- 1124/10/03(木) 22:19:59
家族ぐるみの付き合いだった。親が幼馴染同士だとかで、物心着く頃には遠くの親戚よりよっぽど近しい関係にあった。早々に孕んだ私の親とは違い彼らはなかなか恵まれなかったようで、私のことを実の子のようにかわいがってくれていたことをよく覚えている。
私が高学年に上がる頃、漸く実った彼らの愛の結晶は、彼女の腹の中ですくすくと成長していった。そうして十月十日の後に生まれ落ちた子と、出産を無事乗り越えた彼女への見舞いに訪れた時、私はふにゃふにゃで真っ新な赤ん坊を抱いた。その瞬間に私は悟った。この子は、羂索なのだ、と。
まだお名前決めてないのよ、迷っちゃって。母となった彼女がそう言って笑うので、私は咄嗟に口走った。
「羂索」
聞き慣れない言葉だからだろう、きょとんとした彼らと両親に向けて、そして腕の中の赤ん坊に言い聞かせるように、もう一度。
「この子は、羂索がいい」
その言葉の意味を教えれば、ふたりはいい名前だと気に入ったらしかった。両親には相変わらずの博識だと褒められた。
それから年月は経ち、あの子が中学に上がろうという頃。私とあの子の両親が事故で亡くなった。飛行機の墜落だった。羂索のことは私が預かっているからと彼らに勧めた、ダブルデートならぬダブル夫婦旅行でのことだった。
あまりに呆気のない別れで、私は薄情にも涙のひとつさえ流すことなく葬儀を終えた。記憶があることも要因だろう。対して羂索は、それはもう泣きじゃくり、食事もまともに取れないほど沈み込んでいた。毎日のように遊んでいた宿儺たちとも会うことを拒んで、当然卒業を控えた学校にも登校しない。
その落ち込み様を見た私はーー好機だと思った。酷い奴だと自分でも思う。
既に成人し安定した収入も得ていた私は当然の如く羂索を引き取り、毎日毎日傍に寄り添った。優しい温もりで包み込み、甘やかな言葉で心を解きほぐした。その甲斐あってか暫くすれば立ち直り始め、学校にも通えるようになり、なんとか卒業式への出席はかなった。
だからその慰めの延長線上にあったのだ。知識の浅いあの子に気持ち良さを教え込み、私の腕の中で善がらせるのは。もう13になった、平安の世なら充分婚姻できる歳じゃないか。
「羂索、あいしているよ」
幼い寝顔を晒す羂索へ、囁きと共に口付けを落とす。それが私の毎夜の日課だった。 - 2124/10/03(木) 22:23:58
- 3124/10/03(木) 22:25:06
天羂純愛SSスレですよろしくおねがいします
- 4二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 22:26:55
たておつ!!純…愛…??そうかな…そうかも…
- 5二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 22:36:38
なんで親はこれ放置してるんだと思ったらどっちも…亡くなってたのか……
- 6124/10/03(木) 22:58:29
(独占(束縛)型と言いつつ他の型も混ざってるなということには気が付いております……メインがそれだということでどうかひとつ……)
- 7124/10/03(木) 23:04:16
差し出された真白の手を、羂索はーー
「巫山戯ないで」
パシンと振り払った。それでもなお顔色ひとつ変えない天元をキッと睨み付ける。震えそうな唇をキツく噛み締めた後、努めて冷静に言葉を吐き出す。
「弁明、できるのならしてよ。ちゃんと聞くから」
盗撮も、盗聴も、収集も。しかし天元は緩く首を振った。
「そんなものはない。君の知った全てが釈明の余地などない事実だ」
「っ……!」
途端じわじわと溢れ出す涙。どこかで期待していたのかもしれない。誤解だと、これには正当な理由があるのだと。……あんなものに、そんなものがあるわけはないのに。
羂索は戦慄く唇を開いて、震える声で思いの丈を叫んだ。冷静に、冷静に、そうは思っても、とてもではないが取り繕うことなどできはしなかった。
「君にとって私はなんなんだ、天元!自分の思い通りになる人形が欲しかったのか!?だから中学に上がってすぐの私に手を出したのか!?」
「羂索」
「愛してるなんて全部嘘だったんだろう!!」
一陣の風がふたりの間を吹き抜けていく。それを合図にしたかの如く、鴉たちが一斉に飛び立っていった。人の気配どころか動物の気配さえ遠ざかり、消える。沈黙ーーそして、静寂。
無意識のうちに呼吸を止めていたことに気付いて慌てて酸素を吸い込んだ。急激な供給に驚いた体は拒絶反応を起こし咳き込む。背を摩ろうと動いた天元を、羂索はゲホゲホと続く咳の合間に鋭い声音で突き放した。
「来ないで!!ゲホッ、触ら、ゴホッ、ないで!!」
天元の動きがピタリと止まる。辺りに羂索の苦しげな咳と呼吸音だけが響いた。
暫くして漸く治まった羂索は、口元を拭うと、改めて天元を見る。どこか悲しそうな表情を浮かべていて、言い過ぎてしまった、と良心がチクリとした。責めたいわけじゃない、ただ理由を聞きたかっただけなのに。 - 8124/10/03(木) 23:04:36
「てんげん、」
拳を握り締める。深く息を吸い込んで、語気を強めないように、感情を昂らせないように、そう言い聞かせて。
「君は私を、愛玩人形にしたかったのか」
「違う」
即座に返る否定。羂索は続く言葉を待った。
「私は君を人形だなんて思ってはいない。嘘偽りなく愛しているんだ。君に囁いた愛は全て本心だ」
「……中学に上がったばかりで手を出したのは」
「自制心が効かなかったんだ。君があんまりかわいいものだから」
「……なんで盗聴とか、あんなこと、」
「君の全てを把握しておきたかった」
再び天元の手が伸ばされる。羂索の頬を包み込んで、愛おしげな眼差しを注いで。
「君は私のーー私だけのものだから。私の知らない君が存在して、それを何処の馬の骨とも知れぬ輩が知っている、なんてことは許せないんだ」
吐息が肌を擽るほどに近付いた唇が、妖しく弧を描いた。
「ーーだから帰ろう、羂索」
もう二度と、外界への希求など持たぬように。 - 9二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 23:41:34
天羂純愛とても嬉しい
前スレの宿儺の言い方的に天元は前世から羂索にヤンデレてたのかな? - 10二次元好きの匿名さん24/10/03(木) 23:41:52
10まで保守
- 11二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 04:37:28
あかん反省してないぞこのヤンデレ
羂索!!もうちょい!!もうちょい話し合わないと籠の鳥にされるぞ!! - 12二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 09:15:26
どうする羂索…ひやひやドキドキする…
- 13二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 18:46:33
保守
- 14二次元好きの匿名さん24/10/04(金) 22:17:39
天元…完全に羂索を籠の鳥にするつもりだ…!
羂索の性格は知ってるだろうに、前世の反動か執着が凄いな…もしかして天元、何か妙なのに呪われてる? - 15二次元好きの匿名さん24/10/05(土) 06:44:24
マジで愛が歪んだ呪いになってる…
- 16二次元好きの匿名さん24/10/05(土) 16:46:34
天元様……
- 17124/10/05(土) 16:50:14
本心なのだろうと思った。紛れもなく、全て。愛しているという言葉も、誰よりも知っていたいという欲も。
羂索は頬に添えられた天元の手に自身の手を重ねた。
「帰ろう、羂索。私たちの家に」
畳み掛けるような言葉。思わず頷いてしまいそうになった羂索を遮るように脳裏に過ぎった、宿儺の言葉。
ーーいいか、絆されるなよ。ここで貴様が妥協してしまえば、この先ずっと何ひとつ変わることはない。
今回発覚した所業に恐怖と嫌悪を抱くなら、簡単には許してはいけないと。絶対に二度としないと確約するまでは頷いてはいけないと。そう言われたのである。瞬きをひとつ、それから羂索は天元の手を柔く握って、そっと頬から引き剥がした。
天元は何ひとつ変わるつもりなどないのだ。謝罪の言葉も、これからはしないという約束の言葉も、彼女の口からは一切出てはこないのだから。
一歩、また一歩と下がった羂索は、相も変わらず微笑みを浮かべる天元に向けて、言い放った。
「別れよう」
一瞬ーーほんの一瞬。天元の微笑みが歪んだのを、羂索は見逃さなかった。すぐに取り繕われたその下で、いったいどんな感情が渦巻いているのか。想像するだけで身震いしてしまいそうな自身を奮い立たせて、羂索はなおも言い募った。
「一度別れよう、天元。私たち、きっと、距離を置いた方がいいんだ。だってずっと一緒にいたんだよ」
物心着いた時には既に傍にいた。天元が学生の頃は常にとはいかなかったが、時間の許す限りずっと一緒だった。
だから離れた方がいいのだと羂索は思った。羂索は天元の手が届かない世界を深くは知らないし、天元もまた羂索から長く目を離したことがない。一度経験してみたら変わるんじゃないか、羂索は天元の庇護下を離れて生きてみる、天元は羂索から意識を遠ざけて他に注目してみる、そうすればこの歪みも治るんじゃないか。
「嫌いになったからとか、他に好きな人がとか、そういうのじゃないよ。でも、ほら、お互いのために……」
「油断も隙もないな」
溜め息を吐いた天元は、距離を詰めて羂索の"額"に手を伸ばした。親指でぐいっと拭うように撫でる。もはやその顔から微笑みは消えていた。
「宿儺たちに誑かされてしまったのか」
「ちがっ」
「今更離れるなんてそんなこと、許すわけがないだろう」
「てん、」
「かつて置いていかないでくれと縋ったのは君の方なんだからな」
「え……?」 - 18124/10/05(土) 16:50:29
否定を挟む暇さえなく並べられた言葉の羅列に、羂索はぴたりと固まった。全く身に覚えのない話だ。いや、幼少期の事ならば記憶になくてもおかしくは……?天元が羂索のことで記憶違いをしているとはとても思えなかった。
なんの事だか分からず軽く混乱する羂索に対してふっと笑った天元がまあしかし、と続ける。
「彼らのことも忘れるくらい愛せばいいだけだな」
ーー思わず逃げ出してしまうほどに天元の微笑みは恐ろしく、羂索はもう戻れないのだと悟ったのであった。 - 19二次元好きの匿名さん24/10/05(土) 16:55:52
あっまずいバッド一直線…逃げ切れ羂索!!!すっくん!すっくん助けて!!!
- 20二次元好きの匿名さん24/10/05(土) 19:10:06
愛の伝道師!!頼む!!今すぐここに来てくれ!!
- 21二次元好きの匿名さん24/10/05(土) 21:08:09
天元がここまで悪化したのって羂索の過去の事故(額の怪我のやつ)が関係してたりする…?目を離した間に大怪我したのが天元のトラウマになって両親の事故死も相まって過激になってる的な…
- 22二次元好きの匿名さん24/10/06(日) 06:37:39
公式で丸くなる事が確定した宿儺さん!!助けて!!!
- 23二次元好きの匿名さん24/10/06(日) 16:42:49
保守
- 24二次元好きの匿名さん24/10/06(日) 21:01:02
監禁ルートかぁ〜?
そのまま絆されてくれてもええんやで羂索 - 25二次元好きの匿名さん24/10/06(日) 22:20:54
監禁ルート入るなら今度は思考を鈍らせる系の薬を盛られかねないな…
宿儺ですら現代基準で生きてるのに天元はまだどこか平安感覚が抜けて無いのは前世で長生きし過ぎた弊害か…? - 26124/10/07(月) 00:21:31
逃げ出した羂索は一心不乱に走っていて、いつの間にか宿儺たちが待っているカフェを通り過ぎてしまっていた。そのことに気が付いた羂索だったが、立ち止まったら捕まってしまうような気がして足を止めることは出来ず、結局走り続けることを選んだ。握り締めていたはずのスマホは落としてしまっていて、連絡の手段はない。合流出来たら謝らなきゃ、そう思う余裕もない。
そんな風にひたすら天元から逃げることだけを考えていたものだから、路地裏へ入り込んだところでどんっと誰かにぶつかってしまった。華奢な体は反動に押され尻もちをつく。
「いたた、すみません!」
コンクリートに勢いよくぶつけた尻は酷く痛んだが、自身の前方不注意であることは明白だったので慌てて頭を下げた。
「いや、俺もちゃんと見ていなかった」
ぶっきらぼうではあるがイチャモンを付けてくるような怖い人ではないようで、そう言って手を差し出してくる。一瞬迷ったが大人しく借りることにして手を掴み、ぐいっと引っ張られるのに合わせて立ち上がる。
目線がだいたい同じになり目が合った、瞬間ーーそれまで動かなかった無表情が、怒りと憎しみに染まった。 - 27124/10/07(月) 00:22:08
「オマエっ!!羂索か!?」
「えっ?」
突如浴びせられた怒声に訳が分からず肯定も否定もできない羂索に対して、畳み掛けるように言葉が続く。
「その額の痕!!言い逃れなどさせんぞ!!今度は何を企んでいる!?」
それまでどこか茫洋として隈を湛えていた瞳が、血走るほどに見開かれギラギラとして、絶対に許さないという強い意志で以て羂索を睨み付けた。
額の痕は確かに特徴的だろう。とは言え随分と薄くなっているし、今日だって万に借りたファンデーションを……そこで思い出す。つい先程、天元が不自然に拭うようにして額を撫でていたことを。まさか、ファンデーションを拭い取るために?しかし何故。
それに言い逃れ?今度?企み?羂索にはさっぱりわからない。
「企みって、なんのこと、」
「しらばっくれるつもりか!?この期に及んで!!」
否定の言葉は火に油。ますます激昂した男に羂索は萎縮してしまう。身近な男と言えば宿儺だが、彼は強面な容姿とその体格とは裏腹に激昂することがないし、羂索に怒鳴り散らしたこともなかった。他の、たとえばクラスの男子なんかは宿儺がいるため寄り付かず、結果として羂索に男の怒声の耐性はなかった。
そんな羂索の様子に気が付かないのか、男は更に憎悪をぶつける。
「何故オマエなんかが生まれ変わっているんだ!!弟たちに!!悠仁に!!業を背負わせ続けたオマエが!!生まれてきていいわけがないだろう!!」
明確な意思を持って強い力で突き飛ばされた羂索は地面に倒れ込んだ。先程の非ではない痛みが尻から背中に掛けて走る。
「オマエが生きている限り!!いつ弟たちがまた不幸になるか!!」
オマエは!!生きていてはいけない!!その言葉と共に男の手が羂索の首に掛かる。
「や、やめっ!!たすけて!!」
「そう縋った"母"を!!オマエは!!」
ぎりぎりと締められていく。じたばたと暴れて精一杯の抵抗をしたが、特別鍛えているわけではない普通の女子高生の力が、見るからに体格の良い男の力に敵うわけもなかった。
閑散とした街の、更に路地裏で起きていることなど、気付く者はなく。
羂索の意識は、次第に遠退いていくーー - 28二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 00:51:51
うわぁー?!?!ちょ!お兄ちゃん!!!気持ちはよく分かるけどその子記憶ないから!!今世は完全完璧被害者だからーーー!!!!!
- 29二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 00:59:58
ば、バッドエンドが生えてきた…天元さま…だと取り返しのつかないことになりそつ…宿儺!宿儺ー!
- 30二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 06:53:56
- 31二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 08:00:38
あのカッシーが無言に…!!!?
- 32二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 08:06:54
五条来るかなぁ?五条来て「お母さんに縫ってもらった雑巾~」って額の傷の事を喩えて泣かせるかな…と思ってたらお兄ちゃんが来たか!!
やべぇな、最初っから憎しみがクライマックスだぜ - 33二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 18:16:08
ほ
- 34二次元好きの匿名さん24/10/07(月) 20:46:16
お兄ちゃん…!!気持ちは分かるが耐えろ!お兄ちゃんに前科が付いたら弟達が悲しむんだぞ…!!!
っていうか虎杖や他の九相図達も転生してるのかな? - 35124/10/07(月) 23:58:02
「やめなさい、脹相」
不意に薄暗い路地裏へ響いた声。凛としたそれに思わず脹相は手の力を抜いた。開かれた気道へと一気に流れ込んでくる酸素で羂索はまたしても酷く咳き込んだ。
顔を見ても誰だか分からなかったが、声には覚えがあった。カツカツと足音を鳴らして近寄ってくる。
「オマエ……天元か?」
「そうだ。今世でははじめまして、だな」
脹相の驚きに満ちた顔がおもしろかったのかクツクツ笑う。まじまじと見、ぼそりと零す。
「親指じゃないのか……」
場にそぐわない呟きが余程ツボに入ったのか、ははは、と珍しく大口を開けて笑う。
「今の私は只の人だからな。君たち兄弟と、その子と同じ」
その子、そう言われて脹相は先程まで自身が殺そうとしていた女を見下ろした。ぐったりと脱力した四肢、ぴくりとも動かない表情が死んでいるように見えたが、辛うじて上下する胸元が生を証明している。
見詰める、というより睨み付けていた脹相は顔を上げると、天元へ鋭く問うた。
「庇うのか?」
「その子には記憶がない。かつてのことなど何ひとつ憶えてはいないよ」
「だからと言って!それが罪を許す理由になど……!」
静かな天元の言葉に、一旦落ち着きかけていた憎悪が噴き上がる。噛み付くように叫ぶ脹相に、しかし天元の声はどこまでも平静を保っていた。
「君にとってはそうかもしれないな。だが、私にとっては違う」
膝をついて羂索の頭を撫でる。その顔のなんと慈愛に満ちていることーー複雑な気持ちになった脹相は、一度大きく深呼吸をして、それから努めて静かに思考を吐き出した。
「オマエだってコイツに酷い目に合わされただろう。最後は取り込まれて……」
「そうだな」
「何故、許せる?」
心底理解できないという表情を浮かべる脹相に、天元は菩薩の如き微笑みで返す。
「はじめから憎んだことも恨んだこともない」
この子の全ては私のものだからな。 - 36124/10/07(月) 23:58:21
思わず閉口してしまった脹相を後目に、天元は羂索の体を抱き起こす。その動きによって意識が浮上したのか、瞼が震え、ゆっくりと開かれた。ぼんやりと虚ろだった瞳に光が戻り、脹相が写される。
「……ぁ、や、やだぁっ!やめてっ!たすけてぇっ!」
「羂索、私だ」
「ごめんなさ、ゆるしてっ!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「大丈夫だ。羂索。怖いことは終わった」
取り乱す羂索の背を摩り、安心させるように幾度も囁きを吹き込む。暫くして落ち着いてきた羂索が天元の存在を漸く認識した。
「ぁ、あ、てんげ、ん……?」
「そうだ。もう大丈夫だ。怖いことなんてなんにもない」
「て、んげ、」
「大丈夫、大丈夫。私が傍にいるからな」
「おこっ、て、ない……?」
「怒る?私が?君に?そんなことあるわけないだろう?よしよし、いい子だ」
いい子だな、と子守唄のように繰り返せば、次第に羂索の瞼が下がっていく。そうして完全に閉じられ、すうすうと穏やかな寝息が聞こえ始めた頃、天元は脹相の方を見ることさえなく言葉を紡いだ。
「この先、この子が君たち兄弟に害を為すことはないよ」
「何故そう言い切れる」
「もう二度と、会うことはないからな」
そうして天元は羂索を姫抱きにして去って行きーー宣言通り、羂索共々二度と彼の前に現れることはなかった。 - 37二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 06:50:22
あ゛っ
- 38二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 06:50:43
いやー監禁ルートー!!
- 39二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 07:58:04
あぁ…男性恐怖症もしくは対人恐怖症からの合意監禁ルートか…羂索も合意なら宿儺達も手が出せないな
- 40二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 17:33:10
高専側の人間は隣町に集まってる感じなんかな…?それを天元が知ってたなら、まぁ羂索もかなり恨まれてるしあまり外に出したく無かったのも理解出来る…か?
- 41二次元好きの匿名さん24/10/08(火) 22:12:05
話の流れが不穏だったから言い出せなかった妄想なんだけど、この天元様はSMプレイをするってなったときに麻縄をなめすところからやりそう
麻縄を鍋でじっくり煮てチクチクするところを炙ってオイルを染み込ませて……って長い時間かけながら丁寧に丁寧に他でもない羂索のためにって夜通し作業しそう
実際に羂索って自分が作った麻縄が羂索を縛っていることに興奮していると良い - 42124/10/09(水) 00:07:49
【閑話】
くしゅん、とかわいらしい音が響いた。
「おや、風邪か?」
宿題をこなす羂索の頭を優しく掻き混ぜる。肌寒くなってきた今日この頃、中学に上がり運動部に所属したことで体力はますます向上してはいるが、それはそれとして季節の変わり目とあれば体調を崩してもなんらおかしくはない。
羂索はシャーペンで唇をふにふにしながらんーと唸った。向き合うプリントに空欄はなく、あっという間に終えたようである。
「クラスでは流行ってるけど」
「そうか。インフルエンザもそろそろだろう。暖かくしないとだな」
「別に大丈夫でしょ」
インフルといった重篤な病には掛かったことのない健康優良児である羂索は、いそいそとブランケットやら生姜湯やらを用意する天元を心配症だなあと眺めていた。
お風呂から上がり、タオルで髪を乾かしていた時。またしてもくしゅん、くしゅん、と響いた。手を止め覗き込めば、ほんのり上気した頬ーー風呂上がりならば当然の生理現象なのだが、風邪故と思えばそうも見えた。額に手を遣って首を捻る。
「熱はなさそうだが」
「だから大丈夫だって」
「そうは言ってもな、こういうのは引き始めが肝心なんだ」
「寝たら治るよ」
「ならばさっさと寝よう」
ドライヤーを手に取って勢いよく乾かし始める。ゴウッという音の中で再びくしゅんと三回連なった。
乾かし終えたふたりは隣合ってベッドに寝転ぶ。肩までしっかり毛布を被り、さあおやすみ、というところで。天元の掌が妖しく蠢いた。羂索の腹を、胸元を、首筋を撫でていく。
「ちょ、っと、寝るってばぁ……」
「ふふ、風邪は引き始めが肝心なんだ。そして移してしまえば治るんだよ」
「それ迷信……ちょ、や、あっ!」
ーー結局天元に移ることはなかったし、羂索は見事に熱を出したので翌日もすっかり看病されてしまったのであった。 - 43二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 08:16:12
ちょくちょく挟まる閑話助かる
しっかり中学生に手出した上に一人勝ちしてる天元様さすがだね…… - 44二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 19:45:35
- 45二次元好きの匿名さん24/10/09(水) 20:36:10
生まれて初めて明確な殺意と憎悪を真正面からぶつけられたから相当なトラウマだよな…暫く外には出られなくなりそう…天元の仕込みではなく純粋な事故と信じたい
- 46二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 06:50:14
ほしゅ
- 47二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 16:05:23
ほし
- 48二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 23:10:31
天元様、なんなら隣町のこともある程度把握しておいて「この街にはあの兄弟もいるし、このまま泳がせれば誰かしらあの子に恨みをもつ者と出会って憎悪をぶつけられるだろうな」くらいは想定してたのかな
そうだとしてもまさかいきなり危害を加えられるとは思ってなくてちょっとご機嫌ナナメ?(脹相の方を見もせずに去ったりだとか)
前世のこの子の所業も君の気持ちもわかるがいきなり何してくれてるんだ私のものだぞって感じかな - 49二次元好きの匿名さん24/10/10(木) 23:13:33
脹相遭遇の一連が天元の仕込みか?って思ったけど、良く考えたら隣町指定したのは宿儺なんだよな…しかも羂索が闇雲に走り回った先にいたわけだし、今回の件は完全に事故かな
- 50二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 08:12:26
完全に事故だとしたら天元様の最後の不機嫌は想定外が重なってのことかな
久しぶりに脹相に会えたのまではいいけど羂索の首絞めてるし、ちょっと来るのが遅れたら手遅れだったかも……の焦りから今後の束縛がより激しくなりそう - 51二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 13:25:04
ほしゅ
- 52二次元好きの匿名さん24/10/11(金) 22:44:42
ほし
- 53二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 08:12:55
ほしゆ
- 54二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 08:23:47
これ…羂索完全に囲われた…??メリバ一直線…?
- 55二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 17:14:05
羂索…
- 56二次元好きの匿名さん24/10/12(土) 21:09:25
羂索の方から天元を求めてしまったら、もう…ね
- 57124/10/13(日) 01:08:04
テッセンの描かれた毛布の下、穏やかな寝息を立てていた羂索は、しかし次第にその顔を苦悶に歪めていった。定かでない譫言を繰り返し魘される羂索を見下ろして、天元は額に掛かった髪を退けてキスを落とした。
あの後羂索を車に乗せた天元は、素知らぬ顔で帰宅していた。羂索が落っことしていった宿儺のスマホは彼の家のポストに返却済みである。事の次第を裏梅のLINEに送ったので、彼らも今頃は各々帰宅しているだろう。通知を知らせるスマホなぞ無視して悪夢の中にいる眠り姫を愛でるのみである。
耳朶をふにふにと弄り、首筋を優しく撫でる。くっきりと痕がーー天元の付けたものではない痕が残る首筋を。撫でたところで消えようはずもなく、天元は息を吐いた。
「この子の体に痕を残していいのは私だけなんだよ、脹相」
一瞬湧き上がった怒りの波は、けれどもすっと引いていく。脹相は、その下の8人も、そしてかつては羂索自らが腹を痛めて産み落とした虎杖悠仁も、今や羂索の子ではないのだ。それを思えば怒りどころか興味さえ失われ、天元の頭の片隅にさえ存在しなくなる。
徐ろに顔を近付け舌を這わす。消毒するように幾度となく舐め回すと、じゅうと吸い付いた。紅花の咲いたそこを執拗に舐め上げる。夢中になって何箇所にも渡り咲かせていると、羂索の口から呻き声が漏れた。ハンカチでさっと首元を拭き取り、何事も無かったかのような顔で羂索の頭を撫でた。
「んん……」
「おはよう、羂索」
瞼が重たいようで、常より時間をかけて開かれる。一番に写り込むよう顔を覗き込んだ。
「……ぁ、」
「ふふ、お寝坊だな」
「あ、やだ、ごめん、なさ、」
「謝ることなどないよ。さ、ご飯を食べよう」
記憶が混濁しているのか錯乱する羂索の頬を掌で包み込み、優しくキスを贈る。しかしそれさえ拒むようにいやいやと頭を振った。
「なんで、なん、ちがう、わたし、だって……だって……」
顔を覆って判然としない言葉を繰り返す。そのうち呼吸が荒くなって、過呼吸寸前に陥ってしまった。天元はそっと羂索の手を握り顔から外させる。片手で目元を覆い隠すと、再び唇に吸い付いた。舌を差し込み無遠慮に口内を蹂躙する。
存分に味わい尽くした天元が唇を離せば、そこに架かるのは淫猥な銀糸。ぷつ、と切れ垂れ落ちるのと同時、羂索の瞳が彷徨い動いた - 58124/10/13(日) 01:08:16
「わたし、わたしは……だれ?」
呆然と呟かれた言葉に、天元は静かに目を見開いた。 - 59124/10/13(日) 01:08:58
保守ありがとうございます
更新できずすみません…… - 60二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 01:10:45
おっとぉ…………
いつもお疲れ様です!! - 61二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 06:37:57
む?前世の記憶が戻り始めてるのか…?それとも脹相に言われた事が引っ掛かってるだけかな…
- 62二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 11:54:59
テッセン···「甘い束縛」「縛り付ける」
甘い……快楽漬け…ってコト?!でもそれどころじゃなさそうだね - 63124/10/13(日) 14:00:14
【閑話】
中学三年の夏のことである。
羂索は宿儺たちと共に見学のため高校を訪れていた。とは言っても受けることはないだろうと思っているので半ば冷やかしのようなものである。お笑い部なんていうそうそう聞かない部活が少し気になってはいるが、県外なので天元の許可が下りることはきっとない。
羂索も宿儺たちも、学力的に言えばもっと偏差値の高い学校を余裕で狙えるのだが、なんだかんだと理由を付けて、地元の近場に進学する予定である。
さて、羂索のお目当てははじめからお笑い部一択なので、教師の説明を受けていた時には眠たそうにしていた瞳を輝かせて廊下を突き進む。別行動でいいと言ったのだが、厄介事に巻き込まれたら面倒だと着いてきた宿儺、それに何時如何なる時も宿儺の傍に控える裏梅と宿儺在るところに現れる女万も引っ付いて、結局いつもの四人だった。
お笑い部が活動している講堂に辿り着く。建て付けの悪いドアを開き中を除けば、数人の男子生徒がわいわい盛り上がっているところだった。
「……お、見が、く……」
一際目立つ白髪の生徒が気付いて此方を向いた瞬間言葉は途切れていき、快晴を宿した瞳がまん丸になっていく。
「おっま!宿儺か!?」
「はーウザ」
宿儺は面倒臭そうに溜め息を吐いた。なんだなんだと他の生徒も談笑をやめて注目が集まった。
「え、宿儺知り合い?」
「知らん」
「さらっと嘘吐くじゃん。え、てか、その痕、オマエ……お母さんに縫ってもらった雑巾!」
「は、え……」
指差して叫ばれた言葉に呆然としたあと、じわじわと瞳に膜が張っていく。確かに手術痕を見て心ない言葉を投げてくる輩はいたが、それにしたって随分な言い草である。
