【トレセイSS】根掛かり

  • 1二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:22:23

    まだ春真っ盛りだっていうのに、うんざりするくらい日差しの強いある日。
    めったに人も寄り付かないような港で、私たちは今日も並んで釣りをしている。

    「釣れますかー?」
    「いや……」

    かれこれ1時間は何も動きがない。
    隣で竿を持ってるトレーナーさんに声を掛けたけど、返ってきたのはそっけない返事だけ。
    昔だったらここからこの人が話を広げてくれたんだけど、今は私がやらなきゃいけない。

    「そうそうトレーナーさん、実はこの間ね……」

    こんな生活を始めてどれくらいになるっけ。正確には覚えてないけど、ひとつ言えるのは私も大人になったってこと。
    もうお酒も飲めるし、支えられる側から支える側になった。それだけの時間が経ったのだ。

    スペちゃん、グラスちゃん、キング……みんなが引退してしばらく。私は未練たらしく現役を続けていたけど、結局脚を故障して引退した。
    レースの解説とか指導者とか、引退後に選べる道はいくつかあったけど、私はトレセンを卒業してすぐに稼いだお金でマンションを建てて、今はその家賃収入で生活している。
    夢にまで見た悠々自適な暮らし。不労所得って最高だよね。ぶい。
    まあ、まさかトレーナーさんがこうして横にいるなんて思わなかったんだけど……

  • 2二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:23:12

    「それにしても、あまりにも釣れなさすぎじゃないです?ちょっと場所変えましょっか」
    「うん。……あれ、動かないな」
    「ありゃ、根掛かりですか。ああちょっと、無理に動かしちゃダメですよ~」

    どこまで話したっけ、ああそうそう。本当なら学園でバリバリ仕事してるはずのトレーナーさんがなんでこんな生活をしてるのか、だよね。

    私が卒業してからもトレーナーさんはしばらくウマ娘の指導を続けてたんだけど、ある日とても辛い経験をしたんだ。普通の人ならとっくに壊れてしまうような出来事が。
    詳しくは言わないけど……無関係の私ですら直視できないような事故。それで、トレーナーさんは仕事を続けられなくなった。もっとも、私が止めるまではまだ学園に通ってたらしいけど。

    偶然学園の近くに用事があった帰り、呆然とふらふら歩いてたトレーナーさんを見つけて、なんとか説得してうちに連れてきたのがこの生活のはじまり。

    最初の頃はひどいもんだった。
    いつも部屋に籠りきりで、何をするわけでもなくボーッとして壁を見てるだけ。たった数年の間にご飯の食べ方も眠り方も忘れてしまったみたいだった。
    そこから辛抱強く付き合って、ようやく最近のトレーナーさんは人並みの生活を取り戻しつつある。
    いいとこ私の半分くらいだけどご飯も食べるようになったし、お風呂や掃除なんかの身の回りのことくらいはちゃんと自分でできるようになった。
    といっても、夜中にふらふらとどこかへ出て行って朝まで帰ってこなかったり、まだまだまともと言うには程遠いけど。

    今の私たちの朝は早い。
    まだ薄暗いうちに起きて、朝ご飯を食べたらすぐに荷物をまとめて出発。
    釣り場に着いたらあとは日が暮れるまでボーっと糸を垂らしながらくだらないことをお喋りして、日が暮れたらさっさと帰って明日の準備をしておやすみ。大漁の日は獲物をおつまみに晩酌なんかしちゃったりして。

    そうやって、時間が止まったみたいに同じ日常をずっと繰り返す。
    世間のしがらみからも逃げて、ただやりたいことをやるだけ。今のセイちゃんとトレーナーさんにはそういう時間が必要なんです。

  • 3二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:23:52

    「貸してください」

    トレーナーさんの手から竿を受け取る。氷みたいに冷たい手だった。
    とりあえずどのくらい引っ掛かってるのか確かめようと竿を動かしたけど、ビクともしない。これ以上力を入れたら竿の方が壊れそうだ。

    「うーん、これはちょっと厄介ですねぇ。セイちゃんでも難しいかも」

    一見すると何もしていないように見えて、実は水底で必死にもがいている。
    それが分かっているのはトレーナーさん自身と、それを傍で見てる私だけ。

    今は、それでいい。多分、それでいい。

    (……でも、でもねトレーナーさん)

    いつか、皆に頼られる凄いトレーナーさんに戻って欲しいんですよ。
    こ~んな扱いにくいウマ娘を最後まで面倒見てくれたあなたに。
    そのためなら、こんな私でよければ何年だって付き合いますから。

    「はい、取れましたよ」
    「ありがとう」

    やがて釣り針はなんとか雁字搦めの状況から抜け出せたみたいで、私はトレーナーさんに竿を返した。
    するとトレーナーさんは笑顔で私にお礼を言って……笑顔?

    「どうしたの、スカイ。難しい顔して」
    「……なんでもないですよ~。それじゃ、行きましょっか」

    そういえば、久しぶりにこの人の笑った顔をみたような気がした。

  • 4二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:26:32

    重いよ!

  • 5二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:30:30

    トレがうつになりまして。

  • 6二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:31:14

    この重さ、いいね

  • 7二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:34:31

    実際うつになったら一番快方に向かわせやすいのはセイちゃんだと思う

  • 8二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:39:01

    ただ隣に寄り添うだけって、結構難しかったりするんですよね
    セイちゃんは優しくて人の痛みがわかるから、そしてトレーナーさんを信じてるからこうすることができたんだ…
    泣けてきた

  • 9122/05/04(水) 13:41:56
  • 10二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 13:49:36

    城島みたいな生活しとる……

  • 11二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 14:00:42

    >>9

    どっちも穴が開くくらい読んだ!今回のも全部しゅき!!!

  • 12二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 17:57:19

    作風の温度差すげえな……

  • 13二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 23:04:57

    重いけどいいSS…。
    人生のパートナーとして支えてる感じで

  • 14二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 11:00:06

    >>9

    あなたか!

  • 15二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 22:50:31

    保守

  • 16二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 09:08:43

    トレーナーの笑顔が戻るといいね

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています