- 1二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 21:38:24
トレーナー室や自宅とはまるで違う、無機質で退屈な病室。
ベッドの上でぼんやりとしていると、空いた窓から吹き込んだ風がそっとカーテンを揺らした。つられて外の景色を見れば、ついこの間まで道路の向かいで咲き誇っていたはずの桜は、見る影もなく散ってしまっている。
美しい日常というのは、ある日突然失われてしまうものだ。この数日で、改めてそんな現実を思い知らされた。
「私だ、トレーナー。入っても構わないか?」
「エアグルーヴ?大丈夫、どうぞ」
ナーバスになった心への慰めか、分厚い引き戸の向こうからノックと共に慣れ親しんだ声が。心なしか、いつもよりその調子は優しげだ。
入室を促すと、花束を抱えた制服姿の担当ウマ娘――エアグルーヴがドアの向こうから現れた。入院してからもLANEでは連絡を取っていたが、こうして顔を合わせるとやはり嬉しいもので。こんな状況でも思わず頬が緩んでしまう。
「どうだ、具合は」
「ああ、今は随分楽だよ。薬が効いてて痛みもないし」
「そうか、ならいい。病院に連れて行った時など、あまりの痛々しさに見ていられなかったからな……」
「その節は本当にすみませんで」
あの日、歩くことすらままならなかった俺を病院まで連れて行ってくれたのはエアグルーヴだった。彼女がいなければきっと、今よりもっと大変なことになっていただろう。本当に頭が下がる。
まったく、と呆れたように言って、エアグルーヴは持ってきた花束を窓際の花瓶に移し替える。種類はよく分からないが、黄色とオレンジの花が多いように見えた。
「菊は入ってないだろうね?」
「当たり前だろう、たわけが!花の扱いについては貴様より10年は長いのだぞ」
「冗談だって、エアグルーヴはその辺よく分かってるもんな。今は菊は見たくなかったし……」
「今日持ってきたのはバラとガーベラだ。花言葉は……自分で調べるように」
それから、エアグルーヴとは他愛のない世間話をいくらかした。世間話といっても話題は学園のことがほとんどだが。
生徒会のことや、最近目をかけている後輩のこと……入院中の身で話すことがない俺に代わって、エアグルーヴはいつもよりも雄弁に日常のことを語る。それが嬉しくもあり、羨ましくもあり、早く退院したいという思いに駆られる。
そうしていつの間にか、話題はこれから待っている手術のことになった。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 21:38:49
「手術は明日だったか?」
「うん、成功すればすぐに復職できるって」
「そうか……再発されても困る。言うまでもないが、手術が終わったら養生するように。前から思っていたが、貴様は根を詰めすぎるきらいがあるからな」
「えっ、君がそれ言う?」
「根を詰めすぎる」。ワーカーホリックを絵に描いたようなエアグルーヴから出てきた思いもよらぬ言葉に、思わず吹き出しそうになってしまう。
「フン、あいにく貴様より自己管理はできているつもりだ。それともなんだ、私が貴様を心配するのはおかしいか?」
「別におかしいなんて言ってないじゃない。優しいんだな、エアグルーヴって」
「……別に。こんな時まで厳しい言葉をかけるほど、私も非情ではない」
「いや、再確認しただけだよ。君が優しい人だっていうのは出会った頃から分かってた」
「……たわけ、何を言うかと思えば……」
それきりエアグルーヴは黙ってしまって、なんだか部屋の空気が湿っぽくなってしまった。
彼女が来る前の静けさが戻ってきて、しかし彼女はまだここにいる。そんな状況で、決して言うべきではない、言いたくなかったはずの思いが胸の内から溢れ出てきた。
「そんなエアグルーヴの優しさに甘えてさ、少しだけ弱音を吐いてもいいかな」
「……ああ、好きにしろ」
こんなことを言えば嫌われてしまうに違いない。ましてや、高潔を絵に描いたような彼女なら猶更だ。
だが、今ならきっと許されるはずだ。手術が終わったらお互い、何事もなかったかのように日常に戻っていくのだから。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 21:39:18
「なんでイボ痔なんかで手術する羽目になるんだ!!まだ20代だよ、俺!?明日は”ここ”にメス入れられるんだって!あのオジサンの先生に!!ヒゲの!!」
「その先生に言われただろう、痔の原因は生活習慣によるもので年齢は関係ないと」
うつ伏せのまま指で臀部を示しての慟哭は、エアグルーヴの一言によってぴしゃりと封じ込められた。
「いや、だけどさ……」
「貴様の場合は長時間の座りっぱなしが直接の原因だ。これに懲りたら仕事中はこまめに立つ癖をつけろ、たわけが」
あっ、ひどい。確かに座りっぱなしだったけど、いくらかはエアグルーヴのためでもあるじゃないの。
「さて、私はトレーニングと花壇の手入れがある。そろそろ失礼するぞ」
「ええっ、もう帰っちゃうの!?薄情な!」
「当たり前だろう!担当トレーナーが痔で入院など、恥ずかしいやら情けないやら、来てやっただけありがたく思え!」
そう言って、エアグルーヴは足早に部屋を出て行ってしまった。ああ、とりつくしまもない。
残された俺は、ふと窓際に目を向けた。クリーム色の花瓶に植えられた、黄色とオレンジの花束。
彼女は花言葉を調べろと言っていたが、それ以上に俺の意識を引き寄せたのは、その全体的なカラーリングとシルエット。
丸っこいフォルムの花瓶から突き出た花の形状は、今の状況と合わさって、脳裏に沈んでいた遠いあの記憶を呼び覚ましたのだった。
「あ、ボラギノール……」 - 4二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 21:40:54
酷いSS。
- 5二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 21:49:14
菊ってそういう…
- 6二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 22:07:23
- 7二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 22:40:17
ググる
黄色の薔薇 :「献身」
オレンジの薔薇「絆」
黄色のガーベラ:「究極愛」
オレンジのガーベラ:「忍耐強さ」
なんだろうケツのできものの見舞いと考えたら色んな意味で意味深 - 8二次元好きの匿名さん24/05/07(火) 22:45:44
コレはたわけすぎる
- 9二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 06:30:41
空転G〜(美声)
- 10二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 07:46:51
凄く良かったです
- 11二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 08:32:50
凄く良い作品でした
- 12二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 08:44:47
お美事
いや題材はアレだけど菊がアレしてアレだけど - 13二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 08:49:04
菊あたりで身構えた