君の隣にいるのは

  • 1二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 20:44:33

    春から夏へ移る季節。梅雨の空気を含むほんの少し前。この時期になるといつもあの頃の事を思い出す。

    「あーめんどくさ。もう帰って遊びたい」
    小学校の運動会、少し足が速かった俺は無理やりレースに出されることになった。でも俺は走ることが好きなわけじゃなくて貰った一着のフラッグも適当にぶらつかせていた。
    それに、走り終わった後にクラスの場所に戻れないのも面倒だ。徒競走が全部終わるまで、走り終わった選手はトラックの真ん中で並んでないといけない。それと一番嫌なのが。
    『最後のレースはウマ娘の子供たちです』
    「ちぇ」
    それまで自分の子供以外見ていなかった親達も、ウマ娘のレースだけは集まって来る。大きくなるともっと速くなるらしいけど、それでも年上の男子よりずっと速いのがウマ娘だ。
    早く終わらないかな。そう思ってる俺の前に立ったのは黒髪のウマの女子だった。それは確か、そう、隣のクラスの地味なやつ。友達に会いに行ったときに見た時は女子の中で困ったように笑ってて、放課後には一人で本を読んでるような、地味な女子だった。
    「あ……」
    声が出たなんて気付かなかった。
    スタートラインに立って先を見据える目は、きらきら光る宝石みたいで。髪をなびかせて走る姿は本当に綺麗で。汗を散らしながら俺の目の前でゴールテープを切った彼女の、ほんのわずかに緩んだ表情を他の誰が見れたんだろう。
    学校の備品のフラッグなんてボロボロでろくなものじゃない。なのに彼女はそれを大事そうに抱えて、凄く嬉しそうに俺の隣に座ったから。
    「お、おめでとう…」
    目を丸くして俺を見る彼女に、恥ずかしくなった。ほとんど知らない女子に声を掛けるなんて友達に何て言われるかわかったもんじゃない。
    だけど、それでも。
    「うん、ありがとう!」
    華の咲くような笑顔に自分の顔が赤くなる。熱くなる。それがわかったんだ。

  • 2二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 20:47:45

    それからの俺は卒業まで彼女を目で追っていた。
    彼女は地味な女の子じゃなかった。友達に囲まれた彼女は誰にでも優しくて、同い年とは思えないくらい落ち着いていて。読んでいる本も走ることと勉強の本。俺はただ漠然と凄いな、そう思っていた。
    それが意味するところを知ったのは卒業式の事。卒業生代表で立った彼女の言葉に俺は愕然とした。
    「私は中学校からトレセン学園に行きます」
    プロのウマ娘になると宣言して彼女は俺の前から姿を消した……そもそも別に俺の前にいたわけじゃないのに。彼女の走る姿を見たいと願う俺をあっさりと振り切って。
    再び彼女の姿を見たのはテレビの中。トゥインクルシリーズを走る彼女の姿を横目に、俺はひたすら勉強に打ち込んでいた。中学に上がった頃からずっと、使ってこなかった勉強用の頭を必死に回し続けた。記者会見では彼女の隣に立つトレーナーの嬉しそうな笑顔と、彼女の嬉しそうな笑顔。目を合わせて綻ぶ彼女の表情がクローズアップされていた。
    彼女の活躍を見て、彼女とトレーナーの映る記者会見を見る日々。彼女が遠い遠い存在だって思い知らされ続ける毎日。
    そして突然、彼女は走るのを止めた。記者会見の一つさえもなく。

  • 3二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 20:52:14

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  • 4二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 20:53:03

    >>3

    なぜ見えるものを避けないのか……

  • 5二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 20:53:44

    >>4

    ああいや、誤解させて申し訳ない

    楽しんでるんだ

    苦痛が気持ちいいんだ

    続けてくれ

  • 6二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 20:55:14

    ウマ娘怪文書スレは無限に立て

  • 7二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:00:13

    「……それでですね、先ほどのレースのお話なのですが……あの、トレーナーさん?」
    「え? あ、すみません。凄いレースでしたね、一着の娘も、もちろんみんなとても頑張っていて。真剣な彼女たちの姿を見るとこちらの胸も熱くなるというか」
    「わかりますわかります、そう! 夢に向かって邁進する彼女たちの姿にどれほど励まされることか!」
    「ええ、ええ。何度だって励まされてきましたよ」
    「え?」
    きょとん、と丸くなった目の色はあの頃と同じ色をしていて、思わず吹き出してしまう。
    そんな風に俺が突然笑い出したものだから、彼女は慌てて手鏡なんて取り出している。口元に食べかすがついていないか、なんて考えているのだろう。
    「はは、なんでもありません。でも、そうですね」
    何度彼女の軌跡を追っただろう。デビューの動画も、レースの結果も、突然の引退の記事も。
    活躍を見るたびに俺はあの日の輝きに向かって邁進してきた。ウマ娘の身体機能、レースとトレーニングの意味を必死に勉強して、ここで夢を掴みかけている。
    そして、今も。
    「彼女たちの未来と、俺の担当ウマ娘の栄冠を願って」
    「あら、ふふっ。はい、皆さんの未来の栄光を願って」
    ウーロン茶の入った安いグラスが鳴らす程度の音。その程度の物だとはわかっていても、喜びと未来を分かち合う音色にあの日の笑顔が重なって。
    かつて願ったおぼろげな夢が、叶った気がした。

  • 8二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:02:12

    こういうのでいいんだよこういうので

  • 9二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:05:19

    よくやった

  • 10二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:07:26

    >>5

    おっとその道の方だったか大変失礼した

  • 11二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:10:16

    なんだこれは・・・
    じょ、浄化される・・・!消えてしまう・・・!

  • 12怪文書初心者21/08/30(月) 21:12:55

    素晴らしい……

  • 13二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:16:50

    彼女は何で走るの止めてしまったんだろうな

  • 14二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:26:37

    遠い存在だと思ってもなお歩みを止めなかったトレーナーくんえらい

  • 15二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 21:46:33

    救いはあるんですかぁ・・・

オススメ

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