【SS】カフェとタキオンが怪奇事件の相談を受けた裏で頑張る話【ウマ娘×ミステリ】

  • 11◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:54:20

    ※事件編 / 解決編 に分けて時間差投稿します。
    ※今回から行間を空けるようにした結果、これまでより分割数が多いですがご容赦ください。

  • 21◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:54:39

    事件編

  • 31◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:54:48

    1 / 27

     川沿いの堤防を利用して作られたランニングコースは、朝もやと呼ぶにはいささか濃い霧に包まれていた。
     柔軟性があり、踏みしめると少し蹄鉄の跡が残るレンガの舗装は、学園がここを走るウマ娘たちのために、自治体に掛け合って敷設されたものだと聞いた事がある。

     夜明け前の薄明かりの霧の中、反射板付きのタスキを袈裟懸けにした栗毛のウマ娘、ユークリッドワルツは足を止めると「起きたついでだから」と眠い目をこすりながらジャージに着替えてくれたルームメイトを振り返った。先ほどから足音が遅れがちだ。

     「はあ……ユリツちゃ。なんだか怖いね」
     互いの姿も薄らぐ霧の中、彼女は膝に手を当てて、丸めた背中を上下させていた。

     「トロベちゃ〜ん、前走ってみ?もっとだよ」

     「無理ィ〜」と弱音を上げるルームメイトに白い歯を見せながら、スポーツボトルのキャップを外す。
     かくいう私も呼吸が乱れている。視程数メートルの霧中に突っ込んで行くのは、なかなかに勇気が要る。その勇気を生み出すため、心臓に必死で火をくべているのだ。乱れもする。

     もし、レースで霧に出会ったら先行策はやめてバ群に寄り添うべきか……いや、それはそれでタイミングを見るのが難しくなりそうだ。

     「……うん、慣れっば、きっと武器になるって!頑張ろ!」

     そのとき、ふいに霧が輝いた。堤防の上にも朝日が差し込んだのである。
     光が霧の粒子に乱反射し、さっきまでよりもさらに見通しが悪い。目を細めていると、逆光の中、ルームメイトの引きつった顔が浮かんできた。自分とは反対に目を見開いて口をぱくぱくさせている。

     その視線を追って振り返る――

  • 41◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:54:59

    2 / 27

     「――そうしたらね?黒い影が立ってたんですって」

     鹿毛のウマ娘、ファインモーションは持参したロウソクの火を吹き消すと、仄かな蛍光色に照らされた3つの顔を順繰りに見つめて、自身のもたらした効果を確かめた。

     「……それで、相談に?」

     「ええ!」

     そのうちの1つ、青鹿毛のまっすぐな黒髪を垂らしたウマ娘、マンハッタンカフェがライトスタンドのスイッチを入れる。電球色の暖かな光がその悩ましげな表情と、テーブルに置かれた4つのカップを照らした。

     カフェはファインよりひと足早く3年間のトゥインクル・シリーズでの戦いを終えると、彼女の私物を置くことを許可されたこの「旧理科準備室」で、後輩ウマ娘たちの相談に乗るようになった。多くは走りに関する相談だが、時おり今回のように彼女の霊感を頼って怪奇現象の相談なんてものも舞い込む。

     そして、どちらの相談に対しても親切で、丁寧に答えを探してくれると評判だった。下級生の間では「使われなくなった旧理科準備室に棲む不思議な存在」として都市伝説のように扱われているほどだ。

     いつか怪奇現象に出くわしたら、この友人の元に話を持ち込んでみようとそばだてていたファインの耳に、その体験談の一端が入り込んだのはつい昨日のこと。その場でユークリッドワルツの肩を掴み、SP隊長に咎められながら仔細をメモ帳に書き写したのだ。

