【オリウマ注意】問題児達の参謀Season3【SS】

  • 1◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 13:25:14
  • 2◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 13:27:01

    ■一

    「シンセダイナ、逃げ切れるか! それともシンボリルドルフが差し切るか!」

     テレビから叫ぶような実況が流れる。トレーナー室に新たに置かれた小型テレビを、レグルスの面々で覗き込んでいた。今年もそろそろ終わる頃、画面の先では今年の集大成として有馬記念が行われていた。先頭はシンセダイナ、だがシンボリルドルフがその横まで追い付いた。残り数百メートルのところでシンボリルドルフが一気にかわす。

    「かつて七冠を抱いた皇帝が、再びグランプリを手にしました! シンセダイナは惜しくも二着」

    「それでもシニア級のウマ娘が集う有馬記念でこの結果は十分すぎる程ですね」

     誰もが皇帝の復活を喜んでいた。テレビ越しにも伝わる歓声は他の奴らの心も震わせる。

    「……勝ちたい、あの人達に」 

     呟いたのはトロピカルエアだ。今回は人気投票で出走が叶わなかった。しかし有馬記念は来年もある。その前には宝塚記念だって。これから迎えるシニア級のライバルに対しても、彼女は臆すること無かった。

     勝たせる、とは言えないが土俵までは連れて行く。それが自分の願いだ。レースで雌雄を決するその場まで、彼女達を磨き上げ、前に進ませる。その為にするべきことは幾らでもある。

    「よし、有馬記念も終わったところで。今年最後のミーティングするぞ」

     ホワイトボードを引っ張ってくると、興奮冷めやらぬメンバー達は、ギラついた目を輝かせた。

  • 3◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 13:41:15

    「これからシニア、クラシックをそれぞれ走っていくことになる。先ずはシニア組から話そうか」

     シニア級になれば、出られるレースは一気に増える。世代限定戦では会うことのなかった、一つ二つ上の世代とも当たるようになる。

    「シリウスは秋まで休養。怪我しっかり治すぞ。来年も毎日王冠から秋の天皇賞を目指す」
    「おう」

     シリウスは素直に受け入れる。秋の天皇賞で、シリウスは骨折した。半年以上の休養とリハビリだ。しかし、彼女の目には闘志が残っている。問題はもう無い。

    「トロピカルエアは大阪杯、ビューティモアは高松宮記念を目指して調整する。合間にオープン戦かG3を一戦挟むことになるだろう」

     春のシニアG1戦線に挑むのはこの二人だ。贔屓目かもしれないが、G1を勝つだけの力は十分にあると思っている。

    「クライネキッスはG1に出られるだけの実績を積む。長い距離でも問題ない筈だ。阪神大賞典を勝ちに行くぞ」

     クライネキッスは最近メキメキと力を伸ばしてきている。G1に挑むのも夢物語ではない。

    「ザッツコーリングはオープン戦を中心にしていく。大目標は地方トレセンとの交流重賞だ」

     今、中央のダートは魔境だ。ザッツコーリングを低く見るわけではないが、歴代屈指の怪物揃いと言われる今のダートに無策で走らせることはできない。ゆっくりと、確実に経験を積んでいく。

  • 4◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 14:18:26

    「次にクラシック。と言ってもツヴァイスヴェルとアクアスワンプはシンプルだ。未勝利戦勝ちに行くぞ」

     メイクデビュー戦から後一歩が届かない彼女たち。残された時間は後約半年。それまでの間に未勝利戦を勝ち、次のステップを目指す。当人二人だけでなく、コンテストアバターも拳を強く握った。

    「ジュエルビスマスはクラシック戦線を狙おう。皐月賞を取る為に先ずは弥生賞を目標にする」

     唯一クラシック組の中で未勝利戦を取っているジュエルビスマスはクラシックの冠を目指す。現状では実績が足りない。トロピカルエアと同じように、トライアルレースでの優先出走権獲得を目指す。ジュエルビスマスの視線が先輩のトロピカルエアに向き、彼女も応えるように頷く。

    「年明けからは目標達成に向けてツーマンセルで動いてもらう。今までは控えていたが、先輩後輩間での併走練習も増やしていくぞ。ローテについては」

     ホワイトボードに併走のローテーションと具体的な練習メニューを書き連ねていく。自分の名前が書かれていないボードをシリウスが真剣な表情で見つめていた。

  • 5二次元好きの匿名さん22/10/02(日) 14:19:10

    お久しぶりです!

  • 6◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 14:36:37

    年が明け、二年目も慣例となった初詣が終わる。ツーマンセルの練習は順調に進んでいるようだった。トロピカルエアはそのストイックさを武器に後輩のジュエルビスマスからも吸収し、また自分の武器を惜しみなく教えている。クライネキッスは以前と同じように後輩達をまとめ、コンテストアバターもその補助に回りつつ、それぞれのパートナーと高めあっていた。ビューティモアとザッツコーリングは芝とダートで違いこそあれど、元々の仲の良さもある。感覚派のビューティモアからきっかけを得たザッツコーリングが言語化することによってうまく回っているようだ。本当は俺が全部出来たら良いんだが、過ぎたことは望まない。今俺が注力するべきなのはシリウスのリハビリだ。

     いつものようにトレーナー室でノートパソコンを弄る。シリウスの回復は予想よりも早かった。あと一ヶ月はギブスが必要だと最初は言われていたのだが、もう外しても問題ないくらいだ。計画を少し前倒しにしつつも、彼女の負担が大きくならないよう調整する。

    「よう、トレーナー」

     背後からシリウスの声がした。こういう時にもたれかかってこないのは珍しい。いや本来それが普通の距離感なのだろうが、少し麻痺している気がする。ともあれ、呼びかけられたので一旦ノートパソコンを閉じて振り返る。

    「こいつ、チームに入れるぞ」
    「……はあ?」

     何処の誰とも知らぬウマ娘を担いで、意気揚々とそう言い放った。困惑の声一つで収まったのは嫌なことだがある意味慣れだったのかもしれない。

  • 7◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 14:47:03

    「色々と聞きたいことはあるが、まず状況を整理しようか」

     そのウマ娘は誰で、何故シリウスが担いでやってきて、どういう理由でレグルスに入れようと考えたのか。とりあえずの質問はこれくらいか。

    「教官に噛み付いてたウマ娘で、良い走りだったし面白そうだから拉致して来た」
    「堂々と拉致って言うな」

     ゴールドシップじゃないんだから。

    「つまり、問題児だからうちで引き取りたいと」
    「そういうことだな」

     全く無茶を言ってくれる。というか、教官に噛み付いたってその事案についてはもう解決しているのか? この様子ではしていないだろうな。

     被害者のウマ娘を見る。手入れされてないとはいえきれいな栗色の髪だ。目は落ち着かなさそうに辺りを見回している。気になるのは何故か口にバッテン印のマスクをつけていることだ。ヤンキーみたいな風体と子鹿みたいな様子がミスマッチ過ぎる。

    「お前、名前は?」

     そのウマ娘はびくりと肩を跳ねさせて、震える声で答えた。

    「お、オルフェーヴル、ッス……」

  • 8◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 14:54:39

    「オルフェーヴルか。とりあえず、うちのシリウスがろくな説明もせず連れてきただろうことは謝罪しよう」
    「私はこれが最善だったと思うぜ?」
    「最善かもしれないが話が別だ」

     その時の様子を俺は見ていないからな。教官に噛み付いたとは言うがそういうタイプには見えない。

    「うちはいろんなウマ娘の可能性を拓くためにチームを作った。もし、トレーナーにアテが無いなら、こいつの言う通りうちで面倒を見てやることはできる」
    「えー、えーと?」
    「ま、早い話がちょっと乱暴なスカウトってところだ。もちろん断ったからってお前に不利益になるようなことはないと約束しよう」

     口約束にどれだけ意味があるか分からないが、というよりこれじゃ殆ど恐喝だな。いやどうすれば良かったんだよ。

     ただ、シリウスが彼女をチームに入れたいと思ったのならば、それに足るだけの理由か、直感がある筈だ。結局のところ贔屓目で、片棒を担いでいるだけに過ぎない。

    「その……持ち帰って検討したりとかは……」
    「もちろん構わない。ほらシリウス、離してやれ」
    「仕方ねえな」

     シリウスがオルフェーヴルを降ろす。彼女はそそくさと頭だけ下げると逃げるようにトレーナー室を出ていった。

  • 9◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 15:34:25

    「で、結局何があったんだ?」

     オルフェーヴルが去った後にシリウスに尋ねる。

    「何がってなんだ?」
    「教官に噛み付くようなタイプには見えないが、お前がそんなつまらん嘘吐くとも思わん」
    「言ったままだ。教官に噛み付いて騒ぎを起こしてた。文字通りな」
    「文字通り?」
    「ああ、腕にくっきり噛み痕がついてたぜ?」
    「そんなシンコウウインディじゃあるまいし……」

     噛み付き癖で有名なシンコウウインディ以外にそんな奴が居ると思いたくない。いや、一人居るなら二人居たっておかしくはないのかもしれないが。

    「まあ、あいつの走りを見れば分かるさ。走らせてもらえるのかは知らないが」
    「教官に噛み付いたんならしばらく謹慎だろうなあ」
    「もう一回拉致るか?」
    「やめてくれ」

     こっちも謹慎処分なんて洒落にならないと首を振る。

     しかし、シリウスが目を留める程の走り。それが気にならないかと言われれば嘘であった。

    「過去のデータ探してみるか。一つくらい走ってるのもあるだろ」
    「なんだ、そういうのって簡単に手に入るものなのか?」
    「普通はそうでもない、と思う」

     選抜レースのデータは、ウマ娘をスカウトしようと試みるトレーナーにとっては宝の山だ。狙っている相手がいるのなら、わざわざ他人に流してライバルを増やすような真似はしない。

     だが、交換条件となれば話は別だ。

  • 10◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 16:04:44

    情報の価値は夏の合宿で教えられた。同期や、多少交流があった他のトレーナーを中心に、半年間コネクションを広げてきた。ダービーウマ娘擁するチームのデータとなれば相応の価値になるようで、手が追いつかない今年クラシック世代の情報などは、交換して集めているようなものだ。

    「これか」

     選抜レースのデータから、オルフェーヴルの名前が載っているレースを探り当てる。順位は斜行による降着。だが、位置取り自体は一着につけていたらしい。

    「動画はあるのか?」
    「待ってろ。今再生する」

     再生ボタンを押す。雑音とトレーナー達の声。ハンディカメラなのか手ブレもある。どうせならもっと良いカメラを使えと毒吐きながら、レースが始まるのを待った。
     スタートは普通。きれいな走り出しだとは思うがそれだけだ。中団後ろにつけ、第四コーナーを回る。ポジションは良い。折り合いもつけている。確かな才能を感じさせる走りだが、シリウスが言う程の魅力は感じない。

     そんな感想は、最後の直線に入った瞬間に吹き飛んだ。

  • 11◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 19:44:00

    暴走機関車、とでも形容するのが良いだろうか。これまでの優等生とは一転して荒々しい走り。フィジカルに物を言わせてポジションを奪い取る、シリウスの走りに似ている。だが、もっと乱雑で、力任せだ。前にいるウマ娘を突き飛ばすような凶暴さが見える。動画内からもどよめきが聞こえる。それはそうだ、レースをしているウマ娘達の中に突然暴走車が現れたのだ。むちゃくちゃな走りで、間違いなく強い走り。

    「良い走りするだろ?」

     ああ、これは確かにシリウス好みの走りだ。荒削りで、磨き方も分からない原石。輝きたいという願望だけが独り歩きしているような不安定さ。このウマ娘は大成するか、大きな問題を起こすかのどちらかしかない。問題児を集めるうちのチームには、うってつけなのかもしれない。

    「……それだけか?」

     だけど、何かが引っ掛かった。シリウスシンボリというウマ娘がわざわざ連れてくるには取っ掛かりが弱い気がした。

    「私のことを分かったつもりか?」

     口調は荒いが、怒っているわけではない。シリウスが挑発混じりに返す時は、大抵的を得ていたときだ。やはり、ただの走り以外に彼女が惹かれるものがあるのだろう。

    「全部分かってたらこんな質問しない。そうだろ?」
    「言うようになったな。ま、簡単な話だよ」

     そうシリウスが言った理由は、俺としては予想もしていないものだった。

  • 12◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 20:52:47



     オルフェーヴルは寮のベッドの上で今日の出来事を思い出していた。怒られて、カッとなって噛み付いて、騒ぎになったところをシリウスシンボリというウマ娘に攫われて、そしてスカウトされた。

     意味が分らない。結局逃げた扱いでさらに怒られたし、模擬レースはしばらく出られなくなった。風邪の時に見る悪夢だってもう少し脈絡があるだろう。

    「なんかもう、ほんと嫌になるっす」

     机の上に置いたマスクを取る。人前に出るのが恥ずかしくて、いつも、走る時でさえマスクをつけている。教官に目をつけられたのもそれが理由だ。マスクをしている間は落ち着いていられるのに、怒られて、口論になって、むりやり剥がされて、頭に血が上った。学園内でも噂になっているらしい。狂暴すぎてルームメイトが居ないのだと。実際にはたまたま同室だった子がトレセンをやめてしまっただけなのに。

    「チームレグルス、かぁ」

     シリウスシンボリの居るチームについては一応調べてみた。一昨年出来たばかりの新しいチームで、元々問題児達が集まっていたらしい。G1ウマ娘を擁するチームでありながら、入るのに試験は無い。面談はあるらしいが、これまでに落ちたという報告はされていない。結成からまだ三人しか新しく入っていないらしいから当然か。

  • 13◆JeDP4cldSc22/10/02(日) 23:59:21



    「っていうかなんで三人しか?」

     G1ウマ娘の居るチームともなれば普通は入団希望が殺到するものだ。実際現在も走っているG1ウマ娘は、担当と専属契約を結んでいる。数十人規模のマンモスチームのエースである。厳しい試験を設けた少数精鋭のチームに居る。そのどれかであり、試験が無いのに少人数というのは異様に映る。

     その原因は前身である問題児達の集まりにあることを、オルフェーヴルは知らなかった。不法にグラウンドを占拠したこともある問題児達は、多くの"普通の"ウマ娘にとってはこうなりたくないという忌避の対象だった。そのイメージが一年や二年で薄れることもなく、チームレグルスの結成前に被害にあったウマ娘達は、彼女達を避けるように動き、知らないウマ娘達も不穏な気配を感じ取って離れていく。レグルスに入ろうとするのは無知か勇者か、そんなところだった。

     オルフェーヴルも怖くないといえば嘘になる。そもそも、突然拉致するような不良を怖がるなという方が無理な相談だ。だけど、やはり自分を見留めてくれたのでは、という気持ちが拭えない。

     何しろ、自分も問題児なのだ。彼女にはその自覚があった。常識的な感性を持ちながら、一度頭に血が上ってしまうと抑えられない。それで何度チャンスを不意にしてきたことか。

     自分の進むべき道は何処か、彼女は未だ決めきれないでいた。

  • 14◆JeDP4cldSc22/10/03(月) 06:53:57

    「オルフェーヴルの退学、ですか?」

     急にトレーナー室までやってきた、シンボリルドルフのトレーナーから告げられた一言は、動揺するには十分だった。先の騒ぎが原因ではあるのだろう。シリウスがうやむやにしたことから俺まで話が繋がっていることを察して、わざわざ話しに来てくれたのだ。

    「まだ議論に上がっただけではあるけどね」
    「どうして。教官と騒ぎになった例なんて珍しくもないでしょうに」

     ウマ娘というのは気立ての良い子が多いと言われているが、それと同じだけ跳ねっ返りも多い。教官と衝突するウマ娘というのはもはや恒例行事の一つであり、今回のように怪我を負わせたケースも少なくはない。というよりも、ビューティモアが教官を蹴り飛ばして問題児送りになった例だ。

    「一度ならそうだけどね。一度ではない。彼女が模擬レースで順位を得たことがないのは調べているだろう?」
    「それは……そうですけど」

     オルフェーヴルの着順は競走除外、斜行、進路妨害とまともに走った結果ではない。

    「これは彼女の為でもあるし、他のウマ娘の為でもある。自身をコントロールできない娘が周りに被害を出す前に、諦めてもらう。苦渋の決断ではあるが、理解はできるよね?」

     ウマ娘の足はガラスの脚だ。一生の傷を残す前に、というのは責任者からすれば当然の帰結だ。

  • 15◆JeDP4cldSc22/10/03(月) 11:56:30

    「……それをわざわざ伝えに来たってことは、あなたもオルフェーヴルを失うのは痛いと考えてるんですか?」

     シンボリルドルフのトレーナーは他に担当を持つつもりはないだろう。全てのウマ娘の為を掲げているとはいえ、一種の機密事項を一介のトレーナーに話す理由は分かっていた。

    「退学が決まる前に、うちで囲い込めと」
    「別にそんなことは言ってないけどね」
    「言質を取ろうとしてるわけじゃないですよ」

     素知らぬ顔ではぐらかされる。この人と話しているといつも狐か狸に化かされているような気分になる。手のひらで踊らされているが、進む道の手助けもしてくれる。老獪という他ない。

    「ともあれ、俺から動くことは何も無いですよ」
    「ほう?」

     確かに、今すぐ理事長のところに行って直談判すればオルフェーヴルの退学見送りとチーム加入は叶うだろう。事情を説明すれば、彼女もおそらく納得する。

    「でも、押し売りするつもりは無いので」

     理由は二つあった。一つは、オルフェーヴル自身の弱みにつけ込むようなことをしたくなかった。極論、彼女を迎え入れるのは誰でも良いのだ。俺達である必要は無い。
     二つ目は、俺から行動してしまえば選り好みしていることになってしまうから。すくい上げる為にこちらから動けば、助ける相手と助けない相手に差が生まれてしまう。オルフェーヴル以外にも悩んでいる子は沢山いる。自身の才能でも、気性でも、或いは巡り合わせでも。オルフェーヴルだけが特別なわけじゃない。

  • 16◆JeDP4cldSc22/10/03(月) 18:48:08

    「手の届く範囲で、助けを求めている奴は助けます。だけど、自分から行ったらそれはもう、打算だ」
    「打算で何が悪いのかと思うけどね。僕らは仕事だよ?」
    「悪くないですよ。ただ俺が俺を許せなくなる」

     誰かを助けに行くということは、同じ境遇の誰かを助けない選択をしたということにもなる。全てを救うことは出来ない。だから前もって線を引く。
     ルドルフのトレーナーはそれを察したのかどうかは分からないが、納得はしたようだった。

    「僕は一応伝えに来ただけだからね。君がどうするかは君に任せるさ」
    「ええ、ありがとうございました」
    「お代はうちのルドルフとのレースで良いよ。もちろん本番でね」

     手をひらひらと振ってルドルフのトレーナーは去っていく。後ろ姿が完全に見えなくなると、どっと疲れが押し寄せてきた。

    「あの狸親父はルドルフよりもいけ好かねえな」
    「シリウス、来てたのか」

     それと、親父呼ばわりするにはあの人はまだ若い。三十路に入って少しくらいだろう。俺より少し歳上なだけで親父扱いされると、俺の将来も心配になる。

    「あの狸が居たから隠れてたのさ」
    「そりゃ英断だ」

     肩をすくめてそれに答えた。

  • 17二次元好きの匿名さん22/10/04(火) 00:00:00

    保守

  • 18◆JeDP4cldSc22/10/04(火) 11:35:03

    「そんで、実際のところはどうなんだ?」

     ノートパソコンを開いて仕事に戻ると、シリウスが定位置に顎を乗せてくる。

    「まあ、来るんじゃないかと思ってる」

     それは打算。自分から向かいはしないが、来ると甘い見通して動いている。ルドルフのトレーナーよりずっと悪辣だな、と苦笑いが浮かぶ。

    「彼女には走る意志がある。だけど彼女を拾おうとするトレーナーは居ない」
    「これから現れるかもしれないぜ」
    「それならそれで良いさ」
    「相変わらず欲が無いな」

     欲が無い? それは違う。

    「形振り構う余裕があるんだ。随分欲張りなことしてるさ」
    「ハッ、確かにな。二年前のアンタなら地べたに這いつくばってでもお願いしてたかもしれねえ」
    「微妙に有り得そうなことを言うのはやめろ」

     二年前。チームレグルスの結成前で、シリウスに出会う前なら俺はやっていたかもしれない。それだけオルフェーヴルという原石は惜しいものだ。

    「だけど、そうはならなかったろうな」

     オルフェーヴルに他のトレーナーが注目しない理由は、彼女の気性難だけではない。

  • 19◆JeDP4cldSc22/10/04(火) 17:43:22

    「あの子の走りは、かなり特殊だ」
    「ほう、トレーナーみたいなことを言うじゃねえか」
    「実はトレーナーなんでね」

     ノートパソコンから、以前とは違うオルフェーヴルの選抜レースを再生する。

     一度見ただけでは分からない。だが、二度三度と別のレースを見ればすぐに分かる。

    「ストライドが毎回違うな」
    「仕掛ける位置とタイミングもだ。このレースなんか序盤に物凄い失速してから追い上げてる」

     ストライドとピッチはウマ娘にとって何よりも大事な要素だ。坂道をピッチで登るような意図的な調整はあれど、殆どのウマ娘はまず自分に適した歩幅とリズムを見つけるところからトレーニングが始まる。それがフォームの矯正と言われるものだ。

     オルフェーヴルの走りは、常識に当てはめることが出来ない。短いストライドでゆっくり走って後ろに降りたかと思うと、突然ハイピッチロングストライドの怪物みたいな走りに置き換わる。

    「駆け引きの形すら成してない、野獣でもこうはならないだろうな」

     珍獣なんて読んだら憚られるか。UMAみたいなものだ。

  • 20◆JeDP4cldSc22/10/04(火) 22:01:10

    「で、そいつを直す手段はねえと」
    「直すだけならできるだろう。オルフェーヴルという規格外を平凡な枠組みに押し込むならな」

     間違いなく今より遅くなる走りを教えるなんて、トレーナーにとって最大の侮辱だ。そへが身体を痛めるのならまだしも、彼女はまるで負担に思っている様子が無い。

    「手を加えなくても強いなら、それで引く手数多だったんだろうけどな」

     現実は退学が議題に上がる程の問題児。外せない罠が見えてる宝箱にわざわざ手を伸ばす奴が居るのかと言われれば、そいつは余程奇特な奴だろうと答えられる。

     才能とやる気はある破天荒な問題児。なるほど改めて言葉にすればシリウスの好みそうな奴だ。

    「なあ」

     シリウスがマウスを勝手に動かして映像を止めた。そこはちょうど追い上げたオルフェーヴルが他のウマ娘と接触しているシーンで、斜行として失格になった部分だった。

    「なんだ」
    「仮にあいつが紙切れこさえてやってきたとして。この問題、アンタだったらどう解決する?」

     そう。オルフェーヴルが諦めない限り最後は回答権がやってくる。気性難も、レース下手も、特異な走りも、全部に答えを出す必要がある。
     シリウスは、俺がこうしている以上何か妙案があるのか探っているようだった。

