【SS】とあるシニア級ウマ娘の遺産_ThirdYear【未実装ウマ娘登場注意】

  • 11カ月差追い込みスレ主21/12/27(月) 23:33:31

    お久しぶりです、3スレ目です。

    はい、前回から1ヶ月ですね。本当にすみません。切腹します。遺書には「12月から急に忙しくなって」などと記されており。

    前回までは全8章と言ってましたが、現プロットを鑑みて5章に変更(幕間含まず)です。5歳時のカナロアは無双だったからね、スレ主の筆力じゃ仕方ないね。ごめんなさい。


    以下、いつもの注意!

    このSS集は、未実装の競走馬のウマ娘化の妄想を基にした物語です。主人公、並びにサブキャラに未実装ウマ娘が多く登場します。当然、設定、関係性、口調等は独自設定によるものなので、そういうのが苦手な人は(できれば)何も書かずにブラバでよろしく!できれば広い心で受け入れて楽しんでくれるとありがたい!

    史実ネタについては調べてはいますが、見落とし間違いなどあればごめんなさい!

    以上が大丈夫という人はぜひお楽しみください!


    前回スレ

    【SS】とあるシニア級ウマ娘の遺産【未実装ウマ娘登場注意】|あにまん掲示板注意!このSS集は、未実装の競走馬のウマ娘化の妄想を基にした物語です。主人公、並びにサブキャラに未実装ウマ娘が多く登場します。当然、設定、関係性、口調等は独自設定によるものなので、そういうのが苦手な人…bbs.animanch.com
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    ロードカナロアウマ娘概念に関する論文風スレ|あにまん掲示板ちょっと降ってきたロードカナロアがウマ娘になったらの妄想を執筆してってもいいか?ちなみにたまたま似たようなスレが立ってたんだけどhttps://bbs.animanch.com/board/15828…bbs.animanch.com
  • 21カ月差追い込みスレ主21/12/27(月) 23:34:03

    2章同様、3章は今日夜→明日昼→明日夜の三回に分けて投稿します。その次のエピローグも、明後日夜に投稿する予定です。その間もう落ちないようにしないと…。
    前回と同じく、まとめて読みたい人がいればちょっと待って下さいね。

  • 31カ月差追い込みスレ主21/12/27(月) 23:34:33

    また、更新をサボってた間にこのスレのイラストを描いてくださった方がいました!

    もう、すんごい。解釈一致がすぎる。

    大王から継いだ鹿毛、バクシンオーと同じであり「ロード(君主)」らしい肩章、原案カレンチャンと対になるポーズ…語ったらキリがない。

    神絵師という言葉をこれほど実感した事ってないですよ。しゅき。


    https://bbs.animanch.com/storage/img/180606/144

    https://bbs.animanch.com/storage/img/180606/137

    【完走&延長戦スレ】お勧めのウマ娘SSを教えてくれという体で1が自作SSを推してもらえる瞬間を待ちわびるスレ|あにまん掲示板https://bbs.animanch.com/board/176204/上記スレの完走した感想と、レス返しできずに終わったレスへの対応用のスレッドです。ご参加、ありがとうございました。bbs.animanch.com
  • 4二次元好きの匿名さん21/12/27(月) 23:34:57

    このレスは削除されています

  • 5二次元好きの匿名さん21/12/27(月) 23:35:28

    このレスは削除されています

  • 6SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:36:16

    >>1

    3章 とある王者の戴冠

  • 7SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:36:35

    >>6

    吐息が白く宙に浮かび上がり、刺すような空気が肌を横切る。しかし身体はその冷気を押しのける程に火照り、吐息は回転する脚に置き去りにされていく。


    「──ふぅッ!」

    「──やぁッ!」


    進軍する兵の鬨の声のように、朝日差し込むグラウンドに二つの声が響く。鹿毛と芦毛は互いに競い合い、一歩でも先に行かんとターフを吹き抜ける。二人を知る者であれば目を見張るようなその対決は、しかし誰にも見られることはなく、誰かの目を憚る必要もない。


    広いグラウンドに二人きり、その並走は誰に邪魔される事もなく、朝焼けとともに静かに終わりを迎えた。


    「───はぁっ、はぁっ、はぁ…」


    「───ねぇ、今朝は一旦、ここまでにしよ?カレン、疲れちゃったかも…」


    「…っ、ああ、そうだな。トレーナーたちも、そろそろ起きるか…。」


    横を走る芦毛の少女の提案に、よし、と賛同の意を示す。すると二人はゆっくりとペースを落とし、歩きまで減速すると、どちらともなくコースのど真ん中にそのまま倒れ込んだ。普段トレセン学園で朝練をしていてもこんな他の生徒の邪魔になるようなことは御法度だが、構うものかと仰向けになり、息を整える。


    昏いグラウンドに少しずつ朝日が差し込む。陽光に照らされ浮かび上がるのは、知らないターフに、知らない景色。



    ここは香港、沙田レース場に程近いホテルの隣接コース。日本からやって来た彼女らに用意された練習場であり、戦場に赴く彼女たちにとっての、最後の補給地点だ。

  • 8SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:36:59

    >>7

    「…ぷはっ。流石に、走り終えると寒いな。有馬に出るウマ娘とかも、毎年こんな中で練習してたのか?凄いな。」


    「あはは~、日本じゃこの時期に本格練習なんてしたりしないもんね。カレンも去年は寒くて、最初の方はベッドの中でプルプルしてたなぁ~。」


    「去年は、っと…。そっか、カレンは去年も香港来てたんだったな。」


    片手に持ったドリンクを横に置きつつ、隣で座っているカレンに話を投げかける。カレンもスマホ片手にドリンクを飲みつつ、こちらの言葉に頷いた。こんな練習でもウマスタ更新に余念がないのがカレンらしい。


    「うん、まあ去年は飛行機は出遅れるし、レースも掲示板に載るのが精いっぱい、成功っていうのは難しいところ。正直言うと今年だってまだベッドの中にいたいんだけど…。」


    そこまで言って、スマホから顔を上げ、上を向くカレン。朝日が差し、藍色から褪めてゆく夜空が頭上に広がる。1年前、見ていたかもしれない景色を見上げ、そっと感慨の浮く瞳を細める。


    「…最後のレースなんだもん、やれることは全部やって、カワイく終わりたい。それがカレンの、今までやってきたカワイイなんだから。」


    「…」

  • 9SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:37:30

    >>8

    香港遠征が決まった少し後の、ウマスタでの発表。投稿された短い動画と文章、その意図するメッセージは同じだった。


    『私、カレンは、次の香港スプリントを最後にトゥインクルシリーズから引退します。カレンを見てくれたみんな、レースの舞台から降りても、カレンから目を離さないでね?』


    突然とも言える引退宣言、そして最後の一戦。その舞台を決めた上で、カレンはきっと、彼女の生き方に恥じないように行動した。そう考え始めると、どうしても聞けなかった言葉が沸々と肺あたりからせりあがってくる。もう時間もない、機会もない。そう思っていると、口が勝手に動いていた。


    「…そんな大事なレースに、俺を誘ってよかったのか?」


    「?」


    突然ともいえるこちらの呟きに、カレンはこてん、と首を傾げた。その顔がどうにも合わせづらく、目を逸らして話を続ける。自分より小さい少女に、ずっと疑問だったことを打ち明ける。


    「俺はきっと、カレンから誘ってもらわなければこのレースに行くことは思いつかなかった。ひょっとしたらトレーナーからの提案もあったかもしれないけど、それでも、今回来た切っ掛けはカレンだ。言っちゃなんだけど、俺は一度君に勝ってる。そんな相手を、自分の引退レースに同伴させたのは、何でだ?」

  • 10SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:37:51

    >>9

    聞きたくはなかった。カレンが差し伸べてくれた切符に、疑問を持ちたいはずもない。でも、それでも、分からないままは嫌だった。そんな俺の迷いの発露にも、カレンは「う~ん」と何食わぬ顔で傾げた首を更にひねる。


    「何で、って言われると…。キミが走りたいところにカレンが心当たりがあって、そこでカレンもカワイくなれそうだったから、かな?」


    「って、言うと?」


    「この間のレースで、カレンは自分らしく走って、それでもキミが勝った。なら、もう一度キミと走れれば、カレンももっとカワイくなれるかもしれない!そう思ったら、誘ってみるのもいいかな~、って思ったの。それだけ♪」


    小悪魔的ないつもの微笑で、カレンはカレンなりの美学をいつもの通り披露する。それはいつもの通り真っ直ぐで、余人には計り知れない彼女の確固たる決意。そして何より、彼女の幕引きまでそれは変わらない。


    「…引退レースでも、変わらないんだな。その、カワイイってやつ。」


    「もっちろん!カレンがカワイイを辞める日なんて、おばあちゃんになっても絶対ないっ♪ むしろ終わりな時こそ、最後までカワイイでなきゃ!」

  • 11SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:38:20

    >>10

    「…やっぱり俺も、カレンにかかればカワイイの引き立て役か。ははっ、やっぱりカレンは凄いな、色々と。」


    その飽くなきカワイイの探求に苦笑を漏らし、一度置いたドリンクに再び口をつける。その一瞬の動作の内に、俺に隠された真相は風に溶けた。


           『引き立て役にはなれないよ。キミだけは、───なんだから』


    「ん、今何か───?」

    「あ、ちょっとそのポーズ、そのままで止まって♪」

    「へ?」


    突然のリクエストに反射的に固まると、即座にパシャ、という電子音。続けてカレンの満足げな笑み。


    「『#カナロア #と #香港で #朝トレ #芝 #いい感じ! #皆の応援 #待ってます』っと…。はいっ、投稿~。こんな朝だけど、見てる人もいるからね。カレンのカワイイ、しっかり届けなきゃ♪」


    「え、今の写真?!ウマスタ載せたの?!」


    いつの間にかスマホを構えてたカレンに、慌てて自分もスマホを開く。確認すると、バッチリドリンクを構えた自分がカレンの自撮りと共にウマスタに投稿されていた。ビジュアルもポーズも完璧にカワイイなカレンの隣で、胡坐をかく自分。加工も施されていない、なんとも言えない乱雑さを醸す姿だ。あと、何気にハッシュタグが呼び捨てなのも気になる。

  • 12SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:39:01

    >>11

    「別にウマスタ載せるならカレン一人でもいいんじゃ…。」


    写真とにらめっこしながらそう呟くと、カレンがむぅ、という表情でビシッと指をこちらに突きつけてきた。


    「もう、だーめ!今、カレンと一緒に練習してるのはキミなんだもん。そ、れ、に!キミ、あんまり自分から発信しないタイプでしょ?ファンの子たちからの声、ちゃんと聞いてる?」


    「いや、別にそんな気にするほどのことでもないし…」


    「気にするの!ここは日本じゃなくて香港、皆は近くにいないんだよ?なおさら、応援してくれる人たちの声に耳を傾けなくちゃ!」


    ぷりぷりと怒りながら、カレンはこちらにスマホの画面を突きつける。何かと思って覗き込むと、


    『Currenとカナロアさん、一緒の練習なんですね!頑張ってください!』

    『カナロアさん、スプリンターズステークスすごかったよ!またすごい走り見せてね!』

    『もっとカナロアの事知りたい!今香港で何してるのかな。』


    「みんな、キミのことも応援してるんだよ?カレンに撮られたくないんだったら、ちょっとぐらい自分でアピール!」


    「ん、ぅ…。」

  • 13SS初投稿スレ主21/12/27(月) 23:39:19

    >>12

    カレンから送られるジト目が何とも居心地悪く、つい画面から目を離す。いつの間にか何かを誤魔化されている感覚だが、カレンの指摘にも思い当たる所がないわけではない。

    考えてみれば、自分は確かに情報発信をあまり積極的にする方ではなかったし、する時も学校かトレーナーに任せていた。今までも、必要だとは全く考えていなかった。だが…


    『──日本の地から、我々も君たちに期待して見させてもらうよ。』

    『──頑張ってきてね、カナロアちゃん。見てるから。』


    「…」


    手元のスマホを改めて開き、短い文章を打ち込む。こういうのは初めてだが、本当に反映されるのだろうか。レース前とは違う、何ともいえないヤキモキ感をかかえていると、程なく隣から吹き出すような音が聞こえた。


    「っふふ、堅いよ、もう!ウマスタ初めての投稿が『芝の感覚』がどうって…おっかし~い!」


    「ぅうるさいな、他に言うことも特にないから、仕方ないだろ!」


    「じゃあカレンからもコメント…『さっきまで寒いって言いながら震えてました』っと♪」


    「デマは流石にやめて?!あとカレンがコメント付けたら余計目立つよな?!」


    走り出したカレンを、荷物を持って慌てて追う。俺の初遠征の初練習は、そんな慌ただしさとともに終わった。


    余談だが、自分の初投稿はカレンパワーで無事拡散され、予想外の数のいいねが付けられた。メッセージも想像より多く寄せられたことも、加筆しておく。

  • 14SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:20:27

    >>13

    「おっ、お二人さん朝から練習か?精が出るな。」


    「えへへ~。」


    「アンタこそ、まだ7時にもなってないのに朝が早いな。」


    着替え終えてロビーに戻ると、待っていたかのように声を掛けられた。トレーナーも先ほど起きたわけではないらしく、ロビー内のソファに座って資料をパラパラとめくっている。


    「なに、俺は元々朝型だからな。昨日も夜ぐっすりだったよ。それにお前らの事だ、一休みしたらすぐに走りに行くと思ってな。」


    「まあ、グラウンドで会ったのはたまたまだけど。」


    「カレンはいると思って行ったけどね。キミ、なんだかんだ走るの大好きなタイプだし♪」


    「へぇ。ところでカレンチャン、キミのとこのトレーナーはまだ起きてこないのかね?」


    珍しくトレーナーからカレンに質問。指名されたカレンは俺を他所に、目をパチパチとした後に口元に指をあてた。


    「う~ん、お兄ちゃんはそんなに朝強くないタイプだし、まだ少しかかると思います。でも、朝ごはん食べたら打ち合わせしようって言ってたので、そのうち出てくるとは思いますけど。」


    「それじゃあ、このままキミとご一緒してたら会えるかな?」


    「はい、だと思いますよ~。あっ、何ですかトレーナーさん、まさかカレンを差し置いてお兄ちゃんにアプローチとか?」


    冗談めかして上目遣いで目線をとばすカレンに対し、トレーナーも悪戯っぽく「どうしようかな~」と悪ノリ。

  • 15SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:20:58

    >>14

    「まあ冗談はさておき、会えたら合同練習の件について話したいことがあっただけだよ。昨日はホテル入りやら何やらで話すタイミングが無かったからな。」


    「合同練習?俺とカレン、ってことか?」


    「そういうこと。学園外のここじゃあ、並走とかする相手も限られてくるからな。要は香港スプリントまでの一週間、限定チームアップはどうか、って話だ。向こうも検討してくれてたみたいだし、多分上手くいくはずだ。二人も自主練が既に合同で捗ってるみたいだし、な?」


    トレーナーからの説明に、なるほどと頷く。確かにトレセンでは基礎トレや身体づくりといった主なトレーニングは十分積んだが、現地での所謂『慣らし』はまだだ。相手を用意しての並走で芝の感覚を掴むのがベストだし、そういう意味でも同じ課題を持つカレンは良物件だろう。カレンにとっても悪くない話のようで、再び考え込む仕草。


    「う~ん、まあ朝の練習をこれからも続けるって意味だと、あんまり変わんないかも。いいですよ、カレンからも賛成だってお兄ちゃんに伝えときます。」


    「よっしゃ、それなら話が早い!んじゃあ、気は早いけど親睦会といきますか。カレンチャンに朝ご飯、御馳走しちゃおう。」


    「本当ですか?わぁい、やった~♪」

  • 16SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:21:22

    >>15

    食堂に向かってきびすを返したトレーナーに、カレンはピョンピョン跳ねながらついていく。もしやあの二人、どこかで気が合うのだろうか…?嫌な想像をぶんぶんと振り払って後を追うと、食堂の前でカレンがジト目笑顔を見せているところだった。


    「それで、トレーナーさんとしてはカレンからどんなものが欲しいんですか?練習相手以外にも、カレンに狙い目があったりするって思ってません?」


    「ははは、お見通しか。これは流石に驚いたな。まあ確かに並走相手以外にも欲しい情報とかはあったりするんだけど、別にだまし取ろうって魂胆じゃあないからな?」


    カレンの指摘に頬をかいたトレーナーはスパっと顔の前で手を合わせ、カレンに向かって頭を下げた。


    「去年の香港スプリント出場者さんや、ちょぉっとお話お伺いできませんかね?この通り!」

  • 17SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:22:31

    >>16

    「ん~、とは言っても、別に大した話は出来たりしないよ?カレン、去年は結局5着だったし。」


    朝ごはんを食べ終え、食器も片付き、向かい合わせのソファに座るカレン。彼女の謙遜に、しかし先ほどとは打って変わって真剣な面持ちのトレーナーは首を横に振る。


    「5着といっても香港スプリント、今まで出場してきた日本のウマ娘の中じゃあ一番高い着順だ。今、日本がアクセスできる情報で、もっとも先頭に近い経験を語れるのはキミだろう。」


    「えぇ~?そんな風に持ち上げられても、カレン照れちゃうな…。」


    「まあトレーナーの話は大げさとしても、俺もカレンに話を聞きたい。去年の香港スプリントがどんなレースだったのか。」


    愛想笑いを浮かべるカレンに、自分も身を乗り出して尋ねる。一年前とはいえ、同じコースの同じレースの情報は貴重だ。映像はもちろん、実際に走ったウマ娘の話は是非とも知っておきたい。


    「う~ん、でもそんなに大した話をできるとも思えないし…。」


    「出来る限りの話でいいんだ。こっちも出来る限りだけど、キミの練習にアドバイスしていくつもりだよ。主にGⅠを二回一緒に走ったカナロアが。」


    「まあそういうことなら、カレンの分かる範囲の話でってことで、話してもいいよ?」


    「あれ⁈」

  • 18SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:23:02

    >>17

    何やら自分の隣で自分に関する契約が結ばれてしまった気がする。しかもカレン、ちゃっかり具体的なアドバイスを貰う約束まで取り付けた。恐ろしい子。


    そんな自分をさておいて、カレンは目の前のコップに手を添え、思い出すように宙を見る。一年前の記憶を手繰り寄せるように、訥々と話し始めた。


    「う~ん、あの時は確か、カレンの前の方で先頭争いしていた、かな。3人くらいがずっと先の方で、抜いたり抜かされたりの勝負をしていたと思う。」


    「ああ、記録でもそうなってるな。13回香港スプリント、残り200地点から抜け出した上位3人による熾烈な先頭争い、最終的に外から来たウマ娘が粘ってアタマ差で1着になった、と。ここまではこっちでも映像とかで確認できる。けど、キミに聞きたいのはその時のターフでの感覚だ。その3人をどう感じたか、キミの口から聞きたい。」


    「えぇ~、そんな昔の事を~?仕方ないなぁ…。」


    やはり律儀、トレーナーの要求にも匙を投げることなく、カレンは頭をひねってうんうんと唸る。しかしその声が止んだ頃から、その瞳はだんだん深海に潜っていくかのように静謐な色を帯びてゆく。やがて手元に目を落とし、深いどこかから引き出すように、カレンはかつての敗北を回想した。


    「あのレースは…先頭の3人には、追いつけないって思った。ううん、やっぱり覚えてる。ハッキリそう感じた。前は空いていて、思いっきり足をのばして、それでも差が縮まらない。前が全然埋まらない。それで、前の3人は全然違うところで、全然違う勝負をしてた。後ろを走ってたカレンでもそう分かるくらい、自分の脚を削るみたいに、必死になってお互いを追い越そうとしてた。」


    カレンが紡ぐ言葉、こぼす記憶、その一つ一つが底冷えするような予感となって脳に染み込む。背骨を伝い、臓腑に零れ、ぞくりと全身に電流が走る。


    自分が知る限り、日本で自分以外のスプリンター最強はカレンだ。自分に一度は勝利し、そして超えるべきライバルとして存在し続けた女傑。そのライバルがハッキリと、「追いつけない」と断言した世界…。

    目の端を、金色のたてがみが掠める。世界を、三冠女王を相手にターフを蹂躙した暴君の残影が思い起こされる。相手と魂を削って競う刹那の闘争。まさに、彼女が挑んだ地平が、目の前で語られる。

  • 19SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:23:17

    >>18

    語り終えたカレンはゆっくりと目を開け、手に持ったコップをもてあそぶ。


    「日本であんなすごいレース、短距離だけじゃなくてもほとんどない。世界って、そういうところ。だから、カレンが分かるのはここまで。」


    そこまで言って、カレンがもう一度顔を上げる。そこにはもう、さっきまでの隠者はいなかった。ただ明るく世界にカワイイを振りまく、可憐な乙女がそこにいた。


    「どう?あんまり深い話は出来なかったけど、参考になったかな?」


    「…ああ、たいへん意義深い話だったよ。オレにとっても、オレ達にとっても、な?」


    トレーナー流し目を受け、俺も頷く。

    正直、まだ整理がつかない。興奮は冷めやらない。それでも、受け継がれるべきものがどこにあるのか、それだけは明白だった。


    「俺からも、ありがとう、カレン。やっぱりここは、俺の想像以上の世界だ。教えてくれて、ありがとう。」


    「…。じゃあ、今度はキミの番!カレンの走りについて、キミのアドバイスを聞きたいな?」


    「…え?」

  • 20SS初投稿スレ主21/12/28(火) 10:24:05

    >>19

    唐突に雰囲気が変わったカレンの笑顔に、俺の背筋を先ほどとは別の感覚が伝っていく。そういえばさっき、トレーナーが何か言っていたような…。


    「おう、大舞台で一緒に走ってきたカナロアが、カレンチャンの癖やら何やら色々教えてくれるぞ。観察力でもピカイチだからな、うちのカナロアは!」


    「え、は、お前ちょっ──」


    「わーい、やったぁ♪ じゃあ、カレンがもっとカワイく走るためにどうすればいいのか、いっぱいアドバイスしてね?」


    「…」


    その後、カレンのお兄ちゃんが朝ごはんを食べに食堂に来るまで、俺はカレンの走りについて自分の見解とやらをなんとか絞り出す時間が続いた。まあお兄ちゃんとやらが来てからも、観客が2人に増えただけだったが。

  • 21SS初投稿スレ主21/12/28(火) 13:07:00

    >>20

    迫る。追い抜く。抜き返す。ぶつかる。引きずるように、蹴り落とすように、剝がすように、3つの影が目前で拮抗する。

    ───待って。

    喰らい合う蛇のように、折り重なる大波のように、絡み合う樹木のように。凄絶に、圧倒的に、不可逆に、競い、争い、火花を散らす。

    ───待ってくれ。

    手を伸ばせど空を切る。眼前は、嵐と暗闇。一歩踏み出せど進みはしない。舞台の上の観客、影法師は隅へ。身体はまるで伽藍洞、木偶の坊には端役もなし。

    ───追いつけない。

    三身の主役は踊り狂う、遠くへ、遠くへ駆けていく。置いてけぼりは見失って、すりぬけて、おちていって、辺りは闇、闇、暗闇。敗残者には残るものなし、光も空もさようなら。

    ───何で。


    何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で─────────!