  • 51◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:55:07

    3 / 27

     「相手にすることァねェぜ、カフェ」

     「あ、ひどーい!」

     隣でノートパソコンにかじりついていた黒鹿毛のウマ娘、エアシャカールが、机の上のカップを脇に寄せてから、慎重に画面を回す。

     「なァ、お前も気づいてンだろ?」

     「ああ、恐らく今回の怪異……いや、現象は」
     ぺちんと音が響いてアグネスタキオンの言葉はファインの両手に遮られた。せっかく出会えた怪奇譚なのだ。簡単に終わらせてなるものか。

     そうして始まった攻防を無視して、何やら考えを巡らせていたカフェだったが、やがて小さく頷くと、つぶやくように口を開いた。
     「……わかりました。この相談……引き受けます」

     「マジか?」
     「やった!」

     シャカールが眉をひそめ、ファインが跳ねる。
     ファインから解放され、ようやく自由に息ができるようになったタキオンが大きくひとつ、ため息をついた。

  • 61◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:55:15

    4 / 27

     ノートパソコンをシャカールの手元に引き戻し、表示されていた何らかの記事を目に入れないようにして閉じる。

     「明日の朝……同じ時間に、現場へ行ってみます……」

     「じゃあ、待ち合わせにしましょう!美浦寮に午前――」

     「いや、ダメだ」
     シャカールが再びノートパソコンを開き、2度3度キーボードを叩くと、カレンダーが表示された。彼女のスケジュール表だ。
     明日の朝の欄には「プールトレーニング:合同」の文字がハイライトされている。

     「お前はオレと朝練あんだろ?」

     「こんな目立つように書いてるなんて、楽しみにしててくれたんだね……。仕方ない。カフェ」

     「はい。それに……視界の悪い土手は……それだけで危険ですから」

     「ハァ?!」だとか「オイ!」だとか、何か言いたげな声を上げているシャカールを無視して、現場の詳細をカフェに伝えていく。
     「そうだ、投光器!用意できるよ。以前、夜間練習のために購入したものがたくさん……」

     「それには及ばないよ……私も行こう」
     タキオンが湯気の立つティーカップを目線の高さに掲げる。
     「仮説が正しいのか、確かめないと寝覚めが悪いからね」

  • 71◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:55:25

    5 / 27

     「ねえ、」

     温水プールは空調も整備されているため、湯気はあまり立たない。それでも、全力で泳ぎきった直後の身体を伸ばすシャカールの、露出した肩甲骨のあたりからは彼女の生命力が茹だっているようだった。

     「ンだよ?」

     「……2人は、ちゃんと解決できたかな?」

     時刻は午前6時を迎えようとしているところ。じきに日が昇る時間だ。“仮説”については努めて詳しく聞き出さなかったが、もし正しいのであれば、そのまま立証、事件解決となるだろう。
     本人の言によると、彼女らの元に持ち込まれた怪奇の相談のうち3割くらいはそうやってタキオンが科学的な回答を見い出すのだそうだ。

     「条件は揃ってる。揃ってて実験をミスるようなタマじゃねェよ」

     ファインが黙りこくるので、シャカールは意地悪な笑顔を見せた。
     「ま、妖精だの幽霊だのじゃねェって確定するのは残念だろがよ」

     「別にそんなんじゃないよ……ただ、この目で見てみたかったな、と思って」
     まあ、半分はシャカールの言う通りだった。せっかく巡り合った怪奇譚なのだ。
     「いい思い出になると思ったんだけどな……」

     「いや、どう転んだって良くはねェだろ。残念or怨念だぞ?」

  • 81◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:55:34

    6 / 27

     旧理科準備室は、その名の通り、理科室で使用する機材が保管されていた部屋だ。初めて名前を聞いた時には漢字が分からず「キュウリ科準備室?」と聞き返してしまった覚えがある。タキオンの使用している実験器具や、窓にかかる暗幕はそのころの備品らしい。

