カフェVS怪奇事件の推理モノSS

  • 1◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:27:02

    を書こうとしたら胸張って推理モノですと言えなくなったやつです。

    あらすじ
    タキオンが行方不明になった。
    日本海沿いの田舎町。
    翌日のイベントに共同出演の予定があったため、比較的現場の近くに居たカフェは警察沙汰にする前に、と安否確認を依頼される。
    しかし、現場の町に帰郷中のトレセン学園生を訪ねると、そんなウマ娘は知らないという。
    そんなはずはない。彼女とタキオンは面識があるはずなのだ。
    痕跡を発見し、タキオンが町に来ていた事を確信したカフェは、【迷い家】と【神隠し】の怪談を聞かされる。

    ※長いです。超常現象周りは若干のアンフェア・ご都合主義を含みます。

  • 2◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:27:18

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     2両編成の海沿いの私鉄。揺られる乗客は片手で数えるほどで、窓の外には燦燦と夏の景色が広がっている。
     青鹿毛のウマ娘、マンハッタンカフェは、アルミ製の窓枠から放射される熱気から逃れようと、車窓の景色から対面座席の荷物へと視線を移した。

     閑散とした車内では、座席を勝負服の梱包やトランクで占拠する行為を咎められたりはしない。とはいえ、トレセン学園の空き教室、「旧理科準備室」を折半する彼女のように予め遠征先へ荷物を送っておいた方が利口だっただろう。(正確には彼女が送ったのは曰く「とびっきりの栄養剤」の瓶が入ったフリーザーバッグで、荷物の総量でいうとさほどダイエットには貢献していなかったようだが。)

     本来なら今頃、そんな事は気にせず新幹線の座席で読書でもしているはずだったが、突然のLANEにより寄り道を余儀なくされていた。

     「タキオンとの連絡が取れなくなりました。学園が確認したところ無事であるとのことですが、依然本人との連絡は取れず、詳細がわからない状態です。お手数かけ申し訳ありませんが様子を見て来てください。我々も向かいます」

  • 3◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:27:29

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     そのとき、海沿いの道路をちょうど彼女と同じ暗い鹿毛のウマ娘が歩いているのが見えた。
     アグネスタキオン。
     カフェとともにイベントステージに立つはずだった彼女は、寄り道があるからと一足早く遠征の手続きを済ませていた。

     常識と生活能力に欠ける彼女のことだ。寄り道の旅にはトレーナーが同行しているものと思っていたのだが、なんと一人旅だったらしい。

     そして、遠征計画書を提出していたために、現在地がちょうどタキオンが立ち寄った場所に近いと把握されていたカフェは、私鉄に乗り換え、現場に向かわされている。というわけである。

     タキオンをひっ捕まえ、明日のイベントに間に合うよう手を引く。見つからないのなら警察沙汰だ。そうなる前に事態を収めるのがこの旅の目的である。
     タイムリミットは明日の始発といったところだろうか。

     思わずため息を1つ。
     後で海の見える喫茶店でも探して、彼女の支払いで甘いものでも食べよう。

     駅が近づき速度を緩め始めた車内で、気だるげなアナウンスが左の扉が開く事を伝えた。

  • 4◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:27:41

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     10センチほど開いた車両との隙間を跨いで、人影のないホームに降り立つと、まとわりつくような湿気を帯びた潮風に迎えられた。中天を過ぎた太陽は昼下がりから夕刻へと傾き始めている。
     コンクリートの隙間からは渇いた草がぴょんぴょんと飛び出しており、それがカフェの顔にかかる黒髪と同じリズムで揺れていた。

     知らない世界のような感覚に、少し、心もとなさを感じながら改札へ向かう。
     事前に、学園が確認を行った際の連絡先だった人物が待ってくれている、とは聞いていたが、誰も居ない駅舎は10歩もせず通り抜けてしまった。

     セミが大音量で鳴いているのに、生活の音が聞こえないと静かに感じるのはなぜだろうか。
     なにか見落としたかと辺りを見回したカフェの目に、揺れる尻尾が入った。

     トレセン学園の生徒だ。
     桃色の栗毛を短く刈り込んだウマ娘で、気だるげにスマホ片手にこちらに歩いてくる。

     カフェは彼女と面識がある事を思い出した。

     あれは先月のことだったか。
     旧理科準備室に相談に来た彼女は、自らの体調不良の原因が、悪霊や呪いにあるのではないかと訴えた。が、全然そんな事はなく、傍聞きにしていたタキオンが治すアテがあるというので、彼女に対応を任せる事にした。
     妙な薬の被検体にされないよう、引き継ぎにあたってミーティングも行っている。

     「……確か、シュカザオウさん」
     「あ、どうも……シュカでいいです。みんなそう呼ぶので」

     「タキオンさんは、あなたの様子を見に来たんですね」
     「それなんですが」

     シュカは度があっていないのか、いつも眼鏡の下で眉間にシワを寄せている。
     そのレンズの向こうで彼女の目が泳いだ。

     「学園の人からも聞いたんですが、その……タキオンって誰なんです?」

  • 5起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:28:02

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     錆びたシャッターの並ぶ駅前を抜けると、たちまち建物はまばらになり、貯水池や果樹園の間を抜ける急勾配の道になった。
     びゅうびゅうと軽自動車の窓に風が吹きつけている。

     後部座席で揺られながら、タキオンの影を探していたものの、他所の家の車中の匂いというものは、どうも酔いを誘いがちである。
     途中から諦めて遠景に目線を投げかけていた。

     入道雲と青空。海鳥に、寂れた漁港に、白い灯台。
     「……いい町ですね」

     「他所から来るぶんにはそうよね。不便よお、住むと」
     運転席でシュカの母が笑う。ここまでいくつか質問と確認を投げかけていたが、彼女もタキオンのことは知らなかった。

     窓越しのはずの風が、何故かひどく寒々しく肌を粟立たせていた。

  • 6起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:28:12

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     荷物をダイニングのビニール床材の上に残し、畳の上に腰を下ろす。

     2階建てに改築された日本家屋は畳と生活の匂いが漂っていて、初めての場所なのにどこか懐かしい雰囲気だった。シュカが帰郷している今は両親とひいおばあさんの4人暮らしらしい。

     「泊まるんだったら部屋はどうしようか」「空き部屋掃除しないと」とつぶやく彼女の母を脇目にカフェは手帳を広げた。

     「……私の認識です。タキオンさんは今朝ここに着いて、担当のトレーナーさんに到着の報告を行っています……その後、連絡がありませんでしたので、たまたま近くに来ていた私が……」

