『夜が怖い』と、彼女は言った。

  • 1改変ネタ注意24/04/16(火) 00:06:01

     DUシラトリ区■番地、■■マンション十一階二号室。
     それが彼女の部屋だった。
     彼女の名は―――そう、仮にKさんとしよう。
     Kさんは16歳になったばかりの学生で、春先に新しく入居してきた。
     生まれて初めての引越し、生まれて初めての一人暮らし、生まれて初めての知らない街。
     内向的な性格をしたKさんは新しい生活に戸惑いながらも、街に少しずつ順応していった。
     もとよりKさんは一人でいる方が気楽な性格で、友人が少ない事も、周りが『知らない誰か』である事も、そう苦痛ではなかったそうだ。
     むしろそちらの方が有り難い。
     部屋に引きこもりがちなKさんは、誰にも―――友人にも家族にも干渉されない新生活を、いたく気に入っていたらしい。

     Kさんの生活に不満はなかった。

     ただ二つ。
     玄関までの長い長い廊下と、
     一ヶ月前隣に引っ越してきた家族の、度し難いまでの浅慮さを除けばだが。

  • 2改変ネタ注意24/04/16(火) 00:08:32

     春に引っ越してきたときからその不満―――いや、不安はあったのだと思う。
     両親に用意してもらったマンションは月○×万の4LDKの部屋だった。
     広さは申し分ない。
     孤独を愛するといってもKさんは高級志向で、質素な生活を好んでいる訳ではない。
     住居は広ければ広いほどいい。
     外界を嫌う彼女にとって、ここは要塞なのだ。要塞は広く堅固でなければならない。たやすく辿り着いてはならない。深くなければ安心できない。

     そう。Kさんは一人を好んでいたのではなかった。
     彼女は他人が傍にいる事。
     自分以外の何かが侵入してくる事を、無意識に恐れていたのだ。

     そんなKさんが■■マンションを選んだ要因に、もうひとつ、付け加える事がある。
     玄関から居間までの距離。
     一番初めにして最後、内部に入る為に/外に出る為に、絶対に通らねばならない廊下の長さである。
     居間から玄関までの四メートルもの直線で、途中には物置も浴室もない。
     マンションにしては珍しい長廊下だが、その長さがKさんの気にいったのだろう。
     理想的な広さ、理想的な進入路。入り口を遠く隔てる、中とも外とも言えないあいまいな境界。
     その廊下こそが本当の“玄関”なのだと訴えるような、それは不自然な路だった。

     …………が。
     実際に生活を始めてみると、この廊下がどうも気に掛かる。
     こんなにも素晴らしい長さなのに何が気に掛かるのか、と彼女は首をかしげ、数ヶ月経ってようやく思い当たった。

     単純な話だ。
     その長い廊下には、電灯が付けられていなかった。
     構造的な欠陥らしく、つけるスペースそのものがないらしい。
     他の世帯の廊下には付いているのだが、この十一階二号室だけ付け忘れたというのだ。
     間の抜けた話だった。
     電灯を付け忘れた業者がではない。
     数ヶ月も暮らしておいて、そんな事に今さら気が付く自分がおかしかった。

  • 3改変ネタ注意24/04/16(火) 00:09:05

     ―――振り返ってみれば。
     そんな事に気が付かない時点で、彼女は既に踏み外していたのだろう。

  • 4改変ネタ注意24/04/16(火) 00:10:48

     秋になって、隣の部屋に入居者がやってきた。
     何処にでも見かける幸福な家族。
     若い夫婦に三歳ほどの娘が一人で、入居時に軽く挨拶をした程度の関係だった。
     Kさんが知っているのはその家族の苗字が××という事、娘が*♯という名だという事だけだ。
     ■■マンションはワンフロアに二つの世帯しかない、L字型の建物である。
     L字の中心がエントランスで、縦と横の線がそれぞれの世帯となっている。
     エントランスにはエレベーターと非常階段に通じる扉があり、Kさんはエントランスで××夫夫と遭遇する事もあるのだが、
    まれに*♯だけと出会う時もあった。

