「いつもありがとね、ヒフミちゃん」

  • 4124/06/24(月) 20:45:02

    素直に労うとヒフミちゃんも胸を張って応えてくれる。
    その姿に、私の肩に乗った責任の重圧も少しだけ軽くなった気がした。

    私には仲間がいる。
    共に支えてくれる仲間がいる。
    だから、ユメ先輩から継いだこの役目だって果たしきれる。

    目の前には会議室の扉があった。
    その扉にそっと手を当てて、緊張をほぐすように深呼吸。

    ――よし!

    「それじゃあ行こうか。ヒフミちゃん」
    「はい! ホシノ生徒会長!」

    そして扉は開かれた。

    -----

  • 5124/06/24(月) 20:46:11

    見切り発車で書いているのでエタったらスマヌ
    あと見切り発車だからどのぐらいの長さになるかも不明……

  • 6二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 20:52:14

    祝福しよう
    新たな物語が芽吹いたという奇跡に

  • 7二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 20:54:08

    読みたいから見せてくれ

  • 8124/06/24(月) 21:06:51

    「待ってたわ、アビドス生徒会長」
    「キキッ、流石はアビドス生徒会長。最後に登場とは結構な身分じゃないか」
    「実際そうじゃん☆ アビドスが一番強いってこと、ゲヘナってそんな単純なことも分からないのかな~?」
    「そうすぐに喧嘩を売るものじゃないよ。自らの価値を貶めてどうする?」
    「アハッ! セイアちゃんはちょっと黙っててよ?」
    「ミカさん……! 失礼しました、ホシノさん」
    「あはは……今回もすごいですね……」
    「うへ……せめて仲良くとは言わないけどさ……」

    毎度のことながら会議室では一触即発の空気が流れていた。
    この公会議は各校のサンクトゥムタワーの稼働状況について共有する大事なもので、四か月に一回のペースで開かれている。
    そのホストになるのもアビドス生徒会長としての大事な責務のひとつではあるんだが、本当にいつもこうなのだから辟易するのも仕方がないだろう。

    アビドス高校、キヴォトス最大の学校組織。
    最大の名に恥じない生徒数を誇るこの学校は、事実上キヴォトスの全権を握っていると言っても過言では無い。
    そうに至ったきっかけこそがサンクトゥムタワーの存在だった。
    かつてはアビドスの生徒会長であったユメ先輩が管理していたこの塔は、文字通りキヴォトスと学園を繋ぎ止める大事な楔だ。

    そのため不備や不具合なんてものは決してあってはならない。
    これは学校同士の小競り合いよりも遥かに重要で、如何なる理由があろうとも残る全てのサンクトゥムタワーの存続に協力する義務が発生している。
    つまり如何に犬猿の仲であろうと等しく会議には出席し、世界を守るために協力し合わなくてはいけないのだ。

    そしてこの会議室に集まったのはアビドス含め四つの学校とその代表たちであった。

  • 9二次元好きの匿名さん24/06/24(月) 21:27:47

    おもろそう

  • 10124/06/24(月) 21:52:39

    「資料を見たが、ミレニアムもトリニティも問題なく稼働しているそうじゃないか」

    口を開いたのはゲヘナ学園代表、羽沼マコト。
    自由と混沌を校風とするゲヘナにおいて選挙制にて議長の座を勝ち取っている万魔殿の議長だ。
    およそ統率という言葉が存在しない学園において、地盤を着実に固め続けられる優秀な人物とも言える。
    恐れるべきは情報部の存在。どのような人脈を使っているのか、電子に依存しない情報収集能力は図抜けている。
    また、マコト議長の人材配置術は私も見習いたいところで、ユメ先輩もよく相談に乗ってもらっていたらしい。

    「こちらも特に変わりなく。一度襲撃はありましたが撃退に成功しましたので」
    「こっちにはセイアちゃんがいるからね☆ 何ならゲヘナに代わってトリニティが警察やってもいいんだよ?」
    「そこまで万能では無いよ。ただ、兵力の依存先がゲヘナに偏っているのは気になるけれど」

    トリニティ総合学園の代表は三人存在する。
    紅茶を片手に報告を済ます桐藤ナギサ。
    感情的に振る舞いながらも静かに会議室全体を見ている聖園ミカ。
    そして未来を見通すとまで言われる賢者、百合園セイア。

    トリニティ総合学園は元々三つの学園がひとつになって作られた学校である。
    そのため、その前身となる三つの学園――即ちパテル、フィリウス、サンクトゥスの各派閥から代表者をそれぞれ選出し、ティーパーティーと呼ばれる議席に就かせる、とのことだ。

    複合構造の組織の欠点はまさしく各代表の仲が悪いことなのだが、彼女たちは何だかんだ言って友人としての信頼関係を築けているらしい。故に三位一体。よほどのことが無い限り、ティーパーティーが崩れることは無いだろう。
    ちなみにユメ先輩は美味しいお菓子をたくさん貰って帰って来ていた。正直恥ずかしいから辞めて欲しかったけれど。

  • 11124/06/24(月) 22:17:20

    「ミレニアムとしては警察機構に出せる戦力は無いからそちらで頼むわ。ウォッシャー君なら貸し出せるけれど」

    最後に口を開いたのはミレニアムサイエンススクールの調停者、調月リオ。
    合理と効率の怪物とも言えるセミナーのビッグシスターであり、ミレニアムの絶対権力者として君臨している夜の女王だ。
    各校のサンクトゥムタワーの管理、調整は彼女率いるミレニアムに一任しており、例え理解できない構造物でも解析して動かすその様はまさしくミレニアムという学校がどういうものかを示すところであるだろう。
    ただ、ユメ先輩曰く「怖く見えるかも知れないけど、優しい子なんだよ~」とのことで、一緒に遊園地にも行ったことがあるらしい。……遊園地? 想像の範疇を超えている。

    ゲヘナ、トリニティ、ミレニアム。そしてアビドス
    四つのサンクトゥムタワーこそが最後の楔。
    このキヴォトスに残った唯一の学校であり、この世界の最終戦線である。
    最終戦線。ならば何と戦っているのか。

    答えは大人たちとその配下。キヴォトスの外からこの世界を壊そうとする侵略者たちだ。
    彼らはサンクトゥムタワーを破壊することでこの世界を壊そうとしている。

    予感は二年も前からあった。時折見るあの夢だ。
    無限に続く砂漠と砂嵐。私を憎む何かの存在。そして脅かされる私の世界。
    それを証明するように、悪い大人たちが時折やってきてはタワーを壊そうと侵略してくる。
    理由は分からない。けれど確かにこの世界は大人たちに狙われているのだ。

    この場にいる私以外の誰も知らない。
    タワーが壊されるということの本当の意味を。
    学校の維持が出来なくなるどころの話ではないという事実を。

    「みんなありがとね。……じゃあとりあえずさ、ナギサちゃん、襲撃者の情報ってもう少しあるかな?」
    「はい。こちらに」

  • 12124/06/24(月) 22:36:18

    出された資料にあったのはカイザーPMCが保有する傭兵部隊だった。
    前から無差別的に機械的に、ただアビドスのタワーを狙って侵攻して来ては居たものの、ついにトリニティにも矛が向き始めたというところか。

    「トリニティなら問題ないと思うけど、これから狙われ続けるかも知れないから要注意だね~。念には念を、だよ。心配性なぐらいが丁度いいんだからさ」
    「その点はご安心ください、ホシノさん。トリニティに用心しないものなんていませんから」
    「うへ……そうだね」

    内憂外患の備えであれば、そこの忠告はまさしく馬の耳に何とやらかも知れない。
    そう思っているところでマコト議長が声を上げた。

    「いつも通りの風景だな。だが、このように用意された資料に一体何の意味がある?」

    手に取った資料を投げ放つマコト議長。落ちた紙が床を舐める。
    そのパフォーマンスに眉を顰めそうになったけれど、何か言いたいことがあるらしいのは私でも分かった。

    「今朝方だが、ゲヘナのタワーが異常値を示した。一時的とはいえ、二、三人分ほど数値が増加したそうだ」
    「!?」

    一同の視線が一度にマコト議長の方へと向かう。
    サンクトゥムタワーの解析を行っていたミレニアムも同様だ。タワーの調整、検査、管理。その全てを一手に担っていたミレニアムだって、タワーが揺らぐとは思ってもいなかっただろう。
    タワーの示す数値は各校自治区に存在する者で決まる。マコト議長の言っていることはつまり、突然ゲヘナに何人か出現したことに他ならない。

  • 13124/06/24(月) 22:36:37

    「それで、だ。私はミレニアムのビッグシスターに応援を要請したい。エラーであってもエラーが起こり得るなど、それは管理責任を負ったミレニアムの過失なのだろうからなぁ!」
    「……分かったわ。すぐ技術者を手配する」
    「だったら、私も同行するよ」

    私はすぐさま声を上げた。
    マコト議長の言うそれは確かにアビドス生徒会として看過できない出来事だ。
    何かあったらでは遅すぎる。その原因を知る必然性が私にはある――

    そしてそのことに異論を呈する者は誰も居なかった。
    アビドスなら。アビドスの生徒会長なら。ホシノ生徒会長なら――
    無音の重圧が再び圧し掛かる。けれど私にはこの世界を守る責務がある。そしてユメ先輩が里帰りできる場所を残し続ける義務がある。

    公会議は解散し、マコト議長、リオちゃん、そして私の三名は異常のあったゲヘナ自治区へと向かったのであった。

    -----

  • 14124/06/24(月) 23:12:02

    アビドス高校付近を、一台のワゴン車が走っていた。
    中に乗っているのは三人の人物。だが、皆一様に姿を隠すようローブのようなもので身体を覆っていた。
    湿気った空気を入れ替えるように開け放たれた窓際で、ローブを押さえるその内のひとり、小柄な少女が口を開いた。

    「顔隠すにしてもこれじゃあ目立つんじゃない~?」
    「いえいえ、我々の存在は観測されるべきではないのです。例え不自然であっても、あのタワーがある限りある程度の不自然さは見逃されるはずです」
    「……お前に聞いたわけじゃない」

    棘のように突き刺す言葉に、ハンドルを握る人物はくつくつと喉を鳴らす。
    その様子を見ていた後部座席のもうひとりが、ふと疑問を投げかけた。

    「アビドス分校には結構近づいたのかな?」
    「大体三十分ぐらいですね。それまでもう少しお休みください。ああ、もちろん。一蓮托生の身ではありますから警戒する必要なんて無いですよ」
    「まあ、私は貴方が口約束でも契約を反故にするとは思わないけど……」
    「クックック、嬉しい限りです」
    「…………」

    小柄な少女はきゅっと銃を抱きしめる。
    外に見えるのは有り得ざるアビドス自治区の風景。緑が生い茂り、荒れ果てた砂漠は存在しない、誰かの夢見た全盛期のアビドスなのだろう。

  • 15124/06/24(月) 23:12:22

    「私はさ」
    「ん?」

    ぽつりと零したその言葉に、後部座席から顔を向ける。

    「ちょっとだけ、辛いかな」
    「……うん」
    「でも、私じゃないと多分伝えられないから」
    「…………大丈夫だよ」
    「そうかな……。……そうだね」

    少女の相貌に映るのは怒りでも悲しみでも無く、哀れみと決別であった。故に――

    「先生。私はこの世界を滅ぼすよ。あの子が前に進めるように」

    少女は銃を握り締める。
    一陣の風にローブが捲れた。

    「私も協力するよ、ホシノ」

    ローブの向こうにあったのは、アビドス生徒会長と全く同じ顔をした、もうひとりの小鳥遊ホシノであった。

    -----

  • 16二次元好きの匿名さん24/06/25(火) 09:53:03

    ほしゅの

  • 17124/06/25(火) 20:55:25

    「次は中隊編成での突破訓練ですね。イオリさんたちに突破されたら交代してください」
    「ま、待ってくれ戦車長! さっき休憩って言ってたじゃないか! それに何で中隊編成に増えてるんだ!?」
    「こうも突破されると面白くな……いえ、何でもありません。砲撃用意」
    「ただの私怨じゃないかーーーっ!!」

    ゲヘナ学園に到着すると、そこでは風紀委員たちと万魔殿の戦車隊たちが戦闘訓練を行っていた。

    「やってるね~。イオリ副委員長も動き良くなってるし」
    「キキキッ! それでもまだ脅威ではないがな!」

    マコト議長は不敵に笑う。かつて風紀委員に嫌がらせをしていたときのことを思い出しているのだろうか。

    戦車中隊の指揮官の監督についているのは万魔殿の保有する戦車大隊を率いる大隊長の棗イロハ。
    丁度いま戦車に取り囲まれて雨のように砲弾を撃たれ続けているのが風紀委員の副委員長、銀鏡イオリ。
    そして風紀委員長だった空崎ヒナは、現在風紀委員から離れてアビドス高校のタワー防衛のメンバーとして引き抜かれている。

    「我々に空崎ヒナは不要なのだ! 何せこのマコト様直下の戦車大隊がいるからなぁ!」
    「おかげで助かったよ~。アビドス高校はよく狙われるからね~」
    「そんなことよりタワーに行きましょう。エンジニア部が来る前にある程度見ておきたいから」
    「む……そうだな。着いてくるが良い」

    そうしてしばらく歩くと、すぐに天高く伸びるタワーの根本まで辿り着いた。

    サンクトゥムタワー。世界基底の楔を示す謎の塔。
    それは地面から伸びているのではなく、まるで空から地面へ向けて打ち付けられた釘のような印象を受ける。
    その内部構造は円環状であり、中央に空いた穴を囲むように通路と階段と、制御盤のような謎の装置が並んでいる。
    中央の穴からは淡い光が見えるぐらいで底を見ることは如何なる方法を以てしても未だ不明。
    高さは九十九階部分までは昇ることができ、階段と六基のエレベーターによって移動が可能だ。

    そして九十九階部分にあるのが観測機械。リオ会長が「オブザベーションマン」と名付けようとしたが、公会議メンバー全員が却下したため何とか回避し、私は民意の重要性を理解した。

  • 18124/06/25(火) 22:53:25

    エレベーターに乗り込んでしばらくのこと。

    「このエレベーターも謎だわ」
    「んぇ?」

    不意に吐いたリオ会長の言葉に思わず困惑して、すぐにそれが何となく始まった沈黙を破るためのものなのだろうと理解する。言うなれば人心に不器用な会長の雑談だ。

    「たった一基でこの高さまで昇るのもそうだけれど、そもそもトランクション式でも油圧式でも無い。何でこれが上り下りできているのかまだ分からないのよ」
    「……サンクトゥムタワー、か」

    マコト議長がぽそりと言った。

    「正体不明の何かに支配されるなど、気味が悪いがな」
    「そう? 正体不明を前にした時こそ自分の在り方を知るものだと思うけれど」

    リオ会長がそれに答える。トリニティがここにいたのなら、ユメ先輩がここにいたのなら何て答えたのか、少しだけ気になった。

    けれども。

    「私はそういうの面倒かな……。ユメ先輩だったら『みんなが笑っていられるなら何でも!』って言いそうだし」
    「「…………」」

    立場も思考も思想も違えど、梔子ユメという人物像については恐らくこの場の全員が一致していた。
    お花畑みたいな思考とやけに高い実行力。合理ではなく感情で動き、その上で理想を求めて邁進し続ける彼女の姿は毒か薬か。
    あの人は理想に殉ずる殉教者のようで、どうにも目が離せなかったんだ。

    卒業した後、いまはどこで何をしているのか。エレベーター内に静寂が満ちる。

  • 19124/06/25(火) 22:53:53

    そんな静寂を破ったのは携帯から発せられた通知音だった。
    それに気づいてマコト議長が携帯の画面を見る。

    「クク……件の人物だが、やはりゲヘナに現れていたらしいな」
    「件の……って、タワーが異常値を示したって、アレ?」
    「そうだ。ヘイロー持ちの生徒が一人と大人が二人、アビドス高校の方へと向かっていったようだぞ」
    「っ!?」

    手段は分からずともゲヘナに突如出現した何者かが、真っ先にアビドスへの向かって行った……?
    どう考えてもアビドスのタワーを狙っている。しかし……三人? たった三人でアビドスを攻略するつもり……?

    「キキッ! キヴォトスでの兵力を知らないか、それこそたまたまの可能性か。いや、分からんものだな!」
    「……で、マコト議長はどうするつもり?」
    「そう怖い顔をするな小鳥遊ホシノ。仮にアビドスで戦闘が始まっても、このマコト様ですら手を焼いた空崎ヒナがそう簡単にやられるわけもないだろう?」
    「それは……」

    その通りだった。
    仮に委員長ちゃん……もとい元委員長ちゃん率いるアビドス戦力がたった三人に突破できるわけがない。
    一番考えられるのは陽動。突破できずとも、あの元委員長ちゃんに肉薄できる最強の少数精鋭を送り込んだのなら、アビドスの防衛力は純粋な質と数の比べ合いになる。それだけの大隊が来るのであれば、その予兆を、あの三人が来た経路を調べることが先決である。

    「まあ案ずるな、小鳥遊ホシノ。このマコト様が何も手を打っていないわけが無いだろう!」
    「うん?」
    「情報部を通じて得た奴らの居場所をな、うっかりC&Cに漏らしてしまったようでな。よほどの手練れが紛れ込んだらしいとな」
    「……なんですって?」

  • 20124/06/25(火) 22:54:04

    リオ会長が眉を顰めた。C&Cには彼女がいる。それを聞いて彼女がどう動くかなんて、中等部だって分かること――

    「悪気は無かったんだ調月リオ。ただ、情報とはいったいどんな経路で漏れるものか分からんなぁ?」
    「……そうね」

    リオ会長は溜め息を吐いて携帯を取り出す。同じくしてエレベーターが止まり、扉が開く。
    続いて聞こえたのはこの言葉。

    「セミナーよりC&Cを動かすわ。合理的に行きましょう」

    -----

  • 21124/06/25(火) 23:29:02

    この奇妙なキヴォトスで目覚めたのはたった6時間ほど前。
    その時もいつものようにパトロールを終えて、シロコちゃんたちが来るまで空き教室で仮眠を取っていたときのことだった。

    「ホシノ。起きて、ホシノ」
    「んんぅ~? あれ……ここは?」
    「多分ゲヘナなんだけど……」

    先生の声で目を覚ますと、そこはどこかの廃墟と化した空きビルの一角だった。
    そして言葉を濁す先生の雰囲気に違和感を覚えた……その時だった。

    「いやはや、まさか最高の神秘たる貴女の寝顔を見ることになるとは。なに、因果とは面白いものですね……」
    「お、まえは……!!」

    私たちの前で壊れかけの椅子に座っていたのは黒服だった。
    騙し、捻じ曲げ、力を持って全てを歪めようとする、悪い大人――反射的に銃を手繰り寄せようと手を伸ばす。

    「貴女の銃はこれでしょう? 突然撃たれても困りますからね」
    「……ッ! 返せ!!」
    「ええ、もちろん」

    そして投げて手渡される私の武器。けれど、黒服が何を企んでいるのかが分からなかった。

    「黒服……、どうして私と先生をさらったの? 今度は一体何を企んでいる……!」
    「落ち着いてください小鳥遊ホシノさん。逆なのです。逆なのですよ、暁のホルス。貴女が私と先生をここに連れて来たんです」
    「何を言って……」
    「……とりあえず聞いてみようよ、ホシノ」
    「先生……」

  • 22124/06/25(火) 23:29:29

    私の手が先生に掴まれる。先生の、信じていい大人の手だ。
    黒服が何を言っているのか分からない。正直黒服の言葉なんてたった一言だって聞きたくなかったけれど、それでも、少なくともここには先生もいる。

    銃から手こそ離さずとも、耳ぐらいは傾けてやって良い。

    そう決定づけた私が睨むように黒服を見ると、黒服は「おお怖い」と冗談めかして肩を竦めた。

    「まずは……そうですね。ここは私たちが居たキヴォトスではない、ということは確定的でしょう」
    「つまり、並行世界や異世界ってことかな?」

    先生が聞くと黒服は満足そうに頷く。

    「その認識でも良いでしょう。より確度の高い呼び方をするならば、夢の世界でしょうが」
    「夢?」
    「ええ、先生。あなたは既に知っているはずです。異なる世界から訪れるという結果。そして夢を通じて迷い込んだ異世界人という事実を」
    「…………」

    先生は何かを思い浮かべるように目を瞑る。
    私にとっては意味の分からない言葉であっても、先生は何かを知っているようだった。
    そして、黒服は笑みを浮かべる。

    「小鳥遊ホシノという神秘の見た夢。それが私たちの世界のホシノさんの夢と繋がってしまったのでしょう。そしてこの世界には私たち三人とこの夢を見ている小鳥遊ホシノ……つまるところ、もうひとりの貴女しか居ない」
    「……外は随分賑やかだけど?」

    噛み付くように吐き捨てながら、私は外の喧騒へと耳を傾ける。
    多くの人がいた。遠くで聞こえる爆発音。この夢が四人だけというのなら、彼らは一体何なのか。

  • 23二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 09:39:32

    支援
    心情描写が好きです

  • 24124/06/26(水) 10:04:16

    「ミメシス、と呼んでも良いのかも知れませんね。もしくは先生。あなたが持つその箱とカードの起こす力に似たもの、とでも」
    「……つまり、彼らは再現された存在、ということかな」
    「ええ、生徒でも住人でもない偽りの模倣体。もしくはどこかの世界で有り得た神秘の姿か。その全てはかつて虚妄のサンクトゥムと呼ばれたものの影響にて生まれたもので、いまなおこのキヴォトスに突き刺さっています。いずれにせよ、この夢に縛られている何処かの記憶です」

    黒服の説明がやけに回りくどいような気がして先生を見上げて、思わず息を呑んだ。
    殺意や憎悪とはまた違う、ただどこか覚悟を決めたような、険しい表情を浮かべていた。

    「黒服、この世界から出るためにはどうすればいい?」
    「この世界を滅ぼす、ですよ、先生」
    「え、え……? ちょっと二人とも……?」

    黒服は私を見て眩しそうに嗤う。世界を滅ぼす? 一体何の――
    その答えは、先生が教えてくれた。

    「何故なのかも分からないけど、要はサンクトゥムタワーと同質の物がこの世界にあって、それがもうひとりのホシノと私たちをこの世界に閉じ込めている、ってことなんだよ」
    「あ……」

    だから、世界を滅ぼせば帰れる。
    私たちをこの世界を繋ぎ止めるタワーは、私の知る生徒たちを模した複製体をも生み出している。
    タワーを破壊すれば、生み出された複製体は消える。だから、世界を滅ぼす。複製体ではない私たちと夢見る小鳥遊ホシノが元の場所へ帰るためには。

    「そ、っかぁ……」

  • 25二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 10:05:49

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  • 26124/06/26(水) 10:06:28

    私は思わず呟いた。黒服も先生も直接戦うことは難しいだろう。
    だとすれば、この世界を、何の気なしに外を歩くこの風景と造られた生徒たちを私が滅ぼすのだ。

    私が。小鳥遊ホシノが。

    「……へへっ」
    「ホシノ……?」

    思わず笑ってしまった。なんて単純なのだろう。

    「夢なんかじゃない。これは悪夢だよ先生」

    私は知っている。こんな夢を見てしまうなら、きっとこの世界の私は知らない。夢に囚われたままじゃ何処にもいけないってことを。
    少し前の私だったらきっとこの夢を肯定した。願ったものを見ているのだろう。だってこんなにも空は青く澄み切っているのだから。

    でもそれは夢だから。望んで届かなかった切望を夢に見たからこそのこの風景。
    だったら覚めなきゃいけない。先生が、ノノミちゃんが、シロコちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん。みんなが私を起こしてくれたように、そろそろ私は私を起こす時間がやってきたんだ。

    「随分と夢見が悪いようだから起こしてあげないとね。それで、具体的にはどうすればいいの?」
    「まずは情報を集めましょう、ホシノさん。少なくとも、この世界に囚われるのは私にとっても損失ですから」
    「口約束は契約に含まれるんだよね、黒服」
    「ええもちろん。復唱しましょうか? 私、黒服はこの名に誓って、この世界を脱出するまで小鳥遊ホシノおよび先生に対して全面的に協力を惜しまず、また両名が望まぬ事態は引き起こさぬよう尽力し、緊急時を除いて何をするかの了解を得ることとします」

    手を広げて口約束を行う黒服に対し、先生は「あはは……」と薄く笑う。

    「私としては、黒服の本当の名前が出てこないことを祈るよ」
    「ええ、ご安心ください。この先どこかでその必要が生まれたとしても、それは決して今では無いことだけは約束しましょう」

    そして、先生と私と黒服。因縁と呼ぶにはあまりにも奇妙な縁で結ばれた同盟が今ここに成立したのであった。
    -----

  • 27124/06/26(水) 20:16:37

    それから数時間後、物資と情報を集めた私、先生、黒服の三人は"その辺に落ちていた"ワゴン車を拾って走らせていた。
    本当であればもっと状況が見えるまであの廃墟に潜伏していたかったのだけれど、誰かのワゴン車を借りてまで移動しているには理由があったのだ。

    「まさか見られ次第撃たれることになるなんてね……」
    「ククク……私にも自分の身を守る術のひとつでもあれば良かったのですが」

    ハンドルを握る黒服がどこか楽しそうに見えたのは気のせいでは無いだろう。

    そう、先生たちが言うように、このキヴォトスの生徒たちは大人である二人の姿を見た瞬間に発砲してきたのだ。
    先生に銃が向けられるたびに一体何度肝を冷やしたか。ただ、先生には幸運にも……というか明らかに何かが干渉しているかのように一発として銃弾が当たることは無かったし、黒服はいつの間にか消えたり現れたりでとりあえずは難を逃れていた。

    ……ともかく。

    「なんかさ、大人を憎んでるって感じだったよね~」
    「ホシノさんの夢の中では大人こそ敵なのでしょう」
    「……それ、黒服が言う?」

    悪い大人の代表は相変わらず笑っており、良い大人の代表が苦笑いを浮かべて口を開く。

    「それで黒服。サンクトゥムタワーのこととか何か分かった?」
    「ええ、契約書に目を通しただけですが」

    契約書、の意味は分からなかったが、黒服は要約するように説明を始める。

  • 28124/06/26(水) 20:30:04

    ――まず、サンクトゥムタワーは全部で四本。それぞれゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、アビドスに存在しています。
    イメージとしては、元の大地があったところに学校および自治区というテクスチャで覆われている、といったところでしょうか? 彼ならばもっと正確に観測できたかも知れませんね、申し訳ございません。

    それ以外の地域、山海経やレッドウィンターなどについてはこの世界に存在せず、また、そこに所属していた生徒たちも存在しないものとして認識されています。

    「存在しない、か。でもそれって……」

    そうですホシノさん。それは裏を返せば先の四校の生徒は存在するということです。
    ああ、いえ、申し訳ございません。貴女を動揺させる意図は無いため断言しておきますが、それでもこの世界には梔子ユメはおりません。とはいえ、無事卒業した、ということになっているようですが。

    また、タワーを破壊と伝えましたが、このタワーを物理的に破壊することは不可能です。
    それぞれ九十九階フロアに設置された世界基底を操作してタワーの削除を行う必要があります。
    操作については権限を持つ者が触れれば分かるようになっているとのこと。そして権限を持つのは、現在アビドス生徒会長の地位に立つ小鳥遊ホシノさんとなっております。
    同時に、生徒会長はタワーを用いて事象の干渉も行えるようです。我々を認識した瞬間には事象改変による妨害などは確実でしょう。

    例外として箱を持つ先生も操作を行うことが出来ます。
    そのためには生徒たちを掻い潜って世界基底に触れる必要があります。

    「それってもしかしなくてもだけど、風紀委員長ちゃんたちと戦わなきゃいけないってこと?」

    そういうことになりますね。
    ただし、タワーの攻略を完了すれば自治区ごと生徒も皆消滅します。
    また、先生がタワーを掌握し消滅させることで生徒会長の事象改変能力も弱体化させることが出来ます。

    ひとまず私が見たところではこの通りとなります――

  • 29124/06/26(水) 21:48:03

    スマヌ…ヴァル夏のため続きは明日…!

  • 30二次元好きの匿名さん24/06/26(水) 23:08:51

    このレスは削除されています

  • 31124/06/27(木) 09:53:58

    「ホシノ、どう思う?」
    「う〜ん……流石におじさんでも厳しいね〜これは」

    アビドスの風景を眺めながら、極めて単純な結論を出す。
    と言うのも、あまりにも敵勢力が大き過ぎるからだ。
    一対一で全力で戦って一人ずつ落とす、が出来るならまだ望みはあるかも知れない。けれど団体に対して私一人。擦り傷程度でも積み重ねれば致命傷に至ることは容易く想像できる。

    「ちなみに先生から見たら他の学校の生徒ってどんな感じ?」

    そもそも三校全ての生徒の力量すら私は知らないのだ。
    そう思い先生に聞いてみると、「そうだね…」と思案するように顎に手をやった。

    「まずゲヘナ。当然だけどヒナと戦う事だけは避けないといけないね」
    「だよね〜。確実に後詰でもう一人の私がいるだろうし……。そもそももう一人の私と誰かが来た時点で負けなんだけどさ〜」
    「あとは万魔殿の戦車部隊。さっき軽く見た感じだけど、元の世界と比べてかなり増強してるようだったね」
    「それに加えてイオリちゃんかぁ……。足の早い前線スナイパーって何なんだろうね」

    ま、私の敵では無いけれど、とまでは流石に口にはしない。
    こういうのは相性だろう。実際、戦車部隊もただ戦うだけなら何とかなる算段はついているが、戦車で直接バリケードでも作られたら物理的に突破が困難だ。

    「けれども、一番危険なのはゲヘナの情報部だと思う」
    「え……あ、そっか」

    ゲヘナ情報部の情報収集能力は群を抜いている。
    情報部が生きている限り私たちに潜伏する場所は無いも同然だろう。
    そもそも、この世界に来て既に6時間以上も経ってしまっているのだ。
    とっくに位置から人数まで捕捉されているに違いない。

  • 32二次元好きの匿名さん24/06/27(木) 19:17:36

    ほしゅの

  • 33124/06/27(木) 22:46:03

    「皆さん、ここでひとつ良い情報がございますよ」
    「……何さ黒服。ゲヘナの攻略法でもあるの?」
    「クックック、ホシノさん。あなたが脅威に感じているのは空崎ヒナがいるゲヘナでしょう? 遅滞戦闘をされて彼女が到着してしまうことこそがゲヘナの強み」

    意味深な黒服の言葉に先生が声を上げた。

    「まさか、ヒナはゲヘナにいない……?」
    「そうです。彼女は今、アビドスの警備隊にて指揮官をしておりますとも。アビドスが最終防衛ラインであると言わんばかり、です」

    だったら話は随分と変わってくる。
    アビドス攻略のためにはゲヘナのタワー攻略は必須。そしてゲヘナ最大の個人戦力はアビドス防衛のため不在。
    もしかしてゲヘナが一番手薄……? だとすれば空崎ヒナにも対処できて情報戦での劣勢を緩和できるゲヘナを今すぐ攻めるのが得策――

    「ち、ちなみに先生。他の学校は?」

    逸る気持ちを押さえて聞くと先生は答えた。

    「ミレニアムでいくとやっぱりエージェント集団のC&Cだね」

    セミナー直下のエージェント組織『Cleaning & Clearing』、通称C&C。
    戦闘に長けたゲヘナやトリニティの戦闘部隊とは違い、特殊環境下での戦闘や工作を得意とする特殊部隊である。
    その構成メンバーは少数ながらも各状況におけるスペシャリストであり、仮にキヴォトス最優の特殊部隊がSRT特殊学園のFOX部隊であるとするならば、キヴォトス万能の特殊部隊こそ彼女たちなのかもしれない。

    「特に気を付けるべきはネルかな。あの子は誰であっても絶対に勝つ」
    「ふ~ん? そこはちょっとおじさんも張り合いたくなっちゃうね~」
    「うーん、そういう意味じゃないというか……。そうだね、ホシノ。もし自分が戦闘で負けるとしたら、どういう状況が考えられる?」
    「……戦闘で、かぁ」

    弾薬が尽きる。負傷して継戦能力を失う。戦闘行為の目的が損なわれる。
    いくつか思いつくけれど、総じて言えるのは戦闘行為が継続できなくなること。

  • 34124/06/27(木) 23:04:21

    「ネルにとっての敗北は倒れたままで居ないこと。そしてどんなことがあっても必ずネルは立ち上がる。だから絶対に勝つ」
    「うへ……根性バトルだねそれ……」

    いわゆる「なんでまだ立ってやがる!」みたいな。先生のその言葉に納得する私。
    確かに、もう勝つとか負けるとかじゃない。河辺で殴り合うつもりで無いのなら風紀委員長ちゃんと同じく絶対に戦っちゃいけないタイプだ。

    他にもいくつか挟まるミレニアムサイエンススクールの要注意人物たち。
    例えばそれはビッグシスターの調月リオだったり、全知の天才たる明星ヒマリとゆかいなヴェリタスたち。
    際立った戦闘特化の組織が居ない代わりに、如何なる状況であろうとも対応できるオールラウンダーな逸材たちが揃っているのがとにかく厄介そうだった。

    例えるなら、どんな状況でも必ず後出しジャンケンで有利を取ってくるタイプ、とでも呼ぼうか。
    電撃戦でどうにか出来ないことだけはよく分かる。

    「次にトリニティだと……まずは――」

    正義実現委員会。
    その名前に偽りなく、正義と言う名の力を体現するトリニティの治安維持部隊。
    組織の大きさはゲヘナ風紀委員にも負けず劣らず、特に委員長の剣先ツルギを筆頭としたスナイパー集団の連携は攻守ともに優れた矛と盾である。

    「ツルギもネルも強さの方向性は似てるんだけど、ツルギの方が強さが安定しているって言えばいいのかな……」

    例えるなら、ツルギは「ちくしょう攻撃が全然効かねぇ!」ってタイプで、ネルが「勝ってるはずなのになんで俺の方が押されてるんだ……!」ってタイプで。

    「先生、さっきからなんか例えがおかしくない?」

    最近そういう映画でも見たのだろうか、なんて考えると先生はこほんと咳払いをひとつ。

  • 35124/06/27(木) 23:33:57

    「あとは救護騎士団やシスターフッドみたいに数と力を備えた組織も多いけど、ティーパーティーも無視できないね」
    「ティーパーティー? トリニティの生徒会でしょ」

    実権を持つ生徒会直下の暴力装置、というのであれば分かるけど、生徒会そのものが?

    「うん。生徒会、とは言っても、相手は予知夢を見られるセイアとツルギに匹敵するポテンシャルを持つミカ。それに今のトリニティで実権を握るナギサの三人だ」
    「うぇ!? それは……えぇ……?」

    未来を読み、突出した攻撃力を持ち、尚且つトリニティ全体を動かせる三位一体の天使たち。それがトリニティのティーパーティーなのだと言う。

    「それは……一筋縄ではいきそうにも無いねぇ……」

    どこもかしこも……というよりも、今のゲヘナ以外は相手にしたく無い。
    が、恐らくそれ込みの戦力分布なのだろう。状況を読んでゲヘナを攻める相手の情報を抜いてから遅滞戦闘。
    そして他の学校から増援を呼んで一網打尽。そう考えれば、そもそも相手にすることが間違っている。

    「うへ~。やっぱり無茶な気がしてきたよ~」
    「あはは……。まあ、戦う学校の生徒はこんなところかな」

    そうして先生は話を切り上げる。
    いや、違う。話をわざと切り上げた。

    「……先生、まだ残ってるよ」
    「…………ホシノ」
    「ん、戦況把握はちゃんとするべき、なんてね」

    だから私もわざとらしく笑って見せると、諦めたように先生は口を開く。

  • 36124/06/27(木) 23:55:53

    「アビドス高校の生徒が再現されているなら、みんなもいるだろうね」
    「うん。でも私の方が強いのは確実だよ」

    ――だってこんな夢を見るぐらいなら。

    「そうだとしても、ホシノは撃ちたくないよね」
    「……うん。多分、分かんない、かな」

    ――あの日私はみんなに銃を向けた。
    ――”私が”、みんなを守るために。

    「クックック……撃たなければ元の世界に戻れないのに、ですか?」

    口を挟んだ黒服を見る私。
    でも不思議と怒りは無い。ああ、お前はそう言うだろうという理解と、その答えは既に得たという確かな感覚。
    それはみんながくれたものだった。

    「そうだよ。だって、私はもう知っている」

    抱え込まずにちゃんと話すこと。
    自分の弱さを認めて自分を赦すこと。
    残った私が残された人から目を逸らさないこと。
    そして、私も誰かに重荷を任せて良いのだということ。

    「大丈夫だよホシノ。私が責任を負うから」

    それは赦しだ。
    弱い私を支えてください。そう願うのは決して甘えではないと、この人が教えてくれた――

    「それは皆さんが居た場合の話、ではありませんか?」

  • 37二次元好きの匿名さん24/06/28(金) 07:29:35

    …そういやシロコやノノミ、アヤネにセリカは…?

  • 38124/06/28(金) 10:31:10

    「……どういう意味?」
    「ククク……人は見たいものを夢に見て、見たくないものは夢から消してしまう、ということですよ、ホシノさん」
    「やめるんだ黒服」

    先生の怒気を孕んだ静かな声が響く。
    けれども、私は――

    「いいよ、続けて黒服。何がいいたいのさ」
    「梔子ユメは卒業という形で姿を消している。それは確定事項です。同時に先生という存在もまたこの世界には存在しない。この世界の生徒たちの行動は全てもうひとりのホシノさんの夢の住人である以上、先生を攻撃するということは先生という存在すらなかったことにしていると言っても良いでしょう。では、対策委員会の皆さんは?」
    「…………」
    「ホシノさん。いえ、暁のホルス。このような夢を見る貴女は一体彼女たちに何を望むのでしょうか?」

    ……私が望むこと。
    きっとここでの私は乗り越えられなかった私だ。

    ――最悪は何だ?

    みんながこの世界に居る姿は想像できる。
    私がみんなを忘れることなんてあり得ない。

    ――居ないパターンがあるとすれば?

    「向き合いたくない。見ることすら苦しい。だから――うん。分かったよ黒服。何が言いたいのか」

    答えは簡単だ。私のせいでみんなが死んだ世界の私。
    居ない理由があるとするなら、ユメ先輩のときよりもっと酷い……私が直接の原因でみんなを殺した場合だろう。
    少なくとも、もうひとりの私は先生に会いたいなんて思っていないのは確かなのだから。

    「いや~、相変わらず嫌な大人だね。黒服は」
    「クックック……私はただ、有り得る可能性をひとつ提示しただけですよ」

  • 39124/06/28(金) 10:42:27

    さて、と黒服は一旦区切る。

    「もうアドビス分校です。ひとまずはそこでホシノさんの装備を回収――」

    突如、衝撃がワゴン車を襲った。
    爆発音。割れたガラスが飛び散る。横転し、天と地が狂ったように入れ替わった。
    横倒しになった車体が道路を削り、数十メートルほど滑って止まる。

    「せ、先生ッ!!」

    慌てて中を見渡すと「いたたた……」と先生が顔を出す。
    姿を隠すためにと被っていた布地が幸いしたのか、どうやら軽傷で済んだようだ。
    何とか車内から這い出て周りを見ると、黒服は既に車外で出ていたようで無傷。敵影は――いた。

    「あんたらだよな。突然現れた不審人物ってのはよぉ……」

    そいつは獰猛な笑みを浮かべて両手のサブマシンガンをゆっくりと構えた。

    「C&C、コールサイン『ダブルオー』。抵抗しても良いぜ。その方が楽しそうだからなぁ!!」

    目の前に立っていたのはついさっき"遭っちゃいけない"と話したばかりの存在。
    ミレニアム最強と畏れられる美甘ネルであった。

    -----

  • 40二次元好きの匿名さん24/06/28(金) 18:45:53

    保守

  • 41二次元好きの匿名さん24/06/28(金) 22:52:12

    ゲヘナのタワーにて、丁度検査を終えた調月リオが顔を上げる。

    「変動した数値とログから、何が変わったのか割り出せたわ」
    「お~、いいね~リオ会長。それで、何が分かったの?」
    「……まず、突然現れた三人組というのは確かに存在するわね。マコト議長の言っていたとおり三人だけ。大まかな身長や体重も割り出せたわ」

    差し出されたタブレットを眺めて、なるほど。生徒に関してはかなり小柄で、武装はセミオートショットガン。それ以外にサブウェポンの類いは無さそうである。
    ほか大人二名も背が高い以上の感想は特になく、所持しているものは何もない。いや――それはおかしい。

    「……うん? リオ会長、これ本当に合ってる?」
    「ええ、私も驚いたのだけど、大人の方は銃すら持っていないようね」

    タブレットを返しながらも驚きを隠せない。
    何せ銃を持たずに出歩くなんて明らかに怪しい、というより有り得ないことだった。
    敵だと思っていたのは間違いだったか……?

    「キキッ! この不審者たちも、案外敵では無いのかも知れんなぁ?」

    丁度マコト議長もそう思ったのか口にする。
    うーん……、と頭を悩ませたところで悩む必要なんか最初から無いことに気が付いた。

    「ま、でもさ、結局どうやってゲヘナに直接現れたのかはまだ分からないわけじゃない? そんな怪しい相手のうち二人も武器を持ってないなんてのも余計に怪しい、そうでしょ?」

    結局のところ何であれ、何をするかは変わらない。
    捕まえる。そしてどうやったか、何を目的としているのか聞く。それは変わらない。

    そんなときだった。

    「丁度良かったわ、生徒会長。いまC&Cが彼らと接触したそうよ」
    「早! 流石だね~!」

  • 42二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 09:27:27

    アビドス最強vsミレニアム最強、ついに激突。

  • 43二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 09:40:13

    かたなしほしゅの

  • 44二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 13:39:31

    それには思わず手を叩く。流石はC&C、ミレニアムの部隊だ。
    戦闘の過程がどうなろうとも、情報が少しでも増えるのは嬉しいものである。

    「それで、交戦の結果は?」
    「いや……彼ら、すぐ投降したようね」
    「ふぅん? 随分とあっさりだね」

    戦闘を避けた? 準備が整っていなかったとか、もしくは大人二人が戦えないから?
    いくつか考えていると、リオ会長は眉を顰めながら口を開いた。

    「現場と繋ぐわ。彼ら、何か話したいことがあるみたいよ」
    「話したい事? 命乞いとかじゃなかったら興味あるけど……」

    そしてすぐ、リオ会長のタブレットから現場の音声が流れ始めた。

    『リオ、聞こえてるな。こいつらがあんたの探し物を知ってるんだとよ』
    「探し物?」

    リオ会長が呟いた直後、タブレットから聞こえたのは大人の声だった。

    『クックック……、初めまして調月リオさん。私のことは……そうですね、黒服、とでも呼んでください』
    「黒服……随分と残念なネーミングセンスね」
    「「…………え?」」
    「わ、私の話はどうでも良いでしょう!? ふぅ、黒服。それで、一言ぐらいなら話を聞くこともやぶさかではないわ」

    仕切り直した……それはともかく。

    『一言、ですか。ええ、良いでしょう。リオさん、私は"ゲマトリア"でした』

  • 45二次元好きの匿名さん24/06/29(土) 13:39:41

    このレスは削除されています

  • 46124/06/29(土) 15:30:46

    その言葉を聞いた途端、リオ会長は目を見開いた。微かに動いた口からは「ありえない」の言葉が零れ落ちる。

    『もちろん"動かせますよ"? 詳しくは直接話しましょうか』
    「…………ええ、すぐ行くわ。ネル、絶対に傷付けないよう丁重にお送りして」
    『はぁ!? ちっ、わかったよ』
    「ま、待って待って! リオ会長、どういう――」
    『そうそう、そちらに小鳥遊ホシノさんはいらっしゃいますか?』

    唐突に湧き上がってくる私の知らない何かたち。こんなことは今まで無く、だからこそ一瞬だけ迷った。応えるべきかどうか。そして――

    「……お前は何者だ」
    『あなたにひとつ忠告を。暁のホルスがこの世界を狙っております』

    暁のホルス。
    その言葉を聞いた瞬間、私の中で亀裂が走ったような感覚がした。
    誰かが憎悪を叫んでいる。思い出してはいけない記憶。違う、ここは。この世界は――

    「黙れ。ここは私たちのキヴォトスだ。それにお前たちは捕まったんだ。絶対に出られないよう――」
    『……おい。あのチビどこに行きやがった!?』

    スピーカー越しにネルちゃんの怒号が聞こえた。
    待って、まさか逃がした? C&Cが? 誰を?