     「嫌々」という修飾語を一つ、飲み込む。

     「……安否の確認に派遣されました」

     現地到着を伝える最後の連絡から8時間。
     正直、たった半日の音信不通で使い走りにされるこちらの身にもなって欲しいものだ。

     最初の段階では海の見える私鉄に乗るのもいいかなとも思ったし、実際道中は予定外の小旅行を楽しみもした。ほんの少し安否を気にしたのも……嘘ではない。

     現地に乗り込んでタキオンを見つけたら、本人に詫びさせるにとどめようと考えていた。

     しかし、事態は想定よりずっとおかしなものだった。

     「……それで……本当に“アグネスタキオン”をご存知ありませんか?」
     「そ。何度もそう言ってるでしょ?」

     タキオンの行方どころか、シュカは彼女の存在自体を知らなかった。

  • 7起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:28:23

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     タキオンがトレーナーに嘘をついてどこかで遊び呆けているにしても、あるいは何かの事件に巻き込まれているのだとしても、存在を知らないというのはおかしい。シュカの相談の引き継ぎは確かに彼女を交えた3人で行ったのだから。

     「本当に……」
     「だから!そう言ってるでしょ!」
     思わず耳が萎む。

     この不可解な状況を飲み込もうと繰り返した質問は、シュカをずいぶん不機嫌にさせてしまい、今や彼女はほとんどそっぽを向いている有様だった。
     取り付く島がないとはこういう状況を言うのだろう。

     「シュカ、あんた、空き部屋に荷物置いてるでしょ?客間にするから取っちゃってよ」
     「あーい……あれ?」
     母親の声に立ち上がったシュカが首をかしげる。

     「……どうかしましたか?」
     「いや、空き部屋ってあたしの部屋の向かいなんだけど……そんなところに荷物なんか置いてたかな?」

     「……見てもいいですか?」

  • 8起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:28:35

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     畳まれたトレセン学園の制服と、見覚えのある旅行カバン。
     それらがレースのカーテンから漏れる光に照らされ、舞い落ちる埃を浴びながら鎮座している。

     「……間違いありません。これは、タキオンさんのカバンです」
     出立を見送ったわけではないが、前日同じカバンに私物を詰め込む姿を見た記憶がある。

     「どういうこと?」
     「……わかりません。さすがのタキオンさんも勝手に上がり込んで荷物だけ置いて消えるとは……思えませんし……」

     つい言いよどんだが、普段は非常識で雑で傍迷惑で横暴なタキオンも、学園内だからこそ、という面はある。出先では案外礼儀正しいのが彼女だ。

     「……お家の方に伺ってみても?」
     「いいケド、お母さんにはさっき聞いてたよね?お父さんはちゃらんぽらんだし……ひいおばあちゃんも居るけど、ちょっとボケてるんだよね。それに、そのタキオンってひと、鹿毛なんでしょ?」

     「はい。特徴は来るまでにお伝えした通りです……何か差し障りますか?」
     「いや、ね、ひいおばあちゃん、若い頃に鹿毛のウマ娘に恩があるとかで、すげー鹿毛スキーなんだよね……その話始まると長いし、耳遠いし、同じ話何周もすると思うけどいい?」

  • 9起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:28:47

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     「ええ、ええ。昨日の事のように思い出せますよ……」
     「……失礼ですが、伺いたいのは今朝の事です」
     「あれはあたしが12のとき……」

     ひいおばあさんの萎れたウマ耳にカフェの訂正は届かなかったようだ。

     シュカは面通しを済ませると、掃除があるからと早々に退散してしまい、カフェと80過ぎのひいおばあさんだけが残された。
     介護ベッド脇のちゃぶ台には「ストレイテイル」と彼女の名前の入った処方箋の袋が並んでいる。

     「山を歩いていると、燃えて失くなったはずの“山のお屋敷”にたどり着いたんだ。火事はあたしのおばあさんの、そのまたおばあさんの時代でね……実は焼けたんじゃなくて迷い家になったんだって噂は前々から聞いてた」

     「迷い家……」


     【迷い家】は、怪談奇譚の類いである。
     一般的には山の中に突如現れる立派なお屋敷であり、そこを訪れたものは1つだけ品物を持ち帰る事ができる。それを大切に持っていると家が栄える。というようなものである。
     その噂を聞きつけた別の人物も迷い家を探し当てるが、ひどい目に遭うなんてオチがつくこともある。

  • 10起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:29:03

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     「あたしは市松人形を持ち帰ってね……だけど、かわいそうになって返すことにしたんだ」
     カフェはちらりとおばあさんの枕元の箪笥の上に目を遣った。そこから古い市松人形がこちらを見下ろしている。
     あれの事ではないんだろうか?

     「そうしたら、最初のときとは違って暗い場所にたどり着いたんだ。あれは座敷牢だったね」

     座敷牢がある、というのは珍しいパターンだ。少なくともカフェは聞いたことがない。

     「あたしは婆さんの言葉を思い出した。『迷い家に見返りを求めてはいけないよ。欲深い者、2度迷い家に訪れた者はこわーい目に遭うから』ってね……そのとおりだった。神隠しだ〜って、後になって騒がれたね」
     「神隠し……」

     「座敷牢には美人だけど怖い顔のウマ娘が居てね。あたしはそのひとに閉じ込められた。声は聞こえなかったけどたいそう怒っていたよ」
     食事はその女性が運んできたが、出してはもらえず、2ヶ月間は窓も無い座敷牢に幽閉されていたのだという。

     「元々あたしは眩暈症持ちでね。座敷牢で過ごすうちに酷くなっていたんだが、ある日、鹿毛のウマ娘がやってきてね。牢を開けて、病気を診てくださった」
     その頃には常に意識が朦朧としていて、ようやく毛並みの色が判別できる程度だったが、診てもらっているうちに彼女のお付きのひとも到着し、飲み薬を渡された。彼女が健康体になったのはその薬のおかげらしい。

     「そうして、あたしたちは一緒に座敷牢を出た。そうしたら周りに誰も居なくてね。あたしは独りだった。家に帰るとあたしが居なくなってからまだ2週間だったよ。不思議なことだらけさね」

  • 11起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:29:16

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     「何か分かった?」

     シュカは空き部屋の掃除を中断して廊下に座り込んでいた。単に飽きただけでなく、少し具合が悪そうである。顔色を覗き込む視線に気づいたのか、少し苛立った様子で「慣れっこだから平気」と牽制を受けた。

