- 1◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:34:06
「あのさ、その……で、デート、してほしいんだけど」
「別に構わないけどなんでそんな恥ずかしそうにしてるんだ?」
仕事がいち段落したのか、休憩をしてるトレーナーにデートのお誘いを持ちかける。
『アタシ、アンタの事が──』
トレーナーと共に夏祭りに行った帰り道、アタシはトレーナーに告白した。
今考えてもなんであの時告白したのかは分からない。ただ溢れる気持ちをどうしようもなくて。
どうにか吐き出してしまいたかったことだけは強く覚えてる。
『きっと……ドーベルがしたいような、恋人らしいこと、っていうのはさせてあげられないと思うけど』
受け入れて貰えるだなんて思っていなかった。
夏休みも終わってしばらく経つというのに、いまだに信じられない。
ただ告白して以降……所謂恋人らしいこと、というのは特にしていない。
これに関しては何も行動を起こさないアタシに問題があると思うけども。
一応なんでここまで引き延ばす事になったのか、理由はあるにはある。
今までのお出掛けは単にウマ娘と担当トレーナーとしてのものだったかもしれない。
けどこれからのお出掛けは名実ともにデートになる訳で……。
「だって……こ、恋人としての初デートだと思ったら……」
そんな嬉しさと恥ずかしさが綯い交ぜになったアタシの言葉に、トレーナーが口元を抑えながら視線を逸らす。
「……アタシ、変なこと言った?」
「……いや、可愛いこと言ってくれるな、と思って」 - 2◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:34:16
そう言われてもアタシは恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなんだけど。
でもそっか……。一応可愛いとは思ってくれてるんだ……。
そう思うとふと、前々から気になっていた疑問が頭の中に浮かぶ。
「……そういえばさ。今更だけどなんでOKしてくれたの、告白……普通断るでしょ?」
トレーナーと現役のウマ娘、という事で当然年齢差やアタシ達が学生であるという事が障壁として立ちふさがる。
世間的に見るとそこそこ寛容ではあると思うのだけど、トレーナーたちの意識からするとお付き合いなんて当然お断りするのが大前提なんだと思う。
勿論例外もあって、学生のうちにお付き合いを始めて上手く行ってるケースも聞いたりはするけども、そんな話を夢見て玉砕する子は後を絶たない。
アタシだってその玉砕したうちの一人になっていた可能性は大いにあったと思う。
あの時告白したアタシが居るからこそ今がある訳だけれど、もう一度やれと言われたら絶対に出来ない。というかやるつもりもない。
「う~ん、信頼してるから、かな」
「信頼?」
「そう。関係が変わったとしてもそれを理由にやんちゃするとは思えなかったし」
確かにお付き合いを始めたからと言って具体的にどうしたい、とかはアタシにはない。
というよりも何をすればいいのか分からない。関係の肩書は変わったけれど、好きな気持ち自体に大きな変化はない訳だから。
告白自体も勢いでしちゃっただけで。
デートとか、そういうありふれた事はしたいけど、そこから先はよく考えていない。
「年齢的にも高等部と言えど、普通の学校で言えば大学生くらいだしね」
「じゃあ、もう少し年齢が低かったら断ってたの?」
「そうだな……流石に高校生くらいの年齢だったら断ってたと思うよ」
まあ、せめて成人してから……と考えるのは普通だと思う。 - 3◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:34:28
「それに君はメンタルの調子が走りにも影響しやすいからさ。あの時、やんわり断るよりもちゃんと気持ちに答えた方がいい方向に転ぶと思ったんだ」
それは確かに……自覚がある。精神的に不安定だとどうしても走りも乱れるし。その逆も然りで精神的に安定してると走り自体も安定してる。
他の子も大なり小なりそういう事はあるのだろうけれど、アタシの場合は特にそれが顕著に出る。
トレーナーという立場を考えると、確かに断って下手に調子を崩されるよりも、受け入れてしまった方が良かったのかもしれない。
ただそれだと、アタシがまるで現役のウマ娘という事を盾にして迫ってしまったような気がしてならない。
「……やっぱり、迷惑だったよね」
「そんな事ないぞ! あの時、断れる理由はあったかもしれないけど、それよりも素直な気持ちで向き合いたいと思ったのは本当だから」
無理に交際を受け入れてくれたんじゃ……と不安に駆られるも、すぐに否定されて安堵する。
「まあ、いずれはこうなるとは思ってたから。俺の感覚としてはその時期が早くなったくらいかなぁ」
いずれは? じゃあトレーナーはいつかはアタシが告白してくる、って気づいてた、ってこと?