  • 21◆JeDP4cldSc22/10/05(水) 00:25:24

    「そんなん、分かるわけないだろ」

     全てをひっくり返すような一手なんて持ち合わせちゃいない。それどころか、どうすりゃ良いのか見当もつかない。

    「ぱっと答えを出せるようなら、もっと熱心になってるっての」
    「そうだな。そんな優秀なら、あんな顔で燻ってた筈ないからな」
    「だけど」
    「一緒に考えることはできる」

     先の台詞をシリウスに言われてしまう。お見通しだとばかりにシリウスは歯を見せて笑った。

    「だろ?」
    「正解だよクソッタレ」
    「台詞取られたくらいで拗ねんなっての」

     拗ねているわけではないのだが、まあ反論する理由も無い。

    「私は、あいつが来ると面白いと思ってるけどな」
    「お前が気にしてる理由は前に聞いたが。是が非でもチームに入れたいって言い草だな」
    「まあな」

     狼の王は、意地の悪い顔を見せた。

    「ちょっと甘え癖のある後輩どものケツひっぱたいてやりたくてな」
    「良い趣味してるぜ」

     だが、悪くない。俺はノートパソコンの電源を落とした。

  • 22二次元好きの匿名さん22/10/05(水) 08:27:13

    保守

  • 23二次元好きの匿名さん22/10/05(水) 18:47:14

    保守

  • 24◆JeDP4cldSc22/10/06(木) 00:04:20



    「あっ……」
    「お、こいつは偶然だな」

     オルフェーヴルは反射的に他の席を探したが、昼飯時の食堂は何処もいっぱいだ。観念してシリウスシンボリの向かいに座る。

    「どうだ、謹慎は解けたか?」

     シリウスシンボリはにんじんハンバーグをフォークで乱暴に切り分けて食べていた。少食なオルフェーヴルの倍はあるだろう量を軽々と減らしていく。

    「まだ……っすよ。もしかしてそれ聞くためだけに待ってたとか言わないっすよね」
    「お望みならそう言ってやろうか?」
    「……遠慮しておくっす」

     オルフェーヴルはもそもそとにんじんを噛みながら、目の前の眩しいくらいに強いウマ娘を見る。どうして彼女は自分に付き纏うのか。

     トレーナーなら分かる。というより有り難いものだ。オルフェーヴルは未だ一度もスカウトを受けたことが無い。トレーナーを見つけられないウマ娘の未来は暗いものだと彼女でも知っている。自分を売り込むには引っ込み思案過ぎた。だから、走りでスカウトを待つしかないのだが、肝心の走りがあの惨状だ。

     しかしシリウスシンボリと違って、チームレグルスのトレーナーは乗り気じゃないように見えた。確かにこちらが望めば受け入れてくれるかもしれないが、積極的に欲しがっている様子ではない。飼い殺しにされて放っておかれるのではないかと、そんな不安が拭えない。

    「……なんで、シリウス先輩はアタシに構うっすか」

     いつの間にか、思考は言葉になってこぼれ落ちていた。

    「おねだりか? 素直なやつだな」

     トレーナーにすら最初は言わなかった。オルフェーヴル本人に対して言う筈もない。

     だからこれから話すのは、本音ではあるが同時に建前だ。

  • 25二次元好きの匿名さん22/10/06(木) 00:14:02

    このシリーズの新作ずっと待ってた!

  • 26二次元好きの匿名さん22/10/06(木) 08:42:43

    保守

  • 27◆JeDP4cldSc22/10/06(木) 19:37:57



    「レースに勝つのに必要なのはなんだと思う?」
    「急になんすか」
    「答えてみな。それが分かってないと、いつまで経っても暴走車のままだ」

     嫌だろう、と言われれば考えない訳にもいかない。

    「努力、才能、運」
    「ああ、模範解答だ。だけど、努力ってなんだ」
    「スタミナをつけるとか、フォームを良くするとか」

     後半の言葉にオルフェーヴルの視線が下がる。自分が何度も挑戦して挫折している事柄だ。人事を尽くしていないとすれば、間違いなくここは原因の一つだろう。

    「いいや、もっと簡単な話さ」

     シリウスが身を乗り出す、鼻と鼻がぶつかりそうな距離まで顔が近づいた。

    「速くなることさ」

     速くなること。乱暴で無造作な結論で、しかし疑いようのない真実。

    「スタミナもフォームも速くなる手段の一つでしかない。遊び呆けてたって、寝っ転がってたって速くなりゃそれが正義だ」
    「何が、言いたいんすか」

     オルフェーヴルはすっかり雰囲気に呑まれていた。シリウスの自信げな態度と強い言葉に、心を揺らされていた。
     簡単な話だとシリウスは言う。

    「クソつまんねえ普通にこだわるな」

  • 28二次元好きの匿名さん22/10/07(金) 00:14:36

    保守

  • 29二次元好きの匿名さん22/10/07(金) 12:01:10

    後で一気読みするから落ちないで♡

  • 30二次元好きの匿名さん22/10/07(金) 22:51:53

    保守

  • 31二次元好きの匿名さん22/10/08(土) 09:03:25

    保守

  • 32◆JeDP4cldSc22/10/08(土) 18:51:45



    「フォームなんか直さなくて良い。暴走したって良い。アンタに必要なのは付き合い方を学ぶことだ。強みを殺すことじゃない」

     それは無責任な言葉だ。

    「だから、それをどうしろって言うんすか!」

     両手を机に叩きつける。食器が跳ねて、鈍い音と金属音は、喧騒を一瞬で静かにさせる。驚いたウマ娘達の視線が一斉にオルフェーヴルへと向かう。元来小心者の彼女が、自身が耳目を集めてしまった事実に身が竦んだ。いつもと同じだ。カッとなって騒ぎを起こして、爪弾き者にされていく。聴衆はすぐに興味をなくして元の空気に戻ったが、体の震えは収まらない。

     反発して怒らせてしまったかもしれないと、シリウスを見る。

    「……ハハッ」

     シリウスは笑っていた。怒らせたことを、まるで悪戯が成功した子供のように思って得意げな顔をしていた。

    「どうしろってか。どうすりゃ良いだろうな。私には分かんないな」
    「分からないなら」
    「答えだけ教えてもらいたいか? 誰かの言う通りに、ってんなら多くはアンタに走るのをやめろって言うだろうな。怪我する前に、取り返しの付かないことなる前に、ってな」
    「それ、は」

     オルフェーヴルは言葉に詰まる。未だ直接は言われていない言葉だが、彼女と走ったウマ娘ならそう言うに決まってると、彼女自身が確信している。聞きたくはないと、ずっと耳を塞いでいた台詞を、防御する暇もなく突き付けられた。

     シリウスからすれば、それはトレーナーがしていた会話の焼き写しでしかない。事実かどうかは確かめていないし、そのつもりもない。ただ、オルフェーヴルが悲観的にそう考えていることを察したから突き刺しただけだ。

  • 33二次元好きの匿名さん22/10/08(土) 23:51:14

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  • 34二次元好きの匿名さん22/10/09(日) 10:09:50

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  • 35◆JeDP4cldSc22/10/09(日) 12:22:01



    「だけど、アンタは走りたいんだろ」

     シリウスは懐かしさすら覚えていた。彼女がかつて拾い集めてきた問題児達も同じだった。上手くいかなくて、誰にも頼れなくて。それでも走ることだけはやめられない。そんなワガママな問題児達。そんな不器用な奴らを見捨てられなくてシリウスは問題児達の王になったし、王であることをやめた今も本質は変わっていない。

    「なら私の所に来い。私はアンタと走ってやる。アンタの弱点が武器になるように、一緒に考えてやる。見せてやれよ。乱暴で、暴力的な走りでアンタの強さを」
    「あ、あんたは良くても。あんたのチームはどうなんすか」

     突然新しいウマ娘が入ってきて、その上自分をコントロール出来ない特大の問題児だと来た。そんな相手を歓迎するウマ娘はそう多くない。現に、彼女のトレーナーだって渋い顔をしていたではないか。
     その質問をした時点で、自分の気持ちが加入に向かっていることにオルフェーヴルは気が付かない。

    「アンタは少し、自分のことを過大評価しているな」
    「過大評価?」
    「私達は元々ハグレ者だ。アンタ程度の厄介者が一人増えたところですぐに慣れる」

     レグルスのメンバーは誰だってトレーナーがつかない厄介者だった。ビューティモアを連れてきた当時なんて、生徒会と全面対決にまで発展しかけたこともある。

    「アンタは自分のことを大層な困ったちゃんだと思っているみたいだがな、私からすれば、自覚してるだけずっとマシさ」

     シリウスの笑みは、オルフェーヴルには挑発的に見えただろう。そこに自虐の色があることになど気付きはしない。他人から見ればシリウスシンボリというウマ娘は自信家で、アウトローであること以外欠点がないように見える。彼女の弱みに気が付いたのは、幼なじみであり、決別した同士であり、倒すべきライバルでもあったシンボリルドルフ。そして、彼女のトレーナーの二人だけだ。

  • 36◆JeDP4cldSc22/10/09(日) 23:45:29



    「さあ、後はアンタが首を縦に振るだけだ」

     残りのハンバーグにフォークを突き刺す。それは最後通牒のようだった。シリウスにその意図は無くとも、オルフェーヴルにはそう聞こえた。

    「シリウス、何後輩の子脅してるの?」

     助け舟が出たのは、シリウスの背後からだ。

    「おう、トロ。別に脅してるわけじゃないさ。うちのトレーナーは勧誘に対しちゃあの無気力だからな。代わりに青田買いしてるってわけだ」
    「私には脅迫に聞こえたけど」

     いつの間にか空いていたシリウスの隣にトロピカルエアは腰掛ける。シリウスよりは少なく、オルフェーヴルより多い。結果的には普通程度の量に収まったプレートを置くと、卵焼きの一つを箸でつまんだ。

    「食べる?」
    「ん」

     すっと差し出された卵焼きを何の疑問もなくぱくつく。傍目には仲の良い恋人のようにも見えるが、本人達にとってはコミュニケーションの一環でしかない。

    「それでこの子がお気に入りの子?」
    「お気に入りって、誰が言ったんだ?」
    「トレーナー」
    「あいつ」

     シリウスは不満そうな表情で卵焼きを飲み込んで喉を鳴らす。御執心なのはトロピカルエアから見ても明らかだった。

  • 37二次元好きの匿名さん22/10/10(月) 10:58:31

    待てよ
    物語はまだ続くんだぜ

  • 38◆JeDP4cldSc22/10/10(月) 11:10:06



    「ええと……」
    「ああ、ごめん。自己紹介がまだだった。私はトロピカルエア。チームレグルスのメンバーよ」

     突然増えた新しい人物に戸惑っていたオルフェーヴルに気が付くと、トロピカルエアは会釈として首を傾げた。表情が顔に出にくい彼女の仕草は、オルフェーヴルの小さな心臓には毒だった。

    「オルフェーヴル、っす……」
    「オルフェーヴル。うん、覚えた」
    「えっと、トロピカル先輩は、メンバーが増えるの嫌だったりしないんすか?」
    「ん、うちは基本来る者拒まず去る者追わずだから」

