- 1二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 13:54:33SS 宿儺おじさんとハロウィーン|あにまん掲示板bbs.animanch.com
<これまでのあらすじ>
「次」があるなら、と心の片隅で違う生き方を夢想していた呪いの王・両面宿儺。魂のひとかけらでも「次」に残っていればと思っていたが、魂どころか肉体すらそのままで転生する謎の事態に見舞われる。
受肉体ですらなく、まさに呪術全盛平安の頃の両面宿儺再臨であるが、敗北を喫した今の彼にとっては自らのアイデンティティを振り返るだけの心の安寧があった。たとえどんな形であろうとも、敗北は敗北であり、それを正面から受け止める度量こそが、呪いの王を王たらしめていた。
多様性を尊重するこの時代。宿儺が転生、いや突如として"発生"した田舎町は、この全裸で四本腕の大男を受け入れ、彼に住まいと居場所を提供するも、当の宿儺は不思議なほどに心が穏やかであった。そんな中、縁側に寝転んで庭の二羽の鶏が戯れているのを眺めている宿儺を訪ねてきたのは、役所の者に連れられた裏梅であった。
なぜか7歳程度の童の姿で転生した裏梅。精神も肉体年齢に引っ張られたのか、従者としてふるまおうとするも、どこか可愛らしさが抜けきらない様子。そんな裏梅を宿儺は内心身もだえするほどに愛らしく思っていた。
- 2二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 13:55:34
やったぁーーーー!!!!新作だーー!!!!!!
- 3二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 13:57:13
待ってた
- 4二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:03:41
お待ち申し上げておりました
みっちゃんに29巻表紙の感想を聞きたい - 5二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:06:32
その夜、両面宿儺は師走の空に冴えわたる冬の月を眺め、枝豆をつまんでいた。
さやごと塩ゆでしてある枝豆を、これまたさやごと口に運ぶ。ぷちぷちとした食感は若干動揺していた宿儺の心をほんのわずかに楽しませるのにささやかな一役を買ってくれた。
今夜の宿儺の動揺は瑞々しく温かい喜びと共に彼を満たしている。
動揺の理由は、裏梅にあった。
先日、裏梅は学校の級友たちとともに謎の呪霊に襲撃された。無論、いくら肉体性能が落ち、呪力量や出力が制限されてしまっているとはいえ、史上最強の傍仕えを許された唯一の存在である裏梅が、野良の呪霊に負けることなどない。しかし、その戦いの影響か、呪力を乱されてしまう失態もまた確かな事実であった。
呪霊の術式、その影響は一時的とはいえ裏梅の肉体年齢にまで及び、いま、彼女の肉体は17歳程度まで一気に成長していた。先日まで自分の腕の中で眠るような幼子であった裏梅が、立派な大人となっていることが宿儺には寂しいと同時にどこかしみじみとした感慨深さを覚えさせる。
そして、喜びの理由もまた、裏梅にある。
何しろ、いままでは年齢を加味して裏梅を早めに寝かせていたため、独りで晩酌をしていたのが、いまは隣に裏梅が座って酌をしてくれているのだから、これ以上の説明はもはや無粋ですらある。 - 6二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:13:44
大人の肉体になった・・・とはいっても、それはあくまで平安の頃の感覚である。現代でいえば、まだまだ子供。幼子ではないしろ、宿儺の庇護下にいるのは間違いない。
それでもかつてのシルエットに大きく近づいた裏梅を見る宿儺の胸中にはある感情が巻き起こっている。
その感情とは、"後悔"であった。
最強無敵、唯我独尊・・・宿儺を構成する言葉はいくつもあるが、今の今まで宿儺の中には後悔という成分だけは抗生物質として存在しなかった。いや、存在しえなかった。
しかし、敗北を通して己の臓腑に蠢く呪詛を吐き出し切り、転生した後に毎日のように至近距離で裏梅の可愛らしさを浴びせかけられた今、戦いと呪いに明け暮れた前世での一幕が心から離れなくなっている。
五条悟の一撃から、裏梅をかばわなかった。
この一件が、今の宿儺をむしばんでいる。 - 7二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:24:26
あの頃、宿儺は今ほど裏梅を大切な存在だと思っていなかった。いや、気づいていなかった。
本当は分かっていたのである。得難い存在であることを分かっていたはずなのである。
にも拘わらず、宿儺は裏梅をかばわなかった。
もちろん、現代最強を相手にそんな隙があったかと問われれば疑問ではあるし、仮に裏梅をかばうことで裏梅そのものが宿儺の弱点なのだと気づかれるのも危険である上、それこそ裏梅にとっては自害したくなるほどの屈辱ではある。それに気づかない宿儺ではない。
しかし、そんなことはどうでもいいのである。
月光を受けて艶やかに光る銀の髪、平安の頃には異端とすらされた真珠のような白い肌、枝豆を味わう表情、大人を思わせる成長した肉体と物腰・・・そのすべてが宿儺にとっては己の存在を凌駕するほどに愛おしいものであった。
そんな宝物を守ろうとしなかった、己が目の節穴具合が憎らしく、後悔を産んでいる。しかし、そんな後悔も長続きはしない。
「宿儺さま・・・」
静かに徳利を手に取る裏梅。もう一献ということだろう。宿儺は身のうちに叫び出したいような歓喜が打ち震えているのを強く自覚する。
冬の月は、もの言わず、ただただ鋭く輝くばかりであった。 - 8二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:31:50
翌日、宿儺と裏梅の姿は呪術高専東京校の構内にあった。
朝早くから電車を乗り継いで東京まで移動する。そのために早起きしたのだが、今まではぐっすりと眠る裏梅を優しくも厳しく起こすこともあった宿儺が、今日は裏梅に起こされたことにどこか寂しさを感じているのは秘密である。ちなみに、裏梅の方は宿儺に起こされることに至上の幸せを感じつつも、同時にとてつもない恥も感じていたため、自分が主人を起こすことができるのが、楽しくて仕方ないのだが、それもまた、秘密の話。
出発する必要を考え、朝餉は握り飯であったが、早朝から炭火であぶられた焼きのりは米の味わいを二倍にも三倍にも高めてくれる見事なものであった。もし焼き海苔が呪術師であったならその術式は味方の術式効果を底上げするものなのだろう。
本来寝起きの人間は頭の回転が鈍いため、機敏な動作はできないものだが、宿儺は自身の莫大な呪力によってそれをカバーしていた。
そうして出発して電車を乗り継ぎ、東京校へとやってきた一行。その目的は裏梅の健康診断である。 - 9二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:45:46
「どこからどう見ても健康体だね」
家入硝子は医務室で裏梅も診察し、結果を本人に伝える。その口調にはどこか楽し気な色合いすら含まれている。
少なくとも元級友を手にかけた呪いの王の従者として見る態度はかけらもないようであった。
「でも、急に成長したとしたら、女性の肉体ならでは部分に気を付けないとね毎月同じに日においで。」
普段生徒たちに告げるよりもむしろ優しい声色で裏梅に話す家入。裏梅は隅々まで肉体を調べ尽くされたからか、わずかに頬に紅が差している。家入の発言には小さくうなづいて了解の意を見せるが、その仕草は高専の女子生徒たちにはない初々しいもので、家入は純粋に微笑ましい心持になるのを禁じ得ない。
同時刻、裏梅の検査を待っている間、宿儺は運動場の一隅に備え付けられたベンチに腰かけてぼんやりと空を眺めていた。
「えび天」
たまたま通りかかったのは3年生の狗巻。
「呪言師か、いつもの連れはどうした」
「そぼろ」
「・・・・・???」
「・・・・・・?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・?????」」 - 10二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:46:29
全く通じてなくて草
- 11二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 14:47:27
そりゃそう
- 12二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 15:27:21
宿儺が狗巻の発言に頭をひねっているとき、裏梅は家入から今後についての助言を受けていた。
曰く、この肉体的成長は一時的なものである可能性が高くいずれは戻るだろうが、その数週間なのか数か月なのかまでは分からないとのこと。さすがに数年単位で続くことは呪力の残滓などから考えてなさそうだが、少なくともある程度の期間は気を付けて過ごさなければ自他に被害をもたらしてしまうだろうとも告げられた。
そこで提案されたのは・・・・・。
宿儺の方はいつの間にかやってきていた乙骨とパンダ、そして真希とともに狗巻の発言の意味を当てるクイズに興じていた。
「なぜだ!さっきは”たらこ”が賛成の意だっただろう!?」
「この場合は”消極的否定”です」
「だな」
「くっ、もう一回だ!」
「すじこすじこ、やきたらこ」
「ちょっww棘wwwおまww」パンダは乙骨の肩の上で吹き出した。
「狗巻くん(笑)さすがに下ネタが露骨すぎるよ、真希さんもいるのに!ねえ真希さん?」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」手を叩いて笑う真希。どうやらツボに入ったらしい。
「??????なんだ?何を言った??」
宿儺は気づいていない。
戦いに明け暮れていたあの頃よりも、今の己が何倍も何十倍も明るく朗らかな表情をしていることに。 - 13二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 15:46:15
そうしている内に、運動場にて乙骨らと宿儺の超高水準訓練が開催される運びとなった。
太陽の位置から宙を舞う砂粒のひとつに至るまでが戦況に影響する極めて実践的な訓練。
パンダはともかくとして、本来接近戦を旨としないはずの狗巻まで体裁きと呪力操作を指導される。
一度は命の取り合いをした相手に指導をする、されるというのはお互いにとって不思議な感覚であったが、存外心地よい緊張感があるのを誰もが感じていながらも、だれもそれを口にすることはなかった。
「このタイミングで視線をさえぎれば、呪力をもたないお前の動きは追いきれん」
「へー」と真希
「手数の多さは模倣の武器だが、呪霊操術には負ける。一手の威力を高めろ」
「確かに・・・」と乙骨
「近接で己の身を危険にさらすほど縛りの効果で燃費も術式効果も底上げできる。お前にこそ体術は肝要だ」
「いくら・・・」と狗巻
「お前はなんなんだ。そもそもなぜ生きているんだ」
「俺にだけひどくね?」とパンダ
彼らと交流していく内に、宿儺の中には裏梅に対するある提案が。
そうして運動場にて過ごして数刻、宿儺は全くだが、高専生らの額に汗が垂れ始めてきたあたりで、裏梅が運動場にやってきた。 - 14二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 15:52:40
「宿儺さま」
「裏梅」
「ここの校医から提案されたことがございまして・・・」
「俺もお前に提案することがあってな・・・」
「あっ、でしたら宿儺さまから・・・・」
「いや、裏梅から・・・」
裏梅の受けた提案とは、宿儺の考えと全く同じものであった。それはつまり、しばらくの間、裏梅の身柄を呪術高専で預かってはどうかというもの。
裏梅としては宿儺と離れるのは歓迎すべき事態ではなかったが、現実として自分の状況が不安定で芳しくないのもまた事実。
宿儺としても裏梅が手元から離れていくのは娘を嫁がせる父親のごとく、心をかきむしられる思いであったが、それが必要でかつ有用なものであることも、分からない彼ではなかった。断腸の思いではあるものの、仕方がないことでもある。
こうして、呪術高専に一時的に裏梅が入学する運びとなった。
その日、田舎町に独り帰った宿儺はすっかり広くなってしまった東屋を眺め、静かなため息をつくのであった。 - 15二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 16:10:28
その日の両面宿儺は、どこか儚げな後ろ姿をさらしつつ、定位置となっている縁側に寝転んでいた。
師走の月も、今宵は新月。雲もないのに夜空には星しか輝くものがない。
「手離れて 影の薄れし 道の辺に
星の光の 揺るるをぞ見む・・・・」
だれに語りかけるまでもなく詠んだ一句は虚空に染みて消えてなくなる。
ゆっくりと口もとに運ぶ小さめの猪口の中にはいつもはあまり呑まない甘口の一献が。
杯の中の小さな水鏡。その波紋に揺れてゆがむ両面宿儺の虚像は、泣いているかのように見えたが、宿儺を含めて誰もそれに気づきはしない。
この小ぶりの猪口は裏梅が選んだものであった。
誕生日を祝う概念などない時代に生まれ落ちた彼らにとって、祝いたいと強く思ったその日はめでたい祝日なのである。
甘い。
甘く、それでいて苦みを感じさせる一献。ここにつまみをつけるとしたら、塩味の強いほっけだろうか、それとも軽い酸味の梅水晶だろうか。
否。
今日の宿儺の至高のつまみは、己が心の中に湧き出でた、離別の苦みをおいて他にはないだろう。 - 16二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 16:12:32
相変わらず宿儺と裏梅の可愛さと悪ノリ2年ズと家入先生の微笑ましさと美味しそうな食べ物描写力が天元突破で命が助かる…
歌姫先生はおにぎりにおける焼き海苔だったんだね! - 17二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 17:47:50
支援
- 18二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 17:51:22
正直、夏休みとハロウィン読んで、「今は(まだ)いいけど、10年経ったらどうなるんだどうするんだ宿儺様!?」と思ったが、まさか10倍速で話が進むとは…
- 19二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 18:05:19
おじさん……後ろ姿で泣いてそう
- 20二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 18:06:23
おじさん短歌めっちゃ良くね?
- 21二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 19:37:30
翌日、普段より遅めに起きた宿儺。
独りでの朝餉は久しぶりであった。東の地平に太陽がほんのわずかに顔を出すと同時に目を覚まし、大きな体をのそりと動かす四本腕の怪人。
塀の上には裏梅が手懐けた猫の呪霊が香箱座りをしてい丸くなっているのが見える。
フライパンではなく、スキレットを火にかけ熱が移る前ににんにくのかけらを刻みいれる呪いの王。
四本腕であることはにんにくを刻むことにおいて圧倒的アドバンテージを持つ。
すかさずオリーブオイルをスキレットに注ぐが、その手つきも量も普段より乱暴になっているのは、彼の精神の何かを反映しているのかもしれない。
アーリオオーリオの調理法は、虎杖・伏黒の両名の記憶にもなかったもので、この田舎町に蘇ってから宿儺自身が調べ学んだものである。奪い取るだけでなく自ら作り出すことに目を向けた、宿儺の新たな生き方を象徴する出来事であった。 - 22二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 19:47:04
にんにくの香りが立ち込めたあたりで、宿儺はガスのスイッチを切り、同時に卵を二つとベーコンの切れ端をいくつかスキレットの上に落とし入れる。あとは余熱で十分ということなのだろう。
余分な熱や力、手順や動きを省略していくことは料理の基本であるが、それは同時に呪術の真髄でもある。
その点で、宿儺は殊の外この料理という作業が嫌いではなかった。
ふと物思いにふけってしまった宿儺だったが、すぐに思い直して手元のスキレットを見つめる。そして、すぐに己の犯したミスに気付く。
この家にいる人間はいまや宿儺ただ独り。しかし、スキレットの上には目玉焼きが二つ。
習慣とは怖いものである。
史上最強の術師をして、無意識の動作を強いられていたのだから、日々の小さな積み重ねは馬鹿にできない。
独りの朝餉は久方ぶり。存外味は悪くないはずだったが、不思議としょっぱいと感じられたのは彼の心に何かが降りているからなのだろう。
同時刻、裏梅は真希の部屋で釘崎、そしてたまたまやって来ていた来栖と共に4人で歓迎お菓子パーティーを催し、かぼちゃプリンの豊かな甘みに、これを知らずに生きてきた人生観を揺るがされていた。 - 23二次元好きの匿名さん24/12/01(日) 21:35:03
うっかり2人分作っちゃう料理におけるあるあるをやらかす腕おじの哀愁が切ない
- 24二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 07:38:39
保守
- 25二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 15:19:07
かぼちゃプリンで人生観揺らぐ裏梅かわいい
- 26二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 20:28:48
あぜ道を独り歩く両面宿儺。
この日は初冬にしてはのどやか風が吹き、空を揺蕩う雲もどこか朗らかな印象を受ける。
冬空は高く澄み渡り、夏に比べればいくらか淡い青色に白い雲がまだら模様を描いてふわふわと浮かんでいる。
空の高い箇所には鳥の飛ぶ影も見えたが、宿儺の目を以てしてもその種類を見分けるには至らない。そもそも野鳥にそこまでの興味を惹かれる宿儺ではなかった。
あぜ道のわきを流れる小さな用水路。
跨げば一足に往来できる程度のわずかな水の道。
その水流を眺める宿儺の脳裏には存在する記憶が映し出されている。
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「宿儺さま!ザリガニでございます!」
「獲ってみるか」
「!!よろしいのですか!?」
「構わん。多少だが覚えもある。品種の良しあしなどない。
大きいものが良いのだ。いいか、在来種だのなんだのは関係ない。大きさこそが全てだ」
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つい、と口角に柔らかさが滲む。
離別の苦さは、過ぎ去った日々の甘さを際立てもするのだと、しみじみ思う宿儺であった。 - 27二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 20:36:27
あぜ道からの帰りしな、宿儺の目には数匹の猫がたむろしているのが見えた。
なぜか宿儺は猫に嫌われているのだが、無論呪いの王・両面宿儺ともあろう者が獣に好かれようと嫌われようと歯牙にもかけはしない。だが同時に、裏梅が隣にいるときは猫たちが裏梅に寄ってきていたのを不思議に思ってもいる。
そんな宿儺の脳裏に映るは、またも存在する在りし日の記憶。
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「宿儺さま!猫でございます!三毛猫!それもオスでございます!これは珍しい!」
「ほう、なぜオスだと分かる」
「あの尻をごらんください!ふぐr」
「いや、言うな。やっぱりやめろ」
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不思議なものである。
猫などなんとも思わない宿儺だが、その何でもない獣を見て、心を和ませる部分が確かに存在するのだから。
猫という存在を通して、なんでもない日々の尊さを噛みしめる呪いの王が居ることを、かつての己は嗤うだろうか。
存外悪い気分ではない宿儺であった。 - 28二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 20:44:22
その日の晩、宿儺は夢を見た。
普段眠っているときに夢を見ることはあまりない宿儺だが、この日は珍しく夢を見た。
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「宿儺さま・・・・お話があります」
「どうした裏梅・・・やけに顔が赤いな、養生しろ」
「そうだぜ裏梅、お前が傷ついたら俺も悲しい」
「小僧!!???????」
「そうだな・・・宿儺さま、お話したいこととはまさにこの者のことでございまして」
「っっ!!!!!!????????????」
「待てよ裏梅、俺も宿儺に言いたい。同じ体だったんだから俺だって家族みたいなもんだろ?」
「そうだな虎杖・・・いやゆうじ、一緒にお話しするか」
「まて、なにを」
「「せーのっ」」
「私たち」
「俺たち」
「「結婚しま
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「小僧ぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!はっ!?」
滝のような汗がその夢の感想を如実に表している。
最悪の気分でうなだれる宿儺であった。 - 29二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 20:48:42
- 30二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 21:07:06
- 31二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 22:16:05
- 32二次元好きの匿名さん24/12/02(月) 22:30:38
脳破壊されて鼻血出てるw
- 33二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 07:17:25
すっくんww
- 34二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 13:11:58
「はあ・・・はあ・・・」
荒廃した東京もある程度は回復してきてかつての賑わいの気配を取り戻しつつある。呪術高専東京校は東京の外れにあったが、交通の便はそう悪くはない。
周辺には呪術師とはなんら関係もない一般の住民たちが居たが、転出が相次いだためか、さすがにかなり数を減らしている。
「はあ・・・はあ・・・うぅ・・・」
東京校の構内はひろく自然も豊かであり、呪術師でなくとも教育施設としてはなかなかの規模と水準にいると言えるだろう。
運動場には数人の生徒たちが体を動かしている姿が見える。教員の姿が見えないところから察するに、自主的な鍛錬なのだろう。
「はあ・・・ぜえ・・・」
裏梅はジャージに身を包み、汗だくになりながら走り込みをしていた。 - 35二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 13:21:09
「休むなーほれ」
「あっ!!」
後ろから真希が裏梅の尻を叩く。甲高く悲鳴をあげながら逃げようとする裏梅の後ろにぴったりと貼りつく真希だったが、わずかばかり楽しい気分を味わってもいる。
裏梅の隣には虎杖がいる。
元々訓練をすると言い出したのは裏梅からであった。宿儺の元に戻るまでの間に見違えたと言われたい一心であったが、裏梅自身の想像よりも肉体の調子の乱れがはるかに大きかったのか、みるみる内に体力は底をつき、気力で立っているような状態である。
その上、高専が誇る肉弾戦車たちに囲まれ、訓練強度は際限なく高まり続ける。
数刻の後、運動場の芝生の上にはのたれこむ裏梅の姿が。
宿儺が見ていれば決してこんな姿をさらすことはしないだろうが、これも彼女が新しい生き方を模索しているひとつの象徴か。
「汗・・・」
人生の中でこれほど汗にまみれたことなどなかった裏梅。未知の感覚を愉しむほどの度量はまだ培われていないようである。 - 36二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 13:31:23
身体を酷使したためか、裏梅は立ち上がってもどこかふらついている。汗だくでおぼつかない足取りの彼女を虎杖は少々心配そうに見ていた。裏梅本人は自身の汗の匂いを気にしている。
(少し臭いな・・・宿儺様がいらっしゃらないのは幸いだった・・・)
同時刻、宿儺は奇遇にも東京高専にやって来ていた。乙骨が宿儺の手を借りようと呼び寄せたものだが、宿儺としてはまさに福音。
久方ぶりに・・・といってもほんの数日ぶりだが、裏梅の顔を見ることができる。
もはや呪いの王としての暴威などかけらも残っていない子煩悩腕おじさんと化した両面宿儺だが、さすがににやけ面を晒しながら闊歩するわけにもいかない。
運動場に裏梅の姿を見止めた宿儺。顔が華やぎそうになるのを抑えつつ、ほんの少し小走りで近づいていく。裏梅は驚くだろうか、喜ぶだろうか。宿儺のボルテージが上がる。
「久しぶりだな、裏う・・・・」
「おい大丈夫かよ、裏梅」
両面宿儺が目にしたのは、顔の赤い裏梅と、至近距離で彼女の肩と腰を抱く虎杖の姿であった。 - 37二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 13:35:16
虎杖は善いやつでしたね
- 38二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 15:48:11
虎杖…本当に惜しい人を亡くしたよ
- 39二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 17:29:41
「裏、梅・・・?」
よたよたと目に見えて動揺した顔つきで近づいていく宿儺。
その様相にはもはや唯我独尊を体現した最強呪術師の姿は寸毫たりとも残っていない。
単純に多少距離があったためか、それとも植木の葉に反射した陽光がちょうど宿儺の姿を隠してしまっているのか、裏梅の方は宿儺にまだ気づいていない。
しかし、それもまた宿儺を追い詰める。
裏梅が宿儺を無視した。
少なくとも両面宿儺自身にはそのように感じられた。もちろんそんなことはあり得ないのだが、(運動で)頬を染める裏梅と(支えるために)傍らに立つ虎杖の姿が宿儺に小さな楔を差し込む。
そしていよいよ裏梅が宿儺の姿に気づいた。いつの間にかすぐそばまで来ていた宿儺に対して、裏梅は焦ったような表情を浮かべ、汗だくの身をよじりながら告げる。
「す、宿儺さま!?く、臭いので、来てはなりません!」 - 40二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 17:31:47
数日間の離別。現実味のある悪夢。
自分の知らないところで頬を染めている従者、意味深に立つ小僧
「うらうめ・・・?うらうめ・・・
うらっ」
両面宿儺の心はもう―― - 41二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 17:59:46
お父さんくさい!(亜種)
- 42二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 18:08:05
裏梅が言ったこと「(自分の汗が)臭いから来てはいけません」
宿儺が聞いたこと「おとーさん臭いからこっち来ないで」 - 43二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 18:09:37
虎杖には頼りになるブラザーがいたけど宿儺には…
誰か助けて!頭に縫い目がある人と全裸の人以外で! - 44二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 18:26:57
「ここは確か・・・」
漆黒の闇につつまれた謎の空間。宿儺はこの場所に覚えがあった。
「また来たのかよ」
「居たな」
呪霊・真人が居座っていた魂の回廊であった。
「いやマジでちゃんと帰れよ?あれで終わりとかマジで意味わかんねえからな?」
「愛などくだらん・・・」
「いや聞けよ」
「ほら見ろよあれ、虎杖が見えるだろ?」
「・・・・貴様の術式か、便利なものだ・・・・」
「あっち行ったら帰れるから、マジで帰って」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「宿儺wwwwwwwwwwwww宿儺がwwwwwwwwwwちーーんってなってるwwwww」
ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
裏梅がシャワーを浴びに急いで走り去った今、虎杖だけが宿儺をみている。
これが他の誰かであったら虎杖はこんな無礼なことはしないだろう。他ならぬ絶対強者である宿儺にだけ見せる虎杖の甘えがこの無礼さなのである。
いまの宿儺には追い打ちの嘲笑にしかならないが。 - 45二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 20:47:25
虎杖をゲラゲラしてた二人が魂の回廊にいて虎杖がゲラゲラしてるの因果が廻ってる感じがする