     「いえ、鹿毛のウマ娘というのは、ひいおばあさんが12歳のころ……70年以上前の人物らしい事くらいでしょうか……それから、迷い家に囚われると、神隠しのようになるともおっしゃっていました」

     「あー、怪談話で聞いたことあるなあ。元々居なかった事になるタイプの神隠し」
     少し硬い笑顔を見せながら「だったら怖いね」と付け加える。それはカフェの頭によぎった考えと同じものだった。

     2人が言葉を無くし、沈黙が流れる。それを破ったのは階下からの声だった。
     「シュカ!郵便屋さん来てるわよ」

     「郵便?何か買ってたかな……」
     立ち上がるのもしんどそうな彼女に代わり、階段を降りて荷物を受け取る。

     「お客様を遣うみたいで悪いねえ」
     「いえ……」
     送り主の住所が見慣れたものだと気づく。自分の現住所と1番違いの、栗東寮の住所が書かれた送り状。割れ物注意のシール。それらがフリーザーバッグに貼り付けられている。

     それは、出発前にタキオンが旅先へ送っていた荷物だった。タキオンはここでこれを受け取るつもりだったのだ。
     やはり、タキオンは最初からここに来るつもりで、来ている。

  • 12起◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:29:27

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     「迷い家への行き方?」

     「ええ、カバンの件と言い、タキオンさんがここへ来た事は間違いありません。探すべき場所は……状況から言って他にないかと」

     「ひいお祖母ちゃんから聞いてると思うけど、迷い家に行って帰れないひとって、欲深いひとだよ」

     知識欲を持つことが「欲深い」のなら、彼女は間違いなく欲深いだろう。
     そんなタキオンの所在を求めて行こうとしているカフェもまた、欲深いと認定されてもおかしくない。というのだ。

     「……気乗りしないのは確かですが、探してみないことには始まりませんから」
     「わかった。ちょっと準備を……とと」
     シュカが立ち上がろうとしてふらつき、壁に背中をこすりつけながら元の姿勢に戻った。顔色はまだ良くない。

     「大丈夫ですか?」
     「気にしないで……昔、行き方聞いたことある」

  • 13二次元好きの匿名さん22/11/06(日) 21:29:44

    タキオンは栗毛では…?
    それとも伏線…?

  • 14承◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:29:44

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     シュカが「必須かはわかんないよ」と前置きしながら、自分の頭に食卓塩をふりかける。次はカフェの番だ。

     迷い家の行き方については、教えてもらうと同時に「何かを求めて行ってはいけない」と、行くことを禁じられたそうだ。
     「だから……試すのは初めてなんだ」

     風も吹き込まない土蔵の空気はひんやりと停滞している。前述の言いつけがあるため、家人に見られないようにとシュカが準備に選んだ場所がここである。

     塩を小高い場所に置いたシュカは、続いて仏壇用のろうそくを取り出し、サイズ感の合わない持ち手つきの燭台の上にちょんと載せた。
     「よし、行こう。ろうそく、予備は持ってくけど途中で交換していいのか分かんないから急いでね」


     家の裏手から山の中へと続く道を進む。

     凪ぎ始めた中で時折さわさわと髪を撫でる風は、森のものとも海のものともつかない生暖かい湿気を含んでいて、ほどなくしてカフェの頬にはじっとりとした嫌な汗が伝い始めていた。
     背の高い木々が傾き始めた太陽を遮っていき、一足早い黄昏時。蝋燭の火が明るく感じられる。

     山道は最低限の整備はされているようだが、急勾配と密度の高い木々とで、昼間だったとしてもあまり見通しはよくないだろう。

     「……竹林。ホントはこの山には無いんだけど」
     シュカが振り返る。前方、彼女の指す先には、薄闇の中で青々と竹林が浮かんでいた。
     「迷い家の周りには生えてるんだ」

  • 15承◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:29:55

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     竹林には明らかに人の手によって整備された道があり、右へ左へと湾曲しながら続いていた。風がピタリと止まったのは、今度は凪の時刻とは関係がないのだろう。
     自分たちの足音だけが静寂を乱していた。


     耳をせわしなく動かしながら進む。
     どれくらい歩いただろうか。唐突に竹林が左右に開き、土壁が現れた。

     「……ここが、」

     お屋敷とは聞いていたが、想像していたよりも大きそうだった。今立っている場所は壁の右端に近い辺りで、左手方向には20メートル以上伸びている。壁の両端には何故か四角い台座の灯篭が立っていた。
     まるで曖昧な日本像を基に作られた海外映画のセットのようだ。

     そして、目の前には勝手口らしき木の扉。

     「開けますね?」

     止める間もなくシュカが扉に手をかける。
     鍵はかかっておらず、わずかに蝶番を軋ませながら扉は開いた。

     「あ……」

     扉の向こう側は闇。真っ暗な空間だった。
     ろうそくの光がわずかに冷たく静まり返った土の床を照らしている。

     その先には、下り階段が更に深い闇へと続いていた。

  • 16承◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:30:14

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     「一旦やめとこうか……」
     そのとき、視界の隅を何かがよぎったような気がして顔を上げた。シュカもワンテンポ遅れて同じ方を見る。

     それはウマ娘の尻尾だと認識できるものだった。逃げるように20メートル先の灯篭を回り込んで消えた。

     「追いかけて!」シュカが声を張る。
     「一周するかもしれないし、走れないからあたしはここで待ってる!」

     頷いて駆け出す。
     灯篭を回り込むと、壁だけが竹藪の奥へと続いていた。
     竹藪の向こうに駆けていく影がある。

     壁沿いに竹藪を進み、再び現れた灯篭を回り込むと、今度は立派な屋根付きの門があった。

     おそらくここが屋敷の正面なのだろう。竹林に正門へと続く道はないので、利用されてはいなさそうだった。通りすがりに少し歩みを緩めて門戸を押してみたが、びくともしない。

     追走を再開し、3つ目の灯籠を曲がる。また竹藪。
     尻尾の主はするりするりと竹藪を抜けていく。一向に追いつけない。

     不安が胸をよぎった。何かに誘われているようで、ただいたずらに同じところを周らされているようでもある。

     とうとう4つめの角の先、勝手口の扉の脇で、シュカが待ち構えるように立っていた。挟み撃ちの可能性に緊張していたのか、少し息が荒い。

     「……来ませんでしたか?」
     「誰も」

  • 17承◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:30:27

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     「そうなるとやっぱり中か……あたし、座敷牢には行きたくないな」
     シュカはそう言いながらも、勝手口の扉に手をかける。