     そんなわけで、この日も旧理科準備室は真っ暗で、コーヒーのいい匂いが漂っていた。

     「……もう少し、時間をください」

     真剣な眼差しのカフェの後背、研究スペースに立ったタキオンは、こちらの様子など意に介さないといった風で、色とりどりの薬品を試験管に取り分けている。

     「ンだぁ?今朝は霧、出なかったのかよ?」

     「……いえ」

     なんだか歯切れが悪い。タキオンが口を挟んでこないのも気になる。
     彼女も同行したはずで、シャカールと同じく、何か科学的な解法に気づいていたはずだ。

     セーラー襟が覗く白衣姿を見つめながら、ファインは1つの可能性に行き当たっていた。

  • 91◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:55:42

    7 / 27

     「――たぶん、“幽霊”は出たんだよ」

     「アァン?」

     放課後のジムは閑散としていて、ランニングマシンの動作音の上に響く2つの足音がはっきりと聞き分けられる。

     「だけど、それが全てじゃなかった」

     「どういうことだ?」

     少し歩調を緩める。脳を動かすと酸素がそっちに持っていかれるものだ。
     「きっと……タキオンにとっては、目の前の科学的に説明できる“幽霊”で事件解決……でも、カフェはそうは思わなかった。“妖精”を追わなきゃって……それで、意見が割れてしまったんだと思う」

     見解の相違の末にケンカのような形になった……のかはわからない。
     しかし、意見が割れてしまったのだとしたら、先程の旧理科準備室での対応にも納得が行く気がする。

     「……なァ、その“幽霊”、“ghost”の訳か?」

     首肯する。つられて歩調が少し乱れた。

     「なるほど、殿下サマも気づいたってワケだ」

     「ちょっと考えてたらね。思い出しちゃって

  • 101◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:55:52

    8 / 27

     それはこの事件を説明できる自然現象だ。もし、最初から気づいていたのなら、この話は旧理科準備室に持ち込まなかったかもしれない。

     だけど、そうはならなかったし、カフェはおそらく別解を追っている。
     そのせいで二人が仲違いしてしまったのなら、私にも責任の一端がある。切っ掛けをもたらしたのだから。

     「シャカール、私ね。この事件について調べてみようと思うの」

     それは、初めのような好奇心だけでなく、友達のために、だ。

     一面ガラス張りになったジムの窓から、帰路につくウマ娘たちが見えていた。
     その往来から外れたベンチに腰掛け、ジャージ姿のウマ娘の話しに相槌を打つカフェの姿を見つけたファインは、少し表情を暗くしてランニングマシンの速度を上げるのだった。

  • 111◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:02

    9 / 27

     風が強い。

     ごおごおと絶えずうねりながら、時折何かが壊れる音を含んで唸っている。
     雨が真横から殴りつけ、かっぱの隙間から容赦なく入り込んでくるのがわかる。

     早く帰らなくては。

     幅の狭い歩行者用の橋にたどり着くと、転落防止用の金網がガシャガシャと大合唱していた。

     もうすぐだ。

     停電か街灯は落ち、スマホの明かりだけを頼りに暗闇を渡っていく。
     一際強く吹いた風に、灯りを取り落としそうになる。右手のガードレールに体重を少し預けると、雨の中恐怖で涙が滲んでいる事に気づいた。

     やっぱり、今日はそのままおうちで寝て、明日ゆっくりお叱りを受けるべきだった。

     破壊音が脳天から肺までを引き裂いた。風上を確認する暇すらなく、衝撃が走り、脳が全ての感覚をカットする。残ったのは――

  • 121◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:11

    10 / 27

     「……そうですか。お大事に」

     保健室の扉を閉めるカフェの姿を見かけて駆け寄る。
     朝のこんな時間にファインがここを通りかかったのは、日直の仕事があったからだが、カフェはそうではない。

     「カフェ、どうかしたの?」

     「……ファインさん……こんにちは」

     見た所、怪我もない。顔色も普段通り。健康そうである。
     ファインは胸をなでおろすと、今しがた閉められた保健室の扉を見た。

     ドアにはめ殺しになった窓からは、エメラルドグリーンのカーテンだけが覗いている。

     「……じつは……堤防をランニングコースにしているチームがあるそうで」

     「堤防って、例の?」

     カフェが頷く。
     そもそも、あの場所は以前からランニングコースとして利用されており、整備もされている。幽霊騒ぎもまだ一部の生徒の間で噂になっているのみなので、使用が継続されているのも当然といえば当然だった。

     「……背中に手形が出た子が居たそうです……念のため、保健室に駆け込んだそうですが、私にも見て欲しいと……」

     「それで……」

     次の言葉を促したが、うつむいたカフェの両目は、その青鹿毛の奥に隠れてしまった。

  • 131◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:19

    11 / 27


     「じゃ、ンだ?やっぱマジもんのユーレイ騒ぎだってのか?」

     昼休みのカフェテリアは、少々シャカールが大きい声を出した程度ではだれも振り返ったりはしない。

     保健室前でカフェに遭遇してから2日。たまたま通りかかったシャカールのスカートを引っ掴んだファインは、なんとか彼女を対面に座らせると、この2日の独自調査の結果を打ち明けていた。手元のメモ帳には、今回の件に関する噂話や目撃談がいくつか書き込まれている。

     「えーっと、これは昨日……私は会ったことないんだけど、中等部のスティルアイズちゃん。知ってる?」

     「いや。聞き覚えがねェってことはオレとは戦場が違うな?」

     「うん、ダート……なのはまあ、今回関係ないから置いといて……噂だけど、例の堤防でチームのみんなとランニング中に急に痛みが走って、転倒、打撲……ねえ、日本には人を転ばせる妖精が居るんだよね?」

     「妖怪、な……イヤ、一緒か。知ってる限りはカマイタチだが」

     簡単にカマイタチの説明を受ける。しかし、この妖精は3匹1組で、転ばせ役、切りつけ役、治療役と役割分担を行うそうだ。
     「じゃあ、違うね」と言うとシャカールは笑って「まァ、そうだろうな」と答えた。彼女のノートパソコンには今しがた検索した、可愛らしいカマイタチのイラストが表示されている。

     「ただコケたのかも知れねェ……カフェは?」

     「会ってみるって」

     「ンなら、嗅ぎ回らずに任せりゃいいじゃねェか」

     「それがね……今日になってチームのコが気づいたんだけど――」

  • 141◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:30

    12 / 27

     スティルアイズが怪我をした現場で見つかったそれは、直径11mmの鉄球だった。駅前にある何やら賑やかな遊戯場で使われているらしいが、未成年立ち入り禁止のため入ったことはない。

     「パチ​ンコ玉……スリングショットか」

     乗りかかった船ということか、シャカールは旧理科準備室までついてきてくれた。カフェの入れてくれたコーヒーに、鋭く光る瞳が反射している。

     「ええ……おそらく……」

     「決まりだな。こいつは幽霊じゃない。ケーサツの出番だ」
     その言葉は、ファインと、扉の向こうのSPたちにも向けられているようだった。
     「相手は変質者だ。ガッコにも堤防は使用禁止にしてもらって、後は餅屋に任せようぜ」

     「……いえ、それは少し……待ってほしいんです」

     「ア?」

     カフェが口元に手を当てる。
     「……今回の事件、誰かに任せては……いけない気がするんです」

  • 151◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:39

    13 / 27

     左手を挙げて、威嚇の唸りを上げるシャカールを制する。
     「……わかった。何か力になれることがあったら言ってね……これ、役に立つかわからないけど」

     メモ帳を開く。
     これは、ここ数日であれこれと駆け回って集めたものだ。SPのみんなの頑張りも多分に含まれている。

     「……行方不明、」
     それは小さな走り書きだった。

     去年の夏、一人の生徒が行方不明になっている。
     寮で共同生活をしていると忘れがちだが、トレセン学園は広く、生徒数は莫大で、しかも結果を残せず去っていくコも多い。探せば知らない場所で知らないうちに不幸な話も起きている。

     「名前は███████、ルームメイトの話だと台風の日に出かけて戻らなかったんだって」

     「……ありがとうございます……少し、調べてみます」

  • 161◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:48

    14 / 27

     「ありゃ、お前のカンが正しいみてェだな」
     旧理科準備室からの帰り道、唐突にシャカールが切り出す。
     「物理的な証拠が上がってンのにあれじゃ、タキオンのバカが愛想尽かすのもわかるぜ」