- 46二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 21:07:24
- 47二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 21:27:39
真人けっこう優しいやん。煽りもせず…
- 48二次元好きの匿名さん24/12/03(火) 21:31:05
よく見たらちゃんと表情もコラしてて草
- 49二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 07:39:34
呪いが廻ったな
- 50二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 13:24:21
生き方を変える前の思考に戻ってるすっくんお労しい
- 51二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 15:14:13
あまりにもしおしおと力なく両膝をついて立ち尽くす宿儺の姿を見た虎杖は数分間は多少からかったものの、これは尋常な事態ではないと判断し、かつての仇敵を連れて高専の傍の喫茶店へと繰り出していた。
裏梅は宿儺の前で乱れた格好をするわけにはいかないとして、丹念に入浴しているためこの場には来ていない。
虎杖が選んだ喫茶店は個人経営の純喫茶。
もともと無類のコーヒー好きというわけではない彼だが、豆の香りや洗練された空気感がひそかに気に入っていたためか、何度か足を運んではブラックコーヒーに挑戦し、そのたびにシュガーとミルクを増やすことを繰り返している。
ファミレスに連れて行くこともできたが、いまの宿儺はかつての威風堂々とした佇まいを完全に失っている。しょんぼりとしていて半裸で四本腕で複眼を持っている中年の大男には昼間のファミレスは似つかわしくないと判断した虎杖だったが、まさしくファインプレーというべきだろうか。
「キリマンジャロです」
虎杖は宿儺に聞かずオーソドックスな一杯を頼んだ。もちろん自分の分もある。店内に他の客の姿はなく、店主がグラスを拭く微かな音と芳醇な豆の香りだけが二人の間の共通の知覚であった。
「飲めよ、おごりだから」
「・・・・・」
口をつける。苦い。確かに苦いが、その中には何か物語性のある旨味の塊が横たわっているように感じられる。
苦みが人生の甘みを際立たせることを、この平安からの猛者は知悉している。 - 52二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 15:57:18
娘の初めての反抗期(勘違い)と嫁入り(勘違い)は辛いよな
元気だせすっくん - 53二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 19:56:43
他に客がいないからなのか、いつもは出ない先付けとして小さな器にいくつかアーモンドが盛られて差し出された。
見れば、表面がてらてらと光を反射している。
口に含めばさらりとしていて、それでかつコクのある甘みを感じさせるヌガーのコーティング。
サクサクとした歯ごたえも面白い。
古今東西、美味な食事はもののふの心を和らげ、あめつちを鎮める。
底知れぬ悲しみの泥に沈み、もはやどちらを向いたらいいのか分からなくなっていた宿儺の心に一筋の光をもたらしたのは、満願全席の豪華料理ではなく、ほんの一粒のアーモンドであった。
このときの店主の計らいがなければ、そう遠くない内に宿儺はまたも魔道に堕ち、破壊を振りまく呪いの王としてこの国を刻み、自身すらをも切り刻んで万物を海の底に沈める修羅と化していたところである。人も国も、そして宿儺自身すらをも救った名も無き英雄は、何も語らず豆を挽くのみ。
アーモンドをポリポリとかじる虎杖の表情も年相応に柔らかい。
宿儺は目の前のこの少年に問い正さなくてはならない。
虎杖悠仁は愛娘を任せるに足る器を持っているのか、否か。呪術師としてではなく、一人の人間として問わねばならない。愛しているのか、父として問わねばならない。
「・・・いつからだ」
そう切り出した宿儺の目はある種、菩薩のような穏やかさすら纏っている。 - 54二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 20:01:07
宿儺パパがアーモンドで悟りを開きかけてる
- 55二次元好きの匿名さん24/12/04(水) 20:08:20
「ん?ああ、だいたい3か月くらい前からかな」
虎杖はこの店に通い出した時期を答えた。一方、宿儺が問うたのは裏梅を交際を始めた時期についてであり、完全なミスコミュニケーションである。
「なぜだ」
「なんでって、そりゃあ、気に入ったから」
これも"なぜ裏梅と交際を始めたのか"という問いだが、"なぜこの店に通い始めたのか"として答える虎杖。
普段の彼らならこんな悲劇を起こすことなどないだろう。
しかし、事実として宿儺いま虎杖を婿として品定めしている。
そして、その意味では虎杖は存外いい婿であった。
その事実がむしろ宿儺を苦しめていた。
せめてもっと下衆であれば感情の行先もあろうというものだが、百折不撓の心を持ち、一度は自分すら倒した呪術師でありながら、とも生きようと慈悲をかける懐の深さまである。
人格的にはもはやケチのつけようがない。それが宿儺をイラつかせている。 - 56二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 07:05:11
すっくんガッツリ傷心してるな
- 57二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 10:50:13
会話するたびにゴリゴリと何かで魂を削られているかのような感覚が宿儺を襲っていた。
それからもいくつか会話はしていたはずだが、何を話していたのか分からない。
そして喫茶店を出たとき、宿儺の肉体はあらゆる変異を遂げて、別物になっていた。
前世にて戦いの果てに伏黒から剥がされたときの、一つ目の化け物のような状態。
もはや腕も足も失ったただただそこにあるだけの存在。
しかし不思議なことに呪力が消費されていくような感覚はなく、持ち前の莫大な呪力はそのままそこにあることが分かる。
これも心痛からくる一時的な変化なのだろう。だが、この姿のまま裏梅の前に出ることは叶わない。こんな姿を見られるわけにはいかないのだ。
「で、結局ここに来たのか」
「しょうがねえだろ、可哀想だし。伏黒飼う?」
「いや、飼わねえよ。てかほっときゃ治るんだろ?」
「でも猫とかに襲われたら寝覚めが悪いじゃん?」
「ああ、そうだ。乙骨先輩が俺らと釘崎読んでるらしいぞ。規模がでけえ呪霊だと。さっと釘崎連れて行くぞ」 - 58二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 15:59:04
結局のところ、虎杖らとともに現場に急行することになった宿儺。もはや戦える状態ではないため、裏梅が助っ人として呼ばれ、宿儺は非常に嫌がったものの、裏梅の前に引きずり出されることになった。
当の裏梅はといえば、
「おいたわしや・・・宿儺さま」
そうつぶやいて、主人を優しく肩に乗せる。
「さつまいもスティックでございます、宿儺さま」
別にくれと催促したわけではないが、宿儺は裏梅からの贈り物は全てもらうことにしている。
"うまい"とつぶやけば、裏梅はにこにこと笑う。
このとき、彼女の心の中にハムスターに餌を与えるがごとき快感があったことを、責めることはできない。 - 59二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 18:27:07
腕おじショック過ぎてスラおじになっちゃったや
- 60二次元好きの匿名さん24/12/05(木) 20:28:09
虎杖はいい奴だからな…
否定材料探す方が惨めになるくらいに
それはそれとしてハムスター化したすくおじ可愛い - 61二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 07:01:19
全員かわいい
- 62二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 15:03:04
ほ
- 63二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 18:06:48
美味しそうな食べ物描写が表現する味がその時のキャラの心情とリンクしてるのがいいね
- 64二次元好きの匿名さん24/12/06(金) 20:33:19
虎杖、謎理論で勝手にカップリングさせられがち説
- 65二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 07:07:34
保守
- 66二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 10:08:47
「宿儺さま、じゃがりこでございます。塩味がおいしゅうございますよ」
「宿儺さま、さつまいもスティックでございます。甘味は別腹でございます」
「宿儺さま、辛口ベビースターでございます。辛味もたまには食欲をそそりますね」
「宿儺さま、アイスクリームでございます。今回はピスタチオ味でございますよ」
今回裏梅たちが乙骨に呼ばれたのは、東京郊外の洋館であった。なんでも、一般人の生存者が人質状態になっているらしく、その上元凶と思われる呪霊は一体ではなく複数が群れているとか。
強さの面ではもはや乙骨が手こずるものではないが、純粋なマンパワーが求められる現場となれば、さしもの特級も助けを請わざるを得ない。
高校生ボディを得た裏梅としては宿儺の前でいいところを見せたい腹づもりである。
一方の宿儺は裏梅の健康的な溌剌さに若干気おされ気味ではあるものの、彼女の頭の上に落ち着くのは存外悪い気分ではなかった。 - 67二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 10:29:30
菓子を渡せば渡した分だけむしゃむしゃと食べる。
裏梅にはそれがたまらなく楽しかった。
同行していた虎杖らに止められるまで、チョコレート菓子の箱を4つ空けた宿儺だったが、裏梅から手渡されるのであればあと十倍はたいらげただろう。
ちなみに、同じものを虎杖から渡された場合、苦々しい表情で抵抗することは間違いない。
裏梅は当の本人が不安定な肉体年齢ながら、いまはスライム状になっている宿儺を頭の上に置いている。
不安定な足場で宿儺は内心気が気でないが、裏梅は宿儺とともに居れることが楽しくてしかたない。
「宿儺さま、目的地の洋館が見えてきましたね。トッポでございます」
「うむ」
ポリポリと菓子をかじりながら近づいていく一行。
正門前で待つ乙骨と合流したが、洋館の入り口は大魚の喉元のように不穏な空気をまとっていた。 - 68二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 10:48:06
「やっぱり中は変異してるね。手分けして生存者を探そうか」
乙骨の指示により瞬時に散開する面々。
「宿儺さま、参りましょう。あんころ餅でございます」
「うむ」
「宿儺さま、裏梅は嬉しゅうございます。宿儺さまと再びこうしてお散歩できる日を、この裏梅、心待ちにしておりました。たまごボーロでございます」
「う、うむ」
裏梅の無垢なる思いに感動しつつ何か気の利いた言葉でも返したい宿儺であったが、矢継ぎ早に運ばれてくる菓子に口の動きをさえぎられ満足に発言ができない。
このとき二人は至福のときを味わっていた。だからこそ気づいてなかった。
洋館に救う呪霊の術式の影響で、裏梅の肉体年齢が幼児のものに戻ろうとしていることに。 - 69二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 14:00:12
餌付けにハマってる裏梅カワイイ
- 70二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 14:13:01
「っ!?裏梅!?肉体が変化しているぞ!」
思わず叫ぶ宿儺。スライム状に近い肉体がぷるぷると震える。
「え?」
裏梅が気を取り直したとき、すでにその肉体は7~8歳程度の児童のものへと変じていた。
驚き慌てるも、見たところすでに変化は終わっている。あまりに速くあまりに自然な変異。
「何者かの術式か!」
宿儺の推論が結論に達するとほとんど同時に呪霊の襲撃を受ける二人。
宿儺の口の中にはまだたまごボーロの残骸が残っていた。
「裏梅!許す!全力でやれ!」
「はい!」
もともと広範囲高威力は裏梅の得意とするところである。
呪霊の位置が分からないといえど、辺り一面をすべて攻撃範囲に含めてしまえば目隠ししてでも当たるが道理。
実際、呪霊の一体は捕捉し、また撃破したようであったが、想像よりも数が多いらしく調査はまだまだ終わりそうにない。
新手に警戒しつつ戦闘状況を終了する裏梅。肉体はすでに幼児化しており、両手でぎゅっと宿儺を抱きしめる。
高専側に支給された制服は丈が余ってだらりと垂れている。ひとまずのところ袖をまくって事なきを得るが、どうも動きにくい裏梅。
宿儺の方は、裏梅の肉体が幼児のものに戻ったことにそこはかとない安堵を覚えるのだった。 - 71二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 22:09:54
戦闘ともなれば問題はない、そのはずだった。
裏梅の肉体が一気に幼児にまで戻るのは完全に想定外だったらしく、周囲には同行してきたはずの虎杖たちの姿は見えない。
一度は撃退したかと思われた呪霊たちだったが、どうやら戦況を判断できるほどの知能はないようで、のべつ幕無しに襲い掛かってくる。
明らかにねらい目になっている宿儺を無視して幼児である裏梅に率先して襲い掛かってくるのを見るに、おそらくは性犯罪に対する恐怖心なども含まれているのだろう。
応戦していた裏梅だったが、子供の体では体力に限界がある。
小さな片膝をつくまで、そう時間はかからなかった。
白い小さな両手で宿儺をぎゅっと抱きしめている。
「裏梅・・・?」
まるで死を覚悟したかのような裏梅の様子に宿儺は焦りを隠せない。
「宿儺さま。この裏梅、宿儺さまの転生にお供できて幸せでございました。もはやこれ以上の幸福はございません。裏梅は果報者でございます」
そう告げて呪霊の攻撃を受ける裏梅。
一体一体は明らかに雑魚である。その威力は命に届き得るほどではない。しかし、当たり所が悪かったのか、裏梅は気を失って倒れてしまった。 - 72二次元好きの匿名さん24/12/07(土) 22:48:23
展開変わってきたな
- 73二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 09:44:21
従者兼愛娘がピンチですよスラ儺様!