     かつて、トレーナー迎え入れることに難色を示していた彼女はがあっさりと言う。チームになってから一年と少し、彼女にとってチームは閉じたコミュニティではなくなっていた。

    「選ぶのはアンタ。私達じゃない。シリウスは入ってほしいみたいだけど」

     トロピカルエアが流し目で見るとシリウスは視線を明後日の方向に逸らす。

    「上からなのは多少大目に見てあげて。慣れてないのよ、素直に誘うの」
    「言うようになったなトロ」
    「長い付き合いだからね」

     随分と仲が良さそうだ。肩をすくめる二人を、オルフェーヴルは羨んだ。自分にはこんな風に軽口を叩ける相手が居ない。もしかしたら、このチームに入れば同じように友人が自分にも出来るのだろうか。
     その視線に気が付いたトロピカルエアは柔らかく微笑む。

    「アンタがチームに入ったなら。アンタを見捨てるようなことはしないよ。そんなことするなら、私達はとっくに見捨てられてるからね」

     だけど、シリウスは見捨てなかった。トレーナーは折れなかった。だから、彼女たちは今もここに居る。自分もそうなりたいと、オルフェーヴルは思ってしまった。

  • 39◆JeDP4cldSc22/10/10(月) 22:24:00

    「それじゃ、書類は無事に受け取った。何はともあれ、チームレグルスへようこそオルフェーヴル」

     どういった心境の変化があったのか、俺の想定よりも早くオルフェーヴルは入部届けを持ってきた。おそらくはシリウスが何かしら手を回したのだろうが、そこは俺には関係がない。当事者の問題で、彼女自身が納得したから持ってきたのだから、変にツッコミを入れるのも野暮って奴だ。

    「今日からもう練習には参加できるがどうする?」
    「あ、お、お願いするっす」
    「よし、それじゃあジャージに着替えたらグラウンドの方まで来てくれ」

     びくびくと怯え半分にトレーナー室から出ていくオルフェーヴルを見てため息が漏れそうになるのを我慢する。なんというか、出会った頃のクライネキッスを思い出す怯え具合だ。やっぱ怖いのか俺。クライネキッスの時ほど警戒されてはいないと思いたいんだが。

    「それより考えることが他にあるか」

     オルフェーヴルの気性をどう制御するか。少なくともトゥインクルシリーズに出られる程度には矯正しなければならない。自分では幾ら考えようとも答えは出なかった。自分程度の頭で考えて出るものならもっと有能なトレーナーが幾らでも解決法を提示していることだろう。まあ、専属契約で手が埋まってるから出来てもやらないって層は居るかもしれないが。

     ああ、それはあったな。思いつかないなら、思いつきそうな相手に相談するのが一番早い。気性難と関わりが強くて、専属契約で他のウマ娘に興味がなさそうな奴。アテは一応ある。

    「ま、それはあとで手配するとして」

     先ずはオルフェーヴルがチームに受け入れられるための準備が先だ。あの様子では、オルフェーヴルから歩み寄るということは考えにくい。だからといって、シリウス頼みと言うのもな。

     幸い、ウマ娘同士が互いを理解する時は、何よりも簡単で効果的な方法がある。それを試してからああだこうだと考えてみても遅くはない。

  • 40二次元好きの匿名さん22/10/11(火) 00:12:13

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  • 41二次元好きの匿名さん22/10/11(火) 09:12:41

    保守

  • 42二次元好きの匿名さん22/10/11(火) 20:26:50

    保守

  • 43◆JeDP4cldSc22/10/11(火) 23:35:38

    「つーことで、オルフェーヴルとビューティモア。二人に併走トレーニングしてもらう」
    「……え?」

     オルフェーヴルの顔が青褪めた。顔合わせで終わりだと思っていたのが突然走らされることになった。そんな感じの表情だ。言わなかったしな、わざと。

    「よう、新入り。あたしと走ろうってのは良い度胸だ」
    「いや、あの」

     助けを求める視線を俺もシリウスも見ないふりした。荒療治ではあるが、ウマ娘同士が相互理解を深めるには走るのが一番手っ取り早い。本当はシリウスが相手してやれれば良かったのだが。あいにくとまだリハビリ中だ。万が一があってはならない。

     クラシック組の三人はまだ不安定、クライネキッスはレース中はともかくその後はお互いに遠慮ばっかで面倒になりそうだ。身体をぶつけられても気にしない気の強さと実力があるビューティモアは、こういうときには適任だろう。

    「距離は1600mで右回り芝。他に質問は?」
    「……ないっす」

     何か言っても無駄だと悟ったオルフェーヴルは肩を落としてスターティングゲート代わりの白線へと向かう。

    「コンテストアバター、タイム計測頼んで良いか」
    「はぁい、分かりましたー」

     ラインに立った二人が構える。オルフェーヴルのフォームはビューティモアより少し前傾姿勢が強い。コンテストアバターが右手に持ったストップウォッチを掲げた。

    「よーい……」

     一陣の風が吹いた。

  • 44二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 11:04:18

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  • 45二次元好きの匿名さん22/10/12(水) 22:49:35

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  • 46◆JeDP4cldSc22/10/12(水) 23:19:17

     コンテストアバターの合図と共に二人が走り出す。スタートダッシュはどちらも悪くない。ビューティモアの方がポジショニングはやや後ろ。ロングスパートで差し切るのが得意なビューティモアらしい良い位置どりだ。新入りが相手だろうと手を抜くことはない。だが、オルフェーヴルの走り方のせいか、少し走りにくそうにしている様子だ。

    「アクアちゃんみたいなストライドですね」

     クライネキッスが言った。今回のオルフェーヴルはかなり広めにストライドを取っていた。独特のリズムを刻むロングストライドは、他のウマ娘からすると気になるものらしい。

    「上体も崩れてないね。レースになると急に落ち着くタイプかな」
    「腕も振れてる。デビュー前だとまだばらついてる子も多いのに」

     ザッツコーリングとトロピカルエアもオルフェーヴルの走りに興味を示していた。流石というべきか、よく見てる。良くも悪くも、新人を見る優しい目ではなくライバルから技術を盗む目つきに変わっていた。

    「私より、速いかも」

     そう呟いたのはツヴァイスヴェルだった。残酷ではあるが、その見立てはかなり正確だと思う。ポテンシャルだけで言えば、オルフェーヴルはこの場の誰よりも、もしかすればシリウスよりも高い。それを殆ど引き出せていない今の状況でも、未勝利のウマ娘よりスピードはあるだろう。ただ、それは最後までちゃんと走れれば、の話だが。

     走りにくそうにしながらも、ビューティモアはG1レースにも出走経験のあるウマ娘だ。しっかりオルフェーヴルの後ろを維持している。
     マークされるのを嫌ったのか、オルフェーヴルのリズムが変わる。ピッチはそのまま、ストライドがさらに長くなった。もはや走っているというよりも跳ねているような走り。
     ビューティモアが少し距離を空けた。あの走りをマークするのは難しい。相手のペースに揺さぶられて、自身のテンポを見失うだろう。それを避ける為に即座に対応してみせた。1000mまでの僅かな時間で、オルフェーヴルの稀有な才能と、ビューティモアの練習の成果を同時に確認できる。

    「おらおらおら!」

     最終直線に入るコーナー、ビューティモアが早めにスパートをかけた。一気に横に並び、内側から進む道を無理やりこじ開けようとする。ロングスパートで差し切る得意なパターンだ。オルフェーヴルをかわして先頭にたとうとしたその時。

    ──ズドン

  • 47二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 09:46:51

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  • 48二次元好きの匿名さん22/10/13(木) 20:11:25

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  • 49◆JeDP4cldSc22/10/13(木) 23:45:37

     地面が揺れる音が聞こえた気がした。それがオルフェーヴルの踏み込みだと気が付いたのは一瞬遅れてからだった。

     マスクが外れて、オルフェーヴルの凶暴な笑みが見える。内ラチに叩きつけそうな勢いでビューティモアに競り合っていく。普通のレースなら危険行為で失格になるだろう走り。

    「ひっ」

     小さく悲鳴をあげたのはアクアスワンプか。怯えるのも無理はない。鬼気迫る走りは、見てるこちらすら背筋が凍る。だが、心配はない。


    「舐めんじゃねえよ、新入り」

     ビューティモアがオルフェーヴルを弾き飛ばす。元々、ビューティモアも血の気の多さが原因は爪弾きにされていた問題児だ。多少身体をぶつけられたくらいではかえってその反骨心を煽るだけになる。
     ビューティモアが少しずつポジションを取り戻していく。迫力はあるが、オルフェーヴルの小柄な身体は相手を押し潰すには頼りない。もはやベクトルが前なのか横なのか分からないくらい、お互いに身体をぶつけ合いながら走っていく。

    「うおおおおりゃああああ!」

     もつれ合うようにゴール板を通り過ぎていく。勝ったのは、ビューティモアだった。ハナ差とはいえ、経験の差が如実に出たレースだったと言えるだろう。むしろ、反撃に慣れていないだろうオルフェーヴルが失速すると思っていたんだが、最後まで競り合っていたな。

     オルフェーヴルは辛そうに肩で息をしているのに対し、ビューティモアは息が上がっている程度で済んでいるのも地力の差を感じさせる。

    「おい、オルフェーヴルだっけ?」

     名前を呼ばれた彼女は肩を跳ねさせた。怒られるのを怖がる子供のように上目遣いでビューティモアの方を向く。そこまで卑屈にならなくてもと思うのだが、まあ人のことはあまり言えねえか。逃げようにも肩を組まれて動けなくなっているのを見て、まあ問題は無いだろうと手元のノートパソコンに視線を落とした。

  • 50二次元好きの匿名さん22/10/14(金) 09:17:03

    保守

  • 51◆JeDP4cldSc22/10/14(金) 21:07:20

    「やるじゃんかお前」
    「へ……?」

     怒鳴られるかネチネチなじられるかと身構えていたオルフェーヴルは素っ頓狂な声を出した。

    「ああいうガッツある奴そうそう居ないからな」
    「へ、あの危ないとかそういうのは」
    「ん? ああ、レースなら失格かもな」

     あっけらかんと言うビューティモアにオルフェーヴルはぽかんと口を開けてしまう。

    「でもま、今は本番じゃねえし。気にすることはねえよ」

     気にするなってのは無理な注文だろうと思うのだが。今はビューティモアに任せて口を挟むことはしない。

    「なぁに、砂飛ばしたり強気に寄せたり、そのくらいのことしてくる奴は幾らでも居んだ」
    「反則じゃないすか」
    「バレたらな。でも必死こいてる最中で、故意か事故かなんて分からねえよ」

     彼女の言っていることは間違ってない。特に位置取り争いが熾烈になる短距離レースでは、そういう事故は起きやすい。けして正当化するわけではないし、やれというつもりもないが、その手の妨害への対処法を知っておくのはいざという時の助けになる。

    「それより、お前の走りの方があたしは気になるね。すげぇ良い走りじゃねえか」
    「ありがとう、ございます?」
    「なんで疑問形?」
    「あう……」

     褒められ慣れていないのか、しどろもどろになるオルフェーヴル。走り終わった二人に他のメンバーがやいのやいのと集まってくるのを眺めながら、俺はノートパソコンを閉じた。

  • 52二次元好きの匿名さん22/10/15(土) 08:38:18

    保守

  • 53二次元好きの匿名さん22/10/15(土) 20:06:32

    保守

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