     その勘は当たっていてほしくないが、今日、旧理科準備室にはタキオンの姿が無かった。少なくとも行動を共にしてはいない。

     「任せられないっていうのは、タキオンにも、ってことだよね……」

     「お前にも、だぞ」

     シャカールの刺すような視線が眉間を射抜く。
     ギラギラと光るインペリアルトパーズの瞳に、わずかな憂いの色を湛えている。彼女はそのファッションよりも、言葉遣いよりも、周りで言われている陰口よりも、ずっと優しい人だ。

     「……そうだね、だけど、」
     足を止めてその瞳を見つめ返す。
     「妖精以外の危険が降りかかるのはカフェも一緒だから。私は今回のお話を持ち込んだ張本人として、逃げたりできないよ」

     2人がしばらく黙っているので、視界の端でSPたちが戸惑い始めるのが見えたころ、シャカールはフッと短く息を吐くと、肩の力を抜いた。

     「しゃーねェな、殿下サマは。いいぜ、乗りかかった船ってんならオレもだ。どうなるか見せてもらおうじゃねーの」

  • 171◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:56:56

    15 / 27

     噂が広まって、それでも他に練習場所の確保できなかった午後5時

     スティルアイズの所属する「チーム:ルクバト」は傾き始めた陽に照らされながら走っていた。
     最後方を走っていたスティルアイズと、その前に居たチームメイト、インドミナスが相次いで転倒。2人とも打撲と擦り傷、そして、足首に手形が出現した。
     彼女らは何者かに足を掴まれたと証言している。

  • 181◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:57:08

    16 / 27

     旧理科準備室をノックすると、予想とは違い、タキオンの声で返事があったので、ファインは少したじろいだが、シャカールと目配せをしてから扉を開けた。
     瞬間、むせ返るような緑の匂いが周囲を覆う。

     「何してンだ?!」

     「ああ、これかい?少し野草の成分の抽出をね……まあ、こんなに大掛かりにしなくても良かったんだが」
     白衣の袖の余った左手を振りながら事もなげに言うが、いつもの良い香りに包まれた旧理科準備室と比べると雲泥の差、クレイン・イン・ザ・ダストボックスと言っていい有様だ。

     ファインは本当にむせかえってしまわないよう、慎重に息を整えた。
     「カフェは?」

     「調べ物だよ。また事件があったろう?今日はここに寄らず直接寮へ帰るんじゃないかな」

     「ねえ、少しお話があるんだけど」

     「ああ、触らないで。手袋なしだと痕になるよ」

     そういうものを放置しないでほしい。
     遠心分離機が終了のアラームを鳴らし、タキオンは試験管の中身をアンプルに移し始めた。

     「カフェに協力してあげてくれない?」

     「と、いうと?」

     「今回の事件、聞いてるかもしれないけど、凶器にスリングショットが使われてたり……とっても危ないの。だけど、カフェったら他人には任せられないって……タキオンが力を貸してあげれば心強いと思うの。カフェだって、タキオンなら……」

  • 191◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:57:22

    17 / 27

     「おあいにく、それには及ばないんだよ」

     タキオンの暗い瞳が光る。その色に後ろ暗さみたいなものは含まれていない。
     ファインが頭上に疑問符を浮かべているのが見えたのか、タキオンは腕を組むと少しうつむいた。
     「……ふむ、全容を話そうか。今回の一連の事件の、真相だ」

  • 201◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 22:58:07

    以降、解決編になります。
    時間も遅いですし、今回はちょっとインターバル短めにします。

  • 21二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 23:05:11

    読みごたえある

  • 22二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 23:19:28

    なるほど分からん
    めっちゃ気になる

  • 231◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:27:29

    解決編

  • 241◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:28:19

    18 / 27

     朝もやの中、1つの足音と荒い息遣いが響いていた。
     片手に握った手紙をくしゃくしゃに握りしめ、視程の短い霧の中を泳ぐように進む。
     時折発せられる声にならない声は深い深い霧の中へと吸い取られていくようだった。

