【閲覧注意】 あにさまといっしょ 【囚人尾形 SS】

  • 1あんこうなべ22/06/08(水) 22:48:37

    注意!


    このスレは囚人尾形スレのネタを基に作ったSSです。


    様子がおかしくなった尾形と、尾形を家の座敷牢で保護している世界線の勇作殿が登場人物です。


    偉大なる元スレ

    【閲覧注意】勇作殿が Part6【囚人尾形】|あにまん掲示板囚人尾形概念について語るスレです変態ギャグとして語るのもアリですbbs.animanch.com
  • 2二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 22:50:19

    ついにSSが…!保守

  • 3二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 22:51:04

    囚人尾形SSスレ!保守保守

  • 4二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 22:51:49

    わーい囚人尾形SSだ
    保守

  • 5二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 22:52:50

    安価系SSとは違った話になりそう
    保守

  • 6二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 22:54:38

    あ!監獄囚人尾形SS書いて下さったあんこうなべ氏か!
    座敷牢世界線も楽しみすぎる

  • 7二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 22:55:24

    囚人尾形、花沢家の問題児すぎる…

  • 8あんこうなべ22/06/08(水) 22:56:42

    御機嫌よう、皆様。 私は花沢勇作と申します。

    そして、今目の前に座っていらっしゃるのは私の兄様です。「まだ寒いから」と仰って、火鉢の前から動こうとなさいません。

    兄様のお部屋にお食事をお持ちするのが私の日課となっていて、時には共に食事をとることもあります。

  • 9あんこうなべ22/06/08(水) 23:01:06

    勇作「兄様、お食事を持ってきましたよ。お加減は変わりありませんか?」

    尾形「ええ、俺はここに来てからずっと元気ですよ勇作さん。今まで過ごしてきた場所よりよっぽど扱いがいいくらいだ」

    勇作「ふふ、安心しました。……今日は洋食ですよ。ビーフシチウ、とサラドです」

    尾形「?」

  • 10あんこうなべ22/06/08(水) 23:04:39

    尾形「野菜は分かりますが、『びいふしちう』とは一体何のことです?」

    勇作「ああ、えっとですね、シチウというのは欧州の汁物ですよ」

    尾形「ははあ……。随分ハイカラなものを食べておられるんですね。ところで、びいふとは一体何のことです?」

    勇作「ビイフは、牛の戒名ですね」

    尾形「戒名」

  • 11あんこうなべ22/06/08(水) 23:06:43

    勇作「はい。何故かは存じ上げないのですが、欧州では動物の名前とその肉の名前はまったく違う呼び名になるのです。なので、戒名なのかな、と」

    尾形「……変わった風習ですな。……うん、うまい」

    勇作「ふふ、お口に合ったようで、安心しました!」

  • 12あんこうなべ22/06/08(水) 23:09:13

    勇作(こんなふうに、毎日他愛のない会話を兄様とできることは、私の喜びです)

    勇作(今のように普通の兄弟のように話して、共に笑いあうことを私はずっと望んできました)



    勇作(………ここが、座敷牢でなければ)

  • 13あんこうなべ22/06/08(水) 23:12:14

    (今回のスレでは、座敷牢越しの2人のほのぼの?した会話が中心のコメディ、時々不穏SSを書いていく予定です)

  • 14二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:15:14

    うわあ良いな…
    兄弟での日常会話凄くほのぼのしてるし和やかなのに異常な環境で忍び寄る不穏さ…

  • 15あんこうなべ22/06/08(水) 23:23:22

    勇作「……ところで兄様、何か御入用なものはありませんか?」

    尾形「ありがとう、でも勇作さんのおかげで随分ここは快適ですから、別に何も必要はありませんよ」

    勇作(兄様は、何度聞いてもこのように仰ってくださいます)

    勇作「ならばよろしいのですけれど、どうかご遠慮なさらないでくださいね。できる限りのものなら、私が取り寄せますから」

    尾形「なら、聖書が読みたいです」

    勇作「それはダメです」

    尾形「……即答ですなあ」

  • 16あんこうなべ22/06/08(水) 23:27:13

    勇作「……あんまり長いお話は、お疲れになるでしょう。もう少し回復されたら、私のをお貸ししますから」

    尾形「別にどこも悪くはないのですがねえ……。まあ、構いませんよ。別に今すぐ欲しいんではありません」

    尾形「……こうして俺に会いに来てくださるなら、十分です」

    勇作「………」

  • 17あんこうなべ22/06/08(水) 23:30:35

    (短いですが本日はここまでにします。こんな風に2人の会話を中心に、たまに使用人と尾形の会話も交えて進めていくつもりです)


    (初のコメディ(??)路線ですので探り探りですが、もうしばらくお付き合いいただけると幸いです)

  • 18二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:32:21

    乙です!もう既におもしろい…めちゃくちゃ楽しみです

  • 19二次元好きの匿名さん22/06/08(水) 23:32:57

    ウワーーッッあんこうなべ氏の知性感じる文章めちゃくちゃ好きだから楽しみだ!

  • 20二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 06:18:00

    た…楽しい!宇佐美がまっとうに探偵役してるSSも好きだった
    ビーフを牛の戒名って解釈する勇作さんちょっとツボすぎてあかん

  • 21二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 06:21:18

    やり取りだけなら微笑ましいのになあ…
    火鉢は勇作さんが置いてあげたのかなぁ…

  • 22二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 11:49:32

    保守

  • 23二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 14:48:37

    このレスは削除されています

  • 24あんこうなべ22/06/09(木) 14:51:57

    使用人の幸吉「おはようございます百乃助さん。……あれ、なんですそれ」

    尾形「新聞」

    幸吉「え、どこで仕入れたんです?」

    尾形「勇作さんが、私が来られない間お暇でしょうからと差し入れてくれた」

    幸吉「へえ〜。やっぱり勇作様はお優しい方ですね。……何か面白い話あります?」

    尾形「お前の頭じゃ理解できそうにない話ばかりだな」

    幸吉(嫌な人だな〜………)

  • 25あんこうなべ22/06/09(木) 14:55:29

    幸吉「まあ、俺は新聞なんて読まなくても、この街のことなら何でも知ってますがね!」

    尾形「妙なことで威張るんじゃねえよ……。ならお前、ここの高永寺に泥棒が入ったの知ってるか」

    幸吉「えっ、そうだったんですか!?」

    尾形「早速知らねえじゃねえか」

  • 26あんこうなべ22/06/09(木) 14:59:32

    幸吉「高永寺って言うと、あみだ池があるお寺ですよねえ。おかしいな、そんな事があったなら聞いてる筈なんですけど……」

    尾形「まあ、暇で仕方ねえから特別にお前に話してやるよ。……一昨日の深夜、泥棒がこっそり裏口から寺に侵入したそうだ。あそこは尼寺だからな。しかも小さい寺だから尼さんが一人しかいねえ。ちょっと脅せば金くらいすぐ渡すだろうと、ピストルを腰に挿してたんだと」

  • 27あんこうなべ22/06/09(木) 15:05:12

    尾形「いきなりガラッと戸を開けると、尼さんはまだ起きて読経していた。アッという間もなく、泥棒はピストルを押し付けて金を出せと、こうだ」

    尾形「だがそこはこの尼さん、肝が座ってる。正面から泥棒をにらみ据え、殺すなら殺せと静かに言いながら、僧衣の前をはだけて、胸を晒した」

    幸吉「へえっ、それで堪らず泥棒が抱きついて……?」

    尾形「違うわ助平」

  • 28あんこうなべ22/06/09(木) 15:09:29

    尾形「吃驚してる泥棒に尼さんは静かに、『撃つなら過たずに胸の真ん中を撃ちなさい。私の夫、山中大尉は日露戦争で勇ましく戦い、胸の真ん中を撃たれて名誉の死を遂げられました。……どうせ死ぬなら夫と同じ死を遂げるこそ本望です』と言った」

    尾形「すると突然その泥棒はピストルを放って尼さんの前に土下座をしたんだ」

    幸吉「え、どうしてです?」

  • 29あんこうなべ22/06/09(木) 15:13:31

    尾形「泥棒はこう言った。『私も元は軍隊にいましたが、身を持ち崩し泥棒にまで成り下がりました……。山中大尉は、私によく目を掛けてくださった方です。その未亡人であるあなた様に銃を向けたなんて、面目次第もございません』と泣きながら言ったそうだ」

    尾形「すると尼さんも、『よく言ってくれました。そうして涙を流せる貴方は、悪人ではありません。きっと誰かに唆されたのでしょう。一体誰に言われました』と聞いた」

  • 30あんこうなべ22/06/09(木) 15:16:45

    尾形「すると泥棒、『はい、阿弥陀が行け(あみだ池)」と言いました』………とさ」

    幸吉「……………」

    尾形「今朝の新聞の仁輪加(当時のジョークを載せていた記事欄)はなかなか出来がいいな」

    幸吉「………いい加減にしてくださいよ。真面目に聞いちゃったじゃないですか」

    尾形「ハハッ、新聞をまともに読まねえからこうして馬鹿にされるんだ」

  • 31二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 16:47:14

    使用人との会話良いな…尾形の性格が悪くて草

  • 32あんこうなべ22/06/09(木) 21:12:49

    ~夕方~

    勇作「兄様、今帰りましたよ。随分遅くなってしまって……あっ!」

    尾形「!」

    勇作「あいたた……。はは、私も粗忽者ですねえ。家の床で転んでしまうなんて……」

    尾形「……こ……」

    勇作「こ?」

  • 33あんこうなべ22/06/09(木) 21:17:57

    尾形「こ……こっ……こけ……」

    勇作「ニワトリ?」

    尾形「こけてしまったんですか勇作さん!お腹は、お腹は強く打ってませんか!?」

    勇作「だ、大丈夫ですよ兄様!そんな騒ぐようなことじゃありません。軽くつまづいただけですし……」

    尾形「ハア……。寿命が縮むかと思いましたよ。どうか気を付けてください」

    勇作(兄様は、今では随分と私に過保護になってしまわれています)

  • 34二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 21:23:52

    ヒッ…お腹……

  • 35あんこうなべ22/06/09(木) 21:24:47

    尾形「今日は、どこに行っておられたんですか?」

    勇作「ああ、久しぶりに叔父上と食事に行ってきたのですよ。老舗の料理店で……。いつか兄様とご一緒したいです」

    尾形「叔父……?薩摩の方でしたっけ。一体どういう御用でわざわざここまで来たんです?」

    勇作「あ、ああその……。戦争から戻ってきた後、まだ会えていなかったから遅くなってしまったが祝いたいと仰ってくださったのです」

    尾形「……そうですか」

  • 36あんこうなべ22/06/09(木) 21:34:24

    尾形(……勇作さんの反応を見るに、嘘だろうなあ……。一体朝早くからほぼ日暮れまで、何を話していたんだろうか)

    勇作「そうだ、兄様。お土産と言えるほどのものではありませんが、これを」

    ガサガサ……

    尾形「?」

    勇作「『回転活動画』というものです!ここをクルクル回すと、絵が動いて見えるでしょう?ほら!」

    尾形「……勇作さん。これ確か、子供向けのおもちゃでは……」

    勇作「えっ」

  • 37あんこうなべ22/06/09(木) 21:39:24

    勇作「そ、そうだったのですか?随分凝ったものなので、てっきり流行りの工芸品かと……」

    尾形「ふふっ……。まあ確かに面白い仕掛けですよね。筒を回転させると隙間から絵が見えて、動いてるように見えるというのは」

    勇作「ええ。私が子供の頃は、こんな玩具ができるだなんて想像もしませんでした。……戦争が終わってから、恐ろしいような速さで世の中が変わっていきますね」

  • 38あんこうなべ22/06/09(木) 21:42:39

    尾形「……なら、本当に変わり切ってしまう前にまた2人で出かけたいものですね」

    勇作「! ええ、勿論です、兄様!」

    尾形「…………」

  • 39あんこうなべ22/06/09(木) 21:48:10

    幸吉「あ、お帰りなさいませ勇作様。お迎えに上がれませんで……」

    勇作「ああ、毎日ご苦労だね。また兄様のお世話をよろしく頼むよ」

    幸吉「はい!」


    幸吉(勇作様はあんなに良い方なのにあの百之助って人はなんでああも捻くれてるんだか……)

  • 40あんこうなべ22/06/09(木) 21:54:00

    幸吉「百之助さん、ちょっとお部屋を掃除させてもらいますよー」

    尾形「おい、幸吉」

    幸吉「え、はい」

    尾形「……お前が触ろうとしてる文机、中の引き出しの裏に金を隠してある」

    幸吉「へっ」

    尾形「そこから1円やるから、頼まれて欲しいことがある」

  • 41あんこうなべ22/06/09(木) 22:03:40

    幸吉「な、なんです急に」

    尾形「俺はこの通りここから出られない。だから、俺の代わりに近所の舶来館へ明日でも行ってきて、万華鏡を買ってきて欲しい。代金は俺が立て替えてやるから」

    幸吉「万華鏡?」

    尾形「……勇作さんは随分お疲れのように見えた。あの人は禁欲的過ぎる。ほんの少しでも気晴らしがある方がいいだろう。できるだけ凝った奴を買ってこい」

    幸吉「……」

  • 42あんこうなべ22/06/09(木) 22:07:37

    幸吉「そういうことでしたら、小遣いなんていりませんよ。俺も勇作様には優しくしていただいていますし、喜んでいただけるんならなんだって致しますよ!」

    尾形「………お前、人が好いな」

    幸吉「へへっ、それほどでも……」

    尾形「出世しねえぞ」

    幸吉「……あなたは人が悪すぎていつか背中から刺されそうですね」

  • 43あんこうなべ22/06/09(木) 22:14:12

    幸吉(あの人、口の悪ささえ無けりゃもうちょっと付き合いやすい人だと思うんだがなあ……)

    幸吉(お疲れのように見えた、か)



    幸吉(あんな奴早く脳病院に入れてしまえと御父上どころか親戚までしゃしゃり出てきてほぼ毎日催促してきて、勇作様お一人でそれに抗ってるなんて本人の前じゃ言えんしなあ……)

  • 44あんこうなべ22/06/09(木) 22:30:40

    ~後日~

    勇作「おはようございます、兄様。おや、それは……」

    尾形「万華鏡です。近頃は随分豪華なものに成ってきているようですね。…幸吉が買ってきてくれたのですよ」

    勇作「え……どうしてそんな」

    尾形「……勇作さんは、幼い頃からすぐ大人のように勉学に励んでいらっしゃったのでしょう。ですからこういうおもちゃもほぼ触れないままでこられたのではないかと思って……。却ってご迷惑でしたか」

    勇作「まさか! とっても嬉しいです、兄様!」

    尾形「ならよかった」

    勇作(……とってもお優しい兄様)

    勇作(貴方は決して、狂人などではないはずです……私がきっと、お守りいたしますからね)

  • 45二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 22:32:04

    アニサマハヤサシイナー

  • 46あんこうなべ22/06/09(木) 22:34:55

    (本日の更新は一旦ここまでとさせていただきます)

    (読んでいただいてありがとうございます!よろしければ保守お願いします)

  • 47二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 22:39:36

    面白かった〜!
    兄様の勇作さん以外への口の悪さが尾形だな〜感あってとても良いな
    買い物にも出られないっていう状況なのがなんとも切ない(けど出ちゃダメ)
    お互いへの兄弟愛は本当に本物なのになあ…っていうのがほのぼのしつつ仄かに悲しいし、あと脳病院に入れろ派の幸次郎はやはり幸次郎

  • 48二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 22:43:46

    勇作殿の気慰めに万華鏡買ってあげるのちゃんと優しい兄なのに過度にお腹を心配したりとかの正気じゃない優しさもあってウワーッてなる

  • 49二次元好きの匿名さん22/06/09(木) 22:47:52

    振る舞いは兄としても夫としても間違いではないんだよな…弟が妻で妊婦なのがおかしいだけで(スリーアウト)

  • 50二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 07:26:44

    保守
    ちょっと危ういところもあるけど…本当は優しい人なんです…信じてください!する勇作さんが見える見える…(なお本人は十月十日で腹かっ捌く準備万端なもよう)

  • 51二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 12:59:14

    保守

  • 52あんこうなべ22/06/10(金) 20:11:54

    (書こうとした途端にサーバーが落ちてパニックになりました)

    (今から再開します!)

