悲恋の武家ウマ娘｜あにまん掲示板

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明暦三年の睦月、本郷丸三本妙寺にて火が上がり、乾いた風に吹かれ瞬く間に広まる。町々はもちろん家敷も社も仏も、そして御城さえも炎に呑み込まれた。此れが法会のために振袖を焼いた火が原因とされる、俗に云う振袖大火である。

さて、城の北東の武家町御茶の水にも火が回り、立派な家敷の数々はごうごうと燃えていた。なんとか燃え盛る家敷から逃げ延びたものの、橋は崩れ落ち、神田川の側に追い詰められたウマ娘がひとり。奉六と云う名である旗本の娘である。
炎がすぐそこまで迫り、もはや焼かれるか川に身投げするかというところに近くの町人地から来た舟がやってくる。大名をお得意先とする魚屋の長男である大兵衛が逃げ遅れたひとを助くために自ら漕いできた舟であり、大兵衛は奉六の姿を見て舟を寄せた。

「大丈夫か、娘さん」

「はい、燃え死んじまうか、川で溺れ死ぬかと思いましたが、貴殿のお陰で命が助かりました」

「そりゃあよかった、このまま火の回ってない寺まで行きあしょうか」

大兵衛は奉六を連れて神田川から隅田川、そして蔵前まで漕ぎ入れ、浄念寺まで避難した。

「ここまで来りゃあ火も来やせんだろう」

「はい……ありがとう御座います」

「あ、ああ…」

気を急いでいたためろくに見て居なかったが、奉六は大層美しい娘であった。大兵衛は遠くまで逃げてきて一安心したのか、ずっと奉六に見とれていた。
一方、奉六の方も命の恩人である若人、大兵衛に心を寄せており。二人は身分の違いを知っていながらも互いに想いを抱いた。

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両名の家は火事で焼けてしまっており、再建がなされるまでは浄念寺に身を寄せることになった。
そして幾日か経ち、大火で出た亡き骸を幕府で弔うということで僧が寺を空けると、奉六は大兵衛の居る部屋に夜訪れた。

「大兵衛さま」

「うん。何か用ですかい」

「大兵衛さま、妾は十七になります」

「…ああ、己は十八になる」

暫くして二人は初々しく契りを交わし。床を共にした。

想いを通じ合わせた二人だったが、魚屋が建て直されたことで大兵衛は家に戻り名残惜しながら分かれた。しかし、二人の間の火は容易く消えることもなく、屡々逢瀬があった。

奉六の家敷も粗方再建された頃、終に関係が親に知られ、奉六は折檻され逃げ出せぬよう閉じ込められた。
大兵衛の方も親に諦めろと諭され、糸屋の娘を嫁とすると云われる。

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そうして幾月か経って、旗本の家敷で小火騒ぎが御茶の水で起こった。
何かと思い大兵衛が駆けつけると。見覚えのあるウマ娘が鐘を鳴らして居る。

「アハハ、大兵衛さま、大兵衛さま、妾は、奉六はここに居りますよ」

愛する人と離された奉六は正気を失い、もう一度会おうと真新しい家敷に火を付けた。

「お六…」

「大兵衛さま、夢ではないのね、逢えましたわ」

火の見櫓から降りてきた奉六を受け止めた大兵衛は、どうするかと逡巡する。火はすぐ消し止められたものの、放火は大罪であり奉六の刑死は免れぬであろう。
……ならば。ならば？一体どうするというのか。

「お六……己は……」
「大兵衛さま…分かっています、妾は、火罪になるでしょう」
「ああ……」
「だから、妾と…」

奉六は懐から短刀を取り出す。それが意味するところは、もちろん。

「分かった……己も、お六と居たい」

奉六は大兵衛を連れ、柳森の社へ行き、林の中に入る。

「大兵衛さま……愛して、居ります」

「ああ…」

奉六は木にもたれ掛かる大兵衛に刃を刺し、死を確認したあと、自らの身体に刀を突き立て、大兵衛の亡骸の横に座って薄れ往く意識の中で目を閉じた。