     「███████ちゃんっ!」

     ようやく息を整え、その名前を呼ぶ。

     「███████ちゃん、何処?!」

     そのとき、朝日に照らされ、霧が輝き始めた。
     虹色の後光を湛えた影が映し出される。

     「ブロッケン現象」

     影は3つ。振り返ると、自分以外の2つの影を作っていたウマ娘が、そこに立っていた。

     「濃い霧に自身の影が投影されることで起きる自然現象だ。その昔は怪異として扱われていた……のかな?正直、当時から正体は割れてたんじゃないかな。動きが自身のトレースだからね」
     白衣の余らせた袖を振ると、照らされた影もそれを追って動く。

     「その手紙で釣れたって事ァ、お前が犯人で間違いねェってわけだ」
     エアシャカールが一歩前に出る。逆光の中にあってもなお眩しいインペリアルトパーズの瞳が光っている。

     見つめ返すスティルアイズの瞳も負けず狂気に満ちて爛々と輝いていた。

  • 251◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:28:31

    19 / 27

     「……マンハッタンカフェさんは?」

     「手紙の通りだよ、内容は本当なんだ」

     「……させないッ!」
     スティルアイズの腕が懐に動くが早いか、エアシャカールが崩れ落ちるように姿勢を落とす。3mの距離を4歩で詰めると、スティルアイズの右腕をひねり上げた。

     「……一発は手前ェに撃ってんだ。ヒトサマに向けていいもんじゃねェことぐらい、分かってんだろ」
     地面に落ちたスリングショットを堤防の下へと蹴飛ばす。

     「君は……」
     まだスティルアイズが抵抗しているのに気づいたタキオンは言葉を切った。ほどなく、唸り声がすすり泣くようなものに変わり、先を続ける。
     「……カフェが今日、除霊に挑むとその手紙で――ああ、ちなみに書いたのはファイン君だよ。――知ってここに来た。これで動機がはっきりした」

     昨日、旧理科準備室でタキオンは真相の前にまず、カフェとはすでに役割分担で動いていると語った。つまり、仲違いなんてのは最初から殿下サマおよびオレの勘違い、早とちりだったわけだ。

  • 261◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:28:40

    20 / 27

     去年の夏に行方不明になった生徒が居た。
     彼女は行方をくらました台風の日、命を落としていた。
     それは、カフェの見立てで、つまりは間違っていないということだ。

     「君は彼女と親しかったんだろう。そして、君にはカフェと同じ力がある」
     もっとも、スケールはずっと小さいだろう。親しかったゆえに、今回の件でたまたま波長が合ってしまい、存在を感じ取れているだけなのかもしれない。

     「君は友人を、せっかく帰ってきた友人を再び失いたくなかった。亡霊という形だったとしても。そうだね?」

     返答は無かったが、すすり泣く声がそれを肯定しているようだった。

     カフェの話では、弱い幽霊は何らかの物理現象――それも、人々が恐怖を抱きそうなものを介して現れるらしく、今回の場合はそれがブロッケン現象だった。つまり、ghost(幻影)で妖精。ファインの「たぶん」は正しかったことになる。

     その存在を感じ取ったスティルアイズは喜んだ。行方不明の、世間的にも死亡したと思われている友人との再会……少し、想像しにくい。
     しかし、彼女は亡霊だ。悪影響も出る。

     「君は、彼女の起こす霊障を変質者の仕業に仕立て上げ、その存在を隠そうとしたんだね?スリングショットを使った自傷……痛かっただろうに」

     ところが、カフェの動きは早くて、正確だった。
     彼女自身を除くいくつかの症状が本物の霊障であることはすでに露呈していたのだ。

     「だから、君は自分が犯人になってしまうことにした。チームメンバーを巻き込んで……」
     自傷で済ませようとしていた優しさはもう無くなっていた。
     転倒するふりをして前を走るチームメイトの足首を掴むだけの危険行為を厭わないほどに。

  • 271◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:28:51

    21 / 27

     タキオンが白衣のポケットからアンプルを取り出す。昨日、旧理科準備室で見たのと同じものだ。
     「これは、ここに自生している――私が実験のために刈りつくしてしまったからちょっと今は……見当たらないけど――茎の赤い草から抽出した。同じ効果を得るにはすりつぶすだけで十分。樹液が直接肌に触れると、かぶれて赤くなる。手形の正体はこれだね」

     見ると、彼女の手のひらも痛々しく赤く変色している。犯行時は手袋を用意することが出来なかったのだろう。あるいは、自分が捕まるために敢えてそうしなかったのかもしれない。

     「犯人が捕まってしまえば、調査はおしまいだと考えたんだろうね」
     ただ、そうして表向きに事件が終息したところで、カフェが関わるのを辞めていたかといえば、答えは否だろう。そこまで頭が回らないほどに追い詰めてしまっていた。

     「だって……」
     スティルアイズが座り込む。
     「せっかく、また会えたのに」

     「あのなァ……お前の知ってる、その友達ってのは、誰かの背中に手形を着けたり、怪我させたりするようなヤツだったか?これはカフェが言ってたことなんだけどよ、被害が出るとイメージが悪くなる。幽霊ってのはいわばイメージだけの存在だ。解るな?お前はお前の友達を悪霊にするのを助けちまってンだよ」

     「だけど安心してっ!」

     霧の奥から、それを晴らしてしまいそうなほど明瞭溌剌とした声が響いた。
     それを合図に川岸からいくつもの光が閃き、辺りを明るく照らす。

  • 281◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:28:59

    22 / 27

     「よーいっ!」

     ブロッケン現象で現れた影が揺らいだ。
     映し出されるのは、スターター・ピストルを掲げたファインと、長いストレートの髪の毛を垂らし、勝負服に身を包んだカフェ、そして……

     パンッ

     空砲が鳴り響き、2つの影が滑るように走り出した。すぐにタキオンやスティルアイズのわきを掠めて、霧の中へ突き進んでいく。

     「███████ちゃん!!」

     シャカールにも一瞬、その姿が見えた気がした。
     カフェと並んで走る、背の低いウマ娘の影。

     ぐんぐんと速度を上げて、カフェの姿が、あの聞き取りづらい足音が離れていく。

  • 291◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:29:09

    23 / 27

     ――破壊音が脳天から肺までを引き裂いた。

     カフェは異物感に顔をしかめると、息を入れてぐんと地面を蹴った。

     ――もうすぐだ。

     これは、この子の感覚だ。

     ――早く帰らなくては

     影は着かず離れずぴたりと寄り添っている。

     ――風が強い。

     不意に霧が晴れた。

  • 301◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:29:17

    24 / 27

     ファインはゴールライン通過の無線を受け取ると、そのまま最寄りの一つを除いた全ての投光器を消してもらった。
     もう影は必要ない。
     薄くなり始めた霧に映し出された自身の影に手を振り、別れを惜しんでいると、4人がやってきた。

     「……ありがとうございました」

     ウマ娘の本能は走りに特化している。
     死者と対話し、満足させるのに競争という方法を取ることはスティルアイズに宛てた手紙にも記されていたことだった。

     「ううん、最初から言ってたでしょ?投光器なら用意できるって」

     順番にそれぞれの顔を見る。
     シャカールは少しあきれ顔。カフェは瞳から集中力の残滓を迸らせていたし、タキオンはいつもの通りどこか飄々としていた。
     そして、
     「初めまして、スティルアイズちゃん。手紙の件は驚かせてゴメンね」

     うつむいたその顔をのぞき込む。憔悴した、という表現が似合いそうな消耗具合だ。だけど、彼女にはまだ、やらなければならないことがある。

  • 311◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:29:27

    25 / 27

     一呼吸置いてからコクリと頷いたカフェに、スティルアイズの正面を譲る。

     「……どうぞ、こちらへ」

     「なんですか……」

     「……最後に……彼女に言葉をかけてあげてください……まだ、届きますから」

     スティルアイズがハッとして顔を上げる。
     投光器が映し出す最後の影は、不思議なことに誰の動きともシンクロしていないように見えた。

  • 321◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:29:42

    エピローグ

  • 331◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:29:51

    26 / 27

     「さ、食べて!」

     「ラーメン屋で言う台詞とテンションじゃねェよ……」

     シャカールが煩わしそうに片耳をふさぐ傍らで、カフェとタキオンは上品に「いただきます」をしてから箸と蓮華を手に取った。

     ラーメン屋のテーブル席で行われる小さな祝勝会は、もちろんファインの提案である。
     報酬としてお代は依頼主の私持ちに、という提案を「友達だから」の異口同音で断られたのは、なんだか嬉しかった。

     「ごめんねシャカール。一番危ないところ任せちゃって」

     スティルアイズが最後にお別れを言うためには、どうしても彼女をあの場所に呼ばなければならなかった。と、なると、自傷に使った凶器を持っている可能性は多分にある。
     タキオンでは対応できないし、カフェは妖精の対処に集中しなくてはならない。私自身はSPに猛反対されていた。

     「ま、消去法だ」

     「それから、二人も」

     「うん?」

     「私、勝手に方針でケンカしちゃったんだ~って思って」

     頭を下げるファインの前で、カフェとタキオンは顔を見合わせると、同時に表情を綻ばせた。

     「まあ、確かに初期段階で衝突はあったかな。どう見てもブロッケン現象。多少珍しいけど、私一人ならその確証が得られた時点で終わっていた事件だからね」

  • 341◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:30:02

    27 / 27

     そこへ待ったをかけたのがカフェだった。
     彼女は“妖精”が自然現象を介して現れていると、正しく知ることができる素質を持っていた。
     そして、タキオンはそのことに――ファインが思うよりずっと――理解があったのである。

     「……あちらの事は私に任せてもらって……タキオンさんには手形の再現のトリックだけ、考えてもらいました」

     「とは言っても野草の知識はフィールドワークの得意なカフェのものだったから、私は不要だったとも言えるが……ま、そんなところさ」

     「……人の趣味を……現地調査を意味する言葉で呼ぶのは……辞めてください」

     「ふふっ、あなた達って、ホントに素敵なコンビね!」

     タキオンが「ありがとう」と答える反面、カフェが少し嫌そうな顔をするのが可笑しくて、ファインはまた一段頬を緩ませた。

     「……あなた方も……素敵なコンビです」

     「シャカール、聞いた?照れちゃうね!」

     「あァ?!蓮華持ったままくっつくンじゃねエ!」

     押しのけられながら、ファインはこの数日のことを祖国の父さまや、いつ連絡が取れるとも知れないお姉さまにも知らせようと思うのだった。


    ――Part.5「霧の巨人」終わり

  • 351◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:31:41

    今回の話のために初めてキャラガチャ天井して殿下引き換えました。キャラスト良かった……
    サンキュー闇鍋ガチャ。サンキューサイゲ。

    お付き合いいただきありがとうございました。

  • 361◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:32:02
  • 371◆B4vF6BOvvE22/01/23(日) 23:33:00
  • 38二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 23:37:25

    なるほど!
    いつもながら問題の中に上手くヒントが散りばめられてて感心させられます

  • 39二次元好きの匿名さん22/01/24(月) 08:16:39

    感想レスありがとうございます!


    >>21

    >>22

    カタルシスがどうしても解決編に来るので、事件編も楽しんでもらえてるのはとっても嬉しいです。ありがとうございます。


    >>38

    ありがとうございます。ミステリの肝なので、布石と伏線には気を使ってます。

    後で思いついたことも最初から有ったかのように序盤に埋め込めるのが一括投稿の良いところ。

  • 401◆B4vF6BOvvE22/01/24(月) 19:38:56

オススメ

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