    「───っ!はあっ…はぁ、はぁ…」


    ベッドの上、伸ばした手は何かを掴むはずもなく、ただ天井に向けて莫迦みたいに空を切る。見える天井は見慣れたものでもなく、聞こえてくるのも聞きなれた同室のいびきでもない。

    そうだ、今は香港。ここは何日目かの夜。昨日は何度目かの合同練習を終えた後、ご飯食べて、確かそれから──。


    そこまで思い出したところで、先ほどの夢の感覚が克明に全身を打つ。血が凝結したように底冷えし、弛緩した腕が不意に顔に落ちてきた。じとり、といやな汗を拭う。


    「──冗談じゃ、ない。」


    香港スプリントまであと3日。俺は、悪夢にうなされていた。

  • 22SS初投稿スレ主21/12/28(火) 13:07:15

    >>21

    「はぁっ、はぁ、っ───!」


    腕を振って、冷たい風を切る。足を踏み出して、馴染みのない芝を蹴る。頭を振って、へばりつく残響を振り切る。止まれば、蹴るのをやめれば、あの暗闇にもう一度落ちてしまいそうで───。


    「精が出るな、って言いたいところだけど、流石に夜中にまで走り込みをされちゃあそうも言ってられないな。」


    「っ!」


    驚きが伝播し、脚が絡まったようにつんのめる。慌てて身体を捻り、二、三歩と不格好なステップを踏んでから、後ろに尻もちをつく。そうやってようやく止まり、夜の暗闇の中で息をつく俺の前に、何食わぬ顔でこいつがやってきた。


    「よ、カナロア。門限はとっくに過ぎてるぞ。」


    「…香港にまで出張ってくるフジさんがいるかよ。ここは寮じゃないし、アンタは寮長でもない。ちょっとの散歩くらい、多めにみてくれ。」


    「ははっ、まあ確かに、オレはトレーナーでしかないからな。けどまあ、担当が夜中に全力疾走の散歩を始めたら、話を聞くのがトレーナー、だろ?」


    痛いところを突かれて黙り込むと、トレーナーは笑ったまま俺の横に腰を下ろした。しばらく、師走の風に息を整える静寂が続く。

  • 23SS初投稿スレ主21/12/28(火) 13:07:32

    >>22

    「…怖いか?次のレースが。」


    「っ!…怖いって、今更すぎないか。ここまで来て、準備も整えて、今更何を怖がれって?」


    「ん~、それはオレも分からないな。神通力じゃあるまいし。ただ…。」


    トレーナーはそこまで言って、ふとこちらを探るように見据える。こちらの強がりを見通すようなこの目線が、最初は苦手だったか。いつからか、目を逸らさないようになっていた。


    「お前、ここ最近妙な様子だったからな。カレンから話を聞いてからはちょうどいい緊張だったんだが、今日の練習あたりからどうにも、って感じだった。…もしかして、さっき見た『アレ』か?」


    「…何だよ、やっぱり持ってるじゃんか、神通力。御明察だ。」


    深いため息とともに頷き、目を足元の洋芝に移す。靴についた泥がまとわりついてくるようなその感覚を、認めたくはなかった。だが、こいつの前ではそんな意地も、どうやら形無しらしい。


    「カレンから聞いた、第13回香港スプリント。…どうも俺はそのレースを見て、夢に見るほどビビっちゃったらしい。」


    俺の白状は白い吐息となって、夜の空気に吸い込まれた。

  • 24SS初投稿スレ主21/12/28(火) 13:07:49

    >>23

    カレンから話を聞いて数日、練習に励み、身体を土地に馴染ませて、走りも型が出来上がった。そんな練習のあと、カレンたちと別れてから、トレーナーに軽い気持ちで提案したのだ。「カレンが離してた去年のレース、参考になるか見てみたい」と。


    「…あのレース映像、か。別に、そんなラフプレーとかは無かったハズだよな?何がそんなに気がかりに?」


    「正直に言うと、俺もそこは全くだ。すごいレースではあった。けどおかしなところはなかった。なのに…。」


    俺はそこまで言って、言葉を失う。顔を手で覆うと、すぐに蘇る。自分を除け者にして相争う、あの3つの影を。


    「…こびりついて離れない。あの最後の200メートルが、あの空間が、まるで別の次元だった。速さなら、俺も迫れるかもしれない。踏み込みでも、きっと負けてない。けど、速さでも力強さでもない『何か』が、脳に焼き付けられてる。」


    「…」


    「あれが、世界。あれが、俺が挑む舞台。そう考えると、訳が分からなくなる。震えが止まらない。…なあ、トレーナー。」


    顔を上げる。横を向く。そこで座って言葉を待つ、最も信頼する男に、俺は最大の罪を犯す。


    「…俺は、勝てるのか?」


    それは、夢への諦念でも、自分の可能性への不信でもない、ただ純粋に、自分の走りに対する不義だった。

    目の前を、影が3つ横切っていく。

  • 25SS初投稿スレ主21/12/28(火) 13:08:03

    >>24

    トレーナーの目はわずかに見開き、しかし逸らされることなく俺を見据えたまま。透き通った目は何も垣間見せず、だがその内に渦巻く感情と思索を静謐によって物語る。それが収まるのを、言葉となって紡がれるのを、俺は暗闇を抑えて待ち続けた。


    「…お前は強いよ、間違いなく。きっと、今までここに来た日本の誰より、カレンより、もしかしたらバクシンオーよりも、強いかもしれない。

     けど、だからこそ、だと思う。今までこの香港スプリントは、日本のスプリンターにとっての壁だった。けど今のお前は、きっとその先の──『壁』でしかなかったものの、更に先を見ている。今までのオレ達じゃ知りようもなかったところに、お前だけは、片足を突っ込んでいる。」


    今までの、オレ達。それは、スプリンターズステークスを勝つ前の、俺とトレーナーか。それとも、もっと前の、俺がくるよりも前の、トレーナーの知る多くのスプリンターたちか。それらが誰も到達しなかった世界を垣間見て、俺はこんなにも震えが収まらないというのか。


    俺は、勝てるのか。誰もいない、辿り着けなかった道を、本当にこの足は超えていけるのか。罪が、不義が、視界を昏く覆っていく。あざ笑うように3つの影が、俺を暗闇へと押しとどめようと迫り、迫り、そして───。


    「けど」


    ───影を押しのけて、手が一つ、ふわりと頭に乗せられた。


    「俺はお前を信じてるよ、カナロア。」

  • 26SS初投稿スレ主21/12/28(火) 13:08:59

    >>25

    「確かにお前は、今まで誰も来れなかった、言ってしまえば『未知の領域』ってやつにいるんだろう。誰も分からなかったところに、一人で挑むことになるんだろう。けど、それは別に『無理だ』なんて証拠にはならない。何事にも初めてがある、当たり前だ。」


    頭が不器用に撫でられる。力加減がなってない、髪が崩れる、言える文句ならいくらでも出てくる。それなのに、口からは何も抜けず、黙ってその不格好な慰めを受け入れる。


    「初めてを成し遂げるやつがいて、そこから続くやつらが出る。だから、その初めてになる気で挑め。お前が見た『何か』に、堂々と胸を張って喧嘩を売ればいい。そしてなにより、」


    顔が上がる。影が晴れていく。そうして眼前にあらわれたのは、誰よりも俺の走りを見てきた男の、屈託のない笑顔だった。


    「俺は、お前を信じてる。壁を超えていって、その先にあるものを、きっと見つけられる。お前の走りを、目を、信じてる。」


    「───」


    身体の震えは、収まった。底冷えするような畏れは、どこかに消えた。それを祓って、押しのけて、胸の奥が熱くなる。


    ふと、思い出す。初めて会って、契約したあの日。俺が伸ばした手を取り、見届けると誓った男の手が、今、こんなに近くにある。


    「…ああ、それなら、心配はいらないな。」


    手が動いて、頭の上にある手に重なる。ピクリという振動を意に介さず、そのまま手を取って両手で包む。


    朝が来る。昏い景色は昨日へ戻り、周囲に朝日が柔く差す。両手で抱えた熱に、感じる強さに、握った手が力を籠める。


    「見ててくれよ、トレーナー。アンタの信じたウマ娘が、誰よりも速く勝つ様を。とびっきりの景色ってやつを、特等席で!」

  • 27SS初投稿スレ主21/12/28(火) 21:43:21

    次からレースですが、香港のレース場のアナウンスが日本語なのには目をつぶって下さい。日本のテレビ実況が、そのまま会場でも流れてると思ってくれれば…。

  • 28二次元好きの匿名さん21/12/28(火) 22:45:41

    待ってた

  • 29SS初投稿スレ主21/12/28(火) 22:54:17

    >>26

    光陰、矢の如し。待ちわび備える時間が瞬きの間に過ぎ、最速の激闘が却って永遠に感じるのは、何度経験しても不思議なものだ。


    沙田レース場、観客席には溢れかえるほどの人、人、人。聞き取ること敵わぬ言語で、しかし解する必要などない熱量が言葉に乗って飛び交う。その熱気の渦中にいて、二人の男は静かにその時を待っていた。


    『さあ、いよいよ始まります、香港スプリント。日本からは前年5着のカレンチャン、そしてそのカレンチャンをスプリンターズステークスで下したロードカナロアが出場します。』


    「いよいよ、ですね。カレンの最後の大一番、世界を相手の引退レース。仕上げは好調、カレンが自分の走りを発揮できれば、もう思い残すことはないでしょう。」


    隣でそう呟くのは「お兄ちゃん」、まあよくそうからかわれているカレンのトレーナー。いつもはレース前にはものすごい張り詰めた表情でコースを凝視しているが、今日に限ってはそのピリピリはどこへやら、ずいぶんと穏やかな面持ちでゲート入りを眺めている。


    「もう出来ることは全てやった、ってとこですか?」


    「それもありますが…カレンはいつだって自分の夢に真摯で、手を抜かない。もう幕を下ろすという日に、カワイイを損ねるようなこともしない。自分が心配する必要はないのかなと思ったら、肩の力が抜けちゃって。」


    あはは、と頬をかくお兄ちゃんさん、その肩肘張らない様子は、全てを託し終えた親のような気楽さがある。きっとどのような結果であれ、彼はカレンを祝福し、彼女を受け入れるのだろう。

  • 30SS初投稿スレ主21/12/28(火) 22:54:37

    >>29

    自分とは違うな、とふと思った。自分は担当に期待しかしていない。とんでもない走りを見せてほしい、誰もいない場所まで走ってほしい、昨日の彼女よりもすごい彼女であってほしい。ほしいほしいほしいと、強請ってばかりだ。


    「そういうあなたは、どうなんですか?カナロアさんはまだ先がある、今回はあくまで挑戦のつもりか、それとも?」


    軽い自己嫌悪を、隣からせっつく声が押しのける。自分と同じ戦場で愛バを見届けた先達の、試すような言い回し。この戦いの苛烈さを知るからこそ図れる、オレたちの本気。それを探るその目線に、微笑を合わせて答える。


    「ちょっと前に、カナロアに相談されたんですよ。『自分は本当に勝てるのか』って。」


    「…へぇ。まあ、そりゃそうでしょうね。こんな大舞台、日本じゃ体験できっこないですし。」


    「ええ。けど、そん時にあいつ、こんなことまで言ってたんですよ。」


    もったいぶった言い回しに訝しむような様子、早くネタ晴らししたい欲求に抗えず口を滑らせる。ここだけの話なんだ、盛大に惚気てしまえ。


    「───『速さなら迫れる、踏み込みでも負けてない』、らしいですよ。」


    「───!…へぇ~……。」


    感嘆とも呆れともつかぬ吐息、それが長く長くとぐろを巻く。当たり前だ、世界の頂点の走りを見て出てくる心配が「気力で負けてるかも」とは。あの夜の暗闇の中、自分がどれだけ必死に表情を留めるのに苦心したか、お前は知らないだろう?


    「…さあ、始まるぞ、カナロア。世界一の舞踏会で、お前はどんな舞を見せるんだ?」


    湧きたつ期待を抑えきれず、ファンファーレと共にターフを凝視する。青々としたターフの上には、既に待ち望んだ役者が出揃っていた。

  • 31SS初投稿スレ主21/12/28(火) 22:55:08

    >>30

    ざわめき、歓声、うねり。期待はスタンドに満ち溢れ、溢れ出たかのようにターフまで押し寄せてくる。さざ波のようなそれに対し目を閉じ、受け流し、ただ眼前の勝負に呼吸を整える。


    周囲には、それぞれの振る舞いで整える11人のウマ娘。その一人ひとりが大小様々な模様の闘気をみなぎらせている。日本のレースとは根本から異なるレベルの気迫、それを前にして、その威圧を前にして、俺は動けなかった。一歩を踏み出せず、留まるほかなかった。

    かもしれない。数日前までは。


    肺に呼気を送り、静かに吐き出しながら薄目を開く。少し軽めに、トーントーンとジャンピング。よし、身体は柔い、されど剛い。トレーナーとの調整結果は完璧だ。満足感が、笑みとして浮かび上がる。


    「みんな~!ふふっ♪」


    聞きなれたフレーズに首だけ向けると、いつも通りカレンが観客に手を振りながらゲートに向かう。見ると既に一部のウマ娘はゲートに入っており、今まさにカレンが、というところ。

    一声かけるかどうか、近づくべきか、頭がここに来て悩みを露呈する。しかしすぐさま身体が、結論を理性に叩きつける。


    歩み寄ることを、カレンは許していない。言葉が通じないのを踏まえてか語彙少なめに、それでもそのカワイイを存分に人々に伝えるカレン。しかしこちらから見えるその背は、どこか人を、いや何かを拒む緊張感に包まれていた。近づこうにも近づけない、見守るしかないその姿は、やがてゲートに飲まれて覆われていった。

  • 32SS初投稿スレ主21/12/28(火) 22:56:13

    >>31

    (…俺も、時間だな。)


    誰ぞに促される前に、自分で歩を進める。いつも通り目を閉じて、一歩、二歩、三歩。ガシャンという音に目を開ければ、もうすでに鉄格子の中。

    少しだけ暗い箱の中、意識は遥か過去に飛ぶ。今までこうやって、ざわつく音階と一緒に佇んだ日々を思い起こす。


    高松宮記念。自分の行きたい先も分からず、ただがむしゃらに挑み、そして足元が崩れ去った日。

    スプリンターズステークス。崩した全てをもう一度積み重ね、もう一度挑み、そしてようやく自分の道を垣間見た日。

    そして、今。あの日に垣間見た『道』を辿って、手繰って、ここまで来た。相手は世界、今までにない大舞台。


    ふと、思う。自分は変われたのか。あの道を辿るため、夢に手を伸ばすため、自分の在り方は、ここに相応しくなったのか。


    身体はいつの間にか、染み付いた姿勢へと変化を終えていた。


    『さぁ各ウマ娘、体制整いました───』


    ──何も、変わらない。変える必要などない。トレーナーを魅せた自分は、自分の在り方は、もとよりこの道を、夢を、追うのに何の不足もなかったのだから。


    だから、このままでいい。いつも通り、今まで通り、この鉄格子の向こう側に、そこにある俺の道に、全霊を賭して挑む。ただ今回は相手が、今までより一回りでかいだけ。


    『日本の夢、記憶に刻まれる香港スプリント───』


    記憶に、過去に、夢に、世界に──────


    (ガコン!)



    ──────挑め!!!

  • 33二次元好きの匿名さん21/12/28(火) 23:08:59

    このレスは削除されています

  • 34SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:09:18

    >>32

    踏み出した。抜け出した。途端、囲う鬼たちに喘いだ。


    「ッ─────!」


    奥歯を噛む。肺を広げる。二歩目、三歩目、身体を押せ。揺らぐ心を制動し、怪異どもの渦中へと身を投じる。


    先ほどとは桁違い、空気が電気を帯びたように重い。周囲、11人のウマ娘が最強を示さんと、命を削るような覇気を放っている。圧されるな、睨み返す。見えない壁に抗うように、先頭争いへと自分を押し進める。


    (ッ──やっぱり、世界ってのはでかいな…けど、見えた…!)


