- 1匿名のギルド運営委員K21/11/29(月) 00:36:44
現行本スレ
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ここだけダンジョンがある世界の掲示板 脳内設定スレ12|あにまん掲示板ここは、「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」から派生したスレです。https://bbs.animanch.com/board/174183/スレ立て時点での現行スレhttps://bbs.ani…bbs.animanch.comこのスレは「ここだけダンジョンがある世界の掲示板」の番外編みたいなものです
Kさんの過去について記したSSスレです。
あまり文章力に自信があるわけではないですし、割とすっきりしない話です。
設定の開示&今後のイベントの伏線という事で、暇があれば温かい気持ちで読んでいただけると幸いです。
- 2『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:40:38
アナタは、自分が"誰"であるか、自信を持って言えますか?
私の周りには、その問いに自信をもって答えられる人たちが沢山います。
彼らは"冒険者"という立場を名乗り、日々命懸けでこの異常な世界を探索し続けています。
…対して私は、その問いにどうしても答えることが出来ません。
私はどうしてこの世界でこうして生きていられるのでしょう?
考えると頭が痛くなってきて、心の中が黒いナニカで覆われる気分に陥ります。
だから、そういう悩みから逃げたくて、逃げたくて__ - 3『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:42:00
________________________________________
【過去の記憶】
"拡張"の能力のせいなのか、大抵の過去の記憶がはっきりと残り、忘れることができない。
今となっては千年以上昔…私がまだこちらの世界に来る前の日の景色も、私は鮮明に記憶している。
そう、あの日は嫌になるほど日差しの強い、よく晴れた日だった…
「もう就活の時期ってマジ?信じらんないんだけど」
朝。通勤ラッシュ時間帯の駅のホームは混んでいて仕方がない。
しかも人身事故で電車が遅延しているそうで、いつも以上に周囲の空気がピリピリとしている。
「カエちゃんはもう準備とかしてる?」
気さくに話しかけてくるのは大学時代の私の友人。_なんて名前だったっけ?
「就活でしょ?…なんにもしてないかな」
「だよねーっ。周りで資格がどうとか聞くと怖いんだけど」
「…そうだね、私も将来のために一つ二つくらい狙ってみようかな」
「わ、流石優等生」
「優等生なんてもんじゃないでしょ」 - 4『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:43:05
就活。その言葉を聞くと、大学生活も終わりに近づいていることを感じる。
私は正直不安だった。何かの職業に就くとは言っても、全くそのビジョンが湧いてこない。
…幼い頃から、私には将来の夢というものが無かった。
何を望んだとしても、これといって特出した才能のない私には高望みのように思えた。
__何も考えずに生きていたって、人は自然と収まるべき場所に収まるものだ。
とりあえず勉強をして、良い成績を取れば、それらしい職業に就いて、人生は過ぎていくんだ__
そんな斜に構えた事ばかり考えて、私は将来の自分を真面目に考えることから逃避していた。
いつの間にやら一応は"名門校"なんて呼ばれる大学に入学したものの、(だからこそ?)期待しているほど世の中はレールを敷いてくれないもので。
将来。その言葉は、借金の負債のように心に重くのしかかっていた。
『間もなく__3番線に__列車が参ります__』
その瞬間…だったと思う。
澄み渡った空を覆うように、大きく黒い穴が開いたのを見た。
…私の意識はそこで途切れた。 - 5『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:44:26
【最近の記憶】
タクシーおじさんの車に揺られて_ルルマリーナまであと少し。
そんな移動の合間でさえも、私は仕事を欠かさない。
私はカエデ。全ギルド連合直属にして、上層部と数多の実働部署を繋ぐギルド運営委員会に務める一人。
今となっては唯一ギルド設立当時から運営委員を務めている最古参の職員となってしまった。
いくつもの"見えない耳"を通信機に繋ぎ、"見えない口"で連絡を取る。
"見えない手"で資料も書いている。
傍から見るとただ座っているだけだが、私は"拡張"の能力を以てして常にマルチタスクの中に身を置いていた。 - 6『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:44:46
_____
「あ、もしもしリュールーさん?どうしました、何か物流関連で困ってる事あります?
「…あー、グルルン島と交易交渉ですか…」
「確か冒険者の中にコロロン族の名前が登録されていたんですよ、良い伝手になるんじゃないですかね」
「もしもしクレナイさん?私です」
「…はい、了解です、今記録するので全部報告しちゃってください」
「__はい__はいっと。…え、次?…あぁ、もうソワスレラに関してはこれ以上余計な追及はしなくて大丈夫ですよ
共同宣言もとっくに発表されたことですし。一度王国に帰ってゆっくり休んでください、お疲れさまでした」
「…もしもし、うわ、また冒険者がらみのトラブルですか…」
「6位…あぁもう大体予想付きました。…今度本格的に協議にかけてやりましょうかねぇ全く…」
______ - 7『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:45:28
「嬢ちゃん、折角なんだ、少しは外の景色も楽しんだ方が…」
タクシーおじさんが心配するように話しかけてくる。あまりに動きが無いので精神を病んだ女とでも思われただろうか。
…まぁあながち間違ってはいないのだが、あくまで私は極めて一般的な感性を持った一般人だ。そう主張したい。
「見てます見てます、そっち"も"ちゃんと。海、綺麗ですよね」
「…一体どこに目が付いてるんだい?嬢ちゃん」
タクシーおじさんはそれ以上追及してこなかった。
実際、"視覚"を"広げる"だけで周囲の景色くらいは360度自由に見渡せる。
この点に限っては実に便利な能力を授かったものだ。 - 8『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:46:26
__________________________________________
【過去の記憶】
意識が戻った頃には、私は白い靄の中のような場所にいた。
「…?ここは…」
とにかく落ち着いて状況を思い返す。
(そうだ、黒い穴が空に開いて…それで…どうなったんだっけ?)
思い出そうとすると、酷く頭が痛む。
そんな時、靄の向こう側から"声"が届いた。 - 9??白き神獣??21/11/29(月) 00:47:21
_引き寄せられし者よ、ソナタは○◎●○__
- 10『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:48:02
(何なのこの声…?…いや、声じゃない…)
それは音ではなかったし、言葉ですらなかった。
けれど、頭の中にその意味だけがスラスラと流れていく。
明らかに[この世界から浮いている]声だった。 - 11??白き神獣??21/11/29(月) 00:48:21
_"権威"を背負え、さもなくば"生きる"ことを許さぬ__
- 12『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:48:45
(何を言ってるの…!?理解できない…)
気味が悪い。ここから逃げ出したいけれども逃げ出せない。
頭だけがとにかく痛む。
「うああああっぁぁぁぁ・・・・ああああああぁぁぁぁっ!」
耐えられなくて、私はそこに蹲った。
どの位の時間呻き続けていたのか分からない。
____________ - 13『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:50:01
__頭の痛みに慣れてきた頃。うっすらと目を開けると、私は駅のホームにいた。
「…?戻って…きた?」
いや、違う。
確かにここは私が電車を待っていたホームだが…明らかに様子が異常だ。
空は真っ暗だし、ホームは荒廃している。周囲に人はいない。
「だ、誰かいますか…?誰か!」
呼びかけながら駅を歩く。返事は無い。
仕方がないので駅を出ようと改札へ向かうと、一人の人間の後ろ姿が見えた。
「!…あれは」
それは私の友人だった。
そうであるはずだった。 - 14【泣き虫な観客】21/11/29(月) 00:50:50
__繧ゅ≧蟆ア豢…サ???syu縺…ヲ繝槭syo??!…________
- 15『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:52:03
「え…」
振り向いた彼女の顔は、気味の悪いモザイクのようなもので覆われていた。
発する声も異常で、靄の中で聞いた[この世界から浮いている]音に近い。 - 16【泣き虫な観客】21/11/29(月) 00:52:23
__槭ず?滉??…ソ。縺/倥i??繧…薙↑…代←___
- 17『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:52:51
かろうじて人の形を保っていた体もどんどん変質していく。
「ど、どうして…どうしちゃったの…?」
異形と化したソレは私に近づいてくる。私は駅の外へ逃げようとした。
しかし、改札を通り越そうとしたところで見えない壁に阻まれる。 - 18【従順な観客】21/11/29(月) 00:53:25
__k///kkkikikikkip符をirererreei入れてddddsあい___
- 19『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:54:19
どこからともなくアナウンスが聞こえる。
また[この世界から浮いている]音だ。聞いているだけで精神が摩耗していく。
後ろから異形に追いつかれる。
「や…やめて…どうして…」
何の脈絡もなく理不尽だけが押し寄せて、私を囲い込んでくる。
頭がズキズキと痛む。精神も崩壊寸前だったと思う。
どうしてこんな目に合うのだろう。私が何をしたというのか。
…いや、逆なのかな。『今まで何もしてこなかった』から、こんな目に合っているのか…
私は訳も分からず、異形に向かって叫んだ。
そこから先は、思い出そうとしても思い出せない。
…いや、無意識のうちに"思い出さない"ようにしているのかもしれない。 - 20『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:55:20
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【旅行の記憶】
「はい着いたよ。ルルマリーナの中心街さ」
タクシーおじさんの声で、私は現実へ引き戻された。
「あぁ…やっと着いたんですね」
「やっとて…片道2時間もかかってないと思うんだがなぁ」
「私にとっての1時間は、普通の人にとっての1週間くらい長いんですよ。…はいこれ、お代です」
実際、私の"拡張"能力は膨大な情報処理が意図せずともできてしまうので、
常人よりも圧倒的に体感時間の流れるスピードが遅いらしい。
今まで__時間観測所の発表する一般時間で表すと__私もかれこれ1000年近くは生きてきたそうで、
となると一般人的な感覚に換算すれば10万年くらい生きたことになる。
すっかりエルフとも胸を張って並べる年齢だ。…誇っていい事なのか分からないが。 - 21『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:56:37
「いらっしゃいいらっしゃい!《海王の雹洞》で取れた新鮮な珍しい魚を取り揃えてるよ!」
「ソコのアナータ!この【フーリエボール】、使ってみませんカ?とっても便利ネ!」
「遠くの別大陸から仕入れてきた特産物を詰めてきたよ!買ってきな!」
中心街でさえ日常的に出店で溢れている。
いかにもルルマリーナらしい光景だ。
ルルマリーナ共和国。七国大戦終結後、無数の小規模な都市国家を統一して出来上がった"自由と美の国"。
国の方針として"自由な商業による活発化"を推進しており、今では大陸全土の物流の中心地となっている。
規制がかなり緩く、その点でレウネシアやソワスレラとは対極的な姿勢の国と言えるだろう。
その良くも悪くも寛容な気風故に、他国であれば排除されるような行為も黙認される傾向がある。
一たび"暗黒街"と呼ばれるような地域へ足を踏み入れれば、そこには闇ギルドを中心とした大罪人達が屯しているので
観光に来る際はくれぐれも迷わないように注意することだ。
「まずは…と…」
私は上層部から貰った"業務リスト"を見て、最初の目的地へと向かった… - 22『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:58:26
_____________________________________________________
【過去の記憶】
途切れた記憶のその後。
気が付くと、私は必死で森の中を走っていた。
今では【メニーマニー密林】と名付けられている場所だ。
ナニカから逃げていた…のだと思う、何故か上手く思い出せない。
頭痛があまりに酷いので、足元がフラついてきた。
私は仕方なく、傍にある比較的大きな樹に寄りかかって、座りこんだ。
「はぁ…はぁ…ここ…どこ…?」
何もわからなかった。少なくとも…この辺に生えている植物は私の知る地球のそれではない。
取り敢えず冷静になって気づいたことは、あれだけ走って私の身体が疲れていない。
そしてお腹も空かない。…代わりに、頭の痛みが酷くなる一方だという事だ。
少し休んでいると、機械音のようなものが近づいてくる。
咄嗟に身を伏せて様子を伺うと、黒塗りの機械のようなものが森林を練り歩いていた。
(何…あれ)
それは当時のソワスレラが使用していた旧式の魔導機兵なのだが、
当時の私がそれを知るわけもなかった。 - 23『アイデンティティ』21/11/29(月) 00:59:24
(見つかったら…多分、殺される…)
私は必死になって隠れる。
すると、今度は風切り音のようなものが聞こえた。今度は何だ!?
少し身を起こすと。
…なんと、小型のドラゴンに乗った人間が、密林の中を飛び回っているではないか。
黒塗りの機械は、彼めがけて光線を発射する。
彼はそれをギリギリで避けると、
『爆裂せよ!ボムフレイア!』
彼はドラゴンの上から…爆炎を放った。私の見た初めての魔法だ。
その時、私は"異世界転生"という_かつて私のいた世界では聞き慣れた_言葉が頭に浮かんだ。
笑い話に聞こえるかもしれないが…実際、その時に自分の置かれている状況がすんなりと理解できて、混乱していた思考が落ち着いたのだ。
(とにかく、ここは早く離れきゃ…
そしてどこか、町みたいなところへ…)
私は痛む頭を押さえながら、また森の中を走り出した。 - 24『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:02:00
______________________________________________
【過去の記憶】
数日後、くらいだろうか。
私はクラリィスという村に辿り着き、宿屋の手伝いをする代わりに泊めて貰っていた。
(異世界の人とも言語が通じる…これもテンプレだな)
あまりそういうカテゴリの小説は読むタイプでは無かったのだけど、
実際に直面してみると、あぁいうのをいくつも読んでいる人はこういう時に強いだろう、と思った。
ところが話を聞いてると、何も"転生"…いや"転移"というのは珍しくないらしい…
それどころか、私を雇った宿屋の店主ですらこの世界の出身では無いというのだ。
これは中々に想定外だった。
なんとこの世界は、色んな世界がくっついたり離れたりして成り立っているそうだ!
生きる者の殆どが異世界からの来訪者…そんなおっかない世界観だとは思っていなかった。
__融合という話が本当なら、私の世界は?私以外の地球人はどうなってしまったのだろう?
少なくとも、私の友人は化け物になっていた。
他の人__例えば、私の家族もあんな風になったのか…?
私だけ生き残った…って事は流石にないだろう。
いや、そもそも私は本当に"生き残った"のか?
この世界に来てから、私の身体はずっとおかしい…まさか。
考えれば考えるほど、不安が浮かんでくる。
だが幸か不幸か、私は"自分の事を心配する感情"をかき消すのは得意だった。
結局、そのまま数か月が過ぎていった。 - 25『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:04:26
_数か月の生活の中で、ある程度自分の身体について分かってきた。
寝れなくなった事。排泄機能も殆ど働いていないこと。
自分の手や足…あらゆる体の部位が持つ"機能"をいくつでも生成できること。
そして、新しく生成した体の一部は人に見えないこと。(要は、超能力の類でも使っているかのように見えるらしい。)
そして生成した体の一部は、私以外のものに触れる事が出来るかどうか、のオンオフが出来ること。
そのオンオフは、私が触れているものにも波及できること。
つまり、私が持った物は私以外の誰にも見えなくなるし、触れられなくなる特性を持たせられる。
私はこの能力を"拡張"と呼ぶことにした。
内臓器官の拡張も出来ると気づいた後は、自分の身体を自由に弄り回すことさえ出来るようになる。
大分ややこしいが、分かってしまえば思っているより便利かもしれない。
「本当に助かるよ、事務仕事、一人で全部やってくれるんだから」
雇い主のゲッダさんには何度もお礼を言われた。
思えばこの頃から、私は仕事人としての素質を開花させていたのかもしれない…
_________________ - 26『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:05:58
転機は急に訪れた。
ある夜、私の住んでいた村クラリィスは…突如襲撃を受けた。
襲撃者は恐らくどこかの国の兵…だと思われる。
セントラリアか、グロワールか、レウネシアか…今となってもよく分からない。
彼らの使う術は桁違いに強力で、村は一瞬にして焦土と化した。
「ハァ…ぐっ…」
何とか燃える建物から外へ脱出する。
辺りには焦げた死体が転がっているだけだった。
(駄目だ…多分、誰も生き残ってない…)
生き残ったのは、どうやら私だけのようだ。
記憶が途切れていて、どうして無事だったかは思い出せない。
まただ。また私だけ生きている。どうして・・・? - 27『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:06:52
