マックイーン「トレーナーさんはメジロになります」沖トレ「なん……だと……?」

  • 1◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:33:40

    「まったく、トレーナーさんには困ったものですわ」

     ため息をつくだけでは収まらず、つい頭まで抱えてしまう。
     人様には決して見せられない情けない姿ですが、ここは自室ですしあんなコトがあったので大目に見ていただきたい。

    「まさか週刊誌のスクープになりかけるなんて……っ」

     自分の担当トレーナーが下世話な週刊誌に【名門スピカのトレーナー! 夜のバーで皿洗い!!?】という意味不明な見出しで一面を飾りかけたのですよ。
     ため息の一つや二つはもちろん、なんならメロンパフェを一気食いしても許される事件ではなくて!

    「じいやが差し止めてくれて助かりましたわ……」

     とはいえ、世間には公表されていないから問題ないとはいきません。
     メジロ家内部から、それも場合によってはおばあ様から担当を代えるようお達しが――

    「――そうですわね。普通ならトレーナー変更を考える出来事でしたわ」

     久しぶりに屋敷へ帰宅するや否や、じいやから事後報告になりますがこのような事がありましたと報告を受けてから半日が経ちましたが、今の今までトレーナーを変更するという考えは露《つゆ》ほどにも思い浮かびませんでした。
     というのもトレーナーさんがバーで代金を支払えないほど金欠に陥っている事情が、連日のように飲み歩いて散財しているわけでもなく、かといってパチンコや競艇といったギャンブルに依存しているわけでもなく、ただひたすらレースを愛してチームのために費やしているからだと承知しているからです。

  • 2◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:34:59

     もちろん褒められたコトではありません。
     教え子のために私財を投げ打つのは美徳ですが、自身の生活に影響を及ぼすほど注ぎ込むのは悪徳でしょう。
     明日顔を合わせたらどう関節をねじってさしあげましょうかと、知らず知らずのうちに手がわなないているのですから。

     でも、トレーナーを代えるという選択肢は今の今まで思いつかず、その選択肢を選ぶつもりもさらさらありません。

    「どうすれば良いのでしょうか……?」

     口で注意したところで今さら改めてはもらえないでしょう。
     背骨が軋むほどのアルゼンチン・バックブリーカーでも「あがががががああぁっ!! お、俺が悪かった許してぇ! くれぇっ!」という心地よい絶叫を耳にできるだけで、やはりチームのために散財を続けるでしょう。

     ……そもそも私自身、本気で止めて欲しいと思っているわけではありません。
     トレーナーさんのレースとチームへの愛情を好ましいモノと思っているのですから。

     トレーナーさんが今と同じ在り方のままで皿洗いをするほど追い詰められるコトなく、ちゃんと将来に不安が無い程度の蓄えを持てるようにするにはどうすればよろしいのかしら?
     とにもかくにもお金ですわ。何とかお金を――

    「そうですわ! 資金援助がありました!」

  • 3◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:37:50

     トレーナーさんはメジロ家の悲願である天皇賞の盾をもたらした者。
     そんな彼がレースのために私財を投げ打ち過ぎて生活に困っていると説明できれば、おばあ様もトレーナーの交代ではなく資金援助を考えてくださるでしょう。
     問題があるとすれば――

    「お金を受け取ってくださるかしら……?」

     名案だと喜べたのもつかの間のコト。
     お金を手始めにと100万円ほど現金で渡した場合を想像してみます。
     想像の中でのトレーナーさんは「うっひょひょい♪」とひとしきり喜んだ後に「マックイーン。気持ちは嬉しいが教え子からお金は受け取れない」と顔と声だけは平静に、しかしお金を返す手をガタガタと震わせていました。

    「それにメジロ家が資金援助したとなると、どこからともなく嗅ぎつけて妙な噂を流す人たちだっているかもしれません」

     何が良い名目はないでしょうか?
     トレーナーさんが気持ちよくお金を受け取れて、それを外野に非難されない妙手は。

    「――そうですわ!」

  • 4◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:39:27

    ※ ※ ※



    「――というわけでトレーナーさんはメジロになります」

    「なん……だと……?」

     自分が週刊誌のスキャンダルになりかけたと聞かされて、申し訳なかったと頭を下げていたのはいつの話だっただろうか。
     もはや数時間は前のコトに思えたが、壁時計を見ればほんの数分前であったと確認できる。
     あまりにも急な話の展開に頭がどうかなりそうだった。

