(SS注意)ON←→ON

  • 1二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:24:32

     俺は今、担当ウマ娘に対して、一つの懸念事項を抱いていた。

     とはいえ、彼女の体調や脚の状態に関しては何の問題もない。
     至って結構で、トレーニングの調子も上々で、今後のレースにも十分期待できる。
     それとはまた別のところで、不安になる要素が発生しているのであった。
     今日はどうだろうな、そう考えながら、俺は彼女との待ち合わせ場所へと向かう。

    「多分、もう来ていると思うけど」

     律儀な彼女は、俺よりも早く、大体、30分前には待ち合わせ場所で待機している。
     担当を待たせるのもどうなんだ、と思ったこともあった。
     実際、一度だけ45分前に来て、彼女よりも早く待っていたことがある。
     そうしたら、次の待ち合わせの時に、一時間前から彼女は待っていた。
     それ以降、彼女より早く待っていることは諦めたのである。

    「真面目なのは、いいことなんだけどな」

     苦笑を浮かべながら、待ち合わせ場所へと到着する。
     駅前のとある銅像の前、そこには一人のウマ娘が立っていた。
     前下がりに切りそろえられた青毛のボブカット、前髪には白メッシュ、頭頂には白い編み込み。
     俺は彼女の顔を見て、やっぱりか、と心の中でため息をつく。
     担当ウマ娘のシーザリオは、鋭い目つきの、真剣な表情を浮かべ、直立不動で待ってくれていた。
     周囲の人達が、無意識遠ざかってしまうほどの圧の強いオーラ。

     シーザリオは、お出かけの待ち合わせに、オンモードで臨んでいるのであった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:25:06

     シーザリオというウマ娘は、オンとオフの切り替えがとても上手なウマ娘だ。
     レースやトレーニングなどの時は、凛とした佇まいで、少し男性的な様子すら感じさせる、きっちりとした口調。
     逆にリラックスしている時や、気を抜いている時などは、ほんわかとした雰囲気で、柔らかな調子で話してくる。
     初対面だと面を食らうほどの落差があるものの、それは彼女の武器の一つでもあった。

     気合を入れるべき時に気合を入れて、気を抜くべき時には抜く。

     単純なことではあるが、極めて重要なことだ。
     これが出来ずに、気を張り詰め過ぎて、怪我をしたり調子を落としてしまうウマ娘も少なくはない。
     それを最初から、そして本人が意識的に出来るという点は、他のウマ娘に対する彼女のアドバンテージである。
     ……そのはずだったのだが。

    「おっ、お待たせ、シーザリオ」
    「いえ、問題はありません、ではトレーナー、早速参りましょう」
    「あっ、ああ、ラインクラフトへのプレゼントを見繕いたいんだね?」
    「おっしゃる通りです、いくつかの候補はすでに考えていますので、共に実物を見ていただければと」
    「わかった、どれくらい役立てるかはわからないけど……」
    「はい、ご助言の程を、よろしくお願いいたします」

  • 3二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:25:20

     シーザリオは、にこりともせずに、頭を下げる。
     かちかちのお固い口調に、背筋をぴしっと伸ばし続けているような姿勢。
     完全に────オンモードのシーザリオであった。
     同室の親友のプレゼント選びに気合が入っている、というわけではない。
     以前からこの手の用件でお出かけすることはあったし、その時はオフモードで話せていた。
     最近は、お出かけするときも、トレーナー室でちょっとした話をする時も、この調子である。

    「えっと、まずはどこへ?」
    「最近、クラフトはロッククライミング用の道具を欲しがっていたので、それを見に行こうかと」
    「了解、それじゃあ────」

     心の中の不安を表に出さずに、俺はシーザリオと会話を交える。
     ひとまずは、お出かけの目的を果たそう。
     親友のラインクラフトのことを考えているうちに、気持ちも抜けるかもしれない。
     そう考えて、俺は彼女とともに歩みを進めた。

     この日、シーザリオの様子が変わることはなかった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:25:38

    「────シーザリオの様子、ですか?」

     あのお出かけ以降も、シーザリオのオフモードを引き出すことが出来ず、俺はある人物に助言を求めることにした。
     シーザリオのことを良く見ていて、それでいて良く知っている人物といえば、一人しかいない。
     外跳ねたセミロングの鹿毛、頭の頂点でぴょんと飛び出た稲妻の流星、輝く星のような瞳。
     シーザリオの同室であるラインクラフトは、ぽかんとした様子で、俺の言葉を聞いていた。
     学園から少し離れた場所にある喫茶店で、俺はシーザリオには内緒で、彼女に来てもらっていたのである。

    「ああ、最近どうにも張り詰めてるみたいで、君の方で気になる点とかあるなら教えて欲しくて」
    「張り詰めている……?」

     ラインクラフトは、合点がいかなそうに首を傾げた。
     いかん、どうも事を焦り過ぎているようだ、シーザリオのためにもちゃんと伝えなければいけない。
     深呼吸を一つ、俺は改めて、彼女に向けて言葉を紡いだ。

    「近頃、シーザリオの肩の力が抜けてないというか、オフの状態になっていないみたいで────」
    「……? 部屋では、いつも、オフの状態になっていますよ?」
    「えっ?」

     ラインクラフトの口から、意外な事実が発覚する。
     一瞬、脳の処理が追い付かなくなって、思わず間抜けな声をあげてしまった。
     そんな俺を尻目に、彼女は言葉を続けていく。

    「この間も、トレーナーさんとのお出かけの話を楽しそうに……そうだ、プレゼントありがとうございましたっ!」
    「あっ、いや、俺はアドバイスしただけだから」
    「色んなお店に付き合ってくれたって、メサイアさんやハートさんにもお話していました」
    「そっ、そうなんだ」
    「今度トレーナーさんへのお礼にお菓子を作るって────あっ、これ内緒って言われてたんだ~!?」

  • 5二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:25:54

     ころころと表情と顔色を変えるラインクラフト。
     そんな彼女の前で、俺はシーザリオのことで頭がいっぱいになっていた。
     どうも、ラインクラフトや他の友人達の前では、素の自身を出せているようである。
     俺とのお出かけがつまらない、というわけでもなさそうだ。
     では何故、俺の前ではあんな、張り詰めた状態になってしまうのか、その答えがどうしても出てこない。
     俺は腕を組んで、考え込んでしまう。

    「……もしかしたら」

     その時、ぱちんと、両手を叩く音が聞こえた。
     顔を上げれば、何かに気づいたような表情をしているラインクラフト。
     もしかして心当たりがあるのだろうか────俺は藁にも縋る思いで、彼女の問いかけた。

    「何か、理由がわかったのか」
    「う~ん、予想は出来たんですけど、これは教えちゃったらマズいよね~……?」
    「……そうか」

     困ったような表情で、ラインクラフトは気まずそうに目を逸らす。
     まあ、彼女達もアスリートとはいえ年頃の女の子、俺に言えない話もあるだろう。
     惜しくはあるが、それ以上は深く追求せず、俺は引き下がる。
     すると彼女は、にっこりとお日様のように明るい笑顔を浮かべて、人差し指を立てた。

    「その代わり! プレゼントのお礼を兼ねて、一つ、とっておきのヒミツを教えてあげますっ!」
    「……ヒミツ?」
    「はい、いわばシーザリオの────やる気スイッチですっ!」

  • 6二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:26:08

     それから数日後の、夕方のトレーナー室。
     事務作業に一段落ついたところで、部屋の扉がとんとんと叩かれた。
     控えめで、それでいて丁寧なノック、それだけで相手が予想できる。

    「どうぞ、シーザリオ」
    「失礼します」

     俺の言葉を聞いてから、シーザリオはトーレナ室へと入ってくる。
     やはりピンと背筋を立てて、少し鋭い目つきで、彼女は手になにやら箱のようなものを持っていた。
     ……それもなんとなく予想がつく、とあるウマ娘の失言のおかげで。

    「トレーナー、ケーキを作ってきましたので、宜しければ休息を取りませんか?」
    「……うん、それじゃあ有難くそうさせてもらおうかな、お茶淹れるね?」
    「お願いします、私はその間に、食器の準備をさせていただきます」

     大好きなお菓子作りの後のはずなのに、彼女は凛とした態度を一切崩そうとしない。
     そのままお互いに一言も発さずに、静かなままティータイムの準備は進んでいく。
     やはり、このままではいけない。
     改めてそう決意をしつつ、お茶を淹れて、テーブルの上へと運んだ。

    「お待たせシーザリオ……ケーキ食べる前にさ、少しだけいいかな」
    「はい、どうかされましたか?」

     俺の言葉に、シーザリオは真っ直ぐな視線を向ける。
     引き込まれるような、綺麗な、紫色の瞳。
     この瞳が淀んでしまうようなことが、あって欲しくないから。
     俺は────彼女の頭へと、手を伸ばした。

  • 7二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:26:26

    「……えっ?」

     困惑した様子で固まるシーザリオの頭に、ぽんと、俺の手が乗る。
     さらさらと触り心地が良く、そしてどこかじんわりと暖かい。
     そしてそのまま、耳と耳の間、編み込みの前後を、ゆっくりと撫で回していく。

    「トッ、トレーナー?」
    「……」
    「んっ……あっ、あの、これは一体、どういうこと、なんですか……?」
    「…………」
    「いや、嫌じゃないんですけど、むしろ気持ち良いんですけど、状況がわからないというか……!」

     じっくりと撫でていく毎に、シーザリオの口調が崩れていく。
     それに伴って、引き締まっていた顔も、徐々に緩んだものになっていき、目つきも和らいていった。
     ……どうやら、ラインクラフトの話は真実だったようである。

    『耳と耳の間、編み込みの前後! そこをじっくり撫でてあげると、強制的にオフの状態に出来るんですっ!』
    『切る方のやる気スイッチなんだ』

     ゆっくり、じっくり、時間をかけて。
     シーザリオの頭を撫でてあげると、彼女から力がどんどん抜けていく。
     やがて、ふにゃっと安心しきったような表情を浮かべる彼女に、俺は声をかけた。

    「……ごめんねシーザリオ、最近、肩の力が入りっぱなしだったように見えて」
    「それは、その」
    「お出かけの時やティータイムの時くらいはリラックスして欲しくて……もし理由があれば、聞かせて欲しい」

     するとシーザリオは、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
     どこか不満そうに唇を尖らせて、少し頬を赤く染めながら。
     強硬手段で怒らせてしまったかな、そう考えて後悔しかけた矢先、彼女はぽつりと小さな声で呟いた。

  • 8二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:26:43

    「…………格好良いところを、見せたかったんです」
    「えっ?」
    「どんな時でも、トレーナーさんには、格好良い私を見てもらいたくて」

     それで緊張してしまっていたのかもしれません────そう言って、シーザリオは俯いた。
     脳裏に浮かぶは今までのシーザリオの態度と、先日のラインクラフトの言い淀み方。
     すとんと、腑に落ちるような感覚がする。
     見れば彼女の顔は恥ずかしそうに真っ赤になって、触れている頭はとても熱くなっていた。

    「……ふっ、ふふっ!」
    「あっ! 笑わないでくださいよー!」
    「いっ、いや、ごめん、まさかそんなことを考えていたなんて、思わなくて」
    「…………私も、何故か急に、そう思うようになってしまって」

     心配をかけてしまってすいません、とシーザリオは謝罪の言葉を口にした。
     何故、そう考えるようになったのかは、正直見当もつかない。
     けれど、今、彼女に伝えなくちゃいけないことは、わかっていた。

    「シーザリオ、俺はいつも格好良いキミを、見せてもらっているよ」
    「……そう、ですか?」
    「ターフを駆ける君の姿、トレーニングに臨む君の姿、友人達と切磋琢磨する君の姿、全部が、目に焼き付くほど格好良いと思ってる」
    「……っ」

     シーザリオは、目を大きく見開いて、俺を見つめる。
     初めて走る姿を見た時から、今この瞬間まで、俺は彼女を、最高に格好良いウマ娘だと思って来た。
     幾多の輝きを放つトゥインクルレースにおいて、特別な煌めきを見せるスーパースター、それがシーザリオだ。
     ずっとそれを見ていると、眩しすぎて目が潰れてしまいそうだから。

  • 9二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:26:59

    「だから、たまにはこうして、甘えるような姿も見せて欲しいな?」

     その時、シーザリオの耳がピンと立ち上がって、へにょんと垂れさがってしまう。
     俯いてしまっている彼女の表情は窺えず、ただ頭の熱さだけが、手に伝わっていた。
     ……ああ、熱さといえば、お茶が冷めちゃうな。

    「そろそろケーキ食べようか? シーザリオのケーキ美味しいから、楽しみだな────」

     そう言って、手を離そうとした瞬間、ガシっとその腕が掴まれた。
     見れば、シーザリオの両手が、俺の腕を押さえつけるように、握られている。
     そして彼女は、潤んだ上目遣いで、こちらをじっと見つめると、絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。

    「……それじゃあ、早速甘えても良いでしょうか?」

     シーザリオの問いかけに対して、俺は反射的に頷いてしまう。
     そして彼女は、へにゃりと柔らかな微笑みを浮かべて、囁くような声で言った。

    「もう少しだけ────トレーナーに、頭を撫でていて欲しいです」

  • 10二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 02:27:14

    お わ り
    とあるスレ用です

  • 11二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 07:37:27

    いいねえ……

  • 12二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 09:46:23

    とても、とても良かったです!

  • 13二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 10:13:54

    良いよね………好きな人の前でかっこつけちゃう女の子………

  • 14二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 10:17:46

    かわいいが過ぎる

  • 15二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 15:41:17

    ウマ娘のシーザリオとして一番グッと来た
    名SS

  • 16124/04/10(水) 20:26:31

    >>11

    シーザリオいいよね……

    >>12

    そう言っていただけると嬉しいです

    >>13

    ついに見栄張っちゃうのいいよね……

    >>14

    一人で二度可愛いが楽しめる

    >>15

    ありがとうございます これからもっと増えるといいですねえ

  • 17二次元好きの匿名さん24/04/10(水) 20:37:18

    実装前なのにこれほどのSSの出来……ただ喝采を送ることしか出来ぬ

  • 18124/04/11(木) 08:13:50

    >>17

    ありがとうございます

    実装が楽しみです

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