【SS】われわれは

  • 1二次元好きの匿名さん22/07/17(日) 21:28:42

    形あるものはいずれ壊れる。
    寮のエアコンには形があるので、壊れたことはある意味で当然と言える。
    (暑いわ……)とメジロマックイーンは目を細める。(……修理は今週末。来週までエアコンはお預けなのね)
    むろん名門のウマ娘として、だらしない姿をさらすわけにもいかない。
    ぶおぉぉぉぉぉ、とプロペラが回る。
    一人一機ずつ貸し出された扇風機の風を浴びながら、気品を損なわないギリギリの薄着を狙ったマックイーンは、ベッドの上にぺたんと座り込む。アイシングでも施したい気分ではあったが、それはやや気品に欠けるのではないかと思われたので、こうして扇風機の前に陣取りながら、もうじき日が沈むのをじっと待っている。
    「……わ」とマックイーンは呟く。
    呟いて、あたりをキョロキョロと見回す。
    チームメイトどころか、ルームメイトの姿も見えない。完全に一人だった。ならば誰に憚る必要もないのだが、そこは「メジロ」マックイーンである。
    「……わ、わーれー」と小さな声で続けてみる。くるりと振り返る。ドアは静かだ。ドアの向こうも静かだった。控えめな足音くらいなら、扇風機のファンの音にかき消されてしまうくらいに。
    今しかない。
    マックイーンはそう強く決意した。レースでスパートをかける時のように。目を閉じればある大柄な芦毛のウマ娘の姿が浮かぶ。部室の扇風機を一人占めする背中は憎たらしくて仕方がなかったものの、その震える言葉だけは耳の奥までこびりついて離れようがなく、今もこうしてマックイーンを追い立てては留まる気配がない。だから引き離さなければならないのだ。
    「わ~れ~わ~れ~は~」思う存分マックイーンは叫んだ。「う~ちゅ~う~じ~ん~だ~」

  • 2二次元好きの匿名さん22/07/17(日) 21:29:02

    「確かにその通りですね」
    がちゃりと扉が開いて。
    振り向くとそこにはイクノディクタスが立っている。
    「違うんですの」果たしてマックイーンは平静を装ってそう言った。「これには深い事情が」
    「深い事情、ですか?」イクノはいそいそと鞄を下ろし、自分の扇風機のスイッチを回す。「広い意味で捉えるなら、私も貴方も宇宙人にほかならないでしょう」
    ふぅ、と一息ついてイクノは風を浴びる。
    ちょっと青ざめた顔のマックイーンは、いつも通りのルームメイトをおずおずと見る。
    「地球は宇宙にありますから」
    夏の暑さをものともしない、鉄をも曲げてしまいそうな断固とした表情がそこにはある。
    「わ~れ~わ~れ~は~……」その顔が少し柔らかく綻ぶ。「……ふふっ」震える小さな笑い声がこぼれる。「自分の声ではないみたいですね。なるほど。だからう~ちゅ~う~じ~ん~だ~……と」
    ぱちくりとマックイーンは瞬きをする。
    イクノはどこか不思議そうに笑っている。
    ぶおぉぉぉぉぉ、と二つのプロペラファンが無骨に回る。
    「……わ~れ~わ~れ~は~」二つの声が重なる。「う~ちゅ~う~じ~ん~だ~」扇風機の生み出す風に揺られて、その声はこの地球の生き物とは思えない響きを生み出す。
    どちらからでもなく、笑う。
    世紀の大発見をしたのだと、大人に主張する子供のように。二人は扇風機で声を揺らして震わせながら遊ぶ。寝苦しい夜が続くだろう。いつも以上に熱中症に気をつけなければならない。にもかかわらず、マックイーンはこの時間ができるだけ長く続いてほしいと考えており──イクノも同じ気持ちだったのだろう、二人は目配せをすると、日が暮れるまでそうして遊んでいたのだった。

  • 3二次元好きの匿名さん22/07/17(日) 21:31:18

オススメ

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