- 1124/12/22(日) 07:47:14
- 2124/12/22(日) 07:47:26
■ざっくりあらすじ
ゲヘナ自治区へとやってきた鬼怒川カスミは、犯罪結社をひとつにまとめて犯罪カルテルを作り上げる。
自らの好奇心が赴くままにゲヘナ学園の侵攻を目論むも、開戦すらすることなく一瞬で全てが無に帰した。
ゲヘナの禁忌をおかした鬼怒川カスミと犯罪カルテルの参画組織に与えられるのは苛烈な報復。
かくして、封鎖されたゲヘナ自治区で悪夢のような鬼ごっこが幕を開けた。
- 3二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 07:47:40
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- 4124/12/22(日) 07:48:10
- 5124/12/22(日) 07:50:44
とりあえず10まで埋め
- 6124/12/22(日) 08:01:40
二日目、7時2分。
ブルータルカイのリーダーが次に目を覚ましたのは、鉄さびの臭いがする何処かの自動車解体工場だった。
朝日に眩んで目を擦ろうとして――手首の激痛に息が止まった。
「――っがぁ!!」
両手首が完全にあらぬ方向を向いていた。その痛みによって思い出すのは恐怖ではない。怒りだ。
「あのガキぃ……! 怪我が治ったらバイクに括って引きずり回してやる……!!」
足首も折られていたが、それでも肘と膝は無事だ。
まだ這うことはできる。何もできないわけじゃない。それで充分だ。
(まず無事な組員を探す。見つけたら俺を担がせる。車でも良い、とにかく足があればまだ終わりじゃねぇ!!)
痛みに耐えながら何とか解体工場の敷地内から出ようと這い続ける。 - 7124/12/22(日) 08:02:02
その無駄な抵抗はたった五分も続かなかった。
「…………なに逃げようとしているんですか?」
「っ!!」
生徒が俺を見下ろしていた。確か万魔殿だ。制服からしてヒラの部員。怒りのままに叫んだ。
「おい! てめぇ覚悟しろよ! 俺をこんな目に合わせやがっ――がぁっ!?」
部員は何も言わずに俺の首に鋼鉄製の太いワイヤーを巻いた。
それからまるで犬でも引きずるようにワイヤーを引っ張って何処かへと連れて行く。
部員から零れたのは、どこまでも冷たい声だった。
「覚悟するのはあなた方ですよ? うちの可愛い新入りをさらったばかりかイブキちゃんまで傷付けた。それを許す人が、万魔殿にいるとお思いで?」
「……っく、くびが。ぁ、かはぁっ――!!」
「全員再起不能にする、とマコト議長は仰いました。そしてブルータルカイのメンバーはあなたで最後です」
(最後だと――!? 全員、全員やられたのか――!?)
ワイヤーを引っ張り上げられ、無理やり顔を上げさせられる。
目に映った光景は、これまで見てきた最悪そのものだった。
「り、リーダー、た、助けてください……リーダー!!」
「ひ、嫌だぁ……あぁ、こんな、こんな……」
「ぐすっ……ぅぅ、あぁぁぁぁ……」 - 8124/12/22(日) 08:02:18
最初期から俺に着いて来てくれた十数人の部下たちが両手と両足を縛られて転がされていた。
足の先には鋼鉄製の太いワイヤーが括られており、その末端は一つのバイクに繋がっていた。
そしてそのバイクは、廃車用の巨大シュレッダーの前に置いてある。
これから何をされるのか、分からない奴なんて何処にもいなかった。
「よく来たな。たしか、バイカーギャングのリーダー……だったか」
朝日が人影に遮られる。影から見えたのは冷酷な瞳だった。
「お前たち以外は既に"処置済み"だ。そしてお前たちに施す"処置"は、お前たちで完了する」
「お、おい……お前、自分が何をしているのか分かっているのか!? こ、こんな……」
「それはこちらの台詞だ。ブルータルカイのリーダー、ダンプ・リカレロ。お前は自分が今まで何をしてきたのか自覚すべきだったのだ」
「や、やめろ――! 俺に触るんじゃねぇ!!」
目の前の悪魔が話す傍らで道具を準備し終えた部員たちが俺の手足を縛っていった。
足にかけられたワイヤーを引きずられ、部下たちの元まで身体を運ぶ。ワイヤーの先端がバイクに括りつけられる。
「お前たちにとって大切なのは足、だったか。なに、膝まで少し"噛まれる"だけだ。三日ほど野ざらしにされるが、一年も入院すれば再び歩けるようにはなるだろう。大人しくしていればの話だが」
「なに……言ってんだ……? あた、頭おかしいんじゃないか、お、お前……」
「正気だとも。そしてお前たちは二度と走れなくなる、それがお前たちに与えられる現実だ」 - 9124/12/22(日) 08:02:30
バイクがクレーンで持ち上がる。シュレッダーの中へと落とされる。処刑人がシュレッダーの電源前に待機する。
「い、嫌だ……やめてくれ……。な、何でもする! 金でも酒でもいくらでもくれてやる!! 俺たちは使えるはずだ! ブラックマーケットに流していた物資を半分、いや全部! 全部くれてやったって構わない!!」
「――やれ」
「やめろぉぉぉおおお!!」
合図ひとつで電源が入り、シュレッダーが作動する。
すぐにバイクが破砕され、それに合わせて足に括られたワイヤーがぴんと張って俺たちを引きずり始めた。
「ああああああ!! "止まれ"ぇええ!! "止まれ"ぇええええ!!」
足がシュレッダーの側面を沿うように上がっていく。逆さ吊りになる。シュレッダーの開口部まで足が上がり続けて、内部の歯が踵を掠った。
最速最大のバイカーギャング、ブルータルカイ。
"ノンストップ"ダンプは無尽の刃に足を縫い留められて苦しみ続けた。
----- - 10124/12/22(日) 08:02:41
うめ
- 11二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 08:07:06
忍者と極道の極道側と同じ言い分だな
お前達がそこまでされるいわれは、少なくともゲヘナの秩序組にとっては十二分にあるんだよ - 12二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 08:18:22
スレ画に期待。マコトがそういう人物を集めたとはいえの万魔殿の2年生もイブキ大好きなのか…
- 13124/12/22(日) 09:25:57
二日目、9時36分。
鬼怒川カスミに巻き込まれてゲヘナへの侵攻を余儀なくされたトリニティのギャングたちは今、ゲヘナ自治区を走っていた。
「ちくしょう……! 何なんだよこの街はぁ!!」
「最初から教授になんて関わるべきじゃなかったんだ! 全部お終いだ俺たちは……!」
たった三時間で無理やり全戦力を掻き集める羽目になり、何が何だか分からないまま全力でゲヘナへ向かわされるという狂った状況。そこから自治区に入った瞬間起こったのは、白髪の生徒による襲撃だった。
いったい何と戦っているのかも分からないままリーダーも誰もが制圧され、早々に逃げ出していた自分たち二人だけが今もこうして逃げ続けている。
しばらく走っていると、路地の方から誰かが出て来たのが分かった。
そして顔を見た瞬間、考えるよりも先に叫んでいた。
「てめぇ教授ぅ!! よくも俺たちを嵌めてくれたなぁ!!」
走り寄って胸倉を掴み上げる。その時、ここまで一緒に来た構成員が制止した。
「待て、様子がおかしくないか?」
「あ……?」
胸倉を掴まれている教授は、まるで今掴まれていることに気が付いたと言わんばかりに虚ろな目をこちらへ向けた。
「……あぁ、トリニティのギャングか」
「お、おい……何があったんだよ……」 - 14124/12/22(日) 09:26:11
人を食ったように笑う教授に何度腹が立ったかも分からない。殴ってやろうかと何度も思って、その度リーダーから「稼いでくれている間は、な?」なんて止められ続けていた。その会話を聞いた隣で教授が笑うのだ。「当然だとも」と。
あの時の面影はもう、どこにもない。
まるで別人だ。姿かたちだけが同じの、空っぽの人形。
その様子に思わず掴んだ手を離してしまう。そして教授は虚ろに笑った。
「トリニティ自治区には戻れなかったんだな。私の方こそ聞かせてもらおう、何があった?」
「……連邦生徒会が校境を封鎖していたんだ。いまゲヘナ自治区には誰も入れないし、誰も出られない」
「は、ハハハ……! 連邦生徒会を直接動かしたのか! しかも完全密閉? そんなもの、最初から準備していたとしか思えないじゃあないか!! ハハハハハハ!!」
狂ったように笑う姿はもはや憐れみさえ浮かんでくる。
何とも言えない表情を浮かべると、教授は笑って背中を向けた。
「着いてこい。私たちは眠っていたゲヘナを叩き起こしてしまったんだ。そしてどうなったか、君たちにも見てもらいたいんだ」
出て来た路地へと戻っていく教授に目を向けて、俺たちは顔を見合わせた。
しかして着いて行かないわけにもいかず、その後を追う。
そして見てしまった惨状は、きっと知らない方がよい景色だったのかも知れない。
「な、なんだよ……これ……」
綺麗な道路が伸びる路上では呻き声で溢れていた。
向こうまで続く電灯のひとつひとつには車輪引きでもされたかのように両手も両足もへし折られたマフィアが磔にされている。
通りの先には山のようなものが見えて、それが同じく手足を折られた人の山だと気付いた瞬間、血の気が引いて倒れそうになった。 - 15124/12/22(日) 09:26:24
「ゲヘナは本気で私たちを潰しにかかっている。あと三日間逃げ切れば見逃してくれるかも知れないが、まぁ、タイムアップは望めそうにもないな」
「……ふ、ふざけんなよッ!! 全部お前のせいじゃねぇか! なんで俺たちが巻き込まれなきゃいけねぇんだ!!」
「旨い汁を啜った仲だろう? 私に預けた金はもう戻らない。仲間は全員再起不能にされる。君たちも、私も、もう今まで通りの生活には戻れないのさ」
「う、嘘だ……」
絶望に頭を抱えて膝を突く。
その肩を叩きながら教授は静かに笑みを浮かべた。徐々に調子を取り戻してきたような、そんな笑みを。
「だが、ひとつだけ逃げ道は残っている。今すぐ隣の学区へ逃げればいいんだ」
「だからトリニティは――」
「違う、レッドウィンターだ」
「――っ!!」
聞いた事があった。
レッドウィンターとゲヘナの校境は雪原が広がっており、迂闊に踏み込めば遭難の危険もあるのだという。
そしてそれは、例え連邦生徒会が道路や電車での移動を遮断したとしても雪原だけは封鎖できないことを意味した。
「下水道を通って雪原に一番近い街まで移動する。それから地上に上がってレッドウィンターへ亡命する。そうすれば私たちのことは追えなくなる」
「いや待てよ! 地上に上がって雪原に向かって校境を越える!? 隠れるところなんてないぞ!?」
「だって――もうそれしかないだろう……!?」
教授が顔を歪めて笑う。
調子が戻って来たんじゃない。もうどうしようもないことを悟って、それでも何とかするしか無いから笑っていただけだった。笑うしかない状況ってだけだった。 - 16124/12/22(日) 09:26:35
「……さぁ、覚悟は出来たかな? 私たち二人だけでも何とかここから脱出するんだ!」
「ちっ、そうするしかなさ――」
いや、待て。今なんて言った。"私たち二人"? いや、もう一人いるだろ。
そう思って振り返ろうとした瞬間、教授が悲鳴を上げた。そして何かが物凄い勢いで突っ込んできて、教授の襟首を捕まえて、そのまま路地の奥へと消えていった。
『ひ、ひぃぃぃ! や、あ、ぃぎっ!? が、ああ――』
何かを叩きつけるような音。それから電動のこぎりでも動かしたかのような銃声が聞こえて、それからはもう、何も聞こえない。教授が路地から出てくることはなく、代わりに白髪の少女が路地から出て来た。
頬についた血を拭って現れたその人物には覚えがある。
あの時トリニティのギャングに襲撃をかけて壊滅させた異常存在だ。
「な、……え? ちょ、ま――」
意識が飛んだ。後のことはもう、分からない。
----- - 17124/12/22(日) 11:05:13
二日目、15時27分。
汚水の流れる下水道を、佐古組の組長を担いだ部下が歩いていた。
傍には四名の組員、計五名。奇しくも鬼怒川カスミが取ろうとしていた方法と同じやり方でゲヘナから逃げ出そうとしていたのだ。
そうして向かう先はトリニティ方面。自治区の完全封鎖を知らぬが故に、自覚しないまま袋小路に入り込んでしまっていた。
籠った熱気と悪臭が詰まったこんな場所だが、ビルが倒壊してから今まで無事だったのも真っ先に下水道へ潜り込んだおかげでもある。
だからこそ彼らは知らない。いま地上で起こっている惨事を。ビルを焼き切った怪物がギャングたちの手足を折って回っていることも。
「組長、済みません。交代させてください」
「仕方あるまい。ほれ、そこのお前。屈め」
「はい」
足元を流れる汚水に触れないよう、慎重に組長を担ぎ直す。
汚水は足の甲まで浸るぐらいの嵩となって行く道を流れ続けていた。何が混ざっているかについてはあまり考えたくないところである。
そんな時だった。進行方向の先からばしゃり、ばしゃりと汚水を踏む音が聞こえてきたのは。
「おお、誰か迎えに来たんじゃな! おい、さっさと歩け! もうこんな場所一秒だって居たくはない!」
組長が安堵したかのように笑って自分を担ぐ部下の頭を叩く。 - 18124/12/22(日) 11:05:28
早足で歩いて行くと、暗闇の先から聞こえた声に血の気が引いた。
「はぁ、ちゃんと臭い取れるかしら……」
「我慢しろ。ちっ、戻ったら私が使っている香水を分けてやる。今回だけだからな」
「前にくれたやつはないの?」
「はぁ!? サミュエラのことを言っているのなら値段を調べろ! 私の貯金をいくら使ったと思っている!?」
姦しい声と共に見えたのは五人の生徒だった。
先頭を並び歩く片方はゲヘナの生徒会長。そしてもうひとりはビルを叩き切った生徒。
迎えは迎えでも死神の迎えに違いなかった。
「ヒナ。居たぞ、部下が五人で組長一人、数もぴったりだな。銃は撃つなよ。下水の整備計画は手間がかかる」
「分かった」
「お前ら全員儂の盾になれ!!」
組長が叫ぶと同時に四人の部下が前に出た。組長を担いだ一人は踵を返して走り出す。
ヒナは手にした銃を槍のように突き出して、ひとりの喉を銃口で潰した。続いて棍棒のように銃を振り回し二人目の側頭部へ銃底を叩きつける。拘束しようと腕を伸ばした組員のタックルをバックステップで寸で避けて、下がった顎に膝を一撃叩き込んだ。残った一人に銃口を向け、引き金を引くと同時に弾丸の嵐が下水の中に吹き荒れる。
瞬殺――その様子にマコトが声を上げた。
「なぁんで撃ったのだ!? 分かったと言ってまだ二十秒も経っていないぞ!?」
「……あ」
「『……あ』じゃないわぁ!! 弾は外しておらんだろうな!?」
「あー、全弾命中。壁に傷は無いみたい」
「なら良い……。あとは、逃げた二人だな」
マコトが呟き、ヒナは早速悶絶する四人の処置に入った。
手足を折って投げ捨てる。そのうちのひとりを掴んで、マコトを見た。
そこに言葉はなく、マコトはただ頷いた。そしてヒナはひとりを抱えて逃げた暗闇の先へと走っていく。 - 19124/12/22(日) 11:06:10
組長が聞いたのは、背後から凄まじい勢いで近づいてくる水の音だ。死神の手が背中に追い縋ろうとしている。
「もっと早く走らんか!! 追い付かれたら何されるか分からんのじゃぞ!?」
「し、しかし……!!」
「言い訳はいらん! こんなと――」
瞬間、風を切るような音と共に組長の背中に衝撃が走った。呻き声を上げて自分を担いでいた部下もろとも吹き飛ばされて全身が汚水に浸る。投げつけられたのは手足の折れた部下だった。
「ひ、ひぃぃぃいい!!」
暗闇の向こうから紫紺の瞳を宿した魔王がやってくる。組長は悲鳴を上げながら先ほどまで自分を担いでいた部下を呼ぼうとして、その姿が無いことに気が付いた。
「わ、儂を置いて行くつもりかぁ!! 貴様にどれだけ目をかけてやったと――」
「もういいかしら?」
ごしゃり、と振り下ろされた銃底が左膝関節を粉砕した。
「がぁぁぁぁああ!!」
容赦なく振り下ろされ続ける銃底。右肘、左肘、右膝。四肢を破壊されて悶え苦しむ。暴れて汚水が口に入り、鼻の奥へと突き抜ける悪臭に堪えかね胃の中身を吐き出した。
「マコト、組長をやったわ。ひとり逃げたけど、仕留めたら戻るから」
「そうだな。念のため集計も取り直そう。取り逃しが無いかの確認は必要だ」
それからヒナは逃げたひとりを追いかけて走っていった。残ったのはマコトとマコト率いる万魔殿の部員三名。手にはワイヤーを持っていた。
「よし、縛り上げろ」
「はい!」
「な、何をするつもりじゃ……!!」
「動くなよご老体。ピンが抜けたら爆発するかも知れないだろう?」
「なっ……!?」 - 20124/12/22(日) 11:06:27
組長は身動きが取れないよう縛り上げられて仰向けに寝かされた。流れる汚水が口の端から口内へと入り、必死になって首だけ上げて逃れようとする。
固定具を速乾ボンドで壁面につけ、そこにワイヤーと指向性爆弾を取り付け組長の身体と結び付けた。
「お前はお前の価値基準によって人権の有無を決めていたな? ならば私がお前の価値を決めてやる。貴様のような外道は下水を流れる汚物と変わらん。故に、貴様については無期限で汚水に浸ってもらおう」
「な、なんじゃと……!?」
「首を上げていれば汚水が口に入ることもなかろうが、喉が渇いたのなら首を下げてたらふく飲めるな。なに、溺れる心配は必要ない。ここの下水への流入量は我々が調節してやる」
マコトは発信機を組長の上に置いた。
「これが貴様の命綱だ。裏社会の医者たちはお前のことが大層気に入っているようでな。お前も、そして他のギャング共も、ちゃんと治療してもらって頭の天辺まで借金に浸かると良い」
「き、貴様――っ」
「おっと暴れるなよ? 発信機が水で壊れれば本当にお前は死ぬまで汚水に浸かり続ける。そして下手に暴れれば貴様に繋がった爆弾が爆発する。そうなれば下水の整備が必要だ。整備が始まれば終わるまでは誰もお前を助けに来られない。医者がお前を回収する時間はお前が決めろ」
「わっ、儂を誰だと思っている――!! 一介の生徒会風情が! この儂を!!」
「警告はしたぞ? 佐古組組長の海老丸。貴様は散々生徒たちを自らの勝手な基準で玩具にしてきたようだが、このゲヘナに貴様が勝手にして良い存在など一片たりとも存在しない……!!」
怒号が下水道に響き渡り、そしてマコトは終わったと言わんばかりに息を整え静かに言った。
「帰るぞ」
「はい!」
万魔殿がその場を立ち去る。たったひとり汚水に浸って拘束された組長が叫んだ。
「だ、誰か……! 誰かいないのか!! 儂を助けろぉぉぉおおお!!」
ゲヘナ自治区最古のヤクザ、佐古組。
組長、海老丸は汚水流れる下水に取り残されて苦しみ続けた。
----- - 21二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 11:27:12
特段惜しくないヤツが亡くなったな・・・
- 22二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 12:40:07
ブラックラグーンでもこうはならん 流石ゲヘナ
- 23124/12/22(日) 14:10:21
二日目、15時35分。
全ての建物の陰が怖い。何処からともなく現れる空崎ヒナに蹂躙され続け、いつしか暗がりそのものが怖くなっていた。恐怖で頭がおかしくなっていた。私が誰も居ない昼間の路上のど真ん中を隠れることすらせずに歩いていることがその証拠だろう。
視界の端で、白い影が見えた。
「ヒィィィィィ!!」
腰を抜かして頭を抱えて震える。
何も起こらない。恐る恐る目を開けると、そこには白いビニール袋が風に巻かれて浮いているだけだった。
(……だ、駄目だ。もう、無理だ。これは)
呆然として再び震える足で立ち上がり、また歩き出す。
まだ二日だ。こんなのがあと三日も続くだなんて耐え切れるわけがない。
レッドウィンターへ逃げる。それが出来なければ完全におかしくなるまで甚振られ続ける。
喉も乾いて空腹で、無人のコンビニを何件か通り過ぎるが怖くて入れない。
爆弾が設置されていたら吹き飛ばされて、空崎ヒナがやってくる。
道路の端の水溜まりを啜って、何とか飢えを凌ぎ続ける。恐怖だけが私の足を動かし続ける。 - 24124/12/22(日) 14:14:39
「マンホール……マンホール……」
確かこの辺りに目的の場所へ通じるマンホールがあったはずだと探し続けて幾分。
手には蓋を開けるためのリフター代わりに先の曲がった鉄筋を握っていた。さっき見つけたものだ。よろよろと歩いて、ようやく探していたマンホールを見つけ出す。
(……もし、蓋を開けた先にヒナがいたら)
(いや、近くのごみ箱の中で隠れているかも知れない)
(突然空からやってくるんじゃ……ビルに突入してきたあの時みたいに……)
「ひ、ヒヒ……ヒヒヒヒヒ……」
訳の分からない妄想なのに身体の震えが止まらない。
鉄筋をマンホールの蓋に差し込み、少しずつ持ち上げる。蓋の端を円周の淵に乗せ、開いた隙間に手をかける。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……ッ!!」
恐怖で手が震える。浮かんだ妄想を振り払う。掴む手に力を入れて一気に蓋をひっくり返した―― - 25124/12/22(日) 14:15:48
「――――」
ヒナがいた。
マンホールから手が伸びて、私の胸倉を掴んだ。
「あ…………」
下水道に引きずり込まれて、それから少し覚えていない。
----- - 26二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 14:17:31
いるのか・・・(困惑
これ実はカスミの体に発信機がついてたりしない? - 27二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 14:24:36
はぁいジョージ
- 28二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 14:25:41
- 29124/12/22(日) 14:49:39
■日目、■時■分。
目を覚ます。身体を起こす。ぐっしょりと汚水に浸った服からぽたぽたと水が滴った。
目の前には外へ続く梯子があって、その隣には気絶したヤクザの組員がひとりだけいた。
「…………」
引きずり込まれた。いるはずのない妄想は妄想じゃなかった。どんな妄想も現実だった。
服から滴る水の音が反響する。反響。暗闇――
「……ぁぁああぁあああ!! もういやだぁあああああ!!」
レッドウィンター方面へ向かって下水道を走り出した。
「助けて!! 誰でもいいから助けて!! 嫌だ! もう嫌だ!! ああああああ!!」
半狂乱のまま走り続けた。途中何度か転んで汚水を飲んだがどうでもよかった。ただひたすらに走り続けた。
ずっと、ずっと暗闇の中を。もうどれだけの時間走ったかすら分からない。空崎ヒナが前から来るのか後ろからなんて分からない。何でも良い。もうなんでもよかった。
もう既に自覚はしている。これまでのツケを支払う時が来たのだ。これまで私が刹那的な快楽を求めて行った全てのツケが。けれども、こんなことになるなんて微塵たりとも考えては来なかった。
今まで私は自分が世紀の大罪人として相応の裁きを受けるのだとばかり考えていて、少なくとも助かるためにこんな暗い下水道を泣き叫びながら走るような終わりことは無いはずだった。
違った。現実はどこまでも違ったのだ。
犯罪者が脚光を浴びることはないし、私はただ暴力の痛みに屈するだけの小娘だった。何でもないただの人だったのだ。 - 30124/12/22(日) 14:55:37
声が枯れるまで叫び続けて、足が動かなくなるまで走り続けて、汚水の中へと倒れ込んで――
――――
――
どれぐらい寝ていたのか。意識が戻って、もう何も考えることすらせずに歩き出した。
「…………あ」
気が付けば、目の前には目的の梯子があった。
ここを登って街に戻れば雪原までもう少しだった。
梯子を掴んで足をかける。登る。ゆっくりと蓋を開ける。
その中に一切の思考はない。考えるだけの体力も精神も完全に擦り切れていた。
蓋を開けて顔を覗かせると、そこはちらほらの自治区の住人がいる路上だった。
突然マンホールから出て来た私をぎょっとした目で見ている。もしくは汚水に浸って悪臭を放っているからか。
ぼんやりとしたまま、雪原へふらふらと足が動いた。
その足はようやく、積もる雪を踏みしめた。
----- - 31二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 14:57:59
とりあえず「ゲーム」には勝った・・・?
- 32124/12/22(日) 15:43:43
そこはただ寒く、誰も居ない雪原だった。
雪の上に足跡を残す度に、ただただ私は後悔し続けていた。
ゲヘナ学園――いや、学校組織に犯罪結社をけしかけるという前代未聞の禁忌をおかしてしまったことに。
ただ結果だけを求めて人々を追い詰めその理性を試し、剥き出しになった感情を無聊の慰めとする悪であった。
利害関係を整理して、時には捻じ曲げ、本来ならば敵対するしかないような相手であってもこの手の内へと収め続けた。
これは自分にしか出来ないことだ。他の誰にも真似できない私の特技。
目の前にいる相手をひたすら観察し続けて、今何を考えているのか、何をしたらどう反応して、じゃあこう言ったらこう思うのだろうと相手のことを一心に考えられる。何が嫌で何をされたくないかなんて手に取るように分かる。だから関係に亀裂を入れることも修復することもその全てが容易であった。
だからだろうか。コントロール可能な人心に入れ込むことなんてただの一度としてなかった。
やろうとすれば誰からも好かれるように振る舞うことだって出来たし、その逆も簡単だ。それは私自身を対象としなくてもいい。他の誰かを好きにさせたり嫌いにさせたり、やろうとは思わないが出来るという確証ならあった。
そんな私が誰かを利害以外で信じるなんて有り得るだろうか?
それが利害関係でしか関係性を構築できない私自身の問題だった。
情は鎖だ。社会に属する皆がその鎖を確かな重みとしていた。皆は鎖を錨として、確固たる社会基盤の中で地に足を付けていた。
私にはそれが出来なかった。人の心の機微なんて手に取るように分かるからこそ、私は私の心の機微を何一つ信用できなかった。嬉しい、楽しい、そんな感情が胸に湧いたときでさえ常にもうひとりの自分が私を見ている。それは自分でそう思おうとしているだけなんじゃないかと醒めた目で見続けるのだ。 - 33124/12/22(日) 15:44:00
刺激が欲しかった。そんなこと考えないぐらいの大きな刺激が。
自分の中に潜む虚無感を完膚なきまでに爆破できるようなものを求め続けた。
いつしか私はその感情の発露を人に求めていた。何度も何度も理性の岩盤を爆破して、その中に隠れた願いで自分の胸に空いた穴を塞ごうとしていた。
最初から無意味だったのだ。一時は満たされても器の底には大きな穴が空いている。どれだけの願いを胸に満たしても漏れ出てしまって、また新たな標的を探して歩き続けた。
そんな私が、そんな私が、だ。これまで自分がやってきたように追い詰められた私は遂に自覚してしまった。
私の岩盤の向こうには何もなかった。私だけの宝物なんて何処にもなかった。虚無だ。この寂寥とした雪原を見るが良い。誰もいない。音すら雪に吸われて消える。ただ寒く、冷たい白の世界。これが私の正体だ。
「違う……本当は何処かにあったはずなんだ……。最初はもっと違ったはずだったんだ……」
宝物を探すと言って人の願いを剥き出しにして来た。爆破と称して破壊を繰り返してきた。
けれども今、たった今気づいた。願いとはひとりだけの世界には生まれない。あの風紀委員の二人組だってそうだ。他者に嫉妬して金銭を求めた。相方が大事でその身を捧げた。万魔殿のイロハだって先輩の役に立ちたいという願いがあった。
願いとは良きにせよ悪しきにせよ、誰かが居て初めて生まれるのだ。
そして私は爆破と称して多くの心を無理やりに暴いていった。きっとその時に壊してしまったのだ。本当だったら見つかったはずの私の宝物は、私自身の行いによって何もかもが失われてしまったのだ。
「どうして今まで……気が付かなかったんだ……」 - 34124/12/22(日) 16:00:39
都合の良い話だと分かっている。けれどもし、もしもまだやり直せるのなら、私がレッドウィンターに辿り着けたのなら、もう……辞めよう。ただ大人しく過ごそう。私の特技に近い道なんて見出してはならない。虚無感に呑まれるのか何かを見つけられるのかなんて分からないけれど、それでも、卒業まで静かに過ごそう。
ちらちらと雪が降り始めていた。
遠くに見える陽の光が雪の丘陵の輪郭を写し取る。あれを越えれば、レッドウィンターまでもう少しだった。
「…………あれ」
気のせいだろうか。遠くに見える丘陵が徐々にせり上がっているように見えた。
大地が隆起するように、その影が徐々に高くなっていく――
「あぁ…………」
それは丘陵の影ではなかった。
横隊を組んで進撃する戦車大隊だ。
戦車に紛れて中央には一台の装甲車が並走し、そのボンネットには空崎ヒナが立っていた。 - 35124/12/22(日) 16:00:52
その口が僅かに動いた。声は聞こえずとも分かる。ヒナは言った。『ゲームオーバー』と。
「あぁ…………ぁぁあああああ!!」
足を引きずりながら踵を返す。ヒナの合図で数多の砲声が鳴る。私の周囲に着弾して炸裂する。解けた雪と泥が全身に降りかかる。
「あーー!! あーーーー! ああああああ!!」
もはや殺されゆく獣のような絶叫を上げながら足を引きずってよろよろと戦車から逃げようと歩く。
爆轟が鼓膜を揺さぶり爆炎が容赦なく雪を溶かしていく。私の声も、姿も、何もかもが砲撃の音に飲み込まれていく。
そして、一発の砲弾が私の足元の地面へ着弾した。
爆発。身体が吹き飛ばされ、意識も何もかもが白の中へと消えていった―― - 36124/12/22(日) 16:08:33
「……終わったな。帰るぞ、全部隊撤収」
戦車大隊に紛れていた装甲車の中でマコトが気だるげに指示を飛ばす。
ゲヘナ学園へと帰投する戦車。後に残ったのは雪だけだった。
ゲヘナ侵攻を目論み数多の犯罪組織をまとめ上げた稀代のフィクサー。
ニヤニヤ教授は深雪の彼方に消え去った。もう二度と、帰ってくることもなく。
----- - 37124/12/22(日) 16:23:27
「……あの、マコト先輩」
「どうしたイロハよ」
私が思わず声をかけると、マコト先輩は普段と変わらぬ様子で私を見た。
今回の事件は過去に前例が無いほどの重大な事例となるだろう。
ゲヘナに巣食っていた病理を切除するような、あまりに大規模な事件だった。
首を突っ込んだ私もそうだが、面接に組み込まれているイブキだって被害に遭った。
レルモ・ファミリーは闇医者に預けられたとのことだったが、まだゴールデンウィークが始まって三日目。バイカーギャングのリーダーはまだ野ざらしにされているし、ヤクザの組長もまだ汚水に浸っているらしい。
この辺りの大人についての処分に関してはまだ分かる。けれども、黒幕だった教授については……同情してしまう私が甘いのか。
あれだけ風紀委員長に嬲られ続けて、こんな最期を迎えるのは……少しだけ恐ろしく感じた。
だから聞くまでもないことをつい、こうして聞いてしまうのだ。
「教授のことは……殺しちゃうんですね」
「キキッ…………は?」
「え?」 - 38124/12/22(日) 16:23:40
急に真顔になったマコト先輩に私も驚いて声が出た。
「いやいやイロハ。人殺しなどやってはいけないのだぞ……?」
「え、あの……いや帰るんですよね? このまま。教授を置いて。私たち」
「そうだが……?」
「あの傷で放置してたら明日の朝には死んでませんか?」
「……いいか、イロハ。お前はひとつ重大な勘違いをしている」
「……はい?」
マコト先輩が真剣な目で私の肩を掴んだ。そしてゆっくりと息を吐いてこう言った。
「私たちはギャングじゃないんだ。ちゃんと人命は保障するし、何ならちゃんと"適任"なのがあいつを見つける――というか、既に向かわせてある」
「だ、誰を……?」
「キキッ、それはな――」
----- - 39二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 16:47:15
そういやここのマコトは[検閲により削除]も一度は救おうとしてたな
- 40124/12/22(日) 17:02:39
雪が全てを覆い隠していく。もう、何もかもがどうでも良かった。
身体の感覚はとうに失せ、痛みだけが私の輪郭を示し続けている。
(もう、いいか……)
ひび割れた唇から音が漏れて、そして私は瞳を閉じた。
――――
―――
――
―
不意に、何かが聞こえた。
何も無いはずの雪原で素っ頓狂な歌声のようなものが耳に届いた。
『て~っきょてっきょてっきょ ゆっけむりが~』
視線を向けるほどの気力もない。身体も全く動かない。
ただ、無邪気な歌声が徐々に明瞭になっていく。こちらに誰かが近づいていた。
「つっちほっれ おっんせん バーニングぅ~! ……あれ?」
歌声が止まった。私にはどうでもよかった。ただ静かに眠っていたかった。
私の周囲をぐるぐるとちょこまかと回り始めた人物は先ほどまであの訳の分からない歌を歌っていた者だろう。
何を言われても答えてやれるほどの体力はない。反応すらするのが億劫で、向けられているであろう好奇の目すらどうでもよかった。 - 41124/12/22(日) 17:14:19
「わふっ!」
「……?」
俯せで倒れる私の視線の先へ、その人物は何故か雪に向かってダイブしていた。
その様子は何だか大型犬を思わせる。彼女はごろごろと雪の中を寝転げ回って、それからがばりと身体を起こして私に言った。
「やっぱり冷たいよ~!」
「……なに、を、言っているんだ……?」
雪に突然飛び込んで冷たいなどと言う奴を見たのは初めてだった。というより、オツムが足りていないとしか思えなかった。
すると彼女は、いししっと笑って前のめりに胡坐を掻いた。
「気持ちいいのかな~って思ったけど、寒くない?」
何が言いたいのかまるで分からなかった。
あまりに脈絡が無さ過ぎて、恐らく本来あるはずの言葉が足りなさ過ぎて何を言っているのかが分からない。こんなことは初めてだった。だからとりあえず分かる部分だけには答えることにする。
「…………まぁ、寒いな」
「じゃあ! 一緒にあったまろ~!」
はしゃいだ犬が走り出すように、彼女は私の視界から外れてそれから、戻ってきた時には何かを手にしていた。
「なん、だ……それは……」
「メグマパワー!」
彼女がそれのトリガーを軽く引くと、銃口から炎が出た。火炎放射器だ。
(温まる、そして火炎放射器。焼かれる? いや、一緒に温まると言っていたからそんなことは……)
彼女の言動が結びつかず、自分でも気が付かないうちに彼女の言葉を解読しようと思考を巡らせていた。 - 42124/12/22(日) 17:31:01
そうこうしているうちに、彼女は頭にかけたゴーグルを自らの顔へと駆け直す。そして――
「いっちょやるかぁ~!!」
私の眼前で火炎放射器が火を吹いた。
厚く積もった雪は溶け出し、その下の地表を露わにする。
先ほどまでは一面の白に覆われていた世界に真っ赤な光が映し出された。
それから彼女は走り出し、私の視界の外からがらがらと台車を引いてきた。
その上には様々な工具と材料。木板や石などが積まれている。その中からシャベルを取り出すと、雪の解けた地表に向かって手にしたシャベルを突き刺した。
「なにを……しているんだ……?」
「温泉だよ! この辺りに水脈があるんだって!」
「……いや、出るわけないだろう……?」
確かにゲヘナには火山もある。その付近であれば温泉の水脈だってあるかもしれない。
だが、レッドウィンターとゲヘナの校境で温泉が湧き出そうなポイントはあっただろうか? 流石にそんな目的で地図を見たことはなかったが、脳内に刻んだうろ覚えの地図ですら温泉が湧き出る水脈の存在は可能性として低いだろう。
彼女は手にしたシャベルで掘り続けていた。陽が暮れかけると、掘った穴から這い上がって台車から電灯を取り出し設置して、発電機のスターターを引っ張って稼働させる。雪原に明かりが灯った。
私は何故だかそれをずっと見ていた。穴が深くなれば這って近付き、掘られ続ける穴を覗き込んだ。
「なぁ……それ、いつまで続けるんだ」
私が聞くと彼女は笑って私を見た。
「もうちょっとだけ掘ってみる!」
「湧くわけないだろう。こんなところで」
「そしたらまた、掘る場所を探しに行くんだよ!」
「……非効率的だな」 - 43124/12/22(日) 18:00:41
思わず呟いた言葉は誰に対する者なのか。皮肉気に頬が歪んで憐れむように目を向ける。その憐れみが誰に向けられた者なのかも知らずに。
すると彼女は笑ってこう返した。
「温泉ってね~。すっごく、気持ちいいんだよー!」
「浸かったことが無いから分からないさ。身体を洗うならシャワーで充分だろう?」
「え……湯船も? 湯船もないの?」
「汚れを落とすのにわざわざ浸かる必要なんて無いだろう」
これまでの潜伏と逃亡生活を思い返せば当然だった。
何なら二、三週間身体を洗えなかった時期だってある。潜伏先に水道が通っていて、かつ気ままに浴びれる状況はそうそうなかったのだから。
それを振り返っての発言だったが、彼女にとっては常識の範囲外であったらしく目を丸くしていた。
「お湯に浸かれないって……死んじゃわない?」
「死んじゃわない。というより、それでいちいち死んでいたら命が九つあっても足りないぞ……」
「う~ん? 十個じゃ駄目なの?」
「……あぁ、まずだな。猫には九つの命があると言われていて、そこから一回じゃ死なない――つまりはしぶといという意味でな……」
少しずつだが、彼女の放つ言葉を理解し始めていた。
前提知識をすっ飛ばしながら無意識的に意味を汲み取って突然喋り出す。本来言語化されるべき言葉が省略されて出力される。いわば意思疎通のじゃじゃ馬だ。ちゃんと考えなくては振り落とされる。
「ともかく、それだけ掘って出ないならもう無理――」
「あ、出た! 出たよ! ほら!」
シャベルの突き刺した地面の先から溢れ出したのは湯煙を上げながらこぽこぽと湧き上がる源水だった。 - 44二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 18:37:11
やっぱメグってずっとこんなノリなのか…(
- 45二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 18:41:27
何十回もヒナに嬲られて腕を折られ足を折られ首を折られ頭蓋骨を砕かれ恐らく銃弾で目もブチュリと潰されてるだろうによく動けるな…さてはカスミも大概おかしいな…?
- 46124/12/22(日) 18:50:28
「よぉし! 行くよ~~!!」
振り上げられたシャベルが土を掘り返す。
瞬間、地の底からお湯が沸き上がり設置されたライトの光を反射させた。
「…………」
今まで、ただの一度として見たことのない光景だった。
そこから先は瞬く間に、湯が溜まりゆく穴から這い出た彼女は火炎放射器で雪を溶かして溢れたお湯の上澄みが流れる道を作った。溝を作り、穴を掘り、木板を立てて固定して、瞬く間に温泉をここに作り出したのだ。
「じゃあ一緒に入ろ~~!」
「わ、私は……!」
「良いから良いから!」
瞬く間に汚水で汚れた衣類を剥がされ温泉に投げ込まれる。
ざぶんと音を立てて落ちたそこは、先ほどまで凍えていたせいか少しばかり熱く感じた。
しかし、しかし――
「…………」
「どう~? あったかいでしょ~~!」
「…………あぁ、ああ……」
何故だろうか。恐怖と痛みとで凝り固まった身体が溶け出すように、まるでいま初めて息を吸えたというように大きく深呼吸が出来た。緊張がほどけて息を吐く。長く長く、息を吐いた。
身体の痛みが湯の中へと解けていく。微睡みが首の下まで迫っている。
そんな私の隣に、衣服を脱いだ彼女がカップ麺を持って入って来た。
蓋にはフォークが突き刺しており、もしかすると一瞬だけ眠っていたのかも知れなかった。 - 47124/12/22(日) 18:50:41
「……いいのかい?」
「もっちろん! 温泉に浸かりながら食べるカップ麺はね~、最高なんだよ!」
おずおずと手に取って一口啜る。
私はこれまでフィクサーとして数多の犯罪結社とやり取りをしてきた。高級料理なんて食べ慣れていた。
けれども、今この瞬間に食べた普通のカップ麺が今まで食べた何よりも美味しく感じた。
食べて、飲み込んで、それから溢れた滂沱の涙を隠すようにお湯で顔を洗った。
「あったかいね~~」
隣でそう言う彼女の言葉は何よりも純粋だった。裏も表も利害も無い、純真無垢な存在だ。
気付けば私は考えるよりも前に口を開いていた。
「……き、君は何が欲しいんだ?」
「ん~?」
吐き出された言葉は最悪だった。頭を振る。違う、こんな言い方ではいけない。それは分かっていた。
私の弁論も弁説も、今となっては形無しだ。ただ衝動に付き動かされるまま口を開いていた。
「わ、私だったら君が望む全てをくれて――違う、そうじゃないんだ。わた、私だったら、私は、君に……」
あまりにまとまり無く拙い言葉が喉から突き出て混乱する。私は今、何を考えている? もうひとりの私は今なにをどう見ている――
「君に、報いたい。受けた借りを――そうじゃない。恩を、返したいんだ。何か欲しいものはないのか……?」
「欲しいものか~。特に無いかなぁ……」
「じゃ、じゃあ……!」 - 48124/12/22(日) 18:50:53
私は利害でしか関係の結べないどうしようもない存在だ。
けれどもし、もしもそんな私が返せる何かがあるなら――無償の善意を信じず恐れる私が返せる何かがあるのなら、たった一度でいい。"私に価値がある"のだと信じさせてほしかった――
「君は……"何がしたい"?」
「うーん、したいことか~」
彼女は首を傾げて少しばかり思案する。そして、言った。
「温泉だけ掘ってたい!」
「……そうか」
温泉だけ掘っていたい……つまりは温泉を掘る以外の何かがあるということだ。
部活動だろうか。部の予算案や活動計画を練っているのか。だからこそ、そういった雑務を煩っての発言なのか。
ということはつまり彼女は温泉に纏わる何らかの部の代表なのでないか。だからこそそんな発言をしたのではないか。
私には才能がある。特技がある。相手の言葉や反応からその心中を、隠された言葉を暴き出す能力がある。
それでも、そうであっても読み取るのが難しい相手が居た。今まで知り得ぬ不可解と、純粋無垢なその善性。
多くを望まず、ひたすらに自分の望む何か忠実な存在を初めて見た。
(もしもやり直せるなら……)
一度は尽きた宝物探しをこういった形で再開できるのであれば、それは私にとっての贖罪なのかもしれない。
私は笑って、心から笑ってそれから言った。
「じゃあ、そうさせてやろう」
――これは、私がゲヘナ学園へ正式に入学するまでの話だ。
そして、私が私を信じられるようになるまでの――熱くも無く寒くも無い湯船のような始まりの話だった。
----- - 49124/12/22(日) 19:58:40
私から見た事の顛末の話である。
ゴールデンウィークが明けた頃、私は今回の事件についての資料をまとめることを命じられ、その作業がようやく終わって連休明けの万魔殿へと顔を出した。
執務室の扉を叩くと、中から「入れ」と簡素な声が届いてそれから扉を開く。その向こうには万魔殿議長たるマコト先輩が座っていた。
「キキキッ、色々あったがともかくだ、イロハよ。概要を説明するが良い」
「はい」
そして私はその後の話を行った。
今回の事件に関わっていたレルモ、ブルータルカイ、佐古組のゲヘナにおけるトップスリーは完全に壊滅したとのこと。
それに伴い、キヴォトス各地で発生していた犯罪組織による被害が激減したということ。
これについてはマコト議長が連邦生徒会長に提出した"報告書"が根幹となったのだろう。
学校組織に表立って反抗するとどうなるか。
その前例を示したゲヘナには連邦生徒会長より"個人的な"報酬が送られたとのことだった。
今回の件をきっかけに裏社会での活動は抑止されるだろう、とのことで、それなら私も捕まった甲斐があったのかも知れない。
ちなみに説教はまだ貰っていない。恐らく今日貰う。
そう思ってげんなりとしていると、マコト議長は口を開いた。
「ともかく、無事に済んで何よりだな、キキッ。……さて、イロハよ。聞かせてもらおうか。何故あんな無茶をしたのか。答えはちゃんと作って来たのであろうなぁ?」
「…………」 - 50124/12/22(日) 19:58:55
理由なら正直作って来た。人に言える理由として、それっぽいものを。
しかし、議長の前においてはそれがどれだけ滑稽なものなのか、そう思うとわざわざ言うのもどうかと思い、いっそ"正直"に言うことにした。
「はい。マコト先輩がチアキに構っていたので嫉妬しました」
「…………は?」
「もっと功績を上げればマコト先輩に構ってもらえるのかと思い突撃しました、はい」
「は、はぁぁぁあああああ!?」
マコト先輩が大声を上げて目を見開いていた。
どうですか。こんなの、流石のあなたでも予想付かなかったでしょう。
「わ、私はもっとマコト先輩に頼りにされたくてあんなことをしました、はい。ぼ、凡人の私でもや、役立てると認められたくて、が、頑張りました……」
「恥ずかしくて泣くぐらいなら言うんじゃない大馬鹿者!!」
目の前から大きなため息が聞こえて、私は羞恥のあまり下を向く。
そんな私の頭に乗せられたのはマコト先輩の手であった。
「あのなぁ……隣の芝生は青いとも言うが、お前が嫉妬だと? もっとよく自分を見てから言うものだな」
「……はい?」
マコト先輩はより一層大きな溜め息を吐いた。
「お前が凡人なわけないだろう? というより非凡だ、誰よりも。私が五日掛かると見込んで渡した仕事をたった一日で終わらせたのだぞ? 適当にやっているのではないかとチェックする方が時間かかったわ」
「え……?」
「そもそも、思いつきでギャングのアジトに乗り込んで情報引っ張ってくる凡人など居てたまるか馬鹿者め。お前にはな、人を使う才能があるということだ」
「人、を……?」
思わず首を傾げると、頭を抱えたマコト先輩はじっとりとした目で私を見た。 - 51124/12/22(日) 19:59:15
「入学一か月も経たないうちに誰か仕事を振ることの出来るコネを作って実際にやらせられるのは、正直異常だぞ? お前以外に出来る奴など知らん。それで? バイカーのひとりをたらしこんで会合場所まで案内させただとぉ? お前以外の一体誰が出来るというのだ?」
「え、いや、他にも……」
「じゃあ具体的には誰だ。言えるか? んん?」
「そ、それは……」
「だったら! 素直に受け取れ。はぁ……もう少し周りを見て自分を知れ。そして勝手に行動するな。どれだけ肝を冷やしたことか……」
その言葉に、つい頬を緩めてしまうのは仕方のないことだろう。
私はなるべく平常を装いながらもつい言ってしまった。
「ほぉん、心配してくださったんですね」
「……お前、そういうところだぞ」
「な、何がですか……!」
顔を逸らして横目に伺うと、マコト先輩は両手で顔を覆っていた。恐らく突くのは薮蛇だろう。 - 52124/12/22(日) 19:59:26
「ところでマコト先輩。今回の事件、一体いつから気付いていたんですか?」
「ん?」
マコト先輩はとぼけるように薄く笑った。だから私も追撃を行う。
「聴取も含めてのことですが……関係者全員逮捕は普通だったら有り得ないことでした。普通であれば誰かしら必ず逃していた。けれども先輩は全てを読み切って最善の解決へと導きました。一体いつから事件を知っていたんですか?」
そう聞くと、マコト先輩は口元に手をやりながら少し考えて、ぽつりと言った。
「もう答えが知りたいのか?」
「……分かりました。いつか分かるまで、マコト先輩の近くに居させてください」
「キキッ、私のしごきに耐えられるのならな」
「あ、それは問題無いです」
「……なに?」
「なんだかんだ私たちのことは見てくれているって、今回の件で分かったので」
僅かに微笑んでそう言って、私はすぐに踵を返す。
まぁ、なんやかんや言っても最後は助けてくれる先輩だと分かったのが大きな収穫だ。
もしも私が万魔殿で新入生を迎える立場になったのなら、そしてマコト先輩のことについて聞かれたのならこう言おう。
マコト議長はすごい。それから、すごいかっこいい、と。
----- - 53124/12/22(日) 20:00:04
イロハが去った後の万魔殿執務室。
ひとり残された羽沼マコトは表情を消し、顔の前で手を組んだ。
振り返るのは先ほどイロハに言われた言葉であった。
《今回の事件、一体いつから気付いていたんですか?》
「いつから……か」
そうして振り返る過去の記憶。いつから……いつから、だと?
「そんなの――開戦当日だがぁ!?」
今一度、言わねばならないことがある。
羽沼マコトは今回の事件について最後の最後まで何一つ勘付いてはいなかった。
真実がいつも最善であるとは限らないように、棗イロハが憧れた議長の姿はその全てが虚像であった。
心理戦だの頭脳戦だの計略だの策略だの――今回の事件で羽沼マコトが仕組んだものは報復活動を除いて何一つなかった。
これは知能と知能を競わせたという物語では決してない。ただ、理解せぬまま進んでしまったのにも関わらず何故か解決されてしまったというバグじみた挙動の物語である。
後に連邦生徒会長は語る。
『ねぇ、なんで解決したのこれ? 何もしてないのに何でか解決するんだけど……?』
さぁ種明かしだ。始まりはゴールデンウィーク開始の一週間前まで遡る。
----- - 54二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 20:01:11
ウッソだろオイ!?
- 55二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 20:30:49
少なくともヒナがゲヘナを出ていた理由と"教授"は無関係な気はしてたからマコト視点けっこう急ごしらえだろうなぁ……とか思ってたら全部オリチャーは大草原不可避
それはそうとマコトがやらかす時によく流れる(気がする)BGM置いときますね
ブルーアーカイブ Blue Archive OST 194. Ridiculous
- 56二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 20:39:25
- 57二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 21:13:27
マコト「何それ、知らん。怖……、取り敢えず、イブキやられてるしヒナにボコさせるか……」
- 58二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 21:37:32
なんもわかんねぇけどイブボコやった奴は再起不能の半殺しにしなきゃ……
頭ゲヘナ過ぎる - 59二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 22:01:18
(unwelcome schoolが流れる音)
- 60二次元好きの匿名さん24/12/22(日) 22:07:03
冷静に考えたらそりゃそうか…
把握してたならイブキを誘拐されるなんてポカやらかさんわな… - 61二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 02:14:50
雷帝SSのマコトの所為で完全に騙されたわ
- 62二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 07:05:29
そんな気は正直してたよ
- 63124/12/23(月) 07:55:06
※今晩中に帰宅できるか怪しいため更新が難しいかもしれません…。明日の午前10時ぐらいまで保守のご協力をお願いします!
- 64二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 11:28:05
このイロハならマコトが先生籠絡を任せるのも納得
- 65二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 11:47:05
これ、まさか”教授”の深読みが仇になったのか?