「悟、初対面の子にそんなこと言ったら駄目だろう」
「え?いや、でも、」
黒髪団子の男子が窘めるも、羂索の反応に戸惑った様子を見せる白髪。一連の遣り取りにはーっと息を吐き出した宿儺が白髪に団子、それから驚いた顔で羂索を見ていたもうひとりへと無遠慮に近づいて行き、部屋の隅へと引っ張った。 - 64124/10/13(日) 14:00:30
「あれは記憶を持たん。故にかつては返せた軽口を今も返せるとは限らんのだ。特にあの痕はデリケートな問題だ。わかったか」
「うわまじ?じゃあ俺後輩泣かせた最低野郎じゃん」
「後輩なら前世で散々泣かせてたと思うけどね。それにしても、そうか……元呪術師はみんな記憶があるものと思っていたよ」
「俺も憶えていない者はあれ以外に知らん。何故あれだけが抜け落ちているのかはわからんが……それから後輩にはならんぞ。見学だけだ」
裏梅にハンカチを差し出され万に肩を叩かれている羂索をちらりと見遣る。あの痕さえなければパッと見たときに羂索だとわかる者はそうはいないだろう。それ故に思う。因果、なのだろうかと。
そんな宿儺を不思議そうに見詰め、目を瞬かせる白髪に対してなんだと不機嫌な声を出せば、何故かふはと笑う。
「オマエ、丸くなったな」
眉間に皺を寄せるも反論はしない宿儺の肩を、満面の笑みを浮かべて叩く。あまりにも馴れ馴れしいが、しかし弾き落とすようなことはなかった。
「そっかあ……アイツ、記憶ないんだ……まあこればっかりは仕方ないよな」
少し涙ぐむ男子に宿儺ははてと首を傾げたが、深くは気にせず大きな声で告げた。
「あれを泣かせた詫びならば芸で笑わせてみせろ」
ほんのり赤らんだ目元を恥ずかしそうにしながらもわくわくと心躍らせる羂索の前で、彼らによるコントが繰り広げられたのであった。 - 65二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 14:34:48
ほのぼのするエピソードと本編の温度差で風邪ひく
- 66二次元好きの匿名さん24/10/13(日) 18:13:14
もう一人の男子生徒…髙羽か、可哀想に…
- 67二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 00:35:45
ほのぼの閑話嬉しい〜
ただこのやりとりも天元様はおそらく聴いているので既に五条はブラックリスト入りかもしれないですね……天元様の中では…… - 68二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 06:44:48
五条やっぱりやらかしてたか…県外って事は結構皆でバラけて転生したんだな
- 69124/10/14(月) 13:42:13
解離性健忘かーーそう考えた天元は上がりそうになる口角を必死に抑えた。前世ならばいざ知らず、今世は極平和な、両親を一気に喪うという経験はあれど、暴力沙汰からは遠い人生を歩んできたのだ。真正面から全身全霊をもってぶつけられた殺意、憎悪、それらに耐えられるわけもない。
ーー忘れてしまったなら、一から染め上げてしまえばいい。今度は私しか知らない、私だけを求める、私だけの愛し子に。
そんな内心をひた隠し、天元は眉を落として心配を前面に出した顔で改めて羂索と目を合わせた。柔らかな声で、ゆっくりと問い掛ける。
「自分の名前はわかるかな」
「……羂索」
「では、私の名前は?」
「……天元」
おや?と首を傾げる。名を忘れているわけではないようで、ならば先程の呟きはどういうことなのか。羂索は困惑した様子で目を泳がせる。一番混乱しているのは本人だろう、天元は瞬きをひとつ、安心させるように微笑んだ。
「名を覚えているなら問題はないな。さ、ご飯にしよう」
「う、うん」
問答のうちに落ち着いてきたのか、差し出された天元の手を素直に取ってベッドから降り立つ。
「……ねえ、」
星漿体って、なに?
息を飲む。まさか記憶が?忘れたのではなく思い出した方だったか。しかしそれを訊くということは完全にというわけではないのだろう。天元は動揺を悟られぬよう微笑みを崩さず羂索の頬を擽った。
「どこでそれを?」
「……夢、で」
「夢?」
こくりと頷く。
「私は……その星漿体、の子を殺そうとして、でも、いつも邪魔されて、」
「うん」
「いつも、天元に届かなくて……!」
「そうか」
「でも、今は届いて……、夢……?」
「現実だよ。今、こうして手を繋いでいる。体温を分け合って、一緒にご飯を食べる。全て現実だ」
聞き分けの悪い幼子に言い含めるように、囁く。羂索はぽろぽろと涙を零した。ふうわりと腕の中に囲ってしまえば、天元の背に必死で手を伸ばしてしゃくり上げる。
「おい、おいてか、ないで」
「ああ、勿論。君を置いていくなどありえない」
羂索の頭を優しく撫でながら、今度こそ、存分に口角を上げる天元だった。 - 70二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 13:56:23
あぁ〜合意になるのかこれ
- 71二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 20:37:46
あ~これはHAPPY ENDですねぇ(白目)
- 72二次元好きの匿名さん24/10/14(月) 20:50:29
あ゛ー!羂索ー!
- 73124/10/15(火) 00:11:23
ほかほかの白米に具材たっぷりの味噌汁、甘い卵焼きとほうれん草のおひたし。実に模範的な朝食。向かい合って手を合わせる。
「ん、美味しい」
「それは良かった。おかわりもあるぞ」
「朝からそんなに食べれないって」
いつも通りの遣り取り。いつも通り"過ぎる"遣り取り。まるであの一連の出来事がなかったかのように時が流れる。
解離性健忘と一口に言っても症状によって細分化される。当初天元の頭に浮かんだのは全般性健忘ーーほとんど全てを忘れてしまう、記憶喪失と聞いて誰もがパッと浮かべる症状だ。自身と天元の名を覚えていたことでそれは否定されたが、しかし他の健忘の可能性は残っていた。
考えられるとすれば限局性健忘ーー特定の出来事あるいは特定の期間を忘却してしまうタイプ。つまりは脹相との邂逅を、いや隠し撮り類を見付けたことから忘れ去っているということ。
前世の記憶を夢で見たことによる混乱はあるが、喪失を自覚している様子はない。天元もまた指摘するような藪蛇をするはずもない。何食わぬ顔で卵焼きを頬張る羂索を見守るのである。
食べ終わる頃、ふと思い出したように口を開いた。
「昨日ケーキを買ったんだ」
「ケーキ?」
「そう」
キッチンに姿を消した天元が戻ってくると、その手には色とりどりのケーキを乗せたスタンドが。見掛けによらず力持ちだよねえと呑気に見つめる羂索。
「苺とチョコとチーズと……随分たくさん買ったんだね」
「君と食べるからな」
机に置かれたそれに呆れを滲ませながら、けれどキラキラした瞳は隠しようもなく。
「でもこんなに食べたら太るよ」
「君の面積が増えるな」
「嬉しくないし!」
そうは言っても手には既にフォークが構えられている。どれから食べようか、フォークを握った手を彷徨わせる。朝からチョコは重いかな、まあでもケーキの時点で大差ないか。そんな風に考えながらうーんと悩んでなかなか決められない様子に、天元はふっと笑った。
「朝からそんなに食べれないんじゃなかったか?」
「甘いものは別腹なの!」
そう主張するもどこか恥ずかしそうにしながらえいっとチョコケーキへフォークを突き刺した。
「……半分こする?」
「お願いしようか」
どこまでも、あまりにも、穏やかに時間は過ぎていく。 - 74二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 08:03:17
わ、ァ……
- 75二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 13:20:42
羂索可愛い!!けどめちゃくちゃ不穏
- 76二次元好きの匿名さん24/10/15(火) 21:02:47
天元にとって都合の悪い事全部忘れちゃった感じか?
まぁ、脹相関連の出来事を全部消去するならそもそもの発端も忘れた方が負担が減るもんな… - 77二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 07:39:14
ひえ…
- 78二次元好きの匿名さん24/10/16(水) 18:19:02
全部忘れた爆弾抱え羂索なのか全部思い出してるけど隠して天元の側にいる共依存羂索なのか可能性でいっぱい
- 79124/10/16(水) 22:31:29
何気なくテレビを付けた時だった。
某刑事ドラマの再放送が流れている。物語は終盤も終盤、追い詰められた犯人がペラペラと薄汚い自己弁護をし始めていた。その先の流れ、結末など長年放送されていれば分かりきったもので、天元は特に意識を傾けるでもなく、しかしわざわざチャンネルを変えるほどの抵抗感もなく、垂れ流しにしていた。
羂索が戻ってきたら映画でも観ようか。最近のものもいいが、幼い頃に観た懐かしのものもたまにはいいだろう。大きくなってから観ると感じ方も変わってくると言うし、当時の思い出話に花を咲かせるのもまた一興。
画面の中では、とうとうブチ切れた主人公の刑事が血管をはち切らんばかりの勢いで怒鳴った。予想通りの展開ーーけれど、現実では"以前までなら"起こり得ない事態が起こった。
「ひっ……」
上がる小さな悲鳴。ちょうどお手洗いから戻ってきた羂索が、腰を抜かしてへたりこんでいた。
「羂、」
「ぁ、や、ごめんなさい!ごめんなさい!」
名を呼ぼうとした天元の声を遮るように叫ぶ。慌ててテレビを消し駆け寄って、優しく肩を抱く。そうして安心させるように擦った。
両の手で顔を覆い、呼吸は乱れ、小さな声でごめんなさいが繰り返される。
「大丈夫、大丈夫だ。羂索、君はなにも悪くない」
「ゃ、は、ころ、ないで、たすけ、てんげん……」
「殺さない。大丈夫だ。私は傍にいる」
健忘だとしても、根底に横たわるトラウマまで消え去ったわけではない。ドラマの怒鳴り声ひとつでフラッシュバックが起こってしまったのである。 - 80124/10/16(水) 22:31:44
天元は歓喜した。植え付けられたトラウマが、羂索を何重にも縛り付ける。この家から、天元の囲いの中から、逃げ出すことなどできなくする。蘇る恐怖の中で縋り付き助けを求める相手は天元だけで、心の根っこの部分に椅子を置いているのはどうやら自分のようだと、天元は宿儺たちに優越感を覚えずにはいられない。その相手こそが……そんなことは知る由もないのである。だから、かわいそうな羂索、かわいそうで、嗚呼ーーなんてかわいい。
涙に濡れた顔を胸元に押し当て大丈夫だと囁き続ける。羂索の手が自身の顔から天元の背に移る。ぎゅうと服を握り締める、その力は驚く程に弱々しい。
「てんげん、ゆるし、て、」
「怒ってないよ、羂索」
何分、あるいは何十分が経ったか。カチコチと秒針の音が響く。次第に呼吸は整っていき、怯え啜り泣く声だけが天元の耳に聞こえていた。 - 81二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 07:57:23
ひえぇ…!
- 82二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 13:36:03
ひえッ
- 83二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 17:56:19
そんなつもり全然無いだろうけど脹相は天元にとって、とても良い仕事をしてしまったな…(白目)
- 84二次元好きの匿名さん24/10/17(木) 23:18:55
つ、続き待機…
- 85二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 08:09:20
思ってたよりトラウマが根深い…羂索外に出られなくなっちゃうの…?
- 86二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 13:17:15
幸せになってくれ保守
- 87二次元好きの匿名さん24/10/18(金) 22:43:03
ここからハッピーにいける保険isどこ…
- 88二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 09:41:56
ほ
- 89二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 13:05:10
ほしゅ
- 90124/10/19(土) 14:54:35
脳みそかはたまた魂か、拒絶反応を起こしたのかもしれない。突然にパッタリと気を失ってしまった羂索を抱えてソファに腰掛ける。未だ乾かぬ涙を舐め上げてからハンカチで綺麗に拭き取った。
僅かに開かれた口からは細く震えた息が吐き出され、ぐっと寄せられた眉根が夢の中でも脅かされていることを物語っている。
現実に帰還したとき、果たして憶えているのかどうか。思い出してしまっていたらーー常時怯え縋り付く羂索が見られると思うと浮き足立ってしまう。またしてもすっかり忘れてしまっていたとしても、こうして時折起こるフラッシュバックの度に縋り付いてくる姿を想像すれば、それだけで絶頂を迎えてしまいそうな程だった。
天元は首筋に顔を埋めて、寝かしつけるように優しく腹をとんとん叩いた。夢の中までは助けに行けない、それだけが少しの不満だった。
「……ぅ、」
「うん?起きたかな」
小さな声が漏れ聞こえ顔を上げる。しかし瞼が震えることはなく、単なる寝言のようだ。頬にキスをし、頭を撫でて髪を梳く。天元にとっては穏やかな時間が流れる中で、その呟きは唐突に零された。
「しめ……か……ゆう」
途切れ途切れではあったが、確かに羂索は死滅回遊と発した。前世の記憶を夢に見ているのだと察した天元は、暫く寝かせておこうという思考を改めすぐさま起こしに掛かった。頭が揺れないよう注意しながら肩を揺さぶり、何度も呼び掛ける。しかし相当深く潜り込んでいるのか、なかなか浮上してこない。
「いち……に……じゅれ……おも……と……もっ……から」
「羂索、羂索、起きるんだ」
そのうち明らかに会話と思しき呟きが零れ落ちるようになった。ぴちぴちと軽く頬を叩く。普段であれば必ず起きて何するのさと文句を言うのに、気絶から入った夢だからか、前世の記憶を追体験していると推測されるからか、効果はない。"今"の声が届かない。だから天元は焦っていた。
そっちは思い出さなくていい、あの頃の自由を、好奇を、知る必要はない。今の私にそれを許容できる術はないのだから。
「き……ちは、」
「羂索、」
「失敗作だからね!」
明瞭な叫びと共にハッと瞼が開かれる。大きく見開かれた目に宿るのは困惑、動揺、そして、
「わた、わたし……わたし、」
その恐怖は誰に向けたものなのか。この時の天元には読み取ることができなかった。 - 91二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 15:00:17
やっばいやっばいやっばい!!!!
お兄ちゃんとんでもないことしてくれたな……いやほんと…どうにかなってくれ…!! - 92二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 17:24:08
最低だぜお兄ちゃん!!
- 93二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 17:43:47
思い出しちゃったか…
- 94124/10/19(土) 21:10:21
「てんげん、」
羂索は言う。
「私は、君を、ころした……?」
天元が言葉を返すより早く、問い掛けの形をしたひとりごとが続けられた。
「私は、面白いと思った?だから、君を?彼は、誰だ、私が作った、でも、期待から外れて、それで、あんな……?」
頭を抱えて必死に整理しようとする羂索を、天元は宥めるために抱き締めようとした。抱き締めて、全て夢だから忘れてしまいなさい、そう囁こうとした。けれど、回した腕に力を込めるより前に、羂索の体がバネの如く跳ねて立ち上がった。それはまるで天元の庇護下から飛び立たんとするかのように。
向き直った羂索は、顬に汗を垂らして、目をかっぴらいて、両の手は庇うように頭を押さえて、そんな中で中途半端に上がり掛けた口角があまりに歪だった。
「天元、私は……生まれるべきじゃなかったのか」
ねえ、と。震えた声は更に紡ぐ。
「私がいたから、君も、彼らも、……だから、生きてちゃいけないんだ」
そうだ、生きてちゃだめなんだ。自己完結したその瞳はもはや天元を写してはいない。虚ろに澱んだ瞳を見開かせてぶつぶつと繰り返す。生きてちゃいけない、死ななきゃ、死ななくちゃ。
「っ!羂索っ!」
「死ななくちゃ、」
「羂索!聞いてくれ!私の言葉を!」
がしりと肩を掴み無理やりに視線を合わせる。
病などで弱りきった羂索は好きだった。他に頼れる者もなく、天元に縋るしかない姿は庇護欲と共に独占欲を満たした。トラウマに苦しむ羂索も愛している。泣いて助けを呼ばうその様は天元にとって至福の時と言って過言ではない。
しかし、これは違う、これは駄目だ。天元は彼のように羂索を憎んでも恨んでもいない、寧ろ愛しているのだ。死など望むわけがない。自分の寿命が尽きるその時まで傍らに置き愛でる、天元が死ぬその時には羂索も死出の旅路に就く。そうして今も死後も天元だけのものであり続ける。
一呼吸置き、静かに、ゆっくりと、言葉を重ねた。
「私は、君が、生まれてきてくれたことに、感謝しているよ」
「……」
「生きておくれ。死なないでおくれ。私の傍から、離れないでおくれ」
「……」
「愛しているんだ」
目が合った。そう思った瞬間、溜まりゆく涙。顔をくしゃりと歪めて、泣き笑いの様相となる。自身の頭に置いていた手を天元の肩に移し、わなわなと唇を震わせる。 - 95124/10/19(土) 21:10:54
「天元は、私を、ゆるしてくれるの」
「勿論だとも」
即答。とうとう溢れ出した涙が服を湿らせていく。今度こそ天元の腕が羂索の体を捕らえ、抱き締める。
「いきてて、いい?」
「ああ。私と共に生きよう」
「うん……」
かつてであればこの時点で縛りとなり、強制力を持ったのにな、と、天元は少しだけ残念に思いーーもはや必要ないかと思い直したのだった。 - 96二次元好きの匿名さん24/10/19(土) 21:29:40
まぁ……まぁ…ハッピーか…色んな人に愛されるただの人間として生きてしまった羂索に前世の自分は重すぎたんだな
もうそれで羂索と天元様が幸せになれるならいいよ - 97二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 07:49:53
うーんこれはハッピー()
- 98124/10/20(日) 11:11:34
数日が経った頃、陽の傾き掛けた夕刻にインターホンが鳴った。その音にさえびくりと震えるベッドの上の羂索を優しく撫でて、大丈夫だから大人しく待っているんだよ、そう囁いた。こくりと頷いたのを見てから、さて誰が来たのかとドアホンを確認しに向かう。スマホでも良かったが、誰であれ羂索には見せたくなかったので、部屋毎離れたのである。
覗けば不機嫌ですと言わんばかりの宿儺が立っていた。矢張り来たか、そう思いつつ応対する。
「なんの用かな」
『羂索を出せ』
「あの子の現状ならばLINEで伝えたはずだが」
『貴様の言葉なぞ信用ならん』
信用ならないからと心配してわざわざ家まで会いに来るとは、全く本当に随分と丸くなったものだ。確実に良い事ではあるが、それが羂索に向けられているのは厄介だなと思う。
天元は深く溜め息を吐いた。それが聞こえたのか、宿儺の眉間に寄せられた皺は深く、声は一段と低くなる。
『おい。あれと話をさせろ』
「駄目だ。あの子は今、他人と話すことはおろか会うこともできない」
『貴様も所詮は他人だろうが。その勘定に自分を入れんとは、随分と思い上がったな』
「他人ではないよ。家族のようなものだ。それに……あの子は約束してくれたんだ、私と共に生きると」
恍惚の滲んだ言葉に思わず口を噤む宿儺。
あれから羂索は、幾度となくかつての記憶を夢に見ていた。完全に思い出したわけではない、掻い摘んで蘇った記憶に混乱し取り乱し天元に縋り付く日々。それらも起床後一時的に憶えているだけのこともあれば、ずっと憶えている内容もある。どちらの場合でも、単に思い出しただけではきっと現状のようにはならなかったろうと思う。
脹相から受けた罵倒と暴行。それにより思い出す度先行する自責の念。被害者となる以前までならきっと、戸惑いこそあれど軽く受け入れることはできていたはずで、死ななければならないと考えるほど自分を責めるようなことはなかったはずだ。記憶があろうとなかろうと、羂索が羂索であることに変わりはないので。
だから天元は脹相に感謝している。あの時選んだのが君で良かったよ、と。首に数日残った痕だけは許さないが。 - 99124/10/20(日) 11:12:36
「帰りなさい、宿儺。あの子の為を思うなら」
『洗脳でもしたか』
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。私はただ、あの子の生を肯定しただけだ」
『ハッ、どうだかな。貴様の口先の上手さはよく知っている』
「君に褒められると照れるな」
『褒めとらんわ阿呆。兎も角、インターホン越しでも電話越しでも構わん、羂索と話をさせろ』
宿儺はなかなかどうして引き下がらない。さてどうしたものかなと天元は考える。会わせるという選択肢は勿論のこと、話をさせることさえもはや許容できない。
他人と話すことはおろか会うこともできないというのは、半分本当だが半分は嘘だ。男相手では確実に厳しいだろうが、女であればもしかしたら平気かもしれないし、そもそも宿儺は羂索の中で身内判定されているかもしれないので、難なく可能かもしれなかった。
しかし、折角今の羂索は天元にしか助けを求めず縋り付かないというのに、天元以外の縋る先を見出されては困る。今は脹相の所業と蘇る記憶に意識を取られて埋もれたままになっているが、芋蔓式に写真類のことまで思い出されても困る。また逃げ出されて、今度こそ天元の手から離れるようなことがあれば……だから天元は、なんとか会うことも話すこともさせず帰そうとしていた。 - 100124/10/20(日) 11:12:53
「だからーー」
「天元っ!」
どう凌ぐか考えあぐねていた天元の元に、泣く三秒前といった風の羂索が飛び込んできた。
『おい、そこにいるのか?』
「やだ、どこにも行かないで、置いてかないでよぉ……」
声が聞こえたらしい宿儺の問いと、取り乱した羂索の声が重なる。天元の腰に抱き着いていやいやと首を振った。
「羂索」
「ひとりにしないで、怖いの、こわい、天元がいないとこわいの」
「大丈夫だ、どこにも行きはしないよ」
とんとんと安心させるように背を叩く。それから首筋に手刀を落として些か強引に意識を刈り取った。
「……聞こえただろう。今の羂索はほんの数分私が離れただけでこの有様なんだ。トラウマを植え付けた脹相と同じ男、かつ彼より体格が良く精悍な顔立ちの君と会えばどうなるか、想像に難くないはずだ」
あの日から数分さえ離れたことがなかったのでここまで取り乱すとは全くの想定外だったが、天元にとって喜ばしい結果となった。そういう意味では宿儺に感謝しなければならない。
『……ハァ、わかった。今日は帰る』
さすがに今の遣り取りを聞いて強行突破しようとはならなかったようだ。
そんな宿儺に、ああそうだ、と天元は告げる。
「退学届を出したから、学校のことで心配する必要はないよ」
遠ざかっていく背を最後まで見送ることなくドアホンを切る。羂索を抱き上げて寝室へ戻りながら、この家も引き払った方がいいかもしれないな、と考えていた。 - 101124/10/20(日) 14:32:21
【エピローグ:表】
数年後、ひぐらしの鳴く声が辺り一帯に響き渡るとある田舎町。どこか懐かしさを感じさせる一軒家のリビングで、羂索はうとうと船を漕いでいた。未だ残暑の厳しい時期で、エアコンの効いた室内はまさしく天国。ソファに身を預け今まさに夢の中へ落ちゆくというところで、体を揺さぶられた。
「こんなところで寝るな、羂索」
「ん、」
薄らと開いた目が天元を捉え、腕を伸ばす。苦笑いを浮かべた天元は仕方のない子だと抱え上げた。
ふたりの寝室には羂索のお気に入りのぬいぐるみが所狭しと並べられている。あれ以来すっかり精神が退行してしまったので、それらを使ってひとり遊びをしたりもするのである。
優しくベッドに下ろし、夢現な羂索の額を撫でた。傷痕はますます薄くなり、今では化粧を施さなくともほとんどわかりはしない。記憶が戻ろうと戻るまいと、この傷痕との因果が直接繋がっているわけではないのだ。単なる不幸な事故に過ぎなかったはずなのに、全く運命とは悪戯なものだと天元は笑う。
黒薔薇の模様が散りばめられたタオルケットを掛けてやると、隣に寝そべり、とん、とん、と羂索の薄い腹を叩く。時刻は現在18時を過ぎた頃、眠るには些か早いが、こんな日もまあ悪くはないだろう。
「おやすみ、羂索」
良い夢など見ることはもうできないかもしれないが。
「てんげん、どこにも行かないでね」
「ああ、勿論だとも。どんな夢を見たとしても、私は君の傍にいるからな。安心して眠りなさい」
愛しているよ。そう囁いて、羂索の薄く開いた唇にキスを落とすのであった。 - 102二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 14:52:16
お、おああ……
- 103二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 17:44:37
メリバだ!メリバだよこれ!
- 104124/10/20(日) 18:56:34
【エピローグ:裏】
ーー"前"は、あの子がどんなに遠く離れた地にいようと、私だけのものだった。
あの子が友と呼ぶのは私だけ。幾度の敗退を余儀なくされても求めるのは私だけ。飄々とした態度を削ぎ落とせるのは私だけ。私だけが、あの子の心を掴んでいる。
日本国内にいる限りは私はいつだってあの子を見ることができていたし、たとえ外つ国へ出向いたところで呪力というあの子にとっての可能性の塊をあまり持たない外国人には興味が唆られず、そう長く滞在することはないだろうと踏んでいた。実際長い時の中で外つ国へ渡ったのは僅かばかり。専ら日本国内で暗躍を繰り広げていた。
そんな中で、九十九由基のことは懸念していた。あの子本人の口からも語られたように、彼女の思考はあの子の求めるものに近しい部分があった。だから、仕向けた。あの場で彼女が散るように。私以外の者があの子の心を掴むなどあってはならない。
「さらば、友よ」
そう言って私を取り込むあの子は、やっぱり、私だけのものだった。 - 105124/10/20(日) 18:56:48
輪廻を巡り、何の因果か再びあの子や宿儺たちと近しくなった私は、しかしかつてとは異なり焦りが芽生えた。"前"はどこで何をしていようと、見ようと思えば見ることができた。けれど今は違う。あの子が今、何処にいるのか、何をしているのか、誰と話しているのか、何も知ることができない。あの子は私だけのものであるのに、私の知らないあの子を知る者が存在するかもしれない、否、確実に存在している事実。
だから私は、あの子のスマホに盗聴アプリを入れた。何処にいようとあの子の声を聴いて、欲しいものも食べたいものも行きたい場所も興味があるものも、全て把握しようとした。最新機器にも手を出して、町中の監視カメラをハッキングした。かつての結界を出来うる限り模して、あの子を見守った。
宿儺は勘の良い男だったので、すぐに気付かれた。かつてとは違い真っ当に友となった彼は、ぶっきらぼうながらあの子を心配していて、だから、彼を含む気心知れた面子であっても、接触を制限するようになった。
あの子の行動範囲をどんどん狭めていって、このまま私とふたりきりの家の中で生涯を過ごさせようとしていた矢先。あの子は自由を求めて飛び出した。宿儺の言う通り、あの子が囲えば囲うほどに外へ興味を惹かれていくのは分かっていたのに、事を急いてしまった。しかし世界は私に味方した。
察しが良く頭の回る宿儺にとって誤算だったのは、私の監視網が隣街にまで及んでいたことだったろう。いつかそんなことが起こるかもしれないと、あくまで住んでいる街の監視しかしていないかのように振る舞ったのだ。
そうして"偶然"に起こった脹相との邂逅。彼ら兄弟があの街に居を構えていることは知っていて、あの時間帯に脹相が弟たちの安全のため散歩という名の巡回をしていることも知っていた。半ば賭けではあったがーー前世の徳のおかげかな、おおよそ思い描いた通りに事は進んだ。
彼に浴びせられた罵倒で心を病み、前世を夢に見ては魘され、私に縋り付く、かわいいかわいいあの子ができあがった。死という選択肢を選び取りそうになった時はひやりとしたが、雨降って地固まる、一層私に依存するようになったのだから良しとしよう。
私の羂索、私だけの羂索。
「私だけは君を否定しないよ」
だからずっと、私の手の中で、私だけの仔猫でいておくれ。 - 106124/10/20(日) 19:02:59
『ふたりだけの楽園』
これにて完結、ハッピーエンドです。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。 - 107二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 19:03:58
羂索は天元様の腕の中で幸せな生活
天元様は羂索が近くにいて幸せ
うーん、ハッピーエンドだな!! - 108二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 19:04:25
前世からちゃんと病んでいらっしゃった……
ハッピー?!本当にハッピーかなぁこれ?!何はともあれお疲れ様でした!!めっちゃド好みでした!!!! - 109二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 19:06:03
視聴者(スレ民)にさえも本当の意味で自分のものになった羂索は見せたくない、これからも永く続いていくであろう共依存天羂の物語の中で私たちが見れるのはここまでか……
スレ主さん、お疲れ様でした!! - 110二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 19:13:43
スレ主さん本当にありがとうございました…
あなたのおかげで天羂に目覚めた… - 111二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 19:21:55
やはり前世から病んでたか…
天元と羂索とは二度と会わなかったみたいだけど、脹相は無事だろうか…宿儺の御礼参り受けて無いと良いけど - 112124/10/20(日) 20:23:19
登場させた花言葉一覧です
花言葉
サンビタリア(ひまわりに似た小さい花)(夏)=私を見つめて
ひまわり(夏)=あなただけを見つめる
99本:永遠の愛、ずっと一緒にいよう
999本:何度生まれ変わっても私はあなたを愛す
オダマキ(夏)=愚か
ハツユキソウ(夏)=好奇心
ツルバキア(夏)=小さな背信
オオムラサキシキブ(夏)=秘密
マリーゴールド=絶望
クレマチス(夏もあり)=策略
テッセン(夏)=甘い束縛、縛り付ける
黒バラ(秋)=あなたはあくまで私のもの
オオムラサキシキブに関しては、手元にある花言葉辞典には「秘密」が載っていたのですが、Googleの方ではどう検索しても出てこなかったのでミスったなと…… - 113二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 20:40:51
スレ主お疲れ様でした!!ハラハラしながらずっと追ってましたが、天元の完全勝利HAPPY ENDで良かったです!!!(白目)
スレ主の次回作もお待ちしております。ゆっくり休んで下さい!! - 114二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 20:53:23
宿儺が「前世気取りか」って言ってたのって、てっきり「前世のように日本を見渡しているつもりか?」って意味かと思ってたけど、前世から天元がずっと羂索を覗き見てたのに気付いてた上での発言だった可能性もある…?
- 115二次元好きの匿名さん24/10/20(日) 21:16:28
宿儺視点の後日談と言うか、独白的なの見たいです…(小声)
- 116124/10/20(日) 23:57:53
たくさんの暖かいコメントありがとうございます。
このスレで天羂に目覚めた方もいらっしゃるようでとても嬉しいです、まさに字書き冥利に尽きますね。
次も天羂の予定ですので見掛けたら見守ってくださると幸いです。
脹相は無事です。
いくら今は無力で無害な小娘といえど前世でどれほどの罪を犯したかは宿儺もよくよく分かっているので、お礼参りはしませんでした。
とはいえ今や無力で無害なただの少女に過ぎない羂索を前世の恨みで殺めようとしたことによる精神的なダメージはありますので、ノイローゼ気味になってるかもです。
優しい人ですよね、お兄ちゃん。
まさしくその通りです。
宿儺だけでなく裏梅と万も気付いているので、平安組で知らぬは当人ばかりというわけですね。
ただ、裏梅と万も気付いてはいるけれどもどれほどのヤンデレかを最も察していたのは宿儺です。
承知。少々お待ちいただければ……
- 117二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 00:01:59
またスレ主の天羂が読める?!?!?!
お待ちしております……!!!!!
すっくんの後日談も楽しみにしてます!! - 118124/10/21(月) 00:21:42
裏設定とか小話とかのあれそれ
その壱
最初はダイス進行にしようかなと思ってたんですが、ダイススレで完結まで持っていけたことが一度もなかったので大人しくSSにしました。
SSは完結させられると前回ので自信が着きましたのでね。
その弍
だいたいの話の流れは決めてたんですが、羂索に憎悪をぶつける人はぎりぎりまで脹相と五条で迷っていて、それこそダイスに任せようかと考えていました。ただ、本誌最終話を読んで、これは脹相しかないな、と。人間である宿儺は変わることができ、呪霊である真人は囚われたままなら、半呪霊である脹相もまた区切りが付けられる部分(作中には出てませんが釘崎とか)と囚われたままの部分(羂索への憎悪)があるのではないかと。
今になって考えれば五条って別に夏油ボディ使ってなければそこまで羂索に憎悪向けないよなと思いますけどね。
まして今は夏油も隣にいるので最終的には、からかってやろ、くらいの軽い気持ちへ着地しました。
その参
転生先は固まってるようなバラバラなようなやっぱり固まってるようなそんな感じです。
天羂たちの住む街を中心として考えると
隣街→九相図兄弟+虎杖、釘崎、伏黒一家
隣県A→五条、夏油、家入、髙羽、ミミナナ
隣県B→真人、花御、漏瑚、陀艮
ここら辺は考えてました。
その肆
創作する時はいつも自分の中のイメソンがあるんですが、今回はいい感じのが出てこなくて……ちょっと悔しい。
あったら教えて下さると嬉しいです。 - 119二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 00:36:09
ハッピーエンド後の2人なら「I beg you」とかどうですか?他作品の主題歌なのでアレかもですけど
Aimer 『I beg you』(主演:浜辺美波 / 劇場版「Fate/stay night [Heaven's Feel]」Ⅱ.lost butterfly主題歌)
これ以外だとしてもドロッとした恋愛の曲が合いそうですよね
- 120二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 00:39:33
あと下世話だしまずかったら消して欲しいんですけど……ハッピーエンド後の2人ってその、羂索あんな感じになってるけど天元様は変わらずに手を出してたりしますか?
- 121二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 08:10:09
>120 そういえば気になる…結構退行しちゃってるけどもともと早い段階で手は出されてたし…
- 122二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 13:38:54
ちょっと気になったのですが、天元にとっての羂索って大切な存在なのは分かるのですが、どんな気持ちだったんですか?恋情とか過剰な家族愛的な?
- 123二次元好きの匿名さん24/10/21(月) 21:12:09
- 124124/10/22(火) 00:31:06
わーありがとうございます!
聴きました!
天元視点から段々と羂索視点に移り変わっていくように感じられました。
・泥だらけの手を取って
最初は天元が羂索に「独占欲に塗れたこの愛を受け取ってくれ」と言っていて、最後は羂索が天元に「君を殺したたくさん不幸にしたそんな私をゆるして見捨てないでお願い」と縋っているみたいですね。
・あわれみを下さい〜靴の先で転がしても構わないわ
籠の鳥にした羂索がかわいそうだと思う心はあるけれどそれよりもかわいいが勝ってしまう天元様……という感じ。
・サビ
一番も二番もごめんなさいえっちしてるなと思ってしまいました……。
・怯えた小鳥は〜誰だって行きたいわ
天元に怯えて逃げた先で今度は脹相にトラウマを植え付けられた羂索……やさしいせかい、精神が退行してる様と捉えました。
・しんしんとかなしみ〜消えてしまうの
前世=原作軸のことかな。羂索は思い出していたり思い出していなかったり曖昧で、そのうち他者を害した記憶が一番鮮明になっていて、天元と出会った頃の記憶は案外朧だったりしてます。あとは額の傷痕が薄くなっていってる示唆かなと。
・やがてキラキラ夢の中〜離さないで
羂索が必死に天元に手を伸ばしている姿を幻視しました……たった数分離れただけで泣きじゃくってしまう羂索ですね。
・ただずっと 愛してる
後半羂索視点だったのが突然天元視点に戻ったなと。縋り付く羂索を腕の中に閉じ込めて満足気に笑っているんだろうなあ。
はじめて聴いた曲だったので解釈が違う部分だったり浅い部分があるかとは思いますがざっくりこんな感じかなというのを書き出しました。出だしの雰囲気からしてぴったりだ……とにこにこしながら聴いてました。
劇場版Fateの主題歌なんですねえ。
ご紹介ありがとうございました〜!
- 125124/10/22(火) 00:34:51
それは勿論……出してます。
ただ暴行のトラウマがあるのでハードなプレイ(ケーキとか首絞めとか)はせず、専らよしよし甘々えっちですね。
羂索が以前より従順……もとい気持ち良さに素直なので天元様はにっこりです。
- 126二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 01:12:28
- 127124/10/22(火) 01:30:48
ウーン難しい問いですね……友愛も家族愛も恋情も引っ括めて、と言いますか。そういう枠を超越して、と言いますか。天元にとっての羂索はそれらの言葉では表せないほどに大切な子なんです。ただひとつ言えるのは、天元にとって羂索は「私のもの」だということだけ。
了解です。
何気にお兄ちゃん初書きだったのでちょっと時間かかってしまうかもですが……気に病むお兄ちゃんに悠仁くんの存在は心強い。
某王様ですよね。気にはなってるんですが……ストーリー難しそうだしシリーズもいろいろある?みたいだしでなかなか……
えっちなのは描写のレパートリーがなさすぎて一辺倒になってしまうんですよね。もっと描写を磨きます。
えっ!?Fateってえっちなんですか!?
- 128124/10/22(火) 01:51:17
【後日談―視点:宿儺】
門前払いを食らった数日後、再び訪れてみればそこは既に空き家となっていた。全く随分と用意周到なことだと舌を打つ。そうまでして羂索を囲っていたいか、かつては余裕ぶって仮初の自由を与えていたくせに。
「……宿儺様、如何なさいましょう」
裏梅が軽く頭を垂れる。
「放っておけ」
「宜しいので?」
「構わん。わざわざ追ってやるほどの仲ではない」
「左様で……」
どうせ追い掛けたところでまた門前払いを食らうに決まっている。否、この手際の良さを見るに、訪ねた時にはもぬけの殻となっている可能性が高い。手の届く範囲ならばいざ知らず、そうまでして助けてやる義理はないし、そこまでの労力を掛けてやるほどお人好しになった覚えもないのだ。
俺たちの誰にも何も告げることなく去っていったのだから、今後一切関わりを持つ気はないという宣言なのだろう。かつてを生きた者全てとの縁を切るーー言葉にするのは簡単だが実行するにはなかなか難しかろう。この街に俺たちが、隣町には小僧たちが、隣県には五条たちが、不思議と集まっているように、自然と引き寄せられていく。えにしとはそういうものだ。
如何な天元といえど今やただの女に過ぎないのだ、いつまでも抗えるものか。それとも、繋がりができる度断ち切って生きゆくつもりか。
「傲慢な女だ」
きっと二度と訪れることはないだろう。この家は忘れ去られていく。そのうち誰かが住み着いて、ふたりの暮らした痕跡を跡形もなく塗り潰していくのだ。そこになんの感慨も……浮かぶことはない。
教師は家庭の事情による退学、としか語らなかったために、学校では様々な噂が囁かれていた。夜逃げしたのだとか、駆け落ちしたのだとか、難病に罹って療養に入っているだとか、既に死んでいるのだ、とか。ひそひそと声を潜めながらこちらをちらちら見てくるので不愉快極まりなく、睨みを利かせていれば視線は消えた。人の噂も七十五日、年が変わる頃には下火となっているだろう。
どこか寂しげな横顔を晒す裏梅も、俺の腕に絡みつきに来ておきながらーー勿論容赦なく避けてやるーー詰まらなそうに唇を尖らせる万も、暫くすればそんな奴もいたと平気な顔で笑うようになるのだ。 - 129124/10/22(火) 01:51:49
退屈な休み時間。俺の前の席に腰掛け俺の机に肘を着き、わざわざダル絡みしてくる女はもういない。それなりに楽しめるはずの小説を開く。一行目を繰り返す。文字の羅列が目の奥を刺す。
ーーね、今日の放課後空いてる?
軽やかに響く声はもはや幻に過ぎないのである。 - 130124/10/22(火) 01:55:49
お待たせしました。
- 131二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 08:04:06
ひぇぇ好き……すっくん…
- 132二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 13:20:05
この小説、羂索からおすすめされたりしたやつなのかな…とか思っちゃった、宿儺も寂しそうだけど、引き際弁えてるの悲しい…でもまだ裏梅(一応、万も?)という守るべき存在があるから深追い出来ないよね…天元なら最終手段で法を使って来そうだし
- 133二次元好きの匿名さん24/10/22(火) 22:42:23
宿儺達とももう会うことはないのだろうか…えにしで引き寄せられるものらしいから、何年後かにばったり再会することもあるのかな…その時に羂索が健全とはいかなくても幸せそうだったら特に宿儺はそっとしておきそうだな…でも一緒にお茶くらいできてほしいな…
- 134二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 07:47:36
- 135二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 14:20:46
- 136二次元好きの匿名さん24/10/23(水) 21:49:52
お兄ちゃん悪くないやろ!
- 137二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 07:55:50
あれも凄まじかったなぁ……
- 138二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 16:35:09
⭐️
- 139二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 21:26:52
定期的に建つ天羂スレはここのスレ主さんなのかな?世話焼き宿儺が結構好きなんだ…
- 140二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 23:12:38
- 141二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 23:14:06
- 142二次元好きの匿名さん24/10/24(木) 23:42:54
出てきた!ありがとうございます
- 143124/10/25(金) 01:58:54
- 144二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 05:40:21
承知しました、いつもお疲れ様です…!!お待ちしてます!
- 145二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 06:31:20
のんびり待ってます!!
- 146二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 18:02:59
後日談書いていただけるの嬉しい……待ってます!
- 147二次元好きの匿名さん24/10/25(金) 22:51:06
(っ ॑꒳ ॑c)ワクワク
- 148二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 08:22:31
ほし
- 149二次元好きの匿名さん24/10/26(土) 17:10:24
ここの世界の天元が>>135の世界の羂索の一生と転生後の髙羽との日々、自身の選択を見たら発狂しそう
- 150二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 00:39:39
ほし
- 151二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 08:53:07
ほす
- 152124/10/27(日) 16:11:13
【後日談―視点:脹相】
あの後どうやって帰ったのか、あまり覚えていない。気が付けば自宅の玄関前に立っていて、「何してんだー?にいちゃん」という窓から顔を覗かせた弟の声にはっとして扉を潜った。
アイツだと気が付いた瞬間は我を忘れてしまっていて、記憶の有無にまで気が回らなかった。いや……知らないと言われても嘘を吐いているのだと断じたし、天元から記憶がないと告げられても許すことなど到底できはしなかった。だから結局、俺は同じ行動に出ただろう。それに今は忘れていてもいつか思い出すことがあるかもしれない。そうなった時、かつてのように周囲へ不幸を振り撒かないなどとどうして保証できる?漸く手に入れた幸せを、弟たちの屈託のない笑顔を、壊させるわけにはいかないのだ。俺は、お兄ちゃんなんだから。
しかし時間が経つにつれて、罪悪感に苛まれるようになった。脳裏にちらつくアイツの顔、それは心の底からの恐怖に歪んだ表情。押し倒した体は華奢で、締め上げた首は片手で掴めてしまうほど細かった。抵抗されようと痛くも痒くもないくらいに力は弱く、取り乱しながら必死で助けを求める姿はかつての"母"と重なった。そうーー"母"と重なってしまったのだ。
一度重なってしまえば振り払うことなどできなかった。俺のしたことはアイツが"母"にしたこととなんら変わらないんじゃないか?俺はアイツと同種の人間なんじゃないか?そんな考えがぐるぐると脳内を占領するようになって、そのせいか夢にまで見るようになった。
アイツの華奢な体に跨って、細い首を締め上げる。何故オマエが生きている!何故生まれ変わっている!そう叫びながら。助けてと許してを繰り返し手足をばたつかせるアイツは、次第に力を失いぐったりと四肢を投げ出す。はっとして首から手を離すと、その顔は路地裏で遭遇したアイツではなく、かつての"母"に成っていて、悲しそうな、苦しそうな、恨めしそうな顔で、言うのだ。ひどいひと、と。
がばりと体を起こせば汗でぐっしょり濡れた服が気持ち悪い。荒くなっている息を整えるために数分は要した。連日のように見るせいで睡眠の質は悪く、目の下には隈が住み着き、元々良くない顔色がいつにも増して悪い状態が続いている。
いくらひた隠していつも通りに振る舞おうと、これでは気付かれないわけがなかった。 - 153124/10/27(日) 16:12:02
「最近元気がないね、兄さん」
大盛りだった大皿がぺろりと平げられている様に今日も弟たちは元気いっぱいで何よりだと微笑ましくなりながら洗っている横へ、皿を運んできた壊相が並んだ。
「そんなことは……」
「私たちに悩みの隠し事はなしだよ」
渡された皿を受け取ろうとしたが壊相が離そうとしなかった。俯き気味だった顔を上げると、心配そうに眉を下げる壊相と目が合う。
「前世のせいかな、兄さんはすぐに全部背負い込もうとする」
「俺はお兄ちゃんだから、」
「それなら私だって八人も弟がいる兄だよ」
「俺にとっては弟だ」
「それはそうなんだけど。……私では頼りにならない?」
そう言われてぐっと言葉に詰まった。壊相は血塗のために、血塗は俺のために、俺は壊相のために、生きるーー今やあの時には受肉さえ果たせなかった下の弟たちも悠仁も、更には大家族を養う為にと共働きでほとんど帰ってこられない両親もいるが、それでもお互いに支え合って生きていこうという気持ちは変わらない。支え合うということはつまり、悩んだ時悲しい時辛い時、共有して傍に寄り添うということだ。
俺は下唇を噛んだ。兄として、兄だから、と弟たちに尽くしてきたが、優しい心を持った弟たちが尽くされるだけに甘んじるわけがないのだ。
「すまない、壊相」
今夜、少しいいだろうか。問えば、壊相は嬉しそうに笑った。 - 154124/10/27(日) 16:12:22
弟たちを寝かしつけた後、俺たちはリビングで向かい合った。夜遅いからね、と壊相の入れてくれたホットミルクが体に染みる。
「それで、何があったの」
さてどこから話せばよいか……俺はあの日の出来事を順番に語っていった。アイツに手を上げた下りで、それまで穏やかに相槌を打っていた壊相が眉を寄せた。天元という前世で関わりのあった者曰くアイツは記憶を持たないこと、取り乱し様にかつての"母"を重ねてしまったこと、それから罪悪感に苛まれる日々が続いていること。
全てを語り終えた俺は渇き切った喉を潤そうとカップに口をつけた。すっかり冷めてしまっていて、末端まで冷ややかさが巡ってしまうような気がした。
「兄さん」
壊相の声は柔らかい。
「兄さんは悪くないよ」
「壊相……」
「正直、私たちにはかつての"母"の記憶はないし、羂索についても恨みを抱えるほど憶えてはいない」
「ああ」
「だけど、もし全てを憶えていたなら、私もきっと、兄さんと同じ行動に出た。記憶があるかないかなんて他人には判断できないし、ないからと言って許される人間でもない」
だから、兄さんが彼と同種の人間というわけではないよ。
壊相の言葉に目を見開いた。そこまでは口にしなかったのに……そんな俺に、壊相は微笑む。
「兄さんが思い詰めそうなことくらいわかるよ」
全く敵わないな、そう思って、俺は漸く久方ぶりに体の力を抜くことができたのだった。 - 155124/10/27(日) 16:12:55
お待たせしました。
- 156124/10/27(日) 16:25:01
ご推察の通り前回のスレは寂しんぼ羂索です。
私が建てた天羂スレは寂しんぼ羂索と本スレだけですね。
推しフィルターのせいなのか羂ちゃんはかわいくなってしまうし宿儺様は面倒見のいい兄ちゃんになってしまいます。原作並みの悪人ムーブするふたりも書きたいと……思うん……ですけど…… - 157124/10/27(日) 16:26:28
(スレ画は流用なので次回も同じ画像を使うと思います)
- 158124/10/27(日) 22:27:44
こちらのスレは質問等なければ落としていただいて構いません。
改めまして、長らくお付き合いありがとうございました。
次回……人間でないのは
1羂索2天元dice1d2=1 (1)
- 159二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 22:28:17
人外と人間モノかな?すき
- 160二次元好きの匿名さん24/10/27(日) 22:43:11