【SS】アルダン「トレーナーさんに恋人はいらっしゃるのでしょうか」お兄ちゃん「いるなら殺●」

  • 1◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:30:55

    「チヨノオーさん、トレーナーさんに恋人はいらっしゃるのでしょうか」

     いるはずがないじゃないですか。
     反射的に出ようとするため息交じりの返答を、なんとか抑え込みました。
     
     ここ数日、同室のアルダンさんの様子がおかしかったんです。
     どこか物憂げで、時折胸が締め付けられているような様子まで見かけるコトもありました。
     心配になって声をかけても「体調に問題はありません。心配してくださってありがとうございます」と言うばかり。

     もしや競技生活に支障をきたす故障を抱え、それを必死になって隠しているのではないか。
     そうだとすれば、たとえ恨まれてでも止めなければと決意を込めて問い質したのが先刻のコト。
     アルトレさんはアルダンさんに夢中じゃないですかと、呆れかえっているのが現在のコトです。

    「私が……トレーナーさんの女性関係に言及できる立場ではないコトは、重々承知しております。
     ですが、見知らぬ女性に……私に対するよりも優しく親し気に、そして密接に触れ合う姿を想像してしまってから……胸騒ぎが止まらないんです」

     アルダンさんの悩みは深刻です。
     見知らぬ女性にアルトレさんを奪われるのではないかと恐れ、本気で悩んでいます。
     でも、その憂いをおびているのに何故か色っぽい姿を見ても、私の答えは変わりません。
     アルトレさんに彼女がいるはずありません。

  • 2◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:32:10

     アルトレさんのアルダンさんに向ける態度は、単に指導者が教え子に向けるモノでは断じてありません。
     歯がゆいコトにそれは異性への恋慕ではないけれど、アルダンさんに人生を捧げているといっても過言ではない生き様を見せています。
     何かきっかけさえあれば──例えばアルダンさんがこんなにも悩まし気にアルトレさんの女性関係を気にしていると知れば、あまりの愛おしさに一人の女性として意識せざるをえないでしょう!

     というふうに、はたから見ても完全にアルダンさんにアルトレさんは入れ込んでいます。
     そんな状態で他の女性と付き合えるはずが──



    ──付き合えていたとしたら?



     ふとそんな考えがよぎり、背筋が凍る。
     しょせん私もアルダンさんも、ろくに世間を知らない小娘に過ぎません。
     少女漫画やドラマに出てくるような悪い男に騙されていても、最後の時まで騙されていたコトに──いや、騙されていたコトが明らかになっても、そんなはずはないと現実を受け入れないかもしれない。

     アルトレさんはアルダンさんに夢中だから大丈夫だと決めつけるのは危ないのではないか?
     アルダンさんとの関係はしょせんは遊びで、本命は他にいる可能性もあるのではないか?

     もしそうだとすれば──こんなにも純粋で一途な少女の男性観を粉みじんになるまで破壊しておいて、夜な夜な別の女性と逢瀬しているとすれば──殺●しかありません。

  • 3◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:33:56

    「大丈夫ですよアルダンさん。
     アルトレさんは今はアルダンさんの競技人生のコトで頭がいっぱいだから、(アルダンさん以外との)女性と付き合ったりする余裕はありませんよ」

    「それはそれで申し訳ないのですけど……」

    「いえいえ。遠慮する方が失礼というものです。
     それにアルダンさんのためにアルトレさんの婚期が遅れたのなら、アルダンさんが責任を取ってあげれば済む話ですよ」

    「ち、チヨノオーさん……っ」

     とりあえずはアルダンさんを落ち着かせるコトを優先します。
     殺●か否かは、アルトレさんの身元調査をしてからの判断としましょう。

  • 4◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:35:23

    ※ ※ ※



    「とはいっても、どうやって調査すればいいんでしょうか」

     浮気調査の相場について調べたところ、だいたい一カ月で50万円ほどです。
     問題なく払える金額だけど、未成年で現役競技者である私が浮気調査の依頼を出すのは……バレたら大事になったりするのかな?
     それに夫婦でなければ付き合っているわけでもない未成年の私からの依頼を、引き受けてくれるんでしょうか。
     引き受けてくれたとしても、それは怪しい会社だけかも……う~ん。

    「よし、とにかく聞いて回りましょう!」

     案ずるより走るが速し。
     気合いを入れて拳を握りしめていると──

    「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時。照見五蘊 皆空。度一切苦厄」

     どこからともなく耳慣れたお経が聞こえてきました。
     目を向ければ、口元から血を流した青年がお経を唱えながらフラフラとこちらに歩いてきてます。
     トレセン学園名物の一つ、カワイイ担当ウマ娘の誘惑に舌を噛んで必死に自制し、お経を唱えて煩悩を退散させるお兄ちゃんさんでした。

    「そうだ!」

     親しい同性のトレーナーならば、アルトレさんに彼女がいるか知っているかも。 
     お兄ちゃんさん自身が知らなくても、知ってそうな人を教えてもらえるかもしれません。
     桜餅は桜餅屋です!

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 12:37:04

    殺意が早い!

  • 6◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:37:54

    「お兄ちゃんさん、お兄ちゃんさん」

    「ん、チヨノオーじゃないか。
     あ、ちょっと待ってね血を拭くから」

    「いつもより豪快に流れてますね。動脈は大丈夫ですか?」

    「大丈夫じゃないけど、間違いをおかすよりかは大丈夫」

     この通りお兄ちゃんさんは正義の心の持ち主です。
     年頃のウマ娘としては、これって正義かな? もうちょっと手加減してもいいんじゃないかな? とも思いますけど、今は頼もしい存在です。

    「それで、何の用かなチヨノオー」

    「はい。アルトレさんに彼女いるかご存知ですか?」

    「──────────あん?」

    「え?」

     ぐっしょりと血が滴るハンカチを慣れた様子でビニール袋に収めたお兄ちゃんさんは、にこやかに用件を聞いてくれました。
     私もこの人なら大丈夫だと安心して質問したところで、そのにこやかな顔にヒビが入り、そして──

    「あ、の、色男があああああああああぁぁっっっ!!
     担当ウマ娘の男性観を破壊するだけで飽き足らず、その親友まで粉にかけやがっっって!!!」

     憤怒の形相となり咆哮すると、一度は止まっていた血が再び口元から溢れ始め、地獄めいた光景を作り出していきます。

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 12:37:59

    サクラサガワオーとなりかけてるチヨちゃん

  • 8◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:39:41

    「え……あ、違います、違います! 私のためじゃなくて、アルダンさん!
     アルダンさんのための確認です!」

    「────あ、そうなの。良かったあ。
     一人の男として、義によってアルトレを誅さなければと決心しそうだったよ」

     いったい何が逆鱗に触れたのか。
     吹き荒れる怒りに呆然としましたが、質問の仕方が悪かったと気がついて慌てて補足します。
     ……鬼ってこんな風に生まれるものなのかもしれません。

     まあそれはそれとして、お兄ちゃんさんの豹変には驚きましたけど、心強い反応でもありました。

    「気持ちはわかります。あんなにもアルダンさんを自分に入れ込ませておいて、他に女の人がいたら許せませんよね!」

    「そうだよねぇ! あくまで、これはあくまで義憤だけど! 俺はそんなの許せそうにないよ!
     もしそうだった場合は、メジロアルダンの代わりにぶん殴るよ! 私怨ではない正義の拳でね!」

     義憤に燃え、禍々しいオーラを活火山のように噴出させるお兄ちゃんさんの何と頼もしいコトでしょう!

    「だいだいさあ、このトレセン学園のトレーナーたちは何かおかしいんだよ!
     多感な時期のウマ娘に寄り添うのはいいんだけど、どいつもこいつも寄り添うがてら男性観を粉みじんにしやがって!
     年頃の女の子の男性観を壊したからには、一生をもって償わなきゃダメでしょ!」

     ……でも頼もしさを覚えると同時に、不安も浮き上がりました。

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 12:40:26

    これはアルダンさんに相応しいか試すだけだから…
    これはアルダンの時に失敗しないよう練習するだけだから…
    これはアルダンさんにバレなければ何も問題ないから…

  • 10◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:41:25

    「あの……そういうお兄ちゃんさんは大丈夫なんですか?」

    「え、俺?」

     心底意外そうな顔をするお兄ちゃんさんに、胸のざわめきは増すばかりです。

    「ええっと、例えばですね。
     まだ幼い女の子の男性観を破壊して、自分以外とは恋愛できない体にしたり。
     自分を慕う女の子が本当に望んでいるコトが何なのか察していながら、わざとはぐらかしたりです」

    「へ、俺が? やだなあチヨノオーちゃん。
     そういうのはアルトレやネイトレだよ。俺みたいな冴えない男の話じゃないから」

    「あ……」

     からからと笑うお兄ちゃんさんを見て、わななくような震えが走りました。
     トレーナーさんたちは意識して私たちの男性観を壊しているわけじゃない。
     知らず知らずのうちに男性観を壊し終えているんだ。

    「それで──アルトレに彼女がいるかどうかだったよね。俺でよければ確認しようか」
     
    「え、いいんですか?」

    「うん、それとなく聞いてみせるよ。
     アルトレはたしか……さっきあっちで見かけたけど、まだいるかな」

     正義の心を持つお兄ちゃんさんなら必ず確かめてくれるだろうと安心する一方で、立ち去る背中から黒いオーラがうっすらと立ち上るのに一抹の不安も覚えます。
     うん、ここは念のため──

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 12:41:38

    お兄ちゃんはトレセン学園と関わる前から既にカレ…一人のカワイイ女の子の男性観を壊してるもんね♪

  • 12◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:43:11

    ※ ※ ※
     


    「しかしアルトレに彼女かあ」

     アルダンちゃんの親友であるチヨノオーからしてみれば、気になって当然だよね。

    「まあ彼女いないだろうけど」

     彼女がいるのにアルダンにあんな態度をとれるはずない。
     それは彼女に対しても、アルダンに対しても不誠実であり、そんな状態を年単位で続けるなど良心が耐えきれるはずがない。
     だからそれができるとすれば、良心など欠片もない畜生である。

     そして畜生は、駆逐すべきだ。

     ああ、そうだね。
     もしチヨノオーが危惧するように、彼女がいる身でありながらアルダンの男性観を粉みじんにしたのだとすれば──



    ──義によって俺が討つ

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 12:44:22

    ほんとかー?ほんとに義憤だけかー?

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 12:45:42

    トレーナーとして大人として真摯に向き合っただけで不義理言われてるの可哀想なんだよね

  • 15◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:46:22

    ※ ※ ※



    「なんだ……アレは」
     
     黒い凝縮物が近づいてきた。
     ゆらゆらと、ふらふらと。己の抱える負の想いが重すぎて耐えきれないように。

     よくよく見れば、それは人間であった。
     闇の中に蠢くそれは、確かに人の姿かたちをしている。
     あまつさえそれは、見知った同僚の姿でもあった。

    「馬鹿な……」

     一人の人間が、どうすればここまでの闇を抱えられるというのか。
     二十余年にわたって孤独の人生を歩み続ける研鑽の果てが、コレだとでもいうのだろうか。
     彼の孤独が三十年に届いた時、おそらく世界は終焉を迎える。人が数多持つ予言の日だ。

    「アルトレさあ……彼女、いる?」

     その声は、前方から発せられたはずだった。
     それなのに四方八方から蠢くように耳朶《じだ》を打ち、平衡感覚を狂わせ視界まで歪めてくる。
     気が付けば体中から生汗が噴き出て、肩で息までついていた。

  • 16◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:48:51

     奇怪な現象に襲われるなか、ふと学生時代を思い出す。
     それは義理チョコを受け取った自分を非難がましく見る級友の姿であった。
     言いつくろえば言いつくろうほど、彼の態度は頑なになっていったなと、こんな事態だというのに懐かしさに襲われる。

     いや、義理だって。
     本人が義理って言ってたんだから。
     顔だって赤かったし。きっと本命だと勘違いされたらどうしよう、恥ずかしいと思いながら渡してくれたんだよ。
     それなのにお世話になったからって、義理堅いと思うよねケンちゃん。
     ……ケンちゃん? どうしたのケンちゃん!? 落ち着いてよケンちゃん!?

     ああ、ケンちゃんは今どうしてるだろう?
     こんな事態だからか。平和であった学生時代に逃避してしまう。

     そんなコトをしているうちにも、お兄ちゃんは近づいてきていた。
     もはや號奪戦の間合いである。ここで返答を誤れば死ぬのだろうと静かに悟ってしまった。
     何故なら殺気を超えた“鬼気”をお兄ちゃんはまとっているのだから。

    「どうなんだ……? いるのか、いないのか?」

    「……彼女、だよね」

     ケンちゃんがそうだったように、今のお兄ちゃんは自分をモテていると思い込んでいる。
     ここで事実だからといって「彼女はいないよ」と答えれば「嘘ついてじゃねえぞこのヤリチンやろうがあ!!!」と激高するだろう。
     だからここでの答えは、たとえ偽りであっても──

    「彼女なら…………………………いるよ」

    ──號奪戦が始まった。

  • 17◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:50:09

    號奪戦の間合い参考画像

  • 18◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:51:41

    ※ ※ ※



    「シャオラッッッ!!」

     左足を左前へと踏み込ませつつ、深く重心を落とすお兄ちゃん。その体高が普段の半分程度になるほど身を沈ませていた。
     アルトレにしてみれば、お兄ちゃんが突然目の前から消えたように見えただろう。自身にまとわりつく瘴気と殺意によって感覚は鈍り、右前方で身を捻り流れるように重心移動を行うお兄ちゃんへの対処どころか、意識すら向ける事ができていない。

     そんな無防備なアルトレへと突き出される直拳は、見る者が見れば拳と手首が自壊しかねないほどの力が伝わっているコトを察せるであろう。
     相手の息の根を止められるのならば、手足の一本や二本くれてやるというおぞましくも美しい狂気の発露。
     修羅の業が、ここにあった。

     もしこの拳が直撃すれば、ウマ娘が相手ですら有効打になりえる。まして相手は、お兄ちゃんの気迫に呑まれて無防備なままのヒト息子なのである。
     勝負はあった。故に──

    「そこまで!!」

     二人の間に白い影が割って入る。しかしそれは勇敢であると同時に無謀な行為といえよう。
     いかなウマ娘とて、今のお兄ちゃんは修羅の領域にある。二十余年の孤独と悲哀、そして義憤という名の私怨が拳に込められている。
     身体能力が優れていようと大けがは必至。それこそジェンティルドンナやカワカミプリンセスの如き規格外の肉体を持つか、あるいは──

    「もー、お兄ちゃんったら。お互いケガするところだったよ」

  • 19◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:53:20

     あるいはカレンチャンのように、武道の心得があるのならば話は別だが。
     狂気にまみれた拳を受け止めるのではなく手の甲で優しく逸らし、さらに巻き込みように服の袖口を絞るようにつかみ取った。
     近くに柔道の経験者がいるのならば、分厚い生地の長袖を着た状態で袖口を絞るように掴まれてもらいたい。多少の体重差ではどうしようもないほど動きが封じられてしまう。
     その技術をウマ娘の握力でもって実行するとどうなるか?

    「止めないでくれカレン! 一人のトレーナー……いや、男として! 非モテとして俺は許せん! 許してはならんのだっっって痛っ」

    「はーい、事情は向こうで聞くから大人しくしてね。
     チヨノオーさんに話を聞いて来てみたけど……お兄ちゃん、こういうのはやめようよ」

    「これは──義挙であるぅ!」

    「うんうん、義挙だね。
     お兄ちゃんは優しいから怒ってあげてるんだよね。
     カレンは知ってるから、詳しい事情はあっちでね?」

     まさにベイビー・サブミッションである。
     こうしてアルトレを襲う脅威は消え去った。

    「何だったんだ……いったい」

     残るのは何一つ事情がわからないままのアルトレと──

    「……トレーナーさん」

    「アルダン!?」

     青褪めた顔で立ち尽くすメジロアルダンであった。

  • 20◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:54:54

    「トレーナーさんには……こ、恋人が……いらっしゃったの……ですね」

    「……え?」

     一瞬何のコトかわからないアルトレであったが、先ほどついた嘘──お兄ちゃんのあまりの怒りを前にして、彼女がいると口にしたコトを思い出した。

    「と、当然……ですよね。トレーナーさんは、素敵な……本当に素敵な方……ですから」

     顔色もそうであるが、その絞り出すような声からアルダンの不調を察したアルトレは慌てて駆け寄る。
     そしてふらつく体を支えようと差し出した手が、他ならぬアルダンの手によって遮られた。

    「やめてください……恋人さんに、悪いですから」

     そう告げるアルダンはうつむいてしまって視線を合わせてくれない。
     ただそれでも、かすかに涙で濡れる目じりだけは、前髪の隙間からでもアルトレは目にするコトができた。

     何故、アルダンは悲しんでいるのか。
     何故アルダンは、こんなにも苦しむほど悲しんでいるのか。
     何故自分のついた嘘で、アルダンはここまで悲しむのか。

     理由はわからなかったが、これ以上悲しむアルダンを見ているコトだけはできなかった。

  • 21◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:56:42

    「俺に恋人なんていないよ」

     アルダンの遮ろうとする手をそのまま握りしめ返して、優しく彼女を引き寄せる。
     そしてアルトレは、悲しみに暮れる彼女の顎をそっと持ち上げた。
     涙で濡れて輝く瞳は、まるで藤の花のように明るい青紫でとても美しかった。
     けどそれ以上に美しかったのは──散ったと思われた想いが、まだ芽生えたままでいいのではないかという、儚い希望を宿していたから。

    「……嘘です。先ほど、彼女ならいるとおっしゃってました」

     疑うような、あるいは拗ねるような口調にアルトレは先ほどのコトを振り返り、思わず苦笑した。

    「昔似たような状況で正直に答えたら、酷い目にあったコトがあるんだ。
     だから今回は嘘を……彼女がいるって嘘をついてみたんだ」

     そしたらもっと酷い目にあったけど、と続けるアルトレは次の瞬間には目をむくほど驚いた。
     目の前にいた少女が、ぽろぽろと涙を流し始めたのだから。

    「あ、アルダン……?」

    「……? あ、あら? 涙が……止まりません」

     自分が涙を流しているコトを、動揺するアルトレの様子からようやくアルダンは気がつけた。
     しかし流れる涙を隠そうともせず──隠そうとも思わない。
     自分でも唖然とするまま、流れるままにまかせた。

     静かな感情のほとばしりを目の当たりにして、アルトレの胸は熱く締められた。
     自分に彼女がいると勘違いをして、深く傷ついた姿。そして誤解が解け、安堵から涙を流す姿。

     気が付けばアルトレは、目の前にいるアルダンを抱き寄せていた。

  • 22◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:58:24

    「ト、ト、ト……トレーナーさん?」

     動揺するアルダンの気配が、触れ合った体から熱と共に伝わってくる。
     それでも力を緩める気が少しも起きない。
     戸惑いから上ずったアルダンの声が、愛おしくて仕方なく、腕に力がさらに入ってしまう。

    「聞いてくれアルダン」

     耳元で囁かれる愛しい人の声を、アルダンは一言一句漏らさず聞き入った。

    「君以上に大切な女性なんて、俺には一人もいないんだ」

     夢のような言葉に体が震え、倒れまいと自分からも相手に抱き着く。
     応えるようにアルトレもさらに抱きしめた。

    「一時はどうなるコトかと思いましたけど……雨降って桜芽吹くです」

     どうなってしまのうかとハラハラしながら様子を見ていたチヨノオーが見守る中で、想いが通じ合った二人はただただ抱きしめ合うのであった──



    ~おしまい~

  • 23◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 12:59:41

    お・ま・け



    「お兄ちゃん……チヨノオーさんから聞いたよ」

     お兄ちゃんは激怒した。
     必ず、かの好色漢なトレーナーを除かねばならぬと決意した。
     お兄ちゃんは女心がわからぬ。お兄ちゃんは、童貞である。

     しかしそんな童貞だが、カレンチャンに連行されているうちに怒りも収まってきた。
     あの時のアルトレの様子は何故かおかしかったから、改めて確認を取るべきだと今は冷静に考えている。
     改めて確認を取ったうえで討とうと、やっぱり少し血迷った眼で考えを巡らせていた。

     そんなお兄ちゃんなので、連行先がトレーナー室ではなくレッスン場であるコトをさして疑問に思わなかった。
     さっきまでの自分は荒ぶっていたので、また騒ぎだしても大丈夫なように防音室を選んだのだろうと受け入れている。
     カレンチャンがレッスン場のカギを閉める音が室内に響いても、今から説明する内容は他人に知られていいモノではないので、特に不思議に思わなかった。

     そして、普段のカレンチャンらしからぬ声音──怒りと歓喜が入り交ざったような声を耳にして、ようやく童貞は危機感を覚えた。
     さらにカレンチャンは、胸リボンをしゅるりと衣擦れの音を立てながら外し始めている。
     お兄ちゃんの生唾を飲む音が室内に響き渡った。

  • 24◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 13:01:30

    「『年頃の女の子の男性観を壊したからには、一生をもって償わなきゃダメでしょ!』……そう言ったんだよね?
     カレンね……もうずっとずっと、ずーと前から……お兄ちゃんに壊されたままなのに、そんなコト言っちゃうんだ」

     カレンは一歩お兄ちゃんに近づいた。
     慌てたお兄ちゃんは二歩下がる。

    「ま、待て待てカレン!!」

    「待ったよ……もう、十年も待って──ほら、お兄ちゃん見て。
     カレンはもう子どもじゃない。カレンは、こんなにカワイくなったんだよ」

     そうほほ笑むカレンチャンの笑みは、普段のカワイさとは一味違っていた。
     愛らしさに加えて、女の妖しさがあるのだ。

    「ねえ、お兄ちゃん。誰にも見せたコトがないカレンのカワイイところ……お兄ちゃんにだけ、見てほしいの」

     ただ、胸リボンを外しただけ。
     たったそれだけなのにお兄ちゃんはカレンチャンの胸元に視線がくぎ付けとなり、慌てて視線を逸らしてはまた視線を胸元に戻してしまう。
     あきらかに、そして気持ちいいまでに動転するお兄ちゃんの姿に、カレンチャンは優しく微笑みながら距離を詰めていく。
     お兄ちゃんは視線が定まらないまま、慌てて距離を取ろうとしたが──

    「うわっ」

     板張りのレッスン場において、バク転などの練習のためにマットを敷いているエリアがある。
     そこに差しかかったのだが、視線を泳がせながら後退するお兄ちゃんが気が付けるはずもなく、つまづいてしまった。
     マットの上に倒れ込むお兄ちゃんを、カレンチャンの影が覆う。

    「か、カレン。話せば、話せばわかる!」

    「……話しても、わかってくれなかったのが……わからないフリをするのが、お兄ちゃんだよね」

  • 25◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 13:03:36

     昨日のコトのように思い出されるクリスマスの日。
     あんなにも普段からカレンの好意を伝え続けていたのにも関わらず、お兄ちゃんは目を逸らしてわからないフリをした。
     だから──