- 66二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 18:22:35
保守
ヒナはマコトがアドリブだって気づいてたのかな - 67二次元好きの匿名さん24/12/23(月) 22:18:56
保守
>溢れた滂沱の涙を隠すようにお湯で顔を洗った。
>私は笑って、心から笑ってそれから言った。
このあたりの描写が最高すぎる…
前半でカスミという存在の悪魔性がさんざん強調されていたからこそ、彼女が空虚な流浪の果てにようやく得たものの尊さが輝く…
- 68124/12/24(火) 07:28:25
保守
- 69124/12/24(火) 08:44:55
※何故だ…。何故PCの回線だけホスト規制が解除されぬ……
- 70124/12/24(火) 10:39:56
「ええ、新入生の皆さんの活動、私たち風紀委員会一同も期待しております」
「「はい!!」」
笑顔を浮かべる行政官に裂帛の勢いで答えた風紀委員の一年生たちが本部から自治区へ警邏へ向かったその直後、風紀委員行政官の天雨アコはデスクに額を打ち付けた。
「しん――――っどすぎます!!」
他の風紀委員も同様で、一年生が居なくなった瞬間に直前まで被っていた『頼れる先輩』という仮面を脱ぎ捨てて早々にゾンビと化していた。そして一年生たちと代わるように入って来たのが万魔殿の議長、この状況の原因である羽沼マコトであった。
「キヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 情けないものだなぁ風紀委員会! そんな調子で一体いつまでボロを出さずに『頼れる先輩』なんて顔が出来るのだぁ!?」
「くっ――毎度毎度相変わらずしつこいですねマコト議長!」
「ほぅれほぅれ、ヒナが居なくて辛かろう風紀委員会! 風紀委員長たった一人抜けただけでこの体たらく!! 頭数だけ揃えてもなお空崎ヒナひとりに満たない金魚の糞め! 悔しかったら反論してみせるがいい!!」
「アコ行政官……! 正論すぎて反論出来ません!!」
「くそぉ……くそぉ!!」 - 71124/12/24(火) 10:41:22
もう既に生徒会長の長以前に人として最悪の言動だった。
教授こと鬼怒川カスミがどうこうするよりも前に、ヒナのいないゲヘナ風紀委員会はその機能を他ならぬ羽沼マコトの手によって機能停止にまで追い詰められていたのだ。
「キキキッ! 無様だなぁ天雨アコ! もう一か月近くもヒナと会えなくて寂しかろう!?」
「そ、そんなこと――!!」
「貴様が犬のように這い蹲って私の足を舐めながら『万魔殿に忠誠を誓います! なのでヒナ委員長を連れ戻してくださいきゃいんきゃいん』と泣いて懇願するのならヒナを呼び戻してやってもいいのだがなぁ……? キヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
「ぐぅ……! ぐぅぅぅぅ!!」
「アコ行政官! もう舐めましょうよ! ヒナ委員長なしでは持ちません! 我々も行政官の足を舐めますので!!」
「誰が舐め――どうして私の足に群がるんですか!! 誰が、誰があのクソ狸なんかに――!!」
「キッキッキ……もしも空崎ヒナが今の貴様らを見たら、一体どう思うんだろうなァ? キヒヒヒヒッ!!」
「くぅぅぅぅぅ!! ころ……くぅぅぅぅぅ!!」
血涙を流すアコ。残虐な笑みを浮かべる羽沼マコト。
とてもじゃないが生徒会と治安維持組織の関係性とは決して呼べない。正直その辺の野良犬と野良猫だってもう少しまともな関係性は築けている。 - 72124/12/24(火) 10:43:23
それがまずの大前提。
確かにヒナとマコトは雷帝の遺産を探すときに限っては無条件に協力し合う関係ではあるし、ヒナが遺産保有者の情報を掴みにトリニティへ向かったところまでは予定通りだった。
異なるのはその後、風紀委員長空崎ヒナなき風紀委員の掌握に取り掛かったのが羽沼マコトであった。
二年と三年は仕方なくとも、何も知らないクリーンな一年生であれば自らの威光を示せるだろう。マコトがそこまでやる理由はただひとつ。五月の終わりにある『頼りになるゲヘナ生ランキング二年生編』に自らが投票されるためである。
ランキングに名前が載れば、それ以上に一位になれば自らの威厳は更に増す。そのためなら何だってやるつもりだった。
そして始まる羽沼マコトによる風紀委員会直接指揮。
基本的にヒナ派である風紀委員会が一年生の知らぬ間でどれだけこき使われたものか。
「さぁ一班から十班は六時間の休憩! 十一班から二十班は巡回活動! おっと今日の通報は既に四十五件を超えているな! キキキッ! 新記録じゃないか! 三十班から三十五班で通報の対応! 三十六班から四十三班で事務対応! 残った全員は戦闘訓練だ!!」
「ふざけるなー! なんで七十二時間働かせられて六時間しか休憩時間が無いんだー!」
「風紀委員だって生きているんだー! 議長の横暴を許すなー!!」
「キヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!! 今日も今日とて金魚の糞がよう喋る!! 人権が欲しかったらせめて貴様ら全員でヒナ一人分の仕事はして見せるが良い!!」
風紀委員会に入り浸りながら過重労働に過重労働を重ね続けさせていたマコトはその間、万魔殿へ顔を出す時間も極僅かであった。実際昔はともかく今となっては別にマコトが居なくとも万魔殿の業務は滞らない。
その結果、イロハを始めとした万魔殿の新入部員にマコトの悪癖が見えることもなく、"良い意味で"謎の議長という評価に留まっていた。 - 73124/12/24(火) 10:44:27
そしてやってきた空崎ヒナからによる現状報告はマコトにとって想像の域を出ておらず、また、このヒナが居ない風紀委員一年の懐柔作戦は継続できるという報せでもあった。故にマコトはヒナへと命じた。
《まぁ、良い。せっかくだ。そのままトリニティの反社会勢力の情報を集めてこい》
ただの嫌がらせである。
確かに教授と呼ばれる裏社会のフィクサーの存在が噂として流れているのは知っていた。そしてヒナの報告によりその実在も確かめられた。だが、一体何をどうすればトリニティから退去して間もない"教授"がすぐに新たな事件を引き起こすと予想できるのか。
まず、裏社会のネームドが拠点を変えたのであれば地盤固めから始めるのが基本である。
ただでさえ動きが追えない教授である。マコトはその時点で一、二か月は動かないだろうと完全に油断していた。
加えて雷帝の遺産である"魔法のカード"は貨幣経済を破壊することも可能とするものであったが、今日この日まで見つかっていない――つまり派手な使い方をされていないということは、仮に教授がカードを手にしていたところで狂気のインフラを突然使ってこない証明でもあった。
急激な物価高を引き起こしてキヴォトスを混乱に陥れたところで、引き起こした本人がキヴォトスから出ない以上ただ自分も割を食うだけなのだ。やるとすれば脅迫や交渉のカードに使うぐらいだと考えており、カードの場所を探すなら犯罪組織全体の動きを追う方が確実だとも言えた。 - 74124/12/24(火) 10:45:50
結果として、マコトの指示自体はそれほどおかしいものでもなく、またヒナ自身もアコ達には解決不可能な何かが発生したら連絡するよう伝えていたにも関わらず連絡が来ていなかったことから、素直にマコトの指示を聞くこととした。
実際はマコトに煽られ過ぎたアコがヒナへの連絡を拒んでいただけなのだが。
そして翌日。イロハが作った商取引の計上資料についてだ。
《この資料だが、サツキに回しておけ》
別に何かに気付いたのでは決してない。
万魔殿に来て一か月の新人に任せた仕事が想定の三倍以上の速さで終わっていて、尚且つ異常値が出ていたからサツキにチェックしてもらったに過ぎない。反社会勢力の資料をまとめさせたのは単にいま出来上がらなくても困らない仕事だったからだ。それ以上の理由は特になかった。
そんなことよりも気になったのは、何だか最近万魔殿の二年生以上も忙しそうだったことだ。
何せ万魔殿に言ってもサツキたちの姿をほとんど見ない。よく働いてくれているであろう彼女たちを労わなければ『頼りになるゲヘナランキング』への票も逃してしまう事だろう。 - 75124/12/24(火) 10:46:45
そして万魔殿の部員から聞いた「イブキに興味を持ち勝手に校内新聞を作っている元宮チアキという生徒」の話。
人伝手ではあるがイブキのことをとても可愛がりそうと言っていたためこの時点で万魔殿の資格は充分ある。
だが、一応これでも万魔殿は有能かつ有益なエリートのみが入れる生徒会組織。校内新聞を作っているというので既に充分でもあったが、スカウトするにももう少しセールスポイントが欲しいところでもあった。
「キキッ、ではそのチアキとか言う生徒に伝えておけ。万魔殿に有益な情報をもたらしたのならイブキのいる万魔殿への加入を認めてやろうとな」
正直イブキが好きそうなスイーツ店ベストテンとかでも良かった。
というか、友達が多いと聞いていたためそういうのだろうと思っていた。
その後チアキがアポイントメントを取ってきたため喫茶店で待ち合わせをした。
向かう道中にイロハが「最近事故が多い」だなんだと言っていた気がするが、言われてみれば確かにそんな気がした。そして事故が多いということは事故が多いということだ。適当に聞き流してついた喫茶店で着いて、そしてチアキの得た『有益な情報』がこれだ。
《救急医学部ですけど、二、三日前から薬棚の中身をブラックマーケットに横流ししている方がいらっしゃるようですね》
え、とイロハが声をあげた。
マコトは声すら上げられないほどに戸惑った。
(何の話だ、これ……?)
聞けばまぁまぁの生徒が裏社会からの干渉を受けていた。収賄されたり闇バイトに加担していたり……。
そしてマコトは思った。そのぐらいなら、まぁ……、と。 - 76124/12/24(火) 10:47:46
何せ雷帝事件の時はもっと酷い状況をマコト自身が引き起こしていたのだ。
もっと言うなら今回のケースはただ金を受け取ったり後ろ暗いバイトをしているというだけで、「まぁゴールデンウィークも近いしなぁ……。金は欲しいよなぁ……」とのんびり受け取っていた。
これが政治的思想などを共有した集団であれば話は別だが、所詮は金で裏と繋がっている複数の個人だ。
なまじゲヘナ史に類を見ないほどの大きな騒動を起こした過去があるばかりに、そのあたりの危機感の閾値が普通と比べてあまりに上がってしまっていた。
とはいえ、一応釘は刺しておくかと動いたのが昼の放送。
何故かイロハが関係者のリストを持っていたが、闇バイトの生徒から貰ったというのならそうなのだろうと普通に納得していた。イロハだったら"出来るだろう"と思っていたが故に一切気にしていなかった。
昼の放送をイブキにやらせたのは単純にイブキの可愛さに悪いことは辞めるだろうと思ってのことだった。
まぁ全員とは言わずとも何人か辞めるだろうぐらいの気持ちだ。裏社会から金を貰っているなど、"別に良いか"とすら思っていた。その結果貰っていた本人が多少痛い目を見て反省するなら"むしろその方が良い"とも思っていた。
しかし、マコトの想像を裏切って、放送を聞いた生徒たちにとってはまさしく死刑宣告のように思えただろう。
もし羽沼マコトが言ったのであれば「でも万魔殿の議長って空崎ヒナと仲悪いんでしょ? じゃあ空崎ヒナは出てこないな」と舐められていたことだろう。
だが、言ったのはイブキだ。あの風紀委員長、空崎ヒナも可愛がっている丹花イブキが放送したのだ。
空崎ヒナのことを良く知らない一年生はともかく、二年生以上にとってあの放送はこう聞こえた。 - 77124/12/24(火) 10:49:10
《明日のお昼ぐらいから、悪い人たちをみーんなやっつけます!》
――明日、不在だった空崎ヒナが帰って来て関係者を全員処刑する。
《悪い人たちに嫌なことさせられた人は》
《万魔殿の受付まで来てください!》
――被害者だと言うことにしておいてやる。
――出て来なかったら被害者ということにしない。
《悪いことはめっ、だよ~》
――関係者は滅する。
《騙された人たちのリストも出来てます!》
――誰が加担しているかは調べが付いている。
《早く来た方がいいって!》
――今すぐ来い。
それを聞いた二年生は震えて叫んだ。
「こ、殺される……。空崎ヒナに殺される!!」
「滅っ、される! 滅っ、される!!」
その時、ゲヘナ学園の二、三年生は思い出した。空崎ヒナは悪事を働く者に対しては手加減の利かない存在であるということを。しらばっくれようものなら、最低でも半殺しにされてしまうということを。
ヒナがデストロイヤーを使って適度に鎮圧することを身とするのはいつかの話であって今の話では決してない。
万魔殿には命乞いをする二、三年生で溢れかえった。その応対にサツキとチアキと何人かの部員が向かい、パニックになった群衆を宥めるのに苦戦したというのは別の話。 - 78二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 10:49:24
想像以上にノンキしてて何もわかってなかったんかい!!!
- 79二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 10:51:04
危機感がバグっちゃったか
- 80124/12/24(火) 10:51:32
重要なのはただひとつ。
羽沼マコトは極めて場当たり的な対処をしただけに過ぎず、それが自らの想定を超えてあまりに有効打となってしまい、鬼怒川カスミが自らに匹敵するほどの策を講じる存在を誤認したことだった。
策謀の開戦、それすら虚像。何せマコトは騒動のあらましについて認識すらしていない。
それどころか、その後に行ったリスト潰しで万魔殿は功績を挙げた程度にしか思っておらず、治安を維持し切れていない風紀委員会に圧勝したとばかり思っていた。
これこそがマコトの計略。疲弊し大した功績を挙げられていない風紀委員会とは違い、闇バイトに加担したものたちに対して文字通り全員に赦しの機会を与えてやった。それでも抗い、仮にゲヘナ学園それ自体を害するようなことがあれば空崎ヒナを差し向ける。
何とも浅ましい計略である。
というより、計略と呼ぶことすらおこがましい単純明快な暴力装置の行使でしかなかった。
全てを知ったのは何一つ気付かぬままに終幕を迎えようとしていた最終盤。やけにボロボロになった風紀委員と遭遇したときだった。
――風紀委員会の二、三年生の顔は全員覚えている。風紀委員の制服を着た見知らぬ誰かが一年生であることは明白。
――雷帝の遺産を持つと思しき教授が犯罪結社連合を作り出し、そこから逃げ出した一年が酷い扱いを受けていたことを知る。
――彼女が身に着けているのはイロハとイブキの持ち物。さりげなく手首に巻かれているリボンからして把握する。
――そんな彼女が言った。二人は犯罪結社連合の大人たちに拐取されたのだということを。
それ以上の理由は要らなかった。万死に値する。 - 81124/12/24(火) 10:53:28
教授たちの拠点が何処なのか。イロハが言っていた連合の加盟組織が佐古組であったことから相手の拠点をいくつかに絞り込むことが出来た。だから拠点と思しき"全ての自治区"に対して民間人の退避を命じた。その裏で民間人の自宅も含めた全ての家屋に爆弾を仕掛けた。最近の治安悪化のおかげに依るものか、万魔殿主導で行うギャングへの撲滅作戦は思うように進行した。
もしマコトが風紀委員会に嫌がらせじみたハードワークを課さず、治安がある程度維持できてしまっていたら、民間人への説得にもう少し説得に時間がかかったのかも知れない……が完全に結果論である。誰もそんなことまで想定していなかったし、何なら民間人たちはマコトの起こした風紀委員会への嫌がらせに依る間接的な被害者だ。マッチポンプにも程がある。
もちろん破壊された家屋への補填費用も学園から捻出した。
ヒナを引き連れながら風紀委員会と万魔殿全てを合わせた部員たちに説明したときなんて、アコは当然のように苦言を呈した。
「確かにイブキちゃんが攫われたのは酷いと思いますが、そんなこと実行したら校庫が空になりますよ!?」
「イブキを攫う連中に、慈悲は必要ない」
「そうですよねぇ委員長! イブキちゃんを攫うなんて許せません!!」
一瞬で手の平を返したアコを後方支援に回して金に糸目を付けずに報復活動を行った。
風紀委員会と万魔殿。空崎ヒナと羽沼マコト。両者は反目はすれど互いにブレーキの役割を持っていた。
だが、ヒナとマコトがひとつの道へと向かったのなら、そこには如何なるブレーキも存在し得ない。誰も二人を止められず、ゲヘナ学園をチップに預けて最強のふたりが暴れ出す。
そこから先の顛末は変わりなく。ただ報復を遂行し、全てを終わらせた。ただそれだけだ。 - 82二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 10:56:02
……ちょっと読み返してくるかあ
- 83二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 10:57:49
お、おぅ...策謀も計略も知能戦も無かったのか...
せめて、イロハやチアキにバレないように気をつけてね... - 84124/12/24(火) 10:59:12
これまでを思い返して目を開けると、執務室の扉が開く。
そこに立っていたのは空崎ヒナだった。
「お疲れ様。パーティーの準備が整ったって」
「ん、ああ。そうか」
結局、ヒナとマコトが破壊した街の補填には犯罪者たちから回収した資金の一部をマコトが勝手にちょろまかし、加えて連邦生徒会長から個人的に送られたお礼の品で何とかなった。
このことが世間に露見すれば相当マズいことになるため、関係者は全員全力で見なかったことして口を閉ざし続けている。
「……ねぇ、ひとつ訊きたいことがあるのだけど」
「なんだ急に。ふん、私はお前に話すことなど無いがな!!」
「どうしてあの時メグを向かわせたの?」
ヒナの疑問は当然のものだった。
下倉メグ――救急医学部でも何でもなく、今回の事件に何の関わりもない温泉開発部の生徒を向かわせたのだ。
救援に向かわせるなら他にも相応しい生徒が居たはず。何故彼女だったのか。マコトは当然のことでも言うかのように答えた。 - 85二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 10:59:15
これ、カスミが真実を知ったら顎外れるぐらい愕然としそう...
- 86124/12/24(火) 11:00:20
「理由はいくつかあるが……まず雪原に放り込んでも帰って来られる生徒が必須条件だな? 帰巣本能でもあるのか、あいつは何でか遭難しない」
「まぁ……結構あちこち行ってるみたいだけど遭難したって話は聞かないわね」
温泉掘りのために秘境と呼ばれる場所ですら地図無しで立ち入っても、何故か必ず帰ってくる。本能的直観が働いている可能性も充分に有り得る話だ。
「それと、あいつなら流石に重傷者を放ってはおかない」
「……見て見ぬ振りとかはしないと思うわ」
「最後に、あいつを上手く使って策に捻じ込むなど不可能だろう?」
「…………まぁ、うん。そうね」
下倉メグは興味があることと無いことへの差が極めて激しく、かつその興味は温泉にしか向かない頭の茹だった生徒であった。
マコトが「この辺りでは温泉が出るらしいぞ」と一言いうだけで雪原に単独で突っ込んだりするが、それ以上の複雑な動きを指示すれば必ず何かを忘れておもむろに温泉を掘り始めるだろう。
制御不能。策の中に捻じ込みでもしようものなら秒で破綻する。人を疑わず、温泉以外には決して靡かず、それでいて聞かれたことは全部話す。そのくせ時折やけに勘が鋭く感じることもある不確定要素の塊だ。自らの力を暴力では無く策略に見出した者にとってはあれほど相性の悪い者もそうそう存在しない。メグに首輪を付けようとしても握る者が振り回されるだけである。上手く扱えるのならそいつは稀代のブリーダーだけだ。
だからこそメグは、こと知略戦におけるジョーカーへの切り札となる。
何者にも染められない無垢は何者ですら穢せぬ存在となり得る。
そう言うと、ヒナは少しだけ不可解そうに首を傾げた。 - 87二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 11:00:42
ヒナに暴れさせればなんとかなると思っているあたりマコトからヒナへの信頼は厚いしキヴォトスならなんとかなりそうなのもひどい
- 88124/12/24(火) 11:02:44
「ねぇマコト。私にカスミをあそこまで追い詰めさせたのも、何か考えがあった……で合ってる?」
「……ふん。失敗を知らん輩に失敗を教える為だ。鬼怒川カスミはまだ戻れる。そう思っただけのことよ」
「それは…………」
「言うな。それ以上は」
その先は私が負うべき罪業とも言えた。
私はかつて、たったひとりだけ生徒を見捨てたことがある。
その存在の一切を許容することが出来ず、このキヴォトスから追放することでしか解決することが出来なかった。何度振り返ってもあの時はああすることしか出来なかったと、それ以外の道を今でも私は見つけられていない。その後に本来ならばそこまでの罪でも無かった百何人を退学処置としたことも含め、私は視線を机へ落した。
「私はもう、何一つ取りこぼすつもりはない。ゲヘナにこれ以上の退学者は必要ない。私は私が掬える全てをこの手で掬い続けるぞ、空崎ヒナ。全ての遺産を破壊し尽くし、のちに残る後輩たちへ不安の種など残してたまるものか」
「……そうね」
私は決して善人ではない。私は私のやりたいようにやるだけだ。
ただそれが、私が卒業した後の万魔殿にも引き継がれたら良いなどとつい思う。
……その後、マコトが主催した『風紀委員会を見下す会』もとい万魔殿と風紀委員会合同の新部員歓迎会でヒナとマコトがローション相撲を取る羽目になったのはまた、別のお話。
----- - 89二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 11:09:18
- 90二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 11:34:16
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- 91124/12/24(火) 11:43:01
温泉開発部が地面を掘削する傍らで、私は地質学や土木建築学に関する資料を読んでいた。
今まで触れたことのないジャンルで少々難解だったが、メグ語と比べればまだ分かる。それに実際の作業を見ながらだと理解のしやすさもまるで違った。
「ふい~~。ちょっと休憩~!」
「よぉし! よく頑張ったな! ああ、麦茶も作って置いたぞ」
「ありがとー!」
穴から上がって来たメグたちにタオルを渡しながらふと笑う。
思い返すのは少し前、メグに看病してもらい怪我もある程度よくなった頃。私は万魔殿に呼び出されていた。
「やぁ、万魔殿のマコト議長! 対面したのはこれが初めてだな! ハーハッハッハッハ!!」
「怪我もある程度は良くなったようだなぁ? だったらようやく話を始められる」
そう言ってマコト議長は私に何かを投げつけた。
手に取るとそれはゲヘナ学園の学生証で、思わず苦笑いを浮かべる。
というのも、これまで使って潜り込んでいた偽造の学生証から正式な学生証を発行するため、内容に不備があったとして再取得申請を出していたのだ。
正直通るわけがないと思っていたが駄目元で。そうしたら何も言われずあっさり通ってしまったのだ。
何かの間違いかと思い、この私が正しいかどうかの問い合わせを行うぐらいには驚愕した。
そして間違いではないという回答と共に「学生証を渡すから顔を出せ」と呼びつけられてここにいる。
「なぁ……申請した私が言うのも何だが、本当に良いのか? 私はああいうことが出来る。またやらないなんて保証は何処にもないじゃあないか」
「ふん、それがどうした? ゲヘナ学園は来る者は拒まず去る者も追わん。そして誰かに退学処分を下すことも矯正局へ送りつけることもやらん。お前が何処で何をしようと構わん。それがゲヘナの校訓なのでな」
「……議長。今更ながら聞きたいんだが、どうしてクーデターなんて起こしたんだ?」
「…………」
カマかけに無言で返すマコト議長。だが、それはクーデターを起こした事実を肯定するものであった。 - 92124/12/24(火) 11:43:22
ゲヘナ学園の前生徒会に何があってどういった経緯で羽沼マコトが生徒会長になったのか、その情報だけは執拗なほどに抹消されてどうやっても知ることが出来なかった。
ただ、羽沼マコトが生徒会長になる前のゲヘナの裏社会事情なら知っていた。裏社会と表社会が完全に分断されており、全ての犯罪組織がゆるやかな縮小傾向を示していたのだ。
「君が一度の大量の退学処分を下したおかげで傭兵の供給が促進された。カイザーが参入し、オクトパスバンクを始めとした裏の口座需要も高まった。裏社会がゲヘナで息を吹き返したのは君のおかげだ。……あれは、わざとなのか?」
そう聞くと、マコト議長はしばらく黙って、それから静かに口を開いた。
「…………あの時の私が本当に退学させなくてはいけなかった者は13人だけだった。だが、たった13人を学園の庇護から切り離して裏社会に放逐してみろ。一瞬で大人の食い物にされるのは目に見えていた」
「っ……! だから、本来なら退学させなくても良い生徒まで一度に落としたのか……!」
「退学者が一度に増えれば学籍を持たない生徒という需要が生まれる。学籍を持たずまともなバイトも出来ん生徒でも金を稼ぐ方法が生まれる。追加で退学させた生徒は皆、そういった状況でも何とかなる者だけを選出した」
「ハハッ……そりゃあ恨まれるのも無理ないな」
「だからだ。私を恨むという共通の意志があるのなら、それはただ退学にさせられた個人の集団ではない。羽沼マコトを憎む仲間となる」
その思想は尋常のものではなかった。
秩序に立つ側がおよそ取るべき方法ではなく、そして秩序に立つ者では決して行えないひとつの救済の形でもあった。
「退学処分を受けるような者に私は同情などしたりはせん。だが、如何なる理由があろうともこの世界に存在することすら赦されないなどと……悲しいではないか」
「君は……、どうしてそこまで……」
「それが、私の願いだからだ」
「…………そうか」
話はそれだけだった。 - 93124/12/24(火) 11:50:05
私は手にした学生証をポケットへ無造作に突っ込むと、踵を返そうとして……マコト議長がそれを呼び止めた。
「おい、何を勝手に帰ろうとしている」
「うん……? 話はこれで終わりじゃないのか?」
「偽造した学生証、本当に全て破棄したのだろうな?」
「ふふ、確かめてみるかい?」
「ああ、そうさせてもらおう」
マコト議長が指を鳴らすと執務室の扉が開いた。
空崎ヒナが立っていた。
「ヒィィィィイイイイ!! 持ってます持ってます今出しますぅぅ!! こ、これっ、あっ、ゆ、指は……指はぁぁぁぁぁ……!!」
震える手で隠し持っていた学生証を差し出すと、空崎ヒナは学生証ごと私の手を掴んだ。
昨日のことかのように思い出される暴虐の記憶がありありと溢れ出し、膝から力が抜けてへたり込む。目から涙がぽろぽろ零れる。
「あ、あぁぁぁぁああ! やめ、やめてください死んでしまいます! もう、もうやめてくださいぃぃぃぃぃ!!」
空崎ヒナは呆れた様子で何かを言ったが、もうそんなこと聞ける状態では無かった。
がたがたと震えながら泣いていると、空崎ヒナのものとは違う小さな手が私の頭を撫でていた。
あの時私が攫ったイブキだった。
「大丈夫~? 怖くないよー、よしよし」
「ぅ、うわぁぁぁああん!!」 - 94124/12/24(火) 11:50:24
私はイブキにしがみ付いた。
身体が本能的に今この場所で最も安全な場所を求めていた。
「鬼怒川カスミよ。これで晴れてお前も正式にゲヘナの一員となった。だったらまず最初にやるべきことがあろう」
「ひぇ……?」
「悪いことをしたら、きっちり謝らんとな。被害者全員に」
「わ、わか――」
「空崎ヒナと一緒にな?」
「ヒィィイイイイ!!」
いったい何人いると思っているんだ。その間ずっと空崎ヒナと一緒にいろと?
死ぬ。本当に死んでしまう。殺される以前に恐怖で心臓が破裂して息絶える。
するとイブキが私の頭を撫でながら私に言った。
「イブキも一緒にごめんなさいするから、きっとみんな許してくれるよ!」
「なぁイブキよ……。一応言っておくが、そいつはお前を攫って酷いことをした首謀者なのだぞ? そこまで甘くしてやる必要は……」
「でもイブキ。今は痛くないよ?」
「…………そうだな。それが重要だ」
"ケジメをつけさせる"ではなく"過ちを赦す"、というのはもしかするとこういうものを指すものなのだと理解した。
そして私は、私のこれまでの人生において、心から謝罪をしたのはきっと今この瞬間が初めてだった。
「ご、ごべんなざいぃぃぃぃ!!」
風紀委員長とイブキと共に行く謝罪行脚は一週間にも渡って行われた。
それは決して被害者に私を許させる、というものではなく、私が無力化されたこと、それから唆された生徒に対する空崎ヒナからの注意喚起と軽い説教の意味合いが多分に含まれていたものであった。 - 95124/12/24(火) 12:00:13
そうして私は晴れてゲヘナ生のひとりとして、温泉開発部に入部した。
作業を再開したメグたちの使うドリルの音が鳴り止んで、穴の底からはしゃぐような声が聞こえた。
「部長! 部長! 早く降りて来て! 出た! 出た!」
「待ってろ! いま行く!!」
穴を飛び降りてメグにキャッチしてもらい底を見る。こぽこぽと湯が湧き出し始めていた。
「いよぉし! 穴が崩れないよう一旦補強し直そう! メグ!」
「やるぞやるぞー!!」
どたばたと穴の外から渡される補強材を使って作業に入るメグたちを見ながら、私は湧き出す湯をそっと両手で掬った。
結果だけを追い求め続けて最後の最後に結果すら得られなかった私が見つけた答えがそこにはあった。
人の心が手に取るように分かる私でも、そこに温泉が湧くかなんて分からない。それでもこうして皆と共に温泉を掘る。その過程にこそ私の求め続けたものがあったのだと知る。
脳裏に浮かぶあの雪景色はすっかり火炎放射器の熱に溶かされてしまった。
底の割れた器の下からは湯が湧いて、胸に空いた空虚な穴ごと満たされてしまった。
もう、寒くない。
「温泉開発……悪くはないな」
それこそが、愚かな私がようやく見つけた初めての宝物だった。
--完-- - 96二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:03:31
完結お疲れ様でした!
とても面白かったです! - 97二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:14:37
完結おめ
毎日楽しく読ませていただきました - 98二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:18:34
完結おつです!マコト愛されてるなぁ……
種明かしされた後手後手の顛末もブルーアーカイブ感あって良かったです - 99二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:21:45
完結乙!
相変わらずの文才、惚れ惚れしながら読んでました。
前半シリアスと後半ギャグの落差よ…w - 100二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:22:44
この魔法のカードと大人のカードって何かしらの関係性があるのか……?ってずっと思ってたけど特に関係無さそうやな…そもそも性質が別物すぎるし
大人のカードは人生や時間を代価として奇跡を起こすカードで
魔法のカードは無限にお金を取り出せるインフラ破壊兵器なわけで…… - 101二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:31:25
どうなってもギャグになるのはもうマコト議長の神秘だろ(暴論)
- 102二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 12:39:36
雷帝SSの時には名前も出てこなかったメグが最後に出てくるのめちゃくちゃいい構成だな
- 103124/12/24(火) 12:57:36
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます!そしてスレの保守、大変助かりました!
話のネタとして個別にストックしていたフックがいくつかあったのですが、温泉開発部のグルスト読んだら「繋げられるぞこれ!!」と大はしゃぎして書き散らさせて頂きました。クソデカ感情持ってそうなカスミとか誰が想像できるんですかね!? 流石は公式です。早くゲヘナ編を読ませて欲しい……。
ちなみにストックはこんな感じでした。
・鬼怒川カスミ、過去ボス概念
・マコトを心から偉大な先輩だと憧れていた頃のイロハ
・ヒナにボコボコにされてちいかわになるカスミ
・何も知らないまま何とかなっちゃうマコト
・イブキを傷付けられてブチ切れるゲヘナ組
全部混ぜた結果サスペンスやらモンスターパニックやら勘違いコメディ風味やらとジャンルも混ざっていきましたが、読み辛かったらごめんなさい。でも書きたかったんだ! 楽しかったぜ!
また何か思いついたら書きに来るかも知れません。もし見かけたら読んでくれますと嬉しいです。
私はこれから生徒たちのクリスマスボイスを巡りに行きます。
それでは皆さん、お疲れさまでしたぁ!! - 104二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 13:18:08
- 105二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 13:48:42
お疲れ様です!楽しみに更新待ってました!
この作品から知って、雷帝を追えと消えゆく世界の最終戦線も読みましたがどれも最高でした!
過去作品への感想になってアレですがどうしても共有したかったので一つ
雷帝を追えのマコトのイメージソング、ブリジット本田さんの「Dash! To Truth」がピッタリだなって思いました - 106二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 13:57:44
追えじゃなくて討てですわ……恥ずかしい……
- 107二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 15:17:15
- 108二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 18:35:32
そういや教授を名乗っている・いた人物はカスミと本編教授以外にいる想定なんでしょうか?
- 109二次元好きの匿名さん24/12/24(火) 18:41:16
お疲れさまでしたあ!!!
1000文字くらい感想を書きたいけど時間がない!!!!
後日書きます!!! - 110124/12/24(火) 19:03:05
一応今回書いたときの想定としてはニヤ、カスミ、本編教授って扱いにしてます。
それぞれの関係性は決め切っていないのですが、
A,三人が共同で使いまわしているハンドル
B,ニヤが使っていたが引退したためカスミと本編教授が勝手に名乗ってる
あたりで考えてました。
ニヤニヤ教授……この辺りも深堀りされたらざわつきそうな気配がしてて良いですよね……
- 111二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 06:22:09
カスミの知能犯としての脅威、それを全て暴力で叩き潰せるヒナとギャグ抜きのマコトは恐ろしいというのがよくわかりました。
雷帝の話の続きだったのも、嬉しかったです。 - 112二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 12:42:42
完結お疲れ様です。
最高でした! - 113二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 16:25:32
カスミ部長がメグに助けられて、温泉で何回も訂正しながら恩を返したいって言葉にするシーンめちゃくちゃ好き
- 114二次元好きの匿名さん24/12/25(水) 17:39:43
乙です!一日で通読してしまいました
雷帝を討てに出て来たフレーズも盛り込まれていて
読んでて全く飽きない内容でした - 115二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 05:24:59
完走お疲れ様です
- 116二次元好きの匿名さん24/12/26(木) 14:12:03
このレスは削除されています
- 117二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 00:17:49
- 118二次元好きの匿名さん24/12/27(金) 00:26:19
完走お疲れさまです。
なんかもう終盤はバットマンのジョーカーがターミネーターから逃げ回る展開となったのには驚きでしたね。
悪魔相手に知能犯が叶うわけないじゃないですか。
化け物(知)には化け物(暴)をぶつけるんだよ的なことですね。