     「あれ?」
     扉の先は、飛び石の続く庭園だった。
     その先に、時代劇のような茅葺きの日本家屋が佇んでいる。

     「さっきは階段だったはずじゃ……あれって母屋?」
     「……行ってみましょう」
     「あたしは、ここで待ってる……訳わかんなくて怖い」


     庭園には様々な木々が植えられ、小さな石橋のかかる池もある立派なものだった。

     白い玉石に囲まれた飛び石を渡っていくと、お屋敷の縁側が見えてきた。

     観光地化され保護された歴史的建造物でしか見たことのないような、古くて、立派な造りだ。玄関はどこだろう。それとも、タキオンならそのまま縁側から入るだろうから、同じようにしたほうが探し良いだろうか。

     沓脱石の上に履物が無いことを確認しつつ、カフェは小さく「お邪魔します」と口にしてからそこに靴を揃えて脱いだ。

  • 18承◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:30:37

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     手近な襖を開けると、畳敷きの部屋。畳の青い匂いがしており、放置されているふうではない。むしろ、誰かが生活しているとすら感じた。

     「ごめんください」
     もう一度声を出してみるが、返事はない。

     まるで、つい先程まで誰かが居たような空気。
     それは迷い家の奇譚によく見られる特徴だ。

     襖を開けてタキオンを探す。
     最初に勝手口を見た地下への階段のほうに居るのかもしれないと考え始めた時、違和感を覚えた。

     少し狭い気がする。

     1つ前の部屋に戻ると、その感覚はより顕著になった。部屋の隅の襖が壁にかぶさっているのである。
     現代住宅なら引き戸を壁沿いに逃がす構造は珍しくないが、日本家屋では少し変だ。こういった建物では襖を外して大部屋にできるようにしているのが常で、襖の裏に壁があることはない。

     辺りをぐるりと回ると、四方が壁のようだった。しかし、完全に閉じられているわけではなく、襖の上は欄間が続いている。
     そこから覗く暗闇は、嫌な雰囲気がした。

  • 19承◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:30:49

    17 / 37

     スマホのライトを片手に欄間に飛びつくと、はたして1畳ほどの空間があり、そこにまるで展示のように屏風が置かれていた。

     3面それぞれになにか物語のようなものが描かれている。

     1枚には飢餓の様子と、話し合いをする人々
     1枚にはウマ耳の生えた子どもを高く掲げる女性の様子
     1枚には裕福な暮らしをするようになった館の人々の様子

     『斯くて、栄え多くありて』

     「……この場所の、成り立ちでしょうか」
     撮影を試みるが、何度シャッターを切っても写真が保存されない。持ち出しはNG。

     画面の上部では小さな時計の表示が探索を始めて30分が経過したことを示していた。

     「一度、引き返しましょう……」
     確認するようにそう口に出して、最後にもう一度屏風の封じられた壁を見遣る。

     見間違えでなければ、女性の手に掲げられた子どもの横、流れるような筆文字の中に彼女の名前があった。

     『朱夏蔵王』

  • 20転◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:31:10

    18 / 37

     帰り道は往路とは違った風景で、腐葉土のはみ出した海沿いの狭い道に出た。ああいった世界に踏み込むと、何かが歪んで妙な場所に返されることはままある話だが、シュカによると実家まではそう離れていない場所だという。

     それよりも、勝手口をくぐった直後にシュカと交わした言葉の方も不可解だった。

     「――早かったですね?」
     「……いえ、お待たせしてしまいました」
     「たった5分ですよ」

     シュカの時計はその言葉どおり5分程度しか進んでおらず、カフェのものとは大きな時差ができていた。
     時間も歪んでいると解釈することもできる。ひいおばあさんの話にもあったことだ。

     だけど。だとしたら。
     タキオンが迷い家に居るのなら、彼女の時間はどれほど経過しているのだろう。

     返事が無かったことが急に恐ろしく感じられた。

     スマホの時計は通信状態が回復したことにより補正され、いつの間にかシュカのものと同じになっていた。

  • 21転◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:31:23

    19 / 37

     「神隠しになってるなら、タキオンは座敷牢のほうに居るんじゃない?」
     薄暗がりになった道をスマホのライトで照らしながらシュカが口を開く。

     もちろんその可能性はある。というか、単なる迷子や、迷い家の探検に夢中になっている……なんて可能性に比べれば遥かに大きく見積もることができる。

     だとしたら、最初に階段が現れたとき、調べておくべきだったのだが。

     「一度階段が出たのは、欲張っちゃったからじゃない?」
     一連の出来事を整理しようと口を開いたカフェを遮るように、シュカが持論を展開する。

     「欲張り、ですか……?」
     「そうそう、安易な解決を求めた結果っていうか、望みすぎた……みたいな?あたしもできたら健康な体になりたいとか思ってたし」

     たしかに、ひいおばあさんの話で「見返りを求めてはいけない」と聞いている。
     タキオンを探しに、というのは迷い家に見返りを求める行為であり、座敷牢に誘われかけた。というのは有り得そうな話だ。

     「ですが……それを言うのなら、尻尾の影を追いかけたのも、タキオンさんの発見を期待してのことと言える気がします……そのプロセスを踏んで座敷牢ではなく母屋に通されるのは、少し、理屈が通っていないような……」

     実際には尻尾の主がタキオンを知っている、あるいは彼女自身だなんて期待していなかった。あの尻尾の主の雰囲気は、タキオンとは違う。あれは「お友だち」のような存在だ。

     それに屋敷の周囲を回ることで無欲を証明できるというのも変な話である。それとも、あの場違いな灯篭をめぐることに儀式的な意味でもあったというのだろうか?

  • 22転◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:31:36

    20 / 37

     いや。と頭を振る。

     勝手口を開けたのは2度ともシュカだった。儀式的な意味があるのなら、それを行ってない彼女の行動に対するレスポンスが変化するのはおかしい。

     そういうもの、と、納得してしまう事ができない。
     直感でしかないが、これは何か理論的な、再現性を持った事象だ。

     再現性。
     タキオンはいつも再現性の確認を大事にしていた。

     「2度目を求めてはいけない……」

     「どうしました?」
     カフェが突然立ち止まるので、シュカは不思議そうに顔を覗き込んだ。

     「……見返りを求めてはいけない」

     確証は無い。
     それでも、勝手口の先にある風景が変化したトリックについて、説明できる。
     問題は何故、という点だ。

  • 23◆Dge.TppQk622/11/06(日) 21:33:16

    以降解決編になります。
    解決編の投稿は明日にしようと思います。よければ謎解きに挑戦してみてください。

  • 24二次元好きの匿名さん22/11/06(日) 22:02:15

    迷い家や神隠し自体は超常現象として実際に起こっているのか
    タキオンの容姿に関して認識阻害?が起きてるのもその一環……?

  • 25◆Dge.TppQk622/11/07(月) 01:35:02

    明かしておいたほうがフェアな点については明かしておきます。


    >>13

    今気づきました。

    タキオンの毛並みに関しては普通にミスです。お恥ずかしい……

    今回はお手数ですが各自脳内補正してお読みください


    >>24

    迷い家については実際に超常現象です。

    スマホの時計がズレた後、シュカの方に合わせる形で補正されている辺りがその証左ですね。ただ、現実に建っていたとしてもトリックには影響がありません。

  • 26二次元好きの匿名さん22/11/07(月) 01:58:43

    タキオンの無事は学園が確認してるんだ。タキオンがどこにいたのかも学園は知ってる。なのに大人もつけずカフェ一人に行かせるってことは、神隠し、というか一連の怪異に巻き込まれたのはカフェの方なんじゃないか?
    怪異に巻き込まれた友人を探しに行ったつもりが、最初から怪異に巻き込まれてたのは自分の方で友人は何も知らなかったなんて怖い話であるけど。

  • 27◆Dge.TppQk622/11/07(月) 12:11:49

    色々考えていただけているようで嬉しい。GM専TRPGプレイヤーの血が騒ぎますね。


    >>26

    とても大事な点に気づいていますね。

    ですが、カフェが1人で現地入りしてるのは、移動中で事件発覚時の現在地が現場に近かったためです。

    本来新幹線での旅だったところを私鉄に乗り換えて現場入りしています。


    これはこのシナリオのあらすじができた頃に作中をイメージして描いたタキオン(「今月描いた絵を貼るスレ」9月号に貼ったもの)

  • 28結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:38:10

    21 / 37

     凪の時間も過ぎ、海からの夜風に風向きを変えた縁側で頭を冷却しながら、カフェは手帳を開いていた。
     シュカの祖母から話を聞いていたときに抜き出した、重要そうな単語だけが書き込まれている。

     近場に居たおかげで初動の早かったカフェと異なり、トレセンの近くのトレーナー寮から出発したトレーナーさんは田舎の早すぎる終電に間に合わず、タクシーで向かっていると連絡があった。
     到着は深夜になるとのことだ。

     タキオンと一緒に出演する予定だったイベントの運営にはすでに事情は伝えてあるらしい。
     明日の始発でカフェだけでも現地に向かう。

     明日には警察にも話して、公的な行方不明として扱われるだろう。
     神隠しだとしたら、あまり頼りにならない。

     状況は切迫していた。

     タキオンのこと自体を知らないシュカの両親は事情を飲み込めていないようで、夕食の準備を始めている。その楽しげな声がカフェの心を焦燥感に焦がしていた。

  • 29結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:38:22

    22 / 37

     ふいに強く吹いた風に手帳がめくられた。
     前の方にあるカレンダーのページが目について、風が止むと今度は自分の指でそのページを探す。

     「体調不良、呪いや霊障の類ではない。タキオンさんへ引き継ぎ」
     シュカが旧理科準備室に来た日の記述だ。


     彼女は現在レースを休んでおり、今日だって貧血を起こしていた。症状は改善されていない。

     タキオンは任された問題を投げ出すようなウマ娘ではない。現に、事前に薬品の入ったフリーザーバッグを宅配しておくという手間を惜しまず、ここを訪れている。

     彼女は、ここへ来て何をしていたのだろう。何と言って迷い家へ向かったのだろう。


     そのとき、カフェの脳裏に閃くものがあった。

  • 30結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:38:35

    23 / 37

     「シュカさん、もう一度、迷い家に向かってみます……」
     「言い伝えだと、二度目は帰ってこられないよ?お祖母ちゃんは助けが来たみたいだけど、あたしは行かないからね?」

     カフェは頷くと、ろうそくを受け取った。
     塩は夕食の準備で台所勤務となっていたため、こっそりとハンカチに3振り分を包む。

     「すみません、冷蔵庫お借りしても?」
     食卓塩をテーブルの上に戻しながらシュカの母に尋ねると、気のいい返事が返ってきた。
     「何に使うんだい?」

     ちらりと振り返る。台所のガラス戸の向こうに、シュカの影が見えた。
     「……フリーザーバッグの中身の保管を、お願いします」

     冷蔵庫の中は所狭しと食材が並んでいたが、牛乳パックの隣に隙間を見つけると、中身がこぼれないよう確認してから薬品の瓶を並べた。

     「……ありがとうございます……それから、ストレイテイルさんと少し、お話できますか?」



     塩をかぶり、靴紐を締める。
     フリーザーバッグを小脇に抱えて出ていくカフェを、シュカは自室の窓から見ていた。

  • 31結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:38:58

    24 / 37

     「ふむ……脚気のきらいも見られるね。荷物の到着を待つべきだったか」
     「あのぅ、そろそろ帰りませんか?」

     「キミがここに来てからふた月。戻れば当分私とは会えないだろう。できるだけの実け……もとい、処置は施しておきたい」
     タキオンはもう何度目かになるポケットの中身の確認を行ったが、やはり大したものが入っていない。飴玉一つでも有効な可能性はあるのだが……

     ここに入って2時間程度が経とうとしている。そろそろお昼だ。
     鍵付きの木組みの牢に閉じ込められていたレイテルと名乗るウマ娘を見つけ、症状に対応している。

     そのとき、背後で気配がして、タキオンは顔を上げた。
     レイテルが「ひっ」と小さく怯えて息を詰まらせる。

     タキオンもこのときは別の意味でかなり驚愕したのだが、隣で怯えるレイテルを見ることで逆に冷静になり、次の言葉を発することができた。

     「やあ、カフェー。今頃新幹線の予定ではなかったかな?」
     柳のように垂れた青鹿毛。ブラックホール近傍の降着円盤のようなトパーズの瞳。気の利いたことに肩からはフリーザーバッグを提げていた。