    『クックック……彼女はじきにやってきますよ。準備は万全に整えておくことをお勧めします』

    それでは、の言葉と共に爆発音が鳴り、通話が途切れた。

  • 47124/06/29(土) 15:52:19

    「…………キキ」

    静寂の中、マコト議長が不敵に笑う。

    「つまり……どういうことだ?」
    「敵が来るよ、議長。ゲヘナは襲撃に備えて。トリニティには私から連絡しておくから。あとリオ会長、ゲマトリアって何?」
    「……かつてキヴォトスに存在していた古の学者たちよ。既にその名前すら忘れ去られて、既に文献の中でしか存在しない秘匿された者たちのこと」
    「それで、動かせる、って言うのは?」
    「サンクトゥムタワーのことでしょうね。私でも完全に掌握しきれなかったオーパーツ、それらが作られた時期にゲマトリアの存在があったらしい、までしか分からないけれど」
    「そっか……」

    ミレニアムの技術力はキヴォトスにおいて最高峰。その首魁たるビッグシスターですら詳しくは知らないゲマトリアという存在と、そうであった黒服という人物。そして暁のホルス。

    理解できない方法でキヴォトスに来た三人、という見方は捨てるべきだった。
    彼らは明確な脅威だ。この世界を滅ぼしかねない災厄の到来。

    「リオ会長、私もミレニアムに行くよ。マコト議長、車両を一台手配して」
    「キキキ……! 恩を売るのも悪くは無い」

    私たちはエレベーターに乗り込む。
    あの三人は早急に排除しなくてはならないと、脳内で警鐘が鳴り続ける。

    「私が、私がみんなを守るんだ」

    そっと呟いた言葉は、エレベーターの駆動音で掻き消えていった。

    -----

  • 48124/06/29(土) 20:45:47

    ネルに連れられ、黒服と共に護送車両に押し込められる。
    脳裏に浮かぶのは、直前に交わしたホシノとの僅かな会話のことだった。

    『今は逃げて、私たちを追いかけて。異変が起きたらタワーで落ち合おう』
    『うん……! 任せたよ先生!』

    ホシノが全力で走ったのなら追手が来ても撒けるはず。
    それに、ネルならここで追いかけるような愚は犯さない。あったとしても、いま姿が見えないアスナかカリンが追いかけるか、そもそもセミナーからの情報を待つだろう。

    その想定があった上でホシノと分かれて今となる。

    「いやはや、捕まってしまいましたねぇ?」
    「そうだね……。分かってはいたけど、それ以上にC&Cが優秀だったよ」
    「おっ? わかってんじゃねーか!」

    助手席の方からはコールサイン『ダブルオー』ことネルの声。運転しているのは『ゼロスリー』のアカネだ。

    「本当だったら会いたくなかったんだけどね、ネル。君は必ず勝つから」
    「ってかよぉ、あたしらのこと随分詳しいようじゃねぇか。どこで知ったんだ?」
    「うーん、別の世界……とか?」
    「はっ、別の世界ねぇ! 口説き文句にゃ悪かねぇが、生憎ナンパは好みじゃねぇのさ」
    「クックック……振られてしまいましたね、先生?」
    「そういうつもりじゃないよ。それにしても……」

    見れば見るほどやはりネルだった。
    再現されたミメシスであろうとも、ユスティナ聖徒会のときとは違い、声を発し、思考しているように見える存在。
    そして、私が彼女を生徒として認識できていないという違和感。
    理由は分からない。在りしのビデオレコードを見ているような感覚が常に付きまとっているのだ。
    ふと前を向くと、黒服は私の胸中を覗くようにこちらを見ていた。

  • 49124/06/29(土) 23:10:51

    「いまこの世界において、あなたは先生ではない。その意味が分かりますね?」
    「……やっぱりね」

    黒服やシロコたちの言葉を借りるなら、私が先生であったからこそ起こせた奇跡があるのだという。
    そんな感覚は全く無いけれど、仮にそうだとしてもやることは変わらないのだから。

    そうしてしばらくして、護送車はミレニアムの校門を潜り抜けた。
    車から降りた私たちを出迎えるように待っていたのはセミナーの早瀬ユウカだった。

    「お疲れ様、ネル先輩。あとはこっちで受け持つわ。それで……」

    ユウカがねめつけるように私たちを見る。
    嫌悪感というより不信感。敵愾心というより好奇心、といったところか。

    「目的は?」
    「元の世界に帰るため、って言ったら信じてくれるかな、ユウカ」
    「随分と馴れ馴れしいのね。異世界からでも来たってわけ? その"帰るために"一体何をするつもりなのかしら」
    「きっとチヒロだったら分かるはずだよ。ヴェリタスの"部長"の力を持ってすれば」
    「…………」

    ユウカは顔色も変えずに私をじっと見る。
    各務チヒロという単語、そしてヴェリタス。この二つは彼女に近い者ぐらいしか知らないはずだ。トドメに入れた部長という言葉にどこまで反応してくれるものかと、そう思った。その時、黒服がぼそりと呟いた。

    「ああ、そう言えば先に言っておくべきでしたね。先生は銃より強力な武器を持っています。」
    「「!?」」

    一瞬動揺する一同と、シッテムの箱のことかと納得した私。
    直後、ネルに腕を捻られて私は地面に叩き伏せられた。

    「おい、なんか思い当たるものあったなって顔したな今。これまでそんな素振りも見せねぇでよ、間抜け何だか分かんなくなるなぁ?」

  • 50124/06/29(土) 23:51:14

    脳天目掛けて突き付けられる銃口に、私は悲鳴を上げた。

    「ま、待って! 背中! ベルトに挟んであるタブレットだよ! それにみんなを傷付けるようなものじゃない!」
    「あん? これか?」

    シッテムの箱を手に取って首を傾げるネル。銃口は依然として突き付けられたまま、私が話す次の言葉を待っている。

    「サンクトゥムタワーの小型版みたいなものだよ。ただ、いつ同じようなことが出来るのかが分からないんだ」
    「あー、どう思う会計」
    「とりあえず没収するとして……そうね。解析してもらおうかしら。そうすれば少しでもあのよく分からないタワーの謎に近づけるかも知れないし」
    「それはお勧めしないよユウカ。最高峰の論理爆弾みたいなものだからね。例えミレニアムでも解体しきれるわけがない」

    少々挑発的なニュアンスを込めて言うと、ユウカは「ふふ」と笑みを浮かべた。

    「ありがとう。おかげで良く分かったわ。散々手を焼かされた身として言うけれど、ヴェリタスはあなたの想像よりも手強いの。それに部長? まあ確かにチヒロ先輩はあの中じゃしっかりしてるけどね、それでも上には上がいるものよ」
    「そう、だったらやってみればいい。お勧めはイチゴプリンをあげることかな」
    「面白いことを言うのね。連れてって」

    ネルからシッテムの箱を受け取ったユウカは、その何の変哲もないタブレットを見て首を傾げている。

    (頼んだよ、二人とも)

    そう心の中で呟きつつ、私たちは他のセミナー生に連れていかれたのだった。

    -----

  • 51二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 09:34:20

    面白そうなSSだ、期待保守

  • 52二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 09:46:15

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  • 53124/06/30(日) 14:37:15

    闇の中、ひとりの男の独白が木霊する。

    ――流石ですよ先生。予定通りシッテムの箱は彼女たちに奪われ、あなたはミレニアムの収容室へと隔離されました。

    解析室には四人の少女。ミレニアムが誇るハッキングのスペシャリストたちが集まり、言葉を交わす。

    「チヒロせんぱーい。物理的にケーブル抜いておけばいい?」
    「そうだね。何があっても絶対に繋がないように」
    「先輩、トロイ対策のソフト作っておいたよ」
    「ありがとうハレ。モニタリングもお願い」
    「分かった」
    「コタマはソフトウェアの見直し。最悪その場で一から対策ソフト作るぐらい警戒しよう」
    「はい。あの、ちなみに部長は……?」
    「リオ会長と電話で話してるよ。そのタブレットが本物だったとき用の情報共有だってさ」

    ――ええ、彼女たちは全力を以て事に当たることでしょう。セミナーとヴェリタス。本来ならば交わらない二つの組織も、未知の前では一丸となれる素質がある。確かに、先生のおっしゃる通りでしたね。

    潜伏する暁のホルス。様子を伺いながら人目を避けてミレニアム周辺にて待機。

    ミレニアム内では警戒を怠らずに臨戦態勢を崩さないC&C。
    ひとり彷徨うアスナ。カリンとアカネは襲撃に備えて二人一組で行動中。タワーの入口に座るネル。

    そのミレニアムに向かって、ゲヘナから全力で車を走らせる調月リオとアビドス生徒会長。
    反りの合わないもう一人の天才に伝えるべきことを全て伝えたリオは、物憂げなまなざしで外を見る。
    ハンドルを握るアビドス生徒会長。焦燥感が激しく募らせて、アクセルをあらん限りに踏み切り続ける。

  • 54124/06/30(日) 14:37:57

    ――ですが、いつの時代にも好奇心から生じる不幸の話があるように、この世には決して触れてはいけないものもあるのです。箱に触れて良いのは正当なる所有者のみ。邪なるものが触れれば、神の怒りを買うのも必然。

    収容室でひとり床を眺める先生は、何かを待つように静かに深呼吸を繰り返す。
    一方、ヴェリタスのメンバーは全知の天才、明星ヒマリが合流したところで準備を終えた。
    特異現象捜査部の蓄積したデータと観測事象例を以て、彼女たちは目の前のそれをただのタブレットとして扱ってはいない。何が起こってもおかしくないと、何も起こっていない今からすれば些か過剰とも言える警戒心で事に当たっていた。

    「じゃあ、接続するよ」

    チヒロがタブレットにアクセスを試みる。その直後であった。

    「「!!」」

    突如ミレニアム自治区全域で停電が起こった。
    全てのシステムが次々と書き換えられて行き、すさまじい速さで何かに侵食されていく。
    収容室の扉は次々と開け放たれていき、息を吐き切った先生はゆっくりと立ち上がる。
    同時刻、ミレニアム周辺で待機していたホシノは全速力で走り出した。
    全ての機器がジャックされ、混乱に陥るセミナー。
    タワーの前に座るネルは鮫のような笑みを浮かべて「来たな」と呟いた。

    ――さあ、時は来ました。
    ――これより、ミレニアム攻略戦を始めましょう。

    -----

  • 55二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 14:44:08

    やっぱえげつねぇなシッテムの箱…
    デカグラをくしゃみで撃退したりカイザーにハッキングを試されても8社を逆にシャットダウンさせるだけある…

  • 56二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 15:23:05

    ミレニアムの性質を逆手に取ったか……さすがは生徒を理解してる先生とそれを効果的に利用する黒服のコンビだ、えげつねえ

  • 57124/06/30(日) 15:53:00

    (合図ってこれだよね……? まあいいや行っちゃえ!)

    見える全ての機器類が止まったのを確認した私は全速力でミレニアムの学校敷地内目掛けて走り出した。
    言葉通りの全速力だ。どうやって入るかに関してはある程度目星もつけている。あらかじめ侵入ルートが割れていない限りまず誰にも会わない。
    裏路地を抜けて自然公園に沿って進み、茂みを越えれば学校の塀まで簡単に近づける……そのはずだった。

    「やっほ! リーダーから聞いてるよ。暁のホルスちゃん……だっけ?」
    「うへぇ~、なんでそこに居るのかなぁ~?」
    「うーん、なんかこう、ビビッと来たんだよね」

    木々に囲まれた空間で遭遇したのはC&Cのコールサイン『ゼロワン』、神懸かり的な直感を奮うエージェントの一之瀬アスナちゃんだ。

    「ちなみになんだけどさ、通してって言ったら通してくれたりは……」
    「うん、無理!」
    「だよね~。はぁ、おじさん体力温存したかったんだけど……」
    「おじさん?」

    直後、私は早抜きのようにショットガンを構えて撃った。
    けれどアスナちゃんはまるで最初から撃たれるタイミングが分かっていたかのように躱した。

    「いいね! でもここじゃショットガンで撃つよりこっちの方がいいよ」

    そしてばら撒かれる銃撃を盾で防ぐと、既にアスナちゃんの姿はなかった。
    ――いや、隠れたのだ。ここが森と言うほど深くは無くとも林程度には木々がある。
    試しに無視して走り出そうとした瞬間、足元から胴体に向かってアサルトライフルの銃弾が何発も撃ちこまれる。
    それには後ろに引いて躱しながら、お返しに撃たれた方へショットガンを撃つ。もちろん木々を少し削っただけで既にそこにアスナちゃんは居ない。

    立ち止まっても動いていても、どこからともかく降り注ぐ銃弾の雨。
    今のところ被弾はしていないけれど、とにかく動きづらいことこの上ない。

  • 58124/06/30(日) 15:54:20

    どうやらアスナちゃんは、私を倒すのではなく時間稼ぎと少しでも消耗させる方で攻めることに決めたらしい。
    好戦的に見せかけて戦術的勝利も狙ってくる嫌な賢さだ。そして今一番避けたい戦い方でもある。

    (確か、先生の戦術評価は……)

    そうして思い出すのはC&Cに襲撃される前に先生と話していた内容だった。

    ――アスナは神出鬼没ってぐらい物凄い場所でばったり会うかも知れないから先に伝えておくね。
    ――まず武器はアサルトライフルと足の速さ。攪乱が得意だから無傷で切り抜けるのは少し難しいかも。

    360度を取り囲む木々の全てがアスナちゃんの盾だった。
    機動戦闘が得意というのも確かに分かる。けれど――

    ――じゃあさ、先生。私が屋外で一対一で戦ったら、どっちが強い?
    ――それは……。

    けれど――私ほどじゃない。

    近くの木目掛けて走り出した私は、木を蹴って"上"へ飛び上がる。その様子を見てどこからかアスナちゃんの驚く声が聞こえた。

    「そこね」

    枝から枝へと飛び移りながら声のする方へショットガンを何発も叩きこむ。
    地面が削れ木が抉れた。先ほどまでとは比較にならない威力だ……!

    「さっきと全然違うじゃん!」
    「おじさん、実はちょっと腕に自信があってね」

  • 59124/06/30(日) 15:54:59

    銃撃から逃れるように木陰から滑り出るようにアスナちゃんが現れた。
    確かにアスナちゃんも悪くはない。きっとどんな戦場でも戦えるオールラウンダーなのだろう。

    アスナちゃんは私がいると思しき場所目掛けて銃口を上にあげて撃つけれど、そこに私はもう居ない。
    どれだけ早くたって所詮は二次元の動き。三次元での機動戦なら私に軍配が上がる、ただそれだけだった。

    「ここだ!」

    アサルトライフルの銃口が丁度私が飛び移ろうとしていた枝に向けられる。
    これぞ直感というヤツか。位置も何もマトモに分かっていなかったろうに、それでも狙いを付けてくるのはやっぱりすごい。
    枝諸共撃ち落とされるが、落ちる前に盾を構えて枝ではなく木を蹴って"アスナちゃん目掛けて"私は飛んだ。

    「やばっ……!」
    「させないよ」

    回避行動をしようとする方向目掛けてショットガンを撃ちこむと、動き出しの体勢から無理やり戻して私を見る。
    コンマ1秒にすら満たない僅かな時間、不意に武器から手を離したアスナちゃんは回し蹴りで私の盾を弾き飛ばした。
    その選択をすることが出来るだけでも確かに強い。けれど、それでも、私の勝ちは揺るがない。

    互いに手を伸ばせば触れ合えるほどのゼロ距離。弾かれた盾の向こうで、私は構えていたショットガンをアスナちゃんの胴体目掛けて乱射した。
    吹き飛ばされるアスナちゃんの姿。それを追って更に銃撃。気を失うまで撃ち尽くし、ようやく目を回したところで息を吐いた。

    「そもそもさ、アスナちゃん。場所もそうだけど単純におじさんと相性悪いって」

    そして、私は再びミレニアムへと走り始めた。

    -----

  • 60124/06/30(日) 16:20:40

    「……よし、行こう」

    突如起こった停電でアロナたちのハッキングが成功したことを確信した私は、開け放たれた収容室の扉から一歩踏み出した。
    不気味なぐらい静かな暗闇。少しでも暗闇に目を慣らそうとしたけれど、あまり効果は無かったようで室内は全く見えない。
    けれど、収容室に連れて来られる過程でミレニアムが元のミレニアムと同じ構造なのだけは確認済みだった。
    いま私がいるのは地下1階の収容室だ。コユキが電子ロックを解除しまくっていた、あの部屋。

    構造で違う部分を挙げるのなら、それはタワーが存在すると言うことである。
    タワーはセミナーの会議室にめり込むように立っており、例えるならそれは、3Dのオブジェクトを同じ場所に配置してしまったかのような歪な作りになっていた。

    タワーへの入口は恐らく、セミナーの会議室にある。
    予想に過ぎないが、そうであることが自然のように思えた。違っていたらマズいんだけど……。

    そうして慎重に階段を上がり1階へ。
    停電で少し暗いが、地下とは違って窓がある分、外からの光で問題なく廊下の先まで見通せる。

    ここからやらなくちゃいけないことは2つ。シッテムの箱を取り返すこととタワー内部へ潜入すること。
    そして最後まで誰にも見つかってはいけないということだ。

    (こういう時、アスナが居るのは本当に怖いな……)

    迷路に入ってもまっすぐゴールまで辿り着きかねないあの子の存在だけは本当にマズい。
    こそこそと周囲を伺いながら廊下を進んで行くと、廊下の先から誰かの声が聞こえた。

    「あーもう! 停電とか聞いてないよー! セーブデータ消えちゃったじゃん!」
    「アリス、ユウカを殴ります!」

    ゲーム開発部……!
    いつもだったら気軽に話しかけられる子たちでも、この世界では大人は全員見的必殺の如く撃たれかねない――!

  • 61124/06/30(日) 16:58:02

    かち合う前に急いですぐ脇の教室に目を向けると、ドアプレートには『息継ぎNG・円周率暗唱部』と書かれていた。
    ここなら誰も居ないはず……。

    急いで教室に飛び込んで扉を閉める。
    ドアの向こうでモモイとアリスの声が通り過ぎていき、ほっとしたように息を吐いた。
    その時、不意に教室のスピーカーから声が聞こえ始めた。アロナたちが制圧したはずのスピーカーから声が聞こえた。

    『ミレニアム生徒の皆さん、至急校舎内に戻り待機してください。繰り返します、至急校舎内に戻り待機してください』
    「なっ!?」

    いま全校生徒が校舎に向かって来ようものなら確実に見つかる――!!
    それに、どうして二人のハッキングが……。

    その答えは極めて単純であった。

    「やったー!! 一部だけど取り返せたよ! 一瞬で奪い返されたけど!」
    「ふふ……こうしてヴェリタス全員でひとつの作業に取り組むのも面白いですね、チーちゃん」
    「むしろ私としては一人で行動しすぎな気もするけど……ハレ! そっちはどう?」
    「いま解析中。うん、プログラムそのものが生きてるみたいに書き換わってくね。すぐ対抗される」
    「緊急避難のソフトは全部消しました。後は音声系を止めれば……」

    ミレニアムにはゲヘナやトリニティと違い、最強と名高い武闘派組織は存在しない。
    それはC&Cが少数精鋭による秘密エージェントであることにも起因するが、それでも電子戦においては確かにミレニアムのみならずキヴォトスの極北が存在した。

    「まさか……っ!!」

    神の怒りに触れたとて、それが抗い様の無いものであったとしても、神の爪先に指をかけようとする者たち。
    古代語において真理の名を冠する最強のハッカー集団――たとえか細くともシッテムの箱に一矢を報いたその名はヴェリタスと謂う。

  • 62124/06/30(日) 17:03:32

    驚愕から我に返った瞬間、私は教室を飛び出した。
    全力でタワー内部まで入らなければそもそもどうしようもない。
    タワーを止めるために必要なのは私とシッテムの箱のふたつ。どちらが欠けても詰みになる。

    ならばシッテムの箱はもうホシノたちに任せるしかない。
    裏を返せば、流れ弾一発で終わるこの身でも、最悪辿り着いて意識さえ残っていれば問題ない。

    タワーへ走れ……! 少しでも早く……!
    誰かに見つかるその前に――

    -----

  • 63二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 17:24:19

    ちょいと嫌な予感のする場面の引きだな…
    この先どうなる…?

  • 64124/06/30(日) 17:41:44

    ミレニアムタワー最上階は混乱の渦に呑まれていた。

    「通信機器が全て死んでます!」
    「復旧できません!」

    シッテムの箱により掌握されたミレニアムの全システムは、ほんの一瞬放送機器のみ奪取できたもののすぐに奪い返されてしまった。
    その一瞬に全員校舎内へ戻す指示を出したこと自体はまさに痛撃の一手。しかし、ミレニアムだからこそ機器を用いない伝達手段は乏しく、未だ情報が錯綜し続けている。

    「いますぐ全員手を止めて!!」

    ユウカの一声に驚く部員たち。先ほどまでの狂乱はどこへやら、全員の目がユウカに注がれる。

    「保安部員はそれぞれエレベーター前で待機。通信の復旧作業はもう私たちじゃどうしようもない。引き続きヴェリタスに任せるわ。代わりに保安部員以外の全部員は班を作って疑似ネットワークを構築。バケツリレー方式で直接情報の伝達を行いましょう。校内の図面持ってきて! 私が配置を決める!」

    人的リソースの配置効率。その計算はセミナー会計の早瀬ユウカが取り仕切る。
    限られた人員を使って指示をしていき、最低限の部員のみを残してミレニアムの各所へと部員を向かわせたユウカは「ふぅ」と息を吐いた。

    「クックック……流石ですね。早瀬ユウカさん」
    「……何をしたの?」
    「何を、とは……まさか。私はずっと貴女と共にここにいた。むしろ先生の忠告通りになったと、そう考えれば不思議なことはありません」
    「一杯食わされたってわけね」

  • 65124/06/30(日) 17:42:50

    頭を抱えるように目を瞑るユウカ。その様子に黒服が口を開いた。

    「……この騒ぎの乗じて、暁のホルスはミレニアムに侵入したことでしょう」
    「そうね。だから私たちも急いで復旧させようとしているんだし……」

    黒服はゆっくりとユウカの方へ足を運ぶ。
    そして何の気なしに手ごろな椅子に手をかけて鷹揚に座った。

    「そこで、貴女に提案があります」
    「…………何?」
    「そう警戒しないでください。リオ会長から聞いているのでしょう。我々ゲマトリアが何を専門としていたのか」
    「……まさか」

    ククク、と契約の悪魔は静かに微笑んだ。

    「貴女に拒めない提案をひとつ。私にシッテムの箱を渡していただければ、代わりにこの通信障害を取り除いて差し上げましょう」

    その契約に、ユウカは――

    -----

  • 66124/06/30(日) 18:46:19

    アスナちゃんを倒してしばらく、私は無事校舎付近まで近寄れていた。
    しかし、先ほどスピーカーから聞こえた『全生徒校舎内待機』の音声。それは私にとって不吉なものでしかなかった。

    物陰に隠れながら外を伺うも、事態を把握していないミレニアム生がわらわらとこちらへ向かってくるのが見える。

    (そもそも、タワーの入口ってどこなのさ!?)

    探して回ろうにもサンクトゥムタワーはセミナー本部のあるミレニアムタワーに半ば重なる形で成立している。
    言ってしまえば各階のどこに入口があるのか見当もつかないのだ。

    全部を回って探すのだけはあり得ない。そんなことをしていればミレニアム生全員と戦う羽目になるし、そうなればもちろん弾薬が尽きる。いつぞや話した『継戦能力喪失による敗北』となるのだ。

    しかし、同時に思う。
    通信機器が死んでいるのだからある程度山カンで走ることも可能ではないかと。
    実際アスナちゃんと交戦した事実はまだ知られていないようで、C&Cの他メンバーが応援に来ることも無かった。

    状況が好転するのを待つか、それとも今できる最善手を打つか――

    (そういえばこんなこと、前にもあったよね……)

    列車砲事件のことをふと思い出して思わず笑みを浮かべる。
    あの時は迷うまでもなかったけれど、今回は違う。私ひとりしか居ないと思っていた時とは私含めて全てが違う。

    ならば、今やるべきことは待つこと。
    希望的観測に基づく思考停止ではない。私は先生に任せたんだ。もう私に任せてとしか言えなかったあの頃の自分とは違う――

  • 67124/06/30(日) 18:47:04

    その時、スピーカーからザザ……と、音が鳴る直前のノイズが走った。

    (もしかして、通信が復旧した……?)

    事態の悪化が私に暗い影を落とす。待っていたのは間違いだった――?
    そう思った、次の瞬間だった。

    『――タワーの入口は反省房前と地上1階外縁通路です』

    「黒服!!」

    私は即座に走り始めた。ここから向かうには地上1階の方が近い……!

    ――そうしてホシノが走り出すのをセミナーの最上階から見る影が一つ。シッテムの箱を手にした黒服だ。

    「クックックック……! ええ、約束通り"ミレニアム内部"の通信機器は復旧させましたよ」
    「騙したのね……っ」
    「騙したとは人聞きが悪い。口約束とはいえ契約は結ばれたのです。その履行を果たしただけではありませんか」

    それでもユウカは銃を手にかけなかった。
    そういう性格、というのもあるかも知れないが、そもそもその考えにすら届かない。

    『絶対に傷付けないよう丁重にお送りして』

    結ばれた契約内容は、契約内容の不備を指摘されない限り必ず履行される。

    「さて、リオ会長が来るまで待ちたいものですが……そうですね、ユウカさん。貴女にひとつサービスしてお教えしましょう」
    「うるさい……! これ以上話なんか――」
    「アスナさんと連絡は取れましたか?」
    「――――ッ」

  • 68124/06/30(日) 18:48:00

    繋がらない通話に表情が歪むユウカ。だが、黒服の追撃は止まらない。

    「確か、コールサイン『ゼロワン』、でしたか。聞けば美甘ネルを除いたC&Cにて極めて優秀かつ特異な生徒であるとか。他にも爆弾処理から潜入工作まで得意なアカネさんに、壁抜きといった卓越した狙撃技術を持つ"元セミナー保安部員の"カリンさんもいらっしゃるとか」
    「………………やめて」
    「ああ、失礼しました。リオ会長の懐刀もいらっしゃいましたね。しかし、リオ会長と連絡が取れない今、彼女たちを持て余しておくにはあまりに可哀そうではありませんか。"アスナさん"みたいになっては、ね」
    「…………やめてよ」
    「やはり口約束というものは不正確極まりないですね。"貴女"が解釈を"間違えなければ"、きっと状況は好転していたでしょうに」
    「やめてってば!!」

    悲鳴にも似た怒号がセミナーに響き渡った。
    一瞬の静けさ。そこに寄り添うように、静かに黒服は語り始める。

    「ですが、貴女はもう間違えないはずです。先生も仰っておりました。人は失敗から学べる生き物である、と。ならばユウカさん。早瀬ユウカさん。貴女はもう間違えないはずです。私は明文化された契約は必ず履行する存在なのですから」

    その言葉は毒だった。
    先生も小鳥遊ホシノも誰も使わない、使うという発想すらしない機織り機の一刺し。
    だからこその元ゲマトリア。悪い大人たちの秘密結社。おぞましきガスライティング的手法。

    「さあユウカさん。言葉を交わし、定義を積み重ね、誤解を失くし、正しき契約を交わしましょう。その一点において、私たちは"対等"なのですから」

    そんなやり取りは露と知れず、ミレニアムタワーを走り続けていた先生が居た。
    息を切らせて階段を昇り続けたその耳に聞こえたのは、タワーの入口のある場所――即ち反省房前と地上1階。

    「通り過ぎてた……」

    少々の落胆はさておき、先生は階段を下り始めた。

    -----

  • 69二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 23:13:34

    このレスは削除されています

  • 70二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 23:36:15

    うわっ…名文…

  • 71二次元好きの匿名さん24/06/30(日) 23:55:29

    おっちょこちょいな先生好き

  • 72二次元好きの匿名さん24/07/01(月) 10:23:59

    保守

  • 73二次元好きの匿名さん24/07/01(月) 19:13:20

    どっちのホシノとも幸せになれますように!

  • 74124/07/01(月) 20:44:06

    ミレニアムの通信機器が回復した直後、ヴェリタスの部室は歓声が上がっていた。

    「通信機器奪取! ハッキングも止まってるよ!」
    「手を引いた、という感じですねこれは……」
    「みんな! メイン電源からインフラ戻していくよ!」
    「電源は私の方で対応しますよチーちゃん」
    「じゃあハレとマキでエレベーターの制御! コタマは私と一緒に外の基地局!」
    「電波塔だけハッキングされ続けてます。リオ会長やアビドスとの連絡経路を潰すためでしょうか……」
    「うっわー、ハッキング止まってるけど中身ぐっちゃぐちゃにされてるよー!」
    「もうソフトウェアごと入れ替えた方が早いんじゃないそれ?」

    騒がしくも賑やかなのも当然のことである。
    ここまで大規模かつ劣勢を強いられる電子戦なんて、ヴェリタスであったからこそ起こり得なかったことなのだ。

    これはある種のお祭り騒ぎ。
    自分の得意分野で何一つ持て余すことなく全力を尽くして戦える。そんな状況を楽しめない者なんていないのだ。

    「メイン電源の制御システム復旧しました。手伝いますよチーちゃん」
    「エレベーター解放! 火災警報システムやるよ副部長!」
    「コタマごめん! マキのサポート……じゃない。直接制御してる盗聴器何個か仕込んでたよね? あれ復旧させて!」
    「な、何故それを知っているんですか……!」
    「復旧出来たら今は叱らないであげるから。ハレは――」
    「隔壁動作のプログラム作り直してるよ」
    「そのままお願い!」

  • 75124/07/01(月) 21:59:37

    チヒロは叫んでその後むせる。その様子を見てヒマリは笑みを浮かべた。

    「こういうのも悪くは無いですね」
    「一応言っておくけど、部長は私じゃなくてヒマリなんだからね。もっと顔出してよ。私も……、や、何でもない」
    「チーちゃん……!!」
    「あーもう」
    「楽し気なところ悪いね二人とも」

    その言葉と共に部室にやってきたのは、エンジニア部の部長ウタハであった。
    しかし妙にボロボロで、激しい戦闘でもあったかのようにも見える。

    「ウタハ……! どうしたのそれ!」
    「なに、私たちのロマンが牙を向いてね」

    そう言われてエンジニア部で何があったか、チヒロは容易に想像できた。
    何でもかんでも作ったものに5mm砲やら何やらを勝手に付け加える"あの"エンジニア部のことだ。
    ミレニアムのシステムが乗っ取られたときに相当大暴れしたのだろう。

    「チヒロ、先に言っておくけど、外部への通信に関しては私たちに任せてくれ。ヒビキとコトリを既に向かわせている」
    「まさか……作るの!?」
    「そうさ。ハードウェアからごっそり差し替えれば機械の暴走は止まるんだ。おかげで私たちの作品は全部入れ替えることになったけどね」

    苦笑交じりに語るウタハに、ヒマリはリムーバブルディスクを差し出す。

    「でしたらこれを。規格説明は必要ありませんから」
    「流石は全知。繋がったら連絡するから、後は任せるよ!」

    慌ただしく部室を飛び出すウタハ。けれどもこれで、ミレニアム外との通信はじきに復旧できそうである。
    息を吐くチヒロと笑みを浮かべるヒマリ。だが、ヴェリタスの反撃はここまでだった。

  • 76124/07/01(月) 22:00:13

    「セミナー保安部だ! 今すぐ作業を中止して、私たちと一緒に来るように!」

    直後、困惑した表情を浮かべながら部室の扉を開いたのはセミナー保安部である。
    困惑した表情を浮かべながら踏み込まれて、何なら踏み込まれた側も「何故いま?」という表情だ。
    互いに距離感の測れない妙な緊張感。実際、マキは叫んだ。

    「なに!? いま忙しいんだけど!!」
    「セミナーからヴェリタスへ、一切の活動を至急中断するようにと指示が出た!」
    「どういうこと!?」
    「待ってマキ」

    そうして、苛立ちを露わにするマキを抑えてチヒロが前に出た。

    「ねぇ、今私たちの行っているミレニアムの復旧作業はセミナーも認めているはずだけど?」

    その言葉に狼狽える様子を見せるセミナー保安部員。

    「そ、そうだと私も思っていたけど……ただ早瀬さんからそうしろって……」
    「……わかった。みんな中止」
    「チヒロ先輩!」

    マキの声が部室内に響き渡った。だが、チヒロはあくまで冷静のまま。

    「広い意味でのクラッキングだよ。様々な方法で相手のシステムを破壊する手法。その手段にセミナーが狙われたんだ」
    「早瀬さんの他に誰かいませんでしたか?」

    ヒマリが声を発すると、セミナー保安部員たちは顔を見合わせた。

  • 77124/07/01(月) 22:01:55

    「臨時特別顧問の方が……」
    「分かりました。活動の中止ということならば私たちの見張りがいれば良いということですね」
    「え、そっ」
    「ヴェリタスの部長としてユウカさんのところへ向かいます。チーちゃん、後はお願いします」
    「分かったよ」

    渋々ながらに手を上げるヴェリタス部員たち。
    その光景を目論んだ者がいた。

    「会長不在時における生徒会長代行権。保安組織への指揮権および逮捕権。セーフティネットへの介入権」

    復旧したばかりのエレベーターにて"反省房室前"へと下るその人物は「クックック」と笑みを浮かべた。

    「冷静さを欠いた子供であるなら容易いもの。心が痛むなんて私には到底分かり得ませんが、それでも理解はしております」

    下り続けるエレベーターと、外に映るサンクトゥムタワーの外観。
    呟いたのは第二の古則。『理解できないものを通じて、私たちは理解することができるのか』。

    「私にとっては先生も、そしてキヴォトスの存在を慮るという行為そのものも理解できません。その上で私が得る理解とは何か。私が得るものは何か」

    そして「期待していますよ」と小さく零す。
    エレベーターから見下ろす黒服の視線。その先にいたのは最高峰の神秘たる暁のホルス。待ち構えるは冥府のネルガル。タワーの前にて好敵手の存在を待ち、そして――

    「随分と遅かったじゃねぇか」
    「ネルちゃん――だったっけ?」

    サンクトゥムタワー入口のひとつ、地上1階外縁区。

  • 78124/07/01(月) 22:26:58

    そこに集った両雄は、片やキヴォトス最高の神秘。片や約束された勝利のコールサイン。

    「名乗るのは二回目だなぁ? コールサイン『ダブルオー』、あんただったらこの名を恐れないはずだ」
    「おじさんの何を知ってるのかな~?」
    「はっ、大して知らねぇよ。けどなぁ、分かるんだよ……強い奴の匂いってやつがさぁ」
    「まだ動いてないのに暑いねぇ~。やっぱ、若い子の特権なのかな?」
    「言ってろ同種。あんたはあたしと同じ匂いがすんだよ」
    「ふ~ん?」

    睨み合う両者。手元は互いに銃へと伸びる。

    「暁のホルス。今はそう呼んでよ、"チビメイド"」
    「ははっ……ぶっ殺す――!!」

    ミレニアム最強とアビドス最強。
    その対決は、今ここに果たされた――

    -----

  • 79二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 00:27:19

    >>78

    あっつい…熱くて干からびそ~…展開良すぎて熱いよ~

  • 80二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 00:47:01

    根性とタフネスの化物vs機動力がやばい頑固おじさん

    ファイッ

  • 81二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 08:25:03

    >>78

    「動いてないのに暑いよ」の使い方にそんな熱いものがあったとは…

  • 82124/07/02(火) 08:27:35

    ネルちゃんの持つ二挺のサブマシンガンが火を噴いた。
    胴を狙って横薙ぎに振られる高密度の銃撃はもはや斬撃と言っても良い。
    その軌道と地面との僅かな隙間へ身体を捻じ込む様に滑り込んで何とか躱す。

    (……これ、マッズいなぁ)

    空を切る弾丸の音で分かった。これは絶対に当たってはいけない類いのものだ。

    初手で盾受けしなかったのは我ながら褒めてあげたい。
    最初から機動戦を行うつもりで盾を背負っていたけれど、その判断は間違っていなかった。

    銃撃に捕まったら最後、そのまま押し込まれて致命傷を受けかねないと直感で理解する。

    ――背後に敵は無し。タワー内部は不明。
    ――距離を保っていれば避け続けることは出来る。
    ――あのサブマシンガン、なんで鎖で繋がってるんだろう?
    ――ショットガンの射程まで近づくのはマズい?

    「避けてばっかでどうしたよ――!! 退屈で欠伸が出ちまうなぁ!!」
    「だったら寝てなよ。後で起こしてあげるからさ……っ!」

    薙ぎ払われた銃撃を躱して、もはや抱きしめる勢いでネルちゃんの正面まで踏み込む。
    直後、ネルちゃんが突き刺すように前蹴りを放ったところで頭を飛び越えるように私は跳ねる。

    一瞬驚いたような顔をするネルちゃん。たった一度だけの奇襲。ショットガンを下に向けて一発。脳天目掛けて撃った弾は全て命中。
    大きく体勢が崩れたところで、そのままネルちゃんの背後に着地。膝をつきながら振り返って即座に二発。
    命中、ネルちゃんは押し出されるように半歩前へと傾いた。もしかして倒せ――

    「やるじゃねぇか」

  • 83124/07/02(火) 08:28:39

    「ッ!」

    何かマズい――!!
    もはや直感のみで大きく横へ飛び込むと、暴力的な爆発音と共にさっきまで私が居た地面が大きく抉れていた。

    ――銃撃? 違う、銃声はしなかった。
    ――手榴弾? 違う、そんなもの彼女は持っていなかった。
    ――鎖。サブマシンガンを繋ぐチェーンを鞭みたいに振るったのか!

    「ちっ、これも躱すのかよ……」
    「というか何であんなに撃たれたのに動けるの!?」
    「あぁん? 根性に決まってんだろ?」
    「うへぇ……おじさんには辛いよぉ~」

    跳ねる心臓を押さえつけながら後ろに飛び込んで距離を取る。
    C&Cリーダー、美甘ネル。
    確かに近接戦のスペシャリストの名は伊達じゃないようで、不意を突いてもこの有様だ。

    (確かに、先生の言ってたとおりまともに戦っちゃいけない相手だ……)

    チェーンを鞭のようにしならせながらタワーの入口に陣取るネルちゃんを見て、私は考えていた。

    ――非常に好戦的。けど、逃げても素直に追っかけてくれる気配は全くない。
    ――入口はもうひとつある。先生が無事にタワーの頂上に着きさえすればいい。
    ――なら、時間稼ぎが私の役目。

    そう思った瞬間、妙な違和感を覚えた。

    「はっ、何考えてんだ? こっちに集中しろっての!!」
    「くっ……」

  • 84二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 08:29:45

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  • 85124/07/02(火) 08:33:39

    空気を食い破るように唸る銃声から逃れるように右へ左へ必死に躱す。
    そして二挺のサブマシンガンの片方を手放して振るわれるチェーン。先端についた銃が私を叩き潰そうと眼前に迫る。
    身をねじって避けると、銃が地面に叩きつけられて爆発したように地面を抉った。

    それはもはや銃としての使い方ではない。
    普通そんなことをすれば銃身が壊れてもおかしくないはずなのに、鎖を手繰って引き戻された銃からは何の問題も無く銃弾が飛び出す。

    違う、今考えるべきことはそれじゃない。何か大事なことを見落としている気が……。

    ――そうだ。
    ――なんでネルちゃんはここで待ってたの?

    タワーへの入口は二つある。ここ、1階外縁区と反省房前だ。
    もし私が外から入ることを選ばずに反省房前の入口から入ろうとしていたら、一体どうするつもりだったのか。

    「おいどうしたよ! まさか、反省房の方から入ろうとでも考えてんのか? だったら諦めな。あそこは"鍵がかかってる"からよぉ!!」
    「鍵!?」
    「ちゃんと物理錠だからな、ハッキングされようが最初から開かねぇんだよッ!!」

    もはや時間稼ぎなどしている場合では無かった。
    先生がわざわざ外からタワーへ入ろうとするなんて考えづらい。真っ先に反省房前へ向かったはずだ。
    そこからここに向かうまで無事でいられるかどうか。仮に何事もなく着いたとしても、ネルちゃんが居る以上あの猛攻を掻い潜れるわけがない。無理にでもネルちゃんを倒さないと――

    「――ッ!」

    その欲が災いしたのか。瞬間、足元を薙いだチェーンを飛び越えようとしたとき、僅かに爪先が引っかかって体勢が崩れる。
    ネルちゃんが持つもう一方のサブマシンガン。その銃口は私の隙を見逃してはくれなかった。
    避け切れないことを悟り、少しでも直撃を防ぐべく背中の盾に手を伸ばした。

    -----

  • 86二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 09:44:52

    心情描写もアクション描写も上手い…

  • 87124/07/02(火) 14:06:18

    「……そんな」

    反省房前に辿り着いた私は、目の前の光景に膝から崩れ落ちそうになった。
    そこには銀行の金庫を思わせる扉が立ちふさがっており、10個の鍵穴が扉に差し込む形で付いているのが見える。

    試しに扉に触れてみるが、当然ながらビクともしない。
    せめて電子錠であれば何とかなった可能性もあるだろう。だが、単純ゆえに強固。
    今から鍵を探すなんてそれこそ有り得ない。だったら1階の入口へ向かった方が早いだろう。

    何が悪いという話ではない。ただ、運が悪かっただけなのだ。

    黒服もここに入口があるところまでは見つけたのだろう。
    それでも、この扉の存在は想定外だったのだ。
    最初からここは入口として機能していない、獲物を追い詰めるためだけの袋小路。
    誰にも見つからずに来れた幸運をもう一度祈るほかに道は無く、すぐにでも移動しなければ事態は悪化の一途を辿る。

    (……早く外に向かわないと)

    落胆を振り払うように振り返る。そして――

    「やはり、ここにいらっしゃいましたか」
    「……ノア」

    私の退路を塞ぐように現れたのはセミナーの書記、完全記憶を持つ生塩ノア。
    そしてその後ろからおっかなびっくりと言った様子で顔を覗かせるのは、暗号解読の天才、黒崎コユキ。

    黒服が言っていた『今のあなたは先生ではない』という言葉を思い出す。
    どうやら本当に幸運は尽きたようだった。ならばもう立ち向かうしかない。

  • 88124/07/02(火) 14:07:23

    「こんな形で会いたくなかったよ、二人とも」
    「ええ、私もです」
    「ノ、ノア先輩! 本当に大丈夫なんですか!?」
    「大丈夫ですよコユキちゃん」

    ゆっくりとこちらへ歩み寄るノア。
    だがどうだろうか。不思議とノアからは敵対心みたいなものを感じなかった。

    「今そこを開けますね、"先生"」
    「……え?」
    「私が先生のことを忘れると思ったんですか? まあ、覚えているというのも少し変な話ですけど……」

    ノアはそのまま私を通り過ぎてひとつずつ扉に鍵を差し込んでいく。
    差し込むたびに「怒られませんか!? 本当に大丈夫なんですか!?」とコユキは叫ぶが、ノアは特に気にした様子もなく解錠を続ける。

    「夢と言いますか、明晰夢と言いますか。不思議な感じですね。先生たちと戦わなきゃいけない記憶と、先生たちと一緒にいた記憶が混ざっているんです。だからいつか、こんな日が来るって思ってました」
    「ノア……」
    「別の時間、別の世界。そのどこかで私の見た夢がきっとこの世界なんです。アビドス生徒会長のホシノさんだって、私の記憶ではもっと違う顔をしてましたから」
    「……生徒会長のホシノは、楽しそうだった?」

    私にとって何よりも大事な質問。
    その言葉にノアは首を振った。

  • 89124/07/02(火) 14:08:02

    「いいえ。何かから逃げるように働き続けるんです。あんなの、到底健全じゃありません」
    「そっか……」

    最後の鍵が開く音がした。
    ノアは扉のレバーを持ち上げて手前に引くと、そこにはタワー内部へ繋がる入口が現れた。

    「この世界の私たちにとって先生は敵です。けど……」
    「大丈夫だよノア。私がみんなを嫌いになることは絶対に無いから」
    「……はい!」

    私はこの世界のホシノを助けなくてはいけない。
    そのためにこの世界を、擬色で塗りつぶされたこの地をあるべき姿へと戻す必要がある。
    向かうは天高く聳えるサンクトゥムタワーの最上階、世界を歪めるタワーの心臓部。

    「それじゃあ、ちょっと行ってくるね!」
    「いってらっしゃい、先生……!」

    やるべきことは変わらない。
    それでも、進むべき道は分かった。

    そうして私は、開かれた扉の先へと歩き始めた。

    -----

  • 90124/07/02(火) 19:02:21

    動きが変わったと、そうネルは感じた。
    反省房の扉の話をしてからというもの、先ほどまでとは打って変わって攻撃的に詰めてくる。

    「いいじゃねぇか、ようやくやる気になったかよ!!」
    「急いで倒さなくちゃいけなくなったからね」
    「言うじゃねぇかッ!!」

    先ほど右足を薙いだからか、多少は速さも落ちている。
    それでもこちらの攻撃は確実に避け続け、一瞬より小さな刹那の間隙を突いて着実にショットガンを当ててくる。
    とにかく、速いのだ。その上攻撃は重たく、モロで一発食らう度に意識が一瞬飛びかける。

    (ヤベェなこいつ……!)

    タワー内部に引きずり込んで戦う?
    遮蔽物がある分多少はマシになるかも知れない。

    ――いや駄目だ。そのまま全力で駆け上がられたら追い付ける気がしねぇ。

    そもそもなんでコイツらはタワーを狙ってんだ?
    最上階に行って何をするつもりで、何をしたら何が起きるんだ?
    知らないことが多すぎる。分からないことが増えすぎた。
    けれど、通したらミレニアムがヤベェってことなら分かってる。
    だったらそれだけで充分じゃねぇか!!

    「うだうだ考えんのもめんどくせぇよなァ!!」

    サブマシンガンを撃ち切った隙をついて接近してきたホシノに対してチェーンで迎撃。
    盾で受けられたものの、一瞬動きが止まるのを見て即座に連射。鳴り響く金属音。だが、直撃していないだけでちゃんと攻撃は通っている……ッ!!

  • 91124/07/02(火) 19:03:01

    「おらおらどうしたァ!!」
    「……ぐっ」

    銃を撃ち切りチェーンを叩きつけながらリロード。再び乱射。盾越しに撃たれる銃撃は"根性"で耐える。
    真正面から固めて潰す。それがネルの勝利の方程式だった。けれども、それで終わらないのが目の前の敵だ。

    「うおっ!?」

    ネルに向かって凄まじい勢いで蹴り飛ばされた盾を避けた瞬間、目の前に居るはずのホシノの姿が無いことに気が付く。
    いや違う。上だ。盾で視界を遮ってから壁面を蹴り上がっての強襲。日の光を背にして銃口を向けるその姿は、まさしく猛禽類の狩りを彷彿とさせた。

    「がっ――!!」

    顔面に突き刺さる散弾。ぐらつく視界。落ちかける意識。だが――

    「なんでまだ倒れないのさ!?」
    「――根性だっつってんだろ!!」

    微かに息を弾ませるホシノ。それを見てネルは笑みを浮かべた。

    「そろそろ疲れて来たんじゃねぇかァ!? あたしはまだまだいけるけどなァ!!」
    「ほんとに、もうさ」

    と、その時だった。ネルの付けている通信機から声が聞こえた。

    『リーダー、大変です』
    「いま忙しいんだ! 簡潔に言え!」
    『タワー内部に侵入者が。先生と呼ばれていた方のようです』
    「ハァ!?」

  • 92124/07/02(火) 19:03:18

    思わず叫んですぐに後悔した。目の前の相手が一瞬反省房の方を見上げたからだ。

    ――クソッ!!

    物理錠の鍵はリオ会長含めミレニアムの各所の金庫へそれぞれ保管している。

    ――それを集めきったのか!? 何なんだよソイツは……!!

    確保したときに見た先生とやらはどこからどう見ても弱そうだった。
    外見の話ではない。戦うとかそういうことがとても出来そうになかったのだ。
    そして物理錠の話をしてから時間稼ぎを辞めた暁のホルス。
    どう考えても先生が来るまでにあたしを倒そうと躍起になっていたのもまた確か。

    先生は最強の駒ではない。むしろ弱いはずだ。
    だから気味が悪かった。あいつは何をしてくる? このままコイツと戦ってていいのか?

    ――違う。いま一番困るのはコイツがあたしとの戦いを辞めることだ。

    アカネやカリンでは鎧袖一触に倒されかねない。何としてでも戦闘を継続しつづけてもらわねば困る。
    かと言ってここで戦い続けてアカネたちを先生の元に向かわせるか?
    駄目だ。情報が足りなさすぎる。下手に数人送るよりもC&C全員で乱戦に持ち込んだ方が良い。
    戦って分かった。目の前のコイツは"味方込みで戦えるヤツじゃねぇ"!!

    「わりぃな! タイマン張るのはまた今度だ!」
    「……!」

    ネルは即座に身を翻らせてタワー内部へと踊り込んだ。
    それを追って駆けだすホシノ。戦場はタワー内部へと移行した。

    -----

  • 93二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 19:08:32

    >こちらの攻撃は確実に避け続け、一瞬より小さな刹那の間隙を突いて着実にショットガンを当ててくる。

    >とにかく、速いのだ。その上攻撃は重たく、モロで一発食らう度に意識が一瞬飛びかける。

    フルアーマーおじさんのリロードくっそ速い上に空いてる方の手でハンドガン撃って牽制までしてくるからガチで隙が無いんだよな……

  • 94二次元好きの匿名さん24/07/02(火) 21:16:17

    隙潰しと速度が恐ろしいことになってる上に、本氣だと単独戦闘が前提になる罠
    乱戦にも強いしあまりにも戦場を選ばないから適役すぎる

  • 95124/07/02(火) 23:13:54

    ノアに送り出されて無事入ることが出来たタワーの内部は、極めて異常な空間だった。
    中は円筒状になっており、巨大なミサイルサイロのようにも見える。
    穴の周囲には欄干が設置されており、そこからぐるりと60度置きに階段が上へと続いていた。
    エレベーターは階段のある位置から30度ほど逸れて再度60度置き、計6基分置かれており、見たところ5階ごとに乗り場がありそうにも見える。

    (あまり欄干に近づくのも危ないか……)

    覗き込めば何階層かのフロアの様子も見えるが、スナイパーが居た場合撃たれかねない。
    エレベーターが使えないか見るべく慎重に穴の方へと向かうが、今のところは大丈夫そうだ。
    ただ、エレベーター自体にはボタンも何も無く、何階かを示す表示板もセンサーの類いも設置されていない。
    結局のところ、階段を登っていくほか無いようだ。

    (……とりあえず登ろう)

    長丁場になりそうなため小走りに階段を駆け上がる。
    そうして昇っていると、少しずつこのタワーのことが分かって来た。

    まず、各フロアにはそれぞれ観測室のような小部屋が設置されており、中を覗くと機械のようなものが置いてあった。
    エレベーターを動かすヒントがあるかと軽く覗いてみたのだが、一目見てすぐに諦める。
    どれも電源のついていないタブレットのような見た目だからだ。適当に触ってみることすら仕様がない始末。
    最上階まではまだ遠く、今は大体50階ぐらいか……?

    そうして再び階段を登り始めると、階下の方から銃撃音が聞こえた。
    ネルだ。彼女がついにやってきた。

    『おらァ! 今行くからなぁ先生よォ!!』
    『こいつは私が止めるから――先生!』

    ここまでくれば後のペースも何も無い。
    ホシノの叫ぶ声を背中に私は全力で走り始める。

  • 96124/07/02(火) 23:14:31

    それを追うネル。止めにかかるホシノ。二人がいるのは現在タワーの10階部分。
    先行するネルは突然振り返って牽制の銃撃を放つが、欄干側へ走ってから飛び越える。
    空中機動のカバーにショットガンを撃つが、弾丸の大半は振るわれたチェーンに弾かれた。
    ネルがリロードしている間に、ホシノは階段を駆け上がって上を取る。

    「あ、お前――ッ!」
    「考えたんだけど、私が先生担いで走れば全部解決するよね」
    「だったらそれまで距離稼がねぇとなぁ!!」

    階段を登るホシノは既に17階。それを全力で追うネル。
    数段飛ばしで階段を駆け上がり次のフロアの床面が見えた――その時、ネルの後頭部に銃口が向けられた。上がってくるのを待っていたのだ。

    「ごめん、やっぱ担ぐの面倒だよね」
    「てめっ――」

    言い切る前に3連発のショットガン。ネルは何度目かの銃撃を頭部に受けて一瞬意識を失う。
    いや、本来ならとっくに倒れているはずなのだ。それでも痛みが、屈辱が、ネルの闘志に火をつけるのだ。
    次いで放たれる銃弾は避けすらしない。腹部から胸元にかけてクリーンヒット。息が詰まって目が裏返り、瞳の奥で火花が散った。
    だが、それでも腕は上がる。引き金は引ける。膝が笑ってもまだあたしは立っている――!!
    マズルフラッシュと共に鳴り響く爆音で意識を取り戻し、再び敵を視界に納めた。

    「楽しいよなァ! お前もそうだろう暁の!!」

    額から滴る血を強引に拭いながらマガジンリロード。大きく飛び退るホシノを追ってチェーンを振るう。
    18階エレベーター前。叩きつけを回避して、ホシノは再び次の階段へと足をかける。

    「お待ちしておりました、侵入者様」

  • 97124/07/02(火) 23:15:21

    「え……っ」

    思わぬ声に階段の先を向くと、そこには柔和な笑みを浮かべたメイドがひとり。それから降り注ぐ無数の手榴弾――
    C&C『ゼロスリー』爆弾魔もとい室笠アカネ。全てが火薬と破壊に帰結する狂ったエージェント。

    「邪魔者は、排除します」
    「ッ!!」

    即座に壁を蹴って欄干側へと追いやられる。明らかに床とは違う何かを踏んだ。
    そこに仕込んであったのはタイルに偽装された地雷。
    直後、ホシノは欄干の向こう側を一瞬だけ"見た"。
    中央の穴の大きさ。対岸までの距離。自分が全力で飛んだときに辿り着くであろう飛距離とその全てを。

    ――"行ける"

    呼吸は深く、周囲全てがスローモーションとなっていく。
    右手側からはネル。リロード中。射的距離から離脱可能。
    正面からはアカネ。逃げ場を削るように手榴弾を投擲。
    振り返って欄干の向こうへ意識を向ける。右足で軽く飛んで欄干に左足をかける。左膝を落としてホシノの意識は穴を越えて対岸の欄干その一点へと集束される。
    息が止まる。踏み切る。地雷の雷管が爆ぜる。靴底から僅かにゴムの臭いがして、周囲の時間が加速した。

    爆発。銃声。誰かの声。
    その全てを置き去りにして空へと飛び立つ暁のホルス。
    しかし、"その瞬間"こそ待っていたものがここに居た。

  • 98124/07/02(火) 23:16:00

    「目標を捉えた」

    下の階層から飛来した弾頭は正確無比にホシノの左脇腹を撃ち抜いた。
    対物スナイパーライフルによる一撃。その銃の銘はホークアイ。飛ぶ鳥を落とす者。

    「やっと活躍できた、かな」

    C&C『ゼロツー』スナイパーの角楯カリンが、金色の瞳を細めて呟いた。

    撃たれた衝撃で飛び出せず、再び18階へと叩き落とされたホシノの前にはネルとアカネ。欄干側に近づけばカリンの狙撃も待っている。
    全てが、そう、その全てが暁のホルスを確実に落とすためのキルゾーンだった。

    「かはっ……」

    胃液が逆流しそうな感覚に身を悶える。
    床に這い蹲って何とか顔を上げると、そこには銃口を向ける二人のエージェント。

    「な、なんでネルちゃんだけなんだろって思ってたけどさ……」

    ――最初からこれを狙って?

    無言の問いかけに返ってくるのは鮫のように獰猛な笑み。

    「C&Cを一人で相手にするなんざ――戦う相手を間違えたようだなぁ?」

  • 99124/07/02(火) 23:16:12

    「……そっか」

    最初から無傷で通ろうという考えそのものが間違いだったのだ。

    ――怪我を抑えてだなんて、そもそもが甘かった。
    ――前哨戦みたいに思ってたんだろうな。まだゲヘナやトリニティがあるって。
    ――違った。私がいま相手にしているのは"学校"だって言うのに……。

    「ごめん、間違ってた。正直舐めてたかも知れない。だから――」

    だから、もう気にしない。私一人でこの三人を釘付けにする。
    先生を前へ進ませるために、私はもう、"自分の身を顧みない"。
    もうここで死んだって構わない。今生き残っても次で負けたらなんてそんな考え、いまここに捨てる。

    (ユメ先輩。少し借りるね)

    それは静かなる宣言だった。
    盾の後ろに収納したもう一挺のサブアームを使うということの宣告。
    異様な気配に気が付いたアカネが銃を撃つ。直後、アカネの前にはホシノが居た。
    弾丸を左腕で直接受けたと気づいた瞬間にはもう遅い。一発の銃声が鳴り響き吹き飛ばされるアカネ。

    「はっ……楽しめそうだな、暁のホルス」
    「そんなに楽しみたいなら最後まで付き合うよ。だから、全力で行くね」

    ネルvsホシノ。最後の戦いが始まった。

    -----

  • 100二次元好きの匿名さん24/07/03(水) 00:13:38

    C&C のコンビネーションはやっぱすげぇな…
    それを一人で相手にするホシノも半端ねぇ…

  • 101二次元好きの匿名さん24/07/03(水) 10:19:40

    ほしゅの

  • 102124/07/03(水) 12:33:28

    一方その頃、ミレニアム近郊の電波塔ではエンジニア部による補修工事が行われていた。

    「説明しま――」
    「うん、コトハ。説明は後で聞かせておくれ。ヒビキ、迫撃砲の調子はどうだい?」
    「問題なし。自動迎撃機能も付けたからあとはテストするだけ」
    「――よし! 休憩だ!」

    電波塔に"ちょっとした"自己防衛機能を取り付けたエンジニア部たちは、電波塔最後の仕上げとして緊急時用ソフトウェアをインストールさせる。
    大規模なハッキングが起きた際、自動的に特定のデータベースへ保存していたデータを送るものだ。
    今回のようにリオ会長が外出しているときに分断されても、迅速に直前までの情報を送るためのプログラム。

    「ああ、そうだ。チヒロたちにも連絡しないと」

    通信機復旧の報せを送って空を見る。
    何てことの無い普段の空。電波塔の上に流れる風は心地よく、これでサンドイッチか何かでも持って来ていたらちょっとしたピクニックになっただろう。

    「お弁当でも持ってくればよかったかな」
    「あ、そう言えば……」

    そういってヒビキが取り出したのは一口サイズの乳性飲料である。
    新発売ということで、停電が起きる前に試用品としてもらっていたのが数本ポケットに入っていたのだ。

    「そう言えば私も……」

    コトハのポケットから出てきたのはカロリーバー。昼に食べようと何本か買ったものの、停電騒ぎですっかり忘れ去られていたものが一本だけ残っていたようだった。
    こうなると、ウタハも何か出さなければと鞄をまさぐるのだが、出てきたのは1本のマイクだった。

  • 103124/07/03(水) 12:35:30

    「なんですかそれ?」
    「これは……歌うと自動で採点してくれるマイク、だなぁ……」
    「なんで?」
    「いやなに、得点の高さに応じてマイク全体が光るんだよ」
    「ま、まさか、停電だったから――」
    「ああ、えらく光り輝いていたよ」
    「ぶっ……くふっ、……あはははははっ!!」

    暗闇の中で光りながら演歌を歌って廊下を練り歩く姿を想像して笑う二人と、何故か自慢げなウタハ。
    ひとしきり笑ったところで、三人は小さな乳性飲料を飲み始める。

    「あ、そうだ。帰ったらアバンギャルド君の整備しないと」
    「何つけようかな……。Bluetooth機能はもうついてるし……」
    「あの時の会長、説明の難しい表情をしてましたね……」
    「喜んでいたんじゃないか。会長は不器用だからね」

    「そうかな……?」首を捻るヒビキだったが、すぐに「そうかも」と納得して眼下を見下ろす。
    停電騒ぎで渋滞した道路。その車と車の間を凄まじい勢いで走るゲヘナ車両が目に留まった。

    「ウタハ先輩、あれ……」
    「リオ会長と……ホシノ会長かな。あの様子じゃ15分ぐらいでミレニアムに着くだろう」
    「結局電波塔直さなくても変わりなかったも知れませんね……」
    「それは違うぞコトハ。こういう状況でも無ければ着手する機会も無かったじゃないか」
    「確かにそうですね! 百聞は一見に如かずとも言いますし!」
    「そうさ! 我々も科学技術も日々進歩しているんだ」

    高らかなる宣言は青く澄み渡った空の下でこそ相応しく、コトハとヒビキも笑って頷く。

    「さあ、明日は何をしようか」
    -----

  • 104二次元好きの匿名さん24/07/03(水) 17:09:08

    ある者たちにとっての終わりが迫る……

  • 105二次元好きの匿名さん24/07/03(水) 17:21:35

    その「明日」は、いつか来るのだろうか

  • 106二次元好きの匿名さん24/07/03(水) 22:11:08

    このミネシス達にも少しは救いはできるのだろうか?

  • 107124/07/03(水) 22:31:53

    ――60階。

    階下で起こる銃撃戦は苛烈さを増していく。

    ――61階。

    それでも私は助けに行くことが出来ない。出来ることはただ階段を登り続けることのみ。

    ――62階。

    肺から鳴る喘鳴と走り続けた痛みすら半ば感じなくつつある両足で、少しでも早くとひたすらに塔を登る。

    ――そして63階。

    残り1/3を切り、私はじっとりと垂れた汗を拭う。
    あともう少し……。こんなところで立ち止まっては居られない――その時だった。

    「クックック。お待たせいたしました、先生」
    「く、黒服……!!」

    そこにはシッテムの箱を持つ黒服が立っていた。

    「エレベーターを動かすのに少々手間取りまして。先生もお疲れでしょう。肩をお貸しいたしましょうか?」
    「いや……、遠慮しておくよ。それより、登らずに黒服の到着を待ってた方が良かったかな」
    「まさか。C&Cの皆さんが先生とホシノさんに注力頂けたからこそ得られた時間です」
    「ふふ、お気遣いどうも」
    「いえいえ」

    エレベーターに向かうと扉が開いており、中は鏡面のように磨き上げられた黒い石のようなもので構成されていた。
    もちろんボタンも何もなし。中へ入ると扉が閉まり、周囲の壁は幾何学的な紋様を残して透明になった。

  • 108124/07/03(水) 22:32:25

    「古代の技術でして、権限を持つ者以外には操作できないのですよ」

    「それとこれを」と、黒服に渡されたのはシッテムの箱。
    手に取った瞬間の刹那に、私は箱の中の二人を労いつつ情報を共有した。

    「とりあえず無事で良かったよ黒服。それで、生徒会長代行権?」
    「ええ、リオ会長不在時に一部権限を私が臨時特別顧問として代行する、という特権ですね」
    「……詳しく聞くのは辞めておくよ。それで、どこまで使えそう?」
    「巡行ミサイルとアバンギャルド君の管理権限。それからアビ・エシュフの活動領域あたりでしょうか」
    「ありがとう。巡航ミサイルは……辞めておく」
    「クク、何かトラウマでも?」
    「ちょっと、ね」

    それからアロナたちにお願いしてアビ・エシュフがミレニアム内で動かないよう設定を変え、アバンギャルド君をサンクトゥムタワー周辺まで空輸するよう手配を行った。
    名前の割にやたら強いアバンギャルド君であれば、C&Cにぶつけてもすぐやられることは無いだろう。少なくともホシノが離脱できる時間ぐらいにはなるはずだ。

    「それとこのタワーについて、少々先生にお伝えしたいことが」
    「なに?」
    「私がこの世界を観測したとき、私は小鳥遊ホシノさんの夢であるとお伝えいたしました。ええ、そこに間違いはございません。ですが私はミスを犯しました。キヴォトス最高の神秘が見た夢がこの世界の枢軸を担っているのだと、思い違いをしてしまったのです」
    「……どういうこと?」
    「つまり、この世界を形作る小鳥遊ホシノさんは不完全な――」

    その言葉が言い切られる直前、シッテムの箱から悲鳴が聞こえた。

    【伏せてください先生!!】

    「ッ!!」

    ――光よっ!!

  • 109124/07/03(水) 22:33:09

    瞬間、世界を切り裂く爆音が鳴り響き、強烈な閃光が瞼越しに瞳を焼いた。
    サンクトゥムタワーの外壁を破壊し、減衰してなおエレベーターの1/4に風穴が開けたそれは何だったのか。

    「……そうか」

    目を見開いて思わず呟く。

    「ここで君たちが来るんだね」

    開けた瞳に映ったのは巨大な穴。向こうに見えるのはセミナーの会議室。

    「いくよ! アリス、ミドリ、ユウカ、ユズ!」
    「はい! アリス、魔王を倒します!」
    「ユウカの仇は私たちが取る」
    「ちょっと! 勝手に殺さないでよ!」
    「こ、怖いけど頑張る……!」

    そこにいたのは、光の剣を携えた勇者たちの姿であった。

    -----

  • 110124/07/03(水) 23:28:21

    時は少々遡る。
    黒服にセミナーの保有する特権の数々を簒奪されたユウカはひとり、部屋の中で蹲っていた。

    (私が、私が間違えたんだ……)

    刻一刻と変わりゆく状況。ミレニアムの危機。リオ会長の不在。そして黒服から伝えられたノアの裏切り。
    何が真実で何が嘘か、それすら分からないまま大人に踊らされて、ミレニアムを守るはずの力すらも蹂躙されてしまった。

    間違いを取り返そうと躍起になって積み上げられる契約書。
    言葉を尽くした先にあったのは、そもそも言葉を交わしてはいけない存在がいるという残酷な現実。

    (何がセミナーの会計よ……。私ひとりじゃ結局何もできないじゃない……!!)

    自分の犯した罪の重さに耐え切れず、自分は所詮、ただ子供に過ぎないのだと思い知らされた。

    「ごめん、ノア……。私だけは信じなくちゃいけなかったはずなのに……」

    その時だった。勢いよくセミナーの扉が開かれたのは。

    「たのもーー!!」
    「殴りに来ました!」
    「ユウカーー!! なんで早く来な……い、の?」
    「…………ぁ」

    見るとそこにはモモイとアリスの姿。

    ――そういえば遊びに行くって言ってたんだっけ。色々あってすっかり忘れてたんだった。

    「連絡忘れててごめ――」

  • 111124/07/03(水) 23:28:38

    忘れてたことを謝ろうとして、喉がつっかえた。
    完璧でも何でもない私のミスで、みんなが危機にさらされている。私のせいで……!
    それを言ってみんなの不安を煽ってどうするの?
    少なくともあの子たちは関係ない。巻き込んじゃいけない。だって私が守るべき子たちなのだから――

    ない交ぜになった感情はもはや自分でも分からず、口から零れたのは混濁した想いのみ。

    「ごめ……っ、ごめんなさい……。私の……、だ、大丈夫。何でもないから――」
    「大丈夫じゃないよッ!!」

    モモイの声に驚いて顔を上げた。
    滅多に見ない、本気で怒ったモモイの顔が私を見ていた。

    「アリス、みんなを呼んできて」
    「っ!! 分かりました!」

    パタパタと駆け出すアリス。途方にくれてその背中を見ていると、ぎゅっと頭を抱きしめられる感触。

    「ユウカ。大丈夫じゃないでしょ?」
    「な、なに? モモ……」
    「だってユウカ。辛そうな顔してるじゃん」
    「……っ」

    恥ずかしくなって引き剥がそうして、モモイの腕に手をかけて。そしてモモイは優しく私の頭を撫でた。

    「ミドリもね。辛いとき誤魔化そうとするんだ。だからね、分かるんだよ」
    「……そう、ね」
    「だから教えて。何があったの? 誰にやられたの?」
    「それは……その」
    「言わなかったらみんなと一緒に暴れまわってやる。ユウカをこんなにした犯人をとっちめるまで、ずぅっとだよ」

  • 112124/07/03(水) 23:28:50

    モモイの腕をぎゅっと掴む。普段なら絶対見せない顔を隠すように。せめて今だけは。
    何度か深呼吸して大きく息を吐く。大丈夫、少し取り乱していただけ。

    抱きしめられているせいでモモイの顔は見えない。
    けれど、本当にやるんだろうなということだけはよく分かった。それぐらいモモイは怒ってくれているということも。

    ――それは、困るわね。

    「モモイ、もう大丈夫だから」
    「ん」

    体温を残してモモイが離れる。
    そうだ、まだ何も終わっていない。まだやれることは残っている!
    顔を上げてモモイを見ると、「よし!」と腰に手を当てて頷いていた。
    扉の方にはゲーム開発部のみんなの姿。

    「早く来てください! ユウカが泣いてますから!」
    「な、泣いてない! ただちょっと相談に乗ってもらっただけ!」

    そう言うとモモイは笑って、それ以上は特に言わなかった。
    言ったのは一言だけ。

    「みんな! 魔王ユウカをいじめた悪い奴を倒しに行くよ!」
    「誰が魔王よ、誰が!」

    そうして、作戦会議が始まった。

    -----

  • 113二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 01:39:04

    友情は素晴らしいんだけど…この先の展開怖ぇ〜

  • 114二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 02:10:27

    >黒服から伝えられたノアの裏切り

    >私だけは信じなくちゃいけなかったはずなのに……

    一番信じたくなかった事が真実だったの辛くない?

  • 115二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 07:58:01

    保守

  • 116二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 08:55:32

    悲観的に描かれてるけどここの生徒達って全員模造品なんだよね

  • 117124/07/04(木) 13:23:56

    そして時は戻る。
    光の剣が切り裂いた先にあったのは異質な空間と異様な二人。黒いスーツを身に纏った大人と、白いジャケットを羽織った大人。

    「黒服ーー!!」

    黒スーツを見てユウカが叫ぶ。その声でモモイ達はあの二人こそが敵であると認識した。
    しかし、敵の片割れであるはずの白ジャケットーー黒服に"先生"と呼ばれていた方は静かな怒りを以て黒服を見る。

    「……黒服。ユウカに何かしたの?」
    「申し訳ございません。緊急時だったためセミナーの権利を少々」
    「……あれね」

    先生はモモイ達へと向き直り、そしてーー

    「ごめん、みんな」
    「……え?」

    思いもしない言葉に驚くモモイ達。
    その姿勢はあまりに敵のイメージから程遠かったからだ。

    「もしかして悪い人じゃない……?」とモモイ。
    「何か事情があるのかも……」とミドリ。
    ユズは困惑した様子で周りを伺い、アリスはきょとんとした様子で大人たちを見る。

    「騙されないでみんな! いずれにしたってミレニアムは狙われてるんだから!」

    ユウカの声で我に帰るモモイ達。すると先生は少し寂しそうに笑う。

  • 118124/07/04(木) 13:40:14

    「そうだね。私たちはミレニアムを無くそうとしている。君たちの敵だよ」

    その様子はとてもじゃないが悪の魔王には見えなかった。
    追い詰められているのはミレニアムのはずなのに、目の前の大人は何かに追い詰められているように見えたからだ。

    「あの……」

    意を決したようにユズが口を開く。

    「な、何か事情があるんですか……?」
    「…………」

    先生の表情が曇る。それを見たアリスは何かに気付いたように「アリス、分かりました!」と言った。

    「これはラスボスを操る真のラスボスがいるパターンです! アリス知ってます!」
    「確かに……悪い人に見えないし……」
    「何か事情があるなら聞くよ! ミレニアムを狙わなくたって解決するかも知れないじゃん!」
    「え、ちょ、ちょっとみんな?」

    わたわたと慌てふためくユウカ。
    その様子を見た先生は項垂れて、どんな顔をしているのか見えない。

    「先生、彼女たちは……」
    「分かってる。分かってるんだ黒服」

    そう、先生は呟いた。
    例え同じ顔をしていても、同じ声で同じ言葉をかけてきても、どこまで行っても偽物なのだ。

    モモイも、ミドリも、ユズも、アリスも、ユウカも、全員生徒たちを再現しただけの贋作物。
    再現時点の状態と思考をただ繰り返すだけの存在。この先どれだけの時間を積み重ねようと決して変化も成長もしない、ネヴァーランドの住人たち。

  • 119124/07/04(木) 14:04:28

    そんな夢の国に囚われた何処かのホシノを救う為に、この世界で動き続ける偽物を学校ごと消し去る必要があるのだ。

    「……《非有の真実は真実であるか》」

    ふと、口をついて出た言葉があった。
    第六の古則。存在しない自我に私は真実を見るのか。

    違う。今回だけは断じて違う。
    何故なら何も変わらないからだ。
    不変の存在。彼女たちは彷徨い歩く亡霊と何ひとつ変わらない。
    それを肯定して、まだ生きている生徒を諦めることだけは決して認められるものでは無い。

    「だから、ごめん」

    そして私は、選択した。

    「っ!!」

    同時、モモイ達は目の前の先生が得体の知れない化け物に変わったかのように錯覚した。

    "ここは楽園じゃない。真実なんてここには無い"
    先生の口から溢れた言葉は世界を否定する祈り。

    黒服が驚いたように先生を見る。
    そこには白いジャケットの内側から何かを取り出そうとする先生の姿があった。

    "……我々は望む。ジェリコの嘆きを"

    続く言葉を止めるように、黒服は先生の腕を掴んだ。

  • 120二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 14:07:56

    そのパスワードだとあの人と同じにならないか…?

  • 121124/07/04(木) 16:03:11

    「先生、間に合いましたよ。ですので、"直接あなたが"破壊する必要はございません」

    直後、セミナーのガラス窓を破壊して巨大な何かが現れた。

    「何なの!?」

    ユウカが悲鳴混じりに闖入者の方を見やると、そこに現れたのは珍妙な機械だった。
    数多の銃火器を備え、ドリルが狂ったように唸りを上げる。
    そして、Bluetooth対応も完備されているおかしな兵器はーー

    「アバンギャルド君!?」

    モモイ達の叫び声などいざ知らず、襲来したアバンギャルド君は小さな勇者たちに襲いかかった。

    「さあ、最上階までもう少しです。行きましょう先生」
    「……そうだね」
    「待てっ!!」

    塔の奥へと消えゆく先生たちを追いかけようとするが、アバンギャルド君がそれを防ぐ。

    「くっ、みんな! 早く倒して先生を追いかけよう!」

    モモイの言葉に呼応するゲーム開発部たち。
    勇者たちは立ち向かう。魔王を止めるべく、まずはその尖兵と。

    -----

  • 122二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 16:25:49

    夢は覚めなくてはならない。

  • 123二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 17:32:11

    アバンギャルド君が味方なのめっちゃ心強いな…

  • 124二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 19:26:35

    >>120

    だからこそこの瞬間だけは正しい

    「奇跡は起こらずキヴォトスは滅びる」ことを意味するから

    ぶっちゃけプレ先の詠唱ってジェリコの嘆き=エリコの虐殺って解釈だと「男女子供老人家畜全部ブッ殺ヨシ!をHeyもっかいやろーぜ!」って詠唱になるんだよねあれ

  • 125二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 19:46:15

    黒服の優しさ?が光る
    悪い大人の行いをするのは自分の役割だから焦ったんだろうな

  • 126二次元好きの匿名さん24/07/04(木) 23:35:24

    保守
    こんなこと言うのもなんだけど、最強格同士の戦いでここまでお互いの格を落とさずに描写できるのスレ主さんの技量が凄まじいな…

  • 127二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 06:54:45

    >>124

    つまりあのパスワードを言いかけた先生は相当な覚悟を持って…

  • 128124/07/05(金) 10:41:13

    こうして、全ては終わりへと集束していく。
    リオ会長およびアビドス生徒会長の到着まで残り10分。
    93階に到達する先生と黒服。セミナー会議室での対アバンギャルド君戦。
    そして、未だ18階で戦い続ける暁のホルスと戦うC&Cのメンバーたちは今――

    「はは……めちゃくちゃだな、おい」

    欄干側を嫌って壁側まで追いやった。盾も削って着実にダメージを与え続けている。
    事実、スピードは落ち始め、最初に1階外縁区で戦ったときと比べて遥かに遅くなっている。

    ――それなのに、"アレ"はなんだ?

    避け切れない攻撃を傷だらけの左腕で受け始めた。
    カリンの狙撃でまともに動かなくなったのを見て"使えないなら要らない"とでも言わんばかりに。
    瞳の奥が煌々と燃えている。感情を捨てて機械的に、合理的に、ただ目の前の敵を倒さんと最短距離を狙ってくる。

    そして――各階層を仕切る天井に"着地"するホシノ。
    自由落下の始まる直前に銃を咥えてリロード。天井を蹴り飛んで落下速度を上げる。身体を捻って這いつくばるように着地。もはや動かない左腕を引きずりながら、そのままネル目掛けて突進する。

    「お前みたいなおじさんが居てたまるかよォ!!」

    サブマシンガンによる銃撃で応戦。左肩をかすめるに留まり、止まらず。サブマシンガンの射程よりずっと深く踏み込んだホシノ。肘すら当てられる距離でセミオートマチックピストルが火を吹いてネルが叫ぶ。

    「うおぉぉぉおおお!!」

  • 129124/07/05(金) 10:41:58

    肘でホシノの顔を撃つ。前蹴りで腹に一発食らわせる。距離が開いて飛ぶチェーン、それを盾で受け止められる。
    そのまま両手のサブマシンガンで流れるように狙いをつけようとした瞬間、盾がネルの首に目掛けて飛んできた。
    即座にしゃがむ。頭の天辺を盾が掠める。そのまま盾ごとネルを踏みつけに飛び上がるホシノ。
    飛んだのを見て逆に盾を真上に蹴り飛ばすと、跳ね上がった盾がホシノを弾き飛ばして欄干際へ。
    対岸へ移動したカリンの狙撃。だが、素早く上体を起こして躱す。
    外れた銃弾が跳弾し壁に向かって突き進むのを見て、ネルが跳弾の射線に入るようにショットガンで逃げ場を失くす。
    回避を捨ててホシノに飛び込むネル。スライディングで躱すホシノ。跳弾が壁を抉った瞬間、両者の位置は反転する。

    ――それはもはや、常軌を逸した戦いだった。
    怪我の具合で行けばネルの方が遥かに酷い有様だが、ホシノもホシノで既に限界一歩手前、辛うじて立っているような状態である。

    「はぁ……はぁ……。よォ暁のホルス。ここが河原だったらアレか? あたしらはクロスカウンターで共倒れて、なんかこう、友情でも育めそうだよなァ……!!」
    「けど……ここは河原じゃないし私はミレニアムを消す。だから、育む友情なんてないよ」
    「はっ、そうだな。だから相打ちなんざ起こり得ねぇ。倒れるのはてめぇだけだ」

    欄干にもたれかかるネルと壁にもたれかかるホシノ。
    爆発寸前の静寂を破れる者は誰も居ない。この奇妙な均衡を崩して至る決着を誰も分からず、故に誰も動けない。
    その中で、口火を切ったのはネルだった。

    「あたしはC&Cリーダー。コールサイン『ダブルオー』、美甘ネルだ」
    「……急に何さ」

    若干戸惑った様子のホシノ。今更なんだと訝しむホシノにネルは答える。

    「認めてやるよ。あんたは強い。だから教えてやる。あんたより強いあたしが誰かってことをだ」

    それはまさしく勝利宣言だった。
    コールサイン『ダブルオー』は約束された勝利の明示。
    故に敗北は無く、ホシノは自分がC&Cに勝てないことを知っていた。
    負ける。私は負ける――例えそうなのだとしても、勝つのは私で無くていい。

  • 130124/07/05(金) 10:42:29

    ……だから、口にしたのは極めて子供っぽい、何よりも強くあろうとした"子供な私"の言葉なのだろうとホシノは思う。

    「……小鳥遊ホシノ」
    「あぁ?」

    眉を上げるネルを、ホシノは正面から見据えた。

    「私は……アビドス生徒会"書記"、小鳥遊ホシノ」
    「……はっ」

    それはネルにとって奇妙な感覚だった。
    "小鳥遊ホシノ"とはネルにとって、アビドス生徒会の生徒会長の名前だからだ。
    そしてアビドスの生徒会長と"若干似ている"コイツが生徒会長の名前を名乗る――普段なら嘘だと思うだろう。
    誰だってそうだ。けれど、ここまで戦ったからこそ理解する。コイツがそう言うならそうなのだろうと。

    「小鳥遊ホシノ、か。分かったよ。あんたがそう言うなら、本当にそうなんだろうな」

    欄干から背を離すC&Cリーダー、美甘ネル。同じく壁から背を離すアビドス生徒会書記、小鳥遊ホシノ。

    両雄の対峙する間に何も無く、ただ互いの存在を"認め合う"――その直後だった。

    「――――あ」

    【アビドス生徒会、小鳥遊ホシノを承認】

    それは、他者から認められて初めて成り得るこの世界の法則。
    "アビドス生徒会所属、小鳥遊ホシノがここに居る"。それは奇しくも敵である美甘ネルによって証明された。

    世界に同じ名を持つ存在は居てはならないという大原則に亀裂が走る。
    異物の存在はこの世界にとってのマルウェアに等しく、故に発生したのはサンクトゥムタワーに対する一部権限の簒奪を果たす。

  • 131124/07/05(金) 10:43:07

    そして、その目の端に映ったのは六色の燐光。
    赤・橙・黄・緑・青・紫。色彩の放つその色が、夜をも映す左目を通して確かにここに知覚された。
    最も近いエレベーター。その色は夕暮れの青。
    同時に理解する。決して負けない"勝利"に対する最後の一手。

    「あんたを倒すのはこのあたしだぁああああ!!」

    ネルのサブマシンガンがホシノを崩さんと"がなり立てた"。
    ホシノは導かれるように前へ、前へ。撃たれる胴体。削られる両足。それでもまだ"飛び立てる"――

    直前までのゼロ距離射撃を警戒したホシノに対するネルのバトルセンスは、ここで裏切りを始めた。
    戦いに作法があるように、戦術には理由がある。それに徹してきた敵が"己を無視して"通り過ぎることなどあろうものか!

    その一切合切を無視して欄干に足をかけるホシノ。すれ違いざま、ホシノは別れの言葉を口にする。

    「『ダブルオー』だっけ」
    「なッ……!!」
    「降参するよ。"試合"じゃ勝てないから」
    「……ッ!! カリン!!」

    欄干を飛び降りた直後、正確無比で無慈悲な弾丸がホシノ目掛けて飛んでくる。

    ――これだけは耐え切る。

    一発耐え切る。それだけがミレニアム最強の秘密エージェント、C&Cを相手に"勝負"で勝つための第一条件。
    空を飛ぶ者を撃ち落とす最速の弾丸がホシノの腹部を抉る。
    その衝撃で3階層下の15階へと叩きこまれ、胃液が口から漏れて意識を一瞬失いかける。
    けど私はまだ、負けていない――!!

    「……ぁあああああ!!」

  • 132124/07/05(金) 10:43:29

    点滅する視界の中で走る。階段を飛び降りる。
    後ろから迫るのは美甘ネル。怒りを露わに走って来るが、大事なのはそれじゃない。
    一番必要だったのは、ネルがエレベーター階から離れたこと――

    「青色全開放!! 9階に固定!!」

    叫びに呼応するかの如く、六基存在するエレベーターの一本、"青い燐光を放つ扉"が全て開いた。
    凄まじい勢いで9階へと降りる箱。同じく9階へと降り立ったホシノは滑り込むように開いた扉のその向こう、開いたエレベーターの元へと飛び乗る。数秒して閉まりゆく扉を挟んで見えたのはネルの姿。決着を望んだ冥府の番人。

    「てめぇ!!」

    もはや沈痛とも言える叫びと共に放たれた最後の弾丸が無慈悲にも扉に阻まれた。その姿を見てホシノは思う。
    きっと負けていた。私がアスナちゃんを倒せたように、ネルちゃんと私は相性が悪い。
    だって彼女は"約束された勝利"。河原でド付き合いなんて"おじさん"にはちょっとばかし厳しい。

    だからこそ、"勝利のひとつはくれてあげる"。

    「全速力で一番上まで! 誰にも追いつけないぐらいに!!」

    エレベーターに向かって叫ぶと、瞬間、もはや射出と言っても良いほどの速さで九十九階目掛けて発射された。

    -----

  • 133二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 10:53:29

    このレスは削除されています

  • 134二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 16:07:13

    面白すぎる
    続きくるまで待機タイム

  • 135二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 20:27:32

    ブルアカ名物の概念バトル、ここで来たか

  • 136二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 21:47:43

    このレスは削除されています

  • 137124/07/05(金) 22:51:55

    エレベーターの向かう先たるは、ミレニアムサイエンススクールを再現し続ける虚妄のサントゥムタワーの天辺。
    そこに最初の一歩を踏み出したのは階段を駆け上がって来た先生と黒服の二人である。

    いつか見たナラム・シンの玉座を再起させる円盤状のフロア。
    その最奥には様々なモニターと計測装置が並んでおり、既に失われた太古の言葉が流れ続けていた。

    そして、モニターの前にはひとりの人影。

    「ぴょん」

    無表情で白いアタッシュケースを持つバニーガール姿の少女。
    C&C最後のエージェント。コールサイン『ゼロフォー』。古代技術の武装を手繰る飛鳥馬トキ。

    「こんにちは、先生、でよろしかったでしょうか?」
    「やあ、トキ。バニー服なんだね」
    「はい。特に意味は無いですが、気分は重要ですので」
    「確かに……」

    素直に同意するとトキはアタッシュケースに腕を入れ、アームギアを引き抜いた。

    「見たところ、お二人に戦いの心得は無いようですね。アビ・エシュフが動かなくなったときはどうなることかと思いましたが」
    「ああ、やっぱり。良かったよ、あれを使われるのは避けたかったから」
    「関係ないのでは? いずれにせよ、あなた方は倒されるのですから」
    「……一瞬だけだったけど、聞こえなくなったんだ」

    不意に話題が変わり、トキは怪訝な表情をする。

    「何がですか?」
    「銃撃音が止まったんだ」
    「…………まさか」

  • 138124/07/05(金) 22:52:11

    ――その直後、周囲を取り囲むエレベーター口のひとつが爆発した。
    いや違う。下から最大出力で上昇するエレベーターが激突して破壊されたのだ。
    それとほぼ同時にエレベーターから出てきた小さな影は、先生の元へと滑るように現れた。

    「まさか、ネル先輩に勝ったんですか……っ!?」
    「負けたよ。だからここで勝ちに来た」

    今やその身体はどこを見ても傷だらけで、服は血で滲み、左手の指先からぽたりと血を垂れている。
    痛みと疲労のせいなのか、呼吸をするだけでも肩を震わせまともに息すら吐けていない。
    それでも、ショットガンだけは固く握りしめている。その異様な風体に、トキはネルの姿を思い重ねた。
    つまるところ、自分がホシノに勝つイメージが一切湧かない。

    「先生、真っすぐ走って、全部……壊して」

    先生は頷く。その二人の様子を見て、トキは――

    「ああ、これ、無理ですね」

    先生が走り始めたその直後、トキの目に映ったのはショットガンの銃口。
    一陣の風を引き連れて疾駆するホシノが引き金を引いたのが合図だった。

    「くっ……! 抗っては見ますが――」

    銃撃を躱せば躱すほどに先生から引き剥がされ、アームギアのミサイルを使おうと構えようにも"懐に入り込まれ過ぎて"それすら阻まれる。
    トキはホシノを追い抜けない焦りから体術に切り替えるが、まるでそれすら見えているかのように距離を取られる。

    だが、もうこれ以上、このミレニアムに如何なる戦いも不要であった。
    そもそもネルがここまで離されることすら想定外。ここにホシノひとりが来た時点で、勝負は決まっていたのだ。

  • 139124/07/05(金) 22:52:21

    先生はモニターへと辿り着く。手にはタブレット。口にするのは箱を動かすパスワード。

    「我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている、ジェリコの古則を」

    シッテムの箱がサンクトゥムタワーの中枢へと干渉を果たす。
    その最奥に見つけたのは、狂った世界を無に帰す手段のひとつ。ミレニアムのアンインストーラー。
    実行指示を出すと、先生の脳裏に声が響いた。

    【ミレニアムサイエンススクールをアンインストールしますか?】

    ――ああ、全て消してくれ。

    それは終わりを意味する最終指示であった。

    -----

  • 140二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 22:54:53

    これ、一瞬でスパッと消えるのか、少しずつ消えていくのか……
    ミメシスとは言え可哀想だから前者だといいなぁ…

  • 141二次元好きの匿名さん24/07/05(金) 23:00:20

    >>140

    ネタバレになるけどfgo2部みたいな感じで消えるのかな?

  • 142二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 08:58:06

    消えたらどうなるんやろ、連絡とか届かず最初からいなかった世界にでもなるのかな

  • 143二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 10:05:33

    >>141

    異聞帯みたいに消えるのなら多分向こうのホシノ以外は世界が消えているという現象自体を認識できないと思う

  • 144124/07/06(土) 10:08:25

    ミレニアムサイエンススクール。
    その前身は「千年難題」に立ち向かう研究者たちの集い――セミナーを軸に生まれた新しき学校である。
    検証・実験・再検証。幾度となく繰り返される実験は、望む真理へと到達するべく建てられたバベルの塔。

    ここは、多くの子供たちの声で溢れていた。

    ――あともう少し! 早く追いかけないと!

    小さな勇者たちが光の剣の一撃を以て魔王の尖兵を倒そうとしていた。

    ――このまま逃げられてたまるか! ぜってぇ倒す!!

    約束された勝利を冠するその名と使命を果たすべく、塔の上へと駆けあがる。

    ――あとは先生に任せましょう。

    聖域たる記憶領域を持つ裏切者は、意識の改竄なく終わりを待つ。

    ――ヒマリ部長が戻って来るまでみんなでゲームしよ!

    最強の電子使いたちは自らを見張る者たちと遊び始める。

    ――あははっ、また今度ねホルスちゃん!

    神出鬼没のエージェントは何をするわけでも無く、仰向けのまま空を眺める。

    ――せっかくだ。帰りにカラオケでも寄ろうか。

    楽し気に笑う技術士たちは寄り道することにする。

  • 145124/07/06(土) 10:08:53

    ミレニアムの上空に留まる太陽は、その全てを見つめていた。
    決して変わることの無い人々の営み。同じ今日が終わって同じ明日が始まる全ての日々を。
    しかし、それも今は叶わない。止まった時を動かすように、時計の針を回すように、上空に浮かび続けた太陽は急速に地平線の彼方へと落ちていく。

    その落陽に抗おうと、少女は車を走らせ続ける。

    ――まだ、まだ終わってない!!

    「きっとまだ何とかなるんだ――!」

    心臓を掴まれたように絞り上げられた声を上げる生徒会長。感情を顔に出すその様子に対し、リオは素直に驚いた。
    それはまるで、決して追い付けないものに追い縋ろうとして脇目も見ずに走り続ける誰かを思い出させる。
    今にも泣き出しそうな瞳を――泣き出すことすら赦さないその魂を、哀れと呼ぶにはあまりに残酷すぎた。

    だからこそ、リオの口をついて出た言葉は決して哀れみから来るものなどではない。

    「ホシノさん、私はきっと、貴女に感謝しているのよ」
    「……え?」

    ホシノからの視線を感じながらも、窓越しに流れるミレニアムの景色へ目を移す。
    思い返すのは夢のような日々の出来事だった。

    「ユウカが息抜きにって私を誘ったのよ。ゲーム開発部の子たちのところに。それでセミナーの皆と一緒に遊んだのよ。ビッグシスターなんて呼ばれている、この私が」
    「な、何を言ってるの……? なにを、急に……」
    「ダイブ装置だって作ったことがあるのよ。私が気付かないはずが無いでしょう。この世界の矛盾に。欺瞞に」

    最初から……とは言えずとも、あのサンクトゥムタワーを計測し続けたのだ。
    全ては理解できずとも、その大枠になら手が届く。この世界が偽りのものである程度の真理ぐらいには。

    直後、日が暮れて夕陽が差し込む。終わりが近づく風景に、リオは感嘆の溜め息を吐いた。

  • 146124/07/06(土) 10:09:20

    「立ち止まることに価値が無いとは言わないわ。私がゲームで遊んだなんて……そんな暇をくれたのは貴女でしょう?」
    「待って……待ってって!!」
    「けれど、立ち止まり続けてはいけない。貴女だって気付いているはずよ。ここにいる限り、貴女は誰にも出会えない」
    「違う!!」

    ホシノは悲鳴を上げて、だだをこねる子供のようにハンドルを叩いた。
    目を逸らすように前へ視線を向けてアクセルを踏み続ける。

    「終わりなんかいらない! 今がずっと続けば良い! 楽しかったのならいっぱい遊べばいい! それの何が悪いのさ!!」
    「悪いわ。何故なら私たちはミレニアムなのだから」

    歩みを止める探究者なんて居ない。だから、一時の夢は許容できても退廃の眠りに就くことは無い。

    「人は幼年期のままではいられない。けれど、そうね。こんな夢も――存外、悪くは無かったわ」
    「嫌だ! 私をひとりにしな――」

    声は続けられなかった。

    視線の先にはもう、誰も乗っていなかった。

    「――ぁ」

    月が太陽を追いやって夜が来る。
    先ほどまであったはずの賑やかな街並みはどこにもない。
    残ったのはゲヘナの車両。あとは冷たい夜の砂漠が続くだけ。それ以外には何もない。

    「ぁ……あ、ああ――」

    -----

  • 147124/07/06(土) 10:10:01

    【ミレニアムサイエンススクールをアンインストールしました】

    その言葉と共に、虚妄の塔と技術と合理の学校、数千人のミレニアム生徒たちはこの世界から失われた。

    ミレニアムを消した先生たちは、気付けば自分たちが月明かりに照らされて砂漠の上にいることを知る。
    最初に口を開いたのはホシノだった。

    「終わった、の……?」
    「うん。終わったみたいだね」
    「そっか――」

    そのままぐらついて倒れるホシノを先生が支える。
    あまりに軽く、小さな身体。その身に余る負傷を負ってなお保ち続けた緊張の糸がほどけたのだ。
    ここまでの戦いはいずれも極限の綱渡りの連続だった。何かひとつ違えていたら……そう思うだけで背筋が凍る。

    ――C&Cに捕まった時、ホシノに単独行動をさせなかったら?
    ――シッテムの箱に攻撃させるようなことをせず、私がそのまま持っていたら?
    ――あの時、ゲーム開発部のみんなに全てを打ち明けて協力体制を取ることが出来たら?
    ――ミレニアムに不要な苦痛は与えずに済んだんじゃないのか?

    全てを解決する最強の切り札を持っているからこそ、自分の判断がどこまで正しかったか振り返ることを辞められない。

    「先生、あなたがいくら過程を気にかけたところで意義のあるものではございませんよ。最終的に、あなたは得るべき結果を手に入れました。それだけが重要なのです。その過程にどれだけの苦しみが生まれたとしても、あなたにとって重要なのは小鳥遊ホシノが元の世界に戻ること。そうでしょう?」

    そうだ。私が守るべきは生徒であって、生徒たちと同じ声で語り掛けてくる模倣体ではない――
    だがそれは、主観で認識する価値を一切の至上と捉え、それ以外を切り捨てることを意味する。

    「……そういう、ことだったんだね」

  • 148124/07/06(土) 10:10:35

    ここに至って理解した。
    理解できないものだと突っぱねたものの片鱗に触れてしまった。
    あの時の嫌悪は私の信念に抵触したからだけでは無かったのだろう。
    彼らは自らの在り方を自ら定義してそう在ろうとし続けていた。そこに嫌悪感を抱くとすれば、同族嫌悪に他ならない。

    一体その彼我にどれだけの差があるというのだ。
    彼らが"価値"を通して世界を観測するように、私は"生徒"を通して世界を見る。

    ――ホシノが受ける傷を何としてでも減らす。そのためなら私は"悪い大人"で構わない。

    月明かりに照らされた砂礫の上で、私の目から鱗が落ちた。
    腕の中で眠る傷だらけのホシノを身体を、しっかりと抱きかかえる。

    必要なのは最初から選択だったのだ。
    選ぶという行為により、選ばれなかった選択――その最果ての未来を握り潰し、選んだ方の未来へと手を伸ばす。
    それ故に、私は選択した。

  • 149124/07/06(土) 10:10:54

    "――黒服"

    「はい、先生」

    "私は世界を滅ぼすよ"

    冷酷なる月の光を受け止めて、先生は黒服に宣告する。

    「おぉ…………」

    黒服は感激したように身を震わせてながら恭しく頭を下げた。

    「ずっとあなたをお待ちしておりました。ようこそ、ゲマトリアへ」

    やがて、遠くから誰かの絶叫が聞こえた。
    そして砂嵐がやってきて、私たちごと全てを覆い隠して行った――

    --ミレニアム編 fin--

  • 150124/07/06(土) 10:37:39

    >スレ主です。ここまでお付き合いくださりありがとうございます。

    この後もエタるまでは続くのですが、無事完走出来たらpixivの方に上がる予定です(ので、頑張る!)


    先生のパスワードについてはエリコの虐殺から引っ張ってきたジェリコの嘆きver.も存在するのですが、七つの嘆きって言わないよう全力で気を付けたら脳内に描写を置いてきてしまったので本当に申し訳ねぇ…!!


    あとタワー内の描写で先生が「エレベーター階は5階ごとにあるっぽい」と言ってるんですが、実際は9階ごとですね。ガバりました。見間違えが酷いぞ先生…!


    「すぐエタるだろ」ぐらいの気持ちで何も考えずに書き始めたら何だかどんどん文量が増えてしまって、あとどれぐらいで終わるのか私でさえも分かっておりません。本当にいつ終わるんだこれ…。


    なので、私か先生たちの戦いが終わるまでもう少しだけお目汚しご容赦願います。

  • 151二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 10:46:31

    ここまで心を引き込まれる作品を読むのは久しぶりです
    心情描写、戦闘描写、そしてそこに至るまでの過程をここまで克明に描き出すスレ主様の技量に脱帽です
    続きを楽しみにしております
    どうか、無理はなさらないでくださいね

  • 152二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 11:11:41

    「何故なら私たちはミレニアムなのだから」
    この言い回し狂おしいほど好き

  • 153二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 11:37:21

    >>152

    わかる

    決めに持ってくるセリフとしてカッコよすぎた、いや前半戦どころかチュートリアルステージのミレニアムでこの熱量とかどうなってるんだよ

  • 154二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 12:08:31

    本当に面白い
    生徒の為に生きてるような先生が、模倣体とはいえ生徒を敵に回す
    その際の先生の葛藤とか心理描写がめちゃくちゃよかった…
    まさかあにまんでこんな作品に出会えるなんて…

  • 155二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 13:35:12

    既に神作なんですけどこれがまだいわゆる"第1章"ってマジすか???

  • 156二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 13:43:11

    これでまだゲヘナとトリニティ、そしてアビドスが残っていると言う地獄よ
    一旦体勢を立て直せるといいんだが…

  • 157124/07/06(土) 15:37:16

    「ホシノさん……顔色悪そうですけど大丈夫ですか?」
    「…………うへ、バレた?」

    アビドスの生徒会室で仮眠を取っていた"ことになっていた"私を覗き込むようにヒフミちゃんが顔を寄せる。
    私が誤魔化すように笑うけど、ああ、ダメだ。――本当にダメだ。

    ヒフミちゃんは「まったくもう! 無理しないでくださいって言ったじゃないですか!」と頬を膨らませる。

    「それで、今度は何の仕事を抱え込んでるんですか?」
    「ヒフミちゃん」
    「はい?」
    「ミレニアム、なくなっちゃった」
    「え……?」

    ヒフミちゃんは驚いたように目を丸めた。

    「ミレニアムが無くなったって、私がついてますから!」
    「…………うん」

    ヒフミちゃんは大して動揺することもなく私を励ます。
    その言葉は大事な場所が無くなったときに言う言葉以上の意味を持たなかった。

    何故ならこのヒフミちゃんにとって他校が消滅するなんて出来事は常識の外にあるものだから。
    知らないものは再現できない。反応できるのは最初からその思考を持っている人だけ。
    だから、ヒフミちゃんは反応できない。

    「全くもう! そういうことはちゃんと言ってください! 私だってこれでも心配してるんですから」
    「そうだね……うん。ごめんよぉ」

  • 158124/07/06(土) 15:37:59

    目を逸らすように窓ガラスの方を見やると、そこには陽の光に照らされた私が――目を見開いたまま一切の表情すら変えられない私が居た。
    最後に笑ったのはいつだったのか思い出せない。いや、もう随分前からそうだった、と思い直す。

    「そうだ、ヒフミちゃん。マコト議長とティーパーティー……いや、ナギサちゃんを呼んでもらえるかな?」
    「ええ!? 今日集まってもらったばかりじゃないですか! それにもうこんな時間ですし、明日の方がいいんじゃ……」
    「……そうだった。ありがとう、ちょっと混乱してたかも」

    そうだ、と時計を見ると今は18時を過ぎたところだった。
    太陽が未だ頭上にある真昼の18時。時計なしでは時間も分からないのに、"みんな"は時間が分かるように"なって"いる。

    「やっぱり寝不足ですよそれ!」
    「違う違う! ただちょっと夢見が悪くてね……ぼんやりしてるみたい」

    肩を竦めて見せると、ヒフミちゃんは納得したのか「それなら……」と膨らませた頬を萎ませる。
    ……よかった。"いつもの通りで"。怒ると怖いんだよ。ヒフミちゃんは。

    変わらないことに私は安堵した。
    学校が無くなる度に、いつも残ったものすら変わってしまったのではないかと怯えていたから。
    最初にレッドウィンターが壊れたときは本当に怖かった。
    ヴァルキューレが壊れたり、ワイルドハントが壊れたりしたときも不安でずっと眠れなかった。

  • 159124/07/06(土) 15:38:09

    ある程度落ち着いてきてからは大丈夫になったけど、それでも直接壊されるのは初めてで、身体の震えが止まらない。
    "暁のホルス"――かつて私が呼ばれたその名を名乗って"世界"を壊そうとする何かが、この世界のどこかに紛れ込んでしまった。

    ――探さなきゃ。
    ――見つけなきゃ。
    ――追い出さなきゃ。

    ――そして"世界"を守らなきゃ。

    昨日と同じ今日が来る。去年と同じ今年が来る。
    時計の針が一周して、また同じ時刻を指し示すようにぐるぐる、ぐるぐると、何度だって私は世界を回し続ける。

    「ヒフミちゃん。セイアちゃんに連絡してくれる? ミレニアムを壊した何かについて聞いてみたくって」
    「セイア様ですね。任せてください!」

    胸を張って応えてくれるヒフミちゃんの姿は頼もしく、私の肩に乗った重圧も少しだけ軽くなった気がした。
    "気がしただけ"。それでいい。それでいいんだ。
    生徒会室を出ていくヒフミちゃんを見ることも無く、私はただ前だけを見続けていた。

    -----

  • 160124/07/06(土) 16:37:16

    「ぅ、……あ」

    不明瞭な意識のまま、私は目を覚ました。

    ここはどこだっけ……? と思い返すのはミレニアムでの戦い。
    全てを制して全てが消えた後に残った、砂に覆われた世界。

    そうだ、あの後倒れて――

    全身を巡る痛みに呻きながら目を開けると、そこには私を心配するように見つめる先生の顔があった。

    「よかった……おはよう、ホシノ」
    「お、おはよう……? って、ちょっ――」

    徐々に明瞭になっていく意識。誰も居ない家屋の中に居るようで、外はまだ明るい。
    そうして、ようやく私は自分がいま先生に抱きかかえられていることに気が付いた。

    「ね、ねぇ、先生……? 流石におじさんも恥ずかしいかなぁ~って」
    「大丈夫、黒服はいま物資の調達に行ってもらってるから」
    「そ、そういうことじゃないって!」

    もぞもぞと抵抗するように動いてみるが、どうにも身体に力が入らない。
    当然のことだろう。何せ気を失うまで戦っていたのだから。

    それじゃあ仕方ない、と私は大人しく抱きかかえられたままでいることにした。
    黒服も居ないことだし、仕方なく、仕方なくだ。

    「……なに笑ってるのさ」
    「い、いや、何でも……ふふ」

  • 161124/07/06(土) 16:37:35

    口に手を当てて笑う先生を軽く睨むと、先生は「あ、そうだ」とビニール袋を取り出した。

    「喉乾いてたりしない? 黒服が調達してくれたんだ」

    袋の中には何本かの水とお茶とスポーツドリンクに、サンドイッチやおにぎりといった手ごろに食べられるもの。痛み止めを始めとした市販薬。弾薬ケースや手榴弾なども少量ながらに入っていた。

    「よく集められたね……」
    「まあ、黒服は"そういうもの"だからね」
    「うん……?」

    そういうものとはどういうものなのか理解できなかったが、まあ黒服が何を持ってきてもおかしくはないかと解釈する。

    そんなことよりも、喉もお腹もかなり空いていた。
    先生の腕の中から身を傾けてビニール袋からスポーツドリンクを取り出すと、先生は「開けてあげるよ」とキャップを捻ってストローを差して口元まで持ってきてくれた。

    「うへぇ~、全自動甘やかし機だぁ~」

    ストローを咥えて吸うと、冷たくて仄かに甘い感覚が喉を通って気持ちが良い。
    口を開けて目配せしてみたら、今度はおにぎりが口元まで運ばれてくる。あむ、と食べて飲み込む。
    ストローが寄せられる。飲む。おにぎり。食べる。頭を小さく振ってみる。撫でられる。

    ――何ということだ。寝ているだけで食事が運ばれてくるだけじゃないなんて。

    「これは――世紀の大発明だよ……!」
    「ん? どうしたのホシノ」
    「全自動甘やかし機、恐ろしい……!」
    「はは……」

  • 162124/07/06(土) 16:37:49

    空腹が満たされて、ようやくそれ以外のことにも目が向き始めて、はたと気付く。
    汗とか汚れとか……そう思ってふと自分の身体を見ると、私はゆったりとしたパジャマを着ていた。

    ……ん? 制服は?

    「そうそう、服は汚れていたから洗濯してるよ」
    「え、いや、先生?」
    「いやぁ、応急手当のやり方覚えておいて良かったよ」
    「せ、先生?」
    「うん? どうしたのホシノ?」

    純真無垢100%みたいな目のままの先生に、私は恐る恐る尋ねた。

    「……見た?」
    「……あっ」
    「~~~~ッ!!」

    羞恥心に震える私に、先生は慌てて弁解しようと手を振る。
    「違うんだ」と言いかけたところを(違くないでしょ?)と無言で睨んで圧をかける。
    出てきたのは、最悪の弁解だった。

    「だ、大丈夫! 下着は脱がせてないから!」
    「それは当たり前でしょー!!」

    -----

  • 163二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 18:59:53

    イチャイチャ先ホシ…ありがてぇ…

  • 164二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 19:02:45

    「ホシノ」が悲壮な決意固めている中先生と「暁のホルス」はいちゃらぶこめしていたという温度差よ
    なお「先生」は「先生」で前回ラストの不穏極まる流れががが

  • 165二次元好きの匿名さん24/07/06(土) 20:38:37

    >>164

    不穏なの怖いのわかる…

    この世界滅ぼす発言はまだいいのよ

    自分を「悪い大人」でいいと考えたのはちょっと怖いよ

    後黒服の「ゲマトリアへようこそ」発言も嫌な予感がする…

    元の世界に戻った時大丈夫かこれ?

  • 166124/07/06(土) 22:20:54

    黒服が戻ってきて、私たちは状況確認を始めた。
    まずは先生。私が気を失ってからの話を切り出す。

    「今更なんだけど黒服。ミレニアムを消した瞬間、私たちは砂漠に居たよね」
    「ええ、ミレニアムサイエンススクールがあった、という事実があの土地から失われたが故に、私たちがミレニアムのサンクトゥムタワーを登ったという結果も失われた可能性がありますね」
    「座標は変わらないのかな」
    「少なくとも高さに関しては心配する必要がなさそうですね」

    言われてみればそうだと、それこそ今更ながらに実感する。
    高所からの落下も程度を過ぎれば死に繋がる。それが先生ともなればたった数十メートルで命に関わる大事になるはずだ。
    その点に関して先生も黒服も思い至っていないわけがない。何か対策があったのだろうと思って思考から外す。

    「その後のことなんだけどね、砂嵐に襲われたんだ」
    「砂嵐……? うへ~、よく無事だったねぇ」
    「無事……だったのかな。何も見えなくなって、気が付いたらアビドス分校に居たんだ」
    「それって、ワープしたってこと?」

    アビドス分校。それは私たちが最初に目指した場所だった。
    アビドス本校から離れた位置にある校舎で、本来はアビドス別館と呼ばれた――対策委員会のあったこの世界の校舎。

    「恐らくですがホシノさん、貴女の存在に引き寄せられたのだと思います」
    「私の……?」

    黒服は指を組んで推論を話し始める。

    「ホシノさんの夢がこの世界に繋がったとき、貴女が眠っていたその場所がこの世界にも投影されたのでしょう。事実、学園祭事務局と書かれたプレートの上には対策委員会と張り紙がされておりましたので」
    「……そっか」

  • 167124/07/06(土) 22:21:21

    異物のみの世界と言えど、元の世界にあったものが存在することに悪い気はしない。
    むしろ救われたと言っても良い。それだけは持ち込めたと思うのなら。

    「けれど、アビドス防衛部隊が巡回していてね。隙を突いて移動したんだ」

    それでこの家屋だった。
    生活音が無く、今はただ私の制服を洗う洗濯機の音だけが聞こえている。

    「ただね、悪いことがあったんだよ」

    私が首を傾げると、先生は妙な顔をして口を開く。同時に見るのは窓から差し込む真昼の光。

    「いま22時なんだ」
    「え……?」

    「つまり、夜が来ないということですね」と黒服が言葉を継いだ。

    ――夜が来ない? ということはつまり?

    未だ混乱する私に補足するように黒服は頷いた。

    「物資の調達を行ったときもそうでしたが、この世界のミメシスもやはり睡眠を取らないようです」

    否定的なニュアンス。私は気付く。眠らないから弱るというわけではないということに。

    「つまり、夜襲は無理ってこと?」
    「本当だったら眠っているところに忍び込めれば良かったんだけど……」

    夜というのは生き物にとっての最たる弱点。夜行性というメタが生まれるぐらいには、と言っていたのは誰だったか。

  • 168124/07/06(土) 22:21:52

    「……いま残ってるのはトリニティとゲヘナだよね」
    「そうだね。アビドスを攻めるのは最後だから、それで合ってるよ」

    ミレニアムの例を見れば明らかだが、サンクトゥムタワーを攻略すればその学校に所属する生徒は全員消える。
    その点アビドスはそもそもひとり――この世界を統べる小鳥遊ホシノ生徒会長しかいない。消すリスクと消したリターンがそもそも合わないのだから、選択肢から真っ先に外れるのは道理であろう。

    もっと言えばアビドス生徒会長による事象改変がどこまで行われるのか分からない。捕捉されたあとに何をされるか分からないという部分。ここは明白な問題だろう。
    何をされたら捕捉されて、一体何をしてくるのか。何も分からない以上、低く見積もって失敗するわけには行かない。
    となればやはり、次に攻めるのはゲヘナかトリニティなのだが、やはりここは――

    「先生、次はゲヘナじゃない?」
    「うん、私もそう思う」

    ゲヘナ学園。それは現状最も手薄な学校。
    一番警戒すべき個人戦力、空崎ヒナがアビドス防衛部隊に引き抜かれている以上、ゲヘナはミレニアムでの激闘と比べれば幾分にもマシであろうことは分かる。

    ――だから、警戒しないと。

    私はミレニアムを低く見積もって、結果しっぺ返しを受けることになったのだ。
    更に言えば今の私はとても万全とは言えない。普段なら勝てる戦いにだって負けかねない。慎重するに越したことは無いのだ。

    その辺りを考えていたところで先生は唸る。

    「ただ、ゲヘナは作戦の立てようが無いんだよね……」

    黒服が首を傾げると、先生は懸念事項を吐き出した。

  • 169124/07/06(土) 22:22:07

    「ゲヘナは不安定に強い。工作を仕掛けてインフラを破壊しても効果的じゃない。何より、ゲヘナ自体"何をしてくるか分からない"のが怖いんだ」
    「なるほど、ミレニアムのようには行かないわけですね」

    黒服の言葉に先生は頷く。「だったら真正面から……?」と聞く私。

    「確かに、ヒナが居ないということは最強格が居ないということだけど、私たちの目的はあくまでサンクトゥムタワーだ」

    私がネルちゃんから逃げて勝ちを取りに行ったように、今度は逆のことを行われる可能性がある――つまりは先生を直接狙ってくる可能性は否めない。
    あくまでサンクトゥムタワーを消せるのは先生だけ。
    そのことを知っているのは今のところ私たちだけのはずだが、その情報差に背中を預けるほどの安心は無い。
    何なら、私が一局面における戦いで勝ったとしても、先生に何かあればその時点で敗北が決してしまうのだ。

    「……やはり、兵力が足りませんね」

    黒服の呟きに頷く私。そのこと自体は私も痛感しているところであった。

    ――私は強い。大抵の人よりも。そのこと自体は自惚れの無い純粋な事実。
    ただそれは"ある程度万全である"ことに限る。今この状態でどこまで戦えるかなんて分からない。

    「私もこんな腕だしね」

    と、私は先生に釣るしてもらった左腕の三角巾を見る。
    こんな状態では、怪我人を装って不意打ちを仕掛けるぐらいにしか効果は無いだろう。
    無理に銃身を支えることが出来ても、咄嗟に出せないなら意味が無い。
    そして足だ。走ることは出来るが全力で飛ぶことは出来ないほどに打ち壊されている。

    万全とは程遠い現状。それに対して先生は言った。

  • 170124/07/06(土) 22:23:10

    「生きているからこそ、いつだって万全なんて言うわけには行かないものだよ。勝利条件なんて立ち位置次第でいくらも変わる。大事なのはそのことを知っているかどうか、かな」

    先生は笑う。その奥に潜む感情を私は計れない。

    「大丈夫。"ホシノは"ちゃんと在るべき場所へ帰られるから」
    「せん――」
    「それに当てはあるんだ」

    私の言葉は先生の言葉に遮られた。
    当てとは……その答えは語られることなく話が進む。

    「だから今のうちに休んでおこうか。私も……少し疲れたよ」
    「……うん」

    私は頷く。
    ただ、一瞬だけ――先生の顔がいつかの私の重なったのは気のせい……ではないような気がした。
    私はそのことを指摘しようとして……結局、言い出せないままだった。

    -----

  • 171二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 08:00:12

    ほしゅの

  • 172二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 10:57:17

    先生不穏…

  • 173二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 15:45:37

    保シノ

  • 174二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 21:10:00

    保守
    どうか3人とも無事に…いややっぱ黒服はいいや

  • 175124/07/07(日) 21:38:43

    乾燥機が止まって、ホシノは自分の制服に着替えるため部屋を出た。
    その後ろ姿を見送って、部屋には私と黒服だけが残される。
    私はふと、黒服に聞きそびれていたことを思い出して口を開いた。

    「そういえば黒服、ミレニアムでゲーム開発部の子たちが来る前に何か言いそびれていたよね」
    「おや……言われてみれば確かに」

    ミレニアムのサンクトゥムタワーを登っていた時、黒服が何かを言いかけた瞬間私たちはアリスの攻撃を受けたのだ。
    黒服はすっかり忘れていた、と言った様子で頷く。

    「サンクトゥムタワーについてのことでしたね。この世界の礎となったアビドス生徒会長、小鳥遊ホシノ。彼女は何らかの理由で神秘が欠けている可能性がございます」
    「欠けている……?」
    「ええ、本来のサンクトゥムタワーは物理破壊が不可能なもの。ですが、天童アリスによって外壁は破壊されました。極めて不可解な事象ですが、結果から逆算するに不完全である――つまり、我々の想定よりもこの世界への干渉が出来ないのかも知れません」
    「それは……良い報せ、というわけでも無さそうだね」

    神秘が欠けていること自体が具体的にどのような状況、結果をもらたすのかは分からないにせよ、ただここで問題なのはホシノ生徒会長の全能性である。
    この世界が完全に彼女の意志により制御しきれているのであれば、彼女が元の世界へ戻ることを決定するだけで全てが解決するという道もあった。

    ミレニアム攻略もC&Cの強襲を端に発した遭遇戦であり、ゲヘナ攻略はアビドス防衛部隊の大部分がゲヘナ生によって構成されていることもあるため必須。
    しかしトリニティは違う。道中見かけることもあったが、それでも攻略を後回しにすることも考慮し得るポイントではあったのだ。

  • 176124/07/07(日) 21:39:12

    あくまでも重要なのはアビドス生徒会長を帰すこと。
    彼女が帰るなら無理にトリニティを攻略する必要もない。
    何ならゲヘナ攻略後にそのままアビドスへ行き、ホシノ生徒会長の説得に成功さえすれば良いという道もあった。

    「ホシノ生徒会長が『帰りたいけど帰ることが出来ないから』って気持ちで動いてくれていたら嬉しいね」

    それならこの世界にシロコやノノミたちが居ても居なくても共通する願いがある。

    帰ることが出来ないから対策委員会の幻影を求めたホシノ。
    幻影の皆を見ることが苦しいからと拒絶したホシノ。

    いずれにせよ、ゲヘナ攻略のあとにどうするかは今のうちから考えておいた方が良いのかも知れない。

    ――何か必要なものはあっただろうか。

    "……そうだ、黒服"

    ふと思い至って黒服を呼ぶと、「どうされましたか?」と首を傾げた。

    「武器が欲しいんだ」
    「武器……ですか? 申し訳ないのですが、先ほどお渡しした手榴弾と弾薬ぐらいが関のや――」
    「違うよ。ここに無いものを取り寄せて欲しいんだ」
    「……なんですって?」

    ぎょっとしたように固まる黒服へ、私は大人のカードを取り出した。

    「ゲマトリアが保有しているミサイルを一基、取り寄せることは出来るかな。代価は発射するときまで待っててもらえると嬉しいんだけど……」
    「……先生、確かにあれは我々が保有しております。しかし、この世界には存在しないもの――それを取り寄せることの意味をお分かりですか……?」
    「時間はかかるかも知れないよね。代替品でも良い。お金だけじゃ買えないかも知れないけど、その時はその時だから仕方がない。少なくともその方が安く済むはずだから」

  • 177124/07/07(日) 21:39:28

    坦々と話す私に、黒服は「本気なのですか?」と問いかけてくる。

    「もちろん、ミメシスとはいえヘイローが砕けるような負傷は看過できない。ただ、ひとつあるだけでも戦局は変わる。二発目があると思わせることも出来るし、何なら爆発の混乱に乗じて一気に潜入して、誰も何も分からないまま終わらせることだって出来る」

    戦うことが避けられない。
    ミメシスである以上、説得すらも出来ない。
    出来たとしても、滅ぼさないという決着には絶対にならない。

    「……私はね、ゲーム開発部の皆が来たときに思ったんだ。アバンギャルド君が居なかったら、本当に使ってはいけないものを使うしかなかったって」

    もしあそこで私たちがやられていたら?
    生徒会長のホシノも生徒会書記のホシノも二度と目覚めないかも知れなかった。

    この先も、そう言ったことがあるかも知れない。
    そのとき私は確実に、自分の切り札を切る。かつてプレナパテスがそうしたように私もそうする。
    だからこそ、最後の手段は取って置けるように、それよりも代価の安い武器が必要なのだ。

    「黒服、あなたなら出来るはずだ。あなたが保有しているものを売買契約に則って取引を行う。それ以上もそれ以下も無い。そうでしょ?」
    「…………承知いたしました」

    間を置いて黒服は承諾する。
    一体そこにどんな感情があったのかはともかく、彼は静かに家屋から出て行った。
    入れ替わるように着替え終わったホシノが私の元に来ると、すれ違った黒服を不思議そうな目で見送る。

    「また何か調達しに行ったの?」
    「ちょっとね。とりあえず、一か所に留まるのも危ないし、そろそろ私たちも移動しようか」

    頷くホシノを連れて、私たちは太陽の浮かぶ真昼の23時に移動を始めた。

    -----

  • 178124/07/07(日) 21:39:52

    『済まないが、君の力にはなれない』
    「……そう」

    一方、アビドス生徒会室ではホシノ生徒会長が通話の切れた受話器を溜め息交じりに置いたところであった。

    ティーパーティー直通のホットライン。ヒフミちゃんに頼んでセイアちゃんに繋いでもらったは良いものの、今日行った公会議からというものの、トリニティは全生徒を学校区内に引き上げてしまったのだ。

    そのことにミレニアムへ向かっていた私が気付くことは無く、こうしてアビドスに戻ってようやく状況を掴めたのがついさっきのこと。

    ――今までだったら積極的に協力してくれていたのに、どうして……。

    明確な"変化"。やはりミレニアム消滅の一件も響いているのか。
    けれどティーパーティーのナギサちゃんもミカちゃんも変化は無くこれまで通り――そう考えると、百合園セイアもまた調月リオと同じく"世界の滅び"というものを知っている、もしくは体験していたのだろうか。

    「はぁ…………」

    長くゆっくりと息を吐く。呟いたのは世界を保持する大原則のひとつ。

    「奇跡は起こらない、か……」

    この世界には、世界を成立させる上で絶対に"変えてはいけない"大原則が存在する。

    一つ、一柱のサンクトゥムタワーで再現できるのはひとつの学校のみでなくてはならない。
    二つ、再現された生徒の過去と、そこから生まれた思考は決して変えられない。
    三つ、全てのサンクトゥムタワーは世界基底によって観測され、操作が可能でなければならない。
    四つ、全てのサンクトゥムタワーには破壊できる手段が存在しなくてはならない。
    五つ、一度壊れたサンクトゥムタワーは二度と元には戻らない。
    六つ、サンクトゥムタワーが存在し続ける限り、この世界が消えることは無い。
    ■■、奇跡は起こらない。全ての事柄は自身の責任を自覚した上で元に行わなければならない。

  • 179124/07/07(日) 21:40:48

    この大原則に抵触することは私であっても許されてはいない。そんなことは分かっていた。
    分かっていながら抵触した結果、百鬼夜行連合は私にとって"最悪の結末"を迎えた。消すしかなかった。

    「…………」

    それは『どこに行っても良いよ』と言われて本当にそうしたら罰を受けるような理不尽。
    "何でもできるが何でもして良いとは言われていない"――そんな類いのものだ。
    何か変更を加えるのなら、この世界を管理する"責任者"として"責任を持って"変えなくてはならない。

    「怖いよ。実際にやってみて、それが間違いだったなんて言われるのはさ」

    ――間違っているのなら教えてよ。

    やる前にちゃんと言葉にして言うから、教えて欲しい。
    でも誰に言えばいいの? 誰がいいか悪いか決めてくれるの?
    そんな人はいない。だって責任者は私だから。良いとか悪いとか教えてくれる人なんていない。
    経験則で学ぶしかない。その罰がどれだけ苦しいものであろうとも、それが私の"責任"なんだ。

    だからミレニアムの一件で私は知った。思い知った。
    守るために必要なのは"痛みに耐える"ことであり、"責任"とは辛く重たいものであるのだと。
    なればこそ、ミレニアムのような学校をこれ以上増やさないためにも、真の外敵から守れるだけのルールとなるよう"変えなくては"ならない。

    ――怖いよ。

    決して間違えてはいけない。
    抵触したと認識されないよう、息が詰まるほどに考え続ける。

    ――夜は嫌いだ。

  • 180124/07/07(日) 21:41:13

    見落としは無い。大丈夫。絶対に間違っていない。
    このルールは、変えてもきっと大丈夫。

    そして私は――"瞳を閉じた"。
    太陽は失墜し、無慈悲な女王が面を上げる。

    アビドス自治区に夜が来た。

    「っ!?」

    アビドス自治区を移動する先生が空を見ると、気付けばそこは月が昇る夜の街。

    「先生!!」

    ホシノが叫んで警戒態勢を取った。
    攻撃されているのかすら分からない。けれど確かなのは、"ホシノ生徒会長が何かをした"という予感のみ――

    ――何が起こっている……!?

    周辺に異常が発生しても気付けるよう、シッテムの箱へと呼び掛ける。

  • 181124/07/07(日) 21:42:20

    ――10秒、20秒。

    ホシノが拳銃を構えて周囲を警戒。

    ――40秒、50秒。

    けれど、恐れていた何かが到来することはなく、また気付けば太陽が照らす真昼の夜中へと戻っていた。
    今のが何だったのかは分からない。けれど、恐れすぎて歩みを止めるのは間違いだろう。

    「……行こう、ホシ――」

    「何か来る」と私の言葉を遮って、ホシノの視線が通りの一角を捉えた。
    やがて見えたのは一台の四輪駆動。硝子越しに見える姿を見てホシノは銃を構える。

    「撃つよ!」
    「……待って!!」
    「ッ!?」

    叫ぶと同時にホシノが止まり、直後に車も私たちの前で止まった。
    そして中から現れたのは私にとってもホシノにとっても見慣れた姿。

    「ふふ、初めまして……かしらね、先生」

    肩に羽織ったワインレッドのコートがたなびく。
    スナイパーライフルを携えたのはキヴォトス全域で活動するアウトロー。

    「アル!?」

    私たちの元に現れたのは、金さえ払えば何でもやる何でも屋、便利屋68社長の陸八魔アルであった。
    -----

  • 182二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 21:43:09

    ん”ん”ん”ん”ん”ホスト規制……!!

  • 183二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 21:43:59

    なんだこのアウトロー登場がカッコ良すぎるだろ

  • 184二次元好きの匿名さん24/07/07(日) 22:46:05

    かたなしほしゅの

  • 185二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 06:40:56

    確かに便利屋はいてもおかしくないのに完全に思考から消してたわ‥
    展開作りが上手い…

  • 186二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 08:20:08

    便利屋はゲヘナじゃないゲヘナだったな、、、、、

  • 187二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 09:33:12

    「まったく、ここまで来るのも大変だったのよ」

    腰に手をやりながらアルは呆れたように私たちを見る。
    その視線に敵意はなく、戦いに来たという様子でもなかった。

    「どうしてここに?」

    そう聞かれたアルが口を開こうとしたとき、車の運転席からカヨコが顔を出す。

    「あまり時間も無いから乗っ……一緒に来て。アビドスの防衛部隊が巡回に来るから」
    「話は車の中で、ってことかな」

    私の言葉に頷くアル。ホシノは「信用していいの?」と懐疑的な視線を向けて来るが、どのみちここで逃げようとすれば便利屋68と戦うことは避けられない。

    「分かった。流石に武装解除は出来ないけど、それでいいなら」
    「話が早くて助かるわね。行きましょう」

  • 188124/07/08(月) 09:33:27

    アルに先導されて車に乗り込むと、後部座席にはショットガンを握りしめているハルカ、その隣にムツキが座っていた。
    そして空いている席はアルが乗っていた助手席だけで……ホシノは言った。

    「……乗る場所無くない?」

    私も言った。

    「四人乗りなのに四人で来ちゃったんだね……」

    アルを見ると目を閉じて完全に固まってしまっている。

    「ま、私は知ってたけどね~」とムツキ。
    ハルカとカヨコも分かっていたようで目を逸らす。

    静寂が訪れた。それも悲しみの静けさだ。
    どうしてこんなことが起きてしまったのか。
    何故誰もアルに「四人乗りの車じゃ乗せられないよね」なんて言葉をかけてあげられなかったのか。
    その状況を招いた犯人は「くふふ」と笑った。

    「ハルカちゃんが助手席に行って、アルちゃんと先生が後ろに乗るでしょ~。その膝の上に私とその子が乗ればほら、お互い戦えないし安心だって、そういうことだったもんねアルちゃん」
    「そ、そうよ!! ふふ、先生。これなら問題ないでしょう?」
    「そうかなぁ!?」

    思わず叫ぶが、アルは急かすように私の腕を掴む。
    その様子を見ていたホシノは「あぁ……」と声を漏らした。

  • 189二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 09:33:41

    このレスは削除されています

  • 190124/07/08(月) 09:37:44

    そうして運転席には変わらずカヨコ。助手席にはハルカ。後部座席にはアルと、その膝の上にムツキ。もう片方の席には私が座って、その上にホシノが座る。抱くようにホシノの腹部へ腕を回すと、ホシノから「うへ~」と音がした。

    カヨコが車を走らせる。空には相も変わらず異様な太陽。
    だが、そのことに誰も違和感を覚えていないようなのは確かであった。

    「それで、アル。話を戻すけど、戦うつもりじゃないんだよね」
    「ええ、私たちはクライアントに頼まれてあなたたちを護送しに来たのよ」
    「護送?」
    「そう、アビドス生徒会長から見つからないよう安全にクライアントのところまで連れていく。それが私たちへの依頼だったわ。探すのに随分時間がかかっちゃったけど」
    「クライアントってのは誰なの?」

    膝の上のホシノが聞く。アルは少し考えるように上を向く。

    「そうね。どうせこの後会うのだし。クライアントは――ちょっとムツキ、やめなさい」

    ムツキが首を振って、髪留めをアルの顔にぺしぺしと当てた。

    「せっかくだし言わないでおこうよ~。その方が面白そうじゃん? 守秘義務だよ、しゅ・ひ・ぎ・む!」
    「まあ……それもそうね。直接会って話してちょうだい」
    「……分かったよ」

    そう答えて、私は目を閉じる。
    今のうちに少しだけでも寝ておこう。戦いはまだ終わっていないのだから。

    -----

  • 191124/07/08(月) 09:38:58

    >今晩には次スレ用意します!

  • 192二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 10:03:42

    今までいろんなブルアカの二次創作を見てきたが過去1位2位を争うレベルで面白い 続きを楽しみにしています

  • 193二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 11:03:40

    続き待機タイム入るか、、、、、、、、、

  • 194二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 18:52:35

    タイキー

  • 195124/07/08(月) 20:33:52
  • 196二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 21:13:26

    たておつうめうめ

  • 197二次元好きの匿名さん24/07/08(月) 22:44:25

    うみゃうみゃ

  • 198not >>124/07/08(月) 23:05:36
  • 199124/07/08(月) 23:41:41

    >>198

    有難き……!!

  • 200二次元好きの匿名さん24/07/09(火) 02:25:04

    建て乙です
    いやはや、良きSSスレを見た……

オススメ

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