[閲覧注意]届け物をする夏油を見たい

  • 1二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:19:21

    雨の日にだけ行く喫茶店がある。

    誕生日で、コーヒーチケットがあるからだ。これが雨宿りにちょうどいい。

    チケットは地域一帯で使えるもので、最初こそは美味しいお茶を求めて方々を巡っていたが、いつしかとあるアップルパイの引力に負けひとつの喫茶店に居着くようになってしまった。

    どのバス停とも微妙に遠かったが、落ち着きを何より大切にしていた私に歩く時間の長い短いなどはさしたる問題ではなかった。

    その喫茶店は御婦人が接客をされている。いつもアップルパイをどのくらい暖めるか相談をする、それ以上のことは触れずに放っておいてくれるのでありがたかった。

    その喫茶店を利用しはじめて気づいたことがある。雨の日になると、傘を届けにくる学生がいる。

    やりとりを聞いているうちにわかったことは、その御婦人のお孫さんかご親族であるらしい、そしてその子は夏の間だけ訪ねてくること。

    あるときの夏だった、天気予報を見ていたにも関わらず傘を忘れた私は出入り口の端で最寄りのバス停までの最短ルートをシミュレーションしていた。声をかけられた。

    「持っていきますか」

    ああそうか、今は夏だから。しばらくして合点がいった。私は咄嗟に断った。人から物を借りることが苦手だった。なんとかして断ろうとしたが、上手くかわされて自然と傘を借りる運びになった。

    翌日の晴れた夕方、桃のゼリーを携えて喫茶店に訪ねた。ごめんくださいと奥に向かって話しかけるとしばらくして御婦人が迎えてくれた。いつもより楽しそうに見えた。

    私が傘を手にお訪ねした経緯を話すとキッチンのほうに視線をやりながら相槌を打った。労いながら傘を受け取ってくれた。

    そういえばその時はちょうど客がいなかったように思う。キッチンからは蕎麦の香りがした。話によれば、くだんの子が持たされてきた蕎麦を茹でているところらしい。

    混ざっていかないかという誘いをなんとか断り、お土産だけいただくことにした。天ぷらを揚げているらしい音を遠くに聞きながら、使い捨て容器を探す御婦人を眺めた。

    「お萩というのは本当は秋だけでね」

  • 2二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:21:41

    春は牡丹餅、秋はお萩、そして夏は夜船と呼ばれますよ。あとは冬になると……

    明日には固くなっちゃうんだけど、と言葉を添えてくれた。お礼を言い店を後にした。だし巻き卵と「夜船」が傷まないように帰路を急いだ。

    その日は冷凍庫の奥底で眠っていた生の蕎麦を茹でた。ふだん台所に立たない祖父がたまに機嫌よくドジョウの卵とじを作っていたことがあったのを思い出した。食の好みはこうやって受け継がれていくのか。

    転職活動が上手くいかず疲れていた時期だったが、その日は久々に満足して眠った。鈴虫の音色がうるさいくらいに響いていた。

    翌年、私は転職に伴い引っ越してしまった。里帰りしたころには必ずアップルパイを食べに伺おうと決めていた。季節は巡る、冷えたアップルパイを心待ちに訪ねた。


    ――廃業していた


    御婦人は亡くなるような年齢に見えなかったので親族や知り合いに聞いてみたが、みな知らないようだった。積もる話はたくさんあったので、すぐに別の話題に移った。

  • 3二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:22:44

    自宅に戻る前日、その店を通る機会があった。なんとなく、立ち止まった。

    移転でないなら閉じたのかと訊ねる私に、妙な間を見せた親族を、落ち着かない静かさを見せた知り合いを。

    じっと思い出していた。
    ふと、腑に落ちた。


    『怪死』


    かつて何度となく店を訪れていた人に向かって、わざわざ言うことではないと気を遣ってくれた……

    どうだろうか、根拠はなかったが一度そう思うとなぜか止まらなかった。入口の佇まいを見送った直後、声をかけられる。見知らぬ人間、50代半ばだろうか。

    「知りたかったら」

    ここの人が、どうなったか。知りたかったら教えてあげるけど。戸惑っているうちに、勝手に話し出す。どうしてか、ほとんど聞き取れない。要領を得ないまま、2回ループした。

  • 4二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:22:54

    そういうことって、
    あるのねえ、

    ひとりで、そう締めくくる。話をする間ずっと、残された食品サンプルの奥に視線を向け続けていた。囚われたかのように一度として私を振り向くことはなかった。唖然とするこちらを置き去りにして、女性は足早に去っていく。


    ――玉砂利が
    ――かきむしって

    つめがわれるほど……


    聞き取れた単語の意味を繋げないように努め、その場を離れた。理由はない、そうしたほうがいいような気がしたからだ

    今でも御婦人の行方はようとして知れない。

  • 5二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:29:20

    やわらかな春風を頬に感じ、心華やぐ頃になりました。皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。怪談好きなので毎度こういう締めくくりになってます、あれってなんだったんだろう系がお気に入りです。

    では満足したので豚汁作ってきます

  • 6二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:34:05

    豚肉なかったわ
    これより野菜汁になります

  • 7二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:37:03

    けんちん汁とか美味しいよね

  • 8二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:37:13

    とてもいいと思う
    でもなんでこんなところに投げた!pixivに投げなさい!!ブクマするから!!

  • 9二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:39:41

    夜船...ああそっか夏...離反...
    落とし込むの上手すぎんか?
    ホントなんでこんなところに投げてんの!

  • 10二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:41:55

    こういう無辜の市民と術師の関わりは栄養があるのでたすかる

  • 11二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 22:43:45

    こんな場末の掲示板じゃなくpixivかハーメルンに投げろとn万回俺は言ってきた…………

  • 12二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 23:40:20
    [閲覧注意]夏油が開業している精神科に行きたい|あにまん掲示板bbs.animanch.com

    まともに見えていた人がトチ狂って死んでいくの好き

  • 13二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 23:43:59
  • 14二次元好きの匿名さん22/04/09(土) 23:53:03

    しょうが野菜味噌汁が完成した、動物性の油脂不足はごま油でごまかした。しょうがと七味を振って食べます、しょうがは思ってる倍入れて生きていく。

  • 15二次元好きの匿名さん22/04/10(日) 00:05:43

    >>9

    その解釈の深みに到達できない

    ぜひ解説していってくださいおねがいします!

  • 16二次元好きの匿名さん22/04/10(日) 00:16:49

    名前を出すわけでもなくただひっそり書いて朝方すっきりスレ落ちするのが助かってる、過去ログになった頃に言い忘れたことを思いつくけどもちろん書き込めなくて頭をかかえるのがちょうどいいですよね。

  • 17二次元好きの匿名さん22/04/10(日) 00:37:55

    夏は夜船って夏のおはぎは杵と臼つかって餅つきをしないからペタペタ音がしない。近隣からすると音がしないからいつ搗いていたのか分からない
    搗き知らずで「着き知らず」夜は船がいつ来たのかわからないことから夜船
    いつ来たのか分からない夜船(見えたい)と非術師には見えない呪霊(いつ来たか分からない)をかけている?

  • 18二次元好きの匿名さん22/04/10(日) 11:08:35

    >>17

    解説すごい!

    ありがとうございました

  • 19二次元好きの匿名さん22/04/10(日) 15:39:40

    劣情スレかと…劣情スレかと思ったら深淵な考察が並んでいた…!

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