  • 32結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:39:13

    25 / 37

     「……集中し過ぎで時間感覚が飛んでいるようですね。もう夜です」
     「ええ?!そんなはずは」

     「タキオンさんが音信不通となったので、近くに居た私が派遣されました。謝ってください……そちらの方は?」
     「レイテル君だ。いくつか問診してみたところ、ちょうどシュカ君と同じ体質のようだ。カフェがバッグを持ってきてくれて助かったよ」

     「……ああ、これですか。これは」
     カフェの言葉は背後で何者かが倒れ込む音で遮られた。レイテルが再度息を呑む。

     振り返ると、シュカが元々あまり良くなかった血色をさらに青くしてへたり込んでいる。
     涙に潤んだ瞳は恐怖に見開かれ、その視線の先にはシュカよりもさらに青白い肌をした女性が彼女を見下ろしていた。

     上質そうな黒い着物、古い人形のように傷んだ長い髪、濁った眼球。
     そして何より、見るものを総毛立たせる冷たい視線。

     「あ、ああ、あれがあたしを牢に閉じ込めたユーレイです」
     「ふうん、あれが……私にも見えるのは初めてだね。何度か関わったことはあるのだけれど」

     「……大丈夫です」
     今にも気を失いそうなシュカの隣に膝をつく。

  • 33結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:39:28

    26 / 37

     「事件は6月の終わり、シュカさんが私のところへ相談に来たところから始まります」
     「事件?」

     首をかしげるタキオンに「あなたの行方不明事件です」と告げると、なぜかすごく嫌そうな顔をされた。面倒事に巻き込まれたのはカフェのほう――いや、今回はカフェにも責任の一端がある。
     「内容は体調不良。霊的な因果はなく、対応はタキオンさんに引き継ぎましたね?」

     「ああ、こうして彼女の故郷まで立ち寄ったのもそのためだ」
     しかし、今の所成果は出ていない。それはなにも、タキオンの処置が間違っているというわけではない。

     「タキオンさん、シュカさんの体調不良の原因は?」

     「ビタミンの欠乏症だ。遺伝的に取り込みにくい体質のようでね。貧血はその症状の1つだ」
     そういえば、引き継ぎの際には「何らかの栄養素」と言っていた。その後絞られたのだろう。

     処置としては手っ取り早くビタミン剤の処方。取り込みにくいのなら摂取量を増やしてしまえばいい。それだけの話だ。

     「おそらく、シュカさんはビタミン剤の処方と聞いて、適当にあしらわれていると感じたのでしょう……元々、呪いの類かも、と私の所へ来ましたから」
     思い込みだけではなく、ある種の引っ込みのつかなさもあったのかもしれない。

     「効果が出ていないのは、彼女が処方薬をきちんと飲んでいないからだ、というのはなんとなくわかってはいたんだけどねえ」

     タキオンもそれで今回、直接実家を訪ねるという手段をとったのだろう。
     「ですが、その勘違いによる憤りはタキオンさんの訪問を復讐の機会と捉えさせてしまった……シュカさんはあなたを神隠しに遭わせてしまおうと、ここへ誘導したんです」

  • 34結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:39:42

    27 / 37

     「言いがかりよ!」
     シュカが声を荒げる。

     「貴方だって見たでしょう?母屋にはなんの問題もない。座敷牢に誘われたときにしか神隠しにならない!タキオンさんがここに来たのは、彼女が欲深かったからでしょう?!」

     「ええ、それが一度、あなたが私に地下への階段を見せた理由でしょう」
     座敷牢は存在する。座敷牢に行かなければ無事帰れる。そう印象づける。

     そうすれば、タキオンの神隠しは彼女の自業自得だと諦めるとでも思ったのだろうか。

     「欲深い?」
     「……そういう伝承があるそうですよ」

     タキオンはそれを聞くと「まあ、知的好奇心、知識欲は人一倍と自認するところではあるが」と独り納得しようとしていたが、そうではない。
     「タキオンさん、ここに来る前、シュカさんに何か見ても追うなと……あるいは、入り口の様子なんかを説明されませんでしたか?」

     「なぜそれを?」

     「迷い家を『見返りを求めて』、もしくは『2度目に』訪れた者にだけ姿を現す座敷牢のトリック。それは、『認知』と『この屋敷を取り囲む壁』に仕掛けられているんです」

     2度目に訪れた人は壁を伝っても他に入り口が無いことを知っている。
     欲を持って、見返りを求めて訪れた人には、明確に目的意識がある。

     そのどちらも共通して、カフェが前回訪れたときにしたことをしない。

  • 35結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:40:03

    28 / 37

     「……私が最初に訪れた時、扉の向こうに現れたのは地下への階段でした。が、ちらりと見えたウマ娘の尻尾を追いかけて屋敷の周囲を回りました。そして、4度角を曲がって、追わずに待っていたシュカさんと合流し、扉を開けると今度は母屋へとつながっていました」
     「待てよ……つまり違いは……」

     逡巡ののちに答えに行き着いたタキオンが「ああ、」と納得の声を漏らす。その隣で頭上に疑問符を浮かべていたレイテルにゆっくりと状況を伝え直し始めた。

     「……シュカさん、あなたは私にここに来る方法を試すのは初めてだと言っていましたが、あれはウソですね?」
     シュカの祖母は市松人形を返しに行って神隠しに遭ったと話していたし、彼女の家には市松人形があったので返却は失敗したのだと思っていた。しかし、そうではなかったのだ。

     「遺伝的にビタミンを取り込みにくいあなたの家系で、それを克服したのはあなたのひいおばあさんだけ。体調不良を呪いの類だと思ったあなたは、解決方法を、かつてひいおばあさんがたどり着いたという迷い家に求めたんです。そして……どういった成り行きだったかは分かりませんが、仕掛けに気づいた。母屋にたどり着いたあなたは、おばあちゃんと同じ市松人形……返却されていた同じ人形を持ち帰ったんです」
     今回のトリックを難解にしていたのはまさにこの点で、シュカが意図的に仕掛けた行動がなければ成立しない。

     「えと……つまり?」
     「4つめの角を曲がり、シュカさんと合流した場所は、最初に地下への階段を見たのとは別の場所です」

     「この屋敷、上から見ると五角形をしているんです」

  • 36結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:40:16

    29 / 37

     竹藪に侵食された脇道は壁がわずかに湾曲していることを隠す。
     曲がり角に置かれた四角い台座の灯篭は、曲がり角が直角であるものと誤認させる。

     ここが迷い家だと知っていて中にしか用が無い『欲深い者』、他に入り口がないと知っている『1度訪れた者』は尻尾の誘導に乗ることはなく、目の前にある座敷牢への扉を開ける。