    「待て、待ってくれマックイーン。どうして俺がメジロになるんだ?」

    「まあ、私の話を聞いてくださってなかったのですか?」

    「俺がスキャンダルになりかけたっていうだけで衝撃的だったんだ。
     そこに間髪入れずにとんでもないコトを言われちゃ頭に入らん」

    「んっ、それもそうですわね。失礼しました。
     では一度要点をまとめさせていただきます」

     マックイーンは咳払いをすると、改めて姿勢を正して指を二本立ててみせた。

    「今後このようなスキャンダルを起きないようにする手段は二つ考えられます。
     一つはトレーナーさんが経済観念を改めるコトですが……それなりに長い付き合いです。
     今さら注意した程度で改まるとは思っていません」

  • 5◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:42:25

    「ん、いやあ……そんなコトはないと思うぞぉ?」

    「声が上ずっていますわ」

     未成年の教え子に金遣いを指摘されとっさに反論するが、諦観した眼差しの前にはあまりにも無力だ。

    「もう一つはトレーナーさんの所持金を増やすコトですが……収入はここ数年で増えたのではありませんの?」

    「おまえ達の頑張りのおかげで増えたんだが……ほら、出費の方もな?」

    「ハァ……出費についてはゴールドシップさんを始めとする私たちにも問題がありますから、ここで責めるのはやめておきましょう」

     ウマ娘の多くは食欲旺盛だ。
     毎日のようにトレーニングに励む現役ともなれば言うまでもなく、さらにスピカにはスぺとマックイーンがいる。
     そんな彼女たちの頑張りに奮発して奢ろうものなら、一晩で財布が瞬獄殺となる。

    「スピカは既にリギルと並んで頂点に君臨するチームです。
     これ以上は本業での収入増加は不可能ではありませんが、見込みは少ないと言わざるをえません。
     そうとなれば本業以外の収入源が必要というのはトレーナーさんもご理解いただけるでしょう」

    「ご理解はするが、そこでどうして俺がメジロになるかはご理解できん」

    「資産家が有望な人材に対して、才能を発揮するコトのみに集中できるよう支援するのは何も珍しい話ではありません。
     ただしトレーナーさんが私の指導者でもあるため妙な邪推をする者も出てくるでしょうし、何より最大の問題はトレーナーさんがお金を素直に受け取るとは思えないコトです。
     ……もしこの場でこの小切手を受け取ると約束してくださるのでしたら、メジロになるという話はしなくてもいいのですけど」

  • 6◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:47:21

     そう言ってマックイーンが懐から出してかざした紙切れには、ゼロがひい、ふう、みい、よう、いつ、むう――

    「ななあっ!?」

    「どうです、受け取ってくださいますか?」

    「おまっ、おまえ何ていうモンをかざしてんだっ!!」

     とっさに両手で顔を覆ってガードする。
     気分は十字架を突きつけられた吸血鬼のようなモノだ。
     動悸が激しくなり、膝もガタガタと揺れるし目まいだってする。

    「何と言いますか……予想通りと言いますか、予想以上の反応をさせてしまい申し訳ありません」

     俺の年収以上の数字が刻まれた小切手をヒラヒラとかざしながら優雅にほほ笑んでいたマックイーンだが、苦笑しながら小切手を懐に戻してくれた。

    「おまえなあ、未成年の教え子から金なんか受け取れるか。それもそんな大金を!」

    「それではメジロになって、私からではなくおばあ様からお金を受け取ってください」

    「この歳で小遣いなんて受け取ってられるか」

    「事業のために親戚に融資してもらうと考えていただければ」

     俺がどんな風に反対するかは予想できていたのだろう。
     マックイーンは次から次へと涼し気な顔のまま宥《なだ》めてくる。

  • 7◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:48:39

    「だいたいメジロになるって何だ? 養子か?
     子どもがいないからっていう理由以外で、それも成人男性を養子にするなんて戦国時代か?」

    「戦国時代……?」

     ここでようやくマックイーンの余裕が崩れた。
     しかしそれはこちらが見当違いなコトを言い出したかのような戸惑いであって、むしろ状況が悪化したような不安を覚える。

    「いや、だってそうだろ? 
     昔ならともかく今は養子といったら子どもに恵まれない家庭が、事情のある子どもを育てるもんだろ」

    「……ああ! おっしゃりたいコトはわかりましたわ。
     まるでお家の存続や勢力拡大のための養子みたいだと受け取られて、それで戦国時代に例えられたのですね。
     フフ、成人男性の養子なんて、今でも普通にあるではないですか」