    「お姉ちゃん。ボタン、押してくれる?」

     出会うたび、少女はそう言った。
     エレベーターのボタンは少女の背丈よりやや高い位置にある。
     手を上げれば押せない高さでもないのだが、どうしてか、少女は肩より上に手を上げようとはしなかった。
     まだ三歳の少女が一人で外に出る、ということに違和感を覚えながらも、Kさんは少女の頼みをきいてやった。
     少女とは十一階のエントランスだけではなく、一階のエントランスで会う事もあった。
     少女はエレベーターの前にうずくまっていて、Kさんが帰宅、ないし外出する為に玄関から出ると顔をあげ、上目遣いに、

          お姉ちゃん。ボタン、押して

     そんなやりとりを何度かするうちに、Kさんは少女の名前を知ったのだ。

  • 5改変ネタ注意24/04/16(火) 00:12:18

     もっとも、Kさんが少女を名前では記憶していなかった。他人には興味がなかったからだろう。
     いつも赤いフードを被っていた事から、Kさんは少女を「赤ずきん」と名付けていた。
     繰り返すが、Kさんは内向的な学生である。
     彼女は自らの生活が脅かされない限り、外界に関心を持つことはなかった。
     それは例えば、壁越しに聞こえてくる隣室の口論の声だったり、二日に一度の割合で聞こえてくる少女の泣き声だったり、もはや悲鳴とさえ呼べない女の叫びだったり、少女の腕があがらないのは骨折したまま放置された後遺症のせいだったり、赤いフードを被らされていたのは顔のアザを人に見られないように父親に言い含められていたからであったりと、まぁ、そういった他人事にである。
     玄関から一メートルほどの隣室の騒ぎなのに、と言うなかれ。
     Kさんの玄関はとにかく長い。
     何メートルか越しの悲鳴なのだから、テレビ画面を眺めながら聞き流していたとしても仕方のない事だ。

     ただ、その夜はひときわ騒がしかった。
     ガラスを割るような叫び。
     サイレンのような泣き声。
     エントランスから響く、乱暴に開けられるドアの音。
     ドンドン、とKさんの部屋に響いてくる何かの音。
     時刻は午前二時。一人静かに深夜放送を楽しんでいた彼女も、その夜だけは癇に障った。
     常識をわきまえろ、と抗議しようと腰を上げる。
     腰を上げて、すぐ下ろした。

     ―――まぁ、すぐに収まるでしょう。

     隣室の家庭環境がそうなっているかなど、Kさんは知らない。
     面倒なので考えないようにしている。ここで出しゃばって関わり合いを持つのはよくない。
     何事も自己責任だ。
     自分たちの問題は自分たちで解決すべきなのだ、とKさんはテレビのコントローラーを手に取り、
    ボリュームを五つほど上げた。
     夜更かしの末に、テレビを消して眠りに付く頃には、いつも通りの静かな夜に戻っていた。

  • 6改変ネタ注意24/04/16(火) 00:13:00

     
     
     翌日、隣室の住人が一家心中によって亡くなったことを、Kさんは知った。
     
     

  • 7改変ネタ注意24/04/16(火) 00:15:13

     ヴァルキューレから事情聴取を受けたのは初めての経験だった。
     昨日の深夜、××■■(妻)は××■(夫)を口論の末ロープで窒息。一人娘である*♯を何度も殴打した後、極端な選択に走ったという。
     昨夜の事を尋ねるヴァルキューレ生に、Kさんは「眠っていたからわからない」と答えた。
     ヴァルキューレ生は礼儀正しく去っていく。その背中に、Kさんは一つだけ質問をした。
    「あの、一人娘はどうなったのでしょう?」
     ヴァルキューレ生はわずかに眉をよせて、
     『返り血など、血液反応が残ってますから、殴られた事に間違いはありません。血痕からして致命傷であったと考えられます』
     ただ、と。
     居心地が悪そうに、若い警官は呟いた。

    「遺体がないんですよ。何処にも。
     部屋にも逃げ出した後のエントランスにも」

     話は簡単だった。
     少女(赤ずきん)は母親に殴られた後、エントランスに逃げ出したらしい。
     だが、そこから少女が移動した形跡はない。
     血痕はエレベーターの前で途絶えていたという。
    『なぜエレベーターを使わなかったんでしょうね。
     いえ、そもそもどうして隣室の貴方に助けを求めなかったのか。いくら錯乱していたからって、チャイムを押すぐらいはできたでしょうに』

  • 8改変ネタ注意24/04/16(火) 00:16:02

     
     
        お姉ちゃん。ボタン、押して


     Kさんには、少女にはどちらのボタンも遠すぎたからだ、とは言えなかった。

  • 9改変ネタ注意24/04/16(火) 00:16:57

     ヴァルキューレ生が去り、玄関に一人残されたKさんは想像する。
     午前二時。錯乱した母親から逃れてエントランスに出たものの出口はなく、崩れかけた泣き顔で、必死にKさんのドアをノックし続ける少女の姿を。

     結局。
     少女の遺体は、最後まで発見されなかった。
     
     

  • 10改変ネタ注意24/04/16(火) 00:17:49

     
     それから数日。
     深夜、ある時間になると決まって妙な音が聞こえる事に、Kさんは気づいた。
     物音自体はとても小さい。意識しなければ聞こえないほどのボリュームだ。
     それが何であるか、Kさんはしばらく考えもしなかった。
     風が窓を揺らしているのだろうと納得することにした。

     音は毎晩やってくる。
     どん、どん。
     消え入りそうなほど小さいクセに神経に障る音。
     それが窓からではなく玄関から響く音だと気づいて、
     Kさんは、長い廊下を歩いて、玄関に足を運んだ。

  • 11改変ネタ注意24/04/16(火) 00:18:48

     どなたですか、とインターフォンに呼びかける。

     返事はない。

     あれだけ小さかった音は、Kさんが玄関に着いた途端、扉を破らんばかりに大きくなる。


     覗き窓から外を調べる。

     丸く歪んだ視界。こぎれいなエントランスには誰もいない。

     ただ、クリーム色の床に。なにか、赤いマダラがあるような。


     音は止まらない。鼓膜が破れそうだった。

     エントランスには誰も居ない。いや、誰も居ないのではない。この角度では見えないだけだ。

     音が止まらない。覗き窓のすぐ下。

     視界の底に、なにか。

     赤い布をかぶった何かが、扉にぴったりと張り付いて―――




     

     長い廊下を逃げ帰る。

     時計は午前二時を指していた。

  • 12改変ネタ注意24/04/16(火) 00:19:37

     深夜の訪問は定番になった。
     音は毎晩やってくる。
     Kさんは決して扉を開けなかった。
     今夜も音はやってくる。
     気のせいだと無視できるほどの小さな音。
     だが、それはもう脳髄にしみこんで離れない苦痛であり、神経を削っていく刃物のようだった。
     日を増すごとにKさんの神経は追いつめられていった。

     ……秋の終わり。
     もう、何時であろうと音を聞いてしまうようになった彼女は、その夜、決意した。
     扉に張りついたモノを、確かめるのだと。
     長い廊下を歩いていく。
     玄関のわずかな磨り硝子からエントランスの明かりが漏れている。
     長い、明かりのない廊下を渡って。
     彼女は、玄関を押し開けた。

  • 13二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:19:54

    ヒッ

  • 14改変ネタ注意24/04/16(火) 00:20:20

     そこには何も、誰もいなかった。
     耳障りな、頭蓋に反響するノックも聞こえない。
     当然だ。こんなバカげた話がある筈がない。初めから、音も赤い布もなかったのだ。
     はは、は、は。
     笑いと安堵が混ぜこぜになる。
     冷え切っていた体が急速に温度を取り戻していく。
     ただの幻聴だ。
     どうやら思いの外、自分はあの事件を気にかけていたらしい。
     気づかないうちに罪の意識でも感じて、身勝手な被害妄想を生んでいたのだ。
     それももうない。
     この扉を開けた時点で、すべては終わったのだから。

     ふう、と額の汗をぬぐい、玄関を閉める。
     鍵を閉めて顔をあげる。
     目の前に、気に入っていた長い廊下が伸びて、
     

  • 15改変ネタ注意24/04/16(火) 00:20:51

     
     