    見えた、確かに。圧の、重みの先に、あの『道』が。果てに何があるか知らぬ道程が、確かにここにある───!


    果敢に切り込み、抉じ開ける。スタートが功を奏した、現在2番手、悪くない。このまま前2人を睨みつつ、後方を────

    (!カレン⁈カレンがいない⁈)


    周囲、一瞬だけ左右を警戒、しかしあの芦毛の少女の姿はなし。首を回す余裕はない、一呼吸の合間に気を張り巡らせ、必死になって周囲を探る。


    『───さあそしてロードカナロア先頭集団、彼女含めて3人が引っ張る展開か。一方のカレンチャン現在最後方2番手、全体を追走する形で…』


    (…後ろか!)

  • 35SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:09:40

    >>34

    感覚を一気に広げれば確かに遥か後方集団、全体の尻尾あたりにその気配があった。顔色は伺えない、しかし先行作戦を得意とするカレンにとっては決して本意ではない位置取り。息が乱れるような波が、ピリピリと空気を伝って脳裏に響く。


    「…ッ!」(引きずられるな!今は前を、先を向いて…!)


    気掛かりを断ち切り、牙を剥く。先頭は位置取りを維持、現在残り800手前、ペースはやや速めか。しかしやることは変わらない、見失うな、自分の走る先を。このまま先頭を、追って、いけば────




    …カレンじゃない先頭を、追って。俺は今、走ってるのか。

  • 36SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:10:54

    >>35

    「───ッ!」

    右脇を掠める風に、思考を現に戻す。後ろから迫る気配に巻き込まれないようギリギリ顔を上げ、進路を大人しく譲る。遠くから響く声音を、ギリギリ意識が掴んだ。


    『おおっと、内からスルスルと一人上がり、カナロア3番手に収まった!そして各ウマ娘、緩やかなカーブに差し掛かり───』


    「!コーナー…ッ!」


    レースはいつの間にか800標識を通過、カーブは段々と収束し第四コーナーが今かと迫る。顔を上げたままに身体を制動、速度を殺さぬように上手く方向をいなす。前方2人を睨み、上体はスパートに傾け、しかし意識は先ほどの空白に引きずられて時間の隙間に滑り込む。



    そうだ。気付くのが遅い。遅かった。俺のこのレースは、俺の辿る道は、一人で、共も付けず、進むしかないのだ。導く少女もいない、共に並ぶ友もいない、ただ輝く極星を頼りに、果ての知らない荒野を進むだけ。だって、それがあの人の、大王の見せた────



    『────人が見る夢は、与えるものじゃない。見せた人じゃなくて、見た人が、そのメッセージを決めるの。だから───』



    ───俺は、あなたに見た理想を、追って。

  • 37SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:12:14

    >>36

    ─────瞬きの間に、幻視する。藍色の勝負服に、艶やかな鹿毛がたなびく。いつもは垂れ気味な赤眼が、ギラギラとターフに光跡を刻む。

    …届くはずのない手を伸ばす。日差しが肌を焼く感触に、しかしどうしても、手を引けなかった。


    ああ、熱い。あの日と同じ、手が、全身が、熱い。俺の理想は、あの夢は、どうすれば叶えられる。孤独な中で歩いていくには、それしか────


    『───スプリンターズステークス、すごかったよ!香港でもすごいところ、見せてね!』

    『───日本の地から、我々も君たちに期待して見させてもらうよ。』

    『───お前の走りを、目を、信じてる。』


    …ああ、そうか。そうだ。臆する必要など、どこにある。


    進むべき道があるから。託された夢があるから。


    俺の理想は、確かに一人でも、独りじゃないのだから────

  • 38SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:13:04

    >>37

    『さあ先頭集団は第四コーナー曲がって直線、かなり横長の───』



    瞬きが終わる。コーナーを曲がる。ためらいは、捨てた。


    五歩、直線に向く。周囲に2人、問題ない。


    四歩、カレンはまだ後方。もう、構うな。


    三歩、ゴールまで300。射程、入った。


    二歩、『道』が見えた。遮るもの、なし。いける。


    一歩、いける、いける、いける、いける、いけるいけるいけるいける──────




    ──────────────────行け。

  • 39SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:14:04

    >>38

    『いよいよ第四コーナーから直線コース、かなり横長の展開、カレンチャンは現在巻き返して───』


    「…っ」


    観客席、据わった様子の同僚の横で歯噛みする。全体としてややハイペースな展開で進んだレース、前方はやや不利めな位置取りだったが、本人の脚質を鑑みると是非もなし。それに今回は内枠よりの出走、後方位置取りでは包まれる可能性が抜けなかったことを考えてもレース運びは文句なし。あとは本人の、その脚と目を信じるのみ。


    「…頼む、どうか───」


    『───おおっと、ここで外から一人抜け出す!前方2人を捉える勢い!これは───』


    気付けば客席から転げ落ちそうなほど前のめりに身体を伸ばし、先頭集団に向けて目を凝らしていた。探すのも一人、待ちわびたのも一人。思わず、笑みがこぼれる。


    「ああまったく、こんな長い60秒は初めてだ。待たせやがって…!」


    ひどい話だ。2年も一緒にいて、電撃戦の頂点に一緒に挑んで、ようやく顔を見せるとは。待ちぼうけにも程がある。


    「さあ、教えてくれよ。───お前は、誰だ?」



    『──────ロードカナロアぁぁぁ!!!!』

  • 40SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:14:22

    >>39

    (うーん、これちょっと厳しいかな…。でもまあ、諦めるなんてカワイくない!最後まで走んなきゃ☆)


    周りを囲まれ、心の中で独りごちるカレンチャン。せっかくの引退レースではあったが、別段悲しくはない。お兄ちゃんが見てる。なら、カワイイを損ねない方がよっぽど大事だ。

    それに───


    前方で破砕音にも似た快音が響く。ここからでは見えないが、数ヵ月前に見たあの背中が、遠ざかっていくのを感じる。


    (…そう、それでいいの。キミは、キミだけは、カレンの事を振り返らないで。カレンのカワイイを振り切って、キミの走りでどこまでも行って。だって───)


    眼前、僅かに隙間が漏れる。垣間見えた背中はあまりに遠くて、けれどあの人じゃないみたいに眩くて、閃光と呼ばれた乙女は目を細めた。



    ─────だってキミは、強いんだから。

  • 41SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:18:09

    >>40

    ─────正直、レースの最後はよく覚えていない。宿る雷撃、広がる空白、気付けば風も音も抜き去った後だった。けど。


    その空白の中で、確かに見えた。ようやく見えた。眩い星に向かって伸びる、荒野に刻まれた標のない『道』。辿る自分を見つめる、遠い誰かの『瞳』を。

  • 42SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:19:05

    >>41


    『────────────────────────』



    「─────────────────ハァ、ッ…」


    みみなりがして、どこかくるしい。せかいがぐらぐら。あたまがかるくてがらんどう、まるできのうしない。


    「ハァッ、ハァッ、カ、ハッ…!」


    本能に従い、身体が無性に酸素を求めて肺を無理に引っ張る。追いつかない気道が痙攣を起こして咳き込むと、衝撃で世界に色が戻った。


    『───────ロアだ!ロードカナロア!香港勢を粉砕、日本勢初勝利ッ!!!』

    「ワアアアアアァァァッッ!!!」


    横殴りの歓声が体を揺さぶり、思いがけずたたらを踏む。何とか息を吹き返した身体に喝を入れ、ふらつく頭を上げた。ふらふらでは観客に格好がつかないし…何より今、真偽を知るべきことが。


    「───勝った、のか…?」


    呆然と、掲示板に目を向ける。4、2-1/2。一着4番、着差2と1/2バ身。俺の番号。俺の。


    「勝った、のか。そうか…。」

    「あ~もう、残念っ。追いつけなかったぁ…。」


    事実の咀嚼に苦労する頭脳に、息の上がった声音がふと水を差す。誘われるままに振り向けば、そこには汗を拭い、溜息をつくカレンの姿があった。そしてその姿を認めた時には、既に身体は疲れを他所に動き、声をかけていた。レース前に動かなかった足は動き、言葉を発さなかった唇は声を象っていた。だって…


    「カレン!」

    「あっ、お疲れ様!流石だね、カ───」

    「カレン、大丈夫か?その、ラストランが…。」

  • 43SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:20:15

    >>42

    かけてもらえる言葉も遮り、気がかりが溢れ出た。当たり前だろう、カレンの番号は掲示板には表示されていなかった。現役最後のラストラン、終わり方としては不本意のはずだ。今までスプリント女王として、カワイイの伝道師として積み上げてきた完璧主義者のカレンであれば、なおさらだろう。


    そんな想いを口にした俺をキョトン顔で見つめ返したカレンは、やがて堪えきれないように吹き出した。まるでいつかの朝のように、からかうような目線が俺を見つめる。


    「ふふっ、勝ったキミがそんな顔するなんて、変なの♪ 別に、心配はいらないよ。」

    「え…」

    「だってカレンはずっと、カワイイカレンとして走ってきたんだから。一回負けたくらいじゃ台無しになんてならないし、なるようなハンパ、してないんだもん。」


    強がりも意地もない、ただキッパリとした宣言。自分の今までの道、重ねてきたものへの信頼と自信、負けてなお揺らがない女傑。何度も見てきたその姿に、無言の笑みを浮かべて敬意を表明する。

    最初から、心配できるほど自分は先を歩いてないわけだ。引退しても、走れなくても、その姿から学ぶものは多そうだ。


    「それじゃ、カレンはお兄ちゃん探してくるね。今度こそ頭撫でてくれるかな~。」


    こちらの表情から汲み取ったのか、カレンスルリと脇を抜けて観客席の方に向かっていく。語るべきこともなし、女王は名残も残すことなくターフを去る。その姿を一人、人知れぬ感慨と共に眺めていると…

  • 44SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:21:14

    >>43

    「…あっ、そうだ。」


    ふと、名残を思い出したようにクルリとこちらを向く。その瞳は悪戯っぽく、しかしどこか眩しげな様子で細められ、真っ直ぐと俺を射貫いていた。


    「勝ったんだから、もっと喜ばなきゃダメだよ?───おめでとう、世界のカナロアちゃん。」


    「────────」


    それだけを残し、彼女は遠ざかっていく。俺はそれを見ながら、見届けながら、意識はガツンと叩かれたように止まり、ようやくその結論に舞い戻る。


    「…勝った。俺が、香港スプリントに────」


    世界が広がり、輪郭は鮮明に映り、周囲の色彩が視界に富む。雑踏は地響きへ、そしてやがて歓声となってコースを包み、拍手喝采が空に咲き乱れる。呆然と見上げると、その棒立ちの自分をでかでかと映すモニター、そしてその下に刻まれたのは、2つの称号であり、一つの宣言。



         『Winner Lord Kanaloa』 『第一名 龍王』

  • 45SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:22:39

    >>44

    「…は、ははは、はははははっ、ハハハハハハハハ!」


    走っては表せない、もう脚は残ってなどいない。言葉では語れない、語りたい相手が多すぎる。

    だから、声を上げる。見ている誰もに分かるように、この歓喜を声にして叫ぶ。ああ、ちゃんと笑顔が見えるだろうか。見栄えなど気にしたこともない。あの朝、カレンに写真を撮られた朝、ついでに聞いておくべきだっただろうか。いや、今は良いだろう。


    遠くから声が聞こえる。鼻声で駆け寄ってくるバカに、見ている誰もに分かるように、異国の空に高く掲げる。この地で得た称号も、勝ち取った栄冠も、何もかもを握りしめて。



    『──────手を上げたぞ、龍王・ロードカナロア!!今ここに、世界のスプリント王誕生ですッ!!!』



    〈香港スプリント編 完〉

  • 46SS初投稿スレ主21/12/28(火) 23:24:06

    香港スプリント編、完結です。いや我ながら長い。1ヶ月待たせた上でこの文量はちょっとおかしいか…?
    とはいえ、このSS集を始めてから一番書きたかったレースだったので、ようやく完成できた喜びはひとしお。これも前回のスレで♡と感想を書いてくださった皆さんのおかげ、本当にありがとうございました。
    1でも言ったように、次回のエピローグでこのカナロアの物語は完結となります。年末までに書き終えて本当に良かった…。こちらはかなり自己解釈を含んだエンディングになりますので、史実のみを読みたい方は注意ですね。

  • 47SS初投稿スレ主21/12/29(水) 10:11:19

    ちなみに>>40のカレンチャン視点の文に見覚えのある方もいるかもしれませんが、実はこのパートだけ余所様のスレでちょい出しさせてもらいました。自分以外でカナロア二次創作スレ見るのが初めてだったので、我慢できず先行公開を…てへ。割と反響も頂いたので、感謝感激雨あられです。実装済みウマ娘と未実装ウマ娘の関係性からしか取れない栄養素がある。

    以下元スレ。スレ主はよく幻覚ウマ娘イラストを見せてくれるから要チェックだ!

    スレのみんな、頼む。|あにまん掲示板ロードカナロア×カレンチャンをください……お願いします……何でもしますから……bbs.animanch.com
    俺作龍王(ロードカナロア)作ったんだが…|あにまん掲示板https://bbs.animanch.com/board/223369/(⬆️外見だけ作ったスレ)勝負服がまだできてないから、一生につくってくれないかな??アイデアとか出して欲しいんだ。bbs.animanch.com

  • 48二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 10:39:05

    >>47

    あっ!!見覚えあると思ったらあなたでしたか!!!?

    スレッド参加してくれてありがとうございました!

  • 49SS初投稿スレ主21/12/29(水) 15:50:35

    >>48

    いやもうこちらこそですよ…。

    この掲示板でもロードカナロアの二次創作なんてほとんど見かけなかったので、「カナロア×カレンが見たい」なんてスレ見たら嬉しくて嬉しくて。

    これからもイラスト応援してます!このSSが終わってもカレカナ書きに行ったりしますよ!

  • 50二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 18:43:46

    >>49

    えぇーー〜!嬉しいです!!

  • 51SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:24:28

    >>1

    その後、ウイニングライブと取材を経て、香港スプリントは閉幕となった。こちらについては特段言うべきこともなし、何せ外国の観客やメディアが大半のイベントだった訳だから。とはいえ盛り上がったのは確かで、日本の中継先でもかなりの注目を浴びていたとか。俺がつい最近更新を始めたウマスタにもレースの反応が続々と届き、それを眺めながら、帰国の準備を進めていった。


    そうして俺たちが日本の地を再び踏んだのは、それから3日後。しかしそこにも、


    「カナロアさんっ!」


    …戦いの後の、ちょっとした余談が残っていたのだが。




     Epilogue とある憧憬への回答

  • 52SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:25:04

    >>51

    「うおっ、とと…。」


    唐突に走りかけてきたその少女を、慌てて抱き留める。年齢はまだ小学生くらいの、耳と尻尾のついた鹿毛のウマ娘。ひとまず周囲を確認したが、親らしき姿もなし。自分を目当てに来ているらしいこと以外は、今のところ分からない。


    ここは空港、荷物受取所を抜けた先のターミナルロビー。周囲では集まったファンが香港から帰ってきたウマ娘たちを囲み、労いやら応援やらを口にしている。自分もファンとの交流をしていたところ、この子が突進してきた、というのが事の顛末だ。


    「おっと、どうしたんだい、キミ?このお姉さんになんか用かい?もしかして会いに来た?」


    「あっ、えっと、えっと…」


    トレーナーが目線を合わせて語りかけると、少女はバッと距離をとる。手をパタパタしながら右に左に目線を泳がせるが、言葉は出てこない。どうやら少々照れ屋でもあるらしい。と、そこで助け舟を出したのは、少し意外な人物だった。

  • 53SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:25:22

    >>52

    「ふふっ、その子、あなたのファンなんですって。帰ってきたらすぐにでも会いたいってトレセン学園の門のところに来たから、せっかくだしこうして一緒に連れてきたのよ。…おかえりなさい、カナロアちゃん。」


    「…!カメハメハさ、わぷっ?!」


    歩いてきた先輩に答えを返そうと立ち上がったところ、それを遮るかのように両手が覆いかぶさり、そのまま相手の両手の中に抱き留められた。頬に寄せられた顔が、頭を撫でる手が、とても温かい。


    「…本当に、本当によく頑張ったわね、カナロアちゃん。流石よ、私の自慢の後輩。…背も、ちょっと大きくなったかしら?」


    「…ははっ、そりゃ流石にないでしょ、カメハメハさん。…わざわざ、来てくれたんですか?」


    苦笑しながら問うと、ピクリという揺れと共に密着していた身体が離れ、ムッという表情が見えるようになった。目元が少しだけ赤いのは、見ないふりだ。


    「もう、出る前にも言ったでしょう?門出を見送るのも、帰りを出迎えるのも、先輩として当然!わざわざ、なんて言うんじゃないの。…それに、来たのは私だけじゃないのよ。ね?」


    「ああ、そうだな。君が良いと言ってくれるなら、我々からも一言添えさせてもらえるとありがたい。」


    カメハメハさんの呼びかけに応えて、一人のウマ娘がその横に並び立つ。その様子はやはり一週間前と変わらず、生徒会長としての威厳と威信を備えながら、どこかあの時とは異なる面持ちでこちらを見据えていた。


    「ルドルフ会長…。」


    「私からも、香港遠征ご苦労だった、ロードカナロア。そしておめでとう。生徒会を代表して、君の偉業を心から祝福しよう。」

  • 54SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:25:56

    >>53

    皇帝と謳われたウマ娘の言葉に、黙って聞き入る。それだけその言葉には、尽くせぬ万感が込められていた。


    「…君の成果は、学園でも一際話題となっているよ。ともすればオルフェーヴルの凱旋門といい勝負、皆君の走りにあてられ、意気軒昂という様子だ。生徒会も例外ではなくてね、特にブライアンがなかなかの猛りっぷりを見せているよ。君の走りを見たときも、『おい、こいつは本当に短距離だけなのか。』と、随分と残念そうにしていたよ。」


    「ははは、そりゃあまた…」


    シンボリルドルフの冗談めかした口調に、怪物と呼ばれたあのぶっきらぼうな副会長を思い浮かべる。前なら中距離への未練がチクチクと胸を苛んでいたが、今は不思議と心が軽い。


    「…そしてそれは、ブライアンに限った話ではない。」


    しかし静かに告げられたその言葉で、意識は自分を見つめる生徒会長へと引き寄せられた。その目にあったのは、闘志、畏怖、いや違う。かつて生徒会室でもその目に燻っていた感情が、期待が、今は煌々と宿っている。


    「超えられないと言われ続けてきた壁が、また一つ超えらえた。君の勝利は、まさしく回天事業というに相応しいものだ。…君の走りを見ていて思い知らされたよ。歴史とは常に塗り替えらえていくもの、どんな不可能であってもいつかは手が届く。そして私も、例外ではないんだろう、とね。」


    「歴史は、塗り替えられる…。」


    噛み締めるよう語られるその夢を、己の口で繰り返す。夢を見せた自分が、その皇帝の瞳を覗き見る。先刻から煌々と滾るその期待は、あふれんばかりの勢いでその夢を語っていた。


    ──そうか。シンボリルドルフが夢を見ているのは、自分にだけではない。自分は火をつけたに過ぎない。皇帝が望むのは、夢見るのは、後に続いている者たちが更に先へと進み、歴史を塗り替えていく光景。無論、それは皇帝たる自分が刻んだ、己の偉業をも乗り越えて。

  • 55SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:27:45

    >>54

    「…あのっ、カナロアさん!」


    「!」


    ふと見ると、最初に駆け寄った女の子がスカートの裾を掴みながらこちらをぐいと見上げている。そうだ、カメハメハさんが来てからすっかり忘れていた。これはいけないと苦笑しながら、少女の目線に屈んで目を合わせる。


    「ごめん、話してあげられなかったね。…俺のためにトレセンまで来てくれたんだって?ありがとう。」


    「は、はいっ!…あ、あの!」


    「うん?」


    少女はもじもじとしていた手をグッと握り、意を決したように口を開く。透き通るようなその薄茶の瞳は、まるで宝石のように煌めいていて。


    「──カナロアさんの走り、すごく、すっごくキラキラしてました!私、カナロアさんみたいにみんなをキラキラさせるようなウマ娘になりたいですっ!」




    ──────その言葉に宿った決意を、俺は永劫忘れまい。

  • 56SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:29:02

    >>55

    思いがけず、記憶はあのレースの空白へと立ち戻る。標なき荒野、一等星を拝む一本道。

    それらの中で脳裏に焼き付いた、己を見つめる瞳。



    「…そっか。俺が、キラキラしてた?」


    「ハイっ!みんな、カナロアさんを見てすごいって、私もカナロアさんが走ってるのを見て、胸がドキドキして、それで…!」


    自分を見上げるその瞳が、キラキラと輝く。そこに映る自分は、どんな傑物なのだろう。『龍王』なんて呼ばれるくらいの大物に見えるのだろうか。


    なら、自分がこの先、どう走るべきか。答えはそこにあるのだろう。この少女が憧れてくれるのなら。皇帝の見た夢が、俺への憧れから花開くのなら。


    『龍王』はそのために、憧れを示すために、走り続けるのだ。



    「…。なら俺もこれから先、キミが憧れるウマ娘でい続けられるように頑張るよ。そして大きくなって、そのキラキラをまだ覚えているなら、トレセン学園でまた会おう。俺もキミともう一度会うのを…キミの走る姿を見るのを、楽しみにしているよ。

     ───キミの、名前は?」


    「!はいっ!私は──────」

  • 57SS初投稿スレ主21/12/29(水) 22:30:12

    >>56

    その物語の結末は、語る必要もないだろう。『龍王』はその名に偽らぬ走りで駆け抜け、伝説として歴史に名を刻んだ。俺の物語は、そこで終わった。


    けど、確かに託された。あの子は、俺を見た多くは、俺に憧れ、俺を標榜し、俺さえ霞む物語を紡いでゆく。焦がれた大王の偉業も、かつての怪物の名も、永く道を阻んだ皇帝の壁さえも、全て乗り超えて。



    ───ああ、なんて本望だろう。俺が望んだ道は、確かにあった。続いていた。俺のひた走った道は、遺産は、未来に走る誰かのためにあったのだ。





    〈とあるシニア級ウマ娘の遺産 完結〉

  • 58初SS完走スレ主21/12/29(水) 22:30:49

    これにて本SS集は完結です、今まで読んでくれた皆さんありがとうございました。
    半分エタりかけたSSでしたが、年明けまで引きずって暮らすのも据わりが悪かったので一筆入魂。これで心置きなく年を越せる…。
    ラストは自分の解釈全開の締めになってしまいましたが、元々論文風スレを立てた時からスレ主のカナロア像はこれだけでした。なんか違う、納得いかない、って人はお目汚し失礼しました。あなたの夢もどこかで語ってくれていいのよ?
    それでは、また何かのスレで会いましょう。

  • 59二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:50:36

    あっあっ最高でした……!!
    あと最後の子は……!!瞳が特徴の子かな??
    良かった……良スレすぎる!!

  • 60初SS完走スレ主21/12/29(水) 23:00:00

    >>59

    ありがとうございます…!その言葉で書いてきた甲斐がありました!


    最後の子ははい、「瞳」の名前で、皇帝の壁を超えたあの子です。

    スレ主がロードカナロアを知るに至ったきっかけでもあるので、この親子に繋げたかった…

オススメ

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