     マックイーンは机に置いていた鞄から何枚かの台紙を取り出す。
     その台紙には女性のバストアップ写真と共に、簡単なプロフィールらしきモノも書かれているようであった。

    「トレーナーさんはメジロ家の婿養子になります」

    「なん……だと……?」

  • 8◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:51:52

     本日二度目となる決定事項の宣告に、愕然としたうめきが思わず漏れる。
     そんな俺を前にしているのにマックイーンは楽し気に七枚のお見合い写真を机に広げてみせた。

    「さあトレーナーさん、メジロ家の妙齢の女性を紹介いたしますわ!
     この素敵な女性たちから、気になる方を選んでくださいませ。
     選んだ相手とすぐに結婚というわけではなく、まずは私も交えて三人での歓談から始めたいと考えていますので、まずは気楽に選んでいただければ」

     何が気楽にだ。
     開幕からのスキャンダル未然防止ショックという奇襲から始まり、3000万延髄小切手チョップからのメジロ・フィニッシュ・ブロー(ファミパン)を繰り出しての発言とは思えない。
     10カウント前に何とか意識を取り戻そうとするおぼろげな視界の中で、奇妙なモノが目に留まった。

    「……マックイーン、ちょっと良いか?」

    「はいはい! 誰を気に入りましたか!?」

    「いや……最初に目に映った写真がこの子だから一瞬騙されたんだが」

  • 9◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:54:37

     机に並べられた七枚のお見合い写真のうち、中央にある一枚を指さす。
     そこには二十代半ばほどであろう妖艶な青鹿毛の美女がほほ笑んでいた。
     しかしよくよく見ればその美女の顔には見覚えがある。

     メジロラモーヌ――未成年の学生である。

    「どれも未成年――というかトレセン学園の生徒じゃないか!!」

     他のお見合い写真もよく見ればメジロアルダンにメジロライアンといった学生ばかりだった。
     
    「その……私もはなから学生だけを集めようと考えていたわけではありませんの」

    「おまえが俺をロリコンだと考えていなければそうだろうな」

     珍しく眉間にシワまで寄せるマックイーンからは、絶望と諦め、そして若干の開き直りが見て取れた。

    「二十代前半から三十代前半の、トレーナーさんと歳が近い女性を用意しようとしたのですが――ここで薄々気づいてコトが明らかになってしまったのです」

     マックイーンの表情は、ここトレセン学園ではしばしば見られるモノだ。
     テストが間近なのに勉強していなくて、今さらどうあがいても赤点だけど、まあ補習を受ければ済むんだからいいやという境地である。

  • 10◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:56:38

    「メジロ家の女性は皆、早ければトレセン学園を卒業してすぐに、遅くとも大学を卒業する頃には結婚しているのです」

    「なん……だと……?」

    「そのため妙齢の女性を集めようとすれば既婚者ばかりとなり、このように学生ばかりのお見合い写真となってしまいました」

    「こわ……メジロ家こわ……」

     そしてそんなメジロ家が俺をメジロ認定しているのだ。
     これを恐怖と言わずに何が恐怖だ。

    「私もメジロ家の女性は結婚するのが早いとは思っていましたが、綺麗なウエディングドレスを身にまとって幸せそうなお姉さまたちを見ていましたから……そこから先はあまり考えないようにしていました」

    「まあ……幸せそうなら外野がどうこう言うのは無粋だしな」

     と、ここで。
     新たな疑問もとい恐怖を覚えた。

    「なあ、マックイーン。メジロ家で早い人は学園を卒業してすぐに結婚するんだよな?」

    「はい、早い人――だいたい四割ぐらいの方はそうですわね」

     多いなというツッコミをかろうじて抑える。
     今はそれよりもこの恐怖が杞憂に過ぎないコトを確かめなければ。

    「卒業してすぐというコトは、在学中に相手を見つけているというわけだよな?」

    「……? ええ、当然そうなりますわね」

  • 11◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 14:59:38

     恐る恐る、慎重に確認を進める俺にマックイーンは怪訝そうにしながらも答える。
     残念ながらこちらの意図は察してくれなかったようなので、諦めて単刀直入に訊くとしよう。

    「ここに並んでいる七名は大丈夫なのか?」

    「…………………………は?」

     マックイーンがメジロ家の未婚女性として集めた七名だが、未婚なだけであって将来を決めた相手が既にいるんじゃないか?
     そんな俺の疑問がよほど予想外だったのだろう。
     マックイーンはしばらく呆然とした様子であったが、やがて笑い出した。