     廊下の真ん中に、なにか。
     赤いフードを被った、見覚えのある死体(モノ)が。
     
     

  • 16二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:21:01

    あっ(察し)

  • 17改変ネタ注意24/04/16(火) 00:21:16

     瞳孔が拡大する。
     それは何かを懇願したいようだった。
     理由もなく、聞いてはいけない、とKさんは確信した。
     闇に沈んだ唇が開く。
     棒で砕かれたスイカみたい。
     赤ずきんは、血まみれの声で、

    「お姉ちゃん、ボタン―――」

  • 18二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:21:43

    Kさんエレベーターがある建物が無理だったりしない?

  • 19改変ネタ注意24/04/16(火) 00:22:01



    「パンチパンチパンチパンチ!

     なにそれつまんないぞ! っていうかなんでそんなに演出過多なんだ実際! 先生ディティール凝りすぎ! 芝居上手すぎ! あと話長すぎ!

     そもそもなんだそのKさん、そんなヤバイ状態になったら引っ越せ、引っ越せよぅ……!」



     ■月■■日、午前零時過ぎ、小ウサギ公園。

     静かな一帯に空井サキの奇声が響いた。

  • 20二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:23:29

    お、おおう…

  • 21改変ネタ注意24/04/16(火) 00:23:30

    以上になります。

    改変元:『Fate/hollow ataraxia』プロローグ

    以下ご自由にお使いください。

  • 22二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:24:28

    隣に住んでただけで事故物件にされたKさんの部屋ェ……

  • 23二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:24:46

    おつ
    元ネタ知らないけどヒヤッとした

  • 24改変ネタ注意24/04/16(火) 00:26:57

    おまけ:DU在住Kさん近影

  • 25二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:28:11

    おまえかよ!!!

  • 26二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:29:07

    まさかッ!

  • 27二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:30:05

    魔力炉と融合しちゃったかぁー(Fakeネタバレ)

  • 28二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:40:15

    ホロアタっぽいなと思ったらホロアタだった

  • 29二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:43:13

    モモイ顔のサキわざわざ作ってんのかw

  • 30二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:44:31

    寝られなくなっちゃったよ!チクショー!!

  • 31二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:46:11

    >>24

    もしかしてやたら凶悪犯罪をなくしたがってたのって…

  • 32二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:55:15

    やっぱりホロアタだったのか

  • 33二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 00:56:50
  • 34二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 01:30:46

    >>33

    デデンッ

  • 35二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 01:39:49

    言われてみるとそういうアンテナの弱さが実にカヤっぽいな

  • 36二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 01:41:24

    高級志向なあたりで配役決めたな?>Kさん

  • 37二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 01:41:57

    元ネタある上に野暮かもだけど、これドアに血の手形(というか拳の跡)とか残らなかったのかな

  • 38二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 01:50:07

    便利屋先生が某ヒヨリスレのせいですっかり怪談の語り部になってるな

  • 39二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 10:35:54

    ホロウ懐かしいな
    合宿中なのかな?

  • 40二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 21:45:13

    スワイプしていったら赤黒のあけてにビビった

  • 41二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 22:20:05

    適当なオチに使われるKさんに疚しい過去・・・

  • 42二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 10:20:24

    保守

  • 43二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 18:35:44

    R行政官、お忙しそうですね。これからどちらに?
    3階ですか。
    どうでしょう、息抜きに近くの喫茶店でも行きませんか?
    ……いえ? あくまで休息の提案ですよ。
    決して降りるのに同伴が欲しいわけではなく……

  • 44二次元好きの匿名さん24/04/17(水) 18:51:51

    いやー元ネタは某ふぁてのFDだーやるぞーと意気揚々と起動したらど初っ端からこれだったんで何!?何なのぉ!?怖いよお!!ってなりましたねえ(老人語り

  • 45二次元好きの匿名さん24/04/18(木) 00:16:20

    (防衛室長、なんで1階でそわそわしてるんだろう……)
    (上がらないのかな……)

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