身体が焼け焦げるように熱い。
"拡張"では、私自身の身体の損傷を修復するような効果は望めない。
逃げきれず、ここで焼け死んでしまう可能性の方が高いだろう。
いや、このようにまともに定住できる場所もない世の中だ、生きる方が大変ではないか。
もう自ら死んだ方が楽なんじゃ_
…それでも命というものは惜しいようで、
私は必死に燃え盛る村から逃げようとした。
「おい、いたぞ」
通りをふらつきながら逃げていると、ローブを被った二人組に見つかる。
暗くて顔はよく見えなかった。
「まさか生き残りがいるとはな」
「目的の"物"はここにはない。目撃者は全員始末してしまえ」
「あぁ…分かっている」
一人が武器を構えた。
どうやら、逃げようとしたのは無駄な足掻きだったようだ。 - 28『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:08:10
しかしその時、空から何かが降ってきた。
「うわぁっ!」
爆風で私は吹き飛ばされる。
「あーあーあー!巻き込んじゃってるじゃん、何て雑な仕事してんだよ」
「いやはや…ごめんなさいな…」
「おい、意識はあるか?」
誰かに声をかけられる。
「どっちでも良いから早く載せて。ここから脱出しないと」
今度は女性の声だ。誰だろう?
「…?」
視界がハッキリしてくると、目の前には先ほどのローブ二人組が倒れていた。
「えっ…うわっ」
「おぉ、意識を取り戻したようですねぇ」
顔を上げると四人組の男女が立っていた。全員…随分と個性的な見た目をしている。
「…あなた方…誰です?」
とりあえず聞いてみた。
「え?そうだね…困っている人々を助ける名もなき慈善団体、ってところかな!」
____________________________________________________ - 29『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:10:19
____________________________________________________
【旅行の記憶】
ルルマリーナ支部の方々に挨拶してから、私は今回の主目的…取引先の本社へ向かう。
「こんにちは…」
ルルマリーナの首都都市の中でも、一際目立って高い金属質の塔。
ここが大陸におけるメディア産業の中心、"カルマコーポレーション"の本社である。
「お待ちしておりましタ。こちらへどうぞ」
案内人が現れる。恐らくは魔導人形の類だろう。
この前に訪問した時よりも大分SFチックな様式になっていて、慣れない雰囲気に久々に緊張した。
…しかし、ソワスレラのそれともまた違った技術で動いていることは何となくわかる。
長年ギルドとカルマは協力関係にあるが、彼らの技術の出どころは未だ不明だ。
少し前の調査では、かの"全知"が絡んでいるという噂を入手してはいる。
まさか、とは思うが…
とにかく私は、集合予定の場へと向かった。しばらくは大量の資料との格闘になりそうだ…頭痛薬、頭痛薬と。 - 30『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:12:03
____________________________________________________
【過去の記憶】
私は、彼らに連れられて"慈善団体"の活動本部まで連れていかれた。
「お前…妙な体質だな、魔術で傷が治らんとは…完全に効果を拒絶しておる」
医者と思われる老人に怪訝な眼差しを向けられた。
「まぁまぁノウイングさん、そういう人だって来るでしょ。"この世界"には」
私を助けた四人組の一人、リーダーと思われる男が背後から現れて、老人を宥めた。
「さて、改めて自己紹介だな。僕はルーブ。君は?」
「…カエデです」
「カエデさんだね。…早速だけど、簡単に…君がここまで来た経緯を知りたいんだ、覚えてるかな?」
私は黒い穴の事を話した。
地上にさ迷い出て、あの村で数か月暮らしていたことや、"拡張"の能力の事も。
「なるほど…恐らくは、衝合で世界の一部分だけがこっちに来てダンジョン化しちゃった…ってとこかな?」
「時期からして大衝合か…その余衝合によるものである可能性が高いだろうが。
…しかし、黒い穴というのが興味をそそるな。通常の衝合ではそんなもの発生せん」
老人は急に輝いた眼差しを向けてきた。…なんだろう、何か怖い。
「あの…それじゃ私も、ここが何なのか…聞いていいですか?衝合がどうとか…わけわかんないんですけど。」
「ハハ、そりゃそうか。んじゃま、長くなるけど__」
そこで、この世界の大まかな現状と基礎知識を教わった。
ダンジョンと衝合のこと。大衝合という現象によって、この世界の時空が大きく歪んでいる事。
…そしてその結果、国同士の巨大な戦争が勃発しつつあるという事。 - 31『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:13:30
「世界自体が大変だってのに、ここに引き寄せられた人達でお互い潰しあいを始めちゃってるんだよ。良くないだろ?それって」
「それは…そうですね」
「特に、カエデさんみたいな巻き込まれてるだけの被害者がココには大勢いる。そういう人達を助けよう!って事で結成したのが僕たちさ。
まぁ今は20人くらいのメンバーしかいないから、出来ることも限られてるんだけどね」
「…儂は親切がしたくて協力してやってるわけじゃないがな」
「はいはい」
…そんな行動的な事を起こしている人たちがいるのか、と私は驚いた。
思い返せば日本にいた時も、周囲にはそういう慈善事業を自主的に立ち上げて活動するような意欲的な人たちを希に見かけた。
その度に、私には到底真似できない精神性だ…と劣等感を煽られたものである。
「さて、それじゃ"これから"、カエデさんはどうする?」
「え…」
「どこか比較的安全な場所で暮らしていくのが良いと思うんだけどね、候補としては_」
これから。
今まで決めてこなかった、私の将来。
この人たちが提案する場所なら、あの村よりも格段に安全ではあるのだろう。
…でも、戦争がこれから激化するというのならそれは確実じゃない。
それに。…もう、"何もしていない自分"を嫌になるような生活は沢山だ。
私も、何か行動したかった。 - 32『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:15:08
「…ギルド」
「え?」
「ここの団体の名前、決まってないんですよね」
「まぁね…一度皆で決めようとしたんだけど、結局決まんなくってさ」
「だったら、"ギルド"っていうのはどうでしょう?」
「……カエデさん、まさか…」
「私も手伝いたいです、皆さんの活動。多分、私の能力があれば、もっと効率的に組織の運営に貢献できます」
その日から、人々の問題[クエスト]を収集し、解決する慈善団体"ギルド"が始まった。
今ある【冒険者ギルド】の、いわば雛形である。
そして私は、世界の平和のためにひたすら勤しむ道を選んだ。
__あれからもう、1000年くらい経っているなんて信じられない。
_______________________________________________ - 33『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:18:51
_______________________________________________
【旅行の記憶】
遂に長い仕事も全て終わり、あとはギルド職員の方々へのお土産を買って…
明日にはセントラリアに帰還しなくてはならないだろう。
少しくらい休みをくれても良いと思うのだが…こればっかりは、仕事を何でも引き受ける私の方に問題はあるのかもしれない。
港市場に向かって中央街を歩いていると、大きな店が目に留まった。
__ルルマリーナ中央書店__
一般図書を販売している書店の中では大陸でも指折りの規模だと言われる書店だ。
(そうだ、たまには本でも買ってみようかな)
何となく。その場の気分で書店の中へと入った。 - 34『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:20:20
平積みにされて並べられている本を見れば、
その時代のトレンドがある程度分かる、という話を学生時代に聞いたことがある。
この世界においても、その見解は正しいなぁと思う。
何というか…こう、時代性を感じるラインナップだ。
中には『冒険者図鑑』なんてのもあって、ギルドの人気が高まっていることにほんの少し喜んでみたりした。
小説のコーナーへ行くと、
『来訪者P.X 第4巻』というタイトルが目に入った。『30年ぶりの新作発売』とチラシが貼ってある。
P.Xシリーズ。セイレーン=チノ作のフィクションSF小説シリーズの一つだ。
主人公は名前の無い旅人と、自殺する方法を探している一人の少女。
共に旅をすることになった二人が、世界の彼方此方を巡って、尚『死ぬ』方法が見つけられないという
児童向け絵本作家と同一人物が書く作品とは思えないくらい暗い設定の作品である。
私はこのシリーズがお気に入りで、実は1~3巻まで揃えている。
どうして好きなのか、と言われると返答に迷うのだが…世界観や表現に妙に惹かれたのだ。
(4巻出てたんだ、折角なら買っちゃおうかなっ)
手に取ろうとした時だった。
…背後からまた、"声"をかけられた。 - 35【オンナノコ】21/11/29(月) 01:21:25
「ねぇ…もしかして、その本のファン?」
- 36『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:21:47
それは覚えのある感覚だった。そう、[この世界から浮いている]声。
途端に周囲の時が止まったようになる。
咄嗟に振り向くと、そこには少女が立っていた。
長いツインテールに黒い服。一言で言うなら"不気味"だった。 - 37【オンナノコ】21/11/29(月) 01:22:18
「ねぇ?ファンなの?どういうところが好き?」
- 38『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:22:44
「別に…ファンって程じゃ…熱烈なコレクターとかではないし…」
焦った私は、何だか的外れな回答をする。 - 39【オンナノコ】21/11/29(月) 01:23:14
「でもそのシリーズ、全部買ってるんでしょ?」
- 40『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:23:39
私の事を知っているような言動だった。
「…あなた…何者?」
明らかに危険だ。最悪、助けを呼んで… - 41【オンナノコ】21/11/29(月) 01:24:55
「私はね、おねーさんの言う"熱烈なコレクター"なんだ♥」
「だから、もしかして『同類』かなー…?って思っただけだよ♥」 - 42『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:25:38
「…同類…?」
私はその場から動けなかった。金縛りに近い攻撃を受けている?
その不気味な少女はこちらに一歩一歩近づいてくる。
そして、耳元でこう囁いた。 - 43【オンナノコ】21/11/29(月) 01:26:13
__ネェ…『イキテテツライ』ッテオモッタコトアル?__
- 44『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:26:49
「…え」
生きてて辛い?そんな事、考えたことも__
「別に…そんな事は…ない、けど」 - 45【オンナノコ】21/11/29(月) 01:27:11
__ソウ?ジブンノコトガ、ドウシヨウモナク"イヤ"ニナッタリスルデショウ?__
- 46『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:29:49
自分の事が…嫌い。
そうだ…確かに私は、"私"の事を考える事を避けてきた。
考えてみようと思えば、いくらでも問題はあったはずだ。
でも、そんな事を考えていたら無性に怖くなる。
自分が"私"である事を根本から否定してしまいそうな…そんな怖さがある。
私の心は、命懸けで世界を駆ける冒険者の人たちのように強くはなかった。
だから嫌いだ。過去も今もこれからも。
_そうだ。だから私は、仕事に逃げたんじゃないか?
__だって何かに追われていれば、他に何も考えなくて済むじゃないか!
拡張を使っているとき。
私は自分が複数いるような…不定形になっていくような、そういう不安定感を覚える。
最初はそれが一番怖かったが、今ではむしろ私という存在が"はっきりしない"事の方が救いだった。
私は彼女に何も返答できなかった。 - 47【オンナノコ】21/11/29(月) 01:30:24
やっぱり、おねーさんも"同じ"なんだね。
大丈夫、もう少しで"解放"されるから… - 48『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:30:47
そう言って、少女は私を通り過ぎていく。
「…!待って!」
振り向くと、その姿にはどこにも見えなかった。
…気が付くと、周囲の時も動き出している。 - 49『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:34:04
_…あれ?今私は…誰と会話していた?
思い出せない。まただ!相手の姿を思い出すことが出来ない!!
酷い吐き気がした。私はまた怖くなった。
手に取った本を棚に戻し、早々に書店を立ち去る。
(頭が…痛い…"拡張"も使ってないのに…)
(落ち着け私…まだお土産を買わないと……)
ふらついた足で街道を歩く。寄り道なんてするべきじゃなかった。
(…ダメだ、帰ろう。セントラリアに。早く。)
私に居場所を与えてくれる、あの職場へ。
…結局、私は体調の悪さを理由にして、お土産を買わずにセントラリアに帰ってきてしまった。
わざわざ"掲示板"でリクエストまで募っておいて、我ながら情けない。
特に《白銀》さんには、後で死ぬほど謝らないと… - 50『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:38:37
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【今】
「先輩最近、顔色悪いですよね」
同じくギルド運営委員で働く、ハーフエルフの後輩から心配されてしまった。
…あの日以来、私の精神の健康は確かに良くない。
重い精神汚染でも喰らったかと病院に診察に行ったが、
私の身体は思っている以上に異質らしく、検査する事さえ出来なかった。
そこらの冒険者の方がよっぽどおかしいじゃないか!と突っ込みたくなったけど。
…やはり、私はナニカがおかしいのかもしれない。
掲示板を見る回数も心なしか少なくなってきている気がする。
あとは、食べ物の味を感じなくなったり…本当にダメな兆候が現れてきていた。 - 51『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:42:54
「そうかな…やっぱりそう見える?」
「はい。ルルマリーナでなんかありました?」
「いや…特になかったはずなんだけどな…わからないや」
「偶には休んでくださいね。…と言いつつ、これ。今年の颱風の資料です」
後輩は私の前に分厚い紙の資料を積み上げた。
「今年は例年よりも大きく襲来が遅れてますから、かなり規模も大きくなっているかと」
「うーわっ心配だね…大陸への侵入経路は…」
念のため、王国だけでも防衛線を張っておくべきかもしれない。
ランカーに通達しないと… - 52『アイデンティティ』21/11/29(月) 01:44:38
仕事が増えると、実は嬉しい。
他人の事を考えているときが、一番気楽。
私は随分長い期間生きてきたけど、昔から何も変わってない。
私が嫌いな"私"のままだ…
__終わり - 53おまけ21/11/29(月) 01:56:15
「ノウイングさん、随分彼女の事疑うね」
「実に興味深い対象というだけじゃ…あれはヒトの形をしたナニカ…別のものだろう」
「そうなの?」
「魔力反応が完全に0。それどころか…あれは魂すら持ち合わせていなかった」
「…それで、あの"見えないものを増やす"能力か…」
「そう、あれは【次元干渉体】…"外"の端末に限りなく近い特徴をしている。…それがヒトの形をしてヒトのように振舞っている。実に興味深い話だ」
「…まさか、敵として殺す気じゃないよね」
「サンプルを無駄にする真似はせん。…お前こそ、あれに肩入れする必要はないだろう、ルーブ」
「いや、あるでしょ。同じギルドの仲間なんだから。…この世界は、何だっていて良いと思うんだよ、俺」
「…ふん、お人好しめ…」
その後、ギルド初期メンバーの一人、《碧聯》ことルーブ・インシュタインは、七国大戦に巻き込まれる中で命を落とした。
実は彼がKに想いを抱いていたことが判明したのは、彼が死んだ後の事である__ - 54おまけ21/11/29(月) 02:08:04
【ボス紹介:《干渉の理論》】
生息地:ギルド本部
端末レベル4‥識別ID不能
ヒトの形をした自覚なき"外"の端末。
"接触できない"次元とこちら側の次元を自由に繋げ、それらを依り代に自らを無限に拡張する力を持つ。
その効果は時間的、空間的に波及し、理屈上はあらゆる存在を"非干渉状態"に飲み込むことが出来ると考えられる。
特筆すべきは、やはりそれがヒトの形をしており、また自らの正体に非自覚的である点だろう。
元はヒトだったものが"変質"した系統の"端末"だと考えられるが、"白"の干渉故か変質前の姿を保っている。
また無意識的に自らの能力使用を制限している節があり、疑似的な魂を自ら構築していると考えられる。
__全知の記録 No.XXXXXXXXXX__ - 55『アイデンティティ』21/11/29(月) 02:10:05
これにて深夜の投下祭は終わりです。
何か質問などありましたらお気軽に…って感じですが、このスレが伸びてもあんまりなので、まぁどこかで。
読んでくださった方はありがとうございました!