     そして、シュカはより確実にこの仕掛けを成功させるため尻尾を追うカフェとは逆方向へ進み、座敷牢への階段を隠した。

     「そうしないと、私が早々にタキオンさんを助け出してしまう。という危惧もあったのだと思います」
     助けがあれば脱出できるというのは、曾祖母の話により知るところである。

  • 37結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:40:28

    30 / 37

     カフェはシュカを見た。顔色が悪く、へたり込んでいるが目は反抗的である。

     「なるほどねえ、それで、彼女はどうしてここに?入り口を固めていないところを見ると、そのまま閉じ込めようとしたわけじゃなさそうだが」
     「それは……」

     「そうよ!」
     シュカが急に声を荒げたので、レイテルがびくりと背中を跳ねさせた。

     「だって、あなたが人形を!」

     「人形?」
     「今、話に出ていた、彼女の家にあった市松人形です……かつて曾祖母が持ち帰り、迷い家に返却しましたが……彼女は返却後、自宅に帰る前に神隠しに遭っていますから、今になって家から出てきたとしても家人には……もしかしたら本人も『返したと言っていたが思い違いだったのだろう』くらに思うことでしょう」
     カフェがフリーザーバッグを下ろす。

     「タキオンさん、お薬の半分、彼女の家に置いてきてしまいました」
     「構わないよ」
     「返してよ!」

     「……市松人形は、おばあちゃんに隠してもらっています。私はただ、フリーザーバッグのスペースを空けて、持ち出すフリをしただけなんですよ」
     ジッパーを滑らせ、フリーザーバッグの中身を見せる。仕切りが組まれた半分に薬品ボトルが、もう半分は空っぽになっていた。

  • 38結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:40:40

    31 / 37

     出発の前、冷蔵庫に薬品を移し、フリーザーバッグに空きを作ったカフェは、曾祖母の部屋に行き、市松人形を隠してもらった。

     手順の始めこそ偶然だったものの、「見返りを求めてはいけない」と口に出した後に取った一連の行動は、シュカに勘違いさせるには十分だった。

     「シュカさんは、私が人形を返すことで、タキオンさんの身柄と引き換えにしようとしていると思ったのでしょう。ですが、事実は少し違います」
     「なんで?どういうこと?」

     「あなたを彼女に会わせること」
     指差す先に女性が立っている。シュカのひいおばあさんの言う通り、美人だが恐ろしい目つきのウマ娘だ。

     「市松人形は、現代でこそ美術品、骨董品のように扱われていますが、彼女の……迷い家の時代を考えるなら……子ども用の玩具です。そして、お屋敷の屏風には子どもを捧げる様子が描かれていました。あれはきっと、迷い家が迷い家となった経緯なんです」

     「家の子どもを犠牲に、家が栄えるまじないをかけたといったところか」

     「ええ、それにより繁栄と……迷い家としての宿命を背負ったのだと思います。儀式の詳細まではわかりませんが、犠牲になった子どもはこの座敷牢で生かされていたのでしょう」

     座敷牢を改めて見ると、こけしや毬といった最低限気を紛らわせるものは置かれている。
     「そして死後、その子の魂は市松人形に取り憑いていたんです。その事に気づいたひいおばあさんは、人形を返しに来て、閉じ込められた」

  • 39結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:40:56

    32 / 37

     「あのぅ……」
     レイテルがおずおずと割って入る。
     「その人形を返したのは私だと思うんですけど、ちょっと噛み合わなくて」

     「シュカ君、君のひいおばあちゃんもウマ娘だったね?名前は?」
     「ストレイテイルだけど……」

     「そういうことか」とつぶやくタキオンを横目に、カフェは幾分か混乱していたが、タキオンが説明を始めない以上、このまま進めて問題はないのだろう。

     「……返却しても許されなかったのは、子供の幽霊が人形を持ち出した際に成仏してしまったからでしょう」

     「ああ、それ見ました!夢じゃなかったんだ……」

     「屏風の絵、どことなく似ているんです。シュカさんに」

  • 40結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:41:10

    33 / 37

     「あなたは、この家の子どもの生まれ変わりです。名前も同じ、シュカザオウ」

     だから、連れてきた。
     すでに成仏し、次の人生を歩んでいると教えるために。

     「説得には応じてくれそうにありませんでしたから」
     黒い着物のウマ娘がシュカを見つめている。その視線は、どこか安堵したようだった。


     「ふぅん……月並みな質問をするけど、いつから彼女が怪しいと?」

     このタキオンの質問には、カフェも月並みな言葉で返すほか無かった。すなわち
     「最初からです」
     である。

     「学園はタキオンさんの安否確認を、シュカさんにしています。その返答は『無事である』でした……音信不通になった後のことです。私が到着したときにタキオンさんの事を知らない、と言い張るには少し無理があります」

     タキオンを迷い家に誘い込んだのは復讐というには些か身勝手で大掛かりなものだが、翌日にイベント出演を控えた今日であれば1日時間を稼げば、タキオンの評判を落とすには十分と言える。
     そのために練った計画は、たまたま近くに居たカフェがやってきたおかげで変更を余儀なくされたのだろう。

     「たらい回しにされたことへの復讐……予定にない私の訪問には、嘘と……おそらく計画の一部を使いまわしての妨害と時間稼ぎ。それが、この事件の真相です」

  • 41結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:41:23

    34 / 37

     シュカは観念してうつむき、絞り出すように小さく「ごめんなさい」と口にした。
     これをタキオンは「まあ、面白い体験だったよ」とあっさり許してしまった。思えば、彼女にしてみれば大した被害は被っていないのかもしれない。

     「……では、帰りましょうか」
     「あー、待ってくれ、カフェ」

     タキオンはそう制すと、何やらメモを広げて図形を書き始めた。

     「私がここに来て体感2時間、しかし、カフェが言うには10時間くらい経っている」
     「ええ」

     「対して、レイテルがここに来て2ヶ月、これも体感……外では何日経っていると思う?」
     「……もしかして、10ヶ月?」

     「そう言いたいところだが、ここにもう一つ大きな矛盾が生じる。彼女は70年前の人物で、行方不明になった期間は2週間ということだ」

     カフェは最初にここを訪れた時のことを思い出した。30分ほどの探索だと思っていたのだが、外で待っていたシュカの時計の進み具合は5分程度だった。単純な5倍の時間の歪みでは説明がつかない。

     そのことをタキオンに伝えると、タキオンはうんうんと頷いてメモの図形を拡大させる。

     「どういうことなんです?」
     「あー、そうだ。言ってなかったね。レイテル君の本名もストレイテイルなんだ」

     そう呼ぶように、と頼んだのは彼女自身だそうだ。カフェは、シュカにも自分をあだ名で呼ぶよう頼まれたことを思い出した。

     「そして……単に同じ名前なシュカ君と違い、彼女はストレイテイルその人というわけだ」

  • 42結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:41:36

    35 / 37

     「これを説明するには、もう一つ時間の滞留を導入する必要がある。すなわちここと現実は時間の流れが違うが、その境界を行き来する間にその差が補正されるということだ。おそらく、屋敷がすでに失われていることが関連しているのだろう。無いものを引き伸ばすことはできないからね」

     「……えっと?」

     「つまり、私にとってレイテル君が過去の人間であるように、カフェにとっても私は過去の人間。具体的には午前中の私なんだよ。そして、ここを出たときには自分の時間軸に戻る。午前中に、だ。この集まりは時間軸的に解散してしまうということになるね」

     なんとなく理解できてきた。

     「今戻れば私はカフェが電車から降りたくらいの時間か……そこで合流してしまうと、今目の前に居るカフェが探しに来てくれない。タイムパラドックスだ」

     SFで聞いたことがある。タイムマシンに乗って過去の自分を殺したらどうなるのか、といったような矛盾のことだ。確かに、駅に降りたときにタキオンに迎えられては、今回の旅はそこで終了してしまう。

     「それはそれでどうなるのか興味があるが……今回は夜のカフェが探しに来てくれるまで身を隠すことにするよ。つまるところ、外では10時間経っているというのは、タイムパラドックスを避けるために他ならぬ私自身が自分の意志で隠れているから、というのが原因ということになるね。迎えに来ておくれ」

  • 43結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:41:51

    36 / 37

     そのあと、レイテルとシュカには薬品の正しい用法と、食事の指導が行われ、シュカはおとなしく聞いていた。彼女の祖母、つまりはレイテルは同じ症状を神隠しの後に克服している。つまりは今タキオンが施している授業に効果があったという証拠があるのだ。

     ふと出口のほうを見ると、黒い着物の女性が足音もさせずに出ていく所だった。彼女はどこへ行くのだろうか?まだ迷い家に居続けるのだろうか?


     「家にあるぶんはシュカ君に、ここにあるぶんはレイテル君に差し上げよう。少し副作用があるかもしれないが……きっと良くなる」

     なぜビタミン剤に副作用があるのだろうか?

     「じゃあ、カフェ、私は……そうだな、灯台で待っているよ」

     「あ、タキオンさん、海沿いの道を歩いてください。来掛けにタキオンさんらしきひとを見かけましたので……」
     タキオンは「それは不注意じゃなくて、今のカフェの発言のせいだぞ」と笑って迷い家を後にした。
     カフェもシュカとともに階段を登った。

  • 44結◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:42:06

    37 / 37

     海からの風にざあざと揺れる林を抜けると、月明かりに照らされた灯台が見えた。
     夏とはいえ少し冷える、雲のない夜だ。

     早く行ってやろう。もうずいぶん待ちくたびれているはずだから。


    おわり

  • 45◆Dge.TppQk622/11/07(月) 20:44:38

    お付き合いありがとうございました。


    トリックを先に思いついて「思いついたのはいいけど、なんだこのビックリハウス……」ってなったので霊的不思議空間に格納した。(設定的には儀式のための間取りだけど説明が長くなりそうだったので省いた)


    その他超常現象周りの謎(生まれ変わりと時間軸のあれこれ)はそういうもの、解けないものとして書いてるので推理モノとしてはハチャメチャにアンフェアで……正直スマンかった


    反応を見て次回への課題もできました。レスポンスくださりありがとうございます。

    途中の段階でどう考えながら読んでくださってるのかわかるのはとってもありがたいです。



    過去作

    Part.1

    謎が易しめ

    【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受ける話|あにまん掲示板※長いですが、書き溜めてあるので一気に投下します。bbs.animanch.com

    Part.9

    自信作。謎は難しい。

    【SS】カフェとタキオンの怪奇事件より生きてる人のが怖い話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約14,000文字ですので、読了目安時間は28分です。事件編の文量は全体の約2/3です)※事件編/解決編に分けて時間差登投稿します。※固有名詞ありの…bbs.animanch.com

    Part.11

    前回。最後に全話リストがあるので過去作に飛ぶのにどうぞ。

    この回自体は見事にコメントが0だったので黒歴史扱い。

    【SS】ユキノビジンが怪奇事件に巻き込まれる話【ウマ娘×ミステリ】|あにまん掲示板※少々長いですが、よろしければお付き合いください。(約8,500文字ですので、読了目安時間は17分です)※いつもは事件編/解決編に分けて時間差登投稿しているシリーズですが、今回はその区切りが最序盤にあ…bbs.animanch.com
  • 46二次元好きの匿名さん22/11/07(月) 21:20:24

    なかなかの大作だァ……

  • 47二次元好きの匿名さん22/11/07(月) 21:40:32

    挿絵あるとトリックの説明が分かりやすくて良かった

  • 48二次元好きの匿名さん22/11/07(月) 21:44:39

    地の文でミステリの雰囲気に引き込んでくる文体好きです。
    過去作も読ませて頂きますね。

  • 49二次元好きの匿名さん22/11/08(火) 00:00:03

    ファンタジーなことがあるって明確にわかってるとこういうのも楽しい
    素敵な物語をありがとうございました

  • 50◆Dge.TppQk622/11/08(火) 00:39:13

    感想ありがとうございます!


    >>46

    何回か組んだり崩したりしたせいで大作になりました……


    >>47

    そう言っていただけると用意したかいがあります。


    >>48

    ありがとうございます。Part.10まではちょっと加筆修正の加わったPixiv版もございます。

    #1 ナスタチウム | 旧理科準備室の怪奇事件簿 - らいぎの小説シリーズ - pixiv――5月 来たる春のG1戦線を前に、熱く青春を燃やすウマ娘たちの声が、蹄鉄つきのトレーニングシューズの足音とともに遮光カーテンごしに響いている。 青鹿毛の細い耳をそちらに傾けながら、マンハッタンカフェは3年間のトゥインクルシリーズを戦い抜いた日々に思いを馳せた。3年前の今頃は陣営...www.pixiv.net

    >>49

    ファンタジーやSF要素の配分はけっこう気を揉む部分なので楽しんでいただけて何よりです!

オススメ

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