    「ふふっ、もうトレーナーさんたら。
     ライアンたちにそんな相手がいるはずありませんわ」

    「そうか、そうだよな!」

     おかしそうに笑うマックイーンを見て緊張がほぐれる。
     別に彼女たちだってアスリートであると同時に年頃の女の子なんだから、恋人がいるのはレースに支障ない範疇であれば問題ない。
     しかし卒業して即結婚は、在学中のうちに越えてはいけないラインを越えている可能性が――

    「いるはずが……いえ、でも“アレ”はもしかして……」

    「……マックイーン?」

     ほっとしたのもつかの間のコト。
     目の前にいるはずのマックイーンが、何かに囚われたようにどこか遠くを見始めた。

  • 12◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:01:51

    「でもライアンは……ライアンは恋愛に憧れはあっても奥手で……でも、いざという時の強さは……」

    「マックイーン? おいっ、マックイーンしっかりしろ!?」

    「ハッ!? し、失礼しました」 
     
     何か思い当たる節でもあったのか、マックイーンはわなわなと震える手で口元を抑えると、ついには冷や汗まで流し始める。
     声をかけても反応しないため、これはマズいと肩を揺さぶってようやく我に返ってくれた。

    「ゴホン。トレーナーさん、突然の変更で申し訳ありませんが、紹介できる相手が七名から一名へとなりました」

    「……そうか、うん。理由は訊かないでおく」

     こうして仕舞われていくメジロラモーヌ、メジロアルダン、メジロライアン、メジロパーマー、メジロドーベル、メジロブライトのお見合い写真たち。
     大不況のような人員削減である。

    「さて……」

     数が減ったコトで圧も弱まり、ここにきて未だに健在である最後の写真をようやく直視するコトができた。
     そこに写るのは美しい葦毛のウマ娘。
     白と黒を基調とした勝負服を身にまとい、その顔には幼さが残っているというのに気品も感じられた。
     この子もトレセン学園の生徒なので、当然見覚えがある。
     何なら毎日のように顔を合わせている。

  • 13◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:03:52

    「これはどういうわけだ、マックイーン?」

    「何ですの!? 私に不満があるというのですか!?」

    「未成年! 学生! 教え子!」

    「くっ、ぐうの音も出ないとはこのコトですか!
     ですがトレーナーさん、これにはワケがあったのです」

     最後に残された一枚のお見合い写真とは、他ならぬ目の前にいるマックイーン当人であった。
     お見合いの仲人役にも関わらず自薦するワケとはいったい何だというのか。

    「私にとってライアンたちは大切な家族です。
     その家族に自分が嫌なコト、できないコトを薦めたりはできません。
     ですからこうしてお見合い写真に私を並べる必要があったわけです」

    「なるほど、ワケはわかった。
     しかし並べるも何も、今はおまえしかしないんだが?」

    「こんなコトになるとは夢にも思っていませんでした……」

     真っ白に燃え尽きたボクサーのように崩れ落ちるマックイーンであったが、それも無理はない。
     親戚の中から妙齢の女性を揃えようとする過程で一族の闇に気がつき、苦肉の策で七人ものお見合い相手を用意したものの、自身を除く六人にまで一族の闇が迫っていたのだ。

    「あ~、じゃあ、うん。とりあえずお見合いは必要ないな!」

     未だに机にはマックイーンのお見合い写真が置かれているが、これはマックイーンの責任感から置かれたものだ。
     メジロライアンたちのお見合い写真が片付けられた以上、この写真も同じ運命をたどるコトとなる。

  • 14◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:05:36

    「そうですわね。確かにお見合いは不要ですわ」

     こうして長い戦いは終わりを告げた。
     週刊誌のスクープになりかけたという話から始まり、小切手の突きつけ、婿養子、メジロ家の闇など強敵だらけではあったが、何とか戦い抜くことができ――

    「もうお互いのコトはよく知っていますから、お見合いの必要なんてありませんもの」

     …………………………ん?

    「式は卒業した年の四月に挙げるとして、まずはおばあ様への挨拶と、トレーナーさんのご両親への挨拶、そして関係者への婚約報告からですね」

     んんん?

    「あの……マックイーンさん?」

    「どうしましたかトレーナーさん? 今日は顔がこわばるコトが多かったですが、今は一段とこわばってますよ」

     ニコニコと楽し気な様子で今後の予定を話すマックイーンであったが、こわばっているらしい俺の顔を見てもほほ笑むままであった。

    「何だか……僕たちが結婚するみたいな流れになっていませんか?」

     カラカラに乾いてしまった喉からこぼれるのは、自分のモノとは思えない弱弱しいかすれ声。
     それを耳にして、マックイーンは不思議そうに小首を傾げる。

  • 15◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:07:52

    「トレーナーさんはメジロ家の婿養子になるのですわ。
     そしてトレーナーさんと結婚できるメジロ家の人間は私だけ。
     それは先ほども申し上げた通りではないですか?」

     それは穏やかな口調であった。
     決まりきったコトを子どもに言い聞かせる様に静かで、そして揺るぎない意思が込められていた。
     このままでは非常にマズいと警報が鳴る。

    「いや、おまえの意思は!?
     その歳で結婚するコトへの不満とか、相手はお金持ちのイケメンじゃないと嫌だとか!?」

    「あら、先ほどお話ししたではありませんか。
     家族に自分が嫌なコト、できないコトを薦めたりはできません。
     トレーナーさんと結婚するコトに抵抗はありませんわ」

     慌てて翻意させようとしたが、一度決意したマックイーンの考えをそう簡単に変えられるわけがない。
     メジロ家も絡んだ話ともなればなおさらだ。
     案の定マックイーンは軽やかに受け答えをする。

    「いや、抵抗はないって……そんなの三十代四十代が妥協で結婚するような理由じゃないか。
     結婚するならこういう相手が良いって理想がおまえにだってあるはずだ。
     その理想と比べれば俺は不満だらけだろ?」

    「まあ、トレーナーさんに不満が無いわけではありませんわ」

    「そうだろ? だったら――」

  • 16◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:09:38

     風向きが変わったと思ったのもつかの間のコト。

    「初対面で私のトモを触りますわ、スズカさんとの距離が妙に近いですしそういえばゴールドシップさんとも仲がよろしいですわねスペシャルウィークさんのトモにも触れたコトがあると聞きました私だけでは無かったのですねだいたい乙女に対してデリカシーの欠ける発言が少々目につきますしそういえばトレーナーさんは自分自身をおざなりにしてチームのコトばかりを考えすぎです後やっぱりスズカさんとの距離が近いですしテイオーとも仲も少し怪しいですわ私のトモを触ったのに大人になっても固定観念にとらわれずに奔放であるのは素晴らしいコトですがトレーナーさんはそれで周りを振り回し過ぎですスピカの面々はもう慣れてしまっていますし皆さんも振り回す側だから許されていますが私のトモを触ったことは忘れていませんよ」

    「アッハイ」

     チャンスなどではなかった。
     急発生して北上する台風マックイーン号の暴風の前では、ただただ頭を低くしてやり過ごすしかない。

    「そういえば――」

     一通り俺への不満を吐き出してスッキリしたからなのか、マックイーンは不意に何か閃いた。



    「婚約者となれば、こうも不満が多いトレーナーさんを矯正できる立場になるのですよね?」



    「なん……だと……?」

     まるで名案かのように言い放つその姿は、ニワトリはこうやってしめるんですよ~と笑顔でやってのけるスぺのようであった。

  • 17◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:13:03

    「トレーナーさんには言いたいコトがまだまだ山のようにありますが、それは私が婚約者として改めさせれば良いだけ。
     そしてトレーナーさんは私の婚約者としてメジロ家から資金援助が得られる。
     私たちの幸せな結婚!」

     ……どういうことだってばよ。
     結婚に満更でもない様子から、ついには乗り気な様子にさえなってしまった。
     しかも俺を尻に敷く気満々じゃないか!

    「待て、待て待て待てマックイーン!
     そもそもおまえは重要なコトを見逃している!」

    「重要なコト……?
     トレーナーさんは独身で彼女がいないコトなんて、スピカの全員が知っていますし察していますが」

    「その失礼な物言いについては触れないでおいてやろう」

     独身であるコトは知られているし、彼女がもう何年もいないのも事実なので悔しいが言わせておいてやる。
     それよりも今は、この金科玉条を叩きつける時!!!

    「そもそもなあ! トレーナーが教え子と結婚できるわけないだろうが!」

     卒業して数年が経っているのならばまだしも、指導者が在学中の教え子と婚約し、卒業して即結婚なんぞ法律が許しても世間が許しはしない!
     勝ったッ! 第3期完!

