…あのさ、行きたいカフェがあるんだけど。栄養が豊富なメニューで…だから…い、行くの?行かないの?

  • 1◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:34:31

     金曜日のトレーニング終わり。

    「……あのさ、行きたいカフェがあるんだけど」
    「ん?」

     服も体操着から制服に着替えて後は帰るだけ、という状態でトレーナーへと問いかける。

    「栄養が豊富なメニューで……」
    「はぁ」

     というのは建前で。我ながら取ってつけたような理由だけど、本音はライアンに選んでもらった服でトレーナーとお出掛けしたいだけ。
     けれどトレーナーの反応はどうもぼんやりとした、判然としないもの。

    「だから……い、行くの?行かないの?」
    「……お出掛けのお誘いかな?」

     確かにシンプルに言ってしまえばそういうことだけど。わざわざ遠回しに誘おうと思ったのにそうもストレートに言い直さなくてもいいと思う。
     微笑んでるだけだとは思うけど、どうにもにやけてるように見えてならない。……残念ながらここからさらに一歩踏み込むような勇気はアタシには残っていない。

    「や、やっぱりいい!一人で行くから!」

     取ってつけたような理由はともかくカフェ自体は元々行きたかったのは本当だし。……トレーナーと一緒に行きたかったのも本当だけど。
     仕方ないから一人で行って来よう。そう思いトレーナー室から出ようとすると。

  • 2◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:35:38

    「ごめんごめん!行くよ!一緒に行きたい!」

     まさかお誘いをすぐに撤回すると思ってなかったのか。慌ててトレーナーが引き止めてくる。

    「……行く気があるんなら最初っからそう言ってよ」

     アタシにとって男の人をお出掛けに誘うのは例えトレーナーだとしても勇気がいるんだから。……トレーナー以外を誘った事なんてないけど。

    「いや、ドーベルからお出掛けに誘ってくれる事ってあんまりないからさ。ちょっと確証が持てなくて」

     だとしてもあの言い方は絶対に少しからかいが混じってたと思う。何もこんなところで意地悪なところを出してこなくてもいいのに……。
     はっきりと一緒に出掛けて欲しいと伝えないアタシにも問題はあるとは思うけど。

    「どこのカフェ?」
    「えっと、駅前に新しく出来たところなんだけど」
    「ああ~、あそこかぁ」

     トレーナーも存在自体は知っていたようで説明する手間が省けた。
     少し思案する素振りを見せた後、すぐに口を開く。

    「それならお昼時は混むだろうし少し早めに行く?」
    「うん、そうする」
    「じゃあ明日の11時くらいに駅で待ち合わせでいいかな?」
    「うん、それでいいよ」

     とんとん拍子にお出掛けの予定が決まる。

  • 3◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:36:13

    「じゃあ、明日ね」
    「ああ、最近暑いからしっかり休みなよ」

     上手く約束も取り付けられて、その日の夜はぐっすり眠れた。

    ─・─・─・─

     翌日。待ち合わせ予定より少し早めの10分前くらいに来たんだけど既にトレーナーが待っていた。

    「今来たとこだよ?」
    「まだ何も言ってないんだけど……」
    「いや、だってドーベル待たせたの気にするでしょ」

     ……トレーナーの言う通り取り合えず待たせたことを謝ろうと思ったんだけど先んじられた。

    「あ、その服着てきたんだな。やっぱりよく似合ってるよ」

     暑くなってきた、ってのもあるんだけど最近はライアンから貰ったワンピースを着て出掛ける事が多い。この服を着ていると……背中を押して貰える気がするから。

    「背中とか結構開いてるし大胆だと思ってたんだけど、ライアンが選んでくれたものだしセンスいいよね」
    「ああ。月並みな感想だけど可愛いと思う」
    「はぁ!?……ふ、服の事ね」

     (トレーナーが可愛い、って言ったのは服であってアタシじゃない、アタシじゃない……)

     会話の流れからしてもそうに違いない。早とちりで恥をかきそうになったけどもギリギリセーフ、のはず。
     大体アタシは別に可愛くないんだしなんでそんな勘違いしちゃったんだろ。

    「いや?服も確かに可愛いけどその服を着たドーベルの事だったんだけど」

  • 4◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:36:31

     ……アタシの勘違いでもなんでもなく、本当に服じゃなくてアタシに対して言ったらしい。
     トレーナーからしたら発言の誤解を解く為だけかもしれないけど、そうも面と向かって褒められると照れてしまう。

    「そ、そういうのいいから!混んじゃう前に行くよ!」
    「あっ!ちょっと!」

     そんな気恥ずかしさを紛らわすように、トレーナーを置き去りにする勢いで足早にカフェへと向かった。

    ─・─・─・─

     お昼時の少し前という事もあって、幸い並ぶことなくテーブル席に座る事が出来た。
     トレーナーが手前の椅子側に座ったので、アタシは奥のソファ側に座る。

    「食べたいものは決まった?」
    「う~ん……」

     ここのカフェに来たかった事は確かなんだけど、実のところ何が食べたいかまでは決めてなかった。
     というより決められなかった。だからその時の気分で決めようと思ったんだけど、写真を見るだけでも美味しそうなメニューに目移りしてしまう。

    「俺はビーフシチューのランチセットにしようかな」
    「決めるの早くない?」
    「そうか?」
    「アタシまだ決めてないんだけど……」
    「俺ももう少し悩めばよかったか……?」
    「もう少し悩む、って何よ……」

     苦笑しながらもどうせトレーナーの事だし先にパパっと決めちゃったらアタシを急かしちゃうと思ったんだと思う。
     実際急いで決めなきゃ、とは思っちゃったんだけども。……急がせるのを気にしてるみたいだし、折角だからたっぷり悩ませてもらう。

  • 5◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:37:00

    「う~ん、じゃあこれ。日替わりのパスタランチ」
    「オッケー。じゃあ、店員さん呼ぶよ」

     頼むメニューも決まったのでトレーナーが呼び鈴代わりのボタンを押す。
     そういえば弟妹たちとこういうところに来た時……となんとはなしにボタンの方を見ていると。

    「えっ、押したかった?」

     凄い失礼な勘違いをされた気がする。アタシの名誉の為にも訂正しておく。

    「いや、アタシはそうじゃないんだけど」

     と、理由を説明しようとしたところで店員さんが来たので話は中断。トレーナーが注文を伝え終えたところで再び話を戻す。

    「アタシは違うんだけど弟と妹がさ。ほら、こういうのって一人が押せば十分じゃない?だからそれで喧嘩になりそうになる事もあっちゃって」
    「ああ~、なるほどね。小さい子って確かにこういうボタン押したがるね」
    「そう。だからご飯ものを頼む時に先に弟に押してもらって、後からデザートを頼む時に妹に押してもらったりとかさ」

     料理が来るまでの間、主に弟妹の話で盛り上がる。弟妹が出来てから改めて思うけど、アタシとブライトで喧嘩になりそうな時は本当に上手い事ライアンが立ち回ってくれてたんだなと思う。
     話しているうちにあっという間に料理が運ばれてくる。手を合わせて早速ひと口、口に運ぶ。

    「……!美味しい……!」
    「美味いな……!」

     今日の日替わりパスタは夏野菜とエビを使ったトマトクリームパスタだった。料理の美味しさに思わず頬も緩む。

  • 6◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:37:27

    「いつも思うけどさ」
    「何?」
    「ドーベル、食べ方綺麗だよね」
    「……小さいころに習うもらうものだし、これくらい普通でしょ?」
    「まあ親から教えられるとは思うけどさ。所作が上品だから見ててやっぱりお嬢様なんだな、って思うよ」
    「アタシは普段お嬢様には見えないって事?まあブライトとかに比べたらそうだと思うけどさ……」

     可愛げもなく、ブライトみたいに物腰柔らかな感じでもないし、マックイーンみたいに毅然としてる訳でもない。アタシだって自分がお嬢様然としてないのは分かってる。
     かと言ってあんまりお嬢様扱いされてもそれはそれでむず痒いし、正直今くらいの接し方の方がアタシもやりやすいのだけれど。
     ただそれなのにどこかモヤモヤするのは……柄じゃないとしてもちょっとは女の子らしく見られていたい、ってだけ。

    「ごめん、言い方が悪かったね……。普段は親しみやすいって意味だよ。THE・お嬢様って感じだと俺も緊張しちゃうしね」

     気を悪くしたと思ったトレーナーが慌てて訂正を入れてくる。

    「……それはそうかも」

     確かにブライトもそうだけどアルダンさんとかまさに高嶺の花、って感じがするしあまりにも完璧にお嬢様だと逆に近寄りがたいかもしれない。
     けれど親しみやすい、という部分がどうにも引っ掛かる。

    「……待って。アタシって親しみやすいの?あんまり愛想も良くないし、そうとは思えないんだけど」

     自分で言うのもなんだけど……正直アタシは無愛想な部類だと思う。人を寄せ付けたくない、とかそういう事ではないんだけど自分を素直に出すのは苦手だし。
     親しみやすいと評するにはあまり適してないように思う。

  • 7◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:37:50

    「……気づいてないのか?」
    「何が?」
    「いや、だって普段から割と頼られてない?ほら、皆におすすめのアロマ教えてた事だってあったろ?」
    「それは……そういう事もあったけど」
    「普通親しみやすい、優しい人相手じゃないとそんな気軽に頼れないって」
    「そうかな……あれくらい普通だと思うんだけど」

     トレーナーはそう言うけれどアタシが特別誰かに優しい、とは思えない。

    「いや、普通の人は自分が疲れ果てるまでは頑張らないからな?」

     そう言われたってピンと来ない。大体そんな事を言ったらトレーナーだって普段からへとへとになるくらい頑張ってくれてるんだしアタシよりも……。

    「だって他の子にはやってたんだし、疲れたから貴方の相談には乗りません、って不平等でしょ?」
    「う~ん、人に優しい自覚がないのも困りものだな……」

     少し苦笑気味にトレーナーが笑う。

    「きっとさ、ドーベルは周りがよく見えすぎてるんだよ。だから他の人より周りの事に早く気が付くし、それで行動出来なかったり上手くいかなかったりすると自分のせいにしちゃう」

     それは少し前に行ってきたサマーウォークでも実感した。というか、アタシがつい最近気づいたことを前から気付いていたかのように語るトレーナーに驚く。

    「ドーベルの優しいの基準は、きっと他の人よりも高いんだよ」

     それは……考えた事がなかった。優しいの、基準が高い……。

    「でもそれって君の美点でもあるからさ。……もっとその優しさに自信が持てたらいいんだけどね」

  • 8◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:38:23

     そしてチーフトレーナーと同じような事を言う。

    「それ、チーフトレーナーにも同じ事言われた」
    「え?ああ~、やっぱり担当してると同じ事を思うんだね」

     そんなに長い間教わる事が出来た訳ではないと思うんだけど、こういうところを見るとやっぱり師弟なんだな、って思う。

    「アンタまでそう言うなら……頑張ってみる」

     やっぱりこういうところでも課題になるのは自信のなさ、らしい。

    「これ以上頑張られたらちょっと困るかな?自分のペースでいいんだよ」

     じゃあ結局いつも通りでいい……って事なのかな?それじゃあいつまで経っても変わらないと思うんだけど……。

    「あんまり堅苦しい話もなんだし、ドーベルもひと口食べる?」

     アタシが考え込みそうになる前に話題は打ち切られ、代わりにトレーナーの食べているシチューを勧められる。

    「いいの?」
    「どれ食べようか悩んでただろ?」
    「じゃあ、ひと口だけ」

     ひと口大に切り分けられたお肉を口に運ぶと、口の中でほろりと崩れる。

    「……!こっちも美味しいね」
    「な~。また来ようかな」
    「うん。それもいいかも」

     その後も、和やかなランチタイムを過ごした。

  • 9◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:38:41

    「この後はどうする予定なんだ?」
    「この後?」

     食後、少しゆっくりしているとトレーナーからこの後の予定を聞かれる。

    「あれ?お昼食べてからどこかに出掛けるものだと思ってたんだけど」

     正直ここのカフェに来たかっただけでその後の予定なんて何もない。
     それにまさか今日一日時間を割いてくれるとまで思ってなかった。

    「特にはないんだけど……」

     ないんだけど。まだちょっとトレーナーとは一緒にいたい。
     ……でもアタシの方に引き止める口実はないし、すぐには浮かんでこない。

    「……じゃあ、俺の買い物に付き合ってもらってもいいか?」

     まごまごしたアタシの様子を見かねてか、トレーナーの方から切り出してくれた。

    「アタシは別にそれでいいけど」
    「俺も帽子買おうかな、ドーベルのみたいにつばが広いの」
    「えっ、やめてよ。お揃いになるじゃない」

  • 10◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:38:55

     ペアルック……と言うほどではないと思うけど。お揃いのものを身につけるというのにはどうにも気恥ずかしさを感じてしまう。

    「ええ~……う~ん、じゃあさ。ドーベルが選んでくれよ」
    「アタシが?」
    「そう。それなら文句ないだろ?」
    「別にいいけど……アタシ、男の人の服とか詳しくないよ?」
    「まあ、それでも俺よりはセンスいいでしょ」

     そのアタシへの信頼感はどこから湧いてくるんだろう……。

    「もう……気に入らなくても文句言わないでよ?」
    「ドーベルが選んでくれるんなら文句なんてあるわけないぞ!」

     もしアタシがへんてこな帽子を選んだらどうするつもりなんだろ。そんな気はないけど。

    「じゃあ、予定も決まった事だしそろそろ出よっか。お昼時にあんまり長居するのも悪いしね」
    「うん」

     楽しい食事の時間は終わりだけど、お出掛けの時間は、もう少しだけ。

  • 11◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:39:09

    みたいな話が読みたいので誰か書いてください。

  • 12◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:39:31

    毎度思いますけどおのれ行数制限……!

  • 13二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 22:40:46

    早く続きを書くんだよ

  • 14二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 22:40:51

    なっげえ!

  • 15二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 22:41:00
  • 16二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 22:41:15

    ベルちゃん新衣装来て何か来ないかなって貴方の新作を待っていた
    毎度毎度クオリティの高い作品でとてもよきかな

  • 17◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:41:57

    >>14

    5000字しかないから体感コンパクトにまとまった方なんですけど!?

  • 18◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 22:42:50

    >>16

    なにせエルガドを救うタイミングと被ってしまったもので……

  • 19二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 22:49:27

    このレスは削除されています

  • 20二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 22:53:25

    あるじゃねぇか、ここによ!

  • 21二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 23:02:23

    相変わらず解像度が高くて素晴らしい

    >>1と服を送ったライアンを拝んでおこう

  • 22二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 23:15:53

    あ~ライアンになって「トレーナーさんとのデートどうだった!?」って聞いてみたい~。
    そんで「そんなんじゃないから!」って真っ赤な顔で否定するドーベルを『やれやれ…』的な感じで眺めていたい~。

  • 23◆y6O8WzjYAE22/07/10(日) 23:38:05

    という訳で新衣装ボイスネタでした。なんとかガチャ更新前にギリギリ間に合った……!
    建前を用意しつつ、お願いするでもなく決定権をトレーナーに委ねちゃうところが最高に可愛いですよね、このボイス。
    以前書いたSSで話の流れにペアルックを使った事があったんですけどまさか2回目を使う時が来るとは思いませんでしたね……。
    ここまで読んでいただきありがとうございました。

  • 24二次元好きの匿名さん22/07/10(日) 23:54:26

    素晴らしいクオリティだぁ
    感謝…

  • 25二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 00:05:34

    Thanks God...

  • 26二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 11:58:16

    素晴らしい...

  • 27二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 12:00:37

    綺麗なドーベル

  • 28二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 12:11:18

    ありがとう……ありがとう……

  • 29二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 16:02:29

    ガチャ更新後に読んで良かった、じゃなきゃ勢いのままに引きに行ってたかもしれん

  • 30二次元好きの匿名さん22/07/11(月) 16:03:16

    すげぇや

  • 31◆y6O8WzjYAE22/07/11(月) 22:39:40

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています