- 1二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:32:47
「トレーナーさん!次はこのイベントに参加しましょうよ!」
アグネスデジタル(私はデジたんと呼んでいる)がトレーナー室に飛び込んできた。手にはウマ娘のライブ告知のポスター。二人で一緒に推しているウマドルのものだ。数日前にデジたんがコンビニでチケットを買おうとしていたのを覚えている。
「最近ペンライトを新調しようと思いましてね?トレーナーさんはどの色が良いですか〜?」
「あのさデジたん」
私はパソコン作業を一旦止めた。デジたんが「ほえ?」という顔でこちらを見ている。
「今日で専属契約が終わりって知ってた?」
私とデジたんは長きに渡って二人三脚でレースに臨んできた。トゥインクルシリーズはもちろん、ドリームトロフィーリーグまで。日々練習をし、推しのウマ娘ちゃんのために駆け回る毎日。今や顔を合わせない日などなく、お互いが日常の一部になっていた。
最後の日ぐらいはゆっくり二人で語り合いたい、そう思っていたのだけれど。
「ああ、専属契約ですか〜。そんなのもありましたねぇ」
「……え?」
「えっ、て……え?」
「今日が最終日なんだよ?明日からデジたんは私の担当から外れるんだよ?」
「は、はい。わかってますとも」
デジたんの呑気な態度に驚きを隠せない。専属契約終了。その重みがわかっていないのだろうか。私が真剣に問い詰めようと口を開けたその時、デジたんが言った。
「で、でも別に、トレーナーさんはこれからも私の相方(せんゆう)ですよね?」
「……ああ」
そういうことか。デジたんは契約終了を理解していない訳じゃない。理解した上で、大した問題では無いと考えているんだ。どこかほっとしたような、不安なような。
「えっ!?違うんですか!?トレーナーさんはもうデジたんと一緒に推し活をしてくださらない!?」
「い、いや、そうじゃないけど」
「なら別に気にするほどの事でもないじゃないですか〜。そりゃ、トレーナーさんと毎日は会えなくなっちゃいますよ?でも、それ以外の事ではー……」
「デジたん」
少し語気を強めて呼びかけた。
「……何でしょう?」
デジたんが神妙な面持ちでこちらを見た。そう見るのも無理はない。しかし、これからトレーナーとして、デジたんとしっかり話し合っておくべき事があった。 - 2二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:33:20
「デジたんは今後どうするの?」
デジたんは鳩に豆鉄砲を食らったような顔をした。
「えっ、私の今後ですかぁ?そんなことを言われても……ですねぇ」
デジたんはもじもじと落ち着きなく椅子を揺らしている。いきなり聞かれてはきはきと答えられるウマ娘も少ないだろう。とはいえ、この問題は重要だ。レースが終わりトレセン学園を卒業しても、デジたんの人生は長く続く。ある程度の目標を持っていないと、うっかり堕落した生活に陥りかねない。そう言った理屈を抜きにしても、デジたんには目標を持って前向きに日々を過ごして欲しかった。
「うーん、ぼんやりとトレーナーになりたいなぁ、とは思うんですけど」
トレーナー。確かに無類のウマ娘好きのデジたんには天職だろう。こう見えて彼女は真面目だ。トレーナーになったとして、その職務を無下にすることはないだろう。
「やっぱり、ウマ娘ちゃんに囲まれた生活って良いじゃないですか。毎日ウマ娘ちゃんのこと考えて、毎日ウマ娘ちゃんの夢を応援すれば良いんですよね?ふふ……想像するだけでよだれがぁ」
前言撤回。私は机から立ち上がると、デジたんに向かってこう言った。
「デジたん。ちょっと案内したいところがあるんだけど」
「え?え?トレーナーさん、いきなりなんなんです?」
「いいから。ついてきて」
私は半ば強引にデジたんの手を取った。混乱するデジたんを連れて目的の場所まで連れて行く。 - 3二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:33:48
連れてきた先は、トレーナー同士が情報共有をし合う、いわば職員室の様な場所だった。
「こんなところに連れてきて、一体トレーナーさん、どうしちゃったんですかぁ?」
「ほら、デジたん。あの机を見て」
私は同期の桐生院さんの机を指差した。そこには大量の分厚い本が何冊も山の様に積まれている。
桐生院さんに許可を貰い、デジたんが何冊か手に取った。
「え……」
デジたんが絶句した。
「これ全部、ウマ娘ちゃんに関する本ですか……?」
「はい。そうですよ」
そう答えたのは桐生院さんだ。
「あの、全然何書いてるかわからないんですけど」
「専門用語だらけなので、デジタルさんには難しいかもしれませんね」
「まさかこれをお一人で?」
「ええ。これをしっかり頭に入れておかないと、担当を正しく指導することなんてできませんから」
「ひ、ひょええ〜……」 - 4二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:34:20
畏怖の感情を桐生院さんに向けているデジたんを連れて、次の場所に連れて行く。あまり人通りのない廊下。その物陰にこっそりと隠れる。そこには一人のウマ娘と、そのトレーナーがいた。この時期ここにくれば、よく見る光景だった。
「すまなかった。俺の指導力がないばっかりに……」
「いえ、違うんですトレーナーさん。私に才能が無かっただけなんです……」
そう言って互いに涙を流していた。
「ええと、トレーナーさん、これ見ちゃって良いんですかね?」
デジたんが小声で尋ねてくる。結論から言うと、良くない。良くないが、今のデジたんにはこれを見せるべきだと判断した。
「彼女は新馬戦で勝った後伸び悩んだ子だよ」
「……」
「この春から実家に帰ることになってる」
デジたんは何も言わない。いや、言えないのだろう。すっかり意気消沈したデジたんはさながら魂が抜けている様だった。碌に抵抗する力もないまま、私はデジたんをトレーナー室に連れ戻した。 - 5二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:36:07
デジたんと机に向かい合って座る。
「なんなんですかトレーナーさん」
デジたんはわなわなと怒りに震えていた。立ち上がり、私に向かって叫ぶ。
「何でこんなのを見せたんですか。私にはトレーナーなんて向いてないって言いたいんですか?失望しました。てっきりトレーナーさんは、私のことを応援してくれると思っていたのに」
「違うよ。そうじゃない」
デジたんがドンと机を叩いて立ち上がった。
「何が違うんですか!私はただ、ウマ娘ちゃんに関わる仕事がしたいって!そのためにトレーナーもいいかなって、ぼんやりとそう思っていただけなのに!なんで、なんでこんな夢を壊す様なことするんですかぁ!!」
涙で顔がぐしょぐしょだ。そんなデジたんを尻目に、私は分厚い本を手元に置いた。
「私はね」
泣きじゃくるデジたんが落ち着くのを待ってから言った。
「デジたんには、仕事と趣味を勘違いして欲しくなかったんだ」
私はその分厚い本を開いた。そこには何枚もの写真が、所狭しと飾られている。
デジたんとの、思い出のアルバムだった。
「ねえ、デジたん。私が担当を持って、一番良かったって思える瞬間はいつだと思う?」
「推しがレースに勝ったとき、じゃないんですか?」
「確かにそれはあるけど、一番じゃないかな」 - 6二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:36:50
「じゃあ、いつなんです?」
「担当が自分を頼ってくれたとき、だよ。その時に、ああ頑張らなくちゃ。この子の夢を一緒に叶えてあげるんだーって。そう思うんだ」
「推しになる、ってことですか?」
「それはちょっと違う。ただの推しじゃない。責任を持った推しになるんだよ」
「責任を持った推し」
デジたんがその言葉を噛み締める様に言った。
「途中で投げ出すことは許されない。どんな辛い時でも側で支えなくちゃいけない。……いや、これも違うか。支えなくちゃと思うんじゃない。支えたい、そう思える人じゃなきゃいけない」
「難しい仕事なんですね」
「うん。でも、ほら。このアルバムを見てよ。最高だと思わない?自分が推して推して推しまくった、最高のパートナーの笑顔が、ここにはいっぱい詰まってるんだよ」
「……」
「大変な面も幸せな面も含めて、デジたんにはじっくりと将来を考えて欲しいな」
そう言ってしばらくの間、デジたんは食い入る様にアルバムを見ていた。
今後も推し活を共にするパートナーとして。
デジたんの将来が明るくて有意義なものであることを、今日限りで終わりになるトレーナーとしては願うばかりだ。 - 7二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:39:48
はーーーー
良い!!
良すぎて眠気が飛んだわ - 8二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:40:45
ここまで読んでくださりありがとうございます。
前スレが好評だったために勢いで書き上げてしまいました。
この後に後日談を入れる予定でしたが、もう夜も遅いので早めにあげておくことにします。感想、批判諸々頂けると私が喜びます(直球)
前スレ
【SS】今日は専属契約最終日|あにまん掲示板「……今日で専属契約は終了か」エアグルーヴがぼそっと呟いた。「長い間世話になったな。トレーナー」自分とエアグルーヴは長きに渡って二人三脚でレースに臨んできた。トゥインクルシリーズはもちろん、ドリームト…bbs.animanch.com - 9二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:45:03
これは良いものだ…
- 10二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:45:37
レースの事だけじゃなくて、ウマ娘の未来、将来の夢を一緒に考えてくれるトレーナーすごく良いですね。
- 11二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:46:06
いいねぇ
- 12二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:49:47
まさか一日に2つもあがるとは思わなかった
ありがとう… - 13二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:52:25
良い……
デジタルのss書こうと思ってる人間なので参考にさせていただきます…… - 14二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 00:55:43
責任を持った推しって言葉がすごくいい
- 15二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 01:04:40
寝る前にいいもん見せてもらった
しゅき…(昇天) - 16二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 01:05:46
砂糖みたいに甘いのもいいけどこういう苦みのあるものもまた善き・・・
- 17二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 01:07:59
トレーナーが良い大人をしてるのがいいなこの人
- 18二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 01:27:53
五年後。私が新人とは言われなくなり、最近お腹周りが気になってきた、そんな頃。たづなさんから一報の連絡が入った。
「あなたのサブトレーナーになりたいという方がいるんですよ!」
一体誰だろう。確かに自分はもう新人ではないものの、ベテランとは口を裂けても言えない立場だ。そんな人間に師事したいという人がいるなんて。たづなさんに聞き返すと、ちょっと意味深に、そしてからかうかの様にはぐらかした。
「会ってみればわかりますよ」
トレーニングの合間を縫って面談室に向かった。そこにはあまりにも見慣れた相手がそこにいた。
「ふっふっふー。驚きました?トレーナーさん」
「え……えええ!?」
デジたんだった。
あの後デジたんは猛勉強に励み、ウマ娘のスポーツ科学科のある大学に入学したことまでは知っている。デジたんからの推し活の誘いも徐々に減り、ちょっと寂しさを募らせていた。しかし。まさか。いきなり。
「あの日、トレーナーさんに言われて色々考えたんです。私は本当にトレーナーになりたいのかって。でも、どんなに考えても結論は同じでした。私はウマ娘ちゃんが好き。その気持ちは変わりません」
少し大人びて雰囲気も変わったデジたんが言った。正直別人だ。少なくとも私の知っているデジたんではない。
「だから、誠心誠意頑張っていきたいと思っています!よろしくお願いします!師匠!」
「いや師匠呼びはやめて……」
そう言って笑ったデジたんの顔には、あの日とは違う覚悟が見えた。
これなら大丈夫だ。私とデジたんは熱い握手を交わしたのだった。 - 19二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 01:29:34
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- 20二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 02:54:29
トレーナーはデジタルのこと心の底から大事に思ってて、だからこそトレーナーになるって夢に真摯に向き合って
デジタルはそんな姿を見て、真剣に担当のことを考えられるトレーナーになろうと覚悟を決めたのでしょうね
デジタルも担当を持つトレーナーになったら、きっとそこから厳しくて優しい覚悟が次の世代に繋がることでしょう
素敵なSSをありがとう - 21二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 09:50:03
あ゛ー!あ゛ー!!
続き出てたのかよ!
ありがとう!! - 22二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 10:23:25
寝て起きたら感想がこんなに……ありがとうございます
- 23二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 12:08:43
あーもうむりむりむり!!!
すきすきすきすきすき
ゔっ - 24二次元好きの匿名さん21/10/09(土) 13:42:34
トレーナーが立派に大人してるSSはいいね