  • 18◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:14:46

    「ふふ、おかしなコトを言うトレーナーさんですね」

    「……マックイーン?」

     少しも動じた様子が無いマックイーンに、勝利したという確信が揺らぐのがわかった。
     おかしそうにクスクスと上品に笑う彼女からは、どうしようもないほどの強者の風格がかもし出されている。
     この時俺は、メジロマックイーンと長距離を走るハメになったウマ娘の気持ちがわかったかもしれない。
     もう限界なのに、肺が悲鳴をあげてこれ以上は無理なのに、一人だけ涼し気に速度を上げ続けるスタミナの化身。

    ――名優、メジロマックイーンの姿がそこにあった。

    「先ほどメジロ家の四割ほどはトレセン学園を卒業してすぐに結婚したという話はしましたね?」

    「あ、ああ」

    「お相手は全て、学生だった頃の担当トレーナーです」

    「なん……だと……?」

    「ですから何の問題もありません」

     天地を揺るがす発言を自信げに言い放ったマックイーンは、衝撃に打ち震える俺を見て呆れたようにため息をついてみせる。

    「まったく、男性は結婚を前にすると途端に怖じ気づくという話は本当だったのですね」

     それとこれとは話が別じゃないだろうか?
     俺はただ、メジロ怪異百選を聞かされて恐怖しているだけなんだが?

  • 19◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:16:25

    「私が背中を押して差し上げます。
     さあ、ご両親への挨拶に向かいましょう!」

     そう言うとマックイーンはその小さな手で力強く俺の手を握りしめた。
     俺を導こうとするその手からは、俺を離すつもりもなければ、振りほどかれるなんて少しも考えていない信頼が伝わってきて、抵抗しようする気力をそいでくる。

     気がつけば、どこからともなく讃美歌が聞こえてきた。



     メジロ メジロ 栄光の道を
     時を超えて続く 永い永い道を
     メジロ メジロ 駆けろ天へと
     メージーロー



    「――――――――――嗚呼(アア)」

     聞こえるはずのない讃美歌が頭に響く中で、自分はもうメジロになったのだと俺は静かに自覚した。



    ~おしまい~

  • 20◆SbXzuGhlwpak24/07/28(日) 15:17:45

    最後まで読んでいただきありがとうございました。

    ついカッとなって沖マクを書きました。

    どうか沖スズ学会からの追放だけは許してください。



    あにまんでのおきてがみ(黒歴史)

    バカだな、スカーレット|あにまん掲示板お前とトレーナーは良い感じだったんだから、焦らないで卒業してから距離を詰めれば良かっただろそれが掛かってしまって押し倒したあげく、それを記者に見られちまうなんて……お前は半年間出走禁止、通学以外では寮…bbs.animanch.com
    タキオン「トレーナー君は私を好きすぎるねぇ!」|あにまん掲示板bbs.animanch.com
    お兄ちゃんが童貞になる道程|あにまん掲示板「貴方はこれから10年童貞です」 お兄ちゃんは童貞であった。 高校入学を前にした15歳の少年の多くがそうであるように、お兄ちゃんは童貞であった。 童貞のほとんどがそうであるように、高校に入れば彼女がで…bbs.animanch.com

    規約ギリギリセーフを狙ってアウト判定されたSS

    インガオホー

    #ウマ娘プリティーダービー #アグネスタキオン(ウマ娘) トレセン学園同時多発うまぴょい事件の発生経緯 - pixiv「空中ノンケ固定装置……本当に存在していたなんて」 トレセン学園地下に存在する大空洞。 日の光が届かない空間には等間隔に照明が設置され、いくつもの巨大な回転櫓《かいてんやぐら》を映し出す。 櫓からは複数の棒が突き出ており、根性レベル6のトレーニングだと騙されたウマ娘たちがその棒を...www.pixiv.net
  • 21二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 15:40:46

    よきでした

  • 22二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 15:55:20

    沖マックなんて僕のデータにはそんざいしてないぞ!?クソ!?データの仕入れ直しだ!!

  • 23二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 15:58:58

    たしかに沖トレと学生結婚出来そうなのスピカだとマックイーンだけだなぁ...(遠い目)

  • 24二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 17:23:01

    >>22

    一心同体のデータです

    ご査収ください

  • 25二次元好きの匿名さん24/07/28(日) 21:25:17

    なんだかんだ嫉妬してるマックイーンからしか得られない栄養はある

  • 26二次元好きの匿名さん24/07/29(月) 05:21:23

    正妻力の高さは実証済みだしな

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています