- 1二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:18:26
このスレはとあるスレでの北原アルダン概念発生後、NTRの文字を見て北原トプロの妄想が止まらなくなった馬鹿がスレに投下した北原トプロ概念設定の途中から派生させて一気に書き上げ放置していた北原ドトウ北原アヤベ北原オペラオー概念の設定をついさっき発掘してしまったのでこっそり投下するために作った供養スレなんだ
そのため本スレには、北原トプロ、北原ドトウ、北原アヤベ、北原オペラオーの概念が登場するんだ
粗があるんだ
また、ドトウ、アヤベ、オペラオーの三ルートにおいては結末まで書いた結果、オグリのみならずトプロの脳破壊曇らせに至ったまま終わるという悲しい結末になってしまったので、ガチ曇らせの表現が発生する直前までの概念設定で投下を止めるんだ
併せてご注意くださいなんだ
とあるスレ
北原、なんで私のデートの誘いを断って……|あにまん掲示板ダイワスカーレットと一緒にブティックなんかにいるんだ?ピザ食べ放題の店からシェラスコの店に行って、その後スイパラに行き、締めに二郎系ラーメンを食べに行くという私の完璧なデートプランを断ってまでここにい…bbs.animanch.com - 2二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:19:00
まずは前回も投稿したトプロルートなんだ
他三人のルートはトプロルートからの派生なので一応載せておくんだ
トプロルート
中央の試験に落ちた北原はけれど諦めず中央の試験対策のために中央に通ったりして勉強してるんだ
さなか頑張ってる姿をちょくちょくトプロが見かけるようになるんだ
トプロはディクタストライカとの繋がりで北原の情報をちょこちょこと手に入れるようになるんだ
そしてある日トプロはオグリと会った後の北原が中央のトレーナーの一人にお前みたいなダメなやつがオグリにはあわない、諦めてさっさと笠松に帰れって言われるところを目撃して、北原の頑張りや本心を知ってるトプロはディクタストライカみたいな顔で怒るんだ
中央トレーナーは迫力にビビって去ってくけし、トプロはガチギレ顔のままで中央トレーナーの事を語彙力低下した状態で「なんなんですか、なんなんですかあの人は!」、って言ってるけど、北原は仕方ないよ、実際中央の人と比べればって言う風に自虐するんだ
トプロは顔を一気に悲しそうな風にして北原が何で頑張ってるかの知ってるし困難に挑む姿勢は立派だって興奮気味に語彙力低下状態で言うんだ
照れ笑いする北原に協力します、合格して見返してやりましょうとトプロが言い出すんだ
そこから北原とトプロの交流が始まって、二人は北原の中央合格を契機に中央で再開するんだ - 3二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:19:36
中央でトプロはオペラオードトウアヤベのいつのもメンツでつるんでいるんだけれど、オペラオーが強すぎてなかなか勝てないでいるんだ
そんなときにオグリのトレーナーになった北原にアドバイスをもらったあと、トプロはオペラオーにようやく勝利するんだ
それを機にトプロは北原に今まで以上の信用を置くようになるしトプロを通じて北原はオペラオードトウアヤベなんかとも交流するようになるんだ
ドトウとアヤベは半信半疑ながらも北原のアドバイスを受けることでそれぞれ一回ずつオペラオーに勝つことが出来るんだ
それを機にオペラオーもライバルを強くする人物として北原を認識しはじめて、北原はトプロ以外の三人とも仲良くなるんだ
けどそのうちトプロは北原がオグリやオペラオーらと仲良くしてるのを見ると胸がチクチクするようになるんだ
笠松からきたベルノや遊びにきたノルンたちと地元トークしてるの見ると、いてもたってもいられないたまらない気持ちになるんだ
やがて何で北原は私じゃなくてオグリのトレーナーなんだろうと思うようになってトプロは徐々に自分の気持ちに気付き始めるんだ - 4二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:20:00
自分の気持ちに気付いたトプロは、オグリやオグリと一緒にいるときの北原の笑顔を見て、隣にいるのが何で私じゃないんだろうと思う自分が悪い子だと思うようになるんだ
そして徐々に成績が落ちていくんだ
それを心配したオペラオーらに声をかけられても上の空のトプロは、けれど北原に声をかけられたときだけ元気を取り戻すし、けれど北原とオグリがいるのを見るととても悲しそうな顔をするんだ
それを見たオペラオーたちはトプロの気持ちに気付くんだ
気付いたオペラオーたちは、トプロに真正面からその事を突きつけて、今のトプロは困難や苦しいことから逃げていてトプロらしくないと言うんだ
言われて気付くトプロだけど、でも自分は北原の事が好きで、でも自分は北原の思いも頑張りの理由も全部知っているから、あの幸せそうな顔を自分のわがままで崩したくないっていって泣き叫ぶんだ
どうすればいいかわからないといって泣き叫ぶトプロに、オペラオーたちは一番似合うやり方で挑むのが美しいし君らしいといってアドバイスするんだ
トプロは気付かされて背を押されて、北原とオグリが一緒にいるタイミングを狙って会いに行くんだ
「私、北原さんの事が好きです」
直球投げつけられた北原はフリーズするし、オグリは戸惑った挙げ句、「北原はやれない」といって北原にしがみつくんだ
トプロはそれは承知の上ですといったうえで「だから次の有馬で勝負を着けましょう」といって、オグリとトプロは「勝った方がクリスマスに告白できる権利を得る」事をかけて勝負することになるんだ
やり取りの間、北原はずっとフリーズしたまま、現実逃避気味に二人のやり取りを眺めていたんだ - 5二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:20:22
桜が再び咲く頃、中央の門の前には北原とオグリとトプロの三人の姿があったんだ
三人は門に入った直後一人と二人の組に別れるけど、誰もがすっきりした顔なんだ
特に辛く苦しい出来事から逃げることなくきちんと戦い決着をつけたトプロは一番いい笑顔を浮かべてるんだ
門の向こうではそれぞれの大切な人たちが笑いながら彼らを待っていて、彼らは違えることになってしまった道の上を、けれど同じ方角に向けて歩き出すんだ - 6二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:21:05
ドトウルート
ここからオグリ、オペラオー、トプロ、アヤベの一位や入賞が続き、ドトウが一回も入賞出来ない事が続くとドトウルートになるんだ
他と違ってあのときの一回以外全く勝てないドトウはどうせ私なんて、とか、救いはないのですか、とか、自虐の落ち込みモードなんだ
黄昏ていると北原が現れて話しかけるんだ
ドトウの話を聞いた北原は親近感を覚えるんだ
北原はオグリのトレーナーになったはいいものの、相変わらず中央のトレーナーには受けがとても悪くて、オグリやトプロはお前の教育やアドバイスのおかげで自分は勝てたと熱く言ってるがそんなことはなくて、あれは元々オグリやトプロの素質が高かっただけの事であってお前のおかげじゃないといわれていることをドトウに話すんだ
ドトウはそういえばトプロも北原がそう言われているといってたなぁとを思い出すんだ
北原は、回りが綺羅星ばかりで、それに比べて自分はこの年齢までずっとくすぶっていたから、だから実は自信がないし息苦しさを覚えてる事を話して、ドトウはそれに共感を覚えて、わたし達もしかしたら似た者同士かもしれませんねと少しだけ笑顔を浮かべながら話すんだ
けどそして浮かべた笑顔は寂しそうで、北原は思わずよければもう少し詳細な面倒みることを提言するんだ
ドトウはもちろんわたしなんかそんなことしてもらう資格がありませぇんと最初は断ろうとするんだけど、以前北原のアドバイスをもらい勝ったのを思い出して本当に今のわたしでももう一度勝てると思いますかと自身無さげにおずおず聞くんだ
以前よりも少しだけ自信がついている北原はもちろんと言って頷いて、オグリの育成の傍ら、ドトウのトレーナーのようなこともやるようになるんだ
この事にたいしてオペラオーやアヤベはドトウが少し前向きになったとことを喜ぶんだけど、トプロだけは少し嬉しいような悔しいような複雑な思いを抱くんだ
ちなみにオグリは北原は優しいからなと言うだけなんだ - 7二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:21:24
育成を受けたドトウは、やがてオペラオーらを下して再び一位をとれるようになるし、その後も何度も一位を取れるようになるんだ
さなか、北原には突然休職命令が出るんだ
驚くドトウが北原のもとを訪ねて理由を聞くと、実は北原にはわざとオグリの育成の手を抜いてドトウを勝たせているのではないかという疑惑がかかっていることを北原の口から知るんだ
その疑惑を呈した新聞記者の証言によればそれは北原以外の中央のトレーナーに綿密な取材をして得られた情報ということらしくて、彼らによれば北原は六平のお手付きのオグリを育てるよりもまっさらなドトウを優秀に育てた方が自分のキャリアの箔になると考えた結果、オグリの育成の手を抜いてドトウの育成に力をいれているということになっているらしいんだ
もちろんそれは出鱈目で、北原自身はもちろんのことオグリ自身もそんなことはないといっているけれど、ただ、世間ではそうは思ってない人が多いらしくて、記者も反応いいからそれを面白おかしく囃し立てて、世間体を考慮した結果、北原は擬似的謹慎処分扱いの一年の強制休職に追い込まれたんだ
北原は色々と言われるのには慣れていたつもりだったけれど流石にまるで覚えのない出来事で弾劾されると少し来るものがあるなと力なく笑うんだ
そして北原は、もう帰った方がいい、こうして会っていると、ドトウにまで迷惑がかかるというんだ
その悲しそうな何かをこらえた顔をみて、その言葉を聞いて、ドトウは突然救いはありまぁす!と叫ぶんだ
驚く北原にこれからはわたしが北原さんの救いになりまぁす!といって、ドトウは北原に抱きつくんだ
困惑する北原にドトウは北原さんは何も心配することはありませぇん!といって立ち去っていくんだ - 8二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:21:47
それから一年近くの間ドトウはずっと勝ち続けたんだ
覇王にすら自らの影を踏ませない勢いだったんだ
やがて勝ち続けたドトウはほぼ一年後のインタビューの時に、何故急にある時から常勝出来るようになったのかを聞かれるんだ
ドトウはそれにたいして約一年前自分は自分の成長を支えてくれていた人を唐突に失ってしまったことを、しかもその理由には自分の評判が関わっていたことを話すんだ
もちろん記者たちは覚えがあるし、特に一部の記者は自分にとって都合が悪いから流そうとするんだけど、強くなったドトウは流されず言葉を続けて、その人が噂にあったような小細工しなくても自分にオペラオーやオグリに勝てる実力があると証明し続ければその人の冤罪が晴れると思った、その人を想っているだけで自分は最後まで諦めずに自分を信じて力一杯走ろうという気になる、力が湧いてくるという事を話すんだ
言葉に一部の記者がこそこそと退散していくさなか、一人の記者が、なるほどその人が関与出来ないなかでこれだけ勝ったというのであればその人の疑いも完全に晴れるでしょう、と悪気なさそうにいって、さらに記者はその人に対して何か言いたいことはありますかと聞くんだ
するとドトウは胸を張り満面の笑みで「北原さぁん、わたし、あなたの救いになれましたかぁ」と言うんだ - 9二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:22:09
やがて一年が経過して中央に戻ってきた北原は、再びオグリのトレーナーになれたんだ
また同時に北原はドトウやトプロらのトレーナーにも正式になるんだ
北原はドトウにたいしてたくさんの礼を言いつつ、「いいのか?君は俺の力がなくとも勝てるだろう?」とドトウの想いを知っている北原以外からすれば噴飯ものの言葉を放つんだ
けれどドトウは「いいんです」といって「北原さんがわたしの側にいてくれる事が重要なんです」といって抱きつくんだ
そしてやはり困惑する北原や慌てふためいたオグリやストライカな顔でそれを眺めているトプロに向かってドトウは自信満々の態度でいい放つんだ
「わたし、もう、どんな勝負にだって負けるつもりも諦めるつもりもありませぇん! 北原さん、わたしをあげまぁす!」 - 10二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:22:36
アヤベルート
アヤベルートはオグリやオペラオーやトプロやドトウが勝っているのにアヤベは入賞すらも出来ない日々が続くと突入するんだ
再び訪れた走っても走っても続く勝てない日々
このまま負け続けていると走ることが出来なくなって妹への贖罪が果たせなくなるかもとに焦るアヤベは、一度オペラオーに勝った時わずかばかり覚えた自分の為に走りたい欲求すら完全に消え去ってしまった状態に陥るんだ
まさしく幽鬼、生きる屍状態なんだ
自己嫌悪から無茶なトレーニングをしていたアヤベは疲労からおもいっきり転倒してしまい、それを北原に目撃されるんだ
北原は慌ててアヤベを抱えて保健室につれていくんだ
治療を受けた北原は何で無茶なトレーニングをしてるのか聞くけど、アヤベはあなたには関係ないでしょといって聞く耳もたないんだ
ガチの拒絶に、他人に深く立ち入られたくないことが関わってると察した北原は「悪かった、でも、無茶なトレーニングは自分のためにもやめた方がいい」といってその場を立ち去ろうとするんだ
北原の「自分のために」という言葉が突き刺さって、アヤベはつい「別に自分のためじゃないもの」と口を滑らすんだ
なんだって、と北原が問い返すと、アヤベは唐突に、「アドバイス、またくれない?」と言うんだ
それはアヤベが、妹のために走り続けられるのなら、つまりは勝つためにどんなことでもしてやると思った結果なんだ
北原は困惑しつつアヤベにアドバイスを与えるんだ
そして調子を取り戻して再び入賞も優勝も出来るようなったアヤベはちょくちょく北原の元にアドバイスをもらいに来るようなるんだ
そして再び競い合うことが出来るようなったアヤベは
走るのが楽しいと感じるようなって、北原のところにアドバイス貰いに行くのもワクワクするようなって、でも楽しんでもワクワクしてもいけないそんな自分を消さないといけないと思うアヤベは自己嫌悪と色々な感情に苦しめられるんだ - 11二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:22:56
そして調子が悪い時、次レースに向けてちょっとでも状態をあげようと北原の元を訪ねたアヤベは、体の方は問題ないけどメンタルの方に問題を抱えているよう見えるからそれに心当たりはないかと言われるんだ
アヤベはメンタルの不調に思い当たることはあるけどそれの不調を解決出来るわけない、してはいけないと思っているから、じゃあいいわといって立ち去ろうとするんだけど調子悪くてふらついてそれを見た北原に強引にソファに座らされて休息させられるんだ
北原は不調の原因について聞くけどアヤベはやっぱり話そうとしないんだ
すると北原はやっぱり無理に聞き出すことをしようとせず、とにかく疲れが取れるまで少し休んでいくよう告げるんだ
アヤベは強引に聞き出そうとしない北原に感謝しつつ心身不一致の疲れと心が落ち着く状況からそのまま寝てしまうんだ
夢の中でアヤベは久しぶりに妹とただ走り回るんだ
そして起きたときには体が軽くなってるんだ
ふわふわの布団もないのにぐっすり眠れ息苦しくない夢を見たことにアヤベは驚くんだ
北原はスッキリした様子のアヤベを見て寝て回復したのかなとかボケた感想を抱くんだ - 12二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:23:14
この日からアヤベは調子が悪くなったときには北原のところを訪ねて寝るようになるんだ
北原のトレーナー室には布団乾燥機と布団が一セット置かれるようになるんだ
もちろんそれにはじめは文句を言ってた北原だけれどオペラオーらの説得で渋々受け入れるんだ
それからの北原はオグリの面倒をみる傍らアヤベにもアドバイスを与えて好きにさせてるんだ
アヤベはオグリやオペラオーたちと共に勝ち進んで、やがて本人がこれで最後と思うレースで一着をとるんだ
そしてその夜見た夢の中で妹の本心を知ったアヤベは解放されて自由になるんだ
目的を見失って困惑するアヤベを支えたのはやっぱり基本的にはオペラオーらなんだ
困惑する自分にとって放たれるオペラオーらの言葉の中で特に突き刺さったのは、トプロの言葉なんだ
トプロの言葉でアヤベは自分が何故立ち直れたのかと何で走り続けていられたのかを素直に認めるんだ
そしてアヤベはトプロに対して宣言するんだ
「助けて貰っておいて悪いけど、わたし、レースだけじゃなくて恋の勝負の方も負けるつもりないわ」
トプロは笑って頷くんだ
遅れてやってきた北原とオグリは空気がまるで不明で首を傾げて顔を合わせるんだ - 13二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:23:44
オペラオールート
オグリトプロドトウアヤベが一位と入賞を繰り返し、オペラオーが勝てない場合において発生するんだ
勝てない日々が続くオペラオーは、日に日にファンや取材記者の数が減ってゆくんだ
本人は再び勝ち覇王の威光を思い出させてやればいいだけと言って持ち前の自尊心と明るさでなんともないよう過ごすけれど本当は多少のダメージがあることは本人も認めているんだ
ある日オペラオーが一人でオペラの練習を繰り広げているところに、北原がやってくるんだ
オペラオーが練習していたのはニーベルングの指輪第一日ワルキューレの第三幕場面なんだ
オペラオーはヴォーダンとブリュンヒルデの二役を同時に演じていたのだけれど、オペラオーは唐突に、北原はまるでヴォーダンだなと言い出すんだ
オペラの素養がない北原は意味わからず聞き返すと、オペラオーはヴォーダンは炎の壁で女神ブリュンヒルデの唇が奪われないようにした神様で、つまり女神のキスを奪った存在なんだという
そのときようやく北原はオペラオーが自分をレースの女神のちゅうを奪った存在に例えていると気付くんだ
オペラオーはけどすぐに、しかし僕は恐れを知る普通の戦士ではなく恐れを知らない英雄ジークフリート、今でこそ女神のキスを預けてはいるけれども、やがて必ず万難排して手に入れて見せる!、と宣言するんだ - 14二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:24:05
オペラオーはやがて本当に自力で復活し始めるんだ
覇王一強時代に戻り始めるんだ
北原は、オグリが勝てなくなった原因は北原にあると陰口を叩かれるようになるんだ
そして落ち込んでいた北原のところに、オペラオーがやってくるんだ
オペラオーは、やっぱりボクは英雄ジークフリートに比肩する覇王だったと自賛するんだ
北原はそれに同意しつつ、自分の現状を愚痴りつつ、本当に立派だどうしてそんなに陰で悪口をいわれたりしても自信満々でいられるのかと言うんだ
オペラオーはそれはボクがボクだからなどといいつつそうだいいことを思い付いた、自分に自信がもてないならボクの真似をすればいいと言い出すんだ
北原はそしてオペラオーのように笑ったり喋りを真似したりさせられるんだ
はじめは強引に恥ずかしそうにやらされていた北原はけれどやっているうちに鬱屈な気持ちがさっきよりも消えていて楽になっていることに気付くんだ
オペラオーは当然それに気付いて流石ボク真似させるだけで落ち込む人を元気する力があると言い出すんだ
そしてオペラオーは北原にはこれからはいつもボクを見てボクの真似をするといい、とか言い出すんだ
オペラオーの真似で気分が少し晴れた北原は社交辞令的にそうだねそうさせてもらおうかなといってその日は別れるんだ - 15二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:24:29
変化は次の日から起こったんだ
オペラオーが毎日北原のところに来るようになるんだ
昨日のオペラオーの言葉は全力で本気だったんだ
北原はオグリの育成の傍ら、暇があればオペラオーに絡まれて真似をさせられるようになるんだ
強引にだけれど大声で笑ったり台詞を真似させられる北原はやると気分が楽になるから強くは言えないんだ
やがて北原の視線や意識はオグリやトプロたちよりもオペラオーだけの方に向くようになっていくんだ
オグリは本能的にトプロは言葉には出来ない危機感を覚えて北原に自分たちの真似をするよう言ったりするようなるんだ
一方オペラオーはやっぱり我関せずで北原のところに来ては自分の真似をさせるんだ
北原も北原でそのうち暇な時間でオペラの声だし練習始めたりするんだ
その事に更に危機感を覚えたオグリとトプロは一緒に食事に連れていったり外出に誘ったりするんだけど、オグリの食事についていった北原は当然オグリの食事に付き合えないから途中で絶不調ダウン気味になるしトプロの方は逆にデートは上手くいくんだけどさなかトプロはデートが上手くいくのは北原がオペラオーに感化されて常にどこか自信ありげになっているからだということに気付いて胸を痛めたりするんだ - 16二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:25:23
以上なんだ
設定が元々重いとそれを外すわけにはいかなくなるし話も重くなりがちですねなんだ
お目汚し失礼しましたなんだ
あとは好きに使っていただいて構わないんだ - 17二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 04:30:42
- 18二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 05:03:13
こちらこそ読んでくれてありがとうなんだ
ちなみに5と6の間に入れようと思っていた共通ルートの概念設定部分を載せ忘れてたから一応載せておくんだ
共通ルート
オペラオーが一強化している時代、北原の真意を知るトプロの協力のかいもあって中央にやってきた北原はオグリのトレーナーになるんだ
オグリのトレーナーである北原はオグリの育成に力をいれるさながらトプロにもアドバイスをするんだ
北原のアドバイスを受けたオグリやトプロはその後、オペラオーから勝ちをもぎ取って一位になるんだ
トプロはその後、自身が北原のアドバイスを受けたら勝てたという事をドトウやアヤベに熱く語るんだ
同じくオペラオーに勝てずに悩んでいたドトウやアヤベは北原のアドバイスを受けて、それぞれオペラオーから勝ちをもぎ取って一位をとるんだ
それがきっかけでドトウやアヤベも北原に信を置くようになり、また、オペラオーもライバルが多く台頭してきた事を喜び北原に好意的な反応を見せるようになるんだ
ここまでが共通ルートなんだ
以下の三人はここからの派生なんだ
- 19二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 08:24:46
ありがとう!!
- 20二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 08:25:41
NTRだけど思ってたより内容良かったから反応に困るんだ
- 21二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 11:09:01
成程…この概念もあるのか…
- 22二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 11:11:49
清書してpixivに乗せないか?
- 23二次元好きの匿名さん22/04/28(木) 15:13:25
俺もpixivで見たいな
- 24二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 00:50:45
助かる
- 25二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 01:25:29
「オグリを誑かすのを止めろと言っているんだ、三流トレーナー!」
秋空を切り裂いて聞こえてきた大きな声に、思わず足を止めた。
「お、俺は、別に―――」
弾劾する大声と戸惑い声の聞こえてきた路地の方へと歩を進め、こっそりと覗き込む。
「しらばっくれるな! お前が何かしているに決まっている! でなきゃオグリが中央のトレーナーである俺の提案を断るわけがない! こんな中央の試験に落ちた年食った三流トレーナーの事をいつまでも気に掛けるわけがない!」
「だから、俺は―――」
視線を送った小道の先には二人の男の人がいた。聞こえてきた会話の内容から判断するに、強く荒げた口調で叫んでいるスーツ姿の男の人の方は中央のトレーナーで、その彼に胸倉掴まれつつ壁に押し付けられた状態の男の人の方は地方のトレーナーなのだろう。
「オグリキャップという非常に優れた原石を発掘したという功績だけは唯一認めてやる! あれは今の覇王一強時代を終わらせることが出来る優れた逸材だ! だが、お前は違う! お前は所詮ただひたすらに運が良かっただけの、地方の老いた三流トレーナーなんだ!」
「っ―――!」
中央トレーナーの言いがかりとしか思えない一方的で乱暴な物言いに対して、けれども地方のトレーナーであるのだろうハンチング帽子を被っているその人は何一つとして反論しないまま、目を伏せつつ口を固く結ぶとそのまま動かなくなってしまった。
―――ハンチング帽……
「あ」
そのいかにも年寄りじみたアイテムの事を強く意識した途端、思い出した。
「たしか、オグリさんが笠松でお世話になってたっていうトレーナーの……」
中央の若いトレーナーの手により自身の背を後ろの壁へ押し付けられているその人が、オグリさんというとても変わった―――、強い癖を持ってはいるけれども、同時に非常に優れた原石を見つけ出した北原穣という名前の笠松のトレーナーである事を。
「六平さんの指導を受けるのはいい! だが、身体能力を短期間で向上させたいのなら、マンツーマン、付きっ切りの指導があった方がいいに決まってる!」
「……」
「だから提案したんだ! なのにアイツは『私のトレーナーは北原だけと決めている』と、けんもほろろに俺の提案を拒絶しやがった!」
「……」 - 26二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 01:27:42
それはそうだろうと思う。いとこのディグタさんから聞いた話によれば、オグリさんはレースの為に中央へ転籍するのはいいにしても、だからといって笠松の北原さんと離れるのは嫌だったらしく、中央に行く行かないで笠松の人たちと揉めた挙句、行く行かないを決めるレースに勝ってしまったから中央に来たとかいう、中央という舞台を目指して日々頑張っている身分の子からすれば噴飯物の経歴を持っているらしいのだ。
「俺じゃなくてもいい! 既に他の中央のトレーナーの先約があるなら納得も出来た! けれどオグリの言う先約はよりにもよってお前のような中央の試験にも落ちちまうような三流のトレーナーだった!」
余程溜め込んでいたものがあったのだろう、中央のトレーナーの口はどんどん回るようなり、声も同様どんどん大きくなっていった。
「……」
対して早い口調、大きな声色で自身の悪口を叩きつけられる北原さんは、ただひたすら唇を固く結んだまま無言を貫いていた。
「北原は素晴らしいトレーナーだ!? 北原は中央に来るため必死に頑張っているだ!? ―――は、必死に頑張ったところで中央の試験にすら受からない三流トレーナーのどこが素晴らしいトレーナーだ!」
「……」
「頑張りっていうのは、結果を出して始めて意味を持つものなんだよ! 結果を伴わない頑張りなんてのはただの自己満足で、無意味だ! みっともないんだよ、お前! お前の無意味にお前が苦しむだけなら何も言おうと思わないが、お前なんかの無意味にオグリという優れた原石が巻き込まれるのは、中央の―――それ以前に一人のトレーナーとして、断じて許せない!」
「っ……」
北原さんの体が小さく震えた。その唇は先程までよりも固く強く結びつけられていていいつの間にか握り締められていた左右の拳も全く同様の有様だった。見た瞬間、北原さんが中央トレーナーの言葉に傷ついたのだろうということを理解させられた。
―――っ!
「お前は―――」
「あなたは!」
そうして気付いた時には、言葉を遮り、飛び出していっていた。
「あなたは―――、あなたは何なんですか!」
「な……」
「……⁉」
「頑張っている人に対してその頑張りを無意味だなんて傷つけるような事ばかり言って、自分の都合と想いばかり他人に押し付けて―――、あなたはいったい何様なんですか!」 - 27二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 01:30:58
だって私は、北原さんがオグリさんの為に頑張っている事を、北原さんがオグリさんの大切なレースがある時なんかには必ずこっちに来て応援している事を、北原さんが中央の試験対策の為に若い人たちに混じって足繫く予備校に通っている事を、慣れないアプリを使って画面にかじりついて勉強している事を、ディグタさんから聞いて、時たまその姿を見かけて、知っている。
「自分の事ばかり優先する人が他人の為に必死になっている人を笑わないでください! そんなの―――、そんなの、すごく、―――すごく不愉快です!」
「―――」
「……ちっ」
胸の内に生じた想いを言葉にして叩きつけてやると、中央のトレーナーは舌打ちを一つ漏らしつつ北原さんの胸倉を掴んでいた手を乱暴な所作で離したのち、踵を返してこの場から立ち去って行ってしまった。
「な―――、あ、ちょ―――」
「あ……」
北原さんに対して一方的で乱暴な物言いや態度をしたことを全く詫びもせず立ち去ってゆくその姿に、そのあまりに非礼さに、言葉を失わされてしまった。
「な、なんなんですか! なんなんですか、あの人は!」
「あの……」
まともに言葉が出てこない。体の中から生じ続ける怒りの熱によって、私の頭は完全に正常さを失ってしまっていた。
「すごい―――、あれです! あの人はすごい、すごく―――あれ、あの、すごく―――すごく、すごく失礼なひどい人です!」
「おーい……」
「はい!?」
「ッ!」
「―――あ」
さなか、聞こえてきた声に反応して振り向くと、そして向けた視線の先、視界の中には肩を竦めつつ驚いた表情浮かべる北原さんの顔があって、今しがた自分は誰に対して胸に生じていた怒りの想いを発散させてしまったのかを理解させられる。
「す、すみません!」
「あ、いや―――、いい。いいんだ。気にしないでくれ」
「―――、……はい。ありがとうございます」
謝罪に対して得られた赦しに、けれど思わずもう一つ『すみません』の言葉を返しそうになって、けれど喉元まで出かかったそれを無理矢理飲み込むと、非礼とならないように肯定と感謝の意を示す言葉だけを短く返した。 - 28二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 01:31:19
「いや―――、ありがとうはむしろこっちのセリフだ。ちょっかい掛けられてたところを助けられたんだからな」
言いつつ北原さんは片手を差し出してくると―――
「ありがとうな、君。助かった」
礼の言葉を述べてきた。
「―――はい。どういたしまして」
怒りに代わって湧き出てくるようなった嬉しさに身を任せ、差し出された手を握り返した。年相応に枯れてカサカサの手にはけれども不思議な暖かさがあって、よく晴れた寒い秋空の下にいる私はなかなか手を離す事が出来なかった。 - 29二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 01:33:48
pixivのアカウントを持ってないので、pixivの体裁似合わせた文章にしたのを投稿してみたんだ
こんな感じでいいならそのうちまたここに投稿するんだ - 30二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 08:38:57
- 31二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 19:51:40
保守
- 32二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 20:07:19
超大作になりそう
- 33二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 20:56:08
東府中駅。日本ウマ娘トレーニングセンター学園―――通称トレセン学園の最寄り駅。
「ほんとうにひどいですよね、あのトレーナーの人!」
その近くにある行きつけの喫茶店の中、互いに簡単な挨拶と自己紹介を終えた少し後、話が笠松所属のトレーナーである北原さんが中央に来ていた理由―――勿論オグリさんに会う事と試験対策の為だった―――から発展して、先程の北原さんと中央トレーナーとの話題へと戻ってきた折、思い出させられた中央トレーナーの粗暴な言動に、思わず叫んでしまった。
「夢に向けて頑張っている人の事を、資格がないとか、三流だとか―――もう、ほんと、こう、すごく、すごく―――、すごく嫌な人です!」
中央トレーナーの人が放った言葉の一つを思い出すだけで、嫌な気持ちにさせられる。そして湧き上がってきた嫌な気持ちを体の中に留めておくことがどうしてもできなくて、生じた嫌な気持ちに突き動かされるように口を開き、けれども生じた嫌な気持ちによってあの時のよう正常さを失ってしまっている私の頭はまともに働いてくれることはなくて、結果、今の自分の想いを正確には表現できていない稚拙な悪口の言葉ばかりが私の口から飛び出てゆく。
「はは……」
それを聞いた対面の席に座る北原さんは眉を顰めつつ小さな笑い声を漏らすと―――
「でも、まぁ―――、間違ってはいないからな……」
直前のそれとまったく同じ声色、けれど、直前のそれとはまるで比べ物にならないくらい寂しそうな悔しそうな表情を浮かべつつ言った。
「な―――」
思わず『何を言っているんですか』と言いかけて、けれど喉元を通り過ぎていったその言葉は目の前の北原さんが浮かべた挫折と絶望を形にしたかのような表情の迫力によって停止させられてしまい、やがてただ一つを除いて生まれる事かなわなかった残りの言葉は起きた嚥下に呑み込まされた空気と共に腹の底へと落ちて消え失せていった。
「アイツの言う通り、アイツは中央の一流トレーナーで、俺は地方の三流トレーナーだ。―――中央は魔窟だ。中央と地方の間には天と地ほどもの差が―――、手を伸ばしても、もしかしたら永遠に届かないかもしれない大きな差が、中央と地方の間にはある」
今迄それと似た表情を何度も見させられてきた。それはあの子ーーーテイエムオペラオーが参加したレースの後、多くの参加選手が浮かべる事となってしまう表情だった。 - 34二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 20:57:35
中央という場所は、北原さんの言う通り正しく魔窟だ。選手になるにトレーナーになるにしろ、所属するには上位一パーセントの上澄みである必要がある。目の前に立ち塞がる自分以外を有象無象の存在としてはねつけられる存在だけが、中央に所属する事が出来るのだ。故に中央に所属している多くは、選手であれ、トレーナーであれ、自分は選ばれた特別な存在であると考えている―――つまりはプライドや負けん気の高い人ばかりだ。
けれど今の時代、その狭き門をくぐる事が出来た特別に優れた存在であっても勝てない存在が―――、参加する全てのレースにおいて絶対に勝利を収める覇王と呼ばれる存在が―――テイエムオペラオーがその頂点に君臨し続けている。
皇帝シンボリルドルフが怪我で引退してしまって以降、彼女と覇を競い合えるウマ娘は存在しなくなってしまった。覇王が走ったレースにおいては、絶対に虐殺と呼べてしまう結果が残されるようになってしまった。
絶対に十バ身以上離されてしまうレース。影を踏むどころか背中を拝む事すらも出来なくなってしまうレース。上位一パーセントの優秀さを持つが故に、自分の天稟と実力では未来永劫この存在に叶わないのだとそんな理解をさせられてしまうレース。
結果、上位一パーセントの上澄みである選手たちは、覇王と共に参加したレースの後、その多くが心をへし折られ、目の前の北原さんが浮かべている挫折と絶望を形にしたかのような表情を浮かべる事となるのだ。彼女と同じチームに所属している私は、何度も彼女と一緒にレースへ参加した私は、だからこそ、その表情を、その表情が意味するところを―――、それが挫折と絶望を形にした表情であり、つまりは心折れて諦めてしまう存在がその直前に見せる表情である事を―――今の私は当然に知っているのだ。
「北原さんは―――」
何度も見てきたその暗い表情を目の前で再び目撃してしまったせいだろうか、思わず『諦めるつもりですか』という言葉を口に出しかけて―――
「けど、俺は諦めん」
「―――」
続けて聞こえたその言葉に、喉元まで出かかっていた言葉は先程同様霧散させられた。 - 35二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 20:58:55
「馬鹿で結構! 今の俺がオグリの横に相応しくないトレーナーであるのも、元々三流のトレーナーであるのも承知のうえだ! その上で諦めないと決めた! 必ず中央の試験に合格してトレーナーになって、オグリを覇王―――テイエムオペラオーに勝たせてやると決めた! チャンスがある限り、何度でも挑戦し続けてやる!」
「―――」
眩しかった。表情からは挫折と絶望の陰りが完全に消え失せていた。年相応に皺の多いその顔がとても魅力的に見えた。皺多いその顔の中、目だけが輝く光を放ち続けていて、キラキラと輝いているよう見えた。
「馬鹿だからな。諦めが悪いのさ」
思わず、見惚れた。この人なら本当にオグリさんをあの子―――テイエムオペラオーに勝てるよう出来るかもしれないと、何の疑いようもなく思った。
「―――すまんな。オッサンの自分語りにつきあわせちまった」
「あ、いえ―――」
見てみたいと思った。この人が中央のトレーナーになって、オグリさんのトレーナーになって、テイエムオペラオーに挑み、勝って打ち破るところを―――、果たして、天より与えられた特出する才能持つ存在を、それ以下の才能しか持たない存在が努力と頑張りで本当に勝てるのかどうかを―――、私の信念や想いが本当に正しいのかを、その結果を、見てみたいと思った。
「―――お。雨があがったな」
言葉に、外を見た。窓の外には突如として振り出した細く長く続いた雨の失せた光景が―――晴れ晴れとした空が広がっていた。
「じゃあな。世話になった。ありがとうな」
言って、北原さんは伝票を手にすると立ち上がろうとした。
「あ―――」
「ん?」
気付けば伝票を手にしたその手を掴んでいた。
「あ、いや、流石にここの支払いはこっちでするって」
「あ、いえ、あの―――」
「?」
何か言わないといけない。言わないといけない事はわかっているのに、頭が働かない。お腹の奥底から生じた暖かい熱によって頭が暴走させられている。
「その、ですから、あの―――」
「……ナリタ?」
言いたいことはたくさんある。何か大切な事を言おうとしていた事は、わかっている。ただ、どうしても言葉が出てこない。胸中に生じる想いはそれが言葉として形を成す前に喉元から出ていって、無意味な言葉の羅列だけが場の空気を澱ませてゆく。 - 36二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 21:00:43
「どうした? 体調でも悪いのか?」
何かを。何かを言わないといけない。何かを言おうとしていたからこそ、私のこの手は無意識のうちには北原さんの腕を掴んだはずなのだ。私の胸は今も正体不明の暖かい熱を生み出し続けているはずなのだ。
「……あのっ」
「ああ」
一言述べたのち、生じた暖かい熱が余計な言葉へと変換され失われてしまわないよう、強く歯を噛み締めた。急激に溜まってゆく熱によって、体が内側から弾けてしまいそうだと感じた。その熱さには覚えがあった。その熱さは昔、レースを楽しく走れている時にはいつでも感じられていた熱さにそっくりだった。
「……っ」
「……?」
その熱の熱さに負けないよう、歯を更に強く噛み締める。心臓が大きく高鳴っていた。脈打つ鼓動の音が頭の中で大きく響いていた。世界のほとんど全てが灰色になっていて、私と北原さんだけが色づいていた。瞬間、歯車がかち合ったかのよう、溜め込まれていた熱は、想いは、一つの言葉を生んだ。ゴールはもう目の前だという事を理解させられた。後はこの溜め込まれた熱によって生まれた想いを口にするだけでいいのだと悟らされた。
「―――」
口を開く。息を吸う。冷えた空気が茹で上がった体内へ侵入した途端、頭の奥にじんとする感覚を得た。訪れた感覚と刺激に背を押されるかのよう―――
「私に何かお手伝いできることはありませんか⁉」
ようやく形に出来た言葉を口にした。途端、満足の想いが体中を巡った。苦しみに耐え、歯を食いしばって辿り着かせた未来は、思った以上に―――いいや、昔感じた通りに、とても心地良い場所だった。
「……は?」
北原さんが首を傾げる。けれどその当然の反応すらも今の私が起こした変化なのだと思うと勝利の証であるかのよう感じられ、心地良く感じられてしまうのだった。 - 37二次元好きの匿名さん22/04/29(金) 21:11:58
今来たけどとても良い概念だね...あなたが満足するまでもっと吐き出していけ
- 38二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 00:21:18
春の訪れた東府中駅前には柔らかい雨が降っていた。傘をさすかささないか迷う人々が大勢いる中、迷わずコンビニでビニール傘を買って開いた。外に出て買いたての透明な傘をぱっと開くと、すぐさま開いた傘のビニール生地を雨の叩く音が聞こえてきた。
耳に涼しい心地良い音色を耳にしながら、再び駅の改札口へと視線を送る。先程よりも人の増えた改札からはけれども、目当ての人の姿が出てくる事はなかった。
「―――」
―――革靴が濡れた地面をたたく音がした。
「よ」
聞こえてきた声に、振り向く。
「おはよう、トプロ」
「おはようございます、北原さん」
向けた視線の先、目当てのくしゃりと顔を歪めた北原さんの笑みを見つけ、微笑む。
「あ、やっぱり」
「え……、あ、傘?」
笠原さんは傘をさしていない上に、レインコートも羽織っていなかった。おかげで、元々運動する際に着用するべく作られた由来を持つハンチング帽こそは無事だけれども、それ以外―――多分この日の為に用意してクリーニングに出していたのだろうスーツは、肩や背中の部分がわずかにしっとりと濡れ始めてしまっている。
「多分そうだろうなと思ってたんです」
言いつつ、開いた傘をさしだした。
「はい、どうぞ」
「いや、別に、このくらいの雨―――」
「駄目です! 北原さんはよくても、服はよくありません!」
「ははは、言うね」
言うと北原さんは苦笑しながら、傘を受け取った。受け取る際、柄の部分を握っていた手と手が触れあって、少しばかりどきりとさせられた。
「―――あれ、トプロは?」
「はい?」
「傘。持ってないの?」
「はい。突然の雨でしたから……」
「え―――、いや、じゃあこれ……」
北原さんは困惑した表情で、傘をこちらへ返してこようとした。 - 39二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 00:21:54
「いいんです、私は」
「いいんですって、いや、だが―――」
「雨に濡れるなんてのは、レースで慣れてますから」
言って一歩を踏み出すと、やわらかくも冷たい雨の当たる感覚が全身に生じた。
「行きましょう!」
「……はぁ」
その感覚を無視して歩いていこうとすると、嘆息の音が聞こえた。直後、足元に薄い影が生じ、全身にあった雨の当たる感じは消失した。見上げ、振り返ると、傘を私の頭上へさした北原さんの姿を見つけた。
「あのな。一回り以上年下の子に傘を買ってもらった。自分はその傘のおかげで濡れずにいられてて買ってくれたその子は雨に濡れてるってお前、俺がカッコ悪すぎるだろうが」
「―――はい!」「ったく……」
万が一を考えてコンビニで買ったのはサイズが一番大きな傘だった。広げれば一人の体なら優に収められるサイズの傘はけれども、二人の体を覆うにはその直径が小さすぎた。
「北原さん。もうちょっとこっちによってください」
「あ? でもそれだと―――」
「いいからよってください! 濡れたら何の意味もないんですから!」
「わかったよ……」
柔らかく降る雨の中、一つ同じ傘の下、身を寄せ合いながら歩いてゆく。
「あ―――そうだ」
「あ?」
さなか、吹いた強い風の中、細く降る雨の影響を完全に無視するかのよう現れた、宙を舞う桜の花びらを見て、唐突に思い出した。すぐ隣を見上げ、笑みを深めつつ口を開く。
「中央トレーナー試験合格、おめでとうございます!」
すると北原さんは、まず目をぱちくりさせて、次に徐々に口角をあげていって、最後、これまで見た中でも一番と思える笑顔を浮かべつつ、口を開いた。
「あぁ。ありがとう、トプロ」
気付けば雨は止み、強い風ばかりが吹くようになっていた。吹く風に乗ってやってくる桜の花びらが、これから歩いてゆく道の上を彩るかのよう落ちては地面を桜色に染め上げていった。 - 40二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 00:27:27
保守や感想ありがとうなんだ
とりあえずトプロルートの起まで終わったんだ
次から登場人物が増える分、キャラの口調なんかに多く違和感を覚えるかもしれないけれど許してほしいのだ
書いといてくれれば、次から活かすつもりなのだ - 41二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 03:07:32
熱量がヤバい
- 42二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 13:40:45
ほ
- 43二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 13:49:42
思ってたより長くて笑った
- 44二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 20:07:14
めっちゃ楽しみ
- 45二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:44:58
「さぁ、最終コーナーを回って最後の直線! トップはやはりというべきか、依然として覇王テイエムオペラオー! 二位以下は六バ身以上離されて団子の状態で固まってしまっています! テイエムオペラオー早い! テイエムオペラオー早い! 団子状態となった二位以下には目もくれずバ身をさらに離して―――」
「オグリ―――」
「いや―――、これは―――! こ、後方、団子状態だったバ群から飛び出た黒い影が、独走状態のテイエムオペラオーに猛追だ! 誰だ! あの影は! 低い! 低いぞ! これは! これは―――オ、オグリキャップ! オグリキャップです!」
「オグリ―――」
「団子状態から飛び出たオグリキャップものすごいスピードであっという間にテイエムオペラオーとの差を詰めてゆきます! 行けるのか⁉ 追いつけるのか⁉ 差せるのか⁉ 差し切れるのか⁉」
「オグリ―――」
「ああっと、テイエムオペラオー、ここで更に速度を上げた! 笑っている! テイエムオペラオー、不敵に笑っています! オグリキャップも更に速度を上げた! 詰める! 詰める! 差をどんどん詰めてゆく! その差はあっという間に三バ身から二バ身! 二バ身から―――な、なんと、一バ身!」
「オグリっ―――」
「オグリキャップ、一年以上もの間、最後の直線で誰も踏む事の出来なかった覇王の影をついに踏んだ! さぁ、もう後がない! もうゴールまでは百メートルを切っている! どっちだ! 覇王逃げ切るか! オグリキャップ差し切れるか! どっちだ! これは⁉ これは⁉ これは⁉ これは―――」
「勝てっ、オグリっ!」 - 46二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:45:58
六月終わりの日曜日。開催された宝塚記念杯において一年以上も無敗を保ち続けてきた覇王テイエムオペラオーを、中央登場以来重賞入賞を繰り返してきた新星オグリキャップが破るという歴史的といって過言でない出来事が起こった日。
「宝塚記念優勝おめでとうございます!」
お祭り騒ぎの外から抜け出して、六平さんに言われた通り明るく騒がしい外とは裏腹に静かさと暗がりが支配する薄暗がりの駐車場までやってくると、教えられた通りの特徴を持つバンへと近づき、借りたカギを用いて車のドアを開けて助手席へ身を滑り込ませると扉を閉め、後ろを振り向くと同時に叫んだ。
「―――おう、ありがとな」
車の後部座席からは、中央の試験に合格して無事にオグリキャップ―――オグリさんのトレーナーとなった北原さんの応じる声が返ってきた。
「探しましたよ。席のどこにもいないんですもの」
座席を倒して寝っ転がっている北原さんに視線を落としつつ、言う。
「オグリ優勝の直後から大量の記者の追っかけが出来てね。そりゃ最初は嬉しかったからなるべく丁寧に応対するようしてたけど、まぁ、答えても答えても増殖してくもんだから―――面倒になったんで、逃げた」
返ってきた答えと所業をらしいと苦笑した。
「オグリさんのステージ、見にいかないんですか?」
「ベルノやマーチたちと合流してそうしようと思ってたんだけどね。逃げ回ってるうちにライブが始まっちまって、途中で出会った六平さんからその事を聞かされて―――、残念結局機を逃しちまった」
肩を竦め、「あー、もう、まったく、残念残念」と繰り返す北原さんの口調はけれども全然残念そうではなく、むしろとても上擦っていて―――嬉しそうだった。
「ま、ほとぼりが冷めてから見に行くさ。全く見れなかったと言ったら、オグリ―――はまぁ許してくれるだろうが、ノルンたちの方は絶対に許してくれないだろうからな」
怖い怖いと言ってのける唇はやはり上向きに枉がっていて、閉じた瞼は小刻みに震えていて、今の北原さんの本心を露わにしてしまっていた。
「嬉しそうですね」
「―――そりゃ当然だ!」
言うと北原さんは飛び起きつつ、叫んだ。 - 47二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:47:13
「宝塚記念! GⅢの東海ダービーじゃなく、GⅠの、それもオールスターの宝塚記念! 少しでも興味ある奴なら参加出来たというだけでも誰もが羨む、興味のない奴だって名前くらいは知ってる、日本の中長距離の最高峰のレースの一つ! その舞台で担当しているウマ娘が勝った! しかも、年間無敗というとんでもない記録を達成していたあの、覇王テイエムオペラオーを下してだ! これを喜ばないトレーナがいるってんなら、そいつはよっぽどの変人か馬鹿野郎だ! ―――あ……」
目を輝かせ、手を振り、興奮を隠しきれない様子で叫んでいた北原さんは、けれど突然何かに気付いたかのよう低いトーンの声で一言だけ漏らすと、こちらへ向けていた視線を逸らした。
「―――悪い。テイエムオペラオーは君のチームのメンバーだったな」
ハンチング帽を深めにかぶり、下に引き寄せた鍔で目元を隠しつつ、北原さんは言う。
「いいんです。オペラオーちゃん、嬉しそうでしたから」
その気遣いを嬉しく思いつつ、つい先程ステージの上でのオペラオーの様子を思い出しながら、応える。
「嬉しそう?」
「やっぱりみてなかった。―――はい。先程のステージの上でのことですそれは悔しくないといえば噓になるんでしょうけど、それ以上にオペラオーちゃん、嬉しそうでした。『失礼! 今日の主役を差し置いて最初に発言する無礼を、まずは許してもらいたい! ―――見たかい、今日の素晴らしいレースを! 覇王のボクは一切手を抜いていない! なのに覇王であるボクは、今日、ついに土をかけられてしまった! オグリキャップ! なんと素晴らしい好敵手の登場だ! 最後の直線のあの猛追劇! あぁ、今でも思い出すだけで興奮が止まらない! 久しぶりに全身の血が躍り狂う気分を味わう事が出来た! ―――オグリキャップ! さぁ、今日からはまたボクも一人の挑戦者に戻ってしまった! 今日は君の勝利と栄誉を称え、君の夢の舞台の脇役に甘んじる! けれど、次に再び同じ舞台で戦う時には必ず下し、預けた王冠と栄誉を取り戻してみせよう!』ですって!」
「―――は」
口調を真似てオペラオーのセリフを真似て見せると、北原さんは一瞬ぽかんとした表情をした後、苦笑した。
「流石は覇王。噂に違わない強い心を持っている」
「それは勿論! オペラオーちゃんですから!」 - 48二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:49:20
つられるよう笑ってみせると北原さんは何故だか唐突に口角を今までと真反対に枉げ、疑問顔を浮かべた。
「聞いてみたいんだが―――」
「はい?」
「オペラオーが嬉しそうだというのは、まぁ先に君が言った言葉の通りだとして―――、なんでまた君までそんなに嬉しそうなんだ?」
「―――え?」
指摘に、心臓が飛び跳ねたかと思うくらいの衝撃を受けた。
「いや、別に大した話じゃなくて、単純に、普通、チームを組んでいるというからには、他のチームであるオグリの勝利より自分のチームのオペラオーの負けを悔しがるのが普通じゃないかなって。チーム間で仲違いしてるってんなら、まぁわからない話じゃないが、どうも話を聞くかぎり全然全くそんな感はしないし―――」
「それは―――」
突然予想していなかったところからやってきた刃に、混乱させられた。頭が上手く回らない。うまい言葉が出てこない。
「―――あ、いや、別に、言いたくないなら、無理に聞き出そうってわけじゃない」
北原さんの顔が歪んだ。浮かんだ表情には見覚えがあった。
『アイツの言う通り、アイツは中央の一流トレーナーで、俺は地方の三流トレーナーだ。―――中央は魔窟だ。中央と地方の間には天と地ほどもの差が―――、手を伸ばしても、もしかしたら永遠に届かないかもしれない大きな差が、中央と地方の間にはある』
その表情は私が北原さんと初めて出会ったあの日、中央のトレーナーに悪しく言われていた時に北原さんが浮かべたものと少しだけよく似ている気がした。
『けど、俺は諦めん』
瞬間、衝撃が走った。頭の中が一気にクリアな状態へと変化し、バラバラだった言葉が次々と繋がってゆく感覚を得た。
「私は―――」
思い出した。
「―――北原さんは、私の事をご存じですか?」
「あぁ? そりゃ―――」
三年前の事だ。
「……皇帝シンボリルドルフの一強の時代に突如として現れた覇王テイエムオペラオー。また、それと同時期に現れた三人の綺羅星。アドマイヤベガ。メイショウドトウ。そして―――ナリタトップロード」
二戦の新バ戦後、きさらぎ賞と弥生賞を勝った事で中央に呼ばれ、その後出場したGIで入賞を果たした。 - 49二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:50:46
「同時期に活躍していた名バは数多くいる。が、その大半がシンボリルドルフとテイエムオペラオーの走りに心を折られ、或いはシンボリルドルフとテイエムオペラオーを抜かす為に無茶をやり、体を壊してしまって引退していった」
けれど、活躍できたのはそこまでだった。
「シンボリルドルフが怪我で引退して以降、その傾向は加速していった。中央に呼ばれ、G1を走る多くの名バたちが引退してゆく中、それでも心を折らず体を壊さず覇王に挑戦し続ける覇王と同世代の三名バ。そのうちの一人がナリタトップロード―――君だ」
「はい。まぁ……一応そういう事になっています」
以降の重賞において、ナリタトップロードは大した戦績を残す事が出来なかった。
「だが、どうして今それを?」
続く闘いの日々に、テイエムオペラオーとの、メイショウドトウとの、アドマイヤベガとの才能の差を、見せつけられ続けてきた。
「―――あの日」
「あの日?」
「北原さんと出会ったあの日―――、北原さんはひどいことを言われて、中央のトレーナーの人の言う通り、自分は三流だと言って―――、でも、夢を諦めないと、そう言いましたね」
「……あぁ、そういやそんな事もあったような―――」
同じチームだった。だから同じだけの訓練をこなしてきた。同じようなトレーニングのメニュー、同じような食事、同じような睡眠時間をとって、同じように平日と休日を過ごして。
「私は―――、多分、諦めてたんです。覇王には、勝てない。それだけの才能の差が私とオペラオーちゃんの間には―――、ううん、ドトウちゃんとアヤベさんの間にもあった」
それでも、駄目だった。私は全然、あの三人に勝てなくなっていた。
「どれだけ頑張っても、勝てない。期待を果たせない。私に出来るのは、壊れないようについていく事だけ。頑張って、頑張って、頑張って―――、それでも思った通りの成果が出てくれる事はなかった」
「―――それは……」
続く期待を果たせない日々。覇王と、覇王の走りに食らいついていける二人と比べて、一段格落ちする私。今度こそ勝てるだろう。今度こそ勝ってくれるだろうと、期待して、期待されて、でも、そうした自分の期待も他人の期待も裏切り続けてきてしまった。 - 50二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:51:53
「―――あの時、北原さんは助かったと言ってくれましたが、それは逆なんです」
だから、嬉しかった。
「逆?」
「私、あの時、北原さんに助けられたんです。地方でずっとくすぶっていて、中央の試験に落ちて、望んだ結果が全然出てくれなくて―――、それでもこれからも頑張っていくとそう宣言したあの時、それを聞いて私はとても救われました」
「救われ―――」
「私は悪い子です。―――私は嬉しかったんです。私より―――、その時の私よりも成果を出せていなくて、私よりも他の人に期待されてなくて、私―――、私たちと同じように絶望と挫折を知る表情を浮かべておきながら、けれどそれでも折れずにこれからも挑戦し続けていくとそんな宣言したその時、その希望にキラキラ光る目を見て、思ったんです。―――もしかしたら北原さんなら、本当に夢を叶えるかもしれない。もし―――、もしも北原さんが本当に夢―――、試験に合格して、中央でオグリさんのトレーナーになって、オペラオーちゃんに勝たせるという夢を果たせたのなら―――、私も―――私ももう一度夢を見ることが出来るようになるかもしれないって」
自分よりもひどい環境にある存在がいる。自分よりも欲しい才能に恵まれていない存在がいる。自分よりもひどい環境にあって、自分よりも欲しい才能がなくて苦しんでいて、何度も挫折して、そのたびに絶望の想いを抱かされて、それでも諦める事無く、折れずに困難へと立ち向かい頑張ってゆく存在。
「そうか……」
「だから私は―――」
その姿に、光を見た。その結末を見たいと思った。出来る事ならその結末は、望み通り夢を叶えたというものであってほしかった。手助けが出来るなら、是非したいと思った。北原さんを助ける為ではなく、他の誰の為でもなく、ただひたすら私の自身の為に。
「私―――」
なんていう偽善だ。今更ながらに理解出来てしまった自分の行いの理由が気持ち悪い。さっきまであったいい気分はもう欠片ほども残っていなかった。今の私の中にあるのは、今ではレースの前や最中や後にいつも感じられてしまうようなった、絶望や挫折の感覚に近い熱さのそればかりで、そんな鬱屈の思いばかりが湧き出てくるようになって――― - 51二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:53:28
「なら、君と俺は実のところ似た者同士だったってことだな」
「―――え?」
けれどそして湧きあがりつつあったそれらの鬱屈の想いの浸食は、北原さんの口から述べられたその言葉によって、見事に停止させられた。
「―――オグリと会う前の俺も、君と似たような状態だった。地方という場所は、中央に勝る成果を出せるものが何もなくて、期待なんてものは自分も他人もほとんどしてなくて―――、夢はあるけど、夢を叶える事が出来ない状態だった」
言葉の一つ一つが体の中に染み入ってくる。鬱屈の気分が消失させられてゆく。
「そんな時、オグリに出会った。こいつのトレーナーになって、こいつを東海ダービーで勝たせることが出来たのなら―――、いや、こいつを育ててスターにしたいとそう思える存在に出会えた」
それはまるで魔法のような奇跡だった。
「多分そういう気分に君もなったんだろ? 勿論俺はスターなんてのとは程遠い存在だけど―――、だけど、だからこそ、そんな三流の奴を一流に育てる事が出来たのなら―――三流でも一流に勝てる存在になれるんだという事を証明出来たのなら、自分もあの覇王に勝てるようになれると、自分をもう一度信じられるようになると、そう思ったんだろ?」
真っ暗だった世界が、光を取り戻してゆく。なにもかもが晴れあがってゆく。
「だったら、別にいいじゃないか。もう、そんなの気にしなくても」
「―――」
「もう、もう一度夢を見れるようになったんだろ? もう一度その気になれたんだろ? なら、あとはまた挑戦し続けるだけじゃないか」
「―――っ」
涙腺が熱くなった。視界が一気にぼやけた。何の根拠もなく負けたと思い、何の根拠もなくまるでオペラオーみたいな人だと思った。
「―――悪い」
「え?」
「ちょっと言い過ぎたか?」
困惑気味の視線を追うと、それは私の顔に向けられている事に気付いた。何故だろうという想いに突き動かされるがまま右の掌を顔に当てると、そこでようやく自分は涙を流しているという事実に気付かされた。 - 52二次元好きの匿名さん22/04/30(土) 23:55:06
「悪い。ほら、俺、オッサンだからさ。若い子の気持ちがわからないっていうか―――」
「違います!」
「―――」
「違う……、違うんです」
その涙は暖かかった。溜め込み、溜め込み、溜め込んできた全ての想いがそこに含まれているよう感じられた。
「違うんです。違う―――」
一つ涙を流すごとに、体の中が軽くなってゆく感覚を得られた。一つ涙を流すごとに、胸の中が心地良い暖かさによって満たされていった。
「ごめんなさい……、違うんです―――」
ただ、その感覚を上手く説明する事が今の私にはどうしても出来なくて、たいした意味を持たない謝罪の言葉と涙だけがその代わりに暗闇の中へと零れ落ち続けていった。
気付けば大分時間が立っていた。どうやら自分は結構な時間泣き続けていたらしい。
「お恥ずかしいところをお見せして―――」
「……別に、恥ずかしいところを見たとは思わないけどね」
「―――」
ぺこりと頭を下げると返ってきた言葉に、頭をあげ、北原さんの顔を見た。
「やっと夢が叶うと思ったんだろ? それで胸が熱くなって、思わず涙が出たんだろ?」
「―――」
「わかるさ。―――同じような経験を、俺も昔したことがあるからな」
「―――」
本当に、魔法使いみたいな人だ。杖の代わりに言葉一つ告げるだけで、私の心をすぐに軽くしてしまう。
「―――まぁ、なんにせよ、君の助けがあったから、俺が中央に入れたのは事実だ。だから―――、まぁ、なんだ。―――今度は、俺の番だ。君が夢を叶える為、この俺に出来る事があるなら、何でも言ってくれ」
「―――」
言葉に、心臓がこれまでで一番大きく高鳴った。
「なんでも―――」
「あ、勿論、オグリを負けさせてくれとか、オグリにオペラオーの走行の邪魔をさせてくれとか、そういうのは無しな。あくまで俺の出来る範囲でってことだ」
慌てての釈明なんてまったく聞こえていなかった。『俺に出来る事なら、何でも言ってくれ』というその言葉を聞いた瞬間に浮かんだ考えが、頭の中を隅から隅まで支配してしまっていたからだ。
「―――あの」
「うん?」
「だったら、ぜひ北原さんに協力していただきたいことが―――」
そして、そのたった一つの考えに支配されていた私は、何一つ迷う事無くその考えを述べ――― - 53二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 09:36:34
『オペラオーに勝つ方法を教えて欲しい?』
心臓が痛い。いつもと違う感じにバクバクと鳴り続けている。
「さぁ、最終コーナー、トップは依然として覇王テイエムオペラオー、そのわずかに後ろをオグリキャップが追走しています。三位以下はやはり団子状態、テイエムオペラオーとオグリキャップが飛び出た時とほとんど状態が変わっておりません」
いつもと同じ光景が目の前には広がっている。オペラオーちゃんは囲まれて、私はその壁の一つとなっている光景が、そこにはある。
『―――俺の見たところ、君の走りは決してオペラオーに負けていない』
けれど、いつもとその同じ光景がいつもと違う状況だという事を、私は知っている。
「さぁ、最終コーナーを曲がってやってきたのは、テイエムオペラオーとオグリキャップ、後方との差は約三バ身! 今回もやはりこの二人の一騎打ちとなってしまうのか!」
心臓が痛い。体が熱い。けれどいつもと違い、頭には、体には、足には、十分な余力が残されている。いつもと違ってまだまだ、頭が動く。体が動く。足が動く。
『だが勝てない。最終コーナーを曲がるころにはすでに大きな差が出来てしまっていて、誰もオペラオーを抜かせなくなる』
だから―――
「おっと、これは」
だからいつも以上の勢いで、体を前へ押し出すことが出来る!
「ナ、ナリタトップロード! なんとナリタトップロードです! 団子状態からいち早く抜け出したナリタトップロードが一気に加速して、オペラオーとオグリキャップを猛追! そして―――オペラオーとオグリを抜き去ったぁ⁉」
顔をあげる。前を見る。目の前に誰もいない光景がそこにはある。かつてにはいつでも見ることの出来ていた、いつしか見ることがまったく出来なくなっていた、ずっとずっと待ち望んでいた一番の光景が―――そこにある。 - 54二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 09:37:36
『思うに原因はこうだ。オペラオーと対峙した相手は自然と協力して壁を作ってしまう。原因はいろいろあるだろうが―――、とにかく、オペラオーの対戦相手は速力を調整して壁を作ってしまう。走者である君の方がわかると思うが、意識的に行うにしろ無意識的に行うにしろ、全力疾走するさなかに周囲とぶつからない距離を維持して走る速度も周囲に合わせてというのを同時に行うのは、ひどく体力を消耗する。一方で包囲されている方のオペラオーは、それこそただ流して走っているだけでも周囲が勝手にそれに合わせ走ってくれるのだから、余計な体力を全く消費せずに済む』
胸が躍った。心が弾んだ。走るのを楽しいと感じたのは久しぶりだった。体中に溢れる懐かしい熱の感触に背を押されるよう、更に力を振り絞って体を前へと押し出してゆく。
「ここまで体力を温存して走っていたとでもいうのか、ナリタトップロード! 伸びる、伸びる、ぐんぐん伸びる! ナリタトップロード、これまでに見た事ない凄まじい勢いでオペラオー、オグリキャップから距離を開けていきます!」
楽しい―――、嬉しい。息をするたびに、喜びが生じた。生じた喜びが燃料となって、疲れているはずの体を更に勢いよく前へ前へと押し進めることが出来た。
『見るに、君も壁になる彼女たちと全く同じ走り方をしているよう見える。オペラオーを恐れるあまり、彼女を護衛する壁役となったような走り方をしてしまっている。だから、勝てない。同等の能力を持っているのに、勝てない。―――なら、話は簡単だ』
この光景をもう一度見たくて、走り続けてきた。この景色をもう一度勝ち取るために、諦めずに頑張り続けてきた。
「直線残り三百! トップ差は約二バ身! 突如トップに躍り出たナリタトップロード、逃げ切る事が出来るのか⁉」
その光景を、再び見ることが出来た。その事実が更なる燃料となり、私の体は今以上の勢いで前へ前へと進んでゆく。―――自分の意思で、前へ進ませ続けてゆく。 - 55二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 09:38:40
『君もオペラオーと同じ走りをすればいい。壁役にならず、周囲を意識せず、ひたすらに自分のペースで体力を温存して走り続ければいい』
―――さなか、ぞくり、と、胸から生じた嫌な感覚が全身に広がった。
「いや、逃がさない! テイエムオペラオーとオグリキャップ、ここでさらに加速した! テイエムオペラオーとオグリキャップ、トップの座は譲らないと言わんばかりの猛追で、ナリタトップロードとの距離をぐんぐん詰めていっている!」
嫌な感覚を生じさせるものが後ろから迫ってきている。何か―――、恐ろしい何かが、凄まじい勢いで後ろから迫ってきている。
『いっちゃなんだが、今の君はオペラオーと比べて全く注目されてない。それどころか、多分一緒に走る彼女たちからは壁役を張る存在として仲間意識を持たれている可能性すらある。―――だから、そこにつけこめ』
視線を感じる。二つの異なる気配が、後ろから私を見ている感触がある。
「直線残り二百! トップとの差はもう一バ身以下! トップであるナリタトップロードの後方には覇王テイエムオペラオーとオグリキャップが迫っている! さぁ、どうだ! ナリタトップロード、逃げ切れるか!」
怖い。心を冷えさせる存在が二つ、後ろから迫ってきている。全力で走っているのに、全力の走りを凌駕する勢いで、二つの恐ろしい存在が迫ってきている。
―――でも!
『ただひたすらに自分のペースで走れ。周りの事を気にするな。そうすれば周囲が勝手に合わせて走ってくれるはずだ。なにせ彼女たちからしたら、君もオペラオーを覆う壁役として認識しているだろうからだ』
―――負けない!
「差が詰まる、差が詰まる! だが追い抜けない追い抜かせない、ナリタトップロード! だがさせじと迫りくるは、覇王テイエムオペラ―とオグリキャップ!」
意識を全て、体を前へ進ませる事だけへと集中させる。そこへ余力の全てを注ぎ込む。
『そうすれば終盤、いつもと違いオペラオーはいつも以上に体力を削られているはずだ。なにせ回りが自分のペースではなく君のペースに合わせ走ったため、オペラオーも走りを調整する必要があったからだ』 - 56二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 09:39:37
いらない。余計なものは何もいらない。ただ、勝つ事だけを意識する。ただ、一瞬でも早く体を前へ動かす事だけを、努めて意識する。
「さぁ、残り百! おっと並んだ! 並んだぞ! もはや差はほとんど存在していない! これはどうなる! ナリタか! オグリか! オペラオーか!」
出来る最善を尽くす。その為に、全力を尽くす。
『十分な体力が残されているのは君だけだ。そしてその事に気付いているのは君だけだ。そして君の能力は決してオペラオーに負けていない。なら―――』
勝つ為なら何でもすると決めた。勝てると言ってくれた人の為を信じて、その人の事を信じようと思った自分を信じて、ずっと努力し続けてきた。
「ナリタか⁉ オグリか⁉ オペラオーか⁉ これは⁉」
勝てる状況を作り出してくれた。実際に勝てる案を、与えてくれた。
『最後の直線、残された体力を使い切る勢いでただひたすらに走り続ければ―――』
ゴール近くには、その人の顔があった。その人の顔が向けられていたのは私じゃなくてその後ろだったけれど、その人が叫んでいたのは私の名前じゃなかったけれど―――
「どうだ⁉ ナリタか⁉ オグリか⁉オペラオーか⁉」
だからこそ、確信した。
『君はきっと―――』
―――勝てる!
「これは―――」
―――ううん、勝つ!
「これは―――」
―――勝つんだ!
「―――ナ、ナリタ! ナリタトップロードです! な、なんと、ナリタトップロード、ハナ差でテイエムオペラオーとオグリキャップの猛追を振り切って、今、菊花賞の舞台でついに念願のGI初勝利をもぎ取りましたー‼」 - 57二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 17:33:24
す、凄い…
- 58二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:41:00
十二月。地方よりましとはいえ、東京は府中も寒さの厳しい季節となってきた。府中の冬は、短い。それは勿論、本当に短いという意味ではなくて、私たちトレセン学園に通う生徒たちやトレーナーさんたちにとってはという意味だ。
ステイヤーズに始まり、チャレンジカップ、中日新聞杯、カペラ、ターコイズ、ラピスラズリ、師走、リゲル、タンザナイト、ディセンバーズ、チャンピオンズカップに阪神。ギャラクシー、ペテルギウスに、本命の有馬と東京大賞典、ホープフル。ぱっと思いつくだけでもたった三十日の間に、これだけのレースが―――勿論本当はそれ以上の数がある―――開催されるのだ。十二月―――師走という言葉は、師が走る程に忙しいという事が語源というけれど、成程言葉の語源が正しい事を示すよう、私たちの師―――トレーナーさんたちは、自身のチームの手続きや挨拶回りの為、いつも以上、あちこちを忙しそうに飛び回っている。
「ね、すごく、すごいと思いません⁉ もうまさにぴったり、こう、すごくすごい何かがかっちり嵌った感じがあったんです! だから私、私もう―――」
さなか、各レースに出場する為の書類を提出した私たち―――私とオペラオーちゃんとドトウちゃんとアヤベさん―――は、今日が休養日という事もあって、空調が効いていて暖かさが保たれた部室の中で、のんびりお喋りをしていた。
「……はぁ」
「―――アヤベさん?」
けれど話をするさなか、如何にも話をぶった切りたいという意志が込められているかのようなアヤベさんの溜息に、語りを止められる。
「―――ねぇ、トプロ。私、あなたのその話、あと何回聞けばいいのかしら?」
「え?」
「菊花があったのは十月後半。たいして今はもうジャパンカップも終わって十二月半ばの有馬が近くの時期。それから一か月近くものあいだ、何かあるにつれ、私たちはあなたとその北原さんとやらの自慢話を聞かされてるわけだけれど―――」
「多分もう十回以上は聞かされましてますぅ~」
「え……」
アヤベさんの言葉を引き継ぐよう答えたドトウちゃんの言葉に、首を傾げる。 - 59二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:42:21
すると―――
「ほんとに無自覚だったのね……」
アヤベさんは心底呆れたというような顔でひときわ大きな溜息をつき。
「無自覚じゃなきゃ普通は同じ話を十回もしないですよぅ……」
ドトウちゃんが同意するかのような言葉を口にして。
「ハーッハッハッハ! いいじゃないか! 嬉しい話というものは何度だってしたくなるものさ!」
とどめを刺すかのよう、オペラオーちゃんによって私がもう同じ話を十回以上しているという二人の言葉を肯定されてしまった。
「……あの」
「G1での初勝利。しかもそれが八大競走の一つの菊花という大舞台だったわけだから、嬉しいのはわかるわ。何度も語りたくなるっていう気持ちも、理解しないわけでもない。でもね。ついこの間のジャパンカップ―――あなたやオペラオーはほぼ間違いなく有馬に選出されるだろうし、オグリキャップという新たな強敵に挑む為の調整があるから出走を控えたわけだけれど―――、けれどだからこそド本命の二人が揃って不参加という状態、G1優勝栄光の座を手に入れる大チャンスだったジャパンカップ、何故だか出走してきたオグリキャップに一着をかっさらわれた二着のドトウと三着の私の前でオグリキャップに勝った自慢をするのは―――、ちょっとデリカシーに欠けるんじゃない?」
「あぅ……」
全くもってその通りだ。例えばここにいるのが去年の―――というより菊花を勝つ前の私だったとして、仮にあの菊花でオペラオーちゃんとオグリさんを制して勝っていたのがドトウちゃんかアヤベさんだったとして、そうして菊花以降、いつものようレースで勝てなかった状態の私にドトウちゃんかアヤベさんが菊花賞に買った事を自慢し続けてきたのなら―――、たとえその言動に悪意が一欠片もなかったとしても―――、いや、無いからこそそれは悪意がある時と同じくらいデリカシーに欠ける行為であると言えるだろう。
「ご……、ごめんなさい」
一部の隙も無いと思える指摘に、反論する事なんてできなかった。 - 60二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:43:39
「まったく……」
アヤベさんは呆れたよう言うが、それ以上何か言ってくることはなかった。気まずさに思わず助けを求めるよう辺りを見回すも、ドトウちゃんにはすぐ目を逸らされてしまい、オペラオーちゃんはいつものようにジョゼフィーヌ(手鏡)で自分の身だしなみをチェックしていてもはや全くこちらのやり取りを意に介していない状態のようで、つまりは助けとなり得る存在は皆無の状態だった。
「……」
「……」
「……」
「♪」
もはや会話は完全に途絶してしまった。ざぁざぁと、いつの間にか降り出していた雨と部屋を暖める空調と壁に掛けられた時計のそれらだけが、部室にある音の全てだった。混じり合い聞こえてくるそれらの音色は、そのどれもが規則正しいリズムを刻んでいた。自然と人工物が奏でる合唱は、部室内の静寂と緊張を強調する要素となってしまっていた。
「……」
かちんこちんと鳴り響く時計の音色がやけに大きく聞こえてくる。ごうごうと鳴り響くいつもなら煩いと思う空調の音が、なぜか今はやけに癒しとなってしまっている。感じた事実に、多分は今の私は無音の状態が耐え難いのだろうなと直感した。
アヤベさんやドトウちゃんの無言が、私を責め立てているよう感じられてしまうのだ。勿論実際にそんな事実は全然なくて、その直感はきっと私の過ぎた妄想に過ぎないのだ。けれど、アヤベさんもドトウちゃんもオペラオーちゃんも誰一人として言葉を口にしない―――会話を交わさないという状況はとても珍しく、とても珍しい状況であるが故に私の頭は、そのとても珍しい今の状況はきっと私が先程やらかしてしまった愚かなやりとりに関連して起こった出来事なのだと勝手に認識してしまい、だからこそ私の頭はこの状況を解決する策を求めて―――、或いは、策の手掛かりとなる何かだけでもないかと求めて、音を良く拾うようなってしまっているのだろう。無音がいやだと思うような思考の状態になってしまっているのだろう。
―――こ、こういう時、どうしたら……
けれどそうしてどれだけ周囲の音を拾おうと、この部室に広がる気まずい空気打ち破る手段を見つることなどできなかった。そうして何一つとして―――、手がかりすらも手に入れる事の出来なかった頭が焦りを覚えたその瞬間、凄まじい勢いで回転をし始めた。 - 61二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:44:49
―――原因……こうなった原因は……―――!
頭の中で情報が錯綜する。
―――元々は私が菊花で勝ったのが原因で、でも勝ったことは今は重大な事じゃなくて、いや、勝ったっていうことは勿論重大だし、勝てたのは北原さんの助言があったからっていうのも私にとっては重大だけど、今はでもそれとこれとは関係なくて、それより大切なのはドトウちゃんとアヤベちゃんがG1で勝ててないっていう事実の方で……!
瞬間、稲光が走ったかのよう、バラバラと出てきていた言葉が、頭の中で繋がった。
「―――そ、そうだ! お二人も北原さんのアドバイスを受ければいいんですよ!」
「はぁ?」
「ふぇ?」
「そうです、そうしましょう!」
この場の淀みつつあった空気を晴らし、更にはもしかしたら二人の停滞状態を晴らせるかもしれない一石二鳥の名案を思い付いた自分を褒めたいという気持ちが働きでもしたのか、思わず手を叩きながら、言う。
「あ、あの……、そのぅ……」
「……あのね、トプロ。あなたはその北原というのを信用してるからいいのかもしれないけれど、私とドトウは―――」
けれど二人は、遠慮したいという気持ちや猜疑心がたっぷりあるとわかる態度や視線をこちらへ向けてきて――― - 62二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:45:46
『……勝ちたいという気持ちが先立っているのか、初めから無理にオペラオーらの率いる先頭集団についていこうとして、体力を使い果たして自滅している。無理についていって先頭集団と体力の削り合いをするのではなく、初めのうちは後方で自分のペースを守って体力を温存し、レース後半、前方に隙が出た瞬間一気に追い込みをかける方が君の走りに合っている気がする』
「な、なんと本命のオグリキャップ、テイエムオペラオー、ナリタトップロードを制して一着を取ったのは、まさかまさかのアドマイヤベガ! 東京優駿以来G1にてパッとした成績を残してこられなかったアドマイヤベガが、まさかの大阪杯で実に見事な追い込みを発揮し、一着をもぎ取ったー!」
『状況によって先行か差しかを狙うオペラオーと同じやり方も悪くはないと思う。けれど君の場合、先行からそのまま一気に加速して逃げ切るやり方の方が合っている気がする。序盤は先行するオペラオーの後ろ―――中団位の位置に属し、中盤から後半のコーナー前までにかけて先行集団へと混じり、最終コーナーで一気に加速して抜き去るやり方の方が君の走りには合っている気がする』
「何という番狂わせでしょう! この結果を誰が予想した! 本命強豪全て押さえつけ、先行、ラストのコーナーにおいて他のウマ娘たちを一気に全て抜き去るというなんともな力業でこの天皇賞春の激戦を勝ち切ったのは、なんとなんとのメイショウドトウ!」 - 63二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:46:43
四月の終わり。
「……北原というやつの事、信じてもいかもしれないわね」
「ですぅ」
「わぁ……」
「ハーッハッハッハ!」
いつぞやの時と同じよう部室に集まり、次のレースへ向けての準備をする為に集まった私たちは、直前にドトウちゃんが一着を取ったG1天皇賞春の話題から三月の後半アヤベさんが一着を取った同じくG1大阪杯の話題へと話は広がり、やがて二人がそれらのG1レースを勝つ為の助言をくれた北原さんの話題へ移り―――、そして今に至るというわけだ。
「ま、その代わりうちのトレーナーの胃と頭にはダメージが大きくいったみたいだけど」
「正直、見ていてかわいそうな憔悴具合だったですぅ……」
最初こそ部室にいた私たちのトレーナーさんだったけれど、話題がレースの事となり、北原さんの事となり、そして話の流れから勝てたのが自分の頑張りよりも北原さんという別のチームのトレーナーの助言の方が要因として大きかったと知ったトレーナーさんは、わかりやすく憔悴した様子で私たち書いた書類を集めると、提出があるからと言って部室から出て行ってしまったのだ。
「……ま、可哀想だと思わない事はないけど、実際に勝てたのは北原というトレーナーの助言のおかげだったわけだし―――」
「トレーナーさん、すごくいい人で、私たちの身体能力を伸ばす能力なんかはすごく高いですけど、勝つ方法を考えるのはあんまり得意な感じじゃなかったですからねぇ……」
言っては悪いけれど、実際アヤベさんとドトウちゃんの通りだと思う。私たちのチームのトレーナーは、担当するウマ娘の育成を―――身体能力を伸ばすのはとても優秀だったけれど、勝つ為の方法というか勝つ為のスキルを考えたり身につけさせたりするのは苦手みたいで―――、なんというか――― - 64二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:47:52
「おっと、そこまでだ、君たち!」
「……オペラオー?」
三人で長々と話している中、ずっと椅子に座って黙り込みジョゼフィーヌを眺めこんでいたオペラオーちゃんは、突如座っていた椅子から立ち上がると、いつもの大業な芝居がかった仕草で前髪を払いつつ、ポーズを決めつつ、言った。
「ボクたちは感情の生き物だ! 思い通りいかない事があれば、それなりに思うところも出てくるのも当然だ! だが、陰口というのは、美しくない! 相手に不満や至らないと思うところがあるのならば、それは正面から正々堂々と相手に言ってのけるべきだ!」
「―――」
「―――」
「―――」
言葉に三人とも絶句させられていた。それは―――それは、覇王を自称し他称もされるなんともオペラオーらしい、真っ直ぐで、綺麗で、正しいと思える言葉だった。
「……そうね」
「オペラオーさんの言う通りですぅ」
「はい」
間違い―――オペラオーの言うところの美しくない行為を指摘されて、背を正す。
「私たちは、チームですからね」
「えぇ」
「はい」
何があろうと、どんな経緯であろうと、私たちは同じ目的に向かって、時に協力して、時に競い合って、一緒に頑張っていくと決めたチームなのだ。だから――― - 65二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:48:58
「とはいえ、実のところボクもその北原という人物の事が気になっているのは事実だ!」
「はぁ?」
「へぇ?」
「え?」
得られた良い気分に考え巡らせていると、突如として聞こえてきた声に思わず頓狂な声が漏れた。
「宝塚に始まり、天皇賞秋、菊花賞、大阪杯、天皇賞春! 有馬でこそ勝利を収めたとはいえ、ボクの懐からそれだけをもぎ取った―――もぎ取らせることが出来るほど君たちの実力を引き出す的確な助言をしたその北原というトレーナーには、ボクも興味津々だ!」
言うと、オペラオーちゃんは踵を返すと、さっさと進み扉に手をかけ、開いた。
「さぁ、行こうじゃないか、諸君!」
「はぁ?」
「あ、あの……行くって、どこに?」
「決まっているだろう! 君たちをシンデレラに仕立て上げた、魔法使いの元へだ!」
言うとオペラオーちゃんはいつものよう自信たっぷりの態度で部屋から出て行った。
「……ちょ、ちょと、待ちなさい!」
「ま、待ってくださいぃ……」
アヤベさんとドトウちゃんはそれを追い、出てゆく。
「……あ、ま、待って! 待ってください!」
残された私はあわてて部屋のあれこれのスイッチを弄って電気を消すと、みんなと同様に後を追った。そして飛び出した部室の外は、すっかり桜も散った青々とした緑に満ちた様相で―――
「さぁ、魔法使いよ! 果たしてその魔法が覇王たるこのボクに通用するかな⁉」
「あなた……、それ、シンデレラの魔法使いじゃなくて、悪の魔法使いになってるわよ」
「いつの間にか北原さんが悪役になっちゃってるですぅ……」
さなか突如吹いた風に乗せられてやってきた青々とした匂いに、もう季節は晩春から初夏へ切り替わったのだという事を明確に理解させられた。 - 66二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:52:23
ここまで呼んでくれてありがとうなんだ
とりあえずトプロルートの転、共通ルートの始まりまで書いたんだ
即興なので多少誤字や変な表現があるかもしれないけど許してほしいんだ
次回は少し時間が空くかもしれないんだ
併せて許してほしいんだ - 67二次元好きの匿名さん22/05/01(日) 22:53:22
ありがとうございます!
今回もとても面白かったです!! - 68二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 00:14:46
- 69二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 08:48:01
素晴らしい…素晴らしい(フルフル)
- 70二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 16:30:22
北原の歳がアクセントになるんだ
- 71二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 20:56:00
ルート ナリタトップロード
『It’s my Top Road』
初夏。春も終わりに入り、夏の足音があちこちから聞こえてくるようなるそんな季節、空は一か月後に訪れる梅雨の接近を警告するかのよう分厚い雲に覆われつつあった。
「北原トレーナー」
「北原さぁん」
「やぁ、北原さん! ボクだ!」
「こんにちは、北原さん」
「あ、うん―――、なんかもう遠慮なく来るようになったな、君ら……」
あの日。アヤベさんとドトウちゃんが北原さんは信頼出来る人かもしれないと発言し、オペラオーちゃんが面白そうな人物だから是非見に行こうとみんなを引き連れ北原さんを訪ねたあの日から、私たちのチームと北原さんのチーム―――とはいっても、北原さんのチームにはオグリキャップさんとスタッフ研修生のベルノライトちゃんくらいしかいないけれど―――の不思議な交流が始まった。
「一応俺ら、重賞レースとかで競い合うチームのはずなんだけど……」
「ハーッハッハッハ! 細かいことはいいじゃないか北原さん!」
「いいじゃない、別に。細かいこと気にすると益々禿げるわよ」
「禿げてない!」
「あ、オグリさん、ベルノさん、こんにちわぁ」
「ん。こんにちわ」
「あ、はい、こんにちわ」
「あの、すみません、ご迷惑おかけしまして……、その、一応、止めはしたんですが……―――あ、すみません、これ、せめてもの手土産です……」
「え、あ、いえ、これは、すみません、ご丁寧にどうもわざわざありがとうございます。―――あぁ、いえ、そんなお気になさらず……」
昨年の十二月には猜疑心と警戒心バリバリだったドトウちゃんやアヤベさんも、今では当前のように北原さんのチームの部室を訪れ、腰を下ろしてオグリさんやベルノちゃんと交流をするようになった。はじめのうちトップロードさんと他人行儀に呼ばれていた私がドトウちゃんやアヤベさんの二人にトプロという愛称で呼ばれるまで一年近くもかかったことを考えれば、よくもまぁこの二人がこの短時間でここまで馴染んだものだと思う。
「その迷惑ついでで申し訳ないんですが、よろしければまたお尋ねしたいことが……」
「え、あ、おう、いいけど別に……」
あの後、携帯で自分のチームのウマ娘たちが北原さんの部室を訪問している事を知った私たちのトレーナーさんは、顔を真っ青にしながら北原さんたちの部室を訪ね――― - 72二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 20:58:31
「その、うちのウマ娘たちの戦い方なんですが―――」
「オグリの身体能力を更に向上させる為には―――」
そして、スターとなるウマ娘を育成したいという共通の夢を抱いていた事でウマが合った北原さんと私たちのトレーナーは、互いの足りないところ―――感覚派の北原さんの方はウマ娘の生理学やスポーツ医学等の学術的基礎知識、理論派の私たちのトレーナーの方は目の前のウマ娘に合った戦術戦略を提案する柔軟性等―――を補い合うかのよう語り合う竹バの友となった。
「あ、お菓子……、貰ってもいいですかぁ?」
「あ、はい―――北原さん、今頂いたお菓子、開けてもいいですよね?」
「おう、悪い、ベルノ、頼む」
「ドトウ……、あなた」
「い、いいじゃないですかぁ……、どうせオグリさんがすぐに開けるんでしょうし……」
つい先日に始まった新しい予想外の日常の光景はけれどとても楽しく、望めるのならばこの豊かで楽しい日々がいつまでも続いてくれるといいな、と―――
「ハーッハッハッハ! アヤベさんに言い返すとは強くなったね、ドトウ!」
「は、はーっはっはっは……!」
「ドトウのこれは図太くなったっていうのよ、オペラオー」
そう思っていた。
……でも。
「オグリ。ちょっと来てくれ」
「うん。今行く、北原」
いつからだろう、胸がもやもやするようになったのは。
「北原さん。ちょっといいかしら」
「おう、どうした」
いつからだろう、胸に言葉にしがたい痛みが発生するようになったのは。
「北原さぁん……」
「なんだ、どうした、ドトウ」
自分の信頼している人と、自分の好きなチームのみんなが仲良くなってくれた。
「北原さん! ボクが更なる高みへ上る為の相談をしたいのだが、いいかな!」
「おう、ちょっと待ってろ」
仲良くやってくれている。
「オグリ」
「なんだ、北原」
「次のレースの事なんだが―――」
「あぁ」 - 73二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 20:59:20
北原さんはかつて望んだ通り、中央でオグリさんのトレーナーをやる事が出来ている。夢を叶えられている。頑張れば夢は叶えられると、証明してくれた。私を助けてくれた。
「やはり一番の強敵は、アイツらだ」
なのに。
「―――だが、勝つぞ、オグリ」
「あぁ」
なのに。
「敵はテイエムオペラオー。メイショウドトウ。アドマイヤベガ。そして、ナリタトップロードだ」
「あぁ」
なのに、胸が痛い。北原さんが、オペラオーちゃんの、アヤベさんの、ドトウちゃんの相談に乗っているところを見ると、胸がチクリと痛む。北原さんが、オグリさんの走りを記録しているところを見ると、走り終えたオグリさんの近くで指導や指摘しているところを見ると、胸は更に強く痛む。
「―――勝て! オグリ!」
「あぁ―――!」
北原さんが大声でオグリさんの声援をしているのを見ると、居ても立っても居られない気持ちになる。生じる痛みに胸が張り裂けそうになって、ついついその場から立ち去ってしまうようになった。そして私は――― - 74二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 21:00:11
『転倒以降、全く勝てず! どうした、ナリタトップロード!』
『G2のレースで6着! 菊花賞の輝きは偶然だったのか!』
秋。春が過ぎて、夏が過ぎて、北原さんと初めて出会った季節である今、私は出場するレースで全く勝てない状態となってしまった。
『G3ですら惨敗、入賞ならず! ナリタトップロード、もはやここまでか』
「―――っ」
ひどい事―――けれど、結果だけは正しく書いてある新聞を部屋の隅へと投げ捨てる。ばさりと音を立てた新聞はわずかな間だけ紙の捲れる音を奏でていたけれど、それもすぐ終わってしまった。そして部屋は再び静寂に包まれた。
「……」
寮の二人部屋の相方はレース準備の為に前日入りしているので、今日は不在だ。私以外が存在していない部屋の中にあるのは、空一面を灰色に染める曇天より柔らかく降り注ぐ雨の音色だけだった。
「雨……」
―――雨は、嫌いだ。
雨は嫌いじゃなかった。北原さんが中央にトレーナーとしてやってきた日は雨だった。私の提案で二人が北原さんのアドバイスをもらいに行ったのも、雨の日だった。府中の町に雨が降った後、僅かに香るようになる雨の匂いも嫌いじゃなかった。さした傘の生地を雨粒が叩いて奏でる小さな音色も、部室や自室にいる時に聞こえてくるさぁさぁと優しい音色も、好ましいと思っていた。
「……」
変わってしまったのは、六月の事だった。あの日は梅雨の時期にありがちな悪いバ場の状態だった。続く長雨に芝も土も多く水を吸っていて、不良判定が下された状態だった。
その日、みんなと一緒に出場した私は、選手で唯一地面に足を取られて転倒し、その隙を突かれて後方にいた全ての選手に抜かれ―――、最下位という不名誉な順位を得る事となってしまった。 - 75二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 21:01:03
『君は一番足が長い。身長が高い。けど、君は体重が軽い。―――走りが、軽い』
飛ぶような走りだと言われていた。他より一歩が大きい事は、有利にばかり働くのだとそう思っていた。
『背が高くて体重が軽いという事実は、不安定に繋がる。山道を歩くとき、背を伸ばして大きな一歩を踏み出す山師はいない。山を歩く者らは、余程の事がない限り、小さく身を丸めて小さい一歩を踏み出す。それが、雨に濡れてぬかるんでいる地面の上であるというのなら、尚更だ』
それが有利に働くのは晴れ日だけなのだという事を、その日に初めて自覚させられた。体の大きさの割に体重が軽く、だからこそ他より大きな一歩を踏み出して、大きく体力を温存できる私は、だからこそ、重心位置が高く、一歩が軽く、雨に濡れ不良となっているバ場においては酷く不安定な走りしか出来ないタイプであるのだという事を、転倒という不名誉な結果をもってして理解させられてしまった。
「私……」
小柄なオペラオーちゃんも、私と同じくらいの身長だけど私より重いドトウちゃんも、普通の体型のアヤベちゃんも大丈夫だった。私と同じ身長のオグリさんは、私よりも重い体重と驚く程強い足の地面を掻く力とたぐいまれに柔らかい膝が可能とする超前傾姿勢の走り方のおかげで、雨の日だろうと何の問題もなく走ることが出来る。
「私だけ……」
私だけが駄目だった。私だけがその才能がなかった。
「私……」
三人と比べて才能に劣っている事はわかっていた。そんな事は北原さんと出会う以前に気付いていた事実だった。
「……」
それでも希望を持った。たとえ才能に恵まれていなくとも、頑張ればその差を覆す事は出来るのだと希望を抱いた。才能で劣る自分でもやり方次第で勝つことが出来るのだと、希望を抱く事が出来るようになった。
「あ……」
それを、打ち砕かれた。体のつくりという今更覆し難い特徴によって、思い知らされてしまった。 - 76二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 21:02:06
「うるさいな……」
雨の音が鳴っている。いつかの日には好ましいとすら思った音色を、今ではこんなにも疎ましいものであると感じるようになってしまった。一日前から昼夜の区別もなくずっと降り続ける雨のせいで、地面はぐずぐずにぬかるんでいる。このような不良すぎる地面で今の君に走行練習をさせるわけにはいかないと、私だけ先に寮へ返された。けれど多分は今頃、オペラオーちゃんやドトウちゃんやアヤベさんやオグリさんなんかはこの雨の中、不良バ場での走行練習をしている事だろう。
「……」
雨が降り続いている。止むことなく、けれど豪雨になる事もない、なんとも中途半端な―――、私だけを世界から隔絶させる為にあるような雨が降り続いている。止まれば私も練習に参加することが出来る。これがもっとひどい雨なら、誰も練習する事が叶わない。けれど今もこうして世界を続ける雨はそのどちらでもない。振り続ける雨は勢いが弱く、それ故に私以外の誰をも閉じ込める効力を発揮していない。それはまるで世界が―――
「―――馬鹿みたい……」
妄想を中断して、立ち上がる。気付けば雨足は少しだけ弱まっていて、聞こえる音色も小さくなっていた。私の意識が正常さを取り戻せたのはきっと、そうして私の意識を思考の檻へ閉じ込めていた雨音が小さくなったからこそなんだろう。
「……」
外を見れば、予想通り雨足弱まっているのを確認する事が出来た。溜め込んでいた雨を吐き出してすっきりしたのか空にある雲は灰色から白色へと変わりつつあり、切れ間すら生まれるようになっていた。
「あ……」
さなか、雲の切れ間から飛び出した一筋の光が、学園のグラウンドを照らした。夕日の赤い光が照らしあげたその場所には、丁度練習中のみんなが―――オペラオーちゃん、ドトウちゃん、アヤベさん、私たちのトレーナー―――、そして、オグリさん、北原さん、ベルノさんが固まっていた。
「……っふ、―――ぅ……」
世界に祝福されたかのようにあるその光景を見て、その光景を唯一外側から見る事しか出来ない今の自分の足の状態を思い出して、泥だらけで笑いあっているその光景を見て、その光景を汚れ一つない綺麗な格好のまま見ている今の自分の状況を思い出してしまって―――、羨ましくて、悔しくて、悲しくて、惨めで、すごくすごく、惨めで惨めで―――胸にこみあげてくるものを押し殺すことなどできなかった。 - 77二次元好きの匿名さん22/05/02(月) 21:04:51
「ふ……、ぅっ……、ぇ……、ぇっ……」
涙が止まらない。こみあげる想いが、止められない。なんで。なんで私だけ違うのか。なんで私だけあの輪の中に居続ける事が出来なかったのか。なんで私だけはじき出されてしまったのか。
「ぇっ……、ぇっ……、っ、く、っぇ……」
頑張ると決めていた。諦めないと決めていた。何が何でも食らいついていこうと思っていた。足りない分を必死に補い続ければきっといつか夢や願いは叶うと―――勝てるようになると、そう信じていた。
「ふぇ、っぇ、えっく……、っぇ……」
勝てない日々が続いてその信念を信じられなくなりかけていた時、もう一度信じられるかもしれないという出来事があった。もう一度信じられるようにしてくれた人がいた。
「っ、なんっ、で……!」
目の前、太陽の光が照らすその光の中に、その人がいる。暗がりに落ち込みそうだった私を救い上げてくれたその人が、みんなと一緒に笑っている。
「なんで……!」
なんで私はあの場にいないのか。なんであの人の視線は、オペラオーちゃんに、ドトウちゃんに、アヤベさんに―――、オグリさんにばかり向けられているのか。
「なんで……!」
胸が痛い。胸が痛い。胸が痛い。胸が痛い。
「なんで……!」
なんであそこに私はいないのか。なんであそこで北原さんに面倒を見てもらっているのが私じゃないのか。なんでいつも北原さんの隣にいるのが、声援を送られるのが、最初に出会ったのが、私ではなくオグリさんだったのか。
「なんで……」
なんで私はこんなにも醜いのか。なんでこんなに私は弱いのか。なんで私はこんなにも悪い子に生まれてきてしまったのか。
「……」
涙も声も考える余裕も何もかもが枯れ果てて動きを止めてしまった暗がりの部屋の中、その問いに答えを与えてくれる存在は一つとして存在していなくて。
「私……」
一方で、目の前の世界は雲間より差し込む赤光によってこれ以上ないくらいに美しく照らしあげられていて、そこでは私以外のみんなが笑い合っていて。
「私、本当に、悪い子だ……」
その違いが、悲しくて、悲しくて―――、ただひたすらに悲しくて。
「ぅ……」
生じたその想いに反応するよう、小さな雫が一つ、冷たい上の床の上に落ちて、広がる。長く続いた秋雨が終わったその日の夜、私以外が存在していない部屋の中は冬の凍えるような寒さに満ち溢れていた。 - 78二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:02:28
「ちょっといいかしら」
「あ……、はい、なんでしょうか」
天皇賞秋が近づき、オペラオーちゃんは奪還を、ドトウちゃんは春秋の制覇を、アヤベさんと私は制覇目指しての練習を済ませて部室で帰り支度をしていたところ、着替えた直後アヤベさんに話しかけられ、少しだけ戸惑う。
「……」
一方、戸惑いの様子を見せたのはアヤベさんも同じで、何か用事があって話しかけてきたはずなのに、なぜか戸惑う様子を見せ続けていて―――
「単刀直入に言わせてもらうけど……あなた、最近全く気が入ってないじゃない」
「―――」
けれど意を決したかのような真剣な上場顔で告げられた言葉に、時間が止まったかのような、心臓が止まってしまったような、体の熱が全部失われたような錯覚をさせられた。思わずアヤベさんから目線を切って、顔を伏せる。
「雨のバ場で調子が悪いのは以前の事があるから仕方ないとしても―――、晴れた日であっても気が抜けているというか、集中できていないというか―――、さっきそこで会った北原さんも心配してたわよ」
「北原さんが……?」
けれど直後、聞こえてきたその名前に、それらの錯覚は一瞬で全部を吹き飛ばされた。練習を終えてから結構な時間が経過し、静まっていたはずの体の火照りが一気に復活する感覚があった。そして発生した熱に促されるよう顔をあげると、アヤベさんは真剣だった表情を一気に顰めさせたような、或いは呆れたかのようなそれへ変化させたのち―――
「はぁ……。―――それと、オグリさんもね」
大きく溜息をつきつつ、そんな言葉を口にした。
「あ―――、……はい」
そして次いで聞こえてきた言葉に、一気に気分が落ち込む。
「……はぁ」
アヤベさんは再び溜息をついた。
「やはり北原さんの話になると瞳の輝きが違うね!」
「そしてオグリさんの話題が出た途端、目に見えて一気に落ち込んでます……」
「……オペラオーちゃん? ドトウちゃん?」
アヤベさんの後ろにある扉の陰から出てきた二つの存在に、首を傾げる。 - 79二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:03:28
「……あなた、いつからそうなってしまったの?」
「え……?」
アヤベちゃんが何を言っているのかさっぱり見当がつかなくて、再び首を傾げる。
「さっき、言ったわよね。さっきそこで会った北原さん、あなたの事、心配してたって」
「はい」
言葉を聞いた途端、胸が高鳴り―――
「でも北原さん、天皇賞秋があるからっていって、オグリさんと一緒に練習してたわ」
「―――、そう……ですか」
言葉を聞いた途端気分が一気に沈み込む。
「……はぁ」
アヤベさんは、再び大きく深い溜息をついた。
「あのぉー……、本当に、気付いていないんですか……?」
「え?」
ドトウちゃんの問いに、どきりと胸が鳴る。
「気付いていないわけがないさ! 目を閉じ、耳を塞ぎ、心で感じれば、そんなことすぐにわかる事さ!」
「―――」
続いたオペラーちゃんの言葉に、息が止まるかと思うくらいの驚きを得させられ―――
「なに……を……」
「辛い現実から目を逸らして。気付いているはずの事実から目を逸らして。今のあなた、随分とあなたらしさが―――強引さとか、期待に応えようというところとか、勝てなくても諦めずに頑張り続けていく、みたいな感じがなくなってしまったわね。出会ったばかりの頃の、オペラオーのチームには入らないという私を無理矢理勧誘しにきたトップロードさんは、いったい何処へ行ってしまったのかしら」
「―――」
そしてアヤベさんの言葉―――わざわざ昔の呼び方をするアヤベさんの物言いに、とどめを刺されてしまった。
「嫌がる私―――、一度は断った私をチームに誘っておきながら、今の体たらく。―――正直、私、あの時勧誘したのが今のあなただったらこのチームに入ろうと思わなかったと思うわ」
「……」
「……気付いているのでしょう? あなたが不調に陥ってしまった本当の原因が―――、不良になったバ場で転倒した事にではなく、北原さんとオグリさんの方にあるってこと」
「……っ!」
言い訳を許さないと言わんばかりの直球に、心臓をわしづかみにされたかのような感覚を味わった。 - 80二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:04:18
「……しっかり者で、お人好し。おしとやかに見えて、迫力があって。期待に応えようといろいろと勝手に背負い込んで、考え過ぎて、ちょっと暴走気味になって。人のことはいつもよく見て気を配れるくせに、自分のことだと途端に鈍感になって。足りない事とわかっていても、みっともなく足掻いてみせると誰にも憚らず宣言する。昔のあなたはそうだったから、もしかしたら本当に気付いていないのかもと思ってもいたけれど―――」
「……」
「……そんなあなただから、いいと思っていたのに―――、信じたくはなかったけれど、その顔見るに、やっぱり違ってたのね」
胸が痛い。一刻も早くこの場から逃げ出したい。ぐるぐるぐるぐると、いろんな思いや言葉が頭と体の中を巡っては意味や形を成す前に消え失せてゆく。
「……いいわ。言葉に出来ないっていうなら、私が言葉にしてあげる」
言ってアヤベさんは部室に足を踏み入れてくると、こちらへ近づいてくる。
「……や」
思わずカバンを投げ出して、一歩後退する。
「あなた、あの北原ってトレーナーの事、好きなのよね? 惚れてるのよね?」
アヤベさんが近づいてくる。何の遠慮もなく、踏み込んでくる。
「いや……」
思わず後退させられる。少しでも距離を開けようと、体が勝手に動いてしまう。
「でもあなたは知っている。北原さんの目はあなたには全く向けられていなくて、北原さんの目はいつだって隣にいるオグリさんにばかり向けられている事に、気付いている」
「来ないで……」
アヤベさんは全く遠慮なく近づいてくる。全く恐れる事なく踏み込んで、暴いてくる。それが恐ろしくて、恐ろしくて。正しいと理解できてしまう指摘が、正しい指摘によって逃げ場がなくなってしまうのが怖くて、体はどんどん勝手にアヤベさんのやってくる方向と反対に動いてしまってゆく。
「どちらかというと、転倒の原因もそっちにあったんでしょう? だってあなた、私があなたとチームを組んでからもう二年以上になるけど、その間何度も不良のバ場を走っていたじゃない。時には転倒した事もあったけど、持ち前の前向きさですぐに立ち直ってきたじゃない」
「私は……」
知っていた。不良になったバ場で転んだはただのきっかけで、丁度いい言い訳に過ぎなかったのなんて、知っていた。 - 81二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:05:07
「正直、誰かをそっちの意味で好きになった事がないから何とも言えないけれど―――」
「やめて……」
アヤベさんが何を言おうとしているのかがわかってしまった。わからないはずがない。だって私たちはチームで、二年以上も一緒に過ごしてきた仲間で―――友達なのだ。
「……ねぇ、トプロ。好きな人に好きって伝えるのは、あなたの頑張り屋で前向きで勇敢な性格をそんなにも臆病に変えてしまう事なのかしら?」
「……っ」
だからこそ、許せなかった。
「わからないのに―――」
「……」
「わからないなら、踏み込んでこないでください!」
我慢して、溜め込んでいた気持ちを、抑えきれなくなってしまった。
「私は知ってるんです! 北原さんがなんでずっと頑張ってきたのか! 北原さんが誰の為に頑張ってきたのか! 北原さんがもう一度夢を見れるようなったのはなんでなのか!
北原さんの目線がずっとずっとずっと昔からオグリさんにしか向けられてない事なんて、他の誰よりも私が一番理解しているんです!」
だってそれは、私の一番触れて欲しくなかった部分なのだ。
「好きで、好きで、好きで―――、でも想いが届かない事は知っていて、北原さんの目が私を助けてくれた私が北原さんにしか向いてないようオグリさんにしか向いてない事は、北原さんの事を中央に来る前から知っていた私が一番よく知っているんです!」
多分、触れてしまえば後戻りなどできない事を無意識のうちに悟っていた。
「好きになってほしい! 出来る事ならこの想いだけも知ってほしい! でも、伝えれば北原さんはきっと悩む! オグリさんと天秤にかけて―――、きっとオグリさんを選ぶ! そんなの、わかってることなんです! だって―――、だって、オグリさんは―――!」
気付けば、踏み込めば、誰もが傷つく事を知っていた。私だけでなく、オグリさんも、ほかならぬ北原さんも傷つくだろうと、予測は出来ていた。
「オグリさんは―――、北原さんがもう一度夢を見れるようになった―――、北原さんを救った人なんですから―――」
私が動けば、北原さんが傷つく。私が動けば、北原さんを救った人であるオグリさんが傷つく。多分私は、その事実に気付いていた。私が動けば大事な人と大事な人にとっての大事な人が傷つく未来しか待ち受けていない事を、私はきっと心の奥底で他の誰よりも理解してしまっていた。 - 82二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:05:54
「―――私が傷つくだけなら、構わなかったんです。でも、私を救ってくれたあの人が傷つくところだけは、どうしても見たくなかった。―――怖かった。考えたくもなかった。だから―――、だから私は―――」
「……想いの何もかもを心の奥底に押し隠して、隠せる理由をどうにか見つけようとして、そして不良のバ場で転倒したというなんとも都合のいい隠れ蓑を手に入れたあなたは、それをいいことにひたすら自分の本心すらをもだまして逃げ続けてきた?」
「……」
多分アヤベさんの言う通りなのだろう。私はなんだかんだと理由をつけて結局―――、
「……馬鹿ね」
「あ……」
気付けば私の体は部室の壁にまで追い詰められていて、アヤベさんは私に目の前にいて、アヤベさんはその両腕で私の体を抱きしめてくれていた。
「我慢して我慢して―――本当のあなたを大きく歪めてしまうくらいに我慢して―――、そんなことになる前に、どうしてあなた、私たちに相談してくれなかったの」
「―――」
私より小さいはずの体がけれどとても大きく感じられて、いつもなら私より少し冷たいはずの体がけれどお日様の光を浴びているみたいに暖かく感じられて―――
「――ぅ、ぅ……、ゔぅー……」
「……」
「ゔぅー、ゔ……、ゔぅ―――」
子どものように抱き着き、顔を私より小さな体に押し付けて泣きじゃくりはじめた私を、けれどもアヤベさんは何も言わずにただただ受け入れてくれていた。 - 83二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:06:55
「思うにね! 北原さんが悪い魔法使いで君から大事な青春の黄金の日々を奪ったというのなら、君は彼に手紙を送る以上の衝撃を与えてもよいと思う!」
「……はぁ?」
アヤベさんが私の流した涙と鼻水と涎で濡れた制服から体操服に着替えたのを見計らったかのようなタイミングで、オペラオーちゃんは言った。
「情熱的な愛だろうと、真実の愛だろうと、恋という甘い酒に酔っていられる年ならば、それで全ては大団円となるだろう!」
「……オペラオー。あなた、なにを―――」
困惑するアヤベさんを前に―――
「……いいんですか? そんな事をしちゃって……」
なんとなくオペラオーちゃんの言いたいことを理解出来た私は、提案に驚かされた。
「多分、オペラオーさんはこう言いたいんだと思います……」
「ドトウ?」
「一番美しく、君らしいやり方で、真正面から正々堂々と告白してしまえ! って……」
「流石はドトウ! ボクの美しさをよく理解している!」
「え、えへへへ……」
オペラオーちゃんとドトウちゃんのやり取りを聞いていたアヤベさんは、大きく溜息を一つ吐くと―――
「……まったく、ほんとうにわかりにくい……」
と、一言漏らしたのち―――
「でも、まぁ、その案には私も賛成」
「アヤベさん……!」
言った。
「傷っていうのは最初の処置が早ければ早い程、治りが早いのはあなたもよく知っているでしょう? どのみちこの先、あなたがそんな風になった原因が自分にあるって知らされたら、北原さんも傷つく事になると思うわ」
「―――それは……」
「自分にも叶えたい夢があるっていうのについつい他人の夢の手助けをして、自分の夢の―――オグリさんをたくさん勝たせたい、スターにしたいっていう夢の邪魔をしてしまうくらい優しくて甘い―――、北原さんがそんな風に、あなたと同じく他人の痛みに敏感で、何とかする為に自然と動いてしまう人だから、あなたは北原さんの事が好きになったんでしょう?」
「……はい」
「なら、しゃんとして。―――トプロ。これはレースよ。オペラオーやドトウが言う通り、あなたが一番あなたらしいと思う方法で―――、たとえ負けるとわかっていてもみっともなく挑んで見せると宣言して、臆さずに勝負を挑みに行くのが、一番あなたらしくて―――私、好きだわ」
「―――はい!」 - 84二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 03:07:32
言葉に背を押されるよう、立ち上がり、前へ進む。閉じられていた部室の扉に手をかけると、言い忘れていたことがあって、振り向いた。
「オペラオーちゃん」
「なんだい!」
「ドトウちゃん」
「はい……」
「アヤベさん」
「何かしら」
「―――ありがとうございます! 私、行ってきます!」
宣言と同時に踵を返して、部室を出る。時刻はもう黄昏時で、空はいつかの日に見たような鈍い赤光に包まれていた。いつかに見たような秋の夕空の下、空の色合いを鮮やかに変化させつつ沈みゆく茜色の太陽のまき散らす光の暖かさに導かれるよう、光の中を歩いてゆく。長い間心の中を覆い尽くしていた暗闇は、もう欠片ほども存在していなかった。 - 85二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 08:58:38
- 86二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 08:59:44
すごい大作になっとる...
- 87二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 09:27:20
凄い!
- 88二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 12:22:39
「北原さん、好きです!」
「……へ?」
「……⁉」
夕方。燃えるような紅蓮の空の下、地平線にある太陽が沈むよりも前に、そう告げた。日が沈み、世界が柔らかくも冷たい紫紺の闇に包み込まれてしまうと、今、この胸の中で湧きたっている全身を熱くさせる熱までもが冷めてしまうような気がしたから。
「結婚を前提にお付き合いしてください!」
「……? ―――??????????」
「……‼」
アヤベちゃんの言う通り、これはまるでレースだ。
「……えっと」
「始まりがいつだったかはわかりません。でも―――、気付けば好きになっていました!」
「……」
体が熱い。胸が大きく高鳴っている。大逃げされて開いてしまっているオグリさんとの距離を少しでも多く詰めるべく、末脚の弱い私はそれでも一気に駆け抜けてゆく。
「ずっとずっとずっと、好きでした! 北原さんの事を考えるだけでそれ以外の何もかもの事に手がつかなくなってしまうくらい、好きです!」
「―――駄目だ!」
「お、オグリ?」
勿論先行しているオグリさんは、私が追い抜き追い越そうとするのを易々と許さない。
「北原は私のトレーナーだ! トプロにはやれない!」
「知ってます。でも―――、その言い方じゃだめです、オグリさん」
「……」
「いいですよ。じゃあ、トレーナーとしての北原さんは、オグリさんに譲ってあげます。でも―――、それ以外の北原さんは、全部私が貰っていきます!」
「……っ‼」
「それでいいんですね、オグリさん!」
「―――嫌だ!」
「オグリ―――」
オグリさんが叫んだ。
「駄目だ! 北原の事は私が最初に好きになったんだ! 笠松で私を見つけてくれたのも、走り方を教えてくれたのも、たくさん友達が出来たのも、中央に来られたのも、中央でやっていけるようになったのも、G1で勝てるようになったのも、全部全部北原がいてくれたおかげなんだ!」
「―――」
「北原は私のだ! 北原は私のトレーナーなんだ!」
オグリさんは北原さんの腕を必死に掴みながら、叫ぶ。離してなるものかと、これだけは絶対に他の誰にも譲れないと主張するかのよう、呆然と佇む北原さんの片腕を掴んで、これまでに聞いたこともないような大きな声で叫ぶ。 - 89二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 12:23:22
「知っています―――」
知っている。そんな事は、そんな事実は、ずっとずっとずっと二人の事を見続けてきた私が―――北原さんの事をオグリさんに続けて好きになった私は、痛いくらいに理解している。北原さんがその為に身を削る努力と頑張りを重ねてきたのかを―――、北原さんのこれまでの頑張りが全部オグリさんの為である事も、全部全部全部知っている。
―――でも!
「でも、北原さんの事を好きだという想いなら、私も負けていません! 私だって―――私だって、自分すら期待できなくなってしまいかけていた私を救ってくれたのは、ずっとくすぶっていた私が中央で勝てるようになったのは、みんなともっと仲良くなれたのは、北原さんのおかげなんです!」
近寄り、北原さんのもう片方の手を取り、引き寄せ、抱きしめる。
「あの―――」
「私の方だって北原さんの事が好きなんです! だからオグリさんには負けません!」
「北原は譲らない!」
「俺―――」
デッドヒートは続く。互いにG1で勝利をもぎ取ったウマ娘は、当然のよう目指す夢の一着の座を譲らない。
「好きです、北原さん! 大好きです!」
「私だって好きだ! 北原! 大好きだぞ、北原!」
「えっと―――」
両腕をウマ娘に掴まれた北原さんは当然逃げる事なんて叶わず、ただひたすら両側から耳に入ってくる情報を取り入れては、戸惑いと混乱を露わにした態度を取り続けていた。
―――わかっていた
こうなるだろう事は予測していた。だって北原さんにとっては、私の事も、オグリさんの事も、ただの育成対象のウマ娘で―――、北原さんが私たちの事を女として意識していないなんてことは、どちらかというと手のかかる姪とかを相手にする態度だなんてことは―――、北原さんが私たちに向ける視線から、向ける態度から予測出来ていた事だった。
―――だから!
だから攻めたのだ。わからせたのだ。私が―――私たちが北原さんに向けているのは、親愛の情でなく恋愛の情なのだという事をまずはわからせる事にしたのだ。 - 90二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 12:24:53
「好きです! 愛しています、北原さん!」
「私の方が好きだ! 愛してるぞ、北原!」
私とオグリさんは言いながら、引き寄せた腕を強く優しくぎゅっと抱きしめる。
「あ……、う……」
そのたびに北原さんはビクンと体を震わせて、もどかしそうに腕を動かして、けれども強引必死に動きを止めようとしているとわかる痙攣しているかのような小刻みな震えが、腕に、体に、生じる。目線が泳ぎ、居心地悪そうに宙を彷徨い、また、その顔は火照ったかのよう赤くなってゆく。それは―――、それはきっと、北原さんが私たちの好意に気付いてくれた明石で―――、女として見始めてくれているという証に違いなかった。
―――ごめんなさい、北原さん……
「―――諦める気はないんですね」
「当然だ!」
「私だって諦める気はありません!」
だから―――
―――私、本当に、悪い子です……!
「―――なら、ここは私たちらしく決着をつけましょう!」
だから、攻めた。
「私たちらしく……?」
負けるかもしれない―――むしろその可能性の方が高い勝負に、それでも挫けず果敢に攻め込んでいくことを決めた。
「決着は有馬で決めましょう。―――勝った方が北原さんの伴侶になることが出来る!」
「―――望むところだ。完膚なきまでに叩きのめして、将来これからもずっと、北原は私だけのトレーナーなんだという事を証明してやる!」
「ちょ、ちょっとまった、二人とも!」
盛り上がっているところ、互いに自分から意識が擦れたその隙を突いて自らの両腕を強引に引き抜いて自由を手に入れた北原さんは、一歩下がったのち、言った。
「あのな! そりゃ、オグリやトプロみたいな子にかわいい子に好かれているとわかれば嫌な気にはならないが、だからといってそうやって俺の意思を無視して勝手に将来だ伴侶だのとあーだこーだと決めてもらっても―――」
「―――そうですね。確かにそれはあまりに気遣いがなく、性急でした」
「だろ? だから―――」
「だったら一日でいいからあなたの時間を下さい」
「え?」
「有馬の後のクリスマス。その後の一日を一緒に過ごす権利を、有馬で勝った方に下さい。いいですか?」
「え、うん、そりゃまぁ、それくらいならさっきのと比べれば―――」
「ありがとうございます! ―――では、オグリさんもそれでいいですね?」
「構わない」
「―――それでは失礼します!」 - 91二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 12:25:22
言うと踵を返し、振り向きもせずに立ち去ってゆく。これでいい。これで、この勝負に勝ったとしても負けたとしても―――勿論、負けるつもりなんて毛頭ないけれど―――、私はこれからもアヤベさんたちが言ってくれたよう、一番私らしく、無茶と思えるような夢へ向かってでも頑張って歯を食いしばって突き進んでいくことが―――、私の好きな、アヤベさんたちが好きだと言ってくれた私で在り続ける事が出来る。
「絶対に、絶対に、負けません……!」
言いつつ赤光の中を歩いてゆく。もはや地平の向こうに隠れてしまった太陽光の残渣はけれども思っていたより熱を持っていて、世界を明るく照らし続けてくれていた。 - 92二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 12:41:33
凄すぎだろ!? 文豪を越えた文豪や…
- 93二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 16:46:57
カッケーなおい…
- 94二次元好きの匿名さん22/05/03(火) 22:31:34
全裸待機中
- 95二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:44:55
年末。中山の舞台は冬の寒気を吹き飛ばす熱気に包まれていた。影響か、一昼夜細々と振り続けた霧雨は昼前までに消え失せてくれていた。ただし、熱気が晴らしてくれたのは一日続いた霧雨のみで、空気の冷え込みも肌に張り付く感じがあるのも全く変わらない。思いつくがまま、ふぅ、と息を吐くと、それは白く濁ったのち吸い込まれるように落ちて地面へと吸い込まれていった。地面を蹴れば、僅かに柔らかい芝と土に爪先がめり込む。
―――よし……!
いつぞやの時と同じ不良のバ場に、運命じみたものを感じて、思わず笑みが漏れた。
―――絶対に、絶対に、勝つ!
ファンファーレが鳴り響く。合図に、ゲートインが始まる。瞼を閉じて、天を仰いだ。歓声が聞こえた。声援が聞こえた。始まりの時が近づくにつれて更に熱気が増しゆく中、会場に満ちる熱を全て取り込むかのよう、大きく息を吸い、自らの体を強く抱きしめた。これから始まる運命のレース、それがたとえ僅かな量であっても、熱はあるほどに良い。
「……ふぅぅぅぅぅぅ―――」
瞼を開けた。目の前、ゲートの中には、無言のまま林立するウマ娘たちの姿が見えた。誰もが前を向いていた。後ろを向く者は皆無だった。光景に得られた満足の想いを胸に、運命の一歩を踏み出してゆく――― - 96二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:45:37
「さぁスタートしました。先頭を取ったのはご存じ覇王テイエムオペラオー、一番人気、有馬の三連覇がかかっています。二番は笠松の星、帝王に負けない絶大な人気を誇る連続重賞入賞ウマ娘、オグリキャップ、この位置は少し不本意か―――」
『―――俺の見たところ、君の走りは決してオペラオーに負けていない』
絶対に負けないと誓ったあの日以来、この日の為にそれ以外の全てを犠牲にしてきた。
「中団、先頭集団から二バ身離れて、先頭はメイショウドトウ。終盤まで体力を温存する計画か―――」
『だが勝てない』
あの日以来、私は北原さんにアドバイスをもらえなくなった。有馬という戦いの舞台、仲間はみんな競い合う為のライバルで―――だから私にあるのは、二か月という時間と、最悪にまで落ちた下バ評と、この体と、菊花の時に北原さんから学んだ勝ち方だった。
「遅れて後方集団、四番人気のアドマイヤベガ。追い込みに期待―――」
『いっちゃなんだが、今の君はオペラオーと比べて全く注目されてない』
有馬のレースには間違いなく、オペラオーちゃん、ドトウちゃん、アヤベさん、オグリさんが参加する。みんなに一歩劣った才能の私がそれでも一着を勝ち取る為には―――、オグリさんというド本命を凌駕して勝つ為には、自分だけ体力を保ちつつみんなの体力を削るという荒業をしないといけなかった。幸い、最悪となっている下バ評はその勝ち方を利用するに丁度いい材料だった。けれど一方で、有馬に参加する為には菊花の直後レベルにまで人気と評判を戻さないといけなかった。
「そして最後尾、転倒以来調子を崩していましたがここ二か月でどうにか調子を戻しつつある五番人気ナリタトップロード。調整の為か、今までにない走りを身に着けようとしているのか、ここ最近のレースでは先頭集団と異なる位置にいることが多い。挑戦し続ける直近数回のレースの走りが心を打ったのか、一時は大きく落ち込んでいた人気を大分取り戻して今回五番人気にまでなりました。今回の走りは、挑戦なのか、戦略のうちなのか、それとも出遅れたのか。以前転倒した時と同じ、不良のバ場である為、少し心配です」
『だから、そこにつけこめ』 - 97二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:46:21
「おーっと、最後尾のナリタトップロード、最初のコーナーの直前で一気に加速! 大外を大きく回って先頭集団を一気に抜き去った~! 今回は逃げに徹する戦法か~⁉」
だから秋天を捨てた。エリザベス女王杯を捨てた。ジャパンカップも捨てた。間にあるG2もG3も、参加した多くのレースにおいて、可能な限り自分でも無茶で無謀だと思える走りに挑戦して、その一方で可能な限り二着三着を取り続けてきた。
「あっ~と、だが、ナリタトップロード、先頭、テイエムオペラオーとオグリキャップを抜かす直前体勢を崩しました! やはり大きく一歩を踏み出すナリタトップロードの飛ぶような走りでは小回りが利きにくいのか、不良のバ場が苦手なのは変わっていないのか! ですが体勢を崩したナリタトップロード、以前のように転倒する事はありませんでした! 先頭二バを抜く事叶わず、速度を落として先頭集団に落ち着いていきます! 走りがやや不安定に見えるのはやはり不良のバ場のせいなのか! 転倒の巻き添えを恐れてなのか、周囲のウマ娘が走るナリタトップロードからやや距離を取り始めました!」
お陰で、私が無茶な走りをしても気にされないようになった。その後にいつもの走りをしていても、無茶して消耗した体力を取り戻す為に無理をしていつもと同じ走りを保っているのだろうと思ってくれるようになった。私をマークする人はいなくなるようなった。
「ナリタトップロード、今のところは安定した走りを見せています」
一方で、本当に新しい事にも挑戦し続けた。意識して地面を強く踏みしめて走る練習をやり続けてきた。不良のバ場においても全力疾走が出来るよう、ずっとずっと足の指先を鍛え続けてきた。オグリさんみたいな一歩を踏み出せるよう、努力し続けてきた。
「さぁ、静かな経過から、最終コーナー、事態が大きく動く事が予想されます!」
『ただひたすらに自分のペースで走れ。周りの事を気にするな』
「あっと、やはりここで仕掛けてきたのは中盤において中団から先頭集団に移動していたメイショウドトウ! 一気に駆け抜け、テイエムオペラオーとオグリキャップとの距離を詰めてゆきます!」
自分のペースで走り続けてきた。誰の目を気にする事もなく、走り続けてきた。
「おっと、アドマイヤベガも凄まじい末脚! 後方から大外を回って一気に先頭三バとの距離を詰めてゆく~!」 - 98二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:47:53
この有馬で勝てればそれでいい。この有馬でオグリさんに勝つその為だけに、名声も、評判も、いくつかの勝利も、それ以外を全てを捨ててきた。
「さぁ、最後の直線、距離は残り三百メートルまであと少し―――っと、ここで先頭集団から誰かが飛び出してきた!」
『最後の直線、残された体力を使い切る勢いでただひたすらに走り続ければ―――』
「―――ナリタトップロード! ナリタトップロードだ!」
北原さんが欲しい。私の本当の真価を見出してくれた、私に勝つ方法を与えてくれた、私を何度も救ってくれたあの人が、どうしても欲しい。
「ナリタトップロード早い! 信じられない速さで先頭四バとの距離を詰めてゆきます! ナリタ速い、ナリタ速い! 先程まで見せていた不安定な走りはまさか演技だったとでもいうのか、良状態のバ場の時とまるで変わらない走りを見せて先頭集団との距離を一気に詰めきった~!」
『君はきっと―――』
―――言ってくれた
「さぁ残り二百メートル! 先頭は依然として、変わっておりません! 先頭をゆくは、時代を代表するウマ娘たち、テイエムオペラオー、オグリキャップ、メイショウドトウ、アドマイヤベガ、ナリタトップロード~!」
『テイエムオペラオーにも―――』
―――けっして、劣ってなどいないと言ってくれた
「残り百! 先頭は依然とて五バが並走! 互いに一歩も譲らないまま後方集団との距離をどんどん広げてゆく! その差は既に六バ身! いや、更に離れて、七バ身、八バ身! 何とここにきて五バが五バとも、更に速度を増してゆく! なんということでしょう! 信じられません! 誰も一歩も譲らない、栄光の座を譲ってなるものかと駆け抜ける! 互いの意地が互いの能力を引き出しあっているというのか、終盤、最終直線だというのに五バの速度は更に上がってゆきます! こんなレースは今までに見た事がありません!」 - 99二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:48:11
『いや―――』
―――言ってくれた
「誰だ! 傍目にはハナ差すらあるようには見えません! さぁ、誰だ! テイエムか! オグリか! ドトウか! アドマイヤか! ナリタか!」
『―――そう。ナリタトップロードは、他の誰にも負けない走りが出来るはずだ』
―――ナリタトップロードは他の誰にも負けないと、そう言ってくれた!
「テイエムか! オグリか! ドトウか! アドマイヤか! ナリタか!」
―――だから、勝つ!
「あぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!」
―――勝って、夢を叶えて見せる……! - 100二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:49:01
「―――どうやら判定はカメラに託されたようです」
「はっ……、はっ……、はっ……、はっ……、はっ……」
目の前で光がチカチカしている。短く繰り返される息を落ち着けてやる事が出来ない。 胸が苦しい。お腹が痛い。体中が痛い。特に足がひどい。足の裏、足首、ふくらはぎ、膝、太ももにお尻の付け根まで、足に属しているどこもかしこもが悲鳴をあげているし、熱を持っている。
「掲示板がなかなかつきません」
「はっ……、はっ……、はっ……、はっ……」
それは生涯で一番の苦しみだった。ただ、今、生涯で一番の苦しみを味わっているにも関わらず、気持ちはとても晴れやかだった。
「はっ……、はっ……、はっ……」
空を、見上げた。蒼空から差し込んでくる光が驚くほど涼やかに感じられた。
「はっ……、はっ……」
死力を尽くした。体中の熱という熱を使い切った。得てきた全てを投げ打って、勝負に出た。なにもかもの全てを投じて―――、それでも確実な勝ちを拾う事は出来なかった。
「はっ―――」
けれど悔いはない。あの時から今に至るまで、私は私に出来るすべてのことを行った。勝つために、届くかもわからない夢の為に、全力を尽くしてきた。
「長い……、長いぞ……、いったいどうした……っと―――、はぁ⁉」
だから悔いはない。そんなものを生み出す熱なんて、もうこの身に全く残ってない。
「え、あ、は? え、これ、マジ? ―――あ、し、失礼しました! あまりに予想外の結果だったので―――、あ、―――ん、ゔん、―――発表します」
たとえどんな結果になろうと―――
「最後の最期、時代を代表する五バが互いに一歩も譲らないデッドヒートを繰り広げた、大興奮の有馬記念! その結果は―――」
私はその全てを受け入れて、私だけの頂点に至る道をどこまでも前へ進んでゆく――― - 101二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:50:04
府中の町でも桜が満開を迎えようとしていた。町中のあちらこちらでは桜が咲き誇り、可憐な花弁を風に乗せて町中にばら撒き、春の訪れを町の隅から隅にまで知らせていた。足音を弾ませ町を歩けば、あちらこちらから春の到来喜ぶ人々の笑い声が聞こえてくる。昨日までわずかばかりだけ残っていた冬の残渣は、もはや欠片ほども残っていなかった。うららかな春の光が生み出す暖かな道を、胸を弾ませながら少し早足で駆け抜けてゆく。
「北原さーん!」
「お、来たか」
「―――に、オグリさん!」
「ん……」
訪れたトレセン学園の入り口で、北原さんとオグリさんの二人と合流した。
「ずるいです! 私を置いて二人で先に合流するなんて!」
「えぇ……、いや、そんなこと言われたって……」
「いつも通り三時半に起きて、準備して、いつも通り四時からトレーニングを開始した。余裕。それを欠かしたトプロが悪い」
「オグリさん! 有馬で決着をつけられなかったから、お互い抜け駆けは無しって決めたはずです!」
「ん。……悪かった、トプロ」
「―――はい! 謝ってくれたから、許してあげます!」
「ありがとう」
あの日。有馬で決着をつけると言った私たちの結末は、一着が私とオグリさんで同着、わずかハナ差でオペラオーちゃん、ドトウちゃん、アヤベさんが三着同着という、波乱で史上初の大珍事の結果に終わった。
「ちなみに、北原さんとオグリさんは何時ごろに合流したんですか?」
「え? えっと、早朝ランニングの途中だったから、確か―――」
「五時」
「では今日は二時間余分、私に長く独占させてもらいますね!」
「え?」
「……わかった」
「え?」
クリスマスの約束は勿論無効。というより、レース後のウイニングライブの人員配置をどうするかとか、仕方ないから一着が二人とも一回ずつメインを張る事になったりとか、体力の一滴を振り絞るまで全力疾走した後にいつも以上の運動をやらされたので体の力が本当に完全に枯渇してしまったとか、なのでその後の丸一日以上ウイニングライブに参加した五人ともダウン状態だったという理由があって、交わした約束を果たせる余裕なんて全くなかったのだ。 - 102二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:51:54
「じゃあ、行きましょう、北原さん!」
そしてまた、互いに全力尽くして体力の一滴を絞りきるまで走って、結果起こったのがそんな史上初且つ最大の珍事で、その日からマスコミの人たちに追っかけまわされるようなったり、あまりの珍事だったので中央諮問委員会から呼び出され八百長を疑われたり、それの解決の為にトレセン学園の会長のシンボリルドルフさんに相談にいったり―――、と、そんな事をしているうちに互いに気を張れない仲になってしまって―――
「うぁ―――と、お、おい、トプロ」
「……!」
結果、私とオグリさんは卒業までの間、互いに同じ時間だけ北原さんを共有するという北原共有条約を提携する事で落ち着いたのだ。
「う、腕を組むのは、条約違反―――」
「私が今日の朝のトレーニングをしなかったのは、昨日トレーニングのしすぎて疲れてるからなんです! だからこうして、体を預けてしまうのも仕方ない事なんです!」
「な、なら私も―――」
「駄目です! 余裕ってさっき自分で言ってたじゃないですか!」
「……っ!」
『情熱的な愛だろうと、真実の愛だろうと、恋という甘い酒に酔っていられる年ならば、それで全ては大団円となるだろう!』
ふと、結局、オペラオーちゃんの言う通りになったな、と思う。
「じゃあ、改めて―――行きましょう、北原さん!」
「おい、トプロ! そんなに強く引っ張らないで―――」
「ま、待て! 北原! トプロ!」
ならばこの先、私たちがこの大団円の状態でいられるのはオペラオーちゃんの言う通り卒業までの恋という酒に酔っていられる間だけなのかもしれないけれど。
「な、なぁトプロ。私も手を繋ぐくらいは―――」
「駄目です! 約束を破ったのは、オグリさんなんですから!」
「……っ!」
いつかはううん、この先北原さんが私とオグリさんのどちらかを選んだ時点で終わってしまう大団円だけれど―――
「さ、早く学園に行きましょう、北原さん! 今日は私のチーム転籍の手続きをしないといけないんですから!」
「わかった! わかったから、そう引っ張るな!」
「っ、待って!」
どちらが選ばれたとしても、私たちは悔いなく相手を祝福出来ると思う。おめでとうといって、裏側に悲しさを抱えながら、でも本当の笑顔で祝福出来ると思う、そのくらいに私たちは、互いの時間を共有して、互いに切磋琢磨して、全力でぶつかり合ってきた。 - 103二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:52:51
「北原さんはトレーナー室へ行ってくださいね! 私たちはアヤベさんたちと合流して、生徒会室に行って、会長に手続きのあれこれを聞いたりしたりしないといけないので!」
「わかってるよ―――、おい、トプロ! だからそんなに引っ張るな!」
「トプロ!」
桜の花が咲いている。春を喜ぶように、私たちを祝福するように、見目に麗しい花弁を散らして、世界を彩っている。
「―――わかりました。そんなにいやがるなら、止めます……」
「あぁ、よかった―――」
「トプロ……」
「そのかわり!」
涼やかな風が吹いていた。春に吹く風が桜の花びらを宙に舞わせていた。舞い踊る桜の花びらは、ほのかに甘い香りがした。そのかぐわしい匂いに浮かれさせられたかのよう、思い切り北原さんを引き寄せて―――
「ん……」
「んん⁉」
「あー!」
瞬間、凄まじい勢いの春風が吹いて、桜の花びらを宙に舞わせた。舞った桜の花びらは、つむじ風と共に私と北原さんを包み込み―――
「―――これで今日の二時間は許してあげます!」
「……」
「トプロ! それは卑怯だぞ、トプロ!」
そうして春風は、私がオグリさんより一歩先に進む為の応援をしてくれた。
「聞く耳は持ちません!」
「―――っ、き、北原! 私も!」
「お、オグリ! やめろ! 胸倉を掴むな! 顔を近づけてくるな!」
『オグリを誑かすのを止めろと言っているんだ、三流トレーナー!』
「―――」
そして出来上がった光景はまるで北原さんと初めて出会った時のそれとよく似ていて、けれど目の前のその光景の状況とあの時の光景の状況は全く違っていて、北原さんの胸倉を掴んでいるのはオグリさんで、胸倉を掴むオグリさんは北原さんに愛情を示そうと必死になっていて、北原さんは戸惑いながらもどこか嬉しそうで―――
「北原さん」
「と、トプロ! 見てないで助けて―――」
「北原! どうして私のは拒むんだ、北原!」
「あなたの夢は叶いましたか?」 - 104二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:53:50
「―――」
「―――」
二人の動きが止まる。まったく同じタイミングで停止した二人は、やがてまるで意思を通わせていたかのよう同じように口を開いてゆくと―――
「まだだ」
「あぁ、まだまだだな」
挑戦はまだまだこれから続くのだと、そう宣言した。
「世界初の珍事で有名になったとはいえ、オグリもトプロも落としている重賞が多い」
「私はまだ走れる。走れる限り、私は何処までも走り続ける」
「―――はい!」
これからも頑張っていくのだという、自分だけの頂点の道を目指して進んでいくのだという宣言に、心からの笑顔を浮かべて返す。
「北原さん」
「ん?」
「オグリさん」
「なんだ?」
「―――これからも、よろしくお願いしますね!」
「「―――あぁ」」
桜の花が咲いている。今でこそ満開に咲いている桜もやがては散り、春の終わりに青々とした青葉を枝に携えたのち、夏を乗り切った後にはそれらをも散らしてゆくのだろう。森羅万象、万物流転。いい事があれば、同じくらい悪い事がある。けれどそれを頑張って乗り越えていった先に―――、私の望む、私だけの頂に至る道があるのだろう。
「それと、北原さん!」
「ん? なんだ、トプロ」
その道がどれ程に険しくても、歩いてゆくと決めたのだ。その険しい道を一緒に歩いていきたいと思う人が出来たのだ。切磋琢磨し一緒に乗り切っていこうとしてくれる人が、折れそうになった時に助けてくれる人が、二人も増えて五人になったのだ。なら―――
「大好きですよ、北原さん! すごく―――、すごくすごくすごく、愛しています!」
私だけの頂に至る道がどんなに険しく見える道であっても、私は必ずその頂へと至る事が―――夢を叶えることが出来ることだろう。
ルート ナリタトップロード
『It’s my Top Road』
終了 - 105二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 00:58:16
まずは呼んでくれてありがとうなんだ
とりあえずトプロルートはこれで終了なんだ
誤字脱字が目立つ中、お付き合いいただいて本当にありがとうなんだ
ドトウ、アヤベ、オペラオールートは頭にキャラクターの特徴を叩き込めたらやると思うんだ
以下は好きに使ってくれて構わないんだ
感想なり違和感覚えたところがあれば、書いておいてくれると次に反映出来るんだ
最後に、ここまでお付き合いいただいて本当にありがとうなんだ - 106二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 01:23:35
すごい……読み応えがあって話もとても面白かった…
北原トプロ概念良い…… - 107二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 07:17:29
>>88辺りが見てて辛かった
- 108二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 07:42:18
続きが待ちきれねえぜ!
- 109二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 09:15:03
凄く面白かったです!!!ありがとうございます!!
- 110二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 17:15:25
保守
- 111二次元好きの匿名さん22/05/04(水) 21:39:07
ほ
- 112二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 04:28:10
ほ
- 113二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 10:03:17
これが無料で読めるとは...ありがてぇ....
- 114二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 19:20:41
祝え!ここに新たな概念が誕生したのだ!
- 115二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:35:16
いいだろ?
- 116二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:43:08
お褒めの言葉や感想、保守、ありがとうなんだ
とりあえずドトウルートを書き始めたので投下するんだ相変わらず即興なので口調なんかが怪しいかもしれないけど多めにみてほしいんだ - 117二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:44:31
ドトウルート
『名将ドトウ、蹉跌を払拭す』
『春天優勝バ、メイショウドトウ、新潟大賞典で7着!』
『どうした、メイショウドトウ! メトロポリタンステークスでなんと入着ならず!』
『メイショウドトウ、目黒でまさかのドンケツ負け! 春天はまぐれだったのか!』
トレセン学園、屋上。その隅っこにあるフェンスの近くのベンチ。
「救いは……救いはないのですか……」
梅雨。お空は曇天。空気はじめじめ。今の私の心がそのまま表現されたような空の下にいると、ただでさえ重苦しくなってしまっていた気持ちが更に重苦しくなっていくような感じを覚えてしまいます。
「うぅ……」
五月。四月の春天で優勝を勝ち取った私は、けれど、それ以降の勝負でまるでいい成績を残せなくなってしまいました……。
「オペラオーさんもアヤベさんもトップロードさんも結果を残しているのに……」
私以外のみんなは相変わらず出たレースで一着から三着の順位を取っていきます。
「私だけ……」
なのに、私だけ出たレースで大した成績を上げられなくなってしまったのです……。
「うぅ……」
原因はわかっているのです。天皇賞春を優勝して以降、この私もオペラオーさんたちのように、多くの人に注目されて、対策を打たれるようになってしまったからなのです。
「あんなに苛烈になるなんて……」
勿論参加したレースにおいて私だけが対策を打たれるターゲットにされるというわけではありません。ですが、オペラオーさんは元々が対策をされても諸共しないで年間無敗を達成するほどのお人ですし、アヤベさんも大阪杯で優勝して以降は何か掴むものがあったのか立ち回りと末脚の使い方がとても上手になっていますし、トップロードさんも昨年の菊花賞以降はその飛ぶような走りに更に磨きをかけて重点マークや妨害スレスレの行為を難なく躱していくのです……。
「―――ぐすっ……」
けれど私はそうはいきません。先行型のオペラオーさんやトップロードさん、追い込み型のアヤベさんと違って、私はオグリさんに近い先行と差しの中間みたいな型なのです。中盤くらいまでは先頭集団から中団あたりに位置しておいて後半以降一気に追い抜く型の私は、みんなよりも他のウマ娘と接する機会が多い分、他の人からマークや妨害みたいな行為をされてしまいやすいのです……。 - 118二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:46:11
「昔はこんな事なかったのに……」
団子状態の集団から抜け出そうとしたり、壁をどうにか突破しようとしているうちに、体力がなくなって、考える余裕もなくなって、気付けば最後には何も出来ないまま、後方集団の中に沈んでいってしまう。最近ずっとそんな感じで負け続けてしまっているのです……。
「うぅ……」
「……お? ドトウ?」
「……北原さん?」
聞こえてきた声に振り向くと、最近ではすっかり見慣れたものとなったハンチング帽がトレードマークの北原さんの姿が屋上の入り口にはありました。
「どうしたんだ、こんなところで。今日はうちのオグリとチームで練習のはずだろ?」
言いつつ北原さんは近づいてくると、ベンチの上、私の隣へと腰を下ろしました。
「それが……―――」
「ようは、大分調子を落としているようにみえるから、気分転換してこいと言われたと」
「はい……」
「……屋上、好きなのか?」
「いえ、そこまで好きではないのですが……」
「えぇ……、じゃあ、なんでまた―――」
「なんで……」
言われて、なんでだろうと、首を傾げる。
「よくわからないんですけど、多分……」
「多分?」
「―――、一人になりたかった……?」
「―――は……」
ぱっと思いついた言葉を口にすると北原さんは一瞬の間だけ呆けた顔を浮かべたのち、表情を苦笑させながら口を開きました。
「わかる」
「ほぇ……?」
「予定じゃなかったのに唐突に暇が出来ちまって、気分転換って言われてもどこにいって何をすれば気分が晴れるのかがよくわからなくて、気付いたらなんとなく静かなところにいる、みたいなの」
「―――わかるんですか……?」
聞こえてきた言葉が意外で、思わず背を逸らすほどに驚いてしまいます。
「わかる。―――俺も一時期、そんな感じになってたことがあったからな……」
「北原さんも……?」
聞き返すと北原さんは苦笑の表情浮かぶ顔の頬を指で軽く掻きつつ、上を向きました。 - 119二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:47:12
「―――実は俺、昔、仕事を辞めて腐ってた時期があってな」
「……え?」
「バイトをしても長続きしない。暇な大体の時間は家でレースを見て過ごす。駄目だとは思ってる。何とかしたいとは思ってる。気分を上に持っていけば変わるかもってパチンコいったり、タバコ吸いながら外ぶらついたり―――で、気付くと一人で寝そべってたり」
「……」
目を細めて行われる独白、そして聞こえてくる言葉の一つ一つに驚きが止まりませんでした。
「居場所がねぇんだよな。親とかも心配してくれてるのはわかるけど、気を使われてるのがまるわかりでさ。悪いのは仕事辞めてプラプラしてる俺だってんのが自分でもわかってるからなんも言えねぇしさ。で、イライラして外に出て、でもぶらついてても全然気分が晴れる事はなくて、落ち着けなくて―――、気付けば一人になれる場所にいるんだ」
だって、言葉の一つ一つに共感を覚えられるのです。その時の北原さんの気持ちがよくわかってしまうのです。
「……北原さんでも」
「ん?」
「昔はそんなだったんですねぇ……」
思った事をそのまま口にすると、北原さんは再び苦笑を浮かべつつ、口を開きます。
「昔じゃねぇ。今もだよ」
「……今も?」
「あぁ。―――なんていうかさ。俺、すげぇ場違いなところにいる感じがあるんだよな」
「―――え?」
「元々地方の三流トレーナーでさ。夢はSP1の東海ダービーで、中央G1なんて夢のまた夢でしかなくて―――、その東海ダービーっていう夢ですらオグリが俺の前に現れるまで叶えられる気配なんて全くなかった」
「……」
「今でも自分が中央にいるってのが信じられねぇときがある。ドトウのとこのトレーナーみたいにあれこれの理論を完璧に理解出来てるわけじゃねぇ。オグリとか君らこそ過分に評価をしてくれてるが―――、基本的には中央の多くのトレーナーが陰で言ってる通り、俺はまだまだ中央平均―――あいつらみたいな一流に程遠い、精々二流のトレーナーだ。だからオグリのお陰で過分な評価を受けていると言われても、遠回しにオグリには相応しくないトレーナーだから止めろと言われても―――、ま、反論のしようがねぇ」
北原さんの口調は、静かで、暗く諦めている感じがあって―――、挙措に、北原さんが今、口にしている言葉は間違いなく真実なのだろうと理解させられてしまいました。 - 120二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:48:31
「北原さんも……」
「あん?」
「私と一緒なんですねぇ……。―――、あ……」
思わずそんな言葉を口にしてしまって、そしてすぐさまその言葉が北原さんを不快にさせてしまうかもと思い至った瞬間―――
「ご、ごめんなさい! わ、わたし―――」
慌てて頭を下げてその失礼を謝ろうとして―――
「―――だな」
「―――」
けれど、何の悪感情も含まれていないとわかる笑顔とその言葉に、やろうとしていた事の全ては止めさせられてしまいました。
「周りが自分より年下のくせに自分よりも優れた綺羅星ばかりでさ。加えて同年代の奴らや年上も既になんかの優れた結果を残してきた奴らばかり。息苦しいよなぁ……。そりゃこんなとこに来たくもなるさ―――」
呆然としていると北原さんは再び話し始め、そしてやがて言葉を途切れさせると、それと共に再び目を細めて空を見上げ始めました。様子と、言葉に、直感させられました。
「もしかして、北原さんも……?」
「―――まぁな」
すると、思った通り、どうやら北原さんも私と同じく、何か鬱々とした出来事があった故に、気付いた時にはこの屋上へ足が向いていた、という事らしいかったのです。
「―――よし、ドトウ」
そうして視線を空へ向け続けていた北原さんはやがて何か思いついたといった感じで両膝を軽く叩くと立ち上がり、次いで努めて作ったとわかる笑みを浮かべ、こちらへ向け、言いました。
「ふぇ?」
「一緒に気分転換にでも行くか!」
「……え?」
提案をすぐに理解する事が出来なくて、思わず首を傾げてしまいました。
「ここにいたってどうせ気分が晴れないんだ。なら、同じ落ち込んでるもの同士、一緒にどっかでかけた方が、気分が晴れるかもしれないだろ?」
そこまで言われてようやく言葉の意味を理解した私は―――
「……はい!」
自分でも珍しいと思ってしまうくらい素直に、その提案を受けてしまっていました。 - 121二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:50:24
「き、北原さぁん……!」
「おいおいおい、なんでこんな何でもないところで転んで……」
「き、北原さぁん……」
「ドトウ⁉ おい、なんで一瞬目を離した隙に違う階に……!」
「ま、待って……」
「⁉ おい、ちょ―――、お、降ります! 乗りません! すみません!」
夕方。
「……」
「ご、ごめんなさぁい……」
立ち寄った公園、地平の彼方へ太陽が姿を隠しつつある中、北原さんはぐったりとした様子でベンチの背もたれに全身を預けて、顔を上へ向けていました。落とさない為にでしょうハンチング帽が顔に乗せられているために表情を読み取る事は出来ませんでしたが、その様子から北原さんが相当お疲れであるという事はすぐにわかりました。しかも―――
「わ、私がドジなせいで、北原さんにいっぱいご迷惑を……」
「―――」
北原さんがこうも疲弊してしまったその原因は、間違いなく私にあるのです。
「街中でも、ゲームセンターでも、電車でも―――」
「―――ぷ」
「ふぇ……」
「あ、あは、あははははははは!」
すると北原さんはハンチング帽に片手を伸ばすとそれを元の位置に戻したのち、突然、大きな声で笑い始めました。狂笑といっても過言でない笑い方をする北原さんの様子には声をかけるのを思わずためらってしまう程の迫力があり―――
「は、はは、はははははは!」
「き、北原さぁん……?」
けれど、それでも何とか勇気を絞り出して声をかけると―――
「―――楽しかった」
「え……」
「今日は楽しかった」
「―――」
返ってきた思わぬ言葉に、頭の中は真っ白にさせられてしまいました。 - 122二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:51:19
「いや、ほんと、ほんと。変なことを考えている暇なんてまったくなくて、せわしなくて―――、おかげですっかり気分が晴れた」
「あの……」
「ドトウはどうだ?」
「わ、私ですか? 私は……」
言われて首を捻り―――
「―――あ……」
成程、確かに屋上で曇り空を眺めていたときには確かにあった嫌な気持ちや胸のもやもやが今では感じられなくなっている事に気付いて―――
「はい……、楽に……、なりましたぁ……」
「だろ?」
「はい。え、えへへ……」
同意の返事をすると、北原さんは、ニッ、と、歯を見せる爽やかな笑顔―――その顔に、ちょっとだけドキリとさせられてしまいました―――を浮かべたのち、口を開きます。 - 123二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:53:48
「ま、調子がいい時もあれば、調子が悪い時もある。すぐに終わる事もあれば、続く事もある。で、調子の悪い事が続く時には一人でうじうじ悩んでないで、他の奴に相談―――しづらいってんなら、ま、知り合いを遊びに誘うとかしてみな。君には、君のトレーナーとかトプロとかアヤベとかオペラオーとか、あとは一応、俺やオグリがいるだろう?」
「はい……」
「よし!」
言うと北原さんは大きく背伸びをしたのち、ハンチング帽の位置を片手で調整しながら再び口を開きました。
「気が晴れたってんなら、もう大丈夫だろ。精神的な不調さえなけりゃドトウはトプロやオペラオーやアヤベに匹敵する、オグリの強敵の一人だからな」
「あ……」
断言の言葉に、胸が暖かくなりました。ほわほわポカポカドキドキしてまるで春の日差しの中でお昼寝をしている時のようなそんな心地良い気分になりました。
「さて、じゃあ―――」
けれどその心地よい気分と空気は、北原さんが踵を返して私から視線を逸らした途端に霧散しそうになってしまって。
「あ、あのっ……!」
「あん?」
それを嫌ってか止めようとしたのか、気付けばこの口は動いて呼びかけてしまっていて。
「なんだ? まだなにか気になる事があったのか?」
「え、えっとぉ……」
特に用事があったわけではなく、なんで呼び止めたのかはなんとなくわかっていてもそれを口にするのもなんとなく気恥ずかしい感じがあって。
「ドトウ?」
「あのぅ……、そのぅ……」
そうこうしているうちに私よりも頭一つ分背の高い北原さんはかがんで覗き込むような姿勢になっていて、逆光の中にいる北原さんは赤く薄ぼやけた光を纏っていて、どこか胸をうつような綺麗さというか格好良さというか一枚絵の絵画に見えるような神秘的な感じがあって。
「ド―――」
「あのっ……」
眩い夕日から私を隠していてくれている姿はとても頼もしくて、ごちゃごちゃな頭の中は、ぐるぐるぐるぐると何か言わなきゃ何か言わなきゃという想いでいっぱいになってしまっていて、だからこそ言葉なんてものは全く出てきてくれなくて。
「き」
「き?」
「北原さぁん!」
「あ、あぁ」
「助けてくださぁい!」
やがて心の奥底にあった願いのそれなのか、それとも今しがたの気持ちなのかもわからない言葉をそのまま伝えると。
「おう」
何の迷いもない笑みを浮かべて、その要請を受託してくれたのです。 - 124二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:54:49
「さぁ、各バ一斉にスタートしました、宝塚。先頭を行くは当然のように覇王テイエムオペラオー。二番手は―――」
『とにかくドトウに足りないのは平常心―――というか自分を信じる心だ。ドトウは基本的に、自分は他のウマ娘よりも劣っているという劣等感がある。そうだろう?』
自信を持てと言われても、すぐに持つ事なんてできません。
「先頭集団から僅かに離れてオグリキャップ、二連覇がかかっています」
『だから、こう思う。万が一ぶつかったら、転倒してしまうかもしれない。万が一自分なんかがぶつかって、相手に迷惑をかけるなんて事が合ってはならない。だからレースの最中に他のウマ娘に近寄ってこられるとついつい大きく避けて、体力を消耗してしまう』
私はいつもドジばかりで、みんなに迷惑をかけっぱなしだからです……。
「そのわずかに後ろ、メイショウドトウ。ここ最近の不調を振り払えるか」
『だからといって自信を持て、自分を信じて頑張れといっても、そうそう簡単にそれが出来ない事もわかる。―――俺も同じだからな。それが出来るなら、そもそもこんな悩みを抱えるわけがない。―――だから』
でも……。
「おっと、メイショウドトウ、言った側から近寄るウマ娘のプレッシャーに負けたのか、第一コーナーに入った直後、押し出されるよう自ら外側へと流されてゆく!」
『逃げたいなら、思いっきり外に逃げちまえ。屋上の時と一緒だ。そこが自分にとって嫌な場所なら、多少体力を消耗するにしても、自分の落ち着ける場所に移動してやるんだ。最先頭、先頭集団、中団、後方、何処に属しているなんてのはいったん忘れていい』
それでいい、と、北原さんは言ってくれました。
「場面も中盤を過ぎた直線、レースはいつもと多少違う展開を見せております。まずはご存じ、覇王オペラオー、序盤より複数からの徹底的なマークを受けており、第二コーナーを抜けたというのに未だ先頭を取り戻せておりません。また、オグリキャップも覇王同様の徹底マークを受けており、思うような走りを発揮出来ていないように思われます」
『気持ちが落ち着いたら周りを見てみるといい。するときっとドトウは、自分以外のウマ娘たちが鍔迫り合いをして体力を削り合っているのが―――自分以外が勝手に体力を削り合っている光景が見えてくるはずだ』
そのままの私でも勝てる方法を教えてくれました。 - 125二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:55:33
「本命の先頭集団のナリタと後方のアドマイヤも同様に厳しいマークがついているように見受けられます。ここ一年の重賞入賞を片っ端から彼女らに攫われている事を考えれば、この重点マークも仕方のない事なのか」
『全力疾走しつつ鍔迫り合いしている彼女たちには、最前線である自分の周囲と前方以外の光景なんてものに気を配る余裕なんてない。けど、最前線から外れたドトウにはそれが出来る。その余裕がある』
自ら外に行った結果、誰も私の事を気に掛けなくなりました。
「さぁ、第三コーナーを入って勝負も終盤! ですが本命オペラオー、オグリキャップ、両バとも未だに先頭に立つことが出来ない!」
『あとは心を落ち着けて自分の行けると思うタイミングで飛び出してやればいい。一応、個人的に飛び出すタイミングは、以前も言った通り、誰もが体力をある程度消耗している中盤以降にした方がいいと思う。で、飛び出したら一直線に先頭まで突っ走って、そのままゴールまで逃げ切れ』
私は再び自分のいいと思うタイミングで、走れるようになりました。
「おっとここで大外から誰かがやってきた! 誰だ? 末脚の強いアドマイヤか―――、いえ、違います! これはメイショウドトウだ! 第一コーナーで戦線から離脱したかと思われていたメイショウドトウ、第三コーナーから第四コーナーにかけての緩やかなカーブの大外を疾走し、一気にトップへと踊り出た!」
『出来ない? ―――いや、出来る。ドトウはそのやり方で春天を一着だったオペラオーも二着だったうちのオグリもぶち抜いて、勝っただろう? いや、本来こんな事、競争相手のウマ娘トレーナーである俺が言っちゃならないんだろうが―――、ドトウにはその力がある。オペラオーにもオグリにもトプロにもアヤベにも負けない、前のめりに暴走していけるという長所がある』
いっぱい私の事を見てくれて、こんな私にも長所があると言ってくれました。 - 126二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:56:29
「メイショウドトウ、独走! ―――いや、ここでオペラオー、ブロックを破ってきた! 不敵な笑みを浮かべメイショウドトウを猛追! オグリキャップも同様に続きます!」
『それでも信じられないならこう考えればいい。―――負けて元々なんだ。どうせ期待はされてない。だからいったん勝つとか負けるとか余計な事を考えず、全力で前のめりに、転びそうになろうがつまずきそうになろうが最後まで全力疾走することだけに注力する。そうすれば―――』
だからでしょうか……。
「オペラオー、早い! オグリキャップも早い! 独走状態だったメイショウドトウとの距離を凄まじい勢いでどんどん詰めてゆく! さぁ、猛追するオペラオー、オグリキャップ! 必死の逃げを見せるメイショウドトウ! 誰だ⁉ 誰だ⁉ 誰だ⁉ これは⁉」
『勝つにしろ負けるにしろ後悔しない結果になるだろうと俺は思うよ』
今の私は不思議なことに、まったく負ける気がしないのです……!
「―――メイショウドトウ! メイショウドトウです! 天皇賞春を制して以来、結果を出してこられなかったメイショウドトウ! 阪神は宝塚でオペラオー、オグリキャップを制し、見事、春天の制覇がまぐれでない事を証明してみせました!」 - 127二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 21:59:59
ここまでが起なんだ
呼んでくれてありがとうなんだ
あと題名に使った文字が一般用語か迷ったので、一応以下に捕捉しておくんだ
一般の意味
蹉跌(さてつ):事が見込みと食い違って、うまく進まない状態になる事
競馬用語
蹉跌(さてつ):馬が何かに躓き、前のめりになる事
蹉:足をくいちがいらせて、躓くこと
跌:足場を失い、躓くこと - 128二次元好きの匿名さん22/05/05(木) 22:01:13
ありがとうございます!!!
今回もとても面白かったです!!! - 129二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:27:42
「はぁ……、はぁ……」
胸が苦しい。頭が痛い。全身が重い。耳鳴りがする。呼吸が抑えられない。
「メイショウドトウ! 天皇賞春に続いて宝塚も制覇! 間の不調は一体何だったのか、なんとG1のレースを二連続で制覇しました!」
「はぁ……、はぁ……」
でも気持ちいい。火照った体を撫ぜてゆく涼しい風も、踏み荒らされたバ場の芝土が発するかぐわしい匂いも、額を、首を、手を、足を、露わになってゆく部分全てを流れてゆく汗も、汗に濡れてびしょびしょになっている服やカバンの取っ手の張り付いている感覚も、耳に飛び込んでくる歓声の音も、多くのシャッター音も、痛みも、疲労感も、そのなにもかもが気持ちいい。
「ドトウ―――」
「あ……、オペラオーさん……」
感慨に浸りつつもひたすらに呼吸を整える事に集中していると、かけられた声に振り向きました。
「これまでの中でも最も見事な走りだった! 最後の直線などは実に痺れたよ!」
「あ……、はい! 頑張りました!」
あのオペラオーさんが手放しで褒めてくれている。その事実に、先程までは気持ちいい中にも確かに感じられていた痛みや疲労感が薄れていく感じを覚えました。
「最初の隠れ頭巾を用いて自らの姿を隠す手法も実に見事だった! 」
「か、隠れ頭巾……?」
オペラオーさんの言う事は相変わらず難しくて、まだまだよくわからない事が多いです……。
「最初の、離脱したと見せかけて体力温存策に出たあれの事だと思いますよ」
「あ……トップロードさん……」
すると、汗をぬぐいながらやってきたトップロードさんが、解説をしてくれました。
「……そうね、見事だったわドトウ。……でも、こういっちゃなんだけど、なんというかあの動き、今までのあなたらしくない感じがあったのだけど……」
そして同じく近づいてきたアヤベさんが流石に鋭く見破ってきます。
「あ、その……、実はですね……」 - 130二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:28:48
「……北原さんに授けてもらった策?」
「はい、その、―――えへへ……」
それが私の考えた策でない事を告げると、アヤベさんは眉を顰めたのち、私ではなく、オグリさんの近くにいる北原さんの方へ視線を送りました。
「……呆れた人。前もそうだったけど、敵に塩を送って負けてどうするのよ」
「北原さん、頼まれたら断れない人ですから……。―――でも、アヤベさんも以前、北原さんのアドバイスのおかげで大阪杯を勝つことが出来ましたよね?」
「それはまぁ、そうだけど……」
呆れた様子で責めるアヤベさんを宥めつつ北原さんの援護を行ったのは、嬉しそうな、けれども同時に悔しそうでもあって、そして私はその複雑そうな表情を見ているとなんとも胸がチクチクと痛むような気分にさせられて―――
「つまり北原さんはドトウに隠れ布と指輪を渡したローベだったというわけだね!」
「え、えっと……」
「ドトウちゃんに優勝を与えるきっかけを作ってくれた人、という意味だと思いますよ」
「あ……、は、はい! ―――……そうだ!」
オペラオーさんのそれをわかりやすくしてくれたトップロードさんの言葉を聞いて頷いた私は―――
「わ、私、北原さんにお礼―――」
歓声やシャッターを切る音が響く中、私を勝たせてくれた北原さんにお礼を言いに行こうとして、自然と唇が緩んで、顔が満面の笑みに代わってゆくさなか―――
「それはやめときなさい、ドトウ」
「それはさすがにやめといたほうがいいと思います、ドトウちゃん」
「それは止めたまえ、ドトウ」
「……ふえぇ?」
聞こえてきた同時の制止に体は完全に動きを止められ、顔は困惑のそれへ変化してしまいました。
「な、なんで……」
「……あれ」
「あれ?」
アヤベさんが指し示した先には北原さんとオグリさんの姿がありました。歓声にかき消されてしまってその声を聞き取ることはできませんでしたが、視線の先では渋くて申し訳なさそうな顔をした北原さんが三着だったオグリさんに何かを話しつつ頭を下げていて、一方で鋭い目つきをしていたオグリさんは北原さんの言葉を聞いた途端、目元を緩めて首を振って何かを拒絶するような仕草をしつつ、けれど両手を血が滴り落ちるに強く握りしめていて――― - 131二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:29:28
「……あ」
「気が付いた? 北原さんはあなたにアドバイスをしてしまったばかりに、またオグリさんを負けさせてしまったのよ」
アヤベさんの言葉に、多分それは私にアドバイスをしてくれたばかりにオグリさんを三着にしてしまった北原さんがその事をオグリさんに謝罪し、一方でオグリさんはその謝罪を多分は北原さんのせいではないと言いつつも、負けたことに対しての悔しい思いを抑えきれず左右の拳から地が滴る程に強く手を握りこんでしまっているのだろう事に、気付かされました。
「……一応、言っておくと、北原さんとオグリさん、菊花も大阪杯も春天の時もあんな感じだったんだけど―――」
「ドトウちゃん、走った後はもう、こう、すごいいっぱいいっぱいでしたからね……」
「あうぅ……」
アヤベさんとトップロードさんの追い打ちに、どれだけ今までの自分がドジで鈍感で周りを見る事が出来ていなかったのか改めて気付かされ、何も言えなくなってしまいました……。
「……わかったなら、そっとしておいてあげなさい。そして、常に胸を張ってなさい。間違ってもごめんなさいなんていわないように」
「わ、わかってますよぅ……」
アヤベさんの言葉に踵を返した私は、歓声とシャッターを切る音が響く中、その言葉に従ってその場を後にする事にしました。 - 132二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:32:25
七月。関東では梅雨の季節の只中である事を証明するかのよう、三日三晩に渡って細く長く降り続いていた雨は、突如として勢いを増して大雨となりました。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……!」
暗雲が空を覆い尽くしています。降り注ぐ雨が地面を濡らし続けています。
「はぁ……、はぁ……!」
群青色に沈む世界の中、降り注ぐ激しい雨の音色がまるであの人の慟哭であるかのように思えてしまうのは、つい先程耳にしてしまった信じがたい言葉のせいなのでしょう……。
「はっ……、はっ……、はっ……!」
息苦しい世界が広がっています。地面には茶色く濁った川が生まれています。蛍光灯の光が曇天の薄暗幕降りた世界の中にわずかな陰影を織り成していました。セピア色に見える校舎の中をまるで地下迷宮だと思いました。
「はっ……、はっ……!」
濡れた床や泥の地面に何度も足を取られそうになりながら、雨の中、学園中を探し回りました。部室、トレーナー室、室内や室外練習場、プール、トイレの中まで、とてもいるはずないだろう場所も含めて、探して、駆けずり回って。
『居場所がねぇんだよな。親とかも心配してくれてるのはわかるけど、気を使われてるのがまるわかりでさ。悪いのは仕事辞めてプラプラしてる俺だってんのが自分でもわかってるからなんも言えねぇしさ。で、イライラして外に出て、でもぶらついてても全然気分が晴れる事はなくて、落ち着けなくて―――、気付けば一人になれる場所にいるんだ』
「っ!」
そしてようやく思い出した言葉に、私はドジでバカでマヌケでグズな自分を死なせてしまいたいと思うくらいの怒りを自分に抱きながら、けれどそうするよりも優先すべき場所へ向かって駆け出しました。
「はっ……、はっ……!」
『わかる』
胸が痛い。
「北原さん……」
『予定じゃなかったのに唐突に暇が出来ちまって、気分転換って言われてもどこにいって何をすれば気分が晴れるのかがよくわからなくて、気付いたらなんとなく静かなところにいる、みたいなの』
胸が痛い。
「北原さん……!」
『周りが自分より年下のくせに自分よりも優れた綺羅星ばかりでさ。加えて同年代の奴らや年上も既になんかの優れた結果を残してきた奴らばかり。息苦しいよなぁ……』
胸が痛い。
「北原さんっ……!」
『そりゃこんなとこに来たくもなるさ―――』
胸が、痛いっ……!
「北原さん……!」 - 133二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:33:26
「北原さん!」
「……あぁ、ドトウか」
屋上へ繋がる扉を吹き飛ばす勢いで開けて叫ぶと、雨の中、傘もささず橋のベンチに座っている北原さんの姿を見つけることが出来ました。
「北原さ……」
姿を見た瞬間、僅かばかり安堵の想いが湧き上がってきて、ほとんど反射的に近づこうとして―――
「寄るな!」
「っ!」
けれど発せられた明確な拒絶の言葉に、一歩も動けなくなってしまいました。
「……すまない。だが、ドトウ。―――もう俺に近寄らない方がいい」
「―――ふぇ……」
降り注ぐ雨音のカーテンの向こう側、鈍重に響く雨の音色を貫いて聞こえてきた再びの明確の拒絶の言葉に、涙が滲みそうになって―――
「……っ!」
けれど、今はいつもみたいに泣いて立ち止まっている場合じゃない事を思い出した私は―――
「北原さん」
体にある、ありったけの勇気を用いて、一言を絞り出していきます。
「……なんだ」
「今日から一年間休職するっていうのは本当なんですか……?」
「……っ」
聞くと北原さんは、宝塚記念の時のオグリさんを前にみせた時よりも更に顔を顰めさせて―――
「……あぁ」
絞り出したかのような震える声で問いかけに肯定しました。
「どうして……」
「……これだ」
問うと、北原さんはなんとも言い難い表情を浮かべたのち、腰かけているベンチ、自分の体の横に置いてあった一冊の雑誌を手に取ると、乱雑にこちらへと放り投げてきました。おそらくは屋上の扉のすぐ前であるこの場所まで届く勢いで投げつけられたのでしょう雑誌は、けれども降り注ぐ雨の強い勢いに負けて、道半ばで地面へ落下してしまいました。北原さんはそれを虚ろな目で眺めていました。私は迷わず屋上入り口のひさしから出て、雨の中を歩いて地面に落ちている濡れた本屋であまり見かけた事のない雑誌を手に取り―――
「……! え、これ……」
表紙に書かれているその文字に、私は驚愕させられました。 - 134二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:35:01
『中央トレーナー北原、オグリキャップを自らの野心の踏み台に⁉』
「……」
慌てて表紙を開いてみると、雑誌の中には信じられない内容ばかりが書いてありました。
『最近、オグリキャップの戦績が芳しくない。去年の宝塚を制覇して以降、菊花、大阪、春天などの、そして今年の宝塚などの、勝ってもおかしくないはずのレースにおいてことごとく敗北を喫している。―――実はそれは、オグリキャップの専属トレーナーである北原穣という男の野望の為らしいのだ』
「なに……これ……」
『オグリキャップの専属トレーナーである北原は、その立場を利用してオグリキャップの本来の力を削ぐと同時に誤った戦略を授け、一方で他チーム所属のN、A、Mといったウマ娘たちに助言し、彼女たちを勝たせている』
確かに雑誌に書かれている一部は正しい情報なのです。ですがその正しい情報の前後のどこかには必ず悪意に満ちた正しくない情報が添えられていて、正しい情報は間違った方向に捻じ曲げられってしまっているのです。
『彼と同じく中央に所属するトレーナーによれば、それはオグリキャップが以前六平氏の手に預けられていた事と関連しているのだという。六平氏はかつてその手腕は魔術とまで言われたフェアリーゴッドファーザーと呼ばれるほどの伝説のトレーナーだ。その氏の教えを受けたウマ娘とあれば、G1入賞を繰り返すほどに優秀であって当然だ。そのウマ娘を譲り受けて育成したところで、それは北原だけの手柄にはならない。―――そこで北原は、他チームの燻っているウマ娘に目を付けた』
真実の情報は誤った情報と組み合わされることで、吐き気がするほどの悪意に満ちた文章へと変貌していました。
『北原の狙いは、自らの力のみでG1制覇バを育成する事だった。その為に北原はオグリキャップという期待の新星を踏み台にする事としたのだ』
それは悪意と悪意と悪意だけに満ちた文章でした。
『もう隠す必要もないだろう。その目をつけられたウマ娘、N、A、Mとは、ナリタトップロード、アドマイヤベガ、メイショウドトウの三バだ。北原はこの三バに接近してひそかに助言を与え、その一方でオグリキャップには歪んだ育成を施し、また、誤った戦略を授けてきたのだ』
全ての正しい情報と誤った情報が、北原さんというただ一人の名誉を傷つけるためだけに、用いられていました。 - 135二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:36:19
『菊花、大阪杯、春天とそれぞれ一回ずつ勝利させる事に成功した北原は、一番与し易い駒としてメイショウドトウを見出したらしい。北原はこの他の二名よりも押しの弱そうなウマ娘を篭絡する事で、自らの駒として使おうとしているのだ』
「……!」
そして捲った次のページには、私がこの屋上で落ち込んでいたあの日、北原さんと一緒に過ごしていた時の私の様子を収めた写真が何枚も記載されていました。私がいっぱい北原さんにご迷惑をおかけして、けれど楽しかったと言ってもらったその時の様子を収めた写真は、その全てが北原さんを貶める為だけに使用されていました。
『そして北原は思惑通り、自らの駒として選んだメイショウドトウを宝塚記念というオグリG1初制覇の舞台において勝たせる事に成功した』
「こんな……、こんなの……!」
私が一瞬北原さんの方を見て浮かべた笑顔も、オグリさんが拳から流した血も、それらの全てがただ、北原さんを貶めるただその為だけに悪用されていました。
『北原は、自らの目的を達成したのだ』
「こんなのひどすぎます!」
雨の中、湧き上がってきた激情に耐えきれなくなり、思わず雑誌を雨に濡れた地面へと叩きつけてしまいました。雨に濡れて柔らかくなっていた雑誌は、あっという間に開いていたページの中央から破れました。
「なんで……、なんで……!」
「それが、原因だ」
溢れ出てくる怒りと悲しみとわけのわからない感情のままに言葉を発していると、北原さんは再び口を開きました。
「最近出来たばかりの出版社が発刊した、過激な内容の雑誌。普通ならよくある売名の為の嘘だらけで過激な内容として無視されるところだが―――、それらしい写真があり、実際にその記事を書いた記者の取材に答えた中央のトレーナーとの対話の録音があり、俺にアドバイスしたという事実があり、オグリが負けたという事実があり―――、結果、それは事実であるかもしれない中央諮問委員会は判断し、免許の剥奪まではしないが、調査する事を決め、その調査の間、俺は謹慎処分扱いの休職ということになってしまったというわけだ」
「そんな……」
か細い北原さんの独白の声は、けれども激しい雨音を切り裂いてはっきりと聞こえてきました。声にはまるで生気がなく、北原さんが今しがたどれだけの落胆と絶望を抱えているのかがひしひしと伝わってきます。 - 136二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:37:06
「……オグリや六平さん、君らのトレーナーが抗議に行ってくれているが―――」
北原さんが町の方へ目を向けました。生暖かい水に煙る町は殺風景で、陰鬱と陰湿と群青の気配にばかり満ち溢れていました。
「―――諮問委員会の判断が覆ることはないだろう。なにせ、二流のトレーナーを助けるよりも切り捨てた方が、中央の取材を受けたトレーナーや君らG1制覇バに害が及ばないからし―――、二流の言葉よりも一流の言葉の方が、説得力があるからな」
やがて視線をこちらへ向き直した北原さんは、声を震わせながら言いました。
「そんなの……!」
「多分、実質このまま引退だ。だから、ドトウ。君も、もう俺に近づかない方がいい」
「―――」
「近づけばそれは君の悪評に繋がるだろう。軽率なやらかしから、オグリには特に大きな迷惑をかけちまったが―――、これ以上被害を拡大させて他の奴らに迷惑をかけたくない」
言って北原さんはもはや役目を果たしていないびしょ濡れのハンチング帽で深々と顔を覆ってしまいました。
「北原さ―――」
拒絶の証かと思い、思わず声をかけようとして―――
「――――――――――――――――――ちくしょう……」
「―――っ」
小さく、小さく、本当に小さい、聞こえてきたそのか細い呟きの声と、よく見れば小刻みに震えている体と、帽子の陰から覗く顎から垂れ落ちた大きな一滴が、一つ、二つと、雨と異なるリズムで水に濡れた地面の上へと落ちゆくのを見て、胸の苦しさが一杯になって―――、何も言えなくなってしまいました。
「――――――――――――――――――――――――ちくしょう……っ」
胸が苦しくて苦しくて堪りませんでした。だって、北原さんは、北原さんが追い詰められる事となった大きな一因である私を責めようとしないのです。助けて欲しいと言われたから助けただけの北原さんは、けれどこの結果の全ては自分の行為に基づくものだと納得しようとして、関連して生じる全ての面倒と感情を自分の中に全部呑み込んで必死に処理して決着をつけようとして、けれど収めきれない激情が声となり涙となり溢れ出してしまっているのです。目指して頑張ってきた全てが台無しになろうとしているのに―――、北原さんは私の事を責めるどころか、慮ってばかりいるのです。 - 137二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:37:44
「……っ」
お前のせいだ、と言ってくれれば、どれだけ気が楽になった事でしょう。責任を取って助けろと言ってくれれば喜んで渦の中に飛び込んでいけるのに、なのに、北原さんは何も言わないのです。ただただひたすら、自分だけ雨に打たれる道を選択しているのです。
「―――」
北原さんは助けてくれと言ってくれないのです。全部を呑み込んで世界の陰に消えてゆこうとしてしまっているのです。その理由が私にはわかるのです。
『あぁ。―――なんていうかさ。俺、すげぇ場違いなところにいる感じがあるんだよな』
だって、以前に私がふと述べたよう、私と北原さんは一緒なのです。
『元々地方の三流トレーナーでさ。夢はSP1の東海ダービーで、中央G1なんて夢のまた夢でしかなくて―――、その東海ダービーっていう夢ですらオグリが俺の前に現れるまで叶えられる気配なんて全くなかった』
北原さんはきっと、ダメな自分は優秀な他の人に迷惑を掛けたらいけないと思っているのです。北原さんはきっと、確かに私と一緒の性格なのです。
『今でも自分が中央にいるってのが信じられねぇときがある。ドトウのとこのトレーナーみたいにあれこれの理論を完璧に理解出来てるわけじゃねぇ。オグリとか君らこそ過分に評価をしてくれてるが―――、基本的には中央の多くのトレーナーが陰で言ってる通り、俺はまだまだ中央平均―――あいつらみたいな一流に程遠い、精々二流のトレーナーだ。だからオグリのお陰で過分な評価を受けていると言われても、遠回しにオグリには相応しくないトレーナーだから止めろと言われても―――、ま、反論のしようがねぇ』
自分に自信がなくて、精いっぱい努力しても自身が身につかなくて、だから助けを求められるとつい応えたくなってしまって、けどそれで結果を出してもやっぱり自分に自信なんか持てなくて―――、ダメで、ドジで、クズで―――、死んでしまった方がいい、救いようのない存在だと思っているに違いないのです。
『周りが自分より年下のくせに自分よりも優れた綺羅星ばかりでさ。加えて同年代の奴らや年上も既になんかの優れた結果を残してきた奴らばかり。息苦しいよなぁ……。そりゃこんなとこに来たくもなるさ―――』
あの言葉は、全部自分の中から出てきた真実の言葉だったのです。だからこそあれらの言葉は、同じ地獄にはまり込んでいた私を救い上げてくれる効果があったのです。 - 138二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:38:38
『――――――――――――――――――ちくしょう……』
私を救ってくれた人が、私のせいで地獄に落ちてしまっていて。
『――――――――――――――――――――――――ちくしょう……っ』
なのに、その人は私に助けを求めてきてくれないのです。
『北原さぁん!』
『あ、あぁ』
『助けてくださぁい!』
『―――おう』
あれが。あの言葉が、呪いになってしまった。この優しい人を、私の気持ちを理解してくれる人を、地獄へと突き落とす要因になってしまった。その事実に、胸の奥が痛くて、痛くて、痛くて、痛くて、握り締めても握り締めても溢れ出てくるくらいに、体中は耐え難い強い痛みに満ち溢れていて。
『ま、調子がいい時もあれば、調子が悪い時もある。すぐに終わる事もあれば、続く事もある。で、調子の悪い事が続く時には一人でうじうじ悩んでないで、他の奴に相談―――がしづらいってんなら、ま、知り合いを遊びに誘ってみるってのも手なんじゃないかな。君には、君のトレーナーとかトプロとかアヤベとかオペラオーとか、あとは一応、俺やオグリがいるだろう?』
体はそうして得られるひどい心の痛みから逃れる手段を探そうとしてるのか、北原さんに貰った言葉ばかりがリフレインするようになってしまっていて。
『出来ない? ―――出来る。ドトウはそのやり方で春天を一着だったオペラオーも二着だったうちのオグリもぶち抜いて、勝っただろう? いや、本来こんな事、競争相手のウマ娘トレーナーである俺が言っちゃならないんだろうが―――、ドトウにはその力がある。オペラオーにもオグリにもトプロにもアヤベにも負けない、前のめりに暴走していけるという長所がある』
「―――」
それ故なのか、私の頭は、北原さんから貰った言葉の内、心を特に温かくしてくれた言葉ばかりが思い出されるようになっていって。
『二流の言葉よりも一流の言葉の方が、説得力があるからな』
「―――あ……」
けれど、そんな折に混じったノイズのような言葉がある一つの案を、私の脳裏へと生み出しましてくれました。 - 139二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 04:39:48
「―――」
思いついたその案はけれどあまりにか細い道筋でした。それを成し遂げる為には、私はあのオペラオーさんやオグリさんを超えなければならないのです。進むにつれて雨霰のよう襲い掛かってくるだろう悪意と、真っ向からぶつかっていかないといけないのです。
『それでも信じられないならこう考えればいい。―――負けて元々なんだ。どうせ期待はされてない。だからいったん勝つとか負けるとか余計な事を考えず、全力で前のめりに、転びそうになろうがつまずきそうになろうが最後まで全力疾走することだけに注力する。そうすれば―――』
―――でも。
「―――……!」
『勝つにしろ負けるにしろ後悔しない結果になるだろうと俺は思うよ』
「……っ!」
ここで立ち止まって、何もしないでいたら、後悔だけが残るという予感が―――、私は今まで以上に自分の事を嫌いになってしまうだろうという確信が―――、何より、北原さんが私にくれたその言葉が、暖かさが、そしてそんな北原さんを地獄へ突き落してしまったという罪悪感が、私にその道を歩んでゆく決心をさせました。
「救いは……」
「……ん?」
「救いはありまぁす!」
「……ドトウ?」
降り続ける雨の中、胸に生じた想いを必死になって声にしました。
「北原さぁん!」
「あ―――、ど、ドトウ?」
たまらなくなって、全力で疾走して、前のめり気味に力一杯抱き着きました。
「救いはありまぁす! 私があなたの救いになってみせまぁす!」
「ドトウ、何を―――」
『助けてくださぁい!』
『―――おう』
「北原さんは何も心配しなくて大丈夫でぇす!」
言いつつ抱き着くのを止めると、そのまま怒濤の勢いで屋上から出て行きます。
「ちょ、なにを―――ドトウ? ドトウ⁉」
『二流の言葉よりも一流の言葉の方が、説得力があるからな』
「私が必ず、北原さんを救ってみせまぁす!」
雨足は相変わらず強かったのです。けれど、迷いなく進むと決めた今、もはや激しいだけの雨は私を止める敵にはなりえる事が出来なかったのです。 - 140二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 11:52:25
楽しみ
- 141二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 17:38:12
楽しむ
- 142二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 17:45:19
ちょっと待って!知らない間に更新してるじゃん!
- 143二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 23:49:02
『メイショウドトウ、大快挙! 春天、宝塚に続き、天皇賞秋も制覇!』
『メイショウドトウ、止まらない! 春天、宝塚、秋天に続き、エリ女まで制覇!』
『怒濤、怒濤の大進撃! メイショウドトウ、宝塚以降、無敗のままジャパンカップも制覇! 二代目覇王の誕生か!』
十二月。気温は全国的に低く、冬の東京には珍しく雪が降っていました。
「やぁ、ドトウ! ―――いや、二代目覇王殿とお呼びした方がいいかな!」
「あ……、オペラオーさん……」
屋上でぼたん雪が府中の町を白く染めてゆく様を眺めていると、屋上の扉が開いてオペラオーさんが姿を現しました。
「ここ数か月の活躍―――英雄ジークフリードを思わせる無敗の大進撃は、実に見事だ! 流石は美しいこのボクのライバルだ!」
「……はい。ありがとうございますぅ……」
オペラオーさんは相変わらず自信満々のオペラオーさんです。そのまさしく覇王に相応しい自信満々の態度は、何勝しようとも一向に自信が得られない私からすれば、とても羨ましく感じられます……。
「ところで、オペラオーさんはどうしてここに……?」
「なに! 白鳥の騎士たる美しいボクのエチュードに相応しい舞台を探していたら、偶然屋上で佇む君の姿を見つけてね! 成程、運命が扉を叩いた合図なのだなと察したボクはこうして足を運んできたというわけさ!」
だからでしょうか。
「オペラオーさんは……」
「うん?」
「どうしてそんなにいつも自信満々にいられるのですか?」
どうやっても自信の持てない私は、つい、そんな事を聞いてしまいました。
「それはボクがボクだからだ!」
「え、と……」
「生きる道はここにある! ボクは自らの運命に従っているだけなのだ!」
「運命……」
何故でしょうか。その言葉は今の私の胸に小さなとげのように刺さりました。
「オペラオーさんは……」
「うん?」
「運命というものを信じているのですか……?」
問うと、オペラオーさんは一瞬だけ面食らったような顔を浮かべたのち、すぐさまいつもの自信満々の表情を浮かべつつ芝居がかった動作で手を広げると共に口を開きました。 - 144二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 23:50:39
「ボクが思うにね! 運命というものは織物みたいなものなのさ!」
「織物……」
「それを紡ぐに参加した人々がどのような織物を紡ごうと考えているか、どのような糸を持ち寄ったかによって、出来上がる模様が定まる! プレーンか、サテンか、ツイルか!多くが明るい色の糸を持ち寄ったのならば、明るい色彩の織物が出来上がる事だろう! 多くが薄暗い色の糸を持ち寄ったのならば、薄暗い色彩の織物が出来上がる事だろう! 運命とはそういうものだ! 参加した存在の意図と糸によって紡がれる、魔法の織物! それこそが運命というものなのだと、ボクは思う!」
「それが運命……」
「思うに、今の君がそれを聞いてきたのは、北原さんの事を考えていたからかな?」
「……!」
「どうやら図星だったようだね! ハーッハッハッハ、流石ボク!」
オペラオーさんはいつものようにひとしきり高笑いすると、キッと、顔を真剣なものへ変化させつつ、再び口を開きました。
「ドトウ! 今、君は、初めて運命を自らの手で紡ごうとしているのだろう!」
「……はい」
「ブラバントの覇権を得ようとしたフリードリヒとオルトルートはゴットフリートを白鳥へと変え、エルザを弟殺しの罪で告発した! だから君はフリードリヒとオルトルートの企みを打ち砕くべく、白鳥の騎士ローエングリンになろうとしている! そうだね⁉」
「は、はい。た、多分……」
「けれども、ドトウ! ローエングリンは正体が判明したのならば速やかに立ち去らねばならず、エルザは死す運命にある! ゴッドフリートは身分共々助かるかもしれないが、ローエングリンとエルザは舞台を降りなければならなくなる!」
「―――」
正直、今日のオペラオーさんの言葉はいつも以上に難解で、何を言いたいのかは正確にわかっているのかどうかはわかりません。でも、その物言いから、多分オペラオーさんは私のやろうとしている事を見抜いていて、その結果、北原さんは助かるだろうけれども、私とオグリさんはレースから引退しないといけなくなるというようなことを言っているのだろうと、そう思いました……。 - 145二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 23:52:18
「生きる道は彼方にある! 君は滅びに急いでいる! その道に救いはない! 死が! 死が! 死が! 君の道の前には待ち受けている!」
オペラオーさんはいつもなら使わない否定的な言葉を使っています。それは多分、私のやろうとしている未来を予測したオペラオーさんが、必死になってそれを止めようとしてくれている証なのでしょう。
―――でも。
「―――私は……」
「うん?」
「私は、今でも自信がないのです……」
「……」
「どれだけ勝っても自信を得る事は出来なかったのです。どれだけ勝っても私は―――、私はあの日の事を忘れられないのです……」
同じだと言ってくれた人がいた。手を取って辛い場所から助け出してくれた人がいた。助けて欲しいという願いに応じてくれた人がいた。そのままの私でもいいと、辛いのなら逃げてもいいと、そのままの私でも勝てる方法を教えてくれた人がいた。
「今でも鮮明に思い出せるのです……。目を閉じれば、瞼の裏側に映るのです……。耳を塞げば、声が聞こえてくるのです……。激しい雨が降るたびに、あの日の事を思い出してしまうのです……」
暖かい人だった。日向みたいな人だった。私の苦しみを理解してくれる人だった。私と同じだと思える人だった。
「逃げたいならいっそのこと思い切り逃げろと言ってくれました……。そう簡単に自信を持てない気持ちがわかるといってくれました……。こんな私にも長所があると言ってくれました……。勝つにしろ負けるにしろ全力で挑んだのなら後悔しないと言ってくれました……」
でも、違った。あの人―――北原さんは、逃げなかった。
「あの日まで、北原さんは私と同じだと思っていました……。でも、あの日、北原さんは逃げなかったのです……。呑み込む道を選んだのです……。一人で立ち向かう道を選らんだのですっ……!」
北原さんは私じゃなかった。北原さんは―――
「北原さんはオペラオーさんみたいな人だったのですっ……!」
「……ボク?」
オペラオーさんみたいに、自分以外の存在の事を思いやれて、自分よりの他の存在の事を優先してしまう人だったのです……!
「北原さんは強い人だったのです……。でも、今回の相手はオペラオーさんみたいに強い北原さんでも勝てない相手なのです……」
それでも北原さんは勝てなかった。―――ううん、私たちの為に勝負をしなかった。 - 146二次元好きの匿名さん22/05/06(金) 23:53:36
「私はバカでドジでグズで―――、このやり方が正しいやり方だなんて自信は今でもありません……。でも―――」
オペラオーさんの強さでは駄目だった。だから―――
「今回私はオペラオーさんを超える強さを持つ私にならないといけないのですっ……! 私は私のやり方で、オペラオーさんを超える強い私になると決めたのですっ……!」
「……ドトウ!」
その強さを超えた強い私になると、そう決めた。
「私は、私の選んだやり方で、オペラオーさんの見た未来を覆してみせるのです……!」
「よく言った、ドトウ! 自らのリブレットは自らで書き記す、というわけだね! 素晴らしい! 実に素晴らしいよ、ドトウ! それでこそボクの永遠のライバルだ!」
宣言すると、オペラオーさんは大業な仕草で拍手喝采しました。
「ならばボクもボクの全力を以って、君の前に立ち塞がろう!」
「……え?」
「観客を感動させる程の優れた歌劇には優れた主役と優れた好敵手が必要だ! もし君が本当にその道を進むのだとしたら―――、ボクは君にとって、格好の好敵手役となるだろう!」
「……!」
「けれど勿論、ボクにとっての主役はこのボクだ! 今でこそ君という素晴らしい役者に主役の座を奪われてはいるが―――、だが、夜明けと共に勝つのはボクだ! 太陽と共に愛は生むのは、このボクだ!」
その言葉に、多分オペラオーさんも自分なりのやり方で北原さんを助けようとしていたのだろうと言う事を理解しました。そしてその為には、オペラオーさんは私を倒す必要があるのだろうという事も理解しました。……でも。
「わ、私だって負けません! いえ、勝ちます!」
「そうだ! それでこそ、ボクのライバルに相応しい!」
私はその役を、オペラオーさんに譲らない。譲りたくないのです。
「私が北原さんを助けるのです……!」
「いいだろう! 真の白鳥の騎士がどちらなのか―――、否、果たしてドトウがローエングリンをも超えるリブレットを書き記す事が出来るのか―――、書いたリブレット通りに演じきる事が出来るのか、恥辱と苦難から助け出すのはどちらなのか、勝負といこうじゃないか!」
気付けば雪は止んでいました。空は蒼さを取り戻していて、府中はいつもの騒々しい街へ戻っていくのでした。 - 147二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 05:43:15
保守
- 148二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 06:36:00
気長に待つぜ
- 149二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 11:03:32
早朝。昨夜から府中に降り注いでいた雪は止んでいた。わずか積もった雪に化粧された府中の町は朝日を浴びて色も形も様々な漠とした陽光を爆ぜ返している。体の芯まで貫くような寒さに耐えながら着替え、日課のランニングに出発した。浅く短い呼吸を繰り返しながら走っていると、辿り着いた川辺で空の上に彩雲を見つけて、足を止めた。
彩雲。虹色に光る雲が吉兆の証だと言っていたのは、フクキタルさんだっただろうか。いつぞや見た時には綺麗な雲だなと思っただけのそれが今日のこの日に現れたのを偶然と思えないのはきっと、オペラオーさんと会話を交わしたあの日以来、いつか来る日の為、意識的に思考の癖を変えようとし続けてきたせいなのだろう。
『けれども、ドトウ! ローエングリンは正体が判明したのならば速やかに立ち去らねばならず、エルザは死す運命にある! ゴッドフリートは身分共々助かるかもしれないが、ローエングリンとエルザは舞台を降りなければならなくなる!』
―――あの日。
『生きる道は彼方にある! 君は滅びに急いでいる! その道に救いはない! 死が! 死が! 死が! 君の道の前には待ち受けている!』
今のままでは私もオグリさんも救われないと宣言されたあの日。
『今回私はオペラオーさんを超える強さを持つ私にならないといけないのですっ……! 私は私のやり方で、オペラオーさんを超える強い私になると決めたのですっ……!』
私は私のやり方でオペラオーさんを超える強さを手に入れると宣言したあの日、帰ってからオペラオーさんの言葉の意味を真剣に考えた。 - 150二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 11:04:22
その道とは何だろうか。生きる道とは何だろうか。
考えて、考えて、考えて―――、でも、その意味が分かる事はついぞなかった。
ただ、思考を繰り返すさなか、気付いた事があった。夏。北原さんを失ったあの日以来、私は勝ち続けてきた。あの日以降、私につくマークはオペラオーさんやオグリさん並みになった。勝ちを重ねるごとに、マークはそれ以上となっていった。私は常に他の誰かから意識されるようなっていた。北原さんに教えてもらった戦い方が出来なくなっていった。
それでも私は勝ち続けた。あらゆるレースにおいて、勝利を獲得し続けてきた。確かに多くマークされる事は恐ろしい。ぶつかるかもと思うと思わず竦んでしまいそうになる。けれどもその際に生じる恐怖は、あの夏の雨の日にこの身へ焼き付いたそれと比べれば、皆無と言って過言でない程度のものでしかない。
今でも目を瞑れば、あの日の光景が蘇る。ざぁざぁと降り注ぐ雨。傘もささずに佇む、北原さんの姿。激しい雨音を切り裂いて聞こえてきた小さな声。天を仰ぐあの人が帽子の向こう側に隠した顔の端から静かに流す涙。嗚咽の証拠のよう、小さく震え続ける体。
その全てを今も忘れられない。その光景を生み出した一因―――大きな要因がこの身にあると自覚させられるたび、己を殺したくなるほどの痛みと熱と恐怖が生じる。
その恐怖を、レースで恐れを覚えるたびに思い出させられた。そのたびに、この場から逃げ出したいという欲求に体は支配された。気付けばその欲求が体を突き動かしていた。気付けば私はバ群から抜け出して、一番前を走り続けていた。
『逃げたいなら、思いっきり外に逃げちまえ。屋上の時と一緒だ。そこが自分にとって嫌な場所なら、多少体力を消耗するにしても、自分の落ち着ける場所に移動してやるんだ。最先頭、先頭集団、中団、後方、何処に属しているなんてのはいったん忘れていい』
北原さんに教えてもらった戦い方は出来なくなったと思っていた。でも、それはひどい勘違いだったのだと、気付いてしまった。私はいつも思いっきり逃げていただけだった。無意識のうちにこの体を芯まで凍らせてしまう程の恐怖に突き動かされるがまま動いて、全力で逃げて、結果として勝ちを得ていただけだったのだと気付かされてしまった。 - 151二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 11:05:03
変わると宣言したはずの私は結局何一つとして変わっていなかった。オペラオーさんのあのセリフは、私のそんな歪みを見抜いてのものなのだろうかと思った。
だから、変えようと思った。変わらないといけないと思った。北原さんのやり方では、勝てなかったのだ。以前の私の逃げるやり方では、北原さんは助けられなかったのだ。
だから、変えようと思った。逃げる私ではなく、勝ち取る私に変身しようと決意した。この決意と変身がいつまで続くかは、わからない。けれど、何があろうとも、北原さんを助けるその日までは絶対に続けようと思う。
「―――ふぅぅぅぅぅぅ」
思考の跡切れと共に、長く細い吐息を吐いた。吐き終えてゆくさなか空を見上げると、彩雲はもう消え失せている事に気が付いた。いつかの日に見たような曇天だけがそこにはあった。空にあるのは、全てが始まったあの日―――、私が北原さんに助けを求めた日に見たような曇り空ばかりだった。
―――構わない。
もう逃げないと決めたのだ。もう運任せにはしないと決めたのだ。だから、構わない。たとえどんな天気であろうと、私は私の意思で望んだ運命を掴み取ると決めたのだから。
「―――うん……!」
両手で頬を叩き、走り出す。府中をわずかだけ白く染めていた雪は、もう町のどこにも残っていなかった。 - 152二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 14:47:32
凄い…
- 153二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 19:47:11
待ち
- 154二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 21:56:04
中山の舞台は異様な熱気に包まれていた。そこかしこの垂れ幕や新聞、雑誌に見ることの出来る、『覇王対二代目覇王‼』という謳い文句のせいなのだろう。今や世間の目は、オペラオーさんが宝塚以降無敗の私を破り有馬を三連覇出来るか、私がオペラオーさんを破って連勝を維持出来るかだけに集まっているといって過言でない状態なのだ。
耳を澄ませてみても、トップロードさんの名前も、アヤベさんの名前も、オグリさんの名前も、それ以外のウマ娘の名前も、ほとんど聞こえてこない。
以前に年間無敗を達成した覇王が有馬でも勝つか、それとも新たに無敗を達成し続けている二代目覇王が前覇王を打倒して真に二代目覇王になるのか。世間の注目は、ただその一点にのみ集中してしまっているのだ。
そのせいだろう、先程から凄まじい量の視線を感じる。多く集った事で物理的な圧力を持つようになったのではないかと思えるほどの意識が、私とオペラオーさんに向けられている。例外は、アヤベさんやトップロードさんやオグリさん、そしてオペラオーさん当人くらいのものだ。
「あ……」
気付けば汗が垂れ落ちていた。一つ、二つ、と地面に落ちたそれは、落ちては広がり、広がりては薄れて、地面の中へ失せていった。全身が震えている。その震え方には覚えがあった。感覚に、汗は、恐怖を、周囲から発せられているプレッシャーを、無意識のうちに感じてしまった故に自然に発生したものなのだろうと思った。 - 155二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 21:56:37
「……―――」
静かに瞑目し、意識を閉じた。瞬間、歓声は聞こえなくなり、感じられていた重い圧の感覚も消失した。代わりに脳裏へは、ざぁざぁと激しく降る雨の音が響くようになった。瞼の裏には、必死に嗚咽を抑え込もうとする北原さんの姿が映るようになった。
落ちた涙の一滴が濡れた地面へと落ちた。焔よりも熱を帯びたそれが雨に濡れた地面を叩くたび、えも言い表せない痛みが胸の内に生じた。
帽子の裏側に滂沱の涙の流れる姿を幻視した。拭われることもなく落ちる透明な一筋のそれは、けれど雨に濡れた地面へ落ちた途端、大きな波紋を生み、脳裏に作り上げられた世界を大きく揺らしていった。
揺れに応じて生じた感情はやがて集いて奔流となり、心の中で暴れまわるようなった。暴れる感情の名前は恐怖だった。暴れまわるそれの効果によって、やがて体は多くの熱を発生させるようになっていった。これが私を勝たせ続けてきたものの正体だ。全身に奔るこの痛みと熱と恐怖と比べれば、先に感じた周囲の熱気も重圧も、もののあわれ程度の些末なものでしかない。
「……っ」
汗が噴き出る感覚があった。今すぐこの場から逃げ出したいという気持ちが湧き上がってきた。この感覚が今迄に私を勝たせてきた。ドジでマヌケでグズで臆病な私は―――、だからこそこの恐怖から逃げようと必死になる事で誰にも負けない走りを実現してきた。
「……」
けれど、今日は違う。今日、私は、それを止めると心に誓った。拳を握る。その光景を直視する。目を逸らさず耐え続けていると、脳裏へ生じていた幻影はやがて消え失せた。応じて、感じられる痛みも、熱も、恐怖も、陽炎であったかのよう、消失した。 - 156二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 21:57:23
「―――」
目を開ける。歓声が聞こえた。視線を受けた。けれどもう恐怖を感じる事はなかった。プレッシャーを感じる事もなかった。悪夢の幻影は、先程に感じられたプレッシャーは、それが生み出す痛みは、熱は、恐怖は、たった数秒耐えて直視しただけで、まるで泡沫であったかのよう消失していた。
「あ……、はは……」
恐ろしいと思うもの、その光景をたった数秒直視する事も出来てこられていなかった。そのせいで今までずっと苦しめられてきたという事実を、自分を、心底マヌケに思った。
―――落ち着いて……!
私にも出来たという感覚が興奮を生み、全身を巡る脈動の速度を速めようとしていた。
「すぅ……、―――はぁ……」
生じた新しい熱に昂る気持ちを深呼吸し、落ち着かせる。勝負はまだ始まっていない。今は一分たりとも体に宿る熱を無駄にすることなど出来ない。
「―――勝ちます」
それでも生じる興奮を、興奮によって生じる熱を用いて、呟く。
「私自身の力で、勝ってみせます……!」
余熱を用いて宣言した途端、頭と体は一気に落ち着いた。冷静さを保てるようになった。
「―――勝ちます」
時は今。勝負は有馬。おそらく今日で全ての決着がつくだろうという予感を胸に―――
「勝って、私が救いだしてみせます……!」
自らの意思で、新たなる一歩を踏み出してゆく。 - 157二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 21:58:03
「さぁ、始まりました、世紀の一戦。まずトップに躍り出たのは、おっとこれは珍しい、ナリタトップロードだ。ここ半年間、精彩を欠く走りを見せていたナリタトップロード、二バ身差をつけて先頭を飛ぶような走りで駆け抜けてゆく!」
体に新しい熱が宿っている。火種が、心の中に生まれている。
「遅れて先頭集団、おっとこれは―――団子の状態です。先頭集団、既に団子の状態だ。先頭集団、覇王テイエムオペラオーと二代目覇王メイショウドトウをそれぞれの中心に、団子の状態が出来上がっている!」
開始早々みんなが寄ってくる。あっという間に壁が出来て、進路と速度が制限される。-――けれど。
「流石に露骨すぎないか、完全に埋もれてしまっている。これ以上は絶対に勝たせるものかという意志が集約しすぎたのか、テイエムオペラオーとメイショウドトウ、なんと大半のウマ娘からブロックを受けている。走行妨害スレスレにも見えるが大丈夫か!」
見える。震えている。囲いを作っているみんなの体が、ほんのわずかにだけれど震えているのがわかる。特に私の前を走る二バの震えは、横の三バよりも大きいことがわかる。その理由がわかる。それは怯えによる震えなのだ。例えば同じよう壁となり走っているのが宝塚以前の連敗中の私だったとして、もしもその私の後ろや横を走っているのが当時のオペラオーさんやオグリさんだったりしたのなら、私はきっと、いつ仕掛けられるのか、いつ抜かされるのか、本当に妨害行為にならないのか、ぶつかってきたりしないのかと、多くの不安を抱き、恐怖を覚えていた事だろう。
それは、ついこの前のジャパンカップまでそんな恐怖を肌身で感じて、その恐怖を糧に走っていた私だからこそ、わかる震えで、恐怖だ。―――だから。
「さぁ、第一コーナーを曲がって直線、変わらずトップはナリタ―――、っと、なんだ、―――メイショウドトウ⁉ メイショウドトウです! メイショウドトウがいつの間にか自らの囲いを破っており、僅かに先頭を走っていたテイエムオペラオーの囲いに接近していく!」
だから、今の私なら、抜かせる。 - 158二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 21:58:39
「さぁ、だがどうする、メイショウドトウ! どうやって囲いを―――、っと、なんだ、これは! いったい何が起こっている⁉」
おもいきり、地響きが生じるくらいの一歩を踏み込み、速度を上げる。前にいる二バの体が、その音と気配に気づいたのだろう、僅かに震えた。同様の、重い一歩を踏み込む。するとやはり同様にその体は僅かに震え、走りも同じようにぶれた。―――そして二バはやがて、後ろから訪れる恐怖に負けて、自らの体を安全な方へと逃がしていった。
「メイショウドトウの前方を囲うように走っていたウマ娘たち、自らブロックを解いて、メイショウドトウへ進路を明け渡した⁉ なんだ、この走りは⁉ シンボリルドルフとも違う! テイエムオペラオーとも違う! 気付けば先頭へと躍り出ていて一着を獲得している皇帝の走りではなく、自由闊達に動いては前ヘ進んで勝利する覇王の走りでもなく、メイショウドトウ、メイショウドトウ、メイショウドトウは重量感ある軽快な走りで前にいるウマ娘たちを―――、そうです! メイショウドトウ、前にいるウマ娘たちに自らの意思で道を開けさせたのです!」
私は今、きっとこの有馬においてもっとも恐れられているウマ娘だ。出来る事なら一番直接対決を避けたいと思われているウマ娘だ。これは今の私だからこそ、使える戦法だ。逃げ続けていた私だからこそ、逃げる同類を見抜ける私だからこそ、彼女らの怖さを把握出来る私だからこそ、逃げるのを止めた今の私だからこそ使える戦法なのだ。
「メイショウドトウ、早い! メイショウドトウ、猛進! メイショウドトウ、みるみるうちに先頭のナリタトップロードとの距離を詰め、凄まじい速度で抜き去ってゆく!」
『飛び出したら一直線に先頭まで突っ走って、そのままゴールまで逃げ切れ』
後は簡単だ。
「独走ぉぉぉ! これが、これが、これがメイショウドトウだ! これが二代目覇王だ! ―――いや違う! これがメイショウドトウだ! 真の王者に余計な枕詞など要らない! メイショウドトウ、その名自体が二つ名であり、枕詞だ! メイショウドトウ、一昨年の有馬のテイエムオペラオーを思い起こさせる走りで、後方ナリタトップロードとの距離を―――、いや、違う! 違うぞ! これはナリタトップロードではない!」 - 159二次元好きの匿名さん22/05/07(土) 21:59:25
『いや、本来こんな事、競争相手のウマ娘トレーナーである俺が言っちゃならないんだろうが―――、ドトウにはその力がある。オペラオーにもオグリにもトプロにもアヤベにも負けない、前のめりに暴走していけるという長所がある』
あの人が長所と言ってくれたそれを活かして、ひたすら前のめりに走り続ければいい。
「テイエムオペラオー、テイエムオペラオーです! いつものよういつの間にか囲いから飛び出していたテイエムオペラオー、ナリタトップロードを追い越してメイショウドトウを猛追撃していた!」
『それでも信じられないならこう考えればいい。―――負けて元々なんだ。どうせ期待はされてない。だからいったん勝つとか負けるとか余計な事を考えず、全力で前のめりに、転びそうになろうがつまずきそうになろうが最後まで全力疾走することだけに注力する。そうすれば―――』
今の私はあの時の私じゃない。今の私には、それが出来る。先程、レースの前に生じた自信の火種は今、炎となりて体の中を、熱く、熱く、熱く巡り続けている。燃料となり、この体を全力で前のめりに突き動かし続けている。
「テイエムオペラオー早い、テイエムオペラオー早い! テイエムオペラオー、後方集団との距離をあっという間に開けてゆく! だが―――、メイショウドトウはもっと早い! メイショウドトウはもっと早い! メイショウドトウはもっと早いのです!」
『勝つにしろ負けるにしろ後悔しない結果になるだろうと俺は思うよ』
後悔はしない。もう、二度と逃げない。
「なんだこのウマ娘は! 第三コーナー時点で六バ身! 覇王に影すら踏ませに猛進撃! 冬の有馬でいったい何が起こっているのか⁉ 我々は今、歴史を目撃しているのか⁉」
そう決めた。―――勝って、救ってみせると、私は決めた。
「テイエムオペラオー、必死に追いかける! 最終コーナー、柔らかい体を使った走りでメイショウドトウとの距離をじりじりと詰めてゆく!」
―――かつて、屋上で立ち止まって泣いていた私を救ってくれたあの人を……
「だが、最後の直線、メイショウドトウ、メイショウドトウ、メイショウドトウ、怒濤の進撃だ! メイショウドトウ、最後の直線になってからはテイエムオペラオーをまったく寄せ付けず、そのまま八バ身程の差をつけて―――ゴォォォォォォォル!」
―――今度は、私が絶対に救ってみせるんだ……! - 160二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 07:23:27
素晴らしい…素晴らしい…
- 161二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 12:55:21
瞼の裏に焼き付いた光景がある。目を閉じればいつでも頭に響く音と声がある。それを直視するのが怖かった。だってそれはひどい痛みと熱と恐怖を生む源だったのだから。
だから必死になって走り、逃げ続けてきた。脇目も振らず、必死に逃げ続けていた。
あれから半年の月日が経過した。大事な友達の指摘を通じて、その光景と向き合う事を決意した。生じる痛みと熱と恐怖に耐え、光景と向き合った。戦った。―――勝利した。
決意と覚悟さえしてしまえば戦いは一瞬で終わってしまうものだった。
そして私はようやく自信を得ることが出来た。
有馬を経て、自信は少しだけ大きくなった。
目的は達成した。条件は整った。
後は再び踏み出すだけだ。
「春天での勝利以来、続いた連敗。ですがその後、宝塚記念で見事な勝利を収めて以来、破竹の勢いでこの有馬まで連勝を重ねてきましたね。宝塚前後で何かをお掴みになったのでしょうか?」
「―――」
会見のさなか、記者の一人が口にした質問に、朝方得た予感の通りその時がやってきたのだと確信した。
「……はい」
胸が震えている。瞬間的に恐怖が生じていた。ここが運命の分水嶺だ。待ち望んでいたこの問いに正しく答えを返せるか如何によって、北原さんの運命が決まる。
「よろしければそれをお伺いしてもよろしいでしょうか」
私の答え一つで、あの人の運命が決まる。そう思うだけで、恐怖が湧き上がってくる。逃げ出したい。オペラオーさんと会話を交わす前の私なら、気付きを得られる前の私なら逃げだしていたかもしれない程の恐怖を前にそれでも留まることが出来たのは、レースの前に得られたわずかな自信が有馬を経て僅かに成長してくれていたからに違いなかった。
「……はい」
びくびくと震える内心、それをおくびに出さず、努めて平生の態度を保ち、口を開く。
「―――あれは宝塚が終わった後の七月の事でした。春天を取って以降不調に陥っていた私を助けてくれた人が、私の目の前からいなくなってしまいました」
言葉に目の前の記者の内の幾人かの体が僅かに揺れた。
「そもそも春天を勝てたのもその人の助言があったことが大きな一因でした。その人の助言があったからこそ、私は春天でも宝塚でも勝てたのです。ですがその人は唐突にいなくなってしまいました。ある悪評が立ったからです」
揺れ動いた記者たちの体が不規則に動き始めた。 - 162二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 12:57:04
「とある雑誌が、その人は私を利用して自分の評価を上げるつもりだと書いたからです。その為にいろいろな小細工―――担当しているウマ娘の育成をわざと妨げたりしていると書かれてしまったからです。その為にその人は、私の前から去る事となってしまいました……。接触も出来なくなってしまいました」
幾人かが立ち上がり、外へと出て行った。
「ひどい誤解なのです。あの人はそんな事をするひとではないのです」
なんとなくあの人たちが、あの記事を書いた人なのだろうと、そう思った。
「でもその時点の私では、口で何と言ったところで事態は悪化するだけだろうという事が予想出来ました……。だってあの人―――北原さんがアドバイスをくれたから私が勝てたというのは事実だったからです……」
ただ、今はそんな事、どうでもよかった。
「あの―――」
「私は」
今は、その揺れ動いた記者の余計な口挟みよりも。
「だから勝ち続けようと思ったのです。あの人が私の目の前からいなくなって、それでも私が勝ち続けていたのなら―――、北原さんがいなくても―――そんな小細工がなくても私が一人で勝ち続けられることを証明できれば、北原さんの勘違いが解けるのではないかと、そう思ったのです」
ずっとずっとずっと重要な事が、今の私にはある。
「その想いが私に力をくれました。最後まで諦めず自分を信じて力いっぱい走り抜こうという気にさせてくれました」
北原さんの、悪評を払拭する。
「掴んだものがあった―――というわけではありません。その理由が私をここまで勝たせ続けてくれたのです」
それの方がよっぽど今の私には重要な出来事だ。
「成程、ありがとうございました。もう半年以上―――、それだけの期間全く接触なかったにもかかわらず勝ち続けていたというのなら、北原トレーナーが担当のウマ娘に小細工をしていた等の疑いも晴れる事でしょう」
「……そう願っています」
記者の人の締めの言葉に胸をなでおろす。やりきった。そう思った瞬間、満足の感覚が生じて、全身を暖かくしていった。
「最後に、一言。その北原トレーナーに何かお伝えしたいことはありますか?」
「―――」
言葉に、そして生じていた全身に生じていた満足の感覚は一気に胸へ集約して―――
「はい。―――北原さぁん! 私、あなたの救いになる事が出来ましたかぁ!」
気付けばそんな言葉を口に出させていた。 - 163二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 12:58:05
春。もう少しすれば桜も花びらを咲かせるだろうという、そんな時分。
「ドトウ!」
「―――」
声を聞いた瞬間、結い上げた髪が解けるよう、被り続けていた仮面は瓦解しました。
「へへっ、久しぶり」
仮面の下に秘められていた想いは、一気に爆発し―――
「ぎだばらざーん……!」
「うぉ!」
私の体をあっという間にあの人のところまで運んでゆきました。
「ぎだばらざん、ぎだばらざん、ぎだばらざん、ぎだばらざん、ぎだばらざーん!」
「ド、ドトウ……」
懐かしい顔。懐かしい声。懐かしい匂い。懐かしい雰囲気。なにもかもの懐かしさに、思わず我を忘れて、こみあげてくる涙を拭う事もせずに抱き着き続けていると―――
「は……」
「……ぎだばらざん?」
やがて懐かしく愛おしいその声がいつかのあの日とは違う感じに苦しみを帯びている事に気付いて、北原さんの胸元から押し付けていた顔をあげると―――
「離して……」
何かに耐え堪えるよう顔を顰めさせる北原さんの顔が目の前にはあって―――
「苦しい……」
降参するよう挙げられている両手の片方の指先が、おもいきり抱き着いた際に北原さんの胴体に回した私の両腕と北原さん自身の胴体を向いている事に気付いて―――
「潰れる……」
「……あ」
私はようやく、ウマ娘である私が一切の手加減を考えず北原さんの体に巻き付けた両腕に力を入れていた事に気付きました……。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……! わ、私……」
「あ、うん……、大丈夫……、わかってるから……」
そして昔みたい必死で謝り倒す私を宥める為の言葉を何度も発してくれた北原さんは、お腹を抑えつつ、努めて無理に作ったとわかる笑みを浮かべました。
「わ、私、やっぱりダメでグズで―――」
そしてその笑みを見た瞬間湧き出てきた言葉をいつものよう言おうとすると―――
「そんなことはあるもんか!」
「―――」
北原さんは真剣な表情で大きく叫んで――― - 164二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 12:59:53
「そんなことあるもんか! 君はとても素晴らしいウマ娘だ!」
言ってくれたのです。
「俺がこうして一年経たず中央に戻ってこれたのは、君の有馬の発言があってこそだ! それ以前に、君は自力で宝塚以降の全てのレースを制してみせたウマ娘だ! その君が、なんでダメでグズなウマ娘なもんか!」
力強く両手を握って、大きな声でそう言ってくれたのです。
「―――」
言葉は暖かかった。言葉は真剣の熱のみを帯びていて、言葉が持つ熱は被り続けていた仮面を失った事で出来た心の空洞をあっという間に満たしていって―――
「あ……」
「ん?」
「ありがどうございまずー……」
胸を、心を、体中をあっという間に焦がして暖かくして、溢れ出る熱と想いは地面の上に焔よりも熱い染みを生み出していったのです……!
「―――あ、いた。おーい、きたは―――」
暫く両手を握られたまま嬉しさの余り泣きじゃくっていると、トップロードさんの声が聞こえました。
「……どうしたのよ、トプロ。固まって―――」
「ハーッハッハッハ、……怖い!」
アヤベさんの声とオペラオーさんの声も聞こえて―――
「……北原?」
オグリさんの声も聞こえてきました。
「おぉ、みんな。ドトウを見つけ―――」
「あの、北原さん。その、それ―――」
「ん? あぁ、そうだ、悪いな、ドトウ」
トップロードさんの指摘に、北原さんは私の両手を解放してしまいました。
「北原。部室の掃除、終わったぞ」
「あぁ、助かったよ、オグリ」
「ん」
「……そっちの部室に私たちの荷物も移動させてもらったわ」
「あぁ。わかった」
「……移動?」
「あぁ」
聞くと北原さんは、口を開き――― - 165二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:02:10
「実は、精査の結果、中央のトレーナーが何人か自主退職してさ」
「自主退職扱い、でしょ。というか精査の結果なんていったらバレバレじゃない……」
「と、とにかく、で、トレーナーの数が足りなくなりそうだからっていくつかのチームを統合する事になったんだ」
「基本的にはチームに所属のウマ娘同士の実力が同じくらいのが望ましいらしいです! なので、私たちのチームはオグリさんのところに吸収合併されることになったんです!」
北原さんの言葉に、アヤベさんとトップロードさんが補足を入れてくれました。
「あぁ、とはいっても移籍先は基本的には自分の意思で決められる。だから、どうしてもってところがあるならドトウも―――」
「い、いえ! 大丈夫です! 私も北原さんのところがいいです!」
「お、おう」
食い気味に答えると、北原さんは引き気味ながらも了承してくれました。
「まぁ、俺としては嬉しいからいいんだが―――、しかし、いいのか、ドトウ」
「……? 何がですか?」
「君はもう俺の力なんかなくても勝てるんだから、好きなところにいっていいんだぞ?」
「―――」
そのなんとも自信なさげで自身を下げて扱う言葉に、ちょっとばかりの怒りと、多くの北原さんらしいなという想いが湧いてきて―――、思わず笑いをこぼしてしまいました。
「あの、その北原さん……」
「ん? なんだ、トプロ」
「それは、その、それはさすがにないと思います」
「そうね。無いわね」
「ハーッハッハッハ、北原さんには本物の愛の妙薬を呑ませるべきかもしれないね!」
「北原……」
「え……?」
みんなに責められ、困惑する北原さん。きっと北原さんがそのような事を言ってしまう理由を正しく理解出来ているのは私だけだと思うと、なんとも例えにくい嬉しい気持ちが湧き上がってきて―――
「いいんですぅ!」
その想いに導かれるがまま、先程のよう、けれど先程とは異なりきちんと加減しながら、それでも出来る限りおもいきり、その胸元に飛び込んで抱き着いた。 - 166二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:04:12
「おっと―――」
「⁉」
「⁉」
「……トプロ。顔。顔」
「ハーッハッハッハ、やはり怖い!」
「ドトウ?」
「私、北原さんがいいんですっ! 北原さんの側がいいんですっ!」
凄まじい顔をしているトップロードさんと困惑の表情を浮かべるオグリさんを尻目に、同じく困惑した表情の北原さんの顔を見つめながら言う。
「ドジばっかりの私に向き合ってくれた北原さんの側がいいんですっ!」
「ドトウ―――」
叫ぶと、近くで二つの気配が強まったのを感じ取った。けれど、もうその感覚に恐怖を感じる事はなかった。だって―――
「私、北原さんのお陰で、ようやく自分に自信が持てるようになったんですっ!」
私はもう、自信を手に入れることが出来たのだ。きちんと望んだとおりの未来を勝ち取る事が出来たのだ。北原さんが戻ってきた今、トップロードさんもオグリさんも今まで以上の強敵となる事は疑いようもない。けれど―――
「わたし、もうどんな勝負にだって、負けるつもりも、諦めるつもりもありませんっ!」
負けない。レースだろうと恋の勝負だろうと、私はもう決してこの場所を譲る気はない。 先手必勝。私は北原さんが褒めてくれた通り、前のめりに、他の人を押しのけて、自分の欲しい未来を手に入れていく。
「北原さん! 私をあげまぁす!」
叫び声は空高くに響いていった。雲一つないそれは快晴で、雲一つなく、私の今の心を示しているかのようで―――、でも、この先たとえどんな天気になろうと―――
「私、北原さんの事が大好きですっ!」
私はもう、自信をもって前を向いて、未来へ向けて突進していくことが出来るのだから。
ドトウルート
『名将ドトウ、蹉跌を払拭す』
終了 - 167二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:08:50
取り急ぎドトウルートも終了なんだ
まずはここまで呼んでくれてありがとうなんだ
多少筆を急いだところがあって、即興なのと併せて誤字脱字乱文気味だけど許してほしいんだ
次はアヤベさんルートの予定なんだ
連休が終わるので、次の投稿や投稿後も投稿感覚が開くと思うんだ
併せて許してほしいんだ
最後にここまでお付き合いいただいてありがとうなんだ - 168二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:28:32
- 169二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 13:42:10
ドトウルートも完結かぁ...次のアヤベルートも楽しみに待っています
- 170二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 15:01:45
(実はドドウルートが一番好きだ……)
- 171二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 16:59:17
これPart2が必要だな…
- 172二次元好きの匿名さん22/05/08(日) 23:06:25
マジで凄い
- 173二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 07:41:48
楽しみなので待っている
- 174二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 18:22:14
ほ
- 175二次元好きの匿名さん22/05/09(月) 23:55:52
こんばんはなんだ
感想や保守ありがとうなんだ
報告なんだ
誰かが上で書いてくれている通り、どうもこのスレだけではアヤベさんルートが書ききれない目算になったんだ
なので、新しいスレを建ててそちらに残る二つのルートを投下しようと思うんだ
後で誘導を貼るので、こちらはそのまま落ちるまで放置してくれると嬉しいんだ
よろしくお願いするんだ - 176二次元好きの匿名さん22/05/10(火) 00:15:22