    「お兄ちゃんがわからないフリをするなら、カレンがわからせてあげるんだから♪」



    ──こうして、二人はうまぴょいした。

     うまぴょいしたとは、うまぴょいを踊ったという意味である。
     うまぴょいは激しい踊りなので、踊りやすいように衣服を緩めるカレンチャンの行いは自然なものである。
     うまぴょいは基本的にウマ娘の踊りなので、お兄ちゃんが抵抗しようとするのも当然である。
     この日を境に二人の距離が縮まったが、うまぴょいを二人で踊るには息を合わせる必要があるので縮まって当然といえよう。

     ただ一つ、不思議なコトがあるとすれば。
     カレンチャンとうまぴょいしてからのお兄ちゃんは、アルトレやネイトレといったイケメントレーナーたちへの当たりが柔らかくなったのだが──その真相は、うまぴょいだけが知っている。

     うー、うまぴょい♪ うまぴょい♪



    ~おしまい~

  • 26◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 13:05:10

    最後まで読んでいただきありがとうございました。
    気が付けばSSの投稿を初めてそろそろ10年になります。

    こことは別の掲示板でアイマス・デレステを投稿して
    与えられた名が「セクハラの人」「へそ下P」等でした。
    覚えてもらえて嬉しい一方で、もうちょっとマシな名が欲しいとも思っていました。

    そしてこの掲示板でウマ娘を投稿するようになり、新しい名を得ました。
    その名は「童貞の人」

  • 27◆SbXzuGhlwpak25/07/20(日) 13:06:49

    あにまんでのおきてがみ(黒歴史)

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  • 28二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 13:07:49

    ほーんこんなにウマ娘…アウラ混じってて草

  • 29二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 13:11:52

    童貞の人だったのか

  • 30二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 13:12:37

    童貞か

  • 31二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 13:49:28

    乙!
    みんな溢れる●意に伏字が伏せきれてねーぞ!

    童貞の道程狂おしいほど好きです!
    これからも応援してます!

  • 32二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 14:45:23

    暑い中素晴らしいSSをありがとうございました
    どうかご自愛ください

    童貞の人

  • 33二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 16:59:07

    歴代の二つ名がどれもこれも酷くて芝
    恵まれた文章力からの性癖が隠しきれていない…

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 18:37:15

    破綻した性癖の…妥当な末路だ

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 18:47:54

    マックイーンのSSほんと好き。
    今回の話も良いものでした。
    ありがとうございます。

  • 36二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 23:19:09

    え、へそ下Pだったんすか!?
    デレステんときのSSも大好きでしたし、今回も面白かったです!

  • 37二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 06:57:39

    セクハラの人:アイドル達から武内Pへのセクハラをテーマにした長編SSを書く
           その後のSSも当然のように武内Pがセクハラされるのでこの二つ名はふさわしい

    へそ下P:デレステの主人公である島村卯月に「へそ下辺りがむずがゆい」という問題発言をさせる
         しばしば見られる腹黒卯月・畜生卯月とは一味違う倒錯したしまむーを書いたのでこの二つ名もふさわしい

    童貞の人:説明不要

  • 38二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 09:15:35

    👺<判断が早い チヨノオーお前は…凄い子だ

  • 39二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 10:03:07

    初めましてだけどなんで號奪戦の参考が本家じゃないだ

  • 40二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 10:26:38

    素晴らしいスレなのだ
    あなたに出会えて良かったのだ

  • 41二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 10:34:33

    デレマス 時代から読んだことある人で笑った

  • 42二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 10:35:48

    アルダントレはもう絶対イケメンだとしか思えないんだよな…
    お兄ちゃんはラノベの自称普通みたいなイメージ

  • 43二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 10:50:04

    >>39

    これはプリティーダービーのSSだからプリティーフィルターが必要なんだ

    プリティーフィルターが無いとこうなってしまうんだ

  • 44二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 16:20:12

    お疲れ様なのだ、面白かったのだ

  • 45二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 19:08:41

    >>44

    めっちゃ好み!っておもて調べたらコレコラなの…?

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