【SS】この世が終わる、その時まで

  • 1◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 11:51:12

     夢を見ている。
     貴方の夢を、私は見ている。
     もう二度とは会えない貴方を想い、私はひとりで夢を見ています。

     ここは穏やかな土地。
     誰も私を傷つけず、何も私を苛《さいな》まない。
     優しくて──無関心。
     美しくて穏やかな、何も拘《かかずら》わない世界は私を孤独で満たしていく。

     一面の花畑も。
     静かにさざめく木々も。
     決して荒れることのない群青の空も。
     何一つとして私を慰めはしない。

     そんな胸を刺す冷たさから、想い描く貴方は守ってくれる。
     貴方のことを感じたくて、貴方のことを何一つ忘れたくなくて。
     何度も何度も貴方を想い描く。
     刻むように縋るように祈るように、貴方を想う。
     貴方を想いながら瞳を閉じ、そして夢の中で幸せであった日々を噛みしめる。
     そして──まばゆい朝の光が、そんな微かな幸せすら奪い去っていくのです。

  • 2◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 11:53:30

     夢から覚める度に涙しました。
     あくる日もあくる日も、目覚めた私は膝を抱え子どものように泣きじゃくる。
     もはや誰の目もはばかる必要はありません。
     誰も咎めはしないし、咎めてもくれない。
     はしたなく声をあげて泣く日が続いていく。

     涙も枯れるモノなのでしょうか。
     いつの日からか、目が覚めても涙はあふれなくなりました。
     でも朝を迎える度に、どうしようもない喪失感だけは変わらずに訪れます。

     気力を失った私は憧れだった花畑を愛でることもなく、ただ傍でたたずむ日々を過ごしていく。
     まるで花畑の一部になったかのよう。

     いっそのこと草花になれれば。
     誰を傷つけることもなく、誰かに畏れられることもない。
     悲しみを感じない、世界を彩る草花になれたら。

  • 3◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 11:55:31

     ああ、でも。
     それは──だめ。
     こんな私でも、たった一つ許されたことが草花ではできなくなる。



     貴方の幸せを祈るという、たった一つの幸せが。



     どうか、貴方を苦しめる血が薄まりますように。
     どうか、平穏な日常に戻ってくださいますように。
     どうか──心の片隅でいいので、私を残していてください。

     心の片隅でいいので私がいれば、貴方をきっと守ってみせます。
     眠りを妨げる光からも。
     心を乱す風からも。
     悪い夢からだって。

     だから、どうか、せめて──心の片隅に、私の居場所を残していてください。
     それだけで私は幸せなんです。
     どうか……それだけは。

  • 4◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 11:57:22

     祈りの日々は続いていく。
     ここにきて、どのぐらい月日が流れたのでしょうか。
     常春の地には季節という概念はなく、何もかも遠く儚い出来事のよう。

     貴方との日々が、数カ月前にも数十年前にも思える。
     ああ、ひょっとしたら何千何万という日が過ぎていったのかもしれない。
     私はきっと、このままここで、この世が終わるその時まで──ひとりのまま。

     「……会いたい」

     いつの日だったでしょうか。
     ずいぶんと久しぶりに言葉を発しました。

    「会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい──」

     一度こぼれ出た言葉は堰を切ったように、とめどなくあふれ出る。
     永遠に私はひとりなのだとわかっていたつもりだったのに、月日にさらされて渇いた心が、これからも続いていく孤独に軋《きし》みだしたのでしょうか。

    「──貴方に、会いたい」

  • 5◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 11:59:19

     せめて最後にもう一度だけ、会いたかった。
     でもそれはできませんでした。
     貴方から離れたくなくて、縋りついてしまいそうだったから……遠くから病院を見つめるだけとなってしまいました。

    「貴方に……会いたいのに」

     それが叶わないのなら、せめて手紙だけでも渡したかった。
     でも筆を進めるうちに、どうしようもないほどの未練が湧き出てくるので破り捨てました。

     それでも私は。
     それなのに私は──

    「貴方に……会いたいっ」

     会いたい、会いたい、会いたい、会いたい、会いたい!
     たとえ全てが台無しになるとしても、夢の中ではなく貴方と会いたい。

     貴方の温もりに触れたい。
     貴方の優しさを感じたい。
     無邪気な心を、私だけのものにしたい──したかった。

  • 6◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:01:31

    「貴方に……会いたい……です…」

     でも、それは許されません。
     だって私は──貴方のことが、大好きだからです。

     どれだけ苦しくて、悲しくても。
     貴方の幸せを想えば耐えられます。

     今のように弱音がこぼれてしまうことは、これからもあるかもしれません。
     でも大丈夫。
     ここには誰もいないのだから、私の泣き言を聞きつける人はひとりもいません。
     私は、ずっとここにひとりで──



    「スティル……」



     ひとりのはずの地に。
     ひとりぼっちの場所で。
     何度も何度も思い返した声が響き渡る。
     大きくはないけれど、優しくて聞き逃すはずのない声。

  • 7◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:03:43

     その声を、初めは幻かと思いました。
     私があの方の声を間違えるなんて、あるはずがないのに。

    「トレーナーさん……!?」

    「ごめん、今回は……時間がかかっちゃった」

    「……っ」

     はにかむその笑顔に、懐かしさと愛おしさで胸があふれる。
     喜んではいけないのに、喜ばずにはいられない。

     この地は来ようと思って来れる場所ではない。
     そんなそぶりは一切見せないけど、どれだけの想いで私を探し求めてくれたのでしょうか。
     心の片隅にではなく、貴方の心の中心に──私を置いてくださっていた。

     でも……それでも。

    「帰れません。
     もう……そちらには……」

  • 8◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:05:42

     一緒にはいられない。
     私と貴方は、離れていなければいけません。

     ゆっくりと交わっていた血は、離れたことで薄らいだ。
     そこに、もう一度注いでしまえば──遥かに濃い血に耐えられず、器は……砕け散る。

     それに何より、私はもう……ワタシじゃない。
     この地から離れることができないんですから。

    「なら、俺がここにいる」

    「……っ」

     それなのに貴方は、何てことはないかのように言いました。
     咲き誇る花のような、まばゆい笑顔をして。

    「あ……貴方は……なんで……」

     どうしようもないほどの申し訳なさと、それ以上の喜びがこの身を包み込む。
     そして浮かび上がる一つの疑問。

    「なんで……そこまで……」

  • 9◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:07:33

     平穏な日常に戻れたのに。
     私のことは、心の片隅に置いてくれるだけで良かったのに。
     それなのに、どうしてそこまで?

    「言っただろう、守るって」



    『──何かあれば、今度こそ必ず守るから』



    「────ただ……それだけの、ために……?」

     ただ呆気に取られる。
     あの頃の私は、醜い嫉妬で満ち満ちていた。
     貴方の心をラモーヌさんに取られまいと、本能を解き放とうとしていたのに──そんな私との約束のためだけに?

    「それに、俺が……ただ、会いたかったんだ」

     ああ、貴方は本当に無邪気な方。
     本当に無邪気で──愛おしい。

     私だけの貴方。

  • 10◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:09:49

    「──想いは変わらずにここにある」

     差し出される貴方の腕。
     必死になって貴方から離れた私にとってそれは、かけがえのない温もりを放っている。

    「……ずるい」

     どう考えたってずるい。

    「ずるい……ずるい……っ」

     私だって、私だって──ッ

    「私だって……貴方を、守りたかった……っ!」

     貴方を守るために、断腸の思いで傍を離れたのに……
     何度も振り返りそうになる気持ちを抑えながら、必死にうつむきながら貴方のいる病院から離れたのに……
     手紙ですら、泣きながら引き裂いたのに!!!

    「貴方に……幸せでいてほしかったのに……っっ」

     この孤独の日々も、何もかも──貴方の幸せのためだったのに……。

    「……でも。本当は……ずっと……」

  • 11◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:11:30

     あくる日もあくる日も涙をこぼした。
     ついには涙が枯れ、静寂という孤独に心が渇いていっても──

    「ずっと……待ってました。
     貴方と──会えるのを。貴方のお傍に、いられるのを……」

     もはや離れられはしない。分かたれない。
     この果てにある結末が、人の理から外れていたとしても──もう、構いはしません。

    「……私も。
     私も……想いは、ずっと変わっていません」

     そして、これからもずっと。

    「今でも──愛してる」

     この世が終わる、その時まで。



    ~おしまい~

  • 12◆SbXzuGhlwpak25/09/07(日) 12:13:11

    最後まで読んでいただきありがとうございました。

    久しぶりにかつえるような気持ちでSSを書きました。

    書くにあたって佐々木少年版月姫の最終巻書き下ろしを参考にしてます。


    しばらく時間を置いて気持ちが落ち着いたら、ほのぼのとした話を書きたいと思います。

    たとえば──愛しているのはスティルだけなのに、ラモーヌ87とアルヴ88に心が囚われているスティルトレの話など。




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  • 13二次元好きの匿名さん25/09/07(日) 12:15:09

    おつです
    スティルに脳を焼かれた一人として、読解力ないながらもすんなり頭に入ってきました

    全てを超えた果てなき愛…素晴らしいですね
    トレーナーさんが来たとこで瞳が緩んでしまいました

  • 14二次元好きの匿名さん25/09/07(日) 12:42:52

    シナリオの展開をなぞりながらスティルの心のうつろいが淡麗に描かれていて凄く美しいSSでした、素晴らしい物をありがとうございました。

  • 15二次元好きの匿名さん25/09/07(日) 18:20:04

    童貞ニキにまっとうなSSを書かせたスティルシナリオ

  • 16二次元好きの匿名さん25/09/08(月) 04:06:48

    やっぱりこの2人は一緒にいるのが一番似合うわ

  • 17二次元好きの匿名さん25/09/08(月) 10:56:46

    こういう心情の揺れ動きがたまらんのだよ

  • 18二次元好きの匿名さん25/09/08(月) 19:45:16

    刻むように縋るように祈るように、貴方を想う。

    この文キレイで口ずさんでしまう

オススメ

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