- 1◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:44:12
「キング。来週の金曜なんだけど、19時にあがらせてもらっていいかな?」
トレーナーからの提案は、多くはないけれどたまにある内容だった。
練習プランによっては――例えば短時間で過負荷をかける坂路や水泳などの場合、練習を19時前に切り上げるコトもある。整理運動は一人でできるので先に帰ってもらえばいい。
普段からキングに尽くせるという名誉を最大限享受しているトレーナーだけど、どうしても外せない用事にはこうやって時間を捻出している。今回もそうでしょう。
「構わないけれど、今回はどうしたの?」
これまでにこういった提案があった時は、トレーナー同士の勉強会(飲み会とも言う)や実績あるOBによる講演会への参加の他、レースに関係するとは思えないイベントに関わって、どういうわけか練習のヒントを得たりもする。
「ああ、ちょっと人と会う約束ができて」
「……?」
いつもなら”どこどこに何をしに行く”とハッキリと説明するのに、今回は”人と会う約束ができた”という曖昧な言い方のため不思議に感じた。
とはいえ、大勢の前で一流になると宣言し退路を断った二人の間柄とはいえ、これはプライベートのコト。言いたくないのならば、明らかに様子がおかしくない限りは触れないでおくべきでしょう。
そう、キングは気遣いだってできる女なの。キングの配慮に感謝なさ――
「――――――――――女?」
気がつけば、自分のモノとは思えないほど棘を含んだ言葉が口をついていた。 - 2◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:45:44
キング自身もこのコトに驚いたけど、誰よりも驚いたのはトレーナーだった。
驚いたような、傷ついたような、それでいて感心したような――そこには隠そうとしていた事柄が見抜かれたコトへの罪悪感や羞恥心は見られず、まだ少女だと思っていた相手の予想外な言動に、ただただ慄《おのの》いているみたい。
「キング……何で分かったの?」
「ふ……ふふん、私を誰だと思ってるの? このキングヘイローが自分のトレーナーのやましい行動を見抜けないと思って?」
なんとか、なんとか平静を装おう。痛いほど鳴る心臓と一緒に揺れ動こうとする膝を必死になって抑え、練習やレースで流れるモノとは違う不快な汗に頬を引きつらせないようにする。
まさか鎌をかけようとしたわけでもない、無意識のうちに出た言葉が真相を――それも最悪の事実を撃ち抜いてしまうなんて!!
「あ……あなたに恋人? 恋人がいたなんて意外だったけど、ええ、たまに週末の夜を過ごすぐらい……ゆ、ゆ、許して……あげる、わ。
寛大なキングに……感謝なさいっ!!」
高笑いのために上を仰げば、歪んで見える天井が近づいたり遠のいたりを繰り返す。
ああ、いけない。これはいつだったか練習で追い込み過ぎた時と同じ状態だ。
けど耐えないと。ここで膝を地につけてしまったらあまりに惨めよ。そして見上げたままでなければ、目から涙がこぼれてしまう。
泣き顔をさらしたコトもあったけど――ここだけは、これだけは、絶対に譲れなかった。
ウマ娘としてではなく、一人の女としての自尊心。
「え、恋人? いやいや、そんなんじゃないよ」
「……ひゃい?」
そんなキングの悲壮な決意は、軽い口調であっさりとかき消された。 - 3◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:48:14
「大学の頃の友人がどうしても合コンに誘いたい相手がいるとかで、トレセン学園のトレーナーを呼ぶのを条件にセッティングしたそうなんだ。俺には事後承諾で」
「なんだ……そういうコト」
緊張の糸がほどけ、深々とため息をつく。
トレーナーが曖昧な言い方をするのも無理はない。異性の教え子に『今度合コン行ってくる!』という指導者は……まあその人柄によるだろうけど、あまりよろしくないわ。
しかし合コン……合コンね。
「あなたを呼ぶのが条件の場所に、のこのこ顔を出して大丈夫なの?
言っておくけどね、女の中には男の社会的地位をアクセサリーか何かと勘違いしている人が少なからずいるのよ」
お母さまに連れて行ってもらったパーティを自然と思い出す。
G1を芝で4勝、ダートで7勝、計11勝という快挙を成し遂げ、さらにはデザイナーとしても世界的に成功したお母さま。
そんな自らの力で地位と名誉を手に入れた相手に、やれ私の夫はなになにを経営していてだの、私の夫はどこどこリーグで活躍していてチームメイトを招いてよくホームパーティをしてるだの、夫の手柄を自分のモノのように話す姿は子どもながらに奇妙なものだった。
「うん? まあ中央のトレーナーだと期待して待ち構えてるかもしれないけど、顔を見せれば拍子《ひょうし》抜けするんじゃない?」
「心配だわ……」 - 4◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:50:10
のほほんと。顔はおろか人格さえもどうでもよく、社会的地位と年収ばかりを見られるとは夢にも思っていない様子を見て懸念が強まる。
いえ、そもそも。トレーナーの顔は悪くない。お世辞にも美形とは言えないけど人のよさそうな目じりが印象的で、内面にしても少し話せば穏やかな人柄の中に、確固とした自我を持っていることがわかる。
たちの悪い女に目を付けられるのならまだいい。そんな女に引っかかるキングのトレーナーじゃないから。
けど彼の本質に気づき、ずっと傍にいて欲しいと願う女がいるかもしれない。
キングから安らぎと温もりを奪おうとする女が……いるかもしれない。
「ねえ……やっぱり」
「俺に事後承諾でセッティングした友人なんだけど、大学卒業してからはLANEでちょくちょく連絡はしてたけど、顔を合わせるのは久しぶりなんだ。
他にも知り合いが来るし、何だか同窓会みたいで楽しみだよ」
「……そうなの」
やっぱり止めた方がいいんじゃないの。
そう続けようとした言葉は、過去を懐かしむトレーナーを見て言えるものではなかった。
まあ……合コンに行くのはいい。女を目当てに行くわけではなく、旧交を温めるのが目的だから許してあげる。
けど釘はさしておかないと。 - 5◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:51:33
「そういう理由なら止めないけど、相手の女性は同窓会じゃなくて合コンとして来ていることを忘れちゃダメよ。
自分の彼氏が、あのキングヘイローのトレーナーだって自慢するために全力であなたを落としにくるんじゃない?」
「ああ、気をつけるよ。でも大丈夫」
「大丈夫って、あなた……っ」
このキングが心配してあげてるっていうのに、何よそのあっさりした態度は!
一人で高知に向かうウララさんを見送る時の心境なのよこっちは!
どうやらハッキリ言わないとわからないようだと、腰に両手を当てた時だった。
「だって俺には、キングがいるから」
何の気負いも衒《てら》いもなく、ただただ当たり前のことのように、私への愛を口にした。 - 6◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:53:28
「――――――――――」
何も、言えなかった。
何かを言おうとしたけれど、何かを伝えたいと想ったけれど、真っ白になった私の頭は答えを出すコトができなかった。
私にできたのは、ただ、ただ。彼の告白を――私を必要とする言葉を、何度も何度も反芻《はんすう》するのみ。
胸を満たす暖かな想いはとても甘美なもので、呼吸すら私に忘れさせひたらせる。
「あ……うん。そ、そうね! わかっ……てる、じゃない」
酸素を求める苦しさでようやく我に返り、上ずってはいたけど何とか声を出せる程度には回復した。
……うん、その程度には回復できたからわかっていたわ。
「キングの大切な3年間を預かっているんだ。彼女なんて作ってる余裕なんかないよ」
「……うん、そういう意味よね。わかってたわ」
「キング?」
このへっぽこが、私の不安に気づいて愛の告白をするはずがなかった。
……まあ、でも。何よりも私を大事にしているコトは確認できたから、このぐらいの浮気は許してあげましょう。
「友人は大切にしなきゃね。その場所が合コンだっていうのは気に入らないけど――いいわ、楽しんでらっしゃい!」 - 7◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:55:24
※ ※ ※
「それにしても、ねえ……」
――だって俺には、キングがいるから。
私のトレーナーは何てコトを言い出すのだろうか。アレから日付が変わったけれど、少し油断すれば頭の中でリフレインする。
「俺にはキングがいるから、女に言い寄られてもその気にならないなんて……ふふ、こんなのもう告白じゃない」
もちろんそういったつもりで言ったわけではない。
けどこの発言の根底には、キングへの深い愛情があるコトは間違いない。当の本人にその自覚は無いだろうけど。
「大丈夫なのかしら、本当にもう」
頬が緩むのが止まらない。
トレーナーは多分、キングへの愛に自覚がない。指導者として未成年の教え子をそういう目で見ないように、普段から心がけているからだろう。
そしてキングに心を奪われたままだから、誰かと恋愛するコトもできない。
自分がなぜ恋愛できないのか、その原因に自力で気がつくコトができないのだ。 - 8◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:57:23
キングへの愛に気が付ける瞬間が来るとすれば、例えば――あくまで例えばだけど、卒業したキングに彼氏ができて、その写真を近況報告で送った時?
いや、そのぐらいじゃ気が付けない。その程度の衝撃で気がつけるほどトレーナーのへっぽこは薄くない。
だからもっと段階が進んで――キングから結婚式の招待状が届いて、得も言われぬ不安に胸が襲われるようになる。
その焦燥は式の日取りが近づくごとに強まり――純白のドレスを身にまとったキングの横に、自分ではない男がいる時にやっと気がつける。
自分は、キングを愛していたコトを。
祝福に包まれる式場の中で、静かに涙を流しながら力なく拍手をするトレーナーの姿は、想像するだけで私の胸を締め付け――同時に暗い愉悦を与える。
「大丈夫……大丈夫よ、トレーナー。キングはあなたを見捨てたりしないから……ふふふふふふふふふ」
ああ、私がトレーナー無しではいられないように、トレーナーもまた私を必要としているなんて。
二人が結ばれるのはもはや必然よ!!
「おーっほっほっほっほ!」
「き、キングちゃん……?」
「ほら、スぺちゃん。あそこで独り言をしていたかと思ったら、突然高笑いを始めた令嬢はスぺちゃんのライバルでしょ? はやくなんとかしてあげなよ」
「ええぇっ!? セイちゃんだってライバルでしょ!」 - 9◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:59:16
……キングの高笑いに紛れて、何だか失礼な言葉が聞こえてきたようね。
視線を向ければ慌てふためくスペシャルウィークさんをよそに、既に背を向けて逃げ出しているスカイさんの姿があった。
「このキングから逃げられると思わないコトね――っ!」
「おおっと!? そんなに怒っちゃって、ペース配分は大丈夫かな~?」
「このまま差せばペース配分なんて関係ないわよ!」
――元気よく追いかけっこに興じるキングはまだ知らなかった。
合コンから帰ったトレーナーがちゃっかりとLANE交換をしていたコトを。
それがきっかけで独占力を取得してしまうコトを。
ついにはお母さまに相談して「さっさとうまぴょいなさい」とけしかけられるのだが――それはまだ未来のお話。
~おしまい~ - 10◆SbXzuGhlwpak24/08/10(土) 19:59:54
最後まで読んでいただきありがとうございました。
普段は10,000字前後のSSを書くことが多いのですが、5,000字以下のSSを数年ぶりに書いてみました。
ちなみに自己最長は70,000字越えです。
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あれェ!?思ったよりも愛が重いな……
いや最初の「───女?」がもう伏線ではあったのか
このトレーナーに灼かれて揉まれた末に辿り着いたのであれば納得である
でもこれ険しくない?かなり恋愛のへっぽさ凄くないこの一流…仮想敵が自分ですよキングさんこれ
読みやすくてキングの諦めの悪さにへっぽこさに独占欲プラスした可愛くて良いSSでした - 12二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 20:33:16
こんな時間に文章力で殴るのはどこのどいつかと思ったら10年童貞のひとだったか
ありがとうございます - 13二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 20:36:26
久々にゆっくり食い入るようにSSを読んじゃいました
ありがとう - 14二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 20:51:44
10年童貞のひとという罵倒スレスレの呼び方好き
- 15二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 20:53:12
すごいよかった
キングのとこももちろんいいけど
すっと入ってくるスペとセイちゃんとのやりとりがすごいよかった(小感並) - 16二次元好きの匿名さん24/08/10(土) 21:29:09
「――――――――――女?」
ってところが一番好き - 17二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 08:11:31
ホモネタが無いときは真っ向から文章力でぶん殴ってくるスタイル強くない?
- 18二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 08:16:15
嫉妬心というか独占欲?の目覚めるところ好きです
- 19二次元好きの匿名さん24/08/11(日) 08:48:47
愛が重くてハッピーエンドは至高
よきSSを読ませていただきました