【メジロ化】偽金貨

  • 1◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:52:45

    「はい…えぇ、それで……ええと…しかし、お手を煩わせるわけには…はい…了解しました」

    スーツをしっかりと着込み、神経質そうな表情を崩さずに男は受話器を置いた。

    「参ったな…あいつを一緒に連れて来いなんて」

    頭を軽くかき、ため息をついて彼は自室に戻った。



    ─翌日。12月の寒風の中、市街地の中を駆けて行く漆黒のカローラアクシオを運転するのは、スーツ姿で黒髪、襟元には特徴的なバッジを着けた男。後部座席には着崩したブレザーに染めた金髪の少年が伸びの姿勢でくつろいでいた。

    「メジロ家のお屋敷ねー、よく分かんないけど美人なウマ娘がいっぱいいるんだろうなぁ」

    「失礼がないようにしてくれよ」

    スーツ姿の男の仕事はトレセン学園に通うウマ娘の競技面、あるいは私生活に至るまで包括的なサポートを行う──いわゆるトレーナーである。彼はあるメジロの令嬢を指導して活躍させ、その事でメジロ家との繋がりを持っている。
    一方、後部座席の少年はその弟であり──常に優秀な兄と比較され続けたことでスレて、まだ学生でありながらその甘いマスクを武器に女遊びを繰り返していた。彼にとっては、ウマ娘などヒトの女と同じく遊び相手でしかなかった。メジロ家は知らないが、世間知らずでお金持ちなウマ娘なんていいカモだと下衆な考えを巡らせていた。

  • 2◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:53:39

    「ようこそおいで下さいました~」

    「ええ、お出迎えいただきありがとうございます」

    メジロ家の屋敷に着き、彼らを出迎えたのは緩い雰囲気のウマ娘──メジロブライトだ。

    「そちらが弟さまですか?お話は聞いていますわ~」

    「はい、そうです。…ほら、挨拶しなさい」

    「クソ兄貴がいつもお世話になってまーす」

    「こら、やめないか!」

    「あらあら~」

    メジロブライトはさして気にも止めず、二人を屋敷内へ案内した。

  • 3◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:55:11

    「で、お嬢サマがオレに何の用だっての?」

    「ええ、その事はお茶をいただきながらどうでしょう~」

    金髪の少年の無礼な態度にも、やはりブライトは気にせず話を進める。

    「まぁ貰えるのは貰っとくけど」

    と言って、ティーカップを引ったくるように取り、マナーなど知らないと言わんばかりに飲み干す。

    「おい、兄貴もなんか言えよ」

    「あ、ああ…今日来たのはお前の生活が酷すぎるから相談に乗ってもらおうとして…どうした?」

    言い終わらないうちに彼の弟は体を前に倒し、船を漕ぐような動きになる。

    「なんか…眠い。今日は…休みなのに…早起きしたせいかな…」

    そのままソファに横になり、寝息を立て始めた。
    するとブライトは手元の鈴を鳴らし、従者を呼ぶ。

  • 4◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:55:40

    「こちらの者を。えぇ、お願いいたしますわ~」

    すぐにやってきた従者たちは少年を持ち上げ、運んでいった。

    「えっと…弟をどうするつもりですか?」

    その様子に不安を覚え、目の前のウマ娘に尋ねた。

    「はい、例えば猫などは気性を抑えるために去勢をしますよね~?」

    「は、はい…えーと…しかし、人間に去勢してもあまり効果がないと思いますが…」

    「物の例えですわ。去勢ではなく、あの子は生まれ変わって戻ってきますよ~」

    「生まれ変わって……?一体どういう……」

    「うふふ、待っていれば分かりますわ~。それまでお話ししませんか?あなたと一度ゆっくりお話しがしたかったのです~」

    彼は状況をのみ込めないまま、ブライトのねだるままに彼のかつての担当──朝日杯FSを勝った後、二度の怪我で一時は引退は避けられないとまで言われたが、根気強くリハビリを続け復活。高松宮記念、安田記念、スプリンターズステークス、マイルCSの短距離路線を制覇したブライトの妹について話した。

  • 5◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:56:14

    ブライトの妹の思い出話に花を咲かせていたところ、新たに一人のウマ娘が部屋に入ってきた。メジロの令嬢に相応しい、キリッとした雰囲気をまとった芦毛のウマ娘──メジロマックイーンだ。

    「ブライト、完了しましたわよ」

    「あら、もうですか~?」

    「完了……?」

    立ち上がって部屋を出ようとするウマ娘二人に慌てて着いていく男。
    ───その先にどんな光景が待ち受けているかも知らずに。

    館内をしばらく歩いたのち、彼女たちはある扉の前で立ち止まり、それを開いた。
    中は簡易ベッドと少し棚などが置いてあるだけの少々殺風景な部屋で、そのベッドには美しい金色の毛を持つウマ娘が横たわっていた。

    「尾花栗毛のウマ娘……」

    彼の記憶に有る限りでは、メジロ家で尾花栗毛のウマ娘はいない。もちろん、全てのメジロ家ウマ娘を知っているわけではないが。
    と、男の声に反応してか、そのウマ娘が目を覚ました。

  • 6◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:57:00

    「…ここは……なんだ…これ」

    彼女は起き上がるとまず自分の状況に困惑し、そして怒りを露にした。

    「おい、どういうことだよ、これは!オレに何しやがった!?」

    「…おかしいですわね。あの娘の時は綺麗に記憶が消えていましたのに」

    「えっと…どういうことですか?」

    「あの子はメジロサンフラワー、そして…元貴方の弟ですわ」

    「え…弟…?」

    彼は困惑した。金髪であること以外はほとんど面影がなく、それ以前に…人間、しかも男がウマ娘に変えられたということ自体が、すんなりとは受け入れられなかった。

    「おい兄貴テメェ、オレのこと騙したのか!?」

    「いや、俺はこんなことになるとは…」

    確かに口ぶりは弟そのものであり、ウマ娘になっていなければそれが弟だと認識できただろう。しかし現実はそうではなく、男は認識の齟齬に頭を抱えた。

  • 7◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:57:22

    「あらあら、メジロのウマ娘としてその態度はいただけませんわ~」

    「ええ、“教育”が必要ですわね」

    「ちょっと待ってください、それはどういう…弟を戻せないんでしょうか…?」

    弟に生活態度を改めてほしかっただけで、ウマ娘にしてほしいわけではなかった。彼は当然、弟がウマ娘にされたことを受け入れられず、元に戻さなければと考えた。

    「彼女…サンフラワーはしばらくこちらで預かりますわ。今日のところは、お引き取りいただいてかまいません」

    しかし、マックイーンは聞く様子もなく、暗に帰るべきだと伝える。

    「そう、ですか…分かりました…」

    彼女たちの機嫌を損ねるべきではないと考えた男は、納得はしていないが引き下がることにした。

    「どういうことだよ、兄貴、おい!」

    「………すまない」

    彼はウマ娘になった弟を置いて立ち去った。

  • 8◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:58:11

    男が帰ったあと、サンフラワーはマックイーンに地下室へ連れてこられた。

    「おいっ…オレを元に戻せよ…!」

    暗く窓もない地下室の異様な雰囲気に細くなった脚を震わせながら、芦毛の少女を睨み付けた。しかし、そんなことを意に介さず喋り始める。

    「先ほど調べたところ、貴方の体は高い適正がありました。メジロ家門外不出の秘術、メジロ化に対して」

    「メジロ、化……?なんだよそれ…」

    唐突に出てきた知らない単語に言い様のない恐怖を覚え、顔を歪ませる。

    「しかも、メジロ家の求めてやまない中長距離・王道路線への適正がありましたの」

    「知るかよ、そんなこと…っ!それより早く戻せよ!」

    「ええ、そうですわね…もし、貴女がメジロ家に未達成で残された偉業である、クラシック三冠と天皇賞春秋連覇を達成できたのならば…その時は考えないこともありません」

    「よく知らねぇけど、それに勝てばいいのか?」

    彼は女遊びで時折ウマ娘も引っ掛けており、皐月賞や日本ダービー、菊花賞。そして天皇賞や有馬記念などが大事なレースらしいことは知っていた。しかし大してレース自体に興味があるわけでもなく、名前だけ知っている程度だった。

  • 9◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:58:39

    「そうですわね。…しかしその前に、貴女の態度はメジロ家のウマ娘として相応しくありません」

    メジロマックイーンは近くにあった道具を手に取る。

    「淑女教育が必要ですわ」

    「や、やめろ…!オレに何する気だ…!?」

    ──地下室内の悲鳴は、防音壁によって閉じ込められて外に漏れることはなかった。



    3か月後、メジロ家。

    「ふざけるな、ないでくださいまし…おれ、わたくしをこんな目にあわせてッ…!」

    メジロのウマ娘として施された地下室での“教育”によって、サンフラワーは強制的に発する言葉を矯正され、男らしい行動を取ろうとすれば身体が疼くようになっていた。

    「くっ、兄…お兄様はいつ助けに、…ッ!」

    せめてもの抵抗として、彼女は"お姉様"たちが左耳に付けた耳飾りを右耳に付け替える。
    ──当然脱走は何度も試みたが、ウマ娘の身体に馴染んでいない状態で、GⅠレースを幾度となく駆け抜けたウマ娘たちからは逃げ切れず。
    連れ戻されるのはもちろんのこと、脱走の度に地下室で再教育を受けたことで彼女の精神はボロボロになっていた。今はただ、兄が助けに来てくれるという、根拠もないわずかな可能性に縋るのみであった。

  • 10◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:59:17

    あのメジロの屋敷での出来事から半年が過ぎた。相変わらず弟は帰ってこず、メジロ家からの連絡もなく。
    男は現在担当ウマ娘がおらず、暇をもて余していた。今日もまた、なんとなく模擬レースを覗くと。

    「あれ、は…」

    見覚えのある尾花栗毛のウマ娘がいた。
    ───メジロサンフラワー。弟がウマ娘に変えられた際の名前だ。

    「お、メジロサンフラワーに目を付けるとは中々良い判断だ」

    隣にいた中年のトレーナーに声を掛けられる。適当に相づちを打つと、彼はさらに続けた。

    「名門メジロ家のウマ娘で、容姿はあの通り金髪碧眼で目立つ。気品のある態度にこれまでの基礎トレーニングでも上々の成果を出している、とここまで揃ったら色んなやつが声を掛けに行くよ」

    そして彼は「ただ」と付け加えて。

    「誰一人としてお眼鏡には叶わなかったようで、未だに専属が付いてないんだとさ。そろそろデビュー時期も近そうなのにな」

    と、説明を聞いているうちに発走となり、ゲートが開く。

  • 11◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 19:59:47

    ───メジロサンフラワーの走りは、他を圧倒していた。
    芝1800mを先行策で逃げウマの後ろにぴったりと付き、残り300mで先頭に並びかけ、交わす。あとはもう差を広げるだけだった。
    当然、何人かのトレーナーはスカウトに行くが、結果は全員玉砕。
    男は彼らより数段賢明で、自分よりも成果を上げているベテランがダメなら自分もダメだろうと立ち去ろうとした。
    そこで偶然、サンフラワーと目が合い…彼女は男の方へ駆け寄る。

    「ねぇ、貴方」

    「お、俺か?」

    「ええ、ちょっと気になりましたの。わたくしのトレーナーになってみませんか?」

    そのウマ娘が元は弟であろうことを知っている彼は、当然困惑し、返答を遅らせた。

    「……………すぐには決断できない」

    「あら、そうですの。残念ですが、また今度お会いしましょう」

    彼女は潔く立ち去ったが、しっかりと男の顔を記憶に刻み付けた。

  • 12◆yxt6XLJpZ.AU22/02/20(日) 20:01:37
  • 13二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 20:09:21

    嘘でしょ…なんかまたメジロが増えてる…

  • 14二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 20:10:38

    このスレ主の脳はメジロにやられちまった

  • 15二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 20:44:25

    何この…何?

  • 16二次元好きの匿名さん22/02/20(日) 20:59:17

    いいね

  • 17◆yxt6XLJpZ.AU22/02/21(月) 05:02:48

    「どうすべきか…」

    男はサンフラワーのトレーナーになるかどうかについて悩んでいた。例え本人が覚えていなかったとしても、こちらは彼女が元は弟であったことを知っており、それによってトレーナーとして指導する上で発生する悪影響はいくらでも思い付く。
    一方で、もし彼女をウマ娘から元に戻すとしたら、彼女のトレーナーになった方が動きやすいだろう。今どうかはわからないが、当初の弟は人間に戻りたがっていたし、彼自身も弟をウマ娘にしてほしいわけではなかった。戻せるのであれば、戻したい。

    「………………受けよう、か」

    熟考の末、彼はサンフラワーのトレーナーを引き受けることにした。



    翌日。男が歩いていると、一人のウマ娘が近づいてくる。それはやはりというべきか、尾花栗毛の──メジロサンフラワーだ。

    「…決心なさいましたか?」

    彼女は単刀直入に言った。普段なら世間話などでワンクッション置いていたが、そんな余裕もないほどに、彼がトレーナーになるか否かは大きなウェイトを占めている。

    「ああ……トレーナー、引き受けよう」

    「良いお返事がいただけて嬉しいですわ。こちらこそよろしくお願いいたします」

    「ああ、よろしく。メジロサンフラワー」

    あれだけ悩んでいた割には、男にしてみれば随分と呆気なく決まった。しかしながら、この決定はのちの2人に多大な影響を及ぼすことになる。

  • 18◆yxt6XLJpZ.AU22/02/21(月) 05:03:34

    その翌週、早速トレーナーとして基礎トレーニングを見る。しかしながら、サンフラワーの完成度は既に高く、あまり口を出す必要はなかった。

    「これならすぐにでも実践的なトレーニングに移れるな」

    「ええ、8月頃のデビューを予定していますので」

    「8月か、少しスケジュールを詰めないといけないかな」

    あと2ヶ月ちょっと。いくら仕上がっているとは言っても時間に余裕はない。

  • 19◆yxt6XLJpZ.AU22/02/21(月) 11:25:37

    迎えたメイクデビュー当日。函館レース場・芝1800mで、メジロサンフラワーが圧倒の1番人気に推されてレースが始まる。

    『──リードは4バ身から5バ身、差は縮まりません!そのままゴールイン!勝ったのは2番のメジロサンフラワー、圧倒的な支持に応えました!』

    ウイニングランのあと、サンフラワーはトレーナーの側に寄る。

    「まずはメイクデビュー勝利、おめでとう」

    「……メジロ家のウマ娘として、ここで躓くわけには行きませんから」

    “メジロ家のウマ娘として”
    トレーナーはさも当然のように言う彼女に一瞬顔をひきつらせたが、それを悟らせないようすぐに言葉を続ける。

    「…そうだな。じゃあ、ライブも頑張ってきてくれ」

    最初のライブへと歩き出すサンフラワーを見送り、トレーナーは考え込む。

    (もうあんなに自然な振る舞いになっていたら、戻せなくなるかもしれない…だがどうやって戻せばいいんだ…?)

    しかしながら答えは出ず、一先ずライブを見に行くことにした。
    ──サンフラワーのMake debut!は、完璧なパフォーマンスだった。

  • 20◆yxt6XLJpZ.AU22/02/21(月) 12:20:04

    メイクデビューを無事に終え、トレーナーは次に出るレースについてサンフラワーと話す。

    「さて、今後出るレースだが…君はどうしたい?クラシックでの目標は何かあるかな?」

    ひとまず、担当の意見を聞いてから詳細な計画を練っていくつもりである。デビュー時期はサンフラワーの方から要望があったし、何か目標を既に決めているのかもしれない。

    「わたくしは…クラシック三冠ウマ娘、そして天皇賞春秋連覇を成し遂げたいですの」

    「なるほど…これまた随分大きく出たな。理由を聞いても良いか?」

    「ええ。メジロ家のウマ娘はこれまで数々の偉業を成して来ましたが、クラシック三冠と天皇賞春秋連覇は未だにメジロ家では達成できていない称号の筆頭ですわ」

    クラシック三冠の一つ、菊花賞はメジロ家が力を入れている天皇賞より200m短いだけであるため、メジロ家の最高傑作とも言われるメジロマックイーンやその姉が優勝している。
    しかしながら他の二冠、皐月賞と日本ダービーは惜しいところまで行きながらもこれまで獲得はできていない。
    また、天皇賞春、天皇賞秋はそれぞれメジロ家から3人ずつ優勝を出しているものの、秋天が2000mに変更されてからの覇者はいない。春秋連覇に最も近かったメジロマックイーンはシニア級秋天で1位入線しながらも進路妨害と見なされて降着処分を受けたため達成とはならなかった。

  • 21◆yxt6XLJpZ.AU22/02/21(月) 12:20:40

    「故に、メジロ家のウマ娘として…この大目標の達成を目指しておりますわ」

    「なるほど……」

    トレーナーはすらすらと「メジロ家として」という言葉を口に出すサンフラワーに、もう弟の面影は残っていないのだろうかと僅かに顔をしかめた。
    …が、そこは仮にも指導者。すぐに切り替え、三冠と天皇賞春秋達成への道筋を頭の中で描き始める。

    「…じゃあ、ジュニア級での大目標は皐月賞と同じ舞台で争われるホープフルステークスだな。そこに向けて……札幌ジュニアステークス、デイリー杯ジュニアステークスと出ることにしよう。そこで好成績を残せればホープフルステークス出走には足りるはず」

    「ええ、分かりましたわ。その方向でお願いいたします」

    こうして、トレーナーは多大な不安を抱えながらもメジロサンフラワーと歩んでいくことになった。

  • 22◆yxt6XLJpZ.AU22/02/21(月) 19:31:53

    まずは9月前半。札幌レース場で行われる、メイクデビューと同じ芝1800m・札幌ジュニアステークス。

    『ここから札幌レース場の緩やかなカーブが終わり、短い直線。ここで先頭に躍り出た、メジロサンフラワー!後続との差を広げていきます!残り100m、先頭は変わらずメジロサンフラワー!今ゴールイン、快勝しましたメジロサンフラワー!』

    ここは特段有力バもおらず、2着に3バ身半差つけての快勝。問題なく次のレースへとコマを進めることができた。

    「お疲れ様。調子はどうだ?」

    「問題ありませんわ」

    「…そうか。ライブも頑張ってくれ」

    「当然です」

    ウマ娘になる前から女性相手以外にはあまり愛想が良くなかったが、そこについてはあまり変わっていないようだった。
    嬉しいような、悲しいような。そんな複雑な気分でトレーナーはサンフラワーを見送った。

  • 23二次元好きの匿名さん22/02/21(月) 19:52:54

    うーん…素晴らしい…

  • 24二次元好きの匿名さん22/02/22(火) 00:40:37

    愚かなヒト息子が徹底的なメジロの「教育」されて淑女なウマ娘にされちゃうのは身体にいいって専門家も言ってる

  • 25◆yxt6XLJpZ.AU22/02/22(火) 08:35:53

    10月の後半、急速に冷え出して冬が顔を見せ始めた頃。サンフラワーはメジロ家の一員として府中に来ていた。とあるメジロのウマ娘が天皇賞秋に出場するからだ。
    彼女は1枠1番でゲートインしており、そしてレースがスタートする。
    もし勝てば、秋天が2000mになってから初の優勝者となる。他のメジロ家の面々は期待を込め、固唾を呑んでレースを見守る。そして最終直線に入り、ラストスパート。

    『───エーダイプラチナ、さらに伸びて、抜かせない!メジロメイプライス、抜けるか?3番手のアステラフリッカーとは2バ身、やはり最後はこの2人だ!絶対に負けられないライバルとの一騎討ち、残り200mを通過して!
    後続は遥か後方!エーダイプラチナ、メジロメイプライス、熾烈なデッドヒート!
    残り100m、エーダイプラチナが抜け出す!しかしメジロメイプライスも伸びる!差し返すか、そのままゴールイン!アステラフリッカーが3着!大接戦のゴール、写真判定に入りました』

    写真判定に入り、結果が出るのを今かと待ち続ける。そしてついに、掲示板の表記が写真からハナに変更された。

    『…写真判定の結果が出ました!結果は1着がメジロメイプライスの1:58.1、エーダイプラチナがハナ差で2着です!メジロ家の悲願、秋の盾をもぎ取ったのはメジロメイプライス!ラストランを有終の美で飾ってみせた名女優!』

    サンフラワー自身はあまり興味がなかったが、他のメジロ家のウマ娘たちは喜びを隠しきれない様子で、特にマックイーンは観客席を飛び出してパドックまで降りていった。
    そんなに他人のレースの勝ち負けに感情を込められるものだろうか、とサンフラワーは若干冷めた視点から見ていた。

  • 26◆yxt6XLJpZ.AU22/02/22(火) 08:36:47

    札幌ジュニアSから1ヶ月半ほど経った頃。
    トレーナーが新聞を読んでいると、次のデイリー杯についての特集記事が組まれていた。府中の京王杯ジュニアSと合わせて、ジュニア級で最初のGⅡレースであり、将来のGⅠウマ娘が集まる重要なレースだ。
    ここで注目を集めていたのは既に重賞バである担当のメジロサンフラワー。そして、その対抗として推されていたのがコノエノマイというウマ娘だった。
    まだメイクデビュー勝ちのみであるにも関わらず、直線での鮮やかなごぼう抜きが評価されているらしい。

    「コノエノマイ、か……」

    写真を見てみると、髪先を縛った青鹿毛のロングヘアに目立つ流星があるウマ娘だった。
    コノエノマイ…とりあえず名前を覚えておくことにした。

  • 27◆yxt6XLJpZ.AU22/02/22(火) 16:28:59

    ついにデイリー杯ジュニアSの当日。これまでの2戦は函館、札幌と北海道のレース場だったが、今回は遠く離れた京都だ。
    トレーナーはパドックを見回し、あるウマ娘を探す。サンフラワーの対抗として挙げられていた青鹿毛のウマ娘、コノエノマイである。

    「あら、どないしたんですか?」

    観察していたのに気付いたらしく、こちらに寄ってくる。垂れ目な紫色の瞳がどことなく高貴で柔和な雰囲気を醸し出している。

    「いや、何もないよ」

    「そうなんやぁ。隣におるんは…メジロサンフラワーはんやね」

    コノエノマイはトレーナーの隣のサンフラワーに向き直り、微笑んでみせる。

    「わたくしに何か?」

    「そうやね、今日はお手柔らかにお願いします」

    「手抜きなんてしませんわよ」

    三冠と天皇賞春秋連覇の達成。それを成すためにはこんなところで躓いているわけにはいかない。

    「あら、こわいわぁ。それじゃあ、ウチはそろそろレース場に行きます」

    結局、それだけ言うとコノエノマイは地下バ道に向かった。

    (…メジロサンフラワー、中々面白そうな娘やね)

    誰も見ていない所で一人、不敵な笑みを浮かべる。

  • 28◆yxt6XLJpZ.AU22/02/23(水) 00:54:14

    関西の重賞ファンファーレの後、ゲートインが完了し、スタートする。

    『各ウマ娘、綺麗なスタートです。勢いよく飛び出したのは2番ミスエセブンスター、それに続いて7番クリアフィールドが逃げを打って出ました』

    逃げウマ二人が先頭を進み、サンフラワーはその後ろに付ける。

    『さあ、ここから淀の坂です。坂を上りコーナーに入っていきます。先頭は依然としてミスエセブンスター、並んでクリアフィールド。1番人気の3番メジロサンフラワーは2バ身後ろから様子を伺っています。2番人気の6番コノエノマイはここ、バ群の中程を進んでいます』

    コーナー間の下り坂。サンフラワーはここから徐々に加速し始める。

    『ここから仕掛け始めた、メジロサンフラワー!先頭に並びかけてきます。さあ、そしてまもなくコーナーを終え最終直線に入っていきます。ハナを進むのはメジロサンフラワー、だが後続も追いすがる!』

    ここで上がってきたのはコノエノマイ。一気にスパートを掛けて差を縮める。

    『コノエノマイ、凄い足で上がってきた!並んでくる、コノエノマイ!メジロサンフラワー、苦しいが粘っている。さあ、残り200m!コノエノマイ、交わした!』

    サンフラワーは差し返そうとするが、それ以上にコノエノマイが伸びていき、差は縮まらないまま残り100m。

    『コノエノマイ、脚色は衰えない!3番手争いは9番イタミエールライン、11番アップビショップ!』

    1着でゴール板を駆け抜けたのはコノエノマイ、1バ身差でメジロサンフラワーがゴールした。

  • 29◆yxt6XLJpZ.AU22/02/23(水) 00:57:10

    「くっ…わたくしが負けるなんて…このままでは…」

    戻ってきたサンフラワーは憔悴の表情で溢す。

    「大丈夫だ、ここはまだ本番じゃない。次で勝てばいい」

    トレーナーはそう宥めるが、サンフラワーにはあまり届いていなかった。
    そこに今日の勝者がやってくる。

    「お手合わせありがとうございますー。ふふ、京都はウチのホームグラウンドやから、負ける気はせえへんよ」

    「…次こそは必ずわたくしが」

    「まあまあ、まずは今日のウイニングライブ頑張らんとあきまへんよ」

    「くっ……」

    その飄々とした態度に煙に巻かれるサンフラワー。しかし、次のレースでは負けまいと誓った。

  • 30◆yxt6XLJpZ.AU22/02/23(水) 08:15:46

    「さて、次のレースは初の中距離で初のGⅠ、ホープフルステークスだ。皐月賞と同じ中山2000mだから三冠を狙うなら1着を目指したい」

    12月前半。デイリー杯ジュニアSの惜敗からトレーニングを重ね、ホープフルSに備える。

    「ええ、分かっておりますわ。ところで…」

    「うん?」

    「コノエノマイさんは出ますの?」

    「いや。確か朝日杯に行くんじゃなかったかな」

    今年の夏から阪神レース場は大規模改修により使用不可となっており、京都や中京での代替開催が続く。工期は2~3年と見積もられていて今回の朝日杯FSも京都での開催となる。
    これまでの2戦は京都での勝ちであり、初のGⅠ挑戦は慣れている京都で、ということなのだろう。

    「…逃げましたのね」

    「まあ、朝日杯もホープフルと同じく三冠路線の登竜門だから皐月賞には出てくると思う。そこでリベンジを目指そう」

    「はい、分かりましたわ」

    ジュニア級の1番星を決めるレースは、あと少しまで迫っていた。

  • 31二次元好きの匿名さん22/02/23(水) 08:52:21

    良いね

  • 32◆yxt6XLJpZ.AU22/02/23(水) 17:07:33

    中山レース場のパドック。
    メジロ家のウマ娘らしい、緑をメインに白のラインが入った真新しい勝負服を身に纏うサンフラワーはこの日最も注目を集めているウマ娘と言っても過言ではなかった。

    『クリスタルブリッジ、ここまでか?メジロサンフラワー、交わした!差を広げる!メジロサンフラワー、脚色は衰えない!今ゴールイン!期待のホープはこのウマ娘だ、メジロサンフラワー!来年のクラシックの主役となるか?』

    逃げウマを直線で差し切っての勝ち。まさに完璧に近いレース運びを見せた。

    「おめでとう、サンフラワー。早速GⅠ初勝利だな」

    「そうですわね。…けれど、皐月賞で勝てなければ意味がありませんから」

    「そ、そうだな…。新しいトレーニングメニューを組んでおくよ」

    「はい、それではライブに向かいますわね」

    まずはジュニア級で納得の行く結果を残すことに成功した。しかし、クラシック以降はこれよりもさらに厳しい戦いになる。果たして希望通り三冠ウマ娘に出来るだろうか、とトレーナーはサンフラワーの背中を見送りながら考えた。

  • 33◆yxt6XLJpZ.AU22/02/23(水) 23:11:54

    ホープフルSから数日後、正月。今年は今後の競走生活を決める重要な年であるクラシック級であり、計画を練るためトレーナーとサンフラワーはトレーナー室にいた。

    「ホープフルはしっかり勝てたし、皐月賞への出場は問題ない。力を発揮できれば勝てると思う」

    「そうですか。それで、出走はどうしますの?」

    「まずは3月前半にトライアルの弥生賞に出る。そして本番皐月賞、その後は日本ダービーに直行。夏を挟んで秋は神戸新聞杯から菊花賞というローテを予定してる」

    三冠路線では標準的なローテーションである。過去の三冠ウマ娘も、これを基本としたレース出走を組んでいる。

    「分かりました。より一層トレーニングを積み重ねなければなりませんわね」

    「ああ、ただ無理はしないようにな」

    「分かっていますわ。それで…」

    「うん?」

    「せっかく正月ですし、抱負を決めてはいかがでしょう。勿論わたくしは『クラシック三冠を勝つ』以外にありませんが」

    トレーナーはしばらく悩んだ。彼のトレーナーとしての在り方は担当に寄り添うことであり、抱負は担当の目標達成を手助けすることである。
    しかし、それ以外に抱負を立ててみるのも良いかもしれない。そう思って出した答えは…。

  • 34◆yxt6XLJpZ.AU22/02/23(水) 23:13:05

    「スキルを磨く、かな」

    「スキル、ですの?一体どのような…」

    「料理とか…指導力とか…とにかくそんな感じのスキルだ」

    それを聞いたサンフラワーは若干呆れた表情をして。

    「ふむ…わからなくもありませんが、かなり大雑把ですわね」

    「まあ、俺はあくまでサンフラワーの目標に付き添えればいいと思ってるから」

    「ふぅん、そうですの」

    ついに始まった、クラシック級。果たして、三冠を達成することが出来るのか。一抹の不安を抱えながら新しい年が始まる。

  • 35◆yxt6XLJpZ.AU22/02/24(木) 09:24:04

    『ここで交わした!先頭に立ったのはクラリネットソング!そのまま差をジリジリ開いて、今ゴールイン!勝ったのはクラリネットソング!』

    1月後半、中京レース場の中距離メイクデビュー。やや遅れてクラシックの舞台に上がってきたのは、おっとりとした雰囲気の芦毛ウマ娘。

    「うふふ~勝てたわ、トレーナーさん~」

    「はい、良くやってくれました。次は予定通り若葉ステークスですね」

    皐月賞トライアルであるオープン戦・若葉S。皐月賞に参加する日程としてはかなりギリギリになったものの、ここを勝てれば三冠への挑戦が可能となる。

    「さてと、疲れちゃったし1階のきしめん屋さんで休憩しましょう~」

    「え、ええ分かりました…」

    こんな調子の二人が、のちにメジロサンフラワーやコノエノマイと肩を並べる存在になるとは、この中京レース場にいる全員が予想もしなかった。
    ………本人たちでさえ。

  • 36◆yxt6XLJpZ.AU22/02/24(木) 18:56:28

    「やれやれ、今日も遅くなってしまったな…ん?」

    トレーナーが書類作成を終えてようやく帰路についたところ、グラウンドで走り込みをするウマ娘を見かけた。
    もう寮の門限も近い時刻であり、戻るように言おうとすると。

    「おーい、もうすぐ門限じゃ…サンフラワー?」

    そのウマ娘は自分の担当であるサンフラワーであった。今日の分のメニューを終えてから書類仕事に向かったのに、これまでずっと自主練をしていたのなら、オーバーワークどころではない。

    「はぁ、はぁ、トレーナー…」

    「おい、駄目じゃないか。もう今日のトレーニングは終わりと言っただろう」

    「わたくしは皐月賞で、絶対に、勝たないと、いけません…から、少しの緩みも許され、…あっ…」

    サンフラワーは疲れでかトレーナーの方に倒れこみ、気を失った。

    「言わんこっちゃない…どうするか、これは」

    確かサンフラワーはまだ同室がおらず、世話を任せることはできない。
    今の時間に寮長やメジロ家に世話を頼むのも気が引ける。

    「しょうがない…寮長への連絡は…」

  • 37◆yxt6XLJpZ.AU22/02/24(木) 19:01:55

    場所は変わり、トレーナーが現在住んでいるアパート。寮長へサンフラワーが疲労により気絶したため一晩介護することを連絡し、車に乗せてきた。

    「はあ…全く。こんな姿になっても、手が掛かるのは変わりないな」

    ソファーに寝かせ毛布を掛ける。もう遅いので、病院へ連れていくのは明日にする。

    「んくぅ……お兄、ちゃん……」

    その呼び方に、記憶を取り戻したのかと思って振り返るが、彼女は目を閉じて寝息を立てていた。

    「………寝言か」

    弟が彼のことをお兄ちゃんと呼んでいたのは、今からもう5年ほど前のことだ。

    「…無事に戻すことが出来るだろうか」

    しばらくして、トレーナーも明日に備えて寝る支度をし、ベッドに向かった。

  • 38◆yxt6XLJpZ.AU22/02/25(金) 03:36:55

    ─────翌朝。

    「んぅ……ここ、は…?」

    サンフラワーが起きると、そこは見慣れない部屋であった。

    「…起きたか。オーバーワークで気絶したから俺の家で看病したんだ。次からは気を付けてくれ」

    「トレーナー………っ」

    言葉に詰まるサンフラワーの様子に、まだ調子が戻っていないのではないかと不安に思うトレーナーであったが、サンフラワーの言葉は予想外のものであった。

    「あの、トレーナー……わたくし、貴方のことを御兄様と呼びたいですの」

    「は……?」

    唐突な要求に頭が真っ白になる。

    「……いいえ、呼ばせていただきますわ。この方がしっくり来ますので」

    「ちょっと待ってくれ、トレーナーでは駄目なのか?」

    御兄様、という元々の関係を想起させる呼び方。それで何か精神に悪影響が働けば、三冠達成の障害となるだろう。一方で、弟の人格を完全に消滅させないためにも、これを許可すべきではないか。少し悩んで、出した答えは。

    「…分かった。過去にも、トレーナーに対して特殊な呼び方をしていたウマ娘はいる。好きにしてくれ」

    ──受け入れることにした。“メジロサンフラワー”の夢を叶えるのは大事だが、弟を取り戻すことを諦めたわけではない。
    このまま何も起こらないことを祈って、サンフラワーを乗せていつも通りトレセン学園に向かった。

  • 39◆yxt6XLJpZ.AU22/02/25(金) 12:26:23

    あれから、サンフラワーはオーバーなトレーニングをすることもなく、順調に弥生賞に向けて仕上げた。
    ついに弥生賞当日となり、中山レース場のパドック。

    「それでは行ってきますわね、御兄様」

    「ああ、頑張ってきてくれ」

    そう言って地下バ道へ向かうと、急にサンフラワーは身体に異変を感じる。

    「……っ?!…あぐっ…ぐっ…!おれ、は…あに、おにい…さ、ま…うっ…」

    全身が火照り、意識が混濁し、頭がズキズキと痛みだして、視界は白黒になる。

  • 40◆yxt6XLJpZ.AU22/02/25(金) 12:45:11

    次にサンフラワーが気がつくと、既にゲートに入っていた。

    『さぁ、本番と同じ舞台で行われる皐月賞トライアル・報知杯弥生賞GⅡ。一番人気を紹介しましょう、前走はホープフルステークス1着、ジュニア級王者の4番メジロサンフラワー。ややふらついていますが大丈夫でしょうか?』

    『パドックでは異常ありませんでしたが、いったい何があったのでしょうか』

    (頭が痛い……脚も…しっかり立てない…)

    とてもレースができるようなコンディションではないが、あまりにも直前のタイミングでの異変だったためか、誰も重大さに気づくことなくゲートが開きスタートした。

    『ゲートが開きました!メジロサンフラワー、やや出遅れました。先手を取ったのは7番ミスエセブンスター、好スタートです。8番オールライトレイ、それに続いています』

    サンフラワーはいつもと違って後方に位置している。片頭痛に顔をしかめており、近くのウマ娘も何か異常があることに気付く。

    『さあここから中山の坂、坂を上っていきます。そして第1コーナー、依然として先頭はミスエセブンスター。快調に駆けていきます。3バ身離れて1番カルテットオーロラ、並んでオールライトレイ、その後ろに10番クリスタルブリッジ。ここまでで先頭集団を形成しています』

    第2コーナーの分岐点に入り、内コースへと駆けていく。
    サンフラワーはまた意識が遠退くのを感じる。

    『───第4コーナーから最終直線に入ります!中山の直線は短い!』

    およそ1分程意識が飛んでいたらしく、いつの間にかラストスパートとなっていた。

    『ミスエセブンスター、リードは4バ身!食い下がるクリスタルブリッジ!メジロサンフラワー、ここでようやく仕掛け始める!』

    しかし、体に異変を抱えたまま、後方から仕掛け始めるには中山の直線はあまりにも短く。

    『ミスエセブンスター、脚色は衰えない!まだまだ粘っています!メジロサンフラワー、上がってきた!今ゴールイン!勝ったのはミスエセブンスター、逃げきりで見事前哨戦を制しました!』

    力なくサンフラワーが掲示板を振り返ると、4番は5着となっていた。

  • 41二次元好きの匿名さん22/02/25(金) 15:47:23

    (メジロの意志に)負けちゃえ♡負けちゃえ♡

  • 42◆yxt6XLJpZ.AU22/02/26(土) 00:53:53

    「大丈夫か、サンフラワー?これまでレース後にこんなに疲労したことはなかったと思うが…」

    「これ、では…だめ…わたくし、は…」

    頭を抱え、ふらつきながら戻ってくるサンフラワーにトレーナーは心配を覚える。

    「俺から説明しておくから、今日はライブはもう…サンフラワー?!」

    言い終わるのを待たずに、サンフラワーは崩れて地面にへたり込む。
    彼女の額に手を当てると、かなりの熱がある。
    事情説明は後回しにして、トレーナーはすぐに救急車を呼んだ。



    病院で1日様子を見たあと、サンフラワーはメジロの屋敷へ転送された。

    「あの、おとう…サンフラワーは…?」

    「どうやら記憶の齟齬によって問題が生じたようですわね。こちらで"調整"しておきましょう」

    「それはどういう…」

    「皐月賞までには間に合わせますから、心配はご無用ですわ」

    用事は済んだとばかりに踵を返して屋敷内に戻るメジロマックイーンを、トレーナーはただ見送ることしかできなかった。

  • 43◆yxt6XLJpZ.AU22/02/26(土) 08:21:50

    弥生賞から1週間ほど経ってようやくサンフラワーがメジロ家から帰ってきた。

    「サンフラワー、大丈夫か?」

    「はい、御兄様。もう平気ですわ」

    見たところ異常はないようで、一先ず安心した。とは言え、"調整"がどんな内容なのか分からない以上、常に最悪の可能性も頭に入れておかなければならない。

    (俺が、元に戻してやらないと)

    改めて、トレーナーは弟を取り戻すという決意をした。



    中山レース場のスタンドには多くの観客が押し寄せている。そう、今日はいよいよクラシック三冠の第一冠、皐月賞本番である。パドックではまだ新しい勝負服を着用したウマ娘が競争開始を待っていた。

    「ついに皐月賞ね~」

    「あれがクラリネットソングはんか…メジロサンフラワーはんは、あっちやね」

    「絶対にここを取らないと…」

    三人の役者が揃った大舞台、開演はすぐそこに迫っていた。


    ついに皐月賞。メイン3人はこんな感じです。(左からクラリネットソング、メジロサンフラワー、コノエノマイ)

  • 44二次元好きの匿名さん22/02/26(土) 18:02:01

    保守あげ

  • 45二次元好きの匿名さん22/02/27(日) 05:55:08

    保守

  • 46◆yxt6XLJpZ.AU22/02/27(日) 15:58:46

    ホープフルS以来の関東GⅠのファンファーレが高らかに響く中、ゲートインが進行する。

    『さあ、「最も速いウマ娘」が勝つと言われる皐月賞がいよいよ発走です。一番人気は4番コノエノマイ。僅差の二番人気は前年のホープフルステークス覇者・6番メジロサンフラワー。弥生賞での不調を心配してか一番人気とはなりませんでした』

    全員のゲートインが完了し、レースがスタートする。

    『各ウマ娘、綺麗なスタートです。まずは先行争い、誰が行くでしょうか。1番ミスエセブンスター、前に出ました。それに続いて3番ダンデリオンズレイ、11番クリアフィールドが並んでいます』

    ホームストレッチを越えてコーナーに差し掛かる。バ群に大きな変化はなくレースは進んでいく。

    『ここで第1コーナー、先頭集団から2バ身離れてメジロサンフラワー、その後ろに10番クラリネットソング。1番人気のコノエノマイ、バ群の中程で様子を伺っています』

    コーナーから内コースの直線に入る。

    『この辺りで1000mを通過、現在先頭はクリアフィールド、続いて前哨戦の勝ちウマ娘ミスエセブンスター。ここまではややハイペースと言ったところでしょうか、また先頭から最後方までおよそ12バ身、やや間延びした展開です』

    第3コーナーに入り、いよいよ勝負どころとなる。

    『メジロサンフラワー、ここから仕掛けるか?じわじわと上がっていきます。先頭のクリアフィールド、苦しいが粘っています』

    そしてコーナーの中間地点でサンフラワーが先頭に立つ。

    『クリアフィールド、ここまでか?メジロサンフラワー、先頭に立ちました!コノエノマイ、ぐんぐん追い上げてきた!さあコーナーから最終直線に入ります!中山の直線は短いぞ、後ろの子達は間に合うか?!』

    サンフラワーはさらに加速し大きく差を広げていく。

    『残り200m、メジロサンフラワー、依然として先頭!速い速い、これはもはや独走状態!しかし大外から一気にコノエノマイ、差を詰めてきた!コノエノマイ、驚異的な末脚!2人並んでゴールイン!メジロサンフラワー、体勢有利か』

    少しして掲示板には1番上に6、その次に4と表示され、二人の間は1/2となっている。メジロサンフラワーは何とか三冠の1冠目を勝ち取ったのだ。

  • 47◆yxt6XLJpZ.AU22/02/27(日) 16:00:00

    「おめでとう、サンフラワー。まずは皐月賞を勝てたな」

    「ええ。しかし、あと2冠が残っていますわ。油断はできません」

    弥生賞の時と違ってほとんど息を乱さずに淡々と話す。少なくとも体調については問題ないようだ。

    「お疲れ様ですー」

    京都弁の独特なイントネーションでコノエノマイが話しかけてくる。

    「何かご用ですの?」

    「大した用事やあらへんけど…改めて、サンフラワーはんは強いなぁって思いましたわぁ。…次は負けまへんよ」

    「そう。次もわたくしが勝つ、ただそれだけですわ」

    「あらあら。楽に勝たしてはくれへんってわけですね。じゃあ、ウチはライブの用意してきますー」

    そう言って立ち去るコノエノマイを見送り、こちらもライブの準備をしようとするとこれまたのんびりした声が聞こえる。

    「やったわ、トレーナーさん~掲示板に入れたわ~」

    「ええ、これで日本ダービーにはギリギリ出場できそうですね」

    「そうね~走ってお腹が空いたからスタンドに行きましょうよ~」

    「はい、良いですよ」

    そう、GⅠという大舞台。同じ掲示板内でも1着を取れなくて悔しがり、雪辱を誓う者もいれば、好成績を残せて素直に喜ぶ者もいる。
    とは言え、サンフラワークラシック級での目標は絶対に三冠を取ること。この後のダービーも、夏を経て仕上げてきたウマ娘たちが挑んでくる菊花賞も、気の抜けない戦いになることは確実だろう。

  • 48二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 01:30:37

    保守

  • 49◆yxt6XLJpZ.AU22/02/28(月) 06:13:38

    皐月賞の翌日、メジロ家にて。

    「まずは皐月賞制覇、おめでとうございます」

    サンフラワーはメジロマックイーンに労われていた。皐月賞はこれまで長い間メジロのウマ娘が勝ち取れていなかったクラシックタイトルであり、それを祝ってささやかなパーティーが開かれている。

    「はい、マックイーンお姉様。次のダービー、菊花賞も必ず勝って見せますわ」
    「ええ。サンフラワーには私以外にも多くの者が期待しておりますわ」

    そこでふと、サンフラワーは押し黙る。

    (そもそも、わたくしは何の為に三冠を目指していたのだろう)

    すぐに思い出すことはできなかったが、何とか記憶を辿る。

    (───そうか、わたくしは元々ウマ娘でなく……それで元に戻す条件の一つとして、クラシック三冠の制覇を………)

    理由は分かった。しかし───。

    (今もまだ、わたくしは男に戻りたいと思っているのだろうか)

    ウマ娘としての生活も1年半ほどとなり、だいぶ馴染んできた。人間だったときの、わずかに残る記憶の断片には全くと言っていいほど快い物はなく。

    (正直、もうあまり元に戻りたいとは思わない。なら、わたくしが三冠を取りたい理由……一体どこにあるのだろう)

    「………ラワー。サンフラワー?」
    「はっ……申し訳ありません。少しボーッとしておりましたわ。少し外の空気を吸ってきてもよろしいでしょうか?」
    「ええ、構いませんが…」

    マックイーンの呼び掛けで引き戻され、頭を冷ますためにベランダに出た。

  • 50◆yxt6XLJpZ.AU22/02/28(月) 16:42:28

    日本ダービーを半月後に控えた休日のメジロ家。

    「見てくださいませ~。ダービーの特集が組まれていますわ~」

    新聞を片手にやって来たメジロブライトに皆が振り返る。

    「『激突のダービー予想 ~二つ目の戴冠か、雪辱を果たすか~』ですか」

    「ふふ、懐かしいですね。わたしのオークス前にも特集記事がありました」

    「……………」

    他のメジロウマ娘と違い口を結んで俯いたままのサンフラワーに、メジロアルダンが近づいてきた。

    「サンフラワー、緊張しているのですか?」

    「いえ、うぅん……そう、かもしれませんわ」

    「…大丈夫ですよ。落ち着いて能力を発揮できれば、サンフラワーなら必ず勝てます」

    「……はい、アルダンお姉様」

    「それと、貴女なら言わなくとも良いと思いますが……。くれぐれも、レースでは最後まで気を抜かないようにしてくださいね」

    メジロアルダンは自身のダービーで惜しいところまで行きながらも2着となっていた。ライバルであるサクラチヨノオーに差し返され、メジロ家待望のダービー勝利は逃した。

    (走る理由は、まだよく分かってない。けど、それが見つかるまでは、メジロ家に栄誉をもたらすため…にしよう)

    クラシック三冠という栄光をメジロ家に持ち帰る。一先ずは、それを目標とすることにしたサンフラワーであった。

  • 51二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 16:57:44

    ダービーウマ娘となるか…?

  • 52二次元好きの匿名さん22/02/28(月) 20:47:16

    サンフラワーちゃんはメジロ汁を流し込まれてしまったのだろうか……

オススメ

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