- 1二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:53:19
- 2二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:54:29
スポーツ用眼鏡を通して見る地面は何だか揺らめいて見えた。
まだ夜明け前にもかかわらず、足下のアスファルトは熱気を蓄えている。
温暖化が進んでいるとは言え、流石に最近の暑さは殺人的だ。
クーラーを備えていない僕の部屋では扇風機が必死に首を振っていたのだが、先日遂に動かなくなってしまい、暫くの間は熱帯夜に苦しむこととなった。
そろそろ発電は太陽光から地面に溜まった熱を活用する時代にシフトするべきではなかろうか。
そんなバカな事を考えながら、僕は河川敷に向けて走り出す。 - 3二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:55:08
何度も通った道を、いつものように駆け抜けていく。
まだ通勤の時間帯ではないからか、人通りは少ない。
普通の中学生であれば、夏休み中に朝早くから精力的に体を動かすことはしないのだろうが、僕にとってはこの時間に走ることが習慣になっていた。
体作りという目的もあるが、一番の理由は──恐らく無意識の内でもあるが──
あの日、学校で再び出会った初恋の人と、顔を会わせたくなかったからなのかもしれない。 - 4二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:55:29
三人の子供を持つ母親であるタイシンさんは、流石に夜明け前にランニングすることはできないだろう。
そう考えてこの時間帯を選んだのだが、いつもクールに振る舞っていたタイシンさんが子育てに奔走している姿を想像すると、何故か不思議な気持ちになる。 - 5二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:55:38
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- 6二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:56:02
そんなことを思いつつ走っていると、いつの間にか公園まで辿り着いていた。
ついこの間まではここに到着する頃には息が完全に上がっていたのに、今は少し余裕があるくらいだ。これも体力が付いてきた証拠だろう。
自販機で買った飲み物を口にして
ベンチに座り、眼鏡を外して──普段は「目が死んでる」と言われるから外すことは無いのだけども──リラックスする体勢に入る。
思えば、あの日もこのベンチに座っていたんだっけ。
ふと、そんなことを思ってそっとベンチを撫でた。 - 7二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 20:56:48
あの時はタイシンさんが横に座っていて…それで…告白して、失敗して。
その後暫くしたら、今度は教師と生徒の関係として再会することになって──いや、これ以上はもう止めよう。
頭を軽く振って、すっくと立ち上がる。
さて、今日はどのコースで帰ろうか。そんなことを考えていると……
「あれ?久しぶりだね、元気?」
そんな声を掛けられてゆっくりと振り向く。
そこには──ジャージではなくスポーティーな格好をして立っているタイシンさんと、同じくランニングウェアを来た、タイシンさんに似た女の子。
そして、長身で筋肉質の男性が立っていた─── - 8読みたい…だから書いた22/07/21(木) 20:58:07
続くよ。
あとナリタトップロードは無いよ。 - 9二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 21:31:31
あかん……脳を守らないと……
- 10二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 21:39:01
思ってたより中学生くんが負ったダメージが大きそうだな?
- 11二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 23:21:16
「おにーちゃん!こっちこっち!」
元気で大きな声が公園の中に響く。その声の持ち主である小さなウマ娘はきゃあきゃあと笑いながら、僕と追いかけっこをしていた。
ベンチではタイシンさんと、その旦那さん──トレセン学園時代の元担当トレーナーらしい──が微笑ましく見守っている。 - 12二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 23:22:59
衝撃の再会、その二である。しかも今回は娘さんと旦那さん付き。
最初は緊張していた娘さんが僕のことを「お母さんのお友達」と認識して「遊んでほしい」と言ってくれなければ、僕は足早に帰宅していただろう。
しかし、子供とは言えどウマ娘だ。何なら力をセーブしていない分、競技ウマ娘よりも素早いかもしれない。そんな彼女を捕まえようとしても僕では追いつくこともできず、息切れをしながら、土の上に大の字になって寝転ぶ。
すると彼女は僕のお腹の上に乗ってきて、楽しそうに笑った。 - 13二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 23:23:20
初対面なのにすぐ懐いてくれたのは嬉しいんだけども、ちょっと重いなぁ……。でも、こんなに無邪気に笑うんだから、怒るわけにもいかないかな。
タイシンさんに助けを求めるように目線を送ると、彼女は苦笑してベンチから立ち上がった。 - 14二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 23:24:42
タイシンさんのお子さんから解放された僕は、旦那さんに「立てるかい?」と手を差し伸べられた。
がっしりとした体つきの男性で顔には年齢を感じさせるシワがあるものの、その瞳の奥からは若々しさを感じた。この人があのタイシンさんを育て上げたのかと思うと、なんだか不思議な気持ちになる。
そんなことを考えつつ彼の手を握ると、見た目通りの力で引っ張り上げられて立ち上がることができた。 - 15二次元好きの匿名さん22/07/21(木) 23:27:17
背中に付いた土を手で叩きながら、ふぅっと一息つく。
「ありがとうな、ウチの子の相手をしてくれて」
最近は年のせいか動けなくなってね、と言って彼は笑い声を爆発させる。
「いや、そんなことはないですよ…とってもお元気じゃないですか」
あまりにもパワフルな笑い声を聞いて、そう返す。
「自慢の奥さんが作ってくれるご飯のお陰さ」
そう言って旦那さんは腕を曲げて力瘤を作り、ニッと白い歯を見せた。 - 16二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 00:49:43
続き!?
- 17二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 00:53:20
タイトレが無自覚に中学生くんの心の傷を抉ってる……
- 18二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 04:53:49
中学生の脳みそが破壊されていく姿いい…
- 19二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 09:57:36
「ところで君、タイシンの何処に惹かれたんだい?」
ベンチで休みながら旦那さんと話していると、特大級の爆弾を投下してきた。
丁度口にしていたスポーツ飲料を吹き出し、盛大に噎せる。
「…それ、旦那さんが聞くことですかね」
「自分の奥さんが口説かれたのに黙っている夫がいるかい?」
ごもっともである。 - 20二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 09:58:22
「…最初は、年は変わらないくらいなのに随分大人びてるなぁ、って感じでした。そこから朝走る時は一緒に走ったりとかもしましたけど…」
丁寧な教え方、初心者の僕に合わせてくれたトレーニングメニュー。
彼女の優しさに触れる度にどんどん惹かれていったことを、旦那さんに話していく。
「それで思わず告白しちゃったわけだ?」
「……はい……」
旦那さんはそんな僕を見て大きく笑う。
なんとも恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分だった。 - 21二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 17:43:37
「…君は、昔のタイシンがどうだったか知ってるかい?」
一頻り笑った彼は、声色を変えてそう呟いた。
正直、詳しくは知らない。知っているのはこの人の下で走り、皐月賞を勝ったことだけだ。
あとは所謂「いかがでしたか?」系の水増しサイトレベルの知識しかない。
「いえ…」と言って首を横に振る僕を見た旦那さんは、静かに語り始めた。 - 22二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 17:44:28
「昔のタイシンは今みたいにフレンドリーってわけじゃなかったんだ。ちょっと性格がキツい子で、いつも一人で居たがってたから、友達と呼べるような相手も少なかった。」
まあ自己防衛の為でもあったんだろうけどね、と付け足しながら旦那さんはどこか懐かしむように語る。
確かに今のタイシンさんを見ていると、あまり想像できない。でもきっとそれは、彼女が変わったからだろう。
「よく無茶をする子でね。遅生まれで体が弱い分、他のウマ娘よりも成長が遅かったんだ。だからレースに出られるようになっても、俺に隠れて負担が大きいトレーニングをこっそりし続けていた」
「そして──菊花賞前に、タイシンの体は悲鳴を上げた」 - 23二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 17:45:09
「呼吸器系の疾患。軽度な物ではあったけど、菊花賞の出走は止めておいた方がいいと医者には言われたよ」
彼はそこまで言うと、視線を落とした。
当時のことを思い出しているのだろうか。表情は見えなかったが、僕は悲しげなものを感じた。 - 24二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 17:47:22
「…タイシンはそれを聞いても『出る』の一点張りだった。「絶対にあいつらを見返してやるんだ」って、ドクターの反対を押し切って出走したんだけど、結果は散々さ」
タイシンさんは、掲示板に入ることすらできずに惨敗した。
元々無理をしていたせいもあって、ギリギリまで体を休ませても蓄積されたダメージが消えることはなかったそうだ。
「その後…俺はタイシンとある約束をしたんだ。『タイシンがタイシン自身を信じられなくなっても、俺が信じる。君が自分のことを信じられるまで、例え一生かかってでも』って」
「えっ?それって…」
「ああ、プロポーズみたいだろ?その時は頭に浮かんだ言葉を勢いで言ってしまっただけだったんだが…それを聞いたタイシンの笑顔を見て、『一生』という言葉を本当のことにしたくなったんだ』
そう言って彼は笑い、照れ臭そうに頭を掻いた。 - 25読みたいから書いた22/07/22(金) 17:57:58
一応、ここで区切り
まだ続くよ - 26二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 21:52:06
「君には感謝してる」
帰り際、旦那さんは僕にそう言った。
「タイシンが教員になることを決めたのは、君がタイシンと一緒にいてくれたからなんだよ…彼女は「教えるってこんなに楽しいことなんだね…」って言いながら、新学期を待ちわびてる」
「…そうですか。でも僕は、何もしていないです。ただ一緒にいただけで…」
僕はただ、タイシンさんに走り方を教えて貰っただけ…
「いいや、それは違うよ」 - 27二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 21:53:13
「俺も教育者だから分かる。子どもと向き合うっていうのは難しいことだ。特にタイシンのように…学生の時に色々あって、気難しい子だと尚更。だからこそ、その環境を作ってくれた君のことがタイシンは好きなんだと思う…ああ。勿論、ライクの意味でね?」
彼はそう言って、子供と遊んでいるタイシンをじっと見つめた。 - 28二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 21:55:11
「…君に夢はあるかい?」
旦那さんがポツリと呟く。
「君は賢いし、優しい子だ。そして相手を思う気持ちは誰よりも強いだろう」
そう言って、彼は此方を向いた。
「──どうかな?ウマ娘のトレーナーを目指す、というのは」 - 29二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 22:02:39
おわー名作
- 30二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 22:13:46
- 31二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 22:14:38
「あまり健全とは言えないんじゃないか?私が言えた…あむ、義理じゃないが」
本日何本目かも分からないキャンディを口に入れ、担当ウマ娘─ナカヤマフェスタはソファに寝転がった。
「僕がトレーナーになった理由を教えてくれって言ったのはフェスタでしょ…」
ドラマの犯人を当てた方が勝ち、というミニゲームをやって、僕が負けた。
当てたフェスタは僕の過去に興味があるらしく、その質問からこの会話が始まったわけだ。
「…まァ、練習前の暇潰しにはなった」
そう言って、フェスタはニヤリと笑みを浮かべ、ソファから立ち上がる。 - 32二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 22:14:55
「じゃ、私は先に行ってる。今日も宜しく頼むぜ、相棒?」
「ああ、了解。いつもの場所で待っててくれ」
担当ウマ娘の後ろ姿に向けて返事をする。 - 33二次元好きの匿名さん22/07/22(金) 22:15:05
フェスタの腰の辺りで揺れる尻尾は、どこか記憶の中の景色と重なって見えた。
- 341(読みたい…だから書いた)22/07/22(金) 22:15:59
To be continued…
- 35122/07/22(金) 22:24:31
つまりこの中学生くん、未来のフェストレだったというわけです。
眼鏡を外すと目が死んでいたり、コーヒーが好きだったり…実はヒントは色々ありました。 - 36二次元好きの匿名さん22/07/23(土) 09:38:44
なるほどなぁ...
- 37二次元好きの匿名さん22/07/23(土) 20:34:33
色々繋がるわ
- 38二次元好きの匿名さん22/07/23(土) 22:01:22
良いSSだった。