  • 53二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 20:12:17

    保守
    新聞から仕入れた小噺を披露する尾形(CV津田)いいなぁ 幸吉うらやましいぞ

  • 54あんこうなべ22/06/10(金) 20:18:19

    勇作(兄様がまるで獲物を狙う猫のような姿勢で部屋の隅にいらっしゃいます)

    勇作「兄様?どうなさったのですか?」

    尾形「蝶が迷い込んできたんですよ。ほら、あそこに居ます」

    勇作「おや、本当ですね」

  • 55あんこうなべ22/06/10(金) 20:23:26

    勇作(兄様がふよふよなさっておられます)

  • 56あんこうなべ22/06/10(金) 20:27:56

    (しばらく追いかけていたが、とうとう蝶の前で指をくるくる回しだした尾形)

    勇作「兄様、それはトンボの捕まえ方かと……」

    尾形「…全然駄目ですね。子供の頃は蝶も捕まえれたんだが」

    勇作「ふふ、兄様にもそんな頃がお有りだったのですね」

    尾形「まあ、田舎の子供の遊びなんてそのくらいですから」

  • 57あんこうなべ22/06/10(金) 20:35:30

    勇作「……おや」

    尾形「勇作さんの指に止まりましたね」

    勇作「こんなこともあるんですねえ。蝶なんて、一度も捕まえられた試しがなかったのですが」

    尾形「勇作さんが花に見えたのではないですか」

    勇作「ふふっ、まさか」

  • 58あんこうなべ22/06/10(金) 20:40:54

    尾形「蝉なら紐をかけて遊べるんですが、蝶は柔らかすぎて無理ですな」

    勇作「紐?」

    尾形「蝉を捕まえたら、体に紐を巻きつけるんです。紐の端を持ったら、しばらく飛んで行こうとする蝉を引っ張って遊ぶんですよ」

    勇作「それは……。ちょっと可哀想ですね。この蝶は帰してやりましょう」

    (小窓を少し開けて、蝶を出してやる勇作さん)

  • 59あんこうなべ22/06/10(金) 20:55:07

    勇作「今日は、炊き込みご飯とお味噌汁ですよ」

    尾形「ありがとうございます。…あ。…………」

    勇作「? どうなさいましたか、兄様。ご飯をじっと見つめて」

    尾形「…飯の中に小さな茶色い物が入ってるんですが、ひょっとしてこれ」

    勇作「ああ、しいたけですね。味がよく染みていて美味しいですよ」

    尾形「…………」

  • 60あんこうなべ22/06/10(金) 21:00:12

    (箸で細かく刻まれたしいたけを器用に避けていく尾形)

    勇作「兄様、あんまり好き嫌いをなさってはいけませんよ」

    尾形「……ご存知ですか、勇作さん。きのこというのは菌だそうですよ」

    勇作「ええ、学校で聞いたことがあります」

    尾形「菌をわざわざ口に入れるなど正気の沙汰ではない」

    勇作「もう、兄様………」

  • 61あんこうなべ22/06/10(金) 21:08:09

    勇作「……兄様、どうしても食べられませんか」

    尾形「……」

    勇作「無理にとは言いませんが、残念です。……炊き込みご飯の作り方を教えてもらいながら作ったので、味は間違いないはずなんですが」

    尾形「えっ」

    勇作「はい。このご飯は私が炊いたのです」

    尾形「……なんであなたが厨房に」

    勇作「中国では、一番の薬はその家族が作った料理だと言ったそうです。……兄様が早くここから出られるようになれたらいいと思って……。父上が居ないときに教えてもらったのですよ」

    尾形「……………」

  • 62あんこうなべ22/06/10(金) 21:13:17

    (ゆっくりとしいたけと一緒にご飯を食べ始める尾形)

    尾形「ヴエッ」

    勇作「まあ兄様、面白いお顔」

    尾形「……貴方も段々いい性格になってきましたね」

    勇作「ええ、兄様のおかげです。ふふふ」

  • 63あんこうなべ22/06/10(金) 21:19:58

    尾形「まったく……。ご馳走様でした」

    勇作「はい。……あっ!」

    尾形「?」

    勇作「嬉しいです、兄様。お米粒一つ残さず食べてくださるなんて」

    尾形「はあ……。残すわけにもいかんでしょう。貴方が作ってくれたのに」

    勇作(無言でニコニコと嬉しそうに空になったお椀を見つめている)

  • 64あんこうなべ22/06/10(金) 21:42:28

    勇作「あっ、忘れてしまうところでした。兄様、今日はお医者様が来られる日ですよ」

    尾形「………あの藪医者ですか」

    勇作「兄様。あの方は帝国大学で心理学を研究しておられる名医ですよ。あまり毛嫌いなさらないで」

    尾形「分かっています。貴方のために、大人しく診察されておきますよ。ただ……」

    勇作「?」

    尾形「あの医者が帰ったら、できるだけすぐ会いに来てください。あの医者が来ると、いつも不安になる」

    勇作「?……ええ。分かりました。できる限りそう致しますね」

  • 65あんこうなべ22/06/10(金) 21:48:39

    尾形(帝国大学の名医、ねえ……)

    尾形(大方寄越したのは父上だろう。俺の様子を逐一報告させるために)

    尾形(それにあいつの持ってくる『薬』……。あれが気に入らねえ。あれを飲むと、必ず悪い夢を見る)

    尾形(鎮静剤と言っているが、どんな薬なのやら……)

  • 66あんこうなべ22/06/10(金) 21:51:52

    (短めですが、本日はここまでです)

    (明日は不穏成分が比重重めになる予定です。……あまりコメディ要素が無いような気が自分でもしています)

    (読んでいただいてありがとうございます!保守して頂けたら嬉しいです)

  • 67二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 22:09:28

    あんこうなべ氏 以前もSS投下時にサーバー落ちして大変でしたよねお疲れ様です
    蝶捕まえようとふよふよする兄様とか炊き込みご飯のやりとりとか凄く和む

    和む日常の中に『医者』『薬』ってこの環境が普通ではないことを思い出させるワード出てくるの情緒が大変なことに
    「一番の薬はその家族が作った料理だと言ったそうです。……兄様が早くここから出られるようになれたらいいと思って……」
    って勇作さんの台詞に愛情を感じて、そして尾形はこんなに落ち着いて見えても狂っているんだなあとも…
    明日の不穏成分もめちゃくちゃ楽しみにしてます!

  • 68二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 22:14:55

    ほのぼのと不穏のバランス感覚が本当に素晴らしい…楽しみにしてます!

  • 69二次元好きの匿名さん22/06/10(金) 22:21:31

    「……ご存知ですか、勇作さん。きのこというのは菌だそうですよ」「はあ……。残すわけにもいかんでしょう。貴方が作ってくれたのに」
    ここら辺の言い回しめっちゃ尾形っぽくて好き
    不穏だけど穏やかで親密な空気だ 不穏だけど…

  • 70二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 00:10:19

    陽だまりと薄暗がりを行ったり来たりしてる感じ好き

  • 71二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 03:17:59

    保守

  • 72二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 09:23:56

  • 73あんこうなべ22/06/11(土) 12:36:35

    医者「こんにちは、百之助さん。お元気そうで何よりです」

    尾形「座敷牢に閉じ込められてる人間を捕まえて『お元気そう』とは恐れ入りますね」

    医者「ハハハ、そうやってよく舌が回るところを見てもお元気なのは間違いない……真面目な話、顔色は却ってここに来る前より良くなっておられる」

    尾形「……勇作さんが随分親切に面倒を見てくださるおかげでね。そうでなければ、今頃座敷牢で干からびて死んでいましょう」

  • 74あんこうなべ22/06/11(土) 12:40:25

    医者「勇作さんにはさっきお会いしました。いつお会いしても快く迎えてくださいます。いい人ですな、あの人は」

    尾形「ええ。俺には勿体ないほど、よく出来た人です」

    医者「『兄』と名乗るのが憚られるほど、ですか」

    尾形「…………何が言いたい」

  • 75あんこうなべ22/06/11(土) 12:45:16

    医者「いいえ、何も。私が話したいのではなく、貴方のお考えを聞きたいのです。それが私の仕事ですから」

    尾形「今更何を?もうお互いに飽き飽きするほど話したはずです」

    医者「随分のらりくらり躱されたことを除けば、貴方はまだ何も教えては下さっていませんよ。……わたしの目から見て、貴方は目に余るほどに自罰的だ。一体何が貴方をそこまで恥入らせるのです」

  • 76あんこうなべ22/06/11(土) 12:57:10

    尾形「………先生は随分ご博識でいらっしゃると聞きました。なら、アンナ・エンメリックという独逸の女性の話をご存知ですか」

    医者「アンナ・エンメリック……。神の奇跡をその身に受けたという、修道女の話ですか。確かもう随分前に亡くなられているそうですが」

    尾形「ええ。彼女は幼い頃から自分は聖母マリアにお会いしたと言って憚らなかったそうです。信仰深く、長じてからは自ら修道女となった。……しかし、教会では随分疎んじられた。彼女が神を目にしたと公言するのが、鼻についたのでしょう」

  • 77あんこうなべ22/06/11(土) 13:01:00

    尾形「そんな苦しい暮らしを続けて数年後、彼女の額にくっきりと傷が浮かんだそうです。まるで、救い主が最期に被せられた、茨の冠の形を模したような傷跡が」

    医者「……それも、現代ならば心の問題として話すことができます。彼女はずっと自分の苦しみを神の受難になぞらえて考えていたのでしょう。人は熱湯だと思いこめば、氷水でさえ火傷になるのです」

    尾形「なら、その傷から毎日血が湧き出し、膿もしなかったという事実はどう説明をつけます」

  • 78二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 17:03:55

    知的な会話好きだ…
    あと『兄と名乗れない』『自罰的』とか尾形の心理に踏み込んでくるのドキドキする

  • 79あんこうなべ22/06/11(土) 17:10:07

    医者「……」

    尾形「まあ、この話もいずれは、先生のような偉い医者が医学で説明をつけてしまうのでしょう」

    尾形「しかし思うのです。先生方はこれを奇跡などではないと言う。それでも俺はこれを狂気だとも思わない。なぜこの哀れな女性に聖痕が表れたか、俺には分かりますよ」

    尾形「この女性が、それにしか救いを見出せなかったからです」

  • 80あんこうなべ22/06/11(土) 17:16:01

    尾形「人には馬鹿にされ、貧しい暮らしの中ひたすら神に祈るだけの毎日の中、もしこの聖痕さえ彼女の額に表れなかったとすれば、それこそこの人は狂い死にしていたはずだ」

    尾形「彼女はいっそ、満たされないままならせめて名誉だけでもほしいと血を吐くような思いで願ったはずです。イエスの如く世の中の受難を耐えたのだと思えば、人に何と言われようと耐えられるから」

  • 81あんこうなべ22/06/11(土) 18:18:32

    医者「……では、貴方が勇作さんを誘拐し、『母』を産ませようとしたのは、貴方がそれにしか『救い』を見出せなかったからだと?」

    尾形「………」

    医者「貴方は一番最初に私に会ったとき、こう仰っていましたね。俺は祝福されたことなど一度もない、と。産まれ直した母に祝福されなければ、彼の兄にはなれないのだと」

    尾形「………」

    医者「本当にそれにしか、貴方の救いはないのですか」

  • 82あんこうなべ22/06/11(土) 20:23:17

    医者「一度は自分を誘拐しようとした兄をそれでも許し、今心からの献身と愛を捧げる勇作さんを、そのまま受け入れることができないのは何故ですか」

    尾形「……あなたには決して、分かりますまい」

  • 83あんこうなべ22/06/11(土) 20:49:33

    尾形「考えてみれば……俺たちはみんな幽霊ですよ、先生」

    医者「幽霊?」

    尾形「俺たちの中にあるのは、親から受け継いだ血ばかりじゃない。あらゆる種類の希望や執念。それはもう死んでいるはずなのに、俺たちの中に確かにある。どうしても追い出せない」

    医者「……百之助さん」

  • 84あんこうなべ22/06/11(土) 20:53:57

    尾形「勇作さんの優しい目を見るごとに、温かい声を聞くごとに、俺の目の前におっ母が見えるんです」

    尾形「もう聞いたでしょう。俺の母は狂って死にました。あのいじらしい愛を狂気と呼ぶのならね」

    尾形「勇作さんに報いたいと思うたびに、遂に何一つ報いのなかった母を思い出すんです」

    尾形「こんな俺、俺、が、なんで勇作さんを愛せるんですか。狂った愛しか知らない俺が」

    医者「百之助さん!」

  • 85あんこうなべ22/06/11(土) 20:58:38

    尾形(ビクリと体を震わせ、正気に戻ったようにだまりこむ)

    医者「今日はここまでにしましょう。興奮させすぎてしまいました。申し訳ない」

    尾形「………」

    医者「今日も、薬を処方していきますよ。昼食の後に飲んでくださいね」

    尾形「……あれは、どうしても飲まなければいけませんか」

  • 86あんこうなべ22/06/11(土) 21:03:36

    医者「ええ。でなければ快方に向かうこともありませんから」

    尾形「酷い味だ。それに必ず悪夢にうなされる羽目になるんです」

    医者「はは、酷い味だというのは、私が特別に煎じた漢方だからでしょうな」

    医者「今出回っている鎮静剤は、大抵はモルヒネ。しかし言い換えれば阿片ですよ。私はあれは大嫌いです。結局薬になりはしない」

  • 87あんこうなべ22/06/11(土) 21:10:25

    医者「しかし、ひどい夢を見る効果などはありませんよ。あれは、よく睡眠を取れるようにするための薬です。もしもそれで悪夢を見たというのなら」

    医者「それは、貴方の心が見せているのです」

    尾形「……」

    医者「貴方は、自分は死者に囚われていると言っていましたね。しかし、このことは忘れてはいけませんよ」

    医者「勇作さんは、生きた『貴方』を見ています。そして、貴方は確かにここに生きているのです」

  • 88あんこうなべ22/06/11(土) 21:14:18

    _________

    「おっ母、今日は鳥を3羽も獲ってきたよ」

    「………」

    「ほら、金木犀の匂いがここまでしてくる。近所のが咲き始めたんだ」

    「………」

    「おっ母」

    「なんで、黙って出て行ってしまうの」

    「!ごめんなさい、おっか」

  • 89あんこうなべ22/06/11(土) 21:15:48

    「酷いわ、幸次郎さん」

    「………………」

    「おっ母」





    「俺を、見ろよ」

  • 90あんこうなべ22/06/11(土) 21:19:30

    「…………ま」

    「…に……さま」


    「兄様!」


    尾形「!」

  • 91あんこうなべ22/06/11(土) 21:22:43

    勇作「大丈夫でしたか、兄様。随分とうなされておられましたが」

    尾形「……ぁ…。ゆう、さくさん」

    勇作「はい」

    尾形「あの医者は」

    勇作「もう帰られましたよ。私が来た頃にはもう、兄様は寝ておられました」

    尾形「……あの年寄りの薬のせいです」

  • 92あんこうなべ22/06/11(土) 21:31:57

    尾形(……勇作さん、手を握ってくださっていたのか)

    尾形(貴方は、こんなにも真っ直ぐに俺を見てくれている)

    尾形(でも俺は、貴方の目をずっと見れないままだ)

    尾形(おっ母の顔が、偶に貴方の顔に重なるんです)

    尾形(どうしてお前なんかが愛されているんだと、おっ母の目が訴える。そんなこと、一度だってあの人は言わなかったのに)

    尾形(俺の心が、それを見せているのか。なら、俺の見ているものは、どこまでが『本当』なんだ)

    尾形(……それでも、この言葉だけは)

  • 93二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 21:36:04

    このレスは削除されています

  • 94あんこうなべ22/06/11(土) 21:37:13

    尾形「勇作さん」

    勇作「はい」

    尾形「まだもう少し、手を握っていてください」

    勇作「ええ。もちろん」



    尾形(この言葉は、俺が勇作さんに掛ける言葉だけは、少なくとも『俺』のものなんだ)

  • 95あんこうなべ22/06/11(土) 21:42:22

    (今日の更新は一旦ここまでです)

    (なんか長いし暗いし、尾形の狂気を書きたいがために混乱してきた気が……)

    (次の更新分では、もう少し尾形の狂気に詳しく踏み込む予定です。つまり不穏成分延長戦です)

    (読んでいただきありがとうございます!いつもコメントが励みになります。保守していただけたら嬉しいです)

  • 96二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 21:51:39

    お疲れ様ですわあい不穏で情緒グラグラですわ…
    これは囚人尾形の世界線好きすぎるのファンアートです

  • 97あんこうなべ22/06/11(土) 22:06:57

    >>96

    ウワーーーッ!?


    ありがとうございます!!いいんですかこんな美しい絵を頂いてしまって……。


    嬉しすぎます。クライマックスまで頑張ります!見届けていただけたら幸いです

  • 98二次元好きの匿名さん22/06/11(土) 23:11:10

    >>95

    ウワーッ切ない!!!

    お医者さん凄くちゃんと診てくれている…

    尾形の「あのいじらしい愛を狂気と呼ぶのならね」って言葉が母への愛を感じて好きな台詞

    手を握り合う兄弟の間に本当にちゃんと愛はあるのにどうして…ってなるのが堪らない

    囚人尾形の狂気を掘り下げるの本当に好きだ…次回もっと踏み込むのめちゃくちゃ楽しみ


    >>96

    ウワーッ凄い!!!

    鬱くしいって言葉が浮かぶ…最高…

  • 99二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 07:23:02

    保守🦋𓈒𓂂𓏸

  • 100二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 11:18:51

    保守

  • 101二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 16:52:00

  • 102あんこうなべ22/06/12(日) 18:05:42

    勇作「おはようございます、兄様。お加減はどうですか」

    尾形「……おはようございます。勇作さん。今日はちょっと、頭が痛いです。騒ぐほどではありませんが」

    勇作「えっ、大丈夫ですか、兄様?……困りましたね、今日はお側で看病ができないのです」

    尾形「……何故です」

  • 103あんこうなべ22/06/12(日) 18:10:11

    勇作「今日は昨日のお医者様に会う予定を入れていたのです。……もし酷いようでしたら、今日の予定を断っても」

    尾形「いえ、それほどではありません。行ってきてください。貴方に迷惑ばかりかけるのは俺も嫌だ」

    勇作「……分かりました。では、幸吉にお世話を任せます。済みません、兄様」

    尾形「……勇作さん」

    勇作「はい」

    尾形「……早く、帰ってきてくださいね」

    勇作「はい!」

  • 104あんこうなべ22/06/12(日) 18:23:38

    大学の研究室にて

    医者「やあ勇作さん、ご足労かけまして申し訳ない。さあ、汚い部屋ですが、お掛けください」

    勇作「ありがとうございます」

    医者「さて、早速ですが、あなたの兄上、百之助さんはあれ以来どういったご様子でしょう」

    勇作「随分落ち着いておられます。私には優しく接してくれていますし、使用人に対しても、冗談を仰っているようです。ただ、今朝は少し頭が痛いと」

    医者「ふむ……」

  • 105あんこうなべ22/06/12(日) 18:31:45

    医者「では、あの『事件』以来、一度も貴方に対して暴力性は向けていない?」

    勇作「ええ、一度も」

    医者「それを聞いて安心しました」

    勇作「……先生、私はこうした学問については、ほとんど何も知りません。教えていただけませんか、先生の目から見て、兄様は、何に苦しんでいらっしゃるのですか」

  • 106二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 18:48:41

    医者「……どうしても、こういった話は仮説として話すしかないのですが、私の見立てでは、彼の苦しみの根本には、『母親』がいるのだと考えています」

    勇作「兄様の、母君……」

  • 107あんこうなべ22/06/12(日) 19:49:10

    医者「最初、ご相談を持ち掛けられた時は正直私は手に余ると思いました。実の弟を『聖母』に見立てて、そのうえで実の母を『産み直して』くれると信じているというのは、初めて聞く症例です」

    勇作「……」

    医者「しかし、実際にお会いした百之助さんは、かなり理知的な印象でした。偏っているとはいえ、キリスト教の知識も豊富だ。彼なりに真剣に学んだのでしょう。……だが、彼の行動原理は、異常なほどの自己嫌悪から生まれている。そこが問題なのです」

  • 108あんこうなべ22/06/12(日) 19:54:31

    医者「彼は、『祝福』という言葉で、家族の愛情を解釈しています。そして、自分は両親に祝福されなかった存在だ思い込んでいる。そして、その対極にいるのが勇作さん、貴方だと思っているのです」

    医者「往々にして、出自の差は人に妬みや憎しみを抱かせるものですが、彼は反対に、心から貴方を愛しているし、また、愛したいと願っているという印象を受けました」

    医者「……だからこそ、『祝福』されていない自分という呪縛が、彼を苦しめているのです」

    医者「彼の言葉を借りれば、世間で言われる『救い』に縋るしかない、と。彼は、キリスト教の言う奇跡を『命がけで抱く祈りこそが引き起こすもの』だと考えているようなのです」

  • 109あんこうなべ22/06/12(日) 20:04:49

    医者「彼は、あなたと普通の兄弟のように愛し合うということは、奇跡が起こらなければ叶わないという妄想に囚われているのですよ」

    勇作「……そんな」

    医者「さらにまた、彼は自分の母を恨むことも、憎むこともできないのです。寧ろ、自分が愛されることが、母への裏切りだと考えている節さえある」

    医者「彼は、『幽霊』という言葉で自分の苦しみを説明していました。死んだ母親の苦しみが、そのまま自分の中に息づいていると。愛されなかった母親の姿が、それこそ幽霊のように、彼の前から離れないのです」

  • 110あんこうなべ22/06/12(日) 20:10:05

    勇作「…………」

    医者「貴方にとっては、嫌な話ばかりだったでしょうが、どうかご勘弁ください。貴方の父君を非難したいのではない。ただ、私は医者として、患者の置かれた環境をできる限り把握しておかねばならない義務がある」

    勇作「もちろん理解しております。先生を責めるつもりなど、毛頭ありません」

    勇作「……先生、私は……。私は、どうすればよいのですか」

  • 111あんこうなべ22/06/12(日) 20:16:46

    医者「特別なことは、何もありません。彼の『弟』であり続けてください。今彼を突き放してはいけない。しかし、彼に寄り添いすぎるのも危険なのです。どちらも、彼にとっては苦しみの種になる」

    医者「難しいことを言っているようですが、貴方が、『勇作さん』であることを貫き続けること。……これのみが、貴方ができることだと、私は考えております」


    勇作「私が、私であり続けること……」

    医者「ええ。もしも彼に救いがあるとすれば、もうそこにしかないのでしょうな」

  • 112あんこうなべ22/06/12(日) 20:27:14

    勇作「……先生、今日はありがとうございました」

    医者「ええ。どうぞ気を付けてお帰り下さい。……そして勇作さん、貴方にどうしても言っておかねばなりませんが…」

    勇作「?」

    医者「貴方が彼を兄として愛しているのであれば、弟として接するのと同時に、今の彼に向き合う覚悟をしておかねばなりません」

    医者「彼は、今は正気と呼べる状態ではないのです。彼を、人殺しにさせないためにも、そのことをくれぐれも忘れてはなりませんよ」

  • 113あんこうなべ22/06/12(日) 20:30:39

    花沢家

    幸吉「帰って来ませんねー。勇作様」

    尾形「…………」

    幸吉「あの方がいないとなんかこう、この屋敷の火が消えたみたいになるんですよ~」

    尾形「…………」

    幸吉「…でも貴方の寂しがりも相当ですね。そんなに部屋の隅で丸くなるくらいですか?」

    尾形「やかましい」

    幸吉(今日はいつも以上に機嫌が悪いなあ)

  • 114あんこうなべ22/06/12(日) 20:36:06

    幸吉「まあ、きっともうすぐ帰ってこられますってー」

    尾形「………」

    幸吉「弱ったな…。いつもみたいにポンポン憎まれ口叩いてくれなきゃ調子が狂うじゃないですか」

    尾形「……」

    幸吉「…ちょっと待ってくださいよ。いつも袂に入れてあるんです」

    ガサゴソ

  • 115あんこうなべ22/06/12(日) 20:40:05

    幸吉「あった!百之助さーん、見てくださいこれ。俺の親父の写真なんです」

    尾形「………」

    幸吉「ひゃーくーのーすーけーさーん!」

    尾形(しぶしぶといった様子で写真を受け取る)

    尾形(ちょっと見つめる)

    尾形「……プッ」

    幸吉「ほーら。誰に見せても百発百中で笑うんです。まったくもう、何がそんなに面白いんですかね」

  • 116あんこうなべ22/06/12(日) 20:46:29

    尾形「……人ってよりアンコウって顔だな。お前の親父さん」

    幸吉「よくそこまでボロカスに言えますね。会ったことない俺の父親を」

    幸吉「……まあね。実際ウチの親父は器量も悪いし、しがない百姓で、とてもこのお屋敷の幸次郎さんとは比べ物になるような人間じゃありません」

    幸吉「でもね。それでも俺の親父ですよ」

  • 117あんこうなべ22/06/12(日) 20:51:19

    幸吉「今の世の中の人たちは、家族は立派なものでなきゃ駄目だ、って思い込みすぎてるような気がします」

    幸吉「別にいいじゃないですか。ちょっとくらい見栄えがよくなくったって。取り合えず一緒に居て、笑ったり喧嘩したり……それで十分立派な『家族』でしょ」

    尾形「…………」

  • 118あんこうなべ22/06/12(日) 20:57:04

    幸吉「……あっ!玄関先の方が賑やかになってますね。勇作さんが帰って来たんじゃないですか?」

    尾形「!」

    幸吉「あ、ほらやっぱり」

    幸吉「勇作様、お帰りなさいませ!」


    勇作「ああ、ただいま。兄様、戻りましたよ」

  • 119あんこうなべ22/06/12(日) 20:59:23

    尾形「……お帰りなさい、勇作さん」

    幸吉「アハハ、百之助さん、勇作様が居ないからベソかきそうになってたんですよ~。…じゃ、俺は失礼いたしまーす!」

    尾形(無言で幸吉の方を睨む)

    幸吉「ははは、いつもありがとう。幸吉」

  • 120あんこうなべ22/06/12(日) 21:02:09

    勇作「済みません、ちょっと話し込んでしまって。遅くなりました」

    尾形「一体、あの医者に何を吹き込まれていたんですか」

    勇作「吹き込むだなんて……。兄様はもうすっかり落ち着いていると、私はちゃんとお伝えしましたよ。先生も、兄様のことをよく考えてくださっています」

    尾形「………」

  • 121あんこうなべ22/06/12(日) 21:06:25

    勇作「……兄様?まだ。お加減が悪いのですか?」

    尾形「…勇作さん、頭が痛いせいか、今朝は変な夢を見たんです」

    勇作「夢を?」

    尾形「ええ。子供のころの夢。…あれは、俺の子供の頃の思い出でしょうか」

  • 122あんこうなべ22/06/12(日) 21:10:11

    尾形「夢の中で俺は、村の子供たちと一緒になって遊んでいるんです。そんな記憶はないんですが、そんなこともあったんでしょうか……。田舎の子供ですから、みんな泥だらけになるまで外で走ったり転がったりします。朝からずっと……」

    尾形「でも、日が傾きだすと、家から親たちが出てきて、めいめい自分の子供の名前を呼び出すんです。そうすると、さっきまで大騒ぎして遊んでた子供がみんな、夢から覚めたみたいに帰って行く」

    尾形「それで、俺だけが呼ばれない」

  • 123あんこうなべ22/06/12(日) 21:15:27

    勇作「……兄様」

    尾形「夢は『深層心理』だとか変に難しい言葉で言っていましたっけ。……なら俺は、おっ母にそんなにも呼んで欲しかったのか」

    尾形「俺は、こう思っています。……家というのは、単純に住む場所のことじゃない。自分が帰ってきてもいいのだと、そう信じられる場所なんだって」

    尾形「俺には、家が分からない。そんな場所、俺には無かったから」

    勇作「兄様……!」

  • 124あんこうなべ22/06/12(日) 21:22:51

    尾形「それでも、それでも俺は……。俺は、貴方の家族になりたいんです。あなたの『家』でありたいんです」

    尾形「貴方の兄として、寄る辺になりたいとずっと願っているのに……。こんな……」

    勇作「兄様、もう何も仰らないで。きっとお疲れなのですよ」

    勇作(格子越しに、強く尾形の手を握る)

    勇作「兄様、私はずっと兄様を頼りにしております。貴方が、たった一人の私の兄様ではありませんか。私は兄様を恥じたことなどたったの一度もありません。ずっと、ずっと、兄様は私の誇りで、よすがなのです」

    尾形「………」

    勇作「私の言葉が、嘘に聞こえますか?」

    尾形(無言で、微かに首を横に振る)

  • 125あんこうなべ22/06/12(日) 21:26:20

    尾形(ゆっくりと、勇作の手を握り返す)

    尾形「……やっと、頭の痛みが消えました。貴方のおかげで」

    尾形「申し訳ありません。みっともない姿ばかり見せて」

    勇作「何を仰っているのですか。私たちは、兄弟ですよ。みっともない姿を見せないでどうします」

    尾形「……ハハッ」

    尾形(…俺でも、俺なんかでも、赦されるのかなあ)

    尾形「ありがとう、勇作さん」

  • 126あんこうなべ22/06/12(日) 21:31:36

    (本日はここまでです。コメディは詐欺だったかなと思っています)

    (次回から、クライマックスに向けて進んで行く予定です)

    (いつもコメントありがとうございます!とうとう絵まで頂き、舞い上がりました。もう少しお付き合いいただけたら嬉しいです)

    (よろしければ保守お願いします!)

  • 127二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 21:34:39

    お疲れ様です
    救われてくれ…ええんや…勇作さんとなら何とかなる…と信じたい

  • 128二次元好きの匿名さん22/06/12(日) 23:00:17

    乙です!
    赦される…赦されるよ…自分で自分を赦してやれ…
    兄弟愛の深さと現状の切なさが知的な文章で綴られてて凄いな…

    「今の彼に向き合う覚悟をしておかねばなりません」
    「彼は、今は正気と呼べる状態ではないのです。彼を、人殺しにさせないためにも、そのことをくれぐれも忘れてはなりませんよ」
    医者の台詞が怖い…でもいくら穏やかに見えても狂気に囚われているってことはそういうことなんだよな
    その狂気が再び表に出てきたときにどう向き合うか…

  • 129あんこうなべ22/06/12(日) 23:44:56

    【一応補足】アンナ・エンメリックさんの逸話の詳細はここで見られます。


    アンナ・カタリナ・エンメリック - Wikipediaja.wikipedia.org

    この人の幻視が、映画『パッション』に取り上げられていたり、けっこう影響力の大きい方ですが、彼女の生涯を見ると、彼女の苦しみが彼女に聖痕を刻んだんじゃないかと思ってしまいます

  • 130二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 06:32:51

    自分を愛せないと他人も愛せなくなると言うしな…尾形の中には根深い自己否定があるけど救われてほしい

  • 131二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 11:55:48

    保守

  • 132二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 19:03:11

    尾形も真面目すぎるというか理屈っぽすぎるというか…難儀な性分だわなぁ

  • 133あんこうなべ22/06/13(月) 20:48:33

    尾形(……今日はやけに家の中がざわついてるな)

    尾形(それに勇作さんがまだ来られない。何かあったのか?)

    勇作「ふう……。ああ、兄様。そちらの部屋はは大丈夫ですか?」

  • 134あんこうなべ22/06/13(月) 20:54:19

    尾形「勇作さん。大丈夫、とは?それに、服が濡れているのは一体……」

    勇作「ああ、それが兄様。今日は朝から嵐のような天気なのですよ。風の音が家の中まで響いて……。使用人の部屋の屋根が雨漏りし始めているんです」

    尾形「ははあ、それでみんな騒いでいるのか」

    勇作「ええ。ですから私も屋根の修繕を手伝っていました。それで濡れてしまって…」

    尾形「なんでそんな……。嫡男がすることではないでしょう」

    勇作「皆さんにそう言われて止められたのですが、私だけ何もせずぼんやりしているのも、気が咎めて…」

  • 135あんこうなべ22/06/13(月) 20:56:59

    尾形「……貴方が屋根で足でも滑らせて、落ちたらどうするんですか。それこそ使用人の首が本当の意味で無くなりますよ」

    尾形「ご自分の立場をもう少し考えてください」

    勇作「……。済みません、兄様。私も考えが足りなかったでしょうか」

    尾形「……いえ。分かってくださったのならいいのです」

  • 136あんこうなべ22/06/13(月) 21:01:19

    勇作(兄様に叱られてしまった……。心配をお掛けしてしまって情けない。…でも、こうして兄弟らしく話せるのは嬉しい)

    尾形(勇作さんを叱ってしまった……。どうしよう、今まで喧嘩相手が宇佐美みたいな奴しか居らんかったから次になんと言えばいいか何も浮かばない……)

  • 137あんこうなべ22/06/13(月) 21:02:32

    勇作「………」

    尾形「………」

    勇作「………」

    尾形「………あの」

    勇作「は、はい」

  • 138あんこうなべ22/06/13(月) 21:06:11

    尾形「(手拭いを差し出しながら)水も滴るいい男になっておられますよ」

    勇作「は」

    尾形「そのままだと風邪を……貴方の丈夫さなら平気か。だが、そのままでいると屋敷の女中をみんな悩殺しかねませんから早くお拭きなさい」

    勇作「………」

    尾形「………」

    尾形(滑ったな……)

  • 139二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 21:09:13

    尾形が勇作殿の腹を心配してない…!?

  • 140あんこうなべ22/06/13(月) 21:10:10

    勇作「ふふっ……。あははっ」

    尾形「……済みませんね。このくらいしか咄嗟には言えません」

    勇作「びっくりしていたのですよ。……嬉しくって」

    尾形「……なら、良かった」

  • 141あんこうなべ22/06/13(月) 21:13:11

    勇作(先生にお会いしてから、数週間が経ちました)

    勇作(その頃から、時々塞いでいらっしゃる時もありましたが、今では一時期が嘘であったかのように落ち着いていらっしゃいます)

    勇作(先生のおかげでしょう。先生は、勇作さんの献身の賜物と仰ってくださいましたが)

  • 142あんこうなべ22/06/13(月) 21:15:39

    勇作(まだ慢心はできません、しかし、この状態が長く続くのであれば)

    勇作(兄様を、もう座敷牢に閉じ込めなくてもよいとお赦しが出ました)

    勇作(……早く、その日が来てほしい)

  • 143あんこうなべ22/06/13(月) 21:19:51

    勇作「ありがとうございます、兄様。手ぬぐいはこちらで洗ってからお返ししますね」

    尾形「ええ。これで罪のない女中の大量死が防げますね」

    勇作「兄様ったら」

    尾形「美男子から滴るのが水なら、幸吉みたいな顔のやつからは何が滴るんでしょう。醤油あたりですかね」

    勇作「兄様ったら………」

  • 144あんこうなべ22/06/13(月) 21:24:05

    尾形(……そんな大嵐だったのか。ここだとちっとも外の音がしないからまったく気付かんかったな)

    ピチャッ

    尾形(うん?)

    ピチャッ

    (尾形の額に雫が落ちる)

    尾形「………」

    尾形「参ったな……」

  • 145二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 22:07:40

    叱ったり冗談言えるようになったり兄弟してて微笑ましい
    「一時期が嘘であったかのように落ち着いて」って、『事件』当時や保護初期はかなり言動おかしかったんだろうな尾形…
    座敷牢から出られるかもしれないのは希望であり不穏さであり…

  • 146あんこうなべ22/06/13(月) 22:22:15

    幸吉「ひい〜。屋敷の中にいて濡れるって酷えなあ……」

    幸吉「……あれ、百之助さんがまた部屋の隅で丸くなってる」

    尾形「………」

    幸吉「どうしたんです百之助さん」

    尾形「……傘を寄越せ」

    幸吉「えっ、ここも雨漏りですか!?」

  • 147あんこうなべ22/06/13(月) 22:26:03

    幸吉「あ〜あ。どうしましょうかねえ。まさか病人を雨漏りする部屋にずっと置くわけにもいかない、けど………」

    (部屋から取ってきた傘を渡す)

    尾形「……」

    (無言で傘を広げる)

    幸吉(俺の独断でこの人を出すわけにもいかないしなあ……)

  • 148あんこうなべ22/06/13(月) 22:28:42

    勇作「ああ、幸吉。やっと屋根の応急処置ができたようだよ。これで安心して……。あれ、兄様?」

    幸吉「あ!よかった勇作様。実はここも雨漏りしてるらしいんですよ」

    勇作「えっ、そんな!」

    幸吉「その、俺は意見できませんが……。ほんの少しの間移動していただくってできないんでしょうかね」

  • 149あんこうなべ22/06/13(月) 22:32:59

    勇作「………」

    勇作(今の、兄様なら)

    勇作「幸吉、少しの間兄様と一緒に、離れの座敷にいてもらえないだろうか」

    幸吉「えっ」

    尾形「えっ」

  • 150あんこうなべ22/06/13(月) 22:46:52

    勇作「あそこはこの屋敷の中でも新しく付け足した部屋だから、雨漏りの心配はないだろうと思うんだ」

    幸吉「え、ええと。そりゃあ、そうして大丈夫ならそれが一番いいと俺も思うんですが。……なんで俺と百之助様が二人っきりなんで?」

    勇作「ああ。勿論私がお側にいるべきなのだけれど。私の口から父上に説明せねばならないからね」

    幸吉「あ、あ〜。成程……」

    幸吉(幸次郎様はきっと猛反対なさるだろうなあ。でも勇作様もこう見えて恐ろしく頑固な方だし。長丁場になりそう……)

  • 151二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 22:48:01

    さあどうなる…

  • 152あんこうなべ22/06/13(月) 22:50:29

    勇作「済まないね、お前には甘えてばかりで……。では、よろしく頼むよ」

    幸吉「は、はい!お任せください」


    幸吉「……ですってよ。百之助様」

    尾形「………」

    幸吉「そんな嫌そうな顔しなくったって……」

  • 153二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 22:51:03

    幸次郎と勇作さんの問答か…凄まじそうだけどすごく聞いてみたい……

  • 154あんこうなべ22/06/13(月) 22:54:50

    幸吉(そういう訳で、今俺と百之助様は離れの座敷にいる)

    幸吉(部屋自体は清潔だし、居心地はいい)

    幸吉(なんか妙にむっつりしてる百之助様が隣にいるということ以外は)

  • 155あんこうなべ22/06/13(月) 23:02:43

    幸吉「百之助様、よかったじゃないですか。もしかしたら今度のことでやっと座敷牢から出られるかもしれませんよ」

    尾形「……」

    幸吉「……ご心配なんですか?勇作様が」

    尾形「……」

    幸吉「まあ、お気持ちは分かりますけど……。今ここで心配してたって、なるようにしかなりませんよ」

    尾形「……分かってる」

  • 156あんこうなべ22/06/13(月) 23:07:43

    尾形(勇作さんは、俺のことを信じてくださっている)

    尾形(でも父上は、父上はどうだ。きっと俺を心から疎んでいる。……まあ、俺のしてきたことを考えれば当然だが)

    尾形(それ以上に、俺は)

    尾形(今の俺は、本当に、勇作さんと日の下に立てるのか)

  • 157あんこうなべ22/06/13(月) 23:17:05

    【数時間後】

    尾形「………」

    尾形(戻って、来られないな。勇作さん……)

    幸吉「ふご〜………。ふしゅるる……」

    尾形(それとなんでこんな呑気に寝られるんだこいつは)

  • 158あんこうなべ22/06/13(月) 23:21:56

    尾形(この部屋からなら……、父上の部屋は近い)

    尾形(使用人の詰め所も真反対にあるから見咎められることもない)

    尾形(………)

  • 159二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 23:23:23

    あっ…

  • 160あんこうなべ22/06/13(月) 23:26:02

    尾形(……間違いない、この部屋だ)

    尾形(灯りが漏れてる。やはりまだ話しておられるのか)

    尾形(もう少し、近づけるかな…)

    (ゆっくりと、足音を消しながら幸次郎の部屋に近づく)

  • 161あんこうなべ22/06/13(月) 23:30:29

    幸次郎「………にを………ことを」

    勇作「父上………てくださ……」

    幸次郎「黙れっ!!もう決めたことだ!あの医者がなんと言おうと、あいつはもうこれ以上屋敷においては置けぬ!」

    勇作「父上!!」

    幸次郎「儂は最初から言ってきた!あんな奴は」

    幸次郎「すぐに脳病院に入れてしまえと!」

  • 162二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 23:31:19

    ああ…

  • 163あんこうなべ22/06/13(月) 23:37:38

    幸次郎「だと言うのに、お前があまりにも懇願するから座敷牢に入れておくのを許してやったのだ。それをお前は、あの狂人と共にこの屋敷で暮らしていくと言うのか!?」

    勇作「兄様は狂人ではありません!!ただ、私達家族の看病を必要としておられるのです!」

    勇作「ご存知でしょう。先生が父上に直接、兄様は快方に向かっていると仰ってくださった!もう、兄様に私を傷つける気などはないのです!」

    勇作「なぜ、何故ですか。兄様は家族なのですよ。なぜ父上はそうまで酷く兄様を扱えるのですか!?」

  • 164あんこうなべ22/06/13(月) 23:42:47

    幸次郎「何故、だと?」

    幸次郎「お前こそ、まさか分からんとは言わせんぞ」

    幸次郎「仮にあやつが本当に正気に戻ったとしてもだ。世間はいきなり現れたお前の『兄』をどう思う?」

    幸次郎「必ず、ありとあらゆる噂がたつ。そうなれば、この家の面目は丸潰れだ」

  • 165あんこうなべ22/06/13(月) 23:46:16

    幸次郎「儂は我が身惜しさで言っているのではない。お前の為を考えるからこそだ」

    幸次郎「あいつがいる限り、あいつはお前の人生を食い潰す。そしてお前はずっとあいつの側にいようとするだろう」

    幸次郎「家の後継ぎの人生を、壊させるわけにはいかんのだ!」

  • 166あんこうなべ22/06/13(月) 23:47:50

    尾形「……………」


    尾形「…………父上」

  • 167あんこうなべ22/06/13(月) 23:51:18

    (本日はここまでにしたいと思います)

    (予定ではあと2回ぐらいで最終回になると考えています)

    (いつもコメントありがとうございます! もう少しお付き合いいただけたら嬉しいです)

    (よろしければ保守お願いします!)

  • 168二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 23:51:59

    わーーっっいい所で終わるなぁ!ドキドキしてしまう…今回も楽しかったです!!

  • 169二次元好きの匿名さん22/06/13(月) 23:58:06

    凄い…固唾を飲んで読んでました
    うわああ胸が痛い…
    父の言葉が『勇作さんの兄になりたい』って兄様の希望を完全に打ち砕いていて何かが割れる音が聞こえそうなくらい
    どんなエンドに向かっていくのか楽しみすぎる…

  • 170二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 06:53:30

    おわぁ…全否定の言葉…つらすぎる…
    いいとこで終わるなぁ!楽しみこわい!

  • 171二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 11:54:42

    おつです
    はーっ 幸次郎よ 死 ね !!

  • 172二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 12:38:39

    つらいけど時代を考えると幸次郎の言い分もわかる…

  • 173二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 18:34:35

    せっかく良くなりそうだったのに…でも軍人の家だしなぁもわかるし…つらいね…

  • 174あんこうなべ22/06/14(火) 21:00:14

    尾形(父上の、言うとおりだ)

    尾形(所詮芸者に手を付けてできた子供を家に迎え入れて、我が子として育てるなんて、お伽噺みたいなことになる訳ない)

    尾形(俺は、俺がいるだけで、勇作さんの名前に傷がつくのか)

  • 175あんこうなべ22/06/14(火) 21:01:14

    尾形(……………)




    尾形(ああ、雨が止んでいる………)

  • 176あんこうなべ22/06/14(火) 21:03:20

    幸吉「………ふぁ?」

    幸吉「あっ、しまった。いつの間にか寝ちゃってた」

    幸吉「もう雨は止みましたかねえ、百之助さん」


    幸吉「………百之助さん?」

  • 177あんこうなべ22/06/14(火) 21:08:25

    勇作(……もう外が暗くなってる)

    勇作(結局、父上を説得しきれなかった…)

    勇作(でも絶対に諦めるわけには行かない)

    勇作(やっとここまでこれたのだ、兄様のためにも、私が頑張らなくては……)

    幸吉「勇作様!勇作様ぁ!!」

  • 178あんこうなべ22/06/14(火) 21:10:07

    勇作「幸吉?一体どうしたんだい、血相を変えて……」

    幸吉「ひ、百之助さんが、百之助さんが……」

    幸吉「お屋敷のどこにもいないんです!」


    勇作「……………!」

  • 179あんこうなべ22/06/14(火) 21:16:04

    ??「……何を傷ついた顔をしているんだ。分かりきったことじゃねえか」

    ??「こんなママゴトに現を抜かして、挙げ句に父親に病院と言えば聞こえのいい、牢屋に閉じ込められる羽目になるとは、まあ」

    ??「………なあ、なんで、こんな夢に浸ってたんだ?」

  • 180あんこうなべ22/06/14(火) 21:22:05

    ??「俺が、勇作さんの『兄』でいられると本気で思ったのか?」

    ??「まるで祝福をうけた人間のように、太陽の下を2人で歩けると本気で思ったのか?」

    ??「父親からいずれ認めてもらえると、本気で思ったのか?」



    ??「母親の罪から、逃れられると本気で思ったのか?」

  • 181二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 21:28:22

    家族ではないけど人間関係的には主治医や使用人にも恵まれてただけに悲しいなぁ…それだけ闇が深い…

  • 182あんこうなべ22/06/14(火) 21:30:18

    ??「おっ母は、哀れな人だったよなあ」

    ??「愛した人には忘れ去られ、それでも毎日毎日待ち続けて……」

    ??「妄想と現実の境も消えて」

    ??「とうとう『俺』も、見えなくなって」

  • 183あんこうなべ22/06/14(火) 21:36:00

    ??「なあ、『俺』は何を望んでいたんだったっけ?」

    ??「自分と母親を見捨てた父への復讐?違う」

    ??「自分の出自を否定する?違う」

    ??「ずっとあそこで身を低くして、自由を諦める代わりに弟と終わりのないママゴトを続ける?それも違う」

  • 184あんこうなべ22/06/14(火) 21:40:46

    ??「……救いが欲しかったんだよな?」

    ??「あの余りにも清らかで、慈悲深くて、自分と似たところなど何一つない弟に、勇作さんに」

    ??「おっ母を、産み直して欲しかったんだよな?」


    ??「そうでなければ、自分も、おっ母も救えないから」

  • 185あんこうなべ22/06/14(火) 21:49:27

    ??「そりゃあそうだろう。どんなにまともな人間をしたって無駄だ。どうせ生まれたときから欠けてるんだから」

    ??「『俺』も、母親も、誰にも望まれやしなかった」

    ??「…………さあ、今からでも何食わぬ顔して戻ればいい。勇作さんならきっと喜んで入れてくれる」

    ??「人を疑うということを知らんお方だ。なんの躊躇いもなく外に出てくるだろう。そうしてでてきたところを、『あの時』みたいに攫って」



    ??「今度こそ、おっ母を」

  • 186二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 21:55:03

    このレスは削除されています

  • 187あんこうなべ22/06/14(火) 21:56:13

    尾形「…………違う」


    ??「何が、違う?」

  • 188あんこうなべ22/06/14(火) 21:59:01

    尾形「あの方は、こんな俺を見てくださったんだ」

    尾形「ずっと、俺の声に耳を傾けてくださったんだ」

    尾形「ずっと、俺に話しかけてくださったんだ」

    尾形「祝福などないこの俺を」



    尾形「それでも、兄だと」

  • 189あんこうなべ22/06/14(火) 22:03:27

    尾形「もう、いいんだ」

    尾形「勇作さんが、笑っていられるなら、あの人が幸せなら、俺の幸福なんて諦めてもいい」

    尾形「あの人が拒むなら、祝福なんていらない」

  • 190二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 22:03:39

    (負けるな…兄様…どうか乗り越えて)

  • 191あんこうなべ22/06/14(火) 22:06:51

    ??「…………なら、お前はどうなる?」

    ??「幸福も祝福もいらないと言うなら、お前はこれからどうするんだ?」

    ??「おめおめとあの座敷牢に戻って、いずれは脳病院で動物みたいに死ぬのか?」

  • 192あんこうなべ22/06/14(火) 22:13:58

    尾形「ハハッ……『俺』の癖に、どこまでも話が合わなくなってきたな」

    尾形「だが、一つだけは同意するぜ」



    尾形「ママゴトは、もう終わらせなくちゃな」

  • 193あんこうなべ22/06/14(火) 22:18:16

    幸吉「うっ……ぐすっ……俺の、俺のせいです。居眠りなんかして、目を離したから……」

    勇作「いい。もう泣くのはお止め、幸吉。…心配しなくていいよ」



    勇作「弟の私が、兄様を迎えに行くから」

  • 194あんこうなべ22/06/14(火) 22:21:55

    幸次郎「お、おい。待たんか勇作!一体どこへ行く気だ!?」

    勇作「決まっていましょう、兄様を迎えに行くのです」

    幸次郎「何故、何故お前はそこまで」

    勇作「何故、理由が必要なのですか」


    勇作「……父上、どうかお許しを。家の体面を保つことのみが、嫡男の務めなら」

    勇作「そんなもの、願い下げだ」

  • 195あんこうなべ22/06/14(火) 22:25:12

    (読んでくださってありがとうございます。本日はここまでにさせて頂きます)

    (もう200に届きそうなので、続きは新しいスレを立てて書きたいと思います。長くなりましたが、最後まで付き合っていただけたら嬉しいです)

    (いつもコメントありがとうございます!いつもありがたく読ませていただいています)

  • 196二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 22:29:46

    おつかれさまです
    これは…どうなる…!?救われてくれや異母兄弟…!

  • 197二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 23:15:00

    花沢家の玄関を背景にめちゃくちゃ真剣な怒り顔で歩き出す勇作殿、が描かれた漫画の最終ページみたいな情景が見えた…
    ここまでお疲れ様です、SS最後まで見届けます…どんな結末でも…!
    (正直に言うと本当に兄弟救われてほしいけど…!!)

  • 198二次元好きの匿名さん22/06/14(火) 23:15:09

    2人が未来を歩めますように…

  • 199二次元好きの匿名さん22/06/15(水) 02:01:07

    ぐうう切ない…
    自分会議が尾形だ…ここで勇作さんのためにって思えるようになったのが兄弟2人で過ごした暖かな日々によるものなんだろうな…
    自分の意志を貫ける勇作さんカッコイイな
    救われてほしい、でも兄弟二人のどんな結末でも見届けたい

  • 200二次元好きの匿名さん22/06/15(水) 02:57:07

    わぁ…好き…お医者さんの「今心からの献身と愛を捧げる勇作さんを、そのまま受け入れることができないのは何故ですか」
    ほんまこれやで尾形~!と思ったけど続けて読んで尾形はここに来るずっと前に既に躓いててずっと立ち上がれてなかったんだなって感じて胸が痛んだ
    この二人がどんな形の家族に収束していくのか次スレも怖楽しみにしてます…乙でした!

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