- 74二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 18:58:43
マジ焦りしてそうな宿儺パパ(スライムのすがた)かわいい
- 75二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 20:56:41
スラックナさん…
- 76二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 21:28:43
気を失って倒れている裏梅。
位置関係的に宿儺の目からは裏梅の顔は見えない。
立ち上がる足もない宿儺は、裏梅の細い髪に触れる手も持っていない。
彼らの周りには低級の呪霊が下品な笑い声をあげて渦を巻くように集まっていた。
おそらくこの洋館の中の空間はねじ曲がっているのだろう。乙骨が言うには大量の生存者が人質になっている可能性もあるとか。
ゲラゲラという笑い声が時雨のように宿儺へと降りかかる。
当の宿儺の心の中は不思議なほど静かであった。なつかしさすら感じている。
嘲笑は彼にとって、懐かしい平安の頃を思い出させてくれる呼び水となった。
呪術全盛、最強の呪術師として君臨したあの平安の頃を。
「裏梅・・・」
宿儺がつぶやいた次の瞬間、遠くの部屋を捜索していた乙骨ら、すでに呪霊と交戦していた釘崎や虎杖らは大量の呪霊の消失反応を感じ取った。 - 77二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 21:37:02
嘲笑の中、ほんの一瞬平安の頃を思い出した宿儺。
その心の中は澄みきった清流のごとく晴れ渡っている。
心中のもやが消え果て、ただただ純粋な想いに満たされる。その思いとは、
「怒り」であった。
もともと肉体を失いスライム状になったのは裏梅が虎杖の魔手にかかったという衝撃に心身が耐えきれなかったという心因性のものである。つまりは宿儺の心の持ちようでいかようにでもなる。
そして今、宿儺の心の中は怒りと殺意で満たされ、曖昧なもやがかかる余地など消え失せている。
それはつまるところ、呪いの王・両面宿儺の復活を意味する。
頭と同時に四本の腕が顕現し、次いで腹部、最後に下半身と、虚空に生じていくかの肉体。
両の足が地面を踏みしめるや、下の腕は裏梅を抱きかかえ、いつくしむように呪力の膜を形成する。
そして、上の腕はゆっくりと掌印を組み、最後に一言
「 伏 魔 御 廚 子 」
乙骨らが呪霊の消失反応を感じ取ったのはこの直後である。 - 78二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 21:48:34
大半の呪霊を葬り去ったのか、乙骨らが急行するまでの間、会敵はなく全員が生存者を回収して宿儺の場へと到着することができた。
宿儺と裏梅が探索していた部屋に生存者がいなかったのは不幸中の幸いである。
もし、生存者がいたとしても裏梅が傷つけられた時点で宿儺はもはや寸毫の迷いもなく領域展開を選んでいただろう。
そうなれば当然生存者はなすすべなく塵となり、宿儺は生き方を変えたはずが結局は怪物となるしか道がなくなっていたところであった。
裏梅の意識が戻ってきたとき、すでに一行は現場を離れ、帰投の途中であった。
彼女の目に最初に飛び込んできた映像は何より愛しい主人が、強い姿へと戻り、自分を膝に抱いてくれている場面。
当然恐縮する。従者が主人の膝に乗るなど言語道断。しかし、恐縮しつつも頭を撫でられれば顔がほころぶのを耐え切れない裏梅であった。
「帰投の前に食事にしましょう」
そう提案したのは乙骨であったが、問題は店のチョイス。
未成年にも関わらずチェーンの居酒屋を選択するところ、宿儺に対する彼なりの気遣いなのだろう。
宿儺以外は全員未成年であるのに、年齢確認の類が一切なかったのは、彼らの風貌がなせる業・・・なのかもしれない。紅一点を自称する釘崎としては少々不満であったが、ここは大人しく酒盛りとしゃれこむことにした。 - 79二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 21:54:58
いつの世も、酒の味は己の鏡。
チェーンの安酒であろうと心が充実していれば旨く感じるもの。そこに肴があればもはや言うことはない。
宿儺の心はいま晴れやかであった。裏梅が無事だった、それだけで宿儺は安堵し、心を安んずることができる。
生き方を変えるとはそういうことなのだろう。
「さ」
乙骨は日本酒の徳利を宿儺に差し出す。高校生の年齢であるにもかかわらず、なかなかの貫禄。
裏梅は隣で枝豆に夢中になっている。
「・・・・ふ」
ほんの少しだけ口角を上げる宿儺。そのわずかな角度の変化に、万感の思いが込められていることを、対角に座る虎杖は見逃さなかった。
「アンタなに笑ってんのよ」
「おかか!」
釘崎と狗巻に茶化されるも、虎杖は悪くない気分である。宿敵と酒を呑むということはこのような味なのかと実感するのは、彼にとって無上の喜びでもあった。決して未成年飲酒の高揚感だけではないのだろう。
裏梅の前の取り皿には枝豆のさやが山積みになっていた。 - 80二次元好きの匿名さん24/12/08(日) 22:00:27
不穏になると思ったらやっぱり裏梅かわいくて語彙がなくなる
- 81二次元好きの匿名さん24/12/09(月) 06:26:28
.
- 82二次元好きの匿名さん24/12/09(月) 16:01:03
年齢確認されない高専の方々に草生えつつも
そんな風貌になるほど苦労した彼らが今楽しく飲み食い出来てるのにホロリとする
未成年飲酒はちょっと横に置いといて - 83二次元好きの匿名さん24/12/09(月) 21:08:21
主従尊い…ありがとうございます…
- 84二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 07:51:14
居酒屋の店員もよく受け入れたな
- 85二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 07:51:20
枝豆好きな裏梅可愛いね…
- 86二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 09:02:02
「小僧、裏梅の分も取り分けろ」
「小僧、春菊も食え、本当にお前はつまらんな」
「小僧、裏梅の分は汁を多めによそえ」
「いや、俺にだけ当たり強くね?」
伏黒は宿儺と虎杖のやり取りを見ながら、カクテルを傾けている。致命的な被害を受けた彼だが、宿儺を心の底から憎み呪う気にはなれなかった。そもそも一度は命を奪うところまでいっているのだから、今更罰も何もない・・・第三者が彼の心理を類推するならそうなるのだろうか。
伏黒恵は語らない。しかし、そのまなざしには優しさがこもっていた。
「む、裏梅、口元が汚れているぞ」
「宿儺さま!恥ずかしゅうございます!」
「「親子かよ」」
「たらこ」
真希と釘崎、そして狗巻は宿儺と裏梅のやり取りに思わず合いの手を入れてしまった。
「「親子・・・」」
ふいに口から出た言葉。
宿儺と裏梅は目を見合わせて、意味深に笑い合う。
その笑顔は、かつて虎杖を嗤ったあの時のような邪悪な色はまるでなく、ただただ素直な一組の父と娘のそれであった。 - 87二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 09:29:55
食事を終えて東京校へと帰投した面々。
裏梅は一気に肉体が変化したこともあり、いったん検査入院という形を取り、この日は高専の構内で一泊することにした。家入の計らいで宿儺も医務室に泊まることになったが、それを一番喜んだのは裏梅であったことは言うまでもない。
その晩、医務室のベッドにはぐっすりと眠る裏梅の姿が。そして、その傍らには静かに杯を傾ける宿儺と、家入が居た。
「悪いね、呼びつけるようになってしまって」
「・・・いや、かまわん」
二人の傍らにはサイドテーブルが置かれている。その上には山盛りのクラッシュドアイスと大振りなキャンドルライト、上等なウイスキーと各種のつまみが並んでいる。サイドテーブルにしては大きめの面積だが、それでもこれだけ並べば少々手狭に見えるが、それを気にする二人ではない。
部屋の照明は落とされ、キャンドルライトの灯りだけが妖しく医務室の空気を揺らす。壁には二人の影が拡大されつつ、なおもその輪郭をはっきりと残している。 - 88二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 09:42:19
「呪いの王と、一度呑んでみたくてね」
「・・・ふっ。奇特な女だ・・・」
宿儺の手の中には八角形のグラスに大振りの氷がひとかけら。そこにウイスキーがゆらゆらと揺れている。ほんの少量を口に含むだけで、宿儺の口内では豊かな香りと強い酒精が存在を主張する。
「いい酒だ・・・」
「洋酒もたまにはいいだろう?」
家入の手の中にも同じものがある。こちらはわずかばかりの彩としてミントの葉が一枚浮かんでいるが、その一枚が意外なほど仕事をいるのか、酒精のわりにさわやかな飲み口が家入の喉を潤している。
「悟は強かったかい」
つまみに用意した各種のチーズ。このとき家入がかじっていたのは林檎の風味が香るデザートチーズ。おそらくは若干の燻製処理がされているのだろう、独特の香りがウイスキーの味を引き立てる。家入の問いは誰のために投げかけられたのか分からない。もしかすると、他の誰でもない彼女自身のためなのかもしれない。
「ああ。誰よりも強かった。生涯忘れることはないだろう」
一瞬の間もなくそう断言する宿儺。このときばかりは前世までの戦いをこよなく愛した呪いの王として語る。それこそが一番のはなむけになると確信したいたからである。宿儺の手にはスモークチーズが取られている。家入の食べているデザートチーズに比べると少々安物だが、だからこその淡泊な味わいは、ウイスキーの味も香りも邪魔しない。
助けもせず、助けられもせず、互いに孤高のままの味わい。それはまるで、五条悟とのあの戦いを表現しているかのようである。 - 89二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 09:50:31
イオンモール=両面宿儺
スモークチーズ=五条悟
なんだよこれ - 90二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 10:20:42
「しかし変わったね」
「ん・・・?」
キャンドルライトの灯りが家入の表情を揺らめかせる。薄暗く穏やかな影の中では彼女の真意を読み取るには足りない。二人のグラスの中の氷が同時にからんと音を立てた。
「いや、昔の君を知っているわけじゃないけど。少なくとも敵としての両面宿儺のイメージからは離れてると思ってね」
「当然だろう。負けたのだからな」
宿儺はこの台詞を二度言うことになるとは思っていなかった。事実として今も昔も宿儺は最強の呪術師として君臨している。おそらくは今後千年経っても破られることはないだろう。生き方を変えた今となっては戦いに身を浸すことはないだろうが、それでも彼の両肩に敗北がのしかかることはあり得そうにない。
それでも宿儺は自らの口で「負けた」と言うのになんの抵抗も、また屈辱も感じなかった。むしろ肩の荷が下りたような気楽ささえある。
「丸くもなるさ」
そう言ってグラスを傾ける呪いの王の口角はほんのわずかに緩い。ウイスキーの味は勝利の美酒のように甘くはないが、存外この味が気に入っている宿儺であった。 - 91二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 16:02:22
呑みたくなってきた
- 92二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 19:18:53
「こうも上等な酒を出されてはな」
宿儺はほんの少しだけ赤くなった頬を隠さず、懐から一献、ずいぶんと大仰な箱に入った酒瓶を取り出した。
大柄な彼の着物だからこそ収納できた大きな酒瓶。おそらくは、東京校に帰投したあとに外出して購入してきたのだろう。
秘蔵の一献にするつもりだったのだろうが、その計画は家入のもてなしによって瓦解することとなった。
「それじゃこっちも」
これまた高級そうな箱に入った肴を用意する家入。
桐の箱には焼き文字でプロシュートを意味する外国語がメーカーのブランド印と共に刻まれている。
家入の秘蔵のつまみはまだ止まらない。
医務室の一隅、鍵のかかった棚の中に隠されていたのは、シャインマスカットの上物であった。
「巻いて食べてみるといい」
家入の提案に対し、宿儺は素直に従うことにした。
郷に入っては郷に従え、というのは至言である。その土地の最も旨いものを知っているのはその土地の者なのだから。この医務室はいわば家入の”領域”である。
"シャインマスカットのプロシュート巻き"は必中必殺の威力を以て呪いの王の心を蕩かす。
宿儺がその味をどう評価したか。その結果は、これ以上ないほどに穏やかな宿儺の双眸と緩みきった口角が如実に教えてくれている。 - 93二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 19:31:59
食の描写が良すぎてお腹空いてきた…
- 94二次元好きの匿名さん24/12/10(火) 22:20:09
読む飯テロ
シャインマスカットをそんな…そんな風に食べたら絶対おいしいやつじゃん…! - 95二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 09:17:18
サクッ
宿儺の口の中でシャインマスカットは小気味いい音を立てる。歯が果肉を噛み切る感触が心地良く、嚙んだと同時にあふれ出る果汁は形容しがたい濃厚かつさわやかな甘みをもって、宿儺の喉を潤してくれた。
そして、なにより大きな存在感を放っていた薄切りのプロシュートは、意外にも口内ではその存在を引き立て役として控えめに抑え、塩味をもって果肉の甘みを通常以上に引き立てる大役を果たしている。
「・・・!」
正直なところ、宿儺は驚きを隠せなかった。
裏梅がたまに作る小じゃれたつまみも旨いが、やはり手に入る素材の差であろうか、そう手を加えずともただひと巻きハムを果肉に巻き付けるだけで、その薫香には目を見張るものがある。
まさに、果物界の五条悟である。
「気に入ってもらえたなら何より」
自分のグラスに氷とウイスキーを補充しながら、家入は宿儺の方を見ずに告げる。とはいえ、彼女もまた渾身のもてなしが相手に響いたことを嬉しく思い、満足げに口角を緩めるのであった。 - 96二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 09:25:49
「宿儺さま・・・?」
裏梅が医務室のベッドから身を起こして宿儺を見止めた。
「起きたか」
ウイスキーの酒精のせいか、それともあふれる父性がそうさせるのか、宿儺は穏やかな笑みを浮かべつつ裏梅の方を見る。すると、裏梅はのそのそと小股で歩いて宿儺の方へとやって来た。
「お前も食べるか。そこは寒い。こっちへ来い」
そういって、自らの膝の上に裏梅を寄せる。普段であれば恐れ多いと恐縮する裏梅だが、このときは寝起きなのが影響したようで、素直に宿儺の厚意に甘えている。
「さ、食え。あの女の手製だ」
正しく家入の手製である。プロシュートのハムを果肉に巻き付けただけではあるが、家入の手で作られたことは間違いない。これまた普段の裏梅なら料理人としての対抗心を燃やしているところだろうが、このときばかりはひな鳥のように小さな口を開けて宿儺の手を待つのみ。
「・・・・・甘い・・・」
「そうだな」
「美味しゅうございます・・・」
「そうだな」
宿儺に礼をいってまた目を閉じる裏梅。ゆらゆらと膝を揺らす宿儺。裏梅は赤子ではないが、宿儺はあえて赤子をあやすように振舞った。あり得たかもしれない儚い幸福をもう一度焼き直しているような気がしたからであった。
それを眺める家入は、もの言わず、グラスをわずかに傾けて、ほんの少量のウイスキーを喉に流して酒精を味わう。 - 97二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 18:44:03
お腹空いてくるよ
- 98二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 20:16:36
「いつでも来いよ、ケケケ」
翌日の朝、真希に見送られ宿儺と裏梅は東京校を後にした。
他の面々は既に任務に出ている者あり、まだ惰眠を貪っている者あり。また中には未成年飲酒を咎められている者も居た。虎杖は惰眠側である。
すっかり真希に懐いた裏梅だったが、真希が見えなくなるまで何度も振り向いてひらひらと小さく手を振る。真希も振替すが、だんだんと小さくなり、そのうちに天与呪縛の視力を以てしても見えなくなっていった。
帰りの電車は決して空いてはいなかった。
しかし、四本腕の大男が乗ってきたとなれば、自然と距離が空くのも世の道理。
宿儺としては煙たがれるのはもはや慣れたものであったが、同時に前世までは麻痺しきっていた一抹の寂寥感を覚えないでもなかった。そんな折・・・、
「宿儺さま、チョコボールでございます」
腹部の口にチョコレート菓子を食べさせる裏梅の姿は、宿儺の心を温める。
不思議と心が軽くなるのを感じる宿儺。その理由が"自分は独りではないこと"を実感したことであると、呪いの王は確信すると同時に気恥ずかしさを抑えつつ裏梅の頭を撫で、小声でひとこと礼を言う。
「?」
裏梅には聞こえない声量だったが、頭を撫でるその手が優しい。その事実だけで裏梅には十分な幸福であった。 - 99二次元好きの匿名さん24/12/11(水) 23:36:52
いつもの不敵な笑い方してるんだろうなって感じの真希さん好き
宿儺と裏梅あったけぇ…これは読む湯たんぽ - 100二次元好きの匿名さん24/12/12(木) 08:25:05
あったけぇ…
- 101二次元好きの匿名さん24/12/12(木) 15:50:05
たぶんこの裏梅はもちもちしてる
- 102二次元好きの匿名さん24/12/12(木) 18:09:19
東京から電車を乗り継ぐこと3時間以上。田舎町の外れまで戻ってきた裏梅と宿儺だが、裏梅の方は少々疲れてしまったのか、若干表情が硬い。
呪力強化すればどうにでもなるものだが、裏梅はこのところできるだけ肉体を呪力で強化しないようにしている。肉体の健全な成長と自然な鍛錬を目的としてのものだが、それは他ならぬ宿儺の言いつけでもあった。
東屋まであぜ道を歩いていたところ、二人の目には自宅の前に人が立っているのが見えた。
どうやら老齢の町長と役所の若い女の二人のようである。しばらく留守にすると伝えるのをすっかり失念していた宿儺だが、これしきで悪びれるような呪いの王ではない。
「じじいか。何用だ」
「東京行って来たんだって?色んなとこ行くね~。多様性だね。」
「両面さん、時知らずの上物が手に入ったので如何かなと、持ってきたんですよ」
役所の女は高価そうな箱を見せる。宿儺もさすがに学習している。
現代では高そうな箱が出たら旨いものにありつけるということ。それはまさしく宿儺がその身をもって得た経験による真理であった。
ときたま感謝状などの場合もありがっくりと肩を落としそうになることもあるが、そのときは自身の膨大な呪力によってそれをカバーしてきた。
「宿儺さま!」
さきほどまでは疲れを見せていた裏梅も、上物の食材の気配を感じ取り、料理人の血が騒ぎだしたのか、ぱっと顔を輝かせる。 - 103二次元好きの匿名さん24/12/12(木) 21:47:47
膨大な呪力便利だな
- 104二次元好きの匿名さん24/12/12(木) 23:28:36
「うむ、七輪を準備しろ」
宿儺の号令一下、東屋の庭先にはパイプ椅子とクーラーボックス、そして七輪が運び出された。七輪料理は宿儺の最も得意とするものの一つである。少なくとも彼自身はそう思っていた。さすがに裏梅の繊細な腕前には及ぶべくもないが、裏梅自身は宿儺が作る豪放で快闊な料理を楽しみにしていのを、彼女は主人には内緒にしている。
七輪を準備していく中、裏梅は自分の口角がによによと曲がっていくのを自覚していたが、もはやこの幸福感は自らの意思で抑え込めるものではなかった。主人が珠玉の逸品を披露してくれる幸せを素直に受け止める以外に、裏梅はいまを過ごす術を知らない。
幸福を受け止めざるを得ない、是れ即ち幸福と言ふ。
今が平安の頃であれば二三首詠んでいるところだが、さすがにそうはいかない。客人も居る中で自分だけが美味な食事に浮かれるなど余りにも童らしいことである、として裏梅はどうにか平静を保とうとしていた。
といっても、若干スキップ気味にちょろちょろと動き回わり、表情は緩みきった口角を抑えられずに居るためか、その場の全員に彼女が上機嫌であることは悟られていたが、それを口にするような野暮を切るうつけはここにはいない。 - 105二次元好きの匿名さん24/12/13(金) 10:13:54
.
- 106二次元好きの匿名さん24/12/13(金) 10:21:27
老齢の町長が持ってきたのは上物の"トキシラズ"であった。戻り鮭の中でも季節を違えてやって来た貴重かつ高級品である。
古来より神の魚とされてきた極上の鮭が、千年の時を超えて現世に立った呪いの王の手にかかる。
宿儺の手さばきを見ている面々は、みな一様に感心と感嘆と感激を覚えていた。
流麗というべきか、緻密というべきか。それでいて大胆かつ繊細な刃物さばきは達人の演舞を見ているかのような厳かな満足感を与えてくれる。
宿儺は刃物を握っていない。使っているのは術式だけ。老齢の町長たちには宿儺が何をやっているのか見えはしないが何か神の領域の御業を目撃しているのだろうということは理解できていた。
日本文化の真髄は引き算にある。
それは園芸にも文芸にも、武術にも哲学にも、また食の世界にも共通して言えることである。あらゆる虚飾を排し、時には重要と思われる要素すら削って事物の深奥を浮き彫りにしていく文化がこの国にはある。
そして、呪術の真髄もまた引き算を極めることにある。
その意味でいえば、最強の呪術師たつ宿儺は最高の文化人であり、いまこの場においては至高の料理人でもあった。
七輪の火は静かでいて力強くそのときを待つ。
宿儺がトキシラズの身を炙った途端に、周囲には豊かな脂の香りが立ち込め始めた。
「今回は塩で食う」 - 107二次元好きの匿名さん24/12/13(金) 20:40:02
浮かれ梅かわいいし鮭が美味しそうすぎて読むだけでご飯が進みそう
- 108二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 07:20:28
ほしゅ
- 109二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 11:44:13
「時期外れにこんなにおいしい鮭が頂けるなんて、時の恵みに感謝ですね」
役所の若い女は口元を手で隠しながら宿儺と裏梅に感謝を告げた。若干詩的な表現をしているのは、彼女が同人作家としての顔を持っていることと関係しているのかもしれない。後年になって「腕四本おじさん」フェチ界隈の重鎮作家として歴史に千年名を残すことになるのだが、この時点では誰もそれに気づいてはいなかった。
「恵・・・か」
宿儺は恵に乗り移った経験はあれど、恵を施されたことなどない。平安の頃に新米を捧げられることはあったが、あれは畏怖と服従に基づく防衛策としての心理が大きい。そんなものが恵であるはずがない。
「宿儺さま!おいしゅうございます!脂が甘うございます!」
裏梅は隣に座り、宿儺を見上げて口元を汚しながら笑顔を告げる。宿儺の方は微笑みつつ、裏梅の口元を拭いてやることに父性の快感を覚えていたが、実は裏梅は宿儺に拭いてもらいたいがためにわざと口元を汚していることを隠していた。従者の分を超えた過ぎたる傲慢。そのほの暗い背徳感は鮭の脂をよりいっそう甘く感じさせる。
老齢の町長はすべてを見通しているかのように何も語らず、小さな杯を傾ける。本来は勤務時間中のはずだが、文句を言う者はいないし、彼自身もさすがに酩酊するほどに呑むつもりはないのだろう。
「これ、美味しいねぇ。外国のかい」
「ブランデーというそうだ。貰い物だ」
家入からもらったブランデーのひと瓶。冬を経験させて味を積むためにもう少し寝かせておくつもりだったが、トキシラズへの礼のつもりであった。 - 110二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 11:52:08
そこの浅い杯に広く張ったブランデー。純度の高いチョコレートや果物のような甘い香りを感じさせつつも、やはり酒精の力強さを感じさせる。
「味はいいが・・・」
宿儺はこのブランデーという洋酒の経験がなかったため、トキシラズを肴にしようとしたが、どうもかみ合わないような違和感を覚えていた。おそらく本来なら甘いつまみの方が合うのだろう。とはいえ、さすがに飲酒ができない裏梅につまみの最適解を求めるのもおかしい。
宿儺は考えあぐねていた。
「あの、よかったら」
役所の女が鞄の中から取り出したのは小ぶりだが高級そうなチョコレートであった。
「だいぶ早いけどクリスマスプレゼントで町の人にもらいまして・・・もしよかったら」
渡りに船とはこのことなのだろう。
ブランデーの香りは口内でチョコレートと混ざりあい、鼻へと抜けていく。
呼吸のたびに残り香のように甘く鼻先をくすぐる洋酒の力強さ。一口ひと口は決して大口ではないが、その存在感は確かな幸福感をもって呪いの王をことほぐのだった。
役所の者たちが返った後、宿儺は後片付けをしながら、ひとこと独り言をつぶやく。
「プレゼント・・・か」 - 111二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 17:26:19
この主従 尊すぎる
- 112二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 19:09:45
おお、ついにタイトルの本題に入るのか
- 113二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 21:02:20
役所のお姉さん(同人作家)ワロタ
副業で稼いで大丈夫かちょっと心配になった
新刊一冊ください - 114二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 21:17:30
> 宿儺は恵に乗り移った経験はあれど、恵を施されたことなどない
サラッと挟まれてて駄目だった
- 115二次元好きの匿名さん24/12/14(土) 22:46:23
歴史に千年名を残すって紫式部か。てことはこの宿儺は光る君的存在ということか…!?
- 116二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 00:30:01
裏梅が可愛すぎる…
- 117二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 09:43:49
宿儺がこのまた千年後も歴史に名を残してしまう
いいぞもっとやれ - 118二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 17:13:11
洋の東西を問わず、贈物とは贈る者から贈られる者への親愛の具現化である。
その意味でいえば、もはや宿儺の全身を満たし鈍い歯痛のように常に意識の中の一部を支配し続けている裏梅への父性を形にすることは当然の理であると言えよう。
これが平安の昔であれば、和歌を詠み交わして蹴鞠でもしようか、摘み草でもしようか。
しかし、彼らが生きているのは現代である。
竜戦虎争の呪いの世界がひと段落を遂げ、数々の痛みと悲劇の上に脆くも愛しい平和を築いている現代なのである。
そんな時代にただ和歌を詠んで満足するというのは、少々つつましさが過ぎる。
宿儺が頭を悩ませているのはこの慎ましさの部分である。
自身もそうだが、恐らくは裏梅も物欲というものがまるでない。そもそも宿儺は必要であれば自力で調達できるし、前世までの価値観でいえば、奪うことができる。誰も彼を止められはしない。
欲とは渇望から生まれる。すべてが容易く手に入る境地に居る呪いの王が物欲を失うというのは皮肉ながらも真理をついていると言えるだろう。もっとも、生前の宿儺の臓腑を焼いた餓えと呪詛を満たすものなど、ついぞ手に入らなかったのも事実ではあるのだが。
宿儺は想像してみた。裏梅に”何か欲しい物はあるか”と問う。すると裏梅はこう答えるだろう。
「裏梅めは、宿儺さまのお傍に仕えること以上の幸福を知りませぬ・・・。」
さらに宿儺は想像を重ねる。
「宿儺さま、僭越ながらこの裏梅、宿儺さまのお膝の上で眠りとうございます・・・」
さらに宿儺は妄想を深める。
「宿儺さま、この裏梅、大きくなったら宿儺さまと結婚いたす所存でございます・・・」
「ふふっ」
もちろん、そんなことなどあるはずもないが、ふと脳内にあふれ出した存在しない未来への幻想が、存外悪くない味を持っていたことに上機嫌の宿儺であった。 - 119二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 17:22:49
裏梅は学校で級友たちと歓談に興じていた。
「うらうめちゃん、クリスマスのじゅんびはした?」
「何を言っている。訳の分からんことを言うな。」
「んもう!いじわるするとサンタさんが来てくれないよ!」
「何者だ、そいつは。どうやって我々の言動を確認しているのだ」
「えっとね、えっとね、サンタさんはね、何でも知ってるんだよ?」
「なっ!?」
「えっとね?サンタさんにね?おてがみ書いて、くつ下おいとくと、あさおきたらプレゼントが入ってるの!」
「変態のたぐいか?」
「「うらうめさまのくつ下・・・」」
「うらうめちゃんもいい子にしてたらサンタさん来てくれるよ!腕のおじさんにおてがみ渡してもらうといいよ!」
「そ、そうか、いい子にか・・・みっちゃん、話の褒美に踏んでやろうか?」
「やだよ!?」
学校から帰る道、裏梅は”いい子にしていたら”という言葉を反芻していた。
いい子にしていたら、褒美がもらえる。だが、いい子にしていたら宿儺に褒められるという事実もある。
「それはもはや宿儺さまこそがサンタであるのと同じではないか・・・」
そんなはずがない、と自嘲ぎみに笑いながらも、”いい子”になろうと決意する裏梅であった。 - 120二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 18:26:21
腕おじ相手じゃなければ倫理観すごくまともなみっちゃんすこ
- 121二次元好きの匿名さん24/12/15(日) 20:24:54
サンタ=パパの真実に勝手にたどり着いて勝手に遠ざかった…
- 122二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 07:35:35
ご褒美に踏んでくれるの優しい
- 123二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 13:15:40
裏梅辛辣w
- 124二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 18:58:08
クリスマスとは本来、異教の祝祭である。
宿儺にはなじみが薄いどころか、存在すら知らなかった。必然、彼のクリスマスについての知識は受肉していた頃の記憶に留まる。
しかし、宿儺が受肉した二人とも、決して豊かなクリスマスを経験していない。そのため、結局クリスマスについての知識は一般常識よりもだいぶ薄いものとなってしまっていた。
「結局何なのだ」
その夜、宿儺の姿は安酒を供する居酒屋にあった。隣には老齢の町長が座っている。
「クリスマスねぇ・・・」
小さくそう呟いてたこわさを少量口に含む、町長。まだタコの生臭さが残っているうちに、獅子唐焼きと冷酒で口を冷やす。清廉とした爽快感が鼻から抜けていく。
宿儺の方も冷酒を頼んでいた。
この寒い時期にあえて冷酒を嗜む。少し効きすぎな暖房の中ですっきりとした冷気を取り込む快感を教えてくれたのは、ほかならぬ裏梅であった。彼女が喜々として語っていた炬燵とアイスクリームの合わせ技は、宿儺の手によって更なる境地へと昇華している。
他者の術式すら本人以上に使いこなす宿儺らしい。
決して高級な酒ではないが、安酒には安酒の楽しみ方というものがある。なにも贅を尽くすことだけが食の幸せではないことを、宿儺は前世と今世で学んでいた。
宿儺が頼んだ冷酒のつまみは焼き銀杏。今の時期は旬からは少々外れているかもしれないが、膨大な呪力によって以下略である。
殻付きの銀杏を丁寧に剥き、付属のあら塩にほんの少しだけ押し付けて口に放り込む。そして塩味が舌に滲む前にすかさず冷酒を流し込む。旨味と香りが鼻に抜けるのを愉しむ呪いの王であった。 - 125二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 19:07:06
「もみの木置いて、飾りつけして、プレゼントとケーキ・・・かな?もみの木は日本ではちょっと厳しいかもね」
「・・・ふむ」
老齢の町長に問うたクリスマスの過ごし方。彼の答えはまさに模範解答だろう。
しかし宿儺としては口で聞いただけではどうもイメージが固まらない。
「まあ、もともとが宗教行事でも、日本ではお祭りだから。気楽に楽しくするといいよ。ウチも町内会で子どもクリスマス会やるけど、そんなに気負うもんじゃないさ。多様性の時代だからねぇ」
「・・・・」
聞きながら、くいっと杯をあおる宿儺。
徳利の中の冷酒は、強めの暖房によって多少温くなっていた。
「そこの給仕よ・・・モツの煮込みとおでん5種だ」
「はい喜んでえっ!」
少々誇張気味な店員の掛け声。両面宿儺は居酒屋での注文もお手の物である。
「煮込みとなると、このあたりかな」
そう言って、老齢の町長は冷酒の次として、少々臭いが強い芋焼酎を二杯頼んだ。宿儺はこの焼酎も大いに楽しんだが、帰宅後、全身からほとばしる酒精のきつい臭いのそうで、いつもなら犬のように走り寄って来ては、若妻のようにかいがいしく世話をしようとする裏梅が、なかなか近づこうしなかったため、彼は今後芋焼酎を禁忌とするのだが、それはまた別のお話。 - 126二次元好きの匿名さん24/12/16(月) 23:07:35
娘が来てくれなくなるの嫌で芋焼酎禁じるパパかわいい
- 127二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 06:50:59
やっぱり裏梅可愛すぎるってこのシリーズ!
大好きです - 128二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 11:46:48
「”いい子”か・・・宿儺さまは私が”いい子”であれば誉めてくださるのだろうか・・・いやいや、私は何を考えている・・・従者の分をわきまえねば・・・」
宿儺の膝の上で朝食を取る裏梅。背中に伝わる体温は普段の宿儺の落ち着いた物腰からの想像通り、少々低めである。その低い体温が裏梅には途方もなく心地よいというのは、宿儺には秘密にしていた。
一方の宿儺は膝の上に座らせている裏梅に対してもはや主従の枠を超えたあふれ出んばかりの父性を抑え込むことが難しくなっている。
(まるで湯たんぽだな)
子ども特有の体温の高さ。冷気を支配する氷凝呪法を操る裏梅の体温が不思議に高いという事実に、万物造作の妙を感じつつも、その温もりを愛でる宿儺。平安の者たちがいまの宿儺を見たとしたら、彼にはもはや呪いの王という称号は似つかわしくないと吼えるかもしれないが、そんな外野の無粋が届かない聖域が、この東屋にはあった。
(”いい子”にしていれば・・・)
(裏梅はまさに”いい子”だな、この上ない・・・)
両者の思考はシンクロしているが、二人がそれに気づくことはない。
食卓の上の卵焼き。本日は黒糖を用いた甘めの味付けだが、幸福の味の甘さに比べれば、いささか砂糖が足りていないかもしれない。 - 129二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 19:18:16
いよいよクリスマスも来週に迫った平日。宿儺と裏梅の姿は片田舎のファストフード店にあった。
裏梅は内心ではこの手のファストフードの類を宿儺が口にするのを快くは思っていないが、主人の行動に異論を挟むほど、主従の分を超えたことはしない。
実際のところは、もし裏梅が苦言を呈したなら、宿儺は寸毫の迷いもなく行動を変えるのだが、それはあくまで仮定の話。
宿儺の目的は幼児用玩具のついたセットメニューにあった。といっても、裏梅の肉体年齢およびそれに引っ張られた精神年齢には少々合わない。宿儺の狙いは、このセットメニューを手本として自ら渾身のプレゼントへと至ることにある。
宿儺の存在を知る町の住民は多いが、それでもこの田舎町の全ての住民が宿儺を知っているわけではない。そのため、四本腕の大男が現れた際、ファストフード店の店員は逃げ出すか否か迷いに迷ったが、結局本能の声に従い、残って職務を全うすることにした。以前本能の声に命を助けられた経験のある彼だが、今回も正しい選択をしたのである。後年、彼は大物政治家として名を轟かせることになるが、それはまた別の話。
セットメニューの玩具の人形をふにふにと弄ぶ宿儺。その隣で少々不機嫌な裏梅。ポリポリとフライドポテトをかじる彼女だが、ちょうど油交換のタイミングと重なったためか、値段の割には想像以上に高いクオリティに料理人としての本能がうずくのであった。 - 130二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 19:44:20
けっこうリアルな時間軸で物事が進んでいる……
- 131二次元好きの匿名さん24/12/17(火) 20:51:04
もしかして当日に完結させる気か!?
- 132二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 07:27:56
ほし
- 133二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 13:28:22
セットメニューの人形弄んでる腕おじ可愛すぎだよ
動画撮られてたら拡散されてバズっちゃうよ - 134二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 17:33:35
ふわふわ、さくさく、とろとろ、ほくほく・・・美味を連想させる擬音語擬態語は数多い。古来よりこの国の民が食に関して並々ならぬ情熱を傾けてきたことがよく分かる言語体系上の進化である。
その意味では、裏梅の発言は実に日本的な言語進化の流れを汲むものであった。
「宿儺さま!こちらふわふわでございます!」
「ふわふわか」
「はい!ふわふわでございます!そしてこちらは、ほくほくでございます!」
「そうか、ほくほくか」
「はい!」
にっこりと明るい笑顔。この笑顔を守るためなら宿儺は迷いなく怪物となるだろう。実際には、悪条件が重なったならともかく、万全な裏梅を害することができる術師など両手で数えるまでもない程度にしかいないのだが。
宿儺としては裏梅が何を言っているのか、正直分からなかったが、彼女が嬉しそうに報告するのがあまりに心を和ませるため、裏梅の笑顔以外のすべてが些事と化していた。
「そうか・・・ふわふわとほくほくか・・・」
何かの啓示を得たかのようにつぶやく宿儺だったが、裏梅はそんな主人をにこにこと見守るだけであった。 - 135二次元好きの匿名さん24/12/18(水) 22:26:18
平仮名4文字擬音に囲まれる父娘とうとい
- 136二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 07:36:05
擬音可愛すぎ……(((o(♡´▽`♡)o)))
- 137二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 14:38:02
腕おじの可愛さと裏梅の可愛さと美味しそうな食べ物の描写を摂取するのに最適のssだわ……
- 138二次元好きの匿名さん24/12/19(木) 22:57:44
スクナがふわふわとかほくほくとか言ってるのが笑える
- 139二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 10:06:27
ほ
- 140二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 10:12:22
「あと5日・・・」
宿儺は東屋の壁に貼り付けた貰い物のカレンダーに術式で刻み付けた25日の星印を見つめていた。
この日は金曜日。翌日は休日である。といっても、農耕の手伝いや高専の依頼をたまに受けるだけの宿儺にとっては平日と休日の差異は大きくないのだが・・・。
乙骨を経由した高専の超高度な依頼を難なくこなす宿儺は懐事情には余裕がある。結果として暇と金を持て余し愛娘に懐かれた究極完全体の幸福の体現者としてこの世に君臨する呪いの王。それが今の宿儺である。
彼の目下の悩みは5日後に控えるクリスマスである。
もちろん、何かしらの祝い事をするのは決定事項。それは迷いの余地などない。異国異教の教祖の誕生日をことほぐつもりなども微塵もない上、聖夜と銘打たれた特別な日を呪いの権化である自分が祝うというのには違和感があるが、裏梅がTVのCMを食い入るように見ていた際、足がピコピコと動いていたのを、宿儺の4つの目は見逃さなかった。
つまり、すべては裏梅のため。
宿儺はすでに父性に肉体を支配されている。そして支配されている自覚を持ちながら抗う気力を失っている。まるで浴を経て、入念に抵抗心を折られた伏黒恵のように、宿儺もまた裏梅への抵抗力を、いや正しくは裏梅を視界に入れるたびに己の内から湧き出でる父性への抵抗力を失っていた。いや、もはや率先して放棄していた。
如何にして裏梅を喜ばせるか、それだけ考えている宿儺は、手に持ったかりんとうの黒糖粉末が床に落ち、あとで掃除をしなくてはならないことなど眼中にもない。
裏梅の笑顔を想像しながら、がりりと齧るかりんとうは、くどいほどに甘かった。 - 141二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 18:24:34
すっくん、カリントウかじってカレンダー見てる休日のお父さん
- 142二次元好きの匿名さん24/12/20(金) 19:04:25
高専の依頼はわかるが、農耕の手伝いとは…どういう…?
解で雑草駆除、稲刈ですねわかりました…
設定の精度をあげれば脱穀とかまでできそうだし。 - 143二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 01:48:09
黒糖かりんとう美味しいよね
- 144二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 07:03:28
書いてる人相当色んなもん食ってそう
- 145二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 15:12:04
この裏梅を絵で見たい
- 146二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 17:16:54
単行本書き下ろしの裏梅エピローグ収録決定でこのスレがまず脳裏に浮かんだ
- 147二次元好きの匿名さん24/12/21(土) 22:15:36
ふわふわとかほくほくとかもちもちほっぺの小さい裏梅が言ってると思うと可愛すぎて胸が苦しくなる
- 148二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 07:01:35
すっくん何買うのかな
- 149二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 16:12:57
膨大な呪力で作るのかもしれない
- 150二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 20:15:27
ふわふわとサクサク…?
- 151二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 04:00:24
擬音だけでお腹減ってきた
- 152二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 07:32:58
マジか、裏梅くるのか
- 153二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 17:02:38
呪いの王が祝いの王になる予感
- 154二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 17:06:27
「うえっ……」
大きなカップを両手で持って、裏梅は想定外の苦さに顔をしかめる。このところ、昼時になると宿儺がこっそりとどこかへ出かけては帰ってきて、部屋にこもることが増えていた。
当然裏梅としては面白くない。
そこでなけなしの小遣いを握りしめ、不遜ながら宿儺のあとをつけることにした裏梅。東屋の門を出て1秒経たずに尾行はバレて宿儺に声をかけられてしまったが、もはや引っ込みがつかない裏梅は、宿儺と一緒に喫茶店に入り、宿儺と同じコーヒーを注文する。そこで発したのが冒頭の悲鳴である。
宿儺の方は目を閉じて香りと苦味に興じているが、こうも苦いものを飲んでいる主人は気がふれてしまったのかと心配する裏梅であったが、宿儺が気を利かせて追加したアップルパイの甘さは、苦味を経てこそ際立つというもの。裏梅はまたひとつ宿儺に対する尊敬を深めるのだった。
また、当の両面宿儺その人は、明日に控えるクリスマスイブ、そしてその翌日のクリスマスに向けて週末に準備していた用意に、確かな自信とそこはかとない不安を噛みしめ、鼻腔の中にコーヒーの薫りをくゆらすのであった。
呪いの王▪︎両面宿儺、一世一代の決戦は近い。 - 155二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 22:45:52
苦いのきらいな裏梅
- 156二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 08:03:25
ここの裏梅が可愛すぎて可愛すぎて……
- 157二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 08:29:29
師走も暮れが見えてきた二十四日。世はクリスマス・イブを祝い、祭りの色を帯びている。
街頭に出れば厚着をした男女が途切れず、どこからともなく響いて来る音楽は鈴の音と軽快な蹄の音を演出し、いかにも祭囃子の様相である。
呪いの王・両面宿儺の姿は相変わらず田舎町の東屋にあった。が、その表情には複雑な色が見て取れる。宿儺らしい自信と宿儺らしからぬ不安。人事を尽くして天命を待つというが、果たして本当に自分は人事を尽くしたのか、抜かりはなかったか・・・宿儺の脳裏にあるのは、厨房にこもって鮭を焼いている裏梅のことである。
世間ではクリスマスには何かしらの贈物をするのが習わしだとか。
宿儺としても裏梅に何かを贈ろうと思っている。
とはいえ、何を贈ろうか、宿儺は大いに迷った。沈思熟考の果てにたどり着いた呪いの王の結論。それが裏梅の笑顔に通じるものなのか。
自信は自分が行った熟考に対する評価。
不安はそれが通用するか否かの不確定さ。
愛ほど歪んだ呪いはない、といったのは誰だったか。宿儺は以前愛をくだらないものであると切り捨てたが、その愛こそが宿儺を悩ませているというのは、なかなか痛快な喜劇ではないだろうか。 - 158二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 08:41:55
裏梅が焼いた鮭の皮はパリリと乾いた音を立てて、咀嚼の楽しみを増してくれる。
平皿に乗った鮭、隅には大根おろしとシソの葉が控えめに仕事のときを待っている。
小鉢の中にはちくわときゅうりの和え物。大好物とまではいかずとも宿儺が好んで食べるため常備菜として食卓に上がらない日はない。
味噌汁は日替わりでなめこやわかめ、あさり、ときには洋風にベーコンを入れるときもある。この日は小ぶりに刻んだ豆腐とわかめの味噌汁であった。少し濃いめに作ってあるため、口の中に残る塩分が白米を促す。
意外なほどに宿儺は食事の所作が静かで美しい。傍若無人を体現した呪いの王の食事姿は、洗練された教養人のそれであった。
ずっ・・・
「今日は少し濃いな・・・」
「はっ、卵焼きの味を甘めにしてございます。」
「ふむ、・・・旨い。相変わらず痒い所に手が届く・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んへへ」
決して宿儺には聞こえない声量で喜ぶ裏梅。
ちゃぶ台の下では足をパタパタと弾ませて身に余る光栄を受け止める。
いつもの日常、いつもの朝。それが宿儺にとっても、裏梅にとっても代えがたく大切なものであった。
「裏梅」
「はっ」
「今日の夕餉は俺が作る。帰りに好きな甘味を好きなだけ買って来い」
そう言って裏梅に小遣いを渡す宿儺。およそ児童に渡すような額ではない大金をきんちゃく袋に入れて渡す呪いの王。学校の終業式に向かう裏梅の足取りは弾むように軽かった。
「さて、仕上げをせねば・・・」 - 159二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 08:51:00
「えーっ、うらうめちゃん、ぷれぜんともらわないの?」
「就寝中の人家に忍び込み、幼児の靴下に詰め物をする不審者のことが信用ならんのでな」
「もう!またいじわる言って!」
「そもそも見たことはあるのか?」
「いやないけど・・・」
「しかし朝起きたら贈物があるのだろう?相当な手練れだが、宿儺様が侵入を許すとは思えん。細切れにされるぞ。不審者がどうなろうと知ったことではないが、サンタとやらいないと困るのはお前たちだろう。私の家の後に控える童べどもが不憫でな。」
「むずかしいことわかんない・・・」
「みっちゃんも、さっちゃんも、ケンちゃんも、よく食べ、よく遊び、よく眠り、よく学べ」
「そういうはなしだったかなあ!?」
裏梅は隠している。
実はサンタの侵入を警戒して、東屋の中ではなく、裏の林に名前を書いた靴下を置いていることを。誰にも知られていないため、大人たちどころか宿儺すらその靴下の存在を知らないということについては、すっかり忘れている裏梅であった。 - 160二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 09:34:16
みっちゃん達には先生みたいな事言っておきながら靴下用意してる裏梅かわいい
- 161二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:08:40
12時。太陽を隠す雲はないものの、南の巨木の影に入るためか東屋は一時的に薄暗くなる昼時。
裏梅を学校に行かせている宿儺は裏梅に渡すプレゼントの仕上げを行い、昼餉にすることにした。
といっても、この日の宿儺の昼食は朝の内に買って来ておいた総菜と菓子パンの類だけである。
これも夕餉を心から愉しむための宿儺なりの工夫といったところか。
「・・・・?・・・・量が減ったか?」
がぶりとクリームパンをかじりつつ作業台に向かう宿儺。腹を満たすには少々力不足だが、もったりとしたクリームの甘みは舌の上に長く残り、しばらく宿儺を楽しませてくれた。
ちなみに、早朝のコンビニに現れた宿儺をみた女性店員は腰を抜かしたが、同時に四本腕のその巨躯を見て、なんて美しいんだ、と感嘆を漏らしもした。 - 162二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 21:36:07
四本腕のサンタクロース(美しい)
- 163二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 08:28:45
クリスマス当日どうなる
- 164二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 08:37:35
宿儺大叔父さんだった…
- 165二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 10:48:27
25日。ついにやってきたクリスマス当日。
すでに終業式を終えているため、この日は平日ながら登校日ではない。よって裏梅は東屋にて雲を数えて遊んでいる。
そんな東屋を訪れる数人の男児。
不埒にも裏梅を誘ってホームパーティを催そうとする男児たちの希望を打ち砕くように、門の前には上半身裸で四本腕の大男が仁王立ちしている。
宿儺としては細切れにしてやりたいとすら思っていたが、裏梅の魅力にとりつかれたということについては悪くない気分である。
いわば、裏梅を不埒な目で見るのは許さないが、裏梅を魅力がないとするのも許さない、というのが保護者としての今の彼の考えである。
実に面倒くさいことこの上ないが、不満を言える者などいるはずもなし。
そうして時間を過ごしている内に、日は暮れ、いよいよ夕餉の時間となった。 - 166二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 11:02:35
小さなちゃぶ台の中央は小ぶりな鍋が置かれ、中には大小さまざまな野菜がぐつぐつとその時を待っている。
鍋の隣には大きな手羽元、いわゆるクリスマスチキンが添えられている。
「元々は七面鳥を使うらしいが、手に入りそうにないのでな」
「いえ、身に余る光栄でございます!おいしゅうございます!」
「む、口元が汚れてしまっているな、どれ・・・」
「宿儺さま!恥ずかしゅうございます!」
宿儺としては裏梅の口元を拭き取ることに無上の幸福を感じていたが、裏梅の方もこれ以上ない幸福を噛みしめている。
普段は表情の乏しい裏梅だが、このときばかりはニコニコと破願するのを隠しはしない。
宿儺の方も笑みを浮かべているが、それは虎杖に見せたような呪いの王としての嘲笑ではなく、人間・宿儺が見せる父性の表出であった。 - 167二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 11:29:52
鍋の具材も底を見せ始めた頃、「さて」と前置きをして宿儺は電気を消した。
「?」
裏梅には宿儺の意図が分からないが、宿儺のやることに間違いなどないというのは裏梅の確信でもあった。
「祝い事というのは慣れないものだな」
そういって奥の部屋から現れた宿儺。上の両手にはケーキが、下の両手は背中に回され、プレゼントを渡すタイミングをうかがう。
「!!」
裏梅としては電気が消されていることは幸いだった。こんなにも破願しているところを見られるのは、少々恥ずかしい。平安の頃はともかくとして、今の裏梅は正真正銘の乙女なのである。
「蝋燭をいくつか差した。これを吹き消すことで寿ぎの儀と成すそうだ。裏梅、お前が吹き消せ」
完全に誕生日の祝いと混同しているが、それを指摘する者はこの場にはいない。 - 168二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 11:38:34
宿儺の中では小粋な演出がいくつか用意されていたのだが、灯りをつけた途端、数々の演出案は脳内から雲散霧消してしまった。
裏梅が最高の笑顔で礼を告げたからである。
それが”クリスマスの催しをしてくれたということ”だけに係っていないことは明らかであり、宿儺にもその思いは伝っている。つまり、平安の頃から現在に至るまで、自分を傍に置き、共に時を刻んでくれたことに対する深心からの感謝。
その感謝の念が宿儺の心を強く打ったのである。少々強く打ちすぎたために心臓が止まってしまい、反転術式を回すことになったが、そんなことは些事同然。
いよいよ、両面宿儺最大の大一番、プレゼント贈呈の儀である。 - 169二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 11:44:55
武骨な箱と、拙いラッピング。いや、拙いという表現は正しくない。宿儺は体躯から想像されるような不器用さとは対極にいる存在である。
その器用さは尋常な水準ではない。
では、この”拙い”という印象は如何に形容するべきか。
それは、まさしく”古風な装飾”とでもいうべきなのだろう。
そしてその武骨な箱の中から現れたのは・・・
「・・・ぬいぐるみ・・・?」
「ああ、手製だ。上手くはないがな」
そこにあったのは、ぬいぐるみであった。
宿儺と裏梅を模した人形。裏梅はすでに宿儺には内緒で宿儺人形を自作し、ときおり頭を撫でさせて愛でている。
今回、宿儺は自身と裏梅を模した一対の人形を、いや、自身と裏梅を合わせた一体の人形を製作した。
破壊の限りを尽くした呪いの王が行った、数少ない創造的行為である。 - 170二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 11:53:33
「離れない・・・」
「・・・・二体分作る技術はなくてな」
照れ隠しである。
二体分の人形を作る技術、拙いながらもすでに宿儺は掴んでいる。
しかし、この”離れない”というのが何よりも裏梅の心を打った。
主人と自身を分かつ千年の旅路。それは間違いなく裏梅の心を孤独の淵へと追いやる悪夢でもあった。
裏梅が何より恐れたのは、死ぬことでも負けることでもなく、宿儺と離れ離れになること。
宿儺のいない世界に意味などないかのごとく・・・。
そこに差し出された決して離れない宿儺と裏梅の人形。何を隠そう、宿儺自身もその思いを込めてこの人形を作り、裏梅にもその気持ちは十分に伝わっていた。
「っ・・・・」
ものいわず、ぎゅっと宿儺に抱き着く裏梅。涙目と笑顔を混在させた繊細な表情でゆっくりと礼を告げる。
「裏梅は、果報者でございます・・・宿儺さま、宿儺さまにお供するに至った全てのことに・・・・深く感謝して・・・宿儺さま・・・心より、お慕い申し上げます」
心の臓より溢れ出す感嘆と情熱により、宿儺はこの数秒の内に、複数回心臓が止まり、そのたびに反転術式を全開にしてこらえるのだった。 - 171二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 11:58:20
草
裏梅にぎゅって抱き着かれてビクンビクンしてるすっくん想像した - 172二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 13:14:57
すっくん生きて!!!
- 173二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 19:18:59
「・・・・・宿儺さま、僭越ながら・・・・」
裏梅はゆったりと区切るように言葉を紡ぎ出した。それはまるで自分の心に浮かび上がった感情を表す言葉を、ひとつひとつ丁寧に吟味しているかのような口ぶりであった。
「僭越ながら、わたくしも宿儺さまに差し上げるものがございます」
裏梅の方からのプレゼント。想定外の慶事に両面宿儺再びの臨死体験。
「裏梅から・・・?」
「はい・・・こちらでございます」
短時間のうちに複数回心臓が止まっているにもかかわらず、平静を保っているあたり、呪いの王の面目躍如とでもいうべきか。 - 174二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 19:41:33
裏梅に連れられて裏梅の部屋にやってきた宿儺。彼女のプライバシーを尊重し、このところみだりに立ち入ることを控えていたが、部屋の中は相変わらず小綺麗に整理されている。
「・・・・」
宿儺は語らない。自分が声をかければ裏梅を急かしていることになると理解しているからである。
裏梅の方も語らない。宿儺には行動をもって意を表するのが最も効果的だと知っているからである。
「こちらでございます・・・」
小さな箱。
裏梅の両手に収まる程度の小さな箱。桐でできた箱は明らかに何か大切なものを入れておくためのものであると、一目で理解できる。
「これは・・・・」
「赤身肉を低温で冷やしつつ、風を当てて乾燥させたものです」 - 175二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 19:46:59
この呪いの王、涼しい顔をしているが何度もキュン死しているのである
- 176二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 20:08:49
胸キュンでホントに死んでるんだよなw
- 177二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 20:44:37
また家系図がややこしくなるぞ‼︎やめとけ‼︎
- 178二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 21:06:53
単行本ネタ取り入れるの早〜!
- 179二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 21:31:26
それは宿儺にとっては特別なものではないはずだった。裏梅はこの素朴な料理を何よりも大切な思い出として秘めていたが、主人も同じとは限らない。
元々は渡すつもりなどなかった。
それでもこの料理を今日この日に作ったのは、裏梅自身がこの料理を慶事の寿ぎとして大切にしたい気持ちの表れであろう。
渡すつもりなどなかったのだが・・・
宿儺の愛情が裏梅に心の奥に秘めた思いを行動に移させたのである。
宿儺の方としても、元々はこの素朴な肉料理を特別な思い出としては捉えていなかった。
しかし、生き方を変え、二度の転生を経てもなお共にあろうとする健気な従者の姿が、呪いの王の心に”熱”を与えたのである。
「これは・・・・」
「宿儺さま・・・」
宿儺の目はまっすぐに裏梅を見つめている。が、複眼の方では滂沱の涙を流していた。
「宿儺さま・・・それはいったい」
宿儺の涙を見て問う裏梅。それに対する答えは・・・、
「さあな。俺はこれを知らん」
ニヒルな笑みを浮かべる主人を見て、裏梅はもう一度小さな手を回してぎゅっと抱き着くのであった。 - 180二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 21:44:43
その日の宴は思っていたより早く終わった。
宿儺と並んで鍋にシメを入れ、宿儺と並んでおじやに卵を落とす。それだけで裏梅はその身のすべての不幸が帳消しになる思いであった。
並んで食器を片付け、並んで皿洗いをしながら他愛のない話をする。
風呂に入って身体を温めてから、しばらくぶりに同じ布団で眠る二人。
幼子の修正なのか、布団の中で丸くなる裏梅。そんな裏梅を見守り、額にかかった前髪を優しくといてやる宿儺。
裏梅の身体がすっぽりと布団に収まるように掛布団を寄せる。自分の片足が布団の外に出てしまうが、膨大な呪力によって寒さを防ぎつつ、裏梅に暖を与える。
「何は無くとも明日はまた来る、か・・・」
戦いの中で過ごすしかなかった平安の頃。呪いとして過ごすしかなかった現代。
”何もない日常”というのがどれほど価値あるものなのか、宿儺は誰よりも分かっている。だからこそ、今のこの幸せをしっかりと噛みしめる。
裏の林に置かれた裏梅の靴下には、小ぶりなプレゼントの箱が入れられていた。
宿儺が裏梅を想う気持ち、裏梅が宿儺を想う気持ち・・・どちらも尊くどちらも力強い。間違いなくそれは愛である。五条悟の言うように、愛ほど強い呪いはないのならば、二人を繋ぐ呪いの絆は、今後も末永く続いていくのだろう。
呪いは巡るのだから。
~SS 宿儺おじさんとクリスマス 完~ - 181二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 22:02:34
サンタの存在を匂わすエンディング!
- 182二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 08:25:41
公式のエピローグとこのスレで2度美味しい
最高だったぜスレ主 - 183二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 13:42:16
今はただ君に感謝を
尊さと温かさでもうマジいい意味で言葉が出ない
原作最終巻の可愛すぎる主従が見れて成仏してた所に二度目の可愛すぎる主従食らわされて生き返ってまた成仏した
一生、いや何度生まれ変わっても一緒に幸せに生きてください
本当にありがとうスレ主
少し早いけど良いお年を - 184二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 14:26:07
腕おじ冷えないどころか、ぽっかぽかで草
- 185二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 21:50:09
エピローグ読んだ後だと転生後はホントにこのぐらい甘くなりそうな気がした
- 186二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 05:48:52
自分の父性を自覚したらホントに化けそうだよね
- 187二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 15:27:13
相変わらず素晴らしい文才……お疲れ様でした!!良いお年を!
- 188二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 21:11:57
優しいお話の絵本をクリスマスプレゼントにもらった気分
ありがとう… - 189二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 08:05:15
保守
もしかしたら今回もエピローグがあるんじゃないかって期待してもいいか? - 190二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 11:08:36
エピローグ1 ~宿儺おじさんとサンタクロース~
「「宿儺さま、サンタクロースとやらをご存知でしょうか」
「む・・・小僧の記憶にあったな。たしか・・・・」
「はい、全身を真っ赤に染め上げた巨躯の老人と聞きます」
「!?」
「なんでもその者、八体の式神を駆り空を駆けるとか、その正体を知って生き残った者はいないとか・・・」
「・・・・」
「宿儺さまですね」
「っっっ!!!???」
「サンタクロースは宿儺さまです」
「!!??」
後日、確信を得た裏梅によって”腕おじサンタクロース説”は広められ、時を経て民間伝承として定着し、さらには自然災害への恐怖と融合して特級呪霊と化して当世の呪術師たちと一大決戦を繰り広げることになるのだが、それはまた別のお話・・・。
という話を書いたのですが・・・」役所の女はおずおずと800枚の原稿を持って東屋を訪ねる。
「いい訳ないだろ」熱量にひきつつも思わず現代的なツッコミを入れてしまう呪いの王であった。 - 191二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 12:05:17
エピローグ2 ~同級生と・・・~
「「おつかれー」」「・・・・・」
「ま、別に疲れてねえけど」
「社交辞令だろ」
「・・・・・・」
高専内、少し大きめの共用スペースに炬燵を持ち込み鍋を持ち込み、見事に私物化を成功させた虎杖・伏黒両名。クリスマスパーティには少し外れてしまったが、そもそも任務で出ずっぱりだったため、それも仕方ない。そのために少し外れたクリスマスパーティとしゃれこんだところだった。釘崎のリクエストにより両名はトナカイのコスチュームに身を包んでいる。当の釘崎はおそらく自室で衣装にこだわっているのだろうか、少々遅れている様子。
そんな彼らのところにやってきたのは、予期せぬ客、野薔薇の祖母であった。
「コスプレで鍋つついてチキン齧るってカオスだよな、あ、伏黒、釘崎のばあちゃんにポン酢取ったげて」
「はい。つっても元々七面鳥らしいな。食ったことねえけど」
「・・・・・・」
「はいはいはい、喜べ男子ぃ、紅一点の到着・・・・よ・・・・」
「・・・・・・」
あくまで健全な範囲で少々露出度の高いサンタクロースに扮した野薔薇だったが、入室した瞬間日本酒を嗜む祖母を見て膝から崩れ落ちるのだった。
「・・・・・・」
「 - 192二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 12:05:51
いやおばあちゃん、なんかしゃべってw
- 193二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 19:21:24
気まずっ
- 194二次元好きの匿名さん24/12/28(土) 22:07:05
役所のお姉さんその新刊ください
言い値で買います - 195二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 09:06:39
本人の前に持っていく度量よ
- 196二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 13:33:02
年末も年越しも新年も松の内もやってくれ必要だろ
- 197二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 21:05:19
なんだろう、婆ちゃん一言も喋ってないのにすごくこの状況を満喫してそうに思える
- 198二次元好きの匿名さん24/12/29(日) 21:19:55
サンタの帽子とかかぶってそう
- 199二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 07:48:45
腕おじ、良いお年を
- 200二次元好きの匿名さん24/12/30(月) 10:42:58
フォーエバー、おじさん