「トレーナー……アタシが告白する前から気づいてたの……?」
衝撃の事実に、思わず声が震える。
「ああ~、まぁ。そうじゃないのかなぁとは薄々感じてたね」
まさかあの時告白されるとは思ってなかったけど、と続けているけれどアタシの頭の中はそれどころじゃない。
まさか、なのはアタシの方。一応隠していたつもりだったのに筒抜けだっただなんて……。
「……いつから?」
「ドーベルを担当する事になって3年と少ししてからかな?」
それってほとんどアタシが恋心を自覚した時期と同じじゃ……。 - 4◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:34:38
「……じゃあついでに聞くけど、アタシの事、どれくらい好きなの?」
一応告白には答えてくれてる訳だし、一定の好意は持ってくれているとは思うんだけど……。
それがどの程度なのか気になるし、本当にアタシの事が恋愛的な意味で好きなのか不安にもなる。
けどこれって俗に言う彼女からのめんどくさい質問というやつじゃ……。
言ってしまってから後悔する。
「……それはノーコメントで。好ましく思ってるのは本当だよ」
流石にトレーナーも恥ずかしいのか。逃げるようにはぐらかしてきた。
「こ、これじゃダメ?」
「……いつかはちゃんと答えてもらうから」
ふぅ、とトレーナーが安堵の吐息を漏らす。
まあ、強引に聞き出すのはやめよう。今はまだ気持ちに答えてくれた、ってだけで十分。
「ところで。デート自体は構わないんだけど、行先は決めてるのか?」
行先……。デート自体が目的だったから行く場所なんて何も決めていない。
温泉に行った時といいどうしてこう、ちゃんと段取りを決めておかないんだろう。
答えに窮してるアタシを見兼ねてか、トレーナーが助け船を出してくれる。
「あれ? 特に行きたい場所がある訳じゃないのか?」
「だって……アンタと一緒ならどこだっていいから」
そもそもお出掛け自体は今までもしてきた訳だし、改めてデートとして行くとなるとどうすればいいのか分からない。
明らかにこういう事に対する経験値が足りていない。今後、足りる日が来るのかは分からないけれど。 - 5◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:34:48
「ドーベル、それわざとやってる?」
わざと? 今の会話でアタシに不自然な部分はなかったはず。トレーナーは何のことを言っているのだろう。
「何のこと?」
「……いや、気付いてないならそれでいいよ」
またもはぐらかされたけど、不快にさせる発言をしたとも思えないしトレーナー側の事情、と割り切っていいはず……?
少しだけ思案する素振りを見せたかと思えばすぐに口が開く。
「特に行きたい場所がないなら二人で決めようか。その方がお互い楽しめるでしょ」
「うん」
(そっか。これからはアタシだけじゃなくてトレーナーの行きたい場所にも行けばいいんだ)
今まではアタシに合わせてくれていたけど。
今はもう対等な関係だから。アタシに合わせてもらうだけじゃなくて、アタシがトレーナーに合わせればいい。
交際を始めたという事実が、少しだけ実感出来た気がした。 - 6◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:35:00
アタシのお誘いから数日後。二人で決めたデートの行先は映画館になった。
「これとかどうだ?」
「初デートでの映画がべじキャロリンってどうなの?」
べじキャロリン……幼児向けのアニメでアタシが小さい頃にもやってた長寿アニメ。
弟妹たちも夢中になっている、というのはトレーナーと出会った頃の話で。流石にべじキャロリンはもう卒業してる。
「あれ? 弟さんや妹さんが見てるんじゃないっけ?」
「何年前の話よそれ……。もうとっくに卒業してるよ」
「嘘だろ!? もうそんなに経つのか!?」
「まあ、候補としてはなしじゃないけど……」
「う~ん、じゃあカップルらしくこの恋愛映画?」
「……アンタは興味あるの?」
「いや……ないね」
「だと思った……だったら却下。興味ない映画見ても楽しくないでしょ」
そもそも映画館をデート先に指定するなら見る映画も決めておけ、って話かもしれない。
ただこれに関しては二人で話し合った結果『じゃあもう初デートとしていっそのことべたべたな事しよう』という事になった。
なので見たい映画があるから映画館を選んだ訳じゃない。
それでも見る映画は決めておくべきだったかもしれないけど『行ってから二人で決めようよ』というトレーナーの一言があった事により今に至る。
「5時間インフェルノ2……上映時間5時間!? 誰が見るんだこんなの!?」
「それ、過去作の方だけどマックイーンは前に見たって言ってたよ」
「マジか……いるんだな、見る人……」 - 7◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:35:12
何を見るか、場内のポスターと二人でにらめっこしていると。
「あっ」
ふとトレーナーが声を上げたかと思えば、ある映画のポスターに目を奪われている。
アタシもそのポスターに目を向けると、世界的にも人気な、不思議な生き物が活躍するアニメの映画だった。
「アンタはこれが見たいの?」
「え? ああ、いや。これって俺が子供の頃に上映されてたやつでさ。そっか……今復刻上映してるんだな……」
何を見るか悩んでいたさっきまでの反応とは明らかに違う。
「じゃあ、これにしようよ」
「いや、昔見たことあるしさ。ドーベルが見たいのでいいよ」
そうは言ってるものの、表情からなんとなくこれが見たいんだな、とは分かる。
アタシに合わせてもらうだけじゃなくて、トレーナーにも合わせる、って決めたんだから。
「アタシはこれと言って見たいものもないし、アンタが見たいのがあるならそれがいい」
「そこまで言ってくれるなら……そうするか」
多分アタシが見たい映画を見ようと思っていたんだろうけど、逆に自分が見たい映画を見る事になったからか、トレーナーはちょっと照れくさそうに笑っていた。 - 8◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:35:24
2時間くらいの上映を終えて、劇場を後にする。
「結構感動するお話だったね」
「ああ……。久しぶりに見ても良かったよ……」
物語のクライマックスでは、今回の映画での主役を張っているキャラクターが消えてしまうんだけど、そのシーンで思わずうるっ、と来てしまった。
その時にトレーナーの様子も気になって隣を見てみたら、アタシの比じゃないくらいに涙を流していた。
「アンタ、凄い泣いてたね」
「え!? 見られてたのか!?」
「だってちょっと鼻啜ってたじゃない」
「格好がつかないな……」
「まあ、いいんじゃない。アタシもうるっ、と来たし」
(トレーナーの見たい映画で正解だったかも……)
トレーナーとウマ娘として過ごしていても、人となりは分かるけど、私生活までにはそこまで踏み込むことはない。
いや……中には踏み込んでいくような子もいるかもしれないけど。
アタシは深く詮索するようなタイプでもなかったし、好きな映画の好みとか。そういうのって知る機会がなかったから、これから知らなかった一面も知れると思うと少しドキドキする。
取り合えず今日見た映画は男同士の友情、って感じのものだったから割と普段のイメージ通りな気がする。
映画も見終わって、あてどもなく二人でぶらつく。
(手、今日は繋いでくれないのかな……)
前に繋いでくれた時ははぐれないように、って理由があったから。
……今は理由がなくても繋げる関係性ではある。
でも。 - 9◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:35:40
(やっぱり、外で手を繋ぐのはダメだよね……)
アタシの、というよりトレーナーの世間体だってあるし、ダメだって分かってる。
大体そういう事は出来ない前提で受け入れてもらったんだから。
流石にそこまでアタシのワガママを受け入れてもらう訳にはいかない。
そう思っていたのに、唐突にトレーナーの左手が、アタシの指を絡めとる。
驚き隣を見ると、少し悪戯っぽい笑みを浮かべたトレーナーと目が合う。
「違った?」
「ちがわ、ないけど。……いいの? 周りの目だってあるのに」
「まあ、そこかしこでイチャつくのはダメだと思うけど。手を繋ぐことすらダメなのは息苦しいだろ?」
そういうところがズルいと思う。アタシのやりたい事、先回りして、させてくれて。
「ああは言ったけどさ。ドーベルはもう少ししたいようにしてもいいぞ? いざという時は俺がブレーキ掛けるからさ」
「じゃあ……そうさせてもらう」
「ああ、そうしてくれ」
と言っても、したい事があっても行動に移せるかどうかは分からないけれど。 - 10◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:35:50
「ドーベル、夕食は食べて帰るか?」
「アタシはそれでいいけど……」
そう思った傍から、曖昧な返事をしている自分に気づく。
(そうじゃなくて……これからはちゃんとしたい事、はっきり言っていかないと)
「ううん、食べて帰りたい」
「よし、じゃあそうするか。……まだ中途半端な時間だし、どこかで時間でも潰そうか」
したい事、させてあげられないかもしれない、って言ってた癖に。
どこまでもアタシのお願いを叶えてくれるその優しさに、つい甘えきってしまいそうになる。
(だから、そういうところが……)
以前よりも特別な関係になった事を確かめるように、少しだけ、手を握り返す。
「なに?」
「別に。なんでもない」
歩くリズムに合わせて弾む尻尾を揺らしながら、二人並んで歩く。
絡み合わせた指を隠すように、寄り添いながら。 - 11◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 22:36:04
みたいな話が読みたいので誰か書いてください。
- 12二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 22:36:44
もう書いてる!
- 13二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 22:37:40
はっはっはっは名作!!!
- 14二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 22:39:12
Q:神を見たことはありますか?
A:このスレで見た - 15二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 22:45:20
いつのまにかその物語が出力されてて笑っちゃうんすよね
- 16二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 22:45:54
あー甘い!!!すき!!!!!
だんだん相手のことをもっと知りたくなっていくの完全に落ちてて乙女 - 17二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 22:56:04
ニヤニヤする
- 18二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 23:09:44
あまーい!!
読んでて胸が苦しくなるぜ…… - 19二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 23:12:17
凄い、ベルトレのエミュが上手い
- 20◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 23:22:22……ねぇ、今年はお祭り行かないの?|あにまん掲示板「……ねぇ、今年はお祭り行かないの?」「お祭り?」 トレセン学園も夏休みに差し掛かろうかという時期。 今は冷房のあるトレーナー室で涼ませてもらってる。「毎年アンタが連れ回すでしょ、だから……」 この時…bbs.animanch.com
こちらの前作でくっつけてしまったが為に、もし付き合った場合、のシチュエーションしか思い浮かばなくなってしまったので思考を取り戻す為にも出力します。
告白のくだりくらいしか関係ないので一応単品でも読めるようにはした、はず……。
私自身はくっ付くまでのもだもだが最高に好きなので、なんなら絶対にくっつけてやらないくらいの気持ちで書いてるんですけども。
現役時代から交際するのはNG派な方も一定数いるでしょうが、最初の三年間を終えたら高等部の子は大学生くらいの年齢にはなるし流石に自分で分別付ける年齢だよね?って感じで書いてます。
後、ベルトレ側の好意がどの程度なのかで悩みましたが、私の脳内ではこの時点だと恋愛感情云々よりも庇護欲が強い想定です。
ドーベルが卒業する頃には陥落してるんだろうなぁ……という事を自分で書いておきながら他人事のように思っています。
ベルトレには勘違いさせるようなセリフを言いまくった責任を取って想いが募って苦しんで欲しいですね。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
- 21二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 23:31:00
- 22◆y6O8WzjYAE22/08/24(水) 23:34:33
- 23二次元好きの匿名さん22/08/24(水) 23:36:55
もう書いたんじゃねーかよ!
- 24二次元好きの匿名さん22/08/25(木) 08:35:56
新シナリオでドーベルのガルレジェ聞けて涙ですよ
- 25二次元好きの匿名さん22/08/25(木) 19:17:14
すげぇ良かった...
- 26二次元好きの匿名さん22/08/26(金) 04:07:36
とても素晴らしい、毎回美しくて好きです
- 27二次元好きの匿名さん22/08/26(金) 10:20:08
また映画はなんだ?トレーナーが子供の頃ってなると16〜20年前くらい?
- 28二次元好きの匿名さん22/08/26(金) 10:44:56
so good......
- 29◆y6O8WzjYAE22/08/26(金) 22:32:22
このSSは最後の恋人つなぎするとこが書きたかっただけなので本筋とは全く関係ないんですけど、一応イメージした作品は決まってますね
若干の連想ゲームと私が見たかった、